【小宇宙】聖闘士星矢オフ-2nd-【小宇宙】

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「イワン・ドキューソビッチの手記」

              子獅子座の聖闘士


俺の名は天敗星のイワン。ハーデス様の大いなる意志によってスペクターとなり、
今はアイアコス様から第三獄を任されている。
八つある地獄のうちの一つの長となったのだから、これは喜ばなければなるまい。
しかし、そんな俺にも悩みがあった。それは同僚のことだ。
そいつの名はロックといって、気のいいポーランド野郎だ。決して一緒にいて不愉快な奴ではない。
いや、むしろ楽しい奴だといっていいくらいだ。しかし、問題は別なところにある。そいつはあまりにも有能なのだ。

ここ第三獄は、生前にけちや贅沢の罪を犯した人間が送られてくる場所で、
ここに落とされた亡者どもは永遠に岩を運び続ける重労働につかなければならない。
岩を山の上まで押し上げるとどうなるか。簡単なことだ。岩はもとのところに転がり落ちる。
いわゆるシジフォスの神話というやつだが、冥界のおきてに縛られている亡者どもは、
これに逆らうことができない。
で、この岩をもとの場所に転がし落とす役割が、ほかでもないそのロックの奴なのだ。
悪いことにそいつがハーデス様から与えられた特殊能力は、岩を動かす能力なのだ。
まさにこの第三獄にうってつけではないか。俺は名目上はこの第三獄の責任者である。
しかし、現場監督のロックがいれば、この第三獄は全てうまくいくのだ。
もう一つ、俺たちスペクターにはアテナのセイントどもから冥界を守る、という使命がある。
すでにラダマンティス様の配下の何人かは遊撃隊となってアテナの聖域に攻撃を仕掛けているという。
俺もできれば地獄でじっくり敵をまったりせずに、華々しく地上で戦いたかった。
しかし、アイアコス様の命令もなしにこの第三獄を離れるわけにはいかない。
そこで俺は第三獄で、楽しそうに仕事をするロックの声を遠くで聞きながら、
悶々と日々を過ごしていたのであった。
かつて俺が地上にいたころ話に聞いていた、ラーゲリの所長だってもっと楽しい生活を
送れたことだろうが、俺は死者を搾取しようと思っても、死んでいる奴からは何も搾り取れない。
せいぜい苛め抜いてストレスを発散できるくらいなのだが、俺にはサディズムの趣味はない。
やはり俺よりもロックのほうがスペクター向きなんだな。

そんなことを考えていたある日である。
アテナのセイントが何人か冥界に侵入したという知らせが入ったのだ。
活躍できるチャンス!瞬間的にそう思ってしまったことは、パンドラ様には内緒だ。
しかも、そいつらのデータを見て驚いた。
俺はかつて地上で生を受けていたころ、シベリアのエベンキ自治管区という、
石炭と林業以外は資源らしい資源もない辺境で暮らしていた。
しかし、今回冥界に侵入してきたアテナのセイントの中には、東シベリア海沿岸出身の奴がいるという。
なんてことだ。
それこそ辺境中の辺境、今でもラーゲリの跡地があるくらいでほとんど人間も住んでいないところだぞ。
そんなところで育った奴が、どんな政治的な思想を身に付けている奴か、想像に固くない。
きっと、ソ連が崩壊したことなんか知らないで、いまだにコムニズムを信奉しているに違いない。
俺はその男に、猛烈に会いたくなってしまった。
たとえ敵同士とて、同胞ではないか。軽く政治について語り合うくらい、ハーデス様もお許しになるはずだ。
驚くべきことに、奴らはいきなり第三獄にあらわれたという。アケローン河はどうした。
第一獄、第二獄は。ロックの奴が慌てて飛び出していった。
あいつはせこいポーランド野郎だから、きっと名乗りも挙げずに攻撃するに違いない。
俺はそういうことはできない。誇りがある。堂々と名乗りを挙げてから戦うつもりだ。
ロックの小宇宙がはじけた。奴らの一人にやられたようだ。
冥界で死んだ人間の魂はどこにゆくのだろう。そんなことは考える間もなく、俺は腰を上げた。
さあ、かかってくるがよい。誰に倒されたか分からぬまま死んでいくのは不憫だ。
奴らを倒す前に、どうどうと名乗りをあげてやろうじゃないか。
もちろん、政治談義も忘れるつもりはない。遠くから、三人のセイントが走ってくるのが見えた。
おい、タヴァーリシチ(同志)、俺が分かるか?
ウラー!ハラショー!と叫びたくなる気持ちを押さえて、俺は奴らの目の前に立ちはだかった。

                   ―完―