『 百 物 語 』 〜弐〇〇七年・夏〜

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200蟻 ◆GJCUnhVBSE
【51/100】『ひとつだけ』


 数年前の夏、祖母が亡くなりました。お盆を少し過ぎた頃でした。

 その日の朝、母からの電話でその訃報を知らされ、通夜、葬儀のため急遽帰省す
ることになりました。しかし、私は不安でした。何せ夏休み、旅行や帰省Uターン
でラッシュの真っ最中です。「飛行機、チケット取れないかもしれない。空港で
キャンセル待ちするけど、もしかしたら間に合わないかもしれない。でも、絶対帰
るから」と母に告げ、大急ぎで荷物をまとめ、同居人の出してくれた車で空港へ急
ぎました。
 突然のことで、何もかもが夢のようにふわふわとして、実感がありませんでした。

 予想通り、空港はごった返していました。ぱっと見る限り、電光掲示板には満席
の表示ばかり。当たり前だよなあ……と、絶望的な気持ちになりながら、だめもと
でカウンターへ行ってみました。
「あの、福岡空港への便なんですけど、一名分キャンセル待ちお願いできますか」
「はい、少々お待ちください」
 きっとめまいのするような人数がキャンセル待ちしてるんだろうなあ、と諦めの
心境でした。すると、カウンターのお姉さんが、
「次に出る便、ちょうど一席空いております」
「え……本当ですか? キャンセル待ちの順番は?」
「キャンセル待ちのお客様はいらっしゃいませんので、すぐお取りできますよ」

 みもふたもない言い方をすれば、単なる偶然だったんだと思います。
 空港に着いたのは割と早い時間でしたし、福岡へ発つ便はわりとたくさんありま
すし。
 でも、あのたった一つだけの席は、もしかしたら祖母が私のために取っておいて
くれたんじゃないかな、と、今でもそんな気がしてならないのです。


【完】