テニスを捨てたからといって悲しみを忘れられるものではないのに。
テニスさえしていれば、あの白いボールさえ追っていれば、コーチは生きているのに。
私たちの心の中に。私たちのテニスの中に。
テニスを捨ててしまうことが、コーチを捨ててしまうことになるわ。
耐えなければ!
ひろみも緑川さんも、そしてわたくし達みんな、この悲しみに耐えて立ち上がらなければ!
そうよ、私は負けることが出来ない人。
ひろみにも、貴方(蘭子)にも・・・。
でも私は手は抜かない。見せなければいけないから、私のひろみに。
やるべき事は全てやってコートに立つ。
勝っても負けても、自分自身に決して言い訳をしないように。
一番恐いのは自分自身に甘えることだから。
待っています。あなたが全てを込めて私のコートにボールを打ち込んでくるのを。
ピアノを弾きながら色々なことを考えていました・・・。
6歳から始めた私の今までのテニスのこと。それぞれの試合、数々の勝利・・・。
その時、その時、何も思い残すことなく、すべてがコートの上で燃え上がり、燃え尽き。
相手が変わり、時と場所が変わっても、何もかもが私自身、竜崎麗香自身との戦いなのだと。
そう思い心に決めてやってきたのだと。
ところが今度は違うのです。
今日の(ひろみとの)試合は違うのです。
色々な人の事が心に浮かんできます。
緑川蘭子さんのこと、宗方コーチのこと、そしてひろみのこと。
今まで私以外誰もいなかったコートの上に。
初めてです、こんなこと。
私、嬉しいのです。やっとコートの上で一人きりではなくなったのです。
今までにはなかったことです。
私にとって、勝ち負けしかなかったコートの中に人のぬくもりを感じることができるなんて。
ひろみが素晴らしいのは、きっと私と違ってそうゆうことをテニスを始めた時から知っていたからじゃないかしら。
ごく自然に、ありのままに宗方仁が私よりも岡ひろみを選んだわけがやっと分かってきたのです。
こだわってきました、この3年。宗方仁が何故私よりもひろみを選んだのかと。
お父様、もう二度と口にしませんから言わせて下さい。
宗方仁は私にとって、お父様を除いて初めて、生まれて初めて素敵だなと思った方でした。