■配役
川崎(山本)八重(1845-1932)…綾瀬はるか(28)[少女期:鈴木梨央(8)]
山本権八(父/1808-1868)+37…松重豊(50) 山本佐久(母/1810-1896)+35…風吹ジュン(61)
山本覚馬(兄/1828-1892)+17…西島秀俊(42) 山本うら(覚馬先妻/1837-没年不明)+8…長谷川京子(34)
山本三郎(弟/1847-1868)-2…工藤阿須加(21) 山本みね(覚馬次女/1862-1887)-7…池田沙弥花(11)
川崎尚之助(先夫/1836-1875)+9…長谷川博己(36) 新島襄(後夫/1843-1890)+2…オダギリジョー(37)
小田時栄(覚馬後妻/1854-没年不明)-9…谷村美月(22)
徳造(山本家下男)…戸田昌宏(45) お吉(山本家女中)…山野海(47)
松平容保(会津藩主/1836-1893)+9…綾野剛(31) 松平照姫(容保義姉/1832-1884)+13…稲森いずみ(41)
松平敏姫(容保正室/1843-1861)+2…中西美帆(24) 松平容敬(容保養父/1804-1852)+41…中村梅之助(83)
松平喜徳(容保養子・慶喜弟/1855-1891)-10…嶋田龍(13) 滝瀬(照姫中老)…筒井真理子(40)
西郷頼母(家老/1830-1903)+15…西田敏行(65)
西郷千恵(頼母妻/1835-1868)+10…宮崎美子(54)
西郷眉寿(頼母妹/1843-1868)+2…中島亜梨沙(30) 西郷由布(頼母妹/1846-1868)-1…玄里(26)
西郷細布(頼母長女/1853-1868)-6…田中明(16) 西郷瀑布(頼母次女/1856-1868)-11…豊田留妃(10)
西郷吉十郎(頼母長男/1858-1879)-13…関ファイト(13) 西郷律(頼母母/1811-1868)+34…久松夕子(79)
山川大蔵(家老/1845-1898)±0…玉山鉄二(33)
山川二葉(大蔵姉・梶原平馬妻/1843-1909)+2…市川実日子(35)
山川兵衛(家老・大蔵祖父/1783-1869)+68…山本圭(72) 山川艶(大蔵母/1817-1889)+28…秋吉久美子(58)
山川健次郎(大蔵弟/1854-1931)-9…勝地涼(26) 山川捨松(大蔵妹/1860-1919)-15…水原希子(22)
山川登勢(大蔵妻/1850-1868)-5…白羽ゆり(34) 山川美和(大蔵妹/1847-没年不詳)-2…守田菜生(29)
山川操(大蔵妹/1852-1930)-7…竹島由夏(27) 山川常磐(大蔵妹/1857-没年不詳)…水野芽郁(13)
梶原平馬(主席家老/1842-1889)+3…池内博之(36)
神保内蔵助(家老/1816-1868)+29…津嘉山正種(69)
神保修理(家老・軍事奉行添役/1834-1868)+11…斎藤工(31) 神保雪(娘子隊・修理妻/1846-1868)-1…芦名星(29)
高木時尾(幼馴染・斎藤一妻/1846-1925)-1…貫地谷しほり(27)
高木盛之輔(時尾弟/1854-1919)-9…大倉栄人(20) 高木澄江(時尾祖母)…宮下順子(64)
田中土佐(家老/1820-1868)+25…佐藤B作(64) 横山主税(江戸家老/1798-1864)+47…国広富之(60)
林権助(大砲奉行/1806-1868)+39…風間杜夫(64) 佐川官兵衛(家老/1831-1877)+14…中村獅童(40)
萱野権兵衛(家老/1830-1869)+15…柳沢慎吾(51) 簗瀬三左衛門(家老/生没年不詳)…山野史人(72)
秋月悌次郎(軍事奉行添役/1824-1900)+21…北村有起哉(39) 広沢富次郎(公用方/1830-1891)+15…岡田義徳(36)
内藤介右衛門(家老/1839-1899)+6…志村東吾(43) 大庭恭平(1830-1902)+15…山中崇(35)
古川春英(1828-1870)+17…小市漫太郎(44) 黒河内伝五郎(武芸師範/1803-1868)+42…六平直政(59)
竹村幸之進(1845-1877)±0…東武志(35) 小出鉄之助(大蔵義弟/1845-1874)±0…白石朋也(34)
浅羽忠之助(1831-1897)+14…五十嵐貴裕(32) 日向内記(1826-1885)+19…武智健二(41)
伊東悌次郎(1854-1868)-9…中島広稀(19) 飯沼貞吉(1854-1931)-9…峯崎雄太(21)
篠田儀三郎(1852-1868)-7…今村信也(18)
日向ユキ(幼馴染/1851-1944)-6…剛力彩芽(20)
中野竹子(娘子隊/1847-1868)-2…黒木メイサ(25)
中野こう(竹子母/1825-1871)+20…中村久美(52) 中野優子(竹子妹/1853-1931)-8…竹富聖花(18)
水野テイ(梶原平馬後妻/1849-1889)-4…MEGUMI(31)
斎藤一(新選組/1844-1915)+1…降谷建志(34) 土方歳三(新選組/1835-1869)+10…村上淳(39)
近藤勇(新選組/1834-1868)+11…神尾佑(43) 沖田総司(新選組/?-1868)…鈴木信二(32)
永倉新八(新選組/1839-1915)+6…水野直(33) 藤堂平助(新選組/1844-1867)+1…住吉晃典(34)
■配役(つづき)
孝明天皇(1831-1867)+16…市川染五郎(40)
岩倉具視(1825-1883)+20…小堺一機(57) 三条実美(1837-1891)+8…篠井英介(54)
近衛忠煕(1808-1898)+37…若松武史(62) 中川宮(1824-1891)+21…小須田康人(51)
二条斉敬(1816-1878)+29…伊吹剛(63) 中山忠能(1809-1888)+36…小川隆市(64)
仁和寺宮(1846-1903)-1…西海健二郎(40) 九条道孝(1839-1906)+6…河原健二(36)
徳川慶喜(1837-1913)+8…小泉孝太郎(34)
徳川慶篤(慶喜兄/1832-1868)+13…杉浦太陽(32) 徳川慶恕(慶勝・容保実兄/1824-1883)+21…金子賢(36)
徳川家定(1824-1858)+21…ヨシダ朝(52) 徳川慶福(家茂/1846-1866)+1…葉山奨之(17)
松平春嶽(1828-1890)+17…村上弘明(56) 徳川斉昭(1800-1860)+45…伊吹吾郎(67)
松平定敬(1847-1908)-2…中村隼人(19) 松平茂昭(1836-1890)+9…斉藤悠(28)
井伊直弼(1815-1860)+30…榎木孝明(57) 安藤信正(1820-1871)+25…倉石功(69)
佐久間象山(1811-1864)+34…奥田瑛二(63) 吉田松陰(1830-1859)+15…小栗旬(30)
宮部鼎蔵(1820-1864)+25…宮内敦士(43) 吉田稔麿(1841-1864)+4…石川雄亮(33)
久坂玄瑞(1840-1864)+5…須賀貴匡(35) 来島又兵衛(1817-1864)+28…関戸将志(36)
真木和泉(1813-1864)+32…嶋田久作(58)
世良修蔵(1835-1868)+10…小沢仁志(50) 大山綱良(1825-1877)+20…村上新悟(38)
木村銃太郎(1847-1868)-2…大地泰仁(31) 二階堂衛守(1836-1868)+9…金児憲史(34)
成田才次郎(1855-1868)-10…吉井一肇(14) 岡山篤次郎(1856-1868)-9…大嶋康太(11)
伊達慶邦(仙台藩主/1825-1874)+20…天野勝弘(49) 上杉斉憲(米沢藩主/1820-1889)+25…倉持一裕(47)
但木土佐(仙台藩家老/1817-1869)+28…嵐芳三郎(48) 木滑要人(米沢藩家老/生没年不詳)…西沢仁太(54)
姉歯武之進(1844-1868)+1…管勇毅(30) 遠藤条之助(生没年不詳)…渡邊修一(35)
河井継之助(長岡藩家老/1827-1868)+18…岡森諦(51) 内藤新一郎(1844-没年不詳)+1…木下政治(42)
白井小四郎(1838-1868)+7…多田広輝(34)
■配役(つづき)
西郷隆盛(1828-1877)+17…吉川晃司(47) 島津斉彬(1809-1858)+36…林与一(71)
大久保利通(1830-1878)+15…徳重聡(34) 大山巌(1842-1916)+3…反町隆史(39)
伊地知正治(1828-1886)+17…井上肇(52)
板垣退助(1837-1919)+8…加藤雅也(50) 山内容堂(1827-1872)+18…田中隆三(55)
後藤象二郎(1838-1897)+7…京極圭(39) 坂本龍馬(1835-1867)+10…柾賢志(29)
勝海舟(1823-1899)+22…生瀬勝久(52) 榎本武揚(1836-1908)+9…山口馬木也(40)
野沢鶏一(1852-1932)-7…小林優斗(21) 明石博高(1839-1910)+6…橋爪遼(26)
木戸孝允(1833-1877)+12…及川光博(43) 槇村正直(1834-1896)+11…高嶋政宏(47)
大垣屋清八(1814-1887)+31…松方弘樹(70)
■放送日程とサブタイトル、演出
第01回 01/06 「ならぬことはならぬ」 ・・・・・・・加藤拓
第02回 01/13 「やむにやまれぬ心」・・・・・・・・加藤拓
第03回 01/20 「蹴散らして前へ」 ・・・・・・・・・・加藤拓
第04回 01/27 「妖霊星」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・加藤拓
第05回 02/03 「松陰の遺言」 ・・・・・・・・・・・一木正恵
第06回 02/10 「会津の決意」 ・・・・・・・・・・・一木正恵
第07回 02/17 「将軍の首」・・・・・・・・・・・・・・・末永創
第08回 02/24 「ままならぬ思い」 ・・・・・・・・・・加藤拓
第09回 03/03 「八月の動乱」 ・・・・・・・・・・・一木正恵
第10回 03/10 「池田屋事件」 ・・・・・・・・・・・清水拓哉
第11回 03/17 「守護職を討て!」・・・・・・・・・・加藤拓
第12回 03/24 「蛤御門の戦い」・・・・・・・・・・一木正恵
第13回 03/31 「鉄砲と花嫁」 ・・・・・・・・・・・・・末永創
第14回 04/07 「新しい日々へ」・・・・・・・・・・・・加藤拓
第15回 04/14 「薩長の密約」 ・・・・・・・・・・・清水拓哉
第16回 04/21 「遠ざかる背中」・・・・・・・・・・清水拓哉
第17回 04/28 「長崎からの贈り物」 ・・・・・・一木正恵
第18回 05/05 「尚之助との旅」・・・・・・・・・・一木正恵
第19回 05/12 「慶喜の誤算」 ・・・・・・・・・・・・・末永創
第20回 05/19 「開戦!鳥羽伏見」 ・・・・・・・・・加藤拓
第21回 05/26 「敗戦の責任」 ・・・・・・・・・・・一木正恵
第22回 06/02 「弟のかたき」 ・・・・・・・・・・・・・末永創
第23回 06/09 「会津を救え」 ・・・・・・・・・・・・・加藤拓
第24回 06/16 「二本松少年隊の悲劇」 ・・・・・・一木正恵
第25回 06/23 「白虎隊出陣」
第26回 06/30 「スペンサー銃を撃て」
第27回 07/07 「彼岸獅子入城」
第28回 07/14 「殿との再会」
第29回 07/21 「鶴ヶ城開城」
第30回 07/28 「再起への道」
第31回 08/04 「覚馬からの手紙」
*サブタイトルは変更される場合もあり
9 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/16(日) 23:52:06.86 ID:LfX1IIme
今時代の流れが似ている。
世襲に加え、生まれた時から何をするかが決まっている時代。
それが明治になり、有能なものはのし上がれる時代になった。
それがまた新卒社会とかになり、出来上がった仕組みで今ある有名ブランドに
入ることで今後が固定化される社会になってしまった。
雇用の流動化とか言われ久しいが、結局派遣とかではみ出されている始末。
今は安政の大獄ってとこだな、もうすぐ、今の社会も破綻した仕組みが破壊されるよ、きっと。
春嶽△
>>1 乙
前スレ97 ID:Swaq+VXj
今読み進めてからそのID:Swaq+VXさんが言ったj指摘レスに気づいたスマソ。
イヤミのつもりは無かったのでその辺誤解なきよう。申し訳なす
>>10 んなこと言うなら、
徳川幕府もはじめの一歩から間違ってると思ったのは俺だけじゃないと見た。
これ復興支援とか言ってるけど、会津虐殺しまくってていいのか?
福島の人が見たら余計憂鬱になるんじゃw
新政府軍の行進曲好きなんだよな。
一回くらい流れるかと思ってたけど無さそうだね。
16 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 00:02:05.02 ID:3CWxdPXW
996 名前:日曜8時の名無しさん 投稿日:2013/06/16(日) 23:55:26.97 ID:Swaq+VXj
>>991 二本松藩とのご指摘があった
間違い失礼
会津のお偉いさん達が身分偽って象山塾に行っていればこんなことには・・
↑もう馬鹿は引っ込んでろ
>>10 ま、だったら、豊臣家を卑劣に騙して、追い込んで、根絶やしにした徳川家康
によって作られた徳川幕府は初っ端から間違っていたことは間違いない。
そしてそれに加担したところは初っ端から間違っていたのかもしれませんよ。
>>14 観光客が来ればいいんだよw
それに史実を捻じ曲げるわけにはいかんだろ
>>13 あ、かぶったw
でも、普通そう思うよね。
家康のやったことなんて、すっげー卑劣極まりないし。
家康は豊臣を殲滅したからなぁ
あれ滅ぼす必要性なかったもの
やっぱ秀頼が怖かったのかな
21 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 00:03:33.40 ID:dlA1f91b
頼母はなんであんなに高齢なのに無能なんだとか、
なんであんなに高齢なのに3つくらいの娘がいるんだとか
いちいち気になるけど、そういえば覚馬より年下の役なんだよな…
なんで西田はこの役を引き受けたんだろ。もっといくらでもハマり役あるだろ、おとっつぁまとか、神保父とか
>>14 覚馬や八重が、絶望的な状況下でも自分ができることを一生懸命やっている
明治になれば、優秀な山川兄妹なども頑張るんだろ
>>22 頼母が無能かどうかはさておき、
西田にはもっと適役があったはず、ってのは同意
26 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 00:06:03.04 ID:3CWxdPXW
あの春嶽は無いわー
慶喜の恭順の邪魔になるので、会津の書状を
朝廷に出すのを阻止した張本人が
27 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 00:06:22.44 ID:yneOcAaI
昨日見た歴史秘話ヒストリアって番組で会津特集やってたんだけど
「会津は元々は東北の大大名である、佐竹、上杉、伊達、南部の驚異から徳川家を守るために作った藩」って説明があった。
徳川家康は毛利と島津の将来的な驚異を恐れていたらしいけど、会津みたいなこいつらが暴走したときの九州を押さえる藩って作ってなかったのか?
尚の助がやつれ気味だけど、芝居としてもがんばってるじゃん
オダジョーよりこっちのほうに情がわくわ
秀頼ってガチで秀吉の息子だと思うか?
>>13 同感
中村彰彦とか元NHKの松平アナとかは薩長が徳川を倒したこと自体が怪しからんと言わんばかりだけど、徳川はべつに日本の絶対的支配者ではない
徳川が豊臣の天下を奪ったように、薩長が徳川の天下を奪ってもそれ自体は問題あるまい
それにやり方が卑劣というが、徳川がやった豊臣の滅ぼし方も相当に卑劣だ
和平っていいながら、大阪城の堀を埋めて
最終的には豊臣一族を焼き殺したからね>徳川家康
時間軸を戻せば、秀吉が秀頼の面倒を頼むと選んだ五大老で
家康はすぐに裏切り、毛利は最後まで忠義を尽くしたとも言える
その毛利にやられた徳川
そう考えると歴史って面白いな
宮さん宮さんはいい曲だよね、俺も劇中で聞きたかった。
ドラマ版の壬生義士伝では印象的に使われてたなぁ、
あの陽気なメロディが新選組の崩壊させる合図って感じだったわ。
>>25 西田も無能だから、無能頼母は適役だったのでは?
神保内蔵助が死ぬ気満々で怖い
一人戦って死ぬってなら構わんが、家老で皆で戦い皆で死ぬだから困る
まあ死ね死ね言って自分は生き残る旧軍に比べればマシか
柳生十兵衛なら、あの場で新政府首脳部
まとめて斬り伏せてくれたのにな…
>>27 日本語をしっかり書いてくれよ。
言ってることさっぱり分かんねーよ。
>>14 逆に会津ではこの歴史を知って欲しい人の方が多いらしい。
自分達がよくドラマで見る幕末は薩長史観の物が多いから。
ただ会津史観も脚色多いのでそのまま信じない方が良い。
薩長と会津の丁度中間に当たるのが土佐と肥前史観。
平等な目で見たい場合は土佐か肥前史観がオススメ。
>>31 って言うか、家康のやったことに比べれば薩長のやったことは天使に見えるわ。
愚劣の極みだよ、あれは
41 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 00:10:47.79 ID:dlA1f91b
肥前史観は新鮮かも・・・
肥前って失礼だけど、なんだか地味な扱い
>>25 たぶん西田も頼母の経歴とか知らずに会津の家老ですからとかオファーされてOKしちゃったんだろうな
>>27 家康は自分が死ぬ直前にようやく豊臣を滅ぼしたので西国の押さえなんぞやってる暇もなかった
44 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 00:11:23.53 ID:OQsTjnT2
>>37 それより会津藩の家老たちをまとめて斬り伏せてくれれば
会津は救われた
>>35 頼母が無能だったとは思わないな。
それよりも容保の愚鈍さに腹がたってしょうがない。
清盛だって頼朝に温情かけたのがアダになったわけで、
会津をそのままにしておいたら、かならずのちのち禍根は残っただろう
大河は難しくても、BS時代劇とかで
「鍋島のお殿様」みたいなドラマやってくれたら見るな
>>29 もしかしたら、石田三成と淀殿の間に生まれた子かな?って疑うけど
>>42 おいおいw
福島県出身の上、日テレ「白虎隊」にもでてた西田さんでっせ
51 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 00:14:07.24 ID:OQsTjnT2
徳川家康のやり方はえぐかったが、終末のその矛先が徳川ではなく、会津にむかってしまったのは
皮肉である。
イメージ的に
長州;マジキチだけどホモセックスはしないよ
薩摩:賢いけど獰猛でホモセックスしまくるよ
土佐:賢くないのでとりあえず暴れるわ
会津:お人よしで利用されまくる田舎者
越前:真の賢者
長岡&二本松:いい人なんだけど身の程知らずの馬鹿
なのですが
53 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 00:14:20.04 ID:dlA1f91b
>>49 三成説もあるんだ?
乳母子説もあるよね。
>>47 旧幕臣も会津に集まってきてたしね。
彰義隊だけじゃなくて不満分子は旧幕臣の中にかなりいたはずなので、
そのままおさまるわけもない。
>>47 平家はおごっていたから内側から滅亡したのだろう。頼朝への
温情は悪くないはず。と思ってる。支那朝鮮なら遠縁の遠縁まで滅亡させたが。
>>13 同意だ
徳川が前政権から支配権を奪ったように、徳川も他の政権に
支配権を奪われただけ
徳川=天下の支配者の固定観念はおかしい
57 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 00:16:49.68 ID:OQsTjnT2
>>55 島流しでどくな教育も受けていない頼朝がまさか大勢力になるとは誰も思ってないだろ。
会津が受け入れたからダンナが殺されて逃げてきた、小栗上野之介の嫁も
無事に子供を産めたんやでー
>>51 だから会津は徳川でしょ。
それまでの武士の時代では前代未聞の「許しちゃる」を徳川宗家に対してやったから、
徳川縁者の会津を、旧幕臣の不満分子もろとも押さえつけようとするのは、
あの時代を考えれば、まあ致し方ない流れだったのかもね。
60 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 00:18:19.05 ID:jgL54kiI
このドラマでいくと
八重の夫といったら
川崎尚之助だよね
新島襄じゃなく
肥前史観は幕末では派手な活動無いし、明治では土佐の次点へ納まってるから
ちょっと地味な存在かも知れないねw
でも土佐と肥前は共に大政奉還目指していた人が仕切ってて
薩長の東北人差別政策にも反対してた民主主義的意識の強い藩だから
とりあえず現代人が薩摩と東北を平等に見るのにはオススメの史観さ。
>>40 新政府はとにもかくにも徳川を大名として残したからね
家康は豊国神社を破却したが、新政府は日光東照宮に手をつけなかった
>>54 ドラマでも描写されてたけど、新撰組や旧幕臣受け入れてたからな
そりゃ恭順が認められるわけない
肥前藩いなきゃ勝てなかったのに、戦後、新政府(薩長)の肥前藩士の扱いは酷いよな。
>>60 しょうのすけ様、ってのはゴロがいいけど、ジョー様はゴロがわるい
66 :
前スレ697:2013/06/17(月) 00:20:11.39 ID:OSFWLljj
>>前スレ578, 928
少年武士を演じていたのが薬師丸ひろ子とは知らなかった。許してけろ。
>>13 >>56 徳川が豊臣から政権を奪ったのは弱肉強食の戦国時代の続きだけど
新政府は五カ条のご誓文とか
高邁な理想を上げていたから色々ツッコミが出るんじゃないかな
万機公論はどーした、とか春嶽も言ってたけどさ
>>47 全くだな
関ヶ原で毛利島津をそのままにしておいたから、
長州征伐キッチリやらなかったから
禍根が残って幕府終わらせるハメに
やっぱり長州は朝鮮の血が濃いだけあって恨み深いw
69 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 00:21:45.71 ID:dTiThZNu
>>62 それって現代の倫理観で、江戸末期の出来事を裁いているのに等しいのだが。
比較して何か楽しいのか?
70 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 00:22:07.79 ID:samucT+0
二本松せつないな。
いよいよ会津の女どもにも
覚悟せよという描写が出てきて緊迫感増してきたな。
ドラマがやっと面白くなってきた。
>>61 薩長史観?
別に薩長マンセーじゃないけど、徳川や会津があのまま幅を効かしていたりしたら、
日本の近代化は歪な構造になっただろうと思うから、徳川や会津があのままでいるよりは
薩長が江戸幕府を潰してくれたことに感謝してるけどね。
薩長史観なんてものより会津観光史学のほうが気になるわ。
>>28 もう新島ジョーは出て来なくていい気がするw
ハセキョーもやつれてるような
75 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 00:25:31.97 ID:jgL54kiI
なんでだか
裏切らずに裏切り者と戦った県民で
ホッとするわ
なんでだ
>>71 そうではなく、薩長史観というのは国内戦争必要不可欠説とか
薩長独裁政権、他府県差別時代をオールスルーとかそういう部分ね。
土佐や肥前史観では内乱は可能な限り避けるべきだったとか
薩長独裁政権と他府県差別時代はズーム入れてる。
つまり会津と薩長の丁度中間的な位置
>>69 薩長が徳川を倒すこと自体は問題ないという話をしてるだけだ
山口県の五色台や錦帯橋にいってみたいが、二本松や会津に行きたいという
宣伝効果はある。実際いきたい。
>>62 大坂の陣の段階で豊臣家は徳川公儀に組み込まれており、
にも関わらず恩顧の大名を誘ったりして不穏な動きを見せ、
その結果方広寺鐘銘事件を契機に家康に呼び出され、
冬の陣の段階でも家康が秀忠を抑えて講和したのに自力で牢人を排除できず、
とうとう討滅の憂き目にあった
と言うのが史実であって、家康としては最大限豊臣家に配慮しているのだが。
>>71 あの時期の列強は内紛を晒した清の分割にかかってるから、
日本に介入する余力はない。むしろ列強の緩衝地帯になっている。
日本の政治体制がどうであろうと植民地化とか言うレベルの危機は生じてない。
>>63 長州は武装恭順してあっさり認められたけどな。
八重さん番組最後の方で阿修羅の様な目をしとったのう
>>74 奥羽鎮撫総督から出た奥羽諸藩への処分は
ほとんど下っぱの参謀が独断で出してたらしいからなあ
容保の首を要求したのは総督府参謀の宇和島藩士の林通顕という人の独断らしいけど
何やってた人なのかすらよくわかってないというありさま
84 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 00:33:45.38 ID:nL0JwBxp
いやー、今度は東欧訪問したね、安倍総理
どうなるんだろ、日の丸原発は売り込めるのかねー
85 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 00:34:10.85 ID:dlA1f91b
>>76 途中から入ってきた人にはわからないものがあるでしょう。
土佐や肥前は、事の深刻さに気がついていないだけだとも言える。
たとえば、なぜ佐幕派だった薩摩が倒幕派にならざるを得なかったのか。
その経緯を経たからこそ、薩摩は徳川を政権から排除しなければ
共和政治は作れないと身に沁みたわけだし。
後からでは、「酷い!酷すぎる!」なんて、なんとでも言えるけどさ、
新政府が会津を見逃していたら、榎本も函館に逃げていったわけだし、
日本は2つに分裂していたかもしれない。
>>44>>49 だよなーw
秀頼、体格も顔もぜんっぜん禿ネズミサル秀吉に似てないw
豊臣に恩ある子飼いの大名が、徳川に着いたのはまさにそこが大問題だったからだろ?
つまり怪しい跡継ぎと側室より、恩ある正室ねねへの忠誠を豊臣への奉公とした
徳川は正室ねねを尊重した、だから徳川に着いた
豊臣をかたって乗っ取った連中だから戦国らしく滅ぼした、とも考えられる訳でw
まあ戦国の武将と江戸時代の武士道叩き込まれた武士とは全く別物ですがなw
同じ価値観ではかれないw
89 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 00:35:14.73 ID:dlA1f91b
>>84 あ、驚いたよ。いつのまに行ってたんだっていう。
精力的だね安倍さんは。感心する。
>>81 831 日曜8時の名無しさん 2013/06/16(日) 22:23:13.89 ID:t6V665vU
>>810 長州が受け入れたこと
1、家老3人の切腹
2、参謀4人の斬首
3、藩主父子の謝罪
4、山口城の破却
5、五卿の追放
6、浪士処分
全部順守した。
長州はここまでやったそうだが
>>79 その持ってきかたがすっげー汚いでしょ、って言ってんの。
>>90 会津もきちんと交渉すればそうなった可能性はある。
93 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 00:38:35.93 ID:yneOcAaI
>>38 うん? どこが読みにくいんだ?
そのまんまじゃん
>>43 会津藩は作る余裕があったのに....
家康が作ったんじゃないだろうけどな。西国の押さえを作っていなかった事が敗因だな。
西国の押さえって細川家率いる肥後藩なら強いしできたかも。
>>27 小倉藩=小笠原氏(譜代)
第二次の長州征伐でボゴボゴにされた挙げ句に城を放棄して南に逃げてしまいました・・・・
>>87 いや同じですよ。
少なくとも現代の価値観を幕末に押し付けるよりは、
豊臣時代末期と江戸幕府末期はずっと価値観が近い。
>>68 血が濃いってww 聖徳太子の時代に渡って来たという、あくまでも一説があるだけで
たとえ事実としても縄文人と弥生人レベルに毛がはえた程度の話
新政府視点で悪く描かれても、口をつむりグッと堪え故郷を誇る会津人。
史実にもかかわらず、少しでも悪く描かれると荒れまくる薩長側の人達。
なんだか自然に分かってきた。
>>86 それが薩長史感。
実際には差別的政策をとったせいで、憎しみの連鎖が繋がり
徳川時代と同じ事が起きただけ。
それにそもそも土佐下士は薩長が日和見してる時代から既に尊皇活動してるし
別に事の深刻さに気づいてないとかそんなんじゃないよ。
99 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 00:39:48.76 ID:C7+qHfHL
板垣の中の人はポイズン信長の時の浅野長政か
「岩槻城などとうに片付けたわ」と上から目線で北国軍首脳を叱咤してた
有能指揮官キャラを思い出した
>>93 最後の文がまともな日本語だと思ってるんだったら別にいいよ
101 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 00:40:20.11 ID:dTiThZNu
>>88 宇和島藩と仙台藩は本家末家論争で、すごく仲が悪い
明治維新が終わってみると、宇和島は侯爵、仙台は伯爵で、
完全に宇和島が仙台の上となる
>>81 最初は長州藩を取り潰して
毛利は東北のどっかに左遷するって事を西郷は言ってたんだが
コロッと変わって、長州藩も「思ってたより軽くてホッ」みたいな感じになった
それでも揉めた
軍艦全て引き渡し、軍の解体は飲んだが
五卿の退去でかなり揉めた
>>96 とにかく納得いかない事があったら
すぐに「朝鮮」とかって言い出す人は相手にしない方がいいよ
全くもって話す価値もない
105 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 00:43:29.60 ID:dlA1f91b
>>102 そうだったんだ?知らなかった。
猫御前は正妻の愛姫に勝ったか!なんて。
>>98 意味不明。
偏見で書かれた半藤一利「幕末史」をそのまま信じてるような人なんだろうな。
>>86 一応補足
>徳川時代と同じ事が起きただけ。
江戸時代の頃、徳川は薩摩や長州を心からは信用せず
力を削ぐ為に嫌がらせに近いことをしていた。
当然憎しみが連鎖した
これと同じ事を、明治時代の当初薩長が行った。
土佐、肥前は「憎しみの連鎖を断ち切るべき」とこの政策に反対。
しかし聞き入れられず、当然憎しみが連鎖した。
結果大正時代からは東北人から薩長人へ対する嫌がらせが始まった。
つまり土佐と肥前は、冷静な大三者目線だったため、憎しみの連鎖という
一番の深刻な問題に気づいてた状態。
>>88 宇和島藩そのものは中立スタンスで派兵もしてない。
仙台藩の説得はしているが。
>>93 正直細川はそこまでやってやる義理が無いだろ
室町幕府→織田→豊臣→徳川と経てきた細川家には
徳川が潰れたら、また別のトップに仕えるだけだ
>>107 鹿児島のわけのわからん方言は隠密対策とも聞いた事がある。
>>101 あれれ、チミの言ってる
>>64なんかの発言も、「その時代に生きてた人?」って言いたいが。
そういう言い方、幼稚だね、ってことだ。
113 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 00:46:41.68 ID:84MxGCwA
宇和島藩って秀宗が政宗の跡取りになれなかった恨みが幕末まで続いてたの?
戊辰戦争時の軍服ってちゃんとした考証ってないんだよね?
しゃぐまの被り物もドラマなんかは参謀クラスが被ってるけど一般兵も被ってるって書もあるし土佐軍とか江戸入場までは皆てんでバラバラの衣装だったとか 以外と幕府伝習隊とかのほうが皆西洋式に衣装統一されてて見栄えよかったのかも…
115 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 00:47:43.60 ID:yneOcAaI
幕末で「活躍の割りにはあまり有名で無い藩ランキング」
1位 庄内藩
奥羽列藩同盟でありながら新政軍と互角に戦い1度も負けなかった藩。
敵であった西郷隆盛から絶賛されて東北で唯一のVIP待遇で許される。
2位 長岡藩
小藩の癖に富国強兵の重要さに気付いていち早く実行に移した藩。
戊辰戦争ではもっとも新政府軍を苦しめた。
3位 肥後藩
第二次長州討伐に出陣。その頃の長州は「奇兵隊」で近代化しており幕府軍は大惨敗。
それでもその長州相手に唯一に勝利をおさめ、恐れたれていたのが肥後藩士。
>>111 その説の真相は謎らしいが、昭和の頃までは実際に
暗号として使われてたらしいね鹿児島弁は
>>88 親戚という故にメチャクチャ仲が悪いw
仙台藩は宇和島藩を支藩とみなしていたけど、宇和島藩はそうだとは考えていなかったw。
正しいのは後者だけどね。
>>95 >いや同じですよ。
ええっ!?戦国武将と幕末の武士が全く同じ!?250年以上経ってんすけどwwww
>少なくとも現代の価値観を幕末に押し付けるよりは、
こういうのだなw
「少年を戦場に出すなんて!!」
「トップが責任取らないのが悪い!!!」
「降伏しないのは軍国主義!!!!!戦争賛美!!!!!」
>>109 キミの大好きな反薩長史観で書かれた本だよ。
おじいちゃんが長岡出身ってことで、薩長が気に食わないそうだから。
自称「知識人」の左翼的な傾向がある老人だけどね。
こういう自称「知識人」も、自分の出自の影響で、こんなに偏った見方しかできなくなる
っていう典型だよ。
今日の頼母がわめいてたように
戦力差を目の当たりにしてここは恭順やむなし、
と正論だが大人の事情や周辺の空気が読めてない主張をするのは
それこそ獅童や玉鉄や池内あたりの「気持ちが先走りがちな(見た目が)若めのご家老」
風のやつにやらせればしっくりきた気がするなあ
ところであの家老会議で頼母の後任として白河総督を命じられてた人は誰?
あんな家老いたっけか
薬師丸ひろ子≒よくしまるあそこ
>>27 西国の抑えは姫路城。そして紀州。ついでに彦根。
前スレ
>>988 >三春藩って、独眼竜政宗の系統だっけ?
その田村氏は秀吉に取り潰された。政宗の系統が名跡を継いで仙台藩の支藩の一関藩となる。
忠臣蔵で内匠頭が切腹する田村右京太夫がそれだ。
幕末の三春藩は佐竹と入れ違いに秋田から来た秋田氏。
124 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 00:52:43.35 ID:yneOcAaI
>>100 それくらいのちょっとの間違いな何て脳内で訂正できない?
君以外は読めて理解してるじゃないか....
>>110 俺は徳川家康が細川家を熊本に移転させたのは島津、毛利の暴走を押さえる為って聞いたけどな。
熊本城を作ったのは加藤清正だけど、西南戦争では薩摩武士は熊本城に大惨敗。
「熊本は九州の暴走への押さえ」って考えてた家康は正しかったっことじゃない?
>>115 長岡藩は司馬の「峠」のおかげでかなり有名だと思うけどね。
庄内藩は徹底的にスルーされてるな。
あと新政府側についたせいで庄内藩にフルボッコにされた天童と新庄も
>>120 誤解してるみたいだが自分は反薩長ではなく長州好きだよ。
というかレスちゃんと読んで欲しいかも。
自分が主張してるのは「土佐と肥前史観が丁度中間地点」という事だけ。
>>39にきちんと書いてるが、自分は
>>120の言ってる様な反薩長史観(会津史観とか)は
オススメしない。
会津戦争に官軍側として参加しながらも、薩長への批判は行っていた
土佐と肥前の史観が最も平等と言ってるだけ。
>>108 明治史要によると、宇和島藩は47人の兵員を戊辰戦争で出している
128 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 00:57:11.82 ID:PSLFsNrH
薩摩は軍楽や楽器もイギリスから輸入したんですね。
130 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 00:58:55.70 ID:dlA1f91b
>>124 西郷が西南戦争のとき
「せいしょこさんといくさするがごたる」って
言ったとか。
朝鮮と書かれたら心当たりある人間は焦って無視しようとするよなw
いや、あれだけ地理的に近くて、性質似てたらそりゃ関係あるだろって言われますがなw
海岸にハングルの漂流物が一つもありませんとでも?
流れ着いて住み着いた人間が一人もいないと断言出来るとでも?w
132 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 00:59:44.88 ID:yneOcAaI
>>129 その中で島津、毛利の暴走を押さえられそうなのは加藤清正かな。
早死にして変わりにやって来たのが細川だけど....
>>124 で、結局押さえられたのかな?薩摩・長州は肥後細川藩に
徳川が期待したとしても、やってくれないんじゃあな
これは細川を非難してるわけじゃないよ
そもそも元は外様に何期待してんだって話
御三家ですら新政府側についてるんだし
134 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 01:03:13.60 ID:yneOcAaI
>>130 そうそう
西南戦争で熊本城を落とせなかった西郷隆盛が言い残した言葉
「おいどん達は新政府軍に負けたのではなか。加藤清正公に破れたのだ。」
建築から260年たっても近代兵器を使っても熊本城は落とせなかった。それを手掛けた加藤清正は天才過ぎる。
135 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 01:03:17.89 ID:5F0qZhuw
>>115 宮部鼎蔵は肥後だっけ?
沖田と向かい合うシーンがふと蘇ってきた
>>121 頼母は覚馬より年下のはずなんだよなー
西田の使い方まちがっとるw
はじめの頃は他人の考えを無視して正論振りかざして無駄に揉める覚馬をたしなめてたのにな
最近は自分の方がそうなってる
白河行き命じられたのは家郎の内藤介右衛門、梶原平馬の兄(平馬は梶原家に養子に入った)
京都時代のおわりごろから見かけてる
熊本が落とせなかったのは、山川大蔵の入城が大きいと思うけどな
>>81 幕閣や慶喜や容保は処分が寛大すぎると不満一杯で、後から文句言われた慶勝がキレてた
>>127 お、一応出してたか
その人数だとほとんど義理か義勇軍的な感じだけど
頼母の心理もよくわからん
嫁や娘がみんな自刃したら、オレだけノウノウと生きていくのは恥ずかしい
たぶん戦って死ぬか腹切る
>>134 戦国時代の城は戦争に特化した作品揃いだからなあ
「この城は壁を食えます!」とかw
142 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 01:07:33.76 ID:fF4qihrk
黒田はそうだけど清正はむしろ島津共々警戒の対象じゃないか?
豊臣子飼いで人望もある
>>136 梶原の兄なんだ!しらんかった
ありがとなし
長州人と長州好きは、このドラマ見ないとか
見てもガマン強く身内や個人ブログで文句言って発散するか
アンチスレもしくは長州マンセースレで文句言って発散してきちんと棲み分ける
ていう大人な選択出来ないんだ?w
ムリかー、長州人代表の自慢の総理大臣自ら、大人気なく東北復興ドラマなのに文句言っちゃったもんなwちっちゃw
>>108 >>127 >>139 >宇和島藩は派兵もしていない。
派兵というか、警備の兵?
手元の資料本にはこうある、戦はしていないようにとれるね
「(宇和島藩は)前藩主宗城は薩長の武力倒幕に反対で、
あくまで公議政体論を貫くため、戦役には藩兵を出さず、
警備に47人出勤」
西国の抑え
長州の対岸には譜代の小笠原を置いてるではないか
>>121 あの場面、容保の暗愚さが際立ったシーンだったな。
ああいう藩主を持つと下が苦労するよ
149 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 01:16:39.70 ID:yneOcAaI
>>137 俺も詳しく聞きたい
西南戦争で熊本城防衛に山川大蔵がいたのは初耳
>>144 自分長州好きだけど、基本長州好きは薩長のアレな部分は認めてる人、結構多いよ。
焼き討ちシーンで突然伊藤博文が姿をくらましたり、高杉晋作が非戦を唱え始めたりすると
ツッコミ入れて楽しんでる人が多い。
自分の体験だと、薩長が叩かれると怒る人は木戸や大久保好きに多い印象。
それ以降の人まで生きた人のファンは「まあ叩かれても仕方ないわなw」と
叩きも楽しんでる人が多い。
とくに山縣有朋ファンなんかは余裕の貫禄がある。
151 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 01:20:11.00 ID:yneOcAaI
>>142 いやいや 加藤清正は福島正則とともに、秀吉の犬でありながら家康に寝返った人達でしょ。
>>126 俺は、薩摩の動きには非常に頷けるものがあるが、
長州の動きには叩かれてもしょうがないかなと。
「薩長」なんて言い方をするけど、薩摩と長州ははっきりと分けたほうがいいと思ってる。
幕末において、薩摩ほど、硬軟取り混ぜた外交で「政治」をやっていた藩はないと評価している。
>>149 山川浩は、熊本城の防衛じゃなくて救援部隊だよ
司馬遼の「翔ぶが如く」にちらっとだけどカッコ良く登場する。
154 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 01:24:56.06 ID:dlA1f91b
山縣有朋ってこのドラマで出てきたっけ?
これから出てくる?
大往生だよねこのひと。
>>146>>149 詳しくも何も、熊本城が薩軍に包囲され、物資が不足し落城が危ぶまれた時
山川浩(大蔵)率いる部隊が、負傷しながらも勇敢に突破して入城し、真っ先に救援した
守将の谷干城とは、会津戦争で激戦を繰り広げた間柄だが、谷が大蔵の能力を認めて
陸軍に引き入れたとかじゃなかったかな
以来親友として付き合っていたと・・詳しくは知らん
>>152 幕末の外交に着いては同意。
薩摩は冷静だと思う。自分は長州好きだがツッコミどころ満載だし。
ただ薩摩は明治時代にはついていけてない感があるかな。
個人的には
幕末期 長州<薩摩
明治期 長州>薩摩
の印象。
>>133 姫路城と大坂城に、家康の信任が特別に篤い池田一族百万石がおるで
なお幕末では
158 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 01:26:59.55 ID:84MxGCwA
梶原って頼母を暗殺しようとしたのか
>>154 多分出てくるんじゃないかな。
薩長藩閥の大王様だし。
ただ大往生では無いよ。
原敬が殺された時の心労で倒れてそのまま嘆きながら死んだから。
薩長藩閥の大王様のお気に入りが東北人という状態もいかがかと思うがw
>>156 > ただ薩摩は明治時代にはついていけてない感があるかな。
一体どこが?
薩摩は、長州と違って、派閥にとらわれなかっただけだよ。
>>154 山縣有朋が八重の桜に出てくるかはわからないが、容保の御宸翰と御製を大金積んででも買い取って隠滅したかったらしいぞw
>>151 その辺の人達は、秀吉<ねね だからなあ
>>159 維新三傑の後に出てきた贈収賄に近いことを繰り返した小物でしょ。
新政府の中でもかなり問題視されていたはず。
維新三傑が相次いで亡くなって、目の上のたんこぶがいなくなって得をしたと思っているタイプだと思う。
>>160 薩摩藩閥は大久保派と西郷派に分かれたせいでバラバラだから
普通に途中から長州の二番手にまわっちゃってるかと。
あと薩摩は国内外交上手いが、国外外交あまり上手くない。
これは長州も一緒だが、長州は余所から良い人材連れてきて埋めてたからな。
>>160 しかし、ある意味西郷が最大の派閥でしょ
西郷自身にその自覚がなくてもね
だから担がれてしまった
>>163 山城屋事件ね
あれで失脚しかけてたのを西郷が助けてくれたんで、西南の役のときは
恩人と戦うことになって結構苦悩したらしい
>>161 それは司馬遼太郎の創作じゃないかな
山県ならやりそうというイメージはあるけどw
三浦梧楼の回想録だと、山川健次郎の依頼で三浦が
宮内大臣だった田中光顕に掛け合って、宸翰を世に出さない条件で
会津松平家に下賜金が降りるようにしたことになってるけど
ええ?
黒田清隆なんかが旧幕臣の榎本武揚をロシア外交にあてて、
樺太、千島列島の問題を解決してもらったのは有名だけどな。
長州は金に汚い、身内の企業を優遇して賄賂を受け取る、なんてことがあるくらい
派閥にとらわれていたことで有名。
薩摩は女に弱い、って言われていたな。
日清日露をあたりまで薩摩は十分に力を発揮していたと思うよ。
>>159 平田東助「あぁん?」
>>163 一時期の山縣閥は、軍部に留まらない官僚閥の巨魁にして反憲政の旗印だよ
そういう意味では長州閥すら超えてる
軍部の都合優先して文官閥が離反したりもしてるがw
>>166 「薩長の大王」だよ。
途中から薩摩藩閥は山縣有朋側についちゃったから
山縣が薩摩人動かしたりもしてたんだよ。だから当時もそう言われててた。
だからこそ薩長藩閥批判の話になると「何もかも山縣のせい」で争いが落ち着く。
>>169 それを言うと長州も土佐も肥前も活躍全くしてないわけではないからね。
どの藩も活躍してるのは当たり前。
明治以降は薩摩はバラバラになってたせいで損したなという印象が強いだけ。
実際大久保利通の孫なんかもそう言ってる。
>>132 おお、そうそう細川細川
でも関ヶ原後にあの熊本城普請したのはやはり西国への監視だろうね
ドラマも佳境だが、二本松に父方の実家の墓がある。
もう30年近く墓参りしていない。
両親の故郷・白石と二本松、父と兄の眠る仙台の葛岡霊園に墓参する時期が来たようだ、
そんな気がする。
>>165 西郷は悲劇の人だと思うよ。
まさにラストサムライ。
でも、大久保は大久保でよくやったと思う。
大久保の描いていたシナリオでは、あと10年くらいは、
「独裁」と言われながらも殖産興業を進めて、
あとを後進に譲ってゆるやかに民主化する予定だったみたいだが。
彼も悲劇の人だな。
維新三傑の中では、木戸孝允は五箇条の御誓文など事務的なことは
頑張ったものの、だいぶ地味だよね。
>>172 損をしたというより、もともと長州ほど派閥を意識してないんじゃないのかな。
織田の血がトラブルメイカーな気がするw
豊臣を滅ぼしたのは淀君に多大な原因があるのは言うまでもないし、
容保が守護職引き受けざるを得なくなった家訓は、保科正之が弟と認めてくれた家光に異様に感謝したせい
江が寛容で秀忠の側室も側室の子も普通に認められていたら、苦労してないからそんな家訓に残すまで兄に感謝しないw
>>170 そう言えば、「ライバルたちの光芒」でも、伊藤博文vs山県有朋をやってたっけ。
でも、長州同士で裏でうまいことやってたんじゃないの?って疑ってしまうなw
薩長土肥の中で最終的に長州が勝ち残って藩閥の主流を形勢したのは
天皇を中心とする国家体制が固まった明治の知識層からみて
一貫して朝廷への忠誠を尽くしたのは長州だった、という論理的正統性が権力確立において極めて有効だったから
薩土肥は藩主と首脳部の政治的遊泳が上手過ぎた、その場その場で上手に切り抜けてはいたけど
一貫性という観点から見れば不恰好な外交政治をやっていた長州が結果的に筋が綺麗に通る態度を取り続けていた
攘夷で日本中が湧いていた時も長州はきっちり攘夷実行してるからね
斉彬が死んだ後の薩摩も色々迷走し始めて生麦事件から薩英戦争までやらかしたけど
攘夷実行をやり遂げたというのは政治的に多勢の支持を集める効果を生んだ
>>177 いや、藩閥意識は薩摩のほうが凄いよ。
幕末期は「裏切り者が出ない。仲間は裏切らない」という事で立派だった国民性なんだが
明治期もそうだったから。
例えば山縣お気に入りの原敬なんかも、薩摩藩閥に居た時代は全く出世してない。
まあ原敬自体が「俺、藩閥潰したいです!!」という意思見え見えだったから当たり前だけど。
それでも出世させた長州藩閥は、あるいみ山縣のお友達意ビイキと伊藤の才能主義のお陰だろうけど。
長州閥って最終的には山縣閥だけどな
伊藤は長州で固まらなかった上に、そもそも閥を嫌ったし
>>175 桂さんは倒幕で燃え尽きちゃった感がある
184 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 01:52:46.78 ID:dlA1f91b
>>182 伊藤は結局、西園寺やら原敬やら星亨を選んだもんな。
186 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 01:53:26.13 ID:yneOcAaI
>>173 やっぱそう思うよね
関ヶ原の後のタイミングで島津の横に置いたんだもん。
上杉、伊達、佐竹、南部の見張り役に会津あり!!
島津、毛利、長曽我部、立花、鍋島の見張り役に細川あり!!
細川家って幕末に何の役にもたってねーけどな。
大久保利通の孫といやロッキード事件の贈賄で逮捕だっけw
今、1868年の話だから145年経過してて
いまだに長州出身者の政治家が国を動かしているというのは
(途中いろんな人がいるにしても)やはり世襲制のためか。
萩が会津に仲直りを申し出た時いやまだだって言ったらしいし
結局震災時にお世話になるんだけども
まだ容保公の曾孫さんまでご存命だから昔と言い切れない気がする。
それにしても今回とことん岩倉具視が悪役でちょっと気の毒とさえ思うが
実際はどうだったのだろう。
>>186 第二次長州征伐での小倉口の戦いでは奇兵隊相手に互角に渡り合ってますがな
>>180 すっごい勘違いをしてるよ。
薩摩藩が藩として攘夷であったことなど一度もない。
薩摩藩は、開国派&公議政体論&佐幕派&公武合体派だった。
これが途中から変わって、佐幕派&公武合体派 → 倒幕派
と変わった。でも、薩摩藩が攘夷派であったことなど一度もない。
薩英戦争は、開国派でありながら外国と戦争をするという捩れた状況だった。
生麦事件が引き起こした戦争。攘夷であったわけではない。
では、薩摩藩はなぜ、佐幕派&公武合体派 → 倒幕派と変わったのか?
これは、藩の最大目標である公議政体論が、慶喜によってことごとく潰されて
(参預会議、四侯会議など)、徳川幕府がある限り無理だと悟ったから。
対して、長州は、尊皇攘夷派→尊皇開国派に変わった。
下関戦争で力の差を見せつけられたので。
(でも、長州は心の底では「攘夷」の火はそのままに残していたんじゃないのかな?)
>>182 伊藤は大久保の影響が強いからな。
冷徹な大久保ならではの潔癖症が伊藤にも影響を与えたんじゃないのかな。
>一貫して朝廷への忠誠を尽くしたのは長州だった、という論理的正統性が権力確立において極めて有効だったから
あれ?春嶽に「太政官の中には嘗て御所に発砲した方もおられる」と言われて、ヒクヒクしてたの誰だっけ?w
そりゃあ長州が連れてきた長州出身天皇だったら、長州も御所に発砲しないよなあw
193 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 02:03:19.01 ID:yneOcAaI
>>189 それは認める。
鹿児島県人と熊本県人って隣国ながら現代でも仲が悪いのはそれのせい。
だって熊本は鹿児島を押さえる為に存在してた場所なんだから。
そんな鹿児島を相手に押さえる訓練を日頃からしてたから、熊本は近代化してもいないのに長州相手に勝利できたんだよ。
>>190 藩論がどうこうの話ではなく『攘夷決行』というパフォーマンスの結果が支持を得る土台になったという話
>>186 清正に城普請をあの時期に許可したのにはそういう理由があるね
しかも超戦闘的な城で城下町もすばらしい
やはり清正公はただものでは無いな
細川は人望の点からも後継に相応しかったのだろな
なんか末裔の人が総理大臣やったとかやらなかったとか
>>193 鹿児島県人と熊本県人が仲が悪いなんて初めて聞いたよw
福岡県人と熊本県人の関係が微妙なのはよく聞くけど。
あまり関係無いけど大久保は金銭感覚がおかしいよな。
政治的才能は好きなんだが金策能力だけは本当にツッコミ所満載だと思う
そういう意味では伊藤博文には井上馨というATMが居てよかったなと思うw
伊藤も金策能力無いからな。
>>191 うーん、大久保は権威主義的でもあって、内務省とか作ったし、
いまいち伊藤の明朗な立憲主義思想と離れてるんだよなあ
伊藤はそんなに冷徹じゃないし
どっちかというと明治になってからめっきり穏健になった木戸に近いんじゃないか
>>196 熊本人が薩摩人嫌ってるのは結構有名だよ。
熊本旅行行ってみると解るかも。
くり返し言うが、薩摩藩は、斉彬から久光の時代を通じて、ずっと開国派だよ。
日本全国どこにも藩士の中には攘夷派はいて、薩摩藩も例外ではなく、
攘夷派の藩士はいたけど、藩が潰してるしね。
>>198 むしろ大久保さんはあれだけの権勢持っていながら自分の懐はスッカラカンだったって
エピソードに政治家としての凄味を感じた
利権漁りと蓄財に汲々とする今の政治屋どもに爪の垢せんじて飲ませたい
203 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 02:11:16.80 ID:yneOcAaI
>>196 鹿児島と熊本ってメッチャクチャ仲が悪くて有名だよ?
最近では熊本県人が「九州新幹線の最終駅は熊本であるべき」と県民投票して可決するくらい仲が悪いから。
熊本とは鹿児島と戦う運命の元で作られた藩。
長州と会津の仲と思って良いよ。
>>200 そう言えば熊本大学と鹿児島大学は仲が悪い。
>>199 いやいや、大久保の影響がかなり強い。
大久保は、明治初期は独裁的に強いリーダーシップで進めていく他ないと思っていて、
それを明治20年くらいまでで完成して、それ以降を民主化していって後世に譲る、って
考えていたらしい。だいたい10年単位で変えていこうと思っていた。
独裁はいけないが、自分は潔癖、という自身があったんじゃないのかな。
まあ、実際、大久保ならそうだったんじゃないのかな。
『攘夷決行』というパフォーマンスの結果が
権力を得たいが為の偽りの尊皇攘夷だったと天皇に見抜かれ支持を無くす土台になり
キレて御所に発砲までしちゃったという話w
攘夷攘夷と言いながら、薩摩に密貿易させて外国製の最新式銃を大量に仕入れてたしw
イギリス公使館放火しておきながらイギリス船に忍び込んで密航してるしw
>>199 自分もそれに同意。だがちょっと違う史観かも。
木戸の意識がちょっと未来に行き過ぎてたんだと思う。
木戸はルーズソックス全盛期にニーソ履いてるような状態かとw
>>171 だが山縣の没後、薩摩閥の系譜を継ぐ元帥陸軍大将・上原勇作の逆襲が始まるのであった
続く
ちなみに坂の上の雲の秋山好古も山縣閥
>>202 そうそう。
自分で借金をしてまで私財を投じて国を作っていったわけだから。
大久保は再評価されるべき人物だと思う。
>>202 それ美談だと誤解してる人覆いが、スッカラカンなのは実は言う程美談じゃない。
当時の政治家は大久保並に新政府へ金つぎ込んだ人沢山居る。
ただ全員、どっかから金を融通してるから借金してないだけで。
大久保は金策能力ないんだよな。
だから伊藤も下手すると大久保コースだったと思う。
伊藤の場合井上馨というATMが後ろにいたから大久保みたいになってないが。
>>205 結果的にうまくいかなかったけどな
強権路線を引き継いじゃったどっかの誰かさんのせいで
>>192 長州は戦争に勝った以上君側の奸を取り除いただけ、という言い訳が出来るからね
今日の木戸の人も言っていたが血を流した、というのは大事
血を流して戦った人に対して戦いもしなかった奴が物申しても格好が悪いからね
それで格好の良し悪しは人気に差が出る、人気に差が出ると政治力にも差が出る
>>202 えっと、大久保の子孫に大金持ちで有名な政治屋がいるの知ってる?w
爪の垢せんじて飲ませたいなら、墓開ける位はできる立場かもだから、直接言ってみたら?w
214 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 02:18:34.49 ID:dlA1f91b
肥後と薩摩の話。
薩「あんたがたどこさ」
肥「肥後さ」
でずばーっと切られたって話は、手毬唄にひっかけた
うちの父の作り話かな。父親、熊本出身なんだが。
今でも仲悪いの?父親の口から薩摩が嫌いというのは
聞いたことない。もっとも帰化東京人みたいなものだが
本人。
大久保はね、その強権路線は、自分にしかできないと思っていた。
潔癖でなければ無理だから。
だから、明治初期のころ、しかも自分でなければできない、と思っていた。
なんか傲慢に見えなくもないけど、実際に大久保は潔癖だったしね。
216 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 02:19:03.02 ID:yneOcAaI
ググれば解るが面白いよ
鹿児島県人は九州新幹線の全線開通を心待ちにして、熊本と鹿児島の県境まで新幹線の線路を作り上げてるのに....その時に
熊本県人「歴史的に鹿児島は有名過ぎる。新幹線が鹿児島まで開通したら、熊本なんて素通りされるに決まってる。」と新幹線開通の妨害行為を始めるからな。
今流行りの「クマモン」ごり押しも対鹿児島の為だからな?
こんなに何百年たっても恨みで動くから、「熊本は九州の韓国」って言われるんだよ。
>>216 それがほんとなら、やることセコいな、と。
熊本も熊本城があるじゃん、阿蘇もあるじゃん、
って言いたくなるが。
>>169 その話を聞くたびに思い出すんだが
井上馨と渋沢栄一がクッソ仲が良いのが今でも不思議
>>214 今でも仲悪いんじゃないかな。
少なくとも自分が最近見た範囲では「まだモメてるのかよ!」という印象だった。
自分も熊本に知り合い居ないので詳しくは無いが、西南戦争の恨みらしい。
大久保の子孫はトイレの神様の植村もそうなんだな
ビックリした
>長州は戦争に勝った以上君側の奸を取り除いただけ、という言い訳が出来るからね
よくわかってんじゃん、汚い手を使ってでも「勝ったから言えた」「言い訳」に過ぎないんだってw
格好悪いって、苦しい言い訳や逃げて逃げて逃げて逃げた事?w
九州新幹線できるまでは熊本―鹿児島は三時間もかかるんだよ
熊本―博多は特急で1時間で遊びに行く人はいると思う
鹿児島、宮崎は生えてる植物も違うし文化が違うという感じ
熊本は長崎には親近感あるんじゃね?
天草のキリスト教つながりで
阿蘇山との関わりで大分ともつながりある
>>220 大久保の父親が島に落とした種の子孫らしいな>トイレの神様の植村
薩摩人、島に種まきしすぎw
ここまでの書き込みを見て
自分で書いた
>自分の体験だと、薩長が叩かれると怒る人は木戸や大久保好きに多い印象。
>それ以降の人まで生きた人のファンは「まあ叩かれても仕方ないわなw」と
>叩きも楽しんでる人が多い。
の法則が当たってるなーとやっぱり思う
龍馬や新選組でもそうだが、明治始めまでに亡くなると美化され易いのかもね。
「借金踏み倒しとかほめられた事じゃない」とか現実的な事
言い始めるのは明治後年ぐらいからだし。
225 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 02:28:14.61 ID:yneOcAaI
でもこれだけは100%確信もっている。
あのインフラ設備が最も遅れたと東北が新幹線を全線開通したときに、九州はまだ未開通だった。
その原因作ったのが、「鹿児島まで新幹線が通ったら熊本に誰も止まらなくなる」って一方的な熊本県人もワガママで遅れたのは本当だよ。
だから熊本県人は九州人から一番に嫌われてる。
>>216 現在、旅行行くなら鹿児島より熊本だけどな
島とか入れたら屋久島や奄美あるからわからんけど
>>207 維新後さっそく議会もどきを作って結局無理だった、なんてこともありましたしね
木戸さんが人気ないのは司馬がよく描いてくれなかったせいに違いな
>>219 熊本の人はどう思ってるのか知らないけど、鹿児島は熊本への対抗心あるね
>>223 イケメソだしな
これで不細工だったらどーするw
>>225 そんなん言ったら埼京線沿線住民は日本中から嫌われてるな
>>225 長崎新幹線とのひっぱりあいのほうが大きかったような
>>178 儒学って知ってるか?
保科もそれにかぶれてたって知ってるか?
ヒントは「悌」って字だ
>>221 負けるのがそれより格好悪い、なので戦争には負けたら駄目
敗者の美学だ生き様だなんだと言えるようになるのは事実が歴史になった後だから
234 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 02:37:41.72 ID:yneOcAaI
>>229 逆逆。
熊本県人が鹿児島への恨みが強いんだよ。熊本は鹿児島県人に三回も植民地にされる屈辱を味わったしね。
だから鹿児島に対抗して、市町村合併を繰り返し熊本を無理矢理に政令指令都市にしたんですよ?
皆さんからみて熊本が政令指令都市の自覚ありますか?
>>186 >細川家って幕末に何の役にもたってねーけどな。
池田や井伊もそうだし、それ以上に御三家が。
>>212 >血を流して戦った人に対して戦いもしなかった奴が物申しても格好が悪いからね
だが血の流し方を間違ってたからなぁ。
自分も
>>234の印象かな。
熊本→鹿児島へ対する怨念が凄いイメージ。
鹿児島では熊本へ対する悪い印象あまり耳にしたこと無い
政令指定都市なんて東北には仙台しかないからなぁ。
二本松少年隊の悲劇って
二本松藩が100%悪いようにしか見えなかったんだが。
今回で確信した。脚本下手だわ
ちょい前にビリビリに破り捨ててた看守が何の理由もなく味方みたいになってたのは閉経した
もうちょい細部のキャラまで大事に描いて欲しいなあ
>>240 ほぼ同意するが閉経はせんでもいいと思う
>>238 あれではまともに戦えてないように見えたろうけど実際には強力な部隊で官軍の進行を止めていた。
最早これまでと陣を引き払った時には他の方面から侵攻した敵によって既に城が炎上している段階だった。
それと前にも書いてあったけど、少年や老人を出さざるを得なかったのは三春が降伏した為に主力が郡山で
動けなくなっていたから。
>>240 口述筆記してるのを聞くともなく聞いているうちに感化されたという事だろう。
囚人Bと同じ。でも閉経する事はないな。
>>232 逆にそれがあったから儒学にハマったと言えなくないか?w
>ヒントは「悌」って字だ
石田三成じゃなくて大野治長だっけか、昔淀君の排卵日とスケジュール合わせしてる何かを見た気がするんだがw
てかさ、そろそろジョーも動かしといたほうがよくね?一応あっちがメインの旦那なわけでしょ番組的には
完全に尚之助で定着しちゃったからいきなり出てきて恋に落ちてもntrにしか見えない恐れあるぞ
思うに余計な拘りが強い人だよね。龍馬だって頑なに出さない理由なんてどこにもないもん
246 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 02:57:43.27 ID:yneOcAaI
>>237 熊本は九州No.2とか嘘を付いてますよ
九州の街の発展度数は
福岡市>鹿児島=熊本=長崎>沖縄>宮崎=大分=佐賀
これが正解。熊本県人がみたらファビョルけどね。
>>240 何度破いても、また書き直して来る根性に折れたって感じだろ
最初、否定的で頑固だった奴にありがちっつか、典型的デレ方
249 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 03:02:14.04 ID:xy20/sE5
>>240 時栄が来るとき大垣屋が金積んでたじゃん?
時栄に騒がれて今までの賄賂バレたら看守もヤバいし
録画見た。
ガトリング無双ナッシング!!
(ノ△;)
負けるのが逃げて逃げて逃げて逃げ倒すより格好悪いって?w
戦争には負けたら駄目だからどんな汚い手も使っていいって?w
敗者の美学も生き様も語る資格すらねえわ
>>239 儒学と神道は同時にかぶれられるぞ
儒教じゃないしな
>>240 あれはいわゆる「行間を読む」展開じゃないのか
あの2つのシーンの間で時間の経過があって
角馬の音読で管見の内容を聞き続けたおそらく無学の看守が
内容に感服して持ち出しを許したと推測する描写だと分かるんだが
最近はそういうのも分からず閉経してしまう人が多いのか
>>245 尚之助の中の人が4月期の連ドラ主演入れてたりしたんだし
こんなに好人物として、長く、出す予定じゃなかったんだろうな
籠城戦前に逃げ出した説を採用する予定だったか
新史料も積極的に取り入れる柔軟性はおもしろいけど、全体のバランスは大丈夫かね
>>240 最初は薩摩への批判か!って言って読まずに破ったが
口述筆記で感化されたか違う番人かってとこだな
政治資金を借金でまかなった大久保を誉めるのであれば
金持ちにHな事させて政治資金稼いだ陸奥宗光をもっと誉めてあげるべき。
異論は認める。
256 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 03:07:37.22 ID:dlA1f91b
陸奥宗光・・・それは初耳
女性をあてがってたってこと?
257 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 03:12:14.96 ID:yneOcAaI
一発で解る会津戦争
農民「オラ達は死にたくねーだ....お偉い人達の戦に巻き込まれたくねーだ!!」
会津藩士「うっせー 糞ボケ てめーは畳もって壁になってろカス」
カミソリ陸奥はそんな悪代官のような事をしていたのか。
へ い け い wwwwwww
自分はどうなるか、へいけまで打ったら候補筆頭は「平家」だったw「閉経」はへいけいまで打たないと出なかったw
261 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 03:16:20.46 ID:dlA1f91b
>>259 金持ちって、男?女?
どっちにしてもまじですかー
絶世の美女の亮子を妻にしつつ・・・
陸奥宗光・・・恐ろしい子!!
この「一晩で十万両」だったりしてw
陸奥宗光
明治維新後は岩倉具視の推挙により、外国事務局御用係(1868年)。
戊辰戦争に際し、局外中立を表明していたアメリカと交渉し、甲鉄艦として知られるストーンウォール号の引き渡し締結に成功し、
その際、未払金十万両があったが財政基盤の脆弱だった新政府には払えなかった。
これを大阪の商人達に交渉し、一晩で借り受けることに成功する。
>>261 口伝だからマジかは解らないが、相手と寝て金ゲットの噂は終生囁かれてた人物。
寝たと言われてる相手は大抵女だけど、男とのぁゃιぃ噂もあるので
確実なこた不明。
ハセキョーの顔じわに引いたw
西郷のひとことで覚馬は釈放されると思ったのに
あのシーンなかったことなのか
処刑が中止になっただけなんだろうね
>>266 覚馬は中止だけど、同室の人には何も言って無かった
尚之助は俵担ぎのところで「俺には無理だ…」と思っただろうな
ところで牢の中にいる覚馬より尚之助の方がやつれて見える
270 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 06:55:43.09 ID:3gFnHVM3
山川兄弟が超有能だなw
大蔵はキッチリと日光口を守りきるし
健次郎はちょこっと教えられただけで
火薬の分析まで始めて硝石手配までやりだすしw
271 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 06:56:28.73 ID:eUjG6IHt
初めてほんとにはまってる大河だ
独眼竜以来の面白さ
全員はまり役だし、なんと言っても綾野がいい
殿のシーンだけ繰り返し見てしまう
後半どうするのかだけが心配w
620 名前:公共放送名無しさん[] 投稿日:2013/06/16(日) 20:44:46.18 ID:8iY3xRki [2/3]
>>208 その松平容保も、子供達を兵士に仕立てた八重も、長生きしたんだよな
こいつら戦犯が真っ先に死ねばよかったのに
一番の戦犯は徳川(慶喜はじめ家達、徳川御三家)だろ
徳川氏こそ一族郎党処刑すべきだった
徳川なんて私利私欲で恭順していた豊臣滅ぼしたんだから
265年の失政がある徳川なんて惨殺されるべきだった
>>94 小倉藩は城を焼いた後はゲリラ戦に転じて、領内の南半分には長州を寄せ付けなかった。
停戦交渉でも、倒幕の先陣を切れという要求を、中立維持まで押し返してる。
まぁ、明治入るまで北半分は保障占領されたままなんですけどね。
274 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 07:19:09.87 ID:p0cN58tO
>>10 ま、だったら、豊臣家を卑劣に騙して、追い込んで、根絶やしにした徳川家康
によって作られた徳川幕府は初っ端から間違っていた
一番の戦犯は徳川(慶喜はじめ家達、徳川御三家)だろ
徳川氏こそ一族郎党処刑すべきだった
徳川なんて私利私欲で恭順していた豊臣滅ぼしたんだから
265年の失政がある徳川なんて惨殺されるべきだった
私利私欲で豊臣滅ぼして私利私欲で260年日本の進化を停滞させ民衆苦しめた 徳川家は一族郎党処刑すべきだった
>薩長が徳川を倒したこと自体が怪しからん
徳川が私利私欲で言いがかりつけて豊臣滅ぼしたのに比べればずっとまし
276 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 07:36:17.63 ID:khakVxaG
.
何と戦っておるのじゃのう・・・ (´・ω・`)
277 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 07:42:57.06 ID:gUgeev4U
ほとんど「八重の桜」と関係ないことばかり。がっかり!
278 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 07:46:29.06 ID:dlA1f91b
断髪合戦が楽しいよ。
次は誰って
279 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 07:51:40.89 ID:Xdx4A5/J
うらのヅラおかしくない?
おでこが長すぎて不細工
一方、越後長岡も落ちた
・・・いや、まあ会津というか奥羽越列藩同盟旧式装備奮闘話に、ガトリング@藩のお宝ほぼ全て
武器購入費にあてるくらい気合入っていたよ長岡藩を登場させると都合が悪いのは分かるんだけどさ
だったら、先週の会見場面はなんだったのかとw
281 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 07:52:30.85 ID:p0cN58tO
会津だって徳川宗家が卑劣に自分たちだけ助かって
徳川宗家が会津見捨てたからこうなった
会津は徳川宗家こそ恨むべきであって
薩長恨むのは全くの筋違いと言える
282 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 07:53:15.54 ID:8h8hxIZP
どっちもどっちだろうね。
秀吉の晩年も己の政権を磐石にするための身内への苛烈な処置、
太閤の威光を示すための狼藉三昧だったからね。
其れを忘れて大人しく豊臣を支えて下さい、って話にはならないだろ。
秀頼が長じた後は他の大名がジリ貧になるのは目に見えている。
秀吉の威光の大きさ、他の大名家の恐怖が勝ったのだろう。
薩・土のツーショットが格好良すぎて
新選組ツーショットが非常にしょぼく見える
きたない さすが秋田藩汚い
死んだら終わりぜよ
戊辰戦争は回避しようと思えば出来てた戦争。
結局巡りめぐり会津の人達は殿の首を取らせなかった。
あれだけ亡くなって負けたけど会津は藩主を守った事になる。
奸賊、賊軍、朝敵として首を手にしようとした官軍や、
京で関係した人達久坂も木戸も三条さんに岩倉も西郷も
大久保も守護職に押した春嶽も先に亡くなっていて
腐れ縁的慶喜と保科の頼母が容保より更に長く生きてる。
>>283 そこまで光当てないから地味目に、で間違ってないと思うw
288 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 08:17:57.00 ID:Xdx4A5/J
>>280 「越後にも銃を回さねばならん」ってな台詞があったけど
最新鋭の長岡で会津の旧式銃は肩身が狭かっただろうな
周りがスマホ持ってるのに自分はポケベルみたいな感じか?
長岡がナレーションで終わるとは思わなかったな。
まあ、先週のがサービスシーンということで、本来は尺使う場面ではないことは分かるのだが。
薩長はほんとひどい連中だね
ただ前線の指揮官は人間らしく描かれてよかった
気づいてない人多いけど、これが日本が経験する「近代戦」のはじまり
槍刀と違って、性能のいい銃は女子供も兵士にできる
だから悲惨な殲滅戦になる
俺はここで薩長が会津を追い詰め、滅ぼしたことが、後に岩倉桂の作り上げた天皇万歳な日本が最終的に一億玉砕で国土を焦土と化したことに繋がったと思ってる
薩長は会津の恭順を受け入れるべきだったよ
昨夜の放送で一番鮮烈に記憶に残った白井小四郎をググってみた
演じていた役者さんのブログなんてのも有ったよ
結構有名な逸話みたいだな、白井小四郎△
役者と本人の実年齢との差か?
大蔵の顔芸が序盤で浮いてたけど
こういう事だったのねw
ラストで八重の目が修羅のようだったな。八重ほど感情を表面には出してないけど神保内蔵助も
息子の切腹の後は冷徹な怖さを漂わせてる感じ。
297 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 08:53:07.17 ID:khakVxaG
>>290 まさかと思うけど、
春嶽が岩倉らに、
「そなたたちは始まりから間違っている それが目指す国造りか!」
と詰問するあたり、NHK日本放送労働組合(日放労)の天皇制批判に繋げるのかと
危惧したけど
299 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 09:13:24.38 ID:xy20/sE5
「そもそも偽勅ですからなあ。今の帝も、まことに帝であったかどうか・・・?」
チラと木戸を見て扇を突きつける春嶽。効果音(ビシュウゥゥオワォォォ!)
木戸、「何・・・・!」怒りに震える
岩倉「不敬やろうが!!」
のシーンは、カットになりました
篤次郎は二本松隊のいろいろなエピソードをごちゃまぜにしてるんだな。
出陣前のエピソードとかやって欲しかったな。日本人の矜持に触れるようなことはやらないだろうけど。
最初の戦闘シーンで子供が瞬時に倒れていくシーンは妙にリアリティがあった
301 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 09:32:12.56 ID:khakVxaG
少年隊らの若先生の首ちょんぱは、欲しかった
日光市民として大蔵見直したw
>>299 >チラと木戸を見て扇を突きつける春嶽。効果音(ビシュウゥゥオワォォォ!)
最高の効果音の場面をなぜ外したw
304 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 09:51:18.61 ID:khakVxaG
06/16日 14.8%
大蔵が白河に行くべきだったな
307 :
サイトウ:2013/06/17(月) 09:58:01.23 ID:9Xa6a3ID
白虎隊は知ってたが、二本松の少年兵は知らなかった。
西郷氏はもともと肥前の豪族。南北朝期に足利一族の家来になって三河に移り住み、
戦国時代から松平氏に仕えたのが頼母の家系。
肥前に残っていた一族のうちで、島津氏の九州制圧で家来になって薩摩へ行ったのが
隆盛の家系。
2000年(平成12年)、秋田県角館町で開かれた「戊辰戦争百三十年in角館」というイベントの各地の市長による座談会で、
当時の宮城県白石市長・川井貞一が、奥羽越列藩同盟が負けたのは秋田の裏切りのせいであるという批判をした。
やっぱ言われてたかw
>>290 いや、一億玉砕なんて出てきたのは、末期も末期。
そしてそのスローガンは東北軍閥が掲げた。
結局東北は「娘が売られている」っていって、何故か政治家をテロしたり
「戦死者に申し訳が立たん」といって中国との戦争を延々と続けたり
ひたすら観念論が先行して、メンタリティが敗者のメンタリティなんだよな。
白虎隊を美談に仕立て上げたのは誰なんだろう?
白虎隊は敗者のメンタリティじゃないと、美談にならないんだよね。
つうかよく秋田で言ったなw
そういや新発田藩の裏切りはやらないんだな。
越後戦線崩壊で重要なんだけど。
下手をすると今年の大河は東北復興支援よりも東北を分裂させかねないな
もっとも自分が生まれる遥か昔の過去に拘ってるのは一部の連中だろうけど
315 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 10:12:29.20 ID:khakVxaG
>>314 別にドラマの復興支援なんて、客が来てお金落してくれれば
どうでもいい話
>>283 あのふさふさの獅子のかぶりものがまたかっこいいよね。
見た目も官軍の圧勝orz
しかしなんであんなもんかぶってんだろ。兜の代わり?
>>310 同じ今更な話で思い出したけど、この前の彦根市長選挙でも、対立候補が
桜田門外の変に関わってた水戸藩士の子孫だと選挙戦で批判したとか
話題になってたな
傾奇者やねん
319 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 10:34:06.33 ID:khakVxaG
320 :
316:2013/06/17(月) 10:35:24.92 ID:CT6IkPdv
ぐぐったら出てきたわ。
江戸城でお蔵入りしていた毛頭を遠くから指揮官を見分けるために
官軍が赤→薩摩,白→土佐みたいに色分けしてかぶってたそうな。
…そんで八重の狙撃の的になるわけですねポイズン
321 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 10:39:43.35 ID:sNuq5rTe
>>305 山川大蔵が何処にでも移動して戦ってほしかったわ
大蔵は、実質、西南戦争を勝利に導いた名将だからな…
大蔵が日光口で防いだってのは、やっぱり地の利が有ったのかな
開けた白河じゃ、いくら大蔵でも防げなかっただろうな
あのふさふさはチベットのヤクの毛で、日本では熊の化け物の毛と思われていた。
安土桃山時代から江戸初期には兜に付ける飾りとして珍重された(武田信玄の兜の毛もこれ。史実では使用してないけど。)。
「家康に過ぎたるものが二つあり、唐の頭(からのかしら)と本多平八」と言われた唐の頭っていうのがこの飾りのこと。
高価な輸入品なので、徳川一の勇将と並び称されるくらい珍しく貴重だった。
江戸時代に輸入して大事にしまっていたのが、江戸無血開城で官軍が接収して使うようになった。
それぞれ特別な呼び名があって、色も各藩で分けて使っている。
白熊(はぐま)は長州
黒熊(こぐま)は薩摩
赤熊(しゃぐま)は土佐
>>320 白熊はぐま(長州)
赤熊しゃぐま(土佐)
黒熊こぐま(薩摩)
じゃね
326 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 10:49:47.76 ID:xy20/sE5
>>322 谷干城が52日間踏ん張った以上の活躍したの
328 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 10:54:57.96 ID:sNuq5rTe
>>322 それは持ち上げ過ぎ
能力が高い人だったのは間違いないが
字幕で見てたら、日光口に小出という人がいた
小出光照か
330 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 10:58:43.58 ID:khakVxaG
くまモンは、熊
ひこにゃんは、ネコ
犬は、白河 小峰シロ
篤姫が江戸無血開城してめでたしめでたしで囲碁打ったり桜島観光の約束してる間に
会津は悲惨なことになってたんだね・・・
昨日は最後まで涙我慢してたのに
八重紀行でやられちまったよ
>>332 二本松の観光客が増えるだろうね
八重の番宣で黒木メイサが少年隊の銅像見て涙ぐんでたわ
>>273 南に逃げた後の小倉藩は立派だけど、そこに至るまではダメダメでしょ。
九州諸藩を率いていたわけだから・・・・・
>>65 尚之助は様付けで呼んでジョーは呼び捨てなのは語呂のせいなのかw
まあ白河の負けっぷりは装備の問題以上だったからなあ
斎藤たちの「城から兵を展開しなきゃ駄目だ」という警告を
頼母が却下するシーンを出さなかったのは、頼母に対する温情かと
鳥羽伏見でも、会津が戦功上げてるのは街道から離れた戦闘なんだよなー
装備で負けてて兵力が多い場合、一か所に兵を集中させるのは最悪の策
>>331 東北では戊辰戦争が続いて、篤姫が薩長中心の新政府軍に抵抗する奥羽越列藩同盟の盟主・輪王寺官公現法親王や
仙台藩に送った書状から、暴虐な薩長の振る舞いに対し怒り心頭であった
篤姫は実際、輪王寺宮に「幼い天皇をだまして戦争を続ける薩長の逆賊を『御征伐』してほしい」という書状を送っている
339 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 11:30:47.64 ID:M3D8oFIO
来週が、八重が女戦士に変身するシーンか
これがドラマのピークだろうね
ドラマの始り
八重さんのAF実装楽しみです
8時まで待ち切れないからBSで見てしまう
こんな壮絶で悲惨な戦の後に
日本を逃げ出していたオダジョーが
「やっぱアメリカだぜ〜〜!!」と
能天気な顔してのこのこ出てくるのか…
もう撃ち殺すレベルでしかない
343 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 11:35:52.54 ID:M3D8oFIO
オダジョーは1回八重に撃ち殺されてるからな
帰ってくるのはゾンビだろ
>>342 撃ち殺そうとしたら
嫁の八重に逆に撃ち殺されます
>>338 篤姫はどこまで西郷と通じてたかわからないからなぁ
全てにおいて見ようと思えば穿った見方ができる
あおいの篤姫好きだったけど
一回、ブラック篤姫も見てみたい
「わかりました、東北の手紙を送って向こうから手を出させましょう ふふふ」
勝てば官軍じゃwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwバーカw
347 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 11:40:17.39 ID:khakVxaG
>>339 ぜひ、「月光に冴える一輪の花! キュアムーンライト八重」
で
348 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 11:41:14.40 ID:cvIGktSw
どうも、天璋院と橘咲と八重がリンクするよ
349 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 11:45:39.15 ID:cvIGktSw
しかし明治維新ってのもめちゃくちゃだな。
大河篤姫の島津久光のセリフを借りれば「くちばしの青い軽輩ふぜいが…」だよな
>>127 あれは出兵というか、仙台伊達に対することもあるし
最初は奥羽列藩同盟への説得要員的な印象。
伊達宗城はそもそも非戦中立だったし。
明治になって宗城が仙台伊達より爵位高くなったのは
正直ザマアだわなw
まあ政治的には明治になって力全く持ってなかったんだけどね。
薩長みたく。
351 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 11:52:39.08 ID:khakVxaG
>>115 >東北で唯一のVIP待遇で許される。
でも鶴岡城は徹底的に破壊されたよな。
>>345 その手紙って七月付けだから、世良が殺されて奥州でドンパチ始まって
2〜3カ月立ってるよ
>>134 いや、あの装備差と戦術なら熊本城でなく、普通の城でも落ちないだろ。
白河城でも落ちなかったんじゃないか?
>>353 なら
すげー挑発だなw
もっと攻めて来いよ〜 おらおら
で、片方でお願いの手紙を西郷に書くという
ヒストリアでの異様な篤姫美化と持ち上げに違和感を覚えた人も多いと思う
全て篤姫が救った、みたいな
>>140 だから死に場所を探して函館まで行ったんだろ。
函館で榎本に説得されたんじゃね?
榎本頭いいから理性のある頼母の説得くらいできるだろ。
脳筋100%の土方は無理だとしても。
357 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 12:12:49.59 ID:khakVxaG
l\ /l
, " ̄゛ヽ
i ・ω・ ;i 土方
、ー‐‐⊂ .l ,.-‐-、
`ー一'榎本ノ {・ω・ } Ξ 官軍がそこまで来ました!
U`U `o-u"
l\ /l
, " ̄゛ヽ
i ・ω・ i
、ー‐‐⊂ i. ,.-‐-、
`ー一榎本ノ {・ω・ }
U`U `u-u"
l\ /l
, " ̄゛ヽ
i ・ω・ i
i. ⊃-‐と)
、ー‐一, ゙、 {・ω・ }
`ー一'. U`u-u"
l\ /l
, " ̄゛ヽ
i ^ω^ i
、ー‐一, i. ⊃-‐と)
`ー一' ゙、_{‐ω‐ }
`‐-‐"
子供が懐に忍ばせていたダルマがへしゃげていたけれど、
あれは倒れたはずみによるものなのか、長年大切に持ち歩いていたからなのか、どちらだろう。
自分は後者だと思いたい。
>>355 篤姫が西郷に手紙を送ったのは3月の江戸総攻撃のときだろ。
4月に江戸城引き渡して、5月の上野戦争を見て、こんなはずじゃなかった!と怒って
奥羽列藩同盟に手紙を書いたんだろうけど、上野戦争の前月の閏4月に
すでに白河の戦いが始まってるからなあ。
ついでに言うと、白河の戦いの約一か月前に庄内の戦いは始まってる。
戦火が北上したイメージがあるけど実はそうでもない。
>>121 あの演出はないよな。神保内蔵助のようなドスの効いた低い声で
会津を戦乱から救うため、脅すように切腹、恭順を薦めて欲しかった。
そうすれば、実際に会津が戦禍にまみれた時に頼母の言葉が生きてくるのに。
あれではただの敗残兵の言い訳にしか見えん。アホらしい。
史実の賛否はともかく、西田を使って貴重な時間をさいてまで出す家老にしてはアホすぎる。
川崎の銃器の差を指摘した一言を萱野が聞いていたシーンがあったのだけが救いだ。
>>65 欧米では呼び捨てが親愛の情を示すから、家族がJo(Joseph)に日本の敬称を
付ける事に新島襄が違和感を感じたのではと思ってる。
>>361 > 西田を使って貴重な時間をさいてまで出す家老にしてはアホすぎる
なぜ会津があそこまで戦ったかを描く上で、必要なんじゃないか
今までの白虎隊物にありがちな、頼母だけが賢くて、容保や他の首脳陣はアホという定番ストーリーを
史実寄りにすることで、かえって説得力が出た気がする
>>355 たしか薩摩の研究してる人が
当時の西郷には日本各地から色んな立場の手紙が山ほど来てるのに
それぞれの人だけしか研究してないやつらがあの人の手紙に感動して西郷はこうした!
といちいち騒ぐからややこしい…とぼやいていたな
>>225 熊本が九州新幹線に頑なに反対していたのは有名な話だな。で着工が遅れたのも事実。
ただ、理由は熊本が福岡の通勤圏になってストローされて衰退するから。
ま、典型的小者の九州全体の発展、日本全体のインフラ整備を考えられない腐った発想でもある。
時代が時代なら数年前のリニアで揉めた長野県以上に晒し上げられていたのは間違いない。
それに切れた鹿児島県が政治力を使って鹿児島県側にさっさと新幹線を建設した。
鹿児島中央〜八代の建設が決定した時の熊本県は「政治力の敗北」と本気でうなだれていた。冗談でなく本気で。
熊本県はそれほど本気で新幹線に反対していた。で、実際に新幹線が開通したら・・・。
ストロー現象は予想以下で、新幹線利用も伸び、観光客も増え、熊本県は実はホクホクなのである。
秋田県の裏切り
369 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 12:42:45.52 ID:khakVxaG
熊本県は悪
ちば
>>309 秋田藩と新発田藩の裏切りは、今も名指しで批判されても仕方が無いかな。
三春藩のように目前まで奥州街道が陥落し、大軍の敵兵がきて、
藩を蹂躙されるかどうかの瀬戸際の裏切りじゃなくて、
その2藩が裏切ることで、かろうじて維持していた戦線が完全に崩壊した戦犯だし。
チュ〜バ チュバチュバ チュバチュバ〜
この時代、BSもあるし、かなり高視聴率。
綾瀬はるか、すごいね。実質10%は上乗せで考えていいよ。
今の時代、15%は3年前の25%に相当する。
>>365 史実は賛否両論あるからなんとも言わんが
ドラマでわざわざ西田を起用し、1回からあれだけ時間を裂いた家老を
ただのアホにしたらドラマが詰まらん。見ててマジ萎えた。
容保と対立するポジションとしてクローズアップしたなら、
その対立する立場ででもっと魅せてくれ。
>>309 秋田が日本を救ったということか。
庄内藩に攻め込まれた甲斐があったわ。
秋田県民として誇らしいね。
ちなみに現在の秋田県民歌第三番
三
篤胤信淵巨人の訓
久遠に輝く北斗と高く
錦旗を護りし戊辰の栄は
矢留の城頭花とぞ薫る
歴史はかぐわし誉の秋田
盗人アキアキしいとはよく言った
>>364 そうか?あれだと頼母がだだをこねた子供のように騒いでいるだけで、
で、その騒いだ子供を内藤が一喝して叱ったというだけで、今後の戦争継続に何の説得力もない。
頼母が正論を誰にも反対できないように、冷静に理路整然と、
尚且つこのままでは地獄だと脅しをかけながら言い、
それでも、それが解っていても、戦争は止められないんだと、内藤があのセリフで返せば、
今後の市街戦や籠城戦が生きてくると思うが。
会津の奴らは真の馬鹿 愚鈍
早く潰すべき
会津になど生まれたせいで私は不幸になったのだ
>>375 新政府軍にとっては
貴重な佐賀藩兵を送らないといけないただの足手まといだったみたいだけど。
戦後もそう言われて戦争費用は自前で持てと一蹴されたし。ただの使い捨てにされた感が否めない。
秋田が裏切ったおかげで出兵しないといけなくなった南部には
本当にいい迷惑だっただろうが。
秋田戦線が無ければいくら楢山が叫ぼうと、
南部は実際に出兵する前に仙台も米沢も降伏しただろうに。
新政府軍は戦わずして背後を取れたんだから感謝すべきだろ。秋田藩の寝返りが無ければな白河に庄内藩兵も参戦してたしな。
>>379 頼母が言ってることは他の人たちも、ある意味正論だと分かってたんじゃないの?
だけど、もう後に引けないという気持ちのほうが強かった
>>337 >斎藤たちの「城から兵を展開しなきゃ駄目だ」という警告を
これって良く聞くけど
白河口の同盟軍って会津藩のみならず、本当に各藩の同盟軍だよね。
だから家格を重んじて頼母を派遣した。
そんな同盟軍の中でどこの藩士ですらない新撰組の斉藤が
軍の展開方針に意見できるほど偉かったの?
小早川秀秋のおかげで日本はそれ以降の戦火を免れた
こう言いたいわけですかな?
>>383 そう思うよ。でも「あれが欲しい、これが欲しい」「ああなんであの時こうしなかったんだ」
と、あの駄々をこねた子供のような演出ではそれもをが全く伝わらない。
ゴネタ子供を親が一喝しただけ。あー萎えた。史実じゃなくてドラマなんだからさあ、こういう場面こそ魅せてくれよ。
あと、三春の裏切りをナレーションでいいから伝えて欲しかった。
それが無いから木村銃太郎の
「敵に寝返って生き延びるより、同盟への信義を貫く道を選んだのだ!誇りを持って戦え!」
というセリフが生きなかった。三春を知らない人には全く意味不明だろ。
あと欲を言えば、少しでいいから少年隊を活躍させてあげたかった。
あれでは一方的に凹られただけで。実際に奮闘しただけに。
あと、なんで少年隊が戦わなくてはいけなかったかも全く伝わらない。
ナレーションで、棚倉が落ち、奥州街道が落ち、主力が二本松に帰ってくる前に
二本松城が攻められたことを言ってほしかった。
悲劇という題なのに、なんで少年兵だけで戦ったの?他の人は何してるの?と聞かれて感動できなかった。
>>389 復興大河だから同じ福島の藩の裏切りは控えたんだろうね
木村銃太郎のセリフはあなたみたいに分かる人が分かっていればそれでいいと思うよ
>>391 本作品ではヌコ藩の裏切りのこと言っているんじゃないのw?
これだけ見てれば本当にそうとしか思えないw
>>379 内藤じゃなくて神保内蔵助・・・というのは置いておいて
春嶽と木戸、岩倉のシーンも含めて、戦争は理路整然とした理屈だけじゃなく
感情が絡むからややこしいということを現わしてるんじゃないかと思ったんだが
>>384 「会津戊辰戦史」によると、頼母が白河城に入る前日の四月二十五日
山口次郎はこの地域で指揮官の一人として西軍を退けているので、発言力はあったと思う
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1921057/174 > 同二十五日暁天西軍来り白坂の関門を攻む、山口次郎、遠山伊右衛門等隊兵を指揮して戦う、(略)
> 西軍の参謀伊地知正治その不利なるを察し急に兵を収む、我が軍勝に乗じて追撃し、
> 境明神(岩代、下野の界線と旧陸羽街道の交差点に在り)に至り後、軍を白河に班へす、彼らの死傷すこぶる多し。
> 同二十六日我が軍の総督西郷頼母、副総督横山主税、朱雀一番士中隊中隊頭小森一貫齋ら勢至堂に在り、
> 白河城には義集隊大隊頭辰野源左衛門、新選組頭山口次郎、純義隊頭小池周吾、青龍一番士中隊中隊頭
> 鈴木作右衛門、朱雀一番足軽隊中隊頭日向茂太郎等在り、各々兵を率ゆ、
> これにおいて小池周吾、純義隊軍艦宮川六郎、新選組山口次郎ら総督西郷頼母に建議していわく、
> 敵軍蘆野に在り故に境明神に哨兵を設け、白坂に至るまでを偵察して速に兵を進めざるべからずと、(略)
> 総督聴かずしていわく、大将辺城に入る時は、先に城に入りし将長各先鋒となり防備を厳にすべし、
> 兵を後方に置き連絡を保つがごときは我が藩寡兵の能くする所にあらず、今仙台、二本松、棚倉等
> 各藩の大兵白河城に在り、何の憂ふることか之あらんと
395 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 13:41:38.69 ID:khakVxaG
三春藩は悪
三春藩が道案内したのにな
397 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 13:42:32.28 ID:MfF+IXRS
三春って桜田淳子の大河でも、裏切ったよね?
なんで三春藩だけ裏切りもの呼ばわりされてるんだ?
落城前に恭順なら、仙台藩、米沢藩も同罪だろ
399 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 13:46:36.40 ID:MfF+IXRS
だって、八重が一人で走って、会津から二本松に瞬間移動してたもん。
400 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 13:47:23.91 ID:khakVxaG
>>389 そのセリフと二本松の悲劇を描いてるのに頼母が「やっぱ停戦しましょう」
とか言ってるのを「頼もは正しかった」と昨日から主張してる人がいるんだよね・・・
そもそも会津問題から始まった列藩同盟で戦端が開かれてるのに今更停戦って発想がさぁ
このドラマは頼母の扱いもうちょっとどうにかならなかったのかねぇ
「腹くくれ〜」とか言ってた奴が全く腹くくらずに一度負けただけで「もうイヤ!あの時辞めてりゃ良かったのに。
全部お前らのせいだ!」とかガキみたいに騒ぎ出したり
そりゃ解任されるわw
402 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 13:50:55.25 ID:MfF+IXRS
二本松の子供が収容されてたような気がするんだけど。
>>394 4月25日の戦いは知ってるけど、そのときの斉藤(山口)は先鋒の1部隊長でしかないから
仙台藩の正規部隊の前にどれだけ発言力あったのかどうかはいさいささ疑問。
むしろ頼母については、感情的でそこまで賢い人じゃなかったということが描写できていて
よかったんじゃないか?
>>399 疑問に思うならそっちじゃなくて、あそこまでどうやって瀕死のダルマ少年が
運ばれたのかと・・・・
ヘリコプターでもない限りムリだと思うけど。
406 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 13:53:15.31 ID:khakVxaG
// //
. / / ∩ //
/ / ∩ 〜'::""::''ヽ、 / /
// /r‐、 ___ \ / / うわぁぁあああぁあぁぁぁ
// / ノ●_)(_●つ ヽ、.. l l
/ / (__ ノ´ } .| | ダメだぁぁああぁ もうダメだぁぁぁ・・
/ ( _●_) 彡-、 ノ | |
{ -_二 -‐'' ̄ ) ミ ノ ノ
ヽ ( ,r'' " ''‐-‐′ノl//
彡 `― ''′ ノ//
//
>>401 >「腹くくれ〜」とか言ってた奴が全く腹くくらずに一度負けただけで「もうイヤ!あの時辞めてりゃ良かったのに。
>全部お前らのせいだ!」とかガキみたいに騒ぎ出したり
>そりゃ解任されるわw
本当にそう思う。もう少しまともな演出できなかったのかねえ。本当に萎えた。
西田まで使って何アホやってるんだか。もう少しまともな反戦の讒言は演出できなかったのか?
「江」であまりにもどこにでも出現しすぎるとか批判されたから
八重は動かずあらゆるものが会津にやってくる方式に変えたんじゃね?
>>405 ガトリング家老も負傷しながら会津領内まで逃げ込んでるよ
410 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 13:56:59.89 ID:SQp7J7RB
>>409 ガトリング家老は部下に戸板にのせられて移動したから
一緒には出来ないでしょ
412 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 14:00:06.91 ID:khakVxaG
二本松の市街戦
薩摩兵と少年兵の対峙んとこは、
やはり小脇に若先生の生首抱えてないと
413 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 14:00:07.19 ID:MfF+IXRS
大谷刑部乙
まあ秋田の佐竹にしても、三春の秋田にしても外様だし、白河口が破られて滅び行く気配が
いよいよ濃厚になった徳川に殉じる理由はあまり無いよ
仙台伊達も米沢上杉も血筋はともかくとして藩としては似たような事情
そういう意味では、越後高田の榊原の裏切りはきっついねー
415 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 14:00:15.03 ID:U2sJyp6S
>>402 知能低いな。
会津の藩校の日新館が病院に使われていて、
二本松の負傷者は、そこに運び込まれたと
教えてくれた人がいたじゃないか。
ダルマ少年が日新館に収容されたのはフィクションだが、
二本松の負傷者が収容されたのは史実。
417 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 14:01:09.58 ID:khakVxaG
越後高田は悪
418 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 14:01:44.49 ID:MfF+IXRS
そこいくと、美濃郡上藩は偉かった。
まぁこのドラマはあまり東北にとっては良い影響与えない気もするなw
観光的には今年一年潤うかもしれないが地域間の忘れ去られてた感情に火をつける可能性もある
秋田なんて大震災でも実際は殆ど関係ない訳だし
>>398 三春藩は前線でいきなり裏切った説があるからじゃない?
by仙台藩士&二本松藩士の証言。
資料ではあったなかったの言い合いになっているけど。
ただ、二本松藩が烈火のごとく怒ったのは事実だね。
真木和泉「形が秋田藩でも、心が会津藩なら良いではないか」
>>418 澤田ふじ子「葉菊の露」
真野ひろみ「裏葉菊」
たまたま両名とも女流なので感情はいりがちな傾向はあれど、
読んでるこちらまで辛くなってきた作品。
425 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 14:10:31.61 ID:dTiThZNu
>>393 ぬこ藩は裏切ったけど、それだけ血も流し、領内も焦土になり
生き残った感が全くしないからなあ。他藩に攻め込んで略奪もした三春とは少し。
二本松の子供が八重先生に報告に行くシーンはなんか切ない
今の三春や秋田は悪く無いけど、
でも未だに何かと肩身が狭いよね…
寝返りは仕方が無かったとしても、歴史は残るからねー
二本松は当時の人達には悲しい出来事でも、寝返るという行為はやはり良くは語られないからね。
三春は未だに肩身が狭いし、秋田は官軍を誇ってもだれも知らないし、語れる歴史も人物もないしね。
有名なのはなまはげくらいかな?
428 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 14:13:17.73 ID:oNrOQIQZ
どうもスタッフが勉強不足だな
史実では反町は常にドーベルマンを連れている
>>386 理路整然と説く事ができる人間がいたら会津はああはならないから、頼母のグダグダはむしろありそうで納得したよ
これじゃダメだってわかってるけどどうすればいいのかは具体的に説明できない否定派が
これじゃダメだってわかってるけど感情が理性を上回る人達を説得できない
あるある、て感じ
一方、八重と尚之助と健次郎は具体策出しまくって、戦闘継続の為の武器づくりを進めまくっているのでした…
>>416 配置についてから裏切って砲をぶっ放すのはちょっと^^;;;;
まあ、さすがあの藤堂の藩とも思えるけどw
>>419 それ思うわw
会津はまだ全編推しだからともかくとして、二本松が貴重な観光資源(失礼。悪意はありません)を
推せば推すほど三春は面白くないだろう
秋田の佐竹にしても「裏切った」と今回の大河で唯一明言されてしまっては立つ瀬が無い
元々、超が付くほどの外様なんですが! と声を大にして主張するよね
>>427 うーん。一揆の借りがある仙台藩に頼まれがために、
そのつまらない秋田をボコろうとしたがために、朝敵となり、
会津藩に次ぐ厳しい処分を受けた南部があまりに哀れすぎる。
まぁ戦国時代の発想だと敵が進軍してきたから寝返るのはおかしくないんだけどね
徳川260年の間に道徳としての武士道が確立したために裏切りに対する風当たりは非常に強い
まして裏切った挙句庄内藩にボコボコにされた秋田藩とか笑いものだし
裏切って道案内した三春藩に批判が行くのは仕方ないと思うけどね
西南では前途有為の人材を多数戦死させ、九州中で町を焼き払い、財産を奪い、西郷札とかいうニセ札で九州経済を滅茶苦茶にしたあげく、
西郷などは歩きもせず駕籠で鹿児島に帰り助命嘆願とは「敬天愛人」が聞いてあきれる。
殿様でもなんでもないはずの西郷を鹿児島に返すためにどれだけの兵士・民間人が犠牲になったか。
西郷がほんとうに徳のある情の人なら、田原坂で敗れたとき熊本城の前で自刃し、この戦いを終わらすべきだった。
西郷軍はこの段階でも「勝ち戦」と称して、兵卒を募集する一方、
田原坂戦以後、戦列を離脱した者の所在を調べていた。
飯野士族のうち西郷の決起に呼応したのは370名だったが、離脱者も少なくなく、
離脱した者たちは身の危険を感じ、山中の社などに隠れ、家族と密かに連絡を取りあっていた。
飯野の戸長松形祐高は離脱者の身を案じ、蔭で離脱者の相談に乗っていた。
松形戸長は学問のある公徳者で、政府組織の戸長だったため、西郷軍から狙われていた。
二月に西郷が決起したとき、松形戸長が決起に参加する麓の士族に、
「この出陣は陛下に銃口を向けることになるので、遠慮してもらいたい」と言ったのが、
敗走してきた西郷軍の幹部に伝わり、松形戸長は政府軍に味方しているとされ捕えられた。
>>429 あんな馬鹿じゃあ、そりゃ滅亡するまで戦うわなと納得はできるだろうけど、
「ドラマ」として詰まらないって話だよ。見ててくだらねえ・・・て感想。
そこまで話まだ進んでないし
というかそこまでやらんだろうw
8月29日の午後、松形戸長は吉松の川内川の河原に引き出され、18歳の少年兵に斬首された。
享年54だった。
西郷軍は松形戸長の遺体の横に札を立て、その下に竹のノコギリを置き、札に、
「この者は官に通じた敵である。ここを通る者は、このノコギリで一度づつ引いて通るべし。」
と記していた。
ちなみに松形祐高戸長は、松形祐堯元宮崎県知事の曽祖父で、
祐堯氏の自叙伝に処刑のことが詳しく記されている。
『真幸院の歴史探訪集』は、吉松の河原で西郷軍が松形戸長を処刑したときの、
西郷ら西郷軍幹部の様子を併記している。
西郷ら将校は、みな駕籠に乗り、華美な絹織物の桐野の服装が人目を引き、
従兵は二列縦隊で西郷に従い、全員が抜刀していた。
>>429 頼母のパーソナリティーは別に珍しいものではないと思う
今の時代でも会議でああいう空気読めない発言して自分だけは正しいと主張する輩は珍しくない
このドラマは頼母と覚馬が先見の明を持っていて「2人の言うとおりにしてればよかったのに」
的な扱いだったのにやっぱり史実との絡みで「今までの描写はなんだったの?」って状態なのが問題
むしろ脚本はこの2人をディスってるようにしか思えない
440 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 14:19:03.40 ID:58byMwV8
>>434 ×西郷がほんとうに徳のある情の人なら、田原坂で敗れたとき熊本城の前で自刃し、この戦いを終わらすべきだった。
○西郷がほんとうに徳のある情の人なら私学校に担がれる前に切腹して乱を未然に防げ。
>>374 西田敏行はアホの芝居もできるから大丈夫だよ
むしろ会津で1人謹慎してる間にすっかり取り残されて
新時代を切り開く提案もできず
艱難辛苦を共にした京都守護職組の一身同体感にも入れず
会津の若い少年や老人、女性たちの綺麗な自己犠牲精神にも同調できず
ただ愚鈍に足掻くしかないぼっち感がよく表れてる
>>442 そんなぼっち感に時間さくくらいならガトリング家老をもっと出せ。
444 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 14:25:13.00 ID:xy20/sE5
頼母「〜〜〜今やろうぅと思ってたのにいいぃ〜〜〜〜はうあうぁああぅあ!!!!!」
わがる人だげ、わがればええ・・・
>>439 美化するよりはいいんじゃない?
会津藩の人間だからといって良く見せようとしてないのがいい
ガトリング家老はわざわざセリフまで用意しておいて戦闘シーン一切なしとかw
龍馬でさえ本人キャスティングなかったんだからガトリング家老もわざわざ出さないでよかったと思うが
岩村精一郎とのやり取りもなしでいきなり「味方します」みたいなセリフだけで死亡って・・・
>>415 ダルマ少年の成田才次郎は二本松で死んだよ
日新館に運ばれたのは篤次郎
ダルマ懐から出すときに「才次郎が」って言ってる
篤次郎は母親に頼み込んで持ち物全部に名前縫い付けてもらったんだってな
戦死しても遺体が自分だってわかるように
13才だが頭の良い子だったみたいだな
才次郎の気持ちもわかるが、あそこは先生が止めてるんだから暴れちゃイカンだろう
暴れたので死ななくても良い人まで巻き添えで死んでしまったではないか。
反町が捕虜として確保しといて戦後解き放つとかやればいいんだけど
あの状況じゃちょっと無理だったか。
>>445 >会津藩の人間だからといって良く見せようとしてないのがいい
こんな下らない感情なんかどうでもいい。ただ、ドラマ的にきちんと魅せて欲しい。
奥羽同盟はもはや徳川ですらない連合体だから朝廷に付くのは問題なくね?
>>447 そうだったのか…顔が腫れてたせいでてっきりダルマ少年だと思ってた
それなら八重の腕の中で死んだ少年の最後の笑顔の意味も分かるな
日新館に運ばれたら八重に会えるかもしれなから
両目入ったダルマを見せてダルマ少年の頑張りを伝えてやりたかったんだろ
ちくしょう泣けるがもう一度見直す勇気が無いぜ
>>452 まあ、一度は同盟に連盟してしまったからなあ。
軍事同盟とは思わなかったという言い訳もあるにはあるが。
>>452 あの勢力図で秋田の部分だけ真っ赤になってるのを見て、逆にいい度胸だなと思ってしまった
ここまで見てやっと秋田県が嫌われてる理由が理解できた。
457 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 14:31:52.42 ID:l9Np1oYO
三春藩は新政府に降ったけど
関が原の小早川や鳥羽伏見の藤堂と違い
寝返り即交戦はしないで主戦場から撤兵した説もあるみたいね
賤ヶ岳のときの前田のような感じなのかな。
戊辰戦後は河野磐州が
福島県を苦しめた薩摩出身の三島通庸を相手に戦ったのだから
三春の人たちはもっと誇り持てば良いよ。
>>439 それは感じる
昔は、頼母が空気読めない正論覚馬をたしなめてたのにな
今ではテメーが正論KY
しかも具体的な代案を出せない正論野郎
でも、頼母って実は今の描き方のが史実に近いんじゃね?
地元枠、大河常連、の西田を連れてきたから最初はageてたのかね?
だったらそれを最後までつらぬくか、
西田を使おうが最初から痛い万年野党キャラにしとくか、どっちかにすべきだったよな
>>447 死を覚悟してたのか
八重紀行のエピソードと重なって目頭熱くなるぜ
会津藩と一緒に仲良く品川砲台の守りをしていた忍藩も新政府軍に付いたんだね。
あそこも松平さんなのになぁ。
>>450 まあ、普通に前線で普通に戦って一時善戦するが破れ、戦死して怪我して撤退すれば良かったんだよな。
木村の死に方も三郎と一緒で自分から的になっただけの無駄死にだし、ましてやあそこでポイズンを出す必要性も無い。
そう言えば御前会議で頼母が土佐って呼び捨てにしてたけど、土佐の方が年上なんだよな
目上を敬うってのには反してる
>>458 >昔は、頼母が空気読めない正論覚馬をたしなめてたのにな
その頃のままの頼母で、停戦の讒言をして欲しかった。
昨日は本当にただのKY。 なんのために出てきたのだか。
>>461 子供だと思って隙を見せた相手に斬りかかろうとするのは
1人でも倒そうというモノノフ精神じゃないかね
「まだ子供じゃないか、せん・ごく・じ・だい」ってのもあったな昔
負けて帰って恭順ではどう描いてもヘタレだけどな
いまさら言っても詮無き事ではあるが頼母が「あのとき都から引き上げていれば」と
言いたくなる気持ちは理解できる
468 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 14:39:42.00 ID:MfF+IXRS
西田っていやぁ、現在の西田昌司ってのもどこに逃げちゃったの?
>>412 史実だと先生の生首が重くて子供一人じゃ持てなくて
二人で髪の毛つかんでえっちらおっちら運んだんだってな
体は皆で手で穴掘って埋めたらしい
小脇に抱えるなんてとてもとても…
>>466 でもそれってあそこで言っちゃいけない事だよね
実際出来ない事だったわけだし
「今それ言う!?」と画面に向かって叫んだ人も少なくなかろう
綾瀬のラスト近くでの怒りの目は、浮気を咎めるときの女の目と同じだった。
>>451 >ドラマ的にきちんと魅せて欲しい。
「俺ごのみのドラマを見せてほしい」だろ?
>>465 新政府軍の装備を知った頼母が、知らない他の家老を説得するという設定だから
へたれでもそれはそれで構わない。
頭って重いの?
2キロくらいか
>>474 体重の十分の一でボーリングの玉ぐらいだそうな
あの先生の頭だったら6キロ以上はあるんじゃね
477 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 14:47:51.97 ID:dTiThZNu
>>472 初期の設定からブレブレだからドラマ的にアホに見えるんだよ。
1話からKY家老の設定でやっていれば何の違和感も無い。
柳沢萱野のように元々KY家老のままでいれば良かった。
新潟が東北扱いされることを嫌うのは、長岡藩が全財産を投げ打って、
装備を整え、決死の戦いを新政府軍と繰り広げている最中に、会津から、
旧式のまったく使い物にならない兵器を送り付けられたことを未だに恨んでいるのか?
>>473 故障銃と火薬の改造を見ていた萱野と情報共有できてれば、自分の見てきた状況とあわせて
「近代戦の準備がこんなに出来てない無力な他藩を会津の巻き添えにしちゃ申し訳ないでしょう!」
的な論調で説得でき…ないな
奴は黒谷出張の時から、相手の心を斟酌し心情に訴える説得は出来ないキャラが完成していたっけ…
しかしいくらがんばって覚馬を偉くみせようとしても、なんにもしてないドジっ子感はどうしようもないな
>>470 思った。しかも地団太踏みながら言うか?
>>470 そこで修理の親父ですよ
あの流れは良かった
>>480 覚馬を偉くみせようとするのは明治に入ってからでいいんでないかな。
あえて、この初期の山場でいくらでも他に見せ場がある時に主人公ですらない覚馬を出す必要性を感じない。
実際に覚馬のシーンは見ていても萎えるし。
>>463 西郷頼母は他人の主張はたしなめても、
いざ自分が主張するときは、正論ばかりでKYだったろ?
ドラマでの描き方は全然ぶれてないと思うが
長州征伐のくだりを端折ってるからなぜ長州があれほど会津憎しになってるかが伝わらない。
長州は比較にならないくらい圧倒的兵力差で朝敵として全方位から領土攻められてるのに。
会津には東北全部味方してるし総兵力的にはむしろ新政府側より多い。
それでも一方的に負けつづける理由付けが鉄砲の質が〜大砲の質が〜だけじゃねえ。
この期に及んでも身分制に拘ってた等旧守的な東北の思考こそがあの惨敗を招いたとちゃんと描いたほうが
よほど後世への教訓として活きるのに。
>>482 まあ、あの流れだけは良かったな。
昔の2人の会話をうまく使った流れは。
ただ、我侭こねてぐだぐだしている餓鬼を親が叱り飛ばしただけにしか見えなかったのが残念。
あと2chのAAを思い出した。寝転がってイヤダイヤダとじたばたしているやつ。
>>482 良かったねえ
まさに「ぬしに何が分かる」という
場の空気も一瞬で凍りついたし
あれは解任されても仕方ない流れだと思った
頼母のも正論なんだが言ってはいけない事もある
>>458 >しかも具体的な代案を出せない正論野郎
これ一番ダメな奴だよね・・・
みんな「そんなことは分かった上で他藩との関係とか今までの成り行きとかで苦労してんだよ」
って心のなかでは思ってるにの自分だけ正論吐いて「ほら言わんこっちゃないw」って言いたいだけ
本当に戦止めたいのならあんな会議場面でいきなりファビョるんじゃなくて
会議前に家老集めて根回しすべきだろう
>>468 狡兎死して良狗烹らる
もう役割は終わったということ
>>488 史実ではそうだっただろうけど
ドラマでそれやると萎えるだろ。もう少し演出なんとかならなかったのか。
>>473 いやあの場に居たのは鳥羽伏見経験してる奴多いじゃんw
「今頃気づいたのかよこのタコ・・・」って思ってたはず
まぁそんな奴を白河口の総大将に据えた容保が悪いんだが・・・
「あれだけでかい口叩くんだから相当な能力あるんだろう」と思っちゃったのかな・・・
かたつむりの歌からも、この人ぜんぜんやる気ないでしょ
>>477 萱野は最初嫌な奴設定だったけど切腹に向かって物分りの良い家老にキャラが変わったな
>>491 鳥羽伏見の戦いは、幕府軍の方が装備良かったからね。
頼母の場合、八重の桜の頼母が一番史実に近いと思うよ
他のドラマの頼母はもっと有能な人物に描かれてる
>>490 何に萎えたのかちょっとわからんけど
観流させないための演出としては成功してると思うが
むしろ一気にリアルさが入った感じ
>>493 そうだね。川崎の装備に対する会話を聞いてた時の萱野は良かった。
長州征伐やらんでも三条実美や桂小五郎が泣きじゃくりながら京から逃げてたじゃろう
>>461 木村の死に方は、自分を的にして銃弾を集中させて
その隙に子供たちを逃がそうとしたと解釈した
二階堂が子供達を率いて逃げればいいし
>観流させないための演出としては
???
>>495 正月の白虎隊も大河と同じくらいKYだったけど
あっちは容保が無能で頼母の意見無視したみたいな作りになってたな
個人的には城を追放された頼母に容保が刺客送るかどうかが最大の楽しみ
>>496 リアルさって、御前であんな態度とったら切腹だろ。
>>500 軍議のシーンは下手に綺麗にまとめちゃうと
鼻くそほじって観流すシーンになりがちなんだよ
で、後で
「え?なんで今この人解任されたの?」ってなる
505 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 15:10:11.66 ID:T/l7FMTO
教えてちゃんで申し訳ないんだけど覚間が注文した新型銃っていまどうなってんの?
萱野権兵衛は、あの時、山本覚馬の軍制改革の提言を聞いていれば…と
一言あってほしいな
その反省の意味も込めて、川崎尚之助の反射炉建設提言への理解や
山川健次郎の硝石確保提言への即時採用があるのだろう
>>505 間に合わない
で戦争終了後に日本に届いて新政府が買い上げる
山本覚馬執念の管見、門番ツンデレ、山川健次郎先生の化学実験、西郷頼母×会津家老陣の小田原評定
春嶽に御所への発砲を指摘された時の桂の渋い顔、イケメン木村銃太郎、二本松少年隊のダルマ少年の最後
見逃しポイズン、刺されながらも少年の命を救おうとする長州指揮官、八重の表情等、見所は多かった
米俵上げる場面で
実際軽いから俵結んでる紐がユルユルだったのが萎えた
頼母は白河が落ちたときも「突貫だ、突貫だ」といいながら突貫しないし、
会議で自分らの首さしだそうといいつつも、言うだけだからなぁ
>>504 あれじゃあ、本気で恭順に藩論を導こうとしているようには見えない。
ただ、敗戦したからうだうだ言い訳しに戦場を放棄して逃げ帰ってきただけ、
で、言い訳にすぎないと一喝されたら
あのとき都をでればよかったんだと他人のせいにしたただけ、ただの餓鬼じゃねえか。
見ている方もリアル感なんか全然伝わらねえよ。
今までの頼母上げのドラマに霹靂している人には個人的な感情で楽しかっただろうが。
>>508 506
結局間に合わないのか。気になってたんだありがとう。
しかし西郷家は長男以外は妻子全員が自決というのも壮絶だな。集団自決といえば太平記で
鎌倉陥落時に北条高時をはじめ関係者全員が自決したがあのシーンも凄かった。
>>513 西南戦争にやっと間に合う。
ていうか、当時の契約って納期なかったのか?
>>514 だから会津では西郷頼母は無能でも叩かれてないんだと思う
西郷頼母が無能だったか、有能だったかは諸説あるから自分は断言しないけどな。
神保修理の親父は明らかに死に場所探してる感じだよね
ああいう人が居ると会議の流れはそっちに傾きがちだわな
519 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 15:26:15.70 ID:MfF+IXRS
>>514 1975年頃に、どっかの県会議員が一家で自刃したよ。
西郷一人だけの問題だった訳でもないしね
日本人同士で殺しあってる場合じゃないげよ!
敵は朝鮮人!!
>>518 死に場所探すのは自由だけど、
それは一人でやってくれといつも思うな。
>>522 修理の件が根底にあるから反論できないっていうのがまた痛いよね
524 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 15:29:05.53 ID:jgL54kiI
子供を戦場に送るなんて会津ならではの蛮行
昔、都での新選組の蛮行をなんで諌めなかったと思ってたが
そりゃあそうだ同類だもの
>>523 そうだね。特に土佐なんて絶対に言い返せないだろうな。
小堺岩倉がキモいんだけど現実もあれ以上のキモさだったって話だな
頼母は神保修理の弟や秋月や山川兄弟のように
容保に対して何か書き残したりしてないの?
神保内蔵助って、以前は頼母を訪ねてきて早く帰国しないとって相談してたのに
人変わったな
本筋とは全く関係ないけど、薩長サイドの役者の人が軒並み長身に面長系だから、
たまに誰だっけこれ?ってゴチャっとするw吉川隆盛以外は雰囲気似てるなと
木戸と岩倉は除く
内蔵助会津に残ってたのでは?
上京して戦ってた?
>>523 修理の自刃後は親父が口を開く→誰も反論できない
がパターン化してるわな
ああいう状況だからこそ冷静かつ客観的・合理的な説得が必要なんだけどな
頼母がファビョってるからな・・・
>>534 その役割を西田頼母に期待していたんだがなあ。
昨夜は実に萎える演出だった。
>>531 親ばかのように修理を褒め称えたシーンがあったから
切腹後のあの親父の変化はドラマの流れ的には良い演出に思えた。
>>535 しかしそんな優秀な頼母じゃ
会津戦を止められず自分の一家も見殺し
自分はのうのう生き延びる事については
例えばどういう流れで展開して説明すんの?
学徒動員は高等教育機関所属の成人男性が対象だから、
少年兵の問題とは別だろ
>>537 主人公ですら無いのに、そこまで説明する必要あんの?
>>485 でもそこをはっきり描いちゃうと単純に、長州と比べて会津ショボッ!
てなっちゃうから描かないんじゃない?
このドラマ一応会津上げしてるしね
武器の差がーなら言い訳も立つけど
有能な人間がいないor身分に拘り無能を上につけて負けました、と
身分に拘らず有能な人間を登用して大軍に勝ちました、だと
主人公側負けて当然では、となるし
史実通りだけど
>>539 えっ!?
そこは描写なくても気にならんの?
>>539 だったら主人公でもない頼母に理路整然キャラの期待もすんなと
>>537 神保が息子殺されてからデカい面してるのと同じ理屈だよ。
子女全員自決すれば恭順を説く父親を臆病者だとか言われなくて済むだろ。
日本のいちばん悪い所だよ
>>534 神保は心の奥底では会津と殿を恨んでるのではないだろうかという様な気迫を感じるしね
簡単に恭順すれば、息子の自刃は全く無意味になる事にも憤りを感じてそう
役者さんの力もあるだろうけど、あの低音で頼母や容保に意見する場面は圧倒される
>>541 このひとは、頼母の逆ギレシーンが自分の好みじゃなかったのが気に入らないだけだから
言ってることどんどん変わるよ
頼母は家族の死を聞いて、むしろ徹底抗戦に宗旨替えするぐらいブレた人だけどな
今回のドラマは、身内の死という現実を見て理性を失う人たちをきっちり描いていると思うよ
>>541 え、頼母は守護職に反対した、恭順を説いたことをクロースアップされて
わざわざ西田を持ちいて、蟄居させられて実際にはたいした出番もないのに
あえて時間を割いてきた登場人物だろ。
で、その恭順のシーンがあれではあまりにアホらしい演出だと。
あと、クロースアップされていない場面、自分はのうのう生き延びる事はどうでもいい。
お前らの望みどおり、思う存分ヘタレに描いていいんじゃね?
>>547 すまん、何言ってるかちょっとよくわからん
とりあえず西田敏行が軽んじられたのが嫌なんだと思っとく
恭順を主張しても、徹底して抗戦に進んだ場面は
このドラマの流れとしては欠かせない重要な場面だけど
1家老が、家族が全員自決しても自分だけ生き残って後世へらへらしていた事なんて、
このドラマの流れでは枝葉のようなどうでもいい場面だと思うけど。
ということで頼母は頼もしくなりました(終)
>>499 木村銃太郎は、死後継母の夢枕に立ち、血塗れの姿で手をついて
「母上にあれほど言われておりましたのに、お子達をたくさん死なせてしまいました」
と述べた、という逸話が地元の郷土史に残っているそう。
継母・木村ミテは夢から醒めて銃太郎の死を知ったという。
木村銃太郎は子ども達を決して死なせたくはなかった。
そのエッセンスみたいなのはドラマにも感じられた。
あの死に方は納得いかないけども。
学徒出陣も特攻隊も東條英機だな。
特に特攻隊は反対する航空本部長の更迭までやって実現している。
先の大戦を引き起こした東北軍閥の中には戊辰戦争以来ひきずった
怨念みたいなものがあったのかもしれない。
553 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 16:06:03.37 ID:1A7IzoS2
容保、頼母、尚之助と会津遁走トリオだろ
西郷頼母は会津藩秘伝の御式内(おしきうち)を伝承して、それが今の合気道になってるんだよな。講道館四天王の西郷四郎も育てたし、割と現代に遺産を残してる。
修理は佐川や大蔵の主戦派を懸命に抑えてたのに
親父が主戦派となるのは息子の遺志に背くのではないのか。
鳥羽伏見の頃とはもう状況が違うんだろうが。
>>548 恭順を説いても会津は徹底的に戦うことを選んだ大事な場面を生かすために
わざわざ史実の年齢を詐いて知名度と実力のある俳優を使い、あえて1話から登場させてきた
大事な大事な登場人物の、ここぞという見せ場があの演出ではなあ。
頼母が無能だろうが優秀だろうが、ドラマではどうでもいいけど、
なんのために今まで時間をこいつに割いてきたのか。
今後頼母の見せ場なんてないからなあ。
>>552 大西って人でしょ
敗戦後に腹切って死んだ
>>557 はあ何となく言いたい事がわかったわ
信念を持って恭順を説くが場の空気と止められない流れに
敗れる頼母の見せ場シーンが欲しかったのね
他のドラマ(日テレ五稜郭テレ朝白虎隊テレ東ジュテーム白虎隊)の
頼母がどうだったかちょっと覚えてないが
このドラマでは頼母はこういう役回りと描写という事であきらめろん
もしかしたら一家自刃後覚醒するところに見せ場があるかもしれんし
西郷頼母という既存の会津関連ドラマでは悲劇の主人公格になることが多い役に
西田敏行という大河重鎮を起用し、1話から以降も折に触れ山本家と八重に絡ませて
おきながら
今作のある意味で結果的には無為無策だけど理想論ははく、という脚本については
なかなかどうして大したものだと思う
>>358 手の平サイズならともかくあの大きさのを懐に入れたら邪魔だから圧縮したんじゃね。
>>361 >史実の賛否はともかく、西田を使って貴重な時間をさいてまで出す家老にしてはアホすぎる。
西田の配役は神保か萱野権兵衛が良かったかな。
>>403 確認してないけど土方がケガの療養中で斉藤が新撰組を指揮してたんじゃないの?
そして会津藩お抱えの新撰組の指揮官として上司である会津藩のトップに建議したという事じゃないの。
>>407 >反戦の讒言は演出できなかったのか?
讒言は事実を曲げて悪く言う事だから諫言が正しい。
>>414 >仙台伊達も米沢上杉も血筋はともかくとして藩としては似たような事情
伊達政宗は家光に歯向かうものは俺が許さんと言ってたのに。
>>431 >二本松が貴重な観光資源(失礼。悪意はありません)を
>推せば推すほど三春は面白くないだろう
三春の事は言わなければ誰も気が付きません。
>>444 池中玄太か。
>>450 実際は皆とはぐれさまよい歩いた末に意識も朦朧とした状態で敵を発見し、
充分に近づいたら思い切って突く事だけが頭にあったらしい。
>>457 >寝返り即交戦はしないで主戦場から撤兵した説もあるみたいね
でも二本松藩領の本宮を三春藩兵が抑えた事で二本松藩の主力が郡山に取り残された訳で。
>>461 >木村の死に方も三郎と一緒で自分から的になっただけの無駄死にだし
俺も同意する。実際は陣を引き払う為の処置をしている所を流れ弾に当たったらしい。
腰に当たって動きが取れなくて、足手まといになるのを恐れて首を討てと命じたらしい。
>>512 >今までの頼母上げのドラマに霹靂している人には
霹靂じゃなくて辟易だろ。
>>555 そんな秘伝が実在したとは思ってないだろ?
この大河での頼母は割と一貫した扱いじゃん
正論吐くけど対案無い、人望有るけど軍略無いって感じ
別に破綻している印象は無いな
頼母は
桜守りのじっちゃんになりたかっただけなんだよ……
>>564 人望はないと思う
>正論吐くけど対案無い
こういう奴とだけは一緒に仕事はしたくない
まして命がけの戦場でこんなヤツとは一緒に戦えない
全国回ったオレの印象:
北海道:無愛想
東北:我慢強い
北陸:頑固
関東:マニュアル
東海:見栄っ張り
関西:計算高い
中国:のんびり
四国:酒好き
九州:男気ある
沖縄:ルーズ
対案が「今から反射炉作れ」だもんなw
でもって角場で健次郎が火薬の分析して硝石の話になり
キッチリ対案出したりするw上手いと思ったな。
信義だ裏切りだ言う前に領地領民の事を慮るなら白河落ちた時点で首差し出して全面降伏しちゃえばいいんだよ
自分たちの組織保全しか考えないで本当に守らなくちゃいけないものを守っていない
>>568 山川弟は優秀なんだな
火薬の調合が関ヶ原には驚いたわ
頼母は謹慎中にやろうと思えばできる事がたくさんあった筈なのに
史実でも何もせず何も学ばずぼんやり日を過ごしてたんだろうな
その事実があるのに優秀なシーンなど創作できないというのが
この脚本家の主張かもしれんね
少年兵動員という愚行を単なるお涙頂戴の美談にしちゃいかんよなあ。
本来東北諸藩にとっての黒歴史になってもいいようなものなのに
なぜか美談として観光資源にすらなっているという。
>>570 あの場に萱野権兵衛が居合わせたのも上手かったと思う
かつて覚馬を禁足にした時「古い」と言われたその人
なんか思うところがあったみたいな顔してたよね
萱野権兵衛も会津に危機が迫ってきたから変化したんだよな
>>567 ほかは分からないが確かに関西の計算高さは異常だわ。
575 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 17:04:07.39 ID:afDwrfpA
小栗のwiki
2月末に渋沢成一郎から彰義隊隊長に推されたが、
「徳川慶喜に薩長と戦う意思が無い以上、無名の師で有り、大義名分の無い戦いはしない」
とこれを拒絶した
会津はダメだな
武士道のかけらもない
火薬の調合が関ヶ原、て、かたくなに守り継いだ心意気を感じるw
火縄銃みたいな旧式の銃に、火薬多めに詰めて大丈夫なのかな?
そのへんで「もっと遠くに届くようにするにはどうしたら…」と八重が悩んでたのかな
>>572 あんつぁまの進言を退けてなかったら…ってちょっと責任感じてるっぽいよね。
>>559 全く解ってないな。
歴史上でもドラマ上でも頼母が優秀だろうか、無能だろうかどっちでもいいんだよ。
あの程度の演出で、全く見せ場のない恭順のシーンをやるなら
1話から無駄に頼母なんかに時間を割くな、西田みたいな知名度ある俳優も使うなって言ってるんだよ。
見ていて馬鹿馬鹿しいから。見せ場の無い登場人物に時間を割くドラマなんてアホらしくて見れるかよ。
>>576 火縄銃は改造して雷管銃にするって尚之助が言ってたよ
前込めは同じでも着火の手順が省けるから
少しは速く打てるようになるんだろ
火薬の量自体はあんまり関係ないと思うんだが
関ヶ原の頃の調合だと煙ばっかり出て威力が無いとか
>>578 うそうかすまん、じゃあまあ観ないのが一番かもな
>>579 砲身が衝撃に耐えられるんだろうか、とちょっと思ったのでw
>>579 本当にそんなの作れるんかいね?ともおもう。
実在するの?>火縄銃改造雷管式
>>576 棚倉藩は白河攻略の犠牲にされたのに、
ろくに出番も与えてもらえなかった。
その上で火薬だけ、関が原と言われあまりにも扱いが気の毒だと思った。
584 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 17:15:40.09 ID:YANfOowT
>>582 少しググればいっぱい出てくるのは恥ずかしいなあ
>>582 会津にいくと現物がみられるよ
資料館にも展示してある
あと、あちこちの城でたまにやってる展示に時々紛れてる事がある
あれはよく分からん人が「火縄銃」とか言って展示してるっぽいけど
「これ改造されてるじゃん」てのがあったりするよ
>>579 結局採用はされなかったが、尚之助が新式銃作りを委託していたことで会津の鍛冶屋がスキルをあげて
既存の旧式銃の改造にも対応できるまで腕をあげてることであろう
胸熱
587 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 17:18:39.72 ID:dTiThZNu
>>585 じゃあ近所の骨董屋にかざってある火縄ももしかしたら…尚之助・改…?wktk
まあ明らかに今回は頼母像の新解釈にチャレンジしているな
俺にすればこれはこれで凄え面白いけどな
しまったトンビは頼母ガーで来たらしい
>>582 各藩やってるし薩摩藩や佐賀藩は1845年頃から始めてる>火縄銃の雷菅改造
そんで1848年に佐賀藩は火縄銃の全廃を達成
>>588 尚之助じゃなくても幕末は普通にやってたらしいから、改造雷管銃
着火システムの金具を取り換えるだけで作れるから簡単なんだよ
太平の世で戦にとんと不慣れでと言いながら、
各藩武器の改造は真剣にやってやっていたんだよな。
どこの藩も金が無かっただけで。
覚馬の読み方
かくば?
かくま?
草笛さんかくばだからそっちが正解?
>>589 面白いよね
人情家な面もあり平時ならつつがなく家老職を務めただろうけど
有事の軍才は無かった
謹慎中に時代に取り残されて孤立してる感がよくわかる
>>457 三春藩って元々新政府寄りだから、別に気にしなくていいと思うんだけど
援軍来ないのは明らかだし
真の悲劇は
>>583に
>>581 日本の火縄銃の銃身は鍛造なので、世界中の前近代のものとしては例外的に
火薬増量に耐えられると評価されてる。
>>597 銃身はむしろ輸入品の方が粗製らしいよね
日本の銃は元々刀鍛冶が作ってたからよく鍛えてあって厚いらしい
職人手製で象嵌入りの火縄銃も雷管式に改造されたりしてるからな
綾野と西島はいつ死ぬの?
何時になったら八重が主人公になれるの?
>>601 最後まで綾瀬は脇役か
出番無いのに低視聴率大河の主演呼ばわりされるとか災難だな
>>575 馬鹿だなぁ。幕臣の小栗はそれで良いだろうが、会津は自分が攻撃目標になってるのに
逃げ隠れ出来る訳がなかろう。
>>594 かくま
>>602 あとの出番は白虎隊に出陣を命じる時と降伏を決断する時と降伏式をするとき位か?
>>603 ていうかそうまでしても小栗は結局新政府に殺されてるし
綾野と綾瀬と紛らわしいな
歴史あんまり詳しくないんだけど、秋田藩が寝返ったのはなんで?
東北諸藩が一致団結してるのにあの地域だけ同盟から抜けてメリットあるか?
佐竹の殿様が日和ったんだよ
佐竹家ってのはそういう家だ
秋田藩がそのまま秋田県になれたのは、裏切って新政府軍についたおかげらしいな
他の東北諸藩は名前変えられてる
>>607 秋田藩の佐竹氏は元々が常陸の大名
それも徳川のような自称なんちゃって源氏ではなく、新羅三郎義光まで祖をたどれる超名門
で、関ヶ原以後の仕置きで常陸一国約55万石から出羽久保田約20万石へと移封
まあ言ってみれば、給料半分かつ左遷され、おまけに左遷先の久保田が田舎過ぎたので
涙目になりながら現秋田市周辺を開発していった
>あの地域だけ同盟から抜けてメリットあるか?
あの地域「だけ」を見れば幕府方優勢なんだけど、東北以外の地はほぼ全てが新政府側なのよ
つまり寝返り後に積極策を取る必要性は無く、耐えてさえいればおkの寝返り
しかも、奥羽越列藩同盟の後方地域での寝返りは新政府側から見ても高ポイント
611 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 18:38:42.55 ID:1A7IzoS2
三郎、二本松、白虎隊と八重に関わった若者がどんどん死んでいくな。
会津は部隊構成を年齢で区切ったのは失敗じゃね?
むしろベテランも若者もいる隊のほうがよかったと思うが
>>607 世良が死んだあと、奥羽鎮撫総督が秋田に来て直接恭順を迫った。
614 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 18:44:52.69 ID:1A7IzoS2
春嶽様がいつのまにやら新政府側についてる しかも結構正義漢になって
新政府から見れば、秋田の寝返りは白河へ向かうはずだった庄内の軍勢を秋田に引き付けたことで
メリットがあったけど、庄内にフルボッコにされた上、仙台と盛岡も敵に回して
領内を戦場にされた秋田はビンボクジとしか
>>614 薩長土以外だと、越前、尾張、安芸は最初から新政府側
617 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 18:50:18.58 ID:hgmD/msa
春嶽と按摩のような名をつけて上を揉んだり下を揉んだり
>>589>>595 自分は昨年末から、新島八重と会津に関する検証本を読んでいたので、
今回の頼母の狼狽描写には正直感心したね。
619 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 18:56:07.75 ID:T9ktyuyZ
宮さん宮さん お馬の前に
ひらひらするのは何じゃいな
トコトンヤレトンヤレナ
あれは朝敵征伐せよとの
錦の御旗じゃ知らないか
トコトンヤレトンヤレナ
一天万乗の帝王に 手向かいする奴を
トコトンヤレトンヤレナ
ねらい外さず どんどん撃ち出す薩長土
トコトンヤレトンヤレナ
伏見 鳥羽 淀 橋本 葛葉の戦いは
トコトンヤレトンヤレナ
薩土長肥の 合うたる手際じゃないかいな
トコトンヤレトンヤレナ
音に聞こえし関東武士
どっちへ逃げたと 問うたれば
トコトンヤレトンヤレナ
城も気概も捨てて 吾妻へ逃げたげな
トコトンヤレトンヤレナ
国を追うのも 人を殺すも
誰も本意じゃないけれど
トコトンヤレトンヤレナ
薩長士の先手に 手向いする故に
トコトンヤレトンヤレナ
雨の降るよな 鉄砲の玉の来る中に
トコトンヤレトンヤレナ
命惜しまず魁するのも 皆お主の為故じゃ
トコトンヤレトンヤレナ
>>610 あの布陣はまさに奥羽列藩の背後をつく好位置なんだよね
>>609 そう言えば藩名と県名同じって珍しいよな
それだけ新政府に貢献したってことか
>>610 東北は幕府への恩義が強いイメージあるけど、秋田の佐竹だけは違うのか
耐えていればおkということは秋田藩は列藩同盟の領地に侵攻していったわけ
ではないんだね?
>>543 修理の死がそんな効果を。
自分が昨日西郷家の娘たちを見て感じた本能的な不快感の理由が分かったわ。
翔ぶが如くの西郷家@かごんまのしぶとい留守番ぶりと比べて痛々しい。
>>621 秋田から庄内に進軍してるけど、どんどん押し戻されて秋田領内の戦になってる
同じ様に官軍へ味方した秋田藩と津軽藩でも
新政府は秋田藩の敢闘を評価して佐竹家を侯爵に列している
津軽藩はギリギリで査定落ち伯爵
>>610 佐竹は去年の清盛にもセリフだけだが出てるぐらいだからなw
佐竹氏は歴史もある名門だからな。時代が変わったとはいえ西郷隆盛や大久保利通のような
下級武士にやりたい放題されるのは屈辱であっただろう。
>>605 あれは江戸に留まって逼塞するか、いっそ函館まで行ってたら逆に生きてたと思われ
小栗と一緒に幕政改革してた重臣は、そのどっちかで全員生き残ってるから
惜しい人を亡くした
今日からわだすは三郎になりやす
いよいよ次回は八重の雄姿が見れるな(ラストシーン)
629 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 19:28:13.18 ID:khakVxaG
630 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 19:29:37.43 ID:jgL54kiI
覚馬が脱ぎ
佐川が脱ぎ
八重はいつ脱ぐんだ
八重のお風呂エピがあるはず
>>623 ググったら秋田戦争なんて戦があるのかwwビックリ!初めて知ったwwww
しかも双方で400人も300人も戦死してるしwwwwwww
鳥羽伏見の戦いのそれよりも多いよね?ww
633 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 19:36:43.03 ID:1A7IzoS2
>>628 それが楽しみで半年みつづけたのだ おもいっきりおしゃれな格好で戦ってほしい
“八重の桜” 吉川晃司さん語る (動画あり)
http://www3.nhk.or.jp/lnews/yamaguchi/4065127221.html NHKの大河ドラマ「八重の桜」に出演している俳優の吉川晃司さんが15日、
萩市で開かれた公開セミナーにゲストとして招かれ、役への思いや撮影の裏話などを披露しました。
この公開セミナーは、大河ドラマ「八重の桜」をさらに楽しんでもらおうと、NHK山口放送局と萩市などが開いたもので、会場の萩市民館には抽せんで選ばれた750人余りが集まりました。
セミナーには、西郷隆盛役で出演している俳優で歌手の吉川晃司さんがゲストとして招かれました。
舞台に登場した吉川さんは、「広島出身なので子どもの頃にはよく岩国や秋芳洞などに遊びに来ていました」と山口への親しみを表しました。
そして、西郷隆盛を演じることについて、「最初は、顔もまったく似ていないし 無茶なことだと思ったが、今は隆盛のことをしっかり調べ一生懸命演じています」と語りました。
さらに、撮影の現場では、京都弁や薩摩弁、それに長州弁などが飛び交っていて、方言指導の先生たちがほかの方言につられてしまって的確に指導できなくな ることがあることや、
同じ広島出身の綾瀬はるかさんとメーク室で広島弁で楽しく話していることなど、撮影の裏話も披露しました。
訪れた人たちは、ユーモアたっぷりの吉川さんの話に、笑顔で聞き入り、時折、 笑い声をあげて楽しんでいました。
635 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 19:43:59.28 ID:khakVxaG
吉川が西郷なんて考えもつかなかったが
いざやってみるとこれはこれでありかも…と思ってしまった
>>595 脚本段階だとドラマの各人物の美点とは別にこいつダメだなあって思う部分もわりとクールにそのまま描いている感じだね。
頼母については、それを西田がただのダメ人物に見えないように適当に中和して演技している感じ。
>>636 いい年の取り方してるよね、昔はむちゃくちゃだったような。
639 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 19:54:06.95 ID:1A7IzoS2
>>635 ボロボロの軍服もなかなか( ・∀・) イイネ!
640 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 19:54:38.92 ID:khakVxaG
NHK出禁
紅白本番でシャンパン飲みぶちまけ 舞台放火
持ち時間無視で演奏
>>635 最後から2枚目、全員同じ顔じゃないか、しかもまるでアニメゲームキャラ。
恥ずかしいからこんなレベルの奴に描かせるなよw
才次郎達がやられた直後に八重がなんか草っぱらを走るシーンがあったけど
治療所になった日新館は八重の家からそんなに遠く無かったはず
あんなシーン入れるもんだから「八重が二本松まで走って行った」
みたいな誤解が生まれるんだと思う
会津戦争って、進撃の巨人と状況が似ている気がする。
IDが挟み撃ちにされてるムサシのようだorz
645 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 20:26:14.66 ID:khakVxaG
妙にスレ進行が早いな
>>637の視点は面白い。成る程なぁ。
頼母について納得。
頼母と覚馬はdisられてるって言ってた人いたけど、覚馬も同様なのか?
洋学所建てる時に会津だけが賢くなっても世の中は変わらねぇ
誰もが学んで世界を見る目を養ってこそ、十年五百年後この国はもっと良くなる
と言って洋学所を立てて、会津以外の藩士も受け入れたけど
その後勝から会津しか見てないと一喝されているし(勝が一喝一応洒落だw)
それは一例で他にも馬鹿キャラが定着してるよな
>脳筋なのに管見書いちゃったw
これは極端だかアンチかもしれんが、視聴者(ここの人)の多くは
聡明で行動力のある人とは思ってない。頭の中だけで俺もそう。
いろいろ史料と違うと思っていたが、意図してしてるという事か。
>>612 白虎隊(若年)・玄武隊(老年)は、本来は予備役だから
そこを出陣させなければならなくなってる所が
ある意味、既に負けが見えてるんだよ
649 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 20:52:11.62 ID:dlA1f91b
>>636 西郷ってこういう人だったかも。
って説得力あるよね。
上野(だったか)の西郷の銅像を奥さんが見て
「こんげんひとじゃなかよ」と言ったとかなんとか。
>>649 暗殺を恐れて写真を嫌った西郷が戦死して
大久保が暗殺される不条理
明治帝からの要望も断ったらしいから、単に暗殺を恐れただけでも無いような気がするなぁ
さすがに昨日は覚馬とか岩倉のシーンはいらないと思った。
少年隊をもっと丁寧に描いて欲しかったな
>>651 明治天皇も写真嫌いになって、肖像画だけになるんだよな、何故かw
滅びの美学という言葉は適切かどうかはわからないが、日本人は勝利者よりも敗者のほうに
より強い思いを寄せる傾向がある感じ。
特に「精一杯頑張ったが結果的に負けてしまった」というケースはなおさらだろう。
源義経・幕末の会津藩・太平洋戦争での栗林中将など
655 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 21:11:14.53 ID:1s2qMBjR
ここんところ鬱展開で、じりじりと会津が滅ぼされて行く
来週は白虎隊の子ども達の悲劇。その先は蹂躙されて戦死者の埋葬も許さない新政府軍の蛮行も描かれるだろう。
福島はどれだけ辛い思いすればいいんだろうね。
明治天皇のアルバムみたいなの、こないだテレビでやってた
当時の内閣が映ってるが、なぜか無職の勝海舟がそこにいるっていう
勝がいかに評価されてたかを物語る逸話みたいにやってたが
どうなんだろ
矛先を会津に向けさせた勝など徳川の酷さは
慶喜のアホさしか見せんのね
慶喜と頼母に共通する性格を感じる
とりあえず自分は助かりたい
調べた、列藩同盟が負けたのは西郷頼母が白河城を獲られちゃったからなんだな
装備に差が有ったとしても、守備側2500攻撃側700で負けちゃダメだろ
戦ほどセンスが必要とされる感じ
もし勝つとしたらどういう戦略があるの教えて2ch軍師さん
>>661 頼母の用兵はまずいところが多いけど、
じゃあ万全を尽くしてれば勝てたかというとそうでもないんじゃないかなぁ。
まあ伊地知さんの第一陣を引かせることはできたかもしれんけど、
新政府軍は援軍が届いて少しずつ増強されていくから。
>>658 みんなで切腹しよう!って言ってたじゃん。
でも、その場にいた殿も含めシーンとなってたけどw
>>659 数居たって、旧式装備で弾が届かないんじゃ立て篭もっててもやられるだけ。
篭城で時間を稼ぐつもりだったんだろうが。
秋田藩は新政府にうまく利用された様に思ってしまう。
結果、秋田戦争が起き、近隣の藩が秋田に兵を向けた為に白河、会津戦争などを有利にすすめられた。
666 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 21:33:09.61 ID:0jEoiVaa
超一流 伊地知さん倒しても板垣退助 大村益次郎残ってるから絶対無理
会津は人材で負ける
前スレ986がいろいろ頼母の失敗を書いてくれていた。
素人には高度でよく分からなかったけれど、城を焼かないで逃げて
新政府に渡したのは失策だと思った。
>>656 >明治天皇のアルバムみたいなの、こないだテレビでやってた
やってたなw
他人の写真はアルバム作るほど好きなのに、何故自分の写真は撮らせなくなったんだかw
写真のクオリティが飛躍的に上がったら肖像画ってw
669 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 21:35:26.45 ID:0jEoiVaa
伊地知さん 板垣退助の用兵は軍神レベルだった
会津郡200万人いても勝てなかった
670 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 21:38:30.49 ID:0jEoiVaa
秋田藩は新政府にうまく利用された様に思ってしまう。
でたらめいうな
それより棚倉藩見捨てて白川攻撃して失敗したのが最悪だった
そのせいで見捨てられる不安から秋田はんとか裏切った
最近、感覚が鈍ってて……
今回って感動する回だったの?何にも記憶に残らないまま終わってしまった
二三日うちにもう一度観てみる
672 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 21:52:03.06 ID:khakVxaG
秋田藩は悪
>>661 騎兵隊が横っパラを付いて混乱させたとこで全軍突撃
半端な銃は使わない
>>671 同じく、何も感じなかったが
本日移動中に何気にフラッシュバックで一寸来た
タイトルに少年隊と銘打って有るなら、もう少し時間取っても良かった
当時は八重の持ってる最新式でも、射程100mくらいだから
槍や刀だけでも戦いようはあると思う。
篭城戦は標的にされるだけか。
>>609 >秋田藩がそのまま秋田県になれたのは、裏切って新政府軍についたおかげらしいな
>他の東北諸藩は名前変えられてる
だからそれは俗説で、山形も福島も藩庁の都市の名前が残っている
さらにいえば、明治維新の時の秋田城下町の名称は「久保田」だったが、
領分の名前やらでは郡名の「秋田」を称している
明治維新の時、藩の名前は藩庁の所在都市とすることが決まり、
(例:薩摩藩ではなくて鹿児島藩、加賀藩ではなくて金沢藩)
「久保田藩」が正式名称となったが、「秋田藩」を名乗りたいために、
わざわざ都市名を久保田から秋田に変更した
廃藩置県からしばらくたって、都市名ではなくて郡名を県名にする方針が成立したが
(宮城県、愛知県、石川県など)、秋田県などはすでに郡名なので変更なし
(鹿児島県、佐賀県も郡名と都市名が一致)
ただしこの方針は徹底されておらず(山口県、高知県など)、反発の度合いの差が
府県名の差に多少繋がっている可能性はある
悲劇悲劇って決め付けるのもどうかと
本人たちは武士として藩と殿を守るために命をささげて本望かもしれないわけで
今の価値観でなにかとイクサは悪とか、死は悲劇とかきめつけるのはなんかなぁ
庄内藩は勝ち組だな。裏切り者の汚名を着ず、戦後の処分もメチャ軽い。
藤沢周平も描いていたけど、変わった藩だよな。
>>661 ゲリラ戦、領内に入ったら百姓に扮した兵士が不意打ち
680 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 22:18:28.35 ID:M3D8oFIO
悲劇とか価値観とか
それが何かは見れば分かる
ドラマが何を描いてるかで
何も伝わらなければ
何もないってことでw
現代でも社会に負けて自決する人は多いよね。負けて生き続けるくらいなら潔く死にたい人だっているんだよ。中世の日本社会ではそういう人が模範にされたってだけで。
違うよ。
侍は死んで藩と家の名を残そうとする。
自分の勝手で死ぬやつとは大違い。
大河に八重が決まって、おそらく白河や二本松も取り上げて欲しいって要請が有ったんだろうけど、二本松少年隊なんて知名度の低いエピ出してどうなのかなって思ったけど、意外に評価が高くてちょっとビックリ
子供に砲術教えたのって綾瀬なの?
基地外かよ綾瀬が先陣切って氏ねよ
数が多い上に土地勘もあるんだろうから
包囲殲滅作戦で行けばいいのに
バンザイattackでも結構米兵死んでるよ
おまいらそんなんで軍才あるとか思ってんのかよ
688 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 22:41:05.39 ID:khakVxaG
やっぱF35早く買ってよ
689 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 22:43:21.87 ID:5FtOMYUn
宮さん宮さん お馬の前に
ひらひらするのは何じゃいな
トコトンヤレトンヤレナ
あれは朝敵征伐せよとの
錦の御旗じゃ知らないか
トコトンヤレトンヤレナ
一天万乗の帝王に 手向かいする奴を
トコトンヤレトンヤレナ
ねらい外さず どんどん撃ち出す薩長土
トコトンヤレトンヤレナ
伏見 鳥羽 淀 橋本 葛葉の戦いは
トコトンヤレトンヤレナ
薩土長肥の 合うたる手際じゃないかいな
トコトンヤレトンヤレナ
音に聞こえし関東武士
どっちへ逃げたと 問うたれば
トコトンヤレトンヤレナ
城も気概も捨てて 吾妻へ逃げたげな
トコトンヤレトンヤレナ
国を追うのも 人を殺すも
誰も本意じゃないけれど
トコトンヤレトンヤレナ
薩長士の先手に 手向いする故に
トコトンヤレトンヤレナ
>>670 それは三春藩だろ。
後方で戦線に接する心配の無い秋田藩がなんで見捨てられる心配をする必要があるんだよw
秋田藩まで戦線が北上してたら会津、仙台、米沢、庄内全てとっくに降伏してるわな。
>>664 行けば解るけど、白河城は籠城して守れるような城じゃないよ。
なんで西軍も同盟軍も城に固執したのか解らん。
あんな城さっさと放棄して、街道と砲撃の拠点となる山を奪い合うのが正しい戦略。
692 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 22:59:22.36 ID:5FtOMYUn
八重の話が出ないでも進む八重のスレ。
693 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 23:02:46.44 ID:5FtOMYUn
関ヶ原の頃の・・と尚之助に言われた奥州各藩
夜郎自大(やろうじだい)
【故事】 自分の力量もわきまえず尊大に振る舞うこと。
「夜郎」は漢の時代中国の西南部にあった小国の名前。
「自大」は自分を大きく見せる尊大な態度。
漢の使者がこの小国に立ち寄った際、漢の強大さを
知らなかった夜郎国の王が自分の国の力を自慢したと言う故事による。
>>689 こういう歌見てると、田舎者が自分を励ますために作った歌なんだなあって思う。
たぶん都の人が地方をやっつける時ってこういう恥ずかしい歌詞は作らないと思う。
八重さんに射殺される一兵卒にも子供も家族もいたんだと戦後に葛藤したりすんのかな
697 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 23:17:49.17 ID:dTiThZNu
>>678 庄内藩は罰する理由が皆無だったから。
元々薩摩が無茶な理屈で戦争を吹っかけてたから、他藩からの反発も大きかったのもある。
>>696 ないないないないw
戦とは楽しいものですってニヤニヤしてる射殺マニアだぜ?
699 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 23:23:44.26 ID:xy20/sE5
どっちの八重の話だよ
ドラマのか実在か
700 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/17(月) 23:24:48.94 ID:M3D8oFIO
リアル八重に毒されすぎだ
その腹いせに鶴岡城を徹底的に破壊したのが薩長の醜いところでもある。
バイオハザードのミラ・ジョヴォヴィッチみたいに無双する八重はよ
勝負の事、十分を六分七分の勝ちは十分の勝ちなり。
子細は八分の勝ちは危うし。
九分十分の勝ちは、味方大負けの下地なり。 武田信玄
>>609 その理屈だと長州も山口県じゃなくて萩県なのでは?
庄内から石原莞爾大川周明が出てくる
萩は負け組ですさかいな。
会津はこうやってドラマにしてもらえるが、赤根や椋梨は絶対にドラマにならん。赤根は萩じゃないけど。
>>705 南部の東條ともども、日本をめちゃめちゃにした連中だね
会津戦争終わったら
八重にとって大きな出来事あるっけ?
二本松では「三春から嫁もらうな」って言われてたらしいぞ。
まあ、結果から論じることにはなるけれどさ
庄内藩の秋田戦争での無双っぷりを考慮すれば、久保田藩(佐竹氏)があの時点で新政府軍側に
寝返ったことは、寝返ったこと「のみ」で奥羽北越戦争における新政府側勲功第一位とも言える
何せ佐賀鍋島の最新式洋式軍とガチンコやって勝ってるくらい強いしw
この庄内藩の軍が予定通り白河口に参戦していたら会津戦争の情勢がどう転んだことか
>>711 秋田藩は新政府に捨てにされたけどな。
裏切った代償だから何とも思わんが、領民は気の毒だな。
南部はすげえな。原、斎藤、東条、戦後は鈴木善幸で、さらに小沢まで出してんのか。
国賊ばっかりやなかい
>>704 幕末に長州藩は萩を捨てて山口に政庁を移してる。
江戸初期に萩に押し込めらて以来の悲願を果たした。
今の県庁の前に当時の政庁が残っている。
>>715 原敬 新渡戸稲造 宮沢賢治 石川啄木もか
後藤新平と斎藤実は幼馴染で仙台藩か
>>645 日新館てそこにあったんだ。
>>654 栗林中将は結果的にではなく、負けるのは避け難いと覚悟した上でのゲリラ戦だけどね。
>>683 知ってる人にすれば白虎隊より結果出してるのにマイナーなのは可哀想で、
何とかメジャーに押し上げたいと思っていた訳だ。
>>685 白虎隊はそうらしいが二本松は若先生こと木村銃太郎だ。
>>696 指揮官を狙い撃ちじゃなかったっけ。
戦って死んだら、それによって息子が出世したり土地を与えられたりする
だから家のために死ぬ
日本の会社は競争に負けて死ぬ奴は自己責任ということでできるだけ金は出さない
>>711 勝ってねえよ<庄内VS佐賀
佐賀藩が到着して秋田領内から追い出されてる。
>>719 洗脳されたまま集団自殺したチャイルド・ソルジャーを観光資源にするような真似は
二本松にしてほしくないな。
飯盛山の観光地化はこころある人から叩かれ続けているのにまったく辞めようとしない。
ムソリーニのプレゼントを再建するとか、人間としてありえない。
俺達はファシストだから子供を戦場に駆り立てるのは当たり前なんだぜ、とでも言いたいのか。
>>691 それが白河の戦いだっぺ
第3次攻防戦では伊地知が南の稲荷山に陽動攻撃をしかけ、同盟軍がそれに全力で釣られてる隙に
立石・雷神山を官軍が制圧してから城まで回りこんで圧勝した
城とそれらの山を結んだ菱形の頂点辺りに白河城があるから、防衛拠点として便利
第4次以降は、同盟軍がそこまで近づけなかっただけの話
>>714 佐賀や、新規編制とはいえ薩摩も結構な数の部隊を秋田に派遣してる
佐賀の第一陣が加わっても物ともしないとか、庄内藩が予想を超えて強すぎ
白河辺りで、庄内vs薩長主力の決戦が見れれば良かったのに(他人事)
録画みた。今週は面白かった。山川弟が物理のセンスを表した瞬間とか。物理というか化学だが。
容保の後継者は、いつしゃべるんだろうか?
>>722 二本松の場合は未だにお墓が何処にあるのか判らない子も居るらしいよ。
薩長の目を恐れて判らないように隠されたんだと。
>>722 少年隊の像はあったな。二本松城のふもとに。
萩って東行庵から高杉の遺品ぶんどったんだよね
>>697 庄内には西郷どんを有り難がって、肖像画を飾ったり、鹿児島市と交流してる学校がある。結構お人好し。
731 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 00:40:35.76 ID:KM6am08C
仙台藩は悪
秋田ってなんとなく東北のなかでもハブられてるようなイメージあったんだけど
ひょっとしてこれのせいなのかな
現場はけっこう優秀だがトップは無能というのは西郷軍→昭和陸軍→東京電力と遺伝して、
いまだに日本に暗い影を落としている
現場はけっこう優秀だがトップは無能というのは会津藩→西郷軍→昭和陸軍→東京電力と遺伝して、
いまだに日本に暗い影を落としている
長沼流しか習ってないのに連戦連勝、酒井玄蕃さん。
736 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 01:16:45.85 ID:Re4n2DBm
会津藩は上層部が迷走しだしているので
山川家と山本家のスペックの高さが救いというか
頼もしくなってきたな
737 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 01:21:54.71 ID:o47SOX0F
738 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 01:27:37.33 ID:Re4n2DBm
覚馬が捕われ、三郎が戦死してしまったので
隠居していた権パチも現場復帰して
尚之助・八重夫妻の働き場も増えてきた
そんなおとっつぁんも、おお、もう•••
八重さんて、すげえ長生きなんだな
今更だけど
>>722 >ムソリーニのプレゼントを再建するとか、人間としてありえない。
ローマ記念碑の事なら、あれを実際に建てたのは山川健次郎だぞ。
ムッソリーニが白虎隊士に感銘を受け記念碑を、と発言したのは事実だが
言ったまま進捗しないでほっぽられた。それを理科学者として大成し、
東京、京都、九州三帝国大学の総長を歴任した山川健次郎がこの話を聞き、
イタリア大使館を訪問して、促進方を申し入れた。
山川健次郎の行動力と根気強い折衝で、掘り出されたローマ赤色花崗岩の
古代円柱が選定され、ようやく飯盛山に記念碑が建ったのは昭和3年のこと。
正式にはローマ元老院および市民の名によって贈られている。
人間としてありえないと言うけど、そのファシスト国家と同盟を結んだのは
大日本帝国であり、旧会津の人間も旧薩摩の人間も、722もここに書き込んでいる
みんなも、ファシスト国家の末に生まれた国民だぞ。
歴史の流れを知ってりゃ言いたくなる気持ちも分かるけど、逆に歴史を知って
いればこそ、善悪(得に国家単位)をそうも簡単には言えないと思うんだが。
742 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 02:07:20.03 ID:cKLSPVCH
秋田藩は裏切ったと叩かれるが、祖は佐竹家だろ?
佐竹と言えば無理矢理に徳川家康に秋田に追いやられた事で有名じゃん。
その秋田が家康と血が繋がってる会津松平家を裏切るなんて当たり前だし当然じゃないのか?
743 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 02:33:07.23 ID:SzXEh/6D
たしかナチスから贈られたモニュメントもあったな
日本人的には、「死んでしまえばみな仏」で誰から贈られようと
慰霊碑だからいいと思うんだけど、外国には誤解されそう
当時はヒトラー・ユーゲントの教育・宣伝に利用されたのではと一瞬思ってしまう
>>725 そういえば一言も言葉を発してないなww
745 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 02:48:57.66 ID:peYZ9Nr2
裏のイッテQで18%取ったのってホリプロたんぽぽの川村だろ
ホリプロ余裕なさすぎ
正しくは、ドイツ大使館付武官ドクトル・ハッソー・フォン・エッフェルドルフ氏が
個人的に寄贈したもの。本国に帰国した後、費用と図案をつけて日本に送り、それを
元に若松の慰霊義会と関係者が製作し、昭和10年に除幕式が挙行された。
100%個人的に贈ったものだが、これも大きくまとめてナチスが贈ったことになるのか?
風林火山の武田信繁の
我こそは武田信玄が弟
武田信繁なり!越後の者共
討って手柄とせよ!
これが好きだった
こういうの無いの?
>>740 西南戦争、日清戦争、日露戦争、韓国併合、第一次世界大戦、昭和金融恐慌、世界恐慌、普通選挙(男子のみ)、亡くなる前の年に満州事変と。
すごい時代に生きたものだな。無理だとは思うけど、あと13年生きていたら日中戦争と太平洋戦争まで知ることに。
>>748 幕末の動乱からたった70年で空母機動部隊から航空機が発進していくんだよな
とてつもない進化の早さ
ちょっと聞きたいんだけどこの内紛をアメリカはどう見てたの?
マニフェスト・デスティニーに基づき日本を植民地化しようと軍艦で恫喝外交までやったけど
仲間割れしてる間に大英帝国に美味しいとこ全部持っていかれて悔しい
だからスペインをボコってフィリピンで憂さ晴らしするお
752 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 04:20:12.69 ID:cKLSPVCH
>>750 なにも
当時のアメリカにとっての日本は「大平洋で捕鯨する為の補給基地」でしかない。
日本まで電信ケーブルが繋がれるのは明治2年だから、
アメリカの新聞も情報が上海や香港経由で遅れて入ってくるのよね
だから情報も間違いがあったりする
大学で以前、アメリカの新聞のアーカイブ検索をかけたら
1868年の日本に関する一番詳細な記事が、神戸事件における切腹 Harikari の様だった・・・
しかも実際の事件から半年遅れ
東北戦争に関してはほとんど記事がないけど、
「Tycoon (civil ruler)がMikado (spiritual ruler)に降伏したが、
二度Tycoonの軍隊がMikadoの軍隊を破っており、予断を許さない」
みたいな内容
蝦夷共和国の記事も単発で、蝦夷共和国という国号があった証拠にすらならない
あとの関心事は長崎の耶蘇教弾圧
浦上キリシタン事件とかアホらしくて笑うな。そりゃ欧米諸国も驚くだろ
明治6年にもなって穴埋めの拷問なんてやってんじゃねえよ
ボアソナードも司法省学校に来る途中で石抱きの拷問を目撃して、ショックで授業にならなかったので
学生が事態の重大さに気づいてやっと中止された。まったく野蛮極まりない
白虎隊の墓の近くには、自分もその近くに眠りたいと言う
外国人の墓もあるよ。
白虎隊の精神は世界中に共感する人がいると言う事。
偽勅や捏造錦旗で官軍になりすました薩長に共感する外国人は
いないだろ
人によっては薩長出身者に対して嫌悪感感じそうで
事実なんだがよくないよな
まじで嫌いになる人いるだろ
戦争に反対してたり、子供だから撃たないとか
八重の幼馴染の日向ユキは昭和19年に亡くなってるんだな。
大蔵が日光口からの侵攻を完全に抑えきったと
ナレーションがあったけど、つまり装備に差が有っても
要はやり方次第だ、と言う事ですね、頼母さん
日光口で幕府会津方が陣取りした場所は
隘路で北側が高所な上に森林地帯という地形的に凄く守りやすい土地だった
長州にやったことが自らに返ってきただけ。
違いは長州が力で跳ね返したのに会津はいいところなく潰えたってとこだけ。
条件的には長州のが余程厳しかったのにね。
同じ日本人でどうしてここまで能力に差があったのだろうか。
長州人乙としか言いようがないがw
会津藩士は西南戦争で薩摩にやり返している。
長州がよく守ったのは間違いないが、相手がやる気のない太平時代の武士であったのもまた間違いない。
馬関をもっていたからな長州。会津は肥沃な土地があったけど、経済的には差があったんじゃなかろうか。
普通に長州盛り返してすごいと思うけどな
相手がぽんこつ武士だったとしても絶望的状況なのは間違いないし
なんで褒めたら長州人乙になるのかわからん
庄内見てもわかるけどこの時代金があれば軍備はなんとでもなる
幕府も鳥羽伏見で暴発して無ければ経済力で薩長を圧倒してただろうことは想像に難くない
八月十八日の政変も蛤御門も、容保や慶喜を暗殺して天皇を長州に奪おうとしたことが自らに返ってきただけ。
違いは長州が南朝の天皇の末裔を天皇の暗殺でねじ込んだり、偽物の錦旗を平気で上げたのに
会津はそれが偽物でも、真の勤皇だから御所に発砲したりせず会津に帰ったってだけ。
条件的には長州のが余程不敬極まりなかったのにね。
同じ日本人でどうしてここまで人としての清廉潔白さに差があったのだろうか。
それは同じ日本人ではないからである。
766 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 07:36:12.03 ID:Zmrwmr+u
板垣退助の加藤雅也が「パッ出た!」「閉店ガラガラ」とやっても違和感ないな。
768 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 07:40:21.23 ID:XhryWdcn
ここの地域対立煽りって自演だろ?
>>765 結局、会津シンパはこういう奴らなんですよ。
それがすべてを物語ってる。
まあでも俺は松蔭と高杉は大好きだな。
でも会津は汚れ役をやらされてかわいそうだなとも思う。
結局、長州シンパはこういう奴らなんですよ。
自分たちの罪を隠し棚に上げて、潔くアンチスレに棲み分ける事すらできず嫌がらせを延々続ける。
ここに居る事自体がすべてを物語ってる。
>>758 なんで実戦経験ゼロの彼が大将なんだか・・・
結局、水戸シンパはこういう奴らなんですよ。
大豆が納豆菌で発酵すると納豆になることを見つけ、得意げになってる。
>>772 まぁ地形の違いもあるだろうけどね
なんにせよ白河口は人事の失敗がそのままストレートに結果に反映されてるな
頼母が会議で「黙れ」って一喝されてたけど
白河口の失策をもっと詳しく描写しないと今一わかりづらいと思う
775 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 08:10:26.35 ID:fe03vAlG
会津はそれまでに遠方の京都守護職や護岸防備で出費負担が莫大だった
>鬼塚英昭氏の新著『日本のいちばん醜い日』(成甲書房)を読むと、
日本国家の真相は、明治維新で長州藩田布施一味に国家を乗っ取られたということであることが解る。
長州藩の田布施一味とは、山口県熊毛郡出身の政治家らのことである。熊毛郡の田布施町を中心にしている。ここは光市と柳井市に挟まれた寒村だった。
大室寅之祐=明治天皇、伊藤博文、木戸幸一、宮本顕治、河上肇、難波八助、松岡洋右、安倍源基(終戦時の内務大臣)、賀屋興宣などである。
むろん、岸信介、佐藤栄作、安倍晋三は、この田布施一味の末裔である。
小泉前首相の父・純也は、鹿児島の田布施(現在は加世田市金峰町)出身の朝鮮人である。
鹿児島の田布施も山口県の田布施と同じ、朝鮮人部落である。小泉純也は上京して小泉又次郎というヤクザ(刺青大臣と言われた)の婿養子となって「小泉姓」を名乗り、日本国籍を取得したのだ。
小泉の次に安倍政権、そのいずれもが朝鮮人部落だった田布施の出身であることが偶然であるわけがない。
777 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 08:17:52.88 ID:S9OLVIwr
命中!!!!!!!
激動の幕末期、会津と長州は佐幕派、勤皇派の代表格で勢力も拮抗。
二度に渡る長州征伐を多くの犠牲を伴いながら跳ね返し、維新への道を開いた長州に
対し、ライバルであったはずの会津は鳥羽伏見以降、いいところなし。
白虎隊の悲劇ばかりががクローズアップされるのみ。
ライバル関係にあったはずの両藩の差は何だったのだろうか。
780 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 09:06:43.55 ID:bqJA9NdN
長州力乙
八重の桜が視聴率がイマイチと言うけど、BSでは、過去最高を記録している事実をなぜスルーするのでしょう?
いくらBSでも過去最高は凄いとおもうんだけど。
783 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 09:16:44.81 ID:KM6am08C
BSが18:00から先行放送でなければ、視聴率数字も変わってるだろうね
>>779 朝鮮人の血が入っているかいないかの違い
>『日本のいちばん醜い日』に益田勝実氏の文章が引用されている。
「天皇様をお作り申したのはわれわれだとは、明治以前に生まれた長州の老人たちによく聞かされことだったが、近代天皇制以前には、京都に天皇家はあったが、天皇の国家はなかった。
尊皇派が考えていた天皇の国家の考えは思想として獲得されたもので、現実に京都にいる天皇という実在の人物に合わせて作られたものではなかった。
かれらが求めている天皇と現実の天皇と、いくらか融和出来るうちはよいとして、その矛盾が激化すると、
……激化すると、天皇を取り換えてしまうほかなくなる。
わが家に空襲で焼けるまであった孝明天皇使用の皿は、おそらくまだ長州と天皇の間がうまくいっていた、蜜月時代にもたらされたものだろう。
奇兵隊挙兵の翌年、1866年(慶応2)の暮れには、孝明天皇は謀殺されてしまった。
もちろん、仕組んだのは江戸幕府ではない。志士側で、天皇が倒幕の障害になりはじめたからである。
今日では、このことはもう公々然の秘密となっている。(益田勝実『天皇史の一面』より)」
益田勝実は長州の国家老一族である。だから田布施の住民を虐げた側というか、支配した(あるいは敵対した)側である。
その子孫である益田勝実が、「てんのうはん」、
つまり、山口県熊毛郡田布施町麻郷(おごう)に生まれ、孝明天皇の長子睦仁の替え玉となり、明治天皇となった
真相を突いたのだ。
786 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 10:06:31.67 ID:kJIAUG6B
天皇暗殺→新天皇捏造→倒幕偽勅発動→錦旗偽造→めでたく官軍
会津史観
天皇は別人に入れ替える必要ないんだよね…むしろ正当な血筋のほうが有利
>>758 大鳥の幕府伝習隊もいたから火力では引けを取らなかったんじゃないかな
大蔵の能力を生かす部隊もあっての相乗効果?
海に近い萩・下関・三田尻では
幕府の艦隊から砲撃を防げないという防衛面の理由で
山奥ってだけが取り柄の山口へ政庁を移動した。
その後県庁所在地が固定されたのは誤算では?
>>758 実際、兵力、火力、装備、軍艦含めて幕軍が上回ってた
大村益次郎が幕軍に入れば勝ってた
装備もあって様式訓練されてる部隊を従えて負ける大鳥さんの指揮能力って相当残念だよね…
>>792 民主党(新政府)に討たれた自民党(幕府)のようなもの
>>792 本人もさんざん反省してるからカンベンしてやって
俺なら榎本脱走艦隊でそのまま山口、鹿児島、高知と転戦して本拠地をまず潰す
本拠地獲られたら所詮は烏合の衆
水から瓦解するであろう
会津目線のドラマだからか、長州がヒールポジション明確で面白い
ポイズンが少年達に声を掛けて立ち去った後に、長州兵に先生が撃たれた所が特に
少年に斬られた隊長は潔かったけど、薩摩=新政府の良心、長州=会津逆恨み、といった具合
798 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 10:48:18.11 ID:KM6am08C
長州は悪
>>785 滅茶苦茶だな
益田勝実は孝明天皇は暗殺されたとは書いているが、
一言も明治天皇はすり替えだとは書いていないのに、
テキトーに文章を切って引用して
まるで益田勝実本人が明治天皇は替え玉だと主張していたかのように改変している
でも薩摩も見方によれば「俺たちが一番になってやる」と取れる
日本の大半は素直に味方しようと思ってなかったような感じもする
801 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 10:54:57.02 ID:KM6am08C
自らの都合のためには、
平気で、嘘も 偽勅も 偽錦旗も 付く
802 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 10:56:25.83 ID:XhryWdcn
>薩摩=新政府の良心
ワロタ
803 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 11:06:54.93 ID:cKLSPVCH
会津も京都の政治闘争で汚いことやってるんだけどな。それが池田屋事件。
「長州勢が祭りに便乗して京都中に火を放ち、そのどさくさに紛れて御所に突撃して帝を拐う計画だった」
いくら長州と言えどあり得ないし、これは新撰組のでっち上げでしょ。
会津藩はこれをまんま受け入れて長州を京都から追い出しにかかったからな。
>>803 その後実際に御所を攻撃してるじゃんかw
先週のラストシーン
銃を構えながらの怒りに燃えた八重の目がいいわーw
役者って凄いと思う
806 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 11:20:49.10 ID:cKLSPVCH
>>804 それは確かにやってはいけないこと。
部隊を率いてた久坂も御所に発砲なんて考えて無かったし、会津藩士と睨みあって血の気が上った1部の部下の暴走なんだよ。
でもそれは久坂も腹を斬り、長州家老も腹を斬ることで責任は果たしてる。
俺が言いたいのはそもそも長州が何でここまで怒ったのかを考えて欲しいってこと。会津だって酷いことはやっている。
>>805 あれが咲さんだったら・・・
「仁先生!恨みまする!」とか?
怖ええw
>有力者の出身をたどると、山口県や鹿児島県の朝鮮人集落から、政府内の重要なポストに就いている政治家が以外と多いことに気づく。
例を挙げると、安倍晋三の祖父で首相のほか数々の要職を務めた岸信介とその弟で三期首相を務めた佐藤栄作は、山口県の田布施村という朝鮮人集落の出身である。
また小泉純一郎の父であり、防衛庁長官を務めた小泉純也は鹿児島県の田布施村という、同名の朝鮮人集落の出身である。
しかし何といっても山口県田布施村出身で注目すべき最重要人物は、明治天皇である。
本名は大室寅之祐。通説では、明治天皇は幕末に若くして病死した京都の孝明天皇の第二皇子とされているが、これには多くの疑惑がある。
実際には孝明天皇は息子ともども長州藩に謀殺され、田布施村出身の若者、大室寅之祐が明治天皇になりすましたという説がある。
この学説は「明治天皇替え玉説」というもので、歴史から葬り去られた日本の闇である。
倒幕運動を進めていたイギリスと長州藩士は、明治新政府の国家元首として天皇を祭り上げる画策をしていた。
その理由は、一介の地方の若手下級武士の集まりが、全国の藩主を従わせて新しく近代国家を作り上げることは、不可能なことであったからだ。
そのためには彼らの言いなりになる「天皇」が必要で、天皇を頭に置いて、長州藩士が政府の舵取りをすればよいからである。
しかしこの計画には大きな問題があった。
それは時の天皇であった孝明天皇が、大の外国人嫌いであったことである。
そこで孝明天皇の暗殺が計画された。暗殺については、産婦人科医兼医史学者の佐伯理一郎などが主張した
「下級公家の岩倉具視が皇室の女官を務めていた妹の堀河紀子を操って実行した」とされる毒殺説や、
人斬りの名手であった伊藤博文による刺殺説などがある。
後者の説については竒 成(キジュンソン)著『天皇は朝鮮から来た!?』に詳しい。
いずれにしてもその後の歴史的史実では、イギリスと長州藩の思惑通り、孝明天皇が急逝したのであり、
その直後に、明治天皇は新政府で国家元首の地位に就いたのである。その後「不敬罪」という法律が公布され、天皇は神聖なものであるとして、
孝明天皇の死因や明治天皇の出自を調査する者には懲役を含む刑罰が科せられることになった。
>こうして、皇室に関する疑惑の追及は長い間封印されたのである。
ようやく戦後に不敬罪が解除されると、今日に至るまでの「明治天皇替え玉説」の研究者が数々の著作を発表するようになった。
その中で取り上げたい一冊がある。
それが2007年刊行の『日本の一番醜い日』である。
ノンフィクション作家の鬼塚英昭氏は、日本の確かな未来を築くべく、膨大な資料の調査と取材を重ね、タブーとされる天皇の正体に挑んだ。
そこには、明治天皇が長州藩の創作によるものだとする、長州藩士一族の末裔の証言がある。以下、引用する。
『終末から』(1974年8月号)に掲載された益田勝美の「天皇史の一面」を見てみよう。
益田勝美は長州の国家老・益田弾正の一族である。
彼の話は、山口県熊毛郡田布施町麻郷に生まれて孝明天皇の長子睦仁(むつひと)の替え玉になり、後に明治天皇となる「てんのうはん」について書いている。
「天皇様をお作り申したのは我々だとは、明治以前に生まれた長州の老人たちによく聞かされたことであった。
近代天皇制以前には、京都に天皇家はあったものの天皇の国家はなかった。
尊皇派が考えていた天皇の国家という考えは、思想として獲得されたものであり、現実に京都にいる天皇という実在の人物に合わせて作られたものではなかった。
だから彼らが求めている天皇と現実の天皇がいくらか融和できるうちはよいが、その矛盾が激化すると、天皇を取り替えてしまうほかなくなる。
我が家に空襲で焼けるまであった孝明天皇の皿は、おそらくまだ長州と天皇の間がうまくいっていた蜜月時代にもたらされた物だろう。
騎兵隊挙兵の翌年、1866年(慶応二)の暮れに、孝明天皇は謀殺されてしまった。
もちろん仕組んだのは江戸幕府ではない。
それは志士側で、天皇が倒幕の障害になり始めたからである。
今日ではもうそのことは、公然の秘密となっている。」
810 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 11:31:17.12 ID:KM6am08C
.
キョロキョロ
c ∧_/ ∧_∧ っ
((ω・`≡´・ω))っ < とんびはどこ?
と つ
`u-u'
811 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 11:36:05.91 ID:cKLSPVCH
>>808 適当なこと書くなよ。
鹿児島には朝鮮人部落なんて一切ねーぞ。鹿児島はそもそも朝鮮人が全国で一番に少ない県。
職業軍人が多いから、戦後に暴れた朝鮮人どもも恐れて近寄りたくなかったんだと。
山口は朝鮮部落は確かにあるにはあるな。
812 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 11:37:29.70 ID:KM6am08C
関係ない。
福岡や山口には炭鉱があるから。
鹿児島には無いだろ?
やってはいけないことはやってはいけないこと。
久坂が御所に発砲なんて考えて無かった証拠なんて無いし、会津藩士と睨みあって血の気が上った1部の部下の暴走に押し付けようとしてるだけなんだよ。
会津も神保修理や家老が腹を斬ることで責任は果たしてる。
なのに長州は延々会津を差別して迫害してきた。
俺が言いたいのはそもそも会津が何で行きたくもなかった京都守護職に就かされ
志士と対話し理解しようとする言路洞開策からここまで怒ったのかを考えて欲しいってこと。
上方の開国派を次々残虐非道に殺戮し、晒し、遂には開国派の屋敷に遺体をバラバラにして放り込んだ。
まさに鬼畜の所業。
長州は酷いことばかりやっている。
815 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 11:40:55.46 ID:KM6am08C
816 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 11:43:28.02 ID:cKLSPVCH
>>813 それなら何故に広島、岡山、熊本、大阪、京都、東京、神戸、新潟、などなどと全国規模で朝鮮進駐軍が暴れた事件が多発したんだ?朝鮮が働いていた炭鉱なんて無いだろ。
817 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 11:45:31.78 ID:cKLSPVCH
>>814 何度も言うが池田屋事件は長州を追い出したい為の会津によるでっち上げ。
問題はこっから起こってるんだからここをスルーしてはいけないよ。
>>816 だから、薩長の話。
それに、熊本には炭鉱あるよ。
>>811 東郷茂徳の出身地あたりは
朝鮮人部落じゃなかったの?
秀吉の朝鮮出兵時代からの。
>>759 どこに陣をとるかが勝敗の分け目であり戦闘センスがでるな
821 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 11:50:32.19 ID:KM6am08C
お昼はラーメンにしよう
>>806 >部隊を率いてた久坂も御所に発砲なんて考えて無かったし
つまり長州は考えてもないような事をやらかす脳無しと言いたいの?
>会津藩士と睨みあって血の気が上った1部の部下の暴走なんだよ
決行の前に来島らを説得しようとして失敗したんじゃなかったのか。
大蔵はロシア留学の成果が出てるな
日本の皇室には朝鮮の血がもともと入ってて、多くの人がその血を受け継いでるから
朝鮮がどうこうといっても無駄だよ。
ただし、現在の朝鮮の行動がおかしければそれを堂々と批判するのは大事だけどね。
>>812 これで優遇されてることになるのか…苦しいけど、ま、いいかw
826 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 12:00:02.59 ID:6pIsDJti
827 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 12:00:09.40 ID:cKLSPVCH
つーかやたらと御所に向かってと発砲を強調するがあれは会津藩士に向かっての発砲でしょ。
後ろに御所があるんだから結果的にそうなるんだけどさ。
何度も言うが池田屋事件をスルーするなと。会津はこれを理由によく調べもしないで長州を追い出してるんだぞ?
抗議しに来る長州藩士から話を聞こうともしないし。
京都守護職という役目に就いてるからには危険な芽は少しでも早いうちに刈り取るのが最善の策
つーかやたらと御所に向かってと発砲を強調するがあれは会津藩士に向かっての発砲でしょ。
後ろに御所があるんだから結果的にそうなるんだけどさ。
つーかやたらと御所に向かってと発砲を強調するがあれは会津藩士に向かっての発砲でしょ。
後ろに御所があるんだから結果的にそうなるんだけどさ。
つーかやたらと御所に向かってと発砲を強調するがあれは会津藩士に向かっての発砲でしょ。
後ろに御所があるんだから結果的にそうなるんだけどさ。
つーかやたらと御所に向かってと発砲を強調するがあれは会津藩士に向かっての発砲でしょ。
後ろに御所があるんだから結果的にそうなるんだけどさ。
つーかやたらと御所に向かってと発砲を強調するがあれは会津藩士に向かっての発砲でしょ。
後ろに御所があるんだから結果的にそうなるんだけどさ。
つーかやたらと御所に向かってと発砲を強調するがあれは会津藩士に向かっての発砲でしょ。
後ろに御所があるんだから結果的にそうなるんだけどさ。
830 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 12:04:57.62 ID:cKLSPVCH
>>826 武器の準備があったとこでそれが何でいきなり京都テロ計画、帝を拉致計画と直結するんだ?
薩摩、会津だって重火器を京都に持ち込んでるじゃん。長州はダメになる理由が解らない。
しかもこのテロ計画を調べて報告したのが新撰組だっていうアホさ加減。
新撰組は自分等が成り上がる為には捏造だって平気でやってきた集団だからな?
832 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 12:09:30.10 ID:6pIsDJti
>>830 公式に武器を装備するのと、密かに武器を準備して隠匿しておくのは扱いが異なっても仕方ない。
>>779 そりゃ、慶喜が隠れ新政府派だったから。
長州征伐も2次は取りやめ。
会津藩は京都守護職だから治安維持のために武器を揃えるのは当然だろうな
丸腰で治安維持などできるはずがない
>>811 >>808は完全に妄想だが、
朝鮮出兵の時に連れてきた朝鮮人陶工が
苗代川・笠野原に住んでいる
武器の準備があったことで京都テロ計画、帝を拉致計画と直結する。
何も計画してなくて何で武器を大量に用意するんだ?
会津は「京都守護職」
幕府と朝廷から「賊を退治して追い出せ」と命じられてる会津が重火器を京都に持ち込んでダメになる理由が解らない。
しかもこのテロ計画を捏造だって騒いでるのが長州キチだっていうアホさ加減。
長州は自分等が成り上がる為には
勅の捏造だって錦旗の捏造だって天皇の捏造だって
放火や密航や密輸や汚職だって平気でやってきた集団だからな?
837 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 12:17:01.69 ID:cKLSPVCH
>>832 どっから公式でどっから密かになるのか解らないねーよ。
銃の隠し場所、テロ計画があったことを調べて報告したのは新撰組。
しかも土方の拷問で吐かせただからな。どこまでが本当なんだろーね。
全然調べもしないで斬り殺し、長州は京都でテロするつもりだったと言われたらそりゃ長州だって怒って当たり前だろ。
明治政府の薩長は自分達に不利な資料を徹底的に焼却しているからなあ。
今更資料が無いから冤罪ねえ。ふーん。そうなんだ?。
そう思いたいなら思えば?としか思わん。
>>837 勘違いするな、切り殺されたのは長州藩士だけではない。
>>824 多くの人が受け継いでるってなにを根拠に言ってんだよ?
高野新笠ぐらいだろうよ
それも日本に定着してから8世代ぐらいあとの人だ
朝鮮人の血なんてほとんど≒0といってもいいぐらいだ
池田屋騒動では脱藩した土佐藩士もいたらしいな
>>840 先祖を辿ると
アミノ酸・タンパク質・バクテリア
クロンボも中韓も出所は同じ。
843 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 12:23:10.81 ID:cKLSPVCH
>>836 薩摩はどーなるんだ?
思いっきり新式銃を京都に大量に持ち込んでるじゃん。
それに池田屋事件の現場にいたんは長州、土佐、薩摩、首謀者は肥後藩士だ。これで何で「長州はテロするつもりだった」になるのかサッパリだ。
844 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 12:23:22.04 ID:6pIsDJti
>>837 浪人が武器を貯蔵していたら問答無用に密かにだ。
流石に銃の隠匿をでっち上げるのは、あのころの新撰組には重荷過ぎないか?
>>808 会津史観の連中と、レイシストの在特会の連中って、かぶるよね。
気に食わないやつはみんな朝鮮人呼ばわり。
846 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 12:23:58.10 ID:XhryWdcn
コピペキチガイって一応会話は出来るんだな
>>837 炭薪商に隠し持つのは間違っても公式な武器の持ち込みじゃないよね。
会津史観の連中って、長州はメタメタに憎んでるけど、直接ボコボコにされた板垣退助と土佐に対してはそうでもないのね。
テロが計画されていなければ大量の武器は存在しないはず
天皇に敬意があれば絶対に御所に向かって発砲しないはず
偽勅が平気でテロ常習犯な長州が誰にも信用されなかったのは自業自得のはず
>>840 数世代経つとどのぐらい人数が増えるのかわからないのか?
夫婦一組が2人の子を生んだとする。
その天皇は720年ぐらいの人だから、現在から1300年近く経っている。
平均30歳で2人の子供を産んだとすると、2^(1300/30)で約1108238300000人だよ。
今の国民は、韓国の血がどっからか入ってることになる。
血にこだわるなんてナンセンスだと思わんのか。
>>837 >しかも土方の拷問で吐かせただからな。どこまでが本当なんだろーね。
残酷だが当時はそれが普通の取り調べだったんだからしょうがない。
852 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 12:30:15.16 ID:cKLSPVCH
長州がブチ切れて国を上げて軍を上洛させた理由はこの池田屋事件のでっち上げせい。
今となってはテロ計画は本当だったのか解らないけど、会津藩だって「池田屋事件はやり過ぎじゃないのか?新撰組は暴走し過ぎじゃないか?」って焦ってはず。ドラマでもこの描写は出てるよね。
池田屋事件で既に斬り殺したから会津も引っ込みが付かなくなって、テロ計画の信憑性など調べてる日真すら無かった。
これが真意でしょ。
みんな大事なことを忘れているようだが、人類の起源は韓国だよ。
アダムとイヴは韓国人だし、キリストも韓国人だ。不毛な議論はもう止めようや。
>>842 そりゃ同じ人間だからなw
そこまでさかのぼるんだったら皇室は朝鮮系だとかバカげたこと言うなって話だよ
>>848 去年の大河は朝廷を王家呼ばわりしてたけど
今年の大河は山口出身の安倍首相を叩くための大河だそうだからしょうがない
ついでに帝取替え説広めて、去年に引き続き皇室叩き大河にしたいんでしょ
偽勅や錦の御旗を捏造して倒幕を本格的に始めた岩倉・西郷・大久保・木戸あたりも
悪質といえば悪質だけどな。
長州の連中って、会津もメタメタに憎んでるけど、直接ボコボコにされた薩摩も同盟結んだのにも関わらず水に流さず憎んでたのね
新政府になってからの復讐っぷり
皇室に薩摩の血が入る事すら許そうとせず、縁談を引き裂こうとしたえげつなさ
860 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 12:38:20.50 ID:cKLSPVCH
>>844 >>847 >>849 だからその商人が銃を隠し持っていたって所から疑わしいんだよ。全部が新撰組からの報告じゃねーか。
もし仮にそうだったとしても不逞浪士が連合でやったことだろ?
長州に全てを擦り付けるのもおかしいし。
新撰組なんて成り上がる為になんでもやってきた暗殺集団。
本来なら京都の治安維持の為に働くはずだった京都の奉行所のトップすら新撰組は殺してるじゃねーか。
こんなやつらの報告をよくまともに信じられるな。
>>850 >血にこだわるなんてナンセンスだと思わんのか。
アホか
血にこだわってるのはおまえだろうが
長州勢は、前半で主要人物が死んでしまって
ミッチー孝允がチョロチョロしてるだけ。
博文とか出てくるのか?
大山巌が出たら、若き日の東郷平八郎も出すべきだ。
>この池田屋事件のでっち上げせい。
>って焦ってはず。
>調べてる日真すら無かった。
これが日本人じゃない証拠でしょ。
>>860 新撰組程度の組織にあれだけの武器を揃える能力はないがな。
>>862 被災地応援というなら宮古湾海戦は是非ともやるべき
長州と奇兵隊なんて成り上がる為に偽勅でも賄賂でも放火でも
なんでもやってきた暗殺集団。
本来なら長州の為に働くはずだった奇兵隊のトップ赤禰すら奇兵隊は殺してるじゃねーか。
こんなやつらの報告をよくまともに信じられるな。
>>861 どこがだよ
もともとの血は一緒なんだからそれにこだわるほうがおかしいと言ってるだけだろ
人種の話なら日本人と韓国人の起源はそれこそ一緒だろ
朝鮮の部落出身の人物だからどうのこうのってのは的はずれだよ。
特に幕末は、考え方が正しく人民が平等に暮らせる世を作ってくれるなら
生まれや血筋なんか関係なくて、むしろ貧民出身の人間が大勢活躍してるだろ。
長州の首脳部も高杉のクーデターで殺してるしな。
869 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 12:51:00.53 ID:cKLSPVCH
>>864 会津藩が準備してあげた可能性は?
もしくはどっかから盗んできたとか
兎に角、いきなり話も聞かずに斬り殺すとかやり過ぎだし。
ドラマでも
覚馬「お前らいくらなんでもやり過ぎだろ」
土方「会津は甘い」
覚馬「これは戦になる」
ってオドオドしてたシーン入ってたよね。会津だって事の重大を解ってたろ。
会津藩が準備してあげた可能性は?
会津藩が準備してあげた可能性は?
会津藩が準備してあげた可能性は?
会津藩が準備してあげた可能性は?
会津藩が準備してあげた可能性は?
会津藩が準備してあげた可能性は?
相手にならん。
>>869 そもそも四人で乗り込んで来た新撰組に為す術無く斬り捨てられた屁垂れっぷりについてはどう思ってるんだ?
>>867 高野新笠ていどの割合で朝鮮の血を多くの人が受け継いでるとデタラメ叫んでるからこだわってると言ってんだよ
そもそも百済系と今の朝鮮が繋がっているとは断定できないし、
さらには10世紀の白頭山の大噴火でそれ以前とは民族が違ってるという説もあるくらいだ
多くの血を受け継いでるというなら、13世紀に朝鮮人にモンゴルの血が入ってる影響のほうが比べものにならないくらい大きいだろう
873 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 12:59:24.31 ID:cKLSPVCH
新撰組を知らない人のためへ
内山彦次郎暗殺事件
奉行のトップである内山彦次郎を新撰組にとって邪魔だと判断。
夜中に天神橋を渡ってる時にいきなり襲撃。
実行犯は沖田総司・永倉新八・原 田左之助・井上源三郎・土方歳三
これが京都守護お抱え集団だぜ?w
思いっきりテロ集団じゃん
>>873 それこそ池田屋以上に確たる資料がないやん。
875 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 13:03:24.78 ID:cKLSPVCH
>>871 襲撃されるいわれが無いから話を聞いて欲しかったんでしょうよ。
それなのに問答無用でいきなりバッサバッサ斬りかかるからビックリしてたんだろ。
池田屋での戦い方も全部が新撰組からの報告。どこまで本当なんだか....
876 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 13:03:49.03 ID:xnhAC7Uf
白河口を川崎尚に守らせていれば違ったのかな
>>872 高野新笠程度って言うけど、実際朝鮮・韓国の血が日本人に流れてるのは事実なんだから
仕方ないだろ。
その天皇がたとえ実在しなくても、飛鳥時代には朝鮮から入ってきた仏教関係の人間が数多くいた。
それらが日本人と一切関わりを持たず、自分の一族内だけで子孫を作ってきたというなら
朝鮮の血が日本に一切入ってないと断言してもいいよ。でもそうじゃないんだろ?
朝鮮と日本の血が混在して現在の日本民族が形成されてんのよ。
朝鮮とモンゴルの血が交じっててもおんなじだよ。なんでそんな話を持ち出すのかわからんけどw
この世に有史以前からの純血の日本人なんかおらんよ。
だから朝鮮部落出身がどうとか言う話は意味がないって言ってんのよ。
本人の資質と能力と考え方がすべてだよ。
尚之助は白河へ実地検分へ行ったから有効な作戦立案は出来ただろうな。
参謀という立場で頼母の補佐として赴くとか。
人類の起源は朝鮮人であるからして
880 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 13:13:13.29 ID:KM6am08C
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_ 争 も _...: :_;. --- .._: : : : : : : :\ \ | | /
_ え っ _.,ィニ-‐……ー-: 、`ヽ、: : : : ヽ、 _ _
_ : . と _ : : : : : : : : : : : : :ヽ、 ヽ| : i : : :, _ 争 _
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い、: :\/  ̄ ̄ ', : : i : : : : : : : : , _, -‐' ⊂ニ,´
ヽ: :〈 <  ̄ フ |: : : ! : : : : : : : :′,.-‐T _,. -‐'´ ̄
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Τ`ー―-- L: : : : : `: : . . . __ .:〔: : :|: : :r┬'
. 長 州
>>878 ドラマはともかく、現実的には
頼母の参謀になるには家格があまりに低すぎる。
奇兵隊を知らない人へ
赤禰武人暗殺事件
高杉晋作が騎兵隊結成後僅か3ヶ月で罷免wされた後
3代目奇兵隊のトップで内戦を防ぎたい融和派である赤禰武人を、武力で内戦を起こしたい高杉晋作が自分にとって邪魔だと判断、更には差別。
身の危険から赤禰は奇兵隊を出奔する。その後、幕府に捕縛されるが放免された。
赤禰は広島から長州に潜入し、かつての同志らと接触して主戦論の転換を図るが失敗。
生誕地である柱島に潜伏していたところを、捕縛され処刑された。
これが長州ご自慢の集団だぜ?w
思いっきりテロ集団じゃん
883 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 13:17:42.18 ID:KM6am08C
.
( ・ω・) < 赤禰武人 もう用無しな
( ヽ lヽ,,lヽ;, チュイィィィン
/⊂〓( |二二⊃ ・,'
( / ̄ と.、 i
しーJ
884 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 13:17:54.32 ID:k9oH7RwK
偽勅も出させず偽物の錦旗も作らず御所に発砲もしなかった会津が朝敵とされるいわれが無いから
嘆願書出して話を聞いて欲しかったんでしょうよ。
東北諸藩も会津を討つ理由が全くないから、連盟で嘆願書出したんでしょうよ。
それなのにそれを一切無視して問答無用でいきなり密使出して「東北皆敵」とバッサバッサ斬りかかるような事するから
ビックリして襲われたんだろ。
歴史全部が新政府からの報告。どこまで本当なんだか....
886 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 13:21:38.39 ID:6pIsDJti
ところで、官兵衛って今回は出てなかったように思うけど、会津本国の防衛にあたる隊のどこかに
いたことになってるの?
887 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 13:23:10.71 ID:cKLSPVCH
第1さ落ち着いて考えれば池田屋事件でのテロ計画はおかしいって気づくだろ
・「京都の街に放火し、その騒動に紛れて帝を拉致する」
そんな騒ぎを起こせば御所を守ろうと数千の会津藩士が防御をますます固める。少数でこれに攻めいって突破できる訳がない。
・帝を拉致した後はどこに連れて行くつもりだったのか?
・帝を救おうと全国の藩を敵に回すがどう闘うのか?
テロ計画をやる意味がサッパリ解らないし無茶苦茶過ぎるだろ....w
>>873 トップって言うから奉行の事かと思ったら全然違うじゃん。
与力のトップは奉行所のトップじゃないからね。
>>875 つまり四人で踏み込んで後から土方らが駆けつけたというのは嘘だというのか。
何の為にそんな嘘をつくのか。
ビックリしたにしても何人か斬られるうちに大概逃げるだろ。
>>881 尚之助レベルの家格では参謀でもダメか・・・
紀行で、二本松少年隊の生き残りの人が
「出陣前夜は修学旅行前のようなはしゃぎようだった」
という言葉を残していたのを紹介していたが、
幕末の人が「修学旅行」を知ってたのか?
まして修学旅行の前のはしゃぎようとか、そんな感覚がよくわかるなと
その人は明治になって学校教師にでもなったのかね?
>>891 昭和中期まで生き残ったんじゃね
当時修学旅行なるものがあったかはググれ
893 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 13:29:29.62 ID:KM6am08C
>>891 生き残りの武谷剛介って方、昭和15年没
894 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 13:31:59.10 ID:KM6am08C
「修学旅行前夜のようなはしゃぎぶりだった」と語った逸話
そうとう反響大きいみたい
twitterやyahooコメでも
修学旅行は明治20年ぐらいに始まって、昭和の戦前の頃には
普通に全国の学校でやっていたみたいね
武谷剛介は、晩年に修学旅行を喜ぶ孫の姿でも見て
そういう表現を使ったのかな
>>886 出てたぞ。
どっかの方面の隊長に任命されてたろ。
>>894 なんで?
戦う前なんてそんなもんだろ。
剣も衣装もこさえてもらってさ。
皆揃いの額宛してさ、皆を守るために役に立つんだって思ってさ。
この先何があるかなんてわかりっこないし。
>>895 特攻隊で明日必死の若者達も同じような感慨であったろうな….
>>886 先週、白河口頼母、日光口大蔵、越後口佐川と任命されてた
900 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 13:43:39.28 ID:cKLSPVCH
>>889 何の為にウソを付くのか?
簡単じゃん 少数で攻め混んだことにした方がスゲーって思われるし思われたいから。
近藤自ら先陣をきって突入とかあり得ないと想うけどね。
ドラマでもそうじゃん。
新撰組は戊辰戦争で何度も負け戦を転戦してるけど組長クラスは生き残ってる。ドラマでこそ敵の鉄砲隊の真横から突入とかやってるが、あんなこと本当にやってたら生き残れる訳がないからね。
組長クラスは後方から指揮をとってたんだろ。池田屋事件も部下に突入させといて後で近藤が良いとこ取りでしょ。
901 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 13:43:56.45 ID:KM6am08C
>>899 林さまが生きていたら、白河口任されてた?
>朝敵として京を追われた長州過激派の、尊皇派;会津と薩摩に対する怒り・敵意は相当激しいものがあったようだ。
彼らは、薩摩のことを「薩賊」、会津のことを「会奸」(かいかん)と呼び、下駄の裏に「薩賊会奸」と書き込み、踏みつけて歩いたという話が伝わっている。
朝廷を我がものにコントロールするために武力に拠ってでも御所を占拠しようとした自らを言わば棚にあげている訳だが、
「逆恨み」としか言いようがない。
こういう藩内の雰囲気に押され、藩主自らが
『君側の姦を除き、国内の賊を絶滅し〜』
などという檄を飛ばすのだから、実に毛利家当主とは救い難い存在であると言わざるを得ない。
尤も、「君側の姦」とは会津と薩摩のことであるから、図らずも自分たちが「君」=天皇から遠ざけられた側であること、
即ち「朝敵」となったことを認めているとも読めるのだ。
過激派中の過激派の一人に来島又兵衛という人物がいたが、この男を中心にした一派を「進発派」と呼ぶ。
正式に京に出兵し、会津・薩摩を討ち、御所を占領するという主張の一派である。
これに対して上層部は、やるにしても時期を待つべきだとする。この、時期尚早論の一派を「割拠派」と呼ぶ。
注目すべきことは、「進発派」も「割拠派」も、軍事力で御所を占領するという点では一致していたという事実である。
どの稿で述べたのかはっきりしないが、既稿に於いて、京の御所の塀が何故あのように低いかということに触れたことがある。
この一事が、この島国に於ける天皇の存在を、政治的にも精神文化的にも如実に表しているのである。
大和人であるならば、天皇のおわす御所に現実に弓を引くなどという発想は、まず出てこない。
この点からも、口先で「尊皇」を唱える彼らが、その実、「尊皇」という真意など全くなく、
単なる政治的テロリストとしてテロ目的達成のために天皇という存在を利用しようとしていたことは明白である。
来島一派の勢力は、五百人とも言われているが、藩論が割れる中で文久三年が元治元年(1864年)に改まる頃になると、
彼らは藩論が割れたままの状況下で次々と京へ潜入してきた。
この時、長州藩ではおかしなことが起きている。
藩は、高杉晋作に対して来島を止めるように指示を出したとされている。
ところが、当の高杉が、薩摩;島津久光を暗殺すると公言して京へ出てしまう。
結局、藩は高杉を捕縛し、野山獄へつないだ。
903 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 13:47:17.33 ID:KM6am08C
薩摩藩六番隊長 野津七次(道連)は後年
『余は数えきれないほどの戦場を駆け抜けて来たが、
二本松の霞が城攻撃のときほど恐怖に駆られたことはない。
何しろ13か14の子供が切先をこっちに向けて次々と
飛び込んで来るんだ、
剣術は突きしか教わってない子供が命を捨てに来る。
あの二本松少年隊ほど余の心胆を寒からしめたものはない。
霞が城のあの光景は絶対に脳裏から消えはせんよ』
と事実残っている。
( ;ω;)ブワッ
>>900 つまりこの後八重に狙撃される大山はあり得ない訳だな。
重鎮の林が死んだのに誰も触れないなw
>>900 >簡単じゃん 少数で攻め混んだことにした方がスゲーって思われるし思われたいから。
スゲーって思うのは一般人。普通は後先考えない無茶をしたとしか思われない。
>高杉晋作という男は、吉田松陰直系の四天王の一人とされるほどの過激派であるが、私は実は肝の小さな男だったという印象をもっている。
過激派仲間が行動を起こそうとすると、止めに入ったりすることが度々あった。
そのことを以て肝が小さいというのではなく、有名な高輪の英国公使館焼き打ち事件の顛末に高杉の幼稚さが顕れているように思う。
英国公使館焼き打ち事件とは、高杉や久坂玄瑞たちが行った「攘夷」行動であるが、
その時英国公使館は竣工したばかりで誰もまだ入居していない。
高杉たちは、空家の公使館に夜陰に乗じて火を放ち、一目散に今の芝公園辺りの飲み屋まで逃げ帰り、「やった! やった〜!」と痛飲しているのだ。
もし、英国公使館に英国人の入居が終わり、公使館として機能していたら、高杉は放火を行っただろうか。
極めて疑問である。
彼らの「攘夷を決行する!」という勇ましい行動は、せいぜいこういうレベルだったのだ。
高杉の口癖は、『俺は貴様らと違って、れっきとした武士だ!』
というものであったことが伝わっている。
高杉は、確かに家禄200石の藩士の嫡男である。200石といえば、高杉の言う通り「れっきとした」武家である。
今風に表現すれば、「ええとこのぼんぼん」とも言える。つまり、彼もまたある種の武家の誇りを支えにし、虚勢を張っていたと診るべきであろう。
病弱ではあったが秀才であり、江戸では昌平坂で学んでいる。
時節柄、狂気の支配する長州という環境に生き、豪放に振る舞うことで己のポジションを維持しようとしていたのではないか。
三千世界の烏を殺し
主(ぬし)と朝寝がしてみたい
高杉晋作が作ったとされる有名な都々逸であるが、高杉作であるという裏付けは何もない。木戸孝允の作とする説すら存在する。
後世、世が落ち着いて後、伊藤俊輔(博文)が高杉を顕彰する碑文に
『動けば雷電の如く 発すれば風雨の如し〜云々』
という、まるで武田信玄を思わせるような勇ましい一文を書いたことが、高杉のキャラクターを決したのではないか。結局、高杉という「幕末稀代の英雄」像も、生き残り組の創った虚像とみるべきである。
908 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 13:57:08.56 ID:cKLSPVCH
>>904 何でいきなり新撰組の話から薩摩に飛ぶんだよ。
刀で斬り込む池田屋襲撃と、八重の狙撃を同列に語るのはおかしいでしょ。
それに大山はパッと見で偉い人と解る格好してるんだから狙撃されやすいのは当たり前だし
909 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 13:57:41.15 ID:KM6am08C
「野津元帥の面影」より。
後年の大鳥が、野津七次こと道貫を語る
野津は、大鳥の江川塾講師時代の教え子。
戊辰戦争で宇都宮戦で敵味方に別れ戦う。この時の野津はあたかもターミネーター。
日清戦争時、大鳥公使は京城で、二師団連れてきた野津を宿舎に案内した。
「野津が、『宇都宮の戦では貴君(大鳥)に大腿部へ二ツ穴を明けられた』と云ふから、
「フウ気味の好い事よと」云うてやった。
夫れから毎々出会ふ事となり、数々の宴会にても一所になった」
師匠に撃たれて、気味が良いわと笑われ、それで付き合いが深くなる。
明治という時代を象徴するような関係である。
( ;ω;)ブワッ
910 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 13:59:25.24 ID:cKLSPVCH
>>906 新撰組は手柄に拘ってた。
だから会津藩士の応援すら要請しなかった。その新撰組がさらに組長クラスだけに手柄を集中させたいと考えてもおかしくないな。
>>908 だからそうやって自ら的になってる大山とか、あり得ないほどのバカなんだろ。
>>910 後から駆けつけた組も報償されてるから意味ないし、そんな事してたら隊士の信望を失うわ。
幕府も議会制を敷いて、元首を徳川にして立憲王制にしょうとしたんだろうが
成功しても、薩長土肥と睨みあう内戦状態は続いただろう。
会津に、とても新国家を運営する力はない。
結局、滅ぶべくしてホロンんだんだ。
914 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 14:09:13.73 ID:KM6am08C
奇兵隊はどんな細かな事も日誌に記してるよ
いい事も悪い事も
長州藩ってそういうお国柄なのか、記録が詳細に残ってる
ただ、奇兵隊日誌には5ページほど抜き取られた後があり
後々、山県有朋が抜き取ったことがわかった
どうやら自分に都合の悪い事が記されていたらしい
山県らしいエピソード
916 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 14:09:23.52 ID:cKLSPVCH
>>912 新撰組の隊士に近藤、土方に逆らえるやつなんていないでしょ。
すぐに切腹させるバカ集団だし。
それに池田屋事件の報告には当初はその場所に近藤の息子もいたことにして嘘の報告までやってるからね。
これは後で息子は別の場所にいたことがバレて訂正してるけど。
何度も言うが池田事件ついては全て新撰組からの報告って時点で信憑性は薄い。
>>900 池田屋に最初に踏み込んだのが近藤勇・沖田総司・永倉新八・藤堂平助ということを
否定する史料って何か出てきた?
近藤の手紙と永倉の手記で共にそうなっているのが根拠らしいけど
(近藤の手紙ではそれに近藤の養子が入ってる)
919 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 14:14:11.80 ID:cKLSPVCH
>>917 だろ?近藤は息子にも手柄を付けたいと嘘付いてるのがハッキリと解るじゃん。こんな辻褄が合わない集団の報告を全て真に受ける会津も大問題だろ。
>>919 で、近藤と永倉はわざわざ示し合わせて、この4人の名前を捏造したの?
921 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 14:15:23.54 ID:6pIsDJti
>>916 うーむ、そのころの新撰組はそこまでの近藤、土方の専制的な統制が完成されていたとも思えないが、
実際に永倉、原田、斉藤らが容保に近藤の態度があまりにも他の隊員を家臣のように扱いすぎるという
ような訴えを容保にしているぐらいだからなあ。
どうもID:cKLSPVCHの論はあらが多すぎる。
すぐに斬首させるバカ集団だし。>奇兵隊w
何度も言うが
>池田事件ついては全て新撰組からの
日本人じゃない証拠
偽勅の長州
御所への発砲を下っ端のせいと誤魔化す長州
逃げまくる長州
隠蔽工作した長州
容保の遺品である御製らを金で買い取って隠滅しようとした長州
その卑怯な長州シンパからの報告って時点で池田屋事件の逆恨みで信憑性は非常に薄い。
923 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 14:24:27.94 ID:cKLSPVCH
奇兵隊日誌は貴重な史料だよ
高杉や木戸などの手紙、日記
いい事も悪い事も書かれてる
山県有朋の日記は言い訳がましかった
木戸の日記は躁鬱が激しい
長州シンパのレスがフルボッコで誰にも認められないのは、アラだらけ
突っ込まれれば論点すり替えだらけなのに加え
「長州は何をしても許される、会津は絶対に許さない」の結論ありきの盲目だから
本物の盲目の覚馬の管見が、反発していた牢の人間を皆感服させたのと大違い
>>923 近藤の手紙は実家への手紙なので、養子の手柄を捏造したというのが定説。
しかし、沖田・永倉・藤堂の手柄を捏造する必要はないし
永倉も別に口裏を合わせる必要はない。
一方、永倉の手記に近藤の養子が入ってないということは、口裏など合わせてないということにならないか?
新政府軍勢力圏から位置的に遠いのによく秋田藩寝返ってくれたなぁ
928 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 14:36:06.11 ID:cKLSPVCH
>>926 あっちこっちに嘘の報告をしてたから自分達のついた嘘がどだったか解らなくなってしまっただけじゃねーのw
てか、池田屋事件についての研究なんて最近は学術レベルのもの色々出てるし
定説もくつがえされたりしてるけど、別につっこむ必要もないところまで
無理矢理否定しても仕方ないわけだが?
どだったかチャン
933 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 14:39:46.69 ID:cKLSPVCH
>>925 そっか?少なくともテロ計画については新撰組の報告に疑問視する人も少しはいたじゃん。
第1、あのテロ計画を実行しても何の解決にもなってないし、成功させることすら不可能だし。
>>922 池田屋事件における陰謀の中身は、すべて新撰組からの報告だろ?
あと、
>容保の遺品である御製らを金で買い取って隠滅しようとした長州
これ自体、司馬遼太郎以外のソースが不明
935 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 14:41:47.46 ID:HoJjC+vJ
おまえら八重見てバカみたいに喜んでるけど
ホリプロはちゃんと18%の裏番組にも芸人を出して笑いが止まらん状態だw
ザマー
>>932 薩摩軍として参加してるんだよな
函館で幕府の艦隊とやりあうはず
少なくともテロ計画については御所への発砲で、行動で証明されてるじゃん。
そういう事するアホらだって。
実行しても何の解決にもなってないし、成功させることすら不可能なアホな事したのが長州じゃん。
蛤御門の銃弾の痕が何よりの証拠
941 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 14:54:47.53 ID:Jp3jFrc5
テロ計画と上洛御所発砲は全く別だろー
司馬の「王城の護衛者」は皇室の方から「公平に書いてくれてありがとう」と感謝されてる御墨付きですが何か
事実と違っていたらそんな感謝の言葉にはならず苦情になる
943 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 14:58:06.49 ID:cKLSPVCH
>>938 何で御所に発砲したらテロ計画は本当になるんだよアホかw
御所への発砲はテロ計画何て行っていないと言う抗議する為にやってきたのに会津にその機会すら与えてもらえなかった怒りからきたものだろ。
何度も言うがテロ計画に何の意味があるんだよ?まずこっからおかしいって気づくだろ。
何で御所に発砲したらテロ計画は無かったになるんだよアホかw
御所への発砲はテロ計画が発覚したと言うヤケクソの為にやってきたのに
天皇に長州は出て行けと天皇の命で会津に追い払われた逆恨みの怒りからきたものだろ。
何度も言うがテロ計画に何の意味があるんだよ?
まずこっから長州のアタマがおかしいって気づくだろ。
>>938 話はそう単純ではない
池田屋事件で殺された人には、暴発反対派まとされる人も含まれていて、
この段階で「京都御所に火を放って天皇を奪う」という計画のどこまでが
具体的になっていたのかが分からない
あと、実際に鷹栖邸などに火を放ったのが幕府・会津軍なのは、
『幕末会津藩往復文書』など、幕府方の史料に記されている
>>942 すでに関係者が死んだ後の皇室の感謝の言葉と、
同時代の三浦梧楼の証言のどっちが信じられる?
946 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 15:04:59.14 ID:cKLSPVCH
それと俺は京都でのテロ計画は手柄が欲しい新撰組が行ったでっち上げだと思っているが、もし仮にこの計画が本物だったと考えよう。
そのテロ計画は脱藩不逞浪士による連合での計画じゃん。長州の桂はこれを止めさせようと動いていた人間。
それなのに長州藩全体で行うテロ計画だったに持っていくのは無理がありすぎるでしょ。
だから長州がブチ切れるのも当然と言えば当然だし。
長州は藩ぐるみで御所を占領しようとしていた賊
藩ぐるみで大和人ではない証拠
>過激派中の過激派の一人に来島又兵衛という人物がいたが、この男を中心にした一派を「進発派」と呼ぶ。
正式に京に出兵し、会津・薩摩を討ち、御所を占領するという主張の一派である。
これに対して上層部は、やるにしても時期を待つべきだとする。この、時期尚早論の一派を「割拠派」と呼ぶ。
注目すべきことは、「進発派」も「割拠派」も、軍事力で御所を占領するという点では一致していたという事実である。
どの稿で述べたのかはっきりしないが、既稿に於いて、京の御所の塀が何故あのように低いかということに触れたことがある。
この一事が、この島国に於ける天皇の存在を、政治的にも精神文化的にも如実に表しているのである。
大和人であるならば、天皇のおわす御所に現実に弓を引くなどという発想は、まず出てこない。
おまえら、ドラマにまつわる歴史話は別スレでやりなよw
なければ立ててさ
嘘をつかないよう育てられた家系で皇室に嫁いだ立場ある人と
偽勅や陰謀しかない長州の人間
どちらが信じられるか、このドラマ見ていた日本人なら答えは一つ
951 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 15:10:49.72 ID:cKLSPVCH
>>947 お前 全員から否定されてるやんけ....
それに池田屋事件の首謀者は肥後藩士の宮部だぞ
全員から否定されてる人間が何をw
しかも
>やんけ....
さすが薄汚い人間は言葉も汚い
953 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 15:16:33.57 ID:KM6am08C
結論;ポテチはカルビーより、湖池屋で
FA?
>>953 コイケヤの方が少し薄くてパリッ感が繊細よね
首相官邸にお化けが出るから怖いと住まない総理ww
>>779 頭が固かったからじゃない
白河口の戦いとか、家格で指揮官決めて失敗してる
長州が身分の低い人間(大村とか)も取り立てて
勝利してるのを見ると、会津は思考が硬直してるなと
>>956 学校の成績だけで階級を決めた日本陸軍みたいやな
頭が固かったのは会津だけじゃない
家格で失敗してるのは家格家格と自慢した高杉晋作の奇兵隊も
長州が身分の低い人間も奇兵隊で取り立てたと言いながら
利用するだけ利用して差別して最後は切り捨てて
皆殺しにしてるのを見ると、長州は思考が日本人とは違ってるなと
>>942 秩父宮勢津子妃のお礼は、あくまでも容保の人間像や
会津のおかれた境遇について書かれた内容に対する礼で、
「王城の護衛者」が細部にいたるまで正確だという意味じゃないよ。
たとえば、山川大蔵は八重と同年代で、家老になったのは籠城の時点だけど
「王城の護衛者」では容保が養子に来た時から家老になってるし
(これは大蔵の祖父の山川兵衛と間違えたのかも)
秋月が熊本に来た三浦梧楼に宸翰の存在を語ったというのも明らかに創作。
ただ、宸翰の存在を公にすることについて、明治政府が嫌がったことは
>>168の三浦梧楼の話からもわかるね。
下賜金の代わりに出された条件が、宸翰の内容を書いた「京都守護職始末」の出版を
やめることだったとも言われてるね。
新政府 金と武力で 口封じ
961 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 15:56:07.02 ID:cKLSPVCH
>>960 お前 長州に親でも殺されたのか?w
仕方ないだろ あのまんま幕藩体制のままでいってたら今ごろ日本はロシアの植民地だ
お前 会津に女でも取られたのか?w
仕方ないだろ
会津は正直で誠実で腕が立って
長州はウソツキで臆病で女と金にだらしないんだからw
綾瀬はるかは「勝負師」 現場で見せた姿とは?
http://mdpr.jp/news/detail/1253221 女優の綾瀬はるかが18日、東京・渋谷のNHKにて行われたNHK大河ドラマ「八重の桜」第26回「八重、決戦のとき」会見に出席した。
役柄と同じく着物姿で登場した綾瀬。
まもなく前半のクライマックスを迎える同ドラマに向けて「気合が入っているなと思いました。気持ちを込めて気合を入れて、望んだシーンがたくさんあるので、 よく出来てよかったなと思っています」と自信を覗かせた。
また、会見には内藤愼介エグゼクティブ・プロデューサーと加藤拓専任ディレクターも出席。
現場での綾瀬について「どんどん進化していると思います。役柄に入った時に、どう変わっていくんだろ うっていう新鮮なドキドキ感っていうのを感じさせてくれます」(内藤プロデューサー)、
「勝負師ですね。非常に優れたスポーツ選手のような勝負勘の強い女優さんです。そこが彼女の女優さんとし てのすごい資質だと思います」「抜けたカットがなく、凛々しさ強靭さが感じらます」(加藤ディレクター)とそれぞれ絶賛した。
大河ドラマ「八重の桜」は日本初の篤志看護婦として日清戦争・日露戦争に同行した新島八重の生涯を描いた愛と希望の物語。
“天下の悪妻”と呼ばれようともすべての人の幸福を願い戦い続けた会津の 女の生き様を通じ、復興を目指す日本・東北へ力強いメッセージを送る。
まもなく迎える前半のクライマックス・会津戦争「鶴ヶ城籠城戦」は、第26回(6月30日)から第29回(7月21日)の4回に渡って描かれる。
これから放送される会津戦争編について綾瀬は、
「八重は女だけれども、屈せずに前に進んで、みんなを指導しながら戦っていく。その勇敢な姿っていうのは見どころではないかなと思います」とコメント。
「本当にスタッフ・キャスト、魂込めて撮ったシーンが盛り込まれた作品になってます」と役柄同様の力強い眼差しで語った。
964 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 16:48:34.86 ID:S7YLCxnH
>>630 今月のYOUで綾瀬じゃなく兄様らが脱ぐんかと言われた(^^;)
>>959 秋月のエピソードは池辺三山の話から創作したんじゃ無いかな。池辺は肥後出身だし。
池辺によると、秋月が件の宸翰の写しを取り出して、薩摩人の権謀術数を攻撃したのを
見聞したらしい。
>>962 つまり京都で女作っていたあんつぁまや
中川宮や二条摂政に金ばらまいた秋月は会津人では無いと。
大阪置き去りの責任を修理が負ったように容保は慶喜の代わりに責任を取る立場。
会津はあくまでも宗家の為の藩で、あの藩にはあの容保でなくてはならなかったと思う。
頼母も結果的に函館まで戦った御家訓の会津藩士。
徳川、幕府幕臣側が一切抵抗しなかったなんて武士の最後にありえない。新政府にとっても抵抗してくれる存在が必要だったんじゃない。
慶喜のスタンド会津
あんな変な家訓を真に受けるボンボンの藩主だから。
普通はああはならない。
親藩でも新政府側はたくさんいる。
しかし、戊辰戦争で近代戦向きの軍隊へと変貌できた。
日清戦争で、対外戦ルーキーなのにあれだけ強かった道理。
969 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 17:49:46.77 ID:Re4n2DBm
覚馬は目が見えないし、体も不自由なのだから身の回りの世話をする
女の一人くらいは必要だろう
甲斐甲斐しく世話を焼かれれば情もわく
女遊びが激しかった薩長エロテロリストや、やり逃げ龍馬、新撰組などを差し置いて
女好きみたいに言われるのは、少しばかり可哀相
そうだな。龍馬の女は何人居るんだ?
京都で目が見えなくなっても若い女にホレられたあんつぁまや
れっきとした会津のロビー活動で、
密貿易や通行税で得た莫大な金を大多数に、女と酒とにバラまいた薩長と違って遠く及ばない、
会津のなけなしの雀の涙出した秋月が何だって?
>>971 今上天皇を偽者扱いしてる国賊が何だって?
そんな交渉な論争は置いといて、何故あの時尾にあの斎藤なのだ!
でも少しちんまりカップルにほっこりしてしまったw
今上天皇を誰が偽物なんて書いてるかなあ?
それに今の法律知ってる?
>>975 ドラマ板以外で明治天皇はすりかえられてるって書き込みしてる人見かけるけど
大体そうかそうかの工作員扱いされてるよ
その上安倍首相は朝鮮人だって書き込みしてたら工作員扱いされてもしょうがないでしょ
>>971 会津のロビー活動は良い活動、薩長の活動は悪い活動かよw
>>966 中川宮家は最初、薩摩藩士がもぐり込んでてコネクション作ってる。
そのコネクションで、八月十八日の政変が出来た。
彼らが引き払ったあと、会津から公用人を送り込んで、財政状態を管理してるけど
贅沢に慣れきってる宮家を節約させようとして四苦八苦したけど
ついに断念してその人が帰国してしまったという記録があるよ。
天皇家は古代朝鮮人の百済人の血が入ってる。
蘇我氏も百済人の末裔。
そういう風に言えば一応朝鮮人の血も入ってるといえる。
ただ、現在の朝鮮人とは民族的に全くの別。
百済は滅亡したし、そのときに多数の百済人も亡命してきて帰化してる。
現在の朝鮮人はその後南下してきた民族。
だーかーらー誰が今上天皇を偽物なんて書いてるかなあ?
誤魔化さないで早く答えなよ?
会津は薩長みたいに芸者あげてドンチャン、ヤりまくってないからな
切り詰めてる地元を思って贅沢はしていない
新政府は金払ってた芸者に助けられて逃げてた腰抜けばかりだから
弱味握られて捕まえられて挙げ句の果てに早死にしたりロクな死に方してないのばっか
>>974 あの斉藤に会わせてあの時尾のキャスティングなんだろうね。
池田屋が全ての発端とか言ってる人、
都合の悪い話をスルーして
自分の言いたいことだけ言ってるから、説得力ないね。
長州が偽勅を連発したり、
会津が守護職になる前に長州が京を荒らしまわって
天皇を悲しませていたことについてはどう思っているんだろう。
そういう輩はやっぱり司馬史観信者なんですかね・・・・
会津原理主義って、異常だなぁ。
一般人から見放されて低視聴率を邁進しているのも頷ける。
>>982 全ての発端ってやっぱり
開国論議→天皇を政治の場に引っ張り出す→戊午の密勅→安政の大獄
だと思うよ
司馬史観信者だの会津原理主義だのほざいてるヤツらって、異常だなぁ。
一般人から見放されてアンチスレからも追い出され、しつこくここに執着し続けてるのも頷ける、異常さ。
例えるならヒロシマナガサキを取り上げたドラマスレに、わざわざアメリカ人が乗り込んできて、ジャップジャップ!!!原爆落とされて当然!!!と暴れてるかのような異常さ。
987 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 19:47:58.32 ID:utjgnN7D
頼母が殿から真面目な顔で通算二度も怒られた
事で笑っている奴はいるか?
八重さん(よし、500人目のヘッドショットだべ)
990 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 20:07:14.88 ID:SzXEh/6D
頼母が皆から突き上げられてあうあう顔芸をするのを見てたら
西遊記の猪八戒が三蔵悟空悟浄三人から総スカンを喰らった回を思い出した
991 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 20:09:52.73 ID:XYLj/lZg
戊辰戦争の頃って日本には天皇がいなかったのですね
天皇不在の時って今まであったかしら?
992 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 20:45:50.21 ID:FBzHzN76
京の人にとって壬生狼は、その名が示す通り嫌悪の象徴。全然人気がない。
京での一番人気は長州の志士。それに庇護された土州志士も人気があった。
鳥羽伏見戦の時、長州藩の定紋と共にダンブクロ姿の長州兵が入京するのを
京都の人は挙って沿道に出て、熱狂的に感涙をもって迎え入れているように、
京都における長州人の人気振りは異常すぎるほどで、凄まじいものがあった。
次スレ立ててきます
立てられなかった
>>873 現政権の秘密警察が政敵を暗殺
これはテロでは有りません。
反政府活動の事です
997 :
日曜8時の名無しさん:2013/06/18(火) 20:52:30.21 ID:pzjscK7K
>>990 今作の頼母に八戒の処世術があれば、
白川の敗戦を巧みに責任転嫁し無かった事にし、容保をもっともらしく説き伏せ
藩論を降伏に持っていき、会津は戦地にならずにすんだ。
1001 :
1001:
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