かつては良かった。
腐り始めた足を引きずり、ホームセンターを見通せる高台、廃ビルの屋上まで登る。
思い出の中、あの場所は物資は溢れ、みんなも活気に満ちていた。
一時期立て篭もる人間が少なくなることもあったが、ときおりふらりと旅人が訪れて再度交流の場となるのが常だった。
私も、わずかばかりの物資をかき集めてくることで、みなの役に立つことが出来た。
それも過去のことだ。
自治政府はかろうじてその体裁を保ってはいたが、あふれかえる屍鬼の前にその対応は後手に回っていた。
幾度か救援の手は差し伸べられていたが、それは大規模な屍鬼の襲撃に限られ、拠点内の内部抗争と少数の屍鬼による被害には極めて冷淡なものだった。
それでもホームセンターは、よく持ちこたえた。
多くの才あるものが、それぞれの手段で生活を維持することに力を注いでいた。
今も建物を警備し、入り口を補強し、物資を補充する姿が見える。
――もう、帰れないな。
私は腐臭を漂わせる脚に視線を落した。
ズボンの裾から、絶え間なく白い粒が零れ落ちて、蠢く。
すでに痛みは無い。
このまま戻れば、皆に被害を与えてしまうだろう。
それでも迎えてくれるだろうが、だからこそ戻れない。
第一食料を見つけられなくなった私に、あそこで暮らす資格は無い。
それどころか、いくつもの建物の中で、私は汚れた腐肉から蛆をこぼしてしまった。
その腐臭を屍者に嗅ぎ付けられれば、更なる悲劇が引き起こされてしまうだろう。
冷静に傷を手当てし、皆に怪我を打ち明ければよかった。
それが出来なかったばかりに、私は屍鬼を呼び寄せてしまった。
もう、これまでだ。
私は自分で、自分に始末をつけることにした。
柵を乗り越え、はるか地上へと身を打ちつける。
果てしない落下の恐怖の中、最後に見たのは、屍鬼の群れに立ち向かう皆の姿だった。