有名な怖い話をクールに反撃する話に改変しよう 12

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407本当にあった怖い名無し
「わたし、メリーさん。今、あなたのアパートの前にいるの」
 とうとう、ここまで来やがった。メリーさんの噂は友人から聞いたことがあった。そのときはただの噂だろうと、まるで信じなかった。それが、現にこうして僕の携帯電話に何度も電話がかかってきている。
 逃れる術はない。ついでに戦う勇気も、知恵も、お金さえも。僕は絶対絶命だった。
「わたし、メリーさん。今、あなたの後ろにいるの」
 背後に気配を感じる。もうおしまいだ。どうせ死ぬなら、その前に襲撃者の顔を拝んでおこうと、僕はさっと振り返った。容姿端麗な殺人者が、あどけない表情で僕を見つめていた。これが、メリーさん……。
「うふふ、怖がってる怖がってる。その表情がたまらないわぁ。あなたの恐怖心が、そっくりそのままわたしの栄養になるの。さあ、もっと怖がってちょうだい」
 そのときだった。僕の携帯電話が鳴り出したのだ。メリーさんは目の前にいるから、誰か別の人からだ。
「はあ……興醒めしちゃったじゃない。さっさと電話に出ちゃってよ」
 僕はメリーさんに言われるがまま、通話ボタンを押して携帯電話を耳に押し付けた。
 母さんからだった。僕は母さんに感謝した。死ぬ間際に話をする機会をくれたことが嬉しかったのだ。僕は胸が詰まる思いで、最後の挨拶に何を言おうかと考えた。だが、母さんの様子はどうもおかしかったんだ。
「洋太、落ち着いて聞いてね。さっき警察から電話があったの。実は、由佳が交通事故で……」
 ここまで感情的になっている母の声を聞いたことは今まで一度もなかった。不安定に揺れるその言葉をゆっくりと読み取っていく。鏡に映った僕の顔が、見る見るうちに青ざめていった。
 姉ちゃんが、死んだ。
 赤信号を無視したらしい。その結果、姉ちゃんは自転車を轢きそうになり、ハンドルを切ったのだが電柱に衝突。即死だったらしい。
(そんなに急いでどこへ行くつもりだったのだろう?)
 そんなわけのわからない感想が、まず頭に浮かんだ。
408本当にあった怖い名無し:2006/12/17(日) 17:20:24 ID:sl+NLj1b0
 日常に、非日常が流れ込んでくる瞬間に、僕は慣れていなかった。しばらくその場から動くことができず、受話器を持ったまま静止していた。メリーさんのことも忘れて。
 ふいに、ピンポーン、と間延びしたチャイムの音が部屋に鳴り響いた。金縛りから解放されたかのように、僕は顔を上げた。メリーさんがため息混じりに言った。
「いいわよ、出て」
 どうやらメリーさんはすっかりやる気をなくしてしまったようだ。誰が尋ねてきたのかは知らないが、さっさと追い返して、事を終わらせてしまおう。どうせ、新聞屋か何かだろう。それにしても、姉が死に、僕まで死んだら、母さん悲しがるだろうな……。
 そんな夢想を破るかのように、よく通る声が聞こえた。
「おーい、洋太。あたしあたしー」
 姉ちゃんだ。一瞬、普通にドアを開けようとしてしまった。数拍遅れて、この状況が何を意味しているのかに気づき、背筋が凍った。母さんの話と辻褄が合わない。心臓が破裂しそうなほどバクバクと鼓動している。
 体温が急激に下がっていくのを感じながら、僕は恐る恐る覗き穴を覗いてみた。
 そこに立っていたのは、紛れもなく僕の姉だった。背後で、興味を取り戻したメリーさんが立ち上がった。死んだはずの姉が尋ねてくるという不可思議な状況に、霊的なものが興味を惹かれるのは珍しいことではない。
「ねえー、早く開けてよー」
「ほ……本当に姉ちゃんなのか?」
 一瞬、間があった。
「はぁ? あんた寝ぼけてんの? まさか自分の姉の声も忘れちゃったって言うんじゃないでしょうね」
「いや、そういうんじゃなくて……」
 メリーさんが僕の背後で言った。「野暮ったいわね。事故のことを覚えているか確認して」
僕はうなずき、メリーさんの指示に従うことにした。
「えっと……ごめん、質問が悪かった。姉ちゃん、今日仕事じゃなかったっけ?」
「今日は外回りだから、ついでにあんたのアパートに寄ったの。コーヒーブレイクってことで。ねえ、いつまでこんなこと続けるつもり? 早く中に入れてってば」
「あんたのお姉さん、死んだことに気づいていないのかもね。もし気づいているのならば、かなりタチが悪いわ」とメリーさん。「さっさと追い返しちゃいなさい」
 そうするしかない……のか。
409本当にあった怖い名無し:2006/12/17(日) 17:21:17 ID:sl+NLj1b0
「姉ちゃん……言いづらいことなんだけど……帰ってくれないか……」
「ちょっ……どうしたのよ。あ、わかった。彼女連れ込んでるんでしょー。それならそうと言ってくれれば――」
「姉ちゃんはもう死んでるんだよ!!」
 ……耐え切れず、言ってしまった。
 重たい沈黙が流れた。ドアの前で、姉はどんな顔をしているのだろう。覗き穴を覗く気にもなれなかった。しばらくして、姉の慌てた声がドア越しに飛び込んできた。
「な、なによそれ。仮に死んでいるとしても、あんたなら出迎えてくれるんじゃないの?それが姉弟ってものでしょう!?」
 やっぱり……姉ちゃんは死んでるんだ。母さんの話が嘘だとは思わなかったけれど、それが間違いである可能性を、僕は頭のなかで探していた。死んだのは別人で、姉ちゃんには何の関係もなかったって……。そう、信じたかった。
「そうよ。確かにあたしはもう死んでる。気づいたらこうなってたの。幽体離脱っていうのかな。肉体のほうは車のなかで潰れた状態のまま焼かれていた。
 車は激しい炎に包まれていて、そこから黒い煙が立ち昇っていて、事故現場にたくさんの野次馬が集まりだして……それであたし怖くなって……洋太なら助けてくれると思ってここまで来たの。ねえ、お願い。ドアを開けて。洋太しか頼れる人はいないの」
 涙が出てきた。僕はいったいどうすればいいのだろう。開けるべきなのか、追い返すべきなのか、どちらが最善なのだろう。まともに頭が働かない……クソッ、どうしたら……。
「開けてあげなさい。そうすれば、あなたのお姉さんの魂は救われるかもしれないんだから」
 僕の心情を察したかのように、メリーさんは言った。僕は情けなくぽかんと口を開けていた。メリーさんからそんなアドバイスを受けるなんて、思ってもみなかったからだ。
「あーあ。すっかり興が削がれちゃったじゃない。どう責任とってくれるのよ。ま、いいわ。いつか必ず、あなたのもとに戻ってくるから。それまで、せいぜい生き延びることね」
 そう言うと、メリーさんはどこかへ行ってしまった。あっという間の出来事だった。
「ねえ、洋太……返事してよ……」
 僕は決心した。今度会ったとき、メリーさんにお礼を言うのを忘れないようにしなくちゃ。そして僕は言った。
「今、開けるよ」
410本当にあった怖い名無し:2006/12/17(日) 17:34:52 ID:sl+NLj1b0
-完-