>>258 >それは勝率の良さではなく、単に勝率の性質を示しているだけです。
>分母が揃わない場合は率で評価する必要がありますが、
>最終的に試合数が同じになるので率で評価する必要はないのです。
引き分け数の差によって分母が揃わないからこそ率で評価してるんだよ。
そこに現勝率制の良さがある。ゲーム差では決して表すことのできない深みだ。
>>260 >引き分けをなくすためには、延長無制限や引き分け再試合、タイブレーク方式などが
>ありますが、これらの制度は日本の野球文化には合わないと思うし、
>試合時間が長くなるとか個人記録の不公平などの新たな問題が生じるので、
>引き分けをなくすことが最善だとは思いません。
おいおい
「変える必要がない理由が現制度が長く続いているから、というのは納得できない」
と自分でいっておきながら、自分の変えたくない理由が「日本の野球文化に合わないから」
っていうのはどうなんだ?
長く続いたものは否定してもいいが、文化に合わないことは否定すべきでないってことか?
試合時間については、10回以降無死二塁・無死満塁などにすれば今より早く終わる。
10〜12回は無死二塁、13回以降は無死満塁とすると、15回までいくことも稀になるのではないか。
個人記録については、今も完全に公平であるとはいえないのだから
あまり気にしなくていいだろう。
>変える必要が無いと思っている理由が、現行の制度が長く続いているからという理由では
>とても納得出来ません。
>やはり制度の善悪が一番重要ではないでしょうか。
>客観的に判断して、現行の勝率と引き分け0.5勝0.5敗制度のどちらが
>公正な制度だと思いますか?
俺の判断では、現制度と引き分け0.5勝0.5敗の公正の度合いはどちらも同じだ。
等号・不等号で表すなら『現制度の公正度 = 引き分け0.5勝0.5敗の公正度』だ。
現制度と引き分け0.5勝0.5敗の違いは、比べ方の違いであって
好みの差でしかないと思うので、どちらが優れているとはいえない(劣っているわけでもない)。
何度もいうが、公正度が同じ制度で比べるなら、長く続いている制度の方が良いということ。
それが俺の持論。
もし、現制度より公正度が明らかに優れている制度があったら、そちらを推す。
それよりあなたの方が問題ではないか?
引き分けがないことが一番公平だってことをあなただってわかってるわけだろう?
等号・不等号で表すならば『引き分け廃止の公平性 > 引き分け0.5勝0.5敗の公平性』
ってことをわかっているわけだ。
それをわかっていて「日本の野球文化に合わないから」という理由で
引き分け廃止をするべきではないと考えるなら、それこそおかしいことだと思わないか?
俺は納得できないな。