明石海峡大橋とかゴールデンゲートブリッジのような巨大なつり橋の夢を見た。
あれよりも更に大きくて、一見それが橋だとは分からないほど巨大だった。
橋と表現したが、実際にはそれは橋ではなく、橋の上の道路部分に街があった。
そして、橋の真下にはスラムがあった。そこは橋のせいで、昼間でも薄暗く、じめじめしていた。
僕は、橋の上で暮らしていたのだが、ある時そのスラムに迷い込んだ。
スラムに行くのはとても簡単だった。ただ橋を下ればそこに行けた。
だけど、一度スラムに足を踏み入れた者は、橋の上に帰ることは出来なかった。
別にそういう決まりがあるわけではなかった。ただ、単純に帰れる方法がないのだ。
人間は空を飛ぶことは出来ない。
僕が途方にくれていた。スラムはうらぶれていて、スラムの人間達は生気の無い顔をしていた。
一瞬死んでいるような気がした。しかし彼らは紛れも無く生きている。
だけど、動いている姿を見ても死人が動いているようにしか思えなかった。
スラムの子供達は元気だった。小さな子供も自立して、子供達だけで動いていた。
大人たちよりもよっぽどしっかりしていた。
スラムを一通り見た後、僕はスラムを見渡せる小高い丘に登った。
そこで僕は一人の青年に出会った。
その青年はここのスラムの人たちとはどこか違うような雰囲気があった。
彼の目にはまだ、生気があった。しかし、それはどこか弱弱しいような気がした。
青年と僕は話をした。僕はココに落ちてきてしまったと言うことを話した。
彼はそれを聞くと哀しそうな顔をした。そして、いつココに落ちてきたかをかなり正確に聞かれた。
僕は、その様子に違和感を感じながらも、ちょうど24時間前だと答えた。
彼は僕に「上に戻りたいのなら、あと六日以内に戻らなくちゃいけない。」と言った。
どうして?と聞くと、彼は言った
「僕は六日前にココに落ちてきた。最初はココの大人たちに嫌気がさした。嫌で嫌で仕方なかった。
だけど、三日目を過ぎた頃から、何だかそんなことどうでも良くなってきた。
それから、日を追うごとに何もかもがどうでも良くなってきた。
ここに居る大人達を見ただろう?みんな無気力だ。
だんだん、あれと同じになるんだ。やるべき事を何もしないで、昔のことばかり思い出している。
そうなると、もうだめだ。上には戻れない。
別にそれを過ぎると死ぬわけじゃない。それを過ぎても、戻れる奴はいるらしい。
だけど、だめなんだ。
たとえ上に戻れたとしても、もう二度と上の生活に適応できなくなってしまうんだ。
そういう奴は、上で自殺するか、またココに落ちてくるしかない。」
僕は、彼に君はもう上には戻る気はないのか?と聞いた。
彼はまた哀しそうな顔をした。そして、こう言った。
「戻りたい気持ちは、まだ少しある。だけど、たとえ戻れたとしても、僕はもう上の生活には適応できない・・・」
彼はそう言ったあと、僕に急いだ方がいいよ。と言った。
「君にはもう時間が無い。するべきことを早くしないと・・・」
といって彼はスラムを指差した。
「ああなってしまうよ。」彼はそう言って、しばらくスラムを見つめていた。
そのあと彼は、その場から立ち立ち去り始めた。
僕は去り行く彼の背中を見て何かを言おうとしたけど、言葉が出なかった。
しばらく行った後で、彼はこちらを振り向いた。
しかし、僕と目をあわさないままこう言った。
「子供の助けを借りるといい。子供は、上の世界に行きたがっている。
変なプライドは捨てるんだ。上に行きたいなら、プライドなんて捨てて、子供とうまくやっていくんだ。
ココでは、子供の方が強い。将来があって、何も知らないということはそれだけで強い。
だけど、大人になるほど、弱くなる。
弱くて、汚くて、自堕落で、みっともなくて・・・ホント生ける屍の集まりだ・・・。」
そう言うと彼は苦々しい顔をした。そして僕の目を見てこう言った。
「今の君なら、彼ら(子供達)も仲間に入れてくれるだろう・・・。
貴重な時間を邪魔したな・・・。急げ、僕と二度と会わない事を願ってるよ。」
そう言うと彼は、立ち去った。
僕は、立ち去る背中を見えなくなるまで見ていた。
そして、急に思い出した。あの青年が誰なのか本当は僕は知っていたのだ。
僕は、それに気付かなかったことに腹が立つと同時に、彼とはもう二度と会ってはいけないのだと思った。
それが彼の意思なのだから。
僕は、それから、我武者羅になってあがいた。上に戻ろうと必死になった。
あの青年・・・遠い昔に写真で見た若い頃の親父に二度と出会わないために。