201X 千葉
今日は彼女とデートだ。久々の野球観戦なので気合が入る。
少し遅れてきた彼女との儀式めいたお約束のやり取りの後、
俺たち二人は、舞浜行きの電車に乗り込む。
3年前に「千葉ロッテ危機」(4度目だ!)が勃発した時、
「最後の希望」ディズニーグループがようやくチームを買収することになった。
というわけで、今ではロッテの全試合が「ディズニーランド」で催されている。
園内に入った俺たちは、事前の予定通り早速「ファストパス」を取った。
試合開催までの時間は、空いてるアトラクションやパレード見物で過ごす。
…「ねぇ、そろそろじゃない?」「だね、行くか。」
これをきっかけにして、試合会場へと向かうことにした。
俺たちは少し歩いて、白い縦縞模様の風変わりな小屋に入る。
階段をとんとんと駆け上がっていくと、目の前には二人乗り用のゴンドラ。
このロープウェイ風ゴンドラが、試合会場へのアクセス手段なのだ。
会場に着くまでの間は、スピーカーから野球についての説明が流れてくる。
そして最後に、「…ほら、足下を見てごらん?あれが、野球場なんだ。」
ゴンドラを降りた俺たち二人は余裕で最前列の席を確保した。さすが「ファストパス」。
すぐ目の前には、直径30mにも満たない小さなフィールドがある。
その外周をぐるっと囲んでいる客席のキャパは300人程度だろうか。
そうこうしている間に、場内アナウンスが聞こえてくる。開始時間はもうすぐだ。
201X 千葉 その2
ざわめきが止み、静かになった会場がふっと暗転し、そして打楽器のリズム。
悪党になった選手達が四方八方から飛び出して来てアヤしく踊る。
そして、スポットライトが中央の一点を照らすと、そこに…
着ぐるみ主人公が、せり上がりでピッチャーマウンドに登場した。
「ハハッ、やぁみんな、これから試合が、はじまるよ!フフフッ」
試合の流れは、当たり前の事だが、いつ見ても同じだ。
ロッテ球団にある日突然悪い奴らがやって来て、心を操る魔法をかけてしまう。
それに気付いた主人公たちが、野球で悪者どもに勝負を挑むのだ。
1回は両者が1点ずつ取り、2回はどちらも無得点。3回は悪者が3点リード。そして…
二死満塁でツースリーの窮地に立った主人公が、雷鳴エフェクトの中、観客に呼びかける。
「ここにいる、みーんなの力を貸してほしいんだ!」
「合言葉は、知ってるよね?じゃあ、行くよー………、今だっ!」
「はっつしば!、はっつしば!、はっつしば!…」
観客全員ののコールと同時に、花火と爆音。煙が晴れ、会場が明るくなってきて…
主人公チームが劇的な代打逆転サヨナラ満塁HR、起死回生の大勝利を収めた。
正気に返った選手達が、笑顔でバク転をしながら退場する。観客からは大拍手。
25分間の野球ショウは、あっという間に終わった…4回までしかやってないけど。
「サイン、もらっとく?どうする?」と俺。「結構持ってるしいいよ、次行こ?」は彼女。
というわけで俺たちはさくっと次のアトラクションを目指すべく、帰りのゴンドラの列に並んだ。
3年前のリーグ解散の後、悲しいかな日本で「野球」が残っているのは、こことUFJだけだ。
だから、結末が分ってても、ただのショーであっても、俺はつい何度も来てしまう。
「ねぇ、あれ見てていつも分んないんだけどさー、あの合言葉ってなんか意味あるの?」
彼女が尋ねてくるが、俺はいつものようにはぐらかした。「さぁ、知らねーよ。」
…というのも、「毎月6の付く日は『彼』が最後の代打として出演することになってる」
という説明で彼女が全ての事情を理解できる可能性はゼロだと、俺は確信していたのだ。