じいちゃんのうちに行くまでのことは本当になんにも覚えてない。
久しぶりに会ったじいちゃんは痩せてた。
俺の思い出の中のじいちゃんは恰幅が良かったから、自分が長い間会わなかったんだということを思い知った。
ひたすら悲しかったけど、涙は出なかった。
その日、伯父さんが挨拶をしたときにこんな話をしていた。
じいちゃんは開業医だったから、伯父さんと父は小さい時から医者の息子ってことで金持ちなんだろうって目で見られた。
実際は、じいちゃんは患者さんに金がないときは診療代の支払いを待ったりして、裕福とは言えなかった。
そんな感じでじいちゃんはとにかく人に優しくて、人に怒った所をほとんど見たことがない。
ただ一度だけ、昔家を出てそれっきりだったじいちゃんの兄弟がじいちゃんに逢に来たときに、じいちゃんは「お前は誰だ!帰れ!」と怒鳴った。
あれだけ優しかった人が怒鳴ったのは、ずっと逢いに来ないでいた人間がのうのうと逢いに来たからだと。
そんな人だったから今夜、この中の誰かにも今日怒鳴りに行くかもしれない、と。
俺は怒鳴りに来てほしかった。どんなに怒られてもいいからじいちゃんに逢いたかった。
そして長い間逢いに行かなかったことを謝りたかった。
葬儀はやらずに、母校に献体に出して、骨は海に撒いてくれっていうのが遺言だったからじいちゃんの顔見たのはその日が最後だ。
ばーちゃんがじいちゃんは俺と一緒に自分の故郷へ旅行に行ったことを喜んでたって言ってくれた。
じいちゃん、俺もじいちゃんとの旅行楽しかったよ。それと、ごめんね。