百物語2002  奥信州 旧佐々木邸より

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935夢路 ◆KmZSIAF.
◆◆◆【 072/100 】◆◆◆

涼やかな風が渉る初夏の土曜日、ふと思い立って電車に乗った。
電車とバスを乗り継ぎ降り立った小さなバス停は消え入るような
文字で「石○○」とありました。

昇仙峡をスケールダウンしたような雰囲気の渓谷は、右手に濃い
緑に覆われた山がせまり、左手に白く岩を食む清流が流れていた。
山道をしばらく歩くと道が平坦になり、視界が明るくひらけてきた。
小さな売店の前を通り過ぎ、川原に下りる坂道を釣り人ご一行と
一緒に降りた。

清流に足をつけ、ずんずん上流に遠ざかる釣り人の姿や水遊びに
興じる子供たちを眺めていた。サワガニを追う子供がしゃがんだとき
対岸に小さな砂浜を見つけた。暗い洞窟の入り口のようにも見えた。
あの奥の涼しい砂浜に横たわり、うつらうつらの仮眠をとろう・・・。

清流に突き出る岩を飛びながら対岸に急いだ。
陽の当たる砂浜から奥を覗くと、四畳半くらいの広場があり、その奥
に黒く湿った砂浜が続いている。そこはかとない妖気が漂ってきた。
入り口でたたずんだまま躊躇したが、遠くから聞こえる子供たちの
歓声に背を押されるように中に入った。

広場の突き当たりを右に折れ、続く先に視線を移したとき目にしたのは、
狭くほの暗い空間に立つ真新しい卒塔婆だった。
心臓がドクドクと波打ち、立つ事もままならないほど脚が震えた。
墨蹟を見る余裕もなく転がるように洞窟を出た。

つい最近、誰かがここで死んだ。
もうそれだけで充分だった。
あれから、、、よく夢をみるようになった。