期待と反射神経
何かに対する期待が、反射神経に影響を及ぼすことを証明した実験がある。
まず、参加者を無作為に二つのグループに分ける。
ライトが光ったら手元のボタンを押すのだが、片方のグループには、できるだけ早く
押すようにとだけ説明した。
もう片方のグループには、反射神経の優れた戦闘機のパイロットになったつもりで
挑戦しようと説明した。
結果は、「パイロット」グループのほうが、反応時間はかなり短かった。
彼らは自分がうまくやれると想像していて、その気持ちが行動に影響を及ぼしたのだ。
同じように、運のいい人は自分がうまくやれると期待しているから、その期待が成功の
大きなカギとなる。
予言が当たるかのように実現する期待は、学校の成績だけでなく、私たちの健康や仕事での振る舞い、
対人関係なども大きく左右する。
また、運のいい人と悪い人がいだく典型的な期待は、それぞれ「予言」どおりになりやすい。
つまり、運のいい人の夢は実現しやすく、運の悪い人の夢は夢のままというわけだ。
予言が当たるかのように実現する期待が人生に影響を及ぼすことについて、わかりやすい例を考えてみよう。
すでに説明したとおり、運の悪い人は、失敗と苦しみだらけの人生がまっていると思いがちだ。
きっと試験に合格しない、好きな仕事が見つかるわけがないと、決めてかかっている。
それ以上によくないのは、これから起る悪い出来事について、自分にはどうすることもできないと思っていることだ。
どうせ自分は運が悪く、運の悪い人というのは不運ばかり続くものだと信じている。
このような思い込みから、あっさりと希望を捨てて、簡単にあきらめてしまうのだ。
第2章と第3章でリン、ジョー、ウェンディという幸運の当選者を紹介した。
三人とも宝くじや抽せんに何度も当せんしているが、全員が、応募する回数が多いおかげだと語っている。
ジョーが言うように、「買わなければ当せんしない」のだ。
一方、運の悪い人の多くは、宝くじを買ったり抽せんに応募したりしたことが一度もなく、
自分は運が悪いから当たらないと思い込んでいる。
ルーシー(23)という学生もそうだった。
:小さいころから抽せんなどに応募した覚えがない。
どうせ当たらないから。七歳のとき小学校で発表会があり、両親も見に来た。
母は、あるコーナーに私の名前を応募した。そして、優勝者の名前が読み上げられた。
――私だった。でも私が応募したのではなく、ママがやったこと。私ではなくママが優勝したようなものね。:
運の悪い人にとって、宝くじや抽せんなどは、いつのまにか自分の期待どおりになっている。
応募しなければ当せんの確率もなくなり、思っていたとおり当たらない。
これと同じ考え方が、人生の大切な場面にもさまざまな影響を及ぼしている。
自分で人生を変えようとしなければ、将来に対する暗い予言は、いとも簡単に現実となるのだ。
ある学生は、試験で続けて落第していた。
彼女はこれから数ヶ月間に受けなければいけない試験について、次のように語った。
:これからも、きっと落第ばかり。「受けても仕方がない、どうせ落ちるんだから」と思って、
自分が情けなくなるときも多い。受けるだけ無駄だろうと欠席したこともある。
どうせ落第するとわかっているから、試験の準備もあまりしない。:
やはり運の悪いある男性は、どうしても仕事が見つからないという。
:どうせ仕事は見つからないんだ。本気で探すつもりもない。
昔は毎週、新聞の求人広告を見ていたけれど、自分に合った仕事は絶対に見つからないと気がついた。
もし見つかっても、何か悪いことが起って、それでおしまい。とにかく僕は運が悪い。こんなのは僕だけだ。:
この二人の発言から、運の悪い人は、不運の大半を自分でつくりだしていることがよくわかる。
試験を受けなければ、もちろん落第する。仕事を探そうとしなければ、いつまでも無職のままだ。
デートをしようとしなければ、パートナーを見つけるチャンスも減る。
つまり、運の悪い人は自分が失敗すると決めつけているから、目標を達成する努力もほとんどせず、
その結果、失敗するだろうという期待が現実になるのだ。
期待が目標達成に及ぼす影響を調べるために、私は簡単な実験をした。
運のいい人と悪い人に、金属製のピースが絡み合っている二つのパズルを見せる。
私はまず、片方のパズルのピースは正しくはめると外れるが、もう片方のパズルのピースは外れないと説明した。
ただし、どちらが外れるかは教えなかった。そして、一人ずつコインを投げて、どちらのパズルを解くかを決めた。
だが実際は、全員に同じパズルを配っていた。
次に、パズルには手を触れずにじっと観察して、解けるかどうかを考えてもらった。
すると、自分のパズルは解けないと答えたのは、運の悪い人が六〇%以上だったのに対し、運のいい人は三〇%だけだった。
運の悪い人は実際にパズルを始める前から、すでにあきらめていた。
では、運のいい人の期待は、彼らの振る舞いにどのような影響を与えるだろうか。
たとえば、仕事の面接できっとうまくいくと思っていたら、自信過剰になって、十分に準備しないかもしれない。
面白いことに、私の研究ではそのような傾向は見られなかった。運のいい人の期待は、油断を生んでリスクの高い行動をさせるわけではない。
そうではなく、前向きな期待が、自分の人生をコントロールしようという意欲につながる。
自分が欲しいものを手に入れるために、たとえ可能性がごくわずかでも、挑戦しようと思わせるのだ。
この単純な考え方は私自身の場合も、実に幸運なチャンスを生んだ。
研究者になって一年目のある日、一通の電子メールが届いた。そのメールが、私の人生を変えることになった。
同じメールは、イギリス国内のほとんどの大学の研究室に送られていた。差出人はテレビのプロデューサーと新聞記者のグループで、
一般市民が参加する大規模な実験を通じて科学の楽しさを広められるような、アイデアを募集する、という内容だった。
実験はBBCテレビの番組とデイリー・テレグラフ紙上で行い、一八〇〇万人以上の視聴者と読者が見る。私はすぐに、
嘘を見抜く実験が面白そうだと思いついた。
テレビで短編のフィルムを放映し、登場人物が嘘をついているか、本当のことを言っているか、視聴者は電話で答える。
同じ脚本を新聞にも掲載して、読者に答えてもらうのだ。
私は急いでアイデアを書きとめたものの、提出するのをためらった。
何千人もの研究者が応募するだろうから、私が選ばれる可能性はないに等しいと思ったからだ。
しかし、応募しなければ選ばれないのだと考えなおして、メールを返信した。
数週間後、私の提案が選ばれたという連絡が来た。
私の実験はBBCテレビで生放送され、デイリー・テレグラフ紙にも掲載された。
たくさんの回答が集まり、実験は大成功だった。その後、私は世界でも有数の科学誌に実験結果を発表した。
それから毎年のように、大規模な実験の企画に協力してほしいと依頼されている。
私があのとき、可能性は低いと思いながらも応募したことから、すべてが始まったのだ。