彼はさげすまれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で病を知っていた。人が顔をそむけるほどさげすまれ、私たちも彼を尊ばなかった。
まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みを背負った。だが、私たちは思った。
彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだと。
しかし、彼は、私たちの背きの罪のために刺し通され、私たちの罪咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、
彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。
私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分かってな道に向かって行った。しかし、主は、私たちのすべての罪咎を彼に負わせた。
彼は痛めつけられた。彼は苦しんだが、口を開かない。ほふり場に引かれて行く小羊のように、毛を刈る者の前で黙っている雌羊のように、
彼は口を開かない。
虐げと、裁きによって、彼は取り去られた。彼の時代の者で、だれが思ったことだろう。彼がわたしの民の背きの罪のために打たれ、
生ける者の地から絶たれたことを。
彼の墓は悪者どもとともに設けられ、彼は富む者とともに葬られた。彼は暴虐を行なわず、その口に欺きはなかったが。
しかし、彼を砕いて、痛めることは主のみこころであった。もし彼が、自分のいのちを 罪過のためのいけにえとするなら、彼は末長く、
子孫を見ることができ、主の御心は彼によって成し遂げられる。
彼は、自分のいのちの激しい苦しみのあとを見て、満足する。
わたしの正しいしもべは、その知識によって多くの人を神の御前に正しい者とし、彼らの罪咎を彼がになう。
それゆえ、わたしは、多くの人々を彼に分け与え、彼は強者たちを分捕り物としてわかちとる。
彼が自分のいのちを死に明け渡し、そむいた人たちとともに数えられたからである。彼は多くの人の罪を負い、そむいた人たちのためにとりなしをする。
イザヤ 53:3-12
2 :
本当にあった怖い名無し:2010/11/05(金) 10:47:51 ID:6O6AJb5+O
イエスさまイエスさまありがとう〜♪
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。
それは神の御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
(ヨハネ3:16)
あなたの救いを確実にする聖書に基づく信仰告白
「自分の口でイエス・キリストは私の主ですと告白し、自分の心で、
神様はイエス・キリストを死人の中から復活させてくださったと信じるなら、
あなたは救われます。
人は、心で信じることによって、神様から正しい者と認められ、
その信仰を自分の口で告白することによって、救いを確実なものとするからです。」
(ローマ人への手紙10:9-11)
>>2 ハレルヤ
主イエス・キリストの御言葉
「わたしの友であるあなたがたに言っておきます。からだを殺しても、そのあとでそれ以上
なにもできない者たちを恐れてはいけません。
恐れるべきかたがだれであるか教えてあげよう。殺したあとで、さらに地獄に投げ込む権威のあるかたを恐れなさい。
そうです、あなたがたに言っておきます、そのかたを恐れなさい。
五羽のすずめは二アサリオンで売られているではありませんか。
しかも、その一羽も神のみまえで忘れられてはいません。 その上、あなたがたの頭の毛までも、
みな数えられています。恐れることはありません。
あなたがたは多くのすずめよりも、優れた者ではありませんか。 そこで、あなたがたに言います。
だれでも人の前でわたしを受けいれる者は、人の子も神の天使たちの前で受けいれるでしょう。
しかし、人の前でわたしを拒否する者は、神の天使たちの前で拒否されることになるでしょう。」
(ルカ12:4-9)
すべてのことは、あなたがたの益であって、恵みがますます多くの人に増し加わるにつれ、感謝が満ちあふれて、
神様の栄光となるのです。だから、わたしたちは落胆しません。
たといわたしたちの外なる人は滅びても、内なる人は日ごとに新しくされていきます。
なぜなら、このしばらくの軽い患難は働いて、永遠の重い栄光を、あふれるばかりに
わたしたちに得させるからです。
わたしたちは、見えるものにではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは一時的であり、
見えないものは永遠につづくのです。
(コリント第二の手紙4:15-18)
わたしたちには、もろもろの天をとおって行かれた大祭司なる神の子イエス様がいらっしゃるのですから、
わたしたちの告白する信仰をかたく守ろうではありませんか。
この大祭司は、わたしたちの弱さを思いやることのできないようなかたではありません。
罪は犯されませんでしたが、すべてのことについて、わたしたちと同じように試錬に会われたのです。
ですから、わたしたちは、あわれみを受け、また、恵みにあずかって時機を得た助けを受けるために、
大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。
(ヘブル人への手紙4:11-16)
わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、
キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。
(コリント第二の手紙12:9-10)
神は、神を愛する人たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、
万事を益となるようにして下さることを、 わたしたちは知っています。
神はあらかじめ知っておられる者たちを、さらに神の御子のかたちに似たものとしようとして、
あらかじめ定めて下さいました。それは、神の御子を多くの兄弟の中で長子とならせるためであったのです。
そして、あらかじめ定めた人たちをさらに召し、召され人たちをさらに正しい者とし、
正しいと認められた人たちには、 さらに栄光を与えて下さいました。
それでは、これらの事からなんと言えるでしょうか。もし、神がわたしたちの味方であるなら、
だれがわたしたちに敵対できるでしょうか。
ご自身の御子(みこ)をさえ惜しまないで、わたしたちすべての者のために死に渡されたかたが、
どうして、 神の御子といっしょに万物をも賜わらないことがありましょうか。
だれが、神に選ばれた人たちを訴えるのですか。 神は彼らを正しい者と認めてくださるのです。
だれが、わたしたちを罪に定めるのですか。
キリスト・イエスは、死んで、否、よみがえり復活されて、 神の右に座し、また、わたしたちのためにとりなしてくださるのです。
だれが、キリストの愛からわたしたちを離れさせるのですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、 飢え、裸、危難、剣ですか。
「わたしたちはあなたのために終日、死に定められており、ほふられる羊のように見られている」と書いてあるとおりです。
しかし、わたしたちを愛して下さったかたによって、わたしたちは、これらすべての事において圧倒的勝利者となるのです。
わたしはこう確信します。死もいのちも、天使も支配者も、現在のものも将来のものも、力あるものも、 高いものも深いものも、
その他どんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスにある神様の愛から、 わたしたちを引き離すことはできません。
(ローマ人への手紙8:35-39)
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。
それは神の御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
(ヨハネ3:16)
あなたの救いを確実にする聖書に基づく信仰告白
「自分の口でイエス・キリストは私の主ですと告白し、自分の心で、
神様はイエス・キリストを死人の中から復活させてくださったと信じるなら、
あなたは救われます。
人は、心で信じることによって、神様から正しい者と認められ、
その信仰を自分の口で告白することによって、救いを確実なものとするからです。」
(ローマ人への手紙10:9-11)
わがたましいよ、主をほめたたえよ。わがうちなるすべてのものよ、その聖なる御名をほめたたえよ。
わがたましいよ、主をほめたたえよ。そのすべてのめぐみを心にとめよ。
主はあなたのすべての不義をゆるし、あなたのすべての病をいやし、
あなたのいのちを墓からあがないだし、いつくしみと、あわれみとをあなたに授け、あなたの生きながらえるかぎり、
良き物をもってあなたを飽き足らせられる。
こうしてあなたは若返り、鷲のように新しくなっていく。
詩篇103:1-5
14 :
本当にあった怖い名無し:2010/11/06(土) 13:58:29 ID:339wV+eX0
神のみこころによりキリスト・イエスの使徒となったパウロと、兄弟テモテとから、コリントにある神の教会、
ならびにアカヤ全土にいるすべての聖徒たちへ。
わたしたちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とが、あなたがたにあるように。
ほむべきかな、わたしたちの主イエス・キリストの父なる神、あわれみ深き父、慰めに満ちたる神。
神は、いかなる患難の中にいる時でもわたしたちを慰めて下さり、また、わたしたち自身も、 神に慰めていただくその慰めをもって、
あらゆる患難の中にある人々を慰めることができるようにして下さるのです。
それは、キリストの苦難がわたしたちに満ちあふれているように、わたしたちの受ける慰めもまた、
キリストによって満ちあふれているからです。
わたしたちが患難に会うなら、それはあなたがたの慰めと救いとのためであり、慰めを受けるなら、
それはあなたがたの慰めのためであって、 その慰めは、わたしたちが受けているのと同じ苦難に耐えさせる力となります。
だから、あなたがたに対していだいているわたしたちの望みは、動くことがありません。
あなたがたが、わたしたちと共に苦難にあずかっているように、慰めにも共にあずかっていることを知っているからです。
愛する兄弟のみなさん。わたしたちがアジヤで会った患難を、知らずにいてもらいたくない。
わたしたちは極度に、耐えられないほど圧迫されて、生きる望みを失ってしまい、 心のうちで死を覚悟しました。
そして自分自身を頼みとしないで、死人を復活させてくださった神様を頼みとするに至ったのです。
神様はこのような死の危険から、わたしたちを救い出して下さり、また救い出して下さるでしょう。
わたしたちは、神様が今後も救い出して下さることを望んでいます。 そして、あなたがたもまた、祈りをもって、
いっしょに、わたしたちを助けてくれるでしょう。
これは多くの人たちの願いにより、わたしたちに授けられた恵みについて、多くの人が感謝をささげるようになるためです。
さて、わたしたちがこの世で、ことにあなたがたに対し、人間の知恵ではなく神様の恵みによって、
神様の神聖と真実によって行動してきたことは、実にわたしたちの誇りです。そして良心のあかしするところでもあります。
わたしたちが書いていることは、あなたがたが読んで理解できないことではありません。
それを完全に理解してくれるように、わたしは希望します。わたしたちの主イエスの日に、あなたがたがわたしたちの誇りであるように、
わたしたちもあなたがたの誇りであることはある程度理解してくれていると思います。
この確信をもって、わたしたちはもう一度恵みを得させたいのです
神様は、わたしたちに証印を押し、その保証として、わたしたちの心に聖霊を授けてくださいました。
わたしは自分の魂をかけ、神様を証人に呼び求めて言いますが、わたしがコリントに行かないのは、あなたがたに対して寛大でありたいためです。
わたしたちは、あなたがたの信仰を支配する者ではなく、あなたがたの喜びのために共に働いている者にすぎません。
あなたがたは、信仰に堅く立っているからです。
神様に感謝しよう。神様はいつも私たちを、勝利の行進に加えてくださいました。
わたしたちをとおしてキリストを知る知識のかおりを、至る所に放って下さるのです。
わたしたちは、救われる人にとっても滅びる人にとっても、神様に対するキリストの香りなのです。
後者にとっては、死から死に至らせる香りであり、前者にとっては、いのちからいのちに至らせる香りです。
このような任務にふさわしい人とは、いったいどんな人でしょうか。
私たちは、多くの人のように、神様の御言葉に混ぜ物をして売るようなことはせず、
真心から、また神様によって、神様の御前でキリストにあって語るのです。
神はわたしたちに力を与えて、新しい契約に仕える者とされました。 それは、文字に仕える者ではなく、霊に仕える者です。
文字は人を殺し、霊は人を生かす。
もし石に彫りつけた文字による死の務めが栄光のうちに行われ、そのためイスラエルの子らは、 モーセの顔の消え去るべき栄光のゆえに、
その顔を見つめることができなかったとすれば、 まして霊の務めは、はるかに栄光あるものではないでしょうかか。
もし罪を宣告する務めが栄光あるものだとすれば、義を宣告する務は、はるかに栄光に満ちたものです。
そして、すでに栄光を受けたものも、この場合、はるかにまさった栄光のまえに、その栄光を失ったのです。
もし消え去るべきものが栄光をもって現れたのなら、まして永存すべきものは、もっと栄光のあるべきものです。
こうした望みをいだいているので、わたしたちは思いきって大胆に語り、 そしてモーセが、 消え去っていくものの最後をイスラエルの子らに
見られまいとして、 顔におおいをかけたようなことはしない。
実際、彼らの思いは鈍くなっていた。今日に至るまで、彼らが古い契約を朗読する場合、 その同じおおいが取り去られないままで残っています。
それは、キリストにあってはじめて取り除かれるからです。今日に至るもなお、 モーセの書が朗読されるたびに、
おおいが彼らの心にかかっている。
しかし主に向く時には、そのおおいは取り除かれます。主は霊である。そして、主の霊のあるところには、自由があります。
わたしたちはみな、顔おおいなしに、主の栄光を鏡に映すように見つつ、栄光から栄光へと、主と同じ姿に変えられていきます。
これは霊なる主の働きによるのです。
このようにわたしたちは、あわれみを受けてこの務めについているのですから、落胆せずに、 恥ずべき隠れたことを捨て去り、
悪巧みによって歩かず、神の御言葉を曲げず、真理を明らかにし、神のみまえに、すべての人の良心に自分を推薦します。
もしわたしたちの福音がおおわれているなら、滅びる者たちにとっておおわれているのです。
彼らの場合、この世の神が不信者たちの思いをくらませて、神のかたちであるキリストの栄光の福音の輝きを、見えなくしています。
しかし、わたしたちは自分自身を宣べ伝えるのではなく、主なるキリスト・イエスを宣べ伝えます。
わたしたち自身は、 ただイエス様のために働くあなたがたのしもべにすぎません。
「暗闇の中から光よ、輝き出せ」と仰せになった神は、キリストの顔に輝き渡る神の栄光の知識を明らかにするために、
わたしたちの心を照して下さったのです。
しかしわたしたちは、この宝を土の器の中に持っている。その測り知れない力は神のものであって、
わたしたちから出たものでないことが、あらわれるためです。
わたしたちは、四方から患難を受けても窮しない。途方にくれても行き詰まることはありません。
迫害に会っても見捨てられず、倒されても滅びない。 いつもイエス様の死をこの身に負っています。
それはまた、イエス様のいのちが、この身に現れるためであり、 わたしたち生きている者は、
イエス様のために絶えず死に渡されているからです。
それはイエス様のいのちが、わたしたちの死ぬべき肉体に現れるためです。
こうして、死はわたしたちのうちに働き、いのちはあなたがたのうちに働くのです。
「わたしは信じた。それゆえに語った」としるしてあるとおり、それと同じ信仰の霊を持っているので、
わたしたちも信じています。それゆえに語ります。
それは、主イエスをよみがえらせたかたが、わたしたちをもイエス様と共によみがえらせ、そして、
あなたがたと共にみまえに立たせて下さることを、知っているからです。
すべてのことは、あなたがたの益であって、恵みがますます多くの人に増し加わるにつれ、感謝が満ちあふれて、 神の栄光となります。
だから、わたしたちは落胆しない。
たといわたしたちの外なる人は滅びても、内なる人は日ごとに新しくされていきます。 なぜなら、このしばらくの軽い患難は働いて、
永遠の重い栄光を、あふれるばかりにわたしたちに得させるからです。
わたしたちは、見えるものにではなく、見えないものに目を注ぐ。見えるものは一時的であり、
見えないものは永遠につづくからです。
わたしたちの住んでいる地上の幕屋がこわれると、神からいただく建物、すなわち天にある、
人の手によらない永遠の家が備えてあることを、わたしたちは知っています。
そして、天から賜わるその住まいを、上に着ようと切実に望みながら、この幕屋の中で苦しみもだえています。
それを着たなら、裸のままではいないでしょう。 この幕屋の中にいるわたしたちは、重荷を負って苦しみもだえています。
それを脱ごうと願うからではなく、その上に着ようと願うからであり、それによって、死ぬべきものがいのちにのまれてしまうためです。
わたしたちを、この事にかなう者にして下さったのは、神です。
そして、神はその保証として聖霊をわたしたちに賜わりました。
だから、わたしたちはいつも心強い。 そして、肉体を宿としている間は主から離れていることを、よく知っています。
わたしたちは、見えるものによらないで、 信仰によって歩いているのです。 コリント第二の手紙5章
イエス様はあなたを喜びあふれる天の御国に招いておられます。しかし、罪をすべて清めなければそこには入れません。
@人はみな罪びとです。旧約聖書にあるとおり義人はひとりもいない。
Aキリストを拒否すれば、神から裁かれ、このままでは地獄の滅びに向かう。
Bあなたは救いを必要としている。
Cあなたを救うためにイエス・キリストは身代わりの生贄になって十字架にかかり、血を流され死んでくださいました。
Dそして3日目によみがえられました。
☆イエス・キリストはあなたの罪の代価をすべて支払ってくださったのです。
あなたの罪に対する神の怒りは、キリストが十字架で身代わりに受けてくださいました。
イエス様の十字架により、神様の怒りはなだめられ、神の怒りはおさまりました。
これにより神の義とユダヤ律法の義の要求が完全に満たされました。
イエス様が十字架であなたの罪をあがなってくださったので、あなたは神と和解できます。
キリストを信じる人はすべての罪が永遠にゆるされ神の義が与えられ、裁かれることはありません。
☆神はイエス・キリストを信じる人に永遠のいのちを与えられ、ご自分の子供としての特権をも授けてくださいます。
そして王国が与えられ、あなたは王となり、祭司となり、永遠の支配権がキリストから与えられます。
そして天国の首都、新しいエルサレムに行ける保障をしてくださいます。
☆あなたの永遠の運命はイエス・キリストを救い主として受け入れるかどうかにかかっています。
イエス様が完成してくださったあがないのわざに完全に信頼することです
愛する皆さん。わたしが以前あなたがたに伝えた福音、あなたがたが受け入れ、それによって立ってきたあの福音を、
思い出していただきたい。
あなたがたが、いい加減な気持ちで信じたりせず、わたしの宣べ伝えたとおりの御言葉を堅く信じていれば、この福音によって救われます。
わたしが最も重要なこととしてあなたがたに伝えたのは、わたし自身も受けたことでした。
すなわちキリストが、聖書に書いてあるとおり、わたしたちの罪のために死なれたこと、 そして葬られたこと、
聖書に書いてあるとおり、三日目によみがえり復活されたこと、ケパに現れ、次に、十二人に現れてくださったことです。
そののち、五百人以上の兄弟たちに、同時に現れてくださいました。その中にはすでに眠った者たちもいますが、
大多数はいまなお生存しています。
そののち、ヤコブに現れてくださり、次に、すべての使徒たちに現れ、 そして最後に、いわば、未熟児のような私の前にも現われてくださったのです。
実際わたしは、神様の教会を迫害したのですから、使徒たちの中でいちばん小さい者であって、使徒と呼ばれる値うちのない者です。
しかし、神様の恵みによって、わたしは今日あるを得ています。そして、わたしに賜わった神様の恵みはむだにならず、
むしろ、わたしは彼らの中のだれよりも多く働いてきました。
しかしそれは、わたし自身ではなく、わたしと共にあった神様からの恵みです。
とにかく、わたしにせよ彼らにせよ、そのように、わたしたちは宣べ伝えており、そのように、あなたがたは信じたのです。
(コリント人への手紙15:1-11)
http://il.youtube.com/watch?v=rCdbkYyUC8E&feature=related
愛する皆さん。わたしが以前あなたがたに伝えた福音、あなたがたが受け入れ、それによって立ってきたあの福音を、
思い出していただきたい。
あなたがたが、いい加減な気持ちで信じたりせず、わたしの宣べ伝えたとおりの御言葉を堅く信じていれば、この福音によって救われます。
わたしが最も重要なこととしてあなたがたに伝えたのは、わたし自身も受けたことでした。
すなわちキリストが、聖書に書いてあるとおり、わたしたちの罪のために死なれたこと、 そして葬られたこと、
聖書に書いてあるとおり、三日目によみがえり復活されたこと、ケパに現れ、次に、十二人に現れてくださったことです。
そののち、五百人以上の兄弟たちに、同時に現れてくださいました。その中にはすでに眠った者たちもいますが、
大多数はいまなお生存しています。
そののち、ヤコブに現れてくださり、次に、すべての使徒たちに現れ、 そして最後に、いわば、未熟児のような私の前にも現われてくださったのです。
実際わたしは、神様の教会を迫害したのですから、使徒たちの中でいちばん小さい者であって、使徒と呼ばれる値うちのない者です。
しかし、神様の恵みによって、わたしは今日あるを得ています。そして、わたしに賜わった神様の恵みはむだにならず、
むしろ、わたしは彼らの中のだれよりも多く働いてきました。
しかしそれは、わたし自身ではなく、わたしと共にあった神様からの恵みです。
とにかく、わたしにせよ彼らにせよ、そのように、わたしたちは宣べ伝えており、そのように、あなたがたは信じたのです。
(コリント人への手紙15:1-11)
30 :
リンゴ ◆oPXbhrKCUQ :2010/11/08(月) 07:31:04 ID:bZUxzH8l0
すべてのことは、あなたがたの益であって、恵みがますます多くの人に増し加わるにつれ、感謝が満ちあふれて、
神様の栄光となるのです。だから、わたしたちは落胆しません。
たといわたしたちの外なる人は滅びても、内なる人は日ごとに新しくされていきます。
なぜなら、このしばらくの軽い患難は働いて、永遠の重い栄光を、あふれるばかりに
わたしたちに得させるからです。
わたしたちは、見えるものにではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは一時的であり、
見えないものは永遠につづくのです。
(コリント第二の手紙4:15-18)
神よ、われらはあなたに感謝します。われらは感謝します。
われらはあなたの御名を呼び、あなたのくすしきみわざを語ります。
詩篇75:1
イエス様はあなたを喜びあふれる天の御国に招いておられます。しかし、罪をすべて清めなければそこには入れません。
@人はみな罪びとです。旧約聖書にあるとおり義人はひとりもいない。
Aキリストを拒否すれば、神から裁かれ、このままでは地獄の滅びに向かう。
Bあなたは救いを必要としている。
Cあなたを救うためにイエス・キリストは身代わりの生贄になって十字架にかかり、血を流され死んでくださいました。
Dそして3日目によみがえられました。
☆イエス・キリストはあなたの罪の代価をすべて支払ってくださったのです。
あなたの罪に対する神の怒りは、キリストが十字架で身代わりに受けてくださいました。
イエス様の十字架により、神様の怒りはなだめられ、神の怒りはおさまりました。
これにより神の義とユダヤ律法の義の要求が完全に満たされました。
イエス様が十字架であなたの罪をあがなってくださったので、あなたは神と和解できます。
キリストを信じる人はすべての罪が永遠にゆるされ神の義が与えられ、裁かれることはありません。
☆神はイエス・キリストを信じる人に永遠のいのちを与えられ、ご自分の子供としての特権をも授けてくださいます。
そして王国が与えられ、あなたは王となり、祭司となり、永遠の支配権がキリストから与えられます。
そして天国の首都、新しいエルサレムに行ける保障をしてくださいます。
☆あなたの永遠の運命はイエス・キリストを救い主として受け入れるかどうかにかかっています。
イエス様が完成してくださったあがないのわざに完全に信頼することです。
パウロとシルワノとテモテから、わたしたちの父なる神と主イエス・キリストとにあるテサロニケ人たちの教会へ。
父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とが、あなたがたにあるように。
愛する兄弟たちよ。わたしたちは、いつもあなたがたのことを神様に感謝せずにはいられません。またそうするのが当然です。
それは、あなたがたの信仰が大いに成長し、あなたがたひとりびとりの愛が、お互いの間に増し加わっているからです。
そのために、わたしたち自身は、あなたがたがいま受けているあらゆる迫害と患難とのただ中で示している忍耐と信仰とにつき、
神様の諸教会に対してあなたがたを誇りとしています。
これは、あなたがたを、神様の御国にふさわしい者にしようとする神の裁きが正しいことを、証拠だてるものです。
その神の御国のために、あなたがたも苦闘しているのです。(テサロニケ第二の手紙1:1-5)
すなわち、あなたがたを悩ます者には患難をもって報復し、悩まされているあなたがたには、わたしたちと共に、
休息をもって報酬を授けて下さるのが、神様にとって正しいことだからです。
それは、主イエスが炎の中から力ある天使たちを率いて天から出現される時に実現します。 その時、主は神様を認めない者たちや、
わたしたちの主イエスの福音に聞き従わない者たちに報復し、 そして、彼らは主の御顔とその御力の栄光から退けられて、
永遠の滅亡に至る刑罰を受けます。 その日に、イエス様はご降臨され、聖徒たちの中であがめられ、すべて信じる者たちの間で驚きと
感激の的となられます。わたしたちのこのあかしは、あなたがたによって信じられているのです。
このためにまた、わたしたちは、わたしたちの神様があなたがたを召すにふさわしい者とし、良い行いに対するあらゆる願いと信仰の働きとを
力強く満たして下さるよう、あなたがたのために絶えず祈っています。
それは、わたしたちの神様と主イエス・キリストとの恵みによって、わたしたちの主イエスの御名があなたがたの間であがめられ、
あなたがたも主にあって栄光を受けるためです。(テサロニケ第二の手紙1:6-12)
あなたの救いを確実にする聖書に基づく信仰告白
「自分の口でイエス・キリストは私の主ですと告白し、自分の心で、
神様はイエス・キリストを死人の中から復活させてくださったと信じるなら、
あなたは救われます。
人は、心で信じることによって、神様から正しい者と認められ、
その信仰を自分の口で告白することによって、救いを確実なものとするからです。」
(ローマ人への手紙10:9-11)
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。
それは神の御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
(ヨハネ3:16)
あなたの救いを確実にする聖書に基づく信仰告白
「自分の口でイエス・キリストは私の主ですと告白し、自分の心で、
神様はイエス・キリストを死人の中から復活させてくださったと信じるなら、
あなたは救われます。
人は、心で信じることによって、神様から正しい者と認められ、
その信仰を自分の口で告白することによって、救いを確実なものとするからです。」
(ローマ人への手紙10:9-11)
愛する皆さん。わたしが以前あなたがたに伝えた福音、あなたがたが受け入れ、それによって立ってきたあの福音を、
思い出していただきたい。
あなたがたが、いい加減な気持ちで信じたりせず、わたしの宣べ伝えたとおりの御言葉を堅く信じていれば、この福音によって救われます。
わたしが最も重要なこととしてあなたがたに伝えたのは、わたし自身も受けたことでした。
すなわちキリストが、聖書に書いてあるとおり、わたしたちの罪のために死なれたこと、 そして葬られたこと、
聖書に書いてあるとおり、三日目によみがえり復活されたこと、ケパに現れ、次に、十二人に現れてくださったことです。
そののち、五百人以上の兄弟たちに、同時に現れてくださいました。その中にはすでに眠った者たちもいますが、
大多数はいまなお生存しています。
そののち、ヤコブに現れてくださり、次に、すべての使徒たちに現れ、 そして最後に、いわば、未熟児のような私の前にも現われてくださったのです。
実際わたしは、神様の教会を迫害したのですから、使徒たちの中でいちばん小さい者であって、使徒と呼ばれる値うちのない者です。
しかし、神様の恵みによって、わたしは今日あるを得ています。そして、わたしに賜わった神様の恵みはむだにならず、
むしろ、わたしは彼らの中のだれよりも多く働いてきました。
しかしそれは、わたし自身ではなく、わたしと共にあった神様からの恵みです。
とにかく、わたしにせよ彼らにせよ、そのように、わたしたちは宣べ伝えており、そのように、あなたがたは信じたのです。
(コリント人への手紙15:1-11)
イエス様はあなたを喜びあふれる天の御国に招いておられます。しかし、罪をすべて清めなければそこには入れません。
@人はみな罪びとです。旧約聖書にあるとおり義人はひとりもいない。
神は人の罪に激怒しておられます。
Aキリストを拒否すれば、神から裁かれ、このままでは地獄の滅びに向かう。
Bあなたは救いを必要としている。
Cあなたを救うためにイエス・キリストは身代わりになって十字架にかかり、血を流され死んでくださいました。
Dそして3日目によみがえられました。
☆イエス・キリストはあなたの罪の代価をすべて支払ってくださったのです。
あなたに対する神の怒りはイエス様の十字架の死によってなだめられ収まりました。、
あなたの身代わりにイエスキリストが神から罰せられたからです。
イエス様を信じる人は永遠に罪が赦され、神の義が与えられ裁かれることはありません。
☆神はイエス・キリストを信じる人に永遠のいのちを与えられ、ご自分の子供としての特権をも授けてくださいます。
そして天国の首都、新しいエルサレムに行ける保障をしてくださいます。
☆あなたの永遠の運命はイエス・キリストを救い主として受け入れるかどうかにかかっています。
イエス様が完成してくださったあがないのわざに完全に信頼することです。
わたしたちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とが、あなたがたにありますように。
わたしたちの主イエス・キリストの父なる神様を賛美しよう。
神はキリストにあって、天上の諸々の霊の祝福をもって、わたしたちを祝福してくださいました。
そして御前に清く傷のない者となるように、天地の創造される前から、キリストにあってわたしたちを選び分け、
わたしたちに、イエス・キリストによって神様の子供となる身分を授けようと、御心に従い、
愛のうちにあらかじめ定めて下さいました。
これは、その愛する神様のひとり子によって賜わった栄光に満ち満ちた恵みを、わたしたちが褒め称えるためです。
わたしたちは、神様のひとり子にあって、神様の豊かな恵みのゆえに、その血によるあがない、すなわち、罪のゆるしを受けました。
神様はその恵みをさらに増し加えて、あらゆる知恵と悟りとをわたしたちに賜わり、御心の奥義を、
自らあらかじめ定められたご計画に従って、わたしたちに啓示して下さいました。
それは、時の満ちるに及んで実現される御計画にほかなりません。それによって、
神様は天にあるもの、地にあるものを、ことごとく、キリストにあって一つとされたのです。
わたしたちは、御心のままにすべての事をなさるかたの目的の下に、キリストにあってあらかじめ定められ、
神様の民として選ばれました。
それは、早くからキリストに望みをおいているわたしたちが、神様の栄光を褒め称える者となるためです。
(エペソ人への手紙1:1-12)
わがたましいよ、主をほめたたえよ。わがうちなるすべてのものよ、その聖なる御名をほめたたえよ。
わがたましいよ、主をほめたたえよ。そのすべてのめぐみを心にとめよ。
主はあなたのすべての不義をゆるし、あなたのすべての病をいやし、
あなたのいのちを墓からあがないだし、いつくしみと、あわれみとをあなたに授け、あなたの生きながらえるかぎり、
良き物をもってあなたを飽き足らせられる。
こうしてあなたは若返り、鷲のように新しくなっていく。
詩篇103:1-5
キリストは多くの罪のために一つの永遠のいけにえをささげた後、神の右に座し、
それから、敵をその足台とするときまで、待っておられます。
彼は一つのささげ物によって、清められた人たちを永遠に完全な者とされたのです。」
ヘブル人への手紙10章
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。
それは神の御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
(ヨハネ3:16)
あなたの救いを確実にする聖書に基づく信仰告白
「自分の口でイエス・キリストは私の主ですと告白し、自分の心で、
神様はイエス・キリストを死人の中から復活させてくださったと信じるなら、
あなたは救われます。
人は、心で信じることによって、神様から正しい者と認められ、
その信仰を自分の口で告白することによって、救いを確実なものとするからです。」
(ローマ人への手紙10:9-11)
「しかし、主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、
わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである。」と言われたのです。
ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。」
(第2コリント12:9)
見よ。わたしはあなたを練ったが、銀の場合とは違う。わたしは悩みの炉であなたを試みた。
イザヤ48:10
神よ。まことに、あなたは私たちを調べ、銀を精練するように、私たちを練られました。
詩編66:10
キリスト・イエスのしもべたち、パウロとテモテから、ピリピにいる、キリスト・イエスにあるすべての聖徒たち、
ならびに監督たちと執事たちの皆さんへ。 わたしたちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とが、あなたがたにありますように。
わたしはあなたがたを思うたびに、わたしの神に感謝し、あなたがた一同のために祈るとき、いつも喜びをもって祈り、
あなたがたが最初の日から今日に至るまで、福音にあずかっていることを感謝しています。 そして、あなたがたのうちに良いわざを始められたかたが、
キリスト・イエスの日までにそれを完成して下さるにちがいないと、確信しているのです。
わたしが、あなたがた一同のために、そう考えるのは当然です。それは、わたしが牢獄に捕われている時にも、福音を弁明し立証する時にも、
あなたがたをみな、共に恵みにあずかる者として、わたしの心に深く留めているからです。
わたしがキリスト・イエスの熱い愛をもって、どんなに深くあなたがた一同を思っていることか、それを証明して下さるかたは神です。
わたしはこう祈ります。あなたがたの愛が、深い知識において、鋭い感覚において、いよいよ増し加わり、それによって、
あなたがたが、何が重要であるかを判断することができ、キリストの日に備え、純真で責められるところのないものとなり、
イエス・キリストによる義の果実に満たされて、神の栄光とほまれとをあらわすに至るようにと。(ピリピ人への手紙1:1-11)
平行世界の宇宙空間の現実世界の惑星地球の人類全体にイエス・キリストの大いなる御加護あれー!?♪。
さて、愛する兄弟たちよ。わたしの身に起った事が、むしろ福音の前進に役立つようになったことを、
あなたがたに知ってもらいたい。 すなわち、わたしが牢獄に捕われているのはキリストのためであることが、兵営全体にも
そのほかのすべての人々にも明らかになり、 そして兄弟たちのうち多くの人は、わたしの入獄によって主にある確信を得、恐れることなく、
ますます勇敢に、神の御言葉を語るようになったからです。 一方では、ねたみや闘争心からキリストを宣べ伝える者がおり、
他方では善意からそうする者がいます。 後者は、わたしが福音を弁明するために立てられていることを知り、愛の心でキリストを伝え、 前者は、
わたしの入獄の苦しみに更に患難を加えようと思って、純真な心からではなく、党派心からそうしています。
すると、どうなのですか。見栄からであるにしても、真実からであるにしても、要するに、伝えられているのはキリストなのだから、
わたしはそれを喜んでいるし、また喜ぶでしょう。
なぜなら、あなたがたの祈りと、イエス・キリストの霊の助けとによって、この事がついには、わたしの救いとなることを知っているからです。
(ピリピ人への手紙1:12-19)
そこで、わたしが切なる思いで待ち望むことは、わたしが、どんなことがあっても恥じることなく、かえって、いつものように今も、
大胆に語ることによって、生きるにしても、また死ぬにしても、わたしの身によってキリストがあがめられることです。
わたしにとっては、生きることはキリスト、死ぬことは有益です。
しかし、肉体において生きていることが、わたしにとっては実り多い働きになるとすれば、わたしはどちらを選んだらよいかわからない。
わたしは、これら二つのものの間に板ばさみになっています。
わたしの願いを言いましょう。それは、この世を去ってキリストと共にいることです。実は、その方がはるかに望ましいからです。
しかし、肉体にとどまっていることは、あなたがたのためには、さらに必要でしょう。
こう確信しているので、わたしは生きのびて、あなたがた一同のところにとどまり、あなたがたの信仰を成長させ、その喜びを得させようと思っています。
そうなれば、わたしが再びあなたがたのところに行くので、あなたがたはわたしによってキリスト・イエスにある誇りを増すことになるでしょう。
(ピリピ人への手紙1:20-26)
ただ、あなたがたはキリストの福音にふさわしく生活しなさい。そして、わたしが行ってあなたがたに会うにしても、離れているにしても、
あなたがたが一つの霊によって堅く立ち、一つの心になって福音の信仰のために力を合わせて戦い、 そして、何事についても、
敵対する者たちに狼狽させられないでいる様子を、聞かせてほしい。このことは、彼らには滅びのしるし、あなたがたには救いのしるしであって、
それは神様から来るのです。
あなたがたはキリストのために、ただ彼を信じることだけではなく、彼のために苦しむことをも賜わっています。
あなたがたは、さきにわたしについて見、今またわたしについて聞いているのと同じ苦闘を、続けているのです。
(ピリピ人への手紙1:27-30)
そこで、あなたがたに、キリストによる勧め、愛の励ましあい、聖霊の交わり、熱愛とあわれみとが、いくらかでもあるなら、
どうか同じ思いとなってほしい。同じ愛の心を持ち、心を合わせ、一つの思いになって、わたしの喜びを満たしてほしい。
何事も党派心や虚栄心から行動してはならない。謙虚な心をもってお互いに人を自分より優れた者としなさい。
お互い、自分のことばかりでなく、ほかの人のことも考えなさい。
キリスト・イエスにあっていだいているのと同じ思いを、あなたがたの間でも互いに生かしなさい。
キリストは、神の身分であられたが、神と同じ者であることを固守すべきとは思われず、かえって、ご自分を無くし、
しもべとなられ、人間の姿をとられました。その有様は人と異ならず、ご自分を低くして、死に至るまで、
しかも十字架の死に至るまで従順であられました。 それゆえに、神は彼を高く引き上げ、すべての名にまさる御名を彼に賜わったのです。
それは、イエス様の御名によって、天の上にあるもの、地上のもの、地下のもの、そしてあらゆるものがひざをかがめ、
また、あらゆる舌が、「イエス・キリストは主である」と告白し、栄光を父なる神に帰するためなのです。(ピリピ人への手紙2:1-11)
わたしの愛する人たちよ。そういうわけだから、あなたがたがいつも従順であったように、わたしが一緒にいる時だけでなく、
いない今は、いっそう従順でいて、おそれへりくだって自分の救いの達成に努めなさい。
あなたがたのうちに働きかけて、その願いを起させ、そして実現に至らせてくださるのは神であって、
それは神のよしとされるところだからです。すべてのことを、つぶやかず疑わないでしなさい。
それは、あなたがたが責められるところのない純真な者となり、曲った邪悪な時代のただ中にあって、傷のない神の子供となるためです。
あなたがたは、いのちの御言葉を堅く持って、彼らの間で星のようにこの世で輝いています。
このようにして、キリストの日に、わたしは自分の走ったことが無駄でなく、苦労したことも無駄ではなかったと誇ることができます。
(ピリピ人への手紙2:12-16)
53 :
ネトウヨ撲滅をLRに明記しよう:2010/11/11(木) 18:33:44 ID:vdL9+iu20
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。
それは神の御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
(ヨハネ3:16)
主イエス・キリストの御言葉
「わたしの友であるあなたがたに言っておきます。からだを殺しても、そのあとでそれ以上
なにもできない者たちを恐れてはいけません。
恐れるべきかたがだれであるか教えてあげよう。殺したあとで、さらに地獄に投げ込む権威のあるかたを恐れなさい。
そうです、あなたがたに言っておきます、そのかたを恐れなさい。
五羽のすずめは二アサリオンで売られているではありませんか。
しかも、その一羽も神のみまえで忘れられてはいません。 その上、あなたがたの頭の毛までも、
みな数えられています。恐れることはありません。
あなたがたは多くのすずめよりも、優れた者ではありませんか。 そこで、あなたがたに言います。
だれでも人の前でわたしを受けいれる者は、人の子も神の天使たちの前で受けいれるでしょう。
しかし、人の前でわたしを拒否する者は、神の天使たちの前で拒否されることになるでしょう。」
(ルカ12:4-9)
すべてのことは、あなたがたの益であって、恵みがますます多くの人に増し加わるにつれ、感謝が満ちあふれて、
神様の栄光となるのです。だから、わたしたちは落胆しません。
たといわたしたちの外なる人は滅びても、内なる人は日ごとに新しくされていきます。
なぜなら、このしばらくの軽い患難は働いて、永遠の重い栄光を、あふれるばかりに
わたしたちに得させるからです。
わたしたちは、見えるものにではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは一時的であり、
見えないものは永遠につづくのです。
(コリント第二の手紙4:15-18)
わたしたちには、もろもろの天をとおって行かれた大祭司なる神の子イエス様がいらっしゃるのですから、
わたしたちの告白する信仰をかたく守ろうではありませんか。
この大祭司は、わたしたちの弱さを思いやることのできないようなかたではありません。
罪は犯されませんでしたが、すべてのことについて、わたしたちと同じように試錬に会われたのです。
ですから、わたしたちは、あわれみを受け、また、恵みにあずかって時機を得た助けを受けるために、
大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。
(ヘブル人への手紙4:11-16)
私は、もとどおりに回復させてくださいと、三度も神様にお願いしました。
そのつど返ってくる答えは、こうでした。
「いや、治すまい。 しかし、わたしはあなたと共にいる。 それで十分ではないか。
わたしの力は人が弱い時に最もよく現われるのだから。」 今では、私は、自分の弱さを喜んで誇ります。
コリント第二の手紙12
わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、
キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。
(コリント第二の手紙12:9-10)
神は、神を愛する人たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、 万事を益となるようにして下さることを、
わたしたちは知っています。神はあらかじめ知っておられる者たちを、さらに神の御子のかたちに似たものとしようとして、
あらかじめ定めて下さいました。それは、神の御子を多くの兄弟の中で長子とならせるためであったのです。
そして、あらかじめ定めた人たちをさらに召し、召され人たちをさらに正しい者とし、
正しいと認められた人たちには、 さらに栄光を与えて下さいました。
それでは、これらの事からなんと言えるでしょうか。もし、神がわたしたちの味方であるなら、 だれがわたしたちに敵対できるでしょうか。
ご自身の御子(みこ)をさえ惜しまないで、わたしたちすべての者のために死に渡されたかたが、
どうして、 神の御子といっしょに万物をも賜わらないことがありましょうか。
だれが、神に選ばれた人たちを訴えるのですか。 神は彼らを正しい者と認めてくださるのです。
だれが、わたしたちを罪に定めるのですか。
キリスト・イエスは、死んで、否、よみがえり復活されて、 神の右に座し、また、わたしたちのためにとりなしてくださるのです。
だれが、キリストの愛からわたしたちを離れさせるのですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、 飢え、裸、危難、剣ですか。
「わたしたちはあなたのために終日、死に定められており、ほふられる羊のように見られている」と書いてあるとおりです。
しかし、わたしたちを愛して下さったかたによって、わたしたちは、これらすべての事において圧倒的勝利者となるのです。
わたしはこう確信します。死もいのちも、天使も支配者も、現在のものも将来のものも、力あるものも、 高いものも深いものも、
その他どんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスにある神様の愛から、 わたしたちを引き離すことはできません。
(ローマ人への手紙8:35-39)
Q:主イエスを信じるだけで救われますか。
A:はい、信じるだけで救われます。
Q:主イエスの十字架の血による人の罪のあがないは永遠に有効なものですか
A:主イエスの十字架の血による人の罪のあがないは永遠に有効です。
Q:主イエスのあがないは永遠に有効なら、主イエスキリストを信じたあと罪を犯してもあがないは有効ですか。
A:はい、主イエスの十字架の血による人の罪のあがないは永遠に有効です。
罪を犯しても無効になることなどありません。
キリストを信じたクリスチャンの罪は教会に通っても通わなくても永遠に赦されていますし、
人の罪は、主イエスの十字架の血によって永遠にあがなわれたので、
自分で罪を償う必要など全くありませんし、人間の力ではそれはできないと書いてあります。ご安心を。
Q:主イエスのあがないが永遠なるものなら、罪が清められたクリスチャンたちを永遠に完全な者とされた
という御言葉が書いてなければいけませんが、どこに書いてありますか 。
A:ヘブル人への手紙10:14こう書いてあります。
「彼は一つの捧げ物によって、清められた者たちを永遠に完全な者とされたのです。」
Q:では主イエスを信じたクリスチャンから聖霊は絶対に離れることはないという聖書の御言葉
も書いてなければなりませんが、どこに書いてありますか
A:はい、こう書いてあります
「その助け主は、絶対にあなたがたを離れません。 その方とは聖霊、すなわち、すべての真理へと導いてくださる御霊のことです。
世間の人は、この方を受け入れることはできません。(ヨハネ14章)
Q:それではイエス様のいらっしゃる天国に行けるために神性にあずかり永遠に罪から清められるために
どうやったら神の聖霊を神様からいただくことができますか。
A:主イエス・キリストを信じるだけです。
Q:ではイエス・キリストを信じるだけで、約束された聖霊の証印をおされるという御言葉はどこに書いてありますか。
A:エペソ人への手紙1章にこう書いてあります。
「あなたがたもまた、キリストにあって、真理の御言葉、すなわち、あなたがたの救いの福音を聞き、
また、彼を信じた結果、約束された聖霊の証印をおされたのです。」
イエス様のみことば
「そこでわたしはあなたがたに言います。求めなさい、そうすれば、与えられます。捜しなさい、そうすれば見いだすでしょう。
門をたたきなさい、そうすれば、あけてもらえるでしょう。
すべて求める者は得、捜す者は見いだし、門をたたく者はあけてもらえるからです。
あなたがたのうちで、父である人は、その子が魚を求めているのに、魚の代りにへびを与えるでしょうか。
卵を求めているのに、さそりを与えるでしょうか。
このように、あなたがたは悪い者であっても、自分の子供には、良い贈り物をすることを知っているとすれば、
天の父はなおさら、求めて来る者に聖霊を下さらないことがありましょうか」。ルカ 11:9-13
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。
それは神の御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
(ヨハネ3:16)
あなたの救いを確実にする聖書に基づく信仰告白
「自分の口でイエス・キリストは私の主ですと告白し、自分の心で、
神様はイエス・キリストを死人の中から復活させてくださったと信じるなら、
あなたは救われます。
人は、心で信じることによって、神様から正しい者と認められ、
その信仰を自分の口で告白することによって、救いを確実なものとするからです。」
(ローマ人への手紙10:9-11)
神のみこころによりキリスト・イエスの使徒となったパウロと、兄弟テモテとから、コリントにある神の教会、
ならびにアカヤ全土にいるすべての聖徒たちへ。
わたしたちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とが、あなたがたにあるように。
ほむべきかな、わたしたちの主イエス・キリストの父なる神、あわれみ深き父、慰めに満ちたる神。
神は、いかなる患難の中にいる時でもわたしたちを慰めて下さり、また、わたしたち自身も、 神に慰めていただくその慰めをもって、
あらゆる患難の中にある人々を慰めることができるようにして下さるのです。
それは、キリストの苦難がわたしたちに満ちあふれているように、わたしたちの受ける慰めもまた、
キリストによって満ちあふれているからです。
わたしたちが患難に会うなら、それはあなたがたの慰めと救いとのためであり、慰めを受けるなら、
それはあなたがたの慰めのためであって、 その慰めは、わたしたちが受けているのと同じ苦難に耐えさせる力となります。
だから、あなたがたに対していだいているわたしたちの望みは、動くことがありません。
あなたがたが、わたしたちと共に苦難にあずかっているように、慰めにも共にあずかっていることを知っているからです。
愛する兄弟のみなさん。わたしたちがアジヤで会った患難を、知らずにいてもらいたくない。
わたしたちは極度に、耐えられないほど圧迫されて、生きる望みを失ってしまい、 心のうちで死を覚悟しました。
そして自分自身を頼みとしないで、死人を復活させてくださった神様を頼みとするに至ったのです。
神様はこのような死の危険から、わたしたちを救い出して下さり、また救い出して下さるでしょう。
わたしたちは、神様が今後も救い出して下さることを望んでいます。 そして、あなたがたもまた、祈りをもって、
いっしょに、わたしたちを助けてくれるでしょう。
これは多くの人たちの願いにより、わたしたちに授けられた恵みについて、多くの人が感謝をささげるようになるためです。
さて、わたしたちがこの世で、ことにあなたがたに対し、人間の知恵ではなく神様の恵みによって、
神様の神聖と真実によって行動してきたことは、実にわたしたちの誇りです。そして良心のあかしするところでもあります。
わたしたちが書いていることは、あなたがたが読んで理解できないことではありません。
それを完全に理解してくれるように、わたしは希望します。わたしたちの主イエスの日に、あなたがたがわたしたちの誇りであるように、
わたしたちもあなたがたの誇りであることはある程度理解してくれていると思います。
この確信をもって、わたしたちはもう一度恵みを得させたいのです
神様は、わたしたちに証印を押し、その保証として、わたしたちの心に聖霊を授けてくださいました。
わたしは自分の魂をかけ、神様を証人に呼び求めて言いますが、わたしがコリントに行かないのは、あなたがたに対して寛大でありたいためです。
わたしたちは、あなたがたの信仰を支配する者ではなく、あなたがたの喜びのために共に働いている者にすぎません。
あなたがたは、信仰に堅く立っているからです。
神様に感謝しよう。神様はいつも私たちを、勝利の行進に加えてくださいました。
わたしたちをとおしてキリストを知る知識のかおりを、至る所に放って下さるのです。
わたしたちは、救われる人にとっても滅びる人にとっても、神様に対するキリストの香りなのです。
後者にとっては、死から死に至らせる香りであり、前者にとっては、いのちからいのちに至らせる香りです。
このような任務にふさわしい人とは、いったいどんな人でしょうか。
私たちは、多くの人のように、神様の御言葉に混ぜ物をして売るようなことはせず、
真心から、また神様によって、神様の御前でキリストにあって語るのです。
神はわたしたちに力を与えて、新しい契約に仕える者とされました。 それは、文字に仕える者ではなく、霊に仕える者です。
文字は人を殺し、霊は人を生かす。
もし石に彫りつけた文字による死の務めが栄光のうちに行われ、そのためイスラエルの子らは、 モーセの顔の消え去るべき栄光のゆえに、
その顔を見つめることができなかったとすれば、 まして霊の務めは、はるかに栄光あるものではないでしょうかか。
もし罪を宣告する務めが栄光あるものだとすれば、義を宣告する務は、はるかに栄光に満ちたものです。
そして、すでに栄光を受けたものも、この場合、はるかにまさった栄光のまえに、その栄光を失ったのです。
もし消え去るべきものが栄光をもって現れたのなら、まして永存すべきものは、もっと栄光のあるべきものです。
こうした望みをいだいているので、わたしたちは思いきって大胆に語り、 そしてモーセが、 消え去っていくものの最後をイスラエルの子らに
見られまいとして、 顔におおいをかけたようなことはしない。
実際、彼らの思いは鈍くなっていた。今日に至るまで、彼らが古い契約を朗読する場合、 その同じおおいが取り去られないままで残っています。
それは、キリストにあってはじめて取り除かれるからです。今日に至るもなお、 モーセの書が朗読されるたびに、
おおいが彼らの心にかかっている。
しかし主に向く時には、そのおおいは取り除かれます。主は霊である。そして、主の霊のあるところには、自由があります。
わたしたちはみな、顔おおいなしに、主の栄光を鏡に映すように見つつ、栄光から栄光へと、主と同じ姿に変えられていきます。
これは霊なる主の働きによるのです。
このようにわたしたちは、あわれみを受けてこの務めについているのですから、落胆せずに、 恥ずべき隠れたことを捨て去り、
悪巧みによって歩かず、神の御言葉を曲げず、真理を明らかにし、神のみまえに、すべての人の良心に自分を推薦します。
もしわたしたちの福音がおおわれているなら、滅びる者たちにとっておおわれているのです。
彼らの場合、この世の神が不信者たちの思いをくらませて、神のかたちであるキリストの栄光の福音の輝きを、見えなくしています。
しかし、わたしたちは自分自身を宣べ伝えるのではなく、主なるキリスト・イエスを宣べ伝えます。
わたしたち自身は、 ただイエス様のために働くあなたがたのしもべにすぎません。
「暗闇の中から光よ、輝き出せ」と仰せになった神は、キリストの顔に輝き渡る神の栄光の知識を明らかにするために、
わたしたちの心を照して下さったのです。
しかしわたしたちは、この宝を土の器の中に持っている。その測り知れない力は神のものであって、
わたしたちから出たものでないことが、あらわれるためです。
わたしたちは、四方から患難を受けても窮しない。途方にくれても行き詰まることはありません。
迫害に会っても見捨てられず、倒されても滅びない。 いつもイエス様の死をこの身に負っています。
それはまた、イエス様のいのちが、この身に現れるためであり、 わたしたち生きている者は、
イエス様のために絶えず死に渡されているからです。
それはイエス様のいのちが、わたしたちの死ぬべき肉体に現れるためです。
こうして、死はわたしたちのうちに働き、いのちはあなたがたのうちに働くのです。
「わたしは信じた。それゆえに語った」としるしてあるとおり、それと同じ信仰の霊を持っているので、
わたしたちも信じています。それゆえに語ります。
それは、主イエスをよみがえらせたかたが、わたしたちをもイエス様と共によみがえらせ、そして、
あなたがたと共にみまえに立たせて下さることを、知っているからです。
すべてのことは、あなたがたの益であって、恵みがますます多くの人に増し加わるにつれ、感謝が満ちあふれて、 神の栄光となります。
だから、わたしたちは落胆しない。
たといわたしたちの外なる人は滅びても、内なる人は日ごとに新しくされていきます。 なぜなら、このしばらくの軽い患難は働いて、
永遠の重い栄光を、あふれるばかりにわたしたちに得させるからです。
わたしたちは、見えるものにではなく、見えないものに目を注ぐ。見えるものは一時的であり、
見えないものは永遠につづくからです。
わたしたちの住んでいる地上の幕屋がこわれると、神からいただく建物、すなわち天にある、
人の手によらない永遠の家が備えてあることを、わたしたちは知っています。
そして、天から賜わるその住まいを、上に着ようと切実に望みながら、この幕屋の中で苦しみもだえています。
それを着たなら、裸のままではいないでしょう。 この幕屋の中にいるわたしたちは、重荷を負って苦しみもだえています。
それを脱ごうと願うからではなく、その上に着ようと願うからであり、それによって、死ぬべきものがいのちにのまれてしまうためです。
わたしたちを、この事にかなう者にして下さったのは、神です。
そして、神はその保証として聖霊をわたしたちに賜わりました。
だから、わたしたちはいつも心強い。 そして、肉体を宿としている間は主から離れていることを、よく知っています。
わたしたちは、見えるものによらないで、 信仰によって歩いているのです。 コリント第二の手紙5章
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。
それは神の御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
(ヨハネ3:16)
あなたの救いを確実にする聖書に基づく信仰告白
「自分の口でイエス・キリストは私の主ですと告白し、自分の心で、
神様はイエス・キリストを死人の中から復活させてくださったと信じるなら、
あなたは救われます。
人は、心で信じることによって、神様から正しい者と認められ、
その信仰を自分の口で告白することによって、救いを確実なものとするからです。」
(ローマ人への手紙10:9-11)
キリストにはかえられません
http://www.youtube.com/watch?v=VwoGIY03kpw&feature=related
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。
それは神の御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
(ヨハネ3:16)
あなたの救いを確実にする聖書に基づく信仰告白
「自分の口でイエス・キリストは私の主ですと告白し、自分の心で、
神様はイエス・キリストを死人の中から復活させてくださったと信じるなら、
あなたは救われます。
人は、心で信じることによって、神様から正しい者と認められ、
その信仰を自分の口で告白することによって、救いを確実なものとするからです。」
(ローマ人への手紙10:9-11)
質問!ノシ
戦争とは愛の鞭でしょうか?
神々の権力抗争の延長ですか?
それでもなおキリストを信じれば救われるのでしょうか?
あと前スレは余ってたのに、なぜ落としたのですか?
?だらけですけど教えてくださーい!
>>78こんにちは
戦争とは愛の鞭でしょうか?
※戦争とは人間の欲望が原因で起きると聖書に書いてあります。
神々の権力抗争の延長ですか?
※神と悪魔の戦争は、悪魔の支配から神であるイエスキリストの支配への
覇権が移ることです。
それでもなおキリストを信じれば救われるのでしょうか?
※信じるだけで救われます。
あと前スレは余ってたのに、なぜ落としたのですか?
?だらけですけど教えてくださーい!
※前スレは512規制といって、長文が多くあるとスレの
書き込みが許容範囲が超えて出来なくなったからです。
イエス様はあなたを喜びあふれる天の御国に招いておられます。しかし、罪をすべて清めなければそこには入れません。
@人はみな罪びとです。旧約聖書にあるとおり義人はひとりもいない。
神は人の罪に激怒しておられます。
Aキリストを拒否すれば、神から裁かれ、このままでは地獄の滅びに向かう。
Bあなたは救いを必要としている。
Cあなたを救うためにイエス・キリストは身代わりになって十字架にかかり、血を流され死んでくださいました。
Dそして3日目によみがえられました。
☆イエス・キリストはあなたの罪の代価をすべて支払ってくださったのです。
あなたに対する神の怒りはイエス様の十字架の死によってなだめられ収まりました。、
あなたの身代わりにイエスキリストが神から罰せられたからです。
イエス様を信じる人は永遠に罪が赦され、神の義が与えられ裁かれることはありません。
☆神はイエス・キリストを信じる人に永遠のいのちを与えられ、ご自分の子供としての特権をも授けてくださいます。
そして天国の首都、新しいエルサレムに行ける保障をしてくださいます。
☆あなたの永遠の運命はイエス・キリストを救い主として受け入れるかどうかにかかっています。
イエス様が完成してくださったあがないのわざに完全に信頼することです。
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。
それは神の御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
(ヨハネ3:16)
あなたの救いを確実にする聖書に基づく信仰告白
「自分の口でイエス・キリストは私の主ですと告白し、自分の心で、
神様はイエス・キリストを死人の中から復活させてくださったと信じるなら、
あなたは救われます。
人は、心で信じることによって、神様から正しい者と認められ、
その信仰を自分の口で告白することによって、救いを確実なものとするからです。」
(ローマ人への手紙10:9-11)
わたしはまた、新しい天と新しい地とを見た。先の天と地とは消え去り、海もなくなってしまった。
また、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために着飾った花嫁のように用意をととのえて、
神のもとを出て、天から下ってくるのを見た。
また、御座から大きな声が叫ぶのを聞いた、「見よ、神の幕屋が人と共にあり、神が人と共に住み、人は神の民となり、
神自ら人と共にいまして、人の目から涙を全くぬぐいとって下さる。
もはや、死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない。先のものが、すでに過ぎ去ったからである」。
すると、御座にいますかたが言われた、「見よ、わたしはすべてのものを新たにする」。
また言われた、「書きしるせ。これらの言葉は、信ずべきであり、まことである」。
そして、わたしに仰せられた、「事はすでになった。わたしは、アルパでありオメガである。初めであり、終わりである。
かわいている者には、いのちの水の泉から価なしに飲ませよう。
勝利を得る者は、これらのものを受け継ぐであろう。わたしは彼の神となり、彼はわたしの子となる。
しかし、おくびょうな者、信じない者、忌むべき者、人殺し、姦淫を行う者、まじないをする者、偶像を拝む者、
すべて偽りを言う者には、火と硫黄の燃えている池が、彼らの受くべき報いである。これが第二の死である」。
最後の七つの災害が満ちている七つの鉢をもった七人の御使のひとりがきて、わたしに語って言った、
「さあ、きなさい。小羊の妻なる花嫁を見せよう」。
この御使は、わたしを御霊に感じたまま、大きな高い山に連れて行き、聖徒エルサレムが、神の栄光のうちに、
神のみもとを出て天から下ってくるのを見せてくれた。
その都の輝きは、高価な宝石のようであり、透明な壁玉のようであった。
(黙示録21-1〜11)
わたしたちは喜び楽しみ、神様をあがめまつろう。小羊の婚姻の時がきて、
花嫁はその用意をしたからである。
彼女は、光り輝く、汚れのない麻布の衣を着ることを許された。
この麻布の衣は、聖徒たちの正しい行いである」。(黙示録19:7-8)
「エルサレムを愛する者は栄え、 その城壁のうちに平安があり、もろもろの殿のうちに安全があるように」と。
わが兄弟および友のために、わたしは「エルサレムのうちに平安があるように」と言い、
われらの神、主の家のために、わたしはエルサレムのさいわいを求めるであろう。
詩篇122:1-9
87 :
本当にあった怖い名無し:2010/11/15(月) 21:51:36 ID:czHqwKmu0
ヨハネの黙示録には忍耐が必要だとかかれてありました。
迫害されてもイエス様を信じる、
そんな強い信仰心が必要なのですか?
>>1 んなことより、おのれの内なる真我、キリスト意識を目覚めさすよう
努力せい。
信仰は強いほうがいいですが、弱い人もいると聖書に書いてあります。
尚、クリスチャンは黙示録の大艱難時代が来る前に天に上げられ、
神から守られます。ご安心を。
>>87 信仰は強いほうがいいですが、弱い人もいると聖書に書いてあります。
尚、クリスチャンは黙示録の大艱難時代が来る前に天に上げられ、
神から守られます。ご安心を。
http://www.kingdomfellowship.com/Keywords/rapture.html その時、キリストにあって死んだ人々が、まず最初に復活し、 それから生き残っているわたしたちが、
彼らと共に雲に包まれて引き上げられ、空中で主にお会いし、こうして、いつも主と共にいることになるでしょう。
ですから、あなたがたは、これらの御言葉をもってお互いに慰め合いなさい。
(テサロニケ第一4:13-18)
天からラッパが鳴り響きわたると、死んでいたすべてのクリスチャンは、新しい体に復活し、生き残っている私たちは、
一瞬にして、新しい体に変わります。
(第一コリント15:52-53)
91 :
本当にあった怖い名無し:2010/11/16(火) 08:05:51 ID:ymPYBLL1O
クスリチャンはいいなあ
92 :
リンゴ ◆oPXbhrKCUQ :2010/11/16(火) 17:03:28 ID:ZGcjoLZ50
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。
それは神の御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
(ヨハネ3:16)
あなたの救いを確実にする聖書に基づく信仰告白
「自分の口でイエス・キリストは私の主ですと告白し、自分の心で、
神様はイエス・キリストを死人の中から復活させてくださったと信じるなら、
あなたは救われます。
人は、心で信じることによって、神様から正しい者と認められ、
その信仰を自分の口で告白することによって、救いを確実なものとするからです。」
(ローマ人への手紙10:9-11)
兄弟たちよ。私はあなたがたに知らせましょう。私が宣べ伝えた福音は、人間によるものではありません。
私はそれを人間からは受けなかったし、また教えられもしませんでした。
ただイエス・キリストの啓示によって受けたのです。
(ガラテヤ人への手紙1:11)
このようなわけで、わたしたちは絶えず神に感謝しています。なぜなら、わたしたちから神様の御言葉を聞いたとき、
あなたがたは、それを人の言葉としてではなく、神様の御言葉として受け入れたからです。
事実、それは神の御言葉であり、また、信じているあなたがたの中に現に働いているものです。
(テサロニケ第一の手紙 2-13)
あなたがたを堅く立てることができる方に、すなわち、わたしの福音とイエス・キリストの宣教によって、
また、世々にわたって封印されてきたが、 今や預言の書を通して、永遠の神の命令により、
すべての民を信仰の従順に至らせるために明らかにされるにいたった奥義の啓示により、
あなたがたを堅く立てることができる方、すなわち、唯一の知恵ある神に、
イエス・キリストをとおして、栄光がとこしえにあるように。 ローマ16章25〜27節
兄弟たち、あなたがたは、自由を得るために召し出されたのです。
ただ、この自由を生まれながらの肉の性質の機会とせずに、愛によって互いに仕え合いなさい」。
(ガラテヤ5一3)
兄弟たちよ。あなたがたは、イサクのように、約束の子です。
しかし、その当時、肉の性質によって生れた者が、霊によって生れた者を迫害したように、今でも同様です。
しかし、聖書はなんと言っていますか。「女奴隷とその子とを追い出せ。女奴隷の子は、自由の女の子と共に相続をしてはならない」とあります。
だから、兄弟たちよ。わたしたちは女奴隷の子ではなく、自由の女の子なのです。
(ガラテヤ人への手紙4章)
福音のうちには神の義が啓示されていて、その義は、信仰に始まり信仰に進ませるからです。
「義人は信仰によって生きる。」と書いてあるとおりです。
(ローマ 1ー17)
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。
それは神の御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
(ヨハネ3:16)
あなたの救いを確実にする聖書に基づく信仰告白
「自分の口でイエス・キリストは私の主ですと告白し、自分の心で、
神様はイエス・キリストを死人の中から復活させてくださったと信じるなら、
あなたは救われます。
人は、心で信じることによって、神様から正しい者と認められ、
その信仰を自分の口で告白することによって、救いを確実なものとするからです。」
(ローマ人への手紙10:9-11)
Q:イエス様とクリスチャンたちの永遠の住まいである天のエルサレムとはどんな場所ですか。
A:喜びに満ちた天国の首都で、究極の楽園です。
神の都については素晴らしいことが聖書に語られています。
Q:天国の首都、天のエルサレムにはどうやったら行けますか。
A:罪ある人はだれも天のエルサレムには行けません。ですからあなたの罪を清め、 神に聖なる者と認められ、
受け入れられることです。 なぜなら神は聖なる方と聖書に書いてあるからです。
Q:ではどうやったら自分の罪を清め、神に聖なる者と認められ、 受け入れられますか。
A:はい、あなたを創造され、天地万物を造られた神の子イエス・キリストを信じるだけです。
Q:神であるイエス・キリストはわれわれに何をしてくださったのですか。
A:あなたが天のエルサレムに行けるように、イエス・キリストは、
あなたの罪を清めるために十字架で血を流され、 天の父なる神の怒りを受けて死んでくださいました。
そして3日目によみがえられました。
イエス・キリストはあなたの罪の代価をすべて支払ってくださったのです。
あなたに対する父なる神の怒りは、子なる神イエスキリストの十字架の死によって
なだめられ収まりました。
あなたの身代わりにイエスキリストが神から罰せられたからです。
イエス様を信じる人は永遠に罪が赦され、神の義が与えられ裁かれることはありません。
「その真理とはこうです。神様と人間とは、それぞれ別の岸に立っています。
そして人となられたキリスト・イエスがその間に立ち、御自分のいのちを、
全人類のために差し出すことによって、両者の橋渡しをされました。」
(テモテへの第一の手紙2:5)
神はイエス・キリストを信じる人に永遠のいのちを与えられ、 ご自分の子供としての
特権をも授けてくださいます。
そして天国の首都、新しいエルサレムに行ける保障をしてくださいます。
Q:天国の首都、新エルサレムに行くためには、神様から罪の清めの証として聖霊を授かる必要があることが
聖書にかいてありました。
それではイエス様のいらっしゃる天国の首都、新エルサレムに行けるために神性にあずかり
永遠に罪から清められるために どうやったら神の聖霊を神様からいただくことができますか。
A:主イエス・キリストを信じるだけです。
Q:ではイエス・キリストを信じるだけで、約束された聖霊の証印をおされるという
御言葉はどこに書いてありますか。
A:エペソ人への手紙1章にこう書いてあります。
「あなたがたもまた、キリストにあって、真理の御言葉、すなわち、あなたがたの救いの福音を聞き、
また、彼を信じた結果、約束された聖霊の証印をおされたのです。」
イエス様のみことば
「そこでわたしはあなたがたに言います。求めなさい、そうすれば、与えられます。捜しなさい、
そうすれば見いだすでしょう。
門をたたきなさい、そうすれば、あけてもらえるでしょう。
すべて求める者は得、捜す者は見いだし、門をたたく者はあけてもらえるからです。
あなたがたのうちで、父である人は、その子が魚を求めているのに、魚の代りにへびを与えるでしょうか。
卵を求めているのに、さそりを与えるでしょうか。
このように、あなたがたは悪い者であっても、自分の子供には、良い贈り物をすることを知っているとすれば、
天の父はなおさら、求めて来る者に聖霊を下さらないことがありましょうか」。ルカ 11:9-13
「神様は人をかたより見ないかたで、 神様を礼拝し、また良い行ないをしている人はどの国民でも
受けいれて下さることが、ほんとうによくわかってきました。
あなたがたは、神様がすべての者の主なるイエス・キリストによって平和の福音を宣べ伝えて、
イスラエルの子たちにお送り下さった御言葉をご存じでしょう。
それは、ヨハネがバプテスマを説いた後、ガリラヤから始まってユダヤ全土にひろまった福音をのべたものです。
神様はナザレのイエス様に聖霊と御力とを注がれました。このイエス様は、神様が共におられるので、
よい働きをしながら、また悪魔に押えつけられている人々をことごとくいやしながら、巡回されました。
わたしたちは、イエス様がこうしてユダヤ人の地やエルサレムでなさったすべてのことの証人です。
人々はこのイエス様を木にかけて殺したのです。
しかし神様はイエス様を三日目によみがえらせ、 全部の人々にではなかったが、わたしたち証人として
あらかじめ選ばれた者たちに現れるようにして下さいました。
わたしたちは、イエス様が死人の中からよみがえり復活された後、共に飲み、食事をしました。
それから、イエス様ご自身が生者と死者との審判者として神様に定められたかたであることを、人々に宣べ伝え、
またあかしするようにと、神様はわたしたちにお命じになったのです。
預言者たちもみな、イエス様を信じる者はことごとく、その御名によって罪のゆるしが受けられると、あかしをしています」。
ペテロがこれらの御言葉をまだ語り終えないうちに、それを聞いていたみんなの人たちに、聖霊がご降臨された。(使徒10:34-44)
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。
それは神の御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
(ヨハネ3:16)
あなたの救いを確実にする聖書に基づく信仰告白
「自分の口でイエス・キリストは私の主ですと告白し、自分の心で、
神様はイエス・キリストを死人の中から復活させてくださったと信じるなら、
あなたは救われます。
人は、心で信じることによって、神様から正しい者と認められ、
その信仰を自分の口で告白することによって、救いを確実なものとするからです。」
(ローマ人への手紙10:9-11)
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。
それは神の御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
(ヨハネ3:16)
あなたの救いを確実にする聖書に基づく信仰告白
「自分の口でイエス・キリストは私の主ですと告白し、自分の心で、
神様はイエス・キリストを死人の中から復活させてくださったと信じるなら、
あなたは救われます。
人は、心で信じることによって、神様から正しい者と認められ、
その信仰を自分の口で告白することによって、救いを確実なものとするからです。」
(ローマ人への手紙10:9-11)
パウロとシルワノとテモテから、わたしたちの父なる神と主イエス・キリストとにあるテサロニケ人たちの教会へ。
父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とが、あなたがたにあるように。
愛する兄弟たちよ。わたしたちは、いつもあなたがたのことを神様に感謝せずにはいられません。またそうするのが当然です。
それは、あなたがたの信仰が大いに成長し、あなたがたひとりびとりの愛が、お互いの間に増し加わっているからです。
そのために、わたしたち自身は、あなたがたがいま受けているあらゆる迫害と患難とのただ中で示している忍耐と信仰とにつき、
神様の諸教会に対してあなたがたを誇りとしています。 これは、あなたがたを、神様の御国にふさわしい者にしようとする
神の裁きが正しいことを、証拠だてるものです。その神の御国のために、あなたがたも苦闘しているのです。(テサロニケ第二の手紙1:1-5)
すなわち、あなたがたを悩ます者には患難をもって報復し、悩まされているあなたがたには、わたしたちと共に、
休息をもって報酬を授けて下さるのが、神様にとって正しいことだからです。
それは、主イエスが炎の中から力ある天使たちを率いて天から出現される時に実現します。
その時、主は神様を認めない者たちや、わたしたちの主イエスの福音に聞き従わない者たちに報復し、
そして、彼らは主の御顔とその御力の栄光から退けられて、永遠の滅亡に至る刑罰を受けます。
その日に、イエス様はご降臨され、聖徒たちの中であがめられ、すべて信じる者たちの間で驚きと感激の的となられます。
わたしたちのこのあかしは、あなたがたによって信じられているのです。
このためにまた、わたしたちは、わたしたちの神様があなたがたを召すにふさわしい者とし、良い行いに対するあらゆる願いと
信仰の働きとを力強く満たして下さるよう、あなたがたのために絶えず祈っています。
それは、わたしたちの神様と主イエス・キリストとの恵みによって、わたしたちの主イエスの御名があなたがたの間であがめられ、
あなたがたも主にあって栄光を受けるためです。(テサロニケ第二の手紙1:6-12)
愛する兄弟のみなさん。わたしたちの主イエス・キリストのご来臨と、わたしたちが御座に集められることについて、
あなたがたにお願いすることがある。 霊により、または言葉により、あるいはわたしたちから宛てられたという手紙によって、
主の日はすでに来たとふれまわる者があっても、すぐに心を動かされたり、慌てたりしてはいけません。
だれがどんな事をしても、それにだまされてはならない。まず背教が起るからです。
そして不法の者、すなわち、滅びの子が必ず現れるでしょう。 彼は、すべて神と呼ばれたり崇拝されたりするものに反抗して立ち上がり、
そして自分で神の宮に座わり、自分こそ神だと宣言します。
わたしがあなたがたの所に滞在していた時、これらの事を繰り返して言ってきたのを思い出しなさい。
そして、あなたがたが承知のとおり、彼が自分の定められたの時になってから現れるように、
いま彼を引き止めておられる方がいらっしゃるのです。 不法の秘密の力は、もうすでに働いています。
ただそれは、引き止めておられる方が取り去られる時までのことです。 その時になると、不法の者が突如として現れます。
不法の者の到来は、サタンの働きによるのであり、あらゆる偽りの力と、しるしと、不思議と、 また、多くの不義の惑わしを、
滅ぶべき者たちに対して行うためです。彼らが滅びるのは、自らの救いとなる真理に対する愛を受けいれなかった報いなのです。
そこで神様は、彼らが偽りを信じるように、惑わす力を送って、真理を信じないで不義を喜んでいたすべての人を、裁くようにされます。
しかし、主に愛されている兄弟のみなさん、わたしたちはいつもあなたがたのことを、神様に感謝せずにはおられないのです。
それは、神様があなたがたを初めからお選びになって、聖霊による清めと、真理に対する信仰によって、救いを授けられたからです。
このために、わたしたちの福音によってあなたがたを召し、わたしたちの主イエス・キリストの栄光にあずからせるようにして下さいました。
そこで、愛する兄弟のみなさん、堅く立ち、わたしたちの言葉や手紙で教えられた御言葉を伝え、しっかりと守り続けなさい。
どうか、わたしたちの主イエス・キリストご自身と、わたしたちを愛し、恵みをもって永遠の慰めと確かな希望とを賜わってくださる
わたしたちの父なる神様が、 あなたがたの心を励まして、あなたがたを強めてくださいますように、
そしてすべての良いわざを行い、正しい言葉を語る者として下さいますように。(テサロニケ第二の手紙2:9-17)
最後に、愛する兄弟のみなさん。わたしたちのために祈ってほしい。どうか主の御言葉が、あなたがたの所と同じように、ここでも早く広まり、
あがめられますように。 また、どうか、わたしたちが不都合な悪人から救われますように。事実、すべての人が信仰を持っているわけではありません。
しかし、主は真実なかたですから、あなたがたを強め、悪しき者から守って下さるでしょう。 わたしたちが命じる事を、あなたがたは現に実行しており、
また、実行するであろうと、わたしたちは、主にあって確信しています。 どうか、主があなたがたの心を導いて、
神様の愛とキリストの忍耐とを持たせて下さいますように。 愛する兄弟のみなさん。主イエス・キリストの御名によってあなたがたに命じます。
怠惰な生活をして、わたしたちから受けた言い伝えに従わないすべての兄弟たちから、遠ざかりなさい。 わたしたちに、どうならうべきであるかは、
あなたがた自身が知っているからです。あなたがたの所にいた時には、わたしたちは怠惰な生活をしなかったし、 人からパンをもらって食べることもしなかった。
それどころか、あなたがたのだれにも負担をかけないように、日夜、労苦し努力して働き続けてきました。 それは、わたしたちにその権利がないからではなく、
わたしたちにあなたがたが見習うように、身をもって模範を示したのです。(テサロニケ第二の手紙3:1-9)
また、あなたがたの所にいた時に、「働こうとしない者は、食べるな」と命じておきました。 ところが、聞くところによると、
あなたがたのうちのある者は怠惰な生活を送り、働かないで、ただいたずらに動きまわっているとのことです。
こうした人々に対しては、静かに働いて自分で得たパンを食べるように、主イエス・キリストによって命じ、また勧告します。
愛する兄弟のみなさん。あなたがたは、たゆまずに良い働きをしなさい。
もしこの手紙にしるしたわたしたちの言葉に聞き従わない人があれば、そのような人には注意をして、交際しないがいいでしょう。
彼が自ら恥じるようになるためです。 しかし、彼を敵のように思わないで、兄弟として訓戒しなさい。
どうか、平和の主ご自身が、いついかなる場合にも、あなたがたに平和を与えて下さいますように。
主があなたがた一同と共におられますように。 ここでパウロ自身が、手ずからあいさつを書きます。
これは、わたしのどの手紙にも書く印です。わたしは、このように書きます。
どうか、わたしたちの主イエス・キリストの恵みが、あなたがた一同と共にありますように。(テサロニケ第二の手紙3:10-18)
ここで、あなたがたに神秘を告げよう。すべてわたしたちは、眠りにつくのではありません。
終りのラッパが鳴り響きわたると共に、瞬く間に、一瞬にして変えられます。
ラッパが鳴り響きわたると、死者は朽ちない者によみがえり復活し、わたしたちはみな、変えられます。
なぜなら、死ぬべき今の体は、決して死ぬことのない、永遠に生きる体を必ず着ることになるからです。
この朽ちるものが不朽を着、この死ぬものが不死を着るとき、聖書に書いてある御言葉が成就します。
「死は勝利に飲み込まれてしまった。死よ、おまえの勝利は、どこにあるのか。死よ、おまえのとげは、どこにあるのか」。
死のとげは罪であり、罪の力は律法です。 しかし神様に感謝しよう。わたしたちの主イエス・キリストによって、
わたしたちに勝利を授けてくださったからです。
こういうわけで、愛する兄弟のみなさん。堅く立って動揺されることなく、いつも全力を注いで主のわざに励みなさい。
主にあっては、あなたがたの労苦がむだになることはないと、あなたがたは知っているからです。
(コリント人への手紙15:51-58)
リンゴの気持ちが〜よくわかる〜
リンゴかわいや〜かわいやリンゴ〜
イエス高須
主イエス・キリストの御言葉
「わたしの友であるあなたがたに言っておきます。からだを殺しても、そのあとでそれ以上
なにもできない者たちを恐れてはいけません。
恐れるべきかたがだれであるか教えてあげよう。殺したあとで、さらに地獄に投げ込む権威のあるかたを恐れなさい。
そうです、あなたがたに言っておきます、そのかたを恐れなさい。
五羽のすずめは二アサリオンで売られているではありませんか。
しかも、その一羽も神のみまえで忘れられてはいません。 その上、あなたがたの頭の毛までも、
みな数えられています。恐れることはありません。
あなたがたは多くのすずめよりも、優れた者ではありませんか。 そこで、あなたがたに言います。
だれでも人の前でわたしを受けいれる者は、人の子も神の天使たちの前で受けいれるでしょう。
しかし、人の前でわたしを拒否する者は、神の天使たちの前で拒否されることになるでしょう。」
(ルカ12:4-9)
すべてのことは、あなたがたの益であって、恵みがますます多くの人に増し加わるにつれ、感謝が満ちあふれて、
神様の栄光となるのです。だから、わたしたちは落胆しません。
たといわたしたちの外なる人は滅びても、内なる人は日ごとに新しくされていきます。
なぜなら、このしばらくの軽い患難は働いて、永遠の重い栄光を、あふれるばかりに
わたしたちに得させるからです。
わたしたちは、見えるものにではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは一時的であり、
見えないものは永遠につづくのです。
(コリント第二の手紙4:15-18)
わたしたちには、もろもろの天をとおって行かれた大祭司なる神の子イエス様がいらっしゃるのですから、
わたしたちの告白する信仰をかたく守ろうではありませんか。
この大祭司は、わたしたちの弱さを思いやることのできないようなかたではありません。
罪は犯されませんでしたが、すべてのことについて、わたしたちと同じように試錬に会われたのです。
ですから、わたしたちは、あわれみを受け、また、恵みにあずかって時機を得た助けを受けるために、
大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。
(ヘブル人への手紙4:11-16)
私は、もとどおりに回復させてくださいと、三度も神様にお願いしました。
そのつど返ってくる答えは、こうでした。
「いや、治すまい。 しかし、わたしはあなたと共にいる。 それで十分ではないか。
わたしの力は人が弱い時に最もよく現われるのだから。」 今では、私は、自分の弱さを喜んで誇ります。
コリント第二の手紙12
わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、
キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。
(コリント第二の手紙12:9-10)
それでは、これらの事からなんと言えるでしょうか。もし、神がわたしたちの味方であるなら、
だれがわたしたちに敵対できるでしょうか。
ご自身の御子(みこ)をさえ惜しまないで、わたしたちすべての者のために死に渡されたかたが、
どうして、 神の御子といっしょに万物をも賜わらないことがありましょうか。
だれが、神に選ばれた人たちを訴えるのですか。 神は彼らを正しい者と認めてくださるのです。
だれが、わたしたちを罪に定めるのですか。
キリスト・イエスは、死んで、否、よみがえり復活されて、 神の右に座し、また、わたしたちのためにとりなしてくださるのです。
だれが、キリストの愛からわたしたちを離れさせるのですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、 飢え、裸、危難、剣ですか。
「わたしたちはあなたのために終日、死に定められており、ほふられる羊のように見られている」と書いてあるとおりです。
しかし、わたしたちを愛して下さったかたによって、わたしたちは、これらすべての事において圧倒的勝利者となるのです。
わたしはこう確信します。死もいのちも、天使も支配者も、現在のものも将来のものも、力あるものも、 高いものも深いものも、
その他どんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスにある神様の愛から、 わたしたちを引き離すことはできません。
(ローマ人への手紙8:35-39)
イエス様はあなたを喜びあふれる天の御国に招いておられます。しかし、罪をすべて清めなければそこには入れません。
@人はみな罪びとです。旧約聖書にあるとおり義人はひとりもいない。
Aキリストを拒否すれば、神から裁かれ、このままでは地獄の滅びに向かう。
Bあなたは救いを必要としている。
Cあなたを救うためにイエス・キリストは身代わりの生贄になって十字架にかかり、血を流され死んでくださいました。
Dそして3日目によみがえられました。
☆イエス・キリストはあなたの罪の代価をすべて支払ってくださったのです。
あなたの罪に対する神の怒りは、キリストが十字架で身代わりに受けてくださいました。
イエス様の十字架により、神様の怒りはなだめられ、神の怒りはおさまりました。
これにより神の義とユダヤ律法の義の要求が完全に満たされました。
イエス様が十字架であなたの罪をあがなってくださったので、あなたは神と和解できます。
キリストを信じる人はすべての罪が永遠にゆるされ神の義が与えられ、裁かれることはありません。
☆神はイエス・キリストを信じる人に永遠のいのちを与えられ、ご自分の子供としての特権をも授けてくださいます。
そして王国が与えられ、あなたは王となり、祭司となり、永遠の支配権がキリストから与えられます。
そして天国の首都、新しいエルサレムに行ける保障をしてくださいます。
☆あなたの永遠の運命はイエス・キリストを救い主として受け入れるかどうかにかかっています。
イエス様が完成してくださったあがないのわざに完全に信頼することです。
神様は、わたしたちを暗闇の力から救い出して、その愛する神の御子(みこ)の支配下に移して下さいました。
わたしたちは、この神の御子によってあがなわれました。すなわち、罪のゆるしを受けています。
神様の御子は、見えない神のかたちであって、すべての創造されたものに先だって生れたかた。
万物は、天地にあるものも、見えるものも見えないものも、位も主権も、支配も権威も、みな神の御子によって造られたからです。
これらすべてのものは、神様の御子によって創造され、神の御子のために造られたのです。
彼は万物よりも先にあり、万物は彼にあって成り立っています。
そして自らは、そのからだなる教会のかしらなのです。彼は初めの者であり、死人の中から最初に生れたかた。
それは、ご自身がすべてのことにおいて第一の者となるためです。
神は、御心によって、神の御子のうちにすべての満ちみちた徳を宿らせ、そして、その十字架の血によって平和をつくり、
万物、すなわち、天地にあるものを、ことごとく、彼によってご自分と和解させて下さいました。 (コロサイ人への手紙1:13-20)
神のみこころによりキリスト・イエスの使徒となったパウロと、兄弟テモテとから、コリントにある神の教会、
ならびにアカヤ全土にいるすべての聖徒たちへ。
わたしたちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とが、あなたがたにあるように。
ほむべきかな、わたしたちの主イエス・キリストの父なる神、あわれみ深き父、慰めに満ちたる神。
神は、いかなる患難の中にいる時でもわたしたちを慰めて下さり、また、わたしたち自身も、 神に慰めていただくその慰めをもって、
あらゆる患難の中にある人々を慰めることができるようにして下さるのです。
それは、キリストの苦難がわたしたちに満ちあふれているように、わたしたちの受ける慰めもまた、
キリストによって満ちあふれているからです。
わたしたちが患難に会うなら、それはあなたがたの慰めと救いとのためであり、慰めを受けるなら、
それはあなたがたの慰めのためであって、 その慰めは、わたしたちが受けているのと同じ苦難に耐えさせる力となります。
だから、あなたがたに対していだいているわたしたちの望みは、動くことがありません。
あなたがたが、わたしたちと共に苦難にあずかっているように、慰めにも共にあずかっていることを知っているからです。
愛する兄弟のみなさん。わたしたちがアジヤで会った患難を、知らずにいてもらいたくない。
わたしたちは極度に、耐えられないほど圧迫されて、生きる望みを失ってしまい、 心のうちで死を覚悟しました。
そして自分自身を頼みとしないで、死人を復活させてくださった神様を頼みとするに至ったのです。
神様はこのような死の危険から、わたしたちを救い出して下さり、また救い出して下さるでしょう。
わたしたちは、神様が今後も救い出して下さることを望んでいます。 そして、あなたがたもまた、祈りをもって、
いっしょに、わたしたちを助けてくれるでしょう。
これは多くの人たちの願いにより、わたしたちに授けられた恵みについて、多くの人が感謝をささげるようになるためです。
さて、わたしたちがこの世で、ことにあなたがたに対し、人間の知恵ではなく神様の恵みによって、
神様の神聖と真実によって行動してきたことは、実にわたしたちの誇りです。そして良心のあかしするところでもあります。
わたしたちが書いていることは、あなたがたが読んで理解できないことではありません。
それを完全に理解してくれるように、わたしは希望します。わたしたちの主イエスの日に、あなたがたがわたしたちの誇りであるように、
わたしたちもあなたがたの誇りであることはある程度理解してくれていると思います。
この確信をもって、わたしたちはもう一度恵みを得させたいのです
神様は、わたしたちに証印を押し、その保証として、わたしたちの心に聖霊を授けてくださいました。
わたしは自分の魂をかけ、神様を証人に呼び求めて言いますが、わたしがコリントに行かないのは、あなたがたに対して寛大でありたいためです。
わたしたちは、あなたがたの信仰を支配する者ではなく、あなたがたの喜びのために共に働いている者にすぎません。
あなたがたは、信仰に堅く立っているからです。
神様に感謝しよう。神様はいつも私たちを、勝利の行進に加えてくださいました。
わたしたちをとおしてキリストを知る知識のかおりを、至る所に放って下さるのです。
わたしたちは、救われる人にとっても滅びる人にとっても、神様に対するキリストの香りなのです。
後者にとっては、死から死に至らせる香りであり、前者にとっては、いのちからいのちに至らせる香りです。
このような任務にふさわしい人とは、いったいどんな人でしょうか。
私たちは、多くの人のように、神様の御言葉に混ぜ物をして売るようなことはせず、
真心から、また神様によって、神様の御前でキリストにあって語るのです。
神はわたしたちに力を与えて、新しい契約に仕える者とされました。 それは、文字に仕える者ではなく、霊に仕える者です。
文字は人を殺し、霊は人を生かす。
もし石に彫りつけた文字による死の務めが栄光のうちに行われ、そのためイスラエルの子らは、 モーセの顔の消え去るべき栄光のゆえに、
その顔を見つめることができなかったとすれば、 まして霊の務めは、はるかに栄光あるものではないでしょうかか。
もし罪を宣告する務めが栄光あるものだとすれば、義を宣告する務は、はるかに栄光に満ちたものです。
そして、すでに栄光を受けたものも、この場合、はるかにまさった栄光のまえに、その栄光を失ったのです。
もし消え去るべきものが栄光をもって現れたのなら、まして永存すべきものは、もっと栄光のあるべきものです。
こうした望みをいだいているので、わたしたちは思いきって大胆に語り、 そしてモーセが、 消え去っていくものの最後をイスラエルの子らに
見られまいとして、 顔におおいをかけたようなことはしない。
実際、彼らの思いは鈍くなっていた。今日に至るまで、彼らが古い契約を朗読する場合、 その同じおおいが取り去られないままで残っています。
それは、キリストにあってはじめて取り除かれるからです。今日に至るもなお、 モーセの書が朗読されるたびに、
おおいが彼らの心にかかっている。
しかし主に向く時には、そのおおいは取り除かれます。主は霊である。そして、主の霊のあるところには、自由があります。
わたしたちはみな、顔おおいなしに、主の栄光を鏡に映すように見つつ、栄光から栄光へと、主と同じ姿に変えられていきます。
これは霊なる主の働きによるのです。
このようにわたしたちは、あわれみを受けてこの務めについているのですから、落胆せずに、 恥ずべき隠れたことを捨て去り、
悪巧みによって歩かず、神の御言葉を曲げず、真理を明らかにし、神のみまえに、すべての人の良心に自分を推薦します。
もしわたしたちの福音がおおわれているなら、滅びる者たちにとっておおわれているのです。
彼らの場合、この世の神が不信者たちの思いをくらませて、神のかたちであるキリストの栄光の福音の輝きを、見えなくしています。
しかし、わたしたちは自分自身を宣べ伝えるのではなく、主なるキリスト・イエスを宣べ伝えます。
わたしたち自身は、 ただイエス様のために働くあなたがたのしもべにすぎません。
「暗闇の中から光よ、輝き出せ」と仰せになった神は、キリストの顔に輝き渡る神の栄光の知識を明らかにするために、
わたしたちの心を照して下さったのです。
しかしわたしたちは、この宝を土の器の中に持っている。その測り知れない力は神のものであって、
わたしたちから出たものでないことが、あらわれるためです。
わたしたちは、四方から患難を受けても窮しない。途方にくれても行き詰まることはありません。
迫害に会っても見捨てられず、倒されても滅びない。 いつもイエス様の死をこの身に負っています。
それはまた、イエス様のいのちが、この身に現れるためであり、 わたしたち生きている者は、
イエス様のために絶えず死に渡されているからです。
それはイエス様のいのちが、わたしたちの死ぬべき肉体に現れるためです。
こうして、死はわたしたちのうちに働き、いのちはあなたがたのうちに働くのです。
「わたしは信じた。それゆえに語った」としるしてあるとおり、それと同じ信仰の霊を持っているので、
わたしたちも信じています。それゆえに語ります。
それは、主イエスをよみがえらせたかたが、わたしたちをもイエス様と共によみがえらせ、そして、
あなたがたと共にみまえに立たせて下さることを、知っているからです。
すべてのことは、あなたがたの益であって、恵みがますます多くの人に増し加わるにつれ、感謝が満ちあふれて、 神の栄光となります。
だから、わたしたちは落胆しない。
たといわたしたちの外なる人は滅びても、内なる人は日ごとに新しくされていきます。 なぜなら、このしばらくの軽い患難は働いて、
永遠の重い栄光を、あふれるばかりにわたしたちに得させるからです。
わたしたちは、見えるものにではなく、見えないものに目を注ぐ。見えるものは一時的であり、
見えないものは永遠につづくからです。
わたしたちの住んでいる地上の幕屋がこわれると、神からいただく建物、すなわち天にある、
人の手によらない永遠の家が備えてあることを、わたしたちは知っています。
そして、天から賜わるその住まいを、上に着ようと切実に望みながら、この幕屋の中で苦しみもだえています。
それを着たなら、裸のままではいないでしょう。 この幕屋の中にいるわたしたちは、重荷を負って苦しみもだえています。
それを脱ごうと願うからではなく、その上に着ようと願うからであり、それによって、死ぬべきものがいのちにのまれてしまうためです。
わたしたちを、この事にかなう者にして下さったのは、神です。
そして、神はその保証として聖霊をわたしたちに賜わりました。
だから、わたしたちはいつも心強い。 そして、肉体を宿としている間は主から離れていることを、よく知っています。
わたしたちは、見えるものによらないで、 信仰によって歩いているのです。 コリント第二の手紙5章
イエス・キリストは、 あなたの罪を清めるために十字架で血を流され、
天の父なる神の怒りを受けて死んでくださいました。
そして3日目によみがえられました。
イエス・キリストはあなたの罪の代価をすべて支払ってくださったのです。
あなたに対する父なる神の怒りは、子なる神イエスキリストの十字架の死によって
なだめられ収まりました。
あなたの身代わりにイエスキリストが神から罰せられたからです。
イエス様を信じる人は永遠に罪が赦され、神の義が与えられ裁かれることはありません。
http://il.youtube.com/watch?v=xDVzYt5xilY&feature=related
130 :
ちんぽ三郎:2010/11/21(日) 17:12:33 ID:a1drmPLuO
このスレはキチガイスレだな。リンゴとかいうアホが1人で延々書き続けてるだけじゃん。
132 :
ざんげちゃん:2010/11/21(日) 20:48:20 ID:H8nDOhTy0
>>130 丘板だからね。
しかたがないと思うんだ。
真理の御霊コネ━━('A`)━━!!!
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。
それは神の御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
(ヨハネ3:16)
あなたの救いを確実にする聖書に基づく信仰告白
「自分の口でイエス・キリストは私の主ですと告白し、自分の心で、
神様はイエス・キリストを死人の中から復活させてくださったと信じるなら、
あなたは救われます。
人は、心で信じることによって、神様から正しい者と認められ、
その信仰を自分の口で告白することによって、救いを確実なものとするからです。」
(ローマ人への手紙10:9-11)
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。
それは神の御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
(ヨハネ3:16)
あなたの救いを確実にする聖書に基づく信仰告白
「自分の口でイエス・キリストは私の主ですと告白し、自分の心で、
神様はイエス・キリストを死人の中から復活させてくださったと信じるなら、
あなたは救われます。
人は、心で信じることによって、神様から正しい者と認められ、
その信仰を自分の口で告白することによって、救いを確実なものとするからです。」
(ローマ人への手紙10:9-11)
あなたがたは、神様がすべての者の主なるイエス・キリストによって平和の福音を宣べ伝えて、
イスラエルの子たちにお送り下さった御言葉をご存じでしょう。
それは、ヨハネがバプテスマを説いた後、ガリラヤから始まってユダヤ全土にひろまった福音をのべたものです。
神様はナザレのイエス様に聖霊と御力とを注がれました。このイエス様は、神様が共におられるので、
よい働きをしながら、また悪魔に押えつけられている人々をことごとくいやしながら、巡回されました。
わたしたちは、イエス様がこうしてユダヤ人の地やエルサレムでなさったすべてのことの証人です。
人々はこのイエス様を木にかけて殺したのです。
しかし神様はイエス様を三日目によみがえらせ、 全部の人々にではなかったが、わたしたち証人として
あらかじめ選ばれた者たちに現れるようにして下さいました。
わたしたちは、イエス様が死人の中からよみがえり復活された後、共に飲み、食事をしました。
それから、イエス様ご自身が生者と死者との審判者として神様に定められたかたであることを、人々に宣べ伝え、
またあかしするようにと、神様はわたしたちにお命じになったのです。
預言者たちもみな、イエス様を信じる者はことごとく、その御名によって罪のゆるしが受けられると、あかしをしています」。
ペテロがこれらの御言葉をまだ語り終えないうちに、それを聞いていたみんなの人たちに、聖霊がご降臨された。(使徒10:34-44)
今日も精霊コネ━━\('A`)/━━!!!
あなたがたは、神様がすべての者の主なるイエス・キリストによって平和の福音を宣べ伝えて、
イスラエルの子たちにお送り下さった御言葉をご存じでしょう。
それは、ヨハネがバプテスマを説いた後、ガリラヤから始まってユダヤ全土にひろまった福音をのべたものです。
神様はナザレのイエス様に聖霊と御力とを注がれました。このイエス様は、神様が共におられるので、
よい働きをしながら、また悪魔に押えつけられている人々をことごとくいやしながら、巡回されました。
わたしたちは、イエス様がこうしてユダヤ人の地やエルサレムでなさったすべてのことの証人です。
人々はこのイエス様を木にかけて殺したのです。
しかし神様はイエス様を三日目によみがえらせ、 全部の人々にではなかったが、わたしたち証人として
あらかじめ選ばれた者たちに現れるようにして下さいました。
わたしたちは、イエス様が死人の中からよみがえり復活された後、共に飲み、食事をしました。
それから、イエス様ご自身が生者と死者との審判者として神様に定められたかたであることを、人々に宣べ伝え、
またあかしするようにと、神様はわたしたちにお命じになったのです。
預言者たちもみな、イエス様を信じる者はことごとく、その御名によって罪のゆるしが受けられると、あかしをしています」。
ペテロがこれらの御言葉をまだ語り終えないうちに、それを聞いていたみんなの人たちに、聖霊がご降臨された。(使徒10:34-44)
イエス様はあなたを喜びあふれる天の御国に招いておられます。しかし、罪をすべて清めなければそこには入れません。
@人はみな罪びとです。旧約聖書にあるとおり義人はひとりもいない。
Aキリストを拒否すれば、神から裁かれ、このままでは地獄の滅びに向かう。
Bあなたは救いを必要としている。
Cあなたを救うためにイエス・キリストは身代わりの生贄になって十字架にかかり、血を流され死んでくださいました。
Dそして3日目によみがえられました。
☆イエス・キリストはあなたの罪の代価をすべて支払ってくださったのです。
あなたの罪に対する神の怒りは、キリストが十字架で身代わりに受けてくださいました。
イエス様の十字架により、神様の怒りはなだめられ、神の怒りはおさまりました。
これにより神の義とユダヤ律法の義の要求が完全に満たされました。
イエス様が十字架であなたの罪をあがなってくださったので、あなたは神と和解できます。
キリストを信じる人はすべての罪が永遠にゆるされ神の義が与えられ、裁かれることはありません。
☆神はイエス・キリストを信じる人に永遠のいのちを与えられ、ご自分の子供としての特権をも授けてくださいます。
そして王国が与えられ、あなたは王となり、祭司となり、永遠の支配権がキリストから与えられます。
そして天国の首都、新しいエルサレムに行ける保障をしてくださいます。
☆あなたの永遠の運命はイエス・キリストを救い主として受け入れるかどうかにかかっています。
イエス様が完成してくださったあがないのわざに完全に信頼することです。
イエス・キリストは、 あなたの罪を清めるために十字架で血を流され、
天の父なる神の怒りを受けて死んでくださいました。
そして3日目によみがえられました。
イエス・キリストはあなたの罪の代価をすべて支払ってくださったのです。
あなたに対する父なる神の怒りは、子なる神イエスキリストの十字架の死によって
なだめられ収まりました。
あなたの身代わりにイエスキリストが神から罰せられたからです。
イエス様を信じる人は永遠に罪が赦され、神の義が与えられ裁かれることはありません。
\('A`)/←これイエスぽいな
ちゃんとコピペの仕事してるな。ときどき見に来るからな。
Q:イエス様とクリスチャンたちの永遠の住まいである
天のエルサレムとはどんな場所ですか。
A:喜びに満ちた天国の首都で、究極の楽園です。
神の都については素晴らしいことが聖書に語られています。
Q:天のエルサレムにはどうやったら行けますか。
A:罪ある人はだれも天のエルサレムには行けません。ですからあなたの罪を清め、
神に聖なる者と認められ、受け入れられることです。
なぜなら神は聖なる方と聖書に書いてあるからです。
Q:ではどうやったら自分の罪を清め、神に聖なる者と認められ、受け入れられますか。
A:はい、天地万物の創造者である神の子イエス・キリストを信じるだけです。
Q:イエス・キリストはわれわれに何をしてくださったのですか。
A:あなたが天のエルサレムに行けるように、イエス・キリストは、あなたの罪を清めるために
十字架で血を流され、あなたに対する天の父なる神の怒りを受けて死んでくださいました。
そして3日目によみがえられました。
イエス・キリストはあなたの罪の代価をすべて支払ってくださったのです。
あなたに対する父なる神の怒りは、子なる神イエスキリストの十字架の死の刑罰によって
なだめられ収まりました。
あなたの身代わりにイエスキリストが神から罰せられたからです。
イエス様を信じる人は永遠に罪が赦され、神の義が与えられ裁かれることはありません。
「その真理とはこうです。神様と人間とは、それぞれ別の岸に立っています。
そして人となられたキリスト・イエスがその間に立ち、御自分のいのちを、全人類のために差し出すことによって、
両者の橋渡しをされました。」 (テモテへの第一の手紙2:5)
Q:天国の首都、新エルサレムに行くためには神様から聖霊を授かる必要があることがわかりました。
それではイエス様のいらっしゃる天国の首都、新エルサレムに行けるために神性にあずかり
永遠に罪から清められるためにどうやったら神の聖霊を神様からいただくことができますか。
A:主イエス・キリストを信じるだけです。
Q:ではイエス・キリストを信じるだけで、約束された聖霊の証印をおされるという御言葉はどこに書いてありますか。
A:聖書のエペソ人への手紙1章にこう書いてあります。
「あなたがたもまた、キリストにあって、真理の御言葉、すなわち、あなたがたの救いの福音を聞き、
また、彼を信じた結果、約束された聖霊の証印をおされたのです。」
主イエスよ、感謝します。
わたしの罪のために、十字架の上で命をささげてくれたことを。
今、心をひらき、あなたを救い主として受け入れます。
どうぞ、あなたの手で、わたしの人生を導いて下さい。
アァメン。
でも聖霊コネ━━\('A`)/━━!!!
わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して下さって、わたしたちの罪のためにあがないの供え物として、御子をおつかわしになったのです。ここに愛があります。
ヨハネ第一の手紙4:10
信仰とは、望んでいる事がらを確信し、まだ見ていない事実を確認することです。 昔の人たちは、この信仰のゆえに賞賛されました。
信仰によって、わたしたちは、この世界が神様の御言葉で創造されたのであり、したがって、見えるものは現れているものから
出てきたのでないことを悟ります。
信仰によって、アベルはカインよりも優れた生け贄を神様に捧げ、信仰によって神様の御前に正しい者と認められました。
神様が、彼の供え物をよしとされたからです。彼は死にましたが、信仰によって今もなお語っています。
信仰によって、エノクは死を経験することなく天に引き上げられました。
神様が天に引き上げられたので、彼は突然、姿が見えなくなりました。
彼が天に引き上げられる前に、神様に喜ばれた者と、あかしされていたからです。 信仰がなくては、神様に喜ばれることはできません。
なぜなら、神様のところに来る者は、神様のおられることと、ご自身を求める者に報酬を授けて下さることを、必ず信じきるからです。
(ヘブル人への手紙11:1-6)
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。
それは神の御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
(ヨハネ3:16)
あなたの救いを確実にする聖書に基づく信仰告白
「自分の口でイエス・キリストは私の主ですと告白し、自分の心で、
神様はイエス・キリストを死人の中から復活させてくださったと信じるなら、
あなたは救われます。
人は、心で信じることによって、神様から正しい者と認められ、
その信仰を自分の口で告白することによって、救いを確実なものとするからです。」
(ローマ人への手紙10:9-11)
あなたがたは、神様がすべての者の主なるイエス・キリストによって平和の福音を宣べ伝えて、
イスラエルの子たちにお送り下さった御言葉をご存じでしょう。
それは、ヨハネがバプテスマを説いた後、ガリラヤから始まってユダヤ全土にひろまった福音をのべたものです。
神様はナザレのイエス様に聖霊と御力とを注がれました。このイエス様は、神様が共におられるので、
よい働きをしながら、また悪魔に押えつけられている人々をことごとくいやしながら、巡回されました。
わたしたちは、イエス様がこうしてユダヤ人の地やエルサレムでなさったすべてのことの証人です。
人々はこのイエス様を木にかけて殺したのです。
しかし神様はイエス様を三日目によみがえらせ、 全部の人々にではなかったが、わたしたち証人として
あらかじめ選ばれた者たちに現れるようにして下さいました。
わたしたちは、イエス様が死人の中からよみがえり復活された後、共に飲み、食事をしました。
それから、イエス様ご自身が生者と死者との審判者として神様に定められたかたであることを、人々に宣べ伝え、
またあかしするようにと、神様はわたしたちにお命じになったのです。
預言者たちもみな、イエス様を信じる者はことごとく、その御名によって罪のゆるしが受けられると、あかしをしています」。
ペテロがこれらの御言葉をまだ語り終えないうちに、それを聞いていたみんなの人たちに、聖霊がご降臨された。(使徒10:34-44)
イエス様はあなたを喜びあふれる天の御国に招いておられます。しかし、罪をすべて清めなければそこには入れません。
@人はみな罪びとです。旧約聖書にあるとおり義人はひとりもいない。
Aキリストを拒否すれば、神から裁かれ、このままでは地獄の滅びに向かう。
Bあなたは救いを必要としている。
Cあなたを救うためにイエス・キリストは身代わりの生贄になって十字架にかかり、血を流され死んでくださいました。
Dそして3日目によみがえられました。
☆イエス・キリストはあなたの罪の代価をすべて支払ってくださったのです。
あなたの罪に対する神の怒りは、キリストが十字架で身代わりに受けてくださいました。
イエス様の十字架により、神様の怒りはなだめられ、神の怒りはおさまりました。
これにより神の義とユダヤ律法の義の要求が完全に満たされました。
イエス様が十字架であなたの罪をあがなってくださったので、あなたは神と和解できます。
キリストを信じる人はすべての罪が永遠にゆるされ神の義が与えられ、裁かれることはありません。
☆神はイエス・キリストを信じる人に永遠のいのちを与えられ、ご自分の子供としての特権をも授けてくださいます。
そして王国が与えられ、あなたは王となり、祭司となり、永遠の支配権がキリストから与えられます。
そして天国の首都、新しいエルサレムに行ける保障をしてくださいます。
☆あなたの永遠の運命はイエス・キリストを救い主として受け入れるかどうかにかかっています。
イエス様が完成してくださったあがないのわざに完全に信頼することです
イエス様はあなたを喜びあふれる天の御国に招いておられます。しかし、罪をすべて清めなければそこには入れません。
@人はみな罪びとです。旧約聖書にあるとおり義人はひとりもいない。
Aキリストを拒否すれば、神から裁かれます。
Bあなたは救いを必要としている。
Cあなたを救うためにイエス・キリストは身代わりの生贄になって十字架にかかり、血を流され死んでくださいました。
Dそして3日目によみがえられました。
Eイエス・キリストはあなたの罪の代価をすべて支払ってくださったのです。
Fあなたの罪に対する神の怒りは、キリストが十字架で身代わりに受けてくださいました。
Gイエス様の十字架により、神様の怒りはなだめられ、神の怒りはおさまりました。
Hこれにより神の義とユダヤ律法の義の要求が完全に満たされました。
Iイエス様が十字架であなたの罪をあがなってくださったので、あなたは神と和解できます。
Jキリストを信じる人はすべての罪が永遠にゆるされ神の義が与えられ、裁かれることはありません。
K神はイエス・キリストを信じる人に永遠のいのちを与えられ、ご自分の子供としての特権をも授けてくださいます。
☆信じる者には王国が与えられ、クリスチャンたちは王となり、祭司となり、永遠の支配権がキリストから与えられます。
さらに天国の首都、新しいエルサレムに行ける保障をしてくださいます。
☆あなたの永遠の運命はイエス・キリストを救い主として受け入れるかどうかにかかっています。
イエス様が完成してくださったあがないのわざに完全に信頼することです
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。
それは神の御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
(ヨハネ3:16)
あなたの救いを確実にする聖書に基づく信仰告白
「自分の口でイエス・キリストは私の主ですと告白し、自分の心で、
神様はイエス・キリストを死人の中から復活させてくださったと信じるなら、
あなたは救われます。
人は、心で信じることによって、神様から正しい者と認められ、
その信仰を自分の口で告白することによって、救いを確実なものとするからです。」
(ローマ人への手紙10:9-11)
154 :
本当にあった怖い名無し:2010/11/30(火) 17:24:22 ID:s9q0B981Q
すごい、レスで読める聖書だ
ohJC!!
わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して下さって、
わたしたちの罪のためにあがないの供え物として、御子をおつかわしになったのです。
ここに愛があります。 ヨハネ第一の手紙4:10
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。
それは神の御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
(ヨハネ3:16)
>>154 (^^)
福音のうちには神の義が啓示されていて、その義は、信仰に始まり信仰に進ませるからです。
「義人は信仰によって生きる。」と書いてあるとおりです。
(ローマ 1ー17)
158 :
トモダチ:2010/12/02(木) 00:36:39 ID:yyS5ZPVc0
>>156 イエスの再臨は2日のNASAの発表次第だね。注目だな。
求めても与えられないのは、快楽のために使おうとして、
悪い求め方をするからだ ('A`)
ヤコブの手紙4−3
あなたがたは、神様がすべての者の主なるイエス・キリストによって平和の福音を宣べ伝えて、
イスラエルの子たちにお送り下さった御言葉をご存じでしょう。
それは、ヨハネがバプテスマを説いた後、ガリラヤから始まってユダヤ全土にひろまった福音をのべたものです。
神様はナザレのイエス様に聖霊と御力とを注がれました。このイエス様は、神様が共におられるので、
よい働きをしながら、また悪魔に押えつけられている人々をことごとくいやしながら、巡回されました。
わたしたちは、イエス様がこうしてユダヤ人の地やエルサレムでなさったすべてのことの証人です。
人々はこのイエス様を木にかけて殺したのです。
しかし神様はイエス様を三日目によみがえらせ、 全部の人々にではなかったが、わたしたち証人として
あらかじめ選ばれた者たちに現れるようにして下さいました。
わたしたちは、イエス様が死人の中からよみがえり復活された後、共に飲み、食事をしました。
それから、イエス様ご自身が生者と死者との審判者として神様に定められたかたであることを、人々に宣べ伝え、
またあかしするようにと、神様はわたしたちにお命じになったのです。
預言者たちもみな、イエス様を信じる者はことごとく、その御名によって罪のゆるしが受けられると、あかしをしています」。
ペテロがこれらの御言葉をまだ語り終えないうちに、それを聞いていたみんなの人たちに、聖霊がご降臨された。(使徒10:34-44)
>>158 イエスさまの再臨とNASAの発表は関係ないけどね^^
あなたがたは、神様がすべての者の主なるイエス・キリストによって平和の福音を宣べ伝えて、
イスラエルの子たちにお送り下さった御言葉をご存じでしょう。
それは、ヨハネがバプテスマを説いた後、ガリラヤから始まってユダヤ全土にひろまった福音をのべたものです。
神様はナザレのイエス様に聖霊と御力とを注がれました。このイエス様は、神様が共におられるので、
よい働きをしながら、また悪魔に押えつけられている人々をことごとくいやしながら、巡回されました。
わたしたちは、イエス様がこうしてユダヤ人の地やエルサレムでなさったすべてのことの証人です。
人々はこのイエス様を木にかけて殺したのです。
しかし神様はイエス様を三日目によみがえらせ、 全部の人々にではなかったが、わたしたち証人として
あらかじめ選ばれた者たちに現れるようにして下さいました。
わたしたちは、イエス様が死人の中からよみがえり復活された後、共に飲み、食事をしました。
それから、イエス様ご自身が生者と死者との審判者として神様に定められたかたであることを、人々に宣べ伝え、
またあかしするようにと、神様はわたしたちにお命じになったのです。
預言者たちもみな、イエス様を信じる者はことごとく、その御名によって罪のゆるしが受けられると、あかしをしています」。
ペテロがこれらの御言葉をまだ語り終えないうちに、それを聞いていたみんなの人たちに、聖霊がご降臨された。(使徒10:34-44)
イエス様はあなたを喜びあふれる天の御国に招いておられます。しかし、罪をすべて清めなければそこには入れません。
@人はみな罪びとです。旧約聖書にあるとおり義人はひとりもいない。
Aキリストを拒否すれば、神から裁かれます。
Bあなたは救いを必要としている。
Cあなたを救うためにイエス・キリストは身代わりの生贄になって十字架にかかり、血を流され死んでくださいました。
Dそして3日目によみがえられました。
Eイエス・キリストはあなたの罪の代価をすべて支払ってくださったのです。
Fあなたの罪に対する神の怒りは、キリストが十字架で身代わりに受けてくださいました。
イエス様の十字架により、神様の怒りはなだめられ、神の怒りはおさまりました。
これにより神の義とユダヤ律法の義の要求が完全に満たされました。
イエス様が十字架であなたの罪をあがなってくださったので、あなたは神と和解できます。
キリストを信じる人はすべての罪が永遠にゆるされ神の義が与えられ、裁かれることはありません。
神はイエス・キリストを信じる人に永遠のいのちを与えられ、ご自分の子供としての特権をも授けてくださいます。
☆信じる者には王国が与えられ、クリスチャンたちは王となり、祭司となり、永遠の支配権がキリストから与えられます。
さらに天国の首都、新しいエルサレムに行ける保障をしてくださいます。
☆あなたの永遠の運命はイエス・キリストを救い主として受け入れるかどうかにかかっています。
イエス様が完成してくださったあがないのわざに完全に信頼することです
わたしは自分のしていることが、ワカンネ。('A`)
ローマ7−15
善をしようとする意志は、自分にあるが、それをする力がネーヨ オレ\(^o^)/オワタ
ローマ7−18
お邪魔します。
リンゴさん、聖書書く為にオカ板に来たの?
コピペするだけは、おもしろくもないね
オカ板住人も見てるだろうから
宗教板なら、意味も解る人多いだろうけど
せっかくなら解説しながらやったら?
自分達のように、無宗教な人間も興味でるように
これじゃ誰も読まないし意味ないけど
>>167 ありがとうございます。しかし、聖書のみことばは
勝手に解釈してはならないとありますので。
何よりもまず心得てほしいのは、聖書の預言は何一つ、自分勝手に解釈すべきではないということです。
なぜなら、預言は、決して人間の意志に基づいて語られたのではなく、
人々が聖霊に導かれて神からの御言葉を語ったものだからです。(ペテロ第二手紙 1:20-21)
あなたがたは、神様がすべての者の主なるイエス・キリストによって平和の福音を宣べ伝えて、
イスラエルの子たちにお送り下さった御言葉をご存じでしょう。
それは、ヨハネがバプテスマを説いた後、ガリラヤから始まってユダヤ全土にひろまった福音をのべたものです。
神様はナザレのイエス様に聖霊と御力とを注がれました。このイエス様は、神様が共におられるので、
よい働きをしながら、また悪魔に押えつけられている人々をことごとくいやしながら、巡回されました。
わたしたちは、イエス様がこうしてユダヤ人の地やエルサレムでなさったすべてのことの証人です。
人々はこのイエス様を木にかけて殺したのです。
しかし神様はイエス様を三日目によみがえらせ、 全部の人々にではなかったが、わたしたち証人として
あらかじめ選ばれた者たちに現れるようにして下さいました。
わたしたちは、イエス様が死人の中からよみがえり復活された後、共に飲み、食事をしました。
それから、イエス様ご自身が生者と死者との審判者として神様に定められたかたであることを、人々に宣べ伝え、
またあかしするようにと、神様はわたしたちにお命じになったのです。
預言者たちもみな、イエス様を信じる者はことごとく、その御名によって罪のゆるしが受けられると、あかしをしています」。
ペテロがこれらの御言葉をまだ語り終えないうちに、それを聞いていたみんなの人たちに、聖霊がご降臨された。(使徒10:34-44)
Q:神であるイエス・キリストはわれわれに何をしてくださったのですか。
A:あなたが天のエルサレムに行けるように、イエス・キリストは、
あなたの罪を清めるために十字架で血を流され、 天の父なる神の怒りを受けて死んでくださいました。
そして3日目によみがえられました。
イエス・キリストはあなたの罪の代価をすべて支払ってくださったのです。
あなたに対する父なる神の怒りは、子なる神イエスキリストの十字架の死によって
なだめられ収まりました。
あなたの身代わりにイエスキリストが神から罰せられたからです。
イエス様を信じる人は永遠に罪が赦され、神の義が与えられ裁かれることはありません。
「その真理とはこうです。神様と人間とは、それぞれ別の岸に立っています。
そして人となられたキリスト・イエスがその間に立ち、御自分のいのちを、
全人類のために差し出すことによって、両者の橋渡しをされました。」
(テモテへの第一の手紙2:5)
神はイエス・キリストを信じる人に永遠のいのちを与えられ、 ご自分の子供としての
特権をも授けてくださいます。
そして天国の首都、新しいエルサレムに行ける保障をしてくださいます。
Q:天国の首都、新エルサレムに行くためには、神様から罪の清めの証として聖霊を授かる必要があることが
聖書にかいてありました。
それではイエス様のいらっしゃる天国の首都、新エルサレムに行けるために神性にあずかり
永遠に罪から清められるために どうやったら神の聖霊を神様からいただくことができますか。
A:主イエス・キリストを信じるだけです。
Q:ではイエス・キリストを信じるだけで、約束された聖霊の証印をおされるという
御言葉はどこに書いてありますか。
A:エペソ人への手紙1章にこう書いてあります。
「あなたがたもまた、キリストにあって、真理の御言葉、すなわち、あなたがたの救いの福音を聞き、
また、彼を信じた結果、約束された聖霊の証印をおされたのです。」
あなたがたは、神様がすべての者の主なるイエス・キリストによって平和の福音を宣べ伝えて、
イスラエルの子たちにお送り下さった御言葉をご存じでしょう。
それは、ヨハネがバプテスマを説いた後、ガリラヤから始まってユダヤ全土にひろまった福音をのべたものです。
神様はナザレのイエス様に聖霊と御力とを注がれました。このイエス様は、神様が共におられるので、
よい働きをしながら、また悪魔に押えつけられている人々をことごとくいやしながら、巡回されました。
わたしたちは、イエス様がこうしてユダヤ人の地やエルサレムでなさったすべてのことの証人です。
人々はこのイエス様を木にかけて殺したのです。
しかし神様はイエス様を三日目によみがえらせ、 全部の人々にではなかったが、わたしたち証人として
あらかじめ選ばれた者たちに現れるようにして下さいました。
わたしたちは、イエス様が死人の中からよみがえり復活された後、共に飲み、食事をしました。
それから、イエス様ご自身が生者と死者との審判者として神様に定められたかたであることを、人々に宣べ伝え、
またあかしするようにと、神様はわたしたちにお命じになったのです。
預言者たちもみな、イエス様を信じる者はことごとく、その御名によって罪のゆるしが受けられると、あかしをしています」。
ペテロがこれらの御言葉をまだ語り終えないうちに、それを聞いていたみんなの人たちに、聖霊がご降臨された。(使徒10:34-44)
ありがとうございます。
あなたも救われますように。
あなたの救いを確実にする聖書に基づく信仰告白
「自分の口でイエス・キリストは私の主ですと告白し、自分の心で、
神様はイエス・キリストを死人の中から復活させてくださったと信じるなら、
あなたは救われます。
人は、心で信じることによって、神様から正しい者と認められ、
その信仰を自分の口で告白することによって、救いを確実なものとするからです。」
(ローマ人への手紙10:9-11)
176 :
本当にあった怖い名無し:2010/12/10(金) 23:50:22 ID:vWXOoIjH0
イエス様、クリスマスとイヴの日は、どっちかというと
いろんな意味で普段恵まれてない人たちに、ものすごく
いい夢見させてください。お願いします。
イエス様は、ランタンのように、真っ暗闇の底辺でも
平気で降りていって、周りをほのぼのと温かく照らして
くださるタイプだと思っているので、是非、お願いします。
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。
それは神の御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
(ヨハネ3:16)
あなたの救いを確実にする聖書に基づく信仰告白
「自分の口でイエス・キリストは私の主ですと告白し、自分の心で、
神様はイエス・キリストを死人の中から復活させてくださったと信じるなら、
あなたは救われます。
人は、心で信じることによって、神様から正しい者と認められ、
その信仰を自分の口で告白することによって、救いを確実なものとするからです。」
(ローマ人への手紙10:9-11)
愛する皆さん。わたしが以前あなたがたに伝えた福音、あなたがたが受け入れ、それによって立ってきたあの福音を、
思い出していただきたい。
あなたがたが、いい加減な気持ちで信じたりせず、わたしの宣べ伝えたとおりの御言葉を堅く信じていれば、この福音によって救われます。
わたしが最も重要なこととしてあなたがたに伝えたのは、わたし自身も受けたことでした。
すなわちキリストが、聖書に書いてあるとおり、わたしたちの罪のために死なれたこと、 そして葬られたこと、
聖書に書いてあるとおり、三日目によみがえり復活されたこと、ケパに現れ、次に、十二人に現れてくださったことです。
そののち、五百人以上の兄弟たちに、同時に現れてくださいました。その中にはすでに眠った者たちもいますが、
大多数はいまなお生存しています。
そののち、ヤコブに現れてくださり、次に、すべての使徒たちに現れ、 そして最後に、いわば、未熟児のような私の前にも現われてくださったのです。
実際わたしは、神様の教会を迫害したのですから、使徒たちの中でいちばん小さい者であって、使徒と呼ばれる値うちのない者です。
しかし、神様の恵みによって、わたしは今日あるを得ています。そして、わたしに賜わった神様の恵みはむだにならず、
むしろ、わたしは彼らの中のだれよりも多く働いてきました。
しかしそれは、わたし自身ではなく、わたしと共にあった神様からの恵みです。
とにかく、わたしにせよ彼らにせよ、そのように、わたしたちは宣べ伝えており、そのように、あなたがたは信じたのです。
(コリント人への手紙15:1-11)
180 :
本当にあった怖い名無し:
クリスマスが近づくと、ここにも質問やお願い増えるかも
リンゴさん、がんばってね