死ぬ程洒落にならない怖い話をあつめてみない?156
大学2回生の春だったと思う。
俺の通っていた大学には大小数十のサークルの部室が入っている3階建ての
サークル棟があった。ここでは学生による、ある程度の自治権が守られ、24
時間開放という夢のような空間があった。24時間というからには24時間な
わけで、朝まで部室で徹夜マージャンをしておいて、そこから講義棟に向かい、
授業中たっぷり寝てから部室に戻ってきてまたマージャンなどという学生の鑑
のような生活も出来た。
夜にサークル棟にいると、そこかしこの部屋から酒宴の歓声やら、マージャン
牌を混ぜる音やら、テレビゲームの電子音などが聞こえてくる。どこからとも
なく落語も聞こえてきたりする。
それが平日休日の別なく、時には夜通し続くのだ。
ある夜である。
いきなり耳をつんざく悲鳴が聞こえた。
初代スーパーマリオのタイムアタックを延々とやっていた俺は、コントローラー
を握ったまま部室の中を見回す。
数人のサークル仲間が思いおもいのことをしている。誰も無反応だった。
「今、悲鳴が聞こえませんでした」
と聞いたが漫画を読んでいた先輩が顔を上げて「エ?」と言っただけだった。
気のせいか、とも思えない。
サークル棟すべてに響き渡るような凄い声だったから。そしてその証拠に、
まだ心臓のあたりが冷たくなっているな感覚があり、鳥肌がうっすらと立って
さえいる。
部室の隅にいた先輩が片目をつぶったのを、俺は見逃さなかった。
その瞬間に俺は何が起こったのか分かった気がした。
その先輩のそばに寄って、「なんなんですかさっきの」と囁く。
俺のオカルトの師匠だ。この人だけが反応したということは、そういうことな
のだろう。
「聞こえたのか」と言うので頷くと「無視無視」と言ってゴロンと寝転がった。
気になる。
あんな大きな声なのに、ある人には聞こえてある人には聞こえないなんて、普通
ではない。
俺は立ち上がり、精神を研ぎ澄まして悲鳴の聞こえてきた方角を探りながら部室
のドアを開けた。
師匠がなにか言うかと思ったが、寝転がったまま顔も上げなかった。
ドアから出て、汚い廊下を進む。
各サークルの当番制で掃除はしているはずなのだが、長年積み重なった塵やら
芥やらゲロやら涙やらで、どうしようもなく煤けている。
夜中の1時を回ろうかという時間なのに廊下の左右に並ぶ多くの部室のドアから
は光が漏れ、奇声や笑い声が聞こえる。
誰もドアから顔を出して、悲鳴の正体をうかがうような人はいない。
その中を、確かに聞こえた悲鳴の残滓のようなものを追って歩いた。
そしてある階の端に位置する空間へと足を踏み入れた瞬間、背筋になにかが這い
上がるような感覚が走った。
やたら暗い一角だった。
天井の電灯が切れている。もとからなのか、それともさっきの悲鳴と関係があ
るのかは分からない。いずれにしてもひとけのない廊下が闇の中に伸びていた。
背後から射す遠くの明かりと、遠くの人のざわめきがその暗さ、静けさを際立
たせていた。
かすかな耳鳴りがして、俺は「ここだ」という感覚を強くする。
このあたりには何のサークルがあっただろうと考えながら足音を消しながら歩を
進めていると、一番奥の部室のドアの前に人が立っているのに気がついた。
向こうも気づいたようで、こちらを振り返った。
薄暗い中を恐る恐る近づくと、それは髪の長い女性で、不安げともなんとも
つかない様子で立っているのだった。
「どうしたんですか」
と声を殺して聞くと、彼女はなにか合点したように頷いた。
たぶん、彼女も反応したのだ。バカ騒ぎする不夜城のなかでわずかな人にしか聞
こえなかった悲鳴に。
顔色を伺うが、暗さのせいで表情まではわからない。
「俺も、聞こえました」
仲間であることを確認したくてそう言った。
「ここだと思いますけど」
女性のかぼそい声がそう答えて、俺は視線の先のドアを見た。
プレートがないので、何のサークルかはわからない。頭の中でサークルの配置図
を思い浮かべるが、この辺りには普段用もないので靄がかかったように見えてこ
ない。
ドアの下の隙間からは明かりも漏れておらず、中は無人のようだったが、ビクビ
クしながらドアに耳をくっつけてみる。
なにも聞こえない。
地続きになっている遠くの部屋で誰かが飛び跳ねているような振動をかすかに
感じるだけだった。
頭をドアから離すと、無駄と知りつつノブを握った。
カチャっと音がして、わずかにドアが動いた。
驚いて思わず飛びずさる。
開く。
カギが掛かっていない。
このドアは開く。
後ずさる俺に合わせて女性も壁際まで下がっている。
心音が落ち着くまで待ってから「どうします」と小声で言うと、彼女は首を横に
振った。
おびえているのだろうか。
しかし去ろうともしない。
俺はなにか義務感のようなものに駆られて、ふたたびドアへ近づく。
ノブに手をかけて、深呼吸をする。
あの悲鳴を聞いたときの、心臓が冷えるような感覚が蘇って、生唾を飲んだ。
このドアの向こうに、悲鳴の主か、あるいは関係する何かがある。そう思うだ
けで足が竦みそうになる。
「開けますよ」
と彼女に確認するように言った。でもそれはきっと自分自身に向けた言葉なの
だろう。
目をつぶってノブを引いた。
いや、つぶったつもりだった。しかしなぜか俺は目を開けたままドアを開け放
っていた。
吸い込まれそうな闇があり、その瞬間彼女が俺の背後で「キャーッ!!」という
絶叫を上げたのだった。
寿命が確実に縮むような衝撃を受けて、俺はそれでもドアノブを離さなかった。
室内は暗く、何も見えない。
暗さに慣れたはずの目にも見えないのに。
一体彼女は何に叫んだのか。
じっと闇を見つめた。
中に入ろうとするが、磁場のようなものに体が拒否されているように動けない。
いや、たんにビビッていただけなのだろう。
俺はしばらくそのままの姿勢でいたが、やがて首だけを巡らせて後ろを向こうと
した。
一体彼女は何に叫んだのか。
そのとき、あることに気がついた。
この廊下の一角は、あまりに静かだった。
やってきたときと変わらずに。
さっきの彼女の叫び声に、このサークル棟の誰も、様子を見に来ない。
中途半端な位置で止まった頭の、その視線の端で彼女が壁際に立っているのが
見える。
しかしその姿が、薄闇の中に混じるように希薄になって行き、俺の視界の中で
音も無く、さっきまで人だったものが、「気配」になって行こうとしていた。
ドアの向こうの闇から、なにか目に見えない手のようなものが伸びてくるイメー
ジが頭に浮かび、俺はドアノブから手を離して逃げた。
背後でドアが閉じる音が聞こえ、彼女の気配がその中へ消えていったような気
がした。
自分の部室に戻ると、みんなさっきと同じ格好で同じことをしていた。
胸を押さえて座り込むと、師匠が薄目を開けて「無視しろって言ったのに」と呟
いてまた寝はじめた。マリオはタイムオーバーで死んでいた。
その後、ときどきあのサークル棟の端の一角を気にして、通りすがりに廊下から
覗き込むことがあった。
昼間は何事もないが、ひとけのない夜には、あのドアの前のあたりに人影のよう
なものを見ることがあった。
しかし大学を卒業するまでもう二度と近づくことはなかった。
大学2回生の夏のこと。
俺は心霊写真のようなものを友人にもらったので、それを専門家に見てもら
おうと思った。
専門家と言っても俺のサークルの先輩であり、オカルトの道では師匠にあた
る変人である。
彼のアパートにお邪魔するとさっそく写真を取り出したのであるが、それを
手に取るやいなや鼻で笑って、
「2重露光」
との一言でつき返してきた。
友人のおじいちゃんが愛犬と写っているその後ろに、ぼやっと人影らしきも
のが浮かび上がっているのであるが、師匠はそれをあっさりと撮影ミスであ
ると言い切ったのだ。
俺は納得いかない思いで、「それならいつか見せてもらった写真にだって似
たようなのあったでしょう」と言った。
その筋の業者から買ったという心霊写真を山ほど師匠は持っているのだ。
ところが首を振って「今ここにはない」と言う。
俺は狭いアパートの部屋を見回した。
そのとき、ふとこれまでに見せてもらった薄気味の悪いオカルトアイテムが
どこにもないことに気がついたのだ。いくつかは押入れに入っているのかも
しれない。しかし、一度見たものが、また部屋に転がっているということが
なかったのを思い出す。
「どこに隠してるんです」
師匠は気味悪く笑って、「知りたい?」と首をかしげた。
素直に「はい」と言うと、「じゃあ夜になるまで待とうな」と言って師匠は
いきなり布団を敷いて寝始めた。俺はあっけにとられて、一度家に帰ろうと
したがなんだかめんどくさくなり、そのまま床に転がってやがて眠りについた。
気がつくと暗い部屋の中に、ぼうっと淡い光を放つ奇妙な形の仏像がひしめ
いていて、師匠が包まっている布団が部屋の真ん中に浮かんでいる。という、
なんとも荒唐無稽な夢を見てうなされ、俺は目を覚ました。暑さと寝苦しさ
のためか、うっすら汗をかいている。
当然部屋には仏像や、師匠のオカルトコレクションの類は出現しておらず、
部屋のヌシも床の上の布団で寝ているのだった。
「もう夜ですよ」と揺り起こすと、窓の外をぼうっと見て「おお、いいカン
ジの時間」とぶつぶつ呟き、師匠は布団から這い出てきた。
「ボキボキ」と口で言いながら背伸びをしたあと、師匠は着替えもせずに俺
をアパートの外へ連れ立った。
深夜である。
特に荷物らしきものも持っていない。
ボロ軽四に火が入る。
助手席で「どこ行くんスか」と問うと、アクセルを踏みながら「隠れ家」と
言う。
「え」
それが存在することは想像はついていたことだが、ついに招待してくれるほ
どの信頼を得られたらしい。
そもそも盗むほどのものがないと言って、家賃9000円のボロアパートに
鍵も掛けずに出かけたりする人なのに、関西の業者から買ったなどと言って
は、おどろおどろしい逸話のある古道具などを嬉しそうに自慢することが多々
あった。
なるほど、それらを隠している場所が別にあったわけである。
北へ北へと車は向かい、すれ違うライトもほとんどない山道を蛇行しながら、
俺はある感覚に襲われていた。
ふつふつと肌が粟立つような寒気である。
原因はわかっている。単純に怖いのだ。人間の恨みや悪意が凝った塊が、
この向かう先にある。心の準備も出来ていない。
506 :
本当にあった怖い名無し:2007/01/28(日) 12:38:56 ID:XbI4KKwIO
>>499-
>>503禿乙!
師匠シリーズ久々に見た
またの登場お待ちしております
Щ(゜Д°Щ
視線の端の境界面に、白いもやのような、揺れる人影のようなものが通り過
ぎては、瞬くように消えていくような錯覚があり、俺は目を閉じる。師匠も
なにも言わない。
ただタイヤがアスファルトを擦る音と、そのたびに体を左右に引っ張られる
感覚だけが続いた。
やがて「ついた」という声とともに車が止まり、促されて外に降りる。
山間の一軒屋という趣の黒い影が目の前に立っている。少し斜面を降りたあ
たりに別の家の明かりがある。しかし少なくとも半径20メートル以内には
人の気配はない。取り残された家、という言葉がふいに浮かび、ますますそ
の不気味さが増した気がした。
「家賃は1万1000円」
と言いながら玄関の前に立ち、師匠はライオンの顔の形をしたノッカーをさも
当然のように叩く。鈍い金属音がした。中からは何のいらえもない。その音
の余韻が消えるまで待ってから「冗談だよ」と言って、師匠は鍵を回しその
洋風のドアを開けた。
平屋でかなり古びているとはいえ、まともな一軒屋である。家賃1万1000円
というのは、どんなツテで借りたのか非常に興味があったが、なんとなく
答えてくれそうにない気がして黙っていた。
家の近くに街灯の類もなく、ほとんど真っ暗闇だったのが、家の中に入ると
当然明かりが点くだろうと思っていた。ところが玄関から奥へ消えた師匠が
ゴソゴソとなにかを動かしている音だけがしていたかと思うと、淡いランプ
の光がゆらゆらと人魂のように現れた。
「電気きてないから」
ランプを持った師匠らしき人影が、ほこりっぽい廊下を案内する。
スリッパを履いて、軋む板張りの床を足音を殺しながら半ば手探りで追いか
ける俺は「ほんとに借りてるのかこの人。不法侵入じゃないのか」というあ
らぬ疑念にとらわれていた。
リヴィングだ、という声がしてランプが部屋の中央のテーブルらしきものの
上に置かれる。
暗い室内を探索する気力もない俺は、素直にランプのそばのソファに腰掛けた。
もとは質のいいものなのかもしれないが、今は空気が抜けたようにガサガサ
して、座り心地というものはない。
師匠も同じように向かいのソファに座り、ランプのかぼそげな明かりを挟ん
で向かい合った。
さっきまで寝苦しかったというのに、ここは空気は冷たい。
恐る恐る周囲を見回すと、四方の壁にミクロネシアだかポリネシアだかの
原住民を思わせる黒い仮面が掛かっている。
ほかにも幽霊画と思しき掛け軸や、何かが一面に書かれた扇などが法則性も
なく壁にちりばめられていた。
「ここが隠れ家ですか」
師匠は静かに頷く。
「どうしてわざわざ夜まで待ったんです」
ふーっと、深い溜息をついてから壁の一点を見つめて、師匠は口を開いた。
「この時間が、好きなんだ」
視線の先には、大きな柱時計が暗い影を落としていた。
ランプの淡い光に浮かび上がるように、文字盤がかろうじて読める。
長針は2時半のあたりをさしていた。
ガラス張りになっている下半分に、振り子が見える。
しかしそれは動いておらず、この時計がもはや機能していないことを示して
いた。
腕時計を確認するが、ちょうどそのくらいの時間だ。振り子が止まっている
だけで、もしかして時計自体は壊れていはいないのだろうか、と思っていると
師匠が言葉を継いだ。
「その腕時計は進んでるか? 遅れているか?」
振られて、また自分の腕時計に目を落とすが、はたしてどうだっただろう。
たしか1、2分進んでた気がするが。
「どんな精密な時計でも、完璧に正確な時間をさしつづけることはできない。
100億分の1秒なんていう単位ではまるで誤差がないように見えたとし
ても、その100億分の1では? さらにその100億分の1では? さら
にその100億の100億乗分の1では?」
ランプの明かりがかすかな気流に揺れているような錯覚に、俺は師匠の顔を
見ながら目を擦る。
509 :
◆ZCca3dPx5o :2007/01/28(日) 12:45:19 ID:9k79U/EOO
師匠シリーズには勝てんはww
まず、俺の周りの人達の話なんだけど、母かたの家系は幽霊が見えるやつが8割3分2里を超えてる。
で、伯母(母の妹)が看護師で、市民病院に努めている。
んで、市民病院には婆ちゃんが入院してるからよく行くんだが、婆ちゃんの病室に行くとき、周りの看護師がジロジロ俺を見る、まあ同僚の甥だから見られてもおかしくは無いかな、て気にしてなかったんだけど、見舞いから帰る途中、伯母さんに会った。
少しお喋りしてたんだけど、伯母がいきなりボソッと言った。
『Nちゃん(俺)、家入る前に塩撒きなよ』
て、
あっ、そういやさっきの看護師さん達も俺の背後見てたな〜
え? て普通の人なら思うだろうが、俺には【チャンスTIME】だった。
まあ、オカ板来る俺だ、まさしくwktkなんだが。
この後の死ぬほど洒落に、は姉談
「時計は、作られた瞬間から、正確な時間というたった一つの特異点から遠
ざかって行くんだ。それは無粋な電波時計のように外部からの修正装置でも
存在しない限り、どんな時計にも等しく与えられた運命といえる」
ところが、と師匠はわずかに身を起こした。
「この壊れた柱時計は、壊れているというまさにそのことのために、普通の
時計にはたどり着けない真実の瞬間に手が届くんだ」
俺は思わず、時計の文字盤を見上げた。
長針と短針が、90度よりわずかに広い角度で凍りついたまま動かない。
「一日のうち、たった一度、完璧に正しい時間をさす。その瞬間は形而上学
的な刹那の間だとしても、たった一度、必ずさすんだ」
陶然とした表情で、師匠は時計を見ている。それが夜まで待ってこの時間に
わざわざ来た理由か。
俺は意地悪く、言葉の揚げ足をとりに行った。
「2度ですよ。一日のうち、夜の2時半と、昼間の14時半の2度です」
ところが師匠は、その無遠慮な批判にはなんの価値もないというように首を
振って、一言一言確かめるように言った。
「1度だけだよ。この時計がさしているのは、今の、この時間なんだ」
一瞬頭を捻ったが、その言葉になんの合理的解釈もなかった。ただ師匠はな
んの疑いもない声で、そう断言するのだった。
パキン
という音が響いた。
家鳴りだ。
俺は身を硬くする。
天井のあたりを恐々見上げるが、平屋独特の暗く広い空間と梁があるだけだ。
ミシ・・・・・・ミシ・・・・・・
という木材が軋む音が聞こえてくる。
実家にいたころはよく鳴っていたが、今のアパートに越してからは素材が違う
せいかほとんど聞くことはなかった音だ。
まるで、柱時計が本来の時間と交差するのを待っていたかのように、家鳴りは
続いた。
バキン、という大きな音に思わず身を竦ませる。
たしか湿気を含んだ素材などが、空気が乾燥し気温の下がる夜中に縮み始め、
それが床や壁、柱などの構造物どうしのわずかなズレを生んで、不気味な音
を立てる現象のはずだ。
ただの家ではない。
この、どんなおどろおどろしい物があるのか分からない薄気味の悪い家で、
頼りないランプの黄色い光に照らされている身では、この音をただの家鳴り
だと気楽に構える気にはなれない。
向かいに座る師匠を見ると、目を閉じてまるで音楽を聴くように口の端をど
こか楽しげに歪ませている。
俺もソファに根が生えたように動かず、ただひたすらこの古い家に断続的に
響く音を聞いていた。
どれほど時間が立ったのか、ふいに師匠がちょっと待っててと言い置いて、
たった一つの明かりとともに廊下の方へ消えていった。
リビングに闇の帳がスーッと下りてきて、バシン・・・・・・パキン・・・・・・という
家鳴りがやけに立体的になって空間中に響き渡る。
心細くなってきたころ、ようやく師匠が小脇になにかを抱えるようにして
戻ってきた。
テーブルの真ん中にそれを置き、ランプを翳した。
絵だった。
それも、見た瞬間、理由も分からないまま鳥肌が立つような、本能に直接届く、
気味の悪い絵だった。
なぜこんな絵が怖いのか分からない。
キャンパス一面の黒地にただ一点、真ん中から少しずれたあたりに黄色い染
みのような色がぽつんと置いてある。そんな絵だった。
「この家の元の所有者はね、洋画家だったんだ」
それも、晩年に気の触れた画家だった。
師匠は呟くように言う。
「自分の描いた絵を見て、『誰か、中に、いた』と言って怯える、そんな人
だったらしい。この絵も、自分で描いておきながら『これはなんの絵だろう』
と言ったかと思うと、そのまま何週間も何ヶ月も考え込んでいたそうだ」
バキッ、と壁が泣いた。
512 :
本当にあった怖い名無し:2007/01/28(日) 12:47:05 ID:FsMeA4Tr0
師匠シリーズってスレあったろ?
ここじゃなくてそこに投下したら?
心なしか、家鳴りが大きくなった気がする。
「食事もほとんどとらずに、げっそりと痩せこけながらこの絵を睨み続けて
いたある日、ふいに頭をあげた彼は、きょとんとした顔で家族にこう言った
そうだ。『わかった。これは』」
バシン・・・・・・ミシ・・・・・・ミシ・・・・・・
まるで師匠の言葉を邪魔するように、軋む音が続く。
「その4日後に、彼は家族の前から姿を消した。『地下室にいる』という
書置きを残して。家族は家中を探した。けれど彼は見つからなかった。
それから、普通失踪の7年間が過ぎるのを待って失踪宣告を受け、彼
は死んだものと見なされてこの土地と家屋は残された家族によって売り払
われた。それを買った物好きは、この家に伝わる逸話が気にいったらしい。
『地下室にいる』というこの言葉に金を出したようなものだ、と言っていた
よ。僕はその物好きと知り合って、この家を借りた。まあ、なかば共同の
物置のように使っている」
だけどね、と師匠は続けた。その一瞬の間に、誰かが天井を叩くような音
が挟まる。
「だけどね、この絵ももちろんそうだけど、たとえばこの部屋を取り囲む
モノたちはすべてその洋画家の収集物なんだ。彼は画家であり、また狂った
オカルティストでもあった。彼のコレクションはついに家族には理解されず、
家に付随する形で二束三文で売られてしまった。その柱時計もその一つ
だ。なにか戦争にまつわる奇怪な逸話があるそうだが、詳しくは分からない」
師匠の声を追いかけるように家鳴りは次第に大きくなっていくようだ。
「僕自身の収集品は、鍵の掛かる地下室に置いてある。彼が『地下室にいる』
と書き残したその地下室に。僕もその言葉が好きだ。なんだか撫でられる
ような気持ちの悪さがないか? 『地下室にいる』という、ここに省略さ
れた主語が『わたしは』でなかったとしたらどうだろう」
バキン・・・・・・と、床のあたりから音が聞こえた。いや、おそらく俺がそちら
に意識を集中したからそう思われただけなのかも知れない。
「僕は、まだいるような気がするんだ」
師匠は目を泳がせて、笑った。
「彼か、あるいは、彼ではない別のなにかが。この家の地下室に。すくなく
ともこの家の中に・・・・・・」
その声は乾いた闇に吸い込まれるようにフェードアウトしていき、どこから
ともなく響いてくる金属的な軋みが絡み付いて、俺の背中を虫が這うような
悪寒が走るのだった。
再びその暗い絵に視線が奪われる。
そして言わずにはいられないのだった。
あなたにはわかったんですかと。
ボキン、ボキンと骨をへし折るような空恐ろしい音がどこからともなく聞こえ
る中、師匠はすうっと表情を能面のように落ち着ける。
「わからない」
たっぷり時間をかけてそれだけを言った。
夜明けを待たずに、俺たちはその家を出た。
結局、師匠の秘蔵品は拝まなかった。とてもその勇気はなかった。いいです、と
言って両手を振る俺に師匠は笑っていた。
のちに師匠の行方がわからなくなってから、俺はあの家の家主を見つけ出した。
1万1000円で家を貸していた人だ。
店子がいなくなったことに興味はない様子だった。なくなった物も、置いてい
った物もないし、別に・・・・・・とその人は言った。
それを聞いて俺は単純に、師匠は自分の収集品を処分してから消えたのだと考
えていた。
ところがその人は言うのである。
「ぼくがあの家を買い取った理由? それは何と言っても『地下室にいる』って
いう興味深い書置きだね。だってあの家には地下室なんてないんだから」
結論から言うと、僕はその家をもう一度訪ねることはしなかった。
何年かして、ある機会に立ち寄ると更地になっていたので、もう永久に無理な
のであるが。
この不可解な話にはいくつかの合理的解釈がある。地下室があるのに、ないと
言った嘘。地下室がないのに、あると言った嘘。そして『地下室にいる』と書い
た嘘。
どれがまっとうな答えなのかはわからない。ただ、深夜に一人でいるとき、部屋
のどこからともなく木の軋むような音が聞こえてくるたび、古めかしい美術品に
囲まれた部屋の、ランプの仄明かりの中で師匠と語らった不思議な時間を思い出す。
516 :
◆ZCca3dPx5o :2007/01/28(日) 12:51:39 ID:9k79U/EOO
家に帰り、その日は姉弟そろってバイト休み、姉は隣で絵を描いて俺はPSPで遊んでた。
待ちにまったラスボスにWkTkwktkだった俺は大興奮しながらプレイしてた。
その時、
グワァッ!
て襟を掴まれて後ろに引っ張られた。
『ちょwラスボスだバか』
て姉に言ったら
『………』
隣を見たら姉が居ない。
『キタコレ!』ktkr連呼しながら家族に報告しようと立ち上がった瞬間気付いた。
あれ?PSPは?ラスボスですよ?
てPSP見たら。
げ ぇ む お ぉ ば ぁ
プチッ
戻ってきた姉は、俺が外に向かって怒鳴り散らしてる基地外ぶりが死ぬほど怖かったらしい。
まあ俺は窓際に立ってた女を怒鳴ってたんだが。
大学1回生の春。
休日に僕は自転車で街に出ていた。まだその新しい街に慣れていないころで、
古着屋など気の利いた店を知らない僕は、とりあえず中心街の大きな百貨店
に入りメンズ服などを物色しながらうろうろしていた。
そのテナントの一つに小さなペットショップがあり何気なく立ち寄ってみると、
見覚えのある人がハムスターのコーナーにいた。腰を屈めて、落ち着きのな
い小さな動物の動きを熱心に目で追いかけている。
一瞬誰だったか思い出せなかったが、すぐについこのあいだオフ会で会った
人だと分かる。地元のオカルト系ネット掲示板に出入りし始めたころだった。
彼女もこちらの視線に気づいたようで、顔を上げた。
「あ、こないだの」
「あ、どうも」
とりあえずそんな挨拶を交わしたが、彼女が人差し指を眉間にあてて「あー、
なんだっけ。ハンドルネーム」と言うので、僕は本名を名乗った。彼女のハ
ンドルネームは確か京介と言ったはずだ。少し年上で背の高い女性だった。
買い物かと聞くので、見てるだけですと答えると「ちょっとつきあわないか」
と言われた。
ドキドキした。男から見てもカッコよくて、一緒に歩いているだけでなんだ
か自慢げな気持ちになるような人だったから。
「はい」と答えたものの「ちょっと待て」と手で制され、僕は彼女が納得い
くまでハムスターを観察するのを待つはめになった。変な人だ、と思った。
京介さんは「喉が渇いたな」と言い、百貨店内の喫茶店に僕を連れて行った。
向かい合って席に座り、先日のオフ会で僕がこうむった恐怖体験のことを暫し
語り合った。気さくな雰囲気の人ではないが、聞き上手というのか、そのさば
さばした相槌にこちらの言いたいことがスムーズに流れ出るような感じだった。
けれど、僕は彼女の表情にふとした瞬間に浮かぶ陰のようなものを感じて、そ
れが会話の微妙な違和感になっていった。
話が途切れ、二人とも自分の飲み物に手を伸ばす。
急に周囲の雑音が大きくなった気がした。
もともと人見知りするほうで、こういう緊張感に耐えられないたちの僕は、な
んとか話題を探そうと頭を回転させた。
そして特に深い考えもなく、こんなことを口走った。
「僕、霊感が強いほうなんですけど、このビルに入った時からなんか首筋が
チリチリして変な感じなんですよね」
デマカセだった。オカルトが好きな人なら、こういう話に乗ってくるんじゃ
ないかという、ただそれだけの意図だった。
ところが京介さんの目が細くなり、急に引き締まったような顔をした。
「そうか」
なにか不味いことを言っただろうか、と不安になった。
「このあたりは」とコーヒーを置いて口を開く。
「このあたりは戦時中に激しい空襲があったんだ。B29の編隊が空を覆って、
焼夷弾から逃れてこの店の地下に逃げ込んだ人たちが大勢いたんだけど、煙
と炎に巻かれて、逃げ場もなくなってみんな死んでいった」
淡々と語るその口調には非難めいたものも、好奇も、怒りもなかった。ただ語
ることに真摯だった。
僕はそのとき、この女性が地元の生まれなんだとわかった。
「まだ夜も明けない時間だったそうだ」
そう言って、再びカップに手を伸ばす。
後悔した。無責任なことを言うんじゃなかった。
情けなくて気が滅入った。
京介さんは暫し天井のあたりに視線を漂わせていたが、僕の様子を見て「オイ」
と身を乗り出した。
そして、「元気出せ少年」と笑い、「いいもの見せてやるから」とジーンズの
ポケットを探り始めた。
なんだろうと思う僕の目の前で京介さんは黒い財布を取り出し、中から硬貨を
1枚出してテーブルの上に置いた。
10円玉だった。
なんの変哲もないように見える。
頷くので手にとってみると、表には何もないが10と書いてある裏面を返すと
そこには見慣れない模様があった。
昭和5×年と刻印されているその下に、なにか鋭利なものでつけられたと思し
き傷がある。小さくて見え辛いが「K&C」と読める。
これは? と問うと、私が彫ったと言う。
犯罪じゃないかと思ったが、突っ込まなかった。
「高1だったかな。15歳だったから、何年前だ・・・・・・6年くらいか。学校で
友だちとこっくりさんをしたんだよ。自分たちは霊魂さまって呼んでたけど。
それで使い終わった10円をさ、持ってちゃダメだっていう話聞いたことあ
ると思うけど、私たちの間でもすぐに使わなきゃいけない、なんていう話に
なって確かパン屋でジュースかなにかを買ったんだよ」
僕も経験がある。僕の場合は、こっくりさんで使った紙も近くの稲荷で燃やし
たりした。
「使う前にちょっとしたイタズラを考えた。そのころ流行ってた噂に、そうし
て使った10円がなんども自分の手元に還って来るっていう怪談があった。
でもどうして、その10円が自分が使ったやつだってわかるんだろうと常々
疑問だった。だから還ってきたらわかるように、サインをしたんだ」
それがここにあるということは・・・・・・
「そう。そんなことがあったなんて完璧に忘れてたのに、還って来たんだよ
今ごろ」
4日前にコンビニでもらったお釣りの中に、変な傷がついてる10円玉がある
と思ったらまさしくその霊魂さまで使用した10円玉だったのだと言う。
微妙だ。
と思った。
10円玉が世間に何枚流通しているのか知らないが、所詮同じ市内の出来事だ。
僕らは毎日のようにお金のやりとりをしてる。6年も経てば一度くらい同じ
硬貨が手元に来ることもあるだろう。普段は10円玉なんてものを個体として
考えないから意識していないだけで、案外ままあることなのかも知れない。た
だ確かにその曰くがついた10円玉が、という所は奇妙ではある。
「どこで使われて、何人の人が使って、私のところまで戻って来たんだろうなあ」
感慨深げに京介さんは10円玉を照明にかざす。僕は、なぜか救われたような
気持ちになった。
喫茶店を出るとき、「奢ってやる」という京介さんに恐縮しつつもお言葉に甘
えようと構えていると、目を疑う光景を見た。
レジでその10円玉を使おうとしていたのだ。
「ちょっとちょっと」と止めようとする僕を制して「いいから」と京介さんは
会計を済ませてしまった。
ありがとうございましたとお辞儀した店員には、どっちが払うかで揉める客の
ように見えたかもしれない。
歩きながら僕は「どうしてですか」と問いかけた。だって、そんな奇跡的な出
来事の証しなのだから、当然自分自身にとって10円どころの価値ではない
宝物になるはずだ。
しかし京介さんは「また還って来たら、面白いじゃないか」とあっさりと言い
放った。
聞くと、その10円玉が手元に戻って来た時から決めていたのだと言う。ただ
10円玉を支払いに使う機会が今まで偶々なかっただけなのだと。
歩幅が、僕よりも広い。
少し早足で追いかける。
その歩き方に、迷いない生き方をして来た人だという、憧れとも尊敬ともつか
ない感情が沸き起こったのを覚えている。
追いついて横に並んだ僕に、京介さんは思いついたように言った。
「奢る必要があっただろうか」
そんなことを今さら言われても困る。
「私の方が年上だけど、私は女でそっちは男だ」
ちょっと眉に皺を寄せて考えている。
そして哲学を語るような真面目な口調で言うのである。
「あのコーヒーだけだと、10円玉は使わなかったはずだ。オレンジジュース
が加わってはじめて10円玉が出て行く金額になる」
これはノー・フェイトかも知れない。
そんな言葉を呟いて苦笑いを浮かべている。
その意味はわからなかったけれど、彼女の口から踊るその言葉をとても綺麗だ
と思った。
思えばK&Cと刻まれた10円玉が京介さんのもとへと還って来たのは、そのあ
とに起こったやっかいな出来事の兆しだったのかも知れない。