348 :
石原 ◆dqzTAWg8r6 :
霊を吐く男 1/5
受験に落ちた。三浪だった。
オレは浜辺にいった。泣きながら海を見ていた。
「うわあああーっ!!」
なんで報われないんだ。
また一年間も勉強漬けの毎日が続くのかと思うと、
いても立ってもいられず、オレはそのままの恰好で波打ち際をザブザブ突き進んでいった。
辺りはもうすっかり夜だった。
海の水は真っ黒く染まり、腰までつかっただけで溺れそうな恐怖があった。
でも、その時はもう死んでもいいと思っていた。
オレは波をかき分け、憂さ晴らしに暴れまくった。
「くそー! なんでだ! あんなにがんばったのに!」
海水が、しょっぱかった。
そうして人生オワタ踊りを10分ほど演じたところで、ようやくオレは海の異音に気づいたのだ。
オレが波をバシャバシャやっているのとは別に、
遠くの方で波をバチャバチャと叩く音が鳴っている・・・。
よく見ると、2メートルほど先で、水しぶきがたっているのが見えた。
瞬間、日ごろここを通るたびに目にする「毒エイ注意」と看板が脳裏によぎった。
「うわああ!」
オレは恐怖に身をすくませ、のけぞるようにして逃げた。
でもそれは毒エイが追ってきたからではない。海中からニュッと何かが頭をせり出してきたからだ。
それは・・・オッサンだった。海の中からオッサン。
太り気味のブヨブヨした体に、ハゲ頭の、どこにでもいる中年オヤジ。
それが灯台の微かな光に照らされて、闇の中から浮かびあがった。
「やあ・・・」
オッサンは笑いながら挨拶してきた。
「な、なんでこんな所にオッサンが!?」
しかし、ひとまず人間だったことに安堵し、胸をなでおろしたのと同時、視線が釘づけになった。
349 :
石原 ◆dqzTAWg8r6 :2009/08/08(土) 01:15:06 ID:UKQ8j0bW0
霊を吐く男 2/5
オッサンは、その胸に、女の死体を抱きしめていたのだ。
そしてその女の頭は、頭蓋骨が割れ、中から脳みそがはみ出ていた。その断面に、人間の歯型
がついているのを、オレは見逃さなかった。
オッサンもそれに気づくと、ニタァと赤ら顔をつり上げた。
「君も、食べにきたんでしょ? これを」
そう言って、オッサンは、女の頭に齧りつくと、その肉にしゃぶりついた。
オッサンは食いちぎったそれを、口の中でニチャニチャ鳴らしながら言った。
「仲間がいてうれしいよ。お、おいしいよね・・・ふふふ」
「あ・・・あ・・・」
オレは目の前の光景が理解できず、言葉を失ってしまった。恐怖のあまり腰がくだけ、波の水が口の中にはいり、溺れ死にそうだった。
ただ、それでも目の前の不条理を言葉にせずにはいられなかった。
「ニ、ニンゲン・・・喰ってる」
そのまま意識が遠のいていく。その閉ざされていく視界に、さっきまでの笑いを消し、眉をつりあげたオッサンの顔が映った。
オッサンは、白目を向くオレに、激しい怒号が浴びせかけた。
「人間なんかじゃない! 幽霊だ! ピカピカで! 新鮮で! ウマいんだ!」
その異様な絶叫が、山彦のように脳内にコダマしていった・・・。
その後、浜辺に運よく打ち上げられたオレは、なんとか一命を取りとめた。
一度死んだから・・・というと大げさだが、助かった命を心のささえに、見事に志望校にも合格した。
しかし、本当の災難はそれから2年後のことだ。
大学二年生を迎えた夏、再びオッサンがオレの目の前に現れだした。
正確には、ストーカーされるようになったのだ。
正直、再びオッサンの姿を見かけるまで、オレはあの海でのできごとを幻覚だと思っていた。
医者にもそう言われたし、忘れることにしていたのだ。
それが、なぜ今ごろになって・・・。
350 :
石原 ◆dqzTAWg8r6 :2009/08/08(土) 01:15:59 ID:UKQ8j0bW0
霊を吐く男 3/5
ストーカー行為は日に日にエスカレートしていった。
初めは、たまたま遠くに見かける程度だったのに、だんだんと距離をつめてきて
窓の外や玄関のドアの前に立たれるようになっていった。
男が男につけ回されるなんて冗談みたいだったが、その時、一人暮らしをしていた身には
笑えないできごとだった。しかも、相手は幽霊を喰うオッサンなのだ。
オッサンはいつも手に何かしらの人間の一部を持っていて、それをトンソクでも
食べるかのように、モシャモシャ頬張っていた。
そしてすべて食べ終えると、指を舐めながら一晩中笑っている。
「ふふふ・・・んふふ」
そんな異様な姿・・・通行人の誰かが変に思うはずだが、他の人はオッサンを見ても
何食わぬ顔で通りすぎていくだけだった。
「もしかして・・・あいつも幽霊なのか?」
そんな風に思えてきた。オレはこいつにとり憑かれたんじゃないかと。
「だったらマズイ・・・。幽霊なら、家の中に入ってこれるんじゃないか・・・」
ある日、とうとう決心して、オレは警察にこのことを相談することにした。
だが、結果的にそれはできなかった。警察署に向かう先で、
後ろからついてきたオッサンが、突如、オレの方に向かって駆けだしてきたのだ。
「待ってくれーい」
「ひぃ!」
オレは必死になって逃げた。振り返ると、後ろから、クチャクチャ誰かの内臓を熱心に
かじりつきながら、全速力で走ってくるオッサンの笑顔が見えた。
351 :
石原 ◆dqzTAWg8r6 :2009/08/08(土) 01:17:02 ID:UKQ8j0bW0
霊を吐く男 4/5
オッサンの足は異様に速かった。オレはとうとう捕まってしまった。
「く、くるなァー!」
抵抗するオレの頭めがけて、オッサンはハァハァと息をはずませながら
あんぐりと大きく口を開けた。
「く、喰われるっ!?」
そう思った次の瞬間、オッサンは言った。
「ぷ、プレゼントだよぉ。・・・う、うぷ」
それから嗚咽とともに、バシャッと何かを吐きかけられる。オレは咄嗟に悲鳴をあげた。
「ギャ!?」
それはオッサンの内容物・・・ゲロだった。
オゲェエエエエェ オボェゲエエッ!!
恐怖に身を固めているオレに、オッサンは容赦なくゲロを吐きかけた。
オエ”エ”イ”ボェ ボエエ”エ”エ”ェエ”
そんな胃の底からせり上がってくる音とともに、シャワーのように降りかかって
くるゲロ。
とろろのような粘膜に、オレの全身は埋もれていった。
激しい悪臭が鼻をついて、頭からつま先までゲロまみれになっても
オレはショックのあまりしばらく立ちあがることができなかった。
やっと正気を取り戻した時には、オッサンの姿は消えていた。
352 :
石原 ◆dqzTAWg8r6 :2009/08/08(土) 01:17:49 ID:UKQ8j0bW0
霊を吐く男 5/5
オレは、このことを不思議と誰にも打ち明けなかった。
別に何か被害が出たわけでもなく、その後、平穏な生活を手に入れたから
それを壊したくなかったというのもある。
恐怖心は確実に植えつけられたものの、そのおかげで、並大抵のトラブルには
動じなくなった。
今となっては、オッサンに怨みや恐怖はない。
なぜなら、彼はオレに新しいたのしみを感染させてくれたのだから・・・。
毎日毎日、家を出て、街を徘徊し、青白い顔の人間を探す。
幽霊はどこにでもいるものだ。そこらへんに転がっている・・・そして、その味は甘くてしぶく、ウマい。
毎年、夏の風物詩として語られる百物語。それを聞くたびに、オレは言いようのない
空腹感を憶える。
いま、この時も・・・幽霊が喰いたいて喰いたくてたまらない・・・。
了