752 :
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最近、オカルト板関連の怖い話を読むのにはまってる。
世の中面白い世界があるね。凄く楽しませてもらってる。
そこで、僕は恩返しをしたいと思って、これを書いている。
僕はこれまで様々な不思議な体験をしてきた。
そこから抜粋をしていくつか投稿する。どこに投稿すれば良いか迷ったが、
ジャンルは様々だし子供の頃の経験が多いのでここに書くことにする。
多分、生涯で一番最初の不思議な体験は擬似的に臨死体験をしたことだろう。
そして、全ての始まりはここからのようだ。
ようだ、というのは僕自身分かっていないことが沢山有るからだ。
5歳の時、僕は好奇心が強く、あらゆることに疑問を持っていた。
例えば
「ベジタリアンの人は命を奪いたくないから野菜しか食べないというけど、
植物も命を宿してる。人は命を奪うことでしか生きることはできないんじゃないか。」
とかそういうことだ。
その中で僕を最も引き付けていたのは「死」の世界だった。
自分が生きたまま決して行くことができない世界だけど、僕は死を体験してみたいと思っていた。
でも本当に死ぬのは嫌だから、何とか擬似的に死を体験できないかと考えていた。
「死」ってなんだろう。
考えていった結果、僕は一つの結論に辿り着いた。
「死とは何も感じず、何も考えていない状態である。」
そして僕はその状態を作り上げることに決めた。
指先に意識を集中して机を触ると、
普段よりも机のデコボコや感触を感じることができるだろう。
じゃあ、逆に意識を体の全てから離したら、何も感じないのではないか、
と考えた。
753 :
(2/4):2012/07/20(金) 20:44:04.30 ID:DvnUmOWZ0
できるだけ意識せずに感覚を消そうと、
まず、温度も程よく、明かりも無い場所を探した。
そして僕はソファーとソファーの間に座布団でカマクラを作って閉じこもることにし、
その中で瞑想を始めた。
ただ、これは思ったよりも難しかった。
意識を体の全てから離そうとすると、
どうしても「離そう」という意識が残った。
でもこれは死ではない。意識せず、全ての感覚を消さなければいけないのだ。
何度となく実験を試みた。そして、ある時、
全ての歯車が噛み合うように、意識も感覚も無い状態を作り上げることができた。
それが問題だった。
意識も感覚も無いのに、
僕はこれまで体験したことの無いような恐怖を感じていた。
正確に言えば「感じた」というのは間違いだ。
濃密な恐怖の流れが、ただ僕の体の中を通り抜けて行ったのだ。
僕は「死」という「恐怖」の中に放り込まれていた。
その瞬間、僕は耐えられなくなって、意識や感覚を取り戻していた。
僕は座布団の中に戻ってきていた。
あれは何だったのだろう。
僕は二度とあれを体験したくない。
あれが死後の世界だとしたら・・・僕は死にたくない。
754 :
(3/4):2012/07/20(金) 20:44:56.79 ID:DvnUmOWZ0
まぁ何にせよ、僕はそれ以来、様々な不思議な体験をすることになった。
最後に体験をしたのは大学院生の時だが、
下らないことも含めてざっと並べればこんな感じだ。
・未来が見えた。未来を自分の思い浮かべた通りに変えることができた。
・墓場の前の家で一人暮らしを始めた頃、幽霊が出たので切り殺した。
・コイントスで、右手と左手のどちらにコインを握っているか20回連続で当てた。
・神経衰弱でまだめくってない状態からペアを当て続けた。
・ババ抜きで、相手が持っているババの位置が分かった。
・大富豪で友達が持ってるカードが透けて見えた(実際にあたっていた)。
・トリップのキーが透けて見えた。
この中で、最初の「未来が見えた」話を投稿しよう。
いわゆるデジャヴという奴だ。
見えたのは幼稚園から中学生の頃がメインだ。
基本的にデジャヴは記憶捏造によるものだと言われる。
wikipediaでも大体その方向だ。
「既視感」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A2%E8%A6%96%E6%84%9F 恐らくデジャヴと言われている物の9割方はその線で正しいだろう。
しかし、そうでない1割は確実に存在する。
デジャヴは幼稚園、小学校、中学校、の時に良く見た。
その中には、相手が次に言う言葉を以前見ていたものが有った
そして、「相手が次に言う言葉」をそのまま発言すると、
相手が実際に同じ発言をしたものが何度かあった。
以前見たものと全く同じ口調、素振りで。
wikipediaにあるようにデジャヴというものが
記憶違いによるものならば、そんなことは出来ないはずだ。
単なる記憶違いならば相手が次に言う言葉など当てられない。
それがデジャヴには記憶違いによるもの以外のものがあると断言できる理由だ。
そして、、、大事なことだが、デジャヴというのは実は未来を見れるだけではない。
見るだけではなく内容のコントロールも出来るのだ。
例えば幼稚園の時、デジャヴ(未来)を見ていると分かる時があった。
友達が壁のそばを走っていた。
僕はデジャヴというものを試そうと思って、
その内容を、その友達が壁の側を走っているときに、
「壁につまづいてこける」というものにしてみた。
別にその友達が嫌いだったわけではないが、
実際にありえなさそうな出来事として、
幼稚園生の僕がとっさに思いついたのはそんなことだったのだ。
結果、実際にその子は壁につまづいてこけた
思い浮かべたものと全く同じ格好、動きで。
多分、、、デジャヴを使えばどんな未来も作ることができるだろう。
子供の頃にもっと色々作っておけば良かったと後悔することも無くはない。
でも、それが未来にどういった影響を及ぼすのかは分からない。