死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?128

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592本当にあった怖い名無し
信じるか信じないかは別として知り合いに変わったやつがいる
小学校時代からの友人で、現役の住職をやってるやつがいる
私自身は霊感なんてこれっぽちも持ち合わせていないのだが
こいつのせいで 何回かありえない現象にあっている

とまぁ書こうと思ったのですが、セリフが多いからとか
私が好戦的だと不評なので、住職の親父さん大住職から
聞いた話書きます

大住職のお寺は、何十代と続いたわりと古いお寺です。
当然建物もかなり古く、いまだに釜戸なるものも存在します
この話しはその釜戸の横にある、封印された扉の話です

場所柄、あの悲惨な戦争の戦火にお寺は、巻き込まれませんでした
大住職のお父さんは、大変人が出来ておられて、戦火に巻き込まれた
人たちの避難先として、お寺を開放していたそうです。

人づてで、他府県からの方も避難して来てたみたいです。
多いときには数十家族もお寺に住んでいた時もあったようです

戦争も終わりに近い時期、大住職のお父さんが、寝ていると
軍靴の音が 聞こえてきたそうです。一つや二つではなく
数十人が行進しているようなそんな音だったそうです。
593塩玉 ◆wY7sSSSiR. :2006/05/07(日) 19:32:21 ID:B7d78OZ+0
割り込んですまん

ちょっとしたトラウマになった洒落にならなかった話し

ある日、食事中に親父とお袋が喧嘩をした
怒りまくる親父に対し、冷静に、かつ冷ややかに受け答えするお袋。
ブチ切れた親父は刃引きしてある日本刀を持ち出す、狼狽える俺、我関せずと
御飯を黙々食べ続ける姉、親父がお袋に日本刀を振りおろそうとした瞬間、お
袋は親父の懐に素早く潜り込み股間を突き上げる形で掌底、親父は「ウッ」と
両頬を膨らませ床にダウン、思わず自分の股間を掴む俺、それを見て吹き出す
姉、お袋は髪の毛をかきあげて床に落とした日本刀を拾い、居間に投げ捨てた
後に「てめえ!私に向ってぶっこんdxんjfsxvああsこいや!」と真っ赤な顔で
訳の解らない罵声を上げ、中腰状態で倒れた親父にボックンボックン蹴りを入
れる、涙目で震える俺、そこで姉がレフリーストップ、お袋を宥めながら一緒
に2階に上がって行ってしまった。

残された俺と「う〜ん、う〜ん」と苦しむ親父
2階からは「キャッキャッキャッ!」と、女陣の笑い声。
その内親父は立ち上がり、フラフラと家を出て行った、俺は何も声を掛けられ
なかった。
594本当にあった怖い名無し:2006/05/07(日) 19:33:03 ID:DcZtbYbr0
そしてドンドンドンと、激しく扉をたたく音がする、急いで
玄関にでたが、玄関ではない 釜戸の横の勝手口を叩いている

大住職のお父さんは なんでそんな所を思ったそうですが、
勝手口の扉を開けたそうです。するとそこには、一人の軍人さんが
立っており、大住職のお父さんを顔を見ると靴を揃え敬礼をし、

「私は南方******隊の******であります。私の家族が大変お世話に
なっていると聞き、お礼に参りました」

その当時、帰還兵というのは神様のようなもんで、お国のために
戦ってきたというもので大住職のお父さんは大変恐縮し、
すぐに家族の方をお呼びするので、お座りになってお待ちください
と家族の方をよびいったそうです。

家族の方と一緒に戻ると、その帰還兵の姿はなく、扉もしまって
いたそうです。
1ヶ月ほどあと戦死の官報がお寺の方にきたそうです

終戦までに5回か6回くらい 同じような事があり、きまって
釜戸の横の勝手口にやってきてたそうです
やがて終戦になり大住職のお父さんは
死んでも家族のことを思ってここに来る 
悲しいがそれは仏さんの為にならないと扉を封印したそうです

家族には、そういう方達がいたのをわすれないようにと
塩とお供え物をするよう 言い残したそうです

今でも住職の家では、毎年勝手口にお供え物をしている