さてここらで怖い話でもするか。
最近オカルト同好会で話題になっているブログがあった。
その名も「宗ちゃんの幽霊屋敷」
神奈川県某所に住まう宗何某という人物が夜な夜な我が
家に取り付いた霊とコンタクトを取る様が実録形式で
公開されているという。
なぜか一枚の写真もアップされず、ほぼ文章のみの
コンテンツでありながら連日更新されてはその都度
反響を呼び、アクセス数はうなぎ登り、掲示板への
書き込みも半端ではなかった。
つづく
当然そんなエロ画像の一枚もアップされていないような
代物に山形コウジロウが興味を示すはずもなかったが、
生徒である会員があまりにもしつこく薦めるのに負けて
一度だけ覗いてみたことがあった。
適当にクリックした過去ページがちょうどその「交霊術」
の解説で、幽霊(カマジュンと呼ばれているらしい)は姿を
見せない代わりにラップ音で意思表示をし、宗何某の
質問にも答えてくれるという。
ただしモールス信号のような複雑なものではなく、
いわゆる決定疑問文(yesかno)でしか答えられず、
yesなら「コン」と一回、noなら「コンコン」と二回
乾いた音を放つという。
つづく
(ご都合主義もいいところだ)と早くも呆れながら
「ねー先生も一度見てみてよう〜。
感想聞かせてね〜♪」
と一番かわいい女子会員に腕をつかまれて甘えられた
時のその笑顔と未発達な胸の感触を回想して鼻の下を
伸ばしながら(ただしこの程度では一物のほうはピクリ
ともしない。コウジロウは基本インポである)何とか
我慢してもう一ページだけ読み進めた。
最初はその幽霊が何者でいつどのように死んだのか、
現世に未練があるのか、成仏はしたくないのかという
おざなりな応対だったが、だんだんおかしな方向へと
変わっていった。
つづく
「俺のこと好き?」
「(・・・コン)」
おいおいこれ何てエロゲ(ry
どうも「信者」と呼ばれる固定ゲストたちが掲示板で
面白おかしく煽った結果らしい。
(要するに萌え系ネタブログか)コウジロウはそこで
ブラウザを閉じた。
「美人の幽霊とヤれる話とかならともかく。
もう生きてる女は飽きた。
あ〜あヤりてー」
つづく
翌日の放課後、同好会の時間が始まるまで、生徒には
何と報告しようかという軽い不安がコウジロウに
のしかかるが、意外にも生徒のほうからそれを払拭して
くれた。
あのブログの新展開の話題で持ちきりだったのだ。
「先生!オフ会に行きませんか!」
女生徒が唐突に問い掛ける。
「オフ会?何それ?」
「オフラインミーティングですよ、知らないんですか?
いやだなあ〜」
つづく
「それは知ってるよ、だから何のオフ会なの?」
かなり興奮気味の模様だったが、根気良く聞いている
うちに事情が飲み込めてきた。
宗何某が件の自宅を開放してオフ会を開催する予定で、
ただし参加者は希望者の中から抽選で選ばれ、当日
ギリギリまで場所は明かされないという。
今やすっかり「信者」である女子会員たちは一も二も
なく応募したが、そのうち一人があっさり当選したの
だという。
しかし問題はこれからだ。
いうまでもなく彼女は未成年である。
つづく
年齢層もまちまちで見ず知らずの集団に一人で乗り込む
のは危険極まりない。
掲示板の雰囲気では「信者」は男女半々くらいらしいが
実際は知ったことじゃない。
「現実には男と女がいるが、ネットには男とネカマが
いる」
というのがコウジロウの情報倫理学の授業での口癖でも
あった。
当然親にも反対されるだろうし、やはり参加は
ためらわれるという。
そこでコウジロウに代理を頼んだのだった。
つづく
「ねー先生お願いしますう〜。
こんなこと頼めるの先生しかいないんですう〜」
キャピキャピのアニメ声で篭絡にかかる女生徒。
しかしコウジロウには興味も何も無い、大方キモオタ
集団であろうオフ会など想像もしたくなかった。
助けを求めるように視線を事実上唯一の男子会員である
霧原トヲルへと走らせるが、これも未成年には
違いないし、かなりの美少年である。
「霧原くんは絶対ダメ!
ウホッされてアッー!だよ!!」
つづく
先回りするかのように早くも腐女子の片鱗を見せる
女性徒。
結局代理としてオフ会に参加する羽目になるコウジロウ。
女生徒の話では最近幽霊が二人に増え、宗何某が
言うには波長が合うようになってきて、少しずつ容姿も
視認できるようになった。
いずれも若い女性の霊でなかなかの美人らしい。
実際のところは「信者」連中の憶測らしいのだがそれに
一縷の望みを託し、また数年後には「食べ頃」になって
いるであろう女生徒に恩を売っておこうという魂胆も
あった。
「万が一本当だとしたら」
と気分の切り替えも早く妄想モードに突入する
コウジロウ。
「二人まとめて頂くか!
幽霊相手ならゴムいらねーし、
万一赤ちゃんできてもそれも幽霊!
これがホントの水子霊ウヒャヒャ。
キモオタどもは先に皆殺し!
死者も生者も文字通り極楽往生、
昇天させてやる!」
邪悪な笑みを満面に浮かべ、気味悪がって遠巻きに
なった群集には目もくれず、電車に乗って目的地へと
向かう山形コウジロウであった。
つづく
K駅の改札を潜り西口から出る。
東口は昔ながらの繁華街だったが、こちら側はかつての
日本有数の家電メーカーの本工場が閉鎖・解体されて後、
その跡地が荒涼茫漠と広がっているという、そのまま
西部劇のロケでもできそうな、まさに荒野のような
殺風景ぶりであった。
すこし歩けば商店街などもあるにはあるが、東側とは
比べようも無い寂れようである。
当選者当てのメールに指定された集合場所はそこから
少し北へ、T川沿いに歩いて行ったところであった。
つづく
青テントの立ち並ぶ川岸を横目に歩きながら、何やら
徐々に異世界に足を踏み入れつつあるような錯覚を
覚えるコウジロウ。
線路一本隔てた向こう側はデパートや銀行が軒を連ねた
繁華街だというのに。
初めて訪れる土地だけにあらかじめ地図は用意して
あったが、ありえない位置(川の中)に家が建って
いたり、何も無いはずの公有地に住宅街(というか
バラック)が出現したりと、もはや山の手育ちの
山形コウジロウの理解の範疇を超えていた。
つづく
引き返すなら今のうち、と一瞬踵を返そうとするが、
「なあに一度は死んだ身。
幽霊になって美人霊とハーレム暮らしもまた一興」
と無意味に勇ましく歩を進める。
この男の神経もまた我々の理解を超えている。
ひび割れ、所々水溜りの残るアスファルトの道や、
時には全く舗装されていない泥道を通り、
迷路さながらに複雑に入り組んだバラックの並びを
抜けながら、時折さまざまな角度から人の視線を
感じたが、奇妙なことにこの地区に足を踏み入れてから
ただの一度も人の姿を見ていない。
つづく
「まさか幽霊屋敷どころか町そのものが幽霊町?
これがホントのゴーストタウン♪」
オヤジギャグに自ら声を出して笑う四十男コウジロウで
あった。
やがて集合場所である教会のような建物へとたどり着く。
すでに午後5時、日はかなり傾いていたが時間通りだ。
だがほかの参加者の姿は見えない。
生徒からプリントアウトして渡された招待状を見直すが、
場所も時間も正しいはずだ。
つづく
「あの、もし、『宗ちゃんの幽霊屋敷』ですか?」
不意に声をかけられ顔を上げると、そこには小柄な
青年の姿があった。
言葉に少し訛りがあり、顔立ちも日本人とは若干
違うようだったが、これから幽霊を犯そうという
コウジロウにとって驚くほどのものではない。
そうだと返答する。
「お待ちしておりました。
ハンドルネームと参加者IDをどうぞ」
慌てて招待状を見直すが、あの女生徒のハンドルが
これまた読みにくいギャル文字であった。
つづく
「≠ョゥ⊃」=「キョウコ」と解読するのに少し時間が
かかり、また下のほうに小さくプリントされている
番号を読み上げるのに手間取った。
不信がられたかと思ったが、青年は無表情のままうなずくと
「どうぞこちらへ」
とコウジロウをさらに町の奥へと案内した。
行けども行けども代わらぬバラック風景、さらに日は
暮れ行き視界は赤一色に染まり、段々時間感覚も
失われるようだった。
もう何キロも歩いているような気がしてきた。
つづく
青年は終始無言で先を歩いていたが、さすがに我慢
できなくなって背中から声をかける。
「あの・・・あなたが宗さんですか?」
「そう」
(それはひょっとしてギャグで言っているのか?)
青年は振り向きもせずさらに歩き続ける。
ここで置いていかれたら間違いなく迷子だ。
四十路にもなってそれはシャレにならない。
つづく
「ほかの参加者の皆さんはどうしたんですか?」
追いすがりつつ今更ながら当然の疑問をぶつけてみる。
「皆様には時間をずらして来ていただきました。
恥ずかしながらここの住人はよそ者を歓迎しませんので、
余計なトラブルを避けるために。
キョウコ様が最後です」
(俺はカイジか!)
さらに質問しようと思った矢先、いつしか道の左側には
長い塀が伸び、こんもりとした木立が茂っていることに
気が付いた。
つづく
「もうすぐですよ」
そう励まされ疲れ気味の足を歩ませるが、これまた
ゲームの3D迷路のように再び同じ風景が延々と続くの
だった。
(この塀の向こうには何が・・・?)
沈む夕日の最後の光を頼りに何とか中をのぞいて
見ようとするが、木立に遮られてほとんど何も見えない。
「ここです。お疲れ様でした」
視線を正面に戻すと、そこにはいつの間にか門があり、
青年が鍵を開けているところだった。
つづく
「お入りください」
静かだが鋭い視線を向けられ、急かされるように門を
くぐるコウジロウ。
そこでまた目を疑うような光景が。
木立だと思っていたものはほとんど森と言ってもいい
代物で、細い一本道が視界の限界まで続いていた。
一体どれほどの広さがあるのだろう。
地図を取り出して確認しようかと思った矢先、背後で
ガシャンと重い金属質の音がした。
「真っ暗になる前に行きましょう」
つづく
施錠を済ませた青年が再びコウジロウを先導し、その
有無を言わさぬ雰囲気に気圧され、もう膝が笑いそう
なのを我慢してコウジロウもとぼとぼと歩く。
夕べはアヤネと少し頑張りすぎたのか、腰まで痛い。
椎間板ヘルニアか何かになりそうだ。
まさに1分が1時間に感じられるというのが比喩でも
なんでもない状態であった。
完全に日は沈み梢越しにかすかに星が見える。
フクロウの声まで聞こえてくる。
とても百万人都市の市内とは思えない。
つづく
もうどれほど歩いたのか分からないほど歩きに歩き、
もはや体力の限界を越え、かろうじてコウジロウを
支える気力も尽きかけたその時、彼方に小さな白い光が
見えたようだった。
「あれが我が家です。
カマジュンと真チャンがお待ちかねですよ」
青年の声を合図とするかのようにそれは少しずつ
家の形になってきた。
そこでみるみる回復するコウジロウの気力。
青年の背中を突き飛ばし、信じられない程の
韋駄天ぶりで走り出し、砂漠でオアシスを見つけたかの
ようにまっしぐらに白い家を目指す。
つづく
「待ってろ幽霊!
足腰フラフラにしてくれた御礼だ!
そっちも足腰立たなくなるまでヤってやる!
あ、幽霊に足は無いかw」
鬼神コウジロウが完全に覚醒したようだ。
あっという間にその家にたどり着く。
小さな窓からはこうこう光が漏れ、ドアは閉まっていた
がお構いなし、
「間合いが遠いわ〜!」
とばかりに猛烈なショルダータックルをかます
コウジロウ。
つづく
幽霊「屋敷」と呼ぶにはお粗末過ぎる山小屋のような
平屋で、ドアも頑丈ではなかったのか、簡単に破られた。
そこにはまさにコウジロウが望んでいた通りの光景が
広がっていた。
全裸で床にマグロ状態で横たわる数十人のキモオタ達と、
彼らと代わる代わる相手をするこれまた二人の全裸の女。
噂の幽霊か、生身の女か、そんなことは今更どうでも
イイ!
「オレを差し置いて何しとるか〜!!!!!」
気合一閃、コウジロウの全身はみるみるバンプアップし、
服は裂け四方八方にキャストオフする。
つづく
これぞ陰行流艶術奥義、愛染明王呼吸法!
常人には30%が限度といわれる性欲の身体能力への
転化の、残り70%をも引き出せるのだ!!
シュワルツェネッガー顔負けの肉体へと変貌し、全裸で
仁王立ちとなるコウジロウの股間には、まさに鬼に金棒
とばかりにそそり立つ一物が!!!
「うをををを〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
二人の女をキモオタ達から無理やり引き剥がし、
あらゆる体位で同時または交互に犯すコウジロウ。
つづく
不意の新顔に驚いたのか、またコウジロウのあまりの
激しさに耐えられなかったのか、コウジロウの肌が裂け
血がにじむほど爪や歯を立てる女達であったが、
痛みをも性感に転化できるコウジロウには何の障害にも
ならなかった。
やがて二人ともすっかり従順になり、コウジロウの
言いなりとなり、ロータリーピストンのように交互に
体位を入れ替えては激しく交わる3人。
もう何度射精したか思い出せないほど無尽蔵に湧き出す
コウジロウの精液。
こんな気持ちいい3Pは久しぶり、いや初めてだ!
つづく
さすがのコウジロウもそろそろ限度を感じ、
もう後一回戦だけ、と少しだけ冷静さを取り戻した時、
女たちがぐったりしていることに気がついた。
(まずい、少しやり過ぎたか!)
一気にコウジロウの血の気が失せる。
肩を揺さぶったり頬を叩いてみたりしたが何の反応も
無い。
息をしている気配も無い。
(強姦致殺・・・)
手錠をかけられ連行される自分を想像するコウジロウ。
母シネコと妹アヤネが泣いている・・・
つづく
「蛇牙!狸虎!」
いつの間にか先ほどの青年が戸口に立っていた。
振り返ると同時にコウジロウは恐るべき事実に初めて
気が付いた。
見るも無残に破壊され、血の海に浸された肉塊の只中に
いたのだった。
すぐ足元にはかろうじて人の頭部と認識できる物体が
転がっていた。
野獣に食いちぎられたかのような痛々しい傷がある。
あのキモオタ達の一人であろうか?
つづく
(馬鹿な・・・)
いまだに状況を把握できないコウジロウ。
「違う、オレは殺ってない!
犯ったことは犯ったけど殺ってはいない!」
的外れな弁解をするうちに筋骨隆々だったコウジロウの
肉体は見る見るしぼんでいき、元の貧相な四十男の
それになっていた。
愛染明王呼吸法のタイムリミットが来たのである。
同時にとてつもない疲労感に見舞われるコウジロウ。
まるで10年分の精力を使い果たしたかのようである。
つづく
床に手を尽き、肩で息をしながら目を閉じ、呼吸を
整えつつ再び目を開けると、そこには見たことも無い
醜悪な怪物が二体横たわっていた。
体は人間の女のそれであるが、顔は片や蛇のように鱗に
覆われ、ギョロっとした目、長い牙と舌を剥き出し、
片や虎のように剛毛に覆われ、上下に並んだ鋭い牙を
覗かせていた。
「よくも私のかわいい妹を・・・」
コウジロウににじり寄り、怒りをあらわにする青年の
顔ももはや人間のそれではなかった。
狐か狼か、イヌ科の猛獣のそれのようであった。
つづく
「ま、待て、話せば分かる!」
「キエーッ!」
甲高い怪鳥音と共にコウジロウに飛び掛る青年。
そのまま飛び蹴りが顔面にヒットしていた。
たまらず床を転げまわるコウジロウ。
しかし打点が高すぎたのか本来の威力を発揮
できなかったようだ。
でなければ即死だったろう。
幸い青年も妹と称する怪物の死体に気を取られ、まだ
次の攻撃には移ってこない。
つづく
うつぶせに大の字になったコウジロウに目もくれず、
コウジロウ同様無駄な介抱を試みた。
それらが全て徒労だと分かったのと、コウジロウが
何とかヨロヨロ立ち上がるのとが同時だった。
再び戦闘モードに入る二人。
しかしコウジロウはもはや立っているのがやっと、
青年は怒りに燃え、今度こそ必殺キックを繰り出す構え。
そもそもコウジロウの格闘技経験といえばブラジリアン
柔術をかじった程度で、お家芸の陰行流艶術もシネコや
アヤネのように「お留め」の技術は伝授されていない。
つづく
素手ではまさに「犯れるが殺れない」のがコウジロウと
いう男であった。
劣勢は誰が目にも明らかである。
徐々に間合いを詰める青年に対し、後ずさりしては壁際
まで追い詰められるコウジロウ。
もはやここまでか――
その時背中に何かの感触を感じ、とっさに振り向くと
そこには何らかのスイッチがあった。
電灯であろうか?
「キェーッ!!!」
そう思うが早いか青年の怪鳥音と、床を踏みしめ
飛び上がる音が聞こえた。
つづく
(どうとでもなれ!)
コウジロウは迷わずスイッチを押した。
すると青年のキックがコウジロウの無防備な背中に
ヒットする直前に、それとは別の横殴りの一撃を受け、
コウジロウは前のめりに倒れこんだ。
あの壁はどんでん返しの構造になっており、
コウジロウは壁の向こう側に放り込まれたのだった。
そしてそのままウォータースライダーのように螺旋状に
転げ落ちるコウジロウの体。
つづく
「ウォーッ!!!!!」
憎い仇を取り逃がした怪物の咆哮が上から聞こえ、
徐々に遠ざかっていく・・・
一体どれほど落ちたのであろうか。
落下が止まり、最下層らしい真っ暗な空間に横たわり、
助かったのかそれともこのまま死ぬのか、もうどうでも
良くなってきたコウジロウの意識が途絶える直前、
ドンという振動が上から響き、パラパラとホコリが
顔面に落ちてきた。
「アヤネ・・・母さん・・・」
つづく
「いました、生存者です!」
「・・・オレは殺ってない・・・犯ったけど殺ってない・・・」
「おい、しっかりしろ!」
コウジロウは奇跡的に救助されたのだった。
担架に乗せられ、酸素マスクをあてがわれ搬送される
コウジロウが、霞んだ視界からかろうじて目にした
ものは辺り一面の焼け野原、特殊部隊のような
完全武装の男たち、所属を明らかにする目印が何も無い
黒塗りの大型ヘリコプターであった。
つづく
「オレは・・・殺ってない・・・オレは・・・」
うわ言を言うコウジロウの右腕に注射針が刺さると、
再び意識を失った。
次にコウジロウが意識を取り戻したのは病院のベッド
だった。
担当医師の説明では工場跡に残っていた化学薬品の
引火による爆発事故で、偶々付近を歩いていた
コウジロウはそれに巻き込まれたという。
幸い外傷は軽微であったが、頭を打ったらしく
意識障害を起こしていたのだと。
つづく
「3週間ほどで退院できますよ。あなたは運がいい。
ご不幸にして亡くなった方も大勢いますからね」
医師は笑顔でそう言いながらコウジロウの耳元に口を
寄せ、
「あそこで見たものは一切忘れるんだ」
と言い残し去っていった。
コウジロウの予後は良かった。
3週間の見込みが2週間で退院できそうだった。
アヤネもシネコも、学校の同僚や生徒たちも代わる
代わる見舞いにきてくれた。
つづく
特にコウジロウに代理を頼んだ女生徒は毎日のように
現れ、
「ごめんなさい、ごめんなさい」
と泣きじゃくるのだった。
「先生なら大丈夫だよ。
君がこんなことにならなくて本当に良かった」
と口では言いながらも、
(だったら下の世話でもさせちゃおうかなー)
などと良からぬ妄想にふけるのだった。
つづく
その間見舞い客からは外界の情報を提供してもらって
いたが、どれもあの医師の言ったことと大差は無かった。
化学工場跡で市の公有地での事故で「幸い」被害者は
少なかったとのことであるが、市当局は真摯に謝罪と
賠償に努めるとのこと。
あれから数年が経った今でも時折ネットで話題になる
「幽霊屋敷」ではあったが、「あれはネットの黒歴史」
「頼むから思い出させないでくれ」という
事件そのものを風化させようという動きと、足が生えて
歩き回る「動く幽霊屋敷」のような荒唐無稽な脚色で
実態とはかけ離れた都市伝説化させようという動きが
混在し、もはや真相を知ることは不可能であった。
つづく
もともと地図上には存在しなかったあの地区の一切は
市当局によって撤去され、地上からも完全に姿を消して
いた。
今では市営住宅になっているという。
そのあまりの敏速さに当初はいろいろ黒い噂が
ささやかれたが、やがて人々は新しい話題を
追いかけては徐々にそれを忘れていった。
唯一の生き証人であるコウジロウでさえ、いまだに
あれが現実のできごとであったという実感が湧かない。
かつての入院先に問い合わせても当時の担当医師は
実在しないと言われ、自分を救助した集団が警察なのか
自衛隊なのか、何の手がかりもなかった。
つづく
「あれは一体何だったのかなー」
偶然キャッシュに残っていたのを保存しておいた
ブログの一ページをぼんやり見つめながらつぶやく
コウジロウ。
「俺のこと好き?」
「(・・・コン)」
終
*この物語はフィクションであり、実在の人物、団体、
事件などにはいっさい関係ありません