よぉーし。
この流れに乗っかって、お兄さん、行き場のなかった実体験の長文を投下しちゃうぞ
383 :
六分の一:2006/01/20(金) 13:20:35 ID:dJu1yNXb0
昨年、僕が里帰りがてら、とあるスキー場に行ったときの話です。
そのスキー場は駅からバスで一時間程の場所にあります。僕の故郷のすぐそばです。
道中、片手は渓流に臨む温泉街に面しています。
逆手には、雪に白んだ山肌が、僕を乗せたバスの車窓に迫っていました。
「この雪が崩れたら…」何故か、期待混じりの不安が過ぎりました。
その時、隣の親子の会話が耳に入りました。
「…A子さんて、あの? 終に見つからなかった人? 交際相手に惨殺された?」
「そうよぉ。犯人も自白して、凶器のナイフも出たのに。もう二十年くらいかねぇ」
「あぁ。」僕は呟きました。地元の殺人事件で衝撃的で、記憶に残っています。
幼い時の記憶といえば、もう一つあります。
僕は、子供の頃スキー場に行くと、必ず親にねだってナイターに行きました。
母はスキーが下手です。父は上手ですが、僕の姉の方に付き添い、男の子の僕は、
基本的に野放しでした。雪山の田舎での男の子の育て方など、昔はその程度でした。
一人で滑っていた僕は、しかし、時々山に迷っていました。
砕氷船の様な気分で深雪を滑るのが好きで、僕はよくコースを外れました。
時々、迷ってしまい、コースを探して板を抱えて山を彷徨ったことが何度もあります。
ですが、その度に必ずロッジに戻ることが出来たのです。
いつも、漆黒の長い髪で全身が覆われた人が、山中で僕を待っていてくれました。
足元まで髪の毛で覆われ顔も見えないその人は、優しく僕の手を引いて、ゲレンデに
戻してくれました。髪の間からのびた細く純白の手に、いつも僕は見とれていました。
別れ際、その人は決まって何か呟きました。か細くしゃがれた女性の声で。
昨年スキーに行くときまでは、なんと言っていたか覚えていませんでした。
その人からは、その人と一緒のときは、いつも、すえた干草の匂いがしていました。
384 :
六分の二:2006/01/20(金) 13:21:24 ID:dJu1yNXb0
スキー場に着いたのは夕刻でした。
そこは、小さな沼のそばにある小山をスキー場にした場所で、規模は小さいですが、
交通の便は悪くなく、雪質も良くて地元では人気の穴場です。
ロッジについた僕は、早速ウェアに着替え、スキーを楽しむことにしました。
冬の陽は、すぐに沈みました。スキーを始めて小一時間でナイターの灯りが点りました。
一面の白銀に橙色を散らした幻想的な世界。僕は、幼少からその美しさに魅了されました。
良くあることですが、このスキー場でも、ナイター営業では一部のリフトが止まります。
頂上へのリフトも止まり、下の方のメインゲレンデでだけ、リフトが動くのです。
逆を突いて、ナイター開始の直前に頂上に上がれば、後からは殆ど人が上って来ません。
束の間、ゲレンデを独り占め。その日も、僕は終了直前に、頂上へのリフトに乗りました。
僕は、リフトからゲレンデを眺めました。スキー客が、大小の美しい弧を描いていました。
不意にゲレンデに目をやると、黒い塊がありました。人間大で、上から下まで真っ黒です。
何故かトクトクと心臓が収縮しました。雪風が痛く、頬を鋭く切り裂くようで、
僕の顔から一筋の血が滴り落ちているのではないかと錯覚しました。
周りのスキー客は、何事もない様子で、黒い塊のすぐ脇を滑り抜けていきます。
「若木に黒い保護シートでもかけたのか」その時までは、幼い日の記憶は忘れていました。
しかし、リフトが黒い塊に最も近づいた時です。僕の記憶が、おぼろに蘇りました。
何処からか異臭が漂ってきました。あの、家畜小屋のすえた干草の様な匂。
「……。だから、それまで…気をつけるんだよ」僕は、女性の言葉を少し思い出しました。
僕は、黒い塊を確認しようと振り返りましたが、雪風にが視界を遮り見えませんでした。
その後すぐに、リフトは山頂に到着しました。
大人になった今は、コースを外れるような冒険はしません。山頂からのコースは一つです。
当然、あの黒い木の側を通ります。体は寒いのに、何故か汗が首筋を伝いました。
385 :
六分の三:2006/01/20(金) 13:22:54 ID:dJu1yNXb0
僕は、はやる気持ちを抑えながら、ゲレンデを大きな弧を描いて滑り降りました。
暫く滑ると、前方に黒いものが見えてきました。辺りには、他のスキーヤーはいません。
最初は、遠くに豆粒程に小さく見えたその塊は、左右のターンを繰り返す度に、長靴位に、
黒い傘位に、そして卓上のモミの木位にと、次第に大きくはっきりと見えてきました。
いよいよそれが二、三十メートル程先に迫ってきたとき、僕の頭に激痛が走りました。
頭に畳針を打ち込まれた様な強烈な痛み。バランスを崩した僕は、激しく転倒しました。
板が外れ飛び散るのが分かります。数秒間斜面を転がった後、雪に塗れて止まりました。
少しの間、目が眩んでいました。視界が真っ暗で平衡感覚がありません。
不意に、周囲に漂う異臭に気が付きました。あの、家畜小屋のすえた干草の様な匂です。
再びトクトクと心臓が収縮しました。雪風が痛く、頬を鋭く切り裂くようで、
僕の顔から一筋の血が滴り落ちているのではないかと錯覚しました。
そんな奇妙な感覚の中で暫く動けずにいると、ようやく僕の視力が戻りました。
もう、目の前は暗くはありません。ただ、真っ黒でした。
その足元まで完全に隠すほど長く、艶のある髪が、僕の顔の上に垂れ下がっていました。
髪の間から懐かしい手がのびてきます。細く真白な腕は、僕に優しく手を差し伸べました。
息苦しいほどの異臭の中で、僕は彼女の手を握り返し、立ち上がりました。
「大人になったら連れていくから。だから、それまで死なない様に気をつけるんだよ」
その時、僕は幼い頃に聞いた女性の声をはっきりと思い出し、総毛立ちました。
昔、彼女は言いました。僕が大人になったら、僕を「連れていく」と。
背筋に冷たい汗が流れ落ちました。僕は、咄嗟に手を引っ込めようとしました。
しかし、女の白い手が僕の手首を握り締め、離しません。懸命に手を振り解こうとすると、
女は、手に力を込めました。骨がギリギリと締め上げられ、関節が悲鳴を上げます。
僕は叫ぼうとしましたが、痛みが勝りました。声になりません。
386 :
六分の四:2006/01/20(金) 13:23:40 ID:dJu1yNXb0
僕の腕は、ゆっくりと女の黒髪の幕の内側へと引き摺りこまれていきました。
その向うに何があるのか、僕には見えません。しかし、触覚から想像は出来ました。
指先から伝わる、ザラザラとした不快な手触り。ひだの様にめくれる部分があります。
「約束どおり…連れてく…」か細くしゃがれた女性の声が頭に響きました。
僕の手に湿った感触が伝わります。同時に、生臭い匂いが鼻をつきました。
僕は女から逃れようと、腕を上下左右に激しく打ち振りました。
すると、黒髪のカーテンがふわりと広がりました。そこに見たもの。それは、若い女の顔。
しかし、その顔には無数の切傷が走り、ズタズタに崩れ、血がこびり付いています。
僕の指は、その深い傷跡のひだをめくり上げ、流れでた血が幾筋も腕を伝ってきました。
鮮烈な血の匂に吐き気を覚えながら、「ひへぁ!!」僕は、声にならない悲鳴を上げました。
その時です。女が優しく微笑みました。僕の耳元へ顔を近づけ、低い声で囁きました。
「絶対連れていくよ」
突然、辺りにピンと甲高い金属音が響き、ゲレンデの照明が落ちました。完全に真っ暗闇。
急な暗闇に混乱した僕は、夢中でもがきましたが、僕の手は女の頬に当てられたまま。
抵抗も虚しく、闇の中、僕は黒い塊の前で長い間立たされていました。
そのうちに目が慣れました。月の光が、淡い雪明りとなって周囲をふわりと包んでいます。
僕は、薄明かりの中、真っ赤な血に染まった自分の手と女の顔とを見ていました。
恐いというよりも、もう、ただただ頭が真白でした。そのまま、少し時が流れました。
どれ程経ったでしょうか。一陣の雪風が、山から吹きおりてきました。
風に吹かれた黒髪が、幕を降ろすように再び彼女の全身を覆い、女は黒い塊に戻りました。
足元の雪に広がる真っ赤な血溜りが、純白の中に異彩を放ち、僕の目に焼きつきました。
387 :
六分の五:2006/01/20(金) 13:24:17 ID:dJu1yNXb0
もう体が冷えて、動けませんでした。女に締め上げられた手首の骨はますます軋みます。
突然、黒い塊がゆっくりと動き出しました。徐々にゲレンデの端に移動していきます。
僕も引き摺られていきます。行く手には、延々と山肌に広がる森が小沼へと続きます。
僕は、手に持ったストックで、黒髪の向うを力いっぱい突き刺しました。何度も、何度も。
その度に、黒いカーテン越しに返り血が飛び散り、僕のウェアを赤く染め上げました。
しかし、女は止まりません。ずるりずるり、僕は、終に森の際まで引き摺られてきました。
「ずっとずっと一緒。逃がしはせぬよ」地を這う様な女の低い声が、闇に響きました。
その時でした。上方からモーター音が近いづいてきました。人の声がします。
「大丈夫ですか? 灯りはすぐに回復すると思いますが、一緒に乗ってください!」
ゲレンデの係員が、スノーモービルにまたがって、やってきてくれました。
気が付くと僕の腕は解放されていました。目の前に黒い女性の姿はありません。
周囲を見渡しましたが、女はどこにもいません。僕のウェアもきれいなまま――
僕はその場にへたり込みました。係員が駆けつけ、肩を貸してくれました。
「怪我はないですか?」
「腕が痛い。いや、なんというか……そうだ、スキー板を失くしました」
「照明が回復したらこちらで回収しますから。とにかく乗ってください」
僕はスノーモービルの後に乗せてもらい、ゲレンデを下りることが出来ました。
スノーモービルに乗せられてロッジへ向かう途中、僕は小沼の方へ振り返りました。
小沼の手前の林。その最前列に、丁度人間くらいの大きさの黒い若木が生えていました。
雪風になでられて揺れる若木は、まるで黒い幕が揺らめいている様に見えました。
やはりあの女はいたのかも知れない。そう思うと、心臓がキュッと絞めつけられました。
388 :
六分の六:2006/01/20(金) 13:25:14 ID:dJu1yNXb0
ロッジに戻った僕は、とにかく一人になりたくなくて、食堂に行きました。
そこで、隣の客の話が耳に入りました。
「知ってる? 来シーズンに向けて、このスキー場を拡張するってさ」
「へぇ。でも、なんで今頃? ここ昔から混んでいたでしょ? オーナーも昔は、
拡張したいって良く言っていたけど、結局実現できなかったじゃない。諦めたと思ってた」
「ほら、だってさ。小沼の方に拡張しようにも、あの場所は、A子さん殺しの犯人が
遺体を埋めたって言った場所だろ…。A子さん、あんな汚い家畜小屋で殺されて、
山に埋められた挙句、遺体すら見つからないなんて…。本当に、浮かばれないよ」
僕は何も食べることが出来ず、ただ、窓の外の暗いゲレンデの彼方を見つめていました。
その春、拡張工事の最中に女性の白骨の一部が発見されたそうです。A子さんの遺骨です。
過去の懸命の捜索では何も出てこなかったのに、今回は着工後すぐに見つかったそうです。
この出来事を機に、僕は少しだけ霊の存在を意識するようになりました。
だから、霊能力ありと自称する友人に色々相談しました。胡散臭いのは分かってますが。
彼女によれば、A子さんが執拗に僕を連れて行こうとしたのは、
幼い僕が、偶然にもA子さんの存在に気付いてしまった為だそうです。
今年もまた、スキーのシーズンがやってきました。そんな時節柄か、先日その友人が、
僕に、自分の体験を出来る限り具体的にこの掲示板に書くように言いました。
沢山の人がこの話を読んでくれれば、その中の何人かは、スキー場で普段は目に入らない、
見えても気づかない筈のA子さんの存在に気が付いてくれるかも知れないというのです。
A子さんは、一緒にいてくれる人を求めているだけだから、他の人がA子さんに気づいて、
彼女に連れて行かれてくれれば、僕は解放されるだろうというのです。
しかし、とてもそんな話は信じられません。これを見たら彼女は怒るでしょうけれど。
僕に出来る事は一つ。それは、スキー場に行かないことだけです。