【埼玉】一平荘の呪い【嵐山】

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1本当にあった怖い名無し

嵐山の一平荘はマジでやばい。
跡地には絶対行かない方がいい、祟られる。
俺が行った時は、真夜中の一本道の草むらに
「レイガヤスマラナイ タチサレ」という看板と、
白髪の気が触れたようなばぁさんがいた…
DQNの火の不始末で燃えちまい、
その後、公園になっちまったが、
死んだ経営者の霊は間違いなくそこにある。
2本当にあった怖い名無し:2005/08/17(水) 02:16:38 ID:sRKar2jQ0
きゃっゃぅ2
3本当にあった怖い名無し:2005/08/17(水) 02:16:38 ID:tbH6zTA40

4人で行った或るグループ、その内の一人が直後に発狂した…
そしてもう一人は失踪。
残るは二人。
それで俺は調べたんだ。
狂っちまったダチが何に取り憑かれたのか、救う手立てはないのか…
4本当にあった怖い名無し:2005/08/17(水) 02:17:12 ID:tbH6zTA40

今から40年以上も前の事、岐阜県荘川村は御母衣ダムの建設で、350戸あまりの合掌造の民家と共に水底に沈んだ。
反対運動、名物の桜の移植問題など、数多くの問題を抱えた電源開発株式会社は最終的には非合法な手段も駆使し移住の覚え書を村民に迫った。
やむを得ず受諾した荘川村は白川郷の合掌造集落のように保護されることも無く、350戸の家族の恨みと共に敢え無く水底に沈んだ。
そして村民は、岐阜市など各地に移住したが、そのうちの数世帯は補償金をもとに東京渋谷に居を移した。
5本当にあった怖い名無し:2005/08/17(水) 02:17:28 ID:Zch0q4x80
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6本当にあった怖い名無し:2005/08/17(水) 02:18:29 ID:tbH6zTA40

元来遊郭の地であった渋谷区円山町は、旅館の経営を始めたその一族により日本有数のラブホテル街へと発展する。
その内の一人が与謝野晶子由縁の料亭「松月楼」を買い取り、「一平荘」という名の旅館の経営を始めた。
しかし既に「武蔵嵐山」という観光地としてのネームバリューは風前の灯であり、経営は困難を極めた。
槻川沿いの急峻な坂道の奥にあった一平荘に来る客などはいなかった。
幾度と無く繰り返された村への道路整備の陳情は、非情な役人によって却下され続けた。
7本当にあった怖い名無し:2005/08/17(水) 02:19:13 ID:tbH6zTA40

そして悲劇は突然やって来た。
同郷の仲間である円山町の岐阜県人会の一同を一平荘でもてなすために、
経営者は自ら重機を操作し、道路整備を試みた。
しかし素人の悲しさゆえに操作を誤り、経営者は重機もろとも槻川へ転落し帰らぬ人となってしまった。
8本当にあった怖い名無し:2005/08/17(水) 02:19:47 ID:tbH6zTA40

そして一平荘は放置され朽ち果てていった。
故郷を追われた挙句に新天地で非業の死を迎えた経営者の怨念は成仏せずに廃墟に宿り、
面白半分に訪れる者に呪いを掛け始めた。
やがてこの話しは、経営者が発狂して日本刀で一家を惨殺したといった噂話となって流布され始めた。
9本当にあった怖い名無し:2005/08/17(水) 02:20:33 ID:tbH6zTA40

その後、一平荘跡地は死霊の怨念を恐れた埼玉県と嵐山町によって謝罪の意も込めて12億円もの巨費を投じ、緑のトラスト3号地として整備された。
荘川村の恨み、経営者の恨み…暗黒の歴史を封印するために。
今はログハウスのあずまやとして展望デッキのある建物こそが、無念のまま死霊となった経営者の怨念が宿る一平荘跡地なのだ。
もしあずまやで何かが写ってしまったら、それは…

あずまやには絶対に近づいてはいけない。

10本当にあった怖い名無し
怨念に祟られたくはない。近づきません。