【2012年大河ドラマ】平清盛 Part76

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949日曜8時の名無しさん
今日の見どころ ドヤ・顔・帰・還

平氏サイド
愛しの細君を亡くし、ヤケっぱちな日々を過ごす清盛は、一族郎党らと共に、比叡山延暦寺からのありがたくない客人、
腹筋善之介明雲らの僧兵の起こす強訴の対処に手を焼いていた。神輿(しんよ)を担ぎ出しつつ抗議を起こすという
やり方に、迂闊な動きを起こせない平氏ファミリー忠正維綱忠清だったが、家貞がウチの荘園をやるからここはお手打ちで、と
グレーな方向に収めた。明雲はどこの取立て屋かとばかりにケッと去ったものの、平氏はあげた荘園の分だけまた賜るので
どっちらけな話である。そんな平氏の働きの報酬に、棟梁忠盛の従三位公卿への道も見えてきたかと思いきや、
イケズ鳥羽法皇の答えは正四位上。またしても繰り返される骨折り損に、さすがに疲弊の色を隠せない平氏一門であった。
そんな清盛の許に、ツルッとしてしまったサダヲ通憲改めマルモ信西が現れる。平氏を公卿に連ねずのらりくらいの鳥羽法皇や、
摂関家の摂関家による摂行天下之政リターンズを目論む頼長(武士?何それありえない)にいたく落胆し、また自らの出自では
これ以上の出世も望めないことからの出家であった。だが頭を丸めたからといって中身まで大人しくした訳ではないぞ。
そして家盛の弟、平五郎が元服し、トリプルA西島頼盛となる。清盛は嫁ロスト鬱状態も相俟って、わりかし低温に怒りながら、
これ以上頑張れって何だよコンチクショー…と嘆くのであった。お前髪型がもうちょっと決まってたら今のシーンよかったかも
しれないのにな…洞窟ぼっちの四の宮から整髪料借りてこいよ…。やがて明子ロスト清盛が自宅に戻ると、天然電波時子が
子供達と遊んでいた。もうちょっと鬱に浸ってたい清盛は時子を追い出そうとするが、清太も清次もすっかり懐いている。
それもそのはず、時子の父は蛭子さん時信であり、弟は平安ゆとり世代(体罰に超敏感)森田V6時忠で、本人は電波である。
まともに勝てるはずがない面子である。やがて、璋子重篤の為、鳥羽法皇から愛のおもひで・水仙を探して来いと命が下る。
やってらんねー清盛だったが、出来が良い素直な風格のあるおとうと家盛から恋バナを聞かされ、とっとと探し始める。
しかし季節外れの水仙を、日当たりの良過ぎる野原から探すという期待を裏切らないあほぼん清盛だったが、そこで
宿敵・義朝に遭遇。義朝は配下の東国の家来に、陸奥の山奥から水仙を探させたという。
そして義朝は渾身のドヤ顔(正清もドヤ顔)を見せ付け去っていった。面目丸つぶれな清盛は、法皇のお褒めに参じた義朝を
待ち伏せ、一方的な喧嘩を吹っかけるが『田舎武士』でブチ切れた義朝にコテンパンにされ御簾に腕押してこける始末。
怒り心頭な清盛が帰宅するとまたしても時子が襲来していた。もうめんどい!誰でもよーい!と時子にヤケっぱちに求婚。
だが逆に時子からマウントを取られ、いつしか子供ができていた。しかし…笑ってる場合ではないっぽい。

源氏サイド
義朝は鳥羽法皇の待賢門院様お見舞いの品・水仙を見事探し出し、家臣と共に意気揚々と京の為義の住まいに帰ってきた。
父上のダ…為義は立派過ぎる息子の俺にはしゃぐわ泣くわの大喜び。あと平家の御曹司のあほぼんをコテンパンにしてやった。
あと何故か10年くらい前に会っただけの娘が勝手に俺に惚れていた。なんでも内親王に仕える都合の良…いいとこの女だというので、
嫡男を産めと言ったら泣いて喜んだ。いやー、モテてかなわん。(ナレ:僕産まれました4月8日ですよろしく)

朝廷サイド
出家した璋子が重篤の事態に。さざなみ立たないはずだった鳥羽法皇は再び大荒れとなり、愛のメモリー水仙を探せと
無茶振り。鳥羽法皇は義朝が持ってきた水仙を携え、病床の璋子に頬ずりあって愛を確かめようとするものの、
朝廷BPO担当の家臣二匹に引きずり出されドアの外へ。そして璋子は最期まで少女漫画みたいな台詞を呟きながら、
ひぐらしのなく頃に命を落とした。磬(けい)をコーンキャーンギャーンと鳴らしながらその波乱万丈な愛を悼む法皇であった。
流石に得子もしおらしく、その冥福を祈った。璋子が最期に呟いた『我が君』が本当に鳥羽法皇だったかは…南無南無。

おまけ
忠通「摂関家では頼朝誕生時には、待望の男子が既に二人産まれてました!シュクセイで弟しか映してくれなかったけどな!」
家成「得子殿は父方のいとこで宗子殿は母方のいとこなのです。因みにわたくしの母の名も宗子で忠通殿の細君の名も宗子」