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罪悪感や自責の念による負の引き寄せと言えるようなもについてもうちょっと
書くが、これはかなり沢山起きているような感じがする。人間は表向きはどうで
あれ中身が真面目な人が多いからだ。これは魂が基本的に善良だからと考えて
良いと思う。少なくとも子供の頃はエゴがまだ発達していないので表向きにも
同じ状態になっている。これは罪悪感などをストレートに感じる状態だ。大人に
なるに従って罪悪感を感じないようにするために正当化のための知恵を付け
バランスを取るようになる。(戦争もテロも人殺しなのに罪悪感を感じない理由は
「敵は悪である」という大義名分があるためだ。死刑についても同じ。自分の
やっていることが正義であると信じる者は何でもやる。戦争だろうが革命だろうが
死刑だろうが大虐殺だろうが何でもだ。だから怖いのは悪ではない。正義だ。w)。
罪悪感を感じることなのに社会的に弱い立場であるためにそれを続けねばならない
場合がある。これの分かり易いやつが人種差別などの社会的差別だ。こういった
ものでも子供の頃はだいたいの人が罪悪感を感じる筈だ。ところが大人の意向には
逆らえないのであらゆる正当化の理由をつけて抑圧してしまう。差別することを
大人や大多数の意向に添ってやらないと自分の命に関わるからだ。すると抑圧
された罪悪感や自責の念は後々病気や事故などの引き寄せに繋がると。
社会的差別なら分かり易い(黒人白人などの場合はパッと見た目ですぐわかる)が、
明示されていないために分かりにくいものもある。いじめなどの場合だ。自分が
いじめられないようにするために目の前で起きているいじめを止められないなど、
類似することは世界中で沢山起きていると思う。そういったことで罪悪感を持つ
のは極めて正常なことではあるが、かといって罪悪感を持って自分を責めれば
解決するわけではない。最も大切なことは罪悪感を持ち続けることではなくちょっとでも良いから
問題の解決に近づくことだ。そういう意味では罪悪感は不要だ。むしろ自分を
責め続けるだけで問題が解決していくかのように錯覚してしまうことの方が有害
だと言えるだろう。それでは何も変わらない。