死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?314

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572ももか
女は全身を雨に濡らしている。蝋のように色をなくし白くやつれた顔の口元が哄笑した。
女は咲蘭を見据える。咲蘭は目を逸らすことができなくて、女を見つめる。
――これは人ではない、咲蘭は確信した。

女は水滴の滴る両手を突き出し、鍵爪の形に指を曲げ、ゆらゆらと咲蘭に近づいてくる。
視線をはずせないまま、逃げなければ、と咲蘭は思う。
思ったとたん、女は白くけっぶた水煙になって消えた……。

咲蘭はどう帰ったのかさえ覚えていない。我にかえったとき自分の家の玄関に立っていた。
あれがいったい何だったのか分らなかった。ただ……あの女がこの世のものではないのだと、それだけは分る。
まだ呼吸はせわしなかったが、安堵感が咲蘭の胸を撫ではじめる。

咲蘭はバスルームで熱いシャワーを浴び、雨で濡れ冷えきった身体を流す。
日常を取戻した咲蘭は笑って顔を振った。
非現実的な出来事は実感を失い、あれは自分の見間違いだと思い始めていた。
「なにを考えているの、そんなことあるはずはないのよ」
咲蘭は髪を洗いながら呟き、濡れた髪を掻あげ水気を切ると深く深呼吸をして、そして目を解く……。
白い湯気に満ち霞んだバスルームの中に、あの女が立っていた。

咲蘭が悲鳴をあげるより早く細い二本の腕が突き出され首に巻きつく、とたんに咲蘭の精神に去来したもの。
――激しい怨念と微かな悲しみの残滓。
薄れ行く意識の中で咲蘭は、幽鬼から発せられる怨みの慟哭を聞いた。


無人になったバスルーム、流れ落ちるシャワーの音だけが、いつまでも高く鳴いている……。
その後、咲蘭の消息を知るものはいない。