6 :
爆音で名前が聞こえません:2009/05/03(日) 16:42:07 ID:nnxZTGVEO
乙です
^v^otsu
ほっすー
9 :
旅人:2009/05/05(火) 01:20:01 ID:f3bDj8kw0
おぉ、新スレですか。ありがとうございます。
これは落とさないよう保守替わりに投下をしなくては。
という訳で今晩は、旅人です。
今投下で三回目となりますが、今は十二回目を書いている途中です。
焦りの感情が僕の頬を汗として伝っていきます。
なにはともあれ、今回は短いですが、本編をどうぞ。
マスターは四人にある話をした。
マスターによれば、彼の家に古くから伝わる伝説めいた話なのだが。
マスターの述べた事をそっくりそのまま書き写すとなると、
約十分程度に渡って喋り続けた内容を書くことになる。
これは流石にスペースがもったいないと思う。
よって、以下はマスターの言葉を要約した文章である。
レイヴン大陸第十地区の最東端、
レイヴン半島とその近くに位置する四つの無人島のあたり
(カーニバルが位置する所だ)にはあるモノが隠されているという。
それは「マキナ」と呼ばれる何かだそうだ。
それが何かは一切不明であるのだが、「マキナ」がある事は確かのようだ。
(マスターの言葉をすべて信じるのならば、確かのようではなく確定事項になる)
「マキナ」は手にした者に多大なる「何か」を与えるのだが、
所有者となった者は彼(または彼女)に大きな代償を「マキナ」に支払わねばならない。
「っていうお話さ。嘘っぱちだとは思っているがね、
人生を棒に振らないように気をつけて行っておいで」
マスターは長きに渡って(と言っても十分程度なのだが)
語り続けた後の最後にそう付け加えた。
四人は礼を述べてから代金を支払い、
それから急いで人口密度が少なくなった外へ飛び出していった。
この時の時刻は08:18。
ダイヤによると、次の電車が来るのは四分後の08:22。
少しは人が減った感じのあるこの駅前だが、
それでも大勢の人で埋め尽くされている事には違いなかった。
四人は途中でバラバラになり、そして個別にプラットフォームを目指す。
人垣をかき分けながつつ、彼らは幾度か危険な目に遭いながらも
どうにかしてプラットフォームへとたどり着く事が出来た。
この時、クーリーがMPDを上着のポケットから取り出し、
て時刻を確認すると「08:21:28」と表示された。
クーリーは後ろを振り返って三人の様子を確かめた。
長身の茶髪、ちっさい茶髪、そしてユールは………あれ?
そこでクーリーは重大な事実に気がついた。
「ねぇ、ユール?どこに行っちゃったんだー!?」
ユールは三人に遅れていったわけでもない。
近くにアルベルトの赤髪が見えていたので、
彼らから逸れてしまったわけでもない。
もはや当然の行いのように感じてきた人垣のかき分けの最中、
ユールは一人の人間に右肩を掴まれた。
クーリーの時のように反射的に手を出そうとしたが、異様な雰囲気を感じ取ってやめた。
ユールは肩を掴む人間の方に向き直ってその姿を見た。
それは白いフード付きのパーカーを着こんだ背の小さい人間だった。
「何の用ですか?今、急いでいるので離して下さい!」
ユールはパーカーのフードを被って素顔を見せまいとしている彼に
(性別不詳なのだが、この人物を『彼』と表記する事にする)思い切って言った。
彼はゆっくり頭を上げ、そしてぼそっと一言だけ言った。
「全てを回帰に導くもの。三度目の闇の顔。
…おまえが封じろ。それがお前の役目だ」
そう言った彼は静かに人垣の中に紛れた。
ユールには、彼のその言葉がはっきりと聞こえた。
そして同時に違和感を感じた。
考えてみれば、人が多い所(それもかなり五月蝿い所だ)では
小さい声など聞こえるわけがないのだ。
だが彼の発した声は本当に小さく、絶対に聞き分けられないのではないかと思うほどであったが、
どういう事かユールはそれをハッキリと聞き取る事が出来たのだ。
「全てを回帰に導く……?闇を封じる…?
あぁそうか、多分きっとあの人は……」
そこまで言って、ユールは右手を頭に添え、人差し指でトントンと叩いて言った。
「…ココがおかしいんだね」
いかがでしたでしょうか?
何やら変な登場人物が出てまいりました。
ユールの言うように頭がおかしい変人なのか、それとも……
というのは物語が進んでいけば分かる事なので、
ここであれこれ書くつもりは毛頭ございません。
しかし、ここで今後の展開が予測出来てしまった
読者さんというのもいらっしゃるのではないのでしょうか。
それはそれで僕は良いんじゃないかなと思います。それではこれにて。おやすみなさい。
(アルベルトたちの髪の色は赤ですが、クーリーは作中でそれを茶色だと認識していました。
これはクーリーの眼が○○だという事です。○○の中に何が入るかは、色々想像してみてください)
14 :
旅人:2009/05/05(火) 01:47:32 ID:f3bDj8kw0
あ、
>>13の名前欄をミスっちゃいました。すみません。
保守
16 :
旅人:2009/05/10(日) 21:54:31 ID:xRuWK+Qi0
投下予告です。今日の夜の12時あたりに投下しようと思います。よろしくお願いします。
17 :
旅人:2009/05/11(月) 00:04:20 ID:SycOXBYy0
今晩は、旅人です。
前回は短かったですが、今回はいつも位の量を投下します。
それでは本編をどうぞ。
それから、ユールはどうにかしてクーリー達と合流する事が出来た。
彼女を始めとする三人は電車内の人の多さに驚いていたが、
時が経つにつれて慣れていった。
この時代の電車は普通のものでも結構速い。
この時、ユール達四人が乗車していた電車は
30分の内にカーニバル最寄りの駅であるレイヴン第十地区駅に到着した。
この時、ユールが思っていた事が二つあった。
サイのマスターが言っていた事と、白いパーカーの彼が言っていた事だ。
マスターはカーニバルに「マキナ」という何かが隠されていると言った。
それが何かは分からないが、とにかくそう呼ばれる何かがあるらしい。全くのデタラメなのだろうが
そして、あの白いパーカーの彼はユールに「全てを回帰に導くもの」の封印を命じた。
「全てを回帰に導くもの」の事は全く知らないものだ。何かの小説か何かにあっただろうか。
もしかしたらそういうものが、フィクションの作品の中にはいるのかもしれない。
とユールは思うが、そんな話は今まで聞いた事も見た事も無い。というより信じられない。
それはマスターの「マキナ」もそうなんだけどな、とユールは思った。
ユールがそんな事を思っているとクーリーが話しかけ、
あれだこれだと話しているうちに電車は第十地区駅に到着した。
下車する時もあちらこちらで人ごみが発生、一気に駅全体が危険地域と化した。
ユールはクーリーと手を繋ぎながら外へ向かっていく。
後ろから、右から、左から、前から衝撃を受けながらも、
二人は第十地区駅の外へ出る事が出来た。
後でユールが人込みの方を振り返って観察してみると
そこではWSF(世界防衛軍のこと。WOSが総指揮を取る防衛軍である)の兵士とみられる人達が
一般人の人々の誘導を試みていた。しかし、WSFの誘導は効果が無いように見えた。
それはそうだとユールは思う。先ほどまであの中にいたが、
WSFの軍服を着た人達はどこにも見当たらなかったのだから。
ユールはもう一度振り返ってクーリーの背中を見つめ、そして空を見上げた。
ユールの目に映る空はとても清々しい青空であった。
ユールとクーリーはレイヴン第十地区駅から抜け出し、
晴れ渡る青空の下で陽光を浴びていた。
ほどなくして雑踏の中からアルベルトとアリスが現れ、そしてどこかへ行ってしまった。
ユール達二人に気付いた様子は無い。
ほどなくしてキリーも二人と共にユールの視界に現れた。
「キリー!また会ったわね!」
「ええ。これからカーニバルへ行くのにどうするの?
私は専用の送迎バスを使うつもりだけど」
それじゃね、とキリーは言ってどこかへ歩いていった。アルベルト達と同じ方角だ。
ユールがそれを見送っていくと、キリーは長蛇の列に並んでいったのが見えた。
それを見ながら「専用の送迎バスって?」とユールはクーリーに尋ねた。
その答えに、ハァとクーリーが軽くため息をつく。
カーニバルについて下調べをする以前に誰もが知っていそうな情報だったのだが、
あの古びた家で一切の情報を遮断されてしまっている
状況に置かれているユールが相手では仕方がない、と彼は思ってユールに教えた。
「いつもこの駅とカーニバルを結んでいるのさ。
大体十分毎に来るんだったかな。平日でさえ人がたくさん来るからね。
まぁ今日という特別な事情がある日だから、いつもより本数は多いはずだけど」
「へぇ…それは全然知らなかった。
じゃあ私たちもそのバスで行く?」
「いいけど…」とクーリーはそこで言葉を濁した。
ユールは何かあるのかと問い、クーリーが答える。
「あのバスって、どれも全部満員状態になるみたいなんだ。
だから、僕は別にいいけど、ユールはどうなんだって事だよ」
「それなら大丈夫。人込みなんてもう平気よ」
「それにしても」とユールが小さく言った。
クーリーが何と言ったかを問うと、ユールは言葉を続けた。
「何か暑くない?ここは夏なの?冬だよね?」
「ユール……地理のテストで赤点を取ってる理由がよく分かった」
「え、何それどういう事?」
「この大陸のこの場所だけ、理由は分からないけど気温が
大体10℃辺りをキープしているんだよ」
「キープって、いつも?」
「いつも。年がら年中24時間営業中って感じで気温をキープしてる」
そうだったんだ、とユールは答え、キリーが向かった方角を見て言葉を続ける。
「バス以外で行く方法ってあるの?」
「あるよ。歩きだとかタクシーだとか。
ユール、ここの気候を知らないでそんな服装にしちゃったんでしょ?」
「この黒のコートとね、厚めの長袖の黒い服なんだけど……
クーリー、アレ貸してくれない?」
「アレって、PSCRの事?(解説。PSCRとは携帯型空間圧縮収納器のこと。
四次元ポケットとかいう昔の空想上の道具に容量という制限をつけたようなものだ)」
「うん。ここでコートを脱ぐわ」
分かった、とクーリーが答え、上着から半径2cm程度の球体を取り出す。
無機質な白色をしているそれはパカッとカプセルを開けたように開き、
ユールが差し出したコートを突っ込むと、コートが段々小さくなっていくかのように
球体の中にぐいぐい入っていっていく。
「これ、改めて見ると凄い代物だよね」とユール。
「そうだね、僕もそう思う」とクーリー。
二人はそれから少しの間だけ話し合い、それから歩きで行く事に決めた。
駅からカーニバルまで距離にして約2km。若い二人にとって苦にならない距離だった。
極寒の冬を過ごす人々にとって、
いきなり気温が10℃程度もある場所に行くとなると、
それは真夏を経験するようである。私の知人がそう語ったのだ。
まぁ真夏かどうかは人の個人差によるのだろうが、
それはこの物語においてどうでもよい話だ。
別の知人によれば、徒歩で2kmの距離を歩くのには
二十分もかからないそうだ。私も試してみると、実際その通りだった。
まぁそんな事は置いておこう。
物語はユールとクーリーがレイヴン半島と呼ばれる最東端の半島に位置する
カーニバル大駐車場にたどり着いた所から再開する。
ユールとクーリーは徒歩で駅からカーニバルへと向かっていた。
道中で他愛のない会話を交わしながら歩いていると
(とはいえ、中々にその会話の内容はディープなものだったかもしれない。
彼らの会話の内容が、この日カーニバルで夜の10時から開催される
トップランカー決定戦についてのものだったからだ。
例えば、クーリーが「多分、MAKKAさんがIIDX部門で優勝するんじゃないかな」と言えば
ユールが「いや、クーリーさ、前にKOMAWAがどうとか言っていたよね」と返した。
会話の当時の有名なプレイヤーの名前を挙げたり、そのプレースタイルをどうこう言ったりするものだった)
地平線の向こうに旗のような物が見えてきた。
黄色の裏地に白く変わった字体で「C」とだけ描かれている。
もう少し歩いていくと、今度は城壁のような物が見えてきた。
最初は旗の立っている見張り台が、それからどんどん下が見えてくる。
古臭い色をした煉瓦の壁がユールの目に入ってくる。
そうして後ろから三台目のバスが迫って来るのを避けながら先へ歩いていくと、
レイヴン半島を(余談だが、ユールはこの時の会話で半島の名前を知った)
殆ど使って作られ、その大多数を個人のAGCV(反重力コアを埋め込んだ乗り物の事)が占めている、
そんな巨大な駐車場とその四分の一を占める立体駐車場が見えた。
「とても大きな駐車場ね……ここ、全部が駐車場なんだ」
ユールが感心したように言う。
クーリーはそれに頷き、そして前を歩くユールの背を追う。
ふと、ユールの目に入ったものがあった。
立体駐車場の前にバスが近づく。
しかし、バスはそれを登らず、
その入り口前で停車して乗客を停車させていった。
「ねぇ」とユールは立ち止まってクーリーの肩を叩き、指でバスを指し示しながら訊ねる。
「あのバス、何であの立体駐車場を上がらないんだろう」
「あぁ、あれはそういうシステムなんだ。
カーニバルの構造は知っているよね?というより知っていて欲しいんだけど」
「うん。ポップンの第一ブロック、IIDXの第二ブロック、
ギタドラの第三ブロック、DDRの第四ブロックだよね。
それぞれが橋で繋がれていてさ。違ったかな」
「それで大体合っているよ。
この駐車場、カーニバルの玄関口にもなっているんだ。
駐車場の屋上から第一ブロックの外壁の城壁があるでしょ?」
「あの古臭い感じのする煉瓦のアレ?」
「それそれ。城壁の上に駐車場からかけられた橋があって、
そこからカーニバルへ入園するんだ」
へぇ、とユールが納得したように言った。
クーリーはユールが理解を示したことが嬉しかったのだろう、
喜びをその顔に浮かべながらユールに言った。
「それじゃ、一緒に行こうよ」
23 :
旅人:2009/05/11(月) 00:47:22 ID:SycOXBYy0
いかがでしたでしょうか。これにて今回の投下は終わりです。
ようやくユール達はカーニバルの前までやってこれました。長かったです。
予告です。次の投下でこのPhase1はピリオドを迎えます。
感想は喜んで待っていますが、質問の方もネタバレに触れないように答えますので、
何か少しでも疑問に感じた事があれば、どうか気軽に質問をどうぞ。
皆さん、今回も読んで下さりありがとうございました。
次回もよろしくお願いします。それでは、おやすみなさい。
旅人さんはじめまして。面白く読ませていただきました。
SFな世界観が新しくてすごくいいです!
こういう設定に「音ゲー」というモチーフが普通に馴染んじゃうんだなあと思うと
音ゲーをはじめたころ、あの大型筐体のネオンが点滅する未来的な感じ(?)に
わくわくしながらゲーセン行ってた事を思い出します。
さて、読んでいていくつか疑問に思ったことの一つを質問させていただきたいのですが、
この時代の人はどんな風にゲームのことをとらえてるんですか?
第1回の内容に、2987年に音ゲーが発掘されて以来、2999年までのたった十数年で熱狂的な娯楽文化へと発展したとありましたが
娯楽として、他のジャンルのゲームはまったくないのでしょうか?(アーケード、コンシューマ、ネットゲーなどなど)
少なくとも、世界が一度崩壊したときに、アーケードゲームの潮流は完全に途絶えてしまったのでしょうか?
なぜそれほど人々が音ゲーに熱狂するのか(または全体なのか一部なのか)、というのが気になりました!
それと、もしよかったら内容には全然関係ない質問なのですが一つ教えてください!
旅人さんは今の文体・内容がどんな作家(小説家、でなければ漫画家やアニメ作家など)の影響を受けていると思いますか?
ここ数作読ませていただいていたのですが、だんだん文体が変わってきてるのかな〜と思って。。
そして今の感じすごく良いと思います!(もうちょっと場所の情景について書いてあっても読みやすいかもです…)
たまに表現とか、特に伝聞を用いてるところなんて実験的だなあと思ったりしたけど、そういうのも面白いです。
では長文失礼しました!
25 :
旅人:2009/05/13(水) 00:06:31 ID:rBs48SUm0
>>24さん
ご感想とご質問とご意見、本当にありがとうございます。これからも応援よろしくお願いします。
早速頂いた質問の回答へと参りたいと思います。
この時代の人々はどんな風にゲームを捉えているのか、という質問ですが、
今の時代のように娯楽文化として知れ渡っています。
今の時代ではどこか否定的な目でゲームを見る事もあると聞きますが、
あの時代ではそれはほとんどありません。100人中99人はゲーム好きな人だと思います。
音ゲー発掘以前に音ゲー以外のゲームは無かったのか、という質問ですが、
ある事にはありました。ゲーセンもある程度の賑わいを見せていますし、
アーケード版のものを移植したコンシューマー用のゲームも人気です。
ネトゲも大体今と同じ位だと思います。
(僕はネトゲやらないからそっちの事情はよく分からないのですが……)
大雑把なイメージとしては、今現在に存在する
ゲームのジャンルの中から音ゲーだけ取っ払ったような感じですね。
なぜ音ゲーに熱狂したのか、その規模は?という質問ですが、なぜ熱狂したのかを先に。
人々の既存のジャンルに対するある種のマンネリが第一の要因です。
あの時代の技術(容量制限付き四次元ポケット作ってるとかいう考えられないレベル)では
今現在では新世代機と呼ばれるPS3のレベルのマシンが描写するグラフィックは
あの時代ではフツーのレベルとして考えられています。
それらよりはグラフィック的に退化している音ゲーはある意味で目を惹かせたのだと思います。
ゲームのルールも目新しいものですし、今の時代にもあったレトロゲーブームのようなものが
音ゲーを主役としてあの時代に巻き起こり、そして勢いで巨大遊園地建設に漕ぎつけた、と僕は考えてみました。
次に、どのくらいの規模の人々が音ゲーに熱狂したのか、この問いに答えます。
先に書いたように、あの時代では世界中の殆どの人がゲーム好きで、一種のマンネリを抱えています。
口コミで広がった音ゲーは、やがてネット上でその存在認知のスピードを瞬間的に上げ、
BEMANIプロジェクトが始まって数年後には、世界中の人々が音ゲーを好きになっています。
僕についての質問ですが、色々な所から影響は受けていると思います。
純文学やラノベ、音ゲー以外の沢山のゲームとか、色んな所から影響は受けていると思います。
あと、アドバイスをありがとうございます。加筆修正の参考にさせて頂きます。
最後に。僕は経済とかについてよく知っている人ではないので、設定の深い所までは考えていません。
そういうのを専攻している、もしくはそこのお偉いさんになっている人達が、
この物語の設定を見れば非常に滑稽に思えて腹を抱えて笑っているのかもしれない、と思います。
でも、これは物語だし、それも書き手が荒唐無稽だと思う設定の上に成立している物語なので、
そう思われたりしてもいいのかな、と考えています。多分、そう思って笑われてすらいないのでしょうが。
次回の投下の予告です。今月16日の夜11時30分前後に投下出来ればと思います。
長文失礼しました。それでは、また。
>>1 スレ立て乙でした。
>>旅人さん
楽しく読ませてもらってます。
最終的にこの物語の語り部となっている人物が何者で
何を伝えようとしているのか、その辺の展開も楽しみですね−。
初っ端に『時は未来』と告げているのに過去形の出来事を語っているということは、
タイムトラベル的なSF要素へ発展することの伏線なのか、
それとも彼は生霊的な存在なのか……?色々と想像してしまいます。
さて、こちらはトップランカー殺人事件の続きを投稿させていただきます。
旅人さんこんばんは。お返事ありがとうございました!!
>今現在では新世代機と呼ばれるPS3のレベルのマシンが描写するグラフィックは
>あの時代ではフツーのレベルとして考えられています。
>それらよりはグラフィック的に退化している音ゲーはある意味で目を惹かせたのだと思います。
というのにすごく納得しました。
四次元ポケットを実現できるだけの科学技術があり、多くの人が娯楽としてのゲームを愛するということは、
今で言う他の娯楽分野(スポーツや音楽、映画など)もゲームの一部として取り込むような
よりメタ的な位置づけのゲームという概念が確立しているのかもしれないですね(…と勝手に想像しました)
そういった中でアーケードゲーム自体が、現在の我々の想像もつかないような「高度な体験」としてとらえられているのだとしたら、
きわめて「アナログ」な操作の音ゲーが逆に流行するムーブメントというのはとてもよく想像できました!
ただ、例えば現代のレトロゲーブームにどの程度のゲームファンが乗ったのか?と考えると、
そうたやすく「異端児」である(と思われる)音ゲーがブームの主役になれるのだろうか?とも思いました。
仮にそうだとしても、その爆発的人気の中心地に乗り込んでいこうとするユールとクーリーの純粋な好奇心や熱中する気持ち、
そして謎、または仲間たちの今後の活躍が気になるところです!
最後に、経済について、SFにはそういうマクロ的な観点からの世界描写をしている作品が多いのかもしれないし
よくわかっている人からしたら「??なのかな?」というのはあるかもしれませんが、私は読んでいて気になりませんでした。
なぜ気にならないかって、それは内容に勢いがあるからです。
少なくとも荒唐無稽をあまり気にさせない面白さがあるからだと思います。
設定は深く考える必要がありますが、すべてにおいて専門的な見地から、厳密な構築が必要かといえば……
必ずしもそういう訳ではないと思います。
なので、リアリティを損なったり、意味の矛盾をおこさないように気をつけさえしていれば、
自由に世界を構築していって大丈夫なんじゃないでしょうか。
他の皆さんはどう思いますか!?
次の投下楽しみにしてますね!頑張ってください♪
〜〜〜 「トップランカー殺人事件」前スレまでのあらすじ 〜〜〜
beatmaniaIIDXのトップランカー、BOLCEが殺された。
無残にも絞殺された上、IIDXの筐体から首吊りにされて。
早速捜査に乗り出した盛岡警察署捜査一課の乙下と空気は、
現場に残されたダイイングメッセージや証言の不自然さから、
同じくIIDXのトップランカーであり第一発見者の1046に対して強い疑いを持つ。
1046にはe-AMUSEMENT PASSを使った鉄壁のアリバイがあったが、
懸命な推理の末、ついに乙下は1046が築いたアリバイトリックを崩すことに成功する。
だが……
(※前スレまでに投稿した本文は
>>1の臨時まとめサイトで読むことが出来ます)
29 :
24=27:2009/05/13(水) 01:26:10 ID:ea64bBCF0
あっとまとさん、すみません。かぶってしまいました。
語り部の存在は私も気になっているところでした!
個人的には、それは世界の何か〜〜みたいな壮大な設定の人の伏線なのかなっとか想像です!
では更新頑張ってください!
おじゃましました〜
いえいえ、お気になさらずに〜。
杏子はすでに元の物静かな表情を取り戻していた。
つい先刻の驚きに満ちた顔はもはや跡形もなく、
幻を見ていたのではないかと疑いたくなるくらいに無色透明な目をしていた。
「その裏技、私も試してみていいですか?」
乙下がどうぞ、とホテルマンのように手を差し出すより早く、
杏子はいつの間に用意したのか、
少し色の剥げたイーパスを片手にIIDXのステージへ踏み出す。
そしてすでに吐き出されていた乙下のイーパスを引き抜き、
代わりに自分のイーパスを1P側のカードリーダーへ挿入した。
dj 2BUAN。
SP8段。
プレイ回数540回。
乙下より遙かに多くの回数をこなしている。
名前の由来は「ツブラギ アンコ」を略して、
djツブアンと読ませたいのだろうと予想がついた。
乙下のdjネームは本名そのまま。
空気のdjネームは本名のイニシャル。
杏子の場合は、さしずめその中間といったところか。
数字を当てて「ツ」を表現しているあたりが
杏子にしては現代的というか可愛らしいというか、微妙なギャップがなんだか面白い。
もちろん杏子はそんな乙下の要らぬ感想などつゆ知らず、
早速一曲目に「No.13」のHYPERを選んで軽やかにプレイしている。
それなりに人気のある曲なのか、他人がプレイするのをよく見かけるが、
NORMAL譜面でさえ☆8もあるので乙下には手を出せない。
ましてや☆10のHYPER譜面など、異次元の難しさだ。
しかし、杏子はそつなくプレイしていた。
所々でミスを出すもののJUST GREAT率は非常に高く、
AAのペースメーカーを置いてきぼりにして青いグラフを上昇させている。
上手い。
さすがにBOLCEや1046のそばで育っただけのことはある。
だがそれ以上に、乙下は杏子のプレイスタイルの優雅さに目を奪われた。
関節でしっかり指を曲げ、ボタンに対して直角に力を加えている。
それがあたかもピアノの演奏を思わせ、彼女のプレイに品格を与えているのだ。
もしかすると小さい頃にピアノを習った経験があり、
その技術をIIDXに応用しているのかも知れない。
「この娘上手いですねー」
ABCの店員だった。
乙下の斜め後ろで興味深そうに腕組みしながら見物している。
「できないところは適当に押すんじゃなくて、
できるところだけを選んで極力正確に押そうとしてる。
だからミス数の割に打鍵音が揃ってるし、スコアも高いんです」
「んなことまで分かるんだ。やっぱアンタ凄いなぁ」
「いやいや全然。
ちょっと耳が良いってだけで、自分じゃ何もできないんですよ。
私もこのゲームちょくちょくプレイしますけど、
恥ずかしながら☆4で死ぬ程度の腕前なんです。
なんだかな、女子高生にさえ余裕で負けてる現実はさすがに悔しいですね」
店員の苦笑いを見ながら、
乙下は何かもやもやとした違和感のようなものが心に立ちこめてくるのを自覚した。
「悔しい……?」
「そりゃ悔しいですよー。
自分より下手な人なんてほとんど見たことないし、劣等感感じちゃいます」
「そうか、そういうもんか」
乙下にとってIIDXは単なる趣味であり、遊びである。
なので、乙下は周囲のプレイヤーとの実力差にさほど執着していなかった。
その性格ゆえに乙下は忘れそうになっていたが、
他人と競い合うという要素があるからこそ、このゲームは成り立っている。
ライバル登録機能や各種ランキングの存在が
利益に大きく貢献しているであろうことは、想像に難くない。
しかし、他人と競い合うことで生まれる感情が
必ずしも健全なものであるとは限らない。
それに気付いた時、まさかとは思いつつも乙下の中である一つの仮説が展開されていった。
ABC店員は杏子に対して劣等感を抱いている。
杏子は1046に対して劣等感を抱いている。
では、1046は誰に対して劣等感を抱いていた?
劣等感の連鎖。
そのピラミッドの頂点で渦巻く感情。
与太話だとは承知の上だった。
乙下は俗に言う常識とやらから目を背けつつ店員に尋ねた。
「店員さん、例えばなんだけどさ」
「はい」
「アンタが銀メダリストだとするよ」
「はい?」
「で、あの娘が金メダリストだとしよう」
「はい……」
「何度オリンピックが開催されても、アンタはどうしても彼女に勝てない。
あと一歩のところで必ず優勝を持ってかれる。
金メダルを取れさえすれば最高の名誉が手に入るのに、
人生の全てをかけて努力をしても銀メダル止まり。
そんな状態になったらどう思う?」
「オリンピックに男女混合の種目なんてありましたっけ?」
「そこは例えだから、まぁ気にしないどいてよ」
突飛な質問だったが、存外彼は真剣に答えてくれた。
「そりゃもう、すごく悔しいでしょうね。
あんなヤツいなければ自分が世界一だったのに、とふて腐れる」
「じゃ、殺す?」
店員の笑顔が突然作り物のようにぎこちなくなった。
「あんな邪魔者はいっそこの手で殺してしまえ。そんな風に思わない?」
「……それはないですよ。
そんなことをしてまで金メダルを奪い取ったところで、何の意味があるんでしょう。
メダル争いをするほどのプロなら、
スポーツマンシップに反する行為はしないと思います」
「金メダルのためにドーピングをする人なら過去にたくさんいたけど」
「だからと言ってドーピングと殺人を同列に考えちゃいけませんって」
「んー、それもそうか」
1046はなぜBOLCEを殺したのか。
その動機の糸口が掴めたのではないかと錯覚しかけたが、
店員の冷静な意見は実にもっともらしかった。
乙下は今更我に返ったように、自分の発想の陳腐さを呪う。
そこで店員がぽん、と手を叩いた。
「そうだ。国によっては金メダルを取れば
一生遊んで暮らせるほどの賞金をもらえるって言いますよね。
そんな状況だったら話は別かも」
「でもたったの200万円ぽっちじゃなぁ」
「200万円?」
「ごめん、こっちの話。
また仕事の邪魔しちゃったね」
「なんだかよく分かんないけど、私で良ければまた相談に乗りますよ」
店員はにこにこと愛想良く言って、仕事に戻った。
本当に明るい男だ。
彼ほど仕事熱心でコミュニケーション力のある男なら、
社員として欲しがる会社も少なくないだろう。
時給いくらで働いているのかは知らないが、
こんなじっとりと湿っぽい場末のゲームセンターで
アルバイトをさせておくには勿体ない人材ではなかろうか。
大きなお世話かも知れないが、乙下はそう思わずにいられなかった。
「さてと」
乙下はIIDXに意識を戻した。
コミュニケーション力があるんだかないんだかよく分からない
アクの強い女子高生が、今まさにフリーモードを終えようとしていた。
彼女は乙下が教えたことを忠実に実行した。
落ち着いた様子でGAME OVER後の画面暗転を待ち構え、
きっかり三つ数えてから排出されたばかりのイーパスを再挿入する。
結果、見事イーパスは内部で固定されないまま認識され、
暗証番号の入力画面に切り替わった。
「……すごい。
本当にイーパスを使わないでもプレイできるんですね」
「だろ。これで納得してくれたかな?」
「そうですね。貴方の言う通りにすれば、
理屈の上では1046さんがBOLCEさんを殺すことも可能です」
どうも引っ掛かっる言い方だ。
「あまり納得してないみたいな口振りだね」
「だってあまり納得してないですから」
「え」
乙下は思わずぎくりとしてしまう。
「IIDXをプレイしながら頭の中で考えをまとめました。
結論は、貴方が説明してくれたトリックは机上の空論に過ぎません」
杏子はしれっと乙下の推理を否定した。
そればかりか机上の空論とまで言い放つほどの遠慮のなさに、
乙下はムッとするのを通り越してある種の清々しさを感じた。
「言ってくれるなー。どうしてそう思うわけ?」
「逆に聞きます。貴方の推理は
『BOLCEさんが1046さんの言いなりになって行動すること』を前提としています。
どうしてBOLCEさんは1046さんの言いなりになったのですか?」
「……それははっきりと分からないけど、二人は表面上は仲良しだったわけだし、
1046がなんか適当な理由をつけて言いくるめることもできたんじゃないのかな」
「その考えが間違っているんです。
断言しますが、いかなる理由があっても
BOLCEさんが1046さんの思い通りに動くことはあり得ないのです」
「なぜ言い切れる?」
杏子は恐ろしいほど冷たい眼差しを乙下に突き立てた。
「BOLCEさんが1046さんのカードを使うことは、明らかな『不正行為』だからです」
to be continued! ⇒
今回はここまでです。
余談ですが、男女混合のオリンピック種目としては
馬術やヨット等があるとウィキペディアに載ってました(本当にどうでもいい)
それではまた来週。
とまと氏乙
もう犯人はこのよくできた店員なんじゃないかとw
続き楽しみにしております
37 :
旅人:2009/05/17(日) 00:44:41 ID:C/VzCHF40
>>とまとさん
乙です!全部のトリックの解明の過程は凄かったです。
事件解決はまだのようですが、動機とかの謎が明かされるのを楽しみにしています。
>>29さん
アドバイスと励ましの言葉をありがとうございます。
ご期待に添えるようなモノに仕上げられるよう頑張ります。
今晩は、旅人です。
予定より一時間遅れてしまいましたが、これから投下を開始します。
ユールとクーリーの二人は立体駐車場を車が使う坂を使って登っていた。
残念ながら、歩く人のための階段はまだ作られていなかったようだ。
突如、車が発進して危ない目にあった事もあったが、二人がそんな危険を避けながら
立体駐車場の屋上にたどり着いたのは駅から歩いて30分後の事だった。
周りには動きだしそうな車はいなかった。ユールはその安心からくる心理的な余裕をもって
自分のMPDをいじっているクーリーの方に視線を向けた。
彼はMPDに表示される時刻を確認しているようだった。
ユールからは見えなかったが、MPDは今の時刻を「09:40:23」と表示していた。
「もう09:40にもなるんだなぁ、早いなぁ…」
「え、もうそんな時間になるの?」
「そうだよ」
クーリーはそう言い、次の瞬間には気まずそうな顔をし、口を開いた。
「あ、まずい!」
「どうしたの?」
「第二ブロックで10:00から三作先のACがお披露目なんだ!」
「今のIIDXは12の『HAPPY SKY』だから、15作目ってこと?」
「そうだよ。サブタイトルは『DJ TROOPERS』だって!痺れるねぇ!」
「へぇ、トルーパーズねぇ…軍隊モノ?」
「そうそう。昼間からは第二次隠し要素が出現、第一次の各隠しが解禁されるんだよ!」
「でもそれって、大きなネタバレじゃない?いいの?」
「いいのいいの!このネタバレなロケテみたいなイベントは
抽選で選ばれた人しか遊べないから。ホラ、これ見てよ。
チケットが当選したんだ。確率は5000分の1なんだ」
「すごいじゃない!でも情報流出は?そういうのってあるんじゃないの?」
「それは大丈夫。プレー前審査も厳しいからね。そう打ち出していたよ」
「だから情報流出はないって事ね?」
「そういうこと。まぁあのスタッフさん方の事だから、将来15作目がACデビューしたら
もっと凄い隠しを持ってくるんだろうけどね。今も未来も楽しみさ!」
そんな事を話しながら、二人は立体駐車場とカーニバルとを結ぶ煉瓦の橋の前まで来た。
橋の上には電飾によって大きく、そして煌めくアーチがある。
橋の前の両脇には受付口があり、そこで名前やら住所やらを書いて受付をするようだった。
この時、二人の他に人はあまりいなかった。
タイミング的に二人は運が良かったといえよう。
数人の受付の時間待ちを経て、ユールが先に受け付け用紙にペンを走らせた。
「ユール・クーリー。
住所はレイヴン大陸第五地区○××■……」
ユールは必要事項をすべて書き終え、次にクーリーに順番が回った。
「ジェームズ・クーリー。
住所はレイヴン大陸第五地区×■◆▽……」
クーリーがペンを走らせている途中、ユールが口を開いた。
「そう言えば、ねぇクーリー」
「どうしたの?」
「どうしてクーリーは何で自分のセカンドネームで呼ばせているんだっけ?」
「あぁ、単にジェームズって名前が嫌なだけ。ユールには悪いんだけどね」
「どうして謝るのよ」
「それは…ほら、僕に話しかけているのにさ、自分に話しかけているような感じにならない?」
「それはないわ。私は私。クーリーはクーリーよ」
ユールがそう言うと、クーリーはありがとうと答えながら
必要事項を書き終えた受け付け用紙を係員に渡した。
二つの用紙を受け取った係員は「カーニバル入園証」と銘打たれたカードを二人に渡し、
「良い時間を」と言ってにっこり微笑み、次の客の応対をし始めた。
(蛇足だが解説。この時代では普通はこういった業務を
機械等を使って無人で行うため、とても珍しいものだった。
人が応対するため、非効率的だと指摘される問題点も見受けられたが、
私はこちらの方が味があって良いと思うし、人々の大半もそう思っていたようだ)
地上から三十メートルの高度、
立体駐車場からカーニバル第一ブロックまでを結ぶ、煉瓦造りの長さ200mにもなる橋を二人は渡った。
一度二人が立ち止まって橋の手すりから下を覗き込むと、
東レイヴン海が波打っているのが見える。
(テンポを崩すようだが解説を。大陸周辺の海はその大陸の名前を冠する。
この海の場合はレイヴン大陸の東にあるから東レイヴン海と呼ぶ、という事になる)
その波は力強く、しかし小さく見えた。二人のいる所の高度の関係で
大きい小さいの関係はそう見えるだけだったのだが。
海を見たユールはなんて高い所にいるのだろうと一種の感動を覚えた。
が、隣で歩くクーリーは感動どころじゃないようだ。
心を動かされるという意味では感動しているのだろうが、
彼は高所恐怖症の人間であったのだ。良い意味での感動に浸っているはずがない。
「ユール…ちょっとそろそろいいかな」
「あ、そろそろ行く?」
「うん…高い所だって認識しちゃうとやっぱ駄目だ。
早くカーニバルに行こう」
クーリーはそう言うと再び歩き出した。
ユールはいつもより早足で歩くクーリーの背中を追う。
一羽の烏が鳴き声を上げながら橋の上を飛び、
その影が橋に落ちていった。
誰もがこう思うだろう。「あぁ、烏の影なんだな」と。
しかし、ユールにはそれが不吉な予感として感じられた。
烏。昔読んだ童話によれば、鳥は災厄を運ぶ者とされていた。
「レイヴンの黒い鳥」。そんなタイトルの恐ろしい童話があった事をユールは思いだした。
ある国での話。小さな子供がごみを漁る烏を追い払おうとしたら
その烏が嘴で子供の胴を貫いて殺して心臓をついばんだ。
それを知って哀しみ、そして怒った両親は烏を銃で殺そうとする。
烏はそれをものともせずに子供の両親を同じように殺してしまう。
そんな事が繰り返され、烏を殺そうとする手段は段々と大々的なものになり、
軍隊が出動して全滅、最後の手段としてミサイルまで運用される事になった。
しかし、信じられない事に烏はミサイルの直撃を受けても傷一つもつけずに生きていた。
烏は多くの死が万延した国を悠然と何処かへ飛び去っていった。
そんな話だったかしらとユールは記憶をほじくり返してみた。
数秒後に彼女が下した結論は、まぁそれで大体合っているはずだといういい加減なものだった。
煉瓦の橋を渡り、カーニバルへの門へとたどり着いた二人は
驚くべき出迎えを受けた。
玄関先である第一ブロックから、大量の色とりどりの風船が一気に空へと舞い上がった。
そして、立派な行進隊による、当時のポップンの現行バージョンである
13作目にしてサブタイトルを「カーニバル」とする作品のテーマ曲「ポップンカーニバルマーチ」が
大音声で第一ブロック中に響き渡っていた。
「いつ聞いてもいい曲よね。それにしても、あの曲が本当にマーチング演奏されるなんて」
「素晴らしい事だと思うよ、これは。心からそう思ってる」
ユールの呟きにクーリーはそう返した。
二人の小さな会話を掻き消す程の音量で、
ユール達の立ち位置からでは姿の見えない行進隊はテーマ曲を演奏し続けていた。
文章だけで表すとなると、これがどれだけ凄かったか、美しかったか、という
程度のことかは分かってもらえないだろう。
それだけ、私に文才が無いという事だ。
ならば、絵でも書いたりしてこのレポートに添付しようかと考えたが、
私には絵の才能もない。下手糞な絵なんざ描いた所で仕方がない。
話が飛んでしまった。誰も私の身の上話を見聞きしたいという訳でもあるまいに。
ここにお詫びの意を表し、話を進めていこう。
お詫び替わりに、ここで解説をしよう。話など後でいくらでも進められる。
二人がカーニバルに入園した際、タイミングよく風船が上がり音楽が流れたのだが、
別に二人はVIP的な待遇を受けているという事はない。
あるイベントが始まったと同時に二人が入園したため、
その開始の合図の風船、音楽が二人を出迎えたように見えただけだった。
クーリーは何かに気付いた様子で第一ブロックの外周に建てられている
城壁の見張り台に上って下を見下ろした。そして「あっ!」と叫んでクーリーは続ける。
「ユール!」
「どうしたの?」
「もう『パレード』が始まっちゃってるよ!」
クーリーの言うパレードとは、カーニバル内において
決められた時間で行われる行進イベントである。
この時代においては珍しい行進イベントであった。
今となっては古臭い、地面にタイヤを介して力を押しつけて走る
ド派手な特殊大型車両の上に(全長600m、幅は30m、高さは40mという化け物車だ)
カーニバルピエロと呼ばれる特殊メイクを施されたこれまたド派手な人々が
踊ったり、その大型車両の周りを動きながら踊っている。
実はこのパレード、この時代の住人の常識を軽く逸している。
他の遊園地でもカーニバルで行われていたようなパレードはあった。
20分から30分程度で終わるようなものだったが、カーニバルのパレードはそれらに比べると異常に長い。
そう、長さという面でカーニバルで行われているパレードは常識を逸しているのだ。
カーニバルを構成する全てのブロックは一つの島で成り立っているのだが、
その島を円形の面積に置きかえるとするなら、
一番広いのが円面積に変換して半径7kmの第二ブロック。
続いて4kmと3kmの第四、第三ブロック。
最後に一番小さいのは第一ブロック。先述のように半径2km。
半径2kmの円をのろのろと一周するというだけでも結構時間がかかるが、
このパレードは(まだ解禁されていない第四ブロックを除く)
他のブロックも行進する。
この時間から始まったと考えても、終わるのは13時位になるのだろう。
念のために付け加えるが、(その必要はないのだろうが、念のため)
先の文章はあくまで島の形を円に変え、そしてそれが
どれだけの大きさなのかという事を言いたかっただけだった。
変な誤解を与えたのなら、それは書き手としての私の力不足だ。申し訳ない。
ポップンカーニバルマーチ(以下、PCMと記述する)が響き渡る
第一ブロック外周を囲む城壁の上に立っていた二人は、
大規模な混雑を避けるためにそこでパレードを見物していた。
ブロック全体から浮上する大量の色とりどりの風船。
響き渡るPCM。楽しそうな歓声。ユールはそれを見聞きして嬉しくなった。
隣にいるクーリーの横顔を見ても、浮かべている表情はユールのそれと変わらないようだった。
パレード隊がブロック中央の大きな噴水を中心とする広場に到着、
それを中心にぐるりと回り、隊は第三ブロックの方へ(ユール達から見て右。方角は東)進んでいった。
ゆっくりと時間をかけてPCMと歓声は遠ざかり、
風船も浮上する数が減り、終いには無くなった。
そしてそこで、クーリーは第二ブロックへ行く事、連絡はMPDを用いてする旨を
ユールに伝えると階段を降り、第二ブロックへ通じる橋を目指して歩いていった。
ユールも人もまばらな第一ブロックに降り、そして噴水へと向かった。
(多くの人が第一ブロックから姿を消した。その理由はパレードの追っかけだそうだ。
私には信じられなかったが、カーニバルではよくある事らしい)
石畳の地面を歩いて噴水に近づいたユールは、
噴水広場を囲むようにして建造されている数件の細長い煉瓦造りの建物、
その内の土産屋を営む建物に目をやった。
時代錯誤ってレベルじゃないんじゃないのか、これは?
今どき、言えばアンティークな、普通に言えば歴史的な風景をこのブロックは持ち合わせている。
ポップンをフーチャリングしているこのブロックだけが、特別こんな作りになっているのだろうか。
ユールにはそれは分からなかった。まぁ、いいか。ユールはそう思い直して土産屋に足を入れた。
土産屋の近くにベンチがあった。
その上には誰かが置き忘れて行ったらしいカーニバルのパンフレットがあった。
それに掲載されている写真を見る限りでは、どうやらどのブロックも古臭い作りになっているようだ。
いくらこの日が無料の日とはいえ、土産屋は代金を取っていた。
しかし、ユールが入った店は九割引きセールという事で、
かなり良心的な価格設定だという事は彼女にとって幸運だっただろう。
ユールは多くの商品を眺めながら歩いていた。
店内では静かに「Atlantic Spotted Dolphin(ACポップン10 ヒーリングフュージョン)」
がBGMとして流れていたが、ユールの目にある物が止まったせいでそれは全く聞こえなくなった。
ユールが見つめていたのは一体の人形だった。
白い肌、薄い青のセミロングの髪、赤がかかった綺麗な黒い眼。
ただの子供向けのような人形だった。三頭身の着せ替え人形のような、そんな感じ。
ユールはそんな人形に圧倒的なリアリティを感じた。
その人形があまりにもリアリティを追求した物だから、という事ではない。
まるで、そんな人間が確かに実在するような、そんな感じ。
そしてユールは予期していた感じのした気配を背後に感じた。
かつ、かつ、と小さいながらも足音は彼女に近づき―――
「ねぇ、ちょっとお話しましょ?」
―――ユールの横にいきなり現れた誰かが、そう声をかけた。
ユールが声のした方を見ると、そこにいたのはあの人形そっくりの少女だった。
ここで、この物語は一つの段階を終えた。
プロローグに書いたので気づいているかもしれないが、
この物語(式のレポートのつもりだ)は「Phase」という単位で分けている。
何故、章を意味する「Chapter」ではなく、段階を意味する「Phase」を使うのか。
私にはある考えがあって「Phase」表記を使っている。
単純に「章」よりも「段階」の方がこの物語の本質を言い表しやすいとか、
こちらの方が章表記よりは分かりやすいと私が思ったからだ。
さて、この「段階」では「preparation」という言葉を使った。
調べてみるとこの言葉は「準備」を意味する単語である事が分かった。
そう、準備だ。私がこの時代における色々な事を説明するための
準備段階であると捉えられるし、後々他の意味でも捉えられるのではないかと思う。
さて、この「Phase」のエピローグはここで終わりにしよう。
次の「Phase」では色々な驚きが待っていると思う。
どうか楽しみに次の段階を読んで欲しい。それでは、次のプロローグで。
carnival (re-construction ver.)
Phase 1 -preparation- end.
45 :
旅人:2009/05/17(日) 01:47:39 ID:C/VzCHF40
いかがでしたでしょうか?これにて今日の投下は終了しました。
次のフェーズからは急展開過ぎる展開になっていきます。
起承転結という物語を構成する言葉がありますが、
このフェーズで起と承をやってしまった感じです。
次の投下をいつにするかは決めてはいませんが、
今はフェーズ3の書き始めなので、ちょっと遅くなりそうです。
感想、質問、意見等はご気軽に寄せてやってください。
作品の反省材料や創作意欲に火をつける燃料になりますので。
今回も読んで下さりありがとうございました。
ぜひ次回をお楽しみください。それでは、おやすみなさい。
旅人氏投下ご苦労です〜
続き楽しみに待ってるんでじっくり取り組んでくださいな(´ω`)
そろそろageる時期ですよ。
あげ〜
>45
投下乙です。
しかし急展開になると聞くと、またいつぞやのようなバトル物や超展開ものにならないか心配になるw
後、相変わらず括弧注釈の入れ方が微妙。
本文にそのまま入れれば良い事をわざわざ注釈扱いにしていたり、
テンポを切るような形で入っている事もあるから、そこが惜しい。
個人的な意見ですが、なるべく括弧注釈に頼らない文章構成にして、
かつクドくない書き方にすればもっと良くなるのでは…と思いますね。
次の投下も頑張ってください。
前スレ落ちたね。
そんな訳で定期保守。
51 :
旅人:2009/05/23(土) 14:30:11 ID:OJQSp64T0
>>49さん
指摘とアドバイスをありがとうございます。
全く成長のない書き手で申し訳ないと思います。
バトルの方には進まないです。戦いがあったとしても、人対人の構図は殆どないと思います。
さらに言えば、みんパテに出てきたような超能力のようなものは存在しません。
しかし、超展開…といえば超展開なのでしょうか。
僕の超展開の定義は、読者さんがついていけないような展開なんです。
一般の超展開の定義とは違うのだと思いますが、僕の定義で考えれば、
この展開は多分ついてこれるものだと思うので、超展開ギリギリのものかと思います。
今日は、旅人です。
昼間の投稿ですが、よろしくお願いします。
現段階ではフェーズ3の一つ目の山場の前まで書き進める事が出来ました。
このペースでいけば余裕で投下が出来そうです。
今回は長めです。これから先はこのくらいの量がデフォになってしまいそうです。
これから投下します。本編をどうぞよろしくお願いします。
さて、これから「Phase2」に移行するわけだが、
ここでサブタイトルをつけてしまうとこの先の面白味が無いのでは、と不安に思う。
が、ここでサブタイトルをつけねば先には進めない。
そんな一種のジレンマを抱えつつ、私は嫌々サブタイトルをつける事にする。
2999/12/25 22:21
カーニバルと呼ばれた遊園地で何かがあった。
普通では考えられない事が起きた。現実として確かに起きた。
私は、この事実を元にこの時代の背景を解説しつつ物語を構成するだけだ。
あり得ない展開だとか、これは一体何なのだ、ふざけるなと思われても仕方がない。
何故なら、これはあくまで物語だからだ。
carnival (re-construction ver)
Phase 2 -covered truth-
人間には二つの面が存在する
それの内の一つが具現化し人々に害をなす時
もう一つの面が反旗を翻す
それは人に勇気と希望という幻想を与える
ユールが見たのは、心惹かれた人形と同じ容姿をした少女だった。
心惹かれた、という表現では誤解を招きかねないが、まぁいい。
ユールはその少女に声をかけられ、
「へぁ?」と間の抜けた声を出してしまった。
クスッと少女が笑い、「ごめんなさいね」と言いながら続きを言った。
「あなた、『ユーレ』でしょ?」
ユールは、あぁこの子は何処かの地方の生まれで
言葉が訛っているのだと考えた。私の名前は「ユーレ」じゃないわ、とユールが言ってから続ける。
「私の名前はユール。分かる?『ユール』よ。
っていうかあなたは何者?何で私の名前を?」
その言葉を受けた少女は、次第にその顔が歪んでいった。
誰が見ても、その歪み方は怒りや憎しみによる歪みではなく、
愉悦を感じてゆっくりと歪んでいったように見えただろう。
そして、数秒後に少女は噴いた。続けて「あは、あははは!」と少女は笑った。
「何、私何か変な事を言った?」
「いいえ。ねぇ、ちょっとついてきて」
少女はユールの手をとって土産屋の出入り口へと歩き出そうとした。
だがユールは足を踏ん張り、そこでブレーキをかけ、しかしそれでも足を止めない少女に言う。
「ちょっと、やめてよ!あなた一体何なの!?」
「あ、ごめんごめん。私の名前はトルセ。
あなたに…ユールに用があってね。やってきたんだ」
「私に用?だったら今ここで話してよ」
「ゴメン、ちょっとここでは話せないんだ」
その言葉を聞いたユールはトルセと名乗った少女に警戒心を持った。
一体、何だってここでは話せないような用が私にあるというのだろう。
トルセはそんなユールのめくるめく思考を無視して言った。
「この建物の屋上は屋外カフェなの。
そこでなら話せるわ。料金も今日なら無料だし、ね?」
さて、私はここで解説が足らなかった事に気がついた。
本当に申し訳ないと思う。ここでお詫びを入れる。
何の解説が足らなかったというと、カーニバルについてだ。
あの遊園地にある建物は全て、2000年頃に中世ヨーロッパと呼ばれていた
時代に建てられていた古めかしくも美しい建物をイメージとしているのだ。
古めかしいとかどうとかとは書いたが、そこまでは言及していなかった。はずだ。
イメージできないという人は適当に画像検索でもかけて
一体どういうものであるのか、というのを是非調べてみて欲しい。
私がこういった建物に心惹かれる理由が少しながらでも分かると思う。
話が逸れた。さて、ユールが謎の少女トルセに屋上に連れていかれたところから話を再開させよう。
ユールの長い黒髪が西から吹く風に靡いていた。
そう、いま彼女とトルセは土産屋の屋上にある小さな喫茶店にいた。
マスターを四方で囲むカウンターに二人が座って、
トルセがコーヒー、ユールも同じものをオーダーした。
それを聞いたトルセがユールに言う。
「ねぇ、他の物は注文しないの?ここ、今日限りのキャンペーン対象店なんだけど」
「それでも、欲は張っちゃいけないと思うんだ。
それよりトルセ、いったい私に何の用なの?
初対面なのに名前を知ってるって事は、下調べをしているって事なんだろうけど」
「えへへ……実はね」
後半部分から口調が変わった。快活なトルセの表情は真剣なものに変わった。
声の調子も、軽い感じのそれから重い感じのものになった。
「実はね、お願いがあるの」
「何、お金を出せって言うんなら、渡さないよ。
正確に言えば、お金を持ってないから渡せないんだけど」
「そんなのじゃないわ」
トルセはそう言い、そして大きく間を開けてから言った。
「………あなたに殺してほしい奴がいるの」
はい、アンタ逮捕ね。
もし自分が警官だったら…とユールは考えた。
もし自分が本当にそうだったら、トルセを即拘束、逮捕してやるのではないのだろうか。
「聞こえなかった。もう一回言って」
「あなたに殺してほしい奴がいるの」
自分の耳がおかしくなったのではないのだな、
とユールは思いながらトルセの顔を見た。
彼女の顔は狂人のものでは無かった。
ただ、そこには強い意志が秘められているとユールは感じた。
「あなたに殺してほしいのは、全てを無に帰す万物の敵」
「ちょっと待って、言っている意味が分からない。
私、あなたとはここでさよならね。じゃ」
わけの分からない事を言いだしたトルセに
ユールはそう言ってその場を去ろうとした。が…
「じゃ、この世の終わりが来て、皆死んじゃえって事なのね?」
トルセはまたもわけの分からない事を話した。
しかし、ユールの意識にその言葉が強く留まった。
無意識の内にユールはトルセに向かって聞いていた。
「この世の終わりって、どういう意味?」
「約千年おきに起こる災厄。
ミレニアムは、いつも世界の存亡のギリギリで過ごされていた」
「すべてを無に帰す万物の敵、だったっけ。
そいつはいったい何者なの?万物の敵ってどういう事?」
「すべてが消されてしまう。
私たち人間が、誰もが持っている感情によって。
心の闇、それがすべてを無に帰してしまう……
人間が世界を破滅させてしまう」
荒唐無稽にも程がある、とユールは思った。
あまりにも馬鹿馬鹿しい。心の闇、人の暗い感情が世界を滅ぼす?
勝手に言ってろイカレた電波女が………とはユールには思えなかったのだ。
そう思う一方で、クーリーなら「冗談いっちゃってー!」と笑い飛ばせただろうとユールは考えた。
「もう奴らはアレらを手にしている」
「アレって何?感情が顕現でもして何かを奪ったって言うの?」
トルセは驚いた顔をした。「何で私が言おうとした事を言ったの?」と言ってから、
「ま、察しがいいのね」
それだけを言って、マスターから差し出されたコーヒーに口をつけていた。
ユールも差し出されたコーヒーに口をつけ、それから言う。
「…それは何なの?」
「ここじゃ言えないのよ」
「また?」
「ま、飲み終わったら私の家に行きましょ」
私の家?とユールは耳を疑ったが、
トルセの話に興味を持ってしまった彼女のコーヒーを飲むペースは、誰が見ても明らかに早くなっていた。
まぁ、話の展開に無理があると思うのは作者である私も同じだ。
だが、現実に起きたあの何かと仮想のこの物語を結びつけるための必要悪であった、と言い訳しよう。
私は、本当は多分、現実に起きた話では、これより凄い展開であったかもしれない。と思う。
確かにカーニバルの全てのブロックには沢山の建物が立ち並んでいた。
中には住宅街もあり、後々そこの家々が売られ、
希望する者はカーニバルに在住出来るという夢のような話もあった。
自分には関係のない事だとユールは思ったが、ここで彼女が気づいた事があった。
「まだ物件が売られていない」という事実だ。
ユールの前に立って歩いて先導するトルセが
まるでユールの心を読み取ったかのように言った。
「いろいろ事情があってね。先に私が……
ホラ、あの白い屋根の家、分かる?」
「あぁ…っと……うん、アレかな?」
トルセが指さした先には、確かに白い屋根の1LDKの家があった。
一人暮らしするには十分な広さで、外見も清潔感に溢れていた。
現段階では展示物なのだから、当然と言えば当然なのだが……
ユールはトルセの家(あくまでも彼女の自称だ)に入った。
家の広さ等は世間一般で言う所の「普通の家」であったのだが、
自分が住む家とこの家を比べて見ると、何と羨ましいことかとユールは思った。
居間に案内されたユールはベージュの柔らかいソファーに腰掛け、
その座り心地に感嘆した。
「はぁ〜、極楽だわ…」
「極楽って、いつもの生活はそんなに悪いの?」
「うん。まぁクーリーのおかげで生きてこられているけど」
へぇ、とトルセは返し、それから何かを持ってくるためか
キッチンへと向かい、そしてユールの視界から姿を消して言う。
「ユールの予想通り、私はあなたについて下調べしたわ。
だからあなたの事は大体は分かっているつもり」
「それで私の名前が分かったのね。クーリーの事も
知っているっぽい答え方をしたし。それじゃ、私のIIDXのSPの段位は?」
「そうね、六段でしょ?」
トルセの答えは見事に正解していた。
ユールは「あれ、冗談じゃなかったの?」とトルセに聞こえないように呟いた。
「聞こえてるわ。冗談じゃなく、本当にあなたの事については調べたの」
トルセが姿を消したまま言った。
本当に微かな声だったのだ。それが、どうして彼女に聞こえていたのだろう?
このやり取りを経て、ふとユールは思い出した。
白い……白い、何だっただろう。思い出せない。思い出したはずなのに思い出せない。
確かなのはそれとの接触の記憶。そして今抱いているのは、自分がそれになったような感覚だった。
「千年に一度、私たちの負の感情が
私たちに害をなす……はい、二人でクッキー食べましょ」
トルセはクッキーの載った皿を持ってユールの所へ戻り、
そしてテーブルの上に置いた。ユールは礼を言ってクッキーを一つつまみ、そして口を開いた。
「美味しいね、これ」
「ここで売ってる安物だけどね」
「それでも美味しい事に変わりは無いよ。で、さっきの話なんだけど。
千年に一度、どうして千年に一度なの?一体負の感情は何をしでかすの?
そして、一体何を奪ったの?ねぇ、それは何なの?」
ユールの問いにトルセはクッキーを一つかじりながら答える。
「最後の問いにはまだ答えられないわ」
「どうして」
「ごめん、まだ時間が来ていない。今はその時じゃない」
そう言ってトルセはもう一枚クッキーをつまんだ。それを食べ終えてから話を続ける。
「人を操る。その人は自分の意思で動いているような自覚はあるけど、
実際のところその人の思考は負の感情にコントロールされている」
「それで…何?」
「それで、例えば、第三次世界大戦が起きた。
開戦したのは約三百年くらい前なんだけど、負の感情がそれを起こしたと言ってもいいわ」
「第三次世界大戦…人類は一度滅びるくらい、
酷い規模の戦争だったって聞いてるわ。それを、負の感情が?」
トルセは無言で頷いてから言った。
「戦争の開戦時期を大きくずらした人がいるわ」
「それは誰?歴史上の人物?」
「いいえ。全く歴史には上がってない。
でも、千年前では一部で有名だったみたい。
それくらいしか知らないけど、そういう人がいるって事は確か」
「その人、どのくらいまで生きたの?
まさか仙人みたいなアレで不老不死なんですっと事じゃないわよね」
「当然よ。そんな事は全く無い。
彼が死んだのは2065年かしら。
で、第三次世界大戦開戦が…確か2680年、終戦が2700年、そしてWOS結成が2870年。
よく彼が長い間光を引っ張ってきたと考えると、凄いと思う」
光…とユールはつい反応して呟いてしまった。
「そう。人間が持っている負の感情とは正反対の感情。闇と光。
……彼は光り輝いていた。だから、広い場所に光が満ちていった」
「彼…ってさっき言った
第三次世界大戦の開戦を遅らせた人?」
「そう。名前、性別などは不詳なのよね。彼って言っていいのかも分からない。
でも便宜上彼で通すわね。…彼は心の闇に対抗する心の光の塊のような人だった」
それを言って、トルセはユールの目を覗き込みながら言った。
「ある強大な力が生まれる時、それに対抗する力が生まれる」
「え?」
「昔から残っている言葉を意訳すると、こんな訳になる文があるの。
心の闇に対抗できるのは彼しかいなかった。
彼は二度世界を救った。
一度は限られた世界を、もう一度は文字通りの世界を」
「それは…一体なんなの?」
「聞きたい?」とトルセが問い、ユールは答えた。「是非」と。
分かったわ、とトルセが言って続ける。
「一度目の限られた世界とは……いや、世界っていうか、対象?
そうね、音楽ゲームのファンを皆殺しにしようとした奴らがいたの」
「そんな昔に音ゲーがあったの?」
「今の音楽ゲームは遺跡から発掘されたものでしょ?
昔にあってもおかしくも何ともないわよね」
「あ、そう言えばそうだ。というより、クーリーから聞いたんだったんだよその話」
「………それで彼が奴らを、闇を光で消し去ったの」
「でも、どうして皆殺しなんて考えたんだろう」
「途轍もない恨みなんかがあったんじゃないかしら。
それで、二度目の危機。その対象は全世界の人々。
ある人物の途轍もない全ての人間への絶望と怒りが全てを殺そうとしていた」
「例によって操られていた、と」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
自分の意思で奴は人類を絶滅しようとしていたらしいのだけれど。
でも、彼によって奴は倒された」
「殺した、の間違いじゃないの?」
「まぁそうなんだけど、ソフトな表現っていうか、ねぇ?」
トルセはそう言ってクッキーを一つ取った。
ユールはこの非現実性が溢れる話を一度整理し、再構成する。
彼っていう正義の味方みたいな人がいて、
その人は世界の危機を二回、それも未然に防いだ。
…その彼、一体どんな人だったんだろう?
「でもね」トルセが唐突に言った。
「何?」
「彼がどんな人だったかは知らないんだけど、
彼の子孫が誰かっていうのと、彼の遺したものは知っているんだ」
ユールはそれを無言で聞いていた。
彼の子孫は誰か。そいつは今でも生きているのだろうか。
彼の遺したもの。それは一体何なのだろうか。
今までの話を総合すれば馬鹿馬鹿しいと一蹴する事が出来る。
何が心の闇だ。千年に一度だの災厄だ。人を操って世界大戦を起こす?ふざけないで。
何が彼だ。光の塊だ。心の闇に対抗して世界を守る?妄想も大概にしておいてよ。
夢を見るのも大概にしておきなさいよ。ホント、超展開もいい加減にしなさい。
ユールは言おうと思えば言えるだろうと思った。が、言えなかった。
彼女の心には何か確信に近い感情があったからだ。
その確信は何に対しての確信なのか、彼女は何となく分かっていたのかもしれない。
クッキーがかじられる音でユールの意識は現実に引き戻された。
クッキーを食べ終わったトルセが「吃驚するよ?」と言ってからユールに告げた。
「彼の子孫、彼の血を継いでいるのは……………ユール、あなたよ」
62 :
旅人:2009/05/23(土) 15:57:15 ID:OJQSp64T0
今回の投下はこれで終了です。
過去の作品とのつながりが一部明らかになりました。
正直、こういったリンクのさせ方ってどうなのよ?
そう書きながら思っていたのですが、僕には文才もないしアイデアも無い。
無い無いだらけの僕には、この繋げ方が最善だと思ったのです。
今回は超展開とかは無いだろ、と読者の方は思われていたかもしれません。
正直つまんねーしそういうのは止めてくれ、と思われているかもしれません。多分そうでしょう。
僕は前に書いたように、この作品を最後の作品にしたいと考えています。
その中で描きたかったものの欠片として、こんな要素を含んでこの話を描きたかった。そんな我儘です。
僕は書きたい物を書く。これは一種の我儘です。
でも、最後の我儘ですので、どうか見逃してください。あと一ヶ月半もすれば、終わりますから。
今回も読んで下さりありがとうございました。次回もよろしくお願いします。
もしかしたら、今日の夜に続きを投下できるかもしれません。
後でもう一度、投下できるかどうか告知に来ます。それでは。
63 :
旅人:2009/05/23(土) 21:35:20 ID:OJQSp64T0
先の前書きの告知の件できました。
多分、日付が変わる頃に投下できそうです。よろしくお願いします。
64 :
旅人:2009/05/23(土) 23:43:36 ID:OJQSp64T0
今晩は、旅人です。
予定より早く投下できるようになったので、投下します。
>>62の告知文ですが、前書きじゃなくて後書きですね。すみません。
さて、過去作らとの繋がりが少しだけ、しかし重要な事が明らかになりました。
ハッキリと作中には書いていませんが、
僕の中では黒歴史に近い作品が大きく関わってきています。
こんな事を書かなくても、皆さんはお分かりだと思いますが……
そろそろ本編を投下しようと思います。よろしくお願いします。
ここまでの話の流れを整理してみよう。
主人公ユールは友人のクーリーと共に
BEMANI追体験プロジェクトで建造された巨大遊園地「カーニバル」に遊びに行く。
レイヴン大陸の経済がこのプロジェクトで潤ったという事もあって
予算がかなり大きく取れたからか、カーニバルは本当に広い遊園地となった。
その規模は、一日で全部を歩き回るとなると厳しい広さになったほどである。
カーニバルへ向かう途中、ユールはキリー、アルベルト、アリスといった
それぞれ違う音楽ゲームのプレーヤーであり友人と出会う。
彼らとは別にユールとクーリーはカーニバルへ向かい、
そして二人はお互いの目当てのものに行くため一度別れる。
ユールがポップンをフューチャリングしている第一ブロックの
土産屋に入って物色していると、そこにある人形そっくりの少女、トルセが現れた。
トルセの家(と彼女が勝手に称している)に上がるユール。
そこでユールはもてなしを受けつつ、電波風味たっぷりの事を聞かされる。
世界を一度壊滅まで追いやった第三次世界大戦の開戦のキッカケが、
その他多くの争いの原因が、千年に一度活性化する人々のネガティブな感情、
トルセが言うには「心の闇」によって引き起こされたというのだ。
だが、ユールにはこれが電波や妄言には聞こえなかった。
何故か真実味を帯びているように聞こえたからだ。そんなユールにトルセは衝撃的な事実を告げた。
「約千年前に生きていた心の闇に対抗する事が出来た人間の子孫、それがユールなのだ」と。
ユールはあまりにも予想外の事を突き付けられたからか、
それとも密かに予想していた事が当たっていたからか、
どちらかは分からないが、とにかく押し黙っていた。
沈黙の中、ユールがクッキーを食べる音のみが居間に響く。
彼女には何かを食べたりして意識をそちらへ持っていこうとする
一種のパニック状態からなる突飛なな行動を起こしていた。と私は分析する。
ユールが三枚目のクッキーを食べ終え、
そして幾許か正気を取り戻して彼女が言った事は、
「それ、マジで言ってんの?」
それだけだった。
本当に、たったそれだけ。
「マジで言っているんだけど」
「マッジッで?」
「マッジッで」
「いや、嘘でしょ?」
「いやいや、ホントなんだよねこれが」
信じられなかった。ユールはこれが現実であるとは思えなかった。
そんなまさか、(トルセの話を鵜呑みにすれば)英雄的存在の子孫であるとは
全く信じられない事であった。
そんなユールの様子を無視するかのようにトルセが続ける。
「ユール、あなたには彼が遺したものを見て、
それ継がねばならない義務がある。一緒に来て」
「ねぇ、そんな事を言う証拠はどこにあるの?」
「これから見せるものが証拠になる。
ちょっとまた外に出て歩かなきゃいけないけど、ほんのちょっとだから」
あぁ、私とした事がとんでもない間違いを犯してしまった。
カーニバルが一体どのような作りなのか、まだまだ書き足していなかった。
第一から第四までのブロック(を繋げて菱形をかたどっている)と、
半島に作られた駐車場の他に、もう一つ重要な施設があった事を書き記していなかった。
その施設はターミナルタワーという名称(略称はターミナル)で、カーニバルの名物ともいえる。
これもまた書き記していなかったが、メトロという地下鉄の中継地点の役割を果たしている。
他にも半径1.5km、高さ3kmの巨大な円塔の形をしたそれは
高所からの絶景を見る展望台としても機能する。
根元は海底でしっかり固定されているため、
ターミナルにどれだけの人が来ようが何しようが絶対に倒れないようになっている。
そしてターミナルからの落下などを防ぐ為に不可視のバリアーが、
ターミナルの頂点をドーム状で覆っている。これによって来園客が落下死する危険性は無い。
さて、トルセはユールとメトロを使ってターミナルへ行く事を表明、
ユールは「そんな所に彼が遺したものなんてあるのか」と反抗、そして、
「っていうか、ターミナルなんてないじゃん」
四つの島でかたどられた菱形の中に、トルセが説明したような塔は何も見えなかった。
見えると言えば、何故か一羽の烏が海の上を飛んでいるくらいのものだった。
「いや、まぁ、それはね?」
トルセが言った。その口調にはちょっとした動揺が見て取れる。
外へでて、第一ブロックの北の方へ移動していた二人の間に沈黙が流れる。
ユールの視界には東レイヴン海が見えていた。
先に書いたように、ターミナルは全く見えていない。
一羽の烏がカー、カー、と鳴き声を上げて海上を飛びまわっているだけだ。
不意にトルセが歩く足を止め、そして思い出したように口を開いた。
「それは、あの、時間が来ていないんだ!まだ時間じゃないんだよ」
「時間?」
「そう、時間だよ。今は…そうか、まだ10:00じゃないのか。
まぁ待って待って待って。もうすぐ塔が出てくるから」
ユールがMPDで現在時刻を確認する。
確かに09:58をMPDは示していた。
あと一分と少し………まだ?ターミナルとやらは出てこないの?
「彼の遺したものって…」
唐突にトルセが言った。
その言葉でユールの興奮した意識が現実に引き戻される。
「ユールは一体何だと思う?」
「……財宝、とか。
もしそうだったら、私は彼の血を引いているんでしょ?」
「そうよ」
「だったらそれを少しだけでももらう権利が私にはあるはず。
・・・・・・って思ったんだけどね、夢を見すぎたかなぁ」
「全ッ然違う。彼はそんなものを残さなかった」
「ケチね」
「何を言っているのよ…
あれは、彼が最後に闇と戦った時に使っていたものなのよ」
「戦いの道具?銃とかそんなの?」
トルセは首を横にを振った。どうやらユールの予想は違うらしい。
「じゃあ一体何なのよ、その彼の遺したものは」
「それは…」
トルセが口を濁らせ、そしてためてから言った。
「彼が遺したものは………ひと振りの剣よ」
「はぁ?」とユールの頭の中にテキストが浮かんで消えた。
どうやら彼とやらは遺すものを間違えたらしい。
普通なら財産だとかそういうものだ。
そうでないというのなら、自分が大切にしていたものとかを遺すだろう。
だが彼はたったひと振りの剣をのみ遺して死んでいったのだ。
とんでもない笑い話だ、とユールは思った。
「じゃあなに、その剣でもって闇をやっつけろって事?
殺してほしい奴がいるって、それは心の闇の事よね?」
「そう。そして、ユールにはもう一つだけやって欲しい事があるの」
トルセはそう言って北の方へと歩き出した。
今の時代、誰かを殺す際に剣を使うなんて…とユールは変な笑いを浮かべながら
トルセについていき、そして第一ブロックメトロステーションの入口前に立った。
ここは東レイヴン海が良く見渡せ、先の一羽の烏がより鮮明に見える場所である。
ユールがトルセに「それって何?」と問い、トルセが答えた。
「それは…剣との対話よ」
「え、対話?」
「そう、対話よ」
「待って、剣に人格がない限り、対話や意思疎通なんて」
出来る訳がない、とユールが言おうとしたまさにその時、
彼女の視界の中に巨大な水柱が上がった。
「約千年前」
ごおおおぉぉぉ!!!!ともの凄い水しぶきが轟音を伴い、
激しく波打つ海面から現れた巨大な塔を見ながらトルセが呟くように言った。
「彼は人格を宿した剣を創り上げた」
「え?水の音が凄くてよく聞こえない!」
「…名の無き剣。ユール、名前はあなたが決めて」
トルセはそう言うと、空高く舞い上がった水が霧状になって落ちてくるのも気にせずに
メトロステーションへと降りていった。
「名の無き剣?名無しの剣って事?」
ユールは呟き、頭に霧状になって降り注ぐ水を浴びながら、駆け足でトルセの後を追った。
70 :
旅人:2009/05/24(日) 00:12:01 ID:i38kar0c0
いかがでしたでしょうか?これにて今回の投下は終了です。
もう何か音ゲー関係ない領域に入っちゃったような気がするのですが、
音ゲー要素が入っていないのはこの辺りくらいだと思います。
他のシーンではやはり音ゲー要素は薄いですが、
元ネタなどが音ゲーからインスパイアしているものは多いです。
ちゃんと音ゲー小説として成立するようにはしています。
次回投下分あたりまでは音ゲー要素が殆ど無いです。
作者の頭が良ければ、色々詰め込むことは出来たのでしょうが、
駄目な作者である僕にとってそれは難しい課題でした。本当に申し訳ないと思っております。
日曜日の同時刻辺りに次を投下して、
それからしばらくは続きを書く事に専念します。
という訳で次の投下は六月中旬あたりになるかと思われます。
今回も読んで下さって本当にありがとうございます。
意見や質問等は大歓迎です。遠慮なくどうぞ。それではこれで。おやすみなさい。
(今回の前書き、
>>62じゃなくて
>>63でした。すみません…)
71 :
旅人:2009/05/24(日) 23:53:10 ID:i38kar0c0
今晩は、旅人です。予告通りに投下できるので投下します。
さっきからちゃんとした文を書けていないなぁと思いまして。
誤字脱字が目立つ目立つ。ほんとにこんな奴がモノを書けるのかと問いたいくらい。
ということで前回のの後書きの件なんですけど、
今回の投下の次の投下が六月中旬を予定しているって事を言いたかったのですが、
よく分からない日本語を書いてしまい、上手く伝える事が出来ませんでした。
これによって混乱を与えてしまったなら、申し訳ないと思っています。
それでは本編の投下と参りましょう。今回もよろしくお願いします。
さて、ここにカーニバルについての資料が私の手元にある。
と書いても、その資料は園内で無料配布されているパンフレットであるし、
読んでくれている人の目に触れさせる事は出来ない。残念ではあるが。
資料によると、地下鉄、いや、そこではメトロと呼ばれる地下鉄は
ブロック間移動の為にあるものである、とされている。
ブロック内移動ならば無料運行バスなどを利用すれば良いようだ。
メトロを使う上で面白いと思った事が一つある。
海底トンネルを走り、必ずターミナルを経由し、
一度そこで停車し、乗客の乗降車を行い、そして目的のブロックへと移動する事だ。
その程度の事か、と思われるだろうが、これも解説の内とさせて頂こう。
メトロもこの日は無料運行であった。
だが、第一ブロックの客の殆どがパレードの追っかけに走った為か、
第一ブロックステーション発第三ブロック行きのメトロに
乗車しようとする客はユールとトルセと他数人だった。
プラットフォーム中にPCMのアレンジされた楽曲のみがこの場を満たしていた。
待つこと数分、メトロが第一ブロックの中心の方角から
キイイィィィとブレーキを軋ませる音を立てながらプラットフォームで横の腹を開けた。
数少ない乗客を乗せたメトロは海底の世界に旅立っていく。
「うわぁ、綺麗!」
ユールは適当な席に座りながら窓から海底の風景を見つめ、そう感想を流した。
数年前、クーリーの家で旅行番組を見た時の綺麗なな海底の映像とそっくりだったのだ。
(ここで補足。
カーニバル建造のような大規模な工事を行えば
多大な汚染などが懸念される、と思われるだろうが
この時代の技術を以ってすれば汚染被害を極最小限に抑える事が出来る。
ユールが海底を綺麗だと言ったのもそのためである)
高速で流れる海底の景色は30秒も経たない内に終わった。
暗い鋼鉄の壁や床、天井で構成されるターミナルメトロステーションの
プラットフォームにユール達は降り立った。
外とは違い、地下のプラットフォームは少々冷えていた。
それも、息を吐けば口から白い煙が上がるほどに。
何かが変だ、とユールは感じた。
第一ブロックの方はそれほど寒くも無かったのに、
どうしてターミナルの方はこれほど寒く感じるのだろうか……
「ねぇ、寒くない?」
ユールは耐えかねたかのようにトルセに同意を求めた。
「当然よ、寒いに決まっているじゃない」
トルセは同意はしたが、その返す言葉に違和感を孕ませていた。
「まぁ、海底だし?」
ユールはそう言い、トルセは首を縦に振って続ける。
「剣が保存されるには大体この位の温度が適切なの」
「じゃ、その剣とやらがここにあるって言うのは本当なのね?」
「疑っていたの?」
「いいえ、ちょっと信じられなかっただけ」
同じじゃない、とトルセが返し、ついてきてと言ってユールを誘導した。
乗客たちが目指すターミナル屋外とは正反対のほうにプラットフォームを歩く。
数十歩歩き、トルセが周りに人がいないのを確認してからしゃがみ込んだ。
ユールもそれに倣って膝を曲げる。
トルセが床に手をかざし、何か呪文めいた言葉をボソッと呟くと、
何の変哲のないコンクリートの床が光を発してから左右に開いた。
「嘘…こんな、こんなことが。こんな所に音声認識チェックシステム?」
ユールは信じられないといったようにそう漏らした。
「これは嘘じゃない。現実よ」
トルセがなにか冷やかに感じるような語調で返し、
床に出来た穴に飛び込んでいった。
しばらくして「ユール!こっちに来てー!」とトルセの声が反響しながら穴から響いた。
「南無三…!」とユールは呟き、トルセの声に従った。
誰もいなくなったプラットフォームにぽっかりと開く穴は、静かに閉じていった。
落下時間は一秒と少し位の程度のものだった。
何の着地の備えをしていなければ、着地時に相当な衝撃が来ても
全く不思議では無い高さであるという事を時間は物語っている。
だが、ユールを襲うであろう両足への衝撃は全くと言っていいほどなかった。
何か柔らかいものを踏んで、それに全身を包まれるかのような感触。
そんな不可思議な感覚は直ぐに過ぎ去り、
残されたのはユールが怪我をしなかったという事実だけだ。
ユールが立っている場所は暗闇で満ちていた。
自分の体すら見る事も出来ないほどの暗闇が、彼女のいた空間を支配していた。
暗闇は人の心に不安を生じさせる。
人外の恐怖心を煽る存在が現れるのではないか、
それともどこからか誰かが現れ、何かしらあれこれされるのではないか……
ユールも例外なく不安に襲われていた。
不安で心が一杯になり、たまらずトルセの名を呼ぶ。
しかしユールは自分の声が暗闇の中に吸い込まれていくかのような錯覚を覚えた。
「大丈夫」
聞き覚えのない誰かの声が聞こえた。
「誰!?」とユールが反射的に問う。すると、
「『僕』はここにいるよ」
声はそう答え、そして暗闇の空間に一筋の光が差し込んだ。
そのおかげで、ユールは自分がどこかの通路にいる事に気がついた。
ユールは光が差し込む方角へ歩を進め、そして見た。
「一体これは……これは何なの?」
ユールの目には円形に広がる、白一面の大広間が見えた。
その中央には絢爛たる台座が、そしてそれに突き刺さっている物が一つ。
明らかに「剣」だと分かる武器だった。
剣の種類として、西洋の剣と東洋の剣というものがある。
前者は両刃で真っ直ぐの形をしたもので、切れ味が悪く、
後者は片刃で曲がった形をし、切れ味が良いという。
ユールが見た「剣」は丸みを帯びた刃渡りが短めの西洋の剣だった。
ユールはその剣が突き立てられている台座に歩み寄り、そして口を開いた。
「私に呼び掛けているのは、あなたなの?」
ユールの声はこの白く広い空間に響き渡った。
残響が全て響き終わると、剣が身震いを始めた。
「そう。君の意識の中に語りかけている。
やはり、君は僕と近しい…」
「ねぇ、一体これはどういう事なの?
あなたは一体何なの?私、あなたの何なの?
先祖がどうこう言っていたけど、私の先祖はあなたなの?
どうやってあなたは闇を払う事が出来るの?」
ユールは矢継ぎ早に剣を質問攻めにした。
剣は「ちょっと待ってよ」とユールを落ち着かせてから答える。
「正確に言うと、君は僕の直接の子孫じゃない。
多分、とうに僕の血筋は途絶えていると思う」
「じゃあ、どうしてトルセは……」
「あぁ、彼女にはあとできつく言っておくよ。
どうして誤解を与えるように説明したんだ、ってね。
僕は生前、献血とかそういうのに積極的になっていた。
だから、僕の血を継いでいる人がいてもおかしくないって訳だね」
「つまり、私は無作為に選ばれた人ってこと?」
「そうかもしれないし、もしかしたら君の先祖が僕の血を継いだのかもしれない。
でも、彼らは僕の血がどうこうというのは関係なしに誰かを選んでいる」
「彼らって?」
「僕を選んだ光。彼らは僕に闇を払う力を与えた。
その力は僕の血に依存してはいるけどね、でも、血を継げば闇を払えるって思ってやしないかい?」
ユールはそこで返答に困った。
「彼」、いや「剣」の力があれば心の闇を払う事が出来ると言ったのは、
いや、言ったのも同然の事を言ったのはトルセだ。そう勝手に解釈したのは私なのだけれども。
彼女が嘘をついていた、とも考えられない。全く、訳が分からない。
ユールの思考回路はオーバーヒートを起こしかけていた。
「大事なのはね」と剣がユールに語りかけた。
「人を思いやる心の強さだ。
大切なものを守りぬく意志の強さだ。そう、心の光の強さだ」
「それが無ければ、奴らには勝てない?」
「そういう訳じゃないけど、奴らに止めを刺す事は出来ない」
「じゃあ、どうしてあなたがいないと闇を祓えないの?私の脳を洗脳でもするの?」
「闇は祓うものじゃない。光に当てて仲間にするものだ。
僕は生前、そうやって人を更生させてきた経験がたくさんある。
でも、手の施しようがない闇とは、光をもって戦うしかない」
「だから、光の塊のようと言われるあなたが必要なの?」
「そう。君には僕の一部が血として流れている。
…僕の意識が寄生しているこの剣は、ちょっと普通の人が使うには荷が重すぎてね。
だから、僕の一部を持っていなければこの剣は使えないんだ」
ユールはこの言葉を聞いて一歩後ろに足を下げた。
普通の人が使うには荷が重すぎる?一体何を言っているんだろう…
不安になったユールはもう一歩退いた。そんなユールに剣が語りかける。
「いやいや、何も怯える事は無いよ。
普通の人が僕の柄を持つと精神崩壊するってだけ。
何て言うか、僕の寄生している剣って普通じゃないんだ。
ちょっとフィクション物のね、ほら、何かのゲームとかに出てきそうな
そんな感じの剣なんだ。クソったれとは思うけどね」
しれっと恐ろしい言葉を言った剣は
「ほら」とユールに優しく語りかけた。
ユールは恐る恐る剣の柄に右手を伸ばし、触れる寸前で小さな奇声を上げて引っ込め、
「何でこんな事に!!!」と叫びながら、今度は勢いよく手を伸ばして柄を握った。
その時、ユールの脳内に莫大な情報が流入した。
誰かの記憶のようなそれは、とても温かみあるものだった。
だが、この記憶が持つイメージのベクトルはある時を境に変わっていく。
秋の日、この記憶はある人物と出会った。
それを境に今まで見たことのない人物と出会い、
得体の知れない何者かと戦い、
その記憶に近い記憶で言いようのない危機感を覚えたり、
ユールが手に握った剣のような形をした剣を記憶の中で見て、
それを振るって大勢の何者かと戦い、そして一つの黒い影と対峙した。
そしてしばらくの記憶の流出の後、一人称のカメラは静かに下に崩れ落ちていき、
記憶が映し出す映像が徐々に黒ずんでいき、やがて真っ暗になった。
「これが…」剣が言った。
その声はユールの意識に語りかけてはおらず、確かに空気を震わせていた。
「これが、君の相手になる存在だ。
正確に言えば、君が見たのはひとつ前の闇だから今回の奴ではないけど」
嘘だ、とユールは思った。
あれ程に強そうな、恐らく剣が負けてしまった存在に
私のような戦いのド素人が勝てるのだろうか?
ユールは無理だ、と答えた。それに剣が時間を置いてから返す。
「なに、戦うのは君だけじゃない」
「え?」
「君の友人たちにも手伝ってもらう。奴は仲間を従えてやってくるからね」
「ちょっと待って、一体どういうこと?」
「もうトルセが…アルベルト君だったかな?」
「え?…私の友達だけど、アルがどうかしたの?」
「そのアルベルト君の所に向かっているはずだよ」
「待って。彼は、彼らは関係ないわ」
「だったら君は、奴の他にいる四体の敵を自分一人で倒せると思っているのかい?」
「四体の…敵?」
「奴はちょっとしたシャレが通用する奴みたいでね。
アレら四体の敵を知った時、思わず体が弾んだよ。体なんてないけどね。
けど、今ここで奴の仲間達をばらしてしまうと面白くない。
まぁ、君の友人たちも事情を話せば分かってくれるさ」
そう剣が言って「さぁ行こう」と続けた。
ユールがどこへ行くのかと尋ねると、剣は明るく答えた。
「決まっているじゃないか。僕も外に出たいんだ。
まずはここからずっと上に行ってみようじゃないか!」
剣はそう言って、ユールの手の中でネックレスへと姿を変えた。
驚くユールを無視して自分を首にかけるように言い、次に酷くシリアスな声で続けた。
「君の選択は成された。ちょっとなし崩し的だったかもしれないけど。
だから、僕と一緒に奴を倒してほしい。命の危険もあるけど…すまないね、こうなってしまって」
ユールは消え入りそうな剣の声に優しく答える。恐らく、彼女の人生の中で一番優しさに満ちた声で。
「大丈夫。ちょっと現実離れしている話だなって思うけど、
私はあなたと一緒に戦うよ。私には大切なものがあるの。だから、一緒に戦おう!」
ユールは答え、そしてもと来た道を戻り、前から設置されていたと思われる梯子を昇り、
プラットフォームに出て、そしてターミナルタワー屋上を目指した。
数少ない通行人の誰かの目に、彼女の双眸と首にかかる剣が一瞬この薄暗がりの中で輝くように見えた。
79 :
旅人:2009/05/25(月) 00:18:29 ID:zOR7Q4XE0
これにて今回の投下は終了です。
さて、ユールはここで三つ目の心の闇との戦いを決意しました。
そして過去作との繋がりがさらに明確になってきました。
あの過去作以降の語られなかった話が断片的ながらも紹介されています。
実は、僕はそれを最後の作品のシナリオにしようと考えていたのですが、
それは全く音ゲー小説として成立せず、僕の世界観の押し付け、
つまりは全く面白くも何ともない超展開のオンパレードになりそうなのでやめました。
多分きっと絶対、これが正解だと思います。
前に僕はこの作品にテーマを込めた、と書きました。
現在僕が書いている所がそのテーマの込めどころなのですが、
僕には全くと言っていいほど文才がありません。テーマを込めれないかもしれません。
そのテーマは一体何だったのか、というのは最後の後書きに書くつもりでいますが、
そんな事をしなくてもそれが分かって頂けるような作品に仕上げるよう、
能力のない僕ですが一生懸命頑張らせて頂きます。
そういう訳で、今後ともよろしくお願いします。
それでは少し遅れて投下する時まで。その時までおやすみです。
感想、質問、意見等は喜んで受付中です。時間があればそれに答える事は出来そうです。それでは。
旅人さん乙です。
日参して楽しんでおります。
理由が「献血」はちょっと吹きましたけどw
次の更新は先になるようですがお待ち致しております。
81 :
爆音で名前が聞こえません:2009/05/30(土) 07:25:32 ID:GjLZJ05p0
保守あげ
こんばんは。
旅人さん頑張ってますね。
以前よりもこだわりを持って文章を書いているのがよく伝わってきます。
ただ、書きたい世界観の感じは分かるんですけど、
どっかで見たようなありがちな展開なことと
音ゲーが関係なくなってきたことの2点が気になってしまいます。
(どうせなら使い古されてる「剣」なんかじゃなくて、伝説の大根おろしとかだったら俺は読んでみたい)
でもまだ序盤なので、今後に期待。
旅人さんにしか書けないオリジナリティのある展開を待ってます。
じゃぁお前はオリジナリティあるのかと言われると苦しいんですけど、
トップランカー殺人事件の続きです。
杏子が言いたいのは、つまりこういうことだった。
BOLCEが1046のイーパスを使えば、
BOLCEのスコアが1046のスコアとして記録されてしまう。
1046がBOLCEのイーパスを使えば、
1046のスコアがBOLCEのスコアとして記録されてしまう。
「代行プレイ」と呼ばれる不正行為だ。
「BOLCEさんは誰よりもIIDXというゲーム対して真摯な人でした。
そんな彼が不正行為に手を染めるはずはありません。
例えどんな理由があったとしてもです」
杏子は顔をしかめていた。
BOLCEを不正プレイヤー呼ばわりした乙下に対して
ご立腹なのかと思ったが、杏子が顔に出すはずがない。
単に目が地上の明るさにまだ慣れていないだけのようだ。
二人はABCを出て、外のアーケード街を歩いていた。
杏子の歩調に合わせて、人込みの中をゆっくりと駅の方角へ向かう。
今日は風が強めに吹いており気温の割に涼しかったが、乙下の心中は汗をかいていた。
「例えばさ、俺みたいな初心者が上手い人に代行してもらって
皆伝とったりしちゃったら、そりゃ完全な不正行為だと思うよ。
でもBOLCEと1046はIIDX界のツートップだったんでしょ。
どうせ同じような化け物レベルの実力を持ってるんだから、
代行したって関係ないし、誰も気付かないんじゃないの?
「そうとは限りません。
全国模試一位の秀才だからと言って、替え玉受験しても許されますか?」
杏子は高校生らしい例えを持ち出した。
「許されない」
「同じ話です。
トップランカー同士だからと言って、代行プレイは許されません」
「受験とゲームは違うだろ」
「本質的には同じです」
「そんなもんかなぁ」
食い下がる乙下をものともせず、杏子は説明を続けた。
「貴方はBOLCEさんと1046さんを同じトップランカーとして
一括りにしているようですが、決して二人は同じではないのです。
それぞれに得意分野がありました」
「得意分野?」
「BOLCEさんは発狂譜面に強く、1046さんが勝てる☆12の曲はほとんどありません。
一方で1046さんは簡易譜面に滅法強く、
☆7くらいまでならBOLCEさんでさえ相手にもなりませんでした」
「そんなに違うのか」
「ええ。BOLCEさんに出せて1046さんに出せないスコアもあれば、
1046さんに出せてBOLCEさんに出せないスコアもある。
自分に出せないスコアを出せる他人にイーパスを使わせた時点で、
それは言い逃れようのない不正行為なのです」
SP三段の乙下には想像すらままならない話だった。
星空をまじまじと見つめたところで、
レグルスとスピカのどちらが明るいのかなど、知りようがない。
人間のちっぽけな目から見れば、どちらも立派な1等星だ。
「それに、良いとか悪いとかそんな話を抜きにしても、
私が勝手に貴方のイーパスを使ってスコアを塗り替えたら嫌でしょう?」
「そりゃ嫌だよ。
せっかく日々スコアを伸ばすのが楽しみなのに、
自分以外の誰かにプレイなんかされたら台無しだ」
「でしょう。
ましてや自称『IIDXのためだけに生きていた』BOLCEさんが、
簡単にイーパスを他人に使わせるでしょうか。
ましてや1046さんという、自分のスコアを塗り返す可能性を大いに持っている人物に」
これには乙下も同意せざるを得なかった。
自分がBOLCEと同じ立場だったなら、イーパスを他人に貸すなんてしたくない。
「ついでに言いますが、性格的にもBOLCEさんは1046さんの言うことなんて聞きません。
見た目は気弱そうなBOLCEさんですが、意外に自分の意志は絶対曲げません。
逆に、見た目は強気そうな1046さんですが、すごく繊細で気を遣うタイプです」
「え、そうなの?」
乙下の推理にとって不利な情報だった。
乙下の推理上では、1046はBOLCEに不可解な指令を下す必要がある。
『人目を忍んでABCへ行け』。
『山岡コースをプレイし続けろ』。
『12:09にチュートリアルを選べ』。
『12:18ちょうどにシルバーへ戻って来い』。
突然こんなことを命じられたら、普通は不審がる。
そこを1046は親友のよしみで上手に処理したのだろうと、乙下は勝手に推測していた。
しかし、杏子はその線を完全に否定していた。
誰よりもBOLCEのことを知っている、
きっとBOLCE自身よりもBOLCEのことを知っている、
そう宣言する杏子が否定したのだ。
「ってことは」
乙下は少し唇を噛んでから、力無く言った。
「俺の推理は机上の空論じゃないか」
「ですから、そのように言いました」
正面から風が吹きつけた。
杏子の長い髪が、まるで複雑な樹形図のようになびく。
またフリダシに戻ってしまったのだろうか。
真相へ近付いている手応えは確かにあったのだが、
単なる願望がそう思わせただけだったのだろうか。
勝手に込み上げてくる悪いイメージを振り払うつもりで、
乙下は状況を場合分けしてみることにした。
「1、不正行為をしてまでも1046に協力しなければならない理由がBOLCEにはあった。
2、1046は全く別のトリックを使ってこの犯行を為し遂げた。
3、そもそも1046が犯人という仮定からして間違っていた」
思いつくままに列挙してみたものの、どれもピンと来ない。
仕方なしに、乙下は杏子にふってみた。
「杏子ちゃんはどう思う?」
「3」
前もって準備していたのではないか、というくらいの即答だった。
逆に乙下の方が回答の回答を準備できておらず、二人の間にぽっかりと沈黙が訪れた。
その沈黙を先に埋めたのは、杏子の方だった。
「だって、1046さんが犯人だなんて、やっぱり信じられません」
訴えるような声。
酷なことをした、と乙下は思った。
「ごめん」
「何がですか?」
「友達が犯人かも知れない話なんて、聞きたくなかっただろう」
「それは別にいいんです」
「いいのかよ」
「1046さんが犯人だと思えないのは、感情的な理由ではなくて」
杏子はあまりにも淡泊に言った。
「占いでそう出たからです」
「……あ、そう」
乙下は立ちくらみかけた。
もう根本的に見えている世界が違う。
「信じてませんね?」
「だって、んなこと言うなら犯人の名前と事件の真相を占ってよ」
「それは無理です」
「都合良いなぁ。いや、悪いのか」
「天気予報みたいなものです。
盛岡市の今日の天気は分かるけど、
今この場所で何時何分に雨が降るのかまでは分からない。
そんな感じです」
「天気予報はよく外れるじゃねーか」
「だから私も確実なことは何も言えません。
ただ、雲一つない快晴の日に天気予報で
『一分後に雨の降る確率は0%』と報じられたら、それは信じるでしょう?」
「まぁ、それは信じるね」
「占いも似たようなものです」
「ふーん」
なんだか煙に巻かれたような気がする。
「ですから私は、占える範囲で占って貴方の手助けをします」
「それじゃ、占える範囲で占ってみせてよ」
「分かりました。占える範囲で占ってみます」
それっきり杏子は会話をやめてしまった。
ただし黙りこくってしまったわけではなく、
ぎりぎり聞き取れるか聞き取れないかほどの小声で何かを囁いている。
とは言っても夢遊病者のような危うさはなく、
目はしっかりと前を向き、足はしっかりと前に進んでいる。
呪文のようなものなのだろうか。
タロットカードや筮竹のような小道具は登場しないらしく、
そのことがかえってリアルに思えた。
「報告書」
占いを終えたのか、杏子が唐突に口走る。
「報告書?」
「今日の貴方のラッキーアイテムです。
『報告書を確認せよ』と天からのお達しがありました」
「ああ、例のラッキーアイテムね」
乙下は一応真面目に聞いた。
昨日のラッキーアイテムはポスターで、確かに事件の鍵を握るものではあった。
期待するわけではないが、馬鹿馬鹿しいと切り捨てる前に
少しは気にかけてみるのも一興かも知れない。
そう言われてみれば、「報告書」と聞いて一つ心当たりがある。
先ほどの電話の最後に聞いた空気の一言。
『BOLCEの検死結果が出たみたいっすよ。報告書が署に届いてました』。
平日から解放されたばかりのたくさんの笑顔達とすれ違う中、
苦悶の表情がべっとりと張り付いたBOLCEの死に顔が、乙下の頭の中に蘇った。
記憶に佇むその顔は必死に何かを訴えかけているような気がしたが、
聞こえてくるのは圧迫された喉笛からひゅうひゅうと漏れ出す息にも似た、
どうしようもなく不吉な風の音だけだった。
to be continued! ⇒
今週はここまでです。
ちなみに、レグルスよりスピカの方が若干明るいそうです。
別にIIDXの次回作がシリウスと発表になったから星の例えを出したわけじゃないですよ。
それにしても、舞台はTROOPERS当時なのに、リアルはどんどん進んで行ってしまう……
早く完結できるように頑張っていきます。
それでは、また来週。
>>87 いつも乙!
ここまで来てまだ飛びますかw
焦らずになるべく早くお願いしますw
89 :
旅人:2009/06/01(月) 23:46:49 ID:Hb6RZDS50
>>とまとさん
乙です!もうここまで来てるのにあと一歩って感じが凄くもどかしいです。
あとはもう、犯人の動機さえ分かれば…なんですけどね。続き待ってます。
あと、ご指摘ありがとうございます。
でもこれ、話の展開上序盤と中盤の真ん中くらいなんです。
残りは一ヶ月半くらいで終わると書きましたが、全然足りないかもです。
今回投下するのが第十回目ですが、これで全体の三分の一を完了させた感じです。
そしてオリジナリティですか…中盤以降の話なんですが、とあるネタがあります。
結構重要な役割を持つのですが、音楽ゲームのとある要素という元ネタがある以上、
ある程度のそれの踏襲は避ける事が出来ないのですが、精一杯頑張ってみます。
という訳で今晩は、旅人です。
遅くなるとか書きましたが、あまり遅くならなかったのではないでしょうか。
自分でも再開させられる事に驚いているのですが、本編を投下しようと思います。
今回は結構長いです。次回もそんな感じです。長い投下時間ですが、よろしくお願いします。
さて、ここで物語を整理しておきたい。
読み手側は何の苦労も無く読んでいるだろうが、
書き手である私の中では少しだけ混乱している所があるのだ。そのまとめの意味も込めて、整理だ。
ユールはトルセの導きによって
人格を宿す「剣」と出会い、そしてそれを抜いた。
「剣」が言うには、ユールが戦う相手は、
「剣」の人格が生前に破れた敵、闇の塊のような存在だった。さらに「剣」はこうも言った。
「奴は仲間を従えた。だから、僕たちも仲間を揃えなきゃいけない」
ユールが「剣」と対話をしていた頃、トルセは第三ブロックへと歩を進めていた。
どこも変わらず中世ヨーロッパの街並みであるのだが、
このブロックで流れている音楽のジャンルは、他の二つのものと異なっていた。
「ロック」である。GFdmをフューチャーしているのだから、それは当然といえるのだが。
同作品で人気の曲が園内スピーカーに響き渡り、
円形の島の中心からクモの巣を張り巡らすように通路をかたどる建築物に囲まれた
広大な中央広場のライブステージでは、ひっきりなしに誰か彼かがバンド演奏をしている。
しかし、GFdmの筐体を用いてセッション機能で…というものではない。本物の楽器を演奏している。
一般客やプロの人々などその演奏者の層は幅広い。そこで演奏される曲も、音ゲー曲やそうでない曲など幅広い。
受付に届けと少々のお金を出せば、大勢の人の前で演奏が出来た。
そして面白い事に、楽器の演奏が出来なくても、
楽譜を受付等しかるべき所に届け出さえすれば、演奏者たちが演奏してくれるのだ。
全くの素人が演奏しなくても、どんなに酷い楽譜を書いたとしても、
最高の演奏者たちが一般客から寄せられた曲をアレンジし、それが物凄い人気曲になる事が何度かあった。
これより数か月先の未来での話の事なのだが、
カーニバルのこのシステムを利用した「一般楽曲収録」がGFdmシリーズの企画で行われた。
これまでの一般募集された楽曲でアンケートを行い、
もっとも獲得票の多い楽曲が本製品で収録されるというものだ。勿論、新規も受け付けていた。
調べてみると、約千年前、他機種でも同様の事が行われたという事が分かったが、
恐らく規模としては、そして、この時代…「音ゲー熱狂時代」においては
全く敵わなかったかもしれない。
トルセはユール達がカーニバルへ到着する数週間前から
「剣」の命令を受けていた。
ユールや彼女と交流の深い友人たちの情報を探る命令を受けていたのだ。
トルセがユールの名前を知っていたのも当然のことというわけだ。
惜しい点は、彼女の調査上のミスで、ユールの名前を微妙に間違ってしまっていたのだが…
そして、ユールの友人たちに発信機を付けることにも成功していた。
カーニバルピエロとして、パレードの練習の合間を縫っては第五地区へと赴き、
ユール達の情報をもとに彼女自身や彼女の友人へ接近し、
ユールらターゲット5人に発信機の取り付けが出来たのだ。
カーニバル第三ブロック中央広場 11:20
資料によると、この時刻の第三ブロック中央広場では
先述のライヴが行われていたらしい。
時間から推測すると、この時演奏されていた曲は「DAY DREAM」であるようだ。
……本当に演奏できるのか、あの曲は?
タイムマシンでもあれば、確かな情報を手に入れる事が出来るのだが……
演奏者は広場の中央にある大きな円卓の形をしたステージでパフォーマンスをする。
ギター、ベース、ドラム、キーボード。
それら四つの楽器とその演奏者が奏でる音楽、そして円卓を囲む大勢の人々の歓声。
この音達が円卓を中心に第三ブロック全体に広がってゆく。
その時、そこには上座も下座も無く、音楽を愛する人々が平等にその時を楽しむのだ。
演奏が終わると、次のライヴは13:00からという告知がなされ、
円卓を囲んでいた人々は広場から離散した。
それでも、まだ円卓の前で立っている人々はいた。
離れた場所からライヴを楽しみ、そして監視していた人物…トルセはその中に標的を見つけ出した。
赤いコートを着た背の高い赤毛の少年。ついでに、赤いワンピースを着た背の低い赤毛の少女。
「バレンタイン兄妹……背の高い方がアルベルト、背の低い方がアリスだったわね……」
「ねぇ、そこのお兄さんとお姉さん!」
ライヴの余韻に浸っていたバレンタイン姉弟は
後ろから聞こえた少女の声を聞いて振り返った。
「俺達の事?」「私達の事?」
アルベルトとアリスは同時に振り返ってハモった。
二人が見たのは、やはり一人の少女だった。
白い肌と薄い青のセミロングの髪と赤がかかった綺麗な黒眼を持つ少女だった。
「私、トルセっていうの」と少女は言った。
そのまま少女、いや、トルセは言葉を続けようとしたが――
「可愛いねぇ。これからどこかお茶しない?」
アルベルトが時代に取り残された口説き文句を駆使してトルセをナンパした。
そこへ間髪入れずにアリスが空高く舞い上がり、
大振りの平手打ちでアルベルトの頭を強打、パシーン!と良い音が辺りに響き渡った。
「痛ってぇなぁああ!?」
「この馬鹿アル!!すみません、私の愚弟が……」
トルセは一連のこの流れに圧倒されていた。
え、あれ?アルベルトの方が兄じゃないの……?
「あれ、君、もしかして俺が兄だとか思った?」
「え、何で?」
「ほら、顔に書いてあるからさ。誰だって分かるぜ」
アルベルトは右手で姉に叩かれた箇所をさすりながら言った。
トルセは携帯していた手鏡で自分の顔を見ようと一瞬思ったが、言葉のあやだ。
それは無駄な行為なのだと思い直し、自分が伝えなければいけない事を二人に告げる。
「ユールって知ってる?」
「え?知ってるけど、何であいつの名前を知ってんの?」
「色々事情があったの。それで、あなた達に用があるんだけど……」
「トルセって言ったよね?」
「え?えぇ、言ったわ」
「あなた一体何者なの?彼女のストーカー?止めときなさい、あなた死ぬわよ」
「そんなのじゃないわ。これは彼女について重要な意味を持つの。
あなた達、ユールの友達でしょう?話だけでも聞いていってよ!」
そういう訳でトルセと、アルベルト、アリスの三人は
近くの喫茶店へと入っていったのであった。
当然、アルベルトとアリスはトルセに不信感を抱いてはいるが、
トルセが見せる真剣な表情に少しばかり心を動かしたのである。
いらっしゃいませー、と三人が店内へ入り、カウンター席に座った時、
近くのテーブルで片づけをしていた店員がマニュアル通りの応対をした。
ヘヴィロックが響き渡る、とても喫茶店に似つかわしくない店内BGMが流れる喫茶店で
アルベルトはサイでオーダーしたものと同じものをオーダーした。
「とことん苦いブラックコーヒー」である。アリスもオレンジジュースをオーダーした。
双子だからなのかそうでないのか分からないが、彼女もサイでオーダーしたものと同じものを
オーダーしていたのだが、二人はそれを自覚してはいなかった。
「で、ユールにとって大事な話って何なんだよ」とアルベルトは不機嫌そうにトルセに聞いた。
「彼女は今日死ぬかもしれない」
きっぱりと、そしてあっさりにトルセは言った。
「死ぬかもしれないって、一体どういう事だよ(なの)!?」
双子の姉弟はハモりながらトルセに怒鳴るようにして訊ねた。
「千年に一度、世界は終わりに瀕する。人の心の闇によって」
「おい、新手の新興宗教の宣伝かよ。なぁ、姉ちゃん」「それで一体何なのよ」
双子は呆れたように言ったが、トルセの目が真剣なのを見て口ごもってしまった。
「この世が終わりを迎える時、この世を持たせようとするものがいる。
心の光。千年前も二千年前も、心の闇に対抗する心の光があった。
それを強く持つ者の手によってこの世は存続している。ありがたい事よね」
「へっ、おとぎ話はそこまでにしてくれよ」「何かのファンタジー?下らない」
「くだるもくだらないも、あなた達次第よ。
…ユールは千年前に心の光を強く持った人間の血を受け継いでいるの。
その証拠に剣を抜く事が出来る」
「はぁ?剣?」「この子、何を言っているのよ…頭、イッちゃってるんじゃない?」
「後でユールと会ったら『剣を見せて』って、
私から聞いてと言われたとでも言って見せてもらえばいいわ。
それじゃ、13:00にターミナル最上階、コンサートホール前の広場で待っているから」
トルセはそう言うと席を立ち、無言で喫茶店を出た。
その後、アルベルトとアリスはオーダーしたものが渡され、
それに口をつけていくが、二人の顔には今まで浮かべていた楽しげな笑みは無かった。
カーニバル第二ブロック大ホール前 11:47
午前中のパレードが終了し、落ち着きを見せ始めたカーニバル。
その中で一番人口密度が大きい所は第二ブロックだと推測できる。
作中、クーリーがトルセに語っていたように、
この日はIIDXの15作目「DJ TROOPERS」の超先行体験会が
第二ブロック大ホールにて開かれていたのだ。
クーリーは二時間ほど前にホールに入場し、
その約二時間後にプレーを終えてこの時刻で外に出た。
クーリーの目には晴れ渡る青空が広がっていた。
今まで少し暗い所にいたからか、光が目に刺激を与えているらしく、両眼には涙が浮かんでいた。
ユールに連絡を入れてみよう、とクーリーは思い立ち、
ホール前の小さな広場にある小さなベンチに腰掛け、MPDを手に持った。
画面を開くと、それはアルベルトからのメールが届いている事を知らせていた。
「ん?アルからメールだ。どうしたんだろうなぁ」
独り言をつぶやきながらクーリーはメールを閲覧する。
『ちょっとヤバい奴に出くわした。ユールの命に関わる
話とか言って訳のわかんねー事を聞かされた。心の闇
がこの世を終わらせるとか、心の光がこの世を救うと
かさ、意味がわからねぇ。
アイツ、俺達に会った事も無いのに俺達の事を知って
やがった。もしかしたら、クーリー、お前もアイツに
訳わかんねー事言われるかも知れねぇぞ』
アルベルトの言う「アイツ」の言う事が狂言であれ何であれ、
ユールが死ぬなどとあり得ない話を是非とも聞いてみたい。
あの少女が誰かに殺されたり、自分から死のうとするはずがない。
十七年にも及ぶ付き合いだ。その年月からくる確信をクーリーは持っていた。
だが――だがしかし、だ。
何だろう、この腹の底から湧き上がってくる中身のない感情は。
クーリーはしばし思考を巡らせ、そしてそれの正体を悟った。
彼が抱いていた感情は「不安」だ。言いかえるなら、それは「嫌な予感」とも言いかえられる。
同時刻、トルセは自分のMPDの画面を注視していた。
画面上部には「発信機情報 キリー・トーレン」とある。
赤く発光する点は青い画面上に描写された
カーニバルの南方の島、つまりは第一ブロックにあった。
「ここって言うとあのレストランね……急ごう」
カーニバル第一ブロック「レストラン 歩伏」 12:03
久しく出番のなかったユールの友人、キリー・トーレンは
第一ブロックの中で比較的人気のない歩伏(ぽぷ)でカレーライスを食べていた。
ブロックのレイヴン海の岸に近い場所にある歩伏の屋外席で
キリーは海を見ながらスプーンを動かす手を止める事をやめない。
トルセが歩伏に入店、屋外席に座り、店員にメロンソーダを頼んで
キリーの座る席の向こう側の席に座った。
「あ、今日は」
キリーは目の前に座ったトルセに挨拶をする。
ちゃんと挨拶が出来るという事は、いい人なのだなとトルセは思い、そして言った。
「今日は。あなた、キリー・トーレンよね?」
驚いた顔を見せるキリー。
初対面の人間にいきなりフルネームを呼ばれるのだ。無理は無い。
「え、えぇ。そうですけど……」
「大事な話があるの」
「大事な話…ですか?」
「えぇ。あなたのお友達に、ユール・クーリーって子がいるでしょ?
「ユーの事ですか?はい、いますけど」
ここでトルセは喋る口を止めてしまった。
もし、キリーにもバレンタイン姉弟のような反応をされ、
協力を拒まれたら……という不安がよぎった。
だが、それでも言わねばならなかった。それが自分に与えられた役目の一つなのだから。
「そのユールの事なんだけど」
「はい」
「あの子、今日の夜に死んでしまうかもしれない」
はい?とキリーが返す。当然だ。いきなりお友達の誰それさんが今日死んでしまいます、
などと言われるのだ。それは良かったです、と返す人間は相当頭がイッちまった奴に違いない。
「信じてくれないかもしれないけど」
「いや、ユールは誰かに襲われて殺されるような人じゃないですよ
殺そうと思って近づいても、あのボーイフレンドがいるし、
それに、彼女はケンカが滅茶苦茶強いんですよ。
殺されるなんて考えられないし、あっさり死んじゃうような子だって思えない」
「いや、そういう事じゃなくて。
ファンタジーめいた事を口走るようで悪いんだけど、ちょっといいかな」
「えぇ」
「千年に一度、この世界は存亡の危機に瀕するの。
人間、誰もが持つ負の感情、心の闇によって」
「続きを」
「そうやって危機に瀕すると、善い感情、心の光が現れる。
これも、誰もが持つ感情よ。心の光を強く持った人間が心の闇に立ち向かうの」
「それで?」
「ユールの体には、千年前に心の光を強く持った人間の血が流れている。
だから三度目の世界の危機を救うのはユールなの」
しばし沈黙が流れた。いや、厳密に言うば、東レイヴン海がもたらす
かすかに聞こえる潮騒がこの場の空気を満たしていた。ざぁ、ざぁと小さく。
その消音に限りなく近い空気は、キリーの口から洩れた何とも形容しがたい音によって壊された。
「ぐっ…ぷふっ…え?今何て言いました?…ぐふふっ」
「三度目の世界の危機を救うのはユールだって言ったんだけど」
「あっははははは!!それはユールらしいわね!
確かにそんな事が出来そうなのはユールくらいよねぇ!!!」
キリーは爆笑しながら、しかしそれでいてトルセの話を真剣に聞いているようだった。
ここでトルセはキリーに対して抱き始めた疑問を投げかける。
「ところでキリー、一つ訊ねたい事があるの」
「あら、私もあなたに聞きたい事があるの。でも、あなたからでいいわ」
「それじゃお言葉に甘えて。
……どうしてそこまでユールの事を買っているの?」
買う?とキリーがオウム返しし、トルセが無言で頷く。
そうね、とキリーは言葉を口の中でまとめてから口を開く。
「あの子が……とてもいい子だから。
曲がった事とか、道徳から外れている事って、ユールにとっては許しがたい事なの。
だから、心の闇だか何だか知らないけど、ユールが世界を救うって聞いても
それは決しておかしかったりあり得ない事ではないって分かっているつもりよ。それに…」
「それに?」
「それに、ユールにはとてもいいパートナーがついている」
「パートナー?」
「そう呼ぶよりは、親友って言った方がいいのかも。
ジェームズ・クーリー。ユールに最も近い人よ。
ユールの家庭事情のおかげで、二人は近づいていったんだけど。
それで、二人ともお互いを必要としながら生きているのよ」
「じゃあ、二人はそういう関係なんだ」
「いいえ。あの二人の間に恋愛感情なんて存在しない。
何も知らない人が見たら『仲の良いカップル』って思うかもしれないけど。
ただあるのは絶対的な信頼による絆ってところかしら」
これをトルセは馬鹿馬鹿しく、そして羨ましいと思った。
互いを必要とする。しかしそこに恋愛感情は無いだって?
ただの絆が互いを必要とさせるものだろうか?いや、ここでそれを考えても仕方がない。
ユールには良い仲間がいる、そんな大事なことが分かった。
自分には決して手に入らないような、そんな最高の仲間が彼女にはいる。それで充分。
「次は私の番ね。あなた、いったい何者なの?」
トルセが感慨にふけっていると、キリーがそう問うていた。
慌ててトルセは言葉を探すが、中々上手い言葉が見つからない。
これからユールと共闘してもらう以上、自分の正体を言わなくてはならないのは分かってはいるが、
それでも上手く説明できる言葉は見つからなかった。
やむを得ず、トルセは「耳を貸して」と言ってキリーに耳を突き出させた。
トルセはひそひそ話をするように口を近づけ、それから長い時間キリーに語り聞かせていた。
トルセの声はあまりにも微かなものであった。
先にこの空間を支配していた潮騒と同じ程度の音量。
そんな声が乗せる事実は、キリーの顔を驚きで丸くさせた。
ターミナルタワー屋上 12:08
十分前、クーリーはユールにターミナルへ来て欲しいと
MPDのメールで伝えられた。そんな用事なら電話で事は足りるはずなのに、
まさか、何か口では言えないような大変な事があったんじゃないか……
ふと、先のアルベルトからのメールの一文を思い出すクーリー。
ユールが死んでしまうかもしれない。そんな馬鹿げたそれと
何か関係があるのではないのだろうか。不安は的中したのだろうか。
そして時刻は12:08、場所はターミナルタワーの屋上の
西側の縁の近くにある小さな休憩所にクーリーは立っていた。
ゼーハーと全速力で走ってきたために、クーリーは荒い息を吸っては吐いていた。
気温10℃の天候の下、それでもクーリーにとっては少々熱いと感じる
この空気の中で、彼は本気になって走り、そして大粒の汗をかいていた。
クーリーはそれの処理をするため、外界からの視線をシャットアウトする
休憩所に入ったのだが、もう彼に動くだけの体力がなかった。
「畜生、日ごろの運動不足がここで響くなんて……」
小さな小屋のような一面コンクリートの休憩所の中は、そこ全体が大きな日陰を内包していた。
クーリーはベンチに座り、そして汗を拭いつつこれからの事を考えた。
ユールは今どうしているのだろうか?
何かよからぬ事が起きてしまったのだろうか?
アルがメールで言っていた「ヤバい奴」に関係しているのだろうか?
…僕のせいだ。僕が、僕がユールと離れてしまったから……あぁ、畜生!
「クーリー、ありがとう、来てくれたんだね」
クーリーは聞き覚えのある声を耳にしていた。
ゆっくりと顔を上げ、そして予感が確信へと変わっていくのを感じた。
「ユール!一体何があった?変な奴に襲われたりとかは?」
「いいや、そんなの全然ないよ。大丈夫だよ」
「それじゃ、どうして電話で喋ってくれなかったんだい?」
「それは、ちょっと電話じゃ言えないような事だから」
ユールはそう言うとクーリーの隣に座った。
クーリーは息を整えながら「運動不足が祟ってね」と自嘲気味に笑い、
「キリーにDDRを教えてもらおうかな」と言って間を開け、そしてユールに話しかける。
「電話じゃ言えない事って、一体何なんだい?」
「二人きりで、そして周りに人がいないとクーリーに話せない。
まぁ、あの・・・・・・これを見てよ」
ユールはそう言うと、いつの間にか首にかけていたネックレスを指で示した。
次に、それに繋がれている剣の柄を指で挟み、そしてそれを思い切り引きちぎった。
「ユール、何をって……うわぁ!?」
クーリーは驚いて思わず後ずさった。
引きちぎられた装飾用の小さな剣が、次の瞬間には人を切り殺すための剣へとサイズを変えていたからだ。
「ユール、それ、一体何なのさ!?」
「驚かせてごめん。でも、この事について話すのにどうしても必要だと思ったから」
ユールはそう言って少し頭を下げると、
この時までトルセがやっていたようにクーリーに自分が体験した出来事を話したのだった。
ユールがクーリーに話したその内容は
トルセがクーリーを除くユールと親交の深かった人物に
語って聞かせたような話とその内容を共有していた。
クーリーは千年に一度訪れる人の負の感情による世界を揺るがす災厄のこと。
それを防ぐために人の善い感情、心の光がアトランダムに人間を選び、彼(又は彼女)が歴史の裏で活躍したこと。
ユールの祖先が千年前に選ばれた人間の血を間接的に継いでいること。
当然、その血がユールにも流れていること。
そして今日、負の感情による災厄が起きてしまうであろうということ。
負の感情が顕現したものを倒すため、クーリーに協力をお願いすること。
ユールの口からそれらを聞いたクーリーは反応に困っていた。
「ユール」
「うん」
「それは本当のこと?」
「うん」
「マジで?」
「マジで」
頭を抱え、小さく「うーん」悩むような声を上げるクーリー。
ユールはそれを見て声をかける事が出来なかった。
こんな話は現実にあってはならない類のものだ。
どちらかというと現実主義に近い考え方をするクーリーがこんな話を信じるかは疑問だった。
クーリーはもしかしたら協力してくれないかもしれない。
ユールが不安に駆られる中、やがてクーリーの口が開いた。
「じゃ、エクストラ・バースデープレゼントだ」
「え?」
「ユールはその、何かヤバい奴と戦うんでしょ?」
「そうみたい。そうみたいって言うのもなんか変だけど」
「そいつを倒すのに僕の協力が必要だって?」
「うん。アル達にも協力をお願いするって、さっき知り合った私の仲間が出向いていった」
「そうか……よし、僕はユールの戦いに協力するよ。
それがエクストラ・バースデープレゼントだ。どうだい?」
ユールはその言葉を聞いた途端、両眼から涙をこぼした。
彼女もトルセと同じように、不安を感じていた。
それの支配から解放されたのだから、涙を流しても不思議ではない。
どうしたの、とクーリーが声をかける間もなく、ユールはクーリーの体に抱きついていた。
101 :
旅人:2009/06/02(火) 01:05:10 ID:2MrfRm4g0
今回の投下はこれで終了です。いかがでしたでしょうか?
毎度ながら、誤字脱字や日本語の変なところが見受けられると思います。
推敲しているときは完璧だと思うのですが、
投下してから気づく間違いが数多くあります。書き手としてヤバいです。
前書きに書いたとあるネタですが、次回に出てきます。
察しがついている読者さんがいたら凄いなぁと思いつつ、寝ることにします。
それでは次回をお楽しみに。しつこいようですが、いつでも意見感想等を受け付けてます。
また、次でお会いしましょう。それでは。
102 :
旅人:2009/06/11(木) 18:46:42 ID:VPSD71aI0
今晩は、旅人です。
今晩の11時半あたりに投下を始めようと思います。
以上、投下予告終わりです。それではまた。
103 :
旅人:2009/06/11(木) 23:40:23 ID:VPSD71aI0
今晩は、旅人です。
予告通りに投下できそうです。
今回も長くなりますが、よろしくお願いします。
それでは本編の投下となります。どうぞ。
ターミナルタワー屋上コンサートホール前 12:56
この時間、資料によればこのホールにてちょっとしたコンサートがあった。
その内容は、一時間程度の音ゲー曲コンサート。この時代、この場所に合っている。
私は音楽の形式には詳しくないので、
言葉を間違えている危険性を感じてはいるが、一応これについて書く。
オーケストラと言われる演奏形態でこのコンサートは進められたようだ。
前に一度、オーケストラの演奏によるコンサートに行った事があるのだが、
あの迫力たるや凄まじいものだったことは、これからもずっと忘れられないだろう。
ちなみに、このコンサートの最終曲目は
ピアノの独奏による「ピアノ交響曲第一番 蠍火」だったようだ。
交響曲なのに独奏でやってしまうとは。オーケストラでやっていたはずなのだが、
独奏の方が良い味が出るとでも思っていたのだろう。よく分からないが。
クーリーはユールから色々とカミングアウトされ、
ショックを受けながらもユールに協力する意思を示した。
その後二人はターミナルタワー地下一階にあるレストランに入り、
適当に何かを注文して仲良く食べていた。
その時、ユールはトルセからMPDによる連絡を受け、
13:00までにターミナルタワー屋上のコンサートホール前の小広場にて集合するよう指示された。
この時、ユールがトルセに尋ねた。
「ねぇ」
「ん?」
「アルとアリス、それにキリーに話をしていったんだよね?」
「そう。キリーは協力を申し出てくれたけど、バレンタイン姉弟がね…」
「あの二人がどうしたの?」
「やっぱこんな話でしょ?普通は信じる気になれないって。
あの二人は馬鹿馬鹿しいって言って、協力してくれる気配は無かった」
「うーん、やっぱりそうだよね」
「とりあえずホール前の広場で13時まで待ってるとは言ったんだけど」
「多分、きっと来てくれると思うわ。
来なかったら来なかったで、トルセは別の案を考えてるんでしょ?」
プランBは一応あるんだけどね、とトルセは返し、時間を忘れないようにと念を押すと通話を切った。
ユールは集合とその場所、時間をクーリーに教え、二人は十分前に集合場所で待機することにした。
13時丁度をコンサートホール前の小広場にある大きな時計塔の
歯車仕掛けの時計が示した。
ユールはクーリーと共に適当なベンチに腰掛けていて、
そして何を考えるでもなくぼぉっと空を見上げていた。
雲の数は少なく、太陽の光が眩しい空だった。
だが、ユールはまたしても一羽の烏が遥か上空の頭上を旋回していたのを見た。
「悪魔の烏…」
「え?」
「昔話であったよ、悪魔の烏が自分を殺そうとする存在の全てを返り討ちにする話」
「あー、あった、あったねぇそんな話」
「今一瞬、あの烏がその悪魔に見えたの」
まぁ同じ鳥だしね、とクーリーが返し、遅いなぁと呟きながら辺りを見渡した。
とうにパレードは終了しているので、カーニバル全体に大勢の人々が散らばっている。
それによる人込みの発生で視界が悪くなっているのでクーリーがそんな事をして
意味があったのかと言えばそれはどうだろうと思うのだが、
偶然にもクーリーはこちらに向かって歩いてくる二人の女性の影を見つけた。
「あれは…キリーさんじゃないか?」
「……そうね、キリーと…トルセよ」
「なに、あの子がトルセって言うんだ、へぇ…」
クーリーが感心した様子で言うと、程なくして二人はユール達の前にやってきた。
「ごめんユール、遅れちゃった」
「いやいや、いいよ。これだけ人がいるんだもん、仕方がないよ」
定刻に遅れたことを謝るトルセとそれを許すユールのやり取りが行われていたのと同じタイミングで、
「あらー、クーちゃんじゃない。どう、ユールとはうまくいってんの?」
「いや、うまくいくとかそういう関係じゃないから」
「いやいや、照れちゃって。ハッキリさせちゃいなさいよ」
「いや、ホント、そういう関係じゃないから。友人だから。ね?」
クーリーとキリーの間にはこんな感じの会話が低音量で展開されていた。
その後、四人は5分だけバレンタイン姉弟を待つことにした。
トルセの時間の都合上、14時までに恐らく22時前後に襲来すると予測される敵勢力を
どう迎え撃つかという作戦を伝えるブリーフィングを始めたり、
他にユール達に見せたい物があるそうなので
それを見せるための時間というのも必要だった。
トルセの都合で仕方がないとはいえ、そんな重要な事を伝える時間が
たったの一時間弱しかないというのも変な話ではあるが。
3分が経った。「あと1分とちょっとね」とトルセが呟く。
ユールはバレンタイン姉弟が来てくれると思っていたのだが、
その期待は裏切られそうだと思い、その一方でまだ希望を捨て切れていなかった。
「きっと来るよ」
「来ないわ。あの二人はこの手合いの話は信じないようだったし」
それはユールも知っていた。怪談やら伝説やらお伽噺やらは
あの二人には一切通用しない。迷信も持っていない。彼らは彼らの信念で生きているのだ。
だが、その信念の中には友の危機を救うということも含まれているはずだとユールは考えた。
信じがたい話ではあろうが、それでも自分の所に来て欲しいと居もしない姉弟に願った。
その願いは通じた。信仰深い人ならば「きっと神様が聞き届けて下さったのだ」
とでも思うのだろうが、ユールには信じる神も悪魔もいなかった。
だから、彼女の喜びは素直な形を取って表に現れる。
「アリスー!アルー!来てくれたんだねー!!」
どうしたらよいか分からないといった表情で名を呼ばれた姉弟は四人の元へ近づく。
頭を掻きながらアルベルトが口を開いた。
「ユール、別に信じたわけじゃねぇんだよ、その女の言っていた事をよぉ」
「うん。信じられないのも無理は…」
「だからよ、剣を見せてくれよ」
アルはそう言うと目でホラ、とユールに促してきた。
ユールは人の多いこの場所では無理だと判断し、トルセの横顔を見た。
やはり彼女も同じ事を考えたらしく、ユールの目を見つめると首を横に振った。
「ここじゃ無理よ」ユールが言う。
「危ないからか?冗談言うなよ?剣ってのは、普通目につくもんなんだぜ。
それなのにユールの格好見りゃ、帯剣してないときてる。それじゃ見せらんないよな」
アルベルトはそう言うと、チッと舌を鳴らしてユールを少しだけ睨んだ。
ユールはそれに少しだけ怯み、そして反論を始めた。
「人が沢山いる。こんな所で剣を出すなんて無理よ」
「だから持ってねぇじゃんって言ってんだろ」
「ちゃんと持ってるわ。ただ、今は小さくしているってだけで」
「小さくぅ?」「小さく?」とアルベルトとアリスはハモった。綺麗なオウム返しだ。
「とにかく」ユールが続ける。
「だから、まずは人のあまりいない所に行かなきゃ」
「そんな所なんてねぇだろ。カーニバルだぜ?そんなとこある訳ねぇよ」
「あるよ」とトルセがアルベルトの主張を真っ向から否定した。
何処にだ、とアルベルトが問うとトルセは確かな答えを返した。
「ユールの剣を封印していた場所。そこなら誰もいない」
一行はターミナルタワー地下にあるメトロステーションの
プラットフォームに降り立っていた。そこでトルセが先頭を切って歩き、
ユールを導いた時のように一行を案内する。
周りに人はいないので、誰かに姿を見られる心配はなかった。
この場所を知らない一行のメンバーは
うわすげぇだのナニコレだの何だのと喋りながらトルセの後ろについていった。
そして一行はユールが剣を抜いた場所に出た。
ユールが訪れた時からこの空間の様相は全く変わっておらず
辺り一面が真っ白であったことに一切の変わりは無かった。
ユールはここで剣を抜いた事をユール自身が語り、
そしてネックレスを再度乱暴に切り、それを上に放り投げた。
一瞬、という言葉がこれほど似つかわしい状況は無いだろう。
ユールが空高く放り投げた小さな剣のついたネックレスの
速度がゼロになり、重力にのみ従って降下し、
次の瞬間には大剣がユールの足元の近くに深々と突き立った。
ユールはそれを手にし、台座に歩み寄って
元の場所に大剣を突き立てた。両手を剣の柄に添えながらユールは言う。
「アル、アリス、お願い。これでも信じてくれないって言うの?」
「あ、あぁ…今の、一体今のは何なんだよ」「信じられない。こんな事が…ユール」
「………」
数秒の沈黙が漂う。
種も仕掛けもありません、と言って手品師が奇術を披露するのと
ユールがやった事はある程度は似通っているが、それとこれは全く別の次元の話だ。
不意に決意を決めたようにアリスが右足を一歩前に出してユールに言った。
「ユール」
「…なに?」
「ごめん。ユールの事を信じる事が出来なかった。
でも決めた。私はユールと一緒に戦う」
これを聞いたユールはアリスに向かってゆっくりと深く頭を下げた。
そのやり取りをみたアルベルトは居心地が悪くなったように乱暴に喋った。
「あーあー!全く仕方がねぇな姉ちゃんは!
姉ちゃんがユールの味方するってんなら、俺も加わらさせてもらうぜ」
「アル…!」
「おっと勘違いすんなよ。俺は姉ちゃんが心配で仲間になってやるって言ってんだからな」
アルベルトはそう言い、そしてユールに背中を向けた。
それと同時にトルセが晴れて全員が心の闇と戦う決意を示した一行に言う。
「よし、みんなやる気になったね。
それじゃあみんなでブリーフィングだ。ほら、ついて来て!」
ここで話の整理をしてみようと思う。
聡明な読み手にとっては要らぬものと思われるが、私が混乱してきたのでまとめてみる。
この物語の主人公、ユールは友人と共に巨大遊園地「カーニバル」へと向かう。
ユールはそこでトルセと名乗る少女に千年に一度起きる世界終末の危機を知らされ、
三度目のミレニアムを迎えるこの年のこの日にその危機が迫る事をも知らされる。
世界終末の危機をもたらすのは人間の醜い心、心の闇と呼称される存在であり、
それに対抗するためアトランダムに一人の人間を選出する善い心、心の光が存在する。
三度目の危機を救うために選ばれてしまった(正確には前任者の血を継いでいたために選ばれた)ユールは
自分の友人たちに協力を求め、今ここでユールと友人たちとトルセの六人は一致団結した。
そして六人はこれからブリーフィング、作戦会議を開く事にした。
一行はトルセの先導でターミナルタワーの地下深くの廊下を歩き回る。
廊下で他人とすれ違う事は無かった。この廊下にはこの一行しかいないらしい。
ユールはこの場所が海の底にある事が理由で寒く感じるので
クーリーにコートを取り出してもらうため、PSCRの封を切ってもらった。
PSCRから黒のコートを取り出したユールは壁にあるものを見つける。
「ねぇトルセ」
「どうしたの?」
「あの絵って…」
薄い青色の盾の後ろに地球と思しき星がが守られているような
構図になっている絵がユールから見て右側にある壁に描かれていた。
「うん。WSFのエンブレムだけど」
トルセが返す。ユールはやはりそうだったかと思う気持ちと
何故ここにWSFのエンブレムが?と疑問する気持ちの二つを同時に抱いた。
「じゃあ何か?ここはWSFの基地だってのか?」とアルベルト。図らずもユールの疑問を代弁することとなった
「そういうこと。あ、これ、オフレコにしておいて」とトルセ。
この瞬間、ユールの背筋がぞくっとした。
一気に現実という超重力が自分のの全身に重くのしかかったかのようにユールは感じた。
一行はターミナルタワーの地下深く、
秘密裏にWSFの基地のようなものとして造られたセクターのとある部屋の前に来ていた。
一体何だここは、とクーリーが呟いてトルセに訊ねる。
「トルセさん」
「何?」
「この部屋は一体何なんですか?」
「ここ?作戦会議室ね。とりあえずここでブリーフィングするから。それじゃ、入るわよ」
奥行きの深い大きな部屋だった。
何のTVドラマだったかは忘れたが、商社マンのような男が主人公の
ドラマをユールは思いだした。確かあのドラマのワンシーンに
自社ビルの高い階にあるこんな会議室で彼はプレゼンをしていたのだった。
そんな部屋によく似ているなぁとユールは思いながら
この部屋のあまりの暗さに思わずMPDを取り出してライトを点灯する。
MPDの一部が発光し、そこから光が部屋を照らす。
限られた視界だが何も見えないよりはマシだとユールは自分に言い聞かせる。
トルセがユールに少し頭を下げながら部屋の中のどこかへ歩き出し、
立ち止まって何かを操作した。カチっと音がすると同時に
ユールのMPDは意味を成さなくなった。作戦会議室の照明が点灯したからだ。
ユールはMPDのライトを消灯してコートのポケットに仕舞い、適当な椅子に座った。
ユール以外の四人はそれに倣って適当な場所に座り始める。
トルセはというと、彼女は部屋の一番奥に移動して何かの装置を操作している。
ユールはその姿を見て先程脳裏をかすめたドラマのワンシーンをもう一度脳内再生させた。
主人公がプレゼンをする際、プロジェクターとそれから受け取った映像を
人々に教えるスクリーンを丁度トルセが立っている場所に近くで何かを操作して出現させたのだ。
トルセも商社マンの主人公も同じ事をやっていた、とユールは一人で納得していた。
横長すぎる全長8メートルはあるオーバル状のテーブルの真ん中のあたりで
ういいいんと球体型のプロジェクターが台に乗せられて床から現れ、
テーブルの上には席に座った人間が見やすいようにこの部屋にある椅子の分だけの
ホログラフのようなスクリーンがびゅんと音を立てて現れた。
トルセを除く五人はおぉと驚きの声をあげ、これは凄いと誰かが言った。
「それじゃ始めるよ」とトルセが注意を促し、プロジェクターに近づいて何かのボタンを押した。
するとテーブルの上のホログラフ上に世界地図が映し出される。
航海に使われるタイプのものだ。地図の種類の名前は忘れたので割愛する。
その世界地図の一つの大陸がピンク色に光る。
地理が苦手なユールでさえ、それを見てレイヴン大陸だと分かった。
自分の住んでる大陸ぐらいは覚えているに決まっていると思うが、一応。
次に、ピンク色のレイヴン大陸の最東端が赤く発光した。
丁度第十地区のあたり、つまりはカーニバルが建造された地域である。
ホログラフの映し出す映像はカーニバルを上空撮影したもののようになる。
そしてターミナルタワーにズームインし、そして視点は高度を下げて
海底に潜っていく。映像上の海底のターミナルタワーの一部がさらに赤く発光し、
「作戦会議室」と表示されてから一気にそこへズームインし、そして画面が暗転する。
ブラックアウトした映像は次にWSFのエンブレムを映しだし、そしてそのままになった。
「それじゃ説明していくわね」とトルセ。何かのボタンを押した。
ホログラフに変化が起きる。再度世界地図が表示され、今度は別の大陸がピンク色になった。
何という名前の大陸だったかユールは思いだせなかったのだが
映像上に「ヴァルチャー大陸」と表示されたのでそれを理解する事が出来た。
「ここにWOSの本部があるのは知っているわよね?」とトルセ。ユール達五人は首肯してそれを返答とした。
トルセはそれを確認して話を続けていく。
「オフレコでお願いしたいんだけど、実は一週間前にWOSの会長が死んだの」
WOS会長。この世界の統治制度上独裁者というほどの権限を持ってはいないが
結構な権力を有する存在だ。WSFの総帥もいるのだが、
WOS会長である彼が(彼女が)WSFの総指揮を取ったりすることもある。
そんな会長が死んだというのだから、トルセを除く作戦会議室にいる人々は動揺した。
「まだ公表していない事だから。さっきも言ったけど、オフレコで頼むね。ヤバい事になるから。
それで、その死因なんだけど…何か不自然なのよ」
「不自然って?一体何で死んだの?」とユールが問う。
「何の前触れもなく急死。あの大陸の第一地区にあるWOS本部の施設を
歩いていると突然倒れて死んだそうよ」
「あっけねぇな」とアルベルトが言った。
「そうね……それで、これが誰かの手による殺人ではないかと囁かれ始めたの。
誰もが会長の下で仕事をしている大臣とか、そういう人達が犯人じゃないかって。
でも彼らにそれが出来るはずがないの」
「どうしてですか」クーリーが言って続ける。
「何か、人の体に入れて内側から殺す事って出来るんじゃないんですか?
そういうのってあの人達くらいの力があれば用意できるんじゃないかと思ったんですが」
クーリーは何て恐ろしい事を口にしたのだろうとユールは思った。
これまで自分が見てきたクーリーの面影はない、と感じられるほどに
ユールの中に何か言いようのない迷いのような感情が芽生え始めた。
そんな事は露ほども知らないクーリーはトルセの返答を待つ。トルセの口が開く。
「確かに邪魔になりそうな人を殺したりっていうのは
良い手段だと思うわ。でも、そんな事は彼らに出来ないの。
というより、彼らがアレを手にする事は出来ない」
「手にする事は出来ない?一体どういう意味ですか?
その言い回しだと、その技術と手段はあるように聞こえるのですが」
確かにそうだ、とユールは思った。
小型暗殺機械のようなものは現実に存在するが、
それを手にすることが出来るのは一握りの人間しかなれない
上級の政治家でさえ不可能である、と暗にトルセは言ったのだ。
まさか、とユールの頭の中に想像もしたくなかった嫌なシナリオが浮かび上がる。
トルセの口が開こうとするのを見てユールは何かにすがる思いで目を瞑った。
「その通り。確かに人体に入りこんで殺しを行う機械は存在する。
でも、それはまだ無い事になっている。表向きには存在していないわ。
アレが使えるのはWSFのエリート又は総帥といったあたりかしら」
何て事だ、とユールは二重の意味で思った。
一つはクーリーもアルベルトもアリスもキリーも、同様に何て事だと思ったように。
もう一つは自分の思い描いたシナリオが何のズレも無くぴたりと当てはまったという意味で。
そんなユールの事を無視してブリーフィングは進んでいく。
「それで」トルセが言う。
「WSF総帥がWOS会長を殺したんじゃないかってのが私たちの見解」
「私たちって?」とアリス。それにトルセが答える。
「もう言うまでも無いけど、私はカーニバルを護衛する
WSFの部隊に所属しているの。私はそこで副隊長をやっているわ」
「副隊長!?」とユールが、そして彼女を除く三人が驚きの声を上げた。
ふと、ユールの視界に驚きの表情をあまり見せなかったキリーの顔が入った。
ここに来る前の説得の際、トルセは交渉の切り札としてこの事を先に言ったのかもしれない。
「そこまで偉くは無いんだけどね。さて、そろそろ本題に入るわよ。しっかり聞いててね」
ホログラフの映像がWOS本部の地下の立体地図を映し出す。
そこの部屋名が順々に表示されてそれがどこにあるのかを示し、
そしてある部屋でその映像の動きが停止した。
「ここが兵器廠。WSFの武器を管理している場所ね。そこで…」
ホログラムの映像の静止が解かれ、そして映像が再び動き始めた。
映像は暗転し、黒の背景をバックに四つの大型兵器を映した。
「獅子型高機動制地兵器と蠍型高機動制地兵器と…
烏賊型超高機動制地兵器と人型可変機動型制地制空兵器ね。
これらがWOS会長が殺されたと同時に姿を消した」
どう見てもライオン、蠍、烏賊、そして宙吊りになった鷹のような人間を模した
大型の機械、トルセの言葉を借りるなら兵器であるそれらは
トルセの言葉が途切れると同時に映像から姿を消した。それを見たトルセが続ける。
「総帥がこれを奪ったの。私たちの見解もそうだったし、
つい昨日に差出人が総帥の名前だったメールがこっちに来て、その内容がこれを示しているの」
それに変な所を感じたクーリーは無言で手を挙げる。
「どうしたの?」
「変だなって思って。どうして総帥がわざわざ
『私が四つの兵器を奪いました』ってそんな重要な情報を渡すのかなって思ったんです」
「総帥はここを襲撃してくるから、私たちに選択を迫っているのだと思う。
総帥側の仲間になるか、それとも反発するのか……」
「それじゃまるで、総帥がクーデターを起こすって言いたいようですけど」
「その通り。さっき言ったメールの話も、そういうことを言っていたの。
つまり、総帥はあの四つの大型兵器を使って最初にここを襲撃して
それが成功したらここを拠点にし、総帥は世界を乗っ取ろうとしているの」
トルセの言葉が終わらない内に映像が文章を映しだした。
誰かからメールのようだ。ユールはそれを黙読する。
確かにそのメール―総帥から送られたと思われる―はクーデターを起こすから仲間になれ、
という旨のことが書いてあった。クーリーの横顔を盗み見ると、彼は驚いた顔をしていた。
勿論、そんな顔をしていたのは彼だけではなかった。皆が同じような顔をしていた。
114 :
旅人:2009/06/12(金) 00:47:58 ID:Zyxp8G0d0
いかがでしたでしょうか?これにて今投下は終了です。
個人的に描写が難しいシーンの連続で、
いつも以上に変な表現や日本語でおkな部分が多々見受けられたと思います。
最近、音ゲー小説って何?と自問することが多くなりました。
登場人物が音ゲーで遊ぶとか、そういう小説はちゃんとした音ゲー小説ですが、
僕が書いてきたような駄作達の路線の小説は何なんだろう、と思うんです。
「旅人さんの話」はセーフ。クロスワードのアレだって、多分セーフ。
じゃあ「みんパテ」はどうかっていうと、グレーゾーンです。どっちかっていうとアウト。
この「カーニバル」だって純粋な音ゲー小説とは言えず、
皆様の期待を悪い意味で裏切ってしまった結果となってしまいました。
音ゲーそのものをネタとするより、
曲やムービー等をネタにしていこうと頑張ったのが僕のスタンスです。
でもこのスタンスで書き進んでいくと、どうしても「これは音ゲー小説か?」
とかあまり良いとは言えない評価を受けてしまいます。
カーニバルだってそうです。僕も「これはこの場に投下できるものなのか?」と思います。
最後の我儘だと思って見逃してほしい、と思うと同時に、書き手として最悪だ、とも思うのです。
長ったらしくなりましたが、これで後書きは終了です。
色々感想とかを書いてくれれば、本当に色々な支えになります。是非お願いします。
それではこれにて。おやすみなさい。
115 :
爆音で名前が聞こえません:2009/06/13(土) 20:07:38 ID:UbdpMYtX0
あげ
>>114 投下乙です。
ちょいと一つ言わせてもらいますと、旅人氏はファンタジー系かつRPGシナリオのような文章を書く傾向にあると思います。
短編はともかく、長編を書こうとすると大体その傾向へ傾いていくよう見えますね。
それは作風なので全く構わないのですが、その場合の文章が『音ゲーが単なる飾り』な事が多いかなと思います。
現在投下されているcarnivalですが、現在投下されている部分を読む限りでは音ゲーという要素を取っ払って、
純粋なファンタジーものとして書いてしまった方が、文書構成としては良いものになるかも…と感じました。
これまでのいくつかの作品もそうですが、無理に音ゲーを絡めた結果、妙な展開になっているなと感じる事がありましたね。
もし楽曲やムービー等の世界観をモチーフにした文章を書くならば、無理に音ゲーのプレー風景を絡めずに
出来上がった物語を純粋に展開していくだけの方が良いのではないでしょうか。
そういう文章はこれまでに投下されていないようなので、最初に注釈を入れておかないとスレチ扱いされるかもしれませんが。
過去ログやまとめを読むと、音ゲーのプレー風景が中心、もしくは音ゲーを核とした準日常的な文章が殆どなんですよね。
『非現実的な描写』が殆ど無い、もしくは非現実的な世界観でも音ゲープレイが中心な話ばかりです。
そういう意味では、確かに旅人氏の書く文章は型破りなものだと思います。
とはいえ、これまでのスレの流れに新しい風穴を開けたことも確かですから、これからの投下にも期待していますよ。
文章の中で、音ゲーがしっかりとした存在感を持つように描写できればOKではないでしょうか。
長文、失礼致しました。
117 :
旅人:2009/06/21(日) 17:08:38 ID:uYkBRPey0
>>116さん
多大なる指摘とアドバイス、本当に自分の支えとなりました。ありがとうございます。
今投下しているカーニバルとか、ヤバいよなぁスレチだなぁと恐れていたのですが、
作品の中で音楽ゲームにしっかりとした存在感を表し
「音ゲーを交えて」自分の作品を書いてゆけば良いんだと確信できました。
気持ちを新たに、今日の夜に投下させて頂こうと思います。
時刻はいつもどおり、夜の11時30分くらいを予定しています。よろしくお願いします。
118 :
旅人:2009/06/21(日) 23:14:19 ID:uYkBRPey0
今晩は、大体予告通りやってきました、旅人です。
前回では敵役の手駒が紹介されました。
皆様はもうお分かりになっているかと思われていますが、
あの四機はIIDX15 DJTにおけるミリスプ#2の曲目のムービーに登場しているロボ達がモデルになっています。
僕がやりたかったことの一つを紹介しようと思います。
実際にあんなロボット達が現実に現れて、それらが僕たちに危害を与えたとして、
もし僕たちがそれに対抗できたとしたら……っていう馬鹿げた空想を作品内で実現させる事です。
で、カーニバルではそんな僕のやりたい事を実現させる事が現在進行形で出来ています。
ちょっと今回の予告的なものを。
前回は敵役の紹介でしたが、今回は主人公達の対抗手段について紹介する回となります。
どんなもので敵に対抗するか、期待してくれていたら嬉しいです。
今回も僕としては頑張ったなぁとは思うのですが、ネタや構成の完成度の低さ、
毎度毎度申し訳ないですが、誤字や脱字が目立つと思います。
書き手としてはレベルの低い僕ですが、一年と九か月もここで活動出来た事を皆様に感謝します。
相変わらず出来の悪いものしか書けませんでしたが、本編投下に移ります。よろしくお願いします。
その後何分かが経過してブリーフィングが終了した。
内容を三行にまとめてみるとこうなる。
・WSF総帥がWOS会長を殺した
・総帥はWSFの秘密兵器四機を奪ってクーデターを企てている
・最初の標的はカーニバルで、兵器運用の都合を考えると予測襲撃時刻は22:00頃になる
「夜の10時といえば、何かイベントがあったような気がするんだけどなぁ」
クーリーがターミナルタワーの最深部に位置する
WSFカーニバル基地の寒い廊下を歩きながらユールに言った。
ユールは頭の中で22時、22時は…と考えていると、
「今日の22時といえばアレじゃない?トップランカー決定戦でしょ?」
アリスがそう言った。アルベルトは「そうだよそれそれ」と言って頷く。
クーリーも「あぁそうだった」と納得し、ユールだけが不安そうな表情を浮かべた。
それを見たクーリーがユールに声をかける。
「ユール、どうしたのさ」
「あの兵器達を使って攻めてくるんでしょ?
ここに来ているお客さん方はどうしようと思って」
あ、とクーリーが間抜けな声で言った。どうやらそこの所を一切考えていなかったらしい。
そのやり取りを聞いたトルセがユールに言った。
「それは大丈夫。トプラン決定戦のような大きい大会が催されるとなれば
殆どの来園客がそっちに殺到するわ。私達はこれを来園客の陽動に使うつもり」
「どういうこと?」
「つまり、このターミナルタワー内でトプラン決定戦を開催するの。
その情報はまだ一般公開していないけど、15時丁度に情報公開する予定よ。
タワーは頑丈で強固だし、何より強力なシールドを常時展開させているの。今もよ」
「今もって事は、私達はどうやってターミナルに来れているの?
シールドを展開させているなら、普通なら私達、ここへは来れないはずでしょ?」
「各ブロックからターミナルへの移動手段はメトロに限定しているわ。
シールドは海底には殆ど及ばないの。だから海底を走るメトロしかターミナルへ移動できない」
そうだったのとユールは合点がいった顔をした。
へぇーと話を聞いていたクーリーが言い、そして続けた。
「そういう事だったんですか……あれ?トルセさん、言っていたのってアレですか?」
クーリーが指さした行き止まりの扉の上には「ターミナル基地 兵器廠」とネームプレートが貼ってあった。
ブリーフィングの終わる頃、トルセは最後にこう言った。
「まぁこんな奴らを相手に生身で戦ってとは言わないわ。
歩かせてばっかりだけど、多分これで最後だからついてきて」
それから一行はWSFカーニバル基地であるターミナルタワー海底部の
寒い廊下を歩き、突き当たりにある兵器廠の扉の前まで到達した。
トルセが扉の横に設置されている暗証番号入力装置のテンキーを素早く操作する。
ポーンと気持ちの良い音が返り、扉は左右にしゃっと自動で開いた。
やけに明るい大きな部屋だった。あちらこちらに置かれているコンテナ等が何とも言えない存在感を放っている。
トルセはこの部屋で何か武器を渡してくれるのだろうとユールは思ったが、
ライフル型レーザー銃が壁に設置されてある固定具にずらっと並べられてあっても
ブリーフィングの時に説明された四つの大型兵器に敵うものではないと思えた。
そんな事を思い、ユールはたまらずトルセに言った。
「こんな銃じゃ、攻めてくるあの大きい兵器に勝てるわけないじゃない!」
ライフル型レーザー銃の一つをユールは指さした。
人に対しては絶大な威力を誇る銃だが、確かにあの大型兵器四機を相手にこれでは無理がある。
ユールの言葉にトルセを除く四人の思いは一致していた。これじゃ勝てないじゃないか、と。
トルセは「あーあーそれじゃなくて」と言いながら走って奥へ引っ込んでいった。
「バレンタイン姉弟は左に、キリーは右に、ユールとクーリーは私の所へ来て」
奥に引っ込んで物陰に隠れてしまったトルセが言い、続ける。
「それぞれが行った場所にWSFの技師がいるわ。
彼らからそれぞれの兵器の説明を聞いて頂戴ね」
もし実際にあの四つの兵器を―それが虚像であれ現像であれ―見たとしたら、
私も抑えきれない不安に駆られるだろう。人間ならば誰しも、死への恐怖は拭えない。
それを撥ね退けるため、人は宗教に縋る。居るかどうかも定かではない神を信じて。
信じれば救われる。だが、それをアテにしない者がいることも事実だ。
WSFの兵士や幹部の殆どが無宗教の人間である。
信じられるのは自分と仲間だけ、というのがWSFのモットーらしい。
どうせ、死に際には信じていないはずの神に縋るのだろうけれども。
それはさておき、そんな精神があってこそ造り出された兵器というものがある。
それがWSF総帥のエースとなる四つの大型兵器だ。
神を信じないという事はそれだけの強さを求められる。色々な面での強さがだ。
なのでその強さを持つ者の手によって造り出されたモノは、当然ながら強い。
だが、それに対抗しようとする者達もまた無宗教の集まりだ。
だから、強い武器を造り出す事が出来た。強い兵器を作り出す事が出来た。
だから、ユール達には大きな希望があった。その推測混じりの理由は、上の通りだ。
宗教云々というのは、私の戯言であるので、軽く流してもらっても全く構わない。
大方、頭の悪い人が何か変な事を口走っているようにしか見えないだろうから。
「なんだ(によ)これ!?」
アルベルトとアリスはいつものようにハモらせて驚いた声を上げた。
トルセに言われて歩いた先にはWSFの技師の白い制服を着た男がおり、
その脇には黒い布で隠された人一人分は入れそうなほど大きな箱があった。
技師は待ってました、と言うとテーブルクロスでもするかのように
素早く黒い布を引っ張って箱を見せた。
箱は透明なので中身がアッサリと二人には確認できた。
そしてそれが上の驚きの声に繋がっていく。
「これ、どう見てもギタフリのコントローラーじゃねぇか!」
アルベルトが叫んだ。「これが武器?ふざけてんじゃねぇぞ」とその声が叫んでいるようだ。
「これ、家庭用のものでもアーケードスタイルコントローラーのものでもないわね。
エフェクターのつまみもあるし、筐体からぶっこ抜いたって感じ」
アリスは冷静さを取り戻そうとするかのように
努めて静かに呟くように誰に言うでもなく言った。
そう。姉弟に与えられた武器はギターフリークスのコントローラーだった。
ネックでも持ってブンブン振り回すとしても、
人には効き目は大いにあるのだろうがあの巨大兵器に敵うとは到底思えない。
技師が静かに箱を開け、そしてコントローラーを手にした。
ベルトを体に正しく巻き、普通にゲームをプレーするかのように構え、
次の瞬間にはネックを誰もいない方向に向け、
技師は赤のネックボタンを押し、思いっきりピッキングした。
ネックが赤く光った。轟音がした。赤色の何かが飛んだ。
「嘘だろ、オイ…」「こんな武器ってアリなの?」
ネックの先端から赤いレーザーが照射された。
二人はレーザーの飛んでいった誰もいない方向の果てにある壁を凝視した。
照射されたレーザーを受けた壁は、高温の熱でドロドロに溶けていた。
その頃、キリーはなぜか四つのパーノゥを踏んでいた。
簡単に書けば、DDRをプレーしていたということである。
時は数分さかのぼる。バレンタイン姉弟が見せられた箱のように
キリーが見せられた箱も同じように透明で、サイズはアレの比ではなかった。
何しろDDR筐体を納めるほどの箱なのだから。どんな大きさかは容易に想像できるだろう。
そして、キリーは技師に一曲踊って欲しいと言われた。
一曲踊れと言われても、この筐体のバージョンはキリーは全く見たことが無いものだった。
WSFが独自に製作したものなのだろうか、とキリーは訝しがりながら「PARANOIA(楽)」を選曲した。
余談だが、操作系には大きな変更が無かったので、彼女はスムーズに選曲する事が出来た。
初代DDRが登場した時、この曲のこの譜面がクリアー出来た者は上級者扱いされた。
同作では最高BPMの曲としても知られている。その値は180。アーティスト名にもなっている。
今ではこれを軽く超える譜面を持つ高難度曲がかなりの数を数える。
それらの曲の中には簡単にBPM180を越えるものもある。物凄いスピードで大量の矢印がせり上がっていく。
そうして、プレーヤーの足はシリーズを重ねるごとに進化していった。
大のDDR好きのキリーも、その例外ではなかった。
彼女が選曲したこの曲、この譜面は、わざと選ぶ言葉を悪くするなら「玩具」と彼女は呼ぶことが出来た。
それ程の技術を彼女は持っているからだ。軽やかに、そして計画的に運ばれていく
彼女の両足や全身の動きを見ればその位のことは容易に察しがつく。
しかし、彼女は彼女にとって簡単な譜面を踏むことを「玩具で遊ぶ」とは言わなかったし思わなかった。
いや、そう言ったり思ったりする心が無かった。彼女にはそう思う理由がなかった。
やってて楽しいからやる。彼女の行動原理にはそれが組み込まれている。
その証拠として、曲の始めは乗り気ではなかった彼女の顔が、
最後の矢印を踏み終えた時には満面の笑みと変わっていた、その事実が挙げられる。
「ありがとうございます。では、リザルト画面をどうぞ」
技師がそう言って曲が終了し、次にリザルト画面が出る。
その画面にはきっとAAの評価が出るはずだとキリーは思った。
そのはずは潰えた。AAの字は出ず、それどころか次に出た画面はリザルト画面ですらなかった。
「パワーゲージって…なに?」
キリーはあっけらかんとした顔で呟いた。
現れた画面に映っていたのは円柱のグラフだった。その上に「パワーゲージ」と表示がある。
そのグラフの30分の1が黄色くなっていた。
「見ていてください」技師が言った。
そしてフットパネルを指さし、キリーに見るよう指示した。
確かに今まで気がつかなかったが、そこには筐体に繋がるケーブル以外のもう一つの図太いケーブルがあった。
それの果てには小さな白の四角のパネルがあり、その上には空のアルミ缶が一つあった。
技師がいつの間にか手に握っていた装置の一つのボタンを押す。画面の中のパワーゲージが減少していく。
それにつれて白のパネルが黒く変色し、技師が装置の別のボタンを押した。
ドーン!!!と音を立て、アルミ缶は粉々に吹っ飛んでいった。
キリーはそれを見て、ただただ立っている事しか出来ず、次の選曲画面が出たことにも気がつかなかった。
ユールとクーリーはトルセの後をに続いた。
屋内のライトで照らされてはいるものの、灰色のコンクリートのような床と壁と天井が、
ここはモノクロの世界なのではないかと錯覚を与える、とユールは感じた。
トルセが立ち止まった所には、先に書いた三人のように黒い布に覆われた箱が置いてあった。
だが、一つだけ違うところがあった。この二人のために用意された箱は
三人のためのそれと比べると規格外の大きさだったのだ。
「戦闘機くらいの大きさくらいはあるんじゃないかな」とクーリーがそれを見て呟いた。
「戦闘機ってどういう事よ」
「だって、ここは兵器廠でしょ?それに、こんなに部屋の中は広いんだし。
戦闘機の一機や二機くらい、置いてあっても不思議ではないと思うよ」
「だからって、わざわざあの箱みたいな物に収める必要はないでしょ」
「僕が見たところ、この箱にはステルス機能が付いていると思うんだ。
つまり、この箱に収められている物はスイッチか何かを押すと外から見えなくなる。
大事なものだって注意して運搬すれば人目についても不思議ではないよ。
あ、コレは本で読んだんだ。僕、ちょっと軍事系っていうか、そっちの方に興味があって」
クーリーの言葉の最後の方はトルセに向けられたものだった。
言い訳がましく言った理由は、トルセの目がみるみる大きくなっていったからだ。
それが驚きからかある種の恐怖からかは分からないが、彼女の目のことに関してはそうだった。
目を限界まで大きくしたトルセは目のサイズを元に戻しながらクーリーに言った。
「いや、君、凄い。よくこんなものを知っているわね」
「たまたまですよ。それより、この中には何が入っているんです?
ステルス運搬のコンテナだったら、黒い布なんか必要ないじゃないですか。
それが演出だったとしても、箱の中身は一体何なんですか?僕が一番知りたいのはそれなんです」
クーリーはそう返し、勝手に箱に近づいて黒い布に手をかけようとした。
ユールは制止を呼びかけたが、クーリーは振り返ってにこやかに笑い、黒い覆いを取り去った。
一つ目の箱には青い大きな立方体が収められていた。
中に反重力コアでも埋め込んでいるのか、ステルス箱の底部に
青い箱の底部は接触せずにふわふわと浮かんでいる。
クーリーは二つ目の箱の黒い布を取っ払った。
その箱の中にはエメラルドグリーンの大きな直方体が収められていた。
青い箱と同様に反重力コアを埋め込んでいるらしく、
ふわふわと浮かんでその存在感を誇示しているかのように見える。
一つ一つ、箱の中身を見せつけられたユールはうわぁ、と驚きの声を上げた。
布を引っ張るクーリーもおぉ、と何か素晴らしい芸術作品を見たかのような声を上げた。
我慢できなかったのか、ユールは緑の箱に近づいて触れようとした。
ステルス箱にユールの指が触れそうになった時、
箱の手前に水面で踊る波のような物が浮かび、ユールの手の進入を拒んだ。
そんな二人を見ていたトルセはこれら二つの箱について説明を始めた。
「青い箱が高速戦闘機。あの緑の箱が迎撃戦闘機よ。どれも試作型なんだけど」
それを聞いたユールは「え?」と返し、クーリーと言えば「凄いですね」と答えていた。
「それで」トルセは説明を続ける。
「ユールには迎撃戦闘機に、クーリーには高速戦闘機に乗ってもらうわ」
「私が?」
「僕が、あの戦闘機に?」
「そう。この二機に適任だと思ったのはあなた達だから」
「アル達がいるじゃない。あのツインズの方が適任じゃないの?」
「あなた達を見て、バレンタイン姉弟よりは、と思ったの。
ユールは気づいていないかもしれないけど、クーリーはあなたの事を大事に思っているみたいだから」
「え?いや、僕は、その、ユールとは友達っていうか……」
親友?とクーリーが最後に言って変な顔をした。
ユールに対する気持ちを見破られた事やこれまでの驚きの出来事に対する表情が
入り混じったような顔だった。トルセはそんなクーリーに向けて言った。
「そう。親友として」
「そうよね。一瞬クーリーが私の事を好きなのかと…」
「いや、そんな事ないよ!?いや、違う、確かに君は可愛いけどさ、よくもてるし。
でも、えーほら、何て言うの、えーと、ほら、親友でいたいっていうか。っていうかそんな感じ?」
「分かった分かった。クーリーは私の親友だよ。落ち着いて」
混乱気味のクーリーをユールがなだめ、トルセはその光景を見て微笑した。
それからバレンタイン姉弟とキリーの分であろう三つの足音がこちらにやってくるのが聞こえた。
「うはっ、これが戦闘機だって?」「嘘でしょー?」
「あなた達、これに乗って戦うの?凄いわねぇ」
順にアルベルト、アリス、キリーが次々に言った。
凄いだろー、とユールが返し、クーリーといえばこれは
自分には不釣り合いな武器、いや兵器ではないかと考えているような顔をしていた。
「はいはいはいはい」トルセが手を叩きながら五人の意識を自分に集中させる。
「という訳で、みんな各々の武器の取扱いは教わったよね?」
「おう」「えぇ」「はい」「え?」「いや、まだ何も…」
「それじゃ、18:00まで自由行動。何か緊急の用事があれば…
そうだ、皆のMPDの電話番号を交換しましょ。私だけ皆の電話番号や
メールアドレスを知らないもの。これじゃ不便すぎるわ」
その言葉で五人は自分の個人情報の一部をトルセに伝えた。
トルセはありがとうと微笑みを返し、そして、出口に案内すると言って後についてくるように言った。
言われた通りにトルセの後をついて行く一行。
あの寒い廊下を歩く途中、ユールとクーリーは最後尾のポジションについていた。
寒さのせいで体を微かに震わせながら、ユールはクーリーに耳打ちした。
「ねぇ、クーリー」
「え?どうしたの?」
「私たち以外の皆は各々の武器のレクチャーを受けたって言ってたっけ?」
「どうもそうみたいだね」
「おかしくない?」
「どうして」
「だって、私達だけあんな扱いの難しそうなモノを使わされるんだよ?」
「うん。それは光栄に思わなくちゃ」
「そうは思うけど、でも、アレでしょ?
そんなものを使わせるのにマニュアルの1ページも寄越さないなんて、どう考えても変よ」
「それはそうだけどね、それは次の集合の時に渡されると思うよ。
まぁそんなに気を負う事はないんじゃないかな。大丈夫だよ、きっと」
クーリーの楽観的な返答にユールは次第に頭に血が上っていた。
自分のために、恐らくは変に不安や焦りを募らせないように、そう答えたのかもしれない。
しかし、それはその時のユールにとって不快感を与える返答以外の何物でもなかった。
「ねぇクーリー、私達、今日には死ぬかもしれないのよ」
「大丈夫だって。僕たちは絶対に死にはしない」
「どうしてそんなに楽観しているの!?もうちょっと危機感を持ってよ!」
「ユール、落ち着こうよ。君がそんなにイライラしたって…」
「私がイライラしているのは、クーリーの態度よ!
もういい、もう私に口をきかないで!!」
ユールは冷たく言い放ち、そしてそっぽを向けてしまった。
クーリーはといえば、怒っても不思議ではなかったのだが
彼は申し訳なさそうな顔をして、しかし謝罪の言葉を述べるきっかけが見つからなかった。
周りにいた彼ら以外の人々は、どうすればよいのかよく分からない表情を浮かべ、
そして黙って先に進むことにした。二人も無言でそれに倣って歩きだした
それからターミナルタワー屋上に戻ってきた一行は
18:00までに時間厳守でここに集合することを確認し直してから一度解散した。
バレンタイン姉弟の二人は早々にタワー屋上の散策に出かけた。
それを見送ったクーリーがユールに声をかけるが、ユールはそれを無視して
何の為に行ったのかは分からないが、恐らくはメトロに乗るためにタワーの下へ戻っていった。
それを見たクーリーの顔にはさらに落ち込みの影が濃くなった。
そんな彼の様子を見ていたキリーがクーリーに声をかけた。
「あなたの態度は間違ってはいないわよ」
「でも、ユールにとっては問題があった。だからあんな態度を……」
「そうね。あなたに導いていってもらいたかったんじゃないかしら」
「導く?僕が?」
「そう。あなたがユールの手を取って行くべき方向へ導くの。
そして彼女に良い方向へ彼女を導かなければならないわ」
それだけを言ってキリーはクーリーから目をそらした。
クーリーはしばし沈黙し、一度鼻水をすすったような音を立ててから口を開いた。
「キリー」
「なに?」
「僕の誕生日は1月31日なんだ」
「それで、それが?」
「その日の…誕生花の花言葉って、知ってるかい?」
「知らないわ。花については詳しくないの」
そうだよね、そう見えるもん。そうクーリーは言って、そして続けた。キリーはクーリーの顔を見ながら聞いた。
「僕の誕生花は『しろたえぎく』っていう花。花言葉は『あなたを支える』って言うんだ」
そう言ったクーリーの声はどこか震えていて、そして彼の両眼がどこか潤んでいるように見えたのは、錯覚ではないかもしれない。
ここに、この物語は二つ目の段階を終えた。
ユールを気遣おうとしたクーリー。
クーリーのその態度にイラついたユール。
どちらも自分は正しいと思った事を成していたし、
どちらの言い分、理由も正しい。私はそう思う。
この後から作中の18:00までの各登場人物の
その後を描こうかと私は思ったのだが、意外にコレが面倒臭い。
申し訳ないが「疲れるから」というふざけた理由で割愛させて頂こうと思う。
暇があれば書こうとは思うが、その暇は見つかるだろうか。
もし見つかっても、それを書く気には到底なれないだろう。
次の「Phase」ではいよいよ闇の手勢がカーニバルへと襲来する。
とんでもない兵器をもってして迫る闇。
それに対抗するに相応しい武器をもって立ち向かう主人公たち。
危機を前に距離を開いてしまったユールとクーリーの仲は修復できるのだろうか。
それらの要素を楽しみに、次の「Phase」を待っていて欲しい。それでは、次のプロローグで。
carnival (re-construction ver)
Phase 2 -covered truth- end.
129 :
旅人:2009/06/22(月) 00:40:46 ID:aiYIN7ss0
いかがでしたでしょうか?これにて今回の投下は終了です。
ここまで本編を読んで頂きありがとうございました。以下はくだらない後書きです。ちょっと長いです。
今回の投下分のシーン全体が僕の苦手分野です。
最初の方なんかは考えて書いていたのですが、構成的に変な印象を与える結果となってしまいました。
また、ラストシーンのユールとクーリーの対立や、最後の最後にクーリーが言った言葉に
集約される彼の抱く思いなんかも上手く描ききることが出来なかったのではないかと思います。
ホント、レベルの低い書き手で申し訳ありません。
「転」であるフェーズ2が終わったという事は、
「結」の部分であるフェーズ3が始まるという事を意味しています。
もう戦いのシーンか、と思われるかもしれませんが、少しだけ先延ばしにしています。
まだまだ、主人公たちにも読み手の皆さんにも伝えていない事があるからです。
これを伝えずして戦いを始めたら、興ざめものだなぁと思ったので。
これから、投下するペースが落ちるかもしれません。
今までそんな事を散々書いておきながらいつも通りのペースだったり
ちょっと早いくらいのペースで投下させて頂きましたが、
この場合もそうなれば良いのですけれども、本当に微妙な感じなので。
なるべく遅らせないようにはするつもりなので、待っていてください。
それではこれにて。おやすみなさい。
旅人さん乙です。
感情を描くのは難しいですよね。
書き手にとって永遠のテーマじゃないかと思います。
良いものができるよう、ぜひじっくり取り組んで下さればと思います。
それではトップランカー殺人事件の続きです。
盛岡警察署に戻ってきた乙下は自分の耳を疑った。
「Back Into The Light」が捜査一課の方向から聞こえてくるからだ。
一歩また一歩と捜査一課へ近付くにつれ、
音楽の発生元が「捜査一課の方向」ではなく「捜査一課」であると確信が強まっていく。
「あのバカ」
土曜日の今日、署には当直の人員しか出勤しておらず閑散としている。
それをいいことに、空気がIIDXのサントラを聞いているのだろう。
しかし事実は乙下の予想とは少々異なっていた。
捜査一課からやかましく垂れ流されていた音の正体は
サントラの再生音ではなく、1046がIIDXをプレイしている音だった。
すらっとした佇まいで華麗に鍵盤を叩いては皿を回すその動きは、
乙下がABCで目にした動きと同じものだった。
ただし、今日の1046はテレビの中という特殊な環境下でプレイしているため、
一昨日と比べるとその背中はこぢんまりとしており、やや迫力に乏しかった。
「あっ、オトゲ先輩!お疲れ様っす」
しがみつくようにテレビを見ていた空気は、
半分だけ乙下の方を振り返って挨拶をし、再びテレビにしがみついた。
誠意のかけらも感じられない素晴らしい挨拶をもらい、乙下は感涙にむせびそうになる。
「何やってんのお前?」
「DVDを見てるんです」
「見りゃ分かるよバカ。何見てんのか聞いてんだよ」
空気は悪びれるどころか胸を張って立ち上がり、
印籠を取り出した助さん格さんのような不敵な面構えで
一箱の分厚いDVDパッケージを見せつけてきた。
「BEMANIトップランカー決定戦2008」のタイトルロゴがあり、
バックには見慣れた各種音ゲーの写真が写っている。
「何これ」
「BEMANIトップランカー決定戦2008っす」
「見りゃ分かるよバカ。なんでこんなの見てんのか聞いてんだよ」
「一昨日オトゲ先輩が見たいって言ってたんで、準備してたんです」
「そうかそうか、俺のために準備してくれてたのか」
1046による「Back Into The Light」のプレイ動画が終了すると、
続いてスピーカーから警察署の雰囲気に似つかわしくない
シャリシャリとした質感の音楽と共に、
ノリの良い男声によるそれこそDJ風味のナレーションが聞こえてきた。
『ご覧いただけましたか?予選第二位通過、DJ 1046の神業プレイング!
とにかく驚異的としか言えないこのJUST GREAT率。
見て下さい、この☆1から☆11までの全フォルダが
まばゆいフルコンボランプで埋め尽くされている様子は圧巻で……』
乙下はDVDプレイヤーの停止ボタンを押し、
それから空気の心肺機能が停止するほどの勢いで彼の頭を引っぱたいた。
たったの五十音しか有さない日本国の言語では
もはや表現することさえ難しいほど豊かな喘ぎ声が、二人きりの捜査一課に響く。
空気は耐えきれず、頭を抱えてその場にしゃがみ込んでしまった。
「いてえぇぇ先輩痛い、今のはさすがに痛い」
「お前という男を部下に持った俺の心も痛い」
「ひどいっすよ、せっかくオトゲ先輩のためにわざわざ家から持ってきたのに」
「誰が勤務時間に鑑賞しろと言った。
つーか署内でこんなの見るな。つーか音がでかい。つーか死ね」
「うわ、なんか今どさくさに紛れてひどいこと言いませんでした?」
空気が普段にも増して恨めしそうにむくれているので、
仕方なしに乙下は話の流れを180度変えてみることにする。
「それより土曜日なのに色々調べてくれてどうもな。おかげで助かったよ」
「いやいや、ボクは何もしてませんって。
ただ先輩に言われた通り、
『ボタンに触らなくてもゲームオーバーにならない方法』と
『イーパスを使わずにゲームをプレイする方法』を調べただけっすから」
と言いつつも、空気は鼻高々に微笑んだ。
ちょっと誉めてやるとこれだ。
「でも良かったっすよ。
これで1046のアリバイは完全に崩れましたもんね」
「ところが、残念ながら崩しきれなかった。
杏子ちゃんにツッコまれたよ。
BOLCEは1046の言うことなんて聞くはずない、
だから俺の推理は机上の空論でしかないってさ」
空気は一転して難しい顔つきになった。
「それ、1046のことかばってるんじゃないっすか?」
「うーんどうかな。
あの娘ってBOLCEのこととなるとやたら熱心になるんだけど、
他の人についてはあんまり私情を挟んでるような感じじゃなかったよ」
「一応気をつけて下さいね。
昨日杏子ちゃんにひどいこと言っちゃったのは反省してます。
けど、ボクの言ったことだって可能性は0じゃないっすよ。
あの娘は1046の手先で、1046の疑いを晴らすために
ボクらに近付いて来たのかも知れないっす。
現に、あの娘はオトゲ先輩の推理を否定したわけですし」
「まぁそうだね。一応気をつけとくよ」
せっかくの忠告なのでひとまずは空気に同意してみせたが、
実のところ乙下には杏子が1046の回し者だとは考えにくかった。
彼女の口からこぼれる言葉の一つ一つが内容はどうあれ真に迫っていたし、
何より彼女は嘘をついたり人を騙したり、
そういった種類の行動に関してはひどく不器用であるように思えた。
なぜなら、彼女が占い師だからだ。
占い師は真実を語る職業。
真実を語るべき彼女が真実を騙るとすれば、
それは占い師である自分を否定することに繋がるのではないだろうか。
そんな気がしたのだ。
「そうそう、占いと言えば」
乙下は辺りを見回した。
「今日のラッキーアイテムどこ?」
「は?」
「BOLCEの検死結果が出たんだったよな」
「あ、その報告書なら」
空気が指差したのは乙下のデスクであり、
乙下のデスクには署内便の茶封筒が置かれていた。
早速封を切ると、中にはお目当ての「死体検案書」が入っていた。
見た目は病院のカルテのようだが、
書かれているのは生きた人間の様子ではなく
死んだ人間の様子であるという微妙な違いがある。
死亡した場所・死亡原因・死亡の種類など、血なまぐさい項目ばかりだ。
乙下は空気と並んで腰を下ろし、じっくりと死体検案書に目を通していった。
死体検案書
■氏名:三浦 清(ミウラ キヨシ) 男性
■生年月日:昭和59年2月15日
■死亡推定時刻:平成20年7月16日(水) 午後12:30頃
■死亡したところ:盛岡市土々呂町5−7−3
アミューズメント・シルバー
■死亡の原因 (ア)直接死因:窒息
(イ)(ア)の原因:絞頸
■死亡の種類:他殺
■解剖:
頸部に二重の水平方向索状痕あり。顔面うっ血。舌挺出。
頭部に切創があり、付近に少量の流動血及び無数のガラス破片が付着。
その他外傷は認められず。
■外因死の追加事項:
頸部に残った二重の索状痕は、紐状の凶器により絞殺された後、
死体を首吊りにされたことにより付いたものと思われる。
頭部の切創はガラスと衝突したことによるものだが、
付近に付着した血液は流動血のみ(軟凝血なし)であることから、
死後加害者の手によって加えられた外傷であると推定される。
また、その他目立った外傷が認められず、
どの部位からも他人の血液・皮膚等の痕跡がないことから、
犯行当時ほとんど抵抗しなかった様子がうかがえる。
ただし薬物の検出はない。
上記の通り検案する。
検案年月日:平成20年7月17日
発行年月日:平成20年7月18日
盛岡大学病院
― 以 上 ―
「どういうことだ……?」
死体検案書に書かれていたのは奇妙な情報だった。
粉々になったIIDXのモニタと、BOLCEの流血。
これを見た乙下はてっきり、BOLCEが犯人と揉み合っている最中に
モニタへ頭から突っ込んでしまったものと思い込んでいた。
しかし、検案書はこれとまったくもって異なる見解を語っている。
BOLCEは犯人と揉み合うどころか、抵抗さえもしなかった。
そして、なぜか犯人はBOLCEを殺した後で、
わざわざBOLCEの頭部をIIDXのモニタに叩きつけたという。
乙下にはどちらの事実も理解しがたかった。
だが今にして思えば、もっと早く気付くべきだったのかも知れない。
36インチのブラウン管モニタが跡形もなく粉々になるほどの衝撃。
これがもし揉み合っている最中の出来事であれば、
もっともっと派手に鮮血が飛び散っていたはずだ。
ところが、実際の現場で認められた流血はごく僅かだった。
ということは、モニタと頭部が衝突したその時、
BOLCEはすでに絶命し彼の流血は停止していたと気付くべきだったのだ。
「どうして犯人はわざわざこんなことをしたんだろう?」
「BOLCEのことが憎くてしょうがなかったとかじゃないっすか?
殺しても吊るし上げにしても飽き足らず、頭をかち割った」
空気らしい安直な答えだった。
「そりゃ俺も真っ先に考えついたけどさ。
この事件の犯人ってそこまで直情的な人間だろうか?」
「と言いますと?」
「なんだか、犯人のこの行動には何か重大な意味があるような気がする」
「どんな意味っすか」
乙下は目を閉じて、事件発生当時の現場を想像しながら言った。
「要するにだ、犯人がかち割りたかったものは本当にBOLCEの頭だったのか?って話」
「BOLCEの頭じゃないとすれば……まさか」
「そう。犯人が壊したかったのはデラのモニタの方。
あの日のシルバーのデラには、
『犯人にとって見られてはまずい何か』が映っていた……そうは考えられないか?」
空気は必要以上に大きく首を捻った。
「見られてはまずい何かって言いますけど、
デラのモニタに映るのはデラのゲーム画面だけでしょ。
犯人にとって一体何がどうまずいんすか?」
「知らねーよ。それを考えるのがお前の仕事だろ」
「ちょ、そういうのをムチャ振りって言うんすよ!」
「だって俺、お前ほどデラに詳しくねーし」
「そういう問題じゃありませんってば」
「まぁいいや、この話はちょっと横に置いとこう」
空気と口論したところで一銭の実りもない。
乙下は死体検案書の次のページをめくった。
「添付資料」と名付けられたそのページには、
様々な角度から撮影されたBOLCEの死体写真が貼り付けられていた。
全身の肌が青白く変色したその体からは、
写真の向こう側にあっても底知れぬ冷たさを感じる。
乙下はスキャナにでもなったつもりで
全ての写真を隅々まであらためてみたが、特に気にかかる箇所は発見できなかった。
むしろ、BOLCEの体には致命傷となった首の締め付け跡とガラスによる頭部の切り傷を除外し、
どんなに小さな外傷さえも見当たらないという事実そのものが気にかかった。
BOLCEは殺害される際に一切抵抗らしい抵抗をしなかった、という検案を裏付けている。
「どうしてBOLCEは抵抗しなかったんでしょう?」
空気は遠い目をして言った。
どうしてBOLCEは抵抗しなかったのか。
知る由もない乙下は、無言で次のページをめくる。
そこが最後のページだった。
「添付資料その2」と名付けられたそのページには、
BOLCEの遺留品を写した写真が貼り付けられていた。
BOLCEの身につけていた衣服や靴に始まり、
バッグの中身までもが綺麗に整頓されて並べられている。
財布・現金・タオル・携帯電話・ペットボトル、そしてカードの類。
Suicaやクレジットカード等のありふれたカードに混じり、それは写っていた。
イーパス。
一枚の白いイーパス。
使い込み過ぎて表面が真っ白に削れてしまった、BOLCEのe-AMUSEMENT PASS。
まるで空間そのものが長方形に削り取られてしまったかのような
その白さを目にした乙下の頭の中に、白い閃光が走った。
「……ちょっと待てよ。これってもしかして」
乙下はその場で立ち上がり、両手で顔を覆った。
そのままの姿勢で乙下は考えた。
考えに考えた。
考えに考えたその結果、ある一つの考えが浮かんだ。
それは針に糸を通すような、非常にシビアな条件の下に成り立つ仮説だった。
だがこの仮説を元に推理を進めることは、
これまで解けなかったいくつもの謎が一斉に溶け出すほどの、
まさにブレイクスルーと呼ぶにふさわしい進展をもたらす可能性を秘めている。
ドクドクと早鐘を打つ鼓動に不安定感を覚えつつ、
乙下は先刻に杏子と交わした会話を思い返す。
杏子は断言した。
「BOLCEさんは1046さんの言うことなんて聞きません」。
それを受けた乙下はいくつかの可能性を挙げ連ねた。
1、1046に協力しなければならない理由がBOLCEにはあった。
2、1046は全く別のトリックを使ってこの犯行を為し遂げた。
3、そもそも1046が犯人という仮定からして間違っていた。
「見落としていたよ。もう一つの可能性があったじゃないか」
何のことやらと言わんばかりに顔をしかめる空気を差し置いて、乙下は言い放った。
「4、BOLCEは知らず知らずの内に1046に操られていた」
BOLCEは最初から気付いていなかった。
不正行為に手を染めていることにも、
アリバイを築く手助けをしていることにも、全く気付かないままに行動していた。
この仮説、吉と出るか凶と出るか。
to be continued! ⇒
続きまーす
>>138 とまと氏乙!
☆11フォルダフルコンとか笑うしかねぇ…
新しく浮かんだ可能性の3番がドキハラだな
続き待ってるよー
そろそろageる時期
あげ
仕事やその他諸々の事情で非常に遅れてしまいましたが、ここまでの投下作品をWikiに保管しました。
旅人氏の話はいよいよこれから、とまと氏の話は佳境へと入ってきましたね。
どちらの作品も期待しておりますので、頑張ってください。
143 :
旅人:2009/07/12(日) 11:07:29 ID:00N8M60C0
>>とまとさん
亀ながら乙です!
しっくりきていると思ったトリック、仮説がひっくり返されたのにはとても驚いたのですが、
それだからこそ、これから今まで以上のドキドキな展開を期待しちゃいます!
>>まとめさん
お忙しい中更新乙です!
ご期待に応えられるものを書けるように頑張ります!
今日は、旅人です。暇なので昼間から投下する事にしました。
今投下からフェーズ3が始まります。
前にも書いたと思うのですが、フェーズ1が「起と承」の部分、フェーズ2が「転」の部分、
フェーズ3が「結」の部分に相当します。僕の中ではそうです。
このフェーズが終了した時、そこで作中の「私」が書くレポートはそこで終わりとなります。
あと、このフェーズは前の2フェーズを合わせて同程度の文章量にになると思います。
それは僕にとってどちらかと言うと苦手分野であるシーンが連続する場面を
長々と続けていってしまうということです。
なので、これまで以上に色々と見苦しい点が多々あるかと思われます。
今まで以上に、皆様のアドバイスが僕にとってより大きな支えとなると思います。
ので、遠慮なく意見や感想等を寄せてくれれば嬉しいです。
そういう訳で、本編の投下です。よろしくお願いします。
私は決めた。このレポート、いや、物語を転送する時代を。それを決めた。
過去に送るか未来に送るかは分からない、といつしかこれに書いたつもりなのだが、
とにかく、私は過去に送る事に決めた。
最初に「時は未来」と書いた事を思い出す。
思えば、あの時から過去に送ろうと決めていたのかもしれない。きっとそうだろう。
恐らく、私が決めた時代に送ることが出来れば、
この物語のネタが分かって面白いと感じる人が出てくるかもしれない。
万が一の場合、ミスを犯し、それ以前の時代にこれを転送してしまえば、
面白いと感じるどころか当たらない予言の書扱いされるのがオチだろう。
でも、それでも真実の一部に触れてくれる事に変わりは無い。それでいい。
これは馬鹿げていて、そして荒唐無稽な話だ。
これまで読んでくれた方はそう思っているだろう。
書いている私がそう思っているのだから、読んでくれている人たちだってきっとそう思うはずだ。
2999/12/25 18:24
この時刻からこの「Phase 3 -decisive battle-」は始まる。
まだ、決戦の火蓋は切られていない。だが、もう少しだ。もう少しで始まる。
carnival (re-construction ver)
Phase 3 -decisive battle-
破滅へと導く意思と永続へと導く二つの意思
その二つの意思が激突する時
壊れた円環は修復されあるべき姿へと還る
始まりと終わりの繋がる、無限の円環へ
2999/12/25 18:24
一度解散したユール達は時間通りにターミナルタワー屋上に集合した。
それから再度メトロのプラットフォームにある秘密通路からWSF基地に入り、
先に来た時よりは軍服を着た人々が多く歩く寒い廊下を歩き、そして作戦会議室へと入室した。
トルセが前に入室した時と同じく部屋の明かりを点け、
そしてユールは見慣れないショートカットの女性が一番奥で座っていたのを見た。
女性は外見上20代半ばに見え、髪の色はユールと同じ黒だった。
髪の伸びは首のあたりで止まっている。髪型はストレートヘアー。頼れる女性といった雰囲気を醸し出している。
ユール達は前に入室した時と同じ席に座り、トルセが進行役を務めるブリーフィングに臨んだ。
「えーと、この人はアヤさん。アヤ・イシカワさんです」
トルセはブリーフィングの準備を進めながら五人に言った。
アヤと呼ばれた女性は立ち上がって自己紹介を始めた。
「今晩は、皆。今日は協力してくれて感謝する。
トルセから紹介されたが、私の名前はアヤ・イシカワ。アヤでいい」
「よろしく」とアヤが言い、ユールは頭を下げ「こちらこそよろしくお願いします」と返した。
それに倣って他の四人も頭を下げて同じセリフを言い、そして動きを見せたホログラフを見つめる。
「前のブリーフィングの時に言った敵の兵器…
獅子型高機動制地兵器、蠍型高機動制地兵器、
烏賊型超高機動制地兵器、人型可変機動型制空兵器。この四つはもうWOS本部を出た。
WSF総帥はWSFカーニバル基地の視察のために今日来るという事になっているわ。
…言おうかどうか迷っていたくらいの機密事項だったの。さっきは言えなくてごめんなさい。
それで、WSF総帥は自分の飛行機と彼を護衛するかのように取り囲んでいる大型の飛行機、
中身は機密事項の輸送機ね。それを引き連れてカーニバルにやって来る」
「到着時刻は?」クーリーが聞いた。
「計算してみると、ほら、皆のホログラフに出たと思うけど、22:00位に来ると推定されている」
それを聞いたクーリーは「やっぱトプランのアレか…」と呟いた。
そんなクーリーの姿を見ながらトルセは話を続けた。
「トップランカー決定戦、アレを一般客の集合というか陽動に使うって言ったよね?
このタワーがシールドで護られている事も言ったよね?」
五人は無言で頷き、そしてトルセに続きを言うように求めるかのように押し黙った。
「大体の人はトプラン決定戦を見に、会場であるターミナルタワー内部に押し寄せる。
集まらない一般客は、WSFの兵士がどうにかして保護するか、タワーに入れてあげる。
だから、戦闘による死亡者の出るリスクは、私達を除いては全く無いから安心して」
死ぬ可能性があるのは私達だけ…それを幸運だとトルセは捉えているのだろう。
そんなトルセにユールは密かに尊敬の念を抱いた。自分が死ぬかもしれないという事に恐れを抱いていたからだ。
「それで」
トルセが言ってホログラフの動きに変化が見られた。
獅子型高機動制地兵器の姿が拡大され、その兵装が明らかになっていく。
「鬣の先端はレーザー照射装置になっている。喰らったらお終いよ。
耳の所はレーダーね。中の人がいないAI制御の兵器だから、高範囲レーダーを潰すのは得策だと思う」
ふむふむ、と五人は頷いている。いや、四人だ。
クーリーが手を挙げ、トルセにそれはなぜかと問うた。トルセは次のような例え話をし始めた。
例えば、人の顔をじっと見つめるだけでその人を殺せる能力をもったAという人物ががいたとしよう。
ただし、Aの能力は殺したい人物の顔の輪郭をハッキリさせておかなければならないとする。
視力が10.0のAならば、まさに脅威としか言いようがない。目隠しでもさせておかねば殺されてしまう。
しかし、視力の大半が失われてしまえば、遠くから攻撃する事が出来る。
つまりはそういう事なのだ、とトルセは言い、クーリーは納得し、そしてユールはトルセの次の言葉を聞いた。
「機密事項だけど、狭い範囲しか探知できないレーダーとウチのAIは相性が悪いのよ。
一応この兵器にもそんなレーダーは予備で積んでいるらしいけど、
耳の高範囲レーダーを潰せば視覚を奪ったようなものになると思うわ」
トルセが説明した兵器の他に、まだ二つの兵器がホログラフには示されている。
アリスがその他の二つの兵器について質問すると、トルセはこう答えた。
「顎髭の所、そこに放射状についている三枚のパネルのそれは
ホログラフにも出ていると思うけど、レーザーブレード照射装置よ。
正面から接近戦を挑めばアレで焼き切られてしまう。
正面からの攻撃は有効じゃないってこと。死ぬ確率の方が多いし」
「じゃ、もう一つのコレは?胸の所に何か鉄柱が埋まっているような感じだけど」
「これは…バルカン砲だね。WSFが使っている中でもとびっきりの威力の。
それを喰らっても体はバラバラになると思うわ。
だから、絶対にあの兵器の正面に立っちゃ駄目。近づくなら正面以外ならどこでもオーケイ」
トルセはそこで言葉を切り、何かの操作をした。
すると、ホログラフの中の兵器の背中から後ろにかけてが青く光っていった。
「この青く光った部分は排熱のために何も武器を積んでいない。
排熱の効率を上げるためにも装甲は薄いし。だから、この青い部分が弱点」
「つまり、危険な真正面さえ避ければ楽勝な敵って所ね?」
「楽勝は言い過ぎだけど、戦いやすくなるといえばそうなるわね」
アリスの言葉を指摘しながらトルセは言い、次にホログラフ上の蠍型高機動制地兵器の姿を大きくさせた。
「この蠍について説明するわね。
これは……あのライオンと同じように正面方向に対しての攻撃力が高い。
でも、ライオンが抱えていた『横または後ろを取られ続けると弱くなる』
という弱点をこの蠍はこの針で克服した」
トルセが言い終わると同時に、ホログラフの中の蠍の尾にカメラが注目、拡大されていった。
そしてその尾、そして針の名前が表示される。
「超振動粉砕針?」ユールは「一体何なんだこれは」と言いたげにそれを読み上げた。
「文字どおり、あの針は目に見えないけれどかなりの回数の振動を起こしている。
超振動しているから威力は物凄く高い。今回相手にする四機の近接攻撃手段の中では
他を超越する威力を持っているわ」
「つまり、喰らったら即死……ということですか?」クーリーが言った。トルセが即答する。
「そうね、どんな相手でも」
「僕とユールは、あの大きな箱に乗り込むんですよね。それだったら……」
「生身の人間と比べれば明らかに耐久力はそっちの方が上よ。
でも、この蠍の針の前では誰もが皆等しいわ。注意して」
そう言ってトルセはまた何かを操作した。ホログラフが動きを見せる。
映し出されているのは蠍の口元のあたりだった。そこには何か円筒状のものが突き刺さっている。
「これは火炎放射器『クリーンアップ』よ。
普通の歩兵が使うような火炎放射器と威力は変わらないけど、
あれは連続一時間は使えるはず。戦闘時間から考えて、放射時間は無限と捉えてもらって構わないわ」
「ひでぇ」アルベルトが言った。「あのライオンとは比べ物にならないほど強ぇじゃねぇか」
確かに、これまで並べられた情報から判断すると、獅子型高機動制地兵器と比べれば
この蠍型高機動制地兵器の方が強い印象を抱かざるを得ない。彼の言い分はもっともだ。
しかし、トルセはこれを否定するかのように言った。
「弱点がない事は無いわ。奴は正面180度の視界しか得られていないし、レーダーを積んでないの。
カメラの視力は…世界記録を持つ人の数字を軽く超えるけど、後方の視界情報は全く得る事が出来ない。
それに、アレにはもう一つ弱点がある」
「もう一つの弱点だって?」アルベルトが噛みつくように言った。
「もう一つの弱点は」トルセはそこで切って続ける。
「あの蠍の全身はとても固い。装甲を攻撃で全部剥がすとなると相当な長期戦になる。
次の敵の相手をする事も考えれば、15分程度でカタをつけたいのよ。
でも、正攻法で行こうとしたらそれは無理。でも、脚を積極的に狙えば……
この八本の脚は比較的に装甲が薄いの。ここを攻撃する。
航空部隊がこれを狙うのは難しい。だから地上部隊がライオン戦と連戦になる。
それは航空部隊も同じなんだけどね。負担は地上部隊の方が上になるわ」
それを聞いたアルベルトはため息をついた。それと同時にアリスもため息をついていた。
どうしてそんな所が…双子だから?とユールは思いながらトルセに言った。
「航空部隊って、私とクーリーの事よね?」
「そうだけど」
「私は戦闘機を支援する支援機だけど、アル達の手伝いは出来ないの?」
「戦闘機に乗るのは…クーリーね。彼が大きな一撃を決めようとしたらね、
カーニバル自体の被害が広がりそうで……クーリー」
「何でしょう」
「ライオンの時もそうなんだけど、蠍と戦うときは威力の弱い兵装でもって地上に向けて撃って」
「分かりました」
「それと、ユール」
「なに?」
「クーリーもそうなんだけど、後であの箱型の飛行機の操縦方法を教えるけど、
兵装の一部を教える事は出来る。ちょっとした作戦があるんだけど、どうだろう」
トルセ、そしてアヤ以外のこの部屋にいた人々は一斉に「どういった作戦なのか教えて欲しい」
という旨の言葉を言った。トルセは顔をしかめ、一つ間を置いてから言った。
「ユールの支援機にある対地支援兵装『バインドレイン』というのがあるの。
特殊な弾を使って、敵の動きを封じるの。使いようによってはいい感じにアシストできる。
ユールはある程度ダメージを負った蠍に向けてこれを撃って、蠍の動きを封じる。
そしてクーリーが蠍の上でホバリングして撃つ。アルベルトとアリスも脚を撃つ。これで勝てる」
トルセはそう断言し、「次は烏賊型超高機動型制地兵器について」と言って装置を操作した。
トルセが装置の操作を終え、ホログラフ上に烏賊型超高機動制地兵器の拡大図が映し出された。
ユールはそれを見てある違和感を覚えた。
「トルセ」
「ユール、なに?」
「これは…本当に、イカなの?」
確かに、これをイカと呼ぶのならば違和感はあり過ぎた。
普通のイカをイメージしてほしい。海中をゆらゆら泳ぐ。八本の脚をもって。
決して直立した姿勢でイカは生きてはいない。死んでも柔らかい体をしている。
しかし、この兵器はそんな所までは再現していなかった。
カクカクした八本の脚。その先端に取り付けられている高威力レーザー砲。
その脚に接続する鳥の足跡のような胴体。
脚と胴体の接続部分に浮遊する二枚の分厚い板。
そして、胴体の三つの頂点には四面体が載っていた。
そんなフォルムを果たして烏賊型、などと呼べるだろうか。
そこにユールは、いや、彼女の友人たち全員は疑問を抱いていたはずだ。
トルセは「イカよ」と答え、そして解説を始めた。
「これは海上で機動力を発揮するように作られている。
これにはアンチグラビティコアを搭載しているんだけど、
そういう特質を持った物を使っているの。だから、絶対に陸地には上がらないと思うわ」
「どうして」
「この機体の一番の強みは機動力。地上に上がれば海上での機動力は四分の一も得られない。
のろのろと動く的にしかならないし、装甲は他の三機と比べるとダントツに薄いから。
それで、コイツにはユールとクーリーの航空部隊で攻撃に当たってもらう。
コイツの強みは八本の自由に発射角度を照射中でも変えられるレーザー砲よ。
それに旋回能力だって高い。普通の動きだって速いから、逃げられるし、攻撃される。
ダメージ覚悟で速攻で当たった方がいいわ。弱点は胴体の頂点にあるこの正四面体ね」
トルセがそう言うと、ホログラフ上では正四面体がアップになった。
「これはこいつのジェネレータ。
このサイズで最高の運動能力を得るには、内部にジェネレータは詰められなかったみたい。
蠍の時の作戦のようにどうにかして動きを止めるかして奴を止め、
そしてこのジェネレータを破壊すれば私達の勝ち。イカは海に沈んでいくわ。
もっとも、素早く動くコイツに攻撃を与えられるかが問題なんだけど。
でもこいつを遥かに上回る厄介な敵が最後に待ち構えている。これよ」
トルセは操作をしながら言う。
「さっきのイカも、次に紹介する奴もそうなんだけど、
地上部隊は一切手出しはしないで」
「何で」「どうして」
「ハモらなくていいから。台詞もあってないから。流れ弾が当たったらどうするの。
それで、次はこれ。『人型可変機動型制空兵器』ね。これについて話すわ」
トルセが言って、また例のようにこの兵器のアップ姿がホログラフ上に映し出される。
逆さづりになっている鳥だった。猛禽類のような、そんな鳥。だが、どことなく人に見える。
だが、その二本の脚は異常に長く、エネルギーを用いずとも
簡単に色んな物を切断できそうな程に鋭利なように見える。
(これが、この兵器を人に見える錯覚を生んでいるのかもしれない、とユールは思った)
更に、体からはその体長の数十倍程度はありそうなチェーンがくっついていた。
これらの兵装にトルセが解説を加える。
「この兵器は制空兵器とは言っているけど、制地兵器の役割も兼ねているわ」
「マルチロール、という訳か」クーリーが呟いた。
「そう。クーリーが言うように、これはマルチロールタイプ。
空にも地面にも攻撃しやすいように作られている。
翼の先端は全てレーザー照射装置。数えるのが面倒なほどの数があるわ。
そして、この異常に長い脚。モデルみたいよね。
そんなのはどうでもいいんだけど、コレは一応ブレードになっている。
近づくのは危険よ。離れていても翼のレーザーとこのチェーンがある。
この鷲みたいで人間のような兵器が動きまわればチェーンも動く。
ブンブン動く。ヤバいくらい動く。あり得ない程に暴れまわる。
その運動エネルギーを直接敵に叩きこむもの、これは相当な威力を持っているわ。
蠍がショートレンジタイプ、ライオンがミドルレンジタイプ、
イカがロングレンジタイプだとするなら、この鷲みたいな奴はオールレンジタイプといったところね」
トルセが説明を終了し、そしてホログラフの映像が黒くなって消えた。
そして彼女は五人に渡すものがあると告げ、再度兵器廠へついてくるように言った。
相変わらず寒い廊下。この時間帯になって初めて見かける軍服の人々。
クーリーの隣、それも全員の最後尾で、ユールはそれらをどこか無感情な目で見て歩いていた。
彼女の頭に、先のブリーフィングで伝えられた事は最小限のそれしか残していないかった。
彼女が感情を潜め、重要な情報も忘却してまで考えていた事。
それは私や私達にとってあまり大切な事ではないかもしれない。
だが、彼女にとっては大切な考えるべきことであり、その為の時間でもあった。
私は、何という事を言ってしまったのだろう。
どうしてあの時、クーリーに酷い事を言ってしまったのだろう。
あの時だって、もっと前の時だって、私が困った時に彼は必ず手を差し伸べてくれた。
私のヒーローのような人だったんだ、クーリーという人は。
でも、それが当たり前のように思えていたんだ。
いつの間にか、私は愚者に成り下がっていた。それを当然だと思うのが愚かだったんだ。
それでも、クーリーは時々私の顔を何度か見てくる。
何か異常が無いか、具合が悪そうかどうか、見てくれる。こんな今でも心配してくれている。
私が小さい時から、私がクーリーの家に引き取られた当時から、
彼は私と一緒に行動していた。私の事をよく気遣う、今となんら変わらない善い人だった。
そんな人と会えた事に誰かに感謝すべきなのだろう。
そんな人と親友と呼べる関係になれたことを感謝すべきなのだろう。
だが、誰に?一体誰にそれを感謝すべきなのだろう。
神様だろうか。全ての人々を愛してやまない神様だろうか。いや、違う。
ならば死んでしまった両親だろうか。いや、それも違う。
二人と友人関係であったクーリーの両親は私の事をかわいそうに思って引き取った。
そうクーリーの両親から聞かされたじゃないか。でも、それでも違う。
そしたら、一体誰に感謝すべきなのだろう。一体、誰に?
私がクーリーという素晴らしい人と出会えた事。それは誰に感謝すべきなのだろう。
分からない。一体誰を有り難く思えばいいのかは分からない。
でも、私がやらなくてはならない事が一つだけある。
私は、これからもクーリーと一緒にいたいんだ。だから、そのために。
「クーリー!」 「ユール!」
ユールはクーリーの名前を、一瞬遅れてクーリーはユールの名前を叫んだ。
お互いの顔は吃驚したようになって、そして申し訳なさそうな表情を浮かべていく。
二人の前を行く五人は二人の呼びかけの声に反応して振り返えり、足を止めた。
近くを横切って立ち止まった何人かの軍服の注目の視線も浴びながら、ユールが口を開く。
「クーリーに言わないといけない事があるんだ」
「僕も、君に言わなくちゃいけない事がある。けど、ユールが先に言っていいよ」
クーリーの返答を受け、ユールは頭の中で自らが言うべき言葉を並べた。
一つのテーマの中に。何個かの単語を並べて。自分の気持ちを。彼に。
「…ごめんなさい。私、クーリーの優しさを…
いつの間にか当然の事だと思っていた。だから……」
ユールは頭の中で上手く纏めたはずの言葉を言えなかった。
言葉を重ねるうちに彼女の両眼からは涙が零れ落ちていき、もう言葉を続けることが出来なかった。
「ユール…」クーリーが優しく呼びかける。
「僕も悪かった。君のためだと考えて能天気な事を言っちゃったけど、
もうちょっと言葉を選ぶべきだった。特にこんな状況じゃね」
それから「ごめんね」と続けてPSCRを手に持ち、
そこから緑の布地に白のチェック模様の綺麗なハンカチを取り出した。
右手で涙を拭うユールは左手でハンカチを受け取り、そしてそれで涙を拭いた。
涙を拭いた後のユールの顔は赤くなっていた。まるで、赤ん坊が思いっきり泣いたような顔だった。
クーリーは無言でユールの頭を数回なで、そしてポンと軽く叩き、そして言った。
「これで仲直りだ。さ、一緒に行こうよ」
クーリーは笑顔で右手を差し出し、ユールは相変わらず赤い顔で笑った。
それからハンカチを持ち替えて左手を差し出し、元通りの仲に戻った二人は足を一歩前に踏み出した。
153 :
旅人:2009/07/12(日) 12:31:42 ID:00N8M60C0
いかがでしたでしょうか?これにて今投下は終了です。
登場人物たちにも読者さんたちにも伝えていない事っていうのは、
四つの兵器の弱点や、それらに対する攻略法を考えさせる情報なんです。
今回の話は、たったそれだけの話でした。ホントーにそれだけでした。
最後の方にユールとクーリーが仲直りしますが、それについてここで一つ。
ユールはクーリーの事を「素晴らしい人」とか思っていますが、
彼女は「最高の親友」として、クーリーとこれまで十数年間の付き合いをしています。
つまり、素晴らしい人と思っちゃってるわけだけど、
親友としてそういう風に尊敬しているってだけです。特に深い意味はありません。
あと、あのシーンに僕の主張したいテーマが込められているんです。大したものじゃないけど。
「仲間を大切に思い、尊敬し、互いに助け合い、そして仲が割れたらすぐ直せ」
こんなような事を小さい頃に誰かから聞かされたんです。多分学校の先生か誰かだと思うんですけど。
今思えばもの凄く「くせぇw」って感じる台詞ですけど、大事な事なんだよなぁと最近思うんです。
だからこのテーマを込めてみました。これからもこのテーマを感じられるシーンはあると思います。
でも、音ゲーに関するテーマであれば良かったなぁとは後悔するんですけどね。
そろそろ後書きも終わりにして、これにてさよならです。
今回も読んで頂き本当にありがとうございました。次回をお楽しみに!
ほしゅ
乙下はトゥディエッ以外にジィエフディエムパァッポンはやらないのかな?
定期age
この時期だからか、投下も少なめになったなあ…
156 :
旅人:2009/07/28(火) 01:09:07 ID:RzMvA/8+0
今晩は、旅人です。
私情により投下する時間を取ることが出来ず、結構間を置いてしまいました。
初期の方に「不定期連載」と銘打っておいたので
後ろめたさを感じる事は理屈を並べれば無いはずでしたが、
現実として現在進行形で後ろめたさを背負っています。
そんな事はさておき、第14回目の投下となりますが、
ユール達はまだまだ戦わないんですよね。
ここで発表しておこうと思います。16回目からやっと戦い始めます。
「お前たったの12回分で急展開させておきながら山場引き延ばすって何よ」と
お叱りの言葉を受けそうですが、そういうことです。
これから本編が始まります。今回もよろしくお願いします。
それから数分が経ち、舞台は兵器廠に移る。
一度兵器廠中央に集合し、バレンタイン姉弟とキリーとトルセが散った。
ユールはアヤの顔を見た。ブリーフィングの時は遠くてよく顔が見えなかったが、
近くで見ると落ち着いた大人の女性、というような雰囲気が漂っているように感じた。
辺りには作業服を着たWSFの兵士と思われる人々が
色々なコンテナを作業機械を使って運送しているのをユールは見た。
「爆発物につき取扱注意」と赤色に塗装されたコンテナには書かれてあった。
右に流れていったそのコンテナを見送った後、ユールは左を振り返った。
そこにはエメラルドグリーンの直方体があった。隣には綺麗な青の立方体もある。
二つの箱にそれぞれ数人の作業員がくっつき、何かの作業をしているようだ。
アヤが自分のPSCRを取り出し、中から二つのゴーグル付きのヘルメットのような物と、
いつの時代で使っていた?と思わず言ってしまいそうな分厚い本を取り出した。
そしてユールとクーリーに口を開き、一つの質問を投げかけた。
「今からあの二機の戦闘機、支援機の操縦方法を教えるのだが、ここに二つの教え方がある」
ユールはアヤの言いたい事が分かった。
ヘルメットのような物を使ってか、それともあの分厚い本、いやマニュアルを熟読して
あの機体の操縦方法を熟知しなければならない。私なら、間違ってもマニュアルは使いたくない。
「どっちの方が楽で、どっちの方がタメになりますか?」クーリーが尋ねた。
「どっちも、この意識シミュレータの方」
アヤはそう答えてクーリーに二つのヘルメットを渡した。
「意識シミュレータ?」とユールはオウム返しをしてアヤに聞いた。
「あの椅子に座って、それを被って。
ヘッド・マウント・ディスプレイ…HMDのゴーグルをつけて目を瞑って」
ユールはアヤに言われた通りに行動した。隣のクーリーを見ると、彼も指示に従っていた。
二人は椅子に座り、ヘルメットに備え付けられていたゴーグルを着用し、目を瞑った。
「目を開けて」アヤの声がしたのでユールはそれに従った。
満月に照らされる何処かの海がユールの足元に広がっていた。
いや、彼女の足は海面から何十メートルも離れていたから足元とは呼べないかもしれない。
そして、視界全てが薄い緑に染まっていた。
下を見ても、上を見ても、左右を見ても、どこを見ても世界は薄い緑を通してユールの目に映る。
そして、ユールの目の前にはポップンの筐体があった。
画面はよく分からないものを表示している。選曲画面やプレー画面以外の何かの画面という事のみ分かる。
一体これは何だ?とユールが疑問に思う間もなく、
何かが彼女の頭を殴ったような衝撃の感覚が彼女を襲った。
痛い、と感じる間もなく何かが流入していく。何か。これは何だろう。
情報だ。誰かが経験した動作、その情報をそのまま自分の頭の中に流し込んでいる。
感覚的に言えばそうなるだろうとユールは思考の片隅で思った。
不思議な感覚だった。まるで義務教育九年間で得られる情報を一気に流し込まれ、
そしてそれら全てを習得しているような感覚。確かに自分のものにしていく感覚。
ユールは不意にこの情報が何なのかが分かった。この支援機の操縦方法、応用の操作等だ。
筐体の画面を見る。初めて見た時には何が何だか分からなかったが、今では大体が分かる。
クーリーの家で音ゲー以外の何かのゲームをプレーさせてもらった事があるが、
大体そのゲームで言う所の「ゲーム画面」のような物で、要はどのボタンを押せばどの兵装を撃てるかが分かるというものだ。
これによれば、トルセの言っていた「バインドレイン」は右緑ボタンを押しっぱなしにすれば連続して撃てるはずだ。
「ユール」
いきなりアヤの声が聞こえた。
「なに、アヤさん?」
「アヤでいいわ。さん付けしないで」
「分かった。で、何?」
「たった今情報転送が終わった。意識シミュレータ内でしか今得た知識は使えないが、
このシミュレータの中で得た知識を実践し、経験として現実世界に持ち帰って」
「分かった。ところで、クーリーはどうしたの?」
「彼にも同じ事を言っておいた。でも、彼は高所恐怖症なんだって?」
「IIDXの何か気分の乗る曲でもかけてあげる事は出来ないかな?
前にクーリーはそうやって観覧車を克服したけど」
「BGM機能か。一応このシミュレータにはついている…」
「『エース』だ。観覧車の時に『エース』を聴いていたよ」
「『ダブルエース』ではなくて『エース』?
気分が乗るなら『ダブルエース』を聴いた方がいいと思うが、分かった。
これから一時間だけ時間を取るから、しっかりと私達のエースになって頂戴」
アヤはユールとの通信を切って振り返った。
キリーとトルセ、そして後ろにはギター型エネルギー銃を
ベルトで肩にかけているバレンタイン姉弟の二人がいた。
アヤが二人を見つめていると、アリスが心配そうにアヤに言った。
「アヤさん」
「だから、アヤでいいから。聞いてなかった?」
「すみません。気を取り直して…アヤ」
「何?」
「意識シミュレータって…大丈夫なんですか?」
さて、懐かしい解説の時間だ。
意識シミュレータって一体何だ?と思われているだろう。
特に過去の人間には。こう言うのも、この時代の一般人に街角アンケートの形で
「意識シミュレータと呼ばれる、仮想空間における訓練プログラムを知っていますか?」
などと訊けば、何を言っているんだと言わんばかりの顔を返答として返すだろう。
それだけ一般に広まっていない存在だし、広まる訳が無い存在なのだ。
意識シミュレータは、正しくは「意識シミュレータ装置」と呼ぶ。
もうお分かりだと思われるが、これは「意識空間での多種訓練を行うための装置」である。
意識空間とは人の意識の中で形成される場のようなものであり、
脳内のそこをつかさどる箇所に機械が干渉する。あのヘルメットがその機械にあたる。
機械は色んなシミュレーションや各種訓練を行うための空間を意識空間として生成する。
脳科学なんて全く分からないので、これが適切な説明かといえば全く分からない。多分間違えているだろう。
簡単に言えば、脳内で色々な事が出来る機械。色んな幻想、妄想を見せ、
それらが満たす空間の中でシミュレーション、訓練を行う。それが「意識シミュレータ装置」である。
アヤの言葉を使うなら、これの呼び名は「意識シミュレータ」だ。
この解説を見て頭が痛くなってきた、という読者はいないだろうと思う。
しかし、私の頭が痛くなってきた。ちゃんと解説したつもりだが、
きちんと伝えられたかが大きな疑問である。頭の痛みを和らげるためにも、本筋の話を進めるとしよう。
「大丈夫って、何が?」
アヤはアリスにそう返した。アリスは少しイラっとしたような顔をして言う。
「ユールとクーリーの事ですよ。
初めて知りましたよ、意識シミュレータだなんて」
「一般公開していないからな。というかコレは機密事項だった」
「……安全性は?」
「え?」
「安全性は大丈夫なんですか?不安材料は無いですか?これに、そういった物は?」
「不安材料は無い。今のところ、エラーを起こしたという事例は無い」
アヤの即答にアリスは納得のいかないような顔をして背を向けた。
トルセがアヤの横顔を見る。明らかに不機嫌な顔をしていた。
「アヤ、ちょっと」
トルセがアヤを少し離れた場所へ連れ出した。
三人に自分たちの話し声が聞こえないような所まで歩き、立ち止まった。
そこでトルセが青色のコンテナを背もたれにしてアヤを見た。
アヤもトルセと同じ姿勢を取って彼女の話を聞く。
「アヤ、イラつくのも分かるけど…」
「そんな顔してる?」
「してる。結構怖いよ、その顔」
「いつもこんな顔じゃないか」
「そうかもしれないけど、彼女の言い方には少し問題があったかもしれないって事。
それを話題にして話がしたかったからここに連れてきたんだけど」
「…何が言いたいの」
アヤの不機嫌な顔が更に歪んできた。それでもトルセはアヤの目を見て言うべき事を言う。
「彼女の言い方は悪かった。でも、彼女には仲間を思う気持ちがあったんだよ」
「それは分かるさ。ただ…」
「素人は黙っていろ、と」
トルセが鋭く低い声でそう言うと、アヤは少しの間逡巡してから返した。
「……何と言うかな、そんな感じだ。否定はしない」
「でもさ」トルセが言った。
「素人とかそんなの関係なしにさ、
『彼』はユールに気の合う仲間と組ませて戦わせてあげたいって言ってた」
「『彼』って、あの人惑いの剣の人格?」
「うん。前の二度目の闇との戦いの時、仲間は沢山いたけど
『彼』は仲間達が傷つくのは見たくないとか思ったらしくてね。
だから殆ど彼一人で色々背負っていたから、死んじゃった」
その言葉を受けたアヤは何かの違和感を感じ取ってトルセの言葉を遮った。
「待って」
「どうしたの」
「二度目の戦いが起きたのと『彼』が死んだのはかなり離れている」
「色々事情があったそうよ。『彼』はあの剣を創って、そして闇との戦いに勝利した。
でもあの剣に込めた秘術が……ごめん、これから先は『彼』にも教えてもらっていない」
「いいよ。別にそこまで気にしてはいないから」
「そう…そういうことがあったから『彼』は普通では考えられない死に方をした。
どんな死に方かは言えないけど、『彼』はユールにそういう風に死んで欲しくないって言った。
それを回避するには、自分の信頼できる仲間と一緒に戦うしかないって。
そうする事で、ユールの命の安全が保障されるって」
アヤはそれを聞いて少しだけ笑った。
トルセはそれを見て「何がおかしいの」と聞くと、
「だって、戦いに行くのに命の安全って」
アヤはそれだけを言って返すと、今度は大笑いした。
それを見たトルセは怒った風に言った。
「ユール達は絶対死なせない。そう『彼』が言っていたでしょう?
私とアヤは直接戦闘には参加せずにサポートに回るけど、
その成果次第で彼女たちの生死が分かれるんだよ。
だから、素人の彼女たちを、プロの私達が精一杯サポートしないと…!」
「元々あの二機は」
アヤがトルセに言った。トルセはアヤを睨むようにして見上げる。
「元々、何?」
「元々、あの二機は私とトルセに為に開発されたものだ。
無限に等しい力を持つと検査結果が出たアンチグラビティコア二基が
人惑いの剣と共に発掘された時、剣と共にこちらへ寄越された時、トルセは言ったじゃないか」
「何て?」
「『これで私達の航空部隊が完成する。防衛体制は完全に整う。
パイロットは私とアヤ。私が二番機でアヤが一番機』みたいなこと。
人惑いの剣は、今作戦の最終目標を倒すのに必要なんだろう?
それまでユールは控えていればいい。あの二機には私達が搭乗すればいい。
あの素人達に事前情報を教え、そしてあの四機を倒させるなんて無茶言うな。無理だ」
「無理なんかじゃない。ユールは必ず勝ってくれる。
彼女は死なないし、彼女の友人たちも死なない。いえ、死なせない。
ねぇ、今だけでいいから、ユールとクーリーにあの二機を貸してあげましょうよ。ねぇ」
トルセは最後に頼み込むように言った。
アヤは少しの間考えた様子を見せ、そして「仕方がない」と返して続ける。
「奴らが機体を大破させたら、後でシメてやるけど、いい?」
「シメるのは駄目だけど、別のアイデアを考えておくわ」
トルセはそう返し、そして自分のMPDで誰かに連絡を取った。
MPDから洩れる音声とトルセの話によると、会話内容は何かを持ってきて欲しいというものようだ。
アヤは通話を切ったトルセに聞いた。
「トルセ、今の電話は…」
「あの双子の防護服を持ってくるように頼んだ。あと、数点の装備品をね」
「あの防護服と、あの靴とアレ?」
アヤの問いにトルセは首肯で返し、それからアヤに言った。
「ユール達の訓練が終わったら、アヤが私の代わりに言っておいて」
「何を」
「三つの部隊名とユール達五人のコールサインの発表」
「そうか。忘れていた…で?」
「航空迎撃部隊名は『ノエル』で。ユールがログ、クーリーがクウ」
「分かった。次」
「地上迎撃部隊名は『ダブルエース』で。アルがスペード、アリスがダイヤ」
「次」
「特殊部隊名は『ルーズ』キリーはダンサー、私がルセ。
アヤは…自分で好きなように名乗って。それじゃ」
それだけ言ってトルセは兵器廠を出ていくための道を歩き出した。
アヤはトルセに託された伝言を復唱し、そして元の場所へと早足で動きだした。
163 :
旅人:2009/07/28(火) 01:42:12 ID:RzMvA/8+0
いかがでしたでしょうか?これにて今投下は終了です。
二つの箱型飛行機の事情を知ってもらうためと、
戦闘中にユール達が何と呼ばれるかも知ってもらうための回となりました。
蛇足ですが、『彼』の人格が宿っている剣について一つ。
WSF内ではそのものを指す「魔剣」でも、
コードネームである「人惑いの剣」でもどちらで読んでも通じます。
次でやっと戦う一歩手前までこぎつける事が出来るのですが、
ここで物語の初めで語られたあるモノについて触れられます。
まぁあの、大した内容じゃないと思うんですけどね……
という事で、今回も読んで頂き、ありがとうございました。次回をお楽しみに!
旅人さん投下お疲れ様でした!
多少長引いても毎回熱心に小説を書かれる旅人さんにいつも励まされています。
これからの展開に期待しています(いよいよ戦いが始まりますね…!)
次回の更新も楽しみにしてますね。
焦らず、じっくりと頑張って下さい!
定期age
日常ものとか書きたいところだけど、なかなかネタが浮かばないな…
お久しぶりです。
この一ヶ月ちょい、仕事や生活面で色々ありまして、久々の投稿となっちまいました。
今日からまた少しずつ書いていきたいと思いますので、よろしくお願いします。
「BOLCEは知らず知らずの内に、1046に操られていた……」
空気は抑揚のない声で乙下の言葉をオウム返しにした。
明らかに事態を飲み込めていない。
しかし、それは乙下も似たようなものだった。
「……のかも知れない。俺もまだ確信は得ていないんだ」
「オトゲ先輩らしくないっすね、そんな弱気だなんて」
「俺自身もそう思うよ。なにせ、これはかなり無理がある推理なんだ。
けど逆にそれ以外の可能性も見当たらない以上、今はこの推理に賭けるしかない」
そう言って乙下は財布からイーパスを取り出し、
一つの決意を示すようなつもりで、音を立ててデスクに叩きつけた。
空気はびくっと体を震わせて、乙下に不安げな目を向けてくる。
「もう、びっくりさせないで下さいよ先輩。いきなりどうしたんすか」
「いいからお前のイーパスも出せ」
突然の命令を受けた空気はおずおずとした様子で
イーパスを取り出し、そっとデスクに置いた。
デスクに並んだ二枚のイーパスを拾い上げた乙下は、
まるでトランプのようにシャッフルをし、
続いてババ抜きで遊んでいるかのように空気の目の前で二枚を広げてみせた。
「質問。お前のイーパスはどっち?」
「こっちっす」
空気は片方のイーパスを引いた。
「どうしてお前はそっちのイーパスが自分のイーパスだと思った?」
「そんなの明らかじゃないっすか。汚れ方が全然違いますもん」
空気の言う通りだった。
乙下のイーパスはまだ新しく、真っ赤な表面にはツヤが光っている。
かたや空気のイーパスはだいぶ使い古されており、赤い部分がほとんど残っていない。
今にも白が赤を覆い尽してしまいそうなほど、塗料の剥離が進行している。
「それでは次の質問」
乙下は死体検案書の添付資料に写っている
BOLCEの真っ白なイーパスを指差して問いかけた。
「BOLCEと1046のイーパスをシャッフルしたら、お前には見分けがつくか?」
「……!」
空気の息を呑む音が聞こえた気がした。
「つかないだろ。
BOLCEのイーパスも1046のイーパスも、
使い込まれ過ぎたせいで表面が真っ白に削れちまってる。
ぱっと見た目では、とてもじゃないが見分けられやしない」
「先輩の言いたいことが段々分かってきました。
BOLCEは1046のイーパスを使うつもりなんて最初からなかった。
ただ単に、『BOLCEは知らず知らずの内に1046のイーパスを使わされていた』。
そういうことっすね?」
乙下はゆっくりと頷く。
「7月16日の午前中、1046はアリバイ工作のため、
BOLCEに自分のイーパスで代行プレイをしてもらう必要があった。
しかしBOLCEが不正行為に手を貸すなんてことは絶対にないから、
普通に考えればこのトリックは成立し得ない……そこで1046は大胆不敵な作戦に出た」
乙下は空気の持っていたイーパスを唐突に奪い、
代わりに自分の持っていたイーパスを空気の手の中にねじり込むようにして、強引に渡した。
「イーパスのすり替えだ」
思いついてしまえば、この上なくシンプルな解答である。
『二人のイーパスは見分けがつかない』。
それをいいことに、1046はBOLCEのイーパスと自分のイーパスを
そっくりそのまますり替えてしまったのだ。
1046がいつイーパスのすり替えを実行したのかは定かでない。
事件前日の夜か、あるいは事件当日の朝か、
いずれにせよ1046はどこか人目につかないタイミングを見計らって
BOLCEの財布からイーパスを盗み出し、
代わりに自分のイーパスをBOLCEの財布に入れておいたのだろう。
そうすれば事件当日の午前中、
1046はシルバーでBOLCEのイーパスを自由に使えるし、
何も知らないBOLCEはABCで1046のイーパスを使うことになる。
まさに一石二鳥のトリックだ。
「その発想はなかったですわ。
でも、そんなに上手くいくもんっすかね?
イーパスそのものの見た目は誤魔化せたとしても、
ゲームを始めた瞬間に絶対バレると思うんすけど」
「それをこれから検証するんだよ」
乙下は空気のデスクの上でだらしなく山積みになっている書類の中から
不要そうな紙をピックアップして裏返し、余白にシャープペンを走らせた。
「DJネーム、エリア、段位……と。
二人のIIDX IDはいくつだったっけ?」
「ちょっと待って下さいね」
空気はメモ帳をパラパラと開き、データを読み上げた。
「1046が4649-5963。BOLCEが1192-2960っすね」
「それぞれのDJポイントは調べられるか?」
「はい。ライバル登録をすればすぐに分かります」
「頼む」
空気は携帯電話をカチカチと操作し、データを読み上げた。
「1046が11,560ポイント。BOLCEが10,829ポイント」
「サンキュ。ってことは、こういうことになるよな」
DJ NAME:1046 DJ NAME:BOLCE
IIDX ID:4649-5963 IIDX ID:1192-2960
所属エリア:岩手 所属エリア:岩手
段位認定:SP皆伝/DP ― 段位認定:SP皆伝/DP ―
DJ POINT:11560.PT DJ POINT:10829.PT
(プレイ回数:非表示) (プレイ回数:多分非表示)
「これ、イーパスを筐体に入れて最初に出てくるプレイデータ画面ですよね」
「ご名答。お前はこいつを見てどう思う?」
「なんだかえらく似てますよね。
二人とも岩手県で登録してるし、皆伝だし」
「そう、似ている。
この二人のデータは非常によく似ている。
けどな、実はここからが本番でさ」
乙下は消しゴムで1046のDJネームとDJポイントを一旦消してしまい、
その上から新たな文字を書き起こした。
「こんな風にしちゃえばどうだ?」
DJ NAME:BOLCE DJ NAME:BOLCE
IIDX ID:4649-5963 IIDX ID:1192-2960
所属エリア:岩手 所属エリア:岩手
段位認定:SP皆伝/DP ― 段位認定:SP皆伝/DP ―
DJ POINT:10829.PT DJ POINT:10829.PT
(プレイ回数:非表示) (プレイ回数:多分非表示)
「ちょ、先輩!これどういう意味っすか?
似てるどころか、IDを除いて丸っきり同じじゃないっすか!」
「うん、だからさ、丸っきり同じにしちゃうんだよ」
「はぁ!?」
「確かDJネームもDJポイントも割と簡単に変えられたよな。
これならさすがのBOLCEも、まさか1046のイーパスだなんて
簡単には気付かないと俺は思うんだけど、空気的にはどう思う?」
「こんなことできるわけ……うーん……できますね、確かに可能です」
空気の鼻息がやや荒くなった。
「DJネームは携帯サイトで簡単に変更できるし、
DJポイントにしたって計算式をきちんと把握していれば
細かく調整することも理論上はできるはずっす。
ましてや1046クラスなら、1ポイント単位で合わせ込むこともさして難しくはないでしょうね」
「やはりな。1046は綿密な調整をすることで、7月16日朝の時点で
DJポイントをBOLCEとぴったり同じ数字にしておいたんだ。
それが今現在11,560になっているのは、BOLCEと同じポイントになっている
不自然さを隠すために、事件の後である程度上げておいたからなんじゃないかな」
「話は分かりました。
でも、IIDX IDはどうするんすか?
この数字はどう頑張っても変えられないっすよ」
空気の指摘はもっともだが、乙下は動じずに、質問を質問で返した。
「逆に聞くが、お前のDJポイントはいくつよ?」
「えーと、ボクも10,000をちょっと超えるくらいですけど」
「じゃ、お前のIIDX IDはいくつ?カンニングすんなよ」
「IDなんていちいち覚えてないっすよ」
「そうだろ。つまりはそういうことなんだ。
IDってさ、他のデータと違って数字自体に意味はないでしょ。
だからプレイヤーが普段意識することはまずない。
つまり、画面をまじまじと見られでもしない限りは、まずバレやしないさ」
「まぁ普通はプレイデータ画面なんて、STARTボタン連打ですっ飛ばしますもんね。
先輩の言う通り、この方法ならBOLCEが1046のイーパスを
自分のものだと信じ込むのも無理ないかも知れません」
言いながら、空気は何度も何度も繰り返し頷いた。
しかし、空気の首肯はゼンマイ仕掛けの機械のように
少しずつその速度を落とし、やがてピタリと停止してしまった。
「だけど……」
そのまま空気は、やけに神妙な面持ちで語った。
「ダメっす。やっぱり無理ありますよ先輩。
って言うより、そのトリックは実現不可能っす」
「なぜ」
「その方法を使えば、確かに最初のプレイデータ画面はバレずに済むかも知れません。
ゲームが始まった後も、やり方次第でBOLCEの目を誤魔化せると思います。
ですが、一つだけ欠点があるんすよ」
「どういうことかはっきり言えよ」
「問題は『ゲームを始める前』です」
空気は次第に酸っぱいものを舐めたような顔つきに変わり、俯き加減になって言う。
「だって……イーパスを使うためには、四桁の暗証番号を打ち込まなきゃならないんすよ?
BOLCEが1046の暗証番号を打たなきゃダメってことなんすよ?
これじゃ、どう考えたってゲームを始められるわけないじゃないですか!」
空気は真剣だった。
「ははは」
空気がかつてないほど真剣に弁舌しているので、乙下はかえって面白可笑しくなってしまった。
「なに笑ってんすか」
「お前こそなに必死になってんだよ」
「だって、この謎が解けなきゃオトゲ先輩の推理は
破綻しちゃうんですよ……そりゃ必死にもなりますよ」
「バーカ。この俺がそんな初歩的な見落としをするとでも思ったのか?
暗証番号の謎については、すでにちょっとした考えがあるんだ」
空気が脊髄反射のような速さで顔を上げた。
乙下の言葉が簡単に信じられないのか、心なしか引きつった顔をしている。
「ちょっとした考え?」
「まぁね。上手くいくかどうかはやってみないと分からないけど、
ちょっとこれを試してみてほしいんだ」
乙下は書類の余白に再びペンを走らせ、空気への指令をさらりと書いてみせた。
それを読んだ空気の顔色が、みるみる内に青ざめていく。
「ええええええええええええ!?」
鼓膜に痛みを感じるほどの絶叫が捜査一課に響いた。
「オトゲ先輩、本気ですか?本気でこんなことができると思ってるんすか?」
「うるせーな、そんな驚くような話でもねーだろ」
「いや、だって、先輩。いくらなんだって、こんなの無理に決まってるじゃないっすか!」
「バカ野郎、何事もやってみないと分からないって言ってんだろ」
「でも」
「ガタガタ言うな。さっさと行ってこい」
「ウソでしょ……」
茫然自失の空気を尻目に、乙下は椅子から立ち上がった。
「じゃ、頼んだからな」
「オトゲ先輩はどこへ?」
「俺の推理が本当に正しいかどうか、ご意見をちょうだいしようと思って」
「誰に」
「そんなの決まってるだろ。
この推理はBOLCEの性格を正しく把握している人間じゃなきゃ良し悪しを判断できない。
となれば、ここはやっぱBOLCE専門家の出番だろ」
乙下は携帯電話のアドレス帳に登録されている中で、
最も年齢の若いその人物を選び、迷わず発信した。
「あーもしもし、杏子ちゃん?
盛岡警察署の乙下だけど……いえいえ、こちらこそさっきはどうもね。
それでさ、ご足労かけて本当に悪いんだけど、今日これからもう一回だけ会えないかな?
うん。もしかしたらこの事件の真相にようやくありつけるも知れないんだ」
to be continued! ⇒
今週はここまでです。
気がつけばこの作品を書き始めて一年以上が経過してしまいました。
当初は去年の初冬には完結させる予定で書いてたんだけどなぁ……(汗)
予想以上に書きたいことが多かった+自分が遅筆だったようです。
それでもなんとかアイデアを出し切って
きれいに完結させるべく取り組んで行こうと思ってますんで、
次回以降も楽しんで読んでいただけると幸いです。
ではまた。
>>172 おおおおお乙!!
待ってたよー
二人ともDP段位やってないんだなw
始め4桁の4649と1192がもうちょっと近い数字だったらなぁ。
知り合いとライバル登録するときID教えたりするから…
ってこの二人にそんな初心者みたいな事態滅多にないか
次も宜しくー
174 :
旅人:2009/08/10(月) 21:46:21 ID:vrLAzWIt0
>>164さん
応援ありがとうございます。これから先が書きにくい場面の連続になるので、
今まで以上に見にくいものになるかもしれませんが、これからもよろしくお願いします。
>>とまとさん
乙です!イーパスのすり替え、データの同一化…全然考えもしなかったです。
このトリック、合ってるんじゃないかと思って凄くドキドキしてます。続き待ってます。
今晩は、旅人です。
今回で話が戦いが始まる一歩手前まで進みますが、
最後に「あるモノ」について触れられます。察しはついていると思うんですけど。
今更になって思うのですが、自分が情けなく思えてきます。
「普通の作品」を書く事が出来ないし、「過去からの脱却」が出来ないでいる。
前者は今作のような異端気味の話しか書く事が出来ないという意味で、
後者は過去作の束縛から抜け出せないでいる、という意味で。
後者については、後書きでちょっと書こうかなと思います。
とりあえず本編を投下します。今回もよろしくお願いします。
さて、私の思う所をここに書かせて頂きたい。
物語のテンポを崩す事を了解してはいるが、どうしても書きたい事だ。
今までの話を振り返ると、SFファンタジーのような雰囲気が出ているだろうと思う。
何と言えばよいのか、過去の時代には出来なかった事がこの時代では出来ているはずだ。
例えばPSCRが挙げられる。私がこれを書いている時間から10年程前に開発されたものだからだ。
それと、年代的に無理だと思われる物が一つだけある。
アンチグラビティコアを用いた技術だ。これだけは絶対にあり得ない。
このコアが採掘できるようになったのは今から約100年前からとされている。
しかもその採掘場所は海底。海底に突っ込んだ隕石を採掘し、コアとして利用しているのだから。
いや、私が言いたいのはそういう事ではない。そういう事ではなく、別の事だ。
私の主観だが、ファンタジーという世界観での戦いとは剣や魔法が出てくるものだと思っている。
それにSF、つまり空想科学を持ち込むと、どこか現実のようでそうではない物が現れる。
例えばこの話で言うならばAGCVだろう。アンチグラビティコアを埋め込み、宙に浮く乗り物だ。
それにユール達が使用する兵器や武器。これらも読んでくれている人々にとって
空想科学の産物以外の何物でもないのでは、と思う。
だから、SFファンタジーの世界観での戦いは(私の主観だが)どこか現実味を欠いた現実になる。
ファンタジーでは剣と弓を操り、悪を滅ぼしていく者が勇者となる。
だが、私の考えるSFファンタジーは、武器の代わりに最先端の技術が用意され、
魔法の代わりに空想科学が奇跡を起こす。それに、誰もが勇者にも英雄にもならないし、誰もがなれない。
ユールの持つ剣に宿っている「彼」ですら、私にとってすれば英雄ではない。
私にとって「彼」は世界を救った勇者でもない。ただの人としか見る事が出来ない。
ファンタジーならば、主人公は強大な力を持っており、それをもってして悪を打ち破る。
その主人公は勇者となり、伝説となって英雄として語り継がれるだろう。その話の中で。
だが、SFファンタジーにおける戦いとは「戦争に近い戦い」ではないだろうかと感じる。
箱の戦闘機に乗り、ギターを模した銃を撃ち、踊ってエネルギーを溜めて放出する。
三つ目はどうかとは思うが、これは実際の戦争での戦闘に近い所があるのではないだろうか。
選ばれた存在も何も関係ない。シリアスな命のやり取りの戦いで、誰もが平等に戦い、誰もが等しく死ぬ。
それが、SFファンタジーにおける戦いのあり方なのではないか。
長くなってしまったが、簡潔にまとめるとなるとこうだ。
ユールは光に選ばれた存在だとか何だとか言われていた。
確かに彼女自身には変化が起きていた。この時、まだ彼女が気がついていないだけで。
だが、それを考慮しても彼女は一人の人間として戦いに臨む。
選ばれたとか、そういう使命感は一切抜きで。彼女は何者にも代えられない大切なものを守るために戦った。
あの時、ユールは私にそう言った。
他の四人も、それぞれに守りたい大切なものを抱えていた。だから皆で戦ったのだ。
自分だけではなく、皆で。誰もが自分の大切なものを守ろうとする姿勢を見せる、一人の人間として戦った。
物語が再開した時刻は21:45だった。出撃まであと10分前である。
ユールとクーリーが意識シミュレーションを終えた後、
ユール達五人は徹底的に念入りに敵の大型制圧兵器四機の特徴について覚えこんでいた。
それから「ダブルエース地上迎撃部隊」として
地上迎撃にあたるバレンタイン姉弟に四点の装備が用意された。
靴の形をした加速器、背中に背負うリュック型飛行用ユニット、
全身防護のための黒と赤のパワードスーツ、ユール達が意識シミュレータ内で
使用していたものとほぼ同一のゴーグルである。
キリーには「ルーズ特殊部隊」としてターミナルタワーWSF基地に残るように伝えられた。
一緒に戦えないのが残念だ、とキリーは不平を洩らしたが、
「キリーが踊って『パワー』を溜めておかなきゃ『トラップ』が仕掛けられない。
だからどうしても、キリーにはここに残って欲しい」
とアヤがなだめた。その声色も、その表情も、トルセと密談していた時と前後すると
幾分か柔らかくなったように見える…のは気のせいだろうか。
最後に「ノエル航空迎撃部隊」として航空迎撃にあたるユールとクーリーは
もう戦闘機に乗り込んで中の異質な雰囲気に慣れるように言われた。
異質な雰囲気?とユールは訝しがりながらもエメラルドグリーンの箱に
走って飛び込んでいった。ぶつかる、と誰もが思っただろうが
ユールの体は箱の中に吸い込まれていき、箱型のゼリーの中に人がいるような錯覚を第三者達に与えた。
かなり異質な搭乗方法だが、これがこの機体の正しい搭乗方法なのだから仕方が無い。
ユールが搭乗したが、クーリーは足を一歩も踏み出していなかった。
それをアヤが見て、そして彼女はクーリーに言った。
「怖気ついたか?」
「いいえ。最期に、もしかしたらの最期ですけど。まだ死ぬわけにはいかないんで。
…考えたくも無いけど、もし、それを迎える前に聴きたい音ゲー曲があるんです。少し長いですが」
構わないさ、とアヤが返し終わったのと同時にクーリーはMPDを取り出し、
ポケットからイヤホンを取り出して曲を聴き始めた。
「ねぇアル、クーリーは何の曲を聴いているんだろう」
唐突にアリスはアルベルトに問いかけた。
彼は数年前にクーリーが何か大きな音ゲーイベントに参加した時の事を思い出した。
何の大会だったか、クーリーは大勢の人の前でIIDXをプレーする事になっていた。
確かあの時、クーリーは今と同じように曲を聴いていた。
アルベルトはその時、クーリーに何の曲を聴いているのかと尋ねたことをも思い出した。
その時にクーリーの返した答え。それは、
「あぁ、今聴いている曲は『DEPARTURE』だよ」
これだった。クーリーはIIDX専門のプレーヤーだったはずなのに、
何故ギタドラの曲を聴いているのか?そう疑問に思ったアルベルトは問いを重ねた。
「どうして。お前ギタドラはやらないじゃないか」
「うん。あのゲーム、僕には最高に素晴らしいと言っていいほど合わない。物凄く苦手だよ。
でもさ、最高に良い曲は沢山あるでしょ?それを聴きたいって言うのは自然な感情だ。
この曲はさ、このシリーズの中で素晴らしい曲の内の一つだと思うよ。
歌詞も素晴らしいと思う。今のこの状況には多分合っていないけどさ、
この歌詞を聞いて、意味を噛みしめると、何故だか力が沸くんだ。不思議だよね」
そうしてクーリーは曲を聴き、そして大会で好成績を出していたはずだ……
とアルベルトは回想を終え、隣で答えを待つ姉のために口を開く。
「アイツさ、音ゲー曲の中でお気に入りの曲を聴くと力が沸くんだって何年か前に言ってた。
あの時聞いていた曲は『DEPARTURE』だったよ。今同じ曲を聴いているかはどうか分からない。
『quesar』のようなどこか悲しい雰囲気を醸し出しているトランスを聴いているかもしれない。
『RED ZONE』みたいな激しく、気分が乗る曲を聴いて気持ちを昂らせているかもしれない。
『冥』とか『HEAVEN INSIDE』とかさ、テーマ性が強い曲を聴いているかもしれない。
でも、俺にはクーリーが今何の曲を聴いているのかは分からない」
そう、とアリスは何処か寂しげに返し、そしてアルベルトに言った。
「さて、そろそろ時間ね」
「あぁ、そうだな…アヤ!」
「この時間となれば…出撃だな?」
「あぁ!」「そうよ!」
「台詞が合ってない。ハモるなら合わせろ。
……それでは、これより『ダブルエース陸上迎撃部隊』…出撃!」
おう、行くよ!と双子はセリフを合わせられないながらもハモって兵器廠出入り口の一つへ飛び出した。
これから二人はメトロに乗り、第一ブロックにて待機する手筈だった、とアヤは確認しながらクーリーの方に顔を向けた。
「クーリー、そろそろ」
アヤはそれのみを話し、クーリーに呼びかけた。
呼びかけられたクーリーは満足そうな笑みを浮かべ、
MPDとイヤホンを元の場所に戻し、そしてユールと同じように飛び込んで搭乗した。
二つの戦闘機の中には、意識シミュレータで装備していたものと同じゴーグルと、
それとよく分からないヘルメットのような物があった。
「ブレインコントローラ。意識シミュレータで学習し経験を積んだろう?
あのイメージ通りに機体を動かす装置だ。あそこで動かすのと大差ないさ」
アヤの声が二人に聞こえた。
ユールもクーリーもそれらを装備し、意識シミュレータで学習した通りに
それぞれの機体を操作する。二つの箱が少しふわっと浮いた。
「凄い、ちゃんと動いている」
ユールは一言感想を誰に言うでもなく呟き、そして何かが起きている事を感じ始めた。
意識シミュレータ内で動かしたようにこの機体は動いたが、
全身を包む不快感と安息が入り混じったこの精神状態を経験するのは初めてだった。
私の手元に二機の戦闘機についての資料がある。
勿論、ユールとクーリーが乗り込んだ機体についての資料だ。
元々はWSFカーニバル基地航空部隊のエースであるアヤと、
基地航空部副隊長トルセの為に開発された機体だった。
部隊長は統率力に秀でた人間ではあったが、飛行機のパイロットの腕は一流とは呼べなかった。
この機体にはPSCRで使われている「異次元」へのアクセス技術を応用している。
PSCRはPSCRの中に異次元を生み出し、その中の容量分だけ中に物を詰め込むことが出来る。
これを応用し、機体の中に異次元空間を置き、そこから弾薬を補給し、兵装の姿を表す。
機体に生成する異次元の容量は殆ど数字を無視できる程大きい。
よって、積んでいる弾はもはや無限弾と言っても過言ではない。
アヤの為に開発され、今はクーリーが搭乗している機体と、
それが積んでいる兵装とその使い方について触れてみよう。
青い箱の中にIIDX筐体の形をしたメインコンピュータがある。
筐体の画面中央には機体前面に搭載しているカメラを通じて外の視界が映る。
搭乗時に外が全く見えなくなるという訳ではないが、一応つけた機能といった感じだ。
周りの様子はHMDを通して見るレーダーを確認すれば良いし、
何よりそうして視界を確保しているのだから、わざわざ画面中央を見なくてもよいのだ。
そして、快適な操作性を実現させるのに大きく貢献したのが
「ブレインコントロールシステム」の実装である。ユールの支援機も実装している。
ブレインコントローラを装着、機体と神経接続し、パイロットと機体が文字通り一体となる。
これをブレインコントロールと言い、これによって物凄く高い機動性を得る事が出来るのだ。
そこらの素人だろうが、一流パイロットを凌駕する可能性を秘めたこのシステム。
そしてこの箱型の機体の持つあり得ない機動性。二つが融合すれば鬼に金棒と言える。
乗り手の腕が最高だったら、鬼と金棒の部分が別の言葉に置き換わっているだろう。
だが、これにはあるデメリットがある。一種の副作用のようなものだ。
パイロットは機体と神経接続をする。すると、一種の不快感が現れる。
そしてもう一つ。戦闘中に何らかの攻撃によってダメージを受けてしまったとする。
すると、神経接続をしているパイロットもダメージを負ってしまうのだ。
どうにかならなかったものかと私は思うのだが、どうにもならなかったからこうなったと考えるしかない。
それでも、デメリットがこの程度で幸いだと考えるべきだと私は思う。
何故なら、これら二機の戦闘機、支援機の機動性を実現させる
この技術によるリターンは予想していたより少なかったからだ。
次に、クーリーが搭乗している機体の兵装について説明しよう。
この項に、機体内部にIIDX筐体の形をしたメインコンピュータがあると書いた。
つまり、攻撃と兵装切り替えはこの筐体に命令を入力すればよいのだ。
どうやって筐体に命令を入力すれば良いかというと、簡単だ。
普段IIDXをプレーするように、鍵盤を叩いたりエフェクターをいじったりすれば良い。
攻撃は鍵盤を叩いて行う。これについて、SPモードとDPモードと呼ばれる形態が存在するが、後述する。
兵装切り替えはVFEXボタンを押す。曲選択時に難易度を変更するボタンだ。
ノーマル時「エネルギーバルカン」→ハイパー時「エネルギーライフル」
→アナザ―時「とどめの一撃」→ノーマル時…と切り替わる。
エフェクターのつまみは、主に兵装の威力の調整に使う。
対地攻撃をする際、あまり地上に高攻撃力による攻撃の被害を出したくない時などに調節される。
個人的に特徴的だと感じたのが「SPモード/DPモード」の存在だ。
実際にIIDXをプレーした人ならお分かりになっていると思われるが、
あのゲームにはシングルプレーとダブルプレーという二つのプレースタイルがある。
同じゲームとは言えないほど、それぞれに違うゲーム性がある。
それを機体のシステムに組み込んだ。これによって攻撃の手数を倍にしたり、
戦略性を持って敵と戦う事が出来るようになった。簡単に言えば、かなり強力になれるという訳だ。
唯一の欠点は、DPプレーヤーでなければこのシステムは使いこなせないといった所だろう。
それさえ乗り越えられれば、無限のポテンシャルを秘めたシステムに化けるだろうと私は考える。
次にユールの搭乗する支援機について説明しよう。
機体自体の性能はクーリーのものとほぼ同一だが、若干見劣りする部分がある。
その欠点を補うために追加装甲による防御力向上が図られている。
ここで書き忘れていた事に気がついた。二つの機体の防御の構造だ。
前にユールが機体に触れると、手が機体そのものに到達する前に
見えない壁に阻まれ、何も無い所で波紋が広がったと書いた覚えがある。
これが「不可視障壁」による防御構造だ。ダメージを大幅に減少させる効果を持っている。
そして支援機にはもう一つの防御構造を追加している。
数年前にWSFが開発に成功した技術があった。
資料を読んだ私だが、その名前は忘れた。殆どの人々が知らないのだから、それでいいかもしれない。
何故そうなるのかというと、これは公に発表された事ではないからだ。
「絶対に攻撃を喰らわない」…これをコンセプトに開発された技術。
それを使って生み出されたのが「アブソリュートアボイドデバイス」だ。
通称はAAD、アードとも。言葉を直せば「絶対回避装置」と呼べるだろう。
(本当に名前を忘れたため、私が独自に命名し、正式名称にとって代わらせている事をご了承願う)
元は人間がその装置をつけ、危険な場所へ赴く時にその真価を発揮させると言われていた。
AADの使い方とその流れはこうだ。
「AADを作動させておく→敵が銃を撃ってくる→銃弾が自分へ飛んでくる→射線がずれて当たらない」
これほどまでに完璧な防御装置があっただろうか。
これさえあれば、誰もが戦死しない人間になれるのだ。夢のような話だ。誰も死なない命のやり取りだなんて。
だが、その夢は叶わなかった。二つの重大な問題点があったからだ。
小型軽量化が進まず、従来の一機の大型戦闘機にギリギリ積めるかどうか
分からない程度のサイズに縮小する事すら出来なかったのだ。
そしてこれを作動させる際、多大なエネルギーを要するので、実質使えない事になってしまった。
それでも技術班は努力を重ね、成果を出した。
問題点の根本的な解決には至らなかったが、どうにか支援機に搭載する事は出来るようになった。
少しだけ進んだ小型化技術と、戦闘機と支援機の両方に搭載している特殊ジェネレータの開発がそれを実現させた。
だが、長時間連続して使う事は出来ないようになっている。
長くても5秒程度しか効果を発揮させる事が出来ない。
再使用までのチャージ時間も10秒と長い。タイミングを見極めて使うしかない。
長ったらしい説明もこれで最後だ。兵装について説明しよう。
この機体もメインコンピュータが特殊なものになっている。
ポップンミュージックの筐体の形をしているのだ。
操作方法も戦闘機と同じように、兵装切り替えは譜面難度変更操作をすればよい。
ただ、戦闘機とは異なった部分がある。戦闘機の場合、一つの譜面難度に一つの兵装が割り当てられていた。
支援機では一つの譜面難度に四つの兵装を使用する事が出来る。
ノーマル時は照明弾、速射砲、バインドレイン、リニアガン。
ハイパー時はミサイル、グレネード、バインドアーム、リニアガン。
エクストラ時はミサイル、火炎放射器、バインドランス、リニアガン。といった風に。
どの譜面の時も、赤ボタンだけは共通してリニアガンを発射するボタンになっている。
ちなみに、左右対称に割り振られた同色のボタンは同じ兵装を積んでいるが、発射するサイドが違ってくる。
さて、これで二機の機体の説明は終わった。
書き忘れが無い限りは、以降に解説は無いと思われる。
もしあったとしても、それは後付け設定ではない。本当なので信じて欲しい。
二人はゴーグルに内蔵されているスピーカーを通して
アヤの指示を受け、ゆっくりと兵器廠内を移動していた。
移動中にユールはある一つの疑問を抱いた。思い立った彼女はアヤに問う。
「アヤ、ちょっと」
「どうした、ノエル1」
「あ、私達の名前ってそういうのになったんだっけ」
「そうだよ、ログ。僕はノエル2のクウだからね。忘れないで」クーリーが会話に割り込んだ。
「大丈夫。それで、聞きたい事があったんだけど」
「何だ」
「私達、一体何処から出るの?」
あ、とクーリーの声が聞こえた。
二人とも、一体兵器廠のどこから航空部隊は出撃するのか、という事は全く知らされていなかった。
これはいつまで経っても二人が出撃不可能であるという事を意味している。
「もうしばらく進んだ先に床に大きな穴が開いている。
ライトで照らして安全を確保しながら進んでいくと、メトロの海底トンネルに出る。
トンネルから第一ブロックのメトロステーション方面へ移動、そこから地上に出ろ。
それと、敵が来るまでは哨戒飛行だ。上空をぐるぐる回っていればいい」
アヤはそれだけを言って無線を切った。
とりあえず二人は指示に従って前進を続けていく。十秒もしない内にアヤの言っていた穴を見つけた。
元々床下からの搬入口らしいが、この際どうこう言っていられない。
クーリーを先頭にして二人は穴へとダイブした。
下へと向かうトンネルは進めば進むほど外気温が下がっていく。ユールの肌に鳥肌がたち始めた。
「ノエル2よりノエル1へ。ログ、もう少ししたら直角に左に移動する。道がそうなってる」
クーリーからの無線通信だった。ユールは「了解」とだけ返し、クーリーに追従し続ける。
青い箱が左旋回を始めた。ユールはスピードを落としつつ、
ライトで照らされた姿を見せるトンネルと接触しないように左旋回する。
「大丈夫?」クーリーが訊ねる。
「大丈夫。かすってもいない」ユールが答える。
「なら良かった」とだけクーリーが言って無線が切れる。
何処までも続いているのではと錯覚を感じながら、二人はゆっくりと機体を前進させていった。
しかし、30秒も経たない内にクーリーからの無線連絡がユールの耳に届いた。
「前方約1キロ先に光が見える。
多分、あれがアヤの言っていたメトロのトンネルとの合流点だよ」
「分かった。クウ、このまま先導飛行をお願い」
ユールはそう返し、前方に神経を集中させた。
光源の位置や二機の位置の関係上、ユールから見れば青い箱から後光が差して見えなくもなかった。
約20秒が経過、二機は第一ブロックステーションとターミナルを結ぶ海底トンネルを移動していた。
数十秒が経過する頃には、第一ブロックステーションのプラットフォームが見え始めていた。
そこからターミナルへ移動した時の事をユールは思い出していた。
あの時、メトロの窓から見た海底は綺麗だったが、
今は暗くてよく分からないものが出そうな雰囲気に包まれていたように感じた。
簡単に言えば、彼女は夜の海底にある種の恐怖を感じていたのだ。
闇に包まれた二つのトンネルをライトで照らしながら進む出撃の旅も終わりを告げた。
二機はステーションと地上を繋ぐ階段を地形に接触しないようにしながら上がった。
それから一気に速度を緩ませることなく上昇、その後旋回を続けた。
ユール達の二機が飛びまわっていた夜空は雲が少なかったという。
満天の星空。雲の少ない綺麗な夜空。体の細い月の浮かぶ夜空。その中を飛ぶ青と緑の箱。
地上にたつバレンタイン姉弟はそれを見てどう思ったのだろうか。
多分、綺麗だな、と感想を抱いたに違いないと思う。私が見ても、そう思うだろう。
「ユール、聞いてほしい事がある」
誰の無線連絡かとユールは訝しんだが、無線ではなかった。
ユールの首にぶら下げている小さな剣のペンダントが空気を震わせていたのが分かった。
今はコールサインで呼んで欲しいと思ったが、
機内の独り言なら傍受されて不利になる事もあるまい、とユールは考えて口を開いた。
「どうしたの?」
「僕が約千年前の…っていうのは知っているだろうけど、ちょっとした懺悔というか。喋っていい?」
「うん。今なら別に何言っても大丈夫だよ」
剣は少し間を開けて「すまない」と言ってから続けた。
「あの時、僕は一人で戦った。勿論、仲間はいたよ。彼らの支えは本当に頼りになった。
でも、僕は彼らに絶対に戦いの場というか、前線には出て欲しくなかった」
「それは、仲間が傷つくから?」
「そう。あの時の僕は、仲間達を傷つけたくなかったと思っていた。
傷つくなら僕一人で十分だというか、そんな感じ。でも、彼らは怒った」
「それは…何となく分かるような気がする。頼られていないのではないか、と思うかもしれない」
「彼らも君と同じような事を言った。『どうして頼ってくれないんだ。もっと無理を言ってくれよ』とね。
あの時の僕は未熟だった。彼らに重荷を背負わせる事が罪だと思っていたんだ。
僕が彼らに対して取っていた態度こそが、罪だと知らずにね。
君の仲間達への接し方を見る度、それを見る度に、僕は強く後悔するんだ」
ユールは何と返してよいか分からなくなった。
剣の言う事も、剣の仲間達も、それぞれの言い分も正しいように思えたからだ。
この話を聞いた私も、どちらが正しいか判断に迷っている。今も時々考えるが、結論は出ない。
剣はユールの引き起こした沈黙の空気に耐えかねたかのように喋った。
「すまない。こんな話をしちゃって」
「いいや、いいよ。……ちょっと私もいいかな」
「なんだい?」
そこでユールは思いだした。カーニバルへ来る前、あの人が言っていた言葉を。
一言一句正確に思い出すのは不可能だが、要点さえ押さえていれば十分だ。
「カーニバルに『マキナ』って宝物があるって、ある人が言ってた」
「宝物?」
「うん…それで、私はそれを見つける事が出来た」
「それってどんなもの?」
「お金とか、財宝とか、そういった類のものじゃないの。
うーん、物が一つ、心に残る物が一つかな。
心の方はマキナではないよ。大切な友人たちの繋がりを確かめられたという事。これが心の宝物。
マキナは……マキナは、私にとってのマキナは、あなた」
「僕?」
「あなたには名前が無いんだよね。だったら、私が名前をつけてあげる。
今からあなたの名前はマキナ。…ねぇ、気にいってくれたかな?」
「それはもう、十分に。…ありがとう、ユール」
184 :
旅人:2009/08/11(火) 00:02:59 ID:wXGFDoGI0
いかがでしたでしょうか?これにて今回の投下は終了です。
「松木=マキナ」という方程式が今回で成立したので、
これからは松木の事を「剣」ではなく「マキナ」と表記します。
次回予告とかはしたくないので、前書きの「後者」の話を。
僕の中では、松木というキャラクターは書きやすいんですよ。
ですが、執筆初期の方は彼を出すつもりはなかったのです。僕自身が「過去からの脱却」を目標としていたからです。
しかし結局、中盤を書き終える頃にシナリオ修正をしてまで、松木が姿を変えて登場してしまいました。
これで、僕がに立てていた目標は達成できなくなりました。
それだけが、僕の中では残念だと思う事であります。それが、情けないと思うところであります。
話題を変えて。一応、コールサインとかそういった要素でミリタリーっぽさを演出してみました。
これ以降の雰囲気は「ミリタリーでシリアス」をテーマに書いていますが、
あくまで「っぽさ」なので、細かい所まで雰囲気の統一を図るつもりは無いよということを宣言します。
こんな作者ですが、この物語の完結まで、どうかよろしくお願いします。
今回も読んで頂いて、本当にありがとうございました。次回をお楽しみに。
そろそろ上げる時期
186 :
旅人:2009/08/21(金) 00:07:18 ID:DYSvyKCu0
今晩は、旅人です。
ようやく今フェーズの見せ場がやってきました。
それを上手く演出できたかが疑問ですが、
書いていけば何とかなるという信念の下に、全力で頑張らさせて頂きます。
それでは本編を投下します。よろしくお願いします。
第一ブロックの造りは前に説明したと記憶している。
が、私が再度確認する意味も込めて、改めて説明をしようと思う。
第一ブロックはカーニバルの駐車場の方に城壁を構えている。
大体の高さは30メートル程だ。駐車場側が構える立体駐車場の一番上と連結している。
そこからでのみカーニバルへ入園する事が出来ない。
城壁と立体駐車場を結ぶ橋の下には東レイヴン海が広がっている。
城壁に下り階段が存在する。そこから第一ブロックに降りられる。
第一ブロックは半径2キロメートル程度の円形に近い形をした島で、
中央には噴水が、それを囲うように細長い煉瓦造りの建物が存在する。全部で七棟だ。
第一ブロックの外周に、ターミナルへと続くメトロステーションが一つと、
第二ブロックへ連結する橋と、そして第三ブロックへ伸びる連結する橋が架けられている。
(橋の話はしていなかったかもしれない。今更ながら、説明不足が多く申し訳ない。
多分、こんな話をする度にこういう説明不足といった醜態をさらす事になるだろう。
しかし、現実に近いイメージを持って読んで欲しい私の気持ちの表れでもある。
どうか目を瞑って、心にゆとりを持って読んで欲しいと願う。今更ながらの、私の勝手な願いだ)
アルベルトは自分の部隊の持ち場である第一ブロック中央にある噴水の近くにいた。
その隣には双子の姉であるアリスもいる。
彼女の方へ眼をやると、HMDとして機能するゴーグルが視界から入る情報をやたらとデータ化する。
例えば、アリスの身長は何センチかというのが分かる、といったような具合だ。
そして、赤いパワードスーツを着ているという事と、靴の形をした加速器を履き、ジェットパックを背負い、
自分が装備しているこのゴーグルと同じものを装着しているという事が分かる。
黒いパワードスーツを着込んだアルベルトは、そうしてこのゴーグルの効果を改めて思い知らされ、
それを含む現在自分が装備している四つのアイテムの凄さを実感した。
たが、それらなんか比較にならない程、彼に凄さを通り越して恐ろしさを与えていたものが二つあった。
一つはもうじきやって来るライオン型の兵器。もう一つはそれに対抗するために自分に渡された武器だ。
自分に渡された武器。GFのコントローラーを模したエネルギー弾発射装置。
三色のネックボタンの内一つを押しつつピッキングをする事によって弾を撃つことが出来る代物だ。
その中には、大規模の市街地の電力を賄う事が出来るとされている小型のジェネレータが埋め込まれている。
詳しい使い方はアルベルトの頭にもアリスの頭にもしっかり叩きこまれていた。
アルベルトが恐れいていたのは、この武器の使い方を忘れてしまうかもしれないとかいうものではなかった。
こんな物騒なものを持たされ、初っ端から半端じゃない敵と戦わなければならないという
この状況に対する事の恐れと、自分の命を左右するであろう自分の武器へ抱く安堵と
絶大な威力を持つそれに対する恐れ、その三つが入り混じったようなよく分からない恐怖感であった。
ふと、クーリーの事が気になり、アルベルトは空を見上げた。
視界に青い箱を収めると、一瞬の内に彼の脳裏にある映像が浮かび上がった。
アレは…数年前の、中学の時の修学旅行だった。
何日目の話だった?…そもそも、その旅行の時間が全部で何日間か覚えていないけれども。
あそこは、確か、遊園地。そう、遊園地に行ったんだ、どこかの大陸の。
それで、俺はクーリーを連れて色んな所へ行った。ユールも一緒だったような気がする。
色々回って、そして観覧車に乗ろうという話になった。頂点付近から見る遊園地の景観は
どんなぼろい所でもそれなりに綺麗に見えるってのが俺の持論だ。
並んで順番を待ち、俺達が観覧車に乗り込んで係員が鍵を閉めた。
俺の向かいにはクーリーとユールが座っていたはずだ。仲の良いカップルのように見えたが、
二人の間に結ばれているのは強い友情だけだ、という台詞を思い出した。クーリーが言っていた気がする。いや、ユールか?
クーリーは最初、観覧車の頂点付近から見る遊園地の景観がどうこうという俺の持論に期待していた。
ちょっと問いただしてみると、クーリーはこれまでに観覧車に乗った事が無かったらしい。
それなら、きっといい経験が出来るぜ、と俺は言って徐々に高度を上げていかれる感覚に身をゆだねた。
そろそろだ、と俺は感じた。大体、観覧車が好きな奴は、
どのタイミングでどこまで高度が上がった、という事が分かる。ちょっとした特技の一つにカウントされてもいいと思う。
そして俺はそろそろだ、と二人に言った。いや、二人とも前々からずっと下を見ていたのだから言うまでも無かった。
俺の立場を奪いやがって、なんて思っていると、クーリーの様子がおかしくなったのに気がついた。
汗をだらだらと流している。爽やかな汗ではない事は分かった。
まるで、トイレを我慢しているときに流すような汗だ、と思った。いわゆる冷や汗ってやつ。
俺でさえ気がついたのだから、ユールもクーリーの異変に気がついた。
ユールがクーリーに「大丈夫?」と声をかけていたのを覚えている。
クーリーは目を瞑ったまま首を横に気だるそうに振っていた。
そう言えば、クーリーの耳にイヤホンのような物がついていたと思う。何かの曲を聞いて気を紛らわせていたのだと思う。
そこでアルベルトの記憶は途絶えている。途絶えたという訳ではないが、よく思い出せない。
たった数秒でそんな記憶を再生させ、アルベルトは強く思った。
今、クーリーがあんな高い所を飛んでいる。俺だって怖がっちゃいられねぇ。
アルベルトが覚悟を決めていた頃、ユールはクーリーと無線連絡をしていた。
ユールもアルベルトと同じく、クーリーの事を心配していたのだった。
「こちらログ。クウ、聞こえる?」
「…聞こえる」
「体の具合、大丈夫?」
「…まぁ、なんとか」
「良かった。クウ、無茶だけはしないで」
ユールがそういうと、クーリーは長い沈黙でそれに答えた。
ユールはそれに納得し、そして不思議に思った。クーリーは無線を切ろうとしなかったのだ。
アルベルトが思い出した観覧車の件と、カーニバル駐車場と第一ブロックを繋げる橋での件、
その二つを総合して考えれば、クーリーは無線を切りたいと思っているに違いないはずなのだ。
余裕が無くなれば、その分余計な事が出来なくなる。必要な事も出来なくなる。
クーリーは誰とも話したくないはずなのに、どうして無線を切らない?とユールが考えていると、
「…無茶しないと、勝てない相手だよ……
……僕は、どうにかして、高所恐怖症を克服しなきゃ……
…こいつは、とんでもなく無茶な事だ…でも、やらなきゃ……」
クーリーの独り言が聞こえた。
彼は必死に自分の気持ちに働きかけていた。高い所なんか怖くないのだと。そして、
「……僕の大切な人の為だ、やらなくては……」
クーリーはこうも言った。ひどく弱々しい声で、しかしそこから感ぜられる意思は確かなものだった。
多分、これはクーリーなりの意思表示の仕方だったのだろうとユールは考えた。
ユールは自分から無線を切り、そして口を動かさずにクーリーの機体を見ながら一言。
「ありがとう」
「来た!」アヤの声だ。
「何が?」とユール。
「ライオンだ、ライオンが来た!」
「あ、じゃあ総帥は?」
「総帥は近くの島に着陸した!
現在、未だに一機の輸送機がこちらに接近中!何かをパージするのを確認!」
かなり的確な情報だというのはユールでもすぐに分かった。
南方から一機の大型の航空機が飛来してくるのが分かる。
すぐに黒い影が地に落ちて行くのも視認出来た。
HMDのレーダーにも赤色の点として、つまりは敵性反応を持つ存在として映っている。
「アヤ!」
「どうしたノエル1!」
「いま、どこにいるの?兵器廠からでもそんなに詳しく分かるの?」
「上空にいる!よく上を見てみろ!」
言われてユールは視線を敵性航空機から空へと向けた。
何も無いように見えたが、何か変な違和感を感じる。
これは一体なに?と考えるユールに答えが与えられた。
「視覚、レーダー、両ステルス機の空中管制機だ。これに乗るのは初めてだから上手く指示が出来ないと思う。
とりあえずこっちの心配はしないで存分に戦ってくれ!」
そういう事か、とユールは合点し、了解の旨を伝えると無線が切れた。
クーリーと連絡し、彼を先頭にして落ちて行く敵に接近する。
ユールはノーマルモードの兵装の安全装置を解除、どの兵装もすぐに撃てるようにした。
「白が照明弾、緑が対地対空速射砲、青がバインドレイン…
対地兵器、敵の動きを封殺だった?んで、赤がリニアガン、言ってみれば切り札………」
ユールは確認の独り言をぶつぶつと呟きながら
いつもポップンをプレーする時と同じように、彼女なりのホームポジションで両手を構えた。
アルベルトは、何か轟音が聞こえると思い、気になって空を見上げた。
あの箱型の機体は音を立てない。何かの駆動音は聞こえるのだろうが、爆音は立てていない。
ならば、別の何かだということが分かる。
アルベルトの視界に映る空には何かによってステルスカバーしているような機体が遥か上空に、
それよりかなり下の高度にユール達の機体と普通の飛行機が見えた。
そして、ゴーグルについているスピーカーからアヤの声とユールの声が聞こえた。
自分から制限をかけない限り、ユール、クーリー、自分、アリス、キリー、トルセ、アヤとは
無線連絡は常にコネクティングされている事を思い出す。
二人の無線通信の内容からアレだ、とアルベルトは確信し、飛行機に焦点を合わせる。
普通の飛行機のように見えたが、それは違っていたという事に彼は気がついた。
何か機体の腹の部分が徐々に開き、目一杯に開ききると同時に何かが落ちたのが視認出来た。
「アレがライオンか……ゴーグルの予測落下座標は……城門の近く、第一ブロック寄りか」
アルベルトが呟く。近くにいたアリスがギター型の銃器を構える。
いつでも撃てる恰好だった。姉の姿に倣い、アルベルトも銃を構える。
十数秒が経過して、アルベルトが四度目の深呼吸をしている途中、
機械仕掛けの百獣の王者は予測された地点に轟音を大きく轟かせて着地した。
その大きさはホログラフで見たものより若干大きい印象を抱かせるサイズだった。
アルベルトはブリーフィングの内容を思い返しながらアリスだけに無線連絡をした。
「想像以上にデカイな…姉貴、どうやって攻め……」
その後「え?」とアルベルトはこぼした。振り返っても姉の姿が無かったからだ。
先程までアルベルトの視線の先にアリスは立っていた。
しかし、瞬間移動でもしたかのように彼女はそこから消え失せていた。
敵にやられた、という訳でもない。不可視の攻撃など伝えられていない。
という事は、残された可能性は一つしかなかった。
「畜生!逃げやがった、姉貴逃げやがった!!」
叫ぶアルベルト。姉に対する憎悪を露わにしながらアルベルトは緑のピックを押さえ、勢いよくピッキングする。
ビィッ!と緑色のレーザー弾がライオンに向けて飛んで行く。
それを見て、赤が高熱、緑が衝撃、青が冷気に特化した弾を
撃ちだすための操作だった、とアルベルトは思い返していた。
レーザー弾が直撃、爆音を立ててライオンの顔面から煙が上がるも、
それをものともしないようにライオンの鬣が光り、危険を感じ取ったアルベルトは左に駆けだした。
バシュゥ!と気持ちのいい爆音を立てながつつ、破壊光線がアルベルトの元いた場所を通過した。
走りながらアルベルトは振り返る。ライオンのレーザーは地面に当たったらしく、
バゴォン!!と轟音を立てながら地面に小規模のクレーターが出来上がっていくのが見えた。
「ひでぇ、あんなの当たっちまったらこれ着ててもイチコロじゃねぇか!
あぁ畜生!!ハザードってレベルじゃねぇぞ!!!」
アルベルトは狂ったかのように叫びながら靴型の加速器を初めて使った。
別名「MAX300」と呼ばれるその赤い靴は、ブースターを噴かせて
最高時速300km/hものスピードで地上を駆け抜ける事を実現させる程の代物である。
そうして高速で駆けだしながら、噴水付近に建てられている七つの建造物で身を隠しつつ
どうにかして敵の背後を奪えば、そうすれば勝てるはずだとアルベルトは考えていた。
だが、ライオンはアルベルトがどこから現れるかを予測するだけの知能も持ち合わせていた。
アルベルトが城門に近い側からライオンに向かって最高速で駆けると、ライオンは顔を彼の方に向けてきたのだ。
身の危険を感じたアルベルトは背中のジェットパックを噴かせた。
勢いよく体が上空へ持ちあがる。
高度30メートル。
眼下にライオンの鬣から放たれる青い光の筋。
着弾。
爆音。
高度が下がる。
ライオンの後ろを取り始めて行く。
完全に後ろを取る。
高度が下がる。
着地。
アルベルトが着地した時、ライオンはすでに180℃反転していた。
彼とライオンの距離はおよそ三メートル。危険領域、という言葉では言い表せないほど
危険な距離にアルベルトは着地してしまった。
「顎髭の所、そこに放射状についている三枚のパネルのそれは
ホログラフにも出ていると思うけど、レーザーブレード照射装置よ。
正面から接近戦を挑めばアレで焼き切られてしまう」
「バルカン砲だね。WSFが使っている中でもとびっきりの威力の。
それを喰らっても体はバラバラになると思うわ」
アルベルトの頭の中にトルセの言葉が思い返された。
間違いなく、正しい手順を踏んでこの状況を脱しなければ殺されてしまう!
絶体絶命の窮地に立たされたアルベルト。
こうなったのも全て姉貴のせいだぞ、と呟いて冷静さを取り戻そうとするが、
それでも体の震えは止まってくれない。体も震えて言う事を聞いてくれない。
コレが俗に言う金縛りってヤツか、とどこかに余裕が生存していた彼の脳が呟いた。
そんな事を考えていると、顎髭の所の三枚のパネルが光り出した。
もうじき、三条の光が俺を殺すのだ、とアルベルトは生を諦めた。
「スペード、高くジャンプしろ!」
突然の無線連絡。聞こえてきたのはクーリーの声だった。
その声が聞こえた瞬間、アルベルトを縛っていた金縛りのような感覚は
あっという間に消え去り、彼はジェットパックを噴かせて急上昇した。
ブイィンと顎髭のパネルから三条の光が照射され、
じゅうぅと石畳が焼き切られていくのを眼下に見ながらアルベルトは上昇し続け、
次の瞬間には腹に強烈な衝撃が走っていた。
アルベルトが衝撃の走った腹を見る。そこには機械の腕がめり込まれていた。
その腕を辿っていくと、その先に青い箱が見えた。中にはIIDX筐体とクーリーの姿がある。
クーリー、いや、今はクウだ。アルベルトはそれをおさえつつクーリーとの無線連絡を試みた。
「助けてくれたのか?」
「ああ、まぁそんなとこ。礼ならユ…ログに。
彼女が言ってくれてなかったら君を助けられなかった。
そうだ、ダイヤはどうした?」
「ダイヤ?」
「ダブルエース2、ダイヤだよ。彼女の反応がレーダーから無いんだ。
一体どうした?考えたくないけど、ダメージを?」
クーリーは機体から伸ばしているアームを操作しながら飛行し、アルベルトを自らの機体上部に乗せた。
地面と平行になるよう飛行、一旦戦場から離れて様子を見ていく。
ユールが駆るエメラルドグリーンの機体がライオンと戦っていた。
ライオンの鬣レーザーを回避しつつ、ユールの速射砲が確実にライオンの装甲を削り取っていくのが見えた。
そんな光景を見ながら、アルベルトはクーリーの問いに答えた。
「…いないんだ」
「え?」
「この戦いが始まってから、ダイヤはどこかに消えた。
レーダーを見ても反応が無い。多分、リンク機能(※1)を消したんだ」
※1 ユール達の視覚情報の一つであるレーダーに関する技術。
戦闘機であればそれそのものが、アルベルト達ならば装着しているパワードスーツが有している。
任意でオン/オフの切り替えが可能であるため、アルベルトはこう言った。
(※表示は注釈の常套手段といった所だが、オリジナリティのある注釈の仕方があったはずだと後悔している。
以降、注釈が必要と思われる場面では※表示で注釈をする)
「リンク機能を消したって…どうして」
「知るか。怖気づいてどっかでコソコソやってんじゃねぇの」
「……この無線のコネクティング状態(※2)は一体どうなってんの?」
「オール(※3)。あんな奴知るかってんだ……俺達だけでやっちまおうぜ!!」
ヒャァアッハアアァァーー!!!と雄叫びを上げながら
アルベルトは空高く飛んでいるクーリーの機体から飛び降りた。
途中でジェットパックを噴かせて落下スピードを調整し、手近な建造物の屋上に着地する。
そこはこの日の昼間、ユールとトルセが立ち寄った店だった。
店はもう閉まっており、アルベルトを除いて誰も居ない。というより、居ては色々と困る。
「さて、ここから奴をを狙い撃つとするか」
アルベルトは呟いて素早く建物の縁まで移動、
落下防止の柵にネックを突っ込ませ、全員に無線連絡で今から何処で攻撃するかを伝え、
緑のネックボタンを押さえ、雄たけびを上げながら激しいオルタ奏法で攻撃を仕掛けた。
どんな高難度譜面も真っ青な滝の処理をしているかの如きその勢いの攻撃は、しかし10秒で終わった。
「やべぇ、ペース配分を考えてなかった…」
アルベルトは疲労の蓄積した右腕をさすりながら注意深くライオンの動きを観察した。
自分がどこから撃たれているかは高範囲レーダーで分かっているはずなのである。
それならば、先刻の隠れながら背後を奪う作戦は無駄だったじゃないかとアルベルトは後悔した。
数秒もしない内に、ライオンの顔がユールの機体からアルベルトへと向けられた。
鬣が光る。アルベルトはそれを見、自分が今立っている所は建造物の屋上であるという確認をし、
それでも直ぐに柵を飛び越えて飛び降りた。直後に爆音が響き、一条の光が柵を大々的に破壊した。
パワードスーツの効果によって着地時の衝撃を殆ど受けることなくして
アルベルトは先程までいた建造物の、その入り口前に着地した。
彼から見て一時方向に約20メートルの所にライオンはいた。
ライオンの鬣だけが動く。アルベルトは噴水を盾にするかのようにして立ち回り、城壁側へと移動した。
爆音が響き、視界の端が青白く光り、何かが壊れた音がするのを知覚しながらアルベルトは走り続ける。
どうにかしてライオンの背後を取って決定打を与えなければ、間違いなく負ける。
振り返って噴水がどうなったか確かめる余裕なぞない。
アルベルトは物凄い焦燥に駆られていた。
「スペード、私が奴の注意をひきつける!
その間にどこか離れた所でドカンと一発お願いね!!」
ユールがオールコネクティング(※3)の状態で話しかけてきた。
アルベルトは「オッケ!」とだけ返し、ジェットパックで高度を上げ、素早く城壁の上に立った。
※2…ユール達の使う無線は、特定の人物のみに絞って意思疎通が出来る代物である。
コネクティング状態には、オールコネクティングか○○(コールサイン)コネクティングという2種類がある。
※3…オールコネクティングは、全員に無線連絡をするという事を指す。
○○コネクティングは、その特定の人物のみと無線連絡する事を指す。
オールコネクティングにするには、通信状態を全くいじらなければそうなる。
アルベルトはネックボタンを押さえないで激しくピッキングした。
そうする事で次の攻撃の威力が上がっていく。この武器はそういう風に出来ている。
5秒間も16分間隔のバーを処理する勢いでピッキングすれば、最大威力までチャージできる。
その5秒の間、ユールは上空からライオンに向けて攻撃を仕掛けていた。
右の速射砲が発射。
左の速射砲が発射。
それが繰り返され、左右で連射。
ライオンの全ての鬣が光る。
ユールの機体が激しく回転しながらライオンの頭上を瞬間的に移動する。
その間も左右の速射砲が絶え間なく弾体を射出している。
ユールの機体の軌跡を追うようにしてレーザーが照射される。
顔を動かすだけでは対処しきれない。
レーザーを照射しながらライオンが体を捻らせジャンプする。
ライオンの姿勢が空中で仰向けになる。
その直後、ユールの機体の右側から放たれる弾がライオンの腹に吸い込まれるようにして飛ぶ。
速射砲の発射音。弾体の着弾音。命中部からの爆音。
爆発が収まりライオンの腹が見える。少々焦げ付いている。
ライオンに埋め込まれているガトリングガンがユールの機体を向く。
ガチッと何かの音。直後にバララララと五月蝿い銃声。
ユールの機体が一気に急降下しながらライオンの真横を通り過ぎる。
その間、何発かの銃弾がユール機をかすめる。
微々たるダメージだとユール機のAIが判断。
アードは使わない。し、もう遅い。
ユールはライオンの攻撃をやり過ごし、最高速でこの場を離脱した。
そんな様子を見て、そしてユールがライオンに隙を作ってくれたことに感謝した。
ユール機が飛び去った方向は城壁とは正反対の方角だったのだ。
そして、ライオンはユールを追いかけるためにその方角へ走っていく。
一切の迷い無しにアルベルトは緑のネックボタンを押しながらピッキングした。
ビイイヤアオオォゥンッッ!!!とこれまでのレーザー発射音とは比べ物にならないほどの
途轍もない爆音がアルベルトの鼓膜を大きく刺激し、そして緑の図太く大きなレーザーが
ライオンの背中を直撃、辺り一帯に緑色の爆風を展開させた。
「スペード、やったね!」ユールからの無線だ。
「あぁ、ログのお陰だ。恩に着るぜ」とアルベルトが返す。それに割り込むようにクーリーが言った。
「皆、あのライオンの背中から機械的なものが出てきた。
…あれ、装甲か何かか?よく分からないな……というか、だらしなく横になってる」
「何か、あのライオンピヨってねぇか?よし…叩くなら今のうちだ!!」
アルベルトの呼びかけにユールとクーリーが「オーケイ」と返し、
そして三人は動きを止めた銀に光る機械部分を丸出しにしたライオンとの距離を詰めていった。
196 :
旅人:2009/08/21(金) 01:11:49 ID:DYSvyKCu0
いかがでしたでしょうか?これにて今投下は終了です。
今回、機械仕掛けのライオンが出てきましたが、いかがでしたでしょうか?
僕自身としては、ライオンの動き、ユール達の動きの表現とか
周囲の情景描写に物足りなさを感じています。作者自身がそう思うのだから、ダメダメです。はい。
そこで!ここで皆さんのお力をお借りできればと思います。
「ここの書き方が悪い!」とか
「ここをこういう風に書いてみたら?」とか
「あれって何かおかしくね?」とか
「そこは何か矛盾しているような…」とか
そういったアドバイスは、今まで大きな助けになっているのですが、
出来れば、これまで以上に良いものを書きたいと思うんです。
よろしければ、どうかご協力をお願いします。
それではこれにて。今回も読んで頂きありがとうございました。次回をお楽しみに!
まとめてですみませんが、職人の皆さん投下乙ですー
下がってきたようなので、ageておきますね。
>旅人さん
毎度お疲れ様です。
それでは、せっかくなのであなたの作品に対して思うところを
ちょっとだけ述べさせていただこうかと思います。
まず描写について、回想の観覧車のシーンが叙情的に、上手に書けていて印象的でした。
ライオンとの戦闘シーンも、迫力と熱気があって面白く読みました。
問題点。アドバイスになるかわかりませんが、可読性の低さを改善されるといいかもしれません。
「>状況描写の物足りなさ」を言われていますが、
様々な用語、複雑な例え話が次々に出てくるので文章が難解になり、読むのが結構大変なのです。
そのため今回の戦闘シーンのスピード感も少し損なわれている感じがしました。
(旅人さんは、勢いのある情景描写が上手に思うのでとりわけ残念です)
武器や状況などの細かいディティルは、じっくり読めば個性であり魅力的なところなのですが
詰め込みすぎのため繁雑で冗長な印象になり、読みづらく、もったいなく思います。
「なんだったっけ…」とわからない、またはすでに忘れてしまった言葉や設定が出るたびに、
読みつまづいてしまうのです。
なので、文中における説明の順序をもう少し練りこみ、シンプルにしてみてはどうでしょうか。
たとえば「思い出した」「だったかもしれない」というような推測のフレーズがあると
読み手は事実関係を見失い、混乱します。
このような表現は一種の趣あれど、不親切とも言えます。
説明をうまく文中に織り込めないのならば、
「※」を使うのを避けられる程度に設定を単純化させるのもいいかもしれません。
(細かいディティルはSFの醍醐味かもしれませんが…)
良いアドバイスができなくてごめんなさい。
しかしこの膨大で複雑な設定について、おかしいところや矛盾点を指摘することはなかなか大変です。
「ぐいぐいひき付けて読ませる」文章を期待しています。
すごく頑張ってるのが伝わってきてます。続き頑張ってください!
さて、自分のことを棚に上げまくっていろいろ言ってしまいましたが、
トップランカー殺人事件の方も進めて参りたいと思います〜
「あり得ますね」
杏子はただそれだけ言って、グラスに手を伸ばした。
「本当に?」
乙下は念を押してみた。
杏子はすぐには答えず、まずアイスティーを口に含み、
味わうようにゆっくりと飲み込み、グラスをテーブルに置いて、それからようやく答えた。
「あり得ます」
「また『理屈の上では』とか言い出さないよね?」
「言いません。純粋に、今の話はあり得ると思います」
乙下は安堵のため息をついた。
「そいつは嬉しいね」
「今の話を裏付ける事実がいくつかあります。
例えば貴方の予想通り、BOLCEさんはプレイ回数を非表示に設定していました。
それに、BOLCEさんは早くゲームを始めたいから、
いつもプレイデータ画面なんてさっさと飛ばしてしまいます」
「てことは、IDが違っているくらいじゃ
イーパスをすり替えられていたとしても、簡単には気付かないってことだね?」
「もちろん絶対に気付かないとは言い切れません。
ですが、気付かない公算は大きいでしょう」
杏子が再びグラスを口に運ぶ。
反動で、汗のような大粒の結露がぽたりとコースターに垂れた。
ここのところ、毎日のようにこの喫茶店に来ている。
今日に至ってはこれで二回目。
それでなくとも午前にたった二杯のコーヒーで長時間粘ったばかりなのに、
今また乙下と杏子は店の一角に陣取っている。
すっかり店員に顔を覚えられてしまってるような気もしたが、
乙下はそんな肩身の狭さをはねのけ、杏子との会議に腰を入れることにした。
「トイレに行きます」
杏子が恥じらう様子もなくいきなり言うものだから、乙下は反応に困った。
「……どうぞ、ご自由に行ってらっしゃい」
「私ではなくて、BOLCEさんです。
BOLCEさんはいつもトイレに行ってました」
「そりゃトップランカーだってトイレくらい行くだろ」
「そういうことではなくて。
BOLCEさんはシルバーから帰る時、いつもトイレに寄ってから店を出るんです。
習慣として身についていたんです。
もし1046さんがイーパスをすり替えるチャンスを狙うとしたら、この時です」
「確かな話か?」
「ええ。BOLCEさんはシルバーの常連の皆さんから信頼されていましたし、
同時に常連の皆さんを信頼していました。
ですから、トイレに行く時はバッグをデラ部屋のベンチの上に置きっぱなしです。
イーパスの入った財布もそのバッグの中。
1046さんはその行動パターンを知っていて、上手く利用したのではないでしょうか」
「……ナイスだ。そういう情報を聞きたかったから君を呼んだんだ」
これは本音だった。
乙下は今、杏子へ推理を披露しているつもりはない。
乙下は今、杏子と共に推理を組み立てていた。
乙下が見つけ出した、今にも崩れ落ちてしまいそうな一本のか細い橋。
それを杏子が踏み固めながら、向こう岸を目指して少しずつ、少しずつ歩く。
そんな作業だった。
「ただし」
杏子は重たそうに口を開いた。
「ただしこれは、あくまでプレイデータ画面だけなら
BOLCEさんの目を誤魔化せるかも知れないという話です。
いざゲームが始まってしまったら、さすがにもう騙し通すことは無理だと思います」
「そうかな?意外と騙せるかもよ?」
乙下は試すように聞き返す。
しかし杏子も試すような口調で切り返した。
「貴方はBOLCEさんのスコアに対する執念を知らないからそんなことを言えるんです。
知ってますか?
BOLCEさんは、あらゆる曲の自己ベストスコアを完全に記憶しているんです」
驚くべき事実だった。
「何百曲もあるのに?」
「単純な曲数だけでは語れません。
中には今作になってからまだプレイしていない曲もありますし、
一つの曲でもNORMAL・HYPER・ANOTHERと三譜面あります。
ですけど、いずれにせよBOLCEさんは一度プレイしただけで
その譜面で何点取ったかを必ず覚えてしまうんです。
信じられないかも知れませんが、本当にそうなんです。
これが何を意味するか分かりますか?」
分からないはずがない。
もしBOLCEが本当に全曲分のスコアを覚えていたとしたら……。
「貴方の推理は想像がつきます。
選曲BGM、レーンカバー、フレーム……そういう『見た目』の部分なら、
携帯サイトのカスタマイズを使えば、簡単にBOLCEさんと同じ設定に変えることができます。
1046さんはそれを利用して、BOLCEさんの目をかいくぐった、と」
「おっしゃる通り。俺はそう考えた」
「……ですが、話はそう単純ではありません。
選曲画面になった段階で、
あらゆる曲のベストスコアとクリアランプがBOLCEさんの目に入ります。
その時たった1点でも記憶の中のスコアと違っていたら……その瞬間に間違いなく全部バレます。
ですからこのトリックを成立させるためには、
1046さんはあらかじめ全ての曲のベストスコアとクリアランプを
BOLCEさんと同じ状態にしておかなくてはならないのです。
そんなこと、現実的に可能ですか?」
乙下は即答した。
「無理だね。絶対に不可能だ。
そもそもベストスコアを上げることはできても、下げることはできない。
元から1046がBOLCEに勝っていた曲は、偽装工作のしようがない」
「でしょう。
やっぱり、このトリックには無理があったんです」
乙下は両手を首の後ろに回し、天井を見上げ、うなるように言った。
「驚いたな。BOLCEは全ての曲のスコアを覚えていたのか。
いや、本当に驚いたよ……ここまで俺の想像した通りだとはね」
「え?」
意外そうな声を発した杏子に向き直り、乙下は腕を組んだ。
「杏子ちゃんの言うように、もしベストスコアやクリアランプを
BOLCEに見られたら、1046の計画は一瞬でおじゃんだ。
だから1046は先手を打った。
見られてまずいものなら、見られないようにしておけばいい」
乙下の真意が掴めないのか、杏子は黙って次の言葉を待ち構えている。
「何を言いたいかってさ……ま、これを見れば一目瞭然さ」
乙下は例によって、使い古されたA4用紙をポケットから取り出し、テーブルの上に広げた。
START = 10:27, END = 10:39;(山岡コース MAX-17)
START = 10:40, END = 10:52;(山岡コース MAX-11)
START = 10:52, END = 11:03;(山岡コース MAX-8)
START = 11:04, END = 11:16;(山岡コース MAX-14)
START = 11:17, END = 11:29;(山岡コース MAX-8)
START = 11:30, END = 11:42;(山岡コース MAX-9)
START = 11:43, END = 11:55;(山岡コース MAX-6)
「あ……!」
まさに百聞は一見にしかず、だった。
言葉に頼らずとも、乙下の考えがすんなりと伝わったようだ。
「だから……だから、EXPERTコースだったんですね……」
乙下はそっと頷いた。
『EXPERTモードには選曲画面がない』。
選曲画面がない以上は、BOLCEがベストスコアやクリアランプを目にしてしまうおそれもない。
1046がこれを利用しない手はなかった。
1046は極めて巧妙にBOLCEの心理を手玉に取り、
『BOLCEがEXPERTモードだけを選ぶよう仕向けた』のだ。
「もし俺の考えが正しければ、
BOLCEは極度の負けず嫌いだった……特に1046に対しては。そうだね?」
杏子もそっと頷いた。
「おそらく1046は、山岡コースHYPERでBOLCEに勝負を挑んだんだ。
するとどうなるか……二人をそばで見てきた杏子ちゃんなら分かるだろう?」
杏子の顔色をうかがうと、彼女はなにやら遠くを見る目をして語り出した。
「以前にも何度かあったんです。
1046さんが何かの曲で物凄い高スコアを取って、それをBOLCEさんに自慢すると、
決まってBOLCEさんは死に物狂いで抜き返そうとするんです。
それこそ、しばらくは他の曲を選ばなくなるほど集中していました」
「それだ。今回もそのパターンだ。
『山岡コースのHYPERで全一を取ったぞ』『お前には絶対に抜かせるわけがない』。
そんな風に挑発されたら、負けず嫌いのBOLCEは脇目も振らず山岡コースに粘着し続ける。
そうなることを1046は見越していたんだ」
杏子はテーブルに両肘をつき、頭を抱え込むようにして俯いてしまった。
「ひど過ぎます。最低です。
ただひたむきに努力してただけなのに、
そんなBOLCEさんの気持ちを利用して、踏みにじって、あんなひどい殺し方をして……」
杏子は声を震わせもせず、淡々と言葉を漏らした。
かと思うと、その姿勢のまま何も言わず固まってしまった。
一体どんな表情をしているのかちょっとだけ気になったが、
乙下は俯く杏子を覗き込むような真似はせず、ただそっとしておいた。
やがて杏子は顔を上げた。
「トイレに行きます」
けろりとした顔でけろりと言うものだから、乙下はまたまた戸惑ってしまう。
「BOLCEが?」
「いえ、私が」
「……どうぞ、ご自由に行ってらっしゃい」
杏子は返事もせず席を立ち、喫茶店の奥まった場所にある小部屋へと消えた。
乙下は一度大きく体を伸ばし、
なんとなく体の疲れを押しのけたつもりになりつつ、空気に電話をかけてみた。
「もしもし、空気?」
『ももも、もしもし』
またどっと疲れた。
「お前、俺をバカにしてんの?」
『してないしてない、してないっす』
「その割にはフザけた態度だな」
『違うんすよ。ホントなんて言えばいいんでしょうね、大変なことになりました』
空気は変に動揺している。
「どうした?別に上手くいかなくたってそんなに気に病まなくても」
『いや、だから違うんすよ。予想より上手く行っちゃったんすよ』
「マジで?」
『先輩の言う通りになって調べてみたら、それらしい痕跡を発見したんです。
もしかして、1046が犯人であることを示す決定的な物的証拠になるかも知れません』
今度は乙下が動揺する番だった。
「ちょっと、それ本当だよな!?お前、それが本当だとしたらすごい手柄だぞ」
『ですよね……ど、どうすればいいですか?』
「どうすればって」
ちょうど杏子が戻って来るのが見えた。
「俺は俺でやることがあるから、この件はお前に任せるよ。
はっきりと分かったらまた連絡頼む」
『ちょっと、せんぱ……』
杏子が腰を下ろすと同時に、乙下は電話を切った。
「空気さんですか?」
「うん。なんで分かったの?」
「なんとなく」
「ふーん」
杏子は椅子を引いて、姿勢を正してから言った。
「……ところで、さっきの話をよく考えてみたんですけど。
やっぱりなんだかおかしくないですか?」
「どうして?」
まだ収まらない動揺を掻き分け、
なんとか気持ちを切り替えようと努めながら耳を傾ける。
「矛盾しているんです。
もしさっきの貴方の推理が本当だとすれば、
1046さんはBOLCEさんに勝負を挑む前に、下準備としてAKIRA YAMAOKAコースをやり込んで、
BOLCEさんでさえも簡単には抜けないようなスコアを出しておく必要があります」
「だね」
「でもそうすると今度は、そのスコアが原因で自分のカードではないことが
BOLCEさんにバレてしまいませんか?
だって、例え選曲画面を見られる心配がなくても、
プレイ中のグラフやリザルトには結局その曲のベストスコアが表示されるんです。
つまり、このトリックでBOLCEさんを騙すためには、
『AKIRA YAMAOKAコースの五曲だけはBOLCEさんと同じスコアにしておく』必要があるはずです。
これ、どう考えても矛盾しています」
乙下はコーヒーをすすりながら、軽く肩を上げた。
「うん。一見すると不思議な話だよね。
1046はBOLCEより高いスコアを出しておかなければならないのに、
それと同時にBOLCEと同じスコアを出しておかなければならない。
確かに、この二つは矛盾しているように見える」
「矛盾しているように見えるって言いますか、明らかに矛盾しています」
気張って指摘する杏子に対し、乙下は事も無げに言ってみせた。
「矛盾はしない。
あるトリックを使えば、簡単にこの二つを同時に成立させてしまえるんだ」
「これにも何か仕掛けがあるんですか?」
「その前にちょっと考えてみてほしい。
『どうして1046は数あるEXPERTコースの中から山岡コースのHYPERを選んだのか』。
その理由が分かるかい?」
杏子は十秒ほどの間、目線を斜め上に向けて考える素振りを見せたが、
すぐに首を横に振って降参した。
「分かりません……でもそれ、今の話に関係あるんですか?」
今度は乙下が間髪入れずに首を縦に振った。
「関係大ありさ。
1046がAKIRA YAMAOKAコースのHYPERを選んだのには『三つの理由』があった。
全てはこのトリックを作り上げるために、必要不可欠な理由だったんだ」
to be continued! ⇒
今週はここまでです。
次回でいよいよ第五話は終了し、色々とヤバい第六話へと繋がっていくことになります。
関係ないけどこの小説を書くのにコーヒー飲み過ぎて俺の体調もヤバい。
それでは、また読んで下さいませ。
とまと氏更新乙です。
いよいよ核心に迫ってきた感…次は「ヤバい」6章ですか…。
空気の手柄の方も気になる。
続き待ってます〜。
>>205 投稿お疲れ様です。
むう、なかなかじらしますねえ…
これは早く続きが読みたいですね。
制作、頑張ってくださいー
おぉ、トップランカー殺人事件なかなか面白いとこですな。
1046がカード2枚作るってのはだめでつか(´ω`)
急がなくていいんで続きがんばってください〜
209 :
旅人:2009/09/04(金) 09:56:43 ID:yReN+xzk0
>>とまとさん
投下乙です!三つの理由って何だ…?ちょっと考えてみます。
そしてアドバイスありがとうございます!
もう少し見やすく書けるよう努力しようと思います。
あと、お身体の方は気をつけて、続き頑張って下さい。
今日は、旅人です。色々あってこの時間の投下になります。
今回は長丁場の投下になります。
とりあえず、今回でライオン編は終わります。
それでは本編を投下します。よろしくお願いします。
2999/12/25/20:21 カーニバル第一ブロック
ユール、クーリー、アルベルトの三人の活躍により、機械仕掛けのライオンがついにひれ伏した。
プシュ!プシューッ!とライオンの中の機械が嫌な音を立てる。
しばらくして、ライオンの体内からから何かが爆発する音が何回も聞こえた。
恐らく、これによってライオンはもう動く事は出来ないだろう。
私ならそう予測を立てる。ここまで内部破壊が進んでしまえば、
恐らくは精密機械が駄目になっているはずだからだ。
ユールが遠く離れた上空から何回も赤ボタンを押した。
一回目の打鍵でレールガンが現れ、二回目以降の打鍵で弾体が射出される。
それらの弾体は全てライオンに直撃する。体のあちこちが損傷し、機械部分をむき出しにしていく。
脚に当たれば金属の関節機関部が、顔面に当たれば金属の骨が露わになっていくのだ。
ユールの赤ボタンの打鍵は9回で打ち止めになった。
無線連絡で次にクーリーがライオンに接近して攻撃する旨をオールコネクティング状態で伝えたからだ。
クーリーが地表10メートルの高さまで急降下、ライオンの真上に上がる。
攻撃モードをSPモードからDPモードに変更、1Pサイドがノーマル、2Pサイドをハイパーにする。
これによって機体の左半分からはエネルギーバルカンが、右半分からはエネルギーライフルが放たれる。
エフェクターバーによって威力を半分程度に抑えていたが、
それでも地に伏せ続けるライオンにダメージを与えるのには十分だった。
クーリーの射撃が終わり、いよいよアルベルトが止めを刺す事になった。
ネック部をライオンの頭部から露出したメインコンピュータに突き立て、フィニッシュを決めるのだ。
「さーて、やっと一体目が終わりか。オイ姉貴、俺が手柄全部持ってくからな!」
意味があるかどうかは別にして、とりあえずアルベルトは叫んだ。
つかつかと歩いてライオンに近づき、頭の前で立ち止まり、左足で露出するメインコンピュータを踏みつけた。
両耳のレーダーの事が気になったが、ここさえ壊してしまえば、もう勝負はつくのだ。
アルベルトはそう思い、ギターを思い切って空高く掲げた。
彼の闘争心が叫ぶ。
これで止めを刺す! ネックを突き立てて思いっ切りオルタしまくってやる!!
だが、アルベルトは止めを刺せなかった。
躊躇いがあったわけではない。あのライオンを破壊する気は十分にあった。
アルベルトがギターのネック部をライオンの頭部に突き立てようとしたまさにその時の事だ。
ぎいいぃと金属の軋む音がアルベルトの鼓膜を刺激した。
それの意味するところは、この状況下ではたった一つしか考えられない。
ライオンの運動性能はまだ完全に失われていないという事だ。
「まずい!」
アルベルトはそう叫びつつ後ろを振り向き、ジェットパックで急上昇してライオンからの離脱を図った。
ライオンはその場にいた誰の想像も遥かに上回る俊敏さで立ち上がり、
上昇して離脱していくアルベルトに向けて胸部を向けた。直後に埋め込まれたバルカン砲が火を噴く。
アルベルトは上昇して直ぐに建造物の屋上に移動していたため、
ライオンとの位置関係によりそれの弾を喰らう事は無かった。しかし、彼の顔は次第に歪んでいった。
「畜生、もう少しで倒せそうだったのに!!」
アルベルトがそう叫んで数秒後、無線でユール、クーリーの驚きの声が聞こえた。
勿論、ライオンが起き上がって攻撃を仕掛けた姿を見て、である。
しばらくアルベルトが攻撃回避のため身を潜めていると、ライオンの撃つバルカン砲の轟音が止んだ。
これを好機と捉えたアルベルトは直ぐに落下防止の柵に体を預けるような姿勢を取り、
いつでも飛び降りて攻撃できる準備を整え、すぐに飛び降りた。
しかし、彼の「ライオンは攻撃してこない」という読みは全く外れていた。
「鬣が光ってる!?」
ライオンの攻撃はまだ手の止まる事は無かったのだ。
バルカン砲を撃つのを止めた訳がアルベルトには分かった。単純な、簡単な罠だったのだ。
攻撃の手を緩めたと思わせ、おびき寄せる。簡単な作戦である。
あいつらは、と思って上を見る。クーリーもユールも近くの空にはいない。
残念な事に、二人の助けは期待出来そうになかった。
「クウ、アルがやばい!」
ユールはクーリーに無線で叫んだ。
直ちに自分が向かってライオンに向けて攻撃を仕掛けようと考えたが、
ライオンとの距離を考えるとどう頑張っても間に合わなそうだ。
最新鋭の戦闘機、それを支援するこの機体。そんな機体で間に合わないはずが無いのだが、
戦闘の素人であるユールにはやはりというべきか、こんな緊急事態に対応しきる事は出来なかったのだ。
その証拠に、アルベルトを「スペード」と呼ばずに「アル」と言ってしまっている。
ユールからの無線を受け取ったクーリーは、自分もどうする事も出来ないと悟っていた。
距離が遠いのだ。この距離、およそ700メートルを急接近するならコンマ一秒もかからない。
常識では考えられないレベルでの急停止、急旋回、急加速が出来るこの機体をもってしても、
そのコンマ一秒でアルベルトの命の行方が決まってしまう事を悟ってしまったのだ。
そう、アルベルトが助かるはずがなかった。誰もが彼の死亡を確信していた。
瞬き一つすれば、その瞬間から彼の命は消え去ってしまうはずだったのだ。
しかし、いや、そこはやはりというべきだろうか。
彼の命は失われなかったのである。それどころか、どこからか放たれた極太のレーザーが
ライオンの左耳に直撃、そこから黒煙が上がっていたのだ。
半壊した体で転がりまわるライオン。、まるで生きているそれが苦痛のあまりのたうち回るようにも見える。
アルベルトの持つギター型の銃器独特の銃声が遅れて響く
そのしかし、アルベルトの手にピックはかかっていない。
彼でないならば、もう一人しかいない。彼から見て左、そこから銃声が聞こえて……
「ゴメ、待たせたね!」
何が起きたか分からない様子のアルベルトの耳にオールコネクティング状態で少女の声が聞こえた。
アルベルトの耳にも、ユールとクーリーのそれにも聞き慣れた声であった。
「まさか……姉貴?」
「アリスなの!?」
「戻ってきてくれたか…」
上からアルベルト、ユール、クーリーの順でそれぞれの言葉が飛び交った。
その後、アルベルトが安堵の表情を見せる。
「よかった、てっきり姉貴が逃げ出したんじゃないかと…」
「馬鹿、アレよアレ。『敵を欺くにはまず味方から』っていうでしょっ……って、アル危ない!!」
「え?」
アルベルトは後ろを振り返った。
振り返ると、のたうち回っていたライオンが体勢を戻していたのが見えた。
アルベルトは咄嗟にギターを構えてバックステップして距離を取ったが、
それでもライオンの前面に存在する危険領域から抜け出せなかった。
ライオンの鬣は光らず、両前足を挙げてライオンの腹がアルベルトの方を向く。
埋め込まれているバルカン砲が、体の細い月の光を鈍く反射する。
「上昇しろ!!」
クーリーの声だ。
アルベルトはもう一度バックステップし、
地に足がついていないタイミングでジェットパックを噴かした。
アルベルトの体が急上昇する。
ライオンのバルカン砲が火を噴く。
初弾がアルベルトの足下1メートルの所を飛ぶ。
なおも上昇。
アルベルトの頭上後方にはクーリーの搭乗する青い箱が高速で飛来してくる。
青い箱の下方から機械腕が伸びる。
バルカン砲の18発目の弾がアルベルトの足下60センチメートルの所を飛ぶ。
アルベルトが上昇してから一秒が経過。
クーリー機とアルベルトとの距離、約20メートル。
アルベルトが上昇しながらライオンに向けて連射。
バルカン砲の24、27、30発目が相殺される。
バルカン砲の33発目の弾がアルベルトの足下20センチメートルの所を飛ぶ。
アルベルトが体育座りをするような姿勢に入る。
それに合わせてアルベルトの飛行傾斜角が前方に10度近く傾く。
クーリーがそれに気がついて進入角度を微妙に変える。
バルカン砲の42発目の弾がアルベルトの足下16センチメートルの所を、
47発目が12センチメートルの所を、55発目が5センチメートルの所を飛ぶ。
あと5発でアルベルトが最初の被弾。その一発が致命傷たり得るであろうと予測。
着弾まで残り4発。3発。2発。1発。着弾。貫通。
アルベルトの右足に強烈な痛みが走ったのと、
彼の体がクーリーの機体から伸びる機械腕によって抱えられたのはほぼ同時だった。
そしてその時、アルベルトが喰らったダメージの様子を完全に把握した者がいた。
「アルの右足……穴が、開いてる……?」
その人物とはユールのことだった。
彼女はHMD越しに得ている視界を操作し、アルベルトの姿をズームアップして見ていた。
オールコネクティングでクーリーがアルベルトに二度目の同じ指示を出したのも聞いた。
それを受けたアルベルトが背中のリュックのような物を噴かせて上昇したのも見た。
ライオンがバク宙しながらバルカン砲を撃っていたのも見た。
クーリーが自機の下方から機械腕を伸ばしてアルベルトを回収しようとするのも見た。
そして、機械腕に抱えられたアルベルトの右足が大きく跳ね上がったのが見えた。
跳ね上がった右足から赤黒い液が飛び散る。明度が低いために黒く見えたのかもしれない。
その後、アルベルトの右足にはバルカン砲の弾丸が形作ったトンネルがあった。
直径1センチメートル程度のトンネルの完成祝いの代わりのように、大量の血液が流れ始めていく。
「うああああぁぁぁぁぁああああ!!!!」
その叫びには「痛い」という意思表示は込められていなかった。
痛い、よりも畜生、という思いがアルベルトが被弾後に抱く思いであった。
私ならば「凄く痛い」とか「もう戦えねぇ」という気持ちを最初に抱く。
右足に綺麗な穴が開いてしまうのだ、これで真っ先に「畜生」などと思えるだろうか。
アドレナリンが放出されると痛みが感じなくなると言われるが、これはそういう問題であろうか。
右足に穴を穿たれたアルベルトは、クーリーの機体に吊り下げられながらある行動を取っていた。
「姉貴、どうやってあのレーザーって撃つんだよ?」
「え?チャージショットだけど。っていうか、アンタ撃たれたよね!?」
「大丈夫だ。でもな、俺も撃ってみたけどあんなレーザーにはならなかったぞ!」
「ホントだって。試しに30秒位溜めてみたら?そしたら撃てるかもしれない
それよりアンタ大丈夫なの!?どうなのよ!!」
「大丈夫な訳ねーだろ!溜める時間と共に威力は比例して上がり、果ては無いのか…
じゃあ最大威力とか何だってんだよ…5秒とかよ・・・まぁいいや、分かった。ありがとな!
はやいとこ仕留めて、治療しなきゃまずいからな!!」
アルベルトはアリスにショットの仕方について尋ねていた。
勿論、この間にも彼の右足からは血が流れ続けている。
クーリーの機体が通った軌跡の真下には赤い線が描かれていく。
そんなことはお構いなしに、アルベルトはネックボタンを押さえず、ただひたすらにオルタしていた。
「まずいな…おい、聞こえてるか!?」
カーニバル上空。上空とはいってもユールとクーリーのいる高度を遥かに超えた上空なのだが、
そこには何も無い。いくら双眼鏡でどこに目を凝らしても何も目に入らない。
どれ程高性能なレーダーで探索しようと、その高度には何も映らない。
だが、そこには確かに空中管制機一機が存在していた。
10人程度のスタッフを乗せ、そのスタッフの一員として奮闘する者の中にアヤがいた。
彼女はこの空中管制機「フェニックス」にて同機の操縦、無線通信役、副司令官を買って出ていたのだが
アヤの担当は戦闘機である。航空部隊のエースだ。指令役は過去に経験は無い。
「おい、返事しろ……ルセ!」
アヤは先刻のアルベルトの被弾の件を、彼女の隣に座る観察役のスタッフから聞かされたのだ。
それをトルセ、いや、今は特殊部隊「ルーズ」のルセに連絡しようとした。
ルーズの二人はターミナルタワー深部にいるため、外の様子を自分たちで知る事が出来ない。
それ故に、ルセはアヤにフェニックスを通して外の様子を逐一伝えるように頼んだのだった。
だが、戦闘開始と共にルセがそれを告げたきり、ルーズとは連絡が取れなくなってしまった。
言い変えてみれば、ターミナルタワー深部にあるWSFカーニバル基地との連絡が
一切取れなくなってしまったということになる。
アヤは観察役にターミナルタワーに外見上の異常は無いかと尋ねたが、一切無いと返されてしまった。
となると、考えられる可能性としては次の二つが挙げられる。
・フェニックスの通信システムに異常が発生した。
・カーニバルタワー深部に何か異常が発生した。
前者の可能性は無い、とアヤは踏んだ。
何故なら、フェニックスには同じシステムを幾つも積んでいるので、
一つが駄目になってもスペアがいくらでもあるからだ。勿論、これはフェニックスに限った話ではない。
カーニバルタワー深部の基地も同じような体制を取っている。
ならば、システム異常以外の何かが基地に発生したとしか考えられなくなる。
コンピューターウイルスがどこからか流入したか、それとも局地的な停電が発生したか。
一体何が起きているんだ、何を手こずっているんだ、とアヤは相当苛立っていただろう。
どういう訳か、システムに異常は見られないのにも関わらず、戦闘中の四人にも一切連絡がつかないのだ。
回線が切れているのか、そこはよく分からない。技術班も首をかしげるばかりだ。
ただ、ターミナルタワーに呼び出しをかける事は可能という不可思議な事態が発生していた。
これでは四人にどういう作戦でもって戦えばいいかをアドバイスできない。
ターミナルタワーの基地にも今の状況を伝えられない。アヤ達の役目はどうしても果たす事が出来ない。
自分のせいでないのに、自分の仕事を満足に出来ない事は、誰にとっても心理的な苦痛であるに違いない。
アルベルトが被弾して30秒前後が経過し、
ようやくフェニックスとターミナルタワー、戦闘中の部隊との相互連絡が可能になった。
原因不明の通信不能状態の原因をフェニックスが基地に問う。
アヤが席に着きながら、無線を使ってルセに連絡をオールコネクティングで取る。
「おいルセ、一体そっちではどうなってる!?」
「分からないのよ…いきなり回線がダメになったかと思ったら
ついさっき突然回復したし…どうなってるの?」
「それを聞いてるんだよ……あぁそうだ、私の事はイロンって呼んで」
「イロンね。分かった。それで…システムには異常は見られないの。
となると、考えられるのはコンピュータウィルスくらいしか考えられない」
「ウィルスか……となると、送ったのは総帥?」
「でも、ここのセキュリティのデータは他に漏らしてないし、本部にも届けてない。
ガードを破るまでには相当な時間がかかるはずだし、
そうしている内に発見されて、ハッキングしてウィルス流入は無理だと思うんだけど」
「そうなんだよな…いや違う、それより重大な事態が発生した!」
「何?あ、そっちのカメラからの中継のデータが来て…え?スペード、彼はどうしたの?」
「見て分かるだろ!?撃たれたんだよ!!」
「そりゃ分かるわよ!いいわ、とにかく彼を呼び戻して!こっちで治療を…」
ルセが「受けさせる」と言いかけたその時、何か風を切る音が無線に割り込んだ。
ひゅおおぉ、と轟音が響いている中、その中に一人の男の叫び声が混じった。
「待ってくれ!奴に止めを刺してからだ!!」
アルベルトの声だった。
「アンタら、奴の背中にダメージを与えればぶっ壊せるって言ったよな!?」
「一応、背中が弱点だとは言ったけど…」
「じゃあなんで動きだしやがった!おかしいだろ!!」
「…別の方法で止めを刺すしか道はなさそうだな。
スペード、並びに戦闘中の全部隊員に告ぐ。
奴に決定的なダメージを与え、活動を停止させろ!」
了解!とユール達四人の声が同時に響く。
そして直ぐにアルベルトがルセとイロンに言った。
「それは分かったけどよ、奴を完全に破壊するにはどうすればいいんだ?」
「今、頭部のメインコンピュータが露出しているのが見えるな?」
「あぁ、見える」
「そこに攻撃を集中させろ。ログ、お前は特殊兵装で奴の動きを封じろ。
クウ、お前は奴の頭部を攻撃して露出範囲を拡大させろ。
ダブルエース、お前達は航空部隊が作ったチャンスを存分に活かせ!
これで作戦の伝達を終える!スタート!!」
イロンの叫び声が全員の耳を劈く。
しかしそれでも各メンバーは素早く行動し始めた。
最初にユールがライオンの攻撃を惹きつけ、急上昇してレーザーを避けたり、
バルカンをライオンの周囲を高速で回り込んで射線からずれるなどの回避行動を取りつつ、速射砲でダメージを与えていく。
そんな一連のやり取りが始まって10秒ほどが経ち、ライオンが再び地に伏せた。
ユールはすぐさまバインドレインを撃つ。ユール機から黄色の氷柱のような弾が飛ぶ。
ライオンの体に着弾、そのまま貫通して石畳に突き立つ。
黄色の氷柱の雨がライオンに降り注ぎ、弾体が杭の役割を果たし、ライオンを動けなくさせた。
「オーケイ、次はクウ、頼んだよ!」
ユールがオールコネクティングでクーリーに声をかける。
「任せといて!」とだけ返し、クーリーが動けなくなったライオンに突っ込んでいった。
「さて…とどめの一撃、試してみるかな」
クーリーはそう呟きながら譜面難度をアナザーに変えた。
ライオンから20メートル離れ、高度は200メートルまで取る。
僅かなローディングののち、筐体の画面にメッセージが流れた。
「『音声コードを受付中』って何だ?ルセ、これは一体…」
「クウ、剣の声を通して筐体に認識させて!」
ルセは即座にそう答えた。剣、剣って言うと、ユールがペンダントにしていた。
あぁアレの事かとクーリーは思いながらログコネクションを試みた。
「ログ、剣の声を!」
「聞こえてたよ!ほら、早く喋ってよマキナ!」
「急かさない。……『最後の壁はあまりにも無邪気に』」
それ、どこかで見た一文だなとクーリーは思いながら剣、いやマキナの声を聞いた。
無線を通じてマキナの声が筐体に認証される。
筐体の画面に変化が現れた。素早くガチャガチャとレイアウトのパーツが降り、
IIDXのSPプレー時と変わりのない画面が構成された。
「嘘だろ、おい…」
クーリーは無意識の内に呟いて、そして無意識の内にコントロールパネルに手を伸ばしていた。
その直後、曲名表示も無く、いきなりサイレンの音が鳴り響いた。
そのサイレンの音は少し様子がおかしかった。伸びて切れ、伸びて切れを繰り返すのだが、
速いテンポでその流れがあり、ノリの良いリズムを形成する。サイレンが音楽になっていく。
「これ、白壁のサビのパートじゃ…」
画面にはまだ1ノーツもオブジェが降っていない。
特徴的なサイレンは間違いなく筐体のスピーカーから響き、クーリーの言う白壁、
IIDXの楽曲である「Innocent Walls」の1パートであった。
「そろそろ白壁地帯だけど、まさか……」
この曲のH,A譜面には共通してある印象深いノーツ配列が用意されているのだが、
それは置いといて、クーリーの目と手に入る力が意識的に強くなっていく。
「…壁を処理して攻撃するって事なのか………?」
曲がいよいよ白壁地帯に突入すると、
画面には例の白ノーツ四つを同時押しさせる譜面が降って来る。
クーリーはそれを全て捌き切り、ふぅと息を吐く。
その直後、画面に表示が出た。
「100%処理完了。とどめの一撃『プレッシャーウォール』の使用を許可します。
白鍵の打鍵によって発射されます。スタンバイオーケイ」
よし、とクーリーは適当に白鍵を押した。
するとクーリーの機体前面に白い大きな板のような物が現れる。
それは全貌を現すと同時に、ライオンに向けて落ちていく。
ライオンはそれを撥ね退けようと必死になって抵抗するが、
板はそれをものともせず、ただただライオンを地に押しやっていく。
板がライオンを圧迫してから10秒後、板が大爆発を起こした。
それによってライオンは大きなダメージを受ける。
これでもう、全ての駆動系が駄目になった。
その様子を見ていたアルベルトはクーリーに向かって言う。
「やったじゃねえか!」
「あぁ、僕の特技がこんな所で生かされるなんて、夢にも思わなかった」
「ところで、俺をここから落とせ。大丈夫だ。 着地の衝撃なら俺の着てる服が吸収する」
分かった、とクーリーは返し、機械腕を振り下ろすかのようにしてアルベルトを投げた。
「うらあああぁぁぁっっ!!」とアルベルトは雄たけびを上げながら落下、
ギターのネックをライオンの頭部につき立ててから着地した。
そこにアリスも駆けつけ、アルベルトのやっているようにネックを突き立てる。
「姉貴!オーバーキルでも何でもいいから
『いっせーのーで』で同時にショットだ!!」
アルベルトはアリスがネックを自分と同じように
ライオンにつき立てたのを見てから、ありったけの大声で無線を通さずに叫んだ。
アリスも同様に大声で何か叫び、そして音頭を取る。
「いっせーのおぉぉぉーーーーー!!!!!」
そこで二人は一瞬時間が止まったような錯覚を覚えた。
こころなしか、ライオンの目が、死に怯えて生を懇願する光を放ったように二人は見えた。
それでも、無慈悲に、フィニッシュの言葉は叫ばれる。
「いけえええぇぇぇーーーーーーー!!!!!!!!」
「ぶち抜けえぇぇぇーーーーーー!!!!!!!!!!!」
とんでもない叫び声。
奇妙にハモる二つの叫び声。
それを掻き消す二つの銃声。
爆発する機械。
反動の衝撃で吹き飛ぶ二人の双子。
着弾点は緑の爆発で見えず。
空に浮かぶ青い箱が双子を機械腕で受け止める。
爆発が収まり、徐々に獅子の残骸が見えてくる。
機械仕掛けの獅子はどこもかしこもズタボロで。
体中の機械部を露出させて。 とても弱々しくて。
そして、首から先が、最初から無かったかのように消え去っていた。
221 :
旅人:2009/09/04(金) 11:45:40 ID:yReN+xzk0
いかがでしたでしょうか?これにて今投下は終了です。
あ、そうそう、これから先はトルセとアヤはルセとイロンと表記されます。
ユール達はコールサインを与えられても、文中ではそのままですが、
トルセ達は軍人というかWSFの人間なので、コールサインのままで行こうと思ったのでそうします。
勝手な僕のこだわりのお陰で読みづらくなるかもしれません。すみません。
話を変えて次回予告。蠍が出ます。そんだけです。
今回も読んで頂き、ありがとうございました。次回をお楽しみに!
旅人さん>
じっくり読んだけど面白かったです!
音ゲーの筐体で敵と戦うってなんかかっこいいですね〜!
しかし、アルベルトの怪我は大丈夫?!
次回は蠍出てくるんですか〜…戦々恐々としつつ待ってます。
それにしてもこのコールサインにはどんな意味があるんですか?
だんだん混乱してきて誰が誰だか…… 悪い読者ですみません;
とはいえ文章自体どんどん上手くなってて、それも読んでて楽しいです。
続き頑張ってください!
ageる時期ですよ。
224 :
旅人:2009/09/19(土) 12:49:15 ID:9R4yhCPC0
>>222さん
応援ありがとうございます。
質問を頂きましたので、早速お答えしようと思います。
コールサインの意味は、ユール、トルセ、アヤの三人のを除いて特にありません。
クーリーは「クウ」と呼ばれますが、彼が高所恐怖症である事に基づいて「空」にかけているだけです。
アルベルトの「スペード」もアリスの「ダイヤ」もトランプのマークから取っているだけです。
トルセの「ルセ」は英語で「策略」を意味する「ruse」をローマ字読みしただけのものですし、
アヤの「イロン」も英語で「鉄」を意味する「iron」をローマ字読みしただけです。
じゃあユールの「ログ」は一体何を意味するかというと、
これは今後本編中で触れる程度に説明をしたいと思っています。
「ユール」をキーワードにググってみたりすると、何かヒントをつかめたり、
僕が今作品で込める意味の答えにたどり着けるかもしれません。
トルセとアヤの表記を途中からコールサインに変えたのは
ユール達一般人との差別化を図るためです。
そうしなくても良かったのでしょうが、僕の好みという問題だけでこうなりました。
今日は、旅人です。今日はちょっとした報告をしに来ました。
一身上の都合で申し訳ないのですが、投下する時間があまり取れなくなりました。
回数の頻度も減りますし、内容量も減ります。いつ投下できるかも分からないです。
ですが、今作品の完結だけは約束します。気長に待っていてくれると幸いです。それでは。
225 :
旅人:2009/09/20(日) 23:37:00 ID:nvs7nVtF0
今晩は、旅人です。
昨日あんなことを書いたばかりなのに、もう投下です。
嘘じゃないんですよ、ホントですよ。狂言なんかじゃないです。
自分でもびっくりです。とりあえず投下します。今回もよろしくお願いします。
カーニバル上空 ステルス空中管制機「フェニックス」 20:25
スタッフ達に混じって自分の成すべきことを成し遂げているイロン。
観察役のスタッフから、ライオンの首がもげた事、
即ちユール達の勝利を聞き、それを伝えるためにルセコネクションで連絡した。
「勝った!あいつらだけでどうなる事かと思ったが、何とか倒せたな!」
「えぇ。やっぱり剣、いや彼、いや…彼女の言葉を借りるならマキナかしら?
彼の思惑通りに展開は出来ているようね。スペードの怪我は予想外だったかもだけど」
「マキナ?…あの人惑いの剣の事か。そんな風に言っていたな」
「そうそれ。それで、そっちに戦力の用意は出来てる?」
「彼らといつでも交代できるよう、10人の精鋭を用意していたが、取り越し苦労だったな」
「総帥がどこにヘリを着けたか覚えてる?」
そう聞かれたイロンは直ぐに自分の端末を操作し、求めている情報を探し出す。
「あった。そこから方位189に10キロほど離れた所にある島だ」
「えっと……あった。ドラム缶みたいな形をした島ね?」
「ただの長方形だろ…そう、その島。で、それが?」
「作戦があるんだけど、次に総帥が仕掛けてきたら、まずこっちで迎撃するでしょ?」
「決まってんだろ。それが?」
「迎撃して巨大兵器の注意を引いている内に、総帥のいる島を襲撃する」
考えたな、とイロンはルセの作戦を評価した。
防戦一方ではなく、こちらから仕掛けてみようというのだ。クロスカウンターのようだ。
しかし、それには問題点がある。フェニックスに搭乗するWSFの精鋭兵士たちの事だ。
「しかしなぁ、こっちは空に浮かぶ空母じゃない。フェニックスごと島に行くのか?」
「いいえ、乗り物はこっちで用意しておく。タワー屋上にでも置いておくわ。
とりあえずカーニバルタワーの上空へ移動してくれない?そうでないと」
「あぁ。兵士たちが降りられない。今そっちへ飛ぶように言うよ」
そう返して、イロンはスタッフ達に先の無線の事を伝えた。
スタッフ達は指示を受け、すぐさま自分たちの成す仕事にとりかかった。
所変わって、舞台は第一ブロックへ移る。
獅子型高機動制地兵器はバレンタイン姉弟が属する
地上迎撃部隊「ダブルエース」によって止めを刺された。
戦闘中に右足を負傷したアルベルトと、傷らしい傷をそれほど負っていないアリスは
航空迎撃部隊「ノエル」のクウことクーリーが搭乗する機体から伸びる
機械腕に抱えられ、アルベルトの治療のためにターミナルタワーの屋上を目指していた。
アルベルトの負傷の進行状況は、深刻という程でもないが、
相当なダメージを与えるものとなっていた。戦いの緊張から解放されたアルベルトは
次の兵器と戦うまでの間、自分の右足を襲う激痛と戦わなければならなくなった。
アルベルトの右足には、紛れも無く穴が開いている。
足に装着していた加速器が、本来の役割とは違う防具の役目を果たしていなければ
彼の右足はとうに吹き飛んで存在していなかったかもしれない。
苦悶の表情を浮かべ、獣のような唸り声を上げる。アリスがアルベルトに
「死なないで!死なないで!もう少しだから!!」
と声を送る。このダメージでショック死する事は無かったが、
もう時間が時間だ。一刻も早く処置を施さねば、アルベルトは出血多量で死んでしまう。
そんな二人を自機から垂らしている機械腕で持って移動させるクーリーは
カーニバルタワー屋上である物を見つけた。仮設の手術室のようで、
よく医療を取り扱ったTVドラマで見る手術室にある器具や寝台が並べられている。
その近くには白衣を着た少し太り気味の男と、その助手たちであろう
若い男女七名が寝台を取り囲んでいた。準備は万端のようだ。
「スペード、ダイヤ、あともう少しだ。10秒もしないでそこに着く。すぐに治る。気をしっかり持って」
「クウ…か……もし…か…した……ら…俺は…」
「大丈夫死なない絶対死なない!見て、あそこの医者たち。あの人達がちゃんとやってくr」
「最期に……なる…かもしれ…ない、お前を、お前らを…普通の…名前で…呼びたかっ…た」
「死に真似なんてよしなさい!ほら、着いたからね!
体を預けて!私がお姫様だっこしなきゃ動けないでしょ!?行くよ!!」
「あぁ…姉貴……」死人が話す言葉のように、アルベルトの返したそれは聞こえた。
(アイピーエス細胞と瞬間増血剤(※4)を用意しろ。いや待て、先に止血が先だろう!
一体君たちは何をやっているんだ!――どうだ、そこの君、彼の傷口は?)
(銃創以外にダメージはありません。何かに感染した様子も見られません)
(そうか、よし、このまま処置を続けるぞ!
この子供を死なせては、後々厄介になってしまうからな、気合いを入れてかかるぞ!)
ユールは機体内蔵の指向性マイクを使い、ターミナルタワー屋上で処置を受けている
アルベルトの様子を窺っていた。指示をする医師とそれに従う医師のやり取りを聞きつつ、
イロンからの哨戒飛行命令を受け、アルベルトの身を案じながら周囲に注意を払った。
クーリーはアリスをタワーに立たせ、哨戒飛行を続けるユールの横に機体を並べる。
彼はログコネクションでユールと無線で会話を始めた。
「初めて命をかけて戦ったけど、ログ、大丈夫かい?」
「それは…いいえ、あまり良くないわ」
「そうだね…彼も怪我、しちゃったし。
次は何なんだろうな、蠍だとしたらちょっと不安だな…」
「何で?」
「そりゃ、奴が一撃必殺を繰り出す針をもっているからさ。
スペードがやられて、一番頭に来ているのは誰だと思う?」
「ダイヤかしら」
「そうだよ。彼女がどんな行動を起こすか分かったもんじゃない。
僕たちがもっと団結していかないと、次がどうなるか分からないよ」
ユールは無言を応答とし、クーリーの言葉を待った。
「ま、仲間ってのは信じ合うからこそ仲間って言うんだよね。
お互いが信頼しあえば、大丈夫だ。絶対に」
ユールの首にかけられているマキナが言った。
クーリーは「剣の人?」と答え、ユールがそれに返す。
「彼の名前はマキナ」
「マキナって……あぁ、あの駅前の喫茶店のマスターが言っていた、アレ?」
「かもしれないし、違うと思う。私の前任者のような人だよ」
「表現としては大体合っているかな。アr…ダイヤだったかな。
彼女が危なくなったら、僕がどうにかして彼女を守ってみせよう」
(※4 瞬間増血剤というのは、輸血効率を飛躍的に上昇させた輸血剤のような代物。
人体の造血システムに作用するものと、増血剤の進化版としての二種があるが、
アルベルトに投与されたのは両方だった)
「ちょっと待って、ネックレスがどうやってダイヤを?」
クーリーはマキナにそう訊ねた。
実際問題、そうなのだ。どうやってネックレスが一人間を守るというのか。
「それは、彼女のおかげだよ」
マキナはそれを言ったきり、再び喋る事は無かった。
「彼女って…君かい、ログ?」
「別に私は何も。マキナは人を乗っ取るって言うけど、そんな気配は無いし」
「まぁ、あまり期待しないで、哨戒飛行を続けよう」
「…スペード、助かるといいんだけど」
「大丈夫。彼はそう簡単には死なないから」
2999/12/25/ 20:30
enemy huge offensive weapon 'hi-speed ground-to-ground attacker "SCORPION”’is approaching!
ターミナルタワー内のWSF基地で、ルセが見ているの一つのモニターにそう表示された。
次の敵兵器が襲来したのだ。ブリーフィングで二番目に紹介した「蠍型高機動制地兵器」だ。
ルセはこれを受け、直ぐにタワー屋上に戦闘機を配備するよう通達したが、
未だにアルベルトの治療を続けているとの返答を受け、ため息をついた。
どこかに移動してからアルベルトの治療を続ければよいではないかと思われるだろうが、
彼の状態はそれが出来ないほど危険なものなのだった。
「おいルセ、東の海に異常が見られた。何だありゃ?」
「イロンね?蠍が来たわ。海面すれすれを高速飛行してこっちに近づくコンテナがある。
あの中に入っているの……ノエル2、応答して!」
「え、あの海から物凄い勢いで飛沫が出ているのって…」
「そう、蠍!今の内に攻撃して沈めておけばだいぶ楽になる!」
「卑怯だけど、どうこう言ってられないよ!」そう言ってノエル2ことクーリーは
一気に機体を加速させて東へと向かった。ユールも慌ててその後に続く。
「なぁルセ、お前の作戦、今は決まりそうにないぜ」
「……医師団に告ぎます。現在治療中の彼をどこかに移動させ、そこで治療して下さい」
イロンからのルセコネクションによる無線通信にルセは無言で応対し、
オールコネクションにしてタワー屋上の医師団の通信役に指示を出した。
「お言葉ですが、今の彼は大変危険な状態です。
後三分で一通りの処置を終えますので、それまで待って下さい。お願いします」
「分かりました。三分後にそこから立ち退き、治療を続行してください」
そう言ってルセは無線を切り、そしてため息をついた。
何故こうも上手くいかないのだろうか。全ては私のミスなのだろうか……
そう思考を巡らせていたルセの耳に、この司令部の部屋の自動扉がしゃっと開いた音が入る。
ルセが座ってた椅子を回転させて振り向くと、そこには汗だくになったキリーが立っていた。
「終わりましたよ…パワーゲージ、満タンです」
「御苦労さま。後であの部屋に戻っておいて。あなたのケアをするから。
それで…一体どういうメニューを立てて、短時間でフルパワーに出来たの?」
「MAXシリーズで詰めようかなって思ったんですけど、天ヒーにしておきました」
「ごめん、略称って分からない。とりあえずすぐに戻って。
指示があるまで休んでいいから。何か聞きたい事とかある?」
「話に聞いたんですけど、アルが右足を撃たれたって…」
「大丈夫。うちのプロがしっかり治療にあたっているから。心配しないで」
分かりました、とキリーは言って退室する。
その後ろ姿を見送り、ルセはパワーゲージをどのように使うかを考えていた。
キリーの溜めた力はどこにでも展開する事が出来る。カーニバル全体がそういう構造を取っている。
だいぶ前に先述したが、パワーゲージが1/30で缶を粉々に粉砕できるほどの力を有している。
しかし破壊力は必ずしもパワーゲージの使用量に比例するとは限らない。
加速度的に使う分量だけの破壊力を発揮できる、と資料にはある。
このゲージを5/30使うだけでも、ブロック間を繋ぐ橋を一本落とす事は十分に可能である。
蠍が橋の上に来た時、これによって橋を破壊し、海へと落としてフィニッシュを決める。
別のやり方もあろうが、ルセはこれが最良のような気がしてならなかった。
その頃、クーリーは海面に触れそうな高度で高速移動する巨大なコンテナに攻撃を加えていた。
操縦は積んでいるAIに任せ、コンテナと並走してカーニバル側に移動しつつ、
DPモードによるエネルギーライフル射撃を試みていた。
ユールもクーリーと挟撃するようにコンテナと並走し、左右の速射砲を撃ち続ける。
しかし、両者の攻撃は当たらない。狙いは正確なのだが射線がずれてしまうのだ。
その為、コンテナの姿を隠すかのような大きな飛沫が連続的に飛ぶ。
ユールはイロンにオールコネクティングで無線連絡をした。彼女なら何かアドバイスをくれるかもしれない。
「イロン!コンテナに攻撃が当たらない!!」
「ノエル1、もしかしたらそのコンテナはアードを積んでいるのかもしれない」
「でも、この大きさじゃ、積もうにも詰めないんじゃ…」
「きっと改良が進んだんだ、僕はそうじゃないかと思うよ」
「ノエル2の言う通りかもしれない。技術は日進月歩するんだ、考えられなくは無い」
そう言ってイロンは無線を切った。
畜生、とクーリーの声が聞こえる。このコンテナを海に落とす手段が無い。
よってユールとクーリーは役目を果たす事が出来ない。
「じゃ、これならどうなのよ!?」
ユールは叫び、コンテナと並走する機動を止め、コンテナの上部に移動し、
そこで並走しつつ、かなり近い距離で密着するかのような高度を保ち、
「バインドアーム…発射!!」
その号令と同時にユールは左右の黄ボタンを同時に押し、
機体下部から巨大な黄色の腕を伸ばし、コンテナに突っ込ませる。
流石にアードを積んでいるとはいえ、これを回避する事は出来なかったようだ。
黄色の腕がコンテナの両側を持ち上げる。
ユールの機体の上にはコンテナが身動きとれない状態で固定されている。
今しか攻撃のチャンスは無い、とユールは考えてクーリーに叫ぶ。
「クーリー、決めてやって!」
オーケイ、とクーリーは返し、DPモードにして、一瞬にして距離を詰め、
両サイドのエネルギーライフルの装備でコンテナにラッシュを仕掛ける。
瞬く間にコンテナはダメージを受けてへこみ、中の蠍も無傷では済まない様子を見せつける。
「決める!」とユールが呟き、黄色の腕を一旦下ろし、そして勢いよく振りあげる。
コンテナは天高く舞い上がり、それよりも少し高度の高い所にユールの機体が移動する。
ユールはすぐさま赤ボタンを連打し、レールガンを出現させ、それを連射した。
コンテナのアードは先のダメージで破壊されたようで、ユールの放った弾体は全段命中した。
レールガンの全ての弾体を浴びたコンテナは、空中で爆発し、中から巨大な蠍を吐き出した。
しかし蠍は第三ブロックには落ちず、そのまま東レイヴン海へと落ちていく。
蠍に潜航能力は無い。落ちれば最後、海中の資源ごみとなるだろう。
落ちていく。落ちていく。落ちて―――
予想される飛沫の音は上がらなかった。
蠍が海面に浮いている。いや、そういう風に見えるが、実際に「浮いて」いた。
「馬鹿な!!!」
そう叫んだのはキリーだ。続いてユールとクーリーも驚きの声を上げる。
「嘘でしょ!?」「やったと思ったのに!!」
しかし、これは現実なのだと言わんばかりに
蠍は海面すれすれの高度を保ち、遅いスピードで第三ブロックへと近づいていく。
ノエル航空迎撃部隊ことユール達二人は蠍に追いつき、攻撃を加えていく。
しかし、蠍の超振動粉砕針が的確に二人を捉えて突いてくる。
これを回避しながら戦うのは難しい。針は秒間2回は連続攻撃できる連射性能を持つ。
それに、どんな敵も一撃で倒せるというチートじみた攻撃力だ。脅威と言わずして何と呼べるだろう。
この時、フェニックスとWSFカーニバル支部の間で、イロンとルセの通話が記録されている。
「おい、蠍にあんな能力があったか?」
「いえ、そんなデータは…ないわ。ないのよ」
「技術は日進月歩だ、それならデータを載せるだろう」
「えぇ、ユール達とブリーフィングをした時の敵兵器のデータは
全てWSF本部にハッキングしてダウンロードした、正真正銘のデータなの。
それに、取得日時は昨日よ?日進月歩の説が当てはまると思う?」
「いや…あんな巨体を浮かすだけの技術は、一日じゃ無理だ」
「それじゃ、私達は偽物のデータを掴んだってことにわけ?」
「そうかもしれない…大体、あのライオンだって
最初にスペードが決めた時に勝負はついたはずなんだ。なのに、復活するなんて変だ」
「そうよね…もう、あのデータは信用ならないのかも」
「だが、敵の攻撃パターンを大体掴むことはできる。
現にあの蠍、針であの二機を攻撃している。大丈夫だ、彼らなら」
「あら、いつからそんな信頼を寄せたの?」
「ライオンを倒した時からだ。まさかやってくれるとは思わなかったからな」
ユールとクーリーは必死で蠍の進路を食い止めようとしていた。
しかし、あの超振動粉砕針の前には手も足も出ない。
超高威力の近接武器が蠍を固めている。分厚い装甲も、同じ役目を果たしている。
二機の飛翔する箱がいくら攻撃しようと、簡単に壊せる相手ではなかった。
「ねぇ、蠍の視界は正面180°じゃなかった?」
「そうだ、そうだったよログ、ありがとう!」
短いやり取りを交わし、二人は蠍の前で迎撃するのを止め、
後ろに回り込んでから総攻撃をしかけ始める。
それでも蠍の固い装甲が鉄壁の守りを見せる。戦略も何もあったものではない。
はっきり言って、二人の打つ手は無かった。
「これじゃあ、橋を落として…っていうのも出来ない。
航空部隊の攻撃だって、全くって訳じゃないけどダメージは与えられないし…
あ、脚を破壊したら水面フローティング機能も無くなるかもしれない!
……航空部隊じゃ、狙うのは難しいかなぁ…うーん……」
ルセは司令部で呟いていた。周りはスタッフがいて、皆が同じ難しい顔をしている。
ここまで蠍の防御能力が高いとは思っていなかったのだ。
戦闘の経過を見ると、ハッキングして入手したデータに比較すると
それに比べて倍近くの防御能力を有していると推測してしまった。
知ってしまった大きな事実。勝ち目は今のところ見いだせないでいる。
ルセはオールコネクションでユール達二人に叫ぶ。
無茶とは知りながらも、どうにかして頑張ってほしいと願っていた。
「どうにかして奴の脚を狙って!」
「無理でしょ!海面すれすれを飛んで、着水したらこっちがオジャンよ!」
「そうですよ、あなた達ならできるかもしれないが、こっちは素人…うぅ!!」
「クウ、大丈夫!?」
「今まで我慢してきたツケかな。凄く気分が悪い」
「どうにかして耐えて!少しかもしれないけど、ダメージは確実に与えられている!それじゃ頑張って!!」
無責任にも程がある!と憤慨したクーリーは意を決して180°回転して背面飛行に移行、
徐々に機体を海面に近づけ、手近な脚一本に狙いを絞って鍵盤を猛烈に連打していった。
クーリーの決死の攻撃によって蠍の右の一本の脚を破壊する事が出来た。
が、蠍はバランスを崩し、体の一部を着水させながらなおも突き進んでいく。
蠍のバランスの脆い所をユールがレールガンで徹底的に叩く。
次第に蠍の巨体が海に引きずり込まれるかのように沈んでいくが、
第三ブロックまで残り500メートルも無い。この調子では蠍が上陸してしまう。
ユールは食い止める事が出来なかったと悟り、ルセとイロンに向けて叫ぶ。
「ゴメン、海上での迎撃、撃墜は失敗した!」
「そうか…よくやった。いま、スペードの治療が終わった。
これから総帥のいる島に総攻撃をかける。
WSFの部隊が行くから、君たちは加勢しないで良い」
「私達だけじゃあの蠍は倒せそうもないですって!」
「えぇい、リーダーのお前がそんな弱気でどうする!
いいかよく聞け、この世に絶対倒せない敵なんてものは存在しないんだ!分かったか!?」
イロンから短い説教を受け、ユールはすぐに心を取り戻し、
はい!と返事をして蠍への攻撃に移った。その時である。
「いざとなったら、僕が君たちを助ける」 マキナの小さな、それでも確かに聞こえる声がユールの耳に届いた。
ガシャアアアァァァ!!!ゴゴゴゴゴゴゴゴゴオオォォォ……ドーン!!バーン!!!
色んな音が響いた。これらを採集すれば、きっと私好みの音楽が作れるだろう。
とうとう蠍が第三ブロックの港を破壊しながら上陸した。当然、港はぐしゃぐしゃだ。
第三ブロックについてはだいぶ前に先述したが、ここでもう一回書いておこう。
私自身が確認したいし、忘れている人もいるかもしれないからだ。
第一〜第三ブロックは中世ヨーロッパの街並みである。
どのブロックでもひっきりなしに曲が流れているが、
流れている音楽のジャンルは、第一、第二ブロックのものと異なっていた。「ロック」である。
GFdmで人気の曲が園内スピーカーに大音量で響き渡る。
円形の島の中心から、クモの巣を張り巡らすように通路をかたどる建築物に囲まれている
広大な中央広場のライブステージでは、ひっきりなしに誰か彼かがバンド演奏をしている。
しかし、今はターミナルタワーで開催されている「トプラン決定戦」のために誰もいない。
そんな第三ブロックで、これから戦闘が開始されようとしている。
今度ばかりは誰かが死ぬかもしれない。誰もが少なからずそう思いながら、戦いのゴングが鳴らされる時を待つ。
235 :
旅人:2009/09/21(月) 00:38:24 ID:STG3w4xH0
いかがでしたでしょうか?これにて今回の投下は終了です。
簡単に書いていこうと思っていたのですが、設定が足を引っ張っていけない。
これでも、出来る限り簡単に書いていったつもりです。
見づらいんだよ馬鹿!と思われたかもしれません。そうであれば、ごめんなさい。
それではこれにて。今回も読んで頂き、ありがとうございました。次回をお楽しみに!
236 :
旅人:2009/09/23(水) 23:35:19 ID:M5Pu08Oh0
今晩は、旅人です。
これで二十回目の投下となります今回の話では、本格的に蠍と戦います。
後書きでは、部隊名の由来を書いていこうと思います。
それでは本編をお楽しみください。今回もよろしくお願いします。
2999/12/25 20:36
ノエル航空迎撃部隊の抵抗を切り抜け、第三ブロックに蠍が上陸した。
ただ上陸し、ただ上品にそこでつっ立ってくれるのなら全く問題は無い。
しかし蠍は兵器だ。高機動な制地兵器だ。そんな要求がまかり通ると思ったら大間違いである。
第三ブロックのライブステージとも言える中央広場の
巨大な円卓の上にアリスが臨戦態勢の構えを取っている。
ネックには手をかけず、ただひたすらにオルタし続けていく。
こちらから向かって迎撃するような真似はしなかった。
蠍が素直に広場に通づる道を通る訳がなく、辺りを滅茶苦茶に破壊しながら進むのだから
アリスが自分から打って出る真似をしないというのは賢明な判断といえよう。
蠍は対になっている鋏を用いて前方に立ちふさがる障害物を切断、
針で粉砕し、通り過ぎる体で跡形もなくしていく。
そうしてようやくアリスの前に蠍が姿を現した。
キシャー!と奇声を上げ、口から炎を噴きながら体当たりしてくる。
アリスは加速器を使って右に走って避ける。
蠍の衝突の衝撃によって円卓が壊れていく音が辺り一面に響き渡る。
その音を聞いてからアリスが振り返り、
(あの蠍の全身はとても固い。装甲を攻撃で全部剥がすとなると相当な長期戦になる。
次の敵の相手をする事も考えれば、15分程度でカタをつけたいのよ。
でも、正攻法で行こうとしたらそれは無理。でも、脚を積極的に狙えば……
この八本の脚は比較的に装甲が薄いの。ここを攻撃する。
航空部隊がこれを狙うのは難しい。だから地上部隊がライオン戦と連戦になる。
それは航空部隊も同じなんだけどね。負担は地上部隊の方が上になるわ)
ブリーフィングの時のルセの言葉を噛みしめながら、狙いやすい脚一本に狙いをつけて緑の弾を撃った。
爆音が響き、着弾とともに狙いをつけられた蠍の脚が吹っ飛ぶ。
アリスはそれを見届け、走って距離を取りながらチャージショットの準備をした。
「始まったな」
そう呟いたのは、ターミナルタワーの上空で滞空するフェニックスのイロンである。
彼女は観察役のスタッフと共に、アリスと蠍の戦いを観戦する。
アリスが二本目の脚を破壊したのを見て、アリスは観察役に言う。
「残りの六本の脚をこの調子で壊せたら、倒せるかもしれないな」
「そうですね。でも、そんなに上手くいくのでしょうか」
「心配するな。彼らならきっとやってくれるさ。
それより、島攻撃部隊の出撃準備は出来ているのか?」
「大体の準備は出来ているようです。
兵士輸送用のヘリが一機、地表攻撃機が二機。
これだけあれば、あの規模の島を制圧出来ます。
それに、あの島には総帥と数名の護衛しかいないはずです。大丈夫です」
イロンはその言葉を聞いてニヤッと笑い、最終的な準備が出来次第、即出撃するよう通達した。
「始まったか…」
そう呟いたのは、一通りの治療を終えたアルベルトだった。
簡素な移動式ベッドから起き上がり、周りの制止を振り切って装備を整える。
ゴーグル、パワードスーツ、加速器、ジェットパック、そしてギター型の銃。
それらをすべて装着したアルベルトは、医療班の一人の男に話しかける。
「なぁ、あそこで戦ってるの、俺の姉貴なんだよ」
「そのように話は聞いております」
「頼む。姉貴一人じゃ心配だ。行かせてくれ」
「駄目です。無理をしたら足の傷が…」
「アンタらのお陰でこの傷は塞がったよ。
だがな、姉貴を失ったら、その傷は一生塞がらない!
悪いがな……俺は姉貴を助けに行くぜ!!」
そう言うとアルベルトは加速器を使って医師団から離れた。
一直線に東に向かって走り、タワー中央で出撃し始めのヘリ一機と攻撃機二機を追い越し、
追い越した三機が動き始めると同時にタワーを覆っていたシールドが解除され、
タワーの縁でジェットパックを使って飛び上がったアルベルトは
島攻撃部隊と共にターミナルタワーを後にした。
アリスと蠍の戦いは、アリスがアドバンテージを握っていた。
アリスにはノエル航空迎撃部隊の支援がついているし、
何より彼女には蠍にはないものを持っている。
それは「心」だ。機械も同様に人工知能、即ちAIは持っている。
しかしそれを人の心と同じと考えるのは少し違ってくる。
あまり大きく踏み込んで書くと、あらゆる方面からのバッシングを浴びそうなので控え目に書くが、
人の心をもった機械なんて存在しない。そんなAIなどあり得ない。
機械が人になりたいと思うのをおこがましいと思っているのではない。
ただ、それが「あり得ない」と思うだけ。それだけなのである。
話がそれてしまった。本筋に戻そうと思う。
アリスの心が思う事は「大切なものを守る」ということだ。
それはユール達五人が全員一致で思っている事だが、大切なものの定義は五人ともバラバラだ。
彼女の場合、それは「アルベルトの命とカーニバル」になる。
前者は達成できるかどうかは分からないが、後者はこの頑張りでどうにか出来る。
その思いがアリスを強くしている。
色んな装備で強化された身体能力+αのαが、その心の力なのだ。
崩れ果てた円卓の瓦礫の中、ギターを構えるアリスと機械仕掛けの蠍が対峙している。
既に蠍は右の脚部を二本、左の脚部も二本やられている。圧倒的にアリスが有利だ。
コントロールバランスをどうにかして保っている蠍相手に
万全の状態のアリスがやられるはずがない。誰もがそう思っていた。
その考えは甘かった。
油断をしていたわけではない。だが、甘かった。
蠍の攻撃パターンは「突進→敵を追い回すように火炎放射→針の一刺し」であった。
しかし、そのパターンは六回目のシークエンスに突入してから変わった。
アリスは次の突進に備えて身構えていた。
今までがずっと同じワンパターンな戦法で蠍が戦っていたのだから、
そうするのは必然と言えるかもしれない。
しかしアリスの予想に反し、蠍は右の鋏をアリスに突き出した。
ジェットパックを併用して飛び下がるアリス。そこへ蠍の追撃が入る。
左の鋏が空を飛ぶアリスを叩き落としたのである。
勢いを持って石畳に叩きつけられるアリス。
武道の経験も無いので、ろくな受け身が取れず、悶絶する。
そこに蠍が高速で接近し、火炎放射器を収納する口を開く。
アリスが起き上がった頃には、既に蠍は炎を吐いていた。
炎が蠍の口から吹き出す。
それは勢いをつけてアリスを包み込もうとする。
そこに一つの影が割り込んだ。
「うおおおおぉっ!!あちちちちちちち!!!!!」
謎の影が出す声は、確かにアルベルトのものだった。
彼はアリスの盾になるような位置に立ち、結果として彼女の盾になり得ている。
「ちょっと涼しくしてやるぜ、そりゃ!!」
アルベルトが叫びながらネックの青ボタンを押さえ、思い切りピックする。
すると巨大な氷の塊のような弾体が炎の発生源、即ち蠍の火炎放射に向けて飛び、着弾する。
ガキイィィンッッ!!!と辺りに物が凍てつく音が響く。
火炎放射も止み、石畳が焼け焦がされたのを見ながらアリスは弟の声を聞く。
「俺は大丈夫だ!さ、チャージショットで火炎放射器を粉々にしてくれ!」
見ると、蠍の口の中にある火炎放射器は氷漬けになっていた。
これに強烈な衝撃が加われば、ほぼ間違いなく粉々に砕けるだろう。
アリスは迷わず緑ボタンを押さえ、ピック。
緑の弾体が爆音と同時に発射、飛翔、着弾する。
それと同時に、蠍の火炎放射器が氷漬けのまま粉々に砕け散っていく。
「よし!」「よし!」
珍しく二人の声が、セリフを一致させてハモった。
蠍は攻撃手段の一つを失くし、稼働可能な脚を総動員して後方にジャンプ、二人と距離を取る。
勿論、この間にも蠍は上空からクーリーの攻撃を受けている。
しかし、攻撃の威力や蠍の防御力の関係上、有効なダメージソースになり得てはいない。
蠍が攻撃パターンを変えてきた以上、蠍の動きに一層の注意を払わなければならない。
次に繰り出されるのは鋏か、突進か、それとも一撃必殺の針か。
答えは突進だった。アルベルトが左、アリスが右に避ける。
この後は火炎放射が来るのだが、それが無い以上どんな攻撃が来るか分からない。
蠍はその場でジャンプをして反転しながら尻尾を横薙ぎに振り回した。
尻尾はアリスに当たり、吹き飛ばして蠍が着地、次にアルベルトを左の鋏で突いた。
ギターを盾にしてアルベルトが鋏を受け止め、しかしそれでも彼の体は後方に吹き飛ぶ。
この一連の動作、大型の機械の動きとは考えられない程の俊敏さを見せつけている。
ライオンの機動もかなり速いものであったが、蠍の機動はライオンを上回っていた。
「あっ!」
ユールはアリス、アルベルトの攻撃を受けた場面を見、体をこわばらせた。
「マキナ、あの二人が…」
「大丈夫。僕がいる」
「あなたがいるからって…」
「すまないが、君の体を借りる」
「え?」とユールが返す。マキナが答える。
「僕は『魔剣』とか『人惑いの剣』とかって言われている。
それがどういう意味か、分からないと思う。…これからする事は、その意味を成すって事だよ」
マキナが喋り終わると、マキナ自身が強烈な光を発した。
ユールはその光を見ていくうち、自分の意識が急速に薄れていくのを感じていった。
それからしばらく、ユールは呆然としていた。
彼女は自分の意識を取り戻し、下の戦いぶりを見る。
蠍が本気を出してきたようだ。地上部隊の二人はどう見ても苦戦している。
それを見たユールは筐体をいじくり始めた。
「自動操縦にして…設定は滞空でいいか。…無線はこうか。
コネクション設定はクウ…こちらノエル1。ノエル2、聞こえるかい?」
「聞こえる…誰だ?ログじゃないな、答えろ!!」
「何で分かったんだ…君の言うとおり、僕はノエル1じゃない。
僕は彼女の体を借りている。外見は彼女だが、中身は僕だ」
「体を?…お前、マキナか?そうなんだな!?」
「察しが良い。いや、良すぎる…君は本当に一般人か?
それにしては勘が研ぎ澄まされすぎてる感じがするが…
まぁいい、ちょっと僕は地上部隊の手助けをしてくる」
「ちょっと待て。マキナ、ここから飛び降りる気か?」
「安心してほしい。もう既に、彼女の体は人間を超越している」
「なんだって?」
「そのまんまの意味さ。彼女は身体能力のレベルで言えば
あの強化服を着た双子より少し上の程度まで進化している。『光』のお陰でね。
だから、ここから飛び降りても彼女は死なない。
もっとも、この時点で彼女の体が駄目になれば、僕も死んじゃうわけで。死ぬわけにはいかないんだ」
「機体はどうするんだ」
「自動操縦にしておいた。滞空させているから、護衛はよろしく。
地上への攻撃は僕が代わって担当しよう。すぐに決着はつくと思うから」
そう言うとユール、いやマキナは「すっ」と体を機体から離れた。
何の抵抗も無しにユールの体が重力に沿って落ちていく。
それを見つめるクーリーが呟く。
「マキナ…ユールを頼んだぞ……」
アリスが攻撃を受けた後、彼女は無線でアルベルトに蠍を挟撃する作戦を伝えた。
蠍の後ろに回った方が残った脚をチャージショットで破壊するというものだ。
しかし、そう簡単に破壊させてくれそうに無かった。
アリスは自分と蠍が一対一で戦闘を始めていた時、
その時の蠍は本気ではなかったような印象を持ち始めていた。
後ろに回ったアルベルトが撃つ。
蠍が軽快なフットワークで回避する。
建造物に流れ弾が被弾、倒壊。
アリスが後ろに回るべく加速器を使って移動。
蠍が尻尾を振って接近を許さない。
不意に針が槍のようにアルベルトに向かって突き出される。
アルベルトが体を回転させて針を回避、攻撃を惹きつけるべく蠍の前へ出る。
鋏や針を使った攻撃がアルベルトに集中する。
その隙にアリスが五本目の脚を破壊。
蠍が自身の装甲をパージ(破棄)。バランスコントロールを管理する。
そんな中、蠍の上に影が上から落ちた。
その衝撃で蠍が地に伏せる。アルベルトがその影を認めると、大声で叫んだ。
「おい!なんでお前がそこにいるんだ!!」
「お前」と呼ばれたのは紛れもなくユールだった。
だが、その様子はいつもの彼女とは違う。雰囲気が違う。
そしてそれとは別に、彼女がここにいる事自体が異常だった。
その異常性に気づいたアリスがユールに叫ぶ。
「ちょっと、飛行機はどうしたの!?」
「自動操縦」とそっけなくマキナは答え、右手を自分の首に持っていく。
そして剣を結んでいるネックレスに手をかけ、ブチッと音を立てて鎖を壊した。
すると同時に剣が巨大化、大剣として機能するようになる。
「ログ、お前どうする気なんだ?」
「決まってる。蠍をぶっ壊す」
話し方がユールのそれではなかった。
そんな事はアルベルトもアリスも感づいている。
だが、今は状況が状況。そんな事でどうこう言っていられない。
「元々この体に宿っていた心は眠っている。今の彼女はこの大剣の心が支配している。
この蠍をぶっ壊したら元に戻すよ。全部ね」
ユールの体を借りるマキナは、は双子にそれだけ言うと、宙返りをしながら蠍から飛び降りた。
マキナが蠍から離れると同時に蠍が立ち上がる。
着地したマキナは振り向いて蠍の様子を見ながら無線でルセに伝える。
「全員に聞こえていると思うが、ルセ…といったか?」
「ログ、どうして機体から離脱したの!?一体何が起きたの!?」
「今のこの体の支配を握っているのは僕、マキナだよ」
「まさか、彼女を『殺した』の?」
「それは僕が剣に宿される前に持っていた人格の力だ。僕にその力は無い。
彼女には眠ってもらっているだけだ。本当にそのままの意味で」
「それで、一体何の用?」
「早く決着をつけたいんでしょ。戦闘開始からもう10分は経ってる。
だから、僕が地上部隊の手助けをする。奴を倒す考えもある。
こっちの合図でこのブロックと第一ブロックを繋ぐ橋を壊してほしい」
「分かったわ」
「そこの双子、君たちはここから離れて安全な所でチャージショットの準備を。
僕が合図をしたら、蠍と橋の入口を直線距離で結ぶようにして冷凍弾を撃って。オーケイ?」
「オーケイ!」とセリフの合致したハモり声と、蠍が動き出した音が重なった。
蠍の右の鋏が直線的な動きでマキナに向けて飛ぶ。避けなければ直撃し、ただでは済まないだろう。
しかしマキナは剣を構えると横薙ぎに一閃、刀身を鋏に当ててはじき返した。
「嘘だろ!?」
アルベルトの驚く声が聞こえる。それもそのはず、今までのユールの姿を見てきた者ほど、
マキナのキレのいい殺陣は驚くものであるからだ。
そして、マキナの持つ剣がひと振りされると、気持ちの良い笛の音が流れるからだ。
すぐに左の鋏が同じような動きでマキナに飛ぶ。
マキナは素早く右に横っ飛びし、空中で攻撃を避けながら横薙ぎに一閃する。
笛の音が響く。先端に鋏を生やした蠍の左腕が切断される。
「なんっちゅー切れ味だよ!?」またアルベルトが叫ぶ。
「嘘だろ!?僕があれだけ攻撃しても傷一つつけられなかったんだぞ!?」
クーリーも興奮を隠しきれない様子で叫ぶ。アリスがログの名を呼んで応援するのも聞こえた。
「仲間ってものがこれほど心に充足をもたらすものとは、今更ながら実感したよ…」
マキナが呟き、そして白い光で全身を発光させる。
「久しぶりに体を得たんだ、少し暴れてやろうか」
また呟いてにっと笑い、マキナは蠍の元へと駆けだした。
大剣を右手に持って向かってくるマキナを蠍は針を持って出迎えた。
マキナはこれを左に横っ飛びして回避、その直後に尻尾に飛びついた。
剣を支えに尻尾を伝い、蠍の背の外殻に飛び乗る。
蠍は高速移動して建造物に衝突したり、ジャンプや急旋回を試みて
マキナを振り落とそうとしたが、それらはすべて無駄であった。
蠍が四度目に建造物への突撃を試みた時、マキナは激突する前に蠍から飛び降り、
建造物に突っ込んで動きを止めた蠍の生き残っている足に向かって駆けだす。
ぴぃー。ザッ!バーン!! ふぃっ。ザッ!ドーン!! ぴっ。ザッ!ドゴーン!!!
音だけを拾い集めればそんな風に聞こえる攻撃と破壊。
マキナは蠍の残った脚部を全て破壊し、移動不能に陥らせた。
「これで、全部の脚はもいだか…何で代替してくるかな」
マキナは動けなくなった蠍から安全な位置まで離れ、そして無線を使って全員に呟いた。
「代替って、奴はまだ動くのかよ」アルベルトが問う。
「恐らく、奴はまだ何かを隠している。
多分スペアの脚部パーツか何かだろうとは思うんだけどなぁ」
マキナはそう返し、剣を構え直して蠍を注視する。
マキナの予想通り、脚をもがれた蠍は新たな運動手段を用いた。
下腹部から戦車などが積む無限軌道、キャタピラとブースターを出してきたのだ。
「さっきより厄介だ。頭を潰すか
そこの双子、さっきより奴は危険だ。
僕がどうにかして奴を止める。止めたら、合図の通りにやってくれよ」
マキナは無線でそれだけ言い、双子からの返事を受けて、再三蠍へ駆けていった。
蠍がブースターを噴かして上昇、旋回してマキナの方を向く。
そして蠍が着地、右の鋏でマキナを殴ろうとする。
マキナはバク宙して回避、長い黒髪をなびかせながら着地、
続けて繰り出される針の刺突を剣を両手に構え、剣で受ける姿勢を取るが、
それで受ける事はせずにバックステップで回避する。
「戦い慣れしているな」
フェニックスに搭乗するイロンが呟く。
その呟きは、ルセ一人に向けられている。
「そうね。やっぱり、マキナは強い」
「自分の体ではないとはいえ、あそこまでの能力を発揮できるのか?」
「それは『心の光』の力をユールも持っているからじゃない?」
「マキナの言っていたアレか。素晴らしい力だよな」
「えぇ。無限に湧き出る『光』を色んなものに変換できるのよね。
身体能力の強化や様々な攻撃や移動方法が可能になるとか言っていたかしら。
手のひらから光の弾を撃ちだしたり、キックの威力を何倍にも跳ね上げたり、多段ジャンプしたり」
ルセはそう言って基地から発進させた小型の偵察機を通し、
第三ブロックの戦闘の様子を観察しながら呟いた。
「そのうち、空、飛んじゃうんじゃない?」
そんな会話がやり取りされているとは露知らず、
マキナは何度目かの針の刺突を今度は右に横っ飛びして避ける。
横っ飛びして空中に浮くマキナの体の移動ライン上に、白い魔方陣のような床が広がる。
マキナはそれを踏み、大きくジャンプして空いている左手を蠍に向ける。
その瞬間、左手から目にも留まらぬスピードで白い光の粒が蠍の背に向かって飛翔する。
それらは全て尻尾に着弾、衝撃と熱で尻尾が焦げ付き、そして折れる。
仲間達が驚きの声を上げるのを聞きながら、マキナは再び蠍の背中に飛び乗る。
そのまま頭部へ駆けだし、首の端に剣を添え、一閃する。
あっけなく蠍の頭が地に落ち、機械の脳を失った蠍は行動不能になった。
本当にあっけなかった。マキナはとても簡単そうに、機械仕掛けの蠍を破壊したのである。
「後は証拠隠滅っと…」
マキナはそう呟き、第一ブロックの方角を向く。
目線の先には第一ブロックと第三ブロックを繋ぐ橋があった。
「よし、双子さん、蠍と橋を直線距離で結ぶラインを思い描いて。
描けたら、そのライン上を凍てつかせるんだ。冷凍弾、撃てるでしょ?」
数秒間が空き、マキナの無線での呼びかけに双子が答える。
直ぐに蠍と橋を結ぶ凍てついた道が出来上がり、それを見たマキナが無線でルセに言う。
「僕が蠍を蹴っ飛ばして橋に持っていくから、橋の爆破を頼む」
「海の底に落とすの?」
「あぁ、証拠隠滅のためだ。ライオンの処理も手早くすませた方がいいよ」
言うなり、マキナは右足を光らせ、その足でサッカーボールでも蹴るような感じで
動かなくなった蠍を蹴飛ばす。ズズズ…といったふうに動き出した蠍は
氷の道に差し掛かると、勢いを殺さずにツーっと滑り出していく。
蠍の橋への進入角度的に考えると、橋を渡るのは無理であったが、
マキナが走って橋の前に先回りし、蠍を待ち構えていた。
左足に光を溜め、段々と接近してくる蠍を、
「おぉぉおおりゃああぁぁあああぁぁあああ!!!!」
気合いの大声を上げ、左足で廻し蹴りを蠍に喰らわせた。
それが起爆剤になったかのように、蠍の動くスピードが急速に上がる。
ガガガガガガガガ!!!!!と五月蝿い摩擦音をたて、蠍は橋を渡っていく。
「今!爆破!」
「了解!スタンバイオーケイ、デトネイション!!!」
ルセの号令と同時に橋がドゴオオオォォォォォォオォォォンンンン!!!!!!!!!!!
といった擬音じゃ表しきれないもの凄い爆音を立てて爆発した。
橋の爆破の衝撃で蠍の装甲が辺りに飛び散り、本体が海面で高い飛沫を上げ、
そして何事も無かったのかのように、蠍の沈んだ海に広がる波紋は止んでいった……
蠍を見送ったマキナは、オールコネクションで全員に無線で呼びかける。
「さて…次の敵さんが来るまで、昔話でもしようかな。聞きたいって人だけ聞いてくれればいいよ」
マキナのその呼びかけに、無線を切る者は誰もいなかった。
247 :
旅人:2009/09/24(木) 00:34:52 ID:CXjxjKMN0
いかがでしたでしょうか?これで今回の投下は終了です。
途中からユールではなく、マキナと表記している所があります。
マキナがユールの体を乗っ取ったので、そういう風に書きました。
書いている僕自身が思っちゃいけないのでしょうが、
後半の(ユールの体を乗っ取った)マキナの無双っぷりはどうかと書いてて思いました。
とりあえず、生前のマキナ(松木)はこんな戦いをしていたという事を書きたかったので、
思うがままに書いていったらこうなりました。
部隊名の由来について、この場を借りて書こうと思います。
「ノエル航空迎撃部隊」の「ノエル」って聞いた事はあると思います。
(確か)仏語で「クリスマス」を意味します。
作品の中の日付が12月25日なので、そう名付けてみました。
「ダブルエース地上迎撃部隊」の「ダブルエース」は思い切って「AA」から取ってみました。
特に深い意味はありませんが、エースが二人ということでそう決めてみました。
「ルーズ特殊部隊」の「ルーズ」は「ruse」の読みをそのままにしてみたものです。
勿論、ルセと同じ由来です。だらしがない、という意味じゃないんです。
今見返してみると、誤字脱字が目につきます。
おかしいな、最後に確認した時はこんな間違いとかはなかったんだけどな…
最後に次回予告をさせて頂きます。
烏賊が出ます。姿は見せませんが、とりあえず出ます。
それではこれにて。今回も読んで頂き、ありがとうございました。次回をお楽しみに!
Wikiが動いてないなと言われそうなので、ちょっと書き込みにきました。
最近ちょっと別作業に時間を取られていて、更新できていません。
十月に入ったら一気に保管できると思いますので、もうしばらくお待ちください。
>>247 もう二十回目の投下ですか、長く続いていますね。
完結まで是非とも頑張ってください。
今はちょっと読む時間が無いので、保管時にでも読ませて頂きます。
恒例のageる時期
旅人さん、ずいぶん表現の幅が広がりましたね。
一つ苦言を呈するなら、せっかくそれだけ書けるんですから
盛り上がるシーンで「おりゃああああ」だとか「ドゴオオオオオオオン」などの
安直な叫び声・擬音に頼るべきではないと思うのです。
(漫画やアニメならおりゃああああでもドゴオオオンでもいいんですけどね。小説でこれやると安っぽくなりません?)
なんかいっつも厳しいこと言ってごめんなさい。
烏賊との戦いはより良く書けていることを期待しております。
さて、こんな深夜にトップランカー殺人事件の続きです。
「三つの理由って何なんですか?」
「未プレイだったから。ほどよく簡単だったから。裏コースだったから。以上」
なぜ1046はAKIRA YAMAOKAコースのHYPERを選んだのか。
乙下はその答えを、あっさり過ぎるほどあっさりと言ってみせた。
「未プレイ?」
「うん」
「ほどよく簡単?」
「うん」
「裏コース?」
「うん」
五秒くらいの沈黙を挟み、杏子は全然理解できないといった感じの口調で
「全然理解できないんですけど」とクレームをつけてきた。
そんな杏子に、乙下は何も言わず自分の携帯電話を差し出した。
杏子はそれを素直に受け取り、すかさず画面の中身を読み上げる。
「『ライバル情報 DJ BOLCE』……これは?」
「IIDXの携帯サイト」
「それは分かりますけど。BOLCEさんをライバル登録してどうするつもりなんですか?」
貴方にBOLCEさんをライバル登録する資格があるとでも思ってるんですか?
と、言われたわけではもちろんないのだが、
なんだかそんな意味にも取れてしまい、ちょっとだけ罪悪感のようなものを感じてしまう。
が、乙下は気を取り直しつつ話を進めることにする。
「いいかい。そのライバル情報のページで、
これから言う曲のBOLCEのベストスコアを調べてみてほしいんだ。
一曲目『昭和企業戦士荒山課長』。譜面はHYPER」
「その曲って……」
杏子は、それがAKIRA YAMAOKAコースの一曲目だとすぐに察したようだった。
「ちょっと待ってて下さいね……えーと……出ました」
「何点?」
「……0点です。『NoPlay』と書いてあります」
乙下は手元にあったしわくちゃのA4用紙を裏返して、白々しく「荒山課長:0点」と書き込んだ。
「二曲目『ライオン好き』HYPER」
「……NoPlay。これも0点です」
「三曲目『システムロマンス』HYPER」
「……NoPlay」
杏子は乙下の指示通りに携帯電話を操作し、BOLCEの「ベストスコア」をどんどん調べ上げていく。
「四曲目『マチ子の唄』HYPER」
「……NoPlay」
「五曲目『ヨシダさん』HYPER」
「……NoPlay。全曲0点です」
乙下の右手の下で、美しい記録表が完成した。
0点、0点、0点、0点、0点、合計スコア0点。
乙下はその記録表を杏子の方へ向け、とんとんと軽く指で叩いた。
「山岡コースの課題曲が全て未プレイの0点。こいつをどう思う?」
「どうって、別に不自然なことではありません。
BOLCEさんは基本的に高難易度曲ばかりを選んでプレイする傾向がありました。
☆7以下のHYPERやNORMAL譜面を選ぶところはほとんど見た記憶がないです」
「そういう見方もできることはできる。
しかし、これが偶然ではないとしたら?
つまり1046は、『BOLCEが0点のコースを意図的に選んでいた』のだとしたら?」
そこまで言ったところで、杏子は口に手をあてる仕草をした。
ようやく乙下が言わんとしていることの見当がついてきたらしい。
「もう分かっただろ?
1000点対1000点も同点。
777点対777点だって同点。
そして『0点対0点』……バカみたいな話だが、これも立派な同点ってことさ。
同点である以上は、BOLCEにイーパスのすり替えがバレることもない」
「やっと理解出来ました。
1046さんは『AKIRA YAMAOKAコースの曲を同点に調整した』のではなく、
『0点同士で同点だったからAKIRA YAMAOKAコースを選んだ』。
これがBOLCEさんの目を誤魔化すための、最も手っ取り早い方法だったんですね」
乙下は大きく頷いた。
理論上の話をすれば、必ずしも0点のコースを選ぶ必要はなかったのかも知れない。
杏子の言うように、1046がBOLCEのスコアに合わせて
各曲とも同点になるよう調整しておくという手もあるからだ。
だが現実的には、いくら1046と言えども
この「同点に調整する」という作業はそう生易しい話ではないはずだ。
仮に失敗してBOLCEより低い点数を出す分には構わない。
再チャレンジすればそれで済む。
だがしかし、仮にBOLCEのスコアを僅か1点でも上回ってしまったら?
当然ながら『一度出してしまったベストスコアは二度と撤回できない』。
やり直しはきかないのだ。
一曲だけならまだしも、EXPERTの五曲を全てBOLCEと同点に合わせ込むなど、正気の沙汰ではない。
だからこそ1046はそんな非現実的な方法に頼らず、
はなから「オール0点コース」をチョイスしてBOLCEに勝負を挑んだ。
これが乙下の推理だった。
「三つの理由の一つは分かりました。
では、次の『ほどよく簡単だったから』というのは?」
「これは読んで字のごとくだよ。
1046からすれば、BOLCEにはアリバイ工作のために
同じコースを何度も繰り返しプレイしててもらう必要があるわけだろ。
ということは、スコアがBOLCEにあっさり追いつかれてしまうようなコースじゃ
トリック自体が成立しないってことになるんだ。
だから1046は『最もBOLCEに差をつけやすいコース』で勝負を挑まなければならない。
じゃ、1046が最も差をつけやすいコースってどんなコースだと思う?」
杏子ははっとした様子で答えた。
「それがつまり、『ほどよく簡単なコース』ってことなんですか?」
「そうゆうことだね。BOLCEが得意なのは発狂譜面で、逆に1046が得意なのは簡易譜面。
だから難しいコースにすると1046のスコアはあっさり抜かされて、勝負が終わってしまう。
かと言って簡単過ぎるコースにすると、
二人とも理論値を出してしまい、そのまま引き分けで勝負が終わってしまう可能性が高い。
となれば、1046が選ぶべきはその中間にある『ほどよく簡単なコース』に他ならない。
そういう観点でEXPERTコースを調べたら、ちょっと面白いことが分かった」
乙下は小さく折り畳まれたカラーの印刷物をポケットから取り出し、杏子の前に広げて見せた。
ブラウザをそのままプリントアウトしたもので、
表題に「beatmaniaIIDX情報Wiki DJ TROOPERS EXPERTコース一覧」と書かれている。
空気のノートPCのブックマークに登録されていたサイトだった。
「現在DJ TROOPERSで遊ぶことのできるEXPERTコースは
表コースが12個、裏コースが12個で、合計で24コース。
それぞれにNORMAL・HYPER・ANOTHERの三譜面が用意されてるから、実質72コースある」
「結構いっぱいあるんですね」
「さて杏子ちゃん、君は朝にこう言ってたよな。
『1046は簡易譜面に滅法強い』。
『☆7くらいまでなら、BOLCEでさえ相手にもならなかった』」
「言いました」
「この言葉を信じれば、1046がBOLCEに最も差をつけやすい譜面とは
『☆7以下でなるべく簡単過ぎない譜面』ということになる。
ということで、☆7以下の曲だけで構成されたコースを抽出すると……」
乙下はボールペンを握り、次々とコース名に丸をつけていった。
・FEELINGSコース(NORMAL、HYPER)
・UPLIFTコース(NORMAL)
・GLAREコース(NORMAL)
・TROOPERSコース(NORMAL)
・SELECTIONコース(NORMAL)
・ETRANGERコース(NORMAL)
・TECHNOコース(NORMAL)
・DIVERSITYコース(NORMAL)
・AMBUSHコース(NORMAL)
・DISCHARGEコース(NORMAL)
・BATTALIONコース(NORMAL)
・MILITARY SPLASHコース(NORMAL)
・SLOW LIFEコース(NORMAL)
・RAM RAVEコース(NORMAL)
・PIANOコース(NORMAL)
・REMO-CONコース(NORMAL)
・L.E.D.コース(NORMAL)
・SUMMITコース(NORMAL)
・FLOWERコース(NORMAL)
・STARコース(NORMAL)
・AKIRA YAMAOKAコース(NORMAL、HYPER)
「この23コースに絞られる。単純に、この中で最も難易度が高いコースを選ぶと……」
・FEELINGSコース(HYPER) →☆4・☆6・☆7・☆7・☆7 合計☆31
・MILITARY SPLASHコース(NORMAL) →☆5・☆6・☆7・☆7・☆6 合計☆31
・L.E.D.コース(NORMAL) →☆5・☆6・☆6・☆7・☆7 合計☆31
・AKIRA YAMAOKAコース(HYPER) →☆6・☆5・☆7・☆6・☆7 合計☆31
「この4つのコースが同率一位になるんだ」
「なるほど。これが1046さんにとって最も有利な『ほどよく簡単なコース』なんですね」
「ま、もちろん実際のところはこんな厳密な計算をしたわけじゃないんだろう。
けど、今説明したような理由でAKIRA YAMAOKAコースのHYPERが
BOLCEとの勝負に打ってつけだったことは間違いないと思う」
杏子は頷きながらもいぶかしげに首を傾げるという妙な動作をした。
「二つ目の理由もよく分かりました」
「じゃぁどうしてそんな顔するんだよ」
「だって、おかしいじゃないですか。
事件当日の朝の時点で、1046さんのAKIRA YAMAOKAコースのスコアは0点だったはずでしょう?
ついさっきそういう結論になったばかりですよね」
「なったばかりだね」
「それなのに今の話からすれば、1046さんは事件当日の朝の時点ですでに
AKIRA YAMAOKAコースで高記録を出していることになります。
やっぱりこれ、どう考えても矛盾してます。
1046さんは一体どのタイミングでAKIRA YAMAOKAコースをプレイしたんですか?」
納得のいかない杏子に向かって、乙下は微笑みかけた。
「そこで三つ目の理由が大切な役割を果たすんだ」
「三つ目の理由って確か……『裏コース』ですか?」
「そう、裏コース。
意外に思うだろうけど、1046がAKIRA YAMAOKAコースを選んだ最後の、
そして最大の理由は、『裏コースだったから』だと俺は踏んでる」
「意外も何も、裏コースであることにどんな意味があるのか想像もつきません」
そこで乙下は杏子に向かって少しだけ身を乗り出し、ひそひそ話をするかのように言った。
「ところがだ、表コースと裏コースの間にはたった一つだけ物凄く大きな違いがある。
そして、その違いこそがこの『イーパスすり替えトリック』を
成立させるための最重要ポイントなんじゃないかと俺は考えてるんだ」
to be continued! ⇒
すんません、今回で第五話終了の予定だと言ってましたが、
思ったよりテキスト量が増えてしまったので分割することにしました。
近々この続きを投稿したいと思います。
それではまた。
思いがけず時間ができたので、Wikiを一気に更新しました。
作者の皆さん、投下お疲れ様です。
>>247 とまとさんも指摘していますが、擬音等の直接表現が目につきますね。
文章という形を取っている以上、あまりそのような書き方は避けた方が良いと思います。
とはいえライトノベルのようなノリですから、このケースならば有りと言えば有りかもしれませんが…
なるべく地の文で状況をわかりやすく伝える、という事を意識してみては如何でしょうか。
>>255 投下レス数も200を越えましたね。
何というか、本当にじらすのが上手いというか…だからこそ読み込んでしまいますね。
完結に向けて、頑張ってください。
沈むの早いな。
という事で、定期age
258 :
旅人:2009/10/12(月) 23:30:55 ID:/JwPrryk0
>>とまとさん
いくら厳しい事言われても、言われてる事が正しいと思ったら
何でも受け入れていこう。そう思っているので、大丈夫です。
傷つくよりは「あぁ、こんな感じで書けば良かったのか!」と思う方が楽ですし。
>>まとめさん
皆さんが読みやすく、僕も書きやすく…というのを目指したのが、これまでの姿勢で、
そして前回の蠍との決着の話でした。それが良くなかったと言われるのであれば、
僕はそれを直していく。それしか出来ないんです。
今回の話に上手く活かせたかは疑問ですが、アドバイスをありがとうございます。
今晩は、旅人です。
今回は烏賊が登場します。でも、まだ姿は見せないんですけど。
没作の話の大筋が語られたりするので、
みんパテの最後と今作がこう言う風にして繋がった、という事が分かるので、
そこが一番読んで欲しいところかなと思います。今回もよろしくお願いします。
「あんたの昔話って…何なんだ?」
クーリーが言った。他の者達は一切喋らないので、彼が代表のように聞こえる。
マキナはログにはもう詳しく話したが、と断りを入れてから話す。
「僕が千年前の人間だって知ってる人、いる?
居てもいなくてもいいんだけどさ、もしかしたら、知ってても忘れた…とかかもしれないし。
まぁいいや。まずは自己紹介からだ。
僕は千年前に生きていた人間で、ユールと同じ『光に選ばれた』人間だ。
西暦二千年代の危機に立ち向かって、死んで、剣の中に魂を入れていた。
僕が生前何をしていたかっていう話をするんだけど、生憎、口下手なんだよね。
この場においては関係のない話をするかもしれないけど、最後に関係のある事を言うから。
とにかく、誰かに聞いてほしいんだ…オーケイ?」
全員が是と返し、マキナは話の続きを始める。
「んー、どこから話せばいいかな。そうだ、この話をしよう。
僕はある大金持ちの家の子供でね。音ゲーが好きだったんだけど、ちょっとトラブってね。
まぁゲーセンの対人関係っていうか。あの時は子供だったからあれはショックだったなぁ。
下手糞は帰れって言うんだもん。逃げ帰るようにして家に帰ろうとしたら、
旅の流れ者の人がさ、僕に言ったんだよ。上手くなれって。上手くなって奴を見返してやれと。
で、その旅の人にね、コーチになって下さいって言ったの。ポップンのね、うん。
そんで一週間だけお願いして、僕を嘲笑った人を越えて、で、旅の人と一緒に頑張って
そのゲーセンね、客の態度がなっていなかったんだけどね、どうにか普通な感じに戻したんだ。
また、一週間旅の人と頑張ってさ。それで、その人とお別れしたんだ」
それが僕のターニングポイントだったかもしれないなぁ…とマキナは遠い昔を思い出すかのように
そこで言葉を止め、しばらく黙っていた。数秒が経ち、マキナは突然思い出したように言う。
「そうそう、実名を出すのはアレだからね、言わないけど、
まぁ当の本人達は死んでるからいいのかもしれないけどね、とりあえず名前は出さないで話すけど、
当時モグリのランカー並みの腕前を持つ女性と、行動派の凄腕探偵の男性と付き合いがあってね。
二人は仲が良かったみたいだけど、別に男と女の関係って訳じゃなかった。うん、確かそうだ」
そこでマキナは「あー」と伸ばして言い、言葉を探す。しばらくそうして、唐突に続ける。
「田舎の高級ホテルの騒動やゲーセン騒動とか、色々あったなぁ、あの探偵さん。
凄腕の女性も、探偵さんの絡んでる事件の殆どに絡んでてね。中々面白かった。
その話はまたの機会があれば話すとして…ま、これからが本題かな」
「『大富豪』って名前の殺し屋組織があったんだ。
奴らの一人一人の名前はトランプの数字になっててね。
そいつらが音ゲーマー全員の抹殺を目論んでいた」
マキナがそれを言った途端、ルセとイロンを除く全員が叫ぶ。
「は!?」「何で!?」「嘘っ!?」「ええぇ!!?」
「双子…またハモってないね。まぁいいや。
で、どうにかそれは食い止めた。でも、それは二度目の危機じゃなかったんだ。
次に大きな事件が起きようとして、それを僕が止めたんだけど…
その大富豪のルーキーの『9』が地球上の全人類の全滅を目論んだんだ」
「その…ナインって何者だ?」 クーリーが聞いた。
「大富豪に入る前は『狩りプレイヤーを狩るプレイヤー』として活動していた。
狩りって行為はみんな知ってるよね?ネット対戦とかで、自分よりも明らかに
実力の低いプレーヤーを相手に白星を上げる、とても卑劣な行為だよ。
それを彼は許せなかったんだろうね。色々な事情があって
そんな風なプレーをしていると前に語ってくれたよ。でも…」
まさか、大富豪に入るなんてなぁ…と悲しげな声色でマキナは言い、そして黙る。続ける。
「多分、彼にはこんな黒い感情が流れていたに違いないんだ。
『人間ってのは悪い生き物だ。だから全滅しなくちゃいけない』みたいな。
ま、根っからの善人なんて何処捜したって見つかりっこないし、
誰もが何かしらの黒い面ってのは抱えると思うんだけどね。
それにしても、そういう理由で心を闇に染めてしまうなんて…イテテ」
突然、マキナが胸の辺りを押さえてうずくまった。
それを見たクーリーが必死になってマキナに呼びかけをする。
「おい、マキナ、ログの体か!?負担をかけているんだったら戻れよ!!」
「いや…違う」
「じゃあ何だ!!!」
「この体の心がさ、言うんだ…『善人はいる。それは君だ』って」
クーリーは黙った。自分のことを褒められて恥ずかしくて黙ったのか、
嬉しくて黙ったのか。それとも、別の感情を抱いて黙ったのか。それは彼のみぞ知る。
「それで、色々あって、僕は千年前の光に選ばれた人の魂を手にすることが出来た。
最高の鍛冶師に剣を作ってもらった。仲間達が最高のバックアップをしてくれた。
だから僕は9を…いや、こう言うべきなんだろうね」
いって、少し間を置いてからマキナは言う。
「二度目の闇の顔…『全てを破壊するもの』って。
でも僕は彼を9と呼びたい。…で、僕は9を倒した。いや、殺した。僕も殺された」
そこでまたマキナは間を開ける。聴衆となったユールの仲間達は皆黙るしかなかった。
その沈黙は長く続き、「で」のマキナの一声でスピーチが再開される。
「僕は一人で突っ走ったから死んだ。彼女には僕のような道をなぞって死んで欲しくは無い。
だから、君たちの協力が必要だと思って、こんな迷惑をかけた。
本当にすまないと思っている。でも、そう思っていても、お願いだ。
これからも、彼女の為に、君たちの力を貸してほしい…頼む」
マキナはそう言って、もう喋らなくなった。
ユールの体が少しぐらついて、剣を床につき立てて体勢を立て直す。
そしてユールは目を瞑る。その双眸からは一筋の涙が流れていた。
「私からもお願い…あなた達の力を、私に」
「…君なんだね?」
「うん。クウ、そうだよ。私だよ。あなたの親友の、私だよ」
「大丈夫。僕は君に力を貸す。協力する。これからもずっとだ…君たちは?」
クーリーがアルベルト、アリス、キリーに向けて問うた。三人の答えはこうだ。
「当り前だ!一旦手ェ貸したら、最後まで俺は引っ込めないからな!!」
「当り前よ!あなたと協力する事が、ここを守るって事にもつながるんだもの!」
「アンタのいない生活って、全然考えられないからね。
あの剣の人のようには絶対にさせないから!!直接ではないけど、アンタの為に!!」
その言葉を聞いたユールは、堰を切ったように涙を流していた。
ありがとう、ありがとう!…しばらくの間、彼女は泣きながら叫んでいた。
マキナがユールに体を返し、仲間達が決意を改めて固めていた頃。
ルセはニヤニヤしつつ、自分のみに送られてくる無線に耳を傾ける。相手はイロンだった。
「大変な事が分かった」
「何?」
「島への攻撃部隊からの連絡で、奴ら、島にいないって事が分かった」
「…じゃ、総帥は?他の二つの兵器は?」
「烏賊がいない。で、鷹と人のアレが厳重に保管されているそうだ」
「という事は、そろそろこっちのレーダーで捉えれるということ…
そっちの方で人型可変機動の方はそっちで破壊できない?」
「今、爆弾で破壊を試みていると言っている。
総帥がいない以上、この島は用済みだからな…地図から消えても構わないだろう」
「跡形もなく吹き飛ばすのはやめて。ターゲットのみの消滅をお願い」
「分かった……そっちのレーダーに烏賊の反応は無いのか?」
「まだ」
「……嫌な予感がする。航空部隊を哨戒飛行に出してくれ。
フェニックスでも全方位の監視はしているが、こっちはあまり精度が良くない。
近くで彼らに見てもらうのが一番だと思う」
「了解。すぐに彼らに指示を出すわ」
「そうそう、ルセ、お前も出撃の用意をした方がいいかもしれないぞ」
「え?」
「ログのあの戦闘能力…支援機に乗せていては十分に発揮できないだろう」
「そうれはそうね…でも」
「でも、どうした?」
「それだけ彼女が危険な目に遭うって事よ?」
「お前とクウで守ってやればいい。大丈夫。ログなら大丈夫だ。あの少年も頼りになる」
「…かもしれないけどね。とりあえず、準備だけはしておく」
「それともう一つ」イロンが言い、続ける。
「クウについてなんだが…」
「彼がどうかした?」
「あの短期間で、奴が私並みにあの機体を扱えているって事に気がついたか?」
「蠍戦の時にやってのけたわよね、海面スレスレの超低空飛行、そこからの猛攻。
彼が高所恐怖症だって事を忘れさせる働きぶりだった」
「アイツ、先天的にこのテの物の操縦が上手いのか、あるいは…」
「そうなんじゃないの?」
「いや、前に聞いた話があってな。…WSFの本部が、約20年前に……」
ルセからの指示を受け、ノエル航空部隊は哨戒飛行に入った。
ユールが第二ブロックを、クーリーが第四ブロックを見て回る事になり、
二人は無線で話をしながら異常がないかどうかを観察する。
「もう、人間じゃなくなってきたみたいだ」
「…それについては否定しないよ」
「ちょっとジャンプしただけで、私の機体が滞空していた高度まで上がれるなんて…」
「大体200メートルくらいだったよね」
「…クウは、こんな私でも大丈夫だって言うの?」
「言うね。そんなの全く関係が無いじゃないか。
僕がそんな事で君を嫌いになると思うかい?そうだろ、ないだろ?
だから、君が悩む必要なんてない。どこにもないんだ」
ありがとう、とユールは呟き、無線を切る。
クーリーは一度目を瞑り、そして開く。
「嬉しい事言ってくれて、こっちこそありがとうだよ、ユール……ん?」
クーリーの視界の中に何かの違和があった。
北方の海が何かおかしい。海面に波紋がある訳でもないが、何かがおかしい。
「レーダーには何も映ってない。
ステルスかもしれない。でも、レーダーと視覚に対するステルスなら、まさか…」
まさか、感づいているというのか?
クーリーは自分でも信じられないような確信を胸に、違和感を覚えた場所へ急行する。
「ノエル2、一体どうしたの!?」ルセの声だ。
「北の海、なにかおかしいんです。
視覚とレーダーに対するステルス性を備え持つ何かだと思いますが、
僕が視認出来る訳がありませんし。でも、第六感というか、
そんなのが僕に告げてくれて…これから調べてみようと思います」
「分かった。こっちもあなたの向かう方に各種センサーを向けて探知する」
「お願いします」とクーリーは言って無線を切る。
レーダーを見ると、ユールの機体が自分の後を追ってきているのが分かった。
「ログ、どうしたの?」
「何か見つかったのかなって思って」
「多分、敵じゃないかとは思うんだよね…何となく」
ユールはクーリーと共に付近の捜索をしたが、特に怪しいものは見当たらなかった。
クーリーが適当な事を言っているかもとユールは考えたが、
それは彼の性格を考えるとあり得ない事だと気づき、それに間違いだとしても
彼を責める事は出来ない。少しでもクーリーを疑った自分が恥ずかしくなり、少し高度を下げる。
「何だ!?」
ネックレスに戻ったマキナが叫んだ。
何かを見つけたのか、その声は驚きに満ちている。
「どうしたの!?」
「今、海底を高速で何かが…大きな円筒状の、何かが…」
「ログ!」
「クウ、さっき今マキナが…」
「何か見えた。海底を高速で移動する何かだ!後を追おう!!ルセさん、聞こえますか!?」
「敵が見つかったの!?」
「分かりません。確かなのは、海底を高速で移動する何かです。第四ブロックの方角へ向かっています!」
「こっちのセンサー類では何も捉えられない。
君たちの錯覚って事になるかもしれないけど、とりあえずそっちに任せる」
ルセはそう言って無線を切り、イロンコネクションでイロンと無線で話す。
「次の敵が第四ブロックに来るみたい!」
「こっちの探査も上手くいってない。気づいたのは誰だ」
「クウよ」
「…やはり、先程話した件、当たりかもしれない」
「クウが、私達の?」
「『私達の』では語弊がある。正確には『彼等』だ」
「…本部の連中が?」
「出来れば、そっちの方で本部のデータベースを調べて欲しい。
あと、クウの出生時の状況とか、出来ればの話だが」
「分かった。出来ればやってみる」
「すまない」この言葉を最後にイロンが無線を切った。
ルセは難しい顔をし、近くのスタッフにイロンから頼まれた事を話し、調べさせた。
彼女は自分の端末に向き直り、無意識の内に呟いていた。
「まさか彼が『例の計画』の被験者だとでもいうの…?」
「もし、敵が海の底にいるのだとしたら、こちらからは攻撃できない…考えたな」
クーリーはログコネクションでユールと無線で話しながら第四ブロックへ急いでいた。
勿論、ユールもクーリーに追従し、視線は彼と同じ海の底へ向けている。
「こっちの速射砲も、レールガンも届かないよね」
「切り札の中に、何か海の底でも攻撃できるような物が無いか確認する」
「分かった。本当に私達が飛んでいる真下に敵がいるの?」
「僕の勘だ。当たってるかどうかは疑わしい。第四ブロックに僕たち以外の戦力は?」
「無いわ。でも、烏賊の装甲って薄いんでしょう?」
「でも、速いさ。今までの奴らと比べると、滅茶苦茶強いと思うよ」
クーリーはそう言ってしばらく黙った。
彼らのいる地点から第四ブロックまでの直線距離はおよそ2キロメートル。
敵は一分もしない内に第四ブロックへと到達するスピードを維持している。
クーリーが海中への対象を攻撃する切り札が無い事を無線でユールに伝える。
そして、クーリーはユールと話を続けた。
「ユール、おかしいと思わない?」
「何が?」
「もうこれだけ距離が近いんだ」
「そろそろ戦闘開始になるかもしれないね」
「いや、そういう事じゃなくて。視覚、レーダーに対するステルス性を持っていたとしても
必ず何か穴があるはずなんだ。その穴を突いて、そういった物を確認できるはずなんだ」
「うん。それで?」
「だから、ターミナルタワーの地下基地の探査能力ってこれほどまでに低かったかなって。
有事の際への体制はしっかりしてなきゃいけないのに、これは無いんじゃないかと思ったんだ」
「つまり、もっと基地の探査性を上げてしっかり備えておけよって事?」
「縮めればそうなるかな。でも、本当に言いたいのはそういう事じゃなくて…」
「そういう事じゃなくて?」とユールはクーリーに聞く。数秒してクーリーが言う。
「何か…多分、ハッキングか何かを受けて、探査センサーとかがやられているのかもな…って」
ユール達が攻撃を加える事も、基地のセンサー類が何も探知できないまま、
海底を突き進む何かは第四ブロックの海底の土台に激突した。
ミサイルの類ではないようで、爆発こそしなかったが衝撃は大きい。
それでも、その衝撃で第四ブロックが傾く事は無かった。
その後にようやくユール達全員がレーダーを通して敵の存在を確認できた。
基地のセンサーも役目を果たすようになり、状況把握が進んでいく。
それによると、烏賊型超高機動制地兵器が何かによって包まれ、
その何かが激突する前に兵器だけが脱出した事が分かる。
ユールはクーリーに呼びかけ、臨戦態勢を整える。いつでも攻撃が出来るようにだ。
第四ブロックは摩天楼のような作りになっているが、人工的な明かりが無い。
街灯の明かりが点いていないし、何らかのライトアップ等もされていない。
普段の通常営業中では、これは全くあり得ない事だった。
いたるところに街灯が設置され、鏡張りのビル群が
その光を跳ね返し、より眩しくさせるのだ。
これを知っていたユールは停電か何かのアクシデントが発生したのだろうと思い、
ルセに第四ブロックの明かりを点けて欲しいと要請した。
「照明を?第四ブロックの照明は殆どついているはずよ」
「いや、点いていないわ。真っ暗で見通しが悪い」
「こっちの計器類では明かりはついていることを示している。
こんな時に故障?…ノエル1、照明弾を積んでいる?」
「いつでも撃てるけど」
「こっちの方で明かりはどうにかする。
一分もかからないはずだから、それまで照明弾で対応して」
「了解」とユールは返して無線を切り、上空に向けて照明弾を撃つ。
空中で弾体が炸裂、強烈な光によってコントラストの大きな世界が辺り一帯に広がる。
見づらい視界だなとユールが思い、そしてクーリーから無線連絡を受ける。
「結構明るくなったよね」
「ここまで光が強烈だとは思わなかった。結構見づらいよ」
「それはそうだけども、第四ブロックの方を見て。凄い事になってる」
ユールは言われた通りに視線を海面から第四ブロックの方に向ける。
摩天楼を形作るビルの鏡の窓が上空から受ける強烈な光を反射し、
反射された光がべつのビルの鏡の窓で反射される。
そんな反射の連続で、一気に第四ブロック全体が明るくなっていった。
「まるで烏賊漁のようだ」
マキナが呟いた。ユールにとっては突拍子も無かった事なのか、
思わずオウム返しをして聞き返してしまう。マキナが少し間を開けて答える。
「烏賊の漁のやり方って、船に沢山照明を積んで光らせるんだよ。
それで烏賊を集める。烏賊は明るい所に行く習性があるからね。
集まった所を一気に持っていく。そういう漁のやり方なんだ」
「…待って」
「ん?」
「私達が相手にしているのは機械よね?」
「そうだね」
「機械なら、その習性は受け継がない…?」
「どうだろう、遊び心のある人が設計したなら習性もトレースさせるかも。
でも、相手は戦闘用の機械、兵器だからね。そんなものを持ち合わせる必要がな…」
マキナの言葉が途切れる。ユールもどうしたの、と返さない。
海から大きな音が響く。それは段々と大きくなり、そして…
「ふざけているんだろうかね、アレの設計者は…」
マキナの呟きを受けながら、烏賊型超高機動制地兵器の姿が大きな飛沫の中に見えた。
268 :
旅人:2009/10/13(火) 00:26:32 ID:dsjhuEj90
いかがでしたでしょうか?これで今回の投下は終了です。
最後のシーンについてですが、深夜に鏡張りのビルが乱立する場所で
照明弾を撃ったらどんな風に明るくなるかなんて、想像でしか書けませんでした。
烏賊漁の船並みに明るくなるとは自分でも思えないです。でもこれはフィクションなので。えぇ。
後は特に書く事は無いのですが…CSEMPがあと三日でしたっけ?
生憎PS2が故障中の為、今のところ購入予定は無いのです。
いつかPS2を買い換えたら、真っ先に買いに走るんじゃないかと思います。
今回もここまで読んで頂きありがとうございました。次回をお楽しみに!
乙
照明弾使うより誰かに少し離れた所で街に向けて花火を連続で打ち上げてもらったら結構明るくなるかもしれない
あくまでも武器に拘らなければの話だけど
旅人さんお疲れ様です。
過去作品とのリンクがたくさん登場しましたね。
作品自体はそんなに昔のものじゃないのに、
作中で1000年前の出来事という設定なので、
不思議と懐かしさみたいなものがこみ上げました(笑)
没作らしき部分も、なるほどこんな構想があったんだなぁと興味深く読みました。
次回はVSイカですね。楽しみにしとります。
では、トップランカー殺人事件の続きです。
第五話の締めくくりってことになりますんで、楽しんで読んでもらえると嬉しいです。
すみません、言い忘れましたが…
まとめWikiの中の方、更新ありがとうございました。
いつもいつも分かりやすくまとめていただき、感謝してますよー。
それでは、今度こそ本編です↓
杏子はEXPERTコースの一覧表をまじまじと眺めながら言った。
「表コースと裏コースに違いなんて、本当にあるんでしょうか?
私、これまで意識したこともありませんでした」
「普通のプレイヤーは知らなくても無理ないよ。
俺だって空気に教えられて、昨日初めて知ったことなんだ」
「ちっとも分かりません……。ヒントを下さい」
「ヒントならその中にある」
乙下は杏子の右手を指差した。
杏子の右手には、乙下の携帯電話が握られたままであった。
「あ、ごめんなさい。返すの忘れてました」
「いやいやお気になさらず。
そんなことより、BOLCEのライバル情報のページはまだ開いたままになってるな?」
「ええ、なってます」
「それじゃ、最後にもう一個だけ調べてみてほしいものがあるんだ」
「どの曲のスコアですか?」
「曲じゃない。コースだ。山岡コースのスコア」
「え」
杏子は聞き直した。
「何て言いました?」
「山岡コースだよ。
BOLCEのAKIRA YAMAOKAコースHYPERのスコアを調べてほしいんだ」
「そ、それは構いませんけど……」
杏子はさも不思議そうに、歯切れの悪い声で意見した。
「AKIRA YAMAOKAコースのスコアなら、さっき調べたばかりじゃないですか。
五曲とも0点だったでしょう?」
「それはただ単に、山岡コースに入ってる五曲のスコアを個別に調べただけでしょ。
俺が今調べてほしいのは、山岡コースそのもののスコアだよ」
「そんなの調べなくたって、五曲とも0点なら0点に決まってます」
「果たしてそうかな?」
乙下の不敵な物言いに動かされ、ようやく杏子は携帯電話を操作し始めた。
静かな喫茶店の店内に、カチカチとボタンを押す音が、奇妙なほど鮮明に響く。
「……え?」
そして杏子のつぶやき。
もともと丸くて可愛らしい目が、ますます丸くなった。
「どうして?」
杏子はまごつきながら、携帯電話と乙下を交互に見ている。
「どうだい?何点か分かったかい?」
「……分かりました」
杏子は大きく肩を揺らして一度ため息をつき、
それから悟ったように携帯電話の操作をピタリとやめ、乙下に電話を突っ返した。
「やっと分かりました。『何点なのか分からない』ことが分かりました」
「おめでとう、大正解。
それが表コースと裏コースの大きな違いってわけだ」
携帯電話を受け取った乙下は、おもむろに画面を一瞥した。
スコア比較(EXPERT)
――――――――――――――――
■ SP HYPER ■
OTOGE BOLCE
――――――――――――――――
■ FEELINGS ■
NoPlay NoPlay
■ UPLIFT ■
NoPlay NoPlay
■ GLARE ■
NoPlay NoPlay
■ TROOPERS ■
NoPlay NoPlay
■ SELECTION ■
NoPlay NoPlay
■ ETRANGER ■
NoPlay NoPlay
■ TECHNO ■
NoPlay NoPlay
■ DIVERSITY ■
NoPlay 10914
■ AMBUSH ■
NoPlay NoPlay
■ DISCHARGE ■
NoPlay NoPlay
■ BATTALION ■
NoPlay 9851
■ MILITARY SPLASH ■
NoPlay 10116
――――――――――――――――
ライバル機能の一つ、EXPERTスコアの比較。
そこには、どこをどう探しても"AKIRA YAMAOKA"の名前は見つからなかった。
FEELINGSからMILITARY SPLASHまでの、合計12コースのスコアしか掲載されていないのだ。
「知りませんでした。
ライバル情報のページに掲載されるのは表コースの結果だけで、
裏コースのスコアを調べることはできなかったんですね」
「それだけじゃないよ。
裏コースは『InternetRanking』のメニューでランキングを見ることもできなければ、
『各種データ閲覧』のメニューで自分のスコアを確認することさえできない。
これが何を意味するかと言うと」
乙下は携帯電話をテーブルに放り投げるような、乱暴な置き方をしてから言った。
「『裏コースは誰が何点出したかが全く分からない仕組みになってる』ってこと。
1046はこの性質を最大限に利用してみせたんだ」
杏子は胸の前でパチンと小さく手を叩いた。
「合点がいきました。
1046さんはAKIRA YAMAOKAコースなんて最初からプレイしていなかったんですね?
そして、システム上に記録が残らないのをいいことに、
BOLCEさんにデタラメなスコアを自己申告したんです。
それこそ、BOLCEさんでさえ絶対出せないようなインチキスコアを……」
「待て待て」
乙下は杏子の発言を慌てて遮った。
「杏子ちゃん、それは早合点だ。
確かに俺は『誰が何点出しか分からない仕組みになってる』とは言ったが、
『システム上に記録が残らない』とまでは言ってないぞ」
「同じことじゃないですか。
誰が何点出したか分からなかったら、実質的には記録がないのと一緒です」
「ところが厳密には一緒じゃないんだ。
誰が何点出したかは分からないけど、唯一『順位』だけは分かるようになってるからね」
「順位?」
「そう、順位だ。
ちょっとEXPERTコースをプレイした時のことを思い出してみてくれ。
プレイ後、画面に『今回のスコアを登録しますか?』って出るだろ」
「出ますね」
「そこで『はい』を選ぶと?」
「えっと、思い出しました。
そう言えば順位が出ますね。
表コースでも裏コースでも関係なしに、『何人中何位だったか』が表示されます」
「でしょ」
乙下は、昨日空気がABCでAKIRA YAMAOKAコースをプレイした時のことを思い返した。
バンダナ男のイラストをバックに、間違いなく
「あなたの順位」と「コース登録者数」の二つの数字が表示されていたはずだ。
「それでね……順位が表示されるとなると、
1046は『インチキスコアの自己申告』をするわけにいかない。
BOLCEが一位をとった瞬間にインチキがバレてしまうし、
インチキがバレた時点でBOLCEは山岡コースへの粘着をやめてしまうからね。
しかし逆に言えば、二位以下である限りBOLCEはひたすら山岡コースを粘着することになる」
「と言うことは、やっぱり1046さんは事件当日の朝までにAKIRA YAMAOKAコースをプレイして、
あらかじめ高スコアを出しておく必要があるように思えます」
「そうなんだけどさ。
ここでのポイントはね、裏コースなんだから
BOLCEの目から見えるのは『自分が何位だったか』だけであって、
『一位がどこの誰か』なんて絶対に分からないってことだよ。
だから、1046は別に自分のイーパスでプレイする必要なんて全然ないんだ」
「……あ!」
またしても杏子は胸の前で勢いよく手を叩いた。
さっきよりも数段大きなクラップ音が軽快に響く。
「今度こそ分かりました!
1046さんはきっと、元々持っていた自分のイーパスの他に、
『もう一枚新しいイーパスを作っておいた』……これが正解ですね?」
「よくできました」
おそらく1046は、二枚のイーパスを用意しておいたのだろう。
一枚は1046が元から持っている、使い古されたイーパス。
もう一枚はこのトリックのために用意した、新しいイーパス。
前者はAKIRA YAMAOKAコースHYPERを未プレイのままにしておき、
後者はAKIRA YAMAOKAコースHYPERで全一スコアを出しておく。
1046はこの正反対とも言える二枚のイーパスを準備することで、
『BOLCEにすり替えを気付かせないために、BOLCEと同点にしておく』ことと、
『BOLCEを一つのコースに粘着させるために、BOLCEより高いスコアを出しておく』ことを、
見事に両立させたのだ。
「さて、ここからがこのトリックの凄いところだ」
そう言って乙下は、手元にあったボールペンと
EXPERTコース一覧の印刷用紙を杏子に差し出した。
「突然だけど、BOLCEがアクティブにしてたライバルの名前を思い出せる?」
「BOLCEさんの……ライバル?ですか?」
杏子は解せない様子を見せつつも、ボールペンを受け取り、
用紙の余白へ縦一列に五人の名前を書いてみせた。
@1046
AHOLI-Z
BSOUMEN
CNATSU
DQUASER
「この五人です、けど」
杏子がもどかしそうに聞いた。
「BOLCEさんのライバルがどうかしたんですか?」
「どうしたもこうしたも……ま、一から説明するより、まずはこれを見てくれ」
杏子が記した五名のDJネーム。
乙下はその周囲に次々と新たな情報を書き足し、瞬く間に一枚の「図」を作り上げてみせた。
◎BOLCEのイーパス ◎1046のイーパス(※古い方)
DJ NAME:BOLCE DJ NAME:BOLCE(※本当の名前は『1046』)
ライバル: ライバル:
@1046 すり替え @1046(※新しい方)
AHOLI-Z → AHOLI-Z
BSOUMEN BSOUMEN
CNATSU CNATSU
DQUASER DQUASER
「これが1046のイーパスすり替えトリックにおける最重要ポイント、『ライバル偽装』だ」
1046はBOLCEのイーパスを自分のものとすり替えるにあたり、
あらゆる設定をBOLCEと同じ状態にしておく必要がある。
当然、ライバル設定も例外ではない。
ところが、同じ設定にしようにも、一つ問題が発生する。
A〜Dの四人については普通にBOLCEの真似をして登録すればそれで済むのだが、
@の人間――すなわち、『1046が1046自身をライバル登録することはできない』。
そこで1046は、極めて単純かつ有効な妙策を考え出した。
1046がしたことはたった二つ。
一つ目は、『新しいイーパスのDJネームも"1046"と名付けること』。
二つ目は、『この"ニセ1046"を自分自身の代理としてライバル登録すること』。
ただそれだけだった。
この行為にどんな意味があるのか。
まず、プレイ中にBOLCEがターゲット一覧を見ても、
そこにはいつもと変わらない五人の名前が並んでいるようにしか見えない。
『本物の1046』と『ニセ1046』の区別など、名前だけではつくはずがないからだ。
さらに、BOLCEがこのターゲット一覧から何を選ぼうとも、
AKIRA YAMAOKAコースに粘着している最中に限り、
不自然に見える状況は一切発生しないのである。
(1)『1046』をターゲットに選んだ場合
→『ニセ1046』のスコアが表示される。
しかし、BOLCEからは『本物の1046』のスコアにしか見えない。
(2)『全国TOP』もしくは『ライバルTOP』をターゲットに選んだ場合
→やはり『ニセ1046』のスコアが表示されるが、
これもBOLCEからは『本物の1046』のスコアにしか見えない。
(3)それ以外をターゲットに選んだ場合
→選択したターゲットに応じたスコアが表示される。
いずれにせよ、不都合な情報がBOLCEの目に入り込む余地は一切ない。
BOLCEはそれが自分のイーパスだと信じて、
何の違和感も感じることなくIIDXをプレイすることしかできなかったであろう。
しかし、もしこの推理が真実なら、BOLCEは完全に1046の手の平の上で踊らされていたことになる。
――それはまるで、ロボットがリモコンで操られるがごとく。
「これが一応俺の推理した『イーパスすり替えトリック』の全容なんだけど……」
杏子ちゃんはどう思う?
そんな風に聞こうとして、乙下は口をつぐんだ。
杏子の様子がおかしかったからだ。
説明に夢中ですぐには気付かなかったが、
彼女はいつの間にか顔面蒼白になり、額にはうっすら脂汗をかいていた。
苦しそうな表情こそ見せていなかったが、
杏子という人間に限り、そんなことは安心する材料になど決してならない。
「杏子ちゃん?大丈夫か?」
「『大丈夫』って不思議な言葉です。
痛みが和らぐでもなく、苦しさが紛れるでもないのに、
みんなどうして二言目には大丈夫かって聞くんでしょう」
「何を言ってるんだ?」
「全然大丈夫じゃないって言ってるんです」
杏子はとうとうテーブルに突っ伏して、両腕に頭をうずめてしまった。
「信じられません」
杏子はかすかに鼻を鳴らした。
泣いているのかどうかは分からない。
「そんな推理、聞きたくありませんでした。
BOLCEさんは命を賭けて1046さんやIIDXと戦っていたのに、
本当の意味で命を取られるだなんて、出来の悪い冗談にもほどがあります。
今からでも良いので、そんな推理はウソだと言って下さい」
乙下は返答に窮し、頭を掻きむしった。
「まぁなんだ……まだ俺の推理が正しいと決まったわけじゃないのは確かだ。
断定口調で喋っておいてなんだけど、結局これはあくまで俺の憶測に過ぎないんだ。
細かいことを言い出せばまだ分からないことや腑に落ちないことはたくさんあるし、それに」
「だ、か、ら、な、に?」
耐え難いほど冷たい声。
乙下は思わず背筋を伸ばした。
「それは慰めてるんですか?
それが何の慰めになるんですか?
貴方が何を言っても、BOLCEさんがもうこの世にいないという現実は変わりません」
「……そうだね。ごめん」
「BOLCEさん……会いたいよぉ……」
それきり杏子は机に突っ伏したまま、口までをも貝のように閉じてしまった。
それはまるで自分を世界と切り離そうとするかのような行為であり、
どうすることもできない乙下は、ただぼうっとそんな杏子の様子を見ていた。
どれくらいの時間そうしていただろうか。
ふと遠くで雷鳴が聞こえて、乙下は窓の外を見た。
いつの間にか辺りは薄暗くなり、アスファルトが点々と湿っている。
幾つもの点は互いに重なり合い、少しずつ面となっていき、
やがてアスファルトがすっかり水分で覆い尽されてしまった頃、
喫茶店の屋根を雨粒がさかんに叩きつける音が聞こえてきた。
雨粒は強風に煽られ、斜め45度の線分が数え切れないほど空気中に描かれている。
「メールが来ました」
杏子がぽつり呟いた。
テーブルに置いてある携帯電話を見ると、本当にメールが来ていた。
雨音がうるさくて通知音を聞き取れなかったらしい。
「きっと大事なメールです」
言いながら杏子はむくりと顔を上げ、姿勢を正した。
その動きがとても緩やかだったので、まるでインターバル撮影した朝顔の開花を思わせたが、
表情自体は朝顔というより雛菊のようなしっとりとしたものであり、
つまりそれは見慣れた無表情な杏子の姿そのものであった。
瞼が腫れぼったくなってたりだとか、目が充血していたりだとか、そんな痕跡は特になく、
乙下は予想通りと予想外がまぜこぜになったような、おかしな気分になった。
「もう大丈夫なの?」
「また大丈夫って言いましたね」
「……大丈夫そうだね」
「さっきはごめんなさい。
気にしないで下さいね、ちょっと死にたくなっただけですから」
「気にするっつーの」
気持ちを切り替えてメールを開くと、差出人は空気だった。
拙い文章と一枚の添付画像からなるそのメールには、思いがけない内容が書かれていた。
読み進めるほどに、乙下の手の平がじんわりと汗ばんでいく。
「やりやがった……アイツ、やりやがった!」
「空気さんから何か良い知らせがあったんですか?」
「良いなんてもんじゃない」
乙下は唾を飲み込み、もう一度メールを読み返しながら叫んだ。
「証拠だよ証拠。この事件の犯人を示す有力な物的証拠が、ついに発見された!」
乙下はテーブルの下で固く拳を握った。
一時は暗礁に乗り上げかけたこの事件にも、いよいよ終止符を打てる時がやって来たのだ。
「俺は間違っていなかった。
やはりこの事件の犯人は1046ただ一人だ。やっと尻尾を掴んだぞ」
「教えて下さい。空気さんは何を見つけたんですか?」
「んーとね。何から説明すればいいかなぁ。
要するにさ、杏子ちゃんにはまだ説明してなかったんだけど、
イーパスを使うためには四桁の暗証番号ってもんが必要でさ」
「はい」
「そこで俺は空気に……」
「はい」
「……ん?」
ちょっとした疑問が、浮かれ気味になっていた乙下を、不意に現実へ引き戻した。
「あのさ、杏子ちゃん。どうして空気からのメールだって分かったの?」
「見れば分かります。
貴方、空気さんと連絡を取り合っている時は表情がにこやかに緩むんです」
「うそぉ!?」
「本当です」
「うそだよ」
反論しつつも、乙下はついさっき電話をかけた時のことを思い出した。
あの時も杏子は相手が空気であることを、当然のごとく看破していた。
認めざるを得ない。
「うあああ、一生の不覚だ。ちっとも自覚してなかったわ」
乙下は体中が火照っていくのを感じた。
恥ずかしさの余り、顔を隠すようにして片肘をつき、窓の外に顔を向けた。
「あの。さっきから三つの理由がどうのこうの話してて、ふと思い出したんですけど」
杏子の言葉に乙下はぎくりとした。
そのまま窓の外を眺めながら耳をそばだてる。
「貴方が空気さんを『空気』と呼ぶ三つ目の理由が分かりました。
『それでも生きていくのに必要だから』でしょう?」
「いや……まぁ、それも、ある意味では間違ってないかも知れないね」
「やりました。正解ですね」
「正解とは言ってない」
「じゃぁ不正解ですか?」
「不正解とも言ってない」
「どっちですか」
ほんの少し声のトーンが下がったのにつられて、杏子の方を振り向く。
「私は貴方が羨ましいです。
だって、私にとっての生きていくのに必要な人は、もういないんです」
杏子は目を閉じてそう言った。そう言って、僅かに歯を食い縛った。
「……杏子ちゃん」
乙下は立ち上がった。
「勝負に出よう」
「え?」
杏子はびっくりして乙下を見上げた。
「まだ判明していないことは幾つかある。
1046がBOLCEを殺した動機もはっきりしてないし、俺の推理だって腑に落ちない点がある。
けど、もういい。
空気のおかげで状況は大きく変わった。
こうなったら、分からないことは1046本人の口から語ってもらうことにしよう」
「1046さん本人の口から……って、一体どうやって?」
乙下はテーブルに両手をつき、杏子の透き通った瞳を真っ直ぐに見据えて言った。
「1046を罠にはめる」
杏子は動じなかった。
動じないどころか、乙下と目を合わせたまま、こう返した。
「協力します。私にもできることありますか?」
「そうだな……」
乙下はすっかり大荒れの天候となった外の景色を眺めながら、一つ質問した。
「1046のメアド知ってる?」
From:
[email protected] Data: 2008/7/19 18:11
Sub: 無題
To:
[email protected] こんばんは。
例の事件から三日経ちましたが、
1046さんは無事にしてますでしょうか。
私はあまり無事とは言えません。
と言いますのも、私は今、大体二時間に一回くらいの割合で
BOLCEさんの後を追いたくなる衝動に駆られています。
そのくせ、誰かがBOLCEさんのことで
自暴自棄になったりしないよう、心の底から祈っているのです。
段々自分が何を考えているのかよく分からなくなってきましたが、
とにかくそういう訳で、私よりBOLCEさんの近くにいた貴方が
無事に過ごしているか、私なりに心配していたところです。
ごめんなさい。
こんな話をするためにメールを書いているのではありませんでした。
実は今日、店長さんに会って来ました。
すでにご存知だと思いますが、店長さんは今回の事件に巻き込まれて、
警察にその身柄を拘束されています。
今日は運良く面会という形で会うことができました。
落ち込んでいないか大変心配でしたが、
何とか気持ちを立て直してきているようではありました。
本題です。
店長さんから手紙を預かりました。
シルバーのことに関して、1046さんに折り入って頼みたいことがあるとのことです。
直接お渡ししたいので、できれば明日の朝、少しだけ時間をいただけませんか?
突然のメールで無理なお願いをしてしまい申し訳ありません。
もしOKなら返事下さい。
よろしくお願いします。
それでは。
追伸:明日の1046さんのラッキーアイテムはビニール傘です。
――次回、対決。乙下 VS 1046。
〜〜〜 第六話 罠 〜〜〜
to be continued! ⇒
今週はここまでです。
次回からいよいよ乙下刑事と1046容疑者の直接対決が幕を開けます。
ぜひ勝負の行方を見届けてあげてください。
それでは。
284 :
爆音で名前が聞こえません:2009/10/16(金) 18:22:25 ID:hKOhKsWS0
とまと氏乙です。
ライバル名に地味に笑いましたw
いよいよクライマックスな感じですね、次も楽しみにしています!
285 :
旅人:2009/10/18(日) 23:58:04 ID:YdgheVx70
>>269さん
アドバイスありがとうございます。
特に武器の使用に拘りがあるわけではないので
そういうのはバンバン言ってもらえると助かります。
>>とまとさん
感想ありがとうございます。そう思って頂いて嬉しいです。
何というか、僕の狙っていた感想が返ってきたので。ハイ。
ようやくトリックの全貌も見えて、次がより一層面白くなってきそうで、楽しみに待ってます!
今晩は、旅人です。
今回から烏賊との戦いが始まっていきます。
本日の投下分量はいつもよりあっさりしていますが、仕様です。
これから本編を投下します。今回もよろしくお願いします。
「嘘でしょ!?あの兵器に烏賊漁の方法が通じちゃったのッ!?」
ユールが海面から飛び上がった烏賊に向けて叫ぶ。
そんな驚きを見せる彼女に、クーリーから無線連絡が入った。
「ノエル2よりノエル1」
「何?」
「烏賊が海面から出てきたけど、これって…」
「マキナが教えてくれた。烏賊漁のやり方にそっくりだって!」
「僕もそう思った。それで…」
「海面での戦いかもと思ったけど、島の上での戦いになりそうね!」
「海上の機動力がどれ程のものかは見れないけど、ハンデを貰ってる内に倒そう。
陸上なら幾らかは戦いやすくなるはず。僕が先に行くよ!」
クーリーは叫び、眩い第四ブロックへ向かう烏賊の後を追う。
ここで烏賊型超高機動制地兵器についておさらいしておく。
これについては、ブリーフィングの回を見て頂ければお分かりになると思われるが、
この場で改めて説明しておいた方が便利だろうと考え、ここに書く事にする。
これまでの獅子型、蠍型は元となる動物をある程度再現していた。
烏賊型も八本の腕を持つなどのある程度の再現こそなされているものの、
あの軟体性は再現されていない。それに、様々な点が違ってくる。
烏賊の体を思い出してほしい。頭の中でイメージして頂いたであろうか。
これの体はあなたの想像した烏賊の体とは全く違うのである。
例えるなら、鳥の足のような形をしている。全く、不可思議な形をしている。
そして、三又に分かれた体の先に正四面体が載っている。それらは全てジェネレータだ。
海上での圧倒的な機動力をもって優位に立とうとするコンセプトを持つこの兵器は
構造上機体内部にジェネレータを積むことが出来なかったのだ。
弱点は外部取り付けのジェネレータ、そして他の三機に比べると最も薄い装甲を持つボディ。
長所はそれを補うに余りある海上での機動力、そしてそれをもってしての攻撃力である。
八本の腕の先端にある高威力レーザー砲。浮遊する一対の分厚い板。
これらをもってして、烏賊は地上への破壊と自身に迫る脅威を排除行為を為すのである。
そんな烏賊には元となる生物の習性が継承されていた。
先にも書いた「明るい場所への接近」がその習性に相当する。
烏賊はその習性通り、今この場で一番明るい第四ブロック中心地を目指す。
八本の腕の先からレーザーを放ち、浮遊する一対の板を飛ばして辺り一帯を破壊していく。
地上での動きはかなり遅い。そのスピードは時速10km/hにも満たないかもしれない。
ノエル航空部隊の接近を許さないのは、圧倒的な破壊力だけだった。
その破壊力を前に、遠く離れた所から撃ち続けるユールが声を上げる。
「敵のレーザーの威力、ライオンが積んでたのと桁が違う!」
「…こっちも近づいて分かったんだけど、
あの烏賊、しっかり対象を狙って攻撃してくる。接近は禁物ぅわぁっ!」
「大丈夫!?」
「危なかった、これから離脱する!」
烏賊に接近して行動パターンの分析を試みていたクーリーが烏賊から離れる。
その間にも容赦ない追撃がクーリーを襲うが、彼の操縦が上手いのからか擦りもしない。
クーリーはユールの横に並んで烏賊を撃つ。鍵盤を連打しながらユールに無線連絡する。
「切り札で一気に削ろうと思う」
「そんな簡単に使って大丈夫なの?」
「起動までに時間がかかるだけだと思う。
機体に滅茶苦茶な負荷がかかる訳でもないし、僕がダメージを負うわけでもない」
「じゃ、時間稼ぎが必要ね?」
「そうなるね。今向いている方向を12時の方向として、2時の方向に照明弾を撃って。
弾を破裂させる場所は陸地の上が好ましいけど、やってくれる?」
「任せて!」ユールが言い、両側の白ボタンを押す。
ユールの機体から照明弾が発射され、陸地の上で破裂し、強烈な光を放つ。
クーリーの読み通り、照明弾の輝く場所へと烏賊は進む。
辺り一帯を破壊しつつ光に向かうその姿には後光が差して見えていた。
「マキナ、奴を一気に破壊できるような切り札を頼む」
クーリーは亀のように遅く動く烏賊を見つめながら無線でそう言った。
「それだけの切り札を要求してくるとはね。
君、そのゲームは上手いかもしれないけど、これはどうだい?
……『誰も辿り着けなかった、今や仲間外れの惑星』……
処理の程度が90%程でも十分な攻撃力は期待できる」
その言葉を受けたクーリーの顔が、瞬時に真っ青になっていく。
マキナが何の曲を認証させたかが分かってしまったのだ。
「ちょ、待て…待てって、それ無理だって!!
せめてさ、ホラ、桜とかで良いじゃん!!若しくは⇒(A)の穴!
アレのあの縦連とかでも良いじゃん!!!アレなら完璧に出来…」
「もう認証は終わった。帰還する事が出来ない旅だったらしいが、そんなのは間違いだ。
過去の先人達がそれを証明している。君にだって出来る」
「…これ、処理が90%を切ったら?」
「加速度的に威力は下がる。白壁以下の攻撃力になるのは70%辺りを下回ってからだ」
「処理の定義って、一体何だった?」
「(全ノーツ数)÷(有効ノーツ数)だよ。九割の1800ノーツを処理すりゃいいんだ。簡単でしょ?」
「1800ノーツの処理か…最悪でもBPは200までに抑えなければ真価を発揮しない……
あぁ畜生、この曲、初めてやるんだぞ?しかも史上最悪のワンモア…やるしかないのかぁ……」
その頃、ダブルエース地上迎撃部隊は、ターミナルタワーの基地へ帰還していた。
二人は負傷した体の手当てを受け、司令室のルセの前に現れた。
「良くやってくれました。ありがとう」
「まだだ、まだクーリーとユールがいる!」
「そうよ、彼らだけ見殺しになんか出来ない。私達に何かできる事は!?」
ルセが労をねぎらうと、二人は何故か怒った様子でルセに言った。
アルベルトがルセに怒鳴るようにして続ける。
「もうやる事は無いのかもしれないが、
あいつらの力になれる事が何かあるはずだ!!」
「ただ黙ってじっとしているなんて嫌!
何でもいいから、二人の手助けがしたいの!!」
二人は熱心に自分の意思をルセに伝える。
ユールとクーリーを助けたい。見殺しにするようなことは出来ない。
二人の目が熱く語り、その熱意に押されたルセは言った。
「じゃ、私の代わりに私の仕事をして」
「は?」「え?」
「何でもいいんでしょ?ここで色んな指示を出したりして欲しいの。
サポートなら、ここのスタッフがきちんとやってくれるから安心して。
私は私でやる事があるから、ここを出ていかなきゃ」
ルセはそう言いつつ、腰かけていた椅子から腰を浮かす。
アルベルトが納得いかない表情でルセに問うた。
「なぁ、どうしてアンタがここを出なきゃならない?」
「あなた達も見たでしょ?ユール個人の圧倒的な力を。
あの支援機に乗せておいたままだったらもったいない。だから、私が支援機を乗り継ぐ。
その旨を無線で伝えておいて。連絡班!兵器廠の人にタワー屋上に
フライングプラットフォームの手配をお願い!あなた達は直ぐに無線でユールにこのことを伝えて!」
ルセはそう言うと司令室を飛び出し、そこに残されたのは熱心に自分の仕事を処理するスタッフと
何が何だか分からなくなった双子がいるだけであった。
「こちらターミナル基地。ノエル1に告ぎます。
ルーズ特殊部隊のルセがそちらへ出向くそうです」
「え、ルセがこっちに来る?」
「そうです。今からあなたの飛行位置を指定します。
時間が来たら、レーダーに点滅されるポイントへ急行して下さい」
「でも、どうしてです?私、そんなに使えませんか?」
「使えるからこそ、あなたはそれから降りて欲しいのだと思います。
あの蠍の時のように、十分過ぎる戦力になってくれればと彼女は思っているのでは…」
「でも、あれはマキナが……いえ、分かりました。それまで戦闘を続けます」
切り札の準備をしているクーリーのために時間稼ぎの戦いをしている
ユールの元にいきなりの無線連絡が入った。それもログコネクションで。
烏賊が近くの建物の破壊に夢中になっているので、
ユールにはある程度の余裕が出来ており、落ち着いて応答する事が出来た。
だから、クーリーにこの事を知らせるのも、また余裕をもって知らせる事が出来る。
「ノエル1よりノエル2。クウ、聞こえる?」
「あぁ聞こえてる……え?何だこの加速!!うわあぁぁああ!!!」
「低速からの加速は全力をもって処理に徹するしかない。
それで、彼女の代わりに僕が言うよ。今からルセがこっちに来る。
つまるところ、ログとルセで交代するって事だね」
「分かった…お?だいぶ楽になった!ウィニングロード!!ヤホーィ!!!」
「…ログ、彼ってこんな性格していたっけ?」
「時々、ノッてくるとこういう感じになるかな」
「意外な二面性を発見…ってとこだね
そうだ、そろそろ切り札入力は終わるはずだけど、どうだった?」
「待ってくれ……81%。81%だ!」
「という事はフルパワーに近い威力で撃てるな…決めてやれ!」
オーケイを返事に、クーリーが白鍵を押す。
それが切り札「2000ノーツ」のトリガーとなった。
クーリーの機体から物凄い勢いで大量の弾が発射される。
回避する間もないスピード、そして必中の命中率。
それらを有するバルカンでもライフルでもない弾は全て烏賊の全身に着弾する。
30秒もの切り札による猛攻が終わり、立ち上る黒煙が晴れていく。
その先に烏賊の姿は見えた。その姿は装甲の大部分を削られてボロボロである。
ユールは傷ついた烏賊に接近、迎撃すらできない烏賊にレールガンを何発も浴びせる。
六発目の弾体が着弾した時、勝敗は決していた。
烏賊の体が鈍く軋む金属音を立てながら後方へ大きく傾き、
そのまま浮遊する。その途中、高度は下がっていく。
第四ブロックの陸地から離れた所でとうとう着水。その場で烏賊は沈んでいった。
烏賊を見送ったユールが言う。
「終わった…んだよね」
「もう終わった。勝ったんだよ」
クーリーがそう答える。その声には疲れが見え隠れしていた。
良かったとユールが呟くが、それに水を差すようにマキナが言う。
「終わるもんか。奴はまた現れる」
「どうして」
「今までそうだった。ライオンの時を思い出して。
一度行動不能に追い込んだけど、その後復活したでしょ?」
「あ…」
「蠍だってそうだ。全部の脚を使えなくしたら
移動手段をキャタピラとブースターに換えて復活した」
「そういえば…」
「だから、烏賊だって何かしらの方法で復活する。
それを倒すまで油断は出来ない。二人とも、十分な高度を取っておいた方が良い」
292 :
旅人:2009/10/19(月) 00:47:49 ID:tSVlN2XO0
いかがでしたでしょうか?これにて今回の投下は終了です。
今回意識した事は「あっさり感」なんです。
事細やかな描写ではなく、あえてあっさりした感じに書きあげてみました。
けれども、ただあっさり書きたかったからそうしたという事はないです。僕なりの意図があってそうしました。
今回戦った烏賊というのは、海上に陣取れば超高速移動できるという設定があります。
けれども、地上で戦えば亀のように遅い。四機の中で最も薄い装甲を有している烏賊にとって
これほど致命的な弱点はないでしょうし、その弱点を突く「烏賊漁作戦」は功を奏したようにみえます。
が、予測以上の破壊力を烏賊は有していました。
その描写もあっさりしていますが、相当なインパクトを与えられたのではないかと思います。
だから接近も出来ず、遠くから攻撃しようにも圧倒的な火力を前にすればかき消されてしまう。
そうは書いていませんがそう感じ取っていただけただろうと思います。
だからクーリーは早期に切り札を使って烏賊を撃墜しようとしました。
この一連のストーリーを、ある種の重みを持って読ませることは出来るのか?
今回の投下にはそんな実験的な試みがあったのです。
この試みをどう感じたか、もしよろしければ感想として書いてみてください。
それではこれにて。今回もここまで読んで頂きありがとうございました。次回をお楽しみに!
前作あたりからこのスレ読み始めましたが、旅人さんの最近の成長は目覚ましいですね。
書いていて楽しそうなのが伝わってきて、読んでいても爽快です。
やっぱり設定がややこしいなあ…って思ったりもしますが…
それは長くなると仕方ないですかね。。
続き楽しみにしてますよ〜。
話がつながっている(?)という過去作も読んでみたいのですが
旅人さんのオススメはありますか?
>>283 とまと氏乙
いつも楽しみにしてる
このまま1046が捕まってしまうのか…次回もよろしく
沈む速度が速いな…
ageておく。
296 :
旅人:2009/10/24(土) 23:41:09 ID:7xRok8oN0
>>293さん
こんな書き手をお褒め頂き、ありがとうございます。早速質問に答えようと思います。
今作と直接話がリンクしているのは「みんなのパーティー」です。
正確に書けば、同作の最後の話にあたります。
もっと細かい事を書いていくと、殆どの過去作が今作とリンクしています。
お勧めの過去作は…作者として僕がお勧めできるのは「NO.9」でしょうか。
僕の場合、長編を書くよりは短編を書く方が楽なんです。
作業量が短いしから書きやすい。だから自分で満足のいく物を書きやすいんです。
それに加え、当時書きたかったものを書けたので、お勧めできるのはそれです。
ただ、今に比べると、見づらかったり見苦しい所が多々あると思います。
たまに見返してみて、自分でも「うわぁ…」と思うくらいですから。
いや、今の「カーニバル」も相当ひどいんじゃないかとは思いますけど。
今晩は、旅人です。
今回もちょっと冒険した感じで書いてみました。
前にも似たようなことを書きましたが、雰囲気のテーマとして
「ミリタリーでシリアスっぽいもの」を掲げさせて頂いています。
いつもよりそれを意識して書いてみようかと思い立ち、今投下分が書き上がりました。
これから本編を投下します。今回もよろしくお願いします。
ここで一度舞台を変える。総帥がヘリコプターで降り立ったとされる島だ。
そして時間も少し遡る。そうでないとこの話を進められないからだ。
島の攻撃部隊は五人で一チームを組む。
そのチームが三つであったのと、ヘリコプターの操縦者なども考えると
攻撃部隊の総員はおよそ20人はいたのではないかと思われる。
捜索班、突撃班、工作班の三チームに分けて島へ向かったらしい。
そう言った事が、私の手元にある資料に記載されている。
ここで話を変える。進行上読まなくても差し支えは無いが、一度読むことを勧める。
進行の阻害にならないようにこれを挿話できれば良かったのだが、それが出来ないほど私は無力なのだ。
僅かな人間しか知らなかった事だが、この島には研究施設があった。
この島でカーニバルを襲う四機が製造され、それに立ち向かう兵器が製造された。
元々、カーニバル防衛のための軍事研究という名目で秘密裏にこれらの開発が進められていった。
しかし、研究が順調に進んでいっていた中で研究中止命令が出た。
予算の関係上これ以上は無理という事で、これに関わっていた多くの人間が悔やむところとなっただろう。
ちなみに、この時点で既に完成していた代物がある。
バレンタイン姉弟の持つギター型の銃と、ユールとクーリーの搭乗する最新鋭戦闘機である。
余談だが、キリーが踊るDDRのアレはカーニバル建造時に
同時進行で製造されていたので、この件とは関わりが全く無い。
研究と開発がストップして以来、放置されたプロジェクトがあった。
カーニバル防衛の最終兵器。四つの動物を想起するそれらは、この時は未完成であった。
そこに目を付けたのが総帥だった。彼はその島に自らの部下を忍ばせ、
四つの兵器の完成を進め、クーデターの準備をしていたのだ。
そのクーデターは「総帥」が推し進めていたものではない事は理解していると思う。
あくまで、彼にとりついた「闇」がそうさせているのだという事を
彼の名誉のために付け加えておく。もっとも、過去の時代に彼の名誉も何も無いと思うのだが。
島の攻撃部隊は目標の島へ到着し、既に捜索班、突撃班の役割は終わっていた。
これにかかった時間は推定5分とされており、かなり手早い仕事ぶりであったと思われる。
その後、工作班の班長、ウィーグル(コードネーム。本名は不明)は
捜索班、突撃班から得た情報をフェニックスへの報告で伝える。
「こちらフェニックス。イロン応答」
「こちらウィーグル、島の調査を完了。
総帥を乗せたと思われるヘリを一機確認。
海底搬入口に最近稼働した形跡あり。
島内における生存者は不明。総帥も確認できない。こちらの発砲なし」
「大型兵器は?」
「『人型可変機動型制空兵器』のポッドのみ確認」
「それの解体は可能?」
「短時間での各パーツの解体、パージは不可能と推測。
爆破による処理が最善と判断」
「必要な爆薬の種類と使用量は?」
「Xタイプを1トン。こちらで用意できる」
「島が吹き飛びそうだな。一応、そちらに任せる。
ルセに報告を中継するので、彼女からの指示を待て。以上」
ウィーグルはその言葉を受け「了解」とだけ返し、班員に通達する。
「工作班、これからルセ司令からのご命令があるまで待機とする!」
四人の班員の「了解!」の言葉が夜空に響く。
その後、次の無線連絡が来るまで五人は暇つぶしにでもと話を始めた。
「そう言えば、指令はどうして『今日だけくだけた応答をして欲しい』って言ったんだろう」
「あのスピーチか。今日の朝の8時にいきなり呼ばれたから何かと思ってびっくりしたよ」
「多分アレじゃないの。ホラ、カーニバル防衛隊の子供達に対する配慮じゃ…」
「それか…そうだな!いつもの指令は怖いからなぁ…そっすよね、ウィーグル班長?」
「だろうな。指令が普段の態度であの子たちに接していれば、
あそこまで円滑に事は進まなかっただろうし、何より作戦が遂行できない。
俺としても、いつもとは違う指令の姿を見れて得をしている。中々良い事だと思うぞ」
そんな会話をして暇を潰す工作班の五人。
雑談から数分後、ウィーグルの無線に連絡が入る。彼はそれに応答した。
「こちらウィーグル」
「こちらイロン。ルセから代理で通達だ。『島は吹き飛ばすな』」
「復唱する。『島は吹き飛ばすな』」
「これの狙いは恐らく目標へのダメージと、
島内に現存する資料等の隠蔽だと思われる」
「了解。これより工作班活動。通信を終了する…その前に一つ」
「どうした」
「どうして指令が直接指示しない?」
「ルセだって、スイッチの切り替わりが難しいと感じているんだろう。
彼女らの前ではああでも、お前らの前ではああは出来ないだけなんじゃないか?」
「そうか…分かった」
そう言ってウィーグルは無線を切り、部下たちに告げる。
「これより『人型可変機動型制空兵器』の爆破に移行する。
工作班五名は研究施設内部へ侵入、Xタイプ爆弾500キログラム設置して
同兵器の損傷、若しくは一部破損を試みる。行くぞ!」
工作班は研究施設の最下層へと向かっていた。
最下層には烏賊を安置していた「ステルスポッド」の射出装置があり、
また、四つの大型兵器の研究、開発を進めていた場所でもある。
大きいコンテナのような形をした、頑丈な直方体のケースに
ターゲットである人型可変機動型制空兵器は保存されている。
工作班はその直方体に爆弾を仕掛け、時限装置を設置してそこから脱出した。
爆弾による爆発が島全体の地形に影響を及ぼす可能性があるとして、
島の攻撃部隊の全員がヘリコプターに搭乗、そこから離れた。
時限装置のカウントダウンが完了、研究施設を粉々に吹き飛ばすだけの爆発と
それに見合うだけの爆音と光が展開する。
これだけの爆発であれば、ターゲットも無事では済まないだろう。
カーニバル防衛にあたる子供たちに与える危険性も無くなる…
ウィーグルはヘリの窓から爆発を見てそう考えていた。
すると、彼の無線に連絡が入る。
「こちらウィーグル」
「こちらイロン。ノエル航空迎撃部隊が烏賊の撃墜に成功。そちらの首尾は?」
「たった今研究施設を爆破。『人型可変機動型制空兵器』の爆破と共に
もう一つの目的である『資料等の隠蔽』も果たした」
「分かった。ではそちらを迎える用意をする。こちらへ戻ってくれ…ん!?」
「どうした」
「烏賊が…烏賊が復活した!!」
「そうか。こちらの受け入れは可能か?」
「戦闘はそこまで広がっていない。恐らくは可能だと思われる…いや、無理だ!
烏賊の戦闘能力が飛躍的に上昇した!ヘリの一機程度、簡単に墜されてしまう!!」
「落ち着け。アンタが慌ててどうする。
俺達が求めているのはアンタの指示だ。どうすればいい?」
「とりあえず、そこで待機!指示があるまでは動くな!!」
「了解。待機するよう伝える…伝えた。
今のところこちらに異常は……何だ、アレは………」
「どうしたウィーグル、応答せよ!」
「アレは俺が受けたブリーフィングでは見たことが無い…」
「何を言っている!?」
「とりあえず画像データを送る。恐らくは『人型可変機動型制空兵器』を保存していた
ポッドから現れたもののようだが、姿がまるで違う。
先の獅子、蠍の時もブリーフィングの時と微妙にデータが違っていた。
どういう事なんだ…まさか、偽物のデータを掴まされていたとでも?」
「ルセもそれを危惧していた。それより、そこは危険領域では?」
「大丈夫だ。現在安全圏へ飛行中。事態が事態だ。通信を切る」
ウィーグルは無線を切り、爆破された研究施設から現れた兵器をもう一度見る。
…黒く巨大な鷲だった。一見、機械的な挙動をするものかと思われたが、
あまりにも生物的な動きをするのでウィーグルは驚いた。
機械であそこまで再現するのは不可能に近い。
その分野に関しては素人の彼にもそう悟らせるほど、黒い鷲の動きは凄かった。
イロンはウィーグルから送られた画像データを確認していた。
月の光に若干照らされる、黒く巨大な鷲。その姿は明らかにブリーフィングのとは違う。
彼女はすぐにルセへこれを報告、データを転送し、そのまま短い会議を始めた。
「何よこれ…」
「私だってそう言いたい。だが、これは本当に起きている現実だ」
「ウィーグルがタチの悪い冗談を言うはずがないしね。そっちでも捕捉してるの?」
「してる。あと五分もしない内に高高度から襲来してくる」
「分かった。あと、私はタワーの屋上にいる。
フライングプラットフォームで彼らの手助けをする」
「フ…パーソナルユーフォー(※5)だな?その古い呼称を使うのを止めてくれないか」
「いいじゃない、私が気に入っているんだから」
「そうだ、どんな火器を所持している?」
「携行型レーザー砲を右手に。3つのPSCRに同タイプの武器を、
2つのPSCRには携行型ロケットランチャーを収めておいてる。弾切れにはならない」
「分かった。絶対に彼らを死なせるな。お前も死ぬな」
「大丈夫。私が死ぬような女に見える?」
(※5…空中を浮く円盤。略称はP-UFO。主に定員一名を乗せて空中を移動するのに使われる。
ルセの乗るこれは、敵からの攻撃を防ぐため、前面に盾となる分厚い鉄板が溶接されている)
ようやく話を元に戻せる。復活した烏賊とノエル航空迎撃部隊の再戦だ。
マキナの見通した通り、烏賊は海面から復活を遂げた。
必要最低限の装甲のみを身にまとい、ジェネレータが一つしか残らなかったためか
浮遊板をパージし、八つの脚に擬態したレーザー砲は五本までに減り、
一本一本の砲身が細くなっている。攻撃力に悪影響はあるだろう。
それでも徹底的に軽量化に拘り、スピードにのみ特化した機体に進化したのだ。
もっとも、切り札によって全パーツを破壊し尽くされかけ、
やむなくそうした可能性も否定できない。
ユールは第四ブロック上空で光り輝いている照明弾を見る。
その光は弱々しくなり、それに合わせて第四ブロックの明度も落ちていく。
これを見たユールは慌ててルセへ無線連絡した。
「ルセ!第四ブロックへの電力供給は!?」
「確か…あと60秒もあれば、多分!」
「60秒!?遅いよ!!」
「大丈夫!地上部隊の双子が私の代役をやってくれている!!
スタッフのサポートもあるから、復旧は本当にあと少し!!!」
「今どこにいるの!?」
「そっちに向かってる!レーダーに反応は無い!?」
「この光点ね、分かった」
「私と合流するようにと言われたと思うけど、今は烏賊との戦いに集中して。
あと、もう一つ悪い知らせよ。総帥が着陸した島から最後の兵器が姿を現した。
それだけじゃない。ブリーフィングで紹介した奴じゃないらしいの」
「え?…それは、あとどの位で?」
「二分もあれば」
「分かった。通信状態はオールだから、クウにも聞こえているよね…ありがとう」
そう言ってユールは無線を切り、照明弾を第四ブロック上空へ撃つ。
半壊している摩天楼において、照明弾による輝度増加効果は
初期の頃と比べると半分程度は落ちたが、それでも眩しいことには変わりない。
烏賊は光につられて第四ブロックへ向かうと思っていたユールだが、
その予想を裏切らずに、烏賊は海面上の超高機動という特性を活かして
一気にトップスピードで接近、そのまま突っ込んでいくかのように思えたのだが…
ユールの予想は当たっていた。ただ、その後を予測出来なかったという意味で、予想は外れていた。
烏賊は第四ブロックと海の境目の10メートル前で急停止、全身を横にスピンさせた。
何かが脚部レーザー砲から放たれたが、それはレーザーで無い事は誰もが見て分かった。
レーザーで無い謎の攻撃手段は、綺麗に摩天楼を形成するビルを横に一閃して切断する。
あまりにも綺麗な烏賊の破壊活動。ユールはそれを見て、
まるで奇術を見ているような錯覚に陥っていくのが分かった。
そんな錯覚からユールを呼び覚ましたのはマキナの声であった。
「聞いて。あの烏賊、攻撃手段を水に変えた」
「……水?」
信じられない話だった。長い時間をかけて水が川を浸食していく話なら学校で習った。
だが、水が建造物を綺麗に斬り裂くなんて話は聞いた事が無い。
「水が、どうして?」
「別におかしいことなんて何も無い。
考えてみて。雨が降っていたとしよう。雨に打たれて死ぬ人っていると思う?」
「いいえ…」
「でしょ?でも、この地球上のある要素を抜きで考えれば、
決してそうは言い切れなくなる。雨が降れば人は死んでしまうんだ」
「その要素って?」
「抵抗力だよ。抵抗力があるから雨粒の速度は一定に保たれる。
だから、雨粒が当たっても『あ、降ってきたな』程度にしか思わない。
その抵抗力が無くなったら。雨粒はどんどん加速していって
考えられない威力で地上にぶち当たる。
人体に当たれば、当たり所が悪ければ死ぬ。もしかすると貫通するかもしれない」
「それが一体どういう…あれ、まさか……」
「分かったと思うけど、勢いがあれば水でだって物は斬れる。
千年前にも水圧を調節して水で切断する『水カッター装置』みたいな物はあったよ。
そして、烏賊はグラビティコアを有しているんでしょ?
水圧を調節して重力を操作してさらに威力を上げる…考えられなくは無いよ」
ユールの頭の中でジクソーパズルが埋められていく。
マキナの発言がピースで、完成する絵は烏賊の攻撃手段の「水」である。
勢いさえあれば、水でさえ凶器になる。マキナの一例を繰り返すが、
抵抗がない、重力にのみ従って落下する雨粒は考えただけでも恐ろしかった。
そんな雨粒が水流に変化し、そして加えられる重力が変更され、さらに勢いを増したらとしたら。
途轍もない威力を有する近接戦最強の兵装になるのは間違いなかった。
クーリーもマキナと同様、先の烏賊の攻撃は水によるものと判断していた。
彼もマキナと同じような考えであり得ない話ではないと納得し、だからこそ接近を躊躇っていた。
先の攻撃に使った砲身は二本。たったの二本であれだけの威力を発揮するのだ。
こちらに向けて五本も撃ってきたらどうなるのだろう…間違いなく撃墜される。
それは間違いなく、自分の死亡を意味する。正直なところ、まだ死にたくは無い。
本当は死ぬわけにはいかないというのが正しいのだが、それは置いておく。
クーリーがリスクを冒してまで接近し、烏賊に残された
最後のアンチグラビティコアを破壊さえしてしまえば、浮遊する事は出来なくなる。
だから烏賊はもう一度水没して、そのまま泡でも吐きながら浮かび上がってくる事は無いのだ。
簡単な話だ。攻撃を全て回避して接近、弱点だけを突いて離脱。
しかしそれは、今の烏賊の破壊力を前にすれば自殺行為と言えるだろう。
いや、そうなのだ。自殺行為という言葉以外、当てはまるものが無い。
クーリーはそれを為そうかどうか迷っていた。
成功すれば自らの活躍によって烏賊は撃墜。失敗すれば自分は死ぬ。
どう見積もっても失敗する確率が高いこの賭けを、クーリーは為そうとしていた。
烏賊の水による破壊行為を見つめながら、クーリーは「死ぬわけにはいかない」と呟き続け、
その呟きの音量は次第に大きくなっていき、不意に呟きを止め、一呼吸置いてからクーリーは、
「死ぬわけにはいかないんだ!ユールのために、まだ死ぬわけにはッ!
まだまだ生きて彼女の近くにいなければッ!!だから死ぬわけにはいかないッ!!
リスクを幾ら背負いこんだって、奴を墜としてそれで終わり!!!
次の奴の相手をして、そいつも墜とす!!!簡単じゃないかッ!!!!
これからもずっと、ユールと一緒に生きていくんだ!!!!!!」
自らを鼓舞するために叫んだ。叫ぶという行為は、人の恐怖心を払拭する役目もある。
路上の喧嘩で相手を震え上がらせ、無用な戦いを避けるための叫びもある。
自分の意思を大きく伝えるための叫びもある。闘争心を強めるための叫びもある。
人にとって、叫ぶという行為はこれだけの意味を持つのだ。
叫びの次は雄叫びをあげ、鬼のような形相を浮かべるクーリー。
この表情は彼を知る全ての人間が見た事も無い恐ろしいものであった。
クーリーが烏賊の周りに展開する危険領域へ機体の出し得るトップスピードで突入。
烏賊がクーリー機を探知、砲身を向ける。
クーリーは射線上から左にズレて攻撃を回避、烏賊の弱点であるグラビティコアを目指す。
烏賊が向けた砲身をクーリーの方へ追いかけさせる。
それを回避しつつ弱点へ一気に上り詰めるクーリー。
クーリーの攻撃の瞬間、烏賊が一気に海側へ移動して距離を開け、クーリーに五本の砲身を向ける。
「ジ・エンドってかい…」
クーリーの高揚は一気に冷めた。銃殺刑を執行されるのはこんな気分なのかもしれない。
そんな事を考えつつも、これは死刑ではないのだから
どうにかして避ける方法があるはずだと頭を必死に働かせる。
だが、追いかけてくる水の刃を完全に回避する方法が見つからない。
せめて悪あがきでもとクーリーは来るべき攻撃に備えた、その時だった。
「ユール…?」
烏賊とクーリーの機体を結ぶ直線上に、ユールの機体が割り込んだのだ。
「私が助けてあげる!だから、早くコアを壊して!!」
無線で叫ぶユール。クーリーはユールの言う事の意味を理解出来なかったが、
とにかく今は彼女を信じるしかないと考え、次の瞬間には烏賊のコアへと向かう。
そのままいけば、ユールは水によって機体を切断されてしまう。
だから、ユールの記憶力が自身を救った事は評価せざるを得ないだろう。
「音声認証、アード展開!!」
この合言葉が彼女の命を五秒保証する事となる。
ユールが言い終わった時には、迫る水の刃がユール機から逸れて飛んでいく。
この状態でクーリー機に近づき、僅かな時間ながら彼を守る事が出来るとユールは考えた。
(今、何を言っているのか分からない読者がいればの話で補足するが、
ユール機にはチートじみた機能が備わっている。
「絶対に敵の攻撃が当たらない装置」だ。それを積んでいる。
これを別の言葉に直し、その頭文字を書くと「AAD」となる。
それの読みが「アード」だ。詳しくは
>>180を参考にして欲しい)
アードを展開させたユール機の無敵時間は残り三秒も無かった。
この三秒というあっという間の時間は、本当にあっという間に過ぎる。
この短すぎる時間で、全ての決着がついた。
烏賊のグラビティコアに接近するクーリー。
そんな彼を守るためにアードを展開させ、彼に追従するユール。
彼女は烏賊の動きを封じるため、兵装「バインドランス」を撃った。
黄色のエネルギー体の槍状の弾体が、烏賊の胴体と脚部の砲身を貫き、固定する。
それによって作られる隙は一瞬。まさに瞬き一つするだけでその硬直は解かれるのだ。
その一瞬の隙を逃さず、クーリーはグラビティコアに射撃した。
展開される雨のようなバルカンによる弾幕。
それは敵の接近を許さない目的のために張られるたものではない。
敵の破壊を目的に張られた弾幕であった。
こうして、烏賊との決着はついた。
空中で烏賊は胴体から爆発、徐々に求心力が衰え、次第に高度が下がっていく。
そのスピードは遅い。しかし、爆発が起こる度に落下スピードが速まっていく。
その様子を見るクーリーはユールに無線連絡する。
「今度こそ終わりだと思う?」
「多分、ここまでやったらね…マキナはどう?」
「ここまでやれば、動く事や攻撃行為をするのは無理だとは思う」
「予想を当てた人が言うんだから、間違ってはいないと思うけど…」
九回目の爆発が起き、この時誰も予想しなかった事態が発生した。
烏賊がスミのような液を吐いたのである。
誰もが全く備えをしていなかったため、誰もが命中してしまう恐れがあった。
その可能性はクーリーに当てはまった。彼は大量の烏賊の墨を浴びてしまったのだ。
ただのスミなら何て事は無いだろう。
だが、これは兵器としての烏賊が最後のあがきとして残した最終攻撃である。
これがどんな効果を持つのか、ユール達はすぐに理解していく……
306 :
旅人:2009/10/25(日) 01:01:37 ID:lE0syfvS0
いかがでしたでしょうか?これにて今回の投下は終了です。
この回でルセの立場を明らかにすることが出来ました。
彼女の階級は「司令」です。一応、普段のWSFカーニバル基地でリーダーをやっていて、
今回のカーニバル防衛戦でもリーダーに近い立場に立っています。
軍隊の階級とかあまり詳しくないので、結構適当に書きました。問題ないよね?
ちょっと調べるくらいした方が良かったかな…とは後悔してます、ハイ。
それではこれにて。今回もここまで読んで頂きありがとうございました。次回をお楽しみに!
お二方とも投下乙です。
どちらも続きが気になるところですねー
次回の投下も楽しみにしています。
ところで、以前投下していた他の職人さんはまだいるのかな?
もしROMになっていたりしたら、たまにで良いから帰ってきてほしいもんだ。
いま無性にトマトプリッツ食べたいんですがとまとさんとは関係ないです←
お二人とも続き楽しみにしてますー
309 :
2-387:2009/11/07(土) 09:47:43 ID:JyxvugJW0
>>307 一応見ていますよ。
話が思いつかなかったり、別のものを作っていたりして投下はできていませんが…
何か音ゲーネタで思い付いたら…と思ってはいるんですが、なかなか。
そして旅人さんにとまとさん、投下お疲れ様です。
コンスタントに投下し続けているのは凄いですねー
それぞれのこれからの展開を楽しみにしていますので、頑張ってください。
関係無いですが、やっと規制解除された。
他の職人さんも巻き込まれてるのかな。
310 :
旅人:2009/11/07(土) 23:23:36 ID:tjJWq+wA0
>>307さん、
>>308さん
応援の言葉をありがとうございます。応援って、やる気の起爆剤になるんです。
がんばって書くぞーっ!てなれるんです。ありがとうございます。
>>2-387さん
お褒めの言葉をありがとうございます。えぇ、頑張ります!
音ゲーネタでものを書けって、結構難しいですよね。
何かネタが出来たら、ぜひ投下してくださいね!
今晩は、旅人です。
今回も書きたいように書かせて頂きました。
その結果として読みづらかったリする事があるかもしれません。
もしあれば、いや、多分あるので、気になったらガンガン言っちゃって下さい。
これから本編を投下します。今回もよろしくお願いします。
烏賊は倒れた。もう二度と復活する事はあり得ない。
その二つを、ユールは何度も頭の中で繰り返して呟いた。
そして、スミに包まれたクーリーの機体を見る。
すっかり黒色は何処かへ消え、しかしそれが不自然であると気づく。
高速で飛行し、飛沫を飛ばしていたのなら納得がいくが、
クーリーはあの後何も行動を起こしていなかった。
だからスミの黒色が消えるという事はあり得ない。どう考えても不自然としか言いようがなかった。
「クウ…大丈夫?」
ユールが無線で呼びかけても、クーリーは何の反応も示さない。
もしかすると電波妨害、ジャミングの一種のなのかもしれないと思ったが、
無線は繋がっているのは計器を見れば一目瞭然だった。
クーリーの身を心配するユールに、ログコネクションでルセからの無線連絡が入った。
「こちらルセ。ノエル1、聞こえる?」
「うん」
「戦闘が終わったようね。次の奴が出てくる前に交替しましょう。
そこの無傷のビルの屋上で着陸して。無線は私の携帯式のをあげる」
「ありがとう。でも、クウが…」
ユールは一部始終を語りながら指定されたビルに着陸し、機体から降りた。
彼女より先にビルの上に立って待っていたルセは、口を使ってユールと会話をした。
「一応は見えていたけど、そんな事があったなんてね…」
「ダメージは負ってないみたいだけど。
でも、彼の反応が無いの。一体どうなっているの?」
「分からない。とりあえず、私からも呼び掛けてみようかな」
ルセはそう言い、先程までユールが搭乗していた機体に乗り込む。
元は自分の専用機だからか、計器の確認や装備の確認の作業がスムーズに進んでいく。
その間、ユールはP-UFOに乗り、その乗り心地を体感していた。
以前、クーリーからの誘いで同じようなものに乗った事があるユールは
10秒も経たない内にそれを乗りこなしていた。
「テス…テス…あー…ルセ、聞こえる?」
ユールはルセから手渡された無線機のテストをしていた。
テストがてら、自分の武器の確認をしようとも思っている。
「感度良好。どうしたの?」
「私の武器はこれに備え付けられているPSCRに入ってるの?」
「そうよ。どれも当たれば強力な携行型の武器だから。
装弾数はどの武器も十発。PSCRの数は五つだから、計五十発」
「分かった。それより、クウはどう?」
「反応は無いわ。でも、何か呟いているのは聞こえた」
呟き…?ユールは遠くは無い記憶を探り当てて検証したが、
そんなものは聞こえていなかったと確信する。
「何て言ってるの?」
「『ご………さぃ』って。これがずっとよ…何か思い当たる節は?」
「それ…『ごめんなさい』って言ってるんだと思う」
「何に対して謝ってるって言うの?」
「それは…それは、知らないよ……」
おかしかった。明らかに何かが変だった。
一体、クーリーはこんな時に何を謝っているのだというのだろう。
あの時に彼の落ち度は全くと言っていいほどなかったはずだ。
それなのにどうして謝っているのだろうか…
ユールが考えていると、アルベルトの声が無線から響いてきた。それに耳を傾ける。
「皆、敵のお出ましだ。こっちのレーダーに映っている。
北東3000メートル。あと、ログ、クウの様子が変だろ?」
「そうね。何か変なのよ」
「こっちではパイロットとかの戦闘人員の色々なコンディションをモニターできるんだ。
コイツは怯えている、アイツは敵をぶっ殺してやると燃えている…ってのが分かる」
「初耳だわ」
「俺もだ。そんな風にモニタリングされたなんて考えると気持ちが悪い。
で、クウが最後の一撃をくらった後から…奴のコンディションに変化が起きた」
「それは一体?」
「過去を振り返っている。で、戦闘意欲は欠片も無い」
「つまり、それは…」
アルベルトの声を聞かなくても、必要な所はユールも分かっていた。
分かっていたからこそ、全てをモニターできる立場にあるアルベルトの言葉を求める。
「それは、もうアイツが戦えないって事なんだ!
今のコンディションでその場に居続けたら、真っ先にぶっ殺されちまう!早く撤退させるんだ!!」
その言葉を受けたユールは急いで
クーリー機の横につけ、彼の顔を見ながら無線で叫ぶ。
「ねぇ、しっかりして!聞こえる!?聞こえるでしょ!!」
「……さぃ……め…さ……」
「聞こえるんだったら返事をしてよ!!」
「ごめ………ぃ…」
「あなたに死んで欲しくないの!!今すぐそこから離脱して!!!」
ユールが泣きながらそう叫ぶと、クーリーの呟きが急に止まった。
やっと聞く耳を持ってくれたんだ。そう思ったユールは信じられない言葉を耳にする。
「いや、僕は、死ぬべきなんだよ」
この言葉は基地にいるアルベルトとアリスの耳にも聞こえていた。
アルベルトはこの言葉を受け、ある事を思い出していた。
「馬鹿野郎、アイツ、まだあの事を気にしてんのかよ…」
アルベルトがポツリと呟く。その呟きをアリスは聞き逃さなかった。
「あの事って、どの事?」
「あぁ、姉貴は知らないんだったよな。
……もう10年も前の話だ。アイツがユールに特別に
優しく接するようになったのも、あの事がきっかけだったんだよ…」
アリスはその言葉を聞いて驚いていた。
元々、クーリーは誰にでも優しい人だ。
たとえ相手が大悪党であろうと、その姿勢を崩さないだろう。
彼の信条は「人を信じる事」と「理解する事」と、
そしてもう一つ、「人から信じられる事」ではなかったろうか。
相手を信じ、話を聞いて理解する。そうして自分は信じられていく。
クーリーはそういう人間だった。誰が見てもそうだったけど…それが、生まれ持ったものではない?
「教えてくれないの?」
アリスがアルベルトに言った。それはある種の願いをかけているように見える。
「教えていもいいが、多分、クーリーが自分で言ってくれる」
「どうして」
「モニターを見れば分かる。今、アイツは精神が不安定な状態にあるんだ…」
双子の会話は、無線を通して行われているものではない。
だから、ユールとクーリーの耳にも入らないし、他の誰に聞こえるものでもなかった。
ユールはこの時、頭の中でクーリーの言った言葉を反芻していた。
「いや、僕は、死ぬべきなんだよ」
何でそんな悲しい事を言うの?
クーリーが死んだら、一体どれだけの人が悲しむというの?
クーリーがいない、そんなこれからの生活なんて考えられないじゃない?
「どうしてそんな事を言うの?」
ユールの口から自然に言葉が飛び出す。その声は何処か涙声気味だ。
クーリーはその言葉に即答した。
「マキナの言っていた事は正しい」
「え?」
クーリーはそこで一呼吸おいて口を開いた。
この口から出る言葉は、多分、ユールに衝撃を与えたに違いない。
「『根っからの善人なんて何処捜してもいない』
…これは正解だ。この性悪説こそが正論だ。
僕は根っからの善人ではない。君には悪いけど」
ユールは聞き返さなかった。10分程前に自分が言った事を真っ向から否定された。
自分の信じていた性善説を、彼女にとってそれのシンボルであったクーリーに否定されたのだ。
これでショックを受けない道理は無い。
「僕はね」クーリーが続ける。
「僕だって自分がいい人間であると思っていた。
信号無視もこれまで一度もしてないし、色んなマナーだって守り抜いてきた。
でも、そんな事じゃ、真に善人だなんて言えない事に気がついた」
そこでクーリーは言葉を切った。言葉を選んでいるのか、しばしの間が空き、続ける。
「10年くらい前の話だ。僕は本当は善人ではなかったと気づいてしまった日。
小学校の一年生の時、自分は良い子なんだという誇りがあった。
ルールやマナーはきちんと守る。誰とでも礼儀正しく接する……
…自分で言うのもなんだけど、相当模範的な子供であったと思うよ」
「何でそんな昔話をするの」
「これは懺悔か?いや、過ぎてしまった告白だろうか…
ねぇダイヤ、敵が来るまであと何秒だい?」
クーリーはアリスにそう問うた。
話を逸らそうという意図で無い事は、彼の声の調子を聞けば明らかである。
「もう来るわ」
「あぁ、君に罪を告白する事も叶わないとはね…ま、これで最後だ。しっかりやろう」
そうクーリーが言った瞬間、彼の機体が小さな爆発を起こした。
ばこん。そうとしか書きようのないシンプルな爆発音だ。
その音は波となり、すぐ近くにいたユールに衝撃波を伴って激突する。
「ぅわぁッ!クウ!!」
ユールはP-UFOにしがみつくようにして体勢を整え、クーリーに声をかけた。
「く…一体何処からくぐおぁっ!!」
二度目の謎の爆発。ユールはすぐにレーダーを確認する。
結局、レーダー圏内に敵がいる事も確認できなかった。
先の無線で、アルベルトが3000メートルがどうのと言っていた。
今のユールが搭乗するP-UFOの備え付けのレーダーで捉えられない距離だという事だった。
しかし、突然の事態でそんなことまで頭が回らなかったユールは
混乱に陥りそうになった。そんなユールの耳にマキナの声が響く。
「まさか…クウ!今すぐ第二ブロックへ急げ!」
「えぇい、何だって!?」
「北東方向に敵がいる!物陰に隠れるように遮蔽物を使え!!!」
了解した旨を伝え、クーリーは直ぐに第二ブロックへ撤退した。
マキナはユールとルセにも同様のことを伝え、撤退するユールに言う。
「アレは、僕が生前、最後に戦った9の攻撃に似ている」
「え?」
「『ステルス』と彼は命名していた。
真空波のような物を飛ばして何かにぶち当たったら爆発するんだ。
あれには驚かされたが、今の時代でアレを人が出来るのか…いや、9なのか?」
「ねぇ」
「どうした」
「9って人が二度目の闇に取りつかれた。だからそんな事もやってのけた?」
「まぁ、そうだね」
「あなたはどうなったの」
「目を凝らせば見えたからね。まぁ、穴冥やってた方が楽なんだけど」
「あな…?…私でも見える?」
「光に選ばれた人なら多分。そうだ、AAのアナザ―は出来る?」
「無理よあんなの。クウが簡単そうにやってたけど」
「あの譜面を見切るより難しいけど、それはスピードの面でしかない。
こっちはBPM200の5.1.1のノーマルを、ハイスピ5速で全ノーツでグレ以上を出すようなものだ」
「どう考えても無理ね」
「自分を信じなよ。あり得ないくらい早くても、
クリア自体は簡単だから。AAのアナザ―なんかよりはずっとね」
マキナとの会話を終えたユールは急停止し、敵へ向かって前進を始める。
ルセが制止の呼び声をかけるが、ユールの耳には届かない。
「AAのアナザ―より簡単、AAのアナザ―より簡単…」
ルセの耳にはこの呟きしか聞こえていなかっただろう。
マキナの言ったとおり、ユールの目にはわずかに認識できる程度の違和があった。
その違和を認識した途端、それはもの凄いスピードでユールの横を通る。
ギリギリの所でそれらを回避し続け、ようやくレーダー圏内に
敵の光点を映しだすほどに、ユールは敵への接近に成功していた。
「カーニバルまであんなに遠い…」
「もし敵を9が操っていたら…
敵は9以上にあの技のポテンシャルを引き出せるみたいだ」
「敵って鷲のことだよね?」
「そうだけど、真っ黒らしいじゃないか。それはもはやイーグルとは言えない」
「じゃあ何?」
「決まってるじゃないか…『レイヴン』さ」
レイヴン。その言葉を聞いた時、ユールの頭には、その言葉が指す鳥は出てこなかった。
レイヴンの黒い鳥 (作者不詳) (原文)
ある日、悪いことばかりしている烏がいました。
そんな烏を一人の勇気のある子供が追い払おうと、手にホウキを持って立ち向かいました。
けれども、その子供は烏に殺され、心臓をついばまれてしまいます。
これを知った子供の両親はとても悲しみ、怒りにふるえました。
子供の父親が手にしたのはライフルです。烏なんて一発でころせるでしょう。
父親の手によって烏は撃たれます。でも、烏はうたれてもピンピンしていました。
烏は父親を返り討ちにして、子供の母親も子供と同じようにころします。
烏は、いつしか大々的な手段でころされそうになります。
大々的というのは、スケールの大きなころしかたということです。
もちろん、兵隊さんも烏をころそうとしました。
でもやっぱり、烏はしにません。うたれても、何をされてもです。
絶 対 に 烏 は し に ま せ ん 。 絶 対 に 烏 は こ ろ さ れ ま せ ん 。
そして烏は、自分をころそうとした人達みんなの心臓をついばんでころしてしまいます。
誰かが言いました。一番強い武器で烏をころしてみよう。
その誰かの言葉で、烏のいる国では最強の、一番強い武器が烏に向けてうたれました。
「かくみさいる」という大きな武器が烏に直撃して、クレーターが出来ました。
クレーターの周りに人の姿はありません。もし何かがいても、きっとしんでいるでしょう。
で も 、烏 だ け は 生 き て い た の で す 。
烏は羽ばたいてクレーターを見降ろし、どこかへ飛び去りました。おしまい。
レイヴンという単語を聞いて、ユールの脳裏によぎったのは童話だった。
鳥でもなく、大陸でもなく。思いついたのは、全く面白くないフェアリーテイル。
それは語る。不死鳥のような超越した存在にに立ち向かうのは愚かなのだと。
「そんな烏に、勝てるの?」
ユールは自問するように呟いた。その呟きにマキナが答える。
「彼らは最善を尽くした。だから勝ちだ。結果がどうであっても。
僕たちも頑張ろう、ユール。彼らは僕たちという手段をまだ使っていない」
マキナもユールと同じく「レイヴンの黒い鳥」を思い出したのかもしれない。
ここだけ聞けば意味が分からない事を言いだした理由は、そうでないと説明がつかない。
「分かった。私達がいる。…私達が烏を倒す!そうでしょ!!」
「そうだ!僕たちがいるんだ!!絶対に勝てる!!烏なんか目じゃない!!!」
ユールとマキナは叫び、戦闘意欲を増長させて黒い鷲への距離を詰めていく。
彼らに言わせれば、敵はいつの間にか鷲ではなく、烏へと名前が変わっていた。
それからユールが8回目の「ステルス」を回避し終えた時のこと。
ユールは鷲、いや、確かに目にすれば烏とも呼べなくは無い黒い鳥の兵器と対峙していた。
マキナが何かに気付いたのか、突然叫び声を上げた。
「お前、9なのか!?」
「そういう名前だった時もあったな」黒い鳥が機械音声ではなく、自然な声で即答した。9の肉声だろうか。
「どうしてお前がここに!?あの時、僕がお前を封じ込めたはずだ!!」
「お前、封筒の糊は薄く貼るタイプなんじゃないのか?」
「確かに出てこれないようにした!!誰に解放された!?言え!!!」
マキナが怒鳴り続ける。ユールが初めて見る、マキナの新たな一面だった。
「今回の主役、『全てを回帰へと導くもの』が俺を解放してくれた」
「闇は闇同士で争い合うはずだ、違うのか!?」
「正解だよ、正解。でもな、俺と奴の利害が一致したんだ…これからがショウタイムだ」
黒い鳥はごく自然な音で大きな鳴き声を発した。
それ以降、私がこの後を知るための資料が、底を尽きかけている。
319 :
旅人:2009/11/08(日) 00:14:54 ID:OKkedlzj0
いかがでしたでしょうか?これにて今回の投下は終了です。
やっと、僕が本作第二位に書きたかった所まで進むことが出来ました。
ユールにとってクーリーって本当に頼れる、とてもいい奴なんですよ。
そこのあたりは、最初の方を読んでいただければ分かるかと思います。
あんないい奴は居ないだろ、と感じるよう、これまでのクーリーの姿は描かれました。
「描写不足だ!」と思われたのなら、僕はまだまだって事です。すみません。
ユールはクーリーの姿を見ていくうちに、次第に性善説寄りな考えを持っていきます。
人間は元から善良で、成長するうちに次第に心が悪くなっていくという考え方です。(中国発祥だっけ?)
ですが、当のクーリー自身はマキナと同様、性悪説を信じる人でした。(これも中国発祥だったっけ?)
ユールは、こんなクーリーの姿を初めて見ると感じていましたが、実はクーリーはそういう人です。
クーリーが性悪説を信じるようになったのも、
それと同時に現在のようにユールに優しく接するのも、彼の起こした過去の事件がきっかけです。
これは後々明かされますが、皆さんが思っているよりは大した事のない話かもしれません。
作中に登場した「レイヴンの黒い鳥」の原文ですが、
内容がどうであれ、一応は童話という事なので、そんな感じで書いてみました。
だから、あそこは読みづらいと感じるのではないでしょうか。
「死」と「殺」だけは平仮名で統一(したつもりで)いるので
より一層読みづらさに磨きがかかったと思います。そんなのに磨きをかけるなってんだ。
今回もここまで読んで頂きありがとうございました。次回をお楽しみに!
旅人さん投下お疲れ様です!
本でもネット小説でもあとがきから読む癖がついちゃってる私がコメントするのは恐縮ですが
少なくとも何か定義や思想を引用するような場合は間違えたときのリスクが大きいので
辞書などで意味を確認(理解)してから書いた方がいいと思います。
>人間は元から善良で、成長するうちに次第に心が悪くなっていくという考え方です。(中国発祥だっけ?)
ですが、当のクーリー自身はマキナと同様、性悪説を信じる人でした。(これも中国発祥だったっけ?)
つ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%80%A7%E6%82%AA%E8%AA%AC >「死」と「殺」だけは平仮名で統一(したつもりで)いるので
つ ctrl+f
こんなでもとっても応援してるので!!がんばってください!!>_<;
後でじっくり読んで感想書かせていただきます!
定期age
こんばんわ。
ここずーっっと大規模規制に巻き込まれておりました。
ようやく規制解除です、長かった……。
>>284 ライバルのチョイスは悩みました(笑)
>旅人さん
兵器は獅子・烏賊・蠍・人型の四つと書いてましたが、いつの間にか鷹が増えたんでしょうか??
>>308 俺はポッキーのが好きです。
>>2-387さん
ぜひぜひ次回作お待ちしてますよ!
それでは、たまった鬱憤を晴らしつつ投稿させていただきます。
今回から第六話。満を持しての対決編、ぜひ読んで下さると嬉しいです。
事件発生から四日が経った7月20日の日曜日、朝10:00。
昨日から降り続く雨が休日を過ごす盛岡市民に憂鬱さを運ぶこの日、
アミューズメント・シルバーの中で、大変シュールな光景が繰り広げられていた。
杏子がスロットマシーンを打っている。
ベットボタンを押し、レバーを下げて、リールを回転させる。
三つのストップボタンを左から順番に押して、リールの回転を止める。
この一連の動作を、杏子は飽きもせず延々と繰り返している。
シルバーの店内はほぼ全てのゲームの電源が切れており、
時間の流れから置いてけぼりをくってしまった廃墟のような物悲しさに充ちていた。
そんな中、カウンター横の壁際に並ぶスロットマシーンの島だけが
元気よく電力をむさぼり食い、無遠慮に光や音を周囲の静かな空間へと撒き散らしている。
杏子は島のほぼ中央に位置する台と向かい合い、ことさら面白くもなさそうに、
かと言って退屈そうというわけでもなく、ただただ無感動にスロットを打ち続けている。
リールの回転が止まる度にチェリーやベルが揃ったり揃わなかったりして、
その度にメダルが増えたり減ったりしたが、
いずれにしても杏子は意に介する様子を少しばかりも見せやしなかった。
やがて1046が来た。
1046はシルバーの正面入口にあたるガラス戸を開けて、扉が閉じないように足で押さえると、
その格好のまま外に向かって持っていた小さなビニール傘をバサバサと開閉させ、
水滴を飛ばしてから店内に入って来た。
1046は見事にずぶ濡れだった。
オレンジ色のナイロンパーカーに包まれた上半身はまだ被害が少ないようだったが、
ジーンズは全体的にぐっしょりと濡れて、元々の色が想像できないほど青黒く染まっていた。
そのためか、1046は随分と心地悪そうな顔つきをしている。
それでも店内を見回して杏子の後ろ姿を見つけると、幾分か表情を緩め、
床に茶色く濁った靴跡をこしらえながら彼女の背中に近付いていった。
「おはよ」
「おはようございます」
「何やってんの?」
「待っている間、暇なので勝手に電源入れて遊んでました」
「お前また大胆なことして」
「どうも」
杏子は1046を見ようともせず、引き続きリールを動かしては止めてを機械的に反復しながら受け答えした。
「杏子ってスロットなんかに興味あったっけ?」
「今日ここに来る前、ちょっとだけ知り合いを占ってきたんです。
その人の今日のラッキーアイテムが『ルーレット』だったので、なんとなく」
「スロットとルーレットって微妙に違うんじゃないの」
「そうかも知れません」
1046はビニール傘を杏子の隣に立て掛けて言った。
「俺はラッキーアイテムのおかげでびしょびしょだよ。
本当だったらカッパを来てくるところだったんだけど」
「もしかしてこの雨の中、自転車なのに傘さして来たんですか?
そんな無理してまでラッキーアイテムにこだわることないのに……」
「お前の占いはよく当たるからな」
1046は話しながらナイロンパーカーを脱いで近くの椅子に掛け、
さらにジーンズのポケットから財布やハンカチを出して椅子の上に並べると、
ダンスダンスレボリューションの横に置いてあった扇風機を持ってきて、豪快に乾かし始めた。
「それで、本題は?」
1046が切り出すと、杏子はスロットをやめて、メダルの払い出しボタンを押した。
大量のメダルがジャラリと吐き出される。
その重い金属音が響いたのを最後に、シルバーの店内は一転してひっそりとした。
杏子は椅子に座ったまま横を向き、ようやく1046の顔を見た。
「昨日、店長さんに会いに行きました」
「メールで言ってたね。でもどうして急に?」
「シルバーで何が起きたのか、どうしても詳しく知りたかったからです。
私はまだBOLCEさんが殺されたなんて、とても信じられません。
少なくとも、誰かに殺される理由があったとは考えられません。
きっと何かの事故に巻き込まれたんです」
「俺もそう思いたいよ」
「私は本気でそう思ってるんです。
と言うのも、どうもこの日シルバーでおかしな事件があったらしいじゃないですか。
これ気になりませんか?」
「店長の息子が誘拐されて、一億円を支払うよう脅されたんだろ?」
「そうなんです。
この誘拐事件と合わせて考えると、一つの可能性が浮かび上がります。
つまりBOLCEさんはたまたま誘拐犯の顔を見てしまった。
そして、口封じのため誘拐犯に殺されてしまった」
「……あり得るな」
「ですから、一番の当事者である店長さんに直接その時の状況を聞いてみたかったんです。
警察の人に頼んで、なんとか勾留されている店長さんと面会させてもらいました」
「よく許可が下りたね」
「もちろんすぐには会わせてくれませんでした。
丸二日待たされましたが、昨日ようやく会って話をさせてもらえたんです。
結局分かったのは、犯人は頭がイカれてるということくらいですけどね」
「まぁ気持ちは分かるけどさ。
犯人捜しは俺達の仕事じゃないわけだし、
あとは警察に任せて一日でも早く犯人が捕まることを祈るしかないよ」
「悔しいですけどその通りですね。
……それで、今日1046さんを呼び出したのは」
杏子は肩にかけていた黒いポーチから、白い封筒を出した。
「帰り際、店長さんから手紙を預かったんです」
1046は無言で封筒を受け取り、ためつすがめつしてから、その場で封を破った。
中に入っていた何枚かの便箋を、二人は顔を寄せ合って読み始めた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
1046君へ
何から書けばいいだろうか。
色々なことが一気に起こりすぎて正直ちょっとまいってる。
だからまとまった文章になるかどうか不安だが
とにかく君に頼みたいことがあってこうして手紙を書いている。
すでに知っているだろうが俺は銀行をおそって警察につかまった。
誘かい犯に一億円を払うためだった。
バカなことをしたと思うかも知れないが
あの時の俺は家族を守りたい一心で夢中だった。
どうかこんな俺を笑わないでほしい。
結果的に息子は無事だったがBOLCE君が帰らぬ人となってしまった。
本当に悔しい。犯人が憎い。
どうしてこんなことになったんだろうか。
言うまでもなくBOLCE君と君はシルバーの中で一番の常連客だった。
毎日のように遊びに来てくれた。
誰よりもシルバーを愛してくれた。
俺にとってかけがえのない親友でもあった。
体の一部が失われたかのようにつらい。
それに俺自身もいつ自由になれるかわからないし
このままじゃ店も手放さなきゃならなくなるかも知れない。
考えれば考えるほどどうしていいのかわからなくなる。
だがグチばかりも言ってられない。
こんな状態でもなお俺は家族を守らなければいけないからだ。
それで頼みたいことの話になるが申し訳ないんだが
シルバーの金庫の中にある現金全額を俺の家族に渡してあげてくれないだろうか。
恥ずかしい話だがウチには貯金があまりない。
俺がこの状態では家族が路頭に迷うことになってしまう。
だが幸いにしてシルバーの金庫には若干の売上金が入っている。
少なくとも今後の見通しがつくまでの当面の生活費くらいにはなるはずだ。
わざわざこんなことを君に頼まなくてはいけないのは情けないことだ。
本当だったらウチの嫁に取りに行ってもらうところなんだが
嫁は今回の事件でかなりショックを受けてしまい体調がすぐれない上に
あんな事件があったばかりの店に入るのがどうしても気が進まないらしい。
他に信用できる友人として真っ先に思い浮かんだのが君だった。
さっきも書いたように1046君は常連客の中でも
一番付き合いが長い人の一人だし何より君は俺が心から信用できる友人だ。
こんな大変な時に頼むのは心苦しいが今回だけはどうか頼みを聞いてほしい。
金庫はシルバーの事務室の中にある。
シルバーの出入口のカギと金庫のカギの場所は
杏子ちゃんに教えておくので彼女から受け取ってほしい。
勝手なことばかり言って本当に申し訳ない。
次に会ったら必ずお礼をする。よろしく頼みます。
金庫のダイヤルの回し方
右に4回 67
左に3回 59
右に2回 89
左に1回 15
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
手紙を読み進めるにつれ、1046は次第に苦笑いを浮かべていった。
「どんだけ読みづらい手紙書きゃ気が済むんだ、あのオヤジは」
「私が会いに来ると知って、一所懸命書いたらしいです」
「健気だなぁ」
いつの間に手に持っていたのか、杏子は小さな銀色の鍵を1046の前でぶらつかせた。
「これが手紙に書いてあった金庫の鍵です」
「どこにあったの?」
「ポスト」
1046は呆れ顔で鍵を受け取った。
「ったく、不用心過ぎるんだよ」
カウンターの奥にある事務室へと早足で移動する1046。
その後を杏子がゆっくりと追っていく。
事務室の中は手狭だった。
三畳くらいのスペースにOAデスクやスチール棚や段ボール箱がぎっちりと詰め込まれている。
デスクには黄ばんだデスクトップタイプのパソコンが一台置いてあり、
それを取り囲むように何かの書類や帳簿が山のように積み上がったままになっている。
事件当日の混沌とした状況を引きずっているかのような乱雑さだった。
金庫はと言うと、事務室の一番奥にある背丈2mくらいのスチール棚の
ちょうど真ん中の段に、それらしい直方体が見える。
「多分これだな」
1046は中腰になり、便箋に記された数字を確認しながら少しずつダイヤルを回した。
「こんなこと客に頼むなっつーの」
「1046さんのことはお客さんとしてではなく、友達として見てるんです」
「そりゃ光栄だけどさ。
後先考えずに銀行強盗までやっといて、家族にカネ渡してくれもねーだろ……。
まぁ、ある意味で店長らしいんだけどさ」
「不器用な人なんです」
「不器用ってか人格破綻だよ」
言いたい放題だが、その語り口からは決して侮辱したいのでなく、むしろ親しみが込められているのが分かる。
気が置けない間柄だからこそ言える、感情の裏返しのようなものなのだろう。
「確かに特殊な人ではあると思います」
「だろ。ゲーセンの店長をやるような人って、こんなのばかりなのかな」
「私は店長さんの向こう見ずな性格、結構好きですよ」
「俺はもうこりごりだ」
そんなたわいない会話をしている内に、金庫は開いた。
小さいながら頑丈そうな鉄の扉が、キィィと意外に高い音を立てて動く。
中は一枚の棚板で仕切られており、上段には数十万円ほどの札束が、
下段にはA4程度のサイズの布袋が何枚か収められているのが見える。
1046は躊躇なく上段へ手を伸ばし、札束を鷲掴みにして「1、2、3……」と枚数を数え始めた。
「……48、49……50。ぴったり50万だ。これを店長の家族に持ってってやればいいんだな」
「ですね。大金なので気をつけて下さい」
「おう」
用事を済ませた1046が事務室を出ようと振り返ったそのタイミングで、
物陰から様子をうかがっていた乙下は1046の前に姿を現わした。
「よ、1046さん」
1046は急激に体を強張らせた。
「乙下さん」
目つきも声の調子も、雰囲気までもが見る間に別人へと変わった。
全身から警戒心と緊張感が目に見えて溢れ出しているようだった。
杏子と話していた時の温和な雰囲気は、欠片も見当たらない。
「どうしてこんなところにいるんですか」
「悪いね。覗き見の趣味はないんだが、一部始終見させてもらったよ」
1046は冷えた目つきのまま、その視線を杏子に向けた。
「杏子、どういうことだよ」
杏子はきまり悪そうに、1046から目を逸らした。
その仕草一つで、1046には色々と伝わるものがあったらしい。
「なるほど。お前らグルか」
「杏子ちゃんを責めないであげてくれ。全部俺が仕組んだことなんだからさ」
「何の真似ですかこれ?どういうことなのか、はっきり説明して下さいよ!」
ピンと張り詰めた空気を、1046の怒声が切り裂く。
「どういうことか、だって?」
狭苦しい事務室の中に三人。
乙下はこの異様に人口密度の高い室内をゆっくりと横断し、
1046と杏子の体をかわして、金庫の前へと立った。
「それはこっちのセリフなんだよ、1046さん」
中腰になって金庫の中を覗き込む。
下段に両手を伸ばし、一番奥に横たわっていたえび茶色の布袋を掴み上げ、開け広げる。
すると銀行の通帳やら印鑑やら手形用紙やらに混じって、一枚の紙幣が入っている。
乙下は1046の方を振り向き、福沢諭吉の肖像が印刷されたその紙幣を指に挟んで、
これ見よがしにヒラヒラとはためかせるのだった。
「金庫の中にあったのは50万円じゃない。51万円だ」
「……え?」
1046は呆気に取られている。
「ま、この一万円札は俺が入れたんだけどね。あはは」
財布に紙幣をしまいながら、乙下は黙々と喋った。
「実に奇妙な事件だった。
7月16日水曜日、ここアミューズメント・シルバーで何者かが
店長の息子を誘拐し、金庫から200万円を盗み、そしてBOLCEを殺害した。
さて……犯人はなぜか不思議なことに、金庫の中身を全部は持って行かなかった。
金庫には250万円入っていたにもかかわらず、
犯人は200万円だけを盗み出し、残りの50万円はそのまま置いてったんだ。
なぜ犯人がこんなことをしたのかはよく分からない。
だが、『ぴったり200万円』を盗み、そして『ぴったり50万円』を置いてったことは、
とても偶然だとは思えない。きっと何らかの意味があるはずだ。
そう考えると、犯人を知るための手掛かりが一つ出来上がる。
すなわち犯人はね、『金庫に50万円が残されていることを知っている人物』ってことさ」
黙って睨みをきかせている1046に対し、乙下は面と向かって問い質した。
「では1046さん、ちょっと教えてくれ。
手紙には『現金全額を家族に渡してくれ』って書いてあったんだろ?
なのにアンタ、上段に置いてあった50万円だけを手にとって帰ろうとした。
下段の袋には触ろうともしなかったな。
どうして下段の袋にも現金が入ってると思わなかったんだ?
普通だったら手にとって調べてみるもんじゃないか?」
乙下は何も答えようとしない1046の手から札束を奪い取り、そしてこう断言した。
「アンタ最初から知ってたんだ。
『金庫にはこの50万円しか入ってない』ことをね。
俺はそんなことをアンタに教えた覚えなんてこれっぽっちもないけどな」
乙下は札束を金庫へ戻す前に、念のため枚数を数え直し始めた。
「で?」
背中の後ろから聞こえる1046の声に対し、乙下は紙幣を一枚一枚はじきながら反応する。
「聞いてるのは俺だよ。なんで金庫に50万円しか入ってないことを知ってたわけ?」
「はっ。わざわざこんなことのためにニセの手紙を用意したわけだ。芸が細かいですね」
「言っとくが、手紙を書いたのは店長本人だぞ。俺があらすじを考えて、文面は彼に任せた」
「せっかく心のこもった手紙をもらって感動してたのにな。残念だ」
数え終わると、やはり一万円札は50枚ぴたりだった。
札束と布袋を元あった位置に戻し、金庫に鍵をかける。
「乙下さん。あなたの茶番も残念だ」
「茶番、か」
「茶番ですよ。これが茶番以外のなんだって言うんですか!?」
乙下が再び振り返ると、1046は腕を組んで事務室の壁に寄りかかっていた。
動じている様子はさほど見られない。
「確かに俺は手前の50万円しか手に取りませんでしたよ。
で、それが一体なんだって言うんですか?
まぁ後から言われてみれば、下段の袋まで調べなかったのは手落ちだったと思います。
でもそれは単純に、目の前の現金に気を取られて
袋にまで気が回らなかっただけの話じゃないですか。
大して不自然なことでもないでしょう?
こーんな違法捜査みたいな茶番劇を仕立てた挙げ句、
ただただ俺が一万円札を見つけなかったっていうそれだけのことで、
なに鬼の首を取りましたよみたいなしたり顔しちゃってんですか?
まさかとは思いますが乙下さん、こんなバカみたいな理由で
俺を逮捕しようだなんて思ってるわけじゃないでしょうね?」
1046は驚くほど雄弁だった。
まるで原稿を読み上げているかのような滑らかさに、乙下は半分感心しながら言った。
「いやはや、恐れ入ったよ。1046さんの言う通りだ。何も訂正することないね」
「……はい?」
「だからアンタの言う通り、これは茶番さ。ただの暇潰しみたいなもん。
50万円だろうと51万円だろうと、そんなことに大して意味はない。
正直、別にどっちだって良かったんだ」
「へぇー……」
1046の表情が不自然に歪んだものへと変化していく。
笑いと怒りを足して二で割らないような、変な不気味さがあった。
「乙下さん、いい加減にして下さいよ。
俺だってね、我慢の限界ってもんがあるんです。
言いたいことがあるならはっきり言って下さい」
「それじゃ遠慮無く言わせてもらうけどさ、
こんな手の込んだ暇潰しをしたのにはちょっとした事情があってね……」
その時だった。
突如、シルバーに「音楽」が鳴り響いた。
この約半年の間に何度も何度も聞いた、聞き慣れた音楽。
おそらくは杏子にとっても、1046にとっても聞き慣れた音楽。
IIDXをプレイした回数とほぼ同じ回数だけ聞くことになる、あの音楽。
けたたましいサイレンと分厚いパーカッションが織り成すそのイントロは、
紛うことなき"beatmaniaIIDX15 DJ TROOPERS"のテーマ曲そのものだった。
1046は首がもげそうなほどの勢いで辺りをきょろきょろと見回したが、
やがて音楽の出所と思われる一方向を見定めるに至った。
「デラ部屋!?」
突然の出来事に我を忘れている1046の背中を、乙下はポンと軽く押した。
「さぁ。ゲームスタートだ、1046さん」
to be continued! ⇒
世の中はSIRIUSが稼働して盛り上がっているというのに、
この小説の中ではいまだにTROOPERSが現役……なんだかなぁ(笑)
そんなわけで次回もお楽しみに。
331 :
旅人:2009/11/18(水) 00:04:40 ID:CwQTGPjG0
>>320さん
すみません、一応は辞書を引いてふーんなるほどとは思っていたのですが…
完璧に誤用してました。すみません。性悪説の悪って、悪い事を指すのではないのですね…
そんな軽い認識が…ねぇ?すごく恥ずかしい。うわぁー!って叫びたい気分です。
「レイヴンの黒い鳥」も、何やってんだよ!と自分を殴りたい。
最後の最後に確認したにも関わらず、ちゃんと書けていなかったりとか…
そんな作者を応援してくれて、本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
>>とまとさん
投下お疲れ様です!読んでるだけでドキドキが高まる!
こんなの書けるなんて凄いなぁと思いながら読ませて頂きました。
それで、以下は頂いた質問の回答です。
>兵器は獅子・烏賊・蠍・人型の四つと書いてましたが、いつの間にか鷹が増えたんでしょうか??
結論から言いますと、鷹が出てきて人型が消えました。
>>300のシーンを読んで頂くと分かると思います。
このシーンは、総帥が降り立ったとされる島にある研究施設の資料隠蔽と
人型に前もってダメージを与えておくという目的で研究施設ごと爆破したのだけど、
爆破された研究施設からは何故か黒い鷹が現れた、という事を描写しています。
分かりにくてすみませんが、そういう事です。
人型の兵器がどうして鷹に変貌したのかは明確に(現段階では)出来ませんが、
想像できる要素はちりばめていく予定です。
さぁ投下するぞ!と思ったのですが、スレに書きこめる量が投下分と合わせると足りない!
と言う訳で短編を投下して埋めていこうと思います。
これで14作目ですね。13作目のカーニバルで終わりにするって言ったけど、いいよね?
それでは、これから投下します。タイトルは「ルーツ」です。どうぞ。
332 :
ルーツ:2009/11/18(水) 00:11:03 ID:CwQTGPjG0
日曜の昼のとあるゲーセン、その出入り口の前に、いつものように僕は立っていた。
ちょっと古いそこは、自動ドアなんてものは備え付けていない。
手で重いドアを押しあけなければならない。その作業はそれほど苦ではないけど。
室内の明かりの量はとてもではないが足りていない。
自分の影と室内の暗さが丁度マッチしているか、自分の影との見分けがつくかどうかといったところ。
当然、そんなゲーセンだから人はあまり来ない。だから僕はこのゲーセンが好きだ。
何処かの金持ちの道楽で経営されているらしいけど、その金持ちにはいつも感謝している。
こんなメリットのない店をいつまでも持たせてくれている。客の僕が感謝しない訳にはいかない。
この建物は古い。でも、中はちょっと広い。
ドル箱と言えるようなゲームは無いけど、僕にとってのそれはあった。
ポップンミュージックというゲームだ。画面の指示に従ってボタンを押していく音楽ゲーム。
この筐体のバージョンは15で止まっている。他のゲーセンに行けば17が遊べるけど
どうしても僕はこの場所、そしてこの筐体が良いんだ。
この場所が良いってのは分かる。でも、どうしてこの筐体じゃないと駄目なんだって?
それにはちゃんとした理由がある。話すと短いけど、僕にとってはとてもいい経験だったよ。
333 :
ルーツ:2009/11/18(水) 00:16:53 ID:CwQTGPjG0
数年前、ポップンミュージックのバージョンが…
って、もうポップンって略していいよね?
それでね、バージョンが14の時の話だから、三年前かな。
正月に近い頃だった。いや、正月が過ぎてから一か月だったかな。
まだお年玉が沢山あったからね、ゲーセンで遊ぼうと思ったんだ。
それでちょっと遠い所にある大きなゲーセンに行った。
けど、人が多すぎて。僕は人の多い所は駄目な性質なんだ。
だから僕は帰った。その帰り道のことだった。
僕が住んでいる家に近い場所に、古ぼけたゲーセンがポツンとあったんだ。
最初に話したゲーセンさ。人も殆どいないし、ここでなら遊べると思った。
でね、僕はその時家庭用のポップン…13、そう、13を遊んでいてね。
専用コントローラも買ったりして。どこにも置いてなかったから、買うのに苦労したよ。
それで…音楽ゲームだから曲を演奏するんだ。
ピアノやギターを弾いたり、ドラムを演奏したり…っていう演奏じゃなくて。
ここでは省くから、ネットで調べてみてよ。簡単に言っちゃえば、ボタンを叩くだけだから。
それで演奏として成り立っちゃんだよね。凄いよねぇ……
話が逸れちゃった。
まぁそれで、そのゲーセンにはアーケード版ポップンが…
簡単に言えば普通にゲーセンにおいてるやつね。それの筐体が一台置いてあった。
バージョンは14で、この時からだったかな、イーパスがどうのこうのってのは。
イーパスってのはカードでね。一枚300〜500円位で手に入る。
ゲームのデータを保存できるんだ。平たく言えばメモリーカード?みたいな。
買っておいて損はしないかな。そんなの個人の自由なんだけどさ。
334 :
ルーツ:2009/11/18(水) 00:20:32 ID:CwQTGPjG0
でもその時の僕はイーパスがどうの、アーケード版だとどうの…
そういうのは良く分からなかった。誰だって初めはそうだと思うんだけど。
とりあえず販売機に500円玉を突っ込んでイーパスを買って、
筐体に100円玉を突っ込んで初めてのゲーセンデビューを果たした。
使うイーパスに登録する名前とかさ、何のキャラを使うか…とかね、
色々な事を初回プレーではさせられるんだ。あの時は本当にわくわくした。
どんな名前にしたかって?…それは言えないよ。守秘義務って奴。あ、少し違うか…
それで、13の曲をやってた。一曲は14のものもやってたけど。
楽しかったなぁ…今やってても楽しいけどね、初めての時ほど面白いと感じた事はないなぁ。
それでね、まぁプレーが終わったんだ。エクストラを出せないで…
エクストラっていうのは、頑張ったプレイヤーに対するご褒美というか、おまけみたいな。
そんなものなんだけどね、僕はこの時はそういうのを全く知らなかったから。
だから三曲演奏して、それでお終い。
で、終わった後が「どうしてもこの筐体じゃないと駄目」っていう理由の話なんだけど…
終わった後のね、両手が本当に痛かったんだ。
手のひらを見たら、もう真っ赤で。痛々しい色をしていたんだ。
何でこんなに痛いのかなぁ、ボタンに問題があるんじゃないのかなって思ってたらね……
335 :
ルーツ:2009/11/18(水) 00:26:48 ID:CwQTGPjG0
「こらぁ!!お前、筐体に優しく遊べぇ!!!」
いきなり怒鳴られたから、本当にびっくりしちゃった。
全身をびくんと飛び上がらせてね、なんですかぁ!?って言いながらね、振り向いたのさ。
「さっきから叩く音が大きすぎるんだ、もうちょっと軽く叩け!!」
「すいません、すいません、僕、これ、初めてやったもんで…」
「初見さんかい。だったらこれ以上言う事はねぇわ。すまんかったな」
そこで僕は下げてた頭を上げたんだ。
僕の前に立っていたのは、知らないお兄さんだった。
彼も僕の事は知らない。そんな人を相手に全力で怒ったんだよね。
「次からはちゃんとやれよ!」
「はいっ!」
…僕はそう返すしかなかった。んで、お兄さんがカッコよかったな、って思ったんだ。
君に聞くけどさ、もし自分が何処かにいたとして…
近くにいる人がマナー違反の行為をしていたとしようよ。
君はその人を何のためらいもなく注意出来るかな?少なくとも、僕には出来ない。
たぶん、君も出来ないと答えると思うんだ。
例を挙げれば…電車に乗っていて、ガラの悪い兄ちゃん姉ちゃんが仲良く喋ってる。
それだけなら問題はないんだけどね、とにかくうるさい。
んで、君は彼らに注意をしたい。でも、君が彼らに抱く第一印象は最悪のはずだから、出来ない。
だって、誰もが近寄りたくないような雰囲気を出してるから。
ガラの悪いのって、ちょっとは警戒心を持つし、ハッキリ言えば僕は怖い。
336 :
ルーツ:2009/11/18(水) 00:32:43 ID:CwQTGPjG0
でもね、僕に注意して怒ってくれたあのお兄さんなら。
きっとそんな人たちを相手にしても注意出来るはずなんだ。いや、出来る。
おいおい、僕とさっき想定した彼らでは、第一印象が違うだろうって?
いや、それはそうなんだけどね。でも、そういう事じゃないんだ。
あの時僕が学んだ事は二つある。
一つは勇気を持つ事だ。それを持つことがどれだけ難しいか、考えれば分かると思う。
自分に降りかかるであろうリスクを想定して、それを承知で事に当たらなければならないから。
自己保身に走りやすいのが人間だと思ってる。
でもね、あのお兄さんを見た時から、そうでないのも人間なんだって思ってる。
もう一つは、お兄さんが僕に注意してくれた事だ。
用語でいえばクラッシャーっていうんだよね。
力強くボタンを叩いて、それで筐体を壊しちゃう。ハッキリ言って迷惑な人だよね。
僕は無自覚にそれになりかけていた。いや、なっていたんだ。
それをあのお兄さんは、僕の手を引いて正しい道に引っ張り込んでくれたんだ。
あの時から今まで、本当にお兄さんには感謝している。尊敬もしているんだ。
あなたの尊敬する人物は誰?って聞かれる事があるじゃない?
ある人は歴史上の人物を挙げて、ある人は親を挙げて、ある人は教師を挙げて。
僕は一寸の迷いも無く、あのお兄さんを挙げるよ。お兄さんの勇気には、本当に感動したんだ…
僕も、お兄さんみたいな人になりたい。
だけど、僕の気弱な心がそれを許さない。なれないんだ、お兄さんのような人に。
だったら別の方法でお兄さんの道を歩けばいい。そう思ったんだ……どう思う?
337 :
旅人:2009/11/18(水) 00:35:22 ID:CwQTGPjG0
いかがでしたでしょうか。これにて今投下は終了です。
果たして小説と言ってよいの?
そんな疑問を投げかけられそうな本作でしたが、出来はどうでしたか?
良かったのか、悪かったのか。自分でそんな事も分からないってのが怖い。
ただ言えるのは、僕が目指したのは「原点回帰」ってことだけです。
この短編について。
タイトルが「ルーツ」なのですが、その意味を。
僕が実際に経験した事を、ちょっと脚色したものにしてみました。
本当に過去にこういう経験をしたんですよ。本当ですよ。お兄さんマジで怖かったですよ。
それで、その経験がここで作品を書かせて頂くきっかけになったんです。
僕の初期の作品にある種のプレイヤー批判の色が見られるのは、そういう訳なんです。
だから、あのお兄さんがいなければ、今こうして投下している僕もいない。
クラッシャーにならずにすんだわけですしね。あの時のお兄さんには、本当に感謝してます。
ところで、スレの容量が500kbを越えると書き込めなくなるんでしたっけ。
ということは新スレを立てなくてはならないって事ですよね?
質問ですが、スレを立てた時の
>>1の文章ってどうしたらいいんでしょうか?
このスレの
>>1をコピペすれば良いのかな…
すみませんが、今は時間的に無理なので、暇を見つけたら新スレを立ててみようと思います。
ですので、どなたかお答えして頂けたらと思います。
それではこれにて。次回はちゃんとカーニバルの続きを投下します。おやすみなさい。
>>330 とまとさん乙です!いつも楽しみに見てます。
俺は筐体のくだりでEMPRESSマーチが流れてしまいましたwそうだDJTでしたねw
今回は短めでしたね。これからどうなっていくのか・・・次回もよろ!
後10kb程度か。
何か埋めネタでも考えてみるかな…
スレが立ってから埋まるまで約半年…
たまになんか書いてみたくなるけどまとまんないです(´・ω・`)
>>340 1レスSSでも全く構わないんだぜ。
もちろんある程度練られた方が好ましいけど、
簡単な話でも思いついたなら、どんどん投下していった方が盛り上がりますからね。
342 :
340:2009/11/24(火) 23:20:36 ID:ci+EYV2Y0
>>341 ありがとうございます〜。
大作が多くて躊躇しちゃってたのかも。
色々投下してスレ盛り上げていきたいですね!
一旦age
十二月も半ばとなった、ある日曜日。
ドクオの家に、ブーンがとやってきた。
ブーンがやった事の無い音楽ゲームで遊ぼう、という事らしい。
いつもはテンションが低めなドクオだが、何故か今日は良い笑顔をしている。
('A`)「おーっすブーン! よく来たなあ」
(;^ω^)「おお!? びっくりしたお…今日は妙に元気だけど、どうしたんだお?」
('A`)「まずは何も言わずに、これを遊んでみてくれ」
そういってドクオは、一つのゲームソフトをブーンに差し出した。
そのゲームソフトは音ゲー…なのだが、ブーンの予想外のものだった。
(;^ω^)「…ア、アイドルマスターライブフォーユー!?」
('A`)「その通りだ! 今日はこれで遊ぼうぜ。
お前んちには360が無いし、やった事無いだろ?」
(;^ω^)「そ、そうだけど…正直こんなソフトを持ってくるとは思わなかったお…
てっきりギターヒーローとか海外版DDRかと思ってたのに…」
('A`)「ギターヒーローはあんまし興味無いし、海外版DDRは買うのがめんどい!
それに今回これを遊ぼうと思ったのは、ちょっとした訳もあるんでな」
( ^ω^)「…訳って?」
ブーンが尋ねた直後、ドクオは部屋の隅にある机から二枚の細長い紙を取り出した。
よく見ると、細かい文字列が書かれている。
( ^ω^)「それ…チケットか何かかお?」
('A`)「よくわかったな、これは今度の23日に行われる『THE IDOLM@STER 2009 H@ppy Christm@s P@rty!!』のチケットなんだ。
元々別の友人と一緒に行く予定だったんだけど、そいつが当日に仕事が入っちゃってな…
で、チケットを余らすのももったいないから、ブーンを誘って行こうと思ったわけよ」
さらりと話し続けるドクオに、ブーンが焦ったように待ったをかける。
それはそうだろう、いきなり自分が興味の無かったゲームの、しかもライブイベントに誘われたのだから。
(;^ω^)「ちょ、ちょっと待つお!
僕はこのアイドルマスターには興味無いし、そもそもクリスマスイブの前日なんかに
何が悲しくてドクオなんかとゲームのライブイベントなんぞに行かなきゃ…」
('A`)「言うと思ったよ。
だからこそ、ブーンにはこいつをプレーして欲しい。
その口ぶりからすると、どんな楽曲があるかさえも知らないだろ?」
(;^ω^)「ま、まあ…そうだけど…でも…」
('A`)「何はともあれ、まずはやってみる! さー、始めるぞ!」
(;^ω^)「ちょ、ちょっと待って、ちょっと…!」
ブーンの声もむなしく、360を起動してゲームを開始するドクオ。
そのままユニット選択、楽曲選択を終了し、応援モードのスタート待機状態まで進めた。
( ^ω^)「何というあっという間なセッティング…」
('A`)「仕様だ、察しろ。
さて、これから応援モードをやってもらう訳だけど…
基本的には太鼓の達人の叩く種類が六個に増えたものだ。
ABXY+←(LB)→(RB)を、指示された通りに入力していくだけだよ」
( ^ω^)「太鼓もそこそこやっているから、ルールについては問題無いお。
おに譜面みたいな酷い譜面もあるのかお?」
('A`)「流石にそんな譜面は無いよ。
音ゲー経験者なら、最初からハードでやってもぬるく感じるかもな。」
( ^ω^)「なら、最初からハードで行くお!」
('A`)「いや、ああは言ったけど…最初からハードはお薦めしない。
特にブーンの場合はな…
まあ、とりあえずやってみろよ。
もう次に進めばスタートできるぜ」
( ^ω^)「よし、やってみるお!」
いざゲームを目の前にすると、やはり燃えるのだろう。
気合十分でshiny smile(NORMAL)へ突っ込んだブーン。
ノーマルなので特に忙しくも無く、ゆったりプレーできる譜面。
順調にコンボを重ね…ている筈だったが…
『静かなライブでしたね…』
終わってみれば、ボルテージ35%という散々な結果。
スコア自体も惨憺たるものだった。
(;^ω^)「あ、あれ?どうなってるんだお?
確かに間違いなくフルコンボできた、と思ったのに…」
('A`)「やっぱり引っかかっちゃったな。
ブーン、手元のコントローラーを見てみろよ」
( ^ω^)「コントローラー?」
言われた通りに、持っているコントローラーを見るブーン。
その瞬間、ブーンは何かに気付いたように叫んだ。
( ^ω^)「こ、これ…AとB、XとYのボタン位置が逆じゃないかお!?」
('A`)「そう、スーファミ辺りからゲームをやっている人間なら、大体これに引っかかる。
360のコントローラーは意図的にボタン配置を変えてあるんだよ」
(#^ω^)「何でこんなややこしい配置にしてあるんだお!
Aは右、Bは下、Yは左、Xは上と決まってるもんだお!」
('A`)「多分コントローラーの特許問題とかもあるんだろうな。
だからスーファミと全く同じ配置にはできなかったんだろう」
手元のコントローラーを見ながら、ブーンがぽつりと一言呟く。
( ^ω^)「むう…あんな簡単な譜面だったのにフルコンできなかったのは、このせいだったのかお…」
('A`)「俺も最初はこれに引っかかりまくりで、コンボを切ってばかりだったよ。
何回かやれば慣れてくるから頑張れ」
( ^ω^)「…わかったお、このままじゃ悔しいし…絶対フルコンしてやるんだお!」
そこから、ブーンは粘着プレーを開始した。
どうしても今までの癖が出て、途中でミスをしてしまう。
それでも十回程のプレーで、ようやくフルコンボを達成できた。
『す、凄い…!こんな数字が出るなんて…!』
そこにはボルテージMAXと共に、驚く小鳥さんの台詞が表示されていた。
フルコンボを達成できた事で、ブーンも思わず喜びの声をあげた。
( ^ω^)「…やったお!やっとフルコンできたおー!」
('A`)「おめでとう、ようやくフルコン達成できたな!」
( ^ω^)「どうしても途中で『いつもの癖』が出そうになったけど、注意しながらやったら何とかできたお」
最初にプレーし始めた頃に比べると、格段に良い表情になっていたブーン。
それを見て、ドクオが一つ質問をぶつける。
('A`)「最初はやっぱりそんな感じだよな。
…ところで、今やってた曲はどうだった?」
( ^ω^)「今の曲? …個人的には結構好きかもだお。
良い感じに明るいし、メロディも僕的に好みだったし…」
('A`)「ほお…よし、そんじゃ次は『THE IDOLM@STER』のハードやってみるか」
( ^ω^)「へ、アイドルマスターのハード…? どういう意味だお?」
('A`)「ああ、『THE IDOLM@STER』っていう曲があるんだよ。
このゲームのテーマソング的な感じでもあるかな」
( ^ω^)「ゲーム名と同じとか、何だかややこしいお」
('A`)「それは言わないお約束」
その後、ブーンはTHE IDOLM@STERのHARDに挑戦。
ハード譜面はIIDXのHARDオプションと同じく、ボルテージ0になるとゲームオーバーになる仕様。
とはいえ、360コントローラーの配置に慣れてきたブーンにとって、落ちる要素は無かった。
もちろん途中で配置の勘違いをしてコンボを切る事はあっても、せいぜい4〜5回のミスに留まった。
こちらも数回のチャレンジを経て、フルコンボを達成できた。
( ^ω^)「よし、この曲もフルコンボ達成!
慣れてくれば結構いけるもんだお!」
余裕の表情を見せるブーン。
そこにドクオが一言、ある言葉を放った。
('A`)「フルコンはわりかし簡単なんだけど、実はこのゲームはハイスコアを出すのが厳しくてな…
パーフェクトの判定が厳しい上に、曲の後半になればなる程スコア上昇率が上がる仕組みになってるんだよ」
( ^ω^)「…え、それってつまり…?」
('A`)「そう、曲の後半でパーフェクト判定以下を少しでも出してしまうと、途端にスコアが大幅ダウンするんだ」
ドクオのこの一言で、ブーンのスコアタ魂に火が付いてしまった。
だが、それがドクオの狙いでもあったのだが…
( ^ω^)「よおおし、それならオールパーフェクトを目指してみせるお!
目指せ全一スコアだお!」
('A`)(単純だなー、こいつ…)
ドクオの狙い通り、そのままブーンはスコアアタックにのめりこんだ。
流石に連続は飽きるのか、たまに曲を変更しつつスコアを詰めていくブーン。
そしてゲームを開始してから三時間後、ある程度までスコアを詰める事ができたブーンはコントローラーを床に置いた。
( ^ω^)「ふう…疲れてきたし、今日はこの位にしておくお」
('A`)「ほう、『この位』という事は、またやりたいという事かな?」
(;^ω^)「あ、う…その…」
('A`)「やりたかったら、また声を掛けてくれればいいよ。
ところで、THE IDOLM@STERには結構な時間粘着していたけど…
息抜きだとか言って、EASY譜面も結構やってたよね?」
( ^ω^)「うん、あれは掛け声系のみだったけど…妙に耳に残る感じの配置だったお。
数回やったけど、もう自分でもそらで掛け声を付けられそうな勢いだお…」
その言葉をドクオが聞き逃す筈もなかった。
これこそが、彼が待ち望んでいた言葉だったのだから。
('∀`)「そりゃいいな、それなら今度のライブに行っても大丈夫だな!」
( ^ω^)「…え、どういう事だお?」
('A`)「ライブでは大体、楽曲で観客側がコールを入れるのが恒例になっているんだ。
もちろん強制ではなく、単にこちら側が勝手にやってる事なんだけどな。
そのコールは、このL4Uの譜面と殆ど一緒なのさ」
( ^ω^)「…それで、このゲームをやらせた訳なのかお?」
('A`)「わかってるじゃんか。
これでとりあえずの準備は完了だな!
それじゃ当日は開始三時間前に会場前で集合な!
サイリウムとかはこっちで買っておいてやるから、気にしないでいいぞー」
(;^ω^)「はい!? いやその、確かに楽曲とかは気に入ったけど、ライブに行くとはまだ一言も…」
('∀`)「よし、それじゃあ他の楽曲も予習するぜ!」
ブーンの言葉を全く聞かず、一人で進めていってしまうドクオ。
その目は、いつものドクオからは想像が出来ないほど輝いていた。
もう、こうなったら何を言っても無駄だな…
そう思いながら、ブーンはライブに行く事を半ば諦め気味に決意したのだった。
当日、ライブに赴いたブーンが会場独特の熱気とパワーを目の前にして、
一気にアイマスにのめりこんでしまうのは…また別のお話。