おわびの印にさして怖くも無いイイ話をひとつ、ヒキニートが寝ているうちに書き込みますねw
あるところに一組のカップルが同棲していました。
しかし男に良い縁談話が舞い込んできたので、男は女と別れる決心をしました。
一緒に住んでいる女に対して、料理がまずいとか態度が悪いとか散々難癖をつけて、
「俺たち別れよう」と告げて、女を追い出してしまいました。
そして良いとこのお嬢さんと婚約をかわしました。
その後、風の便りに女が山を越えた向こうの湖で入水自殺したことを知りました。
男は悲しむよりもほっと安心してしまいました。
女が結婚式に乗り込んでくることを恐れていたのです。
一年後、夫婦には可愛らしい女の子が生まれました。
それから何事も無く5年が過ぎたのですが、女の子はまったく言葉を話す気配が無いのです。
さらに、ある頃から男は悪夢に悩まされるようになりました。
親子で川の字になって眠りにつくと、夢の中にどろどろの沼のような場所が見えてきて、
その沼の底から別れた女が浮かび上がってくると、藻の絡まった手を伸ばしてきて、
「ヒ○シ、ヒ○シ(男の名前)」を呼びながら、男のほうへと迫ってくるのです。
男は恐怖で汗びっしょりになって目覚める、ということが毎晩のように続きました。
そしてある夜のこと、いつものように悪夢で飛び起きたのですが、目を覚ましたはずなのに、
「ヒ○シ、ヒ○シ」とまだ自分を呼ぶ声がするのです。
恐る恐るその声のもとへと辿ってゆくと、それは自分の隣で眠っている娘が寝言で呼んでいるのです。
寝言ですが、しかしその声はまぎれもなく別れた女のものだったのでした。
男は恐怖で身体が震えるのを覚えるのでした。
次の朝、男がどうしたものかと思案していると、ぶるるんとスーパーカブの音も高らかに、
やって来たのは郵便局生まれの〒さんでした。
「はい市民税の通知です、ってそんな場合ではない、お主、このままではとんでもないことになるぞ!」
男は〒さんにかくかくしかじかと、全てのあらましを打ち明けたのでした。
話を聞いた〒さんは家をぐるりと見渡すと、男に尋ねました。
「お主、最近になって水を換えるようなことをしなかったかな?」
男には思い当たることがありました。
この家では昔から井戸水を使っていたのですが、1年前から井戸が枯れてきたので、
市に頼んで水道を引いてもらっていたのです。
そして水道水を取水している川の上流には、あの女が自殺した湖があったのでした。
男が悪夢に悩まされるようになったのは、水道に切り替えた時期とぴたりと一致したのです。
そのことに気づいた男が、あらためて思い出したかのようにガクガク震えていると、
〒さんは諭すように男に語りかけました。
「娘さんがその女の生まれ変わりかどうか確かめるために、これから娘さんを連れて湖に行きなさい」
そして男にキーホルダーぐらいの大きさの「せんとくん」のマスコットを渡して、こう言い聞かせました。
「このお守りに願をかけるのじゃ。しっかりと念じるのだぞ」
「せんとくん」を首にかけながら、〒さんに男は尋ねました。
「もしも娘があの女の生まれ変わりだとわかったら、どうすれば良いのでしょうか?」
〒さんは男の目を見据えて言いました。
「そのときは娘を湖に沈めてしまうがよかろう」
男は娘を助手席に乗せて、山向こうの湖へと車を走らせました。
あれほど寝言で男の名前を呼んでいた娘は、男が呼びかけても、普段通りにまったく口をきかなくなりました。
そんな娘を横目で見ながら、男は「自分に娘を沈めるなんてことができるだろうか」と迷っていました。
しかし〒さんの言葉を思い出して、そうした不安を振り払うかのように、
「せんとくん、どうか娘をお護りください、娘をお護りください」と念じ続けました。
駐車場に車を停めて向かった湖には、日が高いのにもかかわらず、やけに静かで誰もいませんでした。
貸しボート屋でボートを借りて娘を乗せて湖に漕ぎ出すと、生暖かい風が襟首を撫でていきました。
娘は舳先から身を乗り出して、もの珍しそうに手で水面を叩いていました。
その間も男はひたすら「せんとくん、娘をお護りください」と念じ続けました。
湖の真ん中あたりに漕ぎ出て、周囲を見渡してふと夢で見た景色と見覚えがあるなと思ったそのときです。
水面を覗き込んでいた娘がくるりと男のほうを振り向いて、あの女の声で話しかけてきたのです。
「また私と別れるつもりなの?」
驚きのあまり茫然自失となった男は、思わず娘を湖に突き落とそうとしました。
その瞬間、首にかけていたお守りのせんとくんからバチンと電撃がはじけ飛んだのです。
はっと自分を取り戻した男は、ひっしと娘を抱きしめました。
どのくらいの時間抱きしめていたのかわかりません、まだボートで湖の真ん中で漂っていることに
気づいた男は、あわてて岸に漕ぎ戻ると、娘を車に乗せて家路へと急いだのでした。
家の前では〒さんが待ち構えていました。なぜかその手にはカゴに入った九官鳥をぶら下げていました。
〒さんは全てを見通していたらしく、男と娘の姿を見ると「よきかなよきかな」と満足そうに微笑みました。
「もしもお主が娘の無事ではなく、自らの保身を願っていたなら、二人とも生きては帰れなかっただろう」
男は照れくさそうにしながら、〒さんに尋ねました「これで終わったのでしょうか」
〒さんは答えました「いや、これからが肝心じゃて」
〒さんは娘を家の6畳の和室に座らせ、その前に九官鳥のカゴを置くと、全ての襖と窓を閉め切らせ、
その襖を封印するかのように注連縄を三重に張り巡らせました。
そして男とその妻に言いました「わしが戻るまでは何が起ころうとも、決してこの襖を開けてはならない」
「わしはこれから南地区の郵便物の配達に行ってくるでな、よいな」
そう言い残すと、さっそうとスーパーカブで走り去って行きました。
しばらく和室の前で夫婦でまんじりと座っていると、何やら襖の向こうで壁をひっかくような音がしてきます。
それが次第に大きくなってくると、今度はどすんばたんと物を畳に叩きつけるような音がしてきました。
夫婦は娘が酷いことをされていやしないかと、気が気でありません。
ご丁寧に窓にはカーテンがおろされているので、中を覗き見ることができません。
襖の前でじれったい思いで待っていると、物音といっしょに誰かの呼ぶ声が聞こえてきました。
襖に耳を寄せると、それは女の声で「ヒ○シ、ヒ○シ」と呼んでいるので、男はぞっと背筋が凍ります。
しかしすぐ後にその声をさえぎるように娘の「ママー、ママー」と泣き叫ぶ声がしてきました。
妻は「言葉が話せなかったのに、あの子が私を呼んでいる」と襖を開けようとします。
男はあわててそれを止めようとして、半狂乱になった妻と取っ組み合いになってしまい、
襖の内側と外側でどすんばたんと家中をゆるがす大騒動になってしまいました。
〒さんが戻ってきたのは5時間後のことでした。
つづき
あるんですよね?
「今日はゆうパックが多くて難儀じゃったのう」と言いながら家に上がりこんできた〒さんは、
半死半生状態で床に伸びている夫婦を横目に襖に近づくと、注連縄を一瞥して、
「どうやらうまくいったようじゃのう」と満足げな笑みを浮かべました。
そして〒さんが破っと気を発すると、注連縄はひとりでにほどけ落ちました。
和室の中に入った〒さんが女の子を抱えて出てくると、あわてて飛び起きた夫婦は、
「ママ、ママ」と泣きじゃくる娘を抱きしめたのでした。
ところがどこからともなく「ヒ○シ、ヒ○シ」という声も聞こえてくるのです。
男がぞっとしながら声のするほうを見てみると、それは〒さんが右手に持っているカゴの中からでした。
カゴの中の九官鳥が、あの女の声で男を呼んでいるのでした。
〒さんは男をさとすように言いました。
「安心せい、わしがしっかりと引導を渡して成仏させてやる。だがこれから先はお主の心がけ次第じゃぞ」
そしてスーパーカブに乗って夕日の向こうへと走り去ってゆくのでした。
夫婦は〒さんの後姿に深々と頭を下げたのでした。
そののちに男は僧になって女の冥福を弔ったとのことです。めでたしめでたし。
という話を創作してみたのですが、楽しんでいただけたでしょうか?
はい楽しめました。12点。