読むと出る 読むと死んじゃう そんなお話

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469山の神
「山の神様」

とある冴えないサラリーマンの私が立ち寄ったバー。
そのバーはなぜか呼び鈴を押してから入店するシステム。
ピンポーン。
「いらっしゃいませ。」
渋い声の中年のバーテンがドアを開けて会釈。私の他に客は居なかった。
よく見てみるとそのバーテンは左手の手首から先が無かった。
しかしバーテンは二の腕でグラスを挟み器用に拭いている。
敢えて触れないのが常識だろう。しかし気になる。
どうしても気になったため、失礼を承知で聞いてみた。
「マスター、その手…どうしたの?」
「あぁ、これですか。ハハ…勘弁して下さい。」

私はその店に通い続けることになる。
470山の神:04/08/30 17:49 ID:Iol4wgfl
私がなぜこの店に通い続けるのか、それはマスターの左手が気になるから。
週に一度足を運んでは他愛の無い話。
ゴルフの話、仕事の話、娘の話、時には女の話も。
店内が一切見えない外観からか、その店に他の客が居たことはなかった。

その店に足を運び始めてから3年の月日が経つ。
マスターは3年前に比べて多少痩せたが元気だ。
相変わらず器用にグラスを磨いている。
そろそろいいだろう。それが私の本音だった。
そして3年と1ヶ月目の夜。私は再び同じ質問をしてみた。
返って来た答えは

「聞きたいですか?」
471山の神:04/08/30 17:51 ID:Iol4wgfl
マスターから聞いた話はこうだった。
学生時代登山サークルに所属していた彼は、仲の良い友人達と某山へ登山に。
男2人に女2人。カップル同士だったそうだ。
山の中腹に差し掛かったところで休憩を挟むことにした。
登山道最後の売店で飲み物を購入したところ、売店の老婆が言った。
「今日は山の神様の機嫌が悪い。てっぺんまでは行けんと思う。」
なんて不吉な事を言うんだと思いつつも特に気にも留めず、登山は続く。

1時間程上ったところで再度休憩。
男女に別れ、それぞれ用を足しに行く。
男はそこらの草場に。しかし女はそうもいかず個室へ。

30分以上経っても女達は帰ってこなかった。
472山の神:04/08/30 17:52 ID:Iol4wgfl
いくらなんでも遅すぎる。
いい加減心配になり、個室のドアをこじ開けた。
「!」
目も開けられないほどの突風が中から吹きつけると同時に激痛に襲われる。
何が起こっているのかわからない。
ようやく風が収まり、個室の中を覗く。
そこには人の姿は無く、赤黒い塊が黒い液体を流していた。
もう一つの個室にも全く同じ光景。
「まさか…」
その赤黒い塊こそ変わり果てた彼女達の姿だった。

その時彼は初めて気付いた。自分の左手が無くなっている事に。
473山の神:04/08/30 17:53 ID:Iol4wgfl
彼らは急いで下山し、先程の老婆の元へ。
左手は気を失いそうなほどの激痛。
腋の下を抑えて出血を食い止めながら懸命に走る。
ようやく辿りついた売店で一部始終を老婆に話す。
老婆はパニックになっている彼らを諭すように言った。

「あんた方のお連れさんはドアを開けちまったんだろう。気の毒に…
 いいかい、もし今後ドアをノックされても絶対にドアを開けては
 いけないよ。もし開ければお前さんも同じ目に合う。
 ドアというドアに呼び鈴を着け、呼び鈴を鳴らした者に対してだけ
 ドアを開けなさい。いいね?聞いてるのかい?」

それ以来彼は呼び鈴が鳴らない限りドアを開けないのだそうだ。
474山の神:04/08/30 17:55 ID:Iol4wgfl
そこまで話したところで、バーテンはふぅっと一息つき、そして言った。
「もう二十年も前の話です。正直言って誰かに話したかった。
 あなたになら話してもいいと思いまして。もう、私は疲れました。」

話を聞いて驚いたと共に恐怖に震えた。
あれから二十年経った今でも彼の家ではドアのノックが止まらないのだという。
そしてもう疲れましたと言って店じまいを始めた。
別れ際、彼は何度も何度も私に頭を下げる。
「こんな話を聞かせてしまい、申し訳ありませんでした。どうぞ忘れて下さい。」
それ以来、何度その店に足を運んでも店は休業中だった。
彼はドアを開けてしまったのだろうか。

今、これを執筆している私の書斎のドアはノックが止まらない。