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名無しさん@お腹いっぱい。:
労働者が社会の主人公」ということに対して、「農民も漁民も主人公だ」と対立的に持ち出して非難するのは、
文字どおりマルクス主義とプロレタリア革命に敵意を持ったものに初めて言いうることである。それでは聞くが、
マルクス主義や「プロレタリア独裁」というのは、「思い上がり」「尊大な都市住民」の「偏狭な階級的立場」なのか。
「プロ独」の概念そのものに反対でなくて、労働者と農民・漁民を対立させるような、これほどひどい議論が出てくるはずはない。
「農村や漁村の苦境の上にあぐらをかく尊大な都市住民」などと言うが、「農村や漁村の苦境」は、
ブルジョアジーとその国家によってもたらされているのだ。その階級的本質を見ないで怒りの矛先を労働者に向けようとする塩川派は、
小ブルジョア的反革命であり、完全に資本の差別分断攻撃の手先である。彼らはブルジョア的な「生産者と消費者」の対立にすり替え、
階級的視点を消し去るのだ。
プロレタリア革命は、労働者階級が権力を握ることによって階級社会を終わらせる目的で実現される。
それ以外に一階級が他の階級を搾取し抑圧する関係を終わらせることはできない。その革命にとって、農民の決起とその合流が死活的に
重要なことは言うまでもない。だから「労農民主独裁」ではなく「プロレタリア独裁とその階級的基礎としての労農同盟」としてかち
とっていくのである