(前略)
お菊の亡骸が古井戸に放り込まれた次の夜の事でありました。
お屋敷の者達も寝静まった頃、井戸の中からなにやらぼうっと光る球のような物が現れ
井戸の底の方からでしょうか、くぐもった若い女の声が聞こえてきます。
声に気づいた数人の若い奉公人が起きあがり、古井戸に向かいますとどうやら
その声は皿を数えてるようなのでございます。
「いちまーい、にまーい…」
あれはお菊ではないか、一人が言うと他の者もそうじゃ、そうに違いない、殺された
お菊が化けて出たんじゃと口々に言いました。
声は途切れ途切れしながら皿を十枚まで数えると、さも恨めしそうに
「一枚足りぬ……」 とうめいたそうでございます。
その声はその晩から夜な夜な続き、いつからか世間では
「青山主膳さまのお屋敷は呪われている」などという噂と共にお菊の幽霊の話が
まことしやかに広まったのでありました。
奉公人たちは祟りを恐れ次々と辞めてゆき、旗本青山主膳のお屋敷は人すくなになってゆきました。
さて、そして登場するのがこの物語の主人公、旅の道中立ち寄った町でお菊の亡霊の噂を耳にすると
そんな物を恐れるとはやれ情けなや、そのような化け物この俺が退治してやるわといきり立ち
お供三人を従え青山主膳のお屋敷へ参ったのであります。
もうすでにお屋敷には誰も住んでおらず、草がぼうぼうと生い茂り、まだ昼なのにも
関わらず薄暗く、いかにもあやかしの類がふっと出てきそうな雰囲気でありました。
男達四人はそこに荷を下ろすと夜を待ちました。
そして真夜中。ふたたび古井戸からは人魂が現れ、女の声が聞こえて参ります。
「いちまーい、にまーい、さんまーい、よんまーい、ごまーい、」
「ろくまーい、しちまーい、はちまーい、きゅうまーい、じゅうまーい…」
「一枚足りぬ…」
話に聞いたとおりでありました。男は震える気持ちを抑え、声を上げたのでありました。
「待て!いいか?今お前は皿を十枚持っている。『一枚足りない』と言うことは本当は
皿は十一枚あったと言うことだろう。しかし、こう考えてみたらどうだろう?皿が
『元々十枚しかなかった』のだとしたら?」
女の声は男の言葉にたじろいだ様子でありました。
「古くから四と九は『死』『苦』に繋がるとして縁起の悪い数とされてきた。今でも
げんを担いでビルなどに四階、九階をつくらないところも多い。そしてそう言う場合、
四階、九階はどうするか?四階を五階、九階を十階と表示するんだ。そしてその皿にも
同じ事が言えるんだ。つまり…」
男はそこで言葉を切りました。男はすうっ、と息を吸うと右手をかざし、叫びました。
「つまり四枚目の皿は五枚目、九枚目の皿は十枚目となる。皿の数は十一枚だ。
つまり、皿は足りなくなんかなかったんだよ!!!」
女の声と三人のお供たちが「な、なんだってー!?」と叫びました。
その後、人魂や女の声を見た、聞いたという者はいなくなったとの事でございます。