10Lでどこまで
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農協のガソリンスタンドがもうすぐ閉店だって時刻に、じいさんはずいぶんと古い型の軽トラックでやってきた。タイヤは泥まみれだ。マネージャーはトイレに入っていたのでバイトの私が対応した。
「レギュラー、10L。」 彼はだるそうに鍵を渡した。その腕からほんわりと線香の匂いがした。
実はこういうことはよくある。
仏壇にあげた線香の匂いをそのままひっさげて畑に出向く客は多い。そういう時はちゃんと先祖を大事にしてるんだなぁって嬉しくなる。
この客の時も同様で、私は楽しげに給油キャップを開けたらタンクの入り口に泥が詰まっていた。
「あの泥がタンクにちょっと入ってるんですけど、どうかされたんですか?」
「え…そうなのかぃ?特に何もしてねぇけどなぁ」
こんなこと初めてで不思議に思ったけど、仕方ないから軍手着けて掻き出した。そのあと給油ノズルを差し込んだんだけれどすぐガソリンが噴いてしまった。
その拍子に何かが一緒にタンクから溢れて動いている。
「何?」
みみずだ。
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いよいよ気持ち悪くなって、早く帰ってもらおうとお会計しに行った。すると彼の差し出した夏目漱石のお札には黒い染みがついているし、最初線香だと思われた匂いもなんだか違う。
―おかしい、おかしい
「お釣り、お持ちしますから少々お待ちください」 老人は首を横に振ってだるく返答した。
「んなモノいらないから、家に帰る方法を教えてくれないか。」
私はやっと匂いの正体思い出した。時たま給油する霊柩車の運転手からする焼香だ。
「そこじゃない…。」
私はマネージャーに助けを求めようと、トラックから退こうとしたら老人が冷たい手で私を捕まえた。
「じゃ、姉ちゃん一緒に行こうじゃないか。助手席に座りなよ!」
マネージャーがトイレから出た時、私は倒れていて軽トラックは停まっていなかったという。
【完】