「ミートサンドがさっぱり売れない件」
俺はそうFSチャットに文字を打ち込みEnterキーを押した。
だが、いつもならすぐに反応を返すはずのFSメンバーの反応が鈍い。
理由を聞いてみると、なんでも墓地に下っ端が出現してそれを殴っているんだとか。
……それじゃあ仕方ないか。俺は軽くため息をつくと、1年前のことを思い出していた。
「もえもえ夏祭り」と銘打たれた大型アップデート(笑)は終わった。
蓋を開けてみればアップデートとは名ばかりの集金システムばかり。
アイテム精錬に、プレミアムサービスに……あとはなんだったか。
まあ思い出せないが、ろくでもないものだったことは覚えている。
MoEは終わった。俺達の誰もが、そう考えていた。
……1人のもに子が、自分はアラブの大富豪だとカミングアウトするまでは。
彼は3サーバーで連日、数週間に渡ってMoEの改革を訴え続けた。
当初は荒らし扱いしていた俺達も、やがて名前を聞いたこともない会社が
MoEの運営・開発権を買収しようとしているというニュースを聞いてからは彼を信じるようになった。
だがゴンゾロッソにも面子がある。そうやすやすと売り渡すわけがない。
……当時ゴンゾロッソが言い訳にしていた文句を思い出し、俺は失笑した。
「我々にはユーザーを楽しませるという義務がある」……だったか、確か。
だから、俺達は立ち上がった。
一週間で集まった2500人によるアンケート。
90%以上の人間がゴンゾロッソによる運営に反対する意思を表していた。
ゴンゾロッソは折れた。
やがて、新たな運営会社によるMoEの課金体制が発表された。
月額1000円に加え、カーミラ、アニマルソウルなどのアイテム課金。
それだけを見ればゴンゾロッソより悪質だったが、俺達は喜んで課金した。
真っ先に行われたのが、ハドソンの元MoE開発スタッフの引き抜き。
次にチュートリアルの改善、レシピの追加や変更、サーバーの強化。
GMコールもアミューズGMも復活した。同期も一部だが良くなった。
それはMoEというゲームの改革そのものだった。
運営の体質も変わった。ハドソン時代のように構想を垂れ流しにするのではなく、
ゴンゾロッソのように何も考えないのでもなく、自社なりのポリシーがそこにはあった。
できないものはできないと言い、ユーザーの要望であってもおかしいものはおかしいと断ずるようになった。
来月にはいよいよ初の大型アップデートがある。そう、サスールを含む新マップ実装だ。
FSメンバーはようやくかと愚痴っていたが、その中に嬉しさが含まれていたと思うのは俺の気のせいだろうか。
ただ1つ残念なことは、大富豪がゲーム内で姿を見せなくなったことだ。
彼は誰もが知っているような人間ではなく、ごく普通のプレーヤーにすぎなかった。
それだけに、彼と親しかった人間は彼の復帰を待ち望んでいる。
……まあ、立場的にそれは難しいだろう。
だが俺は、ひょっとすると名を変え姿を変え、俺達と一緒にいるのではないかという気もするのだ。
なぜならばここは、彼と俺達が愛したダイアロスなのだから。
そんな思いを胸に、俺は目の前に現れた1人のエルモニーに挨拶した。
「こんにちは あんころ」