>>223 バックしながら着実に海老名サービスエリアから遠ざかるバス。
そのバックモニターに、異様な物体が映り込んだ。
堺は目を疑いながら停車させた。
誰一人として失うことなく、あの大群ゾンビの攻撃から無事に脱出できて大喜びしていた生徒たちや原が、
怪訝な顔で見つめて来る。
「後ろの人は見えてるだろ。 その車をどかさなくちゃ。 男子は全員きてくれ」
囚人からさっき使っていた包丁を提出させて、手錠をバス車内の金属につなぎ直し、生徒たちと共に降車する。
「うわぁ、何これ・・・」
「マヂかょ・・・」
堺が使っていた道路パトロールカーが、引っ繰り返されて無残な姿を晒している。
これが人間の仕業でないことは誰の目にも明らかだった。
日の出が近い空の下で、車体の片側に無数の手形を見つけ、
ゾンビが共同で車を使えなくしたのだと判明したが、
それが如何に恐ろしい意味を持っているのかを言葉にすべきではない。
14人掛かりで車をずらし、バスの車体がすり抜けられる程度の幅を確保することができた。
>>231 サービスエリアへの進入路から出ることができ、バスはいよいよ前進を始める。
「見て! みんな見て!」 右窓側に座っていた女子が声を上げ、何事かと他の生徒たちも右窓の景色を覗き、
「あぁ! 先生だッ」
「ダルマ!」「先生ッ」と声を張り上げる。
原から平泉教師の人としての最も尊い行いを聞かされ、堺も彼のことを知っている。
「あの、ちょっとだけお別れの時間をくれますか」 バスを進めようとする堺を原が制す。
この車体なら、多少のゾンビが立ちふさがっても押し倒して突破できるだろう。 了承しよう。
「えぇ」
生徒たちはバスの窓を開けて、平泉のゾンビに手を振る。
3分ほど経ってから原に目で問うと、原も頷きで返事を返したので、ゆっくりとバスを進めることにした。
「先生、さようならーーーっ」
「先生、ありがとうーーー!」
「先生ーーーっ」
平泉のゾンビは生徒たちに襲い掛かってなど来なかった。
ただ、無表情にバスの方を見ながら立っているだけだ。
女生徒たちが先生との別れに、共に連れて帰れない悔しさにすすり泣く声が聞こえて来る。
「(平泉さん。 俺は貴方のように捨て身にはなれそうにありません。 でも、できる限りのことはしてみるつもりです)」
そう心で呟きながらバックミラーに映る平泉を見た時、彼が堺に笑いかけたように見え、
いや、そんな筈はないのに、でも、もしかしたらと境は思いたかった。
バスは海老名サービスエリアを後にし、昇り始めた陽の光に照らされた高速道路を南西へと下っていく。