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これは昔私が勤めたある小さな下請工場での話し。
その工場では度々不思議な現象が起きるのだが、その事は工場の誰もが知っており、
その事で特に誰もが騒ぎ立てる事はなかった。
不思議な現象と言うのは、時折工具や油さしが見当たらなくなったり、型が落ちて古く
なりもう使わなくなった工作機械から作業しているような音がしたりと言うもの。
工場で働く人たちは工具が見当たらなくなると「また【あの人】だよ」といって笑った。
新人だった私はよく「あそこの機械の制御盤(コントローラーのようなもの)の上見て来い」
と見当たらなくなった工具や油さしを取りに行かされた。
そうすると、たいがいの場合そこに工具や油さしが置いてある。
最初は気味が悪かったが次第に慣れ、何年かするとそういうもなのだと不思議に思う
気持ちさえなくなっていった。
不思議な事にこの現象は、みんなが忙しい時や、納期に追われたり、残業してる時には
それまで絶対におこらなかった。
ところが、ある納期に追われた残業時間、もう少しで全部の生産が終わると言う時、品物
を固定するために使う工具が見当たらなくなった。
「この忙しい時にそんな事ないだろう」と思いながらも、もしやと思い使わなくなった例の機械
の制御盤を見に行くとそこに工具が置いてある。
製品を機械にセットするたびに工具が見当たらなるので、残って作業していた人間の誰もが
工具の行方を気にして仕事どころではない。
「あーもうまただ!」作業員の一人が大声を上げ、みんな作業の手を止めて注目した。
そして例の使わなくなった機械の前にみんなが集まった時、工場全体が揺れるような振動と
大きな音に襲われた。
見ると、フル稼働していた現行の機械が、老朽化して倒れた大きな棚を巻き込んで周囲の
ものをなぎ倒していた。
死者が出なかったのが不思議なほどの惨状だった。
誰もが鳥肌の出る思いで【あの人】のおかげだ、助けてくれたんだと感謝した。