Θ Θ 陽の当たる場所へ Part2 Θ Θ

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207のら猫:03/03/26 23:40 ID:???

きっとたぶん、それだけじゃないんだろう。こんな無意味な努力を マサオの前でして見せる意味が、
何か他にも 必ずあるはずなんだ。どうせ立ってるだけで暇だし、その意味を考えながら 何かが
起こるのを、俺も待つとするか…。

── 何もかもが五里霧中なまま、さらに10回ほども お姉さんたちは往復を繰り返した。3人の
中で 一番体格の良い(?)お父さんは、さすがに この頃から ゼイゼイと息が上がってきた。
それでも愚痴も文句も一つ言わずに、お父さんは ただひたすら水を運び続けている。

   .彡⌒ ミ      一体何なんだろう? 小森一家は 何をマサオに語りかけようとしているのか?
   (;´Д`)っ    この頃になると、お姉さんも お母さんも、2回に1回は マサオに声をかけるように
   ( つ[] / .     なっていた。でも それはただ単に、じっとバケツを持って立っているだけのマサオ
   |  (⌒)  .  を労わる言葉だけで、お説教めいた言葉などは 一向に誰一人として口にしよう
   し'⌒^ミ .   とはしなかった。ただ額に汗して、黙々と水を運び続けるだけだった。
 ⌒ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
マサオの愚痴の方は、回を増す毎に どんどんと酷くなって来ていた。さすがに 走り回っている家族
に、直接文句や愚痴を言うのは気が引けるのか、それともまだ 心の奥に、父や母を恐れる気持ち
を引きずっているのか、マサオは 自分の前に誰も居なくなると、必ずブツブツと愚痴を言うのだった。
208のら猫:03/03/26 23:41 ID:???

そのうちに、マサオはあからさまに 俺に愚痴をこぼし始めた。何でこんな事を 自分はしなければ
ならないのか。こんな事には何の意味もない。馬鹿みたいだ。無駄な努力で、時間の浪費だ。
ありとあらゆる事を 家族の居ない間に、俺に向かって言うのだった。

俺はずっと そんなマサオの愚痴を、しばらくは聞かぬ振りで通していた。マサオの気持ちも 分からん
でもない。というか、俺だって この馬鹿げた行為の意味を 自分の中で考えていないと、もうただ
ここに立ってる事すら バカバカしくなってしまうのだから。
俺は立ちながら 時々モナーの方を見ていた。モナーたちは気楽なもので、何かしらを しきりに話して
いるだけだ。あの2人は、何でこんな事をしているのかを考えないのか? それとも あの坊やでさえ
もう この行為の意味を悟っているというのだろうか?
しぃは さっきから黙ったままだ。恐らくは しぃもこの行為の意味を、黙って自問自答しているとは
思うんだけど…。

   ∧∧     そんな風に考え始めると、俺も ただここに立っているのが、ひどい苦痛のように
   (´д` ,)   .   思えて来てしまう。
   (|  |) .   もし お姉さんたちの意図が、俺の考える事と同じなら、俺が時間をかけてマサオに
    |  |〜.   諭してやってもいいのに…。マサオに限らず、たくさんの若い奴が 子供の頃からの
   U U.     両親の催眠術の呪縛に遭っているんだ。それは俺も よく分かったんだから。
209のら猫:03/03/26 23:46 ID:???

子供の頃に、運良く自分の突き進む道を 自分で見つけられる子供なんて、ほんの一握りだけしか
居ないんだよな。後はただ漫然と 親の進めるまま、自分の感じるまま生きて 大人になっていくんだ。

自分で決めた道を 納得して歩いて行かない限り、その人の人生には重みも 意味も薄いんだよ。
勉強が嫌なのも、生きることが面倒なのも、“そう誰かに させられている” と、自分の心が叫ぶ
からさ。お姉さんは もうその事に気付けたはずだ。だからきっと、それをマサオにも気付かせてやり
たいと思ってるんだろう…。
マサオ、自分のやりたい事、自分の生きたい人生を見つけて、覚悟さえ決められれば 今のお前
みたいな気持ちは 消えてなくなるんだ。誰かに生きさせられてるような気持ちじゃなくなるんだよ。

たとえ今すぐに その目標が見つからなくてもさ、それでいいんだ、自分の人生の目標は 自分で
決めて歩いて行けばいいんだって そう心からそう思えれば、人生はもっと楽になるぜ。もっと楽しく
なるはずだぜ。苦労だって 逃げ回らずに立ち向かってみようって気になれるさ。
今のお前の気持ち。意味も分からずに 何かをやらされているような その気持ち。それが今までの
お前の人生そのものだったって訳さ。肝心なのは、それに自分で気付けるようになる事さ。だから
敢えて、お姉さんたちは こんな方法を取ったんじゃないのかなぁ…?
210のら猫:03/03/26 23:47 ID:???

自分の人生には 1つしか道がないように感じてしまうのも、親たちがそれ以外の人生を お前に
教えてこなかったせいさ。だから 高校を中退してしまったお前は、もうそれだけで 自分が人生の
敗北者になってしまった気分なのさ。エリートコースに乗っかる以外にも、他にも無限の未来が お前を
待ってくれているはずなのにな。
お前にもきっと分かるさ。こんな事を理解するのに、頭の良さなんて必要ねえ。催眠から醒めれば
それでいいだけさ。お前の父さんも母さんも姉さんも、それでいいって言ってくれてるんだぜ?

…そんな風な事を 一人考えていると、マサオが水を注ぎに来たお母さんに、“もう いいよ。こんなの
止めようよ。” と言う声が聞こえた。その声は どう聞いても、何かを気付けた声ではなかった。
ただこの場所から逃れたいだけの 言い訳に聞えた。
そうか、お前はやっぱり部屋に一人篭もって、世を恨み 人を恨み、この先も ただただ両親を呪って
生きている方がいいのか? そう思うと、俺は何だか無性に 腹が立ってきてしまった。

 .∧∧ . ∧∧ ((( )))    「 ダメだっ! マサオ、お前は ただここから逃げ出そうとしてるだけだ。」
 (* ゚ 。) (; `Д). (o.- ;)
  iヽ)(/ . | つつ(.つ┌┐   自分でも意外なほどの強い調子で、俺は思わずそう叫んでしまった。
〜|  |〜|  |  | |└┘   俺には お姉さんたちの意図は分からない。でも、マサオが今 逃げを
 (/~U  U U (_._)__)     打っている事だけは 明確に分かった。お母さんは ちょっと躊躇して、
⌒ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄⌒ ̄ ̄⌒    けれどすぐ そっとその場を離れて、再び水を汲みに行った。
211のら猫:03/03/26 23:49 ID:???

マサオは小さく “ちぇっ!” と舌打ちした。最近 お父さんやお母さんのガミガミも鳴りを潜めたせいか、
時々送られてくるメールにも、明らかにマサオが最近 以前には無く増長している素振りが見て取れた。
この時も 俺はそれを感じて、思わずマサオに説教したい気分になってしまった。

( 今のお前のその様子は、まるで小さな小学生が 親に生意気を言うのと同じだぜ。だけど、
 お前はもう18歳なんだ。それを忘れないでくれよな。)

…そう言えば、前にも俺は マサオに同じような事を言ったっけ。その時マサオは、大人は自分の都合
だけで、自分を大人扱いしたり 子ども扱いしたりすると愚痴っていたな。どうだろう、俺が今 お前に
そう言ったら、お前は今でも そんな風に思うのだろうか?

と、またそんな風に考えていると、しぃが気を利かせて マサオを慰めてこう言ってくれた。

「 マサオくん? もし あなたのこれから行く道の先に、危険な熊が待ち構えているとして…。それが
 たまたま あなたの眼には見えないとしてよ? それを 行っちゃダメだって、あなたを止めない人が
 もし居たとしたら、その人は 決してあなたを愛してはいないと思うわ。いつでも何でも 自分の
 好きな事をさせてくれるだけが、本当の愛情という訳ではなくてよ?」

マサオは 静かだが、力と信念の込もった しぃのこの一言に俯き、再び沈黙した。
212のら猫@今日はここまで:03/03/26 23:50 ID:???

── それからまた 何回か何十回か、ひたすら3人の往復は続いた。もうマサオの足元は、まるで
池のように 大きな水溜りが出来ていたし、俺たちの足にも 次第に水が染み込んで来て、冷たい
感触が 足の裏を包んでいた。

普段なら とっくに退屈しているだろう あの坊やも、今日はずっとモナーが 横で話しをしたり聞いたり
してくれているせいか 全然平然としていて、むしろ嬉々として 3人の頑張りを、声に出して応援した
りしている。しぃは さっきマサオを諭してからは、また沈黙を守ったままだ。

マサオは…どうも少し拗ねている様子だった。しぃに諭される前までは、少し心配そうな顔で 家族を
見つめていたんだが、今は だらしなく突っ立って、冷めた目で3人を見ている。当然ながら、バケツ
の中は 空っぽのままだ。どんなに注いでも、水はきれいに全部が 穴からこぼれ落ちてしまう。

 .∧∧ ∧∧ ((( )))         ∧_∧   .     俺も そんな光景を見ながら、さらに色々と
 (*゚ー゚) (,, ゚Д゚) (,-_-) ∩_∩ (´∀` ).        考えてみた。あるいは お姉さんたちは、
  U  |  U  | (.つ┌┐ ´∀`).(    つ   .     マサオが我慢の限界に達するのを待っている
〜|  |〜|  |  | .| └┘∪  っ.| | |        のだろうか? そこで何かを伝えようと思って
 (/~U  U U (_._)__)(_)_) (__).__)         いるのかも知れない。
⌒ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄⌒ ̄ ̄⌒⌒ ̄ ̄⌒ ̄⌒ ̄ ̄
213のら猫@続きです:03/03/28 21:22 ID:???

色々と推測はしてみるのだが、どうもしっくりした答えが 俺には見つからなかった。

── そんな中、しぃが突然 お姉さんに向かって話し掛けたのは、水汲みが始まってから ちょうど
40分を過ぎた頃だった。その少し前に、お姉さんがこっちへ走ってくる途中 躓いて転んでしまった
のを見て、しぃは きっと堪らない気持ちになってしまったんだろう。
マサオも心配顔で お姉さんを見やっていたが、当のお姉さんの方は 気丈にも俺たちに向かい、
笑って “大丈夫よ、心配しないで。” と そう言って、自分で立ち上がって走って来た。
良く見ると お姉さんの右の膝小僧は、擦りむいて血が出ていた。マサオは申し訳なさそうに その
膝小僧をじっと見ていた。そしてそこで、しぃが初めてお姉さんに話し掛けたんだ。

        ,'⌒⌒ヽ     「 ねぇ、お願い。アタシにも お手伝いさせてちょうだい。」
   ∧∧ ソ    ル
   (*゚ 0゚と从从i)    『 …ありがとう。でも、これは私たち家族が 話し合って決めた事なの。
   /つ つ.)   ( .    だから、私一人じゃ決められないわ。』
 〜'  / <___〉
  (/`J   し'ヽ)     ちょうどしぃが そうお姉さんに話し掛けている時、お姉さんのすぐ後に来て、
                   マサオのバケツに水を注いでいたお母さんが その会話を聞いて、2人にこう
言って取り成してくれた。

「 ありがとう、しぃさん。じゃあ私たち、次に ここに戻って来るまでに、家族みんなで相談する事に
 するわ。ほらっ、もうお父さんも来るから。…ねっ、それで良いでしょう?」
214のら猫:03/03/28 21:23 ID:???

『 ……分かりました。全てお任せします。』

しぃは そう答えて、一旦引き下がった。そうこうしているうちに、お父さんが フラフラになりながらも
こちらに辿り着き、マサオのバケツに水を注ぎ終わった。
それを待っていたお姉さんたち2人は、お父さんと共に 3人肩を寄せ合って歩きながら、水汲み場
へと歩いて行った。その間、しぃは ただ口をきゅっと結んで、3人がこちらに戻って来るのを 黙って
待っていた。ふと見れば、もう手にはコップを持って立っている。

…俺はというと、さて自分はどうしたもんかと悩んでいた。悩んでいるうちに、早 向こうからお姉さん
一人だけが 息を切らせて走って戻って来た。

「 あの、しぃちゃん。一つだけ聞かせて欲しいの。あなたが手伝ってくれるのは、誰のため?
 私のためかしら?」
                              .         〃ノ^ヾ
『 いいえ、違うわ。』                                ソ ´ーノ)  ∧∧
                                         []と.) ソ .つ (ー゚ *)
「 …じゃあ、父さんや母さん 私たち3人を助けたいから?」     )  ./  と   つ[]
                                            く__〉   |  |〜   ∧∧
『 ううん、それも違うわ。アタシ、今までずっと考えてたの。     (/`J    し'ヽ)    (゚ .::;;;;,)
 ついさっき あなたが転ぶのを見て、やっと自分の考えに
 自信が持てる気になったわ。アタシが手伝いたいのは、マサオくんのためよ。…ダメかしら?』
215のら猫:03/03/28 21:23 ID:???

「 …ありがとう! 喜んでお願いするわ。」

『 ちょっ、ちょっと待った! お姉さん、俺…俺、馬鹿だから、お姉さんたちのやってる事の意味が、
 まだ良く分かんないです。でも もし、そのコップで このバケツに水をいっぱいに出来れば、それで
 マサオが 幸せに一歩でも二歩でも近付くんなら、俺も手伝いたいんです。…ダメでしょうか?』

「 おぉ そうかぁ! すまないね、遠慮なく頼むよ。マサオの事を想ってやってくれるというんなら、
 私らに何の異存があるもんか。なぁ、そうだろう?」

俺の言葉に答えてくれたのは、さっき お姉さんの向こうから追い付いてきた、お父さんだった。
お父さんは 横に居るお母さんにも、確認するように声をかけた。
お母さんは涙声で ありがとうございます、お願いしますと言った。
                                           彡⌒ ミ  .∧∧
そして、しぃは お母さんお姉さんと一緒に、そして俺は お父さんと   (; ^Д) (Д゚ .,,)
一緒に、それぞれにコップを握り締めて歩き出した。             ( つ[]つと  U
俺は ふとモナーの事が気になったんで 振り返ってみたが、モナーも  .  )  ) )  |  |〜
どうやら、俺たちが何も言わなくても 自分の役割をちゃんと理解   (__)__) . U ヽ)
してくれているようで、笑って手を振り 俺たちを見送ってくれた。 .
216のら猫:03/03/28 21:25 ID:???

最初の水を汲んで戻って来ると、坊やは さっとマサオの右側、俺たちが もと立っていた所へ移動
していた。モナーと坊やで、ちゃんとマサオの両脇に立っていてくれた訳だ。
そして坊やは、俺たちに手を振って “頑張れ〜っ。” と、一人一人に声を上げて応援してくれた。

当のマサオは、水を注ぐ間にちらっと見ただけだったが かなり戸惑っているように 俺には見えた。
それも当然だろう。それまで水を注いで来たのは 家族だけだったのに、今は その家族以外の
人間までもが、この無意味で 馬鹿げた努力に参加を表明したからだ。

            ((( )))   ∧_∧ .     …俺が 残して行くマサオを気に掛けながら、振り向き
   ∩_∩   (_- ;)  ( ´∀`)     . 振り向き歩いていると、後ろから俺に追い付いて来た
(( (ヽ ´∀`)   (.つ┌┐ (     )        お父さんが 笑顔で声をかけてくれた。
   ヽ    つ  | |└┘ | | |
   .(_)_)  (_._)__)  (__).__)        「 いやぁ〜っ、わしも仲間が増えて嬉しいよ、アハハ。」
⌒ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄⌒ ̄ ̄⌒⌒ ̄ ̄ ̄⌒
『 …仲間ですか? あっ、そうか。男はお父さん1人でしたね、今まで。』

「 ん? いやいや、そうじゃないんですわ。 …いや 実はね。こりゃ 皆には内緒なんだが、わしも
 この水汲みの意味っちゅーのが、本当はまだ 良く分かっとらんのですよ。ガハハハ。」
217のら猫:03/03/28 21:31 ID:???

お父さんは そう言って、あっけらかんと豪快に笑った。

『 えぇっ、分からないままで 今まで1時間近くも、頑張って走ってたんですか?!』

「 まぁ 何ですなっ。そのぅ…わしにとっては、理由とか意味とかは あんまり重要じゃあなくてねぇ。
 今私らがやっとるのは、妻と娘が マサオの為に、それこそ死ぬ気になって 必死に考えた事です。
 わしには それだけで信じる価値がありますよ。」

『 はぁ、確かに。』

「 あんたがたが、初めてうちに来てくれた日を 思い出しますなぁ。…わしも この半年近くの間に、
 本当に人生っちゅーものを 再勉強させてもらいました。おかげさまでね、モラ山さんの言う通り、
 わしの仕事も順調に変わったし、妻の方も 今じゃすっかり肩の力が抜けて来ました。
 ご近所への人当たりも、そりゃあ良くなって来ましたよ。勉強会で知り合った、何人かの奥さん
 たちとも 妻の友達になってもらいましたしねぇ。
                                          彡⌒ ミ    ∧∧
 …苦労もありましたが、その苦労の甲斐は充分ありました。   .  (   ; ^)   (゚ ,, )
 あとはもう、マサオだけなんですわ。こうして 自分らだけが        (    つ[] (   )
 勉強会の恩恵に預かってる 今の状態ってのは、実際問題     ) )> .〉   |  )〜
 マサオに対しても、本当に申し訳ない気がしてるんですよ。」      (_(⌒)  .  0∪
                                        ̄ ̄⌒⌒ ̄ ̄ ̄ ̄⌒ ̄
218のら猫:03/03/28 21:32 ID:???

『 そうですか…。いや、ホント そうですよね。』

「 …恐らく、あのバケツに水をいっぱいにするなんて事、初めから2人共 考えておらんと思います。
 でも、それでいいと あの2人が言うんですからね。私にもそれでいいんです。2人が決めた事を、
 わしは全力で 支えてやりたいと思うとりますよ。
 それより ギコくんも しぃさんも、本当にありがとう。こんな馬鹿げた事は、家族以外の者には
 おいそれとは頼めませんしなぁ。こうして 本気で手伝って下さるとは、正直思ってませんでした。
 いや、本当に ありがとう。マサオは優しい子です。あの子もきっと 喜んでくれてると思います。」

   .∧∧          彡⌒ ミ        同じ意味の分からない事を、一方で “やらされている”
   (,, ゚ー゚)         (; ´Д)  .    と感じているマサオと、自らの決断でやっているお父さん。
  と  |っ[]        ⊂     つ[]    この2人が 今この瞬間、考えている事 感じている事、
  〜丶_ つ     ((  ノ  ヽγ.ヽ     そして 受け止めているものの違いこそが、それぞれの
   (/            (__丿\__ノ      人生の重みの違いのような気がした。
⌒ ̄ ̄⌒ ̄⌒ ̄ ̄⌒ ̄ ̄ ̄ ̄⌒ ̄
…お父さんは照れたように笑うと、俺を追い抜いて ヨタヨタとまた走り始めた。
これまで 1度も感じた事はなかったけれど、この日のお父さんは 最高に格好良い男で、
最高に良い夫のように 俺には思えた。

── 俺たちが水汲みに参加してからも、小さなハプニングは続いた。
たぶん疲れて 足元か手元が狂ったのだろうと思う。水汲み場で、お母さんが水道の蛇口にコップを
ぶつけてしまい、割れたコップの破片で 左手の親指を切ってしまった。
それでもお母さんは めげるどころか、自分でハンカチを 切った手に結わえ付けようとした。
それを見た娘と夫が 駆け寄って声をかける。お父さんが丁寧に、怪我をしたお母さんの指に
ハンカチを巻き付けてやっている。その姿を微笑ましそうに見送りながら、しぃが走って行く。
家族が1つになる機会や時間など、数えるほどしかない現代。こうして 家族みんなで、協力して
何かをする姿を目にするだけでも、心が少しだけ温かくなる気がした。

…それにしても!
マサオは依然として、何の反応も見せなかった。ただ呆けたように 突っ立ているだけだった。
まるで 誰かがやれと言わない限りは、自分は何もしなくていいとさえ 思い込んでいるみたいに…。
そのくせ愚痴と文句だけは、一丁前に 一人頭の中で繰り返しているに違いない。

けれど 恐らくモナーは、そんなマサオに 敢えて何も語らないだろう事は、誰もが予想出来た。
お姉さんが怪我をして、俺たちが参加してからは、マサオの態度も完全に改まった。母親の左手の
怪我を見た時も、マサオの顔は微妙に曇ったように見えた。もうさっきまでのように、拗ねて冷笑を
浮かべるような素振りは見せない。その無表情の下で、マサオが あいつなりに、自分から何かを
考え始めてくれるだろう事を、この時 お姉さんたちは、ただひたすら待っていたんだ。
220のら猫:03/03/28 21:36 ID:???

  俺たちは走った。ただ走った。走った先の未来には、何の保証も 確約もない。
  全てが水泡に帰するかも知れない。馬鹿げた努力は、やっぱりただの馬鹿げた努力
  でしかないのかも知れない。それでも…、
  ただそれぞれが、それぞれに信じるものの為に 闇雲に走った。

                                   '´ ̄ ヽ
                .     〃ノ^ヾ      ( ノノ)) )
    ∧∧     ∧∧       ソ;´дノ)      リイ´дノ     彡⌒ ミ
    (;´Д)     (* ゚ д).     ⊂ ) ソ[]O  .   ( ⊃[]0    ( ; ´Д)
  ⊂   []O  と  つ[]  .    )  ./       /  ノ     と   つ[]
  〜(  /   〜(_ ⊃      く__〉      〈__>   (( 人 ヽノ
(( ⊂\_)     (ノ          ⊂ 'ヽ)      ⊂ 'ヽ)      (__(__)
⌒ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄⌒ ̄ ̄⌒⌒ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄⌒ ̄ ̄ ̄⌒ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄⌒ ̄ ̄ ̄ ̄⌒ ̄ ̄ ̄

  俺たちの努力では、永遠に満たされる事が無いと、誰もが そう分かっている、
  穴の開いたバケツの中へ、小さなコップ1つで 水を注ぎ続ける。笑われたって仕方がない。
  体中が汗まみれだ。それでも誰一人、ねを上げる者など居ないのは 何故なんだ?
221のら猫:03/03/28 21:37 ID:???

        .   ((( )))  .∧_∧      もしかしたら、俺やお父さんも、心の奥では この努力
    ∩_∩   (;-_-)   (´∀` )       の意味が、分かっているのかな?
   ( ´∀`) (.つ┌┐ (     )      あの小さな坊やが、モナーの ほんの一言ほどの囁きで、
   (⊃  つ  | |└┘  | | |  .     全てを理解出来たように…。
   (_)_)  (_._)__)  .(__).__)    .   それは あまりにも希望的観測に過ぎるのかな。
⌒ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄⌒ ̄ ̄⌒⌒ ̄ ̄ ̄⌒ .     俺は、みんなを信じてる。モナーを しぃを お姉さんも。
お父さんだって お母さんだって、坊やだって、マサオの為に自分の力を尽くす覚悟があるんだ。

…マサオ。答えてくれるのか? それとも、俺たちをあざ笑うのか? これは お前を傷付けた者たち
全てへの恨みを、全部両親や俺たちに背負わせて お前が復讐をする為の機会だというのか?
きっとお前の心に巣食う 虚無や絶望が、お前の態度を今、そんなにも頑なにさせているんだろう。

自分自身を見てくれ、マサオ。自分の心と 話してみてくれないだろうか、マサオ。
お前の心が 本当に望んでいるのは、孤独だったのか? 絶望だったのか? 悲観だったのか?

それを与えたのは ここに居る家族だったろう。でも今、それを頑なに手放そうとしないのは誰?
…おまえ自身じゃないのかい? その孤独や絶望を 硬く握り締めたお前の手を開かなければ、
新しい何かなんて、その手に掴み取れる訳がないとは思わないかな、マサオ。
222のら猫:03/03/28 21:38 ID:???

── 水汲みを始めてから ちょうど1時間が過ぎた頃だった。
俺の前を ヨタヨタと走っていたお父さんが、急に “アタタタッ!” と叫んで 地面に座り込んだ。
この時だけは、お母さんもお姉さんも 顔面蒼白になって、慌ててお父さんに駆け寄った。
幸い お父さんは足がつってしまっただけで、事無きを得た。ただそれ以降、お父さんはもう走って
水を運ぶのを諦めざるを得なかった。さすがにもう 元気に走っている者など、誰も居ない。

それでも、マサオにはまだ 心強い応援者が残っていた。
さすがにここにきて ややバテて来た感じの しぃの代わりに、            彡⌒ ミ
ついに坊やまでもが 水汲みに参加し始めた。               ∩_∩    (Д^ ;)
                                        ( ´∀`)   と   つ[]
坊やは 足が悪くて、上手くは走れない。それで、         (( ⊂ _  つ[] 人 ヽノ
ちょうど足がつって走れなくなったお父さんと一緒に、        (___)(_)  (__(__)
水汲みを始めてくれた。                       ̄⌒ ̄ ̄⌒⌒ ̄ ̄ ̄⌒ ̄ ̄
その微笑ましい様子に、ヘトヘトに疲れたお姉さんたちが また少しだけ元気な顔になる。
俺は もう限界に近かった。どうしても マサオの家族ほどは頑張れないよ。
223のら猫:03/03/28 21:39 ID:???

今 俺のずっと前の方には、お父さんと坊やが歩いている。お父さんも坊やも、その痛む足を
必死に庇いながらマサオへと歩いて行く。2人共 見ていて痛ましいが、あの小さな坊やが、懸命に
足を引きずりながら 水を運ぶ姿を見せ付けられても 心が動かないほど、マサオの心は擦り切れて
しまっているのだろうか。
その痛々しい2人の横を、左手にハンカチを巻き付けたお母さんが、ヨロヨロになって戻って来ている。
さっき見たハンカチには、薄っすらと血が滲んでいた。水に濡れてしまうせいで、血が止まりにくく
なっているのか…。
そして俺の後ろからは、擦りむいた膝小僧の泥さえ払わずに、ひたすら水を運び続けるお姉さん。
見事なほどに、全員がボロボロだ。俺の足も さっきから鉛のように重く感じられて来た。元気なのが
自分だけだと思ったから、俺は遮二無二飛ばして走った。そのツケが どうやらそろそろ廻って来た
ような気がする。…あぁ まただ。油断すると、すぐに同じ疑問が 俺の頭の中で跳ね回る。

        ∧∧       “何だろう。俺たちは 本当に一体何をしてるんだろうか?
      (;´Д)       みんなが こんなにボロボロになってまで やり続ける事は、
      / ⊃[]O    永遠に水がいっぱいになる事のない 穴の開いたバケツの中に、
    〜(  /      ただひたすら コップ1杯づつの水を注ぎ続けるだけ。
  (( ⊂\_)     .   お姉さんたちは、何を待っているのか ──。”
 ⌒ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄⌒
今度こそ 挫けてしまいそうになった、まさにその時、風向きが変わった。マサオに この日初めて、
お姉さんたちが 心から待ち続けていた反応が現れたんだ。
224のら猫:03/03/28 21:40 ID:???

俺はマサオの前に辿り着く。俺のすぐ前では、お父さんに助けられ、坊やがマサオのバケツに 今日最初
の1杯を注ごうとしている。マサオは思わず、まだ背の低い坊やの為に、自分の体を屈めて バケツを
坊やの手元へと差し出す。

その時 マサオに向けた今日初めての、そして今日最後の言葉を、モナーが口にした。

「 マサオ君、ちゃ〜んと出来るじゃない!」             ∧∧
                                         (*゚ー゚)
…それだけ。たったそれだけ。                    O ⊂|  ((( )))
でもその一言に、マサオはハッと モナーの方を振り返った。   .∩_∩  (;- 。-)   ∧∧
本人にも 頭ではよく分からないままだったけど、       (,,   ´) ⊂と ヽ  (`.  )
モナーの言葉にマサオの心が、何かを感じたようだった。    (    つ[]□| l .|  .と  つ
                                     (_(_) . (.(_)  | l .|
そして、坊やが笑顔で コップの水を注ぎ込んだんだ。                   (.(_)
225のら猫:03/03/28 21:46 ID:???

        /⌒ヽ   .     /⌒ヽ
      |   |       |   |
      |   ゝ-──--く   ,|       『 はぁ〜い! マサオにいちゃんのココロォ〜、
      |              l
      /              ヽ       しあわせせで、いっぱい いっぱぁ〜いに
    /  / ヽ,___,/ \   l,
    i' ..::::::..   'l,    /    ...:::...|          なぁれ〜っ!! あははは…。』
    | :::::::::::   'l,  /     .::::::::::|
 .   'i, :::::::  .  ヽ_,/        /
     ヽ              ,/
226のら猫:03/03/28 21:47 ID:???

…まるで、頭をガツーンと 殴られたような気分だった。
物事の表面、目に見える事だけに心を囚われていて、俺には それまで気が付けなかった。

何で こんな簡単な事に気が付けなかったんだ!
お姉さんは ちゃんと最初にこう宣言していたじゃないか。このバケツは マサオの心なんだと。

   .∧∧   .   坊やの言葉のおかげで、俺にもやっと 何もかもがクリアに見え始めた。
   (; ゚Д)     無駄な努力・やっても無意味な事・単なる時間の無駄・馬鹿げた事…。
   ノ つ[]O     それは 自分で自分を見捨ててしまっている、今のマサオの自分に対する
 〜(  /      気持ちそのものだった。
   (/~U .     マサオは メールで俺に言い続けていたじゃないか。
             “自分なんて 生きていても仕方が無い。自分さえ居なくなれば、残された家族の
誰もが幸せになれるのに…。” と 頑なにそう信じ込んで生きて来たんだった。

マサオは穴の開いた ボロボロの自分の心を、自分でも もうどうしようもなくなってしまっていた。
家族から見捨てられたと感じたマサオは、あの日 引き篭もったあの時から、自分自身までもが
完全に自分というものを見捨ててしまっていたんだ。

それでも お姉さんたちは、その穴の開いたボロボロの心に、これからこうやって 精一杯の家族の
愛情を注ぎ続けるからと、そう伝えたかったんだ。
227のら猫:03/03/28 21:48 ID:???

そう…たとえ今みたいに 注いだ愛情の全てがこぼれ落ちようとも、自分たちの命と力の続く限り
決して諦めず、マサオの心に 労わりや理解という愛情を注ぎ続けるんだって気持ちを、
口先だけじゃなく 文字でもなく、言葉を越えた行動で示したかったんだ。
                          . . . . . .
ただその為だけに、本当の自分たちの 血や汗や涙を、彼らはマサオの前で流して見せた。
誰もが馬鹿げていると笑うような努力を。マサオ自身さえ諦めていた努力を やってみせたんだ…。

けれど、マサオの心に開いた穴を塞ぐ事が出来るのは、
マサオ自身以外には 世界に一人として居ない。            ∧∧  ((( )))  ∧_∧
今まで 自分で自分の心に 愛情を注ぎ込む事さえをも      (* ゚ー) (;- д-) .( ´∀`).
拒否していたマサオが、今やっと誰に命じられる事もなく、      U  |っ O┌┐ (     )
坊やの為に 自らそのバケツを差し出した。            〜|  |  | └┘ | | |
                                       (/~U  (_._)__) (__).__)
モナーが言ったのは、マサオにだって その気持ちさえあれば、   ̄ ̄ ̄⌒ ̄ ̄⌒⌒ ̄ ̄⌒ ̄
自分から 誰かの愛情を受け入れる努力は出来るって事だったんだ。
228のら猫:03/03/28 21:49 ID:???

水汲みの始めから、お姉さんやお母さんが ずっと “諦めないからね、やり抜くからね。” と、
マサオに声をかけ続けていた意味も、今やっと分かった。俺の邪推は 見事に外れていたんだ。

…俺も その場で固まっていたが、マサオも モナーと坊やの言葉を聞いた瞬間から固まっていた。
マサオが頭で それを理解出来たのかどうかは分からない。いやむしろ そんな事はどうでもいい。
自分に愛情を傾けてくれる者の為に 自ら動けたのならば、たとえ頭では まだ意味など分かって
いなくとも、心ではきっと何か 大切な事に気付けたに違いない。

         '´ ̄ ヽ              お父さんは 疲れ果てていたのか、そんな息子の様子には
    〃ノ^ヾ( ノノ) )〉             全く気付けぬまま、再び坊やを連れて行ってしまった。
   ソ;.゚Д゚ .リイ.゚д゚ノi   .          でも俺はまだ、その場から一歩も動けないでいた。
   ( _il⊃と .Y . )     ∧∧  彡   マサオもまた、さっきから じっとバケツを見つめまま動かない。
  {{ )  (. ).[](/( }}  (;゚Д゚ )
   /__ 〈__:|_.|     と .ヽ⊃[]  そして俺が ハッと我に返り、まだ固まったままのマサオの持つ
    (/~U  し'ヽ)     )  )〜.  バケツに、これまでよりずっと丁寧に コップの水を注いだ後、
               .         後ろを振り返り 足を一歩踏み出した、その瞬間だった。
俺のすぐ後ろに戻って来ていた お母さんとお姉さんが、2人揃って小さな悲鳴を上げたんだ。
229のら猫:03/03/28 21:50 ID:???

思わず振り返った俺が見たものは、バケツの底の穴を 両手で必死に塞ぎ、今俺に注がれた水を
地面にこぼすまいとする マサオの姿だった。バケツの穴は余りに大きくて、それでも水は容赦なく
マサオの指の間からこぼれ落ちて行く、…だけど間違いない。マサオは気付いたんだ、自分の力で!

再び振り返ると、お母さんはその場に座り込んだまま 泣き崩れていた。お姉さんの方は、
笑っているのか 泣いているのか分からない顔で、立ち尽くしたままマサオを見ている。

── 待ってたんだ。お母さんも お姉さんも、ただひたすらマサオを信じて、この瞬間が来るのを
苦しいのを耐え忍んで 待ち続けていたんだ。マサオが自分の意志で、自分の心の穴を塞ごうとする、
この時を。自分に注がれた愛情を しっかり受け取り、こぼすまいとする気持ちを 再び持てる事を。

『 ギコ兄、大丈夫だから。だから水を運んできて! お願いっ!』      ((( ))) /
                                             (;`Д´) _
── 俺は走った。体は鉛のように重いのに、心が走れと命令した。   . (つ┌┐
足がもつれる。息が上がる。倒れそうになる。なのに俺は走れた。     / └┘     ∧∧
水を汲んで戻って来ると、もうマサオは 自分の着ていた服を脱ぎ、    (__/(__.)    (Д゚ ;.)つ[]
それでバケツの外側を すっぽりと覆っていた。                           (つ、丿
それでもまだ水はポタポタと滴り落ちていたが、でも これなら本当に            (ノ/
穴の開いたバケツを コップの水でいっぱいに出来るかも知れない。             (_/
230のら猫:03/03/28 21:55 ID:???

しぃが モナーに声をかけていた。そこに立っていた坊やから 笑顔ですばやくコップを受け取ると、
まるで弾け飛ぶように、しぃは水汲み場へと走って行く。
お姉さんが、泣いてしまったせいで 化粧がぐじゃぐじゃに落ちてしまった お母さんの肩を抱いて、
そのバケツに 自分と母親、2人分の水を注ぐ。マサオが その時初めて笑った。

『 大丈夫、もう分かったから。もうこぼさないから、ねっ 姉ちゃん?』

俺の頭の 後ろあたりがジーンとして、両目の内側が熱くなって、鼻の奥の方が ツーンと痛くなった。
反射的に俺は 手にしていたコップの水をさっと注ぐと、また走り出した。
疲れていたけど また本気で走った。そうしないと、自分まで泣き出してしまいそうだったから。
途中すれ違ったお父さんまでもが、今にも泣きそうな顔をして 本当に大事そうに水を運んでいた。

                            今はもう お父さんにも、このコップの水が ただ単なる
    .  彡⌒ ミ                     水ではなく 自分の愛情なんだと分かったようだった。
      ( ; ´д)      ∧∧         そんな 真摯で不器用なお父さんの様子を目にして、
      (  つ[]O    (,TдT) 三     ふっと頬が綻んでしまうと、俺は急に それも勝手に
   (( 人 ヽノ      O[]と ヽ 三 .   胸の奥の方が ギュッと詰まって苦しくなった。
     (__(__)          と _ノ〜     そして何故だか、今まで我慢出来ていたはずの涙が
                   ヽ)    .    ぽろぽろとこぼれて、ちっとも止まらなくなったんだ。
231のら猫:03/03/28 21:56 ID:???

── 水飲み場で深呼吸を3回して 高ぶった気持ちを落ち着かせ、いざ水を汲み戻ろうとすると、
マサオが既にもう かなり重くなり始めたバケツを両手に抱えて、ヨロヨロと こっちの方へ歩いて来るのが
見えた。

そうか、そうだったな! お前には 自分で動ける手も足もあるんだったな。全てを分かった今なら、
そのバケツに 水をいっぱいにする事だけ考えればいい。これ以上家族を苦しめないでいい方法を
自分自身で考えて、その心の声に お前は従えばいいんだ。

お母さんが そんなマサオの肩を、そっと抱いている。お姉さんが    ∧∧       ∧∧
そんなお母さんの分のコップも持ちながら、比喩なんかじゃなく    (*゚ヮ゚)     (Д゚ .,,)
本当に “笑い泣き” をしつつ こっちへ歩いて来るのが見える。   (|  つ[]  []と|  U
そんな微笑ましい光景が、まだ少しだけ 俺の眼に残った涙で、   と_.ノ〜   ⊂._  |〜
ちょっとばかり歪んで見えた。                        ヽ)   .    `U
しぃが そんな俺の顔を見て、“あなた目が真っ赤よ。” と笑う。   ̄ ̄⌒ ̄ ̄⌒⌒ ̄ ̄⌒ ̄
…自分だってそうなのに 笑うなよ、しぃ。
232のら猫:03/03/28 21:57 ID:???

最後の一杯を お母さんが注ぐと、満ち満ちたバケツから水が溢れ出た。
お父さんが シッカリとそのバケツをマサオから受け取ると、お母さんは まるで小さな子供を抱き締める
みたいに、駆け寄ってマサオを力一杯に抱き締めた。

さすがにマサオは照れていた。その照れる仕草は 18歳の男の子そのものだった。でも ちゃんと、
そのマサオの顔は 嬉しそうに笑っていた。お母さんがマサオを抱き締めて離さないので、お姉さんが
“母さん、今度は私よぅ。” と、お母さんからマサオを奪い取って 背中からギュと抱き締めた。
その時になって、やや俯いたマサオの目から ぽろっと涙が流れ落ちた。ほんの2、3粒の涙でも、
それはマサオが 実に十数年ぶりに人前で流す、本物の嬉し涙だったんだ。

    :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

── かくして 穴の開いたバケツは、本当に水でいっぱいになった。

言葉は、一旦 俺たちの頭の中を通って、意志や気持ちを伝え合う道具だ。
もし その言葉を越えるコミュニケーションがあるとすれば、それが抱き締めるといった “行為そのもの”
なのだろう。
お姉さんたちの気持ちが マサオに伝わったのも、長い間の自己否定によって 批判精神に満ちた
マサオの頭を通さずに、直接 血や汗や涙を流す行為によって その気持ちを伝えたられたからじゃ
ないだろうか。人間が 誰かに愛してると言った時 言われた時、その後に 思わずその人をギュッと
抱き締めたくなったり 抱き締められたくなるのは、俺たち人間が 本能で、言葉なんかよりも もっと
もっと強くて確かなコミュニケーションの方法を 知っているからなのかも知れない。
233のら猫:03/03/28 22:02 ID:???

そんなこんなで、マサオにとって…というより、小森家にとって 記念すべき日は、最後には誰もが
満面の笑顔で公園を後に出来たという、参加した全ての人にとって 本当に幸せな記憶となった。

もし ただ訳も知らず、俺たちの様子を遠くから見ていただけの人が居たとすれば、それは単に
穴の開いたバケツを、来ていたシャツで覆って 水をいっぱいにしただけ。ただ それだけの事だ。
でも、その場に居て 実際に水汲みに参加した俺たちにとってそれは、間違いなく “奇跡” と呼んで
差し支えないほどの出来事だったんだ。

最初の頃、モナーが言っていた “言葉でなく 知識でもない。体験だけが人を変える。” という意味を、
これほどまでに証明した出来事はなかった。

ところで、実は それ以外にも、俺には 今になってやっと気付けた事があった。1つはモナーの事だ。
マサオの件が一段落して、ふと 今までの経緯を 自分で振り返ってみると、モナーが今まで 俺に対して
接して来てくれた 一貫した態度こそが、本当の愛情・本当の友情なのだと分かった。
モナーは決して 俺に何かを強制する事はなかった。決して自分の意見や考えを押し付けたりせず、
例え間違っていたにせよ、俺が自分で考えた意見を尊重して来てくれた。
234のら猫:03/03/28 22:10 ID:???

それに 俺がモナーからもらったものは、色んな貴重なアドバイスだけではなかったんだ。
決して自分を批判せず、暖かく見守ってくれている。そして いつでも真摯な態度で、自分の相談に
乗ってくれる親友が居る。…そういう安心感こそ、あいつがこの俺に与えてくれた 最大のプレゼント
だったのだと気付いた。

それは そのまま、モナー以外との付き合い…仲間同士の上手な付き合い方や 将来の子育てにも
自然とつながってくれるような気がする。
今までの俺は、事ある毎に人とぶつかり、誰かと争いの火花を散らしてきた。
傷付く事も 傷付ける事も多かった。それは 例えるなら、河の上流の大きな角張った石が、流域の
色んなものにぶつかりながら河を下って行き、ぶつかる度に次第にそのカドが取れ、最後には下流
の川べりで 真ん丸い石に変わるようなものだろう。

モナーの生き方は それとは少し違う。まるで 川面を浮いて流れる木の葉のように軽く、柔らかに
人生の流れを下って行く。どんなものにも 激しくぶつかる事なく、ごく自然に水の流れに乗って
何かにぶつかる寸前に さっと身をかわしてしまう。川面に突き出た石の脇を、流れるように
すり抜けて行く 木の葉そのもののような、そんな柔らかな生き方だ。
235のら猫@休憩します:03/03/28 22:11 ID:???

どちらの生き方が正しいというものではないにしろ、モナーのような生き方も 俺には学んでみる価値
がありそうだと思う。第一、いちいち人とぶつかるような生き方は 結構疲れるものだからね。
“ほんわか のほほん” とは言っても、実際に そんな風に生きるのは、実はけっこう難しいんだ。
きっとモナーのように 心が常に柔らかくしなやかでないと、のほほんと生きるのは 無理なのだろう。

もう1つ気付いた事。俺がどうして マサオの為に、こんなにも頑張れたのかだけど…。
これはまだ結論じゃない。でも 今感じる事は、マサオはもう一人の俺だったんだと思うんだ。俺の心
の中にはまだまだ、親からの充分な愛情という栄養をもらえなかったせいで、成長し切れていない
子供が生きているのだと思うんだ。マサオは、そんな俺の中に居る精神的未熟児の中の一人だった
ような気がする。その未熟児が、俺にマサオを救ってくれと言い続けていたような気がするんだ。
マサオを救う事で、確かに俺の中の子供が ひと回りもふた回りも成長出来たと、俺はそう感じてる。

まぁ、難しい話はこれくらいに。
これからも俺は、ぼちぼちと生きてみるさ。俺のペースでね。
そしていつかは モナーみたいに、何があっても のほほんと生きてゆける人間になりたいと、
最近俺は そう心から思っているんだ。

── あっ、そうそう! 忘れちゃいけない。最後に お姉さんからの、最新のメールを紹介しよう。
236のら猫:03/03/29 00:39 ID:???

しぃちゃん、ギコさん。お元気ですか?

早いもので、あれからもう1ヶ月の月日が流れたのですね。お二人にメールを書くのも
ちょうど半月ぶりぐらいになります。だいぶ間隔が開いてしまいましたが、いつものように
家族それぞれの近況を報告させて頂きますね。

まず、マサオです。最近のマサオは ちょっとばかり生意気になりました。いままで言えなかった事を
少しずつですが言葉に出来るようになってきた証拠です。長い間 自己否定や自己批判ばかりを
繰り返して来たので、理屈っぽいのも その後遺症だと思って笑って聞き流しています。
まだ 予定の段階ですが、この秋か 次の春の通信高校の編入に向けて、1日2時間の勉強の
約束を、マサオは私たちに自分からしてくれました。…時々、その約束は破られたりしてますが、
もう家族の誰一人、そんな事に目くじらを立てて怒るような人間は居なくなりました。
将来の事は 本人もまだ決めかねていますが、今のところはやはり コンピューター関係に進みたい
ような話をしてくれています。

それから父ですけど、父は最近マサオと遊んで欲しくて仕方がないようです。モラ山さんが、息子さん
と “月に一回は、必ず親子2人か家族全員で、誰かが行きたいと言った所に遊びに行く” という
約束をしたのを聞いて、父とマサオも それを真似したようです。最近は父が、せっかく勉強している
マサオをそそのかして、遊びに連れ出してしまうのですから大変です。それを見て お母さんはいつも
苦笑いしていますよ。
237のら猫:03/03/29 00:40 ID:???

そのお母さんですが、本当に変わりました。以前までは 実家の母の教えだと言って、どんな時も
決して店屋物のご飯など頼まずに、必ず自分で食事の用意をしてたのです。これまで家事とパート
一筋で、全くの無趣味だったお母さんは、最近 高校時代にやっていたテニスに 再び夢中のようです。
その付き合いのせいで、時々帰りが遅くなったりしますが、そんな時私は マサオと二人で密かに
大喜びするんです。何故って 私もマサオも、出前のお寿司やピザが 大好きだからです。

お母さんは 本当に肩の力が抜けたようです。つまり それまで母は、常にいい妻を演じようと必死
に無理をしていたのだと思います。昨日も 私がバイトから帰ると、母はリビングでTVを見ていました。
以前は 教育上良くないと言って、子供の前では決して TVの娯楽番組など見ない人だったのです。

父や子供が帰ると 必ず玄関まで出迎える事も、父の “別にいいんじゃない?” 一言で止めてしま
いました。家に居ても、どこかが汚れていないか、何かする事はないかと、落ち着かなかった母。
そんな風だったから、きっとストレスが溜まってしまったのですね。
今は少々部屋が散らかっていても平気です。私たちも、今までのように 何でもかんでも完璧でない
と気がすまなかった 神経質な母よりも、ちょっと散らかった部屋で TVを観ながら “のほほん” と
している母の方が よっぽど好きなんです。( 父は、母が最近サボり過ぎだと愚痴ってますけどね。)
238のら猫:03/03/29 00:40 ID:???

最後に私の事です。前回のメールでも少し書きましたが、やっぱり私はもう1度大学を目指そうと、
自分でそう心に決めました。自分のやりたい事があるって、なんて幸せな事でしょうね。
私、きっと良く勉強して、誰かの “最高の石鹸” を目指します。
まだまだ日本には、今までの私たちのような苦しみを抱えた家庭が たくさんあるんですから。
ギコさん、しぃちゃん、モナーさんに坊や。そしてモラ山さんに教えて頂いた貴重な知識や、マサオの事で
自分が経験した貴重な体験・喜びを生かせる場所が、きっとあるはずだと思います。

しぃちゃんが あの日公園で私に教えてくれた、自分を大切にするって事。今も日々気を付けて
私は生きています。自分を嫌いになったり、自分をダメだと感じる度に、私はこっそり自分の手を
つねるようになりました。今でも一日に2、3度は 必ず手をつねる日が続いていますよ。
でも、これでも随分マシになったのです。最初の頃は つねりすぎて本当に手に痣が出来てしまった
ぐらいなのですから…。でも、そうやって自分の心の痛みを、体の痛みに変えて実感してみれば、
自分がいかに常日頃、自分自身を痛めつけるような考えを繰り返して来たかが 良く分かります。
239のら猫@ありがとう:03/03/29 00:42 ID:???

…あっ それから、マサオがまた坊やと遊びたいと言っていました。
あの坊やが、実は 亡くなられたモナーさんのお兄様の たった一人の忘れ形見だったなんて、とても
驚きです。でも、お父さんお母さんが天国に逝ってしまわれても、坊やにはモナーさんやギコさん、
しぃちゃん、それに 私たちも居るんですものね。きっとあの坊やも、素晴らしい人たちに囲まれて、
素晴らしい人間に成長してくれると思います。

…長くなってしまいました。メールはこれからも 半月に一回は出そうと思ってます。ギコさんたちも
お忙しいとは思いますが、また( ちょっと汚くなった )我が家へ、どうかまた 遊びに来て下さいね。
その時は 私たちの恩人であり、一生の友人である皆さんを、家族全員でお迎えしますから…。

それでは、またお逢いする日まで ごきげんよう!

   '´ ̄ ヽ                                        _____
  ( ノノ)) )〉 .彡⌒ ミ 〃ノ^ヾ . ((( ))) ∧∧  ∧∧   ∩_∩ ∧_∧  [__l二l|__ .∧_∧
  リイ.´ーノil (,, ^Д^) ソ ´ーノ) (,-_-) (*゚ー゚) (,, ゚Д゚) ( ´∀`)( ´∀`) ( ・∀・) ( `皿´)


                     〜〜 お し ま い 〜〜

                 ( ご愛読、ありがとうございました。)
240☆ のら猫 ☆ ◆CkRo9tP5ms :03/03/29 00:54 ID:???
これで、のら猫のAAストーリーは、一応完結です。4月からは新しい職場での日々が
僕を待っています。描きたかったのに描けず仕舞いの話は 山ほどありますが、
もうプーではないので、続けるのはむりぽです。(w

明日(もう今日ですが)からは、パソコンも引越しのダンボールの中です。
この板に戻って来るのかも 今は全然わかりませんので、一応みなさんには
「さようなら」を言っておきますね。でももし 戻って来る時の為に、トリップは
つけておきましょう。

…それでは皆さん、今日まで本当にありがとう。再見! のほほんダメ板!!
241のら猫 ◆CkRo9tP5ms :03/03/29 00:57 ID:???
─ 追伸 ─

このスレの続きは、皆さまでお好きに使って下さいませ。僕の他にも AAストーリーを
描いてる方に使って頂けるのが、一番嬉しいですけどね。それはもう、自然に
任せる事にします。
242サランラップβ ◆SARANvskG. :03/03/29 00:59 ID:???
のら猫さん、お疲れさまです。
お仕事頑張ってくださいね。
また、会える日を楽しみにしています(´・∀・`)ノシ
243のほほん名無しさん:03/03/29 15:02 ID:???
お疲れさまです
ありがとう、泣きました。・゚・(ノД`)・゚・。

のら猫さんからもらったステキな話と暖かさを大切にします
244コナキ:03/03/29 21:11 ID:???
ああ、のら猫タン・・・
今までありとう!色々赴き深い話を聞かせてくれて
ワシはうれしいです。
正直寂しくなるけど今までの話やなんかを
思い出しては、のら猫さんのことを思い出します。
これからもお体に気をつけて過していただきたいのと
のら猫さんのご活躍をこころより願っております。
ついでにたまに顔を出してくれるとうれしいです。
|-_-)ノシ では、がんばってのう!
245のほほん名無しさん:03/03/30 22:48 ID:???
文章だけでも凄いのにAAまでついてて・・・
のら猫さんお疲れ様です、そしてありがとう。
またのほダメ板に帰ってきてくれることを期待してますヽ(´∀`)ノ
246のほほん名無しさん:03/04/01 15:17 ID:???
part2のログも保管なさる予定でしょうか?
オネガイシマス
>保管サイト様
247のほほん名無しさん:03/04/10 15:54 ID:???
ほっしゅー?
248なー:03/04/17 14:50 ID:BhkxDjna
山崎回避。
249山崎渉:03/04/17 14:50 ID:???
(^^)
250のす:03/04/17 20:16 ID:???
ほしゅ
251山崎渉:03/04/20 02:17 ID:???
   ∧_∧
  (  ^^ )< ぬるぽ(^^)
252のす:03/04/20 07:43 ID:???
ホシュ
253のほほん名無しさん:03/05/11 23:26 ID:???
のほほん。
254のほほん名無しさん:03/05/13 18:07 ID:???
まだあったのか・・・ノホホン
255なー:03/05/22 03:22 ID:OejPz4ud
保守や。(汗
256山崎渉
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉