どんな人生にも娯楽は必要だ。
年収1000万なら、それなりの遊びを見つけるし、
年収200万以下なら、やはりそれなりの趣味を持つ。
生活保護受給者にも享楽はある。
人はよく自分の趣味、嗜好を、自分の本質の中から出てきたものだと錯覚する。
しかし結局は、自分の収入や生活能力に見合った趣味を
限られた選択肢の中から「チョイス」しているに過ぎない。
低収入層が海外旅行やビンテージカーを趣味に持たないのは単純にそのためであり、
生まれ持った気質や性格などは実はあまり関係がないのだ。
趣味、嗜好は、今までの人生と、現在の人生の反映である。
埼玉県久喜市に住む田中孝蔵(43)さんの趣味はジャンクパソコンだ。
ジャンクパソコンとは、型が古く保証のないパソコンを自力で蘇生させる娯楽だ。
お世辞にも洒脱、清潔とは言えない服を着、靴を履き、田中さんは今日もジャンクパソコンを探しに出かける。
「身なりには金をかけない主義なんです」
と笑う田中さん。彼はそれを自らの主義主張だと信じる。
昼飯の牛丼にも小さなこだわりがある。
「つゆだくが好きなんです。紅生姜は山盛りが自分流」。
ジャンクパソコン探しは意外にスタミナが要るのだと言う。
田中さんはこういうこだわりを多く持つ。
しかし、それらすべては、生まれた境遇や人生全体から決定付けられた
「限定的な選択肢」の中から「チョイス」したに過ぎないことを彼は知らない。
彼には高級ブランド服を買う選択肢も、
昼飯にフランス料理のフルコースを食べる選択肢も与えられてはいない。
人は自ら自由に選んだ道だと信じ、細く狭い道を歩く。
夕刻、田中さんは重そうなリュックを背おっていた。額からは汗が流れているが、表情はとても満足そうだ。
どうやら彼は好みのジャンクパソコンを見つけ出したようだ。
【 AREA 2004年 9月17日号 『自由の選択肢』より抜粋】