ちょっと危険な傾向にある人もいるようなので水を差させてもらうと、オーガズムは悟りの境地ではないよ。
瞑想の世界ではサマーディと呼ばれあくまで悟りの確立に不可欠な一要素とされている。
ttp://www.geocities.jp/noboish/case/syukyoka/sujuki-issyo.htm ttp://satisati.jp/riron/sama3.htm ↑事例を見てもらうと、まさにオーガズムそのものなんだけど・・・。
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性的恍惚と神秘的合一体験がよく似た神経回路を利用していることも、その瞬間にドーパミンという快感ホルモンが
大量に分泌されるのも確かなことでしょう。サマーディが至福のエクスタシー感覚であることは、経験した人なら
誰もが認めることです。集中が極まり、主客が合一する感覚だけに限れば、サマーディと性的絶頂には等質性があります。
これは、逆に言うと、サマーディという心のファクターだけでは真の「瞑想」になりえないことも示唆しています。
(中略)サマーディが高まることによって、心の闇の部分を強烈に抑圧してしまうこともあります。
また、集中のよい人は何事にものめりこむ傾向があり、そういう人が、愚かな価値観を基軸にして判断を過つと、
とんでもないことになるでしょう。サマーディは一点に集中する特性ゆえに、偏りも生み出す危険要素があることは心得ておきましょう。
地橋秀雄「ブッダの瞑想法 ヴィパッサナー瞑想の理論と実践」(春秋社)より
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結論としては
>>601と近くなるけどエナジーもドライも快感はあくまで快感として遊び、
それ以外のリアルな生活はリアルな生活として頑張るのがバランス取りとして良いと思います(あ、これはあくまで俺の考えね)。
オーガズムの快感にすら飽きが来たら坊さんになって真面目に修行するのがよろしいかとw