(続き)
あの映画の舞台となった1930年代のヨーロッパ、当時のフランス人は、ベトナム
やアルジェリア支配を当たり前だと思っていた。 イタリア人は、エチオピアや
リビアの侵略を当然だと思っていた。
それなのに、加藤登紀子をヒロイン扱いするサヨクが、ヨーロッパに憧れるのは
不思議だね。 宮崎駿自身も、「農夫の目」という作品でスペイン内戦に触れて、
スターリンが人民戦線を見捨てたのを、「イデオロギーによる裏切り」と書いてる。
つまり宮崎は知ってて描いてる。イデオロギーにのせられ、騙されたのは、
恥ずかしい「若気の至り」のはずだ。 にもかかわらず、日本には当時の
思い出を美化する大人が多すぎる。
加藤登紀子はまだ良い。自分の選択によって生じた苦労を背負って
文句を言わず生きてきたのだから。 学生運動から足を洗い、自民党政権の
庇護のもと、企業に勤めて金儲けに専念してきた大人たちが、過去を美化する
のは恥だ。 偽善や自己陶酔は、もうたくさんだ。
そんな恥ずかしい大人たちが、民主党政権を誕生させたんだ。
自戒の念もこめて書いた。 無粋を招致でね。