740 :
本当にあった怖い名無し:
『病棟』時代にお世話になった浜久地さんが、急性心不全でお亡くなりにました。
急性というだけあって、本当に予想だにしない、突然の出来事だったようです。
葬儀に参列するために僕は十か月振りに病棟に帰って来ました。
出棺の様子を眺めながら、僕は生前の浜久地さんと交わした、あるやり取りを思い出しました。
「猫を食べるのは可哀相だと?」
ある日、僕はどうしても我慢できず、浜久地さんに病棟内の食事について直訴しました。
基本的に、この病棟の食事には肉は出ません。野菜と炭水化物ばかりです。
しかしごく稀に、お肉が出る日があります。本来なら喜んで然るべきなのですが、しかしそのお肉は病棟で飼っている猫の肉なのです。
おいしいおいしい猫の肉。他の人たちは喜んで食べていましたが、僕はそれをどうしても許容できませんでした。可哀相です。
「可哀相ね。なるほど。うん、君の主張はもっともだと思うよ。猫を食べるなんて非人道的だ。うん、でもそれに関しては大丈夫さ。全く心配いらない」
浜久地さんは胸を張って答えましたが、何がどう大丈夫なのか僕にはさっぱりです。
「意味がわからないといった顔だね。実はここの猫たちはね……」
浜久地さんは中庭に放し飼いになっている猫たちを見回しながら言いました。
「ここの猫たちは、全部食用猫なのさ!」
食用猫?
「そう! 始めから食用として生産された猫だ。そのために品種改良された猫だ。ほら、これはついさっき捌いたばかりの猫刺しだけど、食べてみるかい?」
遠慮します。
「へっへっへ! いいからいいから」
浜久地さんは猫刺しをフォークで突き刺すと、僕の眼前に突き出しました。
「いいから食べてみなさい、うまいから……どうだ、うまいだろう?」
おいしいです。
「だろう。始めから食用を前提に生産、飼育しているから味も格別さ。この猫たちはね、愛玩動物じゃないんだ。家畜なんだ」
浜久地さんは足下にすり寄って来た白猫の頭を撫でます。白猫は気持ち良さそうに、ごろごろと喉を鳴らしました。
「この猫たちはチキンやビーフやポークと同じなんだよ。君だってフライドチキンを可哀相とは思わないだろう?」
そうかもしれません。
「わかったかい? これでなんの問題もないね! へっへっへ!」
741 :
本当にあった怖い名無し:2008/10/20(月) 14:31:37 ID:TmyILhpk0
病棟内の食料事情を一人で取り仕切っていた浜久地さんがお亡くなりになったことで、病棟は人手が足りないようです。
入院していた頃のように中庭をぶらぶらしていると「暇なら手伝え」と、監査官に食用猫の餌やりを頼まれました。
大量に積まれた猫缶を開けては器に出し、開けては器に出していると、そのうちの一つに土気色の肉の塊が入っているのを見つけました。
指です。人間のもののように見えます。
「どうした?」
猫缶に指が入っていました。
僕がその猫缶を見せると、監査官はその指を事無げに摘み上げました。驚いている様子もありません。
「これは浜久地の指だ」
浜久地さんの?
「ああ。指だけでなく、そのへんにある猫缶な」
監査官は部屋のすみに積まれた猫缶に視線を流しました。
「あれ全部、浜久地だよ」
監査官が言うに、浜久地さんはこんな遺言を残していたらしいのです。
『自分が死んだ際には屍体をミンチにして、食用猫の餌に加工してくれ』
つまり今、食用猫が我先にと争うように食べている餌は、ぜんぶ浜久地さんなのです。昨日の出棺と火葬は単なる形式だったようです。代わりに燃やしたあれは何だったのかな。
「わからん奴だったな」
監査官は呟き、その指を食用猫の檻の中に投げ入れました。
浜久地さんの指は飢えた食用猫たちによって、瞬く間に食べられてしまいました。
(これでなんの問題もないね! へっへっへ!)