第一話「長篠」
信玄没後も高天神城などを攻略し、武威ますますあがる武田。
謙信の後継者であることを自任する景勝にとって、勝頼はすべてが気になる存在。
景勝は、もっとも信頼する部下である兼継に武田軍の探索を密かに命じる。
ちょうど、武田の軍勢は長篠城を包囲していた
第二話「木曽」
信濃を南下、木曽に入ったところで、兼継は武田が大敗北を喫した噂を聞く。
武田軍は総崩れで、山県・馬場など名将・勇将ことごとく討ち死にしたという。
実際、武田の落ち武者が追撃してきた徳川の武者に首を取られるところを目撃する
死にかけた武田の武者に敗戦の理由を聞くと鉄砲だという。
第三話「高坂弾正」
飯田までもどってきた兼続は、海津城より勝頼を迎えに来ていた
高坂軍に捕まり、高坂弾正の前に連れて行かれる。
高坂は兼続が信濃に潜入したときからその行動を把握していたのだ。
高坂は北信に大軍を配置することができなくなった、武田の内情を
謙信に伝えてほしいと兼続に頼む。
第四話「謙信の義」
越後への帰路、兼続は真田昌幸と同行することになる。兄二人を失った
昌幸は、敗残の西上野衆などをまとめて帰郷することになっていた。
途中、昌幸は兼続に「謙信の義は、豊かな越後に育ったもののおごりである。
まずしく弱い甲斐に生まれた信玄には義などいう余裕はない」という
第五話「春日山」
越後にもどってきた兼継は、景勝に長篠の戦いの状況、高坂・真田の発言
などを報告する。事態を重くみた景勝は、兼続に謙信に直接報告させる。
鉄砲を駆使した信長に勝つ方法があるのか、たずねる兼続に謙信は静かに
ほほ笑み、しばらくは側近にいよという
第六話「手取川」
越中・能登を制した上杉軍は、ついに織田の柴田軍と手取川で激突する。
謙信は夜戦にもちこむことで鉄砲を無力化し、勝利する。よろこぶ兼続に
謙信は勝利の原因をたずねる。謙信の戦術であるとこたえる兼続に、勝利
の原因は、民衆の支持であると謙信はいう。織田軍の動向は上杉軍につつ
ぬけであった。門徒衆を虐殺して北上してきた織田軍から、民心は離反して
いた。そこを見よと謙信はいう
第七話「関東管領」
関東の上杉方よりの救援要請をうけた謙信は、南下をやめ越後にもどる。
そうして、もうひとりの養子景虎をよび、今回の関東出撃の構想を話す。
上野を回復し、上野国主家としての山内上杉家を再興し、そこの後継者に
景虎をあてるという構想だ。関東管領、この官位は自分にとって名誉なこ
とであるが、重荷でもあった。この重荷を景虎に背負ってもらいたいとい
う謙信に感激する景虎。
第八話「謙信の死」
関東出撃の直前、謙信が倒れた。大混乱におちいる上杉家。関東出撃のため
春日山に集結していた数万の大軍も一夜のうちに消えてしまった。それぞれ
自分の領地に帰り形勢を観望しようとしているのだ。関東を制し、北陸に取
って返し織田を討ち、足利幕府を再興する構想も力も謙信の死とともに消え
ようとしている。謙信が天下にたったとき、謙信が何をするか、兼続は知り
たかったが、それもかなわぬ夢になった。謙信は死んでしまった。
第九話「景勝と景虎」
景勝と景虎の争いは、どちらがより謙信に愛されていたか、を争うものであ
り、おたがいにとって妥協のできないことであり、次第に険しさをましてい
った。景虎は実兄氏政に援軍を要請、氏政は勝頼にも援軍を要請した。機先
を制して春日山を奪取した景勝ではあったが、北条・武田の後援を得た景虎
の優位は明らかであった。
第十話「川中島」
苦悩する兼続。こんな時、高坂弾正より会いたいと使者が来る。死期を悟っ
た高坂は最後に兼続に会いたい、と病をおして甲府より海津城にもどったの
だ。兼続に会った高坂は、武田・上杉・北条の同盟を自分の最後の仕事にし
たいという。圧倒的な経済力・軍事力をもつ織田天下政権に対抗するには、
他に方法がない。景虎は北条そのものであり、北条の力が強大になりすぎ
れば、同盟は成り立たない、勝頼も望んでないという。では、どうすれば
いいのか、たずねる兼続に、高坂は長篠敗戦直後の勝頼への諫言を明かす。
駿河・遠江の氏政への割譲。氏政の妹との婚姻。そして長篠敗戦の責任者
たる親戚衆の粛清による士気の高揚など。もっとも、勝頼に採用されたの
は婚姻だけだが、と高坂は苦笑いする。そして妻女山を指ししめし、あの
山中で別動隊を率いていたときほど、いらいらしたことはない、戦ははじ
まっているのに、山の中でさまよっていたと、こんどは大笑した。
第十話「川中島」(続き)
高坂がそなたによきものを進ぜようと、膨大な文書を取り出してきた。それを
見て兼続は驚く。それは上杉領内の詳細な地図と、南は越中の河田から北は本
庄まで主だった家臣についての詳細な調査だった。高坂が十数年かけて、細作
を潜入させ、金をばらまき調べ上げたものである。兼続も調べているという高
坂、上田衆の項目を見ると、兼続の項に、若年なれど頭脳明晰、景勝の寵愛深
し、とあった。さらに驚く兼続。そなたは、景勝公の分身ともいうべきお方。
口重き景勝公の想いを形にすることのできる唯一のお方である。調べは、たん
とついておると、さらに高坂。謙信公を倒し上杉を滅ぼすためにつくったもの
だが、わしにも武田にも不要になった。そなたに差し上げる、上手に使え。
別れ際、高坂は、わしの死後は、真田昌幸と通信してほしい、あの者は信玄公
の幕僚として諜報部門を担当していたため、武田家中でもえたいのしれない男
として気味悪がられているが、心根は純なやつであると言った
十一話「御館の乱」
景虎が御館に移り、争いは本格的なものになった。勝頼の率いる大軍が春日
山に迫り、前後して北条の援軍が小田原を進発した報が届いた。恐慌状態に
おちいる景勝方。兼続は、高坂の助言に従い、思い切った譲歩で局面を打開
することを景勝に献策する。東上野・信濃奥四郡の割譲、勝頼の妹との婚姻
である。事実上武田の属国になるにひとしい提案であり、反発も大きかった
が、背に腹はかえられず、和睦の使者が向かうことになった。もとより武田
に戦意はなく、勝頼の出した条件は、できれば景虎を殺さないでほしい、と
いうものであった。景虎はもとは武田にいた人質、身柄をあずかってもよい
とも言った。勝頼は北条との同盟に傷をつけたくないが、景虎に越後を任せ
ると越後はがたがたになり、織田に滅ぼされ、織田軍が北から攻めてくる、
南北から攻められれば武田も滅びる、と苦しい胸のうちを語る
第十二話「菊姫」
春日山では重臣会議が開かれた。とりしきるのは兼続。景虎派とはいうが、本
質は反景勝派というべきで、景虎のためを思っているものは少ない、景勝の家
督相続に反感を持っているものが景虎を担いでいるだけ、という情勢判断が示
され、しばらく御館は攻撃しない、多数派工作で圧倒的な力の差を見せつけ、
降伏に追い込むという方針が提案される。これに対して、いつまでも子供の遊
びのようなことをしていると、織田軍が越後に乱入してきますぞ、わしは今夜
にでも討ちいりたい気持ちじゃ、一日でも早く決着をつけたいと上条政繁。能
登出身の上条、織田軍の動向を気にしている。兼続、子供の、というあてこす
りに気付かないふりで、上条様のご心配はもっともなれど、われらが相手の柴
田軍は、織田の最精鋭、これに勝つには、景勝様のもと一糸乱れぬ強き上杉を
作り上げなくてはなりません。それには時間が必要です。しばらくの時間をと
兼続。謙信の三人目の養子にして、景勝の義兄の上条、ならぶものがない重臣
に、言葉を選びながらうまくおさめようとする、兼続。いつまでじゃ、来春ま
でには、とうとう期限を切られてしまった
第十二話「菊姫」(続き)
高坂にもらった文書を参考に、兼続は多数派工作に乗り出す。金がばらまかれ、
恩賞の空手形が乱発される。そして景虎派の有力武将に対する暗殺隊が組織さ
れ各地に潜行する。
勝頼との盟約に従って、信玄の六女菊姫が輿入れしてくる。当初、勝頼は五女
松姫と思っていたが、松姫が断ったので菊姫となったと伝えられる。
景勝と対面した菊姫、私の話を聞いてくださいませと、かつての許嫁、伊勢長
島・願証寺の佐尭上人の最期を語り始める。長島の一向一揆攻撃に何度も失敗
し弟・重臣を戦死させた信長は、長島を海上封鎖し飢えさせ、落した砦の門徒
を願証寺本陣に追い込んで、さらに飢えさせた後、大将が切腹したら他のもの
は許す、と偽りの降伏勧告を出し、武装を解除して出てきた門徒衆に鉄砲・弓
を撃ちかけ殲滅した、上人様は十四歳でした、語る菊姫の目から涙がこぼれる。
無口な景勝も姫の話に気押され、天魔信長、とつぶやく。して、見てきたよう
な話じゃが、殲滅されたのなら生き残りはいまいに、と景勝、少しずれたこと
をいう。ちょっと驚く姫、でももっともな疑問と気を取り直し、憤怒に燃えた
門徒衆の一部は、織田本陣に突入、信長の庶兄信広などを討ちはたし、包囲を
突破しております、という。さらに菊姫、今度は秋山信友のことを話し始める。
美濃・岩村城を陥落させ、信長の叔母を妻としていた秋山は、長篠敗戦直後、
攻撃され、親族として優待する、という偽りの降伏勧告を信じ、岐阜城まで
おびき出されて妻もろとも処刑されていた。この話は、高遠の兄から、聞き
ました。利口な姫、景勝の思考がそれないように、疑問をつぶす。秋山は、
武田家中のなかでも、きれもので通っておりました。それゆえ、信玄公も重
用し、西上作戦のときも、とくに別動隊を率いさせました。その秋山も騙さ
れて殺されました。信長には情けはなく、敵対したものは決して許しません。
しかし、その調略には人を信じ込ませる力があります。芝居がうまいのか、
と景勝はつぶやいて、いや人を、信じたいという状況に追い込んで、信じ込
ませるのじゃろう、恐ろしい奴じゃ、と思考を進める。姫、にっこり笑い、
信長の調略は、武田にも、この上杉にも及んでおります。気をつけて、と。
菊姫の随行には、真田昌幸がまぎれこんでいた。兼続にあった昌幸、上野
で、北条軍の後方を攪乱して兵站をたつ、しかし武田のものは使えないの
で、現地のものを使う、調略するので金をくれ、という。兼続、承知した
とうなずき、自分の勢力を拡大するためじゃないか、と一言。昌幸、調略
は、信玄公お墨付きの真田のお家芸、心配無用と笑う。兼続もつられる。
兼続、何の気なしに、なぜ松姫ではなく菊姫なのか、とたずねる。すると
昌幸の顔が突然くもり、こいつはどこまで知っているのか、と目をずるく
光らせ、しぶしぶ白状するように言いかけて、思い直し、やはり、そなた
には伝えておこう、と武田の秘密を話す。
武田は、信長との和睦も考えている、関東の佐竹などを介して交渉している。
秋山が岩村城で捕虜にして甲府に送った信長の六男御坊丸と、かつて信忠の
許嫁であった松姫は、数少ない大事な手駒じゃ、そのための温存じゃ、と。
御館の乱の終盤
きたじょうを殺害したのは泉沢あたりの上田衆で城主に取り立てられた連中。
道満丸殺害は毛利秀広。本人は功績大だと思ったが低評価で信綱殺しにつながる。
遠山は、鮫ヶ尾で上田衆を足留めして討ち死に。
そこで時間を取られてる間に華姫は自害。タッチの差で間に合わず。
第十三話「景虎の死」
勝頼との盟約が成立し、上田衆の死力を尽くした防戦に越後侵入にてまどった
北条軍が冬季になったため、撤退したことにより、情勢は景勝方に有利になっ
ていく。形勢を観望していた諸将も、越中の河田長親が景勝支持を表明したの
を皮切りに、争って景勝方につく。御館に参陣し、春日山に攻めかかっていた
武将の中からも、領地に帰り、景勝に帰参を願い出る者も出始めた。
そんな時、暗殺隊が景虎方の主将ともいうべき北条高広の襲撃に成功、北条は
翌日死亡した。ますます孤立する御館。
春日山の重臣会議、そろそろじゃな、上条がいう。鉄砲隊が御館近くに進出、
威嚇射撃をして、降伏を促す。御館から前管領上杉憲政が降伏の使節として
春日山に来る。人質として、景虎の子・道満丸を伴ってくるとの、知らせが
伝えられる、ほっとした空気がながれる重臣会議。
傍らの兼続がてきぱき会議を進めるなか、景勝は、このあとどうするか考え
ていた。景虎を、地べたにひきすえて、人質の分際で、わしに勝てると思う
てたか、と嘲ってやろうか。それとも、みずから首をはねてくれようか。
磔にしてやろうか。わしは、あいつが憎くて憎くてたまらん、美男で才華に
あふれたあいつと、比較されつづけた、この十年はまさに地獄のようなもの
じゃった、どうすればあいつに対する劣等感を解消することができるのか、
謙信公の愛を独占していたあいつが憎い、かなり過激になっていく、景勝。
しかし、これはあんまりだ、と自分の考えを打ち消す。景勝は謙信が毘沙門
天を信仰したように、謙信を信仰する男である。いや、これで名実ともに謙
信公の後継ぎになったのじゃ、謙信公に恥じないまつりごとをせねば。そう
じゃ、謙信公ならば、どうするじゃろ、謙信公は、かつて兄君晴景様と争っ
た時、晴景様をお許しになり、その後ろ盾となっていた、わが父政景もお許
しになられた。、そればかりか、政景に姉を嫁あわせ、ご自分の代理として
遇された。そして、生まれたのが、このわしじゃ。景虎は、順番が違うが、
わが父と同じようなものじゃな、では、道満丸は、わしと同じか。この発見
に、おもわずくすりと笑う景勝。謙信公は、わが父が事故死したあと、わし
を引き取り、わが子同様にいつくしんで下された。わしに、同じことができ
るかの。いや、謙信公に一歩でも近づくためには、景虎も許さねばなるまい、
そうすれば、景虎と行動を共にすることで、骨肉相食む争いを防ごうとした
母上のお気持ちに、お応えすることにもなり、お華も喜ぶじゃろ、かなり、
立派な結論に至る景勝。
第十三話「景虎の死」(続き)
しかし、予想外の出来事が、伝令によって伝えられる。管領様と若君、春日山
に入ったところで、守備兵に殺害される、と。あまりのことに、唖然とする一
同。景勝の顔を盗み見て、お互いを疑う。景勝か、あるいは誰かの差し金か、
と。でも、よく考えれば、まったく意味のない殺害だと気づく。兼続、御館に、
不幸な事故である、追って事情を説明する使者をたてるゆえ、しばし、お待ち
あれ、と使者を立てることを、命じたあと、景勝に向きなおり、わたくしが参
ります、という。万事隙なき男じゃと、ひどく動揺しているのに妙なことに感
心する景勝。そなたが、行っても、話にならん、わしが参ろう、と上条。しか
し、信ずるかの、しばらく頭を冷やす時間が必要じゃ。景勝、御館を包囲して
いた兵をひかし、攻撃の意志のないことをしめす、しかし、この間隙を縫って
景虎、百騎ばかりの兵とともに逃亡してしまった。華姫を御館に残したまま。
追撃中止、この雪のなかじゃ、国境を越えることはできまいて、いずこかの
城に落ち着いたのを、見て、また使者をたてる、と重臣会議は結論する。
しかし、一週間後、景虎が身を寄せた鮫ヶ尾城城主堀江宗親に裏切られて、
自刃に追い込まれたとの報が伝えられる。その夜、華姫は自殺した。
翌日、景虎の首を携えて、喜び勇んで春日山にきた堀江を、景勝、いきなり
斬殺する。
春日山から御館をながめる景勝と兼続。そなたの、苦労も実らなかったの
わしも、母上にあわせる顔がない。まだ、乱は完全に鎮圧されたわけでは
ありません。武田には、どのように伝えましょうか。私が、甲斐に参りた
いと思います。そうじゃな、織田との和睦の話もあるし、だまってしまっ
た景勝。黙礼してさがる兼続を、ひきとめて、わしが景虎になっていたか
もしれん。あるいは、一年後のわしの姿かの、形勢を観望し、有利なほう
に争ってつく、恥を恥と思わず、即座に裏切る越後の領主たち、織田軍が
圧倒的な戦力で、越後に進攻してきたとき、誰が最後まで味方でいるのか
かなり疑心暗鬼になってしまった景勝。兼続、ちょっと笑って、わたしは
最後までおそばにおります、と景勝の気をひきたてる。
そして、二人とも黙ってしばらく御館をながめる。
第十四話「高天神城」
そのころ、勝頼は上野・沼田城にいた。東上野接収のためだ。沼田城は、景虎
派の城主が越後に出陣した留守に乗じて真田昌幸が手早く奪ったもの。兼続も
沼田に行くことにする。
景虎の死を知った北条は、国境に新しい城を築き、武田との断交の意を示した
氏康死後に復活し、勝頼と氏政・末妹との婚姻でさらに強化されたはずの武田
と北条の盟約が、なくなれば、武田は東西から挟撃されることになる。まさか、
勝頼、内心の動揺を押し隠して諸将に告げる。
信玄公が、駿河に進攻した際、氏真正室の氏康・息女が、輿にも乗れずに避難
を余儀なくされたことを口実に、北条との盟約が切れたことがあったが、信玄
公は、小田原に攻め込み、ついには北条を和睦に追い込んだ。こたびも同じこ
とぞ。われらの力をみせつけて、北条を和睦に追い込む。みな、頼むぞ。オウ
と応える諸将。ひとり不満顔な昌幸。
そこに、兼続が到着した。勝頼に面会し、景虎の死の顛末と、不始末をわびる。
三郎が死んだか、あやつも不憫なやつであったの、わしも側室の生まれゆえ、
あやつの悲哀がしみじみわかる、と勝頼。北条との戦さになるのですか、と
兼続。武田と北条は、何代にもわたる縁続き、北条のことは、われらに任せて
ほしい、まさか北条も、武田・上杉が滅ぼされた後、自分が無事とは思うまい。
自分に言い聞かせるように、兼続に言う。兼続、信長との和睦のことをたずね
る。謙信公が、北陸を南下したころ、信長より共同作戦の提案があったが、そ
れはこちらで蹴った。その後は、こちらから使者を出しているが、反応がない。
われらには、上杉を出し抜いて武田のみが和睦する気など、毛頭ない。もし、
そんなことを考えれば、つけいられて各個撃破されるだけじゃ。交渉の進展は
逐次知らせる、景勝公も、そのおつもりでいてほしいと、勝頼。
兼続が下がった後、昌幸が現れ、意見具申をする。信玄公の時代と違って、今
は時間がない、毛利も播磨より西に追い込まれ、石山本願寺も孤立している。
先年、大阪表で、毛利の水軍が敗れたと聞いている。補給を断たれた本願寺が
いつまで戦えるか、もし本願寺が脱落したら、本願寺包囲に釘づけになってい
る大軍の行動が自由になる、武田への攻勢も強まりましょう、北条との和睦が
ならないうちに、信長に攻め込まれることも考えなければなりますまい、
では、そうすればいいのじゃ、と勝頼。高坂様の諫言を思い出してくださいま
せ。駿河・遠江を氏政に割譲するべきです。場合によっては、この上野の割譲
も考えるべきでありましょう。今は、一国一城にこだわっている場合では、ご
ざいません。上杉と同じことを、われらもするべきです。しかし、駿河は穴山
殿の領分じゃ、承知すまい、と勝頼。
第十四話「高天神城」(続き)
勝頼の前を下がった昌幸、兼続に愚痴る。勝頼公は、戦場では勇者じゃ。しか
し、義信様の事件がなければ、郡代どまりの男という一門衆の蔑視をはねかえ
す勇気がない。それどころか、長篠以後は、かえって一門衆に対する依存を強
めている。目の前で味方が全滅しているのに、自己保身のために無傷で退却す
るような一門衆を処罰もせず、頼りにされておる。このままでは、武田の強さ
の根本である軍律が乱れてくるのではないか、それがわしは心配じゃ。兼続、
黙って聞く、忘れてくれ、と昌幸。
北条と徳川、東西から挟み撃ちにされた武田は、必死の戦いを繰り広げる。伊
豆で、上野で、駿河で、北条・徳川の大軍と、一歩もひかず。しかし、次第に
一門衆の厭戦気分があらわになり、だんだん勝頼の統制がきかなくなってくる。
そして、ついに石山本願寺が、信長と和睦し、大坂を退去した。すぐさま、徳
川の攻勢が強まり、遠江・高天神城が包囲された。後詰の大軍を出して、救出
してほしい、という救援要請を受け、勝頼は出陣を決意するが、長篠の再来を
恐れる一門・幕僚の反対を押し切れない。信長が出撃してくる、鉄砲にやられ
る、北条に背後をつかれる、さまざまな反対理由が出される。ひとり、昌幸が
強硬に出陣を主張するが、大勢にあらがえない。
半年後、高天神城は落城した。徳川の兵糧攻めにより、当初二千五百余いた城
兵は、最後の時には千を切っていた。飢えたまま、よろける足で、打って出た
城兵は、城主岡部長教以下七百四十八名が討ち取られ、全滅した。遠江の武田
の勢力は一掃された。最後まで敢闘した城兵を見殺しにしたことで、武田の士
気は地に落ちた。高天神で戦死したものの中に、名のあるもので甲斐出身者は
いない。そのことが、いっそう外様衆の気持ちを暗くさせた。
ひびの入った武田家、その隙間に信長の調略の手がしのびこんでくる。
お疲れさまです。
一種のジョークスレにするつもりが
まさか本当に重厚なストーリーを書き込んでくださるとは。
第十五話「お船」
石山本願寺の大坂退去(事実上の信長への降伏)の影響は北陸のほうがより深
刻であった。一気に力をおとした門徒衆を撃破した柴田軍は、加賀・能登を平
定、ついに越中に進攻してきた。上杉も、柴田・前田などが、御馬揃えで京都
に召集された隙を狙って、反撃に出るが、織田の圧倒的な火力の前に、どうす
ることもできない。作戦は河田長親が指揮し、景勝も後詰に出陣したが、河田
が心労のためか、急死。反撃作戦は、頓挫した。
上杉の作戦会議、織田の鉄砲隊は、さらに強化されておるようじゃ、充分な距
離をとって突撃隊形を作っていた槍隊が、あっという間になぎ倒されたという
報告が届いておる。手取川を思い出した兼続、夜戦にもちこむことはできませ
んか、と聞くと、旗本を統括する直江信綱、無理じゃ、情報がとれん、ここら
のものは、われらが負けると思っているゆえ、誰も協力せんわ。
仕方なく撤退する。相手の主力がいないのに、どうすることもできなかった。
春日山の重臣会議、次の戦いは上杉の最後の戦いになるやもしれん。謙信の家
の武勇が、どのようなものであるか、後世に問う、戦いになる。そのための準
備をせよ。と、景勝がめずらしくしゃべる。
野外決戦は無理。春日山城と坂戸城を二大拠点として、籠城戦をする、そして
遊撃隊を組織して、後方を攪乱する。ねばり強く戦って、冬の到来とともに、
総反撃に出る、という基本方針が決定される。基本方針に従って、要所に景勝
の信頼する上田衆の面々が配置される。しかし、これを御館の乱での、論功行
賞による人事と思う領主たちが反発する。特に一貫して景勝を支持してきた揚
北の諸将の不満は大きく、彼らに対する多数派工作を担当していた老臣・安田
顕元が切腹するという事件も起きた。不満は分かるが、どうすることもできな
い、それどころではない、というのが、景勝と重臣一同の考え。来年には、上
杉家が滅亡するかもしれないのに、何を呑気なことを、と怒鳴りつけたい気分。
しかし、このままでは武士の面目が立たない、と揚北衆の毛利秀元、君側の奸
と、山崎専柳斉に斬りかかり、それを止めようとした直江信綱も落命する。
第十五話「お船」(続き)
刃傷事件からしばらくたったある日、兼続は景勝に呼ばれる。このような時期
に、直江の当主をいつまでも空席にしておくわけにはいかん、お前が婿にはい
って直江の家を継げ、お船とお前はいとこ同士だし、まんざら知らぬなかでも
あるまい。善は急げじゃ、お船は奥におるので、会ってまいれ。びっくりする、
兼続、実はお船が苦手である。三才年上の従姉として、幼い頃はよく遊んだが、
徹底的にいじめられた記憶しかない。小さい頃の三才の差は絶対的なものがあ
る。橋から、鳥のように飛んでみよ、といわれて落とされたり、首実検の首に
なれ、と地面に埋められたり、と思い出した兼続、その儀は平にご容赦を、と
断ったが、主命であると言われた。
しぶしぶ、お船の部屋に行ったが、奥方様は誰にも会いたくないそうです、と
面会を断られる。景勝に、復命すると、主命である、明日またまいれと言われ
る。次の日、また訪ねると、お船に会えた。信綱との結納のとき、ちら、とみ
かけたが、話をするのは十年以上ぶり、さすがに幼き頃とは違うだろうと、思
って、部屋に入ると、お船、すっくと兼続の前に仁王立ち、幼き頃、わらわの
後を追いかけていた、鼻たれ小僧のなれの果てのそなたが、わらわの婿とは、
片腹痛し、顔を洗って出直してまいれ、主命といえどもお断りいたす。と追い
返される。景勝に、復命すると、主命である、明日またまいれと言われる。
兼続、またお船を訪ねる。すると、お船、今度は、そなた、どこぞにおなごを
隠しているのではないかえ、家付きの後家が、美男の年下の婿をもろうたはよ
いが、よそにおなごを作られては、女の面目がたたん、とずばり言われる。
決してそのようなことは、ありません。と兼続、最初から、上から目線に、お
しつけられる。そなたは、直江の当主になるということが、どういうことか、
わかっているのかえ、わが父、景綱は三代にわたって家老をつとめられた。
特に謙信公は、信仰に生きるお方で、すべてをわが父に、お任せになった。外
交、内政全般じゃ、こまかくいえばきりがない、直江津の管理もそうじゃ、諜
報機関も、旗本の統括、お裏方も、わが母、いまはわらわが管理を任されてい
る。わが父は、よく申されていた、直江の家が、謙信公を戴けば、それが上杉
本家じゃ、と。上田衆など、われらからみると、一門衆の一家にすぎん。直江
の当主は、ただの与板衆をあずかる部将というわけではないのじゃ。
そなたは、これまで景勝公の口のようなものじゃったが、もし直江の当主にな
れば、片腕となることができるであろう、そなたに、その覚悟と力量があるか
え?史実も超えるお船の口上に、圧倒される兼続、姉上、と幼き頃の呼び方で
思わず、私はどうすればいいのですか、とたずねる。まずは、わらわを大事に
することじゃ、直江のものの忠誠心は、景綱の娘のわらわに向けられている。
そなたがわらわを大事にすれば、直江のものも、そなたに服しましょう。
兼続、すると姉上は、私が婿に入るのを、ご承知くださったのでしょうか?
と言うと、最初から、承知していたという。
第十五話「お船」(続き)
びっくりする兼続、ではなぜ、追い返したりされたのですか?と聞くと
それも、これもすべて、そなたのためじゃ。そなたは、自分が、人から
どのように見られているか、考えたことがあるのかえ、景勝公の寵愛を
かさにきた佞臣とかいうのは、まだよいほうじゃ。みなみな、そなたに
嫉妬しておる、もちろん景勝公の寵愛は、本物じゃから、表だっては、
いわんじゃろ。しかし、そなたが大きな仕事をしようとするとき、かな
らず邪魔してやろうと、まちかまえているのじゃ。意味が、わかりませ
ん、と兼続。さらに今回、国色無双ともいわれる、この美貌のわらわの
婿になることが、決まればさらに、みなが悔しがるであろう。だからじ
ゃ、意味がわかりません、殿の寵愛をかさにきて威張っているそなたも
美しい若後家にとりいろうとして苦労しておる、という可愛い気をつけて
やったのじゃ、もう、侍女に命じて、この噂を家中にばらまいておいた。
明日からは、みなの見る目がちがうぞ、とにやり。はじめて、わかった
兼続、姉上は唐の軍師のようなお方でありますね。と言い返すのが、精
一杯。すると、お船、はじめて、まともなことを言ったぞ、とうなずき、
そうじゃ、軍師じゃ、わらわは、今後、そなたの軍師になる。そなたを
使って、まつりごとをしてみたいのじゃ、という。ほうほうの体で、逃
げ出す兼続に、お船、今後、そなたには身辺警護をつける、直江の当主
が、ころころ変わっては困るからの。して、それは口実。まことの、目
的は、そなたの浮気監視じゃ。どこにいても、わらわの目が、光ってい
ることを忘るるでないぞ、と言い放つ。
確かに、効果てきめんであった。いつも、重臣会議で兼続につらくあた
る上条でさえ、いつになく優しく、婿に入るということは、大変なこと
じゃ、と慰めてくれた。同病相憐れむ、という言葉が頭に浮かぶ兼続。
勝頼から、信長との和睦交渉を開始するという使者がきたので、急きょ
甲斐に行くことになった、兼続、菊姫のところに、贈り物を預かりに参
上すると、菊姫に、そなたも、かわゆきところがあるのう、お船から聞
きましたぞ、幼き頃から、お船のことを慕っていたと、信綱殿を亡くし
たばかりのお船をなぐさめたそうじゃな、とにっこり。景勝公も、感心
しておられましたぞ、とさらに、にっこり。背中が冷たい兼続。お船は、
わが姉のようなものじゃ、頼みますぞ。といわれ、ははー、と平伏する
しかない。
16 :
日曜8時の名無しさん:2009/05/15(金) 15:06:48 ID:BcpWaJsi
個人的にこのスレ大好きなので、応援アゲ!
頑張って書いて下さい!
>16
【天地人】脚本・小松江里子の降板を熱望するスレで、半日早く連載してますよ。
ここのは職人さん本人が書いてるのか、誰かが転載してるのかわからん
>17
何と義に溢れたレスではないか!
次からそちらのスレに参ります。
何と潔いレスかのぅ!
そなたのような気持ちを忘れず生きて行きたいものじゃ
21 :
日曜8時の名無しさん:2009/05/16(土) 22:02:17 ID:kC2ct1lc
<上杉家国替えのお知らせ>
われらは、このスレに移るぞ。エ、驚く兼続。太閤殿下のご命令でしょうか?
石田治部少から、何も聞いてはおりませんが。なにを驚いておる。国替えに驚
いていては、近世大名の家老は務まりませんぞ。姉上、なぜでございますか?
まず、第一に本編の展開が速いということじゃ。次回は天正十三年までいくそ
うじゃ。われらは、まだ天正九年十月じゃ、もはや、これでは追いつけまい。
小松先生のスレで、その週の放映に関する話をしているところに、時期遅れの
文章を投下することはいかにもスレちがいじゃ。第二に、文章がだんだん長く
なっていることじゃ。これも、問題じゃろ。第三に、十二番殿が建ててくださ
たスレに、十九番殿が埋もれてしまう運命だった、われらの拙文を転載してく
ださったからじゃ。ほかの、お方の励ましも、われらにとってうれしいものじ
ゃ。じゃから、拙いなりに最後まで、ゆくぞ。最後とは、どのような着地点を
想定されているのですか?米沢までじゃ。そなたが死んでも、景勝公が亡くな
っても、上杉家はちーとも困りませんでした。なぜなら、お船さまが、おられ
たからです。尼となったお船さまは、母親同然としたう二代藩主定勝様の後見
をされ、尼将軍と敬われ、惜しまれながら亡くなりました、というところまで
じゃ。エェ!そこまで、お考えとは。当り前じゃ。わらわは、吉川三国志に例
えれば、孔明の役どころじゃ、前回、充分にふっておるじゃろう。あれは、三
顧の礼のパクリじゃろ。
しかし、姉上、この筆者、史学科卒にしては、粗忽ではありませんか。そうじ
ゃな、わらわも、景虎様が亡くなる前に、菊姫様がお嫁にこられたので、驚い
たぞ。ありえないような、ミスをするのう。所詮は、くずし字が苦手で、東洋
史に逃げた奴じゃ。さらに言えば、こやつは、単純な史料の読み違えが多すぎ
る。新解釈なのか、読み間違いなのか、判然とせぬところがあるのう。これ以
上、言うと出番を減らされるかもしれんので、やめておくが、ひどいものじゃ。
お船に、本当のことを言われて怒った筆者。お船の運命はどうなるのでしょう。
ともかく、みなさまよろしくお願いいたします。
国替えの下知の件
御意にござります!
謹んでお受け致しまする。
より良きスレになりますように祈念致しておりまするぞ!!!
(っ`・ω・´)っフレーフレー!!!
職人様降臨!
それがしも付いて参りまする。
つきましては、小松スレにも<上杉家国替えのお知らせ>を
張り出した方がよろしいのでは?
24 :
日曜8時の名無しさん:2009/05/18(月) 20:54:18 ID:bW8ahmsK
第十六話「新府城」
兼続は、新府城の落成を祝う使節に紛れ込んでいくことになった。景勝に、出
立のあいさつをしに行くと、そなたがお船のことを昔から好いておったとは、
知らなんだ、菊姫も御館様はよきことをなされましたな、と喜んでおったと言
う、もはや、それはお船の作り話ですともいえぬ兼続、全身を脱力感が襲う。
お船も、気丈にはふるまっておるが、信綱をなくして日も浅い。そなたが、十
年以上秘めて育てた愛情で、お船の傷が癒えるのを、見守ってやってほしい、
とさらに追い打ち。だんだん、自分のことがわからなくなる兼続。
ところで、甲斐へ行く目的じゃが、第一は、信長との和睦の事、第二は、武田
の防衛体制の進捗状況じゃが、もうひとつ、心に留めておいてもらいたいこと
がある。景勝、声をひそめて、武田の滅亡の可能性じゃ、エ、驚く兼続、まさ
か、そんなことはありますまい、わしも、そんなことはないと思うが、もし、
武田が滅びて、われらが南からも攻撃されるようなことがあると、われらの防
衛計画も根底から覆されることになる、というか、成り立たなくなるからのう、
そんな可能性があるのですか?うむ、武田にいれてある細作の報告がきわめて
深刻なのじゃ、亡国の兆し、などと書いてあるものもある。そなた、家老の執
務部屋に寄って参れ。そこで、情報を聞いて行け。もう、そなたの部屋じゃ。
家老の部屋、そこは上杉の中枢で、日本全国にばらまかれた諜報員からの報告
が、まとめられている。兼続が、はじめて入ると、そこに違和感なくお船がお
り、余計な事を言わず言わさず、てきぱき指示をする。兼続殿、武田領内の情
報をまとめておきました。ここにいるのは、高梨外記。与板衆を統率する者じ
ゃ。高梨、説明せよ。高天神城陥落の前後より、甲斐国内では、織田軍の進攻
の噂が、きれめなく流され、領民は浮足立っております。織田の細作の仕業か
と。おそらく、調略も進んでおろうよ、恐怖に陥れて、お前だけは助ける、と
いうのが信長のやり方じゃ、菊姫様に聞きました、とお船。いろいろな噂が、
流されております。当家に関するものでいえば、御館の乱の際、勝頼公がわれ
らに、お味方されたのは、重臣たちがわれらの賄賂に目がくらんだから、とい
う噂もございました。苦笑する兼続。しばらく報告を受けて、辞去するとき、
お船が、小さな錦の袋を渡す。これは、もしや、あの、困ったときにあける袋
でございますね、いや、困らずとも、甲府についたら開けよ、われはそなたの
軍師なり、とでもいうように重々しくお船はうなずく。
25 :
日曜8時の名無しさん:2009/05/18(月) 21:39:31 ID:bW8ahmsK
第十六話「新府城」(続き)
信濃に入った兼続。前回、来たのは長篠の戦いのころであったので、六年ぶり
のことになる。しかし、どうも様子がおかしい。先入観があるせいかと最初は
思ったが、歴然とおかしい。同盟国の使者なのに、受け入れ態勢がなってない。
やたらと関所が多く、物乞いがまとわりついてくる、田畑も荒れ果てている。
無人の村もある。その先の峠には、山賊がおるので、と道を変えさせられるこ
ともある。途中の、城でも、まったく戦意を感じられない弛緩した軍兵の姿を
見る。どうなっているのじゃ、不安になる兼続。
甲府に着くと、すぐに勝頼に面会が許された。北条との和睦のめどがたったぞ。
駿河・戸倉城城主の松田新六郎なるものが、われらに服属を申し出てきた。こ
やつは、北条の家老・松田憲秀の息子じゃ、われらの攻勢に辟易した北条が、
和睦の道を探るための橋渡しとして、こやつを服属させてきたのじゃ。と、勝
頼、さらに上野・膳城攻めの話をする。鎧を脱いで休息しているときに、北条
のものが打ってでたので、われらは鎧もつけず、迎え撃ち、ついには城を落し
たのじゃ。黄瀬での戦いでも、数倍の敵を前に、われらは怯まなかった。自慢
話をする勝頼。年初から、突貫工事で急がせた、新府城も落成した。背後の安
全を確保し、敵を迎え撃つ態勢も整った。ここで、われらは信長との和睦交渉
に、はじめて臨むことができるのじゃ、御坊丸を信長のもとに送り返し、和睦
の道を探ることにした。兼続、こんなお方だったろうか、新府城は、甲府にく
るとき、見かけたが、いまだ完成途上で、矢倉さえできてないように見えたが、
新府城はいつ完成するのですか、あたりさわりのないことを聞く。新府城の縄
張りは、そなたも旧知の真田昌幸に命じておる、用材は木曾に申しつけた。来
春には、完成するのでは、なかろうか。その松田という男も、武田の内情を探
るためだけの、偽りの服属ではないのですか、とさすがに聞けず、勝頼の前を
下がる。気持ちが暗くなった兼続、錦の袋を思い出す。ああ、このような時こ
そ、と、わらをもすがる思いで、袋をあけた、兼続、中身を見て、ばったり倒
れる。それには、われわに土産をこうてまいれ、と書いてあった。
26 :
日曜8時の名無しさん:2009/05/18(月) 22:02:22 ID:bW8ahmsK
第十六話「新府城」(続き)
さらに手紙には、そなた自身が、わらわにふさわしいものを探してこい
と書いてあった。ちょっと、頭にきたけれど、景勝様に言われたことも
あるし、翌日、甲府の市で、土産をさがす、とんだ軍師がいたものよ、
これでは、たちの悪いかぐや姫じゃ、と毒づきながら。しかし、店をめ
ぐると、みな上の空。よくよく、話を聞くと、商人・細工人もみな新府
城に移るよう命令があり、みな勝頼の施政に対する不安が募っているこ
とがありありと分かる。六十年も経営してきた甲府を捨て、移るとは、
いかなる料簡じゃ、武田も終わりじゃ、あれは清盛入道の福原じゃ、民
の怨嗟の声を聞く兼続。ああ、私が間違っておりました、お船殿には、
深いお考えがあったのですね、とちょっと反省するが、いや、これはけ
がの功名じゃ、と気持ちを立て直す。結局、銀細工のかんざしを求めた。
甲府から出立しようとすると、昌幸から、高遠でお待ちすると、使者が
来る。韮崎を通るとき、また新府城を見る。突貫工事のせいか、石垣は
ない。決戦用の大城塞、と聞いておったが、まだまだ完成途上、兼続の
眼には、虚勢をはる勝頼の姿と、二重写しに映る。
27 :
日曜8時の名無しさん:2009/05/18(月) 23:01:33 ID:bW8ahmsK
第十七話「高遠」
高遠は、菊姫様いうところの高遠の兄、仁科五郎盛信の居城。兼続、高
遠に来て初めて、戦意みなぎる軍兵を見る。安心する兼続、やはり高遠
は要の城、精鋭を置いてあるのですね、と盛信に言う。この城の前の城
主は、秋山信友じゃ、秋山が率いて岩村に入った伊那衆は、秋山が殺さ
れたあと、岩村でみなごろしにされた。焼き殺されたのじゃ。このもの
たちは、その係累じゃ、いかに、信長が調略しようとも、われらには通
じん、二度もだまされるほど、おろかではない、と静かに盛信は言う。
遅れて、昌幸も到着した。盛信、真田も、木曾と韮崎と行ったり来たり、
御苦労じゃな、たいへんでござりました。しかし、これで、われらの防
衛体制も、整いました。おそらく、敵は駿河口から、進攻してくるので
ありましょう。駿河口には、穴山様、木曾口には、木曽様、伊那口には
下條様、ご一門衆が固めておられます。これで、不敗の体制が整いまし
た、昌幸までが虚勢をはるのが、といぶかる兼続、いったい、どんな魂
胆か。探ろうとする。
三人で、酒を飲むことになった。真田は、信玄公の幕僚。直江殿も、謙
信公のおそばにつかえておったと聞いておるが、そなたたち、今の武田
をどう見る。信玄公は、戦に明け暮れた生涯じゃったが、その一方で、
釜無川に堤防を作られたり、法度をお定めになられたり、民の暮らしに
も力を注がれたお方じゃった。謙信公も、民の暮らしには、気を配られ
ており、甲斐に対する塩止めには、協力されなんだ。その、お二方が今
の武田の有様を見たら、なんというかの。固まる、二人。さらに、盛信
は言う。籠城戦というても、後方を攪乱する遊撃戦が不可欠じゃ。信玄
公も、謙信公も小田原を攻めたが、落せなんだは、補給部隊を、北条の
遊撃隊に攻撃されたからと、聞いておる。北条は、治世正しく、民に信
頼されておったから、遊撃戦をすることができたのではないか。お二方
の攻撃をしのげたのではないか?もし、今織田の大軍が、武田に入って
きたら、民は、圧政からの解放者と思い、協力するのではないか、われ
らが遊撃戦を展開する余地はあるのじゃろうか。
勝頼公の苦悩、努力、わしはものの役にたたん弟じゃが、よく理解しておる
つもりじゃ、そしてもし戦になれば、信玄公の息子として、戦い死ぬつ
もりじゃ。しかし、民の立場から、それは正しいことかのう。わしは、
伊那衆を統率するものとして、美濃に攻め込み、岩村城の復讐戦をした
いと思い、美濃に細作を派遣し、織田の内情を探っておった。信長は、
残酷な男じゃが、その治世にはみるべきものがあるようじゃ、関所はな
く、物資の流通はさかんで、岐阜には大きな市場があるという。法度が
厳しいせいか、治安もよく、商人が軒先で寝ていても安全じゃそうじゃ。
今の武田と比べてみよ。わしは、世の中が大きく変わり始めていると、
思う。長い戦乱の時代が終わろうとしているのではないか、と平和を願
う民の希望が、信長の天下一統を後押ししているのではないかと。
われらは、武門の意地で、最後まで戦うが、それは正しいことじゃろう
か?
乙
しかしこうしてみると、粗末がいかに重要な・美味しい史実イベントをスルーして、
どうでもよくくだらない汚染やら上田衆やらの描写ばかりしているかというのが嫌でも判るな
本来なら史実を追っかけるだけでも、相当ドラマチックで面白い話になるはずなのに
>>26のくだりが何気に好き。
こういうセンスが、髪の毛ほどでも今の脚本にあったらなあ。
30 :
日曜8時の名無しさん:2009/05/20(水) 22:54:54 ID:jd1A+rUR
第十七話「高遠」(続き)
盛信の話の意味も意図も、わからぬ兼続、内心ひどく動揺する。ちらっと昌幸
を見る。昌幸も、目を丸くしている。二人の当惑に、気づいた盛信、わしは昔
から、筋道立てた話が下手じゃ、とだまる。昌幸が、話をひきとる、御舎弟様
のいわれるように、民への重圧は、もはや黙視できないほどでございます。わ
が領内でも、餓死者が出ております。実は、今回甲府に行くのも、木曾に泣き
つかれたからです。木曾では、勝頼公に対する反発が募っております。なぜ、
木曾だけいじめられるのじゃ、先年、岩村城の秋山救援を命じられたが、国境
警備のお役目がおろそかになっては、本末転倒と、断ったことへの意趣返し、
という者さえおります。木曾にとって、材木は宝物じゃからのう、しかし、木
曾は、国境警備のため、これまで軍役も課せられず、優遇されておったから、
無理を承知で勝頼公は頼んだのではないかえ、と盛信。木曾は、他の郡がどれ
ほどひどいことになっているのか、わからないのでしょう、と昌幸。
ところで、御舎弟様、信長の天下一統を平和を願う民の希望が後押ししている
とは、いかなる意味でございますか?わしは、細作どもの報告を聞いて、新し
い時代が始まっているのを感じたのじゃ。考えてもみよ、信長の勢力が、どれ
ほど強大になったか、ほんの数年の間にじゃ。信長自身の才覚もあろうが、わ
しは大きな力が働いているとしか思えん。それが、平和を願う民の希望と、い
われるわけですか。そして、信長が日本を一統すると、そうじゃ、もはや、日
本国中見回しても、信長に勝てるものはおるまい。ほれ、直江殿も御承知じゃ
ろうが、北陸に派遣されている柴田の軍だけでも上杉家の戦力を上回るじゃろ
う、そのような軍勢がいくつある。美濃には信忠、これはわしの相手じゃ、東
海には徳川、中国には羽柴、他にも明智、丹羽など、どれをとっても強力な軍
勢じゃ。これらの軍勢を二つ三つと投入されたら、数万の大軍となる、勝ち目
はあるまい。しかも、信長は、外交にも長けており、われらを滅ぼすために、
北条を使い、北条を滅ぼすために佐竹・伊達などを使うじゃろう。処置なしじ
ゃ。われらは、もはや蟷螂の斧にすぎん。勝負のわかった戦に、餓死者が出る
ほど民に負担をかけることは、ほんとうに正しいことなのか、とわしは思う。
しかし、思うだけじゃ。わしは戦って死ぬだけじゃ。
ここで兼続、勝頼に聞いた北条との和睦の話を聞いてみる、北条は、両天秤か
けているのじゃろう、武田が強大と思えば、武田との盟約を復活させるじゃろ
うし、そうでなければ、信長と一緒に攻め込んでくるじゃろ、北条は、小田原
という不落の城塞におるせいか、すべてに温いところがある、諜報もそうじゃ、
武田を買い被っておるのよ、勝頼公の連年の関東への出撃も、その意味では、
わしは無駄ではないと思いたい。新府城もそうじゃ、これで、みなが武田の力
を買い被ったまま、時間がすぎれば、民力も回復してくるじゃろう、それが最
後の望みじゃ、と昌幸。
では、御坊丸を送り返して、和睦の糸口にするというのは、とさらに兼続は聞
く。信長はよろこぶじゃろうが、それだけじゃ。要は、武田の力を、信長がど
う測るかじゃ。武田の領内が乱れておるのは、あやつも承知しておろう。あや
つのことじゃ、勝頼公がわびをいれてきた、降参するつもりじゃ、とさらに辛
辣な噂を流して、調略に使うじゃろう、わしは、いまほど越後がうらやましい
と思ったことがないぞ、国境を封鎖するくらいの大雪が駿河口でも降ってくれ
んかのう、
31 :
日曜8時の名無しさん:2009/05/21(木) 22:23:14 ID:4MPkUhGN
第十七話「高遠」
話せば話すほど、暗くなる三人。酒もどんどんまずくなる。そこに、兄上と鈴
のなるような声が、わらわも直江様にお話しとうございます。と、清げな美女
が現れる。これぞ、対織田外交、武田の最後の切り札、松姫様、兼続も、思わ
ず見とれる。お菊が元気そうで、みなさまにも可愛がっていただいているよう
で安心しました。特に、お船様には、大変よくしただいているようで、お菊は、
姉様のようなお方じゃ、と手紙に書いてありました。今度、そなたは、お船様
の婿になられたそうじゃな、これからもよろしくお願いいたしますぞ。と、い
う。兼続、なぜか、前後左右を一瞥し、天井を見上げるという、不審な行動を
する。驚く三人。いや、織田の間者の気配が、と、その場を取り繕う兼続。
この松姫様が、晩年、慈しんだ少年がやがて、上杉家を滅亡から救うことにな
るが、それははるか未来の別のお話。
松姫様が下がった後、盛信も、真田は直江殿に話があるのじゃろ、わしも外す
と部屋を出る。で、話とは、もし、万が一じゃが、新府城が落ちた後、われら
は、ここでも戦うが、最終的には、上野・岩櫃城へ、勝頼公をお迎えするつも
りじゃ、そこで最後まで戦う、その時には、できる範囲でよいから、後援を頼
みたいのじゃ、勝頼公は、われらにとって大恩人というべきお方、かならずお
助けいたします。と兼続。しかし、昌幸殿も忠義者じゃのう、そこまで、お考
えとは。わしを買い被ってはいかん、わしの心の中は複雑じゃ。信玄公・勝頼
公、二代にわたってわしを重用して下された武田への忠義の気持は誰にも負け
ないくらいある、しかし一方で、父・幸隆が苦労して取り戻した、わが領地・
領民を、まもり伝えていかねばならぬという気持ちも、強いのじゃ。わしは、
気楽な三男坊じゃったし、若い時分は、そんなこと考えたこともなかった、し
かし長篠で兄者たちが亡くなられたので、家督を継ぐことになって以来、真田
の家を、どうやって、まもり伝えていこうか、苦心しておる。では、そなたに
も信長の調略の手が、のびているのか、ちょっと厳しくなった兼続の口調。
うすら笑いを浮かべて、答えない昌幸。そなた、岩櫃城の話は、偽りか?いや、
勝頼公が来てくだされば、最後まで戦うつもりじゃ、四の五のはない。来てく
だされば、ということは、来ないかもしれない、ということか、万事隙きなき
男、兼続、緻密な議論は得意中の得意である。実は、高天神城陥落以後、外様
衆の気持ちが、武田から離れておる、そのせいか、勝頼公側近も、外様衆を信
用しておらん、法外な話じゃろ、勝頼公自体、諏訪の血をひくお方なのに、わ
しもそのせいか、最後の最後には裏切ると思われているのかも知れん、と寂し
そうにいう、それにのう、これは、そなただけにいうのじゃが、わしは自分の
才が惜しい、実はわしは戦争の天才じゃ、城を作らせても、駆け引きでも、調
略でもだれにも負けんつもりじゃ、このまま、天下に名を挙げることなく死に
たくない、わしは信玄公に、昌幸はわが目じゃ、といわれた男じゃぞ、ああ、
信玄公が、あんなに早く亡くならなければ、信長などは、討ち果たしていたろ
うに、昌幸、かなり酔いがまわったようである。
そなたに、初めて会ったとき、長篠の直後じゃったが、謙信公の義について、
そなたに豊かな国に育ったもののおごりじゃ、というたが、覚えておるか?
今日、それに付け加える、義とか誇りとか、そういうりっぱなことは、謙信公
とか信玄公とか、天下を争う力のあるお方のみがいえることじゃ。力なきもの
は、はいつくばって、いいなりになって、いくしかない。そなた、知っておる
か、徳川家康のことを、信玄公も、海道一の弓取り、とほめられたほどの、敵
ながらあっぱれな男じゃが、信長に、長男と妻を、殺せと命令され、殺してお
る。徳川の家をまもり伝えていくためじゃ、血を吐くような思いじゃったろう
と思う。じゃから、自分の家をまもり伝えていくためにと思うて、わしは信長
の調略に、だまされるものがおっても、それは仕方ないとも、思うのじゃ。
これが、わしのそなたへの答えじゃ、さらに言えば、名門であればあるほど、
家をまもり伝えたいと思うものじゃ、わしなぞ、実は、ご一門衆がそういう意
味で一番危ないと、思うのは、外様衆のひがみかの。
高遠の夜は、長くなりそうである。
32 :
日曜8時の名無しさん:2009/05/21(木) 22:43:40 ID:GmMqRm/n
面白いから出版してくれ。
小松のキャリアもそこで終わるだろ。
思わず呼吸を忘れるほどの勢いで、夢中で読んだ。
当初、お船の登場場面はやっぱラブコメのりになるのか…と思ったが
あらためて読むとそんなことないね。いいよ。
>>32 同意。
タイトルは、
小松脚本じゃなきゃよかった「天地人」版
じゃなく、これぞまさに
「Z風林火山」
ってことで。
こんな脚本だったら役者さんも演じがいがあるんだろうな
続き楽しみにしています!
36 :
日曜8時の名無しさん:2009/05/24(日) 17:55:34 ID:rMVAJfdr
第十八話「天目山」
春日山に帰った兼続、さっそく重臣会議で、報告する。武田自体の力が落ちて
いる。家中の結束も乱れているし、領民の動向も不穏である。この状況では、
信長との和睦はおろか、北条との和睦も期待できない、武田が滅んで、南から
攻められることも考慮しなければならない、と言うが、重臣たちが反発する。
上条が反論する、信長は、徳川を先鋒にして駿河口から進攻してくるじゃろう
が、駿河の主将は、穴山信君殿じゃ、ご一門衆筆頭の穴山殿が、最前線で戦う
ことになったら、一門衆の結束も強まるじゃろう、まるで自分が戦うようなこ
とを言う上条。駿河には、北条との戦いで名を挙げた高坂源三郎などの精鋭が
おる。戦さはやってみないとわからん、戦場の経験の少ないそなたにはわから
んことじゃ、面と向かって言われ、あっけにとられる兼続。
景勝と二人だけになった兼続。私の説明に問題があったのでしょうか?いや、
そうではない。納得できないのじゃ、武田の強さを一番骨身にしみて知ってい
るのは、われらじゃ。あのものどもはみな、実際に戦って武田にひどいめにあ
わされておる。だから、あんなことをいうのじゃ。しかし、思った以上に深刻
じゃな。万一のときは、われらも信濃に兵をいれることを考えねばならぬな。
私も、予想以上で驚きました。さらに兼続、勝頼の話、盛信の話、昌幸の話を
する。聞き終わった景勝、民あっての国なのに、民が餓死するほど難儀をかけ
てまで戦うことは正しいか、盛信殿には、教えられるのう、難しいのう、信長
の天下統一が加速しているのは、戦さに倦んだ民の平和への希望が後押しして
いる、ううむ、しばらく黙る景勝、それに強かろうと弱かろうと、謙信の家は
義を貫かねばならん、ううん、景勝、ちょっと疲れたような顔を見せ、これは、
われら二人の生涯の宿題としよう、謙信公の教えを頼りにしていけば、きっと、
答えがみつかるじゃろ、もっとも生きておればの話じゃが、景勝様は、やはり
自分に一番近いお方じゃな、考えがぴったりあっておると、内心うれしい兼続。
大儀であった、お船にもあって参れ。
オ、お船、小さな錦の袋のことを思い出した兼続、今日こそは、はっきり言っ
てやろうと気合いをいれていく。やはり、お船は家老部屋にいた。兼続、勇気
を出してお船に言う、なんですか、あの錦の袋は、字も間違えておりましたぞ
(ナイス、by筆者)それに、なぜ、お船殿は、この部屋におられるのですか?
お船、少しもひるまず、いや、わらわの策は、そなたの役に立ったはずじゃ、
と、まっすぐ視線を向けてくる、そういえば、役に立たないこともなかったと、
視線をそらす兼続、さらにたたみかけるお船、なぜ、わらわがこの部屋におる
か、お家の大事のとき、直江に婿入りして日も浅い、そなたが一日も早く、な
じんで、直江の家をりっぱに統率していくようにするためじゃ、なんか文句あ
るか、といわんばかりのお船、いつものペースになってきた、いや、裏方の差
配など、お仕事があるのでは、かまわん、菊姫様にお願いして許していただい
ておる、わらわも兼続殿をお助けしたいというてのう、それで、土産物は、銀
細工の髪飾りを渡す兼続、見たお船、わらわは、餅のほうがよかったのう、ほ
れ、信玄公が西上作戦の前に食されて元気になったとかいう、なんとか餅、と
言って、髪飾りを床に放った。ああ、米ぬか三升あれば、婿養子になってはな
らない、という古人の言葉はまことじゃ、心の中で暗涙にむせぶ兼続。ところ
で、首尾はいかが、先ほどの重臣会議が納得できない兼続、あらましを説明す
る。うむ、それは諜報を扱うものの宿命じゃ、実は、わらわは子供のころから
この部屋に入り浸っておった、母上がお裏方の差配に忙しく、それにわらわは
父上のお気に入りじゃったから、それに、いろいろな報告を読むのは、楽しい、
わらわは、諜報戦にたけておるぞ、これからも頼りにいたせ、気合いをいれて
きたはずが、返り討ちにあう。
翌日、菊姫様に、武田の人々からの手紙・贈り物を届けに参上すると、菊姫、
ほんにそなたは見上げた男じゃのう、旅先でもお船のことを忘れず、お土産を
こうてきたとか、お船も、思いがけないことで、大変うれしい、と申しておっ
た、わらわもうらやましく思いましたぞ、と言われる。もう、何がなんだか、
わからない兼続。
Yahoo!の天地人「みんなの感想」で、5ツ星を連発して荒らす
babymini78は韓国人。
http://www.kankoku.com/jobInfo/19749/page/7 >こんにちは!朴 宣整(パク・ソンジョン)といいます。
>私はソウル出身で、日本に留学し、日本人の夫と結婚、夫と2人の娘と
>愛知県豊橋市で暮らしています。
>とにかく明るい性格で、人と話すのが大好きです!韓国語に興味のある方、
>一緒に楽しくレッスンしましょう!
>>34 6月からは、天地人の第二部です。
脚本家は入れ替えてます。
と言うのがいいね。
39 :
日曜8時の名無しさん:2009/05/24(日) 22:34:35 ID:rMVAJfdr
第十八話「天目山」(続き)
武田領への進攻作戦のため、信長が三河・牧野城へ兵糧を入れていると
いう報告が、届く。その直後、勝頼が、甲府より新府城に移ったとの報
告。気になるのは、甲府に屋敷を残したままのものが、一門衆にいるこ
と、ですね。誰じゃ、上杉の家老部屋、兼続が質問する前に聞くお船、
穴山殿、一条殿、信豊殿など、重鎮ばかりじゃのう。
重臣会議、ここまでこじれるとは、おもわなかったぞ、あの男も、上杉
の現状が、わかっておるはずなのに、新潟津も占拠されたままになって
おる、いつまで、放っておくのですか、いや、あやつには揚北衆の同情
があるからのう、へたに手出しすれば、揚北衆全体と戦う内乱になるか
らのう、最近の重臣会議の頭の痛い話題は、新発田重家への対策。御館
の乱で、大功を挙げたにかかわらず、何の恩賞にもあずからなかった重
家は、不満を強め、新潟津を占拠、独立の意を示していた、そこに報告、
新発田重家、信長に通じていることを明らかにしました、なんと、では、
蘆名や、伊達ともつながっておるのじゃろうか。敵・味方の区別を、は
っきりせねばならぬな、すぐにも出陣じゃ、と景勝。雪が溶ければ、越
中での柴田の進攻作戦もはじまるじゃろう、それまでに、何としても、
解決せねば、ならぬ。東西から、はさみうちにされることになる。
上杉家が、新発田への対策に忙殺されているときに、武田領内で謀反が
起こったとの報が届く。木曽義康、謀反、勝頼公、討伐のため諏訪まで
ご出陣。第二報、木曾、信忠軍を引き入れた模様。かつて、信長直率の
最精鋭部隊の侵攻を撃退したこともある、天然の要塞、木曾が信長軍の
手に、予想もしない事態に驚く、重臣一同。木曾は、勝頼公の姉婿じゃ
ろ、人質も出しておるはずなのに。兼続、昌幸の話を思い出す。
武田領内に潜伏させてある細作よりの報告が、届くが、木曾口、伊那口
から進攻してきた信忠軍の進撃が速い。飯田城、大島城と、次々と攻略
していく。これは、作戦じゃなかろうか、と重臣の狩野秀治が言い出す。
昔、わが旧主、尼子晴久公が、元就を攻めて、敗れたのち、大内の大軍
を、月山富田城まで、引き寄せて、打ち破ったことがございました。勝
頼公も、同じ作戦ではありますまいか?そうじゃ、そうじゃ、きっと、
そうに違いない、そうとしか思えない、武田のありさま。全軍瓦解じゃ
な、と、つぶやく景勝。ともかく、援軍を出す、勝頼公より、援軍要請
も来ておる、上条殿、指揮をお願いいたす。わしは、新発田攻めに出陣
する。兼続は、留守を任される。
家老の部屋に、続々届く報告。駿河・江尻城城主穴山殿、徳川に降伏し
た模様。何と、高坂源五郎殿は、いかがしたのじゃ。高坂弾正の次男の
ことを気にする兼続。沼津城を捨て、甲斐にひきあげたとのこと、その
後は不明。なんと、駿河口が開いたぞ。関東口より、北条、飛騨口より、
金森も進攻を開始しております。毎日、届く報告は、状況の悪化を物語
るものばかり。そして、ついに高遠城落城の知らせが、届く。信忠の降
伏勧告を退け、徹底的に戦い、盛信は切腹したとのこと。わずか、一日
で落ちるとはのう。松姫様の消息は、お船が尋ねる、そうじゃ、と兼続。
甲斐に向われたとのこと、なんとしても探し出して、保護せよ。盛信に、
あったことを昨日のことのように思い出す兼続、この世からいなくなっ
たことが信じられない。
仁科五郎
盛信様、お腹を召された
勝頼公より、援軍
要請がきております、千でも二千でもよい、ともかく速さが大事じゃ、
なんだこの3次創作スレ
41 :
日曜8時の名無しさん:2009/05/26(火) 19:16:40 ID:R9kQyuvr
第十八話「天目山」(続き)
お船、わらわは菊姫様に報告してまいる。しばらく、こちらには、顔をだせま
いぞ。兼続殿、しっかり、お城を守るのじゃ。木曽の謀反の報を、聞いて以来、
菊姫は、余人をよせつけず、仏間にこもって、寝食を忘れて一心不乱にお祈り
している。奥方様、振り向いた顔は青白く、凶報をもたらすのではないかと、
眼にはおびえの色が、お船、顔を見ないで、高遠城が陥落しました、仁科五郎
盛信様、奮戦した後、りっぱにお腹を召されたと、報告が入っております。で
も、といいかけて、お船、菊姫に、走り寄る、菊姫は、気を失ったのだ、なん
と、ほそい肩、うすい胸、このままでは、お命を縮めることになる、医者を呼
べ、そっとじゃぞ、このままお休みしていただくのじゃ。わらわは、当分ここ
を離れぬ、そなたたちも交代でつめよ、と侍女に命じる。
感動して泣けて来ました!
何かわからないけど、頭の中にBGMも鳴っている。
頑張って書いて下さい。
43 :
日曜8時の名無しさん:2009/05/26(火) 23:04:56 ID:R9kQyuvr
第十八話「天目山」(続き)
諏訪に陣をはっていた勝頼のところにも、穴山信君の離反の報が届く。すると、
一門衆や部将たちが、続々兵を率いて離脱していく。二万の軍勢が、八千にな
る。離脱は続き、新府城まで、撤退したときには千をきる。未完成の新府城、
千足らずの兵では、守ることもできない。そこに、高遠城陥落の報が届く。
深刻な軍議が始まった。
どうしてこうなったのじゃ、なぜじゃ、勝頼、やはりあの日のことを考える。
御館様、兵をひかれよ、これは罠じゃ、見えませぬか、あの柵が、口々に訴え
る部将たち、山県の顔が、馬場の顔が浮かぶ、どうして、わしはあの時、突撃
を命じたのじゃろう、わしは、信長が出陣してきたので、待ちに待った決戦の
機会がめぐってきたと、逸っておった、信長の謀略にもうすうす気が付いてい
た、しかし、部将たちの目に、やはり、このお方は信玄公ではない、という嘲
りの色を見たような気がしたとき、信玄公を超えるために、ここで、信長をう
ち破らなければならないと、思うたのじゃ、やれるとも思うた、しかし、なぜ、
わしは、皆の諫言をきかなかったのじゃろうか、驕っておったのか、気負って
おったのか、あんな子供だましのような策に乗せられて、信玄公、秘蔵の名将、
勇将をことごとく討ち死にさせてしもうた、歴戦の兵士どももじゃ、なぜじゃ、
なぜわしは、みなの諫言を聞かなかったのじゃ。あの時、武田の命運が尽きた
のじゃろうか、今日の結果も、わしのあの日の軽はずみな命令のせいなのか。
わしは側室の生れ、義信様がおられたので、武田の部将として、信繁様のよう
に義信様をお助けするのが、わしの務めじゃと、思うて、育った。義信様が、
信玄公の駿河進攻作戦に、反対され、幽閉され、自殺に追い込まれたとき、
わしの運命が変わった。義信様は、信玄公に反対することで、信玄公をのりこ
えようとされたのかも知れん、わしは、信玄公の教えを従順に守っていくこと
しか、思っておらなんだ。しかし、あの時、山県や馬場の目を見たとき、信玄
公を、超えるのは、ここしかないと思うたのじゃ。しかし、どうして、わしは
あんな、命令を。どうして、どうして、長篠以来、自分を責め続けてきた勝頼。
軍議は、新府城を放棄し、小山田信茂の岩殿城に撤退することに決まった。
新府城には、一門衆・部将たちから、差し出されていた人質がいたが、それを
閉じ込め、火を放つ。女子供の、熱い、助けて、と泣き叫ぶ声を、聞きながら
出発する。みな、最愛の子を犠牲にしてまで、わしを裏切るのか。勝頼、自分
の気力が、萎えてくるのがわかる。諏訪大社を焼き払った、信忠軍が、追って
くる。七百に減った兵から、離脱者があいつぐ。甲府を過ぎて、笹子峠まで、
来たところで、受け入れのためと、先に岩殿城に向かった小山田信茂の裏切り
に気づく。小山田の人質の老母がいつのまにか、いなくなったいた。従うもの
は百をきる。恩賞目当ての、土民、武田の兵だったものが、殺到してくる。
一行は、天目山に逃げる途中、包囲される。そして、信忠軍が、迫ってくる。
う〜ん、凄いなあ
安部龍太郎の「信長燃ゆ」の武田滅亡にも劣らない出来だ
ひょっとしてプロの作家かライターの方ですか?
私はここに来て、荒んだ心を癒やします。
そして天地人の放送に備えます。
このスレが天地人放送よりも、心に響いて来るのは何故か分かりません。
46 :
日曜8時の名無しさん:2009/05/28(木) 23:28:57 ID:dege7MQd
第十八話「天目山」(続き)
そのころ、上条の率いる上杉の援軍も、信濃に入り南下していた。もとより、
勝頼を助けることが第一義ではあるが、それがかなわない場合、北信の旧武田
家臣を糾合し、緩衝地帯を作り出したいとの思惑もあったが、みな浮足立って、
争って信長軍に投降しているありさま。頼みの真田も態度がはっきりしない、
どうもうまくないのう、やはりあやつを連れてくるべきじゃったかのう、あや
つは真田とも旧知の間柄じゃし、上条、兼続が景勝の寵臣であり、家老にする
ほど信頼していることを承知しているが、小姓あがりの使い走り程度にしか思
えないので、つい、口に出す。ともかく、情報を集めよ。まさかと思うが信長
の本隊が、北上してきたらことじゃ。われらは、長沼に陣をはる。
その上条のところに、勝頼公、甲斐の田野で討死。首級は、信長のもとに送ら
れ、飯田にさらされた、との報告が来る。なんと、春日山に急使をたてよ。
一方、春日山の兼続のところにも、越中・富山城陥落の報が、届いていた。上
条の使者を受けた、兼続、景勝に春日山への帰還を要請する。帰還した景勝、
重臣会議を開く。新発田重家への手当じゃが、本庄・蓼沼などに命じておいた。
あやつらに、任せるしかない。それで、信長の動向は、どうなっているのじゃ。
信長は、明智などを率いて、甲府にはいった模様。この後、どうするのじゃろ
う、本隊はまったくの無傷じゃ。武田を滅ぼした勢いのまま、北上してくるか
もしれん。少なく見積もっても四、五万にはなろう。越中の柴田軍の進攻も、
心配じゃが。東西に敵をかかえ、春日山をうごけず、南の信長の動向を注視し
ながら、息をひそめる日々が続く。
景勝、菊姫を見舞う。菊姫は、あれ以来、ずっと寝込んでおり、毎日泣いてい
たと、お船より報告を受ける、しかし、会ってみれば、思ったより元気そうに
見えた。景勝、慰めの言葉がみつからず、言うても詮なきことじゃと思いなが
ら、どうして勝頼公は、上野・岩櫃城へ、お越しにならなかったのじゃろう、
真田も待っていたろうし、われらも助力する手筈も整えていたのに、という。
すると、菊姫、甲斐源氏の棟梁が他国で死ぬわけにもまいりますまい、それに、
まだ二十歳にもならない奥方様を、北条にお返しするために、勝頼公は、東に
向われたのでは、ありますまいか、と言う。菊姫の目から、涙が、後から後か
ら、こぼれてくる。それを、見た景勝、かたきは必ずとってやる、と言えない
自分の非力がうらめしい。
47 :
日曜8時の名無しさん:2009/05/29(金) 23:21:09 ID:0OalUQoz
第十九話「魚津城」
戦乱が収まったので、武田領内に、はりめぐらしている諜報網の、滞っていた
報告が続々届く。整理され、重臣会議で報告される。
武田四郎勝頼公、武田太郎信勝公、甲斐天目山近くの田野というところで討死。
北の方様もご自害、土屋惣蔵、安部勝宝なども討ち死。典厩信豊殿、小諸で、
殺される。逍遥軒信廉殿、府中立石で殺される。長坂釣閑、一条殿御館で殺さ
れる。小山田信茂、甲府で殺される。山県原四郎も殺される。…
武田家の一門衆・重臣・部将たちの最期が、淡々と読み上げられる。根こそぎ
じゃな、仮病を使って抗戦しなかったもの、勝頼公を裏切ったものも、殺され
ておるのう。さらに、信長軍は、地下の者に、武田の名のあるものの首を持っ
てきたら、黄金を下すと、布告し、残党狩りを強化している模様であります。
重臣一同、声も出ない。明日は、我が身か、と、ひとりひとり思い沈む。兼続、
気になって、ちら、と景勝の顔を見る。意外なことに、景勝は、ほっとしたよ
うな顔をしており、機嫌はよいようだ。
家老部屋にもどった兼続、気になって、毎日、松姫の消息を聞きに来る、お船
に尋ねる。なぜでしょう、そなたも、まだまだじゃのう。景勝公が、一番恐れ
ていることは、何かおわかりか、信長の調略によって、家中がばらばらにされ、
ろくに戦えずに、滅ぼされることじゃ、ちょうど、勝頼公のようにな。景勝公
は、滅びることを恐れているのではない、りっぱに戦えず、謙信の家の武勇を
傷つけることを恐れているのじゃ、今回の武田崩れ、われらにとって痛恨の極
みじゃが、すべて、悪いというわけではない。今回、はっきりしたことは、信
長の調略に乗っても、命を永らえることのできるやつは、ほとんどおらんとい
うことじゃ。助けられているのは、木曾や穴山など、実際に信長の役にたった
奴と、真田など、これから役にたつとおもわれた奴だけじゃ。他のものは、た
いてい殺されておる。これでは、上杉家中で、これから裏切ろうと思っていた
輩も、二の足を踏むことであろうよ。つまり、信長の調略の底が割れたという
ことですか。そうじゃ、これを見よ、とお船、資料を取り出す、それには、能
登や越中の国人領主が、本領安堵のお礼をせよ、と、信長に安土に呼び出され
て、殺されている顛末が書かれていた。わらわは、みながなぜ信長にだまされ
るか、わからんかった、同じことが繰り返されているのに、じゃが、今回の武
田の有様を見て、みな、わかったであろう。面妖な田舎芝居も、これで打ち止
めじゃ。ははー、納得しました、信長の調略には、危なくてのれないから、上
杉の家の結束がたもてる、というわけですね。そうじゃ、そなたは、景勝公の
分身のようなものじゃが、立場が違うので、景勝公には、すぐわかることでも、
そなたには、わからんこともある、注意するのじゃ、説教をくらう兼続。
ところで、松姫様の消息はどうなっておるのじゃ、早く、無事を確認して、菊
姫様に、ご報告したい、今のわれらに出来る、たったひとつのことじゃ、秩父
の山にでも、御隠れなのか、北条に保護されておるのか、人を派遣して、探し
ております、今、しばらく、お待ちください。
お船が、もどる。兼続、上杉家の結束が一番大事なことじゃ、と独り言。
48 :
日曜8時の名無しさん:2009/05/30(土) 11:32:28 ID:yYqj0Prv
ここに書いてもいずれ消えちゃうから立花スレみたいにブログに書いた方がいいんじゃね?
まずこの調子でプロットを書いていってもらって
あとでサイトで仕上げてもらえるとうれしな
自分はローカルに全部保存してるぞw
51 :
日曜8時の名無しさん:2009/06/02(火) 23:23:38 ID:7LkhUuv+
第十九話「魚津城」(続き)
信長の本陣、南下し徳川領に入った模様、ホッする重臣会議。続いて、武田領
の知行割も報告される。穴山は、本領安堵、木曾は、二郡加増。滝川一益に、
上野と信州二郡。河尻秀隆に、甲斐。徳川家康に、駿河。森長可に、信州四郡。
上条軍は、この森長可に敗れ、長沼城を失い、後退中。信長の親征がなくなっ
ても、絶体絶命であることには、かわりないのう。御館の乱と、同じでござい
ます、あの時も、上野から北条、信濃から武田が、攻め込んできて、われらは
絶体絶命でありましたが、危機を乗り越えることができました。今度も、われ
らが結束してあたれば、大丈夫でありましょう。兼続が、みなを励ます。そう
じゃ、われらには、謙信公の御霊がついておる。主従、そらぞらしいと思いな
がら、調子をあわせる。
作戦会議、当面の敵は、上野の滝川、北信濃の森、それに越中の柴田じゃ。柴
田に包囲された魚津城より、後詰の軍を出してほしいとの要請がきておる。し
かし、出陣すれば、森に春日山を攻められる危険性があるのでは、滝川も、坂
戸城を攻めるつもりじゃろう。春日山と坂戸を、奪われれば、われらは、根元
を切られたようなものじゃ、危険すぎる、このまま、春日山で待機するべきじ
ゃ、それでは、魚津城は、落ちますぞ、それに、われらが、出陣するというて
も、新発田へ手当、春日山、坂戸の防衛のため、兵を残さねばならん、せいぜ
い、四五千しか、つれていけん、これでは、一万五千の柴田軍を、破って、魚
津城を救出することは、難しい、やはり、動くべきではない、武田のように謀
反が広がる可能性もある、ちょっとしたことが、大事になるやもしれん、ここ
は慎重に、重臣会議の大勢は、春日山での待機に決まりかけた、しかし、兼続、
強硬に出陣を主張する、たしかに、柴田軍は、われらより、人数も多く、装備
も優秀でありましょう、さらに、森、滝川に、春日山、坂戸を攻撃される恐れ
もあります、しかし、今のわれらにとって、何が大事か、それを、考えるべき
です。今のわれらにとって、いちばん、大切なことは、上杉家中の結束です、
勝てなくても、助けられなくても、そのための努力を、ぎりぎりまでするべき
です、そして、それを味方に見せるべきです、魚津城で、敢闘しておる諸将を、
見殺しにすれば、上杉の士気は、地に落ちます、とりかえしのつかないことに
なります、魚津城を、上杉の高天神城にしてはなりません。
そうじゃ、こたびは、有無の一戦ぞ、景勝、出陣を決意する。
52 :
日曜8時の名無しさん:2009/06/03(水) 23:26:34 ID:qluCuvRL
第十九話「魚津城」(続き)
上杉軍は越中・天神山に布陣した。兼続も、旗本を率いて同行している。物見
の報告をもとに、作戦会議が開かれる。柴田軍の攻城陣地は要塞化されておる。
柵が設けられ、空堀がほられておる。これでは、われらも近づくことさえ、で
きん。城の様子はどうじゃ。十間以上の井楼が二三十は組み立てられ、それか
ら制圧射撃をしております。あの、ありさまでは、城方は、手も足も出ず、な
ぶり殺しされているようなものじゃ。あわれじゃのう。なんとか、できんのか。
城方とは、連絡はつかんのか。蟻の這い出るすきまもございません。矢文でも
かまわん、なんとか、連絡をつけよ。兵糧だけでも、いれることはできんかの
う。不利なことは、予想していたが、予想以上の不利な事態、何もできない。
しばらくして、城方の矢文が、とどいた。井楼から、射撃される、柴田軍の、
鉄砲の威力は、すざまじいもので、柱も打ち砕く、破壊力がある。人馬が、
バタバタと撃ち殺され、城内は、死体の山となっている、なんとかして、井楼
を破壊しようとして、闇夜に、決死隊を出したが、鳴子縄が仕掛けれれており、
それにひっかかり、集中砲火を浴びて、決死隊は、全滅した。どうも、読まれ
ていたよう。きっちり、火線がしかれていた。われらは、井楼の死角の、壁に
隠れて、立ったまま寝ている。敵が、城内に、入ってきたら、せめて一太刀あ
びせたいという一念だけで、ひと月以上、敵の攻撃に耐えている。
助けてくれ、とは書いてないのか。はい、何か、策はないのか。兼続も、前線
近くまで、出て、敵情を視察するが、攻め口が、みつからない。強引に、槍隊
を突撃させようか、全滅するだけじゃ。城方には、もう、われらと呼応して、
打って出る、兵力も、体力も、残っておらん。敵も、それは充分承知じゃ。
そんなとき、越後に亡命していた能登の国人、長景連が、海上機動によって、
元の自分の領地に、上陸し、敵の後方を攪乱したいと、上申してきた。景勝、
兼続に、やめさせよ、と言う。兼続、長を呼んで、説得する。お気持ちは、
うれしいが、全滅するだけじゃ。そなたたちが、上陸して、橋頭堡を確保し
ているところに、われらが行ければよいのじゃが、能登では、むりじゃ。何
とぞ、思いとどまられよ。全滅することは、もとより覚悟しております、わ
しら一族が、これからなすことは、愚行じゃ。戦局にも、何の影響もないか
も知れません。しかし、われらは、もう死ぬしかないのじゃ、能登や越中の
国人領主が、ほとんど殺されたことは、ご存じか、みな、だまされて殺され
た、まして敵対した、われらは、必ず殺される、どうせ、死ぬなら、自分の
城で死にたい、みなも、同じ気持ちじゃ、お願いいたす、どうか、許可を。
万分の一の僥倖を、期待して、作戦を許可したが、案の定、一日で、鎮圧さ
れてしまった。
さらに、悪い知らせ。森長可の軍と、滝川一益の軍が、越後に向って進撃を
開始した、との報告。仕方ない、撤退するしかないのう。森は、自分ひとり
の力で、春日山城を落としてみせると、広言しておるようじゃが、春日山城
は、難攻不落の城塞じゃ、森もそんなに簡単に落とせるとは、思うておるま
い。どう、考えても、陽動じゃ、われらを、越後領内に引き揚げさせ、柴田
軍の越後進攻と、ともに総攻撃するつもりじゃろう。敵の牽制に、ひきずり
まわされておることは、わかっているのに、どうすることもできん。魚津城
の諸将も、気を落とすじゃろうが、撤退するしかないのう。断腸の思いじゃ。
有無の一戦と、気負いこんできたが、何もできず、味方が殲滅にあっている
のを、手をつかねてみているだけ。どうにも、こうにも、ならない。
53 :
日曜8時の名無しさん:2009/06/04(木) 23:18:23 ID:qmhLRyIb
第二十話「本能寺の変」
重苦しい気持ちで、しかし強行軍で春日山に帰還する。しかし、やはり、森長
可の軍は、海津城に引き上げていた。春日山を動けない。連日、開かれる重臣
会議も、重苦しい。蓼沼友重殿、新発田軍を破って、新潟に突入、本庄繁長殿、
新発田城下まで迫り、攻撃中。新発田を抑え込んでいる、勝報も届くが、心は
浮き立たない。三国峠で、上田衆、滝川の進攻を撃退。滝川も、上野に着任し
て、日も浅い、小手調べ程度のものじゃろ、やはり、柴田軍の越後進攻と、呼
応して、本格的な攻勢をかけてくるつもりじゃろ、どれくらいの人数になるか、
北条も協力するじゃろうから、二万は下るまい。森の軍は、どれくらいじゃろ
固有の兵力は、六千程度とふんでおるが、信濃の他の地域からも、援軍が来る
じゃろうから、一万は下るまい。それに、最近、織田の水軍が、日本海側に回
航しており、越後のどこかに上陸作戦をするつもりという噂も流れておる。
いったい、どうすればいいのか。あの、圧倒的な火力では、籠城戦しかないが、
籠城しても、井楼などをくみ上げられたら、悲惨なことになるのう。
重臣会議を終えた兼続、家老部屋で苦悩する。そこに、松姫の消息を連日聞き
にくるお船登場、兼続殿、しけた顔をして、何をお考えか、上杉家の行く末が
心配でございます。下手な考え、休むににたりじゃ、きちんと、情勢分析して
みなされ、われらの当面の敵は、西に柴田軍、南に森、滝川、東に新発田じゃ。
そなた、柴田軍をどう見た、火力の充実には目を見張るものが、ありました。
どうにも、こうにも、なりませんでした。柴田軍の先鋒は、佐々成政じゃ。佐
々は、信長軍の鉄砲隊の指揮官を長く勤めておった、長篠でも、たしか、そう
じゃ、鉄砲の使い方がうまいのは、当り前じゃ。柴田軍と、まともにやりあっ
ては、勝負にならん。あやつらの、領国で一揆をおこすのじゃ。今のところ、
圧殺されておるが、一向宗門徒は健在じゃ、これに連絡をつけるのじゃ。森は、
どうじゃ。武田攻めのとき、信忠軍の先鋒として、大活躍したそうで、なかな
かの、手ごわき男と、みております。こやつの、弟は、信長の寵臣じゃ、故に
かなりの、自由裁量を認められている、ぬけがけなど、軍律違反を重ねて、戦
意なき武田相手に大暴れして、調子に乗っておるだけじゃ、どこぞに、伏兵を
しこんで、おびきよせば、ひっかかる。たとえは、適切ではないが、長篠前の
勝頼公のようなものじゃ。だんだん、お船の話に、引き込まれた兼続、では、
滝川は、と、つい聞いてしまう。滝川は、長い間、北伊勢五郡の旗頭を任され
てきた男じゃ、難しい国をまとめる力量があると、見込まれて上野に派遣され
たのじゃろ、しかし、北条は、内心、快く思っておるまい、なにしろ武田攻め
では、何の恩賞も、もらっておらん、横取りされたと思っておるはずじゃ、そ
こをつくのじゃ。
ところで、松姫様の消息は、おお、そうじゃ、報告が届いておりました、松姫
様は、仁科様の小さな姫を連れて、八王子まで、落ちのびておられるとのこと
です。ご無事です、早く、それを言え、言い捨てて、お船、走って菊姫のとこ
ろに報告に行く。松姫様の、消息がわかりました。武蔵の国の八王子という、
ところで、ご健在です。こちらに、およびいたしましょうか、そうか、姉上は
ご無事か、ほんとによかった、武田の旧臣どもが、お守りしているようです、
しかし、ここにきていただくわけにはいかんのう、姉上に、二度も亡国の憂き
目を合わせるわけには、いかん。それに、わらわには、そなたがおる。これ、
以上望めば、ばちがあたるじゃろ。お船、頭を下げる、なぜか、涙がこぼれる
ここのお船が好きです。兼続との会話も見てて楽しい。
55 :
日曜8時の名無しさん:2009/06/05(金) 23:03:29 ID:0yE4iW0Y
第二十話「本能寺」(続き)
天神山に、残しておいた部隊より、魚津城は本の丸まで、攻め込まれている模
様との報告が来る。春日山の重臣会議、もはや、矢弾も残っておるまい、兵も
少なかろう、はねかえせまい、無念じゃ、兼続も、自分の献言で、後詰に出陣
し、なすところなく、帰ったので、却って魚津城の戦意を落としたのではない
かと、後悔する。さらに、報告、本の丸、燃えております、敵に占領されたと
推定されます。脱出してきた方は、おられません。魚津城落城、一同、声も出
ない。すると、景勝、天下の大軍を相手に、戦うことができるのじゃ、これほ
ど幸せなことはないぞ、みな、はなばなしく戦って、死後の思い出にしようぞ
という。
柴田軍、天神山を囲みました、続いて、報告。森長可の軍勢、北上を開始、い
よいよ、決戦じゃ、一日でも長く持ちこたえて、一人でも多くの敵を殺して、
戦っておれば、いずれ活路も開けてくるであろう、兼続、景勝に目通りし、先
に、森の軍勢を、伏兵をしこんで、討ち、西に取って返し、柴田軍を、奇襲す
る作戦を、練る。今となっては、手遅れかもしれませんが、一向一揆に連絡を
つけるべきかと、うむ、できる限りの手をつくそうぞ、頼む、それがしは、最
後の最後まで、御館様のおそばにおります、時間がたつのが遅い、皮膚を一枚
一枚、はがされるような時間が続く、景勝、謙信の霊廟に参り、上杉滅亡のや
むなきに至ったことを、わびる。
一日たった、森の軍勢は、どこまで来たか、まだ、姿が見えません、ひどく、
遅いのう、斥候をもっと、南まで派遣せよ、見落としているのではないか、ど
こかの、間道を通って、急襲するつもりか、不安が不安をよぶ、気が狂いそう
になる、敵の姿が見えません、海津城は、どうなっておるのじゃ、森長可の居
城まで、斥候を出す。柴田軍、天神山の囲みといて、撤退を始めました、なん
じゃ、きつねにつままれたような気がする一同。何か、作戦か。いや、この後
に及んで、そんなことをする必要はあるまい、何か、起こっておるのか、毛利
が、京まで、攻め込んできたのか、ともかく、情報をあつめよ、
海津城まで、出した斥候が、帰ってくる。海津城は、あわただしく、全軍引き
揚げの命令が出されておるとのこと、どこへじゃ、美濃へ、帰るとのことです、
なぜじゃ、不明、ともかく、反撃じゃ、信濃と越中へ、兵を出す、出陣の支度
をして、待機させよ、
織田の内部で、何かが起こっていることは、間違いない、さまざまな情報が来
る、津田信澄に信長が殺された、毛利に羽柴が敗れた、ついに、真相が判明す
る、明智の使者が、信長を討った、将軍義昭様に協力せよ、という密書を携え
て来る。なんと、切腹して、介錯の刃が、首の手前でとまったような感じ、不
思議な感覚。景勝と兼続、二人きりで、会話する、天祐でございますね、うむ、
なんか、覚悟を決めていたので、すこし、がっかりしたぞ、ちょっと、強がる
景勝、本当に久しぶりに笑う、われらには、この世に、まだまだ、やるべきこ
とが、残っておるようじゃ、兼続、頼むぞ、合点承知、兼続も、ふざける。
56 :
日曜8時の名無しさん:2009/06/06(土) 21:46:26 ID:p+pmT2aO
<第一部終了のお礼とお詫び>
姉上、つくづく思うのじゃが、この男、われらに対する愛がないのでは、ない
でしょうか?武田の場面では、何度も書き直しているのに、上杉のところでは、
なおざりじゃ。愛がないというより、知識がないのじゃ。わが父は、実綱→景
綱と名前を変えておるが、最初は別人と思い込んでいた程度じゃ。大変ですな、
大変じゃ。われらも、援護に出るぞ。一話がすんだら、おわびと、説明のため
に登場するのじゃ。ほれ、「葵・徳川三代」では、水戸光圀公が、助さん、格
さんと、説明にでておるじゃろう、ああいうイメージじゃ。でも、われらの場
合、あやまってばかりになるのではありませんか?どうせ、そなたは、関ヶ原
のあと、あやまりたおしにあやまらなくてはならない運命じゃ。いまから、お
わびに慣れておくのも、悪くないじゃろ。エー
で、第二部は、どうなるのですか。まず、文体を変える、重臣のがやがや話で、
物語を進めるのも、限界じゃ。とりあえず、藤沢先生を、ぱくっていくぞ。ぱ
くれますか。難しいが、基本的には、ぱくっていくつもりじゃ。見どころは、
やはり、わらわが、菊姫さまのお伴をして、伏見に出撃、北の政所様とか、加
賀のお松さまとか、ほれ、あのへそくりで有名な才女とか、戦国時代を代表す
るおなごと、女の勝負をするところじゃ、相手にとって不足はない、題して、
女の関が原、じゃ、大丈夫ですか、大丈夫じゃ、貧乏自慢以外、負けはせん、
わらわの弱点は、上杉の家老の娘ゆえ、貧乏の経験のないことじゃ。それ以外
は、絶対負けはせん、うううーん、
ものすごく、気合いの入っているお船、どんなお話になるのでしょう。
筆者も、かなり、反省しながら、がんばります。どうか、よろしく。
追伸
四十四番殿、実は筆者は、無駄に大学院まで行っているので、学術論文なら、
書いたことは、ありますが、まったくの、ど素人です。これからも、よろしく
お願いします。
お疲れ様です、第二部も楽しみにしてます(^^)
58 :
日曜8時の名無しさん:2009/06/06(土) 22:36:46 ID:0Gtm5Azr
こんな天地人云々というか、せめて上杉に足掛け7年もの間抵抗して景勝や兼続を悩ませた新発田重家くらい登場させろや!
重家は、景勝をさんざんに打ち破って死地に追い込んだり、攻め込んできた兼続を撃退したり、佐々成正と上杉を挟撃しようとしたりと、
景勝や兼続の人生に大いに関わった人物のはずなのにね。
59 :
日曜8時の名無しさん:2009/06/06(土) 22:41:47 ID:p+pmT2aO
第二十一話「真田幸村」
真っ青な空に、もくもくと白い入道雲。どこか、遠くのほうで、鳥の鳴
き声がする山道を、従者を連れた男が歩いている。ぶつぶつと、ひとり
言をいいながら。ゆっくり歩いているように見えて、後ろの従者の顔が
赤く、息が切れているのは、この男が、長身であるせいのようだ。それ
に、ひどく若い。ふと、たちどまる、そして、やおら、矢立を取り出し
た。後世、新井白石が、「詩才を有していること、うたがうべからず」
と、評したように、この男は、詩人でもある。何か、漢詩の着想が、生
まれたのか。男は「昨日の晩飯はまずかった」と言い、「台所に注意」
と書いた。今度は、足もとの、可憐な花に目をやり、「美しい、まるで
松姫様のようじゃ、もう一度、逢いたいのう」と、つぶやく。「うん、
逢いたい、そういえば七夕が近いのう」今度は、本当に、何か浮かんだ
らしく、「松姫、逢いたい、七夕、おり姫、ひこ星」と、書いた。そし
て、あたりを心配そうに、見まわし、「逢いたい」を消した。
天正十年六月、梅雨の合間の晴れた日の早朝、春日山城で、開かれる重
臣会議に、出席するために、直江兼続が、山道を上っている。「会議な
ら、ふもとの政庁でも、開けますでしょうに」やっと、追いついた従者
が、うらめしそうに言う。「防諜のためじゃ、今日は重要な会議じゃ」
と言って、今度は、走りだした。「待って下され」従者が追う。
60 :
日曜8時の名無しさん:2009/06/07(日) 01:09:44 ID:AKcAPTKE
>>60 新発田の反乱は短いセリフのなかでほんのちょっと触れられてただけだったね。
上杉にとって存亡に関わるくらいの本当に大きな出来事なのにスルーかよ。
幸村か〜
テレビに追いついてきましたね
おお、読みやすくなってる!戦国ど素人の自分には有り難いw
これからも楽しみにしてます
63 :
日曜8時の名無しさん:2009/06/09(火) 01:15:27 ID:qOOUjL8k
第二十一話「真田幸村」(2)
春日山城の本丸についた兼続は、筆頭家老部屋に行き、各地に派遣されている
細作の報告を聞く。朝一番の日課である。いつものように、高梨外記が要領よ
く報告する。今朝の報告は、びっくりする内容で、おもわずお茶をこぼした。
春日山城の大広間には、各地から召集された重臣たちが集まっていた。本庄繁
長が、大きな声で、おもしろいことを言ったらしく、みんな笑っている。兼続
は、大広間に入らず、景勝を呼びに行くことにした。
「お館さま、みな揃ったようでございます」部屋に入ると、景勝は、難しい顔
をして報告を見ていた。「明智からの使者についての報告じゃ。そなたは、ど
う思う」兼続「御当方、無二の御馳走申し上ぐべき由来たり。つまり、上杉が、
将軍義昭さまに対して最大限の尽力をされるときが来た。という内容ですね」
景勝「うむ、明智が足利幕府を再興するというのであれば、われらに異存はな
いが」兼続「お館さま、明智は、山城国の山崎というところで、羽柴に敗れた
という報告が、さきほど入りました」景勝「なんと、驚きべき速さじゃのう。
上方の諜報網は、再構築する必要があるのう。正確な情報が、入ってこないの
では、策の建てようがない」兼続「さっそく、手を入れます。みな、待ってお
ります」景勝「本庄もきておるようじゃのう」兼続「あいかわらずのようで」
景勝「謙信公は、本庄を何度もお許しになられた。許すだけなら、誰にでもで
きるが、心の底から、服させることは難しいことじゃのう」もしかして、新発
田重家を、お許しになろうとしているのだろうか、兼続は、ふと、考える。
会議が始まった。兼続が、山崎の合戦で、明智が敗れたことを、みなに伝える。
どよめく、重臣たち。続いて、新発田重家が、話題になる。本庄が言う。「信
長が死んだ今となっては、奴もあわてておることじゃろう。奴は、木曾になり
そこねたのじゃ」お前がいうな、といわれないところが、本庄の憎めないとこ
ろじゃのう、と内心苦笑する兼続。「蘆名に書簡を出し、新発田攻めに助力を
頼んでみればよいのでは。どうせ、蘆名・伊達あたりが、新発田の後ろだてに
なっておるのじゃろうが、そのことがはっきりするじゃろう」外交担当の狩野
秀治が言う。「天下が、大きく動いているときに、内乱をかかえていては、何
もできない。はやく鎮圧するべきじゃ」本庄、また吠える。景勝「そなたは、
下越の要じゃ。頼むぞ」と、本庄をいい気にさせる。この男の扱いは難しい。
続いて、越中の状況。「能登で、一向衆門徒が、大規模な反乱をおこしており、
前田、佐久間などは、これにかかりっきりのようじゃ。われらも、これに乗じ
て、攻め込みたいところじゃが、いかんせん、佐々の鉄砲隊に圧倒されておる」
と、越中に出陣中の上条政繁から派遣された河田実親。「ともかく、援軍を出
していただきたい」。みな、魚津城の戦いのことを思い出し、静かになる。
続いて、旧武田領。各地で、旧武田家臣による反乱が、起こっており、甲斐の
河尻秀隆が、撤退中に殺されたこと。海津城も、森長可が、逃げ出したので、
空になっており、武田の旧臣、元の海津城代、高坂源五郎が服属を申し出てい
ることが、報告される。高坂源五郎か、一度、おうてみたいのう、兼続、高坂
弾正のことを、思い出す。
「やはり、川中島を確保しないと、春日山城は、枕を高くして眠ることはでき
ますまい、謙信公が、川中島で何度も戦われたのも、そのためじゃ。信濃に出
陣するべきじゃ」兼続、主張する。景勝もうなずく。
上野・神流川の戦いで、滝川一益を打ち破った北条氏直率いる四万の大軍が、
碓氷峠を越えて、信濃に進攻してくる前に、信濃・奥四郡を確保することが
決定された。
65 :
日曜8時の名無しさん:2009/06/09(火) 23:57:27 ID:qOOUjL8k
第二十一話「真田幸村」(3)
信濃に出陣する上杉軍の先鋒は、兼続に決まった。すると本庄「それがしも
お供つかまつりたい」と言い出す。「そなたには、新発田攻めに活躍してもら
わねばならぬ」と兼続が、婉曲に断ろうとすると、「新発田には、出撃してく
る気力などない、わしも信玄が越後にこないと知ったとき、がっくりしました。
裏切り者の気持ちは、手に取るように分かる」なんとかして、断ろうとしたが、
なぜか、景勝が「本庄、直江を助けよ」と言ったので、本庄は、兵を持たない
参謀として同行することになった。
物見を放ち、北条の動向をさぐる「北条軍、およそ五万、先鋒は真田昌幸。上
田を経て、海津城に向けて迫っております」という報告が来る。
「われらは、与板衆など約一千、参謀殿は、どうされる」「なんの、北条など
百万おっても、案山子のようなものでござる。どんどん、行きましょう」
海津城を通り越し、さらに南の千曲川河畔に布陣する。後詰の景勝の本隊は、
海津城に入った。「なつかしいのう。あの時は、海津城が邪魔でしかたなかっ
たが」ひとり、感慨にふける本庄。北条軍、さらに接近の知らせ。しかし、本
庄少しも動ぜず、「北条など、武田にくらべれば、話になりません。そういえ
ば、高坂源五郎は、二千の兵で、四万の北条を破ったとか。高坂に与力しても
らえばよいのう」呑気なやつじゃな、とあきれながら、「黄瀬川の戦いじゃろ、
それがしも、勝頼公よりお聞きしたことがある」と、調子をあわせる。兼続も
高坂源五郎に会ってみたいと、ずっと思っている。あの時、高坂弾正が、海津
城に、よんでくれなければ、景勝様ともども、死んでおった、恩人の息子じゃ。
そこに、海津城より伝令、なんと、高坂源五郎が、景勝謀殺をたくらみ、それ
が露見して、処刑されることになったとのこと。兼続に海津城まで、もどって
ほしいとのこと。
66 :
日曜8時の名無しさん:2009/06/10(水) 22:01:08 ID:sVbLUzNs
第二十一話「真田幸村」(4)
「行ってきなされ、どうせ、戦さにはならん、北条の先鋒は真田。上杉の先鋒
が、ご家老ということを知れば、そうそう手出しはするまい。外交でかたをつ
けるつもりじゃろ」なかなか、戦局眼あるな、と感心する兼続。
海津城まで、急いで戻り、景勝に会う。「お館様、ご無事ですか」「わしの身
には、何もない。わが軍の陣容など、つぶさに記した書状を密使に送らせよう
としていたところ、検問にひっかかったのだ。高坂には、ろくな家臣が残って
おらんのう。そやつが、吐いた。わしを、殺す計画もあったらしい」景勝、続
けて「あまり、おおやけにしたくない。よく、意図がわからん、宛先は真田の
ようじゃ。それで、そなたに尋問してもらおうと思ったのじゃ」
ひきすえられた高坂源五郎、悪びれた様子もなく、兼続を、ねめすえる。
「なぜじゃ、そなたの父上には、われらは大恩がある。勝頼公ともども、われ
らを救ってくれた恩人じゃ。ゆえに、われらも、そのつもりで、そなたを遇す
るつもりじゃった」「真田に、何かふきこまれたのか」何も、こたえない高坂。
「それがしは、そなたにおうて、礼をいいたいと思うておったのじゃ、そなた
のことは、勝頼公からも聞かされておった」すると、突然「亡国の苦しみが、
そなたにわかるのか」と大音声で叫んだ。なんと、ものすごい開き直りに、景
勝謀殺のことで相当頭に来ていた兼続「どういう意味じゃ」と怒鳴り返す。
67 :
日曜8時の名無しさん:2009/06/10(水) 22:45:00 ID:sVbLUzNs
第二十一話「真田幸村」(5)
「森長可が、海津城を撤退するとき、人質を連れていったことを知っておるか。
あいつは、人質をたてに、逃亡をはかったのじゃ。わしは、何度も息子を返し
てくれるように頼んだ。何度も何度もじゃ。安全は、命に代えて保証するから。
そして、松本で人質を解放する約束が整った。しかし、あいつは、その約束を
反故にして、わしの息子を槍で串刺しにして、殺したのじゃ。まだ、年端もい
かぬ幼子を。他の者の人質、千人ばかりおったが、みな殺された」高坂の目か
ら、涙が流れる。すこし紅く見える。これが、血涙というものか。
「森は、われらにとっても敵、一緒に戦えばよいではないか」「われらは、二
度と、誰の配下にもならん」「真田は、北条に下っておるではないか」
「真田殿が、北条に下っておるのは、一時の方便。いずれ、北条も、徳川も、
上杉も、この信濃から、たたき出す、遠大な計画をおもちじゃ」「それに乗っ
たのか、そなたは、真田にだまされておる。真田は自分のことしか、考えてお
らん」真田の本心は、そうだとしても力たらずじゃ、心の中でつぶやく兼続。
「なぜ、景勝公を謀殺しようとしたのじゃ」「わしは、武田崩れのとき、急に
こわくなって、沼津城から逃げた、新府城からも逃げた。海津城まで、逃げて
森が来たので、息子を人質に出して、へつらった。わしの父は、高坂弾正、兄
は、長篠でりっぱな最期をとげられた。それなのに、わしは、いくじなしの卑
怯者じゃ。景勝公を、討つことで、汚名を挽回しようと思うたのじゃ」「そな
たの一族、みな首をはねて真田に送る。言い残したことはないか。森には、い
ずれ天罰が下るじゃろうが、下らねば、われらが討つ、冥土でまっておれ」
「なぜじゃろう、北条勢四万がかかってきたとき、少しも怖くなかった。それ
なのに、なぜ、あのとき、逃げ出したのじゃろう、わしは沼津城で死ぬべきじ
ゃた。臆病風に吹かれて、逃げ出したため、汚名を残し、地獄を見た。沼津城
を捨てた後は、蛇足じゃった。はよう、殺せ」真田の奴、今日という今日は頭
にきた。調略するにも、人を選べ。こんな、武骨者に諜者がつとまるわけがな
い。しかも、景勝公謀殺の嫌疑ということであれば、助けようもない。ほかの
ことなら、高野山に登らせることもできたのに。絶対に許さん。真田を滅ぼす。
68 :
日曜8時の名無しさん:2009/06/10(水) 22:51:05 ID:Ra6EDlZM
織田信長の長男・信忠役で織田信成君を出してほしかった。
彼は信長に敬意(ご先祖に対しての)を持つらしいよ。
いま、NHKの「歴史秘話ヒストリア」を見た。
69 :
日曜8時の名無しさん:2009/06/11(木) 09:39:39 ID:DTrgkAvT
なんという良スレ
70 :
日曜8時の名無しさん:2009/06/13(土) 23:31:11 ID:n0bzhG9h
第二十一話「真田幸村」(6)
高坂一族の首桶とともに、千曲川河畔の陣に戻る。対岸には、北条の大軍が到
着していた。六文銭の旗も見える。ふつふつと、怒りがこみあげてくる。伝令
をよび、夜襲の準備を命じる。「ご家老、いかがしたのじゃ」あらまし説明す
る。本庄「死に場所を探して居ったのかのう」とつぶやく。「ご家老、将の頭
に血が上ると、兵が殺気立ちます。大軍を前に、殺気立つと、弱気を押し隠そ
うとしていると、勘違いされてつけいられる。徐かなること、林のごとくじゃ」
「それは、武田じゃろ」「まあ、まあ、夜襲の準備はよい。夜襲するつもりで、
兵に、まわりの地理を覚えこませるのじゃ、地の利を知れば、兵が落ち着く」
ほんに本庄は使える男じゃなと、感心する兼続。「朝飯でも、食いましょう」
北条の大軍を前に、朝ごはん。北条の陣の中央には、赤青黄白黒の旗指物をつ
けた部隊が整然と布陣している。「なんじゃ、あれは」「北条の本隊、五色備
でござる。氏直の本陣じゃろ」「高坂の首桶を、真田に送りつけて、あとは相
手の反応をみるだけじゃな」「そうじゃ、動かざること山の如しじゃ」「そな
たは、ほんに武田が好きじゃな。ところで、そなた、なぜ謙信公にそむいたの
じゃ」退屈しのぎに、聞いてみる。「永禄四年の川中島の戦い、ご存じか。ち
ょうど、このあたりじゃ。屍山血河とはあのことじゃ。わしも、予備隊として
参加した」「どんな関係がある」「まあ、まあ、聞かれよ。わしらが投入され
たのは、わざと負けて見せて、義信隊を前に出させたときじゃ、武田の陣に、
乱れが生じたので、一気に突き崩そうとして、予備隊がすべて投入された。謙
信公は、戦の天才じゃ。戦機というものを知っておる。しかし、われらの前に
信繁隊が立ち塞がって、一歩もひかず、全滅するまで、戦った。これほど勇敢
な男は、わしは後にも先にも、おうたことがない。そうこうしている間に、妻
女山から、高坂などの別動隊が、背後から攻めかかってきた。味方は、総崩れ
じゃ。」「川中島の戦いのことなら、子供の時から、何度も聞かされておる。
川中島の戦いと、そなたの謀反と、どのようなつながりがある」「命からがら
逃げたわしは、思うた。信玄が、妻女山別動隊を出して、われらをはさみうち
にしようとしたことを見抜いたのなら、なぜ、八幡原に布陣する信玄本陣を、
正面から攻撃したのじゃろ。それでは、時間差はあるが、結局敵の策にはまっ
たことになるではないか。実際、武田は、妻女山別動隊が来るまでの時間稼ぎ
じゃ、というて戦っておった。あの濃い霧の中じゃ、背後から、攻めれば、信
玄の首もあっさりとれていたかもしれん、と思うたのじゃ」つい、話にひきこ
まれる兼続、北条の大軍を前に、川中島談義が続く。
ひょっとして風林火山最終回にリンクしてる?
ワクワクしてきた
72 :
日曜8時の名無しさん:2009/06/14(日) 02:33:07 ID:hbbwVfuo
猿飛佐助が出るなら、真田十勇士は全部出るの?
いっそ戦国自衛隊も出せばいいのに
7月からは日曜8時からじゃなくて、時間帯も移せばいいのに
73 :
日曜8時の名無しさん:2009/06/14(日) 17:46:47 ID:KQAdgnmy
第二十一話「真田幸村」(7)
「信玄本陣を後方から攻撃する。そんなことができたのか」「できたはずじゃ。
われらは、武田の物見を全部つぶしておったし、信玄本陣の場所を、正確につ
かんでおった」「信玄本陣後方に、大軍を展開する広さがあったのか」「あっ
たはずじゃ。ここは、雨宮の渡しじゃから、八幡原は、あそこじゃ」といって、
指さす。兼続も見る。こんな話はじめてじゃ。本庄は物を考える男じゃな。
「古志長尾に、長尾藤景というものが、おったのじゃが、わしは、そやつにい
うてしもうたのじゃ。攻撃方向を転換するべきじゃったと。ところが、そのた
め、二人で謙信公の采配をそしったという噂がたってしもうた。謙信公の耳に
もはいって、身辺調査が行われ、本当かどうかしらんが、藤景には裏切りの証
拠が出てきて、わしが藤景誅殺を命じられたのじゃ」「殺したのか」「おお、
殺さねば、わしまで疑われる」ふーん、二人が話に熱中していたら、海津城よ
り伝令、「徳川家康、甲府に入りました」やっときたか、これでは氏直も気が
気ではないじゃろ、こんなところで道草をくっておったら、旧武田領全部、徳
川のものになる。「対岸の北条勢動き出しました」陣形を変えて、攻撃態勢を
作る北条。「海津城より、芋川殿御出陣、われらの後ろに展開中」こちらも、
受けて立つ態勢じゃ。「戦にはならん。北条は、われらを脅しつけて、講和を
有利にしようとしておるのじゃろうが」「そうじゃな」うなづく兼続。「北条
より軍使」川を渡って軍使が来る。「われらは、のらりくらり時間稼ぎをすれ
ばよい。時間がたてば、たつほど、われらに有利じゃ」「そうじゃ、ところで、
そなた、謀反の話はどうなった」「わしの心の中に、謀反の気持ちが芽生えた
のは、藤景誅殺が発端じゃ。疑いは、晴れたことになったが、その後も、謙信
公に疑われておることが、ありありとわかっておった。すると不思議なもので、
謙信公への疑問も浮かんできた。謙信公は、毘沙門天を信仰されておったが、
確かに軍神ともいうべきお方じゃった。戦えば必ず勝った。しかし、その後が
よくない。何も手当をされない。じゃから、勝ちを生かすことができない。何
度、越山したか、ご存じか、十四回じゃ。しかし、何も得ることはなかった。
謙信公の武名が上がっただけじゃ。戦をすれば、兵は死に、傷つく。費用もば
かにならない、それを上杉の義というだけでは、がまんにも限界がある」本庄
言いすぎじゃ、と言いたいところだが、兼続、おもしろいので言えない。
なんか、これ見てると本庄が主役でも良くなってきたなw
>兼続、おもしろいので言えない。
おいおい(笑)
76 :
日曜8時の名無しさん:2009/06/14(日) 23:19:01 ID:KQAdgnmy
第二十一話「真田幸村」(8)
北条より軍使が何度も来る、そのたびに条件がどんどん有利になる。「そろそ
ろ潮時じゃ」上杉が、奥四郡を確保することで、和議が成立した。即座に北条
軍は、南下を開始。「北条軍に諜報部隊を同行させよ。徳川との戦の様子を逐
一報告させよ」と兼続「これで、信濃は一件落着。次は新発田じゃな」と本庄
景勝は、春日山に帰還すると、すぐに新発田攻めに出陣した。兼続も、引き続
き先鋒を務める。本庄は、北から南下してくる手勢と新発田城近くで合流する
手筈を整えて、兼続と同行することになった。「わしが謙信公に対する不満を
持っていることを、かぎつけた武田の細作が、謀反を勧めにきた。協同作戦の
申し入れじゃ。わしは、そのころ庄内の大宝寺も抑えておったし、揚北衆の中
条もともに立ってくれると信じておった。謙信公は、確かに軍神のようなお方
じゃが、五分にやれるのじゃないか、と思うたのじゃ。やれると思うたら、や
りたくなるものじゃ、特に相手が日本国中並び無き名将ともなれば、戦って自
分の力をためしたくなるものじゃ、明智もそんな気持ちだったのじゃないかの
う。その時、わしは三十三歳、血気にはやっておった」「謙信公を敵にしたら、
どうじゃった」「恐ろしいぞ、謙信公は。心の中まですべて読まれておる気に
させられる。まあ、実際読まれておるのじゃが」「降伏したのは、なぜじゃ」
「まず、中条がわしに加担せず、大宝寺が先に降伏した。頼みにしていた信玄、
あいつは、沼田城を攻撃すると約定しておったのに、駿河に攻め込み、北条を
怒らせ、立ち往生じゃ。最初から、わしを助ける気など毛頭なかったのじゃ。
駿河進攻作戦のために、わしを利用しただけじゃ。それを知ってあほらしくな
った」「それで、降伏したのか」「そうじゃ」「ところで、そなた、新発田重
家、降伏すると思うか。信長が死んだ今、孤立無援じゃ」「難しいのう、わし
なら、もう降伏しておるじゃろうが、あいつはまじめな男じゃ。それに、景勝
公は、事情はともかく世間では景虎様や道満丸様を殺したことになっておる。
謙信公のように、降参したものも許されるとは、思えないのではないじゃろう
か」それもそうじゃ、心の中で同意する兼続。
77 :
日曜8時の名無しさん:2009/06/15(月) 22:21:16 ID:iyFOC1pK
第二十一話「真田幸村」(9)
新発田城を包囲した景勝軍、しかし新発田勢の戦意は高く、攻撃は跳ね返され
た。景勝が親征すれば、新発田重家は降伏するのではないかと思い込んでいた
上杉軍はあてがはずれる。「どうも、蘆名・伊達が後ろ盾になっておることで
強気になっておるようじゃ。ご家老が、先鋒ということは、講和するというし
るしなのに」「蘆名は赤谷城を作って、新発田に補給をしておる。重臣金上盛
備も援兵を送っておるという話じゃ。これは、時間がかかるのう。伊達や蘆名
の考えを探らなければならん。さっそく、細作を入れる。本庄殿、そなたは北
辺の要じゃ。しっかり、頼みますぞ」「ご家老、そなたとの話は楽しかった」
あてがはずれた上杉軍、あまり持ってこなかった兵糧が尽きたので撤退する。
春日山に帰還した兼続、さっそく北条と徳川の戦の状況の報告を受けるため、
家老部屋に入る。「徳川軍、約一万、新府城にたてこもり、北条軍と対峙中」
勝頼公が作られた新府城、その建設のための重税が滅亡の一因となった新府城
が、武田の宿敵徳川の役に立っておるとはのう。そこにお船が、兼続の顔を見
にきた。「元気そうで安心したぞ。しかし、徳川家康というお方は、なかなか
の人物じゃのう。信長が焼き払った恵林寺を再建し、勝頼公が亡くなった田野
には景徳院を建立したそうじゃ。冥福のためじゃということで。武田の旧臣の
気持ちを獲る最良の方法じゃ」これが、久しぶりに会った夫婦の会話なのでし
ょうか。と、疑問を感じる兼続、しかし、つい、話に引き込まれる。「武田の
旧臣を召抱えておるのですか」「うむ、依田信蕃という男を知っておるか」
「確か長篠直後に、二俣城を半年間堅守したお人では。その後、田中城主にな
られたとか」「武田崩れのあと、徳川に匿われておったらしいが、信濃に潜入
して、調略をしておるらしい」徳川家康は、信長に唯唯諾諾の男かと思うてお
ったが、なかなか、勇気もあるのじゃな。たしかに、依田信蕃は、危険をおか
して匿う値打ちのあるりっぱな男じゃが。「戦況は、どうなっておるのですか」
「北条は、新府城の北、若神子に陣をしいておる。小田原から、徳川の背後を
攻撃するため、軍勢が派遣されたが、黒駒というところで、徳川に敗れておる」
「兵力では、北条が圧倒的に多いから、今後どうなるかわからんがのう。とこ
ろで、お土産は」さっと手を出す。ああ、忘れておった。しかし、万事隙なき
男、直江兼続、とっさに「戦陣で、お船殿のことを思うて、漢詩を作りました」
と、あの日の朝、春日山を登る山道で思いついた「織女惜別」をみせる。ぽっ
と、顔を赤くするお船、よかった、漢詩が詠めて、しかし、お船、前の頁をめ
くり「なんじゃ、松姫とは」という。絶体絶命の兼続、さらに頭が回転する。
「それは、それがしとお船殿の間に、女の子ができたら、つけようと思った名
前です」「まだ手も握ったことがないのに、そなたも気が早いのう」背中がぐ
っしょり冷たい兼続、自分で自分をほめてやりたい。
あの漢詩が伏線だったとは!
小松センセーには真似できない芸当だなw
本気で面白いです。兼続はお茶目だし可愛い。こういう所に人物の魅力が
滲み出るというのに……。NHKに送り付けてやりたい。
次回も楽しみにしてます。
兼続の、文人でもあった所を取り上げてくれて
ありがとう!
おもしろいなあ
本庄や新発田に切なさが漂ってるのがまたなんともいえない
82 :
日曜8時の名無しさん:2009/06/17(水) 16:25:04 ID:vbfh7Ox0
とっても面白いです。
しかし、ここで松姫を長女の名前にするとはw。
兼続が松姫に恋心抱いていた、という設定がとってもリアルに思えました。
お船もとっても良いです。兼続以上の策士だけど、
凄く納得できるし尚且つ魅力的な人物で大好きです。
83 :
日曜8時の名無しさん:2009/06/17(水) 23:49:11 ID:bcWAWokn
第二十一話「真田幸村」(10)
春日山の家老部屋、信濃の地図を見ながら、じれている兼続。昨日、真田昌幸
が北条から寝返り、徳川の配下になった、という家康から手紙が届いたのだ。
「これでは、真田を攻撃することができん。北条の味方をするわけにはいかん
からのう」しかし、表立っての攻撃はできなくても、攻撃の準備はできるじゃ
ろ、細作を潜入させて情報を集めようと思いついた兼続、高梨外記に指示する。
情勢が落ち着いたら、自分自身で出陣し、真田を攻め潰すと固く決心している。
依田信蕃の調略によって、北条を裏切り徳川についた真田は、さっそく碓氷峠
を封鎖、北条の補給路を断った。兼続、景勝に報告に行く。「相変わらず、手
早いのう」「しかし北条は、何も考えずに、滝川を破った勢いで、信濃に進攻
してきたのでしょうか」「徳川の力を過小評価していたのじゃろ」「それがし
も、徳川がこれほどやるとは思いませんでした」「家康は、劣勢を承知で、新
府城まで進出し、陣頭指揮しておるらしい。信玄公の攻勢を耐えてきたあやつ
の歳月は無駄ではないのう」「もとは、今川の人質だったと聞いております。
言うに言えない苦労を重ねてこられたのでしょう」「その後、信長に忍従して
きたのじゃ。誰にもできることではない。われらも、甘く見ていると、ひどい
目にあわされるぞ。気をつけねばならん」そうじゃ、われらは、どうしても謙
信公の視点で、物事をみる癖がある。残念ながら、今のわれらには、謙信公ほ
どの力はないし、敵はさらに強大になっている、その現実をわきまえて、注意
深く行動しなければならないと、気を引き締める兼続。
ひと月後、北条と徳川が和睦交渉を開始した、との報告が来る。北条の味方は、
われらの敵。これで、こころおきなく真田を攻撃できると、出陣準備を進める
兼続に、真田からの使者がくる。息子・真田幸村を人質に出して臣従したいと
の申し出。昌幸自身が、会いにくるというのだ。あの、かわいそうな高坂を利
用し、景勝公謀殺まで、たくらんだくせに、どの面さげて、来るというのじゃ。
84 :
日曜8時の名無しさん:2009/06/18(木) 22:44:34 ID:RjtyWuhA
<反省会>
しょっぱなから、やらかしてくれましたな。おお、そうじゃ。わらわは、そな
たが「絶対許さん。真田を滅ぼす」というた時、気が遠くなったぞ。それがし
も、本庄殿が川中島の話を始めたとき、ネバーエンディングストーリーの歌が
聞こえました。どう考えても、タイトル間違えたのう。「高坂源五郎」として
(3)で、切るべきじゃった。本当に、いつ終わるのかと思うたのう。何も考
えずに勢いでやっておるからのう、北条みたいなやつじゃ。筆者は、天目山の
回のあたりから、ふりまくっていた「春日周防の話」を、入れたくて仕方なく、
他のことはあまり考えてなかったのじゃ。史料的に、高坂を春日周防に比定し
ていいのでしょうか。うむ、ミッシング・リングがありそうじゃ。
しかし話は変わりますが、若神子の合戦というのは、後の小牧・長久手の戦い
によく似ておりますね。不気味な長期戦という点で。そうじゃ、それで思い出
したが、そなた、次回は、秀吉公に会ってもらうぞ。エェ、落水でさえ、早い
と言われているのに、どうしても、賤ヶ岳合戦の前に、会ってもらわねばなら
ぬそうじゃ。どうせ、また筆者のとんでもない思いつきでしょう。そうじゃ、
本当に、われらは、苦労させられるのう。それに「手も握らない関係」という
のも、どうでしょう?まあ、われらに子供(お松、本多政重室)ができるのは、
天正十六年ころと、推定されておる。今はまだ、天正十年十月くらいじゃから、
少なくみつもっても五年先じゃ。なんとか、なるじゃろ。それにしても、そな
たの漢詩は、男女の細やかな愛情を表現したものが多いのう。秘密の恋人がい
たのでないかと、研究者の先生方も疑っておるぞ。白状せよ。シーン
なにやら、雲行きがあやしくなった二人ですが、物語は、賤ヶ岳合戦、小牧・長
久手の戦いと続いていきます。どうか、よろしくお願いいたします。
シーンwww
秀吉楽しみだー。
幸村も・・どんな感じかな。
楽しみに待ってます!!
>>84 乙です!
本編も面白いけど反省会も楽しいw
お船と兼続、いいコンビですよね。
兼続の「エー」がやや情けなくて好きですw
87 :
日曜8時の名無しさん:2009/06/19(金) 23:28:20 ID:3u0E1mVu
第二十二話「山崎」(1)
晩秋の善光寺、紅葉や銀杏の降り積もる境内を、ゆっくり歩く長身の男が一人。
よく見ると、この男のまわりには、十人ばかりの護衛がおり、周囲を注意して
いる。よほど、身分の高い男らしい。男の足が止まり、目がらんと光る。なに
かに気がついたようだ。急に駆け出す男、まわりの護衛もあわてて移動する。
男は「その団子、日持ちはいたしますか」と、尋ねた。丁寧な言葉づかい、よ
ほど育ちの良いお方じゃ、それに見たこともない美男子、団子屋の娘は、自分
の心臓が高鳴っているのが、恥ずかしくなる。「そなた、栃の実ともち米を混
ぜて捏ね、蜂蜜で煮上げる餅を御存じないか」ちょっと、せき込んだように聞
く。「いいえ、存じません」「やはり、あれは奥飛騨の特産なのか」がっかり
する男。天正十年十一月、上杉家家老直江兼続は、善光寺で団子を買っていた。
なぜか、話は一週間前にさかのぼる。
春日山城内、廊下を歩きながら考える。背が高いのも考えものじゃ。お辞儀が
浅いと、頭が高いと思われ、深々とすると、へつらっているように思われる。
加減が難しい。家老部屋の前まで来る。すると、話声が聞こえる。「二組とも
か」お船殿、また来られておるのか、いったい裏方の差配はいつしておるのじ
ゃ「そうです。こんなこと初めてです」高梨が慌てているのは珍しいのう。部
屋に入る。「やはり、あの情報は本当だったのか」お船が、腕組みする。「ど
うしたのですか」「そなたが、高梨に命じて、真田領に潜入させた細作、二組
とも、全滅したようじゃ」「二十人全員が、ですか」「七尾攻めや、関東でも
功績をあげた手錬れ揃いじゃったが、どうも真田は、武田の諜報機関そっくり
吸収したようじゃ」「そんな情報があったのですか」「うむ、しかし、いくら
なんでもと、半信半疑じゃったが、やはり、真実のようじゃな」「真田は、何
を考えておるのですか」「天下でもねらっておるのかのう」やはり、真田に会
わねばなるまい。北条と徳川の和睦のことも気になるし。しかし、春日山に呼
んだら、あいつのことじゃ、人質を置いていくに決まっておる。謙信公以来、
上杉は人質を殺さぬ、と世間では思っておるからのう。「善光寺で会えばよい、
人質はいらぬ、そういえば、真田も、われらの心づもりを理解するじゃろ」
それは「名案」。団子を食べながら、真田を待つ。
88 :
日曜8時の名無しさん:2009/06/21(日) 22:09:45 ID:MF1iM2yi
第二十二話「山崎」(2)
真田を攻め潰す決心には、小揺るぎも変化はない。あの男は信用できん。しか
し、あいつをだますことは難しい、やはり自然体でいくしかない。いろいろ、
考えていると、真田昌幸が来た。「お待たせして、申し訳ない。上杉の御家中
の方を、新参の家来が間違えて捕まえてしもうて、申し訳ござらん。二十人そ
っくり、お返しいたす。なかには、けがをされたお方もおられるが、湯につか
って、養生していただいた」そう、きたか。「それは、かたじけない。それで、
そなた、上杉に臣従したいとは、どういう意味じゃ。いきなり、いわれても、
とまどうばかりじゃ」「北条と徳川の和睦がなったことは、ご存じか。北条は、
信濃・甲斐から撤退し、信濃・甲斐は徳川の領分になった。北条は、上野経営
に専念することになった」「北条は、大譲歩じゃのう。やはり、関東制覇以外
どうでも、よいことなのかのう」「いや違う。信濃に進攻してきた北条軍は、
全滅寸前じゃった。そのため、織田の調停を受け入れる形での和睦を受けたの
じゃ。わしが、碓氷峠を封鎖し、北条軍の補給線を断ったから、家康は勝てた
のじゃ。それなのに、家康の奴、上野のわが所領すべて、北条に引き渡せと言
ってきた。いずれ、代地をかまえるから、悪いようにしないからじゃと」「ま
てないのか」「まつとかまたんとか、そういう次元の話ではない。わしの功を
まったく認めておらん。このようなお方に従うことは、金輪際できん」真田が
徳川の配下を脱したときが、攻めどきじゃな、兼続、ひそかに計算する。下手
をすれば、徳川・北条を相手に戦うことになるからのう。心とは裏腹に、逆の
ことを言う。「上杉が、真田を引き受けることは、徳川・北条を相手にする覚
悟が必要じゃ。徳川・北条の和睦は、形の上とはいえ織田の調停を受け入れる
形で、行われておる。上方の情勢とも連動してくるじゃろ。今しばらく、情勢
を見極めたいのじゃ。それに、そなたの心根も、もう少し見てみたい」おっと
これ以上言うと、本心がばれる。真田は、少し悲しい顔をしていた。
89 :
日曜8時の名無しさん:2009/06/21(日) 23:15:02 ID:MF1iM2yi
第二十二話「山崎」(3)
春日山に帰ったら、羽柴より同盟を結びたいとの書状が届いていた。景
勝に相談する。「羽柴は、柴田と戦う際、柴田の背後をわれらに討たせ
たいのでございましょう」「しかし、羽柴が勝つかのう。柴田軍は精強
じゃ。それに、もし、羽柴が勝ったとして、その勢いで、わしらまで攻
めこまれたら、目も当てれんことになる」そうじゃ、本能寺直前のよう
なことになるかもしれん。徳川・北条の連合軍に、柴田あるいは羽柴の
軍が連携して、進攻してくる可能性もある。「羽柴にとって、今ほど上
杉の戦略的な価値が高い時は、ございません。それがしが、直接羽柴に
おうてきます。羽柴の人物、力量を確かめてまいります」「そういえば、
不思議な副え状もきておるぞ。本能寺の直後、明智からの使者が、何を
申したか、詳細を知りたいと書いておる。石田三成という者じゃ」明智
の使者?今頃、どうして、その石田というお方は、歴史を記録する係な
のかと考える兼続。「本庄が来ておる。そなたに、同行したいというて
おる」そうじゃ、今回の上方行きには、上方の諜報網の再構築という仕
事もある。本庄は、結構使える男じゃ。仕事を分担してもらうのも悪く
ない。了承する。お船に会いに行き、上方に行くことを伝える。そして
善光寺で買った団子を差し出す。「わらわは、最近太り気味じゃ。土産
は食べ物以外にして下され」エェ、信玄公のなんとか餅も探しているの
に。「そなたには身辺警護がついておることは、忘れるでないぞ」本当
についておるのじゃろうか、一度も見たことないが。すると、お船、心
を見透かしたように、ニヤリと笑う。なにやら、背筋がゾクとする兼続。
茶会の席で兼ね継ぐを狙っていると聞いて
景勝「殺るんだよ。秀吉を」
91 :
日曜8時の名無しさん:2009/06/22(月) 23:19:57 ID:D6eXPX6p
第二十二話「山崎」(4)
冬の海を渡る。夜の海を眺めながら、魚津城攻防戦の時、能登に上陸して、全
滅した長景連一族のことを想う。「どういう、お気持ちで舟をこいでおられた
のかのう。成算があったのじゃろうか」すると、本庄が近寄ってくる。「明朝
には、若狭に着くようじゃ。思い出すのう」また?「何をじゃ」「謙信公のお
供をして、上洛したことをじゃ」「二度目の上洛か。そなたがお供をしていた
とは初耳じゃ」「わしは、その前の年に謙信公に服属したばかりじゃったが、
上洛すると聞いて、こっそり連れて行ってもらったのじゃ。もっとも、向こう
も留守中に、勝手なことをされては困ると思ったらしく、渡りに船で連れて行
ってくれた」本庄、そなたの話には、どこか苦いところがあるのう。「謙信公
は、上洛して何をされた。それがしは、謙信公が天下にお立ちになったら、何
をするおつもりじゃったのか、知りたいのじゃ」「謙信公には、そのような野
心はござらん。将軍義輝様をないがしろにしておった三好・松永を成敗するお
つもりじゃったろうが、結局義輝様のお許しがなかった。その後のことを考え
ると残念なことじゃった」「謙信公は、何をお考えじゃったのじゃろう」「あ
のお方は、越後国主という地位に満足されておったのじゃろう。何しろ、越後
は、水利がよく米がよくとれる、越後上布の利益も莫大なものじゃ、金山もあ
る。日本国中探しても、これほど豊かな国はそうそうあるまい」「政治的な野
心はなかったのかのう」「あったかもしれんが、筋目を大切にされたから、自
分から、何かを得たいというお気持ちはうすかったのではないかのう」「関東
管領のお役目を忠実に果たそうとされたのか」「わしにも、あの方のお考えが
わからんのじゃ。何度も煮え湯を飲まされた信玄が、駿河進攻作戦の後、北条
と衝突し、絶体絶命になったとき、攻め込めば、武田を滅ぼすことができたか
もしれんのに、そうはされなかった。信玄が、必死で手をまわして出してもら
った将軍様の御教書に足を止められた。信長なら、鼻をかんで捨てたようなも
のを、大切にされておられた」そうなのじゃ、上杉の義というても、謙信公の
お考えがつかめていないのじゃ。「強きを挫き、弱きを助けということかのう、
一個の男子としては、まことに見事なものじゃが、わしから見れば物足りん。
もっと、いろいろできたはずじゃ。謙信公が、ご自分の力を、もっと信じてお
られたら、関東平定もすぐできたはずじゃ」「謙信公は、自分の力を信じてな
かったというのか」「謙信公は、欲のない神のようなお方じゃった。それゆえ、
他人に理解されることがなかった。なんというか、接点がみつからんと言うた
ほうがよいかのう。あれだけ助けてもらった、関東の諸将も謙信公のことを理
解しようとしなかった。そういうことが繰り返されるなかで、謙信公は、ご自
分の限界を知ったというか、あきらめたようなところが、あったのではないか
のう」本庄、一度景勝公とじっくり謙信公について語れ、それがしが機会を作
る。きっと、話があうはずじゃ。
92 :
日曜8時の名無しさん:2009/06/23(火) 23:02:54 ID:tmUxG/Zi
第二十二話「山崎」(5)
本庄と京で別れ、兼続は山崎に向かう。本庄は、近衛家など上杉と関係の深い
貴族への工作、諜報網の再構築などの仕事をしてもらう。なにやら、背中に、
ねばつくような視線を感じた気がしたが、気のせい、気のせい、気にしない。
それにしても明智に勝った山崎に城を造るとは、明智討伐の功績の看板を立て
ているようなものじゃな、秀吉公は芝居がかっているようで無駄なことはされ
ないお方じゃ。手ごわい。上杉の命運のかかった対面じゃ、気をひきしめねば。
山崎の城に着く、すぐに秀吉の陣所に通される。ひっきりなしに、人が出入り
しており、活気にあふれている。近習らしき若者に来意を告げる。すると、奥
から、日に焼けたしわだらけの小男が、顔を見せ、「今、堀殿と重要な話をし
ておるので、少し待っていただけ。佐吉、相手をせよ」と若者に向かって言う。
「それがしは、石田三成でござる」あっ、思いだした。「明智の使者のことを
お尋ねの手紙を下された方じゃな」兼続、調査書を手渡し「そなたは、秀吉公
の歴史を叙述する係りのお方なのか」と尋ねる。すると、三成は、大爆笑する。
きょとんとする兼続。笑いすぎて、目に涙を溜めた三成「失礼。そなたが、そ
う思うのも無理ないのう。これは意外と重要なことなのじゃ。盟約の証として
そなたに教えて進ぜよう」兼続、興味津津。「秀吉公が、ほかの諸将、例えば
柴田などに先んじて、明智を討つことができたのは何故か、おわかりか」「毛
利と講和して、中国大返しという強行軍で、山崎に到着したと聞いております」
「その前じゃ、なぜ秀吉公は、明智の謀反を知ったのか」「詳しくは存ぜぬが、
確か明智が毛利に送った使者が、闇夜に陣所を間違えて、秀吉公の陣にはいっ
たと聞いておりますが」「世間ではそうなっとるのう、というか、われらが、
そういうことにしておる」「実際は、違うのですか」「違う。高松城の水攻め
のために、われらは一里にわたって堤を築いた。すっぽり、水攻めにするため
に。高さ二十間じゃ。いくら、慌てていても、闇夜であっても、間違いようが
あるまい。よしんば、間違えて、迷い込んだとして、そんな男の言う、荒唐無
稽な話、信じられるか。明智に上様が討たれたなど」うんうん、いつものよう
に、話に引き込まれる兼続。「毛利は、律儀が表看板じゃが、調略にも長けた
家じゃ、明智に謀反の兆しあり、という噂は、以前より何度も流されておる。
毛利は、われらの隙を狙って、いろいろな諜報戦をしかけておった。われらは、
頭から信じておらなんだが、一応そのたびに安土に報告しておった」「それで
は、誰から情報を得たのですか」「ここからが、秘密の話じゃ。聞けば、そな
たも共犯者じゃ。一生、秘密は守ってもらわねばならぬ。本能寺の変について、
秀吉公に正確な情報を最初に送ってきたものは、明智じゃ」エー、驚きの余り
腰が抜ける。「すると、秀吉公は明智と謀反の計画をたてておったのですか」
「そうではない。明智の謀反は発作的なものじゃ。それが証拠に、圧倒的な兵
力差だったのに、明智の指揮官級の戦死者が多い。兵が、相手を知って怯えた
ため、指揮官級のものが陣頭に立たねばならなかったためじゃ。兵まで、話が
通っておらん。時間がなかったのじゃろう」「それでは、なぜ、明智は、秀吉
公に、書状を送ってこられたのか」「もともと、明智と、秀吉公は、親しい間
柄じゃ」そこまで、話したところ、秀吉が、「入っていただけ」と声をかけた。
めちゃくちゃおもしろいです!!!
こんな大河だったらよかったのに・・・・。
94 :
日曜8時の名無しさん:2009/06/24(水) 22:49:48 ID:la1FLrNk
第二十二話「山崎」(6)
三成と一緒になかに入ると、三十歳くらいの温厚そうな武将が、「わたしは、
これで」と、三人に対し、丁寧にお辞儀をして出て行った。「堀殿は、流石じ
ゃ。上様のお眼鏡にかなうだけのことはある。佐吉、堀殿を見習え。そなたは、
わしの取り次ぎをしておるが、取り次ぎをするものは、どうしても増長してし
まうものじゃ。そなたの後ろに、わしの姿を見、そなたの言葉を、わしの言葉
と思うて、みなへりくだる。そなたも、いい気になっていると、わしが死んだ
ら、みなから袋叩きにあうぞ。そなたには、愛想がない。その点、堀殿は、上
様が死んでも、みなから重んぜられておる。なぜか、よく考えよ」いきなり、
三成に説教する秀吉。三成も、負けていない。「ご自分が死んだあとのことを
心配されるならば、女遊びをほどほどにして、養生して長生きすることを、お
考えになるべきではありませんか」うわー、こんなこと言ってもいいの、ちょ
っと驚く兼続。
「話は聞こえていたぞ。堀殿も、聞いておられた。困っておられたぞ」「あの、
堀殿とは」「堀秀政殿じゃ。上様の近習を長く勤められ、本能寺の時には、た
またま、軍監として、われらのところに派遣されていたので難を逃れた。利口
で、戦もうまく、人柄もよい、申し分のない男じゃ。この三成も利口では、負
けぬがのう」世の中には、優れた男がたくさんおるのう。
「上杉にとって、柴田は大敵。羽柴様と盟約を結び、柴田を討つことに異存は
ござらんが、実はわれらは、その後のことを心配しております。ざっくばらん
に言って、柴田を滅ぼした羽柴様が、その次に上杉を討たんとしているのでは
ないかと、疑念を持っております」兼続、ずばり斬り込む。すると、秀吉、ち
ょっと感心したような顔をして、にっこり笑う。「つまり、信用できぬという
ことじゃの。うん、うん、無理もない。上様のやり方では、そう思われても仕
方がない。しかし、わしは違う。上様のやり方は、味方さえ敵にまわすような
ところがあったが、わしは、敵を味方にすることを考えておる」かなり、失礼
なことを言ったのに、全然怒らず、こちらの意図を正確に理解している。
「その前に、佐吉の話の始末を、わしがつけよう。わしが、どんな人間か、そ
なたに知ってもらわねばならぬ。佐吉が言うたように、わしと明智は親しい間
柄じゃった。わしは、上様の草履取りからの成り上がり者、明智は、上洛直前
に、義昭様を連れてきた新参者じゃ。上様は、そんなわれらを引き立てて下さ
れたが、ねたむ者も多かった。上様が酒宴を開いても、二人のところには、誰
もこない、自然に親しくなった。そうそう、命も助けられたこともある。朝倉
攻めの時、浅井が裏切り、わしがしんがりを買って出たとき、明智が鉄砲隊を
率いて、援護してくれた。最近でも、わしは中国、明智は、丹波・丹後を担当
しておったから、共同作戦を何度もした。できる男じゃったし、何よりも教養
があった、何でもよく知っておった、明智は、朝倉に仕える前、各地を放浪し
ていたようじゃが、いろいろ勉強しておったのじゃのう。わしは、無学の百姓
の出じゃ。ほんとうに、いろいろなことを教えてもらって、助けられた。わし
は、明智のことを尊敬しておった」すると、伝令が入ってきた。「滝川が、動
き出したようでございます」「やはりな」秀吉、伝令を呼び、出陣の支度を命
じる。
95 :
日曜8時の名無しさん:2009/06/25(木) 23:02:15 ID:eQeRHWVE
第二十二話「山崎」(7)
「滝川も、わしの味方をすればよいものを。関東で敗れて逃げ帰ってから、や
ぶれかぶれじゃ」「明智からの使者は、どんなことを言ったのですか」「おお、
明智はわしに、協力して、柴田と戦うことをもちかけてきた。最近の上様は、
確かにおかしかったし、おりにふれて明智とそのような話をしていたので、あ
いつは、すんなり、わしが同意すると思ったのじゃろう。それに、毛利の大軍
と、対峙しているわしの軍も、上様が亡くなった報告が入れば瓦解すると、思
うたふしもある。ちょうど、滝川のようにな。明智は、やはり新参者じゃ。わ
しと上様の関係が、全くわかってない」そういうと、秀吉のしわだらけの顔に、
さらにしわがより、涙が流れてきた。驚く、兼続。「わしは、尾張中村の貧し
い百姓のせがれじゃ。父は早くに戦死し、やもめになった母上は再婚されたが
その再婚相手と折り合いが悪かったわしは、家を飛び出し、諸国を放浪した。
遠江で、松下様という領主に拾われ、一生懸命働いたが、同僚にねたまれ、尾
張に舞い戻ることになった。その後に仕えたのが、上様じゃ。上様は、わしに
一生懸命お仕えする気持ちがあることを、すぐに見抜かれ、仕事を、次から次
へとまかせてくださった。最初は、台所の奉行、塀のつくろいから、墨俣一夜
城と、だんだん大きな仕事をさせてくださったのじゃ。わしが、どれほど感激
したか、そなたにわかるか」鼻水も出てきた秀吉、嗚咽する。「それまで、わ
しには、居場所がなかった。どうして生まれてきたのじゃろう。何をすればよ
いのじゃろうと考えておった。そのわしに、上様は、働き場所を作って下され
た。がんばれば、さらに大きな働き場所を、作って下されたのじゃ。これほど
しあわせなことはあるまい。やればやるだけ、大きな仕事を作って下された。
最終的には、毛利攻めの大将にまでして下された。ただの百姓のせがれを、そ
こまでしてくだされたのじゃ。そんなお方は、天地開闢以来おるまい。そして、
今年の正月には、安土で諸将が居並ぶ中、わしを上座に引き上げて下され、額
をなで、侍ほどのものは、筑前にあやかりたいものだ、とまで言うて下された
のじゃ。温かい手じゃった、その手の感触と、晴れがましさ、これまでの苦労
が報われた感激は、今も忘れてはおらん」鼻をかむ秀吉。心打たれる兼続。い
つの間にか三成はいなくなっていた。「そのわしに、上様を討った明智に同心
しろと、明智は言うて来たのじゃ。これほど、頭にくることがあるか。あいつ
は、わしのことを全然わかっていなかったのじゃ。即座に、取って返し、仇討
をする決心をしたが、明智への返事は、同心したいが、毛利の大軍の前で、身
動きがとれない、ということした。油断させて、こっそり、取って返し、あい
つを打ち破るためじゃ。」そして、秀吉は兼続をいざない、山崎の戦いの戦場
を見せる。「策はあたったぞ。われらが、山崎に到着する直前、明智の最精鋭、
斎藤内蔵助の部隊は、まだ長浜城にいた。柴田に備えるためじゃ。斎藤の部隊
は、三日間二十里以上を踏破する強行軍の後、左翼の先鋒として、戦に突入じ
ゃ。そして、斎藤の部隊から、明智軍は崩れた。疲労困憊しておったからじゃ
ろう。もっとも、わしの直率の部隊も、中国大返しの疲労のためか、動きが鈍
くて、やきもきしたものじゃ」今度は、秀吉にっこり笑う。
96 :
日曜8時の名無しさん:2009/06/26(金) 23:20:59 ID:7lVVLZD4
第二十二話「山崎」(8)
「こんなものでよろしゅうございますか」三成が、書いたばかりの文書を携え
て戻ってきた。秀吉に見せる。「うん、うん。直江殿にも見ていただこう」
兼続も見せてもらう。
「今度、羽柴秀吉、備中国で乱妨をくわだてるについて、将軍御旗をいだされ、
三家も、ご対陣のよし、まことに御忠烈のいたりであって、ながく来世に伝え
られるであろう。しからば、光秀ことも、近年信長にたいし憤りをいだき、遺
恨もだしがたいので、今月二日、本能寺において信長父子を誅し、素懐を達し
た云々」
「何ですか、これは」「たった今、そなたから頂いた調査書をもとに、偽造し
た、明智の書状じゃ。明智は、われらにではなく、毛利に書状をだしたことに
するためじゃ」なんと、手の込んだことする。歴史が偽造される瞬間にたちあ
った兼続、ふと司馬遷も、こんなふうにだまされておるのかな、と思い「後世
の史家も、戸惑うことでございましょう」と口に出す。すると、二人は、顔を
見合わせ、大爆笑する。「ほんに、直江殿は愉快な男じゃな。おもしろい」秀
吉が、腹をかかえる。「結果論でしかものが言えぬ史家など、紙魚のようなも
のじゃ。そんな奴らにどう思われようが、どうでもよいことじゃ」と三成。
「われらは、これより信孝様を擁する柴田と戦う。そんなとき、われらが明智
と共謀して謀反を計画していたなどと言われれば、織田家中の多数派工作にも
支障がでよう。大体、どうしてあんなに早く戻ってこれたのか、疑問に思って
おるものも多い。中国大返しじゃというて、ごまかしておるが。柴田も必死じ
ゃ、劣勢を挽回しようとして、ありとあらゆる手を打っておる。この前も、前
田などを遣わして、春まで休戦にしようと必死じゃった。これは転ばぬ先の杖
じゃ」なんという深謀遠慮、兼続、あっけにとられる。
>>84 いつも楽しく読ませてもらってます。
兼続の子どもですけど、最近翻刻されて紹介された『兼見卿記』によると、
長女松は天正13年生まれ、次女満(兼続の実子ではない説あり)天正15年生まれ、
平八が文禄4年生まれみたいです。
日記によると、ドラマと違って子どもたちを連れて京都に上ってるみたいです。
よくいわれている菊姫のお供と言うことではなく、兼続の妻として人質として
上京したのでしょう。
別に史実に合わせることはないと思いますが、ご参考までに。
98 :
日曜8時の名無しさん:2009/06/28(日) 19:35:07 ID:Z8D7dY5D
第二十二話「山崎」(9)
「これで、われらは秘密を共有する一味じゃ。直江殿、これから頼むぞ」ばん、
と背中をたたかれる。「われらは、雪が溶ける前に、滝川を討ち、信孝様を降
し、長浜城を奪回し、柴田の南下に備えることといたす。決戦は春、場所は近
江・長浜のあたりではないかのう。そこでじゃ、柴田軍が南下したら、その留
守を上杉殿に衝いてほしいのじゃ」兼続、ここで安請け合いをして、後で失望
させては、反動が空恐ろしいと計算し、正直に言う。「柴田は、われらにとっ
ても仇敵、討ちたいのはやまやまですが、実は」謙信公以来の武勇をけがすこ
とになるかのう「佐々の鉄砲隊に圧倒されており、手も足も出ない状態でござ
る。しかし、攻勢のふりをして、柴田の一部の部隊の足を止めるぐらいのこと
はできます。それに、これをお納めください」と、越中・能登・加賀などに派
遣している細作からの情報をまとめた文書を出す。万事隙きなき男、直江兼続、
こういうところは抜かりがない。「ははは」秀吉、爆笑。「わしは、そなたが
気に入った。そなたの知行はどのくらいじゃ。わしに仕えんか」「殿、このお
方は上杉殿の一の家臣でござる。それは、無理な話じゃ」「佐吉、直江殿に新
しい鉄砲でもお贈りいたせ。直江殿、一緒に晩飯を食おう」秀吉、出陣を控え
た前夜だというのに、兼続を離さない。
99 :
日曜8時の名無しさん:2009/06/29(月) 00:10:41 ID:rXcMQJpn
第二十二話「山崎」(10)
「わしは天下をとる。さすれば、そなたも富貴思いのままじゃ、どうじゃ」秀
吉ちょっとしつこい。兼続、話をそらす。「敵を味方にする、とはどういうこ
とでございますか」「敵を味方にする。おお、忘れておったぞ。わしは毛利攻
めで不思議な男に出会った。最悪のやつじゃ、こやつほど腹黒いものは、この
下り果てた世でもおらん、恩人も縁者もおかまいなしに殺す、それも毒殺、暗
殺など陰険姑息なやり方じゃ。なにしろ、十年連れ添うた自分の女房の父親を
平然とわが手にかけることができる男じゃ。そのため、女房は自殺しておる。
どうじゃ、こんな腹黒い男は、東国にはおるまい」真田が、おりまする、兼続、
心の中でつぶやく。「しかし、この男、宇喜多直家というが、こやつが、わし
を助けてくれたのじゃ。そしてわしは、敵を味方にするこつをつかんだのじゃ」
うん、なに、おもしろそうじゃ。「わしが毛利攻めの大将にしていただいたの
は、天正五年十月のことじゃ。黒田官兵衛の根回しもあって、最初はすらすら
と進んだ。何しろ、手取川の戦いの直前、無断で離脱して上様に本気で斬ら
れそうになった直後じゃから、わしも必死じゃった」「手取川の戦いのとき、
それがしは謙信公の側近におりました。なぜ、離脱したのですか」「柴田軍は、
柴田自身もそうじゃが、佐久間、佐々など尾張の筋目正しい武者で構成された
部隊じゃ。わしとは、まったく適わないものどもじゃ。特に佐々などは、露骨
にいやがらせをしてくる。こんな奴らと戦えるか、と無断で離脱してきた。上
様は激怒され、わしは辞世を考えておったが、ちょうど松永久秀が謀反を起こ
したので、その討伐に出陣することになったので、うやむやにすることができ
た。その後、六千の兵を率いて播磨に出陣した。しかし、その後が大変じゃっ
た。別所が裏切る。荒木が裏切る。わしの知恵袋、竹中半兵衛は病気になるし
黒田官兵衛は、荒木を説得に行って戻ってこん、牢にいれられていたのじゃ。
毛利の大軍は迫ってくる。援軍を頼もうにも、みな忙しく、来てくれん。そん
な時、宇喜多から服属の申し出があったのじゃ。わしは飛びついた。あいつは
備前・美作の領主じゃ。これまで、毛利の先鋒として敵じゃったものが、味方
になってくれるのじゃ。独断で服属を許して、上様に事後承諾していただこう
として、また怒られた。今度こそ、本気で斬られそうになったが、うまくごま
かした。」ふーん、秀吉公も信長に、何度も殺されそうになっておるのじゃな、
「わしが、別所攻めに専念できたのも、宇喜多が毛利を食い止めていてくれた
おかげじゃ。というか、世間ではわしは毛利攻めで大きな功績をあげたことに
なっておるが、その功績はほとんどすべて宇喜多のおかげじゃ」秀吉公は、人
を使えるお方じゃな。配下の功績を正しく評価できるお方じゃ。「わしも、腹
黒いという評判は聞いておったし、いろいろ調べさせた。聞けば聞くほど、知
れば知るほど、いやな奴じゃ。あの男、最後には、体が崩れる奇病にかかって
死んだが、世間のものは因果応報というた程じゃ。しかし、わしには一貫して
忠実な男じゃった。なぜか、わかるか」思わず、身を乗り出す兼続。
100 :
日曜8時の名無しさん:2009/06/29(月) 23:24:10 ID:rXcMQJpn
第二十二話「山崎」(11)
「それは、わしが、あいつの、この世にただ一人の理解者だったからじゃ」「
理解者とはどういう意味ですか」兼続、くいつく。「理解者というても、あい
つの行動すべてを是認するわけではない。ただ、あいつがどうして陰険姑息な
謀殺をくりかえしたのか、理解しようとしたのじゃ。そうせざるを得なかった、
あいつの悲しみもな。裏切るやつは、利口なやつじゃ、世の中がよく見えてお
るということじゃろ、世間の評判など気にはせんと言いながら、実は気にして
おる。理解者を欲しておるのじゃ」自分に真田が理解できるじゃろうか。それ
にしても、秀吉公は、はかりしれないお方じゃ。「あいつの臨終のとき、わし
は、あいつが人質に出してあった息子を連れて行ってやった。秀長などは、こ
れは謀略で、おびきよせられて殺されるかも知れんと、えらく心配しておった
が、わしには確信があった。わしを殺すということは、あいつにとって、自分
を殺すということじゃ。絶対に、そんなことはないと」はあ、何かすごいな、
「秀吉公は、人たらしの天才というのは、そういうことなのですか」「はは、
人たらし、というのは、決してほめ言葉でないぞ。大体、上様にそんなことが
通用すると思うておるのか、上様は、そんな小賢しいことが一番嫌いじゃった。
あっという間に、斬られておるわ。人を動かすことができるのは真心だけじゃ」
兼続、目の前にいる風采の上がらない小男が大きく見える。「わしは、上様に
仕えるまで、世の中の下の下で、はいずりまわっておった。いやなこともたく
さん見たし、聞いた、自分もまきこまれたこともある。おお」秀吉、ぶるっと
震える。「いやじゃ、いやじゃ、思い出したくない。ともかく、わしは、本当
にいやなものを見てきた、しかし、そのせいか、他のものより、人の心がよく
わかるつもりじゃ。これが、わしの唯一の長所じゃ」「宇喜多に裏切られると
は、思わなかったのですか。どうすれば、裏切られないのですか」「信じてや
ることじゃ。そして、このお方だけは失望させてはならない、なぜなら、この
世で、自分のことを理解してくれるのは、このお方だけじゃ、というものに、
そなたがなれば、絶対に裏切られることはない。」うーん。
「殿、大谷が戻って参りました。長浜城の調略に目処がついたようで」「そう
か、では、滝川は後回しじゃ。まず、近江を固める。信雄様はどうじゃ」「家
老に工作中でございます。近日中に、よい返事をもらえると思います」
あわただしくなった城内、兼続、秀吉に丁寧に別れを告げる「直江殿、また」
100おめ!
102 :
日曜8時の名無しさん:2009/06/30(火) 21:09:59 ID:iNzdSQv8
第二十二話「山崎」(12)
京にもどり、本庄と合流する。本庄が、もう少し手間取るというので、翌日、
兼続は、ひとり京の町を散策する。出がけに「ご家老、今日のところは、宿
舎でゆっくりされていては」と本庄が半笑いで言う。なぜじゃ、不思議じゃ、
そういえば、みな、兼続の顔を見ると半笑いで、何かを隠しているようだ。
天正十年も暮れるな、本当にいろいろなことがあった年じゃった。東国に、
北条・徳川の同盟ができ、上方では、秀吉公と柴田の戦いが始まる。上杉は
どうするべきかのう。真田の扱いは、どうすればよいのじゃ。いろいろ、考
えていると、寺院の焼け跡に出くわす。火事じゃろうか、と、近くを歩く人
に「これは、なんというお寺ですか」と尋ねると、不審そうな顔で「本能寺」
と言われた。おお、これが本能寺か、われらが命拾いした本能寺か、ふーん。
真田を許すべきじゃろうか、真田を信ずるべきじゃろうか、あいつの諜報力
は魅力じゃが、いろいろ考えていると、今度は、格子の向こうにきれいな女子
が鈴なりになった店に出くわす。なんじゃろ、兼続、近づいて、入ろうとした
瞬間、後ろから「なおえかねつぐ」と女の声で呼び捨てされる。あれ、お船殿
の声によく似ておると、振り向いたら、そこに瞳に怒りの炎をめらめら燃やす
お船の姿が。「捕縛せよ」あれ、ちょうど角で大八車が倒れる、「助けて下さ
れ」通行人の注意が逸らされ、死角が作られる。左右から、細作が殺到する。
あれ、あれ、兼続、目隠しをされ、手足を縛られ、かごに押し込まれる。「奥
方様、捕縛いたしました、状況から見て、未遂でございますが、心証は真っ黒
かと思われます」「うむ、十分詮議せねばなるまい。ものども、ひったてい」
エー、何、これ、本庄が言うておったのはこれか、しかし、どうすればいいの
じゃ。ぐるぐるまきで、かごに押し込められた、直江兼続、なぜか、ぐーぐー
寝てしまう。
ちょw
兼続ねるなwww
この調子だととても47話では収まりそうにない・・・
だがそれが良い(笑)
105 :
日曜8時の名無しさん:2009/07/01(水) 21:05:39 ID:RGhnhvzq
<反省会>
さて、どこから手をつけてよいものか。さすがのわらわもとまどうぞ。まずは、
この男を起こさねばなるまい。「兼続殿、起きなされ、反省会の時間じゃ」
なんと、まだ寝ておるのか、本当に不謹慎なやつじゃ。えい、頭を叩いてやろ
う。ポクポク。「はっ!あれ、目が見えない。どうしたのじゃ」おお、目隠し
したままじゃった。ええい、世話の焼ける。「お船殿、どうして京におられる
のですか、あの者どもはなぜ」「ストップ!それは、本編で聞きなされ」「せ
めて、この縄を緩めて下され」「ならん、そなたは今回はそのままじゃ。反省
せよ」「よく、本編をご覧くださりませ。それがしは好奇心旺盛なだけで、清
廉潔白じゃ」「じゃから、それは本編で申せ。うまく、申し開きができないと
六条河原で首を斬られることになるぞ」「エー」
「何か、それがし最近かっこわるくないですか」「実は、最近筆者は、そなた
を主人公にした本を読んだが、そなたは主役向きではないかもしれんのう。脇
役じゃと、司馬遼太郎先生の「関ケ原」とか、ほれぼれするほど、かっこいい
が、主役じゃとそうでもないのう。」「それは×××が悪いのじゃ」なんと、
平成の時代に伏字。何を言ったのでしょう。
「本当のお詫びから行くぞ。光秀謀反のところで「発作的」と書いてしもうた
が、いかにもまずい。「計画的なものではない」というふうに変えて読んでも
らおう。書き直すとき、いったい、それがいつになるか見当もつかんが、その
時に、考えよう」「そうですな、翌日には、やらかした、と気づいておりまし
た」「それに高松城、水攻めの堤、二十間はいかにも高すぎじゃろ」「そうで
すな、36メートルですから、別に秀吉公はダムを作ったわけではないのじゃ
から」「まあ、こんなこと、あやまっていたら、きりがないがのう」「そうじ
ゃ、しかし、今回は、「川角太閤記」に載せられている光秀の密書が、偽造さ
れたものであるという、ちょっとペダンチックな話になりましたな」「そうじ
ゃ、筆者の思いつきに振り回された回じゃった。それに真田が祟っておる。そ
なたが、絶対許さん、というたのが、ひびいておるのじゃ」
「この調子でだいじょうぶじゃろうか」「構想は大きいが、ナメクジのはうよ
うにしか手が進まないというのが、筆者の大きな特徴じゃ。そのため、研究者
として挫折したのじゃ。×××××まで、しながら」なんと、また伏字。ここ
だけ、戦前にもどったのでしょうか。
「つくづく思うのじゃが、今(天正十年・1582年)から、関ヶ原まで、た
った十八年のことじゃ。儒教的大義名分論で、そなたの行動を説明するのは、
難しいのではないかのう」「そうですな、秀吉公の政権簒奪を見れば、いっそ
う、そう思います」「みんな見て知っておる。天下はまわりもち、というほう
がよほど説得力があるのう」
「それとじゃ、九十七番殿が、親切に教えてくださったのじゃが、われらの子
作り、早めねばならないようじゃ」「エ!本当ですか?しかし、筆者は戦闘シ
ーンも苦手じゃが、そっちのほうは、さらに苦手でござるよ」
いったい、物語は進むのでしょうか。筆者も、心配しながら、ナメクジのよう
に進むだけです。みなさま、長い目で、よろしくおつきあいお願いします。
直江の「エー」ってのがいいwww
シリアスな描写もいいけど、コミカルな場面を描けるのがうらやましい・・
楽しく読ませてもらってますよー
うーん、相変わらずいいなあ
これ、まとめサイト作るか、本にしてコミケで販売したら? きっと売れると思うよ
109 :
日曜8時の名無しさん:2009/07/03(金) 22:38:57 ID:xwM1AVIc
第二十三話「賤ヶ岳」(1)
冬の日本海にしては、珍しく穏やかな海を、一隻の船が進んでいる。越後上布
を京に運んだその帰りだ。商談がうまくいったのか、商人たちが弾んだ声で会
話している。そのなかに、見るからに違和感のある一組の男女が「兼吉、肩を
もめ」「へい」もみもみ、よかった、これくらいですんで。なぜか、呼び名ま
で、変えられている兼続、深い安堵の溜息とともに、昨日のことを思い出す。
「到着しました」どすん「すみませぬ、担ぎ手が疲れてしまって」「かまわぬ、
わらわの部屋に連行せよ。ほかのものは大儀じゃった」かごを落とされ、腰を
うった兼続、ずるずる引きづられて、お船の部屋に連行される。「どういう、
ことじゃ」お船の声は、あくまで冷静に聞こえるが、それが恐ろしい兼続。先
に、いろいろ尋ねる「どうしてお船殿は、京におられるのですか。菊姫様のお
世話は、どうなっているのですか」「うむ、わらわが今回上洛したのは、菊姫
様のお使いなのじゃ。菊姫様の腹違いの弟君に、武田信清様というお方がおら
れるのじゃが、武田崩れの後、高野山に登っておられる。このお方を今回、上
杉家で、召抱えることになったのじゃ。そのお話を、もってきたのじゃ」うま
く、話にのってきた、しめしめ、この調子じゃ「それは、大変よいお話ですね。
武田の血筋を上杉に残すのはよいお考えじゃと思います。で、感触は」「信清
様も、お喜びのようじゃ、もっともわらわが高野山にいくわけにはまいらんか
ら、使者のいうことじゃが」「よかったですね」ああ、よかった、話がそれて
「わらわが来たのには、もうひとつ理由がある。あの細作どものためじゃ。あ
の者どもは、先日、真田から送り返された者どもじゃ。面がわれてしもうては
東国では使えぬ。それに、真田の調略を受けて、上杉の情報を真田に送るため
に、送り込まれたものかも知れん。そこらのことを、わらわ自身の目で確かめ
たかったのじゃ」ふーん、お船殿は、あいかわらず考えが深いのう「では、そ
れがしを襲わせたのも意味があるのですか」「実は、そうじゃ。いかに真田の
諜報機関が優秀だとしても、あっさり捕まえられ、みな自信を失っておる。信
頼も失っているのではないかと、心配もしておるかもしれん。そこで、そなた
を監視させ、襲わせたのじゃ。見事なものじゃったのう。わらわが、個人的な
ことを、命じたので、信頼されていると思うてもらえたとも思うし、そなたに
対する親近感も生まれたであろう」「なるほど、なるほど、やはりお船殿は、
唐の軍師のようなお方でございますね。やることに無駄がない」「そなた、話
をそらしたつもりじゃろうが、そうはいかん。そなた、罰として越後に帰るま
で、わらわの世話をせよ。じつは、連れてきたもの、ほとんど京に残していく
ことになったのじゃ。上方の情勢を、いちはやくつかまねば上杉の命運に、か
かわることになるのでな。そなたの名前は、越後に帰るまで、兼吉じゃ」「へ
い」なぜか、後世の丁稚のような返事をしてしまう兼続。
もみもみ、本庄も、この船に乗っているはずじゃ。はやく、助けにこい。兼続
念力で本庄を呼ぶ。本庄なら、うまくとりなしてくれるはずじゃ。「兼吉、も
っと心をこめて、もめ」もみもみ、もみもみ。本庄はやく、こい。もみもみ。
もみもみww
最近面白すぎますw
つまんないこといって負担を掛けるなよ
秀吉のキャラがいい。
114 :
日曜8時の名無しさん:2009/07/06(月) 17:39:03 ID:YgmOZ5lI
秀吉のキャラは確かにあってる
でも、それ以外ほめるとこがない
真田役はいいけど槍使いがしょぼいし
115 :
日曜8時の名無しさん:2009/07/07(火) 00:06:01 ID:7O1nIlvd
第二十三話「賤ヶ岳」(2)
春日山に戻った兼続、さっそく景勝に会う。ちょうど、景勝は、外交担当の重
臣狩野秀治と情勢分析をしていた。「おお、大儀じゃった。それで秀吉とは、
どのような人物じゃった」「へい」「ん、どうしたのじゃ」「いえ、なんでも
ありませぬ。秀吉公は、一度会っただけで百年の知己になったような心持にさ
せるようなお方です。それがしと会ったわずかな間に、泣いて自分の心情を吐
露されるかと思えば、想像もつかないような陰謀を明らかにされたり、変幻自
在に人の気持ちを獲られる方です。まず、万人に仰がれる器量の持ち主、天下
を狙えるお方かと拝察いたしました」「そなたも、すでに心を獲られたよじう
じゃのう。しかし、あのものは、山中鹿之助など尼子残党の勇士を見殺しにし
た奴じゃ。信長同様、計算高い男であることは、忘れてはならん」尼子出身の
狩野、上月城のことがひっかかっているようだ。確かに、あの寸分もらさぬ証
拠隠滅を見れば、甘い男でないことは間違いない。それは、その通りじゃ。
「柴田は、信長の三男信孝を擁し織田家を守る立場で戦うつもりじゃろう。秀
吉は、どのような名目で戦うのじゃろう」「信長の次男信雄を迎立するような
工作をされておりました」「信雄か、清州会議でも、誰も後継者に推すものが
なかった不覚なお人じゃと世間の評判じゃが」「御館様、先日、徳川と北条は
織田の調停を受け入れる形で、和睦いたしましたが、その調停は信雄の名前で
出されております。徳川と親しいのかもしれませぬ。信長も、若き時分は、う
つけ者といわれておりました。あるいは、爪を隠す鷹かもしれませぬ」「うむ、
そうじゃ。油断禁物。われらにとって、一番注意しなければならないことは、
徳川・北条と、羽柴あるいは柴田の連合軍が攻め込んでくることじゃ。本能寺
直前のような事態は、なんとしても避けねばならない」「やはり、新発田を早
く片づけないと、大きな災いになるやもしれませぬな」「そのことでございま
すが、本庄は、なかなか使える男でございます。御館様に対する忠誠心も、ま
ずまず、大丈夫ではないかと思われます。任務を与えればよろしいのでは」兼
続、新発田対策に本庄を推挙する。本庄の名前が出ると景勝と狩野、とたんに
笑顔になる。半笑いで、狩野が言う。「本庄が言い触らして居るぞ。そなたと
お船殿の仲睦まじいこと、見たことがないと。そなたが、まめまめしくお世話
するので、邪魔をしては悪いと一歩も近づけぬ有様じゃったと。そなたは、上
杉家中第一の愛妻家じゃと城下の町人どもにも評判じゃ。なにしろ、そなたが
戻って、時間もたたぬ間に、われらの耳に入ったほどにな」景勝も満面の笑顔。
兼続の心に突風が吹く。「それがしは、愛妻家ではない。恐妻家じゃ。なぜじ
ゃ。なぜ、誰もわかってくれぬのじゃ」心の叫びは、届かない。
ここの兼続は知謀に長けてるが天然だなw
おもしろすぎるwww
118 :
日曜8時の名無しさん:2009/07/08(水) 23:09:58 ID:xxUanTJS
第二十三話「賤ヶ岳」(3)
天正十一年正月、雪に埋もれた春日山。上方に配置してある細作よりの戦況報
告が続々届く。「信雄を総大将に迎えた秀吉軍は、美濃に進攻し岐阜城を包囲。
信孝は降伏し、三法師を秀吉軍に渡した模様」さっそく、景勝に報告する。
「信雄と信孝は、兄弟じゃろ、仲よくできんのか」ああ、お館さまは、景虎様
とご自分のことを重ねあわせておられるのじゃな「年は二十五歳と同じでござ
いますが、母親が正室ということで、先に生まれた信孝をさしおいて、信雄が
次男ということになったようでございます」「それだけ聞いても、仲よくなれ
そうもないのう」「清洲会議のときも、後継者を争う二人の軍勢が衝突寸前だ
ったと聞いております」「それで、秀吉は三法師を後継者にすることができた
のじゃな。三才の幼児を後継者などと、笑い話じゃ」「秀吉公は、あくまで信
雄を利用して、信孝・柴田・滝川を討つおつもりかと。秀吉公は、卑賤の身よ
り成り上がられたお方ゆえ、譜代の家臣を持ちませぬ。播磨や宇喜多など新付
の家来と、かつて織田家の同僚だったものを服属させているにすぎません。な
かには、丹羽・池田などのように明らかに格上のものも含まれております。秀
吉公にとって、名分こそが生命線じゃと思われます」「それにしても、信孝・
柴田は迂闊じゃのう。信雄を取り込めば、秀吉は将軍様でも引き出すしか、方
法はなかったろうに」「そうですな。織田家対秀吉公という構図にすれば、秀
吉公に服属しておる丹羽・池田はもとより、堀なども動揺し脱落したかもしれ
ません。柴田にも充分勝機が生まれたかと思われます」「それを気づかせない
ようにしておるのが、秀吉の腕ということか」「信雄に相当うまいことを言っ
ておるのでしょう。しかし、今度の戦いは読めません。柴田の与力の前田など
は、秀吉公と特に親しく、娘を秀吉公の養女に出しておるそうでございます。
秀吉公の軍のなかにも、柴田に心寄せておるものがおるとの噂もございます。
もとは、同じ織田家中のものども、われらのうかがい知れぬつながりがあるや
も知れませぬ。」「われらは、どうするべきじゃろう」「まず、越中進攻の準
備をするべきかと」「うむ、須田満親に準備させよう。ところで、そなた、子
はまだか」なにを突然おっしゃるのじゃ「わしにまだ子がないからというて、
そなたまで、わしに付き合う必要はない」「滅相もない、国事にまい進するの
みでございます」「本庄が言うておったぞ」また、本庄!「夕陽の沈む船の上
で、肩に手をおいて、仲睦まじく話す、そなたとお船は、まるで一幅の絵のよ
うであったと」お館さま、本庄は目が悪いのでございます。「しかし、あまり
にも、仲が良い夫婦は子ができんともいうが、今年は子作りにも励むのじゃ」
もう何もかもすべてがいやになった兼続、すべてをぶん投げて高野山に登ろう
とした謙信公のお気持ちがわかったような気がする。
>>118 お、そうだよ!
兼続、高野山行ってこい。武田信清を連れてくるんだ!
120 :
日曜8時の名無しさん:2009/07/10(金) 22:47:08 ID:HWAX+vD1
第二十三話「賤ヶ岳」(4)
「お船、そこに座れ。そなたと夫婦になって、もう一年以上になる。去年は、
信綱殿のことがあったから、それがしも大目にみておったが、年も改まったこ
とじゃし、今年は真の夫婦にならねばならぬ。聖人も言っておる。嫁しては、
夫に従えと、そなたも、それがしに従うのじゃ。よいか」お船がほほ笑む。
「まあ、そのお言葉を待っておりました。私も今年は女らしく、兼続様に尽く
します」よし、これでいこう。兼続、シミュレーション完了。のちに、「四季
農戒書」を著し、農民に、こまごま説教する兼続、説教は得意中の得意である。
「お船殿、そこにお座り下され」ちょっと弱腰かのう。お船がほほ笑む。あれ?
「まあ、そのお言葉を待っておりました」あれ、「ちょうど、肩が凝ってめま
いがしそうなくらいじゃ、そなたを呼びに行こうと思うておったところじゃ」
あれ、あれ、また、もみもみ?「ところで、そなた、真田が動いておることつ
かんでおるのか。どうも、家中に調略をしかけておるようじゃ」なんと!「そ
なたは、高坂のお館様謀殺に真田が関与していることを、お館様が内密にした
心意をどのように考えておる。せめて、真田の動きを止めんことには、被害が
出るぞ」「そのことで、ございますが」兼続、秀吉に聞いた宇喜多直家の話を
する。「まずは、真田を信じることが第一かと思いますが、それがしは信じる
ことができませぬ」「そなたは、話を取り違えておる。その宇喜多とかいう佞
人を、信じさせた秀吉公の偉さが分かっておらぬようじゃ。裏切りを繰り返し
てきた、その宇喜多が秀吉公になぜ、忠実じゃったのか?宇喜多は秀吉公にま
ことがあることを知ったからじゃ。女房ひとり、信じさせることができぬ、そ
なたには無理な話じゃ」説教するつもりが、いきなり大説教。子作りまでの千
里の遠き道のりを、あらためて実感し、暗澹たる気持ちになる兼続。
二月下旬、柴田軍南下開始。「予想より早いのう」「滝川がやられているのを
見て、がまんできなくなったようでございます。雪を踏み固めて、出陣したよ
うでございます」「北近江で、決戦か」「いや、細作の報告によれば、北国街
道には、きれめなく荷駄が続いているとのこと。柴田は、北近江を要塞化して、
長期戦に持ち込み、秀吉軍の乱れを待つつもりかと」「柴田は、慎重な戦をす
る男じゃ。秀吉が仕掛けても、受けなければ長期戦になるかのう」「秀吉公か
らは、背後を討つよう要請がきております。天下の安危、卿の諾否によって決
す。とまで、書いておるようで」「わしも、見たが、どういうことかのう」
「秀吉公にあったとき、はっきり、上杉にその力はない、と、それがしは言う
ております。なにやら、たくらみがあるのやも知れません」「うむ」
秀吉軍の優勢は動かない、しかし長期戦になれば、何がおこるかわからない。
秀吉軍は、大軍だが、秀吉に対する忠誠心はそれほど強くはない。実は、景勝、
秀吉のもとに兼続を送り、つい先日誓詞まで取り交わしたが、心情的には、柴
田軍を贔屓している。謙信公が病に倒れず、関東を平定した後、上洛していた
ら、北近江で、信長と決戦になっていたはずじゃ。それと重ねて見ている。そ
れに、群雄割拠の時代に戻ってほしいという願望もある。そうすれば、誰に遠
慮することもなく、上杉の家を守っていける。兼続、景勝の心の動きが、手に
取るようにわかるが、願望と予想を取り違えてはいけないとも思う。
121 :
日曜8時の名無しさん:2009/07/13(月) 23:20:51 ID:jLPGyHwR
第二十三話「賤ヶ岳」(5)
春日山の家老部屋。兼続、細作の報告を待ちかねている。「柴田軍が北近江・
柳ケ瀬に着陣し、それに対応して秀吉公が長浜城に入ってから、もうひと月に
なるのではないか。動きはないのか。報告が遅れておるのか」「まったく動い
ておりませぬ。双方、付近の山々を要塞化して対峙しておるとのことです」
まあ、高梨が言うのじゃから、ほんとじゃろうが、それにしても動かぬのう。
「双方、各地に使者を送っておるようです」こうなれば外交戦になるのう。
「柴田は、将軍様を旗印にし、毛利を動かそうとしております。他にも、四国
の長宗我部、紀伊の雑賀衆などにも使者を送って、秀吉の背後を討たせしめよ
うとしております」昨日の敵は、今日の友というわけか、しかし、毛利も長宗
我部も、あからさまな介入はすまい、勝敗が逆賭しがたいのに、負けるほうに
肩入れして、勝ったほうに恨まれるわけにはいかんからのう。劣勢の柴田にし
ても、越前・加賀・能登・越中をおさえておる、少なく見ても、四万は動員で
きる力がある。兵力だけでも、まともにやりあえるのは北条ぐらいじゃろう。
装備でいえば、天と地じゃ。「徳川は、どうじゃ」「徳川は、中立を維持。そ
の一方で武田の旧臣をさかんに召抱えております。すでに、その数は数百名に
のぼっております」徳川が、武田の精鋭を手に入れたか。ますます、強敵にな
ったのう。徳川家康、端倪すべからざる奴じゃ。家康は信玄公をどう思ってお
るのじゃろう。殺される寸前までいったのに、尊敬しておるのかな。
「越中はもうだめか」「須田満親殿、魚津城を放棄、越後まで後退しておりま
す」「佐々、ひとりでももてあますのう」鉄砲、鉄砲、ずっとこれにやられて
おる。「佐々には越後国内に進攻する気配もございます」「こちらも、お館様
の出陣をお願いせねばなるまい。」越中・能登は手柄次第と秀吉公にいわれて
おるのに、これではあべこべじゃ。新発田を後回しにしても、おしもどさねば
なるまい。兼続、上方の情勢にくぎづけ。
122 :
日曜8時の名無しさん:2009/07/16(木) 05:46:42 ID:JS6ksmbB
あついけどがんばれ
123 :
日曜8時の名無しさん:2009/07/16(木) 22:53:03 ID:JS6ksmbB
第二十三話「賤ヶ岳」(6)
「信孝、再挙兵。秀吉軍、差し出されていた人質を処刑し岐阜に向けて出陣」
「柴田軍、総崩れ。柴田勝家、所在不明」「北の庄城、落城。柴田勝家、自刃」
なんと、油断しておった。こんなに、短い間に、一週間足らずの間に、勝敗が
決するとは。いったい、何がおこったのじゃ。「細作に、どんな些細な情報で
もよいから、すべて送ってくるように命じよ」兼続、すこし焦る。長期戦にな
ると、踏んでおった。景勝に、報告しようにも、景勝は、新発田攻めのため、
新潟まで、出陣している。そこに、秀吉からの使者。勝利を伝えるとともに、
「なぜ、盟約どおり、柴田の背後を突かなかったのか。上杉の違約で、盟約は
白紙に戻った。こののち、新たに盟約を結びなおすのか、それとも、われらと
戦うおつもりなのか、こののちのため、上杉の存念を承りたい」という書状を
携えてきた。兼続、狩野秀治に相談する。「織田政権の後継者になった。上杉
の生殺与奪の権を握ったというておるのじゃろう。やることも、信長、そっく
りじゃ。自分が窮地のときは、へりくだり、有利になれば、居丈高じゃ。滅ぼ
されたくなかったら、臣従せよ、というてきておるのじゃろう、さて、どうす
るか。御館様には、至急、戻ってもらわねばなるまい」「一刻を争うことやも
知れませぬ。それがし、今から、北の庄城に行って参ります」柴田を滅ぼした
秀吉は、北の庄城に、陣を構え、北陸の平定を進めていた。
124 :
日曜8時の名無しさん:2009/07/17(金) 23:22:28 ID:pMNgWs3/
第二十三話「賤ヶ岳」(7)
北の庄城は、激戦の跡も生々しく、天守閣の残骸が焼け焦げている。秀吉の陣
所に行くと、そこには石田三成が待っていた。「直江殿、よう来た。今、上様
は、佐々とあっておるところじゃ。佐々も降伏した。これで、柴田の後始末は
ついた」上様?信長が生きておるのか?だから、あっという間に勝利したのか?
「あの、信長公が生きておられるのですか」きょとん、とする三成。そして大
爆笑する。「相変わらずじゃのう。そなたは。われらは、柴田を破り、秀吉公
は信長公の後継者となった。だから、呼び方も上様になったのじゃ。ちなみに、
信長公のことは、総見院様と呼ぶことになっておる」ふーん。あいかわらず、
緻密じゃのう。「しかし、わが軍の武将たちは、みな総見院様のもと、上様の
同僚じゃったものばかりじゃ。上様の天下人面を片腹痛いと思っておる輩も多
い。だから、われら身内から、上様とお呼びして、みなにわからせねばならな
いのじゃ」ふーん。「ところで、盟約が白紙にもどった云々という書状を頂き
ましたが、その真意は、どういうところにあるのですか」ちょっと、抗議の意
を含めながら問う。「われらは、上杉殿に臣従して頂きたい。人質も出しても
らいたいと思うておる。それがいやなら、戦うだけじゃ。佐々は、新発田と連
絡をとりあっておる。佐々と新発田で挟み撃ちにしたいと、今頃上様にお願い
しておるところじゃろう。もともと、総見院様の戦略ではそういうことになっ
ておった」なんと、落ち着け、落ち着け。石田の手に乗ってはいかん。
そこに秀吉がやって来た。「おお、直江殿、よう来た。よう来てくれた。北陸
まで来たからには、そなたの顔をみたいと思うておったところじゃ。以心伝心
じゃのう。わしに、仕える決心はついたか。ゆくゆくは国持ちに取り立ててや
るぞ」「こたびの大勝利、おめでとうございます。おっつけ、正式な賀使が来
るでしょうが、とるものもとりあえず急ぎ参上いたしました」「こたびは、丹
羽殿、前田殿に勝たせてもろうたようなものじゃ。上杉殿にも、助けてもらい
たかったがのう」すこし、嫌味じゃのう。「あまりにも突然の戦局の変化に、
戸惑いました。いかなる秘策があったのですか」「おお、実は、わしも、困っ
ておったのじゃ。柴田が、山の上に陣地を作って、こちらから挑発しても、ま
ったく動かない。その間に、滝川が息を吹き返し、信孝様も、策動を始めた。
柴田は、われらの大軍を釘づけにして、わが軍の乱れを待つ戦略じゃったのじ
ゃ。これをやりきられておれば、この戦さ、どうころんでおったか、わからん
かったのう。そこで、わざとわし直々に信孝様を討つと、軍を率いて、岐阜に
出陣するふりをして、隙をみせた。柴田の先鋒は、佐久間盛政じゃ。さっそく
くいついて、前線の砦に攻めかかってきた。今回の戦で、本気のものは、柴田
とわしだけじゃ。ほかのものは、勝ち馬に乗りたいだけじゃ。じゃから、局地
的な勝利で、雪崩をうって寝返るものが続出する。そこを、佐久間は読んでお
ったのじゃろう。賤ケ岳を落とされ、中川が討ち死したときは、危なかったが
おりよく、丹羽殿が助けに来てくれた。大垣まで進出しておった、わしも、す
ぐさま、取って返した。最初から、その計画じゃ。しかし、山崎もそうじゃた
が、走ってばかりのわが軍は、戦場についた時点で疲労困憊しておる。せっか
く、佐久間を攻め立てておるが、どうも足が重い。佐久間に逃げ切られると、
思うた時、前田殿が、急に撤退してくれたのじゃ。佐久間の先鋒と柴田の本陣
の間に陣を構えておった前田が、急に撤退したのじゃ。佐久間から見れば、本
陣が崩れたように見えるし、柴田から見れば、先鋒が崩れたように見える。こ
れで、柴田軍は総崩れじゃ」なるほど、そういうことじゃったのか。やはり、
ちかしい者同士の戦さというものは、他人のうかがい知れぬところがあるのう。
「実は、前田は、わしが柴田を助命して、高野山にでも登らせるのでは、と思
うておったようじゃ。そんなに仲はよくないが、なにしろ、付き合いが長いか
らのう。わしも、前田にそう思わせておった。しかし、そうはいかんのじゃ。
決めるところは決めないと、却って、戦乱が長引くことになる」秀吉の顔が、
厳しくなり、兼続も緊張する。
125 :
日曜8時の名無しさん:2009/07/18(土) 17:58:25 ID:t6b/GwyV
127 :
日曜8時の名無しさん:2009/07/18(土) 21:54:47 ID:9eeNlxfg
第二十三話「賤ヶ岳」(8)
「すでに、信孝様のお命も頂戴した。信雄様に自殺を強要していただいた。こ
れを見よ」「昔より主をうつみの野間なればむくいを待てや羽柴筑前」「これ
は何ですか」「信孝様の辞世じゃ。いつか、頼朝公のようなお方が現れて、わ
しも滅ぼされるかも知れんのう。しかし、わしは、この修羅の道をすすまねば
ならん。総見院様に、土民の中から見出されたわしには、総見院様の大業を継
いで完成させる使命があるのじゃ。この戦乱の世を一刻も早く終わらせ、万民
を幸せにする太平の世を開かねばならぬ。そこでじゃ、太平の世を開くために
そなたたちにも協力してほしいのじゃ」「それが、臣従せよ。人質を出せ。と
いうお話になるのですか」兼続、勝負どころじゃ、冷静にと言い聞かせる。
「わしは、毛利にも、わしを怒らせるな。という手紙を書いておる。まだ、出
してはないが。なぜか、分かるか」突然、毛利のことを言われても、困るのう。
「わしの支配地域は、近畿・中国・北陸など約二十ヵ国に及ぶ。動員できる兵
力は、最大で十五万じゃ。これから、わしが戦場に連れていく兵は十万を下る
ということはない。日本国中、わしに勝てる奴は誰もいない。全国平定も時間
の問題じゃ。しかし、わしにも弱みがある。わが軍の武将は、みな総見院様の
もと、わしの同僚じゃったものばかりじゃ。なかには、丹羽殿のように、明ら
かに格上のお方もおられる、なにしろ、わしの姓の羽柴の羽は丹羽殿から、き
ておるのじゃからな。さらに、信雄様もおられる。信雄様は、信孝様が亡くな
った今、天下を取ったと思うておられるかも知れん」「統制がとれないという
ことですか」「譜代の家臣がおらんからのう。成り上がり者の宿命じゃ。何と
かせねばならん。今、将軍になるか、関白になるか、考えておる」なんと。
「幕府を開くのですか」「将軍様に養子にしていただけるようお願いするつも
りじゃ」なんと。謙信公や信玄公のような名家のお方からは、出てこない発想
じゃ。「それで、われらに協力せよとは、どういう意味ですか」「うむ、上杉
は、東国の名門じゃ。謙信公以来武勇天下一の評判もある知らぬものなき武門
じゃ。毛利も西国一の大家じゃ。この両家がわしに臣従すれば、旧織田家中の
ものどもも、わしのことを認めるじゃろう」「だから、とはいえ、あまりにも
厳しき駆け引きではございませぬか」「はは、わしはひとを見て、駆け引きを
しておるつもりじゃ。上杉には、そなたがおる。毛利にも、小早川隆景という
きれ者がおる。駆け引きするわしの真意を読める男がのう」ふふん「では、佐
々が進言したという佐々と新発田で、上杉を挟みうちというお話は、どうなる
のですか」「わしは、それでもよい。そなたたち次第じゃ」にっと笑う秀吉の
顔の憎たらしいこと。
128 :
日曜8時の名無しさん:2009/07/18(土) 22:59:02 ID:9eeNlxfg
第二十三話「賤ヶ岳」(9)
「とはいえ兼続殿のことを、わしは気に入っておるから、もう少し、腹
を割ってやろう。佐々と、さっき会って、あいつの降伏を認めた。越中
一国安堵してやった。徳川家康殿には、駿府での人質時代にいじめられ
た孕石元泰とかいうやつを、高天神城攻略の際、捕えて切腹させたとい
う話がある。あの冷静で度量の大きい家康殿が、そこまでするのじゃか
ら、よほどのことがあったのじゃろう。腹にすえかねる、忘れ難いこと
がのう。実はわしもそうじゃ。佐々に対しては、腹にすえかねる、忘れ
難いような仕打ちをされた。わしが、総見院様にお仕えしたころ、あい
つは、どこぞの城持ちの息子で、総見院様の馬廻りじゃった。学もあり、
総見院様にも一目置かれておった。しかし、わしのことを徹底的に、嫌
っておった。阿諛追従の輩じゃというて、さんざんいじめられた。わし
が出世したのちも、わしの軍を死地に送り込み、手柄を横取りしようと
したこともある」「手取川の件ですか」「おお、それもあった」「その
ことを考えると、家康殿は切腹させたが、磔にしてもあきたらないくら
いじゃ。しかし、わしは佐々を許した。織田家中一秀吉ぎらいで有名じ
ゃった佐々を許したのじゃ」やはり、このお方は、大きなお方じゃ。
「勘違いするな。わしは、善意で許したのではない。この後の、全国平
定のことを見越して、許したのじゃ。秀吉には大度量がある。どんな奴
でも、降れば許すという評判のためじゃ」それでも、すごい。「しかし、
さっきの会見は失敗じゃった。わしは、昔のことはおくびにも出さず、
昔の朋輩じゃ。これからも力を貸して下されと言うた」「どこが、失敗
なのですか」「ののしればよかったかも知れん、と今思うておる」なん
と「わしのことを、さんざん馬鹿にしておったが、今の体たらくはなん
じゃ、と言うた方がよかったかもしれん」「そんなことを言えば、恨み
を買うだけでは、ありませんか」「いや、逆じゃ。わしが、聖人君子の
ような振る舞いをしたので、あいつの劣等感はさらに深刻なものになっ
たかもしれん。武力だけでなく、人格でも負けたとな。あいつは、絶対
わしを裏切るじゃろ。実は、わしもそれを無意識のうちに望んでおるの
かもしれん」なんか、よくわからない話になったぞ。「佐々は、新発田
と組んで上杉を滅ぼし、その後、わしにそむく気じゃ。じゃから、上杉
殿が、臣従してくださったほうが、わしには有難い。どうじゃ、そなた、
上杉殿を説得できるか」なるほど、押したり引いたり、目まぐるしく、
駆け引きするのう。しかし、ここらが潮時か、「承知いたしました。臣
従・人質の件、御意に添うよう努力いたします。ところで、徳川殿も、
柴田に同心しておるという噂も流れておりましたが、どのような対策を
とられたのですか」「わし、自ら戦況報告を書いて、家康殿に送った。
正直に知らせてやった。あのお方は、重厚なたち振る舞いをするお方じ
ゃ。軽々しいことはなされない」「家康殿をどのように見ておられます
か」「そなたはどうじゃ」「本能寺以後の家康殿のなされよう、これほ
どの力のあるお方とは思いませんでした」「北条と講和し、武田領を勝
ち取り、武田の精鋭も手に入れた手腕は見事じゃのう。さすが、総見院
様も一目置かれただけのことはあるお方じゃ」秀吉公も、よく見ておる。
「強敵でございますね」「いや、強敵を味方にするのが、わしのやり方
じゃ。まあ、見ておれ」秀吉公に会えば、自分の小さいことを思い知ら
されるのう、ちょっと、劣等感をもつ兼続。
おもしろいなあ
130 :
日曜8時の名無しさん:2009/07/23(木) 23:12:26 ID:IfyFAafR
第二十三話「賤ヶ岳」(10)
春日山に戻った兼続、景勝に報告する。狩野秀治も同席する。「さすれば秀吉
は、わしが臣従せねば、佐々と新発田を使って、われらを挟み討ちにするとい
うことか」「はい、佐々はそのつもりで新発田に使者を送っておるようでござ
います」「新発田の意気があがるのう。わしは、夏にもまた出陣するつもりじ
ゃ。はやく、つぶさないと、いつまでも祟られるわ」「蘆名の援助を切る算段
をせねばなりますまい。その前に秀吉公に誓詞を出し、人質を出す準備をしな
ければなりません」「人質じゃ、いうても、わしには、子がないぞ」「一門衆
筆頭の上条様にお願いするしか、ありますまい」「さっそく、手配せよ」「と
ころで、狩野殿、そなた、毛利の小早川隆景というお方をご存じか。秀吉公が
ひどく買っておったが」尼子旧臣の狩野、何のためかわからないが毛利研究は
怠らない、目を輝かせて話す。「元就の三男で、毛利の山陽道の大将でござる。
秀吉が、高松城から、撤退するとき、追撃を主張する兄・吉川元春などをおさ
えたそうで、そのため秀吉から高く評価されておるようじゃ」「秀吉公に天下
をとらせたお方というわけか」「毛利の当主、輝元は、元就の孫じゃが、気の
良いところが取り柄の凡庸なお方じゃ、しかし二人の叔父吉川元春と小早川隆
景が、しっかり、毛利を支えておる。わしは、気に入らんが、公平に見て、か
なりの人物じゃ」小早川隆景、覚えておこう。
家老部屋にもどった兼続、蘆名に送り込んでいた細作の報告を聞く。それにし
ても、越後の国は大きいのう。国境を接する敵も多い。北から、最上・伊達・
蘆名・北条・徳川・佐々。そうじゃ、真田の調略が家中に及んでおるようじゃ。
調べさせねばなるまい、新発田の乱を抱えておるのに、これ以上、家中が乱れ
れば命取りになる。兼続、家老部屋に詰める高梨外記などの家臣に、指示を出
そうとした、その時、家老部屋の襖がばたんと倒され、薙刀をもった侍女たち
が、乱入してきた。なんと、上杉の中枢まで、敵の手が及んできたのか、兼続、
とっさに応戦しようと、佩刀に手を伸ばすが、すでに薙刀が、頬に当てられ、
身動きがとれない。他の者も同様、みんなあっけにとられて、侍女の薙刀に、
制圧されている。
お船の差し金か?w
132 :
日曜8時の名無しさん:2009/07/25(土) 11:57:04 ID:31Poj23u
ストーリー展開が箇条書きされているみたいですね。
私が思う一場面での希望。
宴席で大久保彦左衛門(青年期、後者2人と同じ年齢)が石田三成と直江兼続をなぐる。
酒に酔ったフリをして、もちろんシラフ。
そして「貴殿らは生意気じゃ」と捨てセリフ。
当人の身分と位置関係で、これはたぶん不可能だろう?
133 :
日曜8時の名無しさん:2009/07/25(土) 11:58:54 ID:31Poj23u
>132
あるいは大久保が廊下を歩く石田と直江を長い棒で庭に突き落とす。
「ざまぁみやがれ」と捨てセリフ。
134 :
日曜8時の名無しさん:2009/07/25(土) 22:06:55 ID:IuCIU8mN
<反省会>
「本当に困ったものじゃ。前回の反省会は、七月一日でございましたな」「う
む。「賤ヶ岳」だけで、ほとんど、ひと月かかったのう。筆者の、のろまなこ
と、ほんとうに、なめくじのようじゃのう」「なめくじでも、もう少しはやい
のでは」「わらわの出番も少ないし」「それがしもインタビュアーのようです」
「ネタギレじゃ」「この後、どうなるのかな」
えらい言われようですが、それも無理ありません。筆者も、自分の怠慢に、改
めて驚いております。ちょっと、ピッチをあげないといけません。急ぎ足で、
次回へ、進みます。
毎日暑いとモチベーション下がるわな
まあ、あまり無理をせず…
応援してます
136 :
日曜8時の名無しさん:2009/07/25(土) 22:53:30 ID:IuCIU8mN
小牧・長久手(1)
「奥方様、制圧いたしました」やっぱり。悪ふざけにも程がある。今日
こそ、きちんと意見しようと、固く決心した兼続、怖い顔をして、お船
の入室を待つ。「お船殿」といいかけたところに、入ってきたのは、な
んと菊姫様だった。なんで?「奥方様、これは」といいかけたところ、
続いて、お船が入ってきた。「そなたたち、常在戦場という言葉を知ら
んのか。とくに、われらは、不慮の事件で、信綱殿を喪っておる。命に
代えて、兼続殿をお守りいたすのじゃ」「いつもながら、そなたたちの
お互いを思いやる仲の良さには、驚かされるのう」菊姫様、間違ってお
ります。「お館さまから、お聞きしたが、いずれわらわも、人質として、
秀吉公のところに行かねばならぬかもしれぬ。そのときに、連れていく
侍女の訓練をしておるところじゃ」それにしても、驚いた。ちびりそう
になった。まだまだ、修行が足りないのう、菊姫様を怒るわけにもいか
ず、反省する。「動いたので、お腹がすいたのう。次は、台所を制圧す
る。ものども、ついてまいれ」残されたのは、ぐちゃぐちゃになった部
屋。与板衆の秀英たち、のろのろと部屋を片付ける。「お船様は、おい
くつになられたのじゃろ」「お子でもできれば、落ち着くのじゃろうが」
「もう二十七か八になったのでは」それがしが至らぬばかりに、そなた
たちにも迷惑をかけるのう、心の中で、わびる兼続。
137 :
日曜8時の名無しさん:2009/07/27(月) 23:07:57 ID:mOeSyKWD
第二十四話「小牧・長久手」(2)
菊姫様の発案で、景勝・菊姫、兼続・お船の四人で夕御飯を食べることになっ
た。お館様が、新発田攻めに忙しく、奥方様もさびしいのじゃな。「兼続は、
わが弟のようなもの、お船はお菊の姉のようなものじゃ。これからも、頼むぞ」
弟と姉、いきなり分が悪くありませんか、お館様。話題は、人質のことに。「
秀吉に臣従したら、わらわも人質にでなければなりますまい。その覚悟は、でき
ております」「お船も、お供いたします」「その気持ちはありがたいが、情勢
は流動的じゃ。何がどうなるかわからん段階で、大事なそなたたちは出せん。
上条殿に子息を人質に出してもらうようお願いしておるが、まだ、実際に出す
と決めたわけではない」いつになく雄弁な景勝、すっかりくつろいでいる。
「兼続、そなたは、今後の情勢を、どのように見ておる」「はい、秀吉公は、
摂津・大坂に大きな城を築く準備を始めたとのことです。いよいよ、天下に立
つおつもりではないかと」「安土を再建するのではなく、大坂に新しく城を作
るのか。はっきり、世が変わったことを示したいのじゃな。はて大坂は、秀吉
の領地じゃったか」「信長の乳兄弟、池田恒興の領地でありましたが、美濃・
大垣と交換したとのことです。三法師も美濃・岐阜城に移すとか」「美濃は
信雄のものになるはずではなかったのか」「信雄に信孝を殺させるため、美濃
を領地として差し上げるという約束をしていたと聞いておりましたが、突然反
故にしたようでございます」「うむ、やはり秀吉も信用できぬところがあるの
う」「信雄も、納得はしておらぬ様子。最終的には秀吉公は、柴田・信孝にし
たように、信雄を挑発して、戦をする気ではありますまいか」「信孝に、続い
て信雄も討つのか」「そうしなければ、天下にたつことはできますまい」「秀
吉の力が抜きんでていることは分かるが、主家を討つことを、他のものも許す
じゃろうか」「秀吉公は、旧織田の諸将に領地の大盤振る舞いをしております。
丹羽長秀には越前一国を与え、前田利家には加賀一国を与えたとのことです。
信雄との戦のことを考えておるのでは」「秀吉の領地は、どのくらいなのじゃ
ろ。自分の領地を増やすことは、あまり考えずに、人にやるのかな」「石見銀
山などの金銀山を押さえておりますし、堺の商人どもとも昵懇とか、金銀と物
流を握ることのほうを重視しておるのでは」「大坂も四方八達の要地じゃ。考
えておるようじゃな」「もともと信長は尾張・津島湊を金蔵にしておったもの
じゃし、秀吉の旧領、近江・長浜も商業の発達した地域でございます。石田三
成なども、算盤の立つ男と聞いております」主従の話は、二人だけで延々と続く。
「この後、天下はどうなるのでしょうか。応仁の乱以来の、戦乱の時代は終わ
るのでしょうか」菊姫様が尋ねる。「それで、思い出しましたが、以前、兄君・
仁科様に、平和を希求する民衆が、信長の天下統一を後押ししておるのではな
いかとのお話を聞いたことがございます。あまりにも戦の世が長く続いており
ます。民ばかりではなく、領主などでも、戦の世に飽いておるのではあります
まいか。いつ、寝首をかかれるかわからぬような戦乱の世に辟易しておるので
は」「そこに、領土を欲しがらない、いらない秀吉が、領主どもに、領地と富
貴の暮しを保障してやるということか」景勝が口をはさむ「譜代の家臣がおら
ぬということも、この際有利なことかもしれんのう。ふむふむ。兼続、飲んで
おるか。これは、謙信公から頂いた杯じゃ。見事なものじゃろう。これで、飲
め」兼続もいける方だが、景勝には敵わない。謙信公も、鬼のように強かった
が、これも血筋じゃろうか、頭がぐるぐるまわりはじめた兼続。
138 :
日曜8時の名無しさん:2009/07/29(水) 23:38:18 ID:RwU2Sjnj
第二十四話「小牧・長久手」(3)
八月、新発田攻めに再度出陣した景勝だったが、思わぬ豪雨によって陣が乱れ
また攻撃は失敗する。「早くつぶさねばならぬと、焦っておるからかのう。う
まく、いかん」うむむ、春日山から下越は遠い。与板城を拠点にして、攻撃す
るべきかの。「お館様、次回は、それがしにお任せください」「うむ、じゃが、
来年の話になるぞ」また、一年先か。本当に、われらの命取りになりかねんな。
実際、秀吉公にも、思いきり利用されておる。新発田の背後には、蘆名盛隆・
伊達輝宗がおる。これを、なんとかせねば、新発田攻めは難しいのう。なにし
ろ、佐々とわれらは講和しておるわけではなく、実際に攻撃されて、越中の拠
点を取られておる。信濃でも、徳川の配下がいろいろ仕掛けておる。真田のや
つも、いろいろ動いておるようじゃ。上野では、北条が大攻勢をかけており、
厩橋城も落城寸前じゃ。佐竹も困っておるようじゃ。佐竹を援護せねばなるま
い。見殺しにすれば、謙信公の越山が、いったい何のためじゃったか、わから
なくなるからのう。それに、北条・徳川の同盟に、信雄が接近しておるという
ことであれば、秀吉公も、その背後を討つために、佐竹を使いたいじゃろう。
佐竹を援助する目的で、蘆名と連携することも出来るかも知れん。新発田の後
ろだてになっている蘆名を、こちらの陣営に引き寄せることができるかもしれ
ぬ。反対に、足元をみられるかもしれんが。よし、会津に使者を立てよう。
兼続が、いろいろ策を練っている間も、北条の攻勢は続き、厩橋城は落城。北
条は、北上して、沼田城を攻撃する。真田は、どうあっても沼田を北条に渡す
気はないようじゃの。徳川は、北条との同盟が大事じゃから、早く渡せと言っ
ておるようじゃが。大体、真田のやつはおかしいことばかりしておる。あいつ
が、必死でわが家中に調略をかけておるのは、功績をあげて家康に自分の実力
を認めさせたいのじゃろう。しかし、どんなにがんばっても、北条と真田を、
天秤にかけて、真田をとるという選択はない。秀吉公と戦うかもしれんのに、
後方を危険にするほど、家康は愚かではない。それでは、勝頼公の二の舞にな
る。それくらいのことも、真田にはわからんのじゃろうか。やはり、信玄公の
幕僚だったという誇りが、あやつの処世の邪魔になっておるのじゃろうか。沼
田を手放し、替え地をお願いいたす、と、ここは素直に引き下がれば、徳川も
悪いようにはすまいに。徳川は、信玄公の陣法を、そっくり吸収しようと、い
ろいろ、書きものを集めておるとも、聞いておる。真田も、重く用いられるこ
と、必定なのに。高坂源五郎がいうておったが、あやつは自立したいのかな。
真田を、北条・徳川の攻勢を防ぐ楯に利用することを、考えねばならぬ。佐々
と新発田に挟み討ちにされるときに、南から、北条・徳川に攻め込まれれば、
また当家滅亡の危機になる。ひとりで、いろいろ考える兼続。たよりの狩野秀
治は、最近体の調子が悪いようだ、会議にも出てこない。一度、狩野殿を、お
見舞して、いろいろ相談せねばなるまい。上杉の命運をひとりで背負う兼続、
やる気満々だが、一歩間違えると奈落に落ちそうな心境。
139 :
日曜8時の名無しさん:2009/07/30(木) 23:38:31 ID:I/CgOIUb
第二十四話「小牧・長久手」(4)
春日山の家老部屋、上方の細作からの情報を聞く。大坂城、突貫工事で建設中。
数万人の人夫が動員され、みたこともない巨大な城が築かれておるとのこと。
秀吉公は、来春の新春年賀に信雄を含めた大名に出仕を求めたとのこと。これ
では、信雄も黙っておるまい。徳川と組んで、戦をすることになるのか。信濃・
関東の情勢は、どうなるのじゃろ。真田に一度逢うて、あいつに聞いてみるか。
徳川内部の情報もとれるかも知れん。さっそく、真田に使者を送り、また善光
寺で会うことにする。案の定、真田はすぐに会いたいとのこと。
「徳川の戦略は、どうなっておるのじゃ」開口一番、尋ねる。「四国の長宗我
部、紀州の雑賀衆・高野山、そして越中の佐々などに使者を送って、秀吉を包
囲する計画じゃ」「佐々は前田とわれらに挟まれて、動けまい。長宗我部・雑
賀衆なども、大坂を牽制することしかできまい。それでは、勝てまいよ」「信
雄は、蒲生氏郷・池田恒興など、織田の親族の大名を調略して、味方にすると
いうておるということじゃ」うむ、ここらの者どもの動きが、今回の戦いの帰
趨をきめることになるのじゃろう。秀吉公も、相手が信長の息子と、忠実な同
盟者であった徳川じゃから、配下の者の動きが気になるのじゃろう。「そなた
は、今度の戦、どうみておる」「秀吉の優勢は動くまい、丹羽の動きが気にな
るが、あれだけの大封を棒にふるようなことをするとも思えぬ」「では、信雄
と徳川は、滅ぼされることになるのか」「秀吉の考え、ひとつじゃ。そなたこ
そ、秀吉にあっておるのじゃろう。どう、考えておる」うむむ、教えてやろう
か。「秀吉公は、敵を味方にする、というておった」「今度の戦いは、賤ヶ岳
の戦い同様、旧織田家の内戦じゃ。われら、外部のものには、うかがいしれぬ
ところがある。調子に乗って、動くと、二階に上がって梯子を外されることに
なるやもしれぬ」真田、よく見ておるな。そなたは、ほんに惜しい男じゃ。武
田が滅びてなかったら、天下に名を挙げる男となったろうに。「北条との戦は
どうなっておる。あい変わらず沼田城を堅守しておるようじゃな」「北条は、
下野に進攻しておる。佐竹・宇都宮などを攻撃するつもりじゃ」世の中が、ど
う動いても、関東制覇に邁進するということか。北条には、そういう家訓でも
あるのかな。「そなた、今後、どうするつもりじゃ。自立したいのか」兼続、
真田の本心を探る。
140 :
日曜8時の名無しさん:2009/08/04(火) 23:24:54 ID:GWe8+8zE
第二十四話「小牧・長久手」(5)
「家康は、寵臣井伊直政に、武田の旧臣をまとめて率いさせておると聞いてお
る。長篠で戦死された山県殿の部隊のように、鎧・旗指物を赤くして、赤備え
にしたそうな。徳川の最精鋭部隊という位置づけじゃろう。武田の旧臣どもも
喜び奮い立っておるのではないか。それに、家康は、信玄公の戦術を学んでお
るとも聞いておる。そなたは、信玄公の幕僚、素直に臣従すれば、重く用いら
れるのではないか」「いや、家康は、わしのことを軽く見ておる。上野・沼田
の替え地として、信濃・伊那はどうじゃと言うてきておるが、伊那は保科など
の領地じゃ。保科の領地を横取りすることなど、わしもできぬし、そもそも本
気の話でないことは明白じゃ。わしを、だまして、領地を取り上げ、後はごま
かす気じゃ。沼田は勝頼公に頂いた領地じゃ。わしのものじゃ」
「北条だけでなく、徳川も攻めてくるかも知れぬぞ」「北条など、百回攻めて
きても、わしひとりで撃退する。これまでも、そうしてきたし、これからも、
そうする。徳川が攻めてきたら、わしの力を家康にみせつけてやるつもりじゃ」
「そなたが、高坂の景勝公謀殺に関与しておったことは、上杉家中のものは、
ほとんど知らぬ。お館様が、内密にことを運べと命令されたからじゃ。ゆえに、
そなたの援護にでることも考えておる。北条は、われらの敵じゃ。北条と組ん
でおる徳川も敵じゃ。しかし、そなたの上杉への調略が、派手なものになれば、
われらとしても、そなたを援護するわけにはいかなくなるぞ」真田は、かすか
に笑うだけで、答えなかった。あまり役には立たないかもしれぬが、真田の調
略に一本釘をさしておこう。何がどうなるか、さっぱりわからぬ。ここは、秀
吉公にならって、敵を味方にすることも必要かも知れぬ。
141 :
日曜8時の名無しさん:2009/08/07(金) 23:43:51 ID:aajFzkHX
第二十四話「小牧・長久手」(6)
「秀吉公の挑発に激怒した信雄は、安土を退去、伊勢に引き上げたよし。池田
恒興が調停に乗り出したとのことです」春日山の家老部屋、細作の情報を聞く。
秀吉公は、信雄を挑発して戦に持ち込み、みずからの威権を確立しようとして
おる。「信雄、家老を秀吉公のもとに派遣して、和議を求めたとのこと」信雄
も、やる気じゃ。時間稼ぎじゃ、柴田が前田を派遣したのと同じじゃ。しかし、
秀吉公のことじゃ、あの調子でうまいこと言って、使者となった家老どもを調
略するかもしれんな。信雄は、秀吉公の恐ろしさが分かっておらぬようじゃ。
しかし、それは、われらも同じこと。秀吉公の切り崩しには、気をつけねばな
らん。あのお方の、手当たり次第の人心掌握術は、恐るべきものがある。
「兼続殿、真田に、ちとものを尋ねたいのじゃが。かまわぬか」「お船殿、真
田との通信ならば、それがしがやりまする」「執政殿の手を煩わすほどのこと
ではないのじゃ。徳川から、秀吉公に引き取られた家臣がおるようじゃ」なん
と、秀吉公はすでに徳川を切り崩しておるのか。確か、賤ヶ岳戦勝の賀使とし
て派遣されたのは石川数正じゃったのう。石川は、西三河の旗頭で岡崎城代じ
ゃ。これは、大変じゃ。「石川が調略されたのですか」「いや、そうではない。
そんな大物じゃったら、そなたの耳にもはいっっておるはずじゃ。全然、小物
じゃ。それに、円満な形での移籍らしい」円満な移籍、そんなことあるのかな。
「松下某とかいう奴じゃ。そなた、心当たりあるか」松下、そんな家臣、徳川
におったかのう。「確か遠州の土豪かなんかで、元は今川の家臣じゃったとか
いうものらしい。秀吉公は、わが恩人じゃというて、徳川にかけおうて、引き
取ったそうな」松下、松下様、思い出した。「その名前のお方なら、秀吉公の
お話に出てまいりました。確か、秀吉公が、信長に仕える前に仕えておったと
かいうお方ではありますまいか」「なんと、それでは、何十年も前のことでは
ないか」「そうですな、三十年以上前のことです。そのころ、十五才くらいの
秀吉公は、各地を放浪しておったと直接お聞きました。一時遠州の松下様に仕
えたが、朋輩にいじめられて、尾張に帰って信長に仕えたとか」それにしても、
秀吉公は、あらためてすごいお方じゃなあ。柴田を滅ぼして、一番先にしたこ
とが、恩人を探し出して、取り立ててやることか。「松下というものは、よほ
ど、秀吉公によくしてやったのですね」「ふふ、そなたは甘い。朋輩にいじめ
られた秀吉公をかばうこともなく、追い払ったのじゃろう。それほど、可愛が
っておったとは言えまい。普通じゃ。ただ、少年時代の秀吉公にとって、それ
でも、大きかったのじゃろう。よほど、苦労ばかりされておったのじゃろう」
そうかも、知れぬなあ。あのしゃべり出したら止まらない秀吉公も、少年時代
のことは、話したがらなかった。「秀吉公は、貴人ではないのう。身分のある
お人ならば、生まれつき家臣に尽くされることは当り前のことじゃ。いちいち、
覚えてはおらぬ。それは、わらわもそなたも同じじゃ。受けた恩を忘れず、返
すというのは、庶民の感覚なのかも知れぬ。ここらが、あの佞人宇喜多とかい
うやつを、心服させた秀吉公のまことなのかも知れぬのう。わらわも、会って
みたくなった」うーん、秀吉公は、女に手が早いと聞いておりまする。それは、
賛成いたしかねます。心の中で、反対する兼続。して、それがしは、何の心配
をしておるのやら。自分の心が、わからない兼続。
142 :
日曜8時の名無しさん:2009/08/09(日) 23:36:40 ID:Zz5ionyE
第二十四話「小牧・長久手」(7)
天正十二年三月、織田信雄は、調停のために秀吉のもとに派遣した三人の家老
を上意討ち。徳川家康、手勢一万五千余を率いて、浜松城を出陣、尾張・清洲
城に入城。秀吉公も、大坂城を出陣、近江で軍勢を集結中。細作の報告が続々
入ってくる。景勝に報告する。「自分の家老を殺害して、戦を始めるとは、あ
きれはてた奴じゃのう」「軍機が漏れるのを恐れたのかもしれませぬ。あるい
は、裏切りの確証をつかんだのかもしれません、秀吉公は人心を操る天才、い
ろいろな流言を流して、君臣の間を疎隔せしめたのでございましょう」「それ
にしても、これでは信雄軍の士気は上がるまい」「しかし、なんといっても信
雄は主筋、それに徳川が合力しております。徳川は、信長にも重んぜられた男、
粘り強く戦う男でございます。秀吉軍は大軍とは申せ、烏合の衆、長期戦にな
れば、乱れが生じるかもしれません。それに、長宗我部や雑賀衆などの動きも
気になります。」「義は信雄・徳川の方にあるということか。秀吉と家康、ど
んな勝負になるのじゃろう」「天下分け目の決戦でございます。われらの出番
があるやも知れませぬ」「うむ、ともかく情報を集めねばならぬ」
143 :
日曜8時の名無しさん:2009/08/10(月) 23:34:39 ID:UK3rAuZ5
第二十四話「小牧・長久手」(8)
秀吉軍は、堀秀政・蒲生氏郷を先鋒に伊勢に進攻。秀吉軍は、滝川一益を嚮導
役に起用したとのこと。滝川は北伊勢五郡の元領主、元の家臣も多いのじゃろ
う。しかし、秀吉公は、敵であっても能力のある者は、助けて使う方針のよう
じゃ。秀吉公は、この戦をどのように終わらせるのじゃろう。信雄を滅ぼすと
ころまでやるのじゃろうか。旧織田の武将が、それに従うのだろうか。自分自
身が、尾張までいければよいのじゃが、新発田攻めのことがあるし、関東でも、
新しい戦がはじまりそうじゃ。北条軍が北上しておる。動けぬ。そうじゃ、石
田三成に手紙を書いて、戦況を知らせてもらおう。
兼続が手紙を書くと、さっそく石田三成の戦況報告が折り返し届いた。石田は、
兼続が手紙を持たせた使者を待たせて、さらさらと戦況報告を書いてくれたら
しい。一読した兼続、景勝に報告に行く。「池田恒興が、秀吉公側につき、犬
山城を攻略したそうです」「池田、信長の乳兄弟ということで、秀吉と信雄の
調停をしていたものではないか、秀吉の側についたのか。では、美濃は秀吉側
になったということか、戦場は尾張か」「徳川と信雄は、小牧山に陣を張って
おるということです。池田の婿の森長可は、徳川に邀撃されて、したたかにや
られたようです」「われらの宿敵じゃな」「それがしは、高坂に約束しており
ます。いずれ、討つと」「そうじゃったな、森には無事でいてもらわねばなら
ぬな」「石田殿の報告によれば、徳川は長大な柵を作ったとのこと。秀吉軍も
対抗して、柵を作り、睨みあいになっておるようでございます」「長期戦に、
なるのじゃろうか」「外交戦になる形勢でございます」
144 :
日曜8時の名無しさん:2009/08/14(金) 22:48:06 ID:eHy9xMpF
第二十四話「小牧・長久手」(9)
「秀吉は戦をどのように決着するつもりなのかな、石田は、何と書いておる」
「石田の手紙は、秀吉軍の編成を書いております。丹羽長秀も参陣しておるよ
うでございます」「丹羽もか、それでは織田の家中の者のほとんどすべてが、
信雄と戦うことを選択したのじゃな」「秀吉公は、莫大な恩賞を約しておるよ
うでございます。たとえば池田親子には、美濃・尾張・三河を与えると約した
とのことです」「それだけ見れば、信雄と徳川、滅ぼす気とも思えるが」「石
田は、あとは徳川次第じゃと書いております。秀吉公にとって、信雄と徳川の
連合軍と旧織田家中の者を率いて戦うかたちを作るまでが、大事なことで、局
地的な勝敗は、あまり拘泥しておらぬようでございます」「主筋のものと戦う
ことで、旧織田家中のものどもを、わが家臣とするということか。徳川は、ど
うするつもりじゃろう」「石田の手紙によれば、北条に援軍を要請したとのこ
とです」「北条は、下野で佐竹などと合戦しておるのではないか」「は、氏政・
氏直が出陣しておるようです。北条は、この合戦が終わると、即座に尾張に援
兵をおくるつもりで、その準備もしておるとのことです」「ふむ、秀吉の諜報
機関もよく働いておるのう。われらは、新発田を討つ準備を進めておるが、大
丈夫かのう」「は、われらも秀吉公の大きな戦略の中で、動かざるを得ません。
もっと、情報が必要となると思います。石田には、戦況報告を続けて送るよう
に依頼しております。それに、真田にも、徳川の内情を知らせるよう依頼しま
した」「いつもながら、そなたのやることには、隙がないが、真田を信用して、
大丈夫か」「真田は、徳川に自分の力を見せつけたい一心で、ございますから、
功名をあげんとして、わが家中に調略を仕掛けてくるかもしれませぬ。ただ、
徳川と北条の盟約に従えば、真田は早晩沼田を放棄せねばならなくなります。
そこらへんを、うまく利用すれば、真田は使えると思います」「ふむふむ」
久しぶりに来た
つい読みふけってしまった…
146 :
日曜8時の名無しさん:2009/08/19(水) 23:21:05 ID:DwDlRwsD
第二十四話「小牧・長久手」(10)
尾張の戦線に派遣している細作より報告が届く。「秀吉軍、敗北。池田恒興、
森長可、戦死」なんと、何が起こったのじゃろう。続いて、石田より戦況報告
が届く。兼続、景勝に報告に行く。「森が死んでしまったのか」「はい、天罰
が下ったようでございます」「どのような状況じゃったのじゃろう」「高坂の
墓に報告せねばならぬので、詳しく調べさせておるところでございます。石田
の報告によれば、池田恒興が、三河進攻を秀吉公に願い出たので、別動隊を率
いさせたところ、家康に敗北したとのことです」「なにやら、不思議な軍略じ
ゃの。三河進攻など、意味が不明じゃ。岡崎まで攻め込めたとしても、岡崎城
は、徳川発祥の城、そうそう簡単には落とせまい」「池田は、恩賞として、美
濃・尾張・三河を約束されておったので、はりきっておったのでしょうが、そ
れがしも不思議でございます。秀吉公も石田も、調略・宣伝の天才、白を黒と
いいくるめることなど朝飯前、石田の言うことを真に受けるのは危険と思われ
ます」「しかし、これで徳川は勢いづくじゃろうな。信濃でも、攻勢が強まる
かも知れぬ。出陣の準備をせねばなるまい」「佐々の動きも気になります。」
「こうしてみると、本当に新発田を早くなんとかせねばならぬのう」「は、今
回ばかりは、最終的討伐の決意で、準備を進めております。それがしにお任せ
くださいませ」初めて、軍勢を率いる兼続、はりきっている。高坂弾正にもら
った資料なども、読み返して準備に怠りはない。しかし、新発田城は、水路の
入り組んだ難攻不落の城じゃ、補給も断てぬ。蘆名の助力を断つ方策はないか
のう。
147 :
日曜8時の名無しさん:2009/08/21(金) 23:34:20 ID:IxmX0+Mv
第二十四話「小牧・長久手」(11)
「すまぬ、秀吉のところに使いしてもらえぬか。実は、秀吉より人質を出して
もらいたいとの矢の催促じゃ。陣営がためをしたいのじゃろう。よって、上条
の息子を出さねばならぬ。しかし、秀吉のことじゃ、息子を足がかりにに上条
自体を籠絡するかもしれぬ。上条も、名門の生れの矜持もあり、謙信公の養子
である誇りもある。そこにつけいられるかもしれぬ。ゆえに、そなたが直接行
って釘をさしてもらいたいのじゃ」「上条も、次期当主の父親であると勘違い
して、専横の振る舞いをするかもしれませぬな」「そうじゃ、信雄に殺された
家老のようになるやもしれぬ。しかし、謙信公の養子を殺すわけにはいかぬ。
二人も養子を殺せば、謙信公に合わせる顔がない。かなり微妙な話じゃ。人質
の値打ちを下げるわけにもいかぬが、上杉の次期当主と思われても困る。そな
たに行ってもらうしかないのじゃ」「わかりました」
兼続、上条の息子を連れて秀吉に会いに行くことになる。秀吉は、尾張から一
時引き上げ、近江長浜にいた。「おお、兼続。よう、来た。久しいのう。元気
じゃったか。そなた自身が、証人をつれてきてくれたとは話が早いのう」「お
久しぶりでございます」「いろいろ話もあるぞ、飯でも食わんか」「石田殿は
どうされておるのですか」「佐吉は、兵站を取り仕切っておる。なにしろ、尾
張・伊勢で大軍を動かしておる。補給も大変じゃ。わしも、また出陣せねばな
らぬ。そなたに、ぜひ大坂城をみてもらいたいのじゃが、今は無理じゃ。いず
れ景勝公といっしょに見てもらいたいものじゃ」人質の次は、上洛の要求か。
秀吉公のやること、あいかわらず無駄のようで無駄がない。「ところで、戦況
はどうなっているのですか」秀吉の顔が曇る。そこに石田がやってきた。「し
ばらくじゃ、直江殿」「詳しい戦況報告を頂き感謝しております」「戦況は膠
着しておる。長期戦になるな。われらは伊勢で攻勢をかけておる。信雄の城を
つぶしておる」「徳川は、どのような動きをしておるのですか」「柵を作って
一歩も動かぬ。辛抱強いのう。長久手の勝利を帳消しにするような危険は冒さ
ないつもりのようじゃ」「長久手の戦い、石田殿の戦況報告は読みましたが、
本当のことを教えていただけませぬか」秀吉が笑う。「ほれ、見よ。兼続はわ
れらの一味。そなたの作文ではだませぬよ」やはり、三河進攻はでたらめか。
「しくじった戦の話は進まぬが、そなたは徳川の内情にも詳しそうじゃ。徳川
を破る知恵がでてくるやも知れぬ。わしが、軍機を話してやろう」秀吉公、本
当のことを話してくれるのかな。「今回の戦の焦点じゃったのは、池田の向背
じゃ。池田は柴田や明智ほど出世はしなかったが、なにしろ総見院様の乳兄弟、
池田の奥方は、総見院様に暗殺された信行様の奥方じゃったお方じゃ、総見院
様は池田のことを本当の弟と思われておったのじゃと思う。その池田が、信雄
様と戦うわれらの味方になってくれた。まあ、わしも大封を恩賞として約束し
た。池田自身には、美濃・尾張・三河、娘婿の森には、遠江・駿河じゃ」やは
り、信雄・徳川を滅ぼすつもりじゃったのかな。しかし、それほどの大封、池
田に与えれば統制がとれまい。秀吉公の直轄領より多いのではないかのう。「
二人とも死んでしまったが、あれは、わしのしくじりじゃ」「三河進攻作戦は
陽動だったのではないですか」「さすがじゃな、そのとおりじゃ。池田は、わ
しが、大封を約束したので、はりきり、開戦直後に犬山城を攻略してくれたの
はよいが、森が徳川に奇襲されて敗れた。たいしたことではないのじゃが、開
戦直後の敗北で、池田は苦にしておったようじゃ」「森とは、われらはいささ
か縁がございます」「そうじゃな、北信に封ぜられて、上杉攻撃しておったの」
森長可、一度も会うことがなかったのう。それがしが、討つまで生きていてほ
しかったのう。
148 :
日曜8時の名無しさん:2009/08/23(日) 00:12:26 ID:f2q4sT/2
第二十四話「小牧・長久手」(12)
「われらが構想しておったのは、池田・森の別動隊を囮として、徳川に食いつ
かせ、食いついてきたら、わし自身が出撃し、徳川を討つというものじゃった。
隙を見せて、つけいらせ、そこを討つ、いわば賤ヶ岳の変形じゃな。もちろん、
緊密な連携が必要じゃ。それゆえ、わしの甥である秀次を名目上の大将にした。
何があっても、見殺しにはしないという、わしの証としてじゃ。それに、若い
が、わしの片腕ともいうべき戦上手の堀秀政をつけた。」「なるほど、三河進
攻というのは、名目だったのですね」「そうじゃ、隠密・神速を旨とする進攻
部隊が、小城を落としたり、三日もごぞごぞしていたのは、徳川の出撃を待っ
ておったからじゃ」「では、徳川の出撃まで、こちらの思惑通りだったのです
ね」「ここまではな、ところがじゃ、われらも細作をまいて、徳川の動静を探
らせておったし、わしと池田との連絡にも十分気を使い、何本も通信線をつく
っておいたのじゃが、これがすべてつぶされておった。徳川の戦場諜報は、は
かりしれない能力がある。そなた、何か心当たりはないか」「徳川は最近、盛
んに武田の旧臣を召抱えております。信玄公は、川中島の戦いの際、謙信公に、
物見を全部つぶされて、苦戦したことがあります。それ以降、戦場諜報には、
ことのほか力をいれたようです。家康は、信玄公の陣法を積極的にとりいれよ
うとしていると聞いております。それがしの思いつくことは、そんなことぐら
いです」「うーむ、なるほど。徳川の兵が強いことは、わしは姉川の頃から、
よく知っておったが、今回、戦ぶりが変わって、少々戸惑っておったのじゃ。
家康の率いる三河の兵は、粘り強く戦うが、機動戦には弱いと思うておった、
家康も、これほど水際立った用兵をするとは思わなかった。信玄公の陣法を学
んだせいか。」「家康は、本能寺以後、なにやら、ひとまわり大きくなったよ
うに、われらも見ております」
「それにしても、神がかっておるぞ。家康の用兵は。まずは、羽黒の戦いの時、
森が敗れて、後退したとき、池田は、その後方で、追撃してくる徳川勢を待ち
受けておったのじゃが、家康の奴、それを察知したのか、追撃を中止しておる。
池田は、大変悔しがっておった。それに、今回の長久手の戦いじゃ。まず、秀
次の軍勢が襲われた。戦闘序列は、先鋒・池田、次鋒・森、三陣・堀、四陣・
秀次となっておったが、もちろん、後方から襲われることは、われらもわかっ
ておったし、秀次にも充分言い含めておった。細作も、まいておった。それな
のに、朝飯を食っておるときに、攻撃される始末じゃ。細作がつぶされておっ
たせいじゃ。しかし一番先に攻撃されるのはお前じゃと、あれだけ言い含めて
おったのに、秀次のやつ、慌ておって、大将のくせに敵前逃亡じゃ。身代りに
ねねの父親が、討ち死にしてしもうた。わしは、秀次を勘当しようかと思うて
おる。さすがに堀は、あわてず、反撃して、秀次とその敗残兵を収容してくれ
たが、その時点で、池田、森の軍と分断されておった。徳川は、堀と森の間に
大兵を入れておったのじゃ。孤立した、森・池田は、各個撃破されて戦死じゃ。
恥ずかしいことじゃが、わしらも、徳川が動いたことに全然気がつかなかった。
秀次の軍が襲われたことを知って、急遽出撃したのじゃが、本多忠勝が、小勢
のくせに、邪魔をする。ようよう、戦場に到着して、追撃してくる徳川勢を、
殲滅してやろうと、包囲陣を作って待っていたが、家康のやつ、突然、追撃中
止の命令を出して、小幡城に撤退じゃ。頭にきたわしは、小幡城を強襲しよう
と、軍令をだしておったら、夜間のうちに、小幡城を撤退して、小牧の本陣に
帰られてしもうた。まったく、出し抜かれ、逃げられ、いいとこなしじゃ」
惨憺たる敗戦じゃな。しかし、三河進攻といっても、ごまかしにはなるまいに、
なぜ、石田は、そんな報告をよこしてきたのじゃろう?「なぜ、三河進攻のた
めの別動隊ということにしているのですか」それでは池田も、愚将あつかいで、
浮かばれまいに。「三河・岡崎の城代は、石川数正じゃ。本人は、小牧の本陣
におるが。岡崎城への進攻作戦など、誰が考えてもおかしいものじゃが、岡崎
城に、われらを手引きするものがいれば、どうなる」なんと、思わず秀吉の顔
をまじまじ、みつめる兼続。「もちろん、そんな話はない。もともと、われら
には、三河に進攻する気がないのじゃから。わしは、石川を調略しようと思っ
ておる。この敗戦を、その布石にするためじゃ」なんと、谷底に落ちても、き
のこを掴んでくる、昔の国司の話を思い出す兼続。
149 :
日曜8時の名無しさん:2009/08/23(日) 23:49:03 ID:f2q4sT/2
第二十四話「小牧・長久手」(13)
「そなたは、森の最期に関心があるのじゃろう」横から、石田が口を出す。石
田は、なにか知っておるのだろうか。「今回の森は、どこかおかしかったのう。
なんというか、精彩を欠いておった」秀吉が言う。「森の軍勢につけた軍監に
おかしな遺書を提出しております。なにか、あったのでしょうか」「わしも見
たが、たしかにおかしな遺書じゃったな」「これじゃ」石田が見せてくれる。
「もし、わしが討ち死にしたら、母親は、秀吉様に、堪忍分をもらって、京に
住んでほしい。末弟千丸は、これまでどおり秀吉様のおそばにお仕えせよ。わ
しの跡目をたててもらうことは、くれぐれもいやである。妻は大垣の池田に返
せ。娘おこうは、京の町人に嫁がせよ、医者のような人がよい。母親には、か
ならずかならず京にすんでほしい。千丸に兼山城を継がせるのはいやである。
もし万一、総敗北になれば、みなみな城に火をかけて死んでもらいたい」
森長可、かなり厭世的になっておるのう。「本能寺の後、森は信濃を撤退する
とき、人質千人を盾にして、結局千人殺害したという話があります。そのせい
でしょうか」兼続が尋ねる。「そんなことがあったのか。本能寺で、総見院様
が亡くなり、占領して日の浅い東国では、反乱がおき、みな苦労したようじゃ。
滝川なども、自信満々の男じゃったのに、帰ってからは、妙におどおどしてお
る。しかし」秀吉が続ける。「森は美濃に引き揚げたあと、あっという間に、
東美濃を切り従えておる。さすが、鬼武蔵とわしはみておった。池田も勇将
といっていい男じゃが、森は、さらにできる男と思うておった」「総見院様
が亡くなったことが、衝撃だったのではありますまいか」石田が言う。「そ
うじゃな、総見院様は、森の父親、可成を寵愛されておったので、その戦死
を大変惜しみ、森可成の子を大変かわいがっておられた。そのせいで蘭丸な
ど、大変な権勢をもっておった。しかし、蘭丸など総見院様の小姓をしてお
った弟三人も、本能寺で殺されておる。森の兄も、たしか初陣で戦死してお
るはずじゃ。そんなことが、重なって世の中が嫌になったのかな」ううむ。
鬼のようなやつじゃとおもうておったが、心の中では、平和を望んでおった
のじゃな。戦の世にあきあきしておったのじゃな。「最期は、鉄砲で狙撃さ
れ、即死した。鎧が吹き飛ぶほど、至近距離から狙撃されたようじゃ」
「白い陣羽織をきておったので、それが目印になったようでございます」
平和を希求する民の願いが天下統一を後押ししておるのではないか。突然、
仁科盛信の言葉を思い出す兼続。そういえば、森は高遠城を攻めておったの
う。戦をきらっておるのは、民ばかりではない。森のような武士も、心の底
では、厭なのじゃ。天下統一は、早いかも知れぬ。とはいえ、秀吉公は、今
度の戦、どう収めるつもりなのじゃろう。
150 :
日曜8時の名無しさん:2009/08/25(火) 22:55:11 ID:7Wjl7cjj
第二十四話「小牧・長久手」(14)
兼続の心を読んだのか、突然、秀吉が尋ねる。「この戦、そなたはどのように
見ておる」ううん「先年、徳川は、娘を北条に嫁がせております。これで、北
条と徳川の同盟は、ますます強化されたと見るべきでございましょう。背後の
安全を確保した徳川は、しぶとく戦い続けるのではありますまいか。なにしろ、
信玄公の攻勢をしのぎきった男でございます。長期戦になり、外交戦になるか
と思われます」「もう、そうなっておる。雑賀衆や四国の長宗我部などが、大
坂をつかんとしておるわ。それに、佐々にも注意せねばならぬ」大変じゃな、
しかし秀吉公は、言葉とは裏腹に楽しそうじゃ。日々、旧織田家中のものども
が、自分の臣下になっておる実感があるのじゃろう。「さきほど森の遺書にも
書かれておりましたが、武士も民百姓も、戦乱の世にあきあきし、泰平の世を
望んでおります。その願いにこたえることこそ、秀吉公の責任ではございませ
ぬか」「ふーん、そなたは、やはり、北辺の田舎大名の家老にしておくには、
惜しい男じゃ。佐吉にも、大きな構想力があるが、そなたには、世の中の大き
な流れが見えておるようじゃ」褒め殺しか、しかしここで言おう「こたび、わ
れらが出した証人は、景勝公の姉上の婿、一門筆頭の上条政繁様の三男・弥五
郎殿でございます。われらにとっては、大切なお人でございます」兼続が続け
ようとすると「そなたのいいたいことは、分かっておる。われらの諜報機関も
働いておる。そなたと上条とは、関係がよくないのじゃろう。無理もない。そ
なたも苦労しておるようじゃ。上条のことは、われらに任せておけ、そなたの
悪いようにはせぬ」というか、何もしてほしくないのじゃが。上杉の家中に手
をいれないでほしいのじゃが、分かっておるのじゃろうか、兼続、念を押そう
とすると、秀吉「そんなことより、わしの家来になれ。日本国を治める大きな
仕事をせぬか。どうじゃ」また、これか。「それがしは、上杉家と不可分の直
江家の当主でございます。太陽が西から昇っても、上杉を離れるわけにはまい
りませぬ」「知恵は、勇気があって初めて光るものじゃ。惜しいのう」
151 :
日曜8時の名無しさん:2009/08/26(水) 23:17:43 ID:RsAdXSJ2
第二十四話「小牧・長久手」(15)
春日山に戻った兼続、景勝に報告する。あらまし報告した後「森の遺書を読み、
最期の様子を詳しく聞いて、なにやら森への嫌悪が解けたような気がいたしま
した。天罰が下ったと思うておりましたが、あわれを感じました」と、心の中
を言う。景勝、だまって聞いている。「海津城に出向き、高坂の墓前に報告い
たしたいのですが」「うむ、それがじゃ、海津城の守将のひとり、屋代秀正が
徳川の調略に、切り崩された。やはり、山浦国清に海津城代は荷が重かったの
かのう」「もともと屋代は、村上を裏切り、武田に下ったもの。元の主君の息
子が、その上に立てば、関係はぎゃくしておったのでしょうな。配慮が足りま
せなんだ」「うむ、村上義清の息子にはうってつけの任務と思うたが、なかな
か、世に中は思うようにはいかぬのう。そこで、山浦に代えて、上条殿を城代
にしたのじゃが、上条殿は、そなたを奉行につけてくれというてきた。やはり、
上杉を代表して人質を出したことで、なにやら勘違いしておるようじゃ。わし
は、即座に断った。わしにとって、無二の者ゆえ、ご容赦召されよというたが、
なにやら、不満を持っておるようじゃ。海津城は対徳川の最前線の要衝、心底
のはかりしれぬ者をおいておくわけにはいかぬ、須田に代えようと思うておる。
そなたは、どう考える」ああ、いつもながら、お館様のご厚情、身に沁みる。
うれしい。しかし「上条殿は、それがしの下風に立つ気はないのでございまし
ょう。しかし、あまり面目を潰すと、思わぬ行動に出られるやも知れませぬ」
そういえば、秀吉公は、上条のことは任せておけ、というておったが、どうさ
れるのかな。「それとじゃ、こたびの屋代の出奔、真田の手引きによるものら
しい。いったい、真田は何を考えておるのじゃ。徳川の手として、われらと戦
う気なのか」「さっそく、詰問してみましょう」国に帰ったら、新発田攻めに
専念できると思うておったが、忙しいのう。
数日後、真田より弁明の手紙が来る。「屋代を調略したのは一年以上前。少な
くとも、一年前に、家康より本領安堵状が出されている」なんと、屋代のやつ、
一年間、裏切りの機会を狙っておったのか、徳川の方を優勢と思うたのじゃろ
うか。真田のいうことを、まるごと信ずるほど、愚かではないが、真田を盾と
して使わねばならぬかな。新発田と佐々の討伐を優先するべきじゃ。
「わしは、春日山で越中、信濃の情勢に対応せねばならぬ。新発田のことは、
頼むぞ。しかし、くれぐれも、無理はするな。」景勝に送られて、与板城に
向かう兼続。与板衆が出陣の支度をして、兼続の到着を待っている。騎馬十
数騎で、急ぐ兼続、すると、少し先の道の端に、どこかで、見たことのある
ような騎馬武者がいる。誰かな、与力かな。馬の速度は落ちない、どんどん
近づく。うん、あれは、近づくにつれ、顔が蒼白になっていく、兼続。「
直江景船じゃ」やっぱり。「信玄公は、女武者を使われたと聞いておる。それ
に、それがしは、葉武者ではない、軍師じゃ。心配いたすな」と言うお船。
ふと、まわりを見回すと、みな、馬から降りて、平伏している。ちょっと、喜
んでいるようにも見える。与板衆の忠誠心は、わらわに向けられている、お船
の言葉を思い出す。もう、どうにでもなれ、捨て鉢な気持ちになる兼続。
いつも読んでます。
このお船はかっこいいですね。
お船が出てくるとわくわくするw
大河の方はイライするけど
154 :
日曜8時の名無しさん:2009/08/28(金) 23:58:52 ID:j1QHKcjz
第二十四話「小牧・長久手」(16)
与板城に着く。実は、初めて来た兼続。自分の城じゃというのに、勝手がわか
らない。お船は、どんどんはいっていく。「こぶりじゃが、なかなか良いお城
ですな」「そなたの城じゃ」くるりと向き直るお船「そなた、最終的討伐の決
意とお館様にいうたそうじゃが、本当か」心配しておるのじゃろうか「はい、
そのつもりでございます」「本当のことを言え」うむむ、ばれておるのか。
「お館様が、何度攻めても落とせなんだ城を、そなたが一手で落とすわけには
いくまい。第一、新発田内部に調略もせず、本庄など揚北衆も召集せず、勝て
まい。そなたの本心を言え。勝てないのはよい、しかし、あまりに無様なこと
をすると、そなたの勢威にかかわってくるぞ、与板衆の統制にも支障が出るぞ」
なんと、そのことを心配してくださったのか。仕方ない。本心を言うか。「実
はこたびの出兵は形ばかりのものです。本当の狙いは、土木工事です」流石の
お船も、目を丸くする。「土木工事、城でも建てるのか?」「城では、ござい
ません。信濃川の支流に水路を開削するのです」「なんと、新発田攻めに、川
を作るのか」「先年の敗北は、新潟の湿地帯に足を取られたため、でした。そ
の対策でございます」「しかし、気の長い話じゃな」「ふふ、新潟一帯は湿地
帯、百姓どもも苦労しております。そこで、水路を造り、排水に心を砕いてい
る様を見せれば、百姓どもの心を獲ることができるでしょう。民衆の心を獲る
ことこそ、新発田攻めの第一歩でございます」「おお、そなたは、お館様の討
伐の下準備をするつもりじゃったのか」「はい、お館様の討伐を成功させるた
めには、わざと負ける必要もあるやもしれませぬ」「うむむ、そなたのこと、
生まれて初めて見直したぞ、あっぱれじゃ」「いや、すべて、うまくいけばの
話です。そのためには、いろいろ手を打たねばなりますまい。たとえば、新発
田の後ろ盾になっている蘆名の家中に手を入れることも考えねばなりますまい」
155 :
日曜8時の名無しさん:2009/08/29(土) 23:57:17 ID:Cg9++oxm
第二十四話「小牧・長久手」(17)
信濃川の開削工事を始めると、集めもしないのに、付近の農民が大勢、手伝い
に来たとの報告が来る。兼続、様子を見に行く。お船も付いてくる。信濃川に
つくと、そこには黒山のひとだかり。みな、喜々として、工事に従事している。
「秀吉公は、銭をまいて土木工事をさせるそうじゃが、民の願いに沿えば、何
もせずとも、助けてくれるのじゃな」兼続が、独り言。「こうしてみると、そ
なたは、民政家が一番向いておるようじゃな」お船が言う。「御館の乱の傷痕
が、あちこちに残っております。はやく、戦乱を鎮めて、思い通りの国づくり
をしてみとうございます」農民に商品作物を教え、書物を集め、学校を作り、
子弟を教える、兼続の胸に希望が膨らむ。「早く、そんな日が来るといいのう」
与板城に戻った兼続、配下の武将に新発田領内への威力偵察を命じる。「よい
か、敵が攻撃してくれば、引くのじゃ。敵をして奔命に疲れせしめるのじゃ」
今度は、細作を呼ぶ。「信濃川、阿賀野川を下ってくる蘆名の船を拿捕せよ。
拿捕できなければ、沈めてもよい。補給線を断つのじゃ。しかし、敵が攻撃し
てきたら、逃げてこい。先は長い、命を粗末にするな。敵に鬱とうしいと思わ
せるのじゃ。中止命令が出るまで、攻撃を続行せよ。間道を通る補給部隊も、
攻撃せよ」さらに、命令を下す。「新潟津の商人どもに、内応を促せ。いつ
までも、新発田の思い通りにはさせん。そなたらも、日の明るいうちに、身の
振り方を考えておけ、と脅かせ」そばで聞いてきた、お船、「そなたは辛辣じ
ゃのう。とても、謙信公の側近とは思えぬのう」苦笑いする兼続。「しかし、
謀ごと、多きほうが勝つと申します」と答える。最近、秀吉公や石田と会うこ
とが多いので、感化されたのかな。
「本庄、色部など、揚北の諸将から、使者が到着しております」こたびは、招
集されなかったので、慌てておるようじゃ。本庄の奴、せっかく任務を任せた
のに、どうも庄内のことが気になって、新発田どころではないようじゃ。最上
は、確かに強敵じゃ。本庄が、気を取られるのは、無理ないが。最上と伊達と
蘆名、なんとかして離間させねばならぬ。それにしても、揚北のものどもは、
みな、巨大な戦力を持っておるが、忠義の心にかけておる。こたびは、甘い顔
をみせぬ、さすれば、お館様が親征してきたときに、争って集まってくるじゃ
ろう。それがしは憎まれ役をやる、どんなに嫌われても構わぬ。どうやら、兼
続、ひとまわり大きな男になったようである。
156 :
名無しさん@そうだ選挙に行こう:2009/08/30(日) 19:19:12 ID:/C/c2A6E
<大反省会>
「本当に、どうなるのじゃろう」「選挙のことですか」「愚か者!われらのこ
とじゃ」「そのことなら、心配ありませぬ。筆者は、妙に調子が出てきたと、
ほざいております」「暑さがやわらいだからじゃろうか」「司馬遼太郎先生の
本などを読んで、勉強したとも、ほざいているようで」「本を読んだくらいで、
勉強とは笑止じゃ」「「信長公記」や「甲陽軍鑑」を参考にできなくなったの
で、苦戦しておるようでございます。「新史太閤記」や「覇王の家」を、読ん
で、小牧・長久手の戦いを書こうと思ったようですが、おそるべし、司馬遼太
郎!おもしろいけど、どこにもひっかからないので、全然書けなくなったよう
でございます」「すこしパクるくらいならよいが、参考にして書くのは無理じ
ゃろ」「無理でございましたな」
「賤ヶ岳、小牧・長久手ときましたが、関ヶ原とよく似ておりますなあ」「吉
川広家など、賤ヶ岳の前田利家気取りだったのじゃろう。愚かじゃ。それに、
大体徳川家康というお方は、剣術でも何でも学ぶ人じゃ、秀吉公の天下獲りを
まねしたのじゃ、小牧・長久手と関ヶ原と似ているのは、当然じゃろう」「し
かし、これから小田原攻め、唐入り、秀次事件と大事件が続きますが、大丈夫
でしょうか」「いちいち、会わねば話が進まぬからのう。いくら主人公といっ
ても、腰が軽すぎるのう。もう少し、話の進め方に工夫が必要じゃ。基本的に
対話劇じゃからのう」「やはり、女忍びを出しますか」「おお、「真田太平記」
に出てくるような、主人公と懇ろになる忍びか」「お江殿とかいうお方です」
「ふんふん、つまりそなたと懇ろになる女忍びを出せということか、ふんふん、
て、はあ、そなた、何を調子に乗っておるのじゃ。調子こいてると、許さんぞ」
「いや、それがしは、小説の技法として言っているのでございます」「本当か。
そなたは、前科者ゆえ、信用ならん」「前科者って、それはあんまりじゃ」「
ならん、ならん、絶対許さん。それより、わらわが、もっと活躍すればよいの
じゃ。最近、出落ちみたいな使われ方で、納得がいかん。」
>>156 お船どの、ご登場をいつも心待ちにしておりまする!
このスレを毎日楽しみにしている者がおりますゆえ、
作者さまにもよろしゅうお伝えくださりませ。
158 :
日曜8時の名無しさん:2009/08/30(日) 23:52:20 ID:/C/c2A6E
第二十五話「上洛」(1)
与板城で、お船と相談しながら、さまざまな手を考える兼続。「やはり
新発田を討つためには、蘆名からの補給を断たねばならぬのではないか」
お船が言う。「そうですな。本庄に任せたのじゃが、あいつは最上に庄
内を攻められて、その対策に忙殺されておるようじゃ。当分あてには、
できませぬな」「蘆名の当主盛隆は、二階堂からの養子ということじゃ
が、若いが、なかなかやり手のようじゃな。盛隆は伊達輝宗の養女の婿
でもあるから、伊達を後ろ盾にしておる。強敵じゃ」「しかし、蘆名か
ら見れば、二階堂と伊達に乗っ取られたようにも見えます。そこに、つ
けこむ余地があるやもしれませぬ」「ふむふむ。よく見ればそうじゃな」
159 :
日曜8時の名無しさん:2009/09/01(火) 23:24:53 ID:6bOMHqP/
第二十五話「上洛」(2)
お船が、細作の報告を取り出す。「そなた、これをどう見る。新潟津から出た
船に五十公信宗らしき男が乗っておったようじゃ」「五十公信宗は、新発田の
義弟、新発田軍の副将。行先は、越中、佐々のところでしょうな」「何用じゃ
ろう」「佐々と連携して、春日山を討つ、それ以外には、ございますまい」「
しかし、佐々は、秀吉公に降伏してから、恭順の意を示しておると聞いておる
ぞ。それに前田の息子を養子に貰いうける話も、進んでおると聞くが」「長久
手の勝利を、徳川が誇大に宣伝しておるようでございます。北条の援軍の到着
を待って、上方に進攻するなぞと、それに佐々の奴、煽られておるのでは」「
佐々の恭順は偽りなのか」「少なくとも秀吉公は、佐々は裏切ると、それがし
に言うておりました」「秀吉公は、佐々を許したが、心底では、憎んでおるの
じゃろう。その心のうちが、佐々にも読めておるのじゃろう」あいかわらず、
お船殿は、するどい。秀吉公が、佐々を追い込んでおるのかも知れぬのう。
「さっそく、春日山に使者を立てます」
「ところで、そろそろ新発田攻め、いたさぬのか」「今のままで十分でござる」
「わが軍が会敵するたびに、逃げておるので、新発田は、連戦連勝じゃ、この
分では、春日山に攻め込む日も近いと豪語しておるようじゃ。揚北衆のなかに
も、新発田に与力するものが現れるかも知れぬぞ」「心根のあやしきものを、
この際、あぶりだすのも一興かと」「そなたは、人の心が分かっておらぬ。人
は弱きもの。心を持てあそぶような術策をしてはならぬ」お船の説教は長い。
「われらは、連戦連敗のようですが、新発田領内に進攻させているのは、実は
新発田領内の兵要地誌を作成するためでございます。これも、すべてお館様の
親征のためでございます」「そなたは、やはり万事隙きなき男じゃ。あっぱれ
じゃ」
春日山より急使、佐々軍、加賀に進攻。前田軍苦戦。上杉に救援要請とのこと。
「佐々は、われらのことを舐めておるな。挟み撃ちされることは、火を見るよ
り、明らかなのに」「そのため、新発田としめし合わせたのでございましょう。
われらも、春日山に戻らねばなりますまい」「えー!わらわは出陣せずじまい
か。折角、鎧もあつらえたのに。直江景船じゃ、やりたかったのに。まあ、よ
い。わらわも越中に出陣する」なんとも、立ち直りの早いお方じゃ。ちょっと、
感心する兼続。
160 :
日曜8時の名無しさん:2009/09/02(水) 23:25:12 ID:RD3kpkZg
第二十五話「上洛」(3)
春日山に戻る。景勝は、越中出陣の準備をしていた。「さんざんに打破られた
と聞いたが、無事であったか」「やはり、お館様あっての上杉、毘沙門天の旗
がなければ、勝てませぬ」「はは、わしは、そなたの魂胆を知っておるぞ。そ
なたとわしは一心同体じゃ」これほど、主君に信頼されておる家臣は日本国中
それがし一人じゃろう。受けたご恩を万分の一でもお返しするよう、これから
も励まねばなるまい。いつものことながら感激する兼続。
佐々の軍勢は、能登・末森城を奇襲、しかし前田家重臣奥村永福が粘り強く死
守、戦は膠着状態になっていた。「佐々には、これまで何度も煮え湯を飲まさ
れてきた。今度は、その借りを返さねばならぬ。佐々の背後を討つ」上杉軍八
千、大挙して越中に進攻、宮崎城を攻略、本城富山城に迫った。「佐々は、何を
考えておるのじゃろう。東西から挟撃されても、まだやる気なのじゃろうか」
兼続が、信濃方面・新発田の抑えのため春日山の留守をしているため、越中に
出陣できなかったお船、佐々に八つ当たりする。「徳川・北条が、上方に進攻
するのを待っておるのでございましょう」八つ当たりの矛先が向いてこないよ
うに、丁寧に注意深く受け答えする兼続。「しかし、徳川が圧倒的な兵力を誇
る秀吉公と対等に戦っておるのは、内線作戦をとっておるからじゃろう。どう
考えても、そんな危険を犯すとも思えぬが」「しかし、このままでは戦は膠着
状態になります。一日たてば一日たつほど、秀吉公の力は強大になっておりま
す。徳川も、なにか、一手、手を打たねば、このまま圧倒されてしまいます」
「そうじゃな、しかし兵が足りまい。北条からの援軍だのみか。北条は、どう
しておるのじゃろう」「この七月まで、北条は、佐竹・宇都宮などと野州・沼
尻で対陣しておりました。しかし、和議がなったようでございます」「一時的
なものじゃろう」「それは、もちろん、北条は関東制覇に邁進しております。
関東制覇せよ、という家訓でもあるのじゃろうか。徳川に、あっさり甲斐・信
濃を譲ったのも、そのためでございます」「佐竹なども、しぶとく戦っておる
じゃろうが、圧倒されるのも時間の問題じゃろう」「佐竹は、清和源氏の末流
東国の名門、蘆名などともつながりがあります。北条も、簡単にはいきますま
い」「秀吉公のご命令が、われらに下るのではあるまいか。佐竹を助けよと」
そうじゃ、北条攻めがあるやも知れぬ。決めてがないのは、秀吉公も同じじゃ。
徳川を屈服させるため、徳川の同盟者を一人ずつつぶしていくしかあるまい。
越山の用意もせねばなるまい。しかし、ここでも新発田が障害じゃな。あやつ
のせいで揚北のものどもを動員できぬ。しかし、関東出陣というのは、楽しみ
じゃ。関東に行けば、謙信公のお考えが、分かるかも知れぬ。いろいろ、一人
で考える兼続。
161 :
日曜8時の名無しさん:2009/09/03(木) 23:36:19 ID:uPnwhGvx
第二十五話「上洛」(4)
春日山に景勝が凱旋してきた。「佐々のやつらは、出撃してこぬ。前田も、国
境を固めて越中には入ってこぬ。それゆえ、われらも引き上げじゃ。佐々を滅
ぼせなんだは、残念じゃが、富山城まで攻め込んでやった。同陣しておった秀
吉の使者にも、上杉の武勇みせつけることができたわ。溜飲が下がった思いじ
ゃ」「折角の好機、前田殿は、何故越中に進攻してこないのでしょうか」「わ
しに届いた書状によれば、丹羽長秀が尾張の戦線より帰還してくるので、その
援軍を待つつもりのようじゃ」「同じ旧織田家中でも、佐々は武辺者と思われ
ておるようでございますな」「うむ。買いかぶりかも知れぬがのう」「丹羽殿
が、帰還されたということは、尾張の戦は終息に向かっておるのでしょうか」
「うむ」「さっそく、石田に聞いてみます」数日を経ずして石田の手紙が着く。
石田は、ほんに打てば響く男じゃ。それに早い。一読して景勝に報告する。
「秀吉公は、信雄と和睦するお考えのようでございます」「結局そうなるじゃ
ろうな。まさか、主筋の者を滅ぼすわけにはいくまい。秀吉を主君と仰いでお
る者どもも、従うまい。秀吉の天下は、そこまで固まっておらぬ。秀吉は、信
雄が秀吉の天下を認めれば、それでよいのじゃろう」「しかし徳川が納得しま
すか」「はらわたは煮えくり返っておるじゃろうが、納得せざるを得ぬじゃろ
う。単独では戦えまい。信雄がいればこそ、秀吉との和睦の道もある。家康は、
それほど先の見えない男ではない」景勝が黙る。考え込んでいるようだ。
「石田が書いております。天下静謐の名案が浮かんだと」「なんじゃ」「秀吉
公は関白になるそうでございます」「関白?平清盛のようになるのか。将軍で
はないのか」「秀吉公が望めば、将軍になることも不可能ではないでしょうが、
朝廷の官位を利用するためには、関白になるほうが、てっとり早いというてき
ております。」あまりのことに黙り込む景勝。「氏素性の知れぬ秀吉が、関白
か」確かに名家意識の強いお館さまには、衝撃的な話じゃな。しかし、確かに
便利じゃ。朝廷の官位を使えば、主筋の信雄の上位に立つこともできる。信雄
も従いやすい穏当な方式じゃ。秀吉公の幕僚には、石田をはじめ知恵者が揃っ
ておるようじゃ。「石田は、新発田のことも任せてくれというて来ております」
「まさか、われらの代わりに、新発田を成敗してくれるのじゃろうか」「いや、
和睦する考えのようでございます」「それは、困るのう」「徳川を臣従させる
ため、背後の北条を討ち、三方から圧力をかける戦略じゃと書いております。
北条攻めの際、上杉の軍勢が少ないのは困るので、新発田を臣従させるお考え
のようです」「われらを使う気満々じゃな。しかし、そんなに簡単に事が運ぶ
とも思えぬが。運ばれても困るし」「それがしも同感でございます。新発田と
われらは不倶戴天の関係、何でも秀吉公の思い通りには、なりますまい」しか
し、利用できるものは何でも利用する気じゃ。朝廷の官位も新発田も。恐ろし
いお方じゃ。賤ヶ岳のときも、佐久間盛政を自分の家臣に取り立てようとした
くらいの秀吉公からみれば、われらの度量は小さいのかな。
>>161 「はは、わしは、そなたの魂胆を知っておるぞ。」
なんか、景勝いいなと思った
163 :
日曜8時の名無しさん:2009/09/04(金) 23:45:22 ID:+L3dWpf4
第二十五話「上洛」(5)
病を得て屋敷にひきこもっている狩野秀治より、会いたいとの使いが来る。お
加減はよいのじゃろうか、心配していた兼続、さっそく会いに行く。「そなた
が与板に詰めておる間、上条様のところに上方からの使者が何度も来ておるよ
うじゃ。表向きは証人に出されたお子との手紙・音物のやりとりということじ
ゃが、どうも怪しいのではないかのう」ほほう、さっそく秀吉公の手が入って
おるわ。敵も味方も、おかまいなしじゃ、上条様にうまいこと言って、だます
つもりなのじゃろう。狩野殿は、さすがじゃ、よく見ておるのう。「そなた、
毛利のこと、どう思う」病のせいか、狩野の話は、とりとめないように思える。
「西国一の大大名かと。秀吉公は毛利と上杉を、いちはやく臣従した外様とし
て、うまく使っていくつもりのようです」「毛利は大国じゃし、勇将・名将・
軍師も、雲の如くおる。時至れば、天下も狙える家じゃ。しかし、当主輝元の
お人柄か、家中の統制がとれてない。というか、常に反対の考えをもつものが
おり、その筋も動いておる」何の話をしておるのじゃろう「たとえば、本能寺
の直後、秀吉が高松城から引き揚げる際も、吉川元春は追撃を主張しておる。
それを中止させたのが、小早川隆景じゃ。吉川は主戦派、小早川は講和派、常
に併存しておる。あらゆる情勢の変化に対応できるように、両方の筋を進めて
おる。これからは、上杉も毛利と同心することがあるやも知れぬが、豹変され
ることがあるやも知れぬ。充分気をつけよ」狩野殿の毛利研究の結論なのかな。
「無理を言って来てもらったのは他でもない。これからのお家の体制のことじ
ゃ。そなた一人の単独執政にするように、お館様に進言した。わしが死ねば、
そうなる。その腹積もりをしておいてもらいたいのじゃ」なんと、「それがし
は若輩。狩野殿の助けがあればこそ、なんとかやってこれたのでございます」
「よいよい。そなたが謙虚な男であることは分かっておる。そなたは、お館様
の寵愛を一身に集める腹心、それに上杉家随一の実力を有しておる直江家の当
主、単独執政をするに不足はない。それに、このごろ、ひとまわり人間が大き
くなったと聞いておる」それがしに間者でもつけておるのじゃろうか。「お船
殿から、文を頂いておる。そなたのことを褒めておったぞ」なんと「そなたの
人格・識見・力量には、何の不足もない。しかし、そなたをねたむ者、憎む者
も多くおる。上に立つ者の宿命じゃが。そのものどもの気持ちにも斟酌してや
ってほしいのじゃ」おお、「ご忠告、胸に沁みました」「わしは、尼子家が滅
んだ後、浪人しておったのじゃが、謙信公に見出され、お仕えすることとなっ
た。謙信公は度量の大きさは、計り知れないものがある。浪人、領地を失って
逃げてきたもの、人質としてこられたお方、謙信公はみな大切にされた」そう
じゃな、上杉には他国のお方が多い、山浦様、上条様、河田殿、みな他国の生
まれじゃ。「越後の国は日本一の大国じゃ。しかし、他国のものを、快く受け
入れる心の大きさがあって、初めて、そのひろさが活きてくる。わしの話が、
分かるか」なんとなく「はい」「そなたは利口な男じゃ。これからも色々なこ
とを、学んでいくじゃろう。これは、いわずもがなの話じゃったな」
164 :
日曜8時の名無しさん:2009/09/06(日) 23:35:58 ID:WC9ZL8i1
第二十五話「上洛」(6)
石田から報告が届く。石田は、本当にまめな男じゃ。寸分揺るぎのない男じゃ。
安心するのう。兼続と三成、やはり精密な仕事が得意な官僚気質が共通する。
景勝に報告する。「秀吉公と信雄、伊勢・桑名で会見、和議がなったようでご
ざいます。なんでも、秀吉公は、信雄に土下座して、詫びたそうでございます」
「勝ったほうが、土下座して詫びるのか。秀吉は、ほんに芝居がかっておるの
う」「和睦の条件は、信雄が人質を出すこと。伊賀・南伊勢の割譲などが含ま
れており、実質信雄の降伏のようなものでございます。その場の土下座など、
秀吉公は何とも思いますまい」「丹羽や前田なども喜んでろうじゃろう。さす
がに、主筋を臣下が討つわけにはいくまい」「丹羽が、和睦交渉を取り持った
ようでございます」「なるほど、丹羽の引き揚げは、そのためか」「ところで
徳川は、どうするつもりじゃろう」「一応、長子於義丸が、人質として秀吉公
に差し出されることになったようでございます」「長子を出した。徳川も思い
切ったことをするのう」「あるいは、愛されていない子なのかもしれませぬ」
子供のいない二人、子を持つ父親の機微には疎い。「実の子を愛さぬ父親は、
あるまい」よくわからない、「秀吉公は、いきなり大納言になったようでござ
います。関白になるつもりのようで」「まったく、世も末じゃのう」身分のな
いことを逆手にとっておるのじゃ。秀吉公は、自分の欠点を長所に変えておる。
日本の歴史上、初めて現れた英雄じゃな。「公家どもは、日記に悪口を書いて
うさをはらすのが関の山でしょう。むしろ、実利を得られると喜んでおるやも
知れませぬ」「次は、どうなる」「徳川の同盟者を、一人ずつ、つぶしていく
かと。まずは、雑賀衆、次は四国攻めと続くようでございます」「ふむ、秀吉
の動きは、わかったが、徳川は、どうするつもりじゃろう」「北条との連携を
強めて、秀吉公との交渉に備えるのではないかと」「徳川にとって、自分をど
れだけ、高く売れるか、正念場じゃな」「徳川は、重厚なお方。その挙動に軽
躁なところはございませぬ。桶狭間で、今川義元が討たれた後も、なかなか岡
崎城に入らなかったと、聞き及んでおります。秀吉公も、臣従させるのには、
苦労するのではありますまいか」「しかし、人質は出したのじゃろう」「いざ
となっては、殺されても構わぬ覚悟かと」「おそろしい奴じゃな」「徳川は、
はかりしれぬ所のあるお方のようでございます」「秀吉とは違った恐ろしさじ
ゃな」「なんでも、信玄公を尊敬しておるとか」「ふむふむ、徳川の人となり
じっくり調べさせねばならぬの」「は、すでに細作を徳川領内に入れておりま
す」にっこり笑う景勝。「ところで、本庄が、そなたに逢いたいと、来ておる
ぞ」あいつ、庄内の沃野に目がくらんでおる、蘆名工作もしないで、とっちめ
てやろう。
165 :
日曜8時の名無しさん:2009/09/07(月) 00:34:36 ID:pqLEVhIn
信長の野望でもやっていろ
続きが気になって毎日来てしまう…
天地人が終わっても最後まで書ききってほしいな
167 :
日曜8時の名無しさん:2009/09/08(火) 23:44:46 ID:lkUfcTTM
第二十五話「上洛」(7)
頭から湯気を出しながら、本庄の待つ家老部屋に行く。「奥方は、相変わらず
お美しいのう」「ほほ、本庄殿は、戦ばかりではなく口もお上手じゃ」本庄と
お船が、なごんでいる。「本庄因幡守繁長殿」そなたは、いったい今まで何を
しておったのじゃ、兼続が説教を始めようとするが、兼続の内心を知らない風
の本庄、屈託のない顔と声で、「ご家老、大変なことが起きました。蘆名の当
主が暗殺されたのじゃ」なんと、「蘆名盛隆が死んだのか。若年ながら、なか
なかやり手と聞いておったが」「なんでも、男色のもつれで寵臣に殺されたと
いう話じゃ。お館様も、気をつけねばなるまい」兼続とお船、最後の言葉は、
聞かなかったかのように、話を進める。「それでは、蘆名の政策は変わるの
じゃろうか。新発田への援助はどうなるのじゃろう」お船が質問する。「い
や、伊達輝宗が遺子・亀王丸の後見をするようじゃ。新発田は、伊達・蘆名
が越後に打ち込んだ楔となっておる。そうそう、援助はやめるとは思えませ
ぬ」「なんじゃ、つまらんのう。それにしても、伊達輝宗、これで奥州の支
配者じゃな。佐竹も、大変じゃ」「いや、伊達の内情もいろいろあるようじ
ゃ。輝宗は、亀王丸の後見になると同時に、伊達の家督を長男の政宗に譲っ
ておる。が、なんでも、輝宗の奥方・義姫は、次男の竺丸を擁立したかった
ようじゃ。義姫は最上義光の意を受けて動いておるとのことじゃ。最上義光
は狡賢い男じゃ。伊達の家中にも手を入れておるわ。これから、ひと波乱も
ふた波乱もあるようじゃ」「伊達の新しい当主は何歳じゃ」兼続が聞く。「
十八でござる」ふむ、それでは大変じゃ「なんでも、幼少時に疱瘡に罹って
片目を失明したそうじゃ、それで、母親にうとまれてしまったが、輝宗は、
伊達の全盛期を現出した九代政宗の名をつけるほど、高く買っておるとのこ
とじゃ。なかなか、できる男のようでござるよ」ふむ、「そうじゃ、家督を
継いだ祝いの使者を、われらから出して、反応を見てみようか」雪が積もれ
ば、他にすることもない。
168 :
日曜8時の名無しさん:2009/09/09(水) 22:45:17 ID:lV45oBAa
第二十五話「上洛」(8)
しばらくして、伊達から返事が届く。ふむふむ、近いうちにお目にかかりたい
じゃと。伊達政宗は、父親と違う考えを持っておるようじゃ。政宗は蘆名のも
のと、えらくもめておると聞いておる。若年ゆえ、あなどられておるのじゃろ
う。差出人は、片倉小十郎というお方か。家老部屋で、いろいろ考えていると、
そこにお船が来る。「越中からの細作の情報じゃが、佐々の動静が不明とのこ
とじゃ」「雪に降りこめられて、動けないだけではないのですか」「いや、ど
うも、徳川に会いに行ったようじゃ」「まさか、雪山を越えて。そんなこと、
できるはずがありません」「いや、謙信公も雪を踏み固めて越山されたことが
ある。佐々は、前田とわれらに、挟み討ちにされて、絶体絶命。そのうえ、徳
川と信雄が、和睦した今、孤立無援じゃ。春になれば、秀吉公が大軍をもって
攻めてくることは、火を見るより明らかじゃ。なんとかして、家康を翻意させ
たいのじゃろう」「真田にでも、聞いてみますか。あいつの情報は精度が高う
ござる」「それがよかろう」
真田より、密書が届く。「佐々は、浜松城に家康を訪ね、翻意を促したが、家
康は、とりあわなかった模様。思いあまった佐々は、信雄も訪ねたが、こちら
も相手にしなかったとのこと」景勝に報告する。「佐々の、決死の努力も水の
泡じゃ。しかし、徳川も罪つくりじゃ。徳川が、長久手の勝利を、誇大に宣伝
したから、それに煽られて、佐々は秀吉に敵対したのじゃろうに」「佐々は、
秀吉公を憎んでいるので、冷静な判断ができなかったのでしょうな。」好きと
か、嫌いとか、女子供でもあるまいし、そんなことで自分の家を滅ぼすことは
できぬ。狩野殿が、隠居された後、上杉の命運は、それがしの判断にかかって
おる。常に冷静・沈着でなければならぬ。佐々を見て、自分を戒める兼続。
「狩野が隠居を願い出た。いよいよ、具合が悪いようじゃ。以前、狩野も言っ
ておったが、わしは上杉の命運を、そなた一人に任せるつもりじゃ。このよう
な、変転極まりなき時代に、だらだら合議を重ねる余裕はない。一瞬の判断の
遅れが、命取りになるやもしれぬ。もうすぐ、新しい年じゃ。来年からは、そ
なたが、上杉のかじ取りをするのじゃ。たのむぞ」お館様のご厚恩にお答えせ
ねばならぬ。お館様は、謙信公のように武人として、自分の生を全うしたいの
じゃろう。お館様に、無用の心配をかけたり、瑣事に煩わさせるようなことを
してはならない。それが、直江の家の者の務めじゃ。お船が、聞くと、ほめら
れそうなことを考える兼続。
素晴らしい
職人さん神掛かっているな
>お館様のご厚恩にお答えせねばならぬ。
>お館様は、謙信公のように武人として、自分の生を全うしたいのじゃろう。
>お館様に、無用の心配をかけたり、瑣事に煩わさせるようなことをしてはならない。それが、直江の家の者の務めじゃ。
うーん、いいっすね〜。
なんつーか、「密謀」の前史を読んでる気分だ
172 :
日曜8時の名無しさん:2009/09/12(土) 22:55:09 ID:9LYFOTbU
第二十五話「上洛」(9)
天正十三年正月、雪に埋もれた春日山城下を眺めながら、考えにふける兼続。
すでに新春早々の年賀の式において、以後上杉家の内政外交、兼続が総攬する
ことが布告されている。早急に与板衆のなかから、それがしの手足となって働
く有能なものを、探し出さなければならぬ。やはり、お船殿に頼むか。なんと
いっても、与板衆は、お船殿の家来じゃ。お船殿は、あれでなかなか、こまか
く人物を見ておる。きっと、すぐれた者を推挙してくれるじゃろう。それに、
上田衆の泉沢秀久など、外様衆の藤田信吉なども、これからは枢機に参画させ
ねばなるまい。それがしの責任も重大じゃ、これからは、重大な決断をせねば
なるまい。何があっても、驚かぬ胆力が必要じゃ。謙信公を見習って、坐禅で
も組むか。ひとりで、いろいろ考えていると、お船が登場。
「兼続殿、大変じゃ」いつも、落ち着きはらっているお船が、いつになく慌て
ている。「なんですかな、上方で、事変でも起こったのですか」お船殿の配下
の細作の情報も、それがしのところに来るように、情報網を一元化せねばなる
まい。「最近、下腹がめきめき出てきて、ちょっと太ったかな、と思うて、侍
医に見てもらったら、なんと、わらわはみごもっておったぞ。喜べ、そなたも
これで父親じゃ」なんと、うれしいことじゃ。いやまて、それがしに身に覚え
はないが。お船殿とそれがしは、夫婦じゃが、お互いに忙しく、二人で寝所を
共にしたこともない、まさか、間男、どこぞの男と浮気して、みごもり、それ
を、それがしの子じゃ、と押しつける気か、いかに、それがしが婿養子とはい
え、あまりといえばあまりじゃ。許せん、それがしの面目も立たぬ。この場で
お船を斬り殺し、それがしも切腹するしかないのう。瞬時に決心した兼続、静
かに刀の鯉口を切り、お船のほうに向きなおる。「去年の初夏のころ、お館様、
奥方様、とわれら四人で、晩御飯を食べた夜があったじゃろう。お館様に、勧
められて、そなたも相当酔っ払っておったが、たぶん、その日じゃ」うん、そ
ういえば、そんなこともあったぞ。お館様に、勧められて、酔いつぶれてしま
ったことが。なぜか、お船殿と、相撲をとっている夢を見たような気がして、
後で、不思議に思ったことがあった。そうか、その日か。よかった、早とちり
しなくて、でも、本当じゃろうか。しかし、聞けぬ。疑うておるのか、わらわ
は、実家に帰らせていただく、って言うか、そなたが出て行け、とたたき出さ
れるじゃろう。口は災いのもと、お館様の無口は正しい。何食わぬ顔で、鯉口
を収めた兼続、にこっり笑い「お手柄です。それがしも直江に入った責任が果
たせて、うれしいございます」それがしが、父親になるのか。しかし、酔った
挙句に事に及ぶとは、不覚じゃ。やはり、お館様に、女気がまったくないから
のう。自然、おそばに仕えるわれらも、遠慮がある。それに、われら夫婦の話
題は、天下国家のことばかりじゃ、というか、日々の仕事が多すぎで、それ以
外の話をする暇がない。お互い、報告書を読んだり、細作の報告を聞いたり、
書状を書いたり、二人で寝る時間などないからのう。「こたび、わらわも考え
たのじゃが、われらは、もっと真面目に子作りをせねばならぬぞ。お館様に、
お子はない。ゆえに、証人に出す時には、上条様に頼まねばならないような羽
目になる。われらの子がおれば、証人に出すこともできよう」人質に、出すた
めに子を作るわけではないにしても、確かに、その通りじゃ、子作りも、上杉
のためじゃ。「お館様のために、励みましょう」「うむ」やっぱり、この夫婦
少し変わっている。
お船の妊娠を聞いた景勝、お菊は大喜び。何度も、見に来たり、お船のお腹を
撫でたりする。「上杉の跡取りができた」珍しく、景勝も冗談を言う。お館様
にも、早くお子ができればよいのに。しかし、これでお船のじゃじゃ馬ぶりに
も歯止めがかかるじゃろう。こころの中でほくそ笑む兼続。でも、高齢初産、
大丈夫かしら、と心配したりする。ひと走り、善光寺まで馬を飛ばし、安産の
お守りを貰ってこようかな。「うんうん、苦しい」なぜか、つきっきりで身の
回りの世話をする兼続。「すまぬ、兼吉、肩を揉んでおくれ」「へい」「水」
「へい」侍女の出る幕もないくらい、かいがいしく御世話をする兼続。
ついにご懐妊ですね!
しかし、何ヶ月まで気づかなかったんだw
174 :
日曜8時の名無しさん:2009/09/13(日) 22:25:59 ID:JxIUP1Pq
第二十五話「上洛」(10)
上杉家が、お船の妊娠で大騒動している間も、秀吉の天下統一は着々と進む。
石田より、報告。三月、秀吉公、内大臣になる。秀吉軍、紀伊に進攻。根来衆
雑賀衆の火力に苦しんで、数千の犠牲が出たが、ほぼ、紀伊を制圧。毛利水軍
も、作戦に参加。長宗我部の援軍を阻止した。引き続き、四国攻めを開始する。
総指揮は、秀吉公の弟、秀長様。秀次様も参加される。他に、宇喜多・毛利な
ども動員される手筈。なんと、さっそく景勝に報告する。「数千の犠牲が出た
ということは、鉄砲隊が火線を敷いておるのに、強攻したのじゃろうか。秀吉
は、城攻めが得意じゃと、聞いておるが、焦っておるのじゃろうか」「は、三
木の干殺し・鳥取の渇泣しと、兵糧攻めが得意のようでございますが、こたび
は、敵の戦意を一気に挫くために、強攻したようでございます」「紀伊は、信
長も攻略に失敗した、熟練の鉄砲傭兵の国じゃ。犠牲は、やむをえないことじ
ゃったのかのう」お館様は、戦そのものを見ておるが、秀吉公の戦は、すべて
政略に基づいたものじゃ。それに比べて、謙信公は、戦そのものを神聖視され、
政略を好まれなかった、はっきりいって出たとこ勝負のようなところがあった。
臨機応変に対応していく力量は、戦国随一だったかも知れぬが、それは所詮戦
術段階の話じゃ。秀吉公の戦には、政略、すべて政治が組み込まれておる。緒
戦で、犠牲を顧みず、火線を突破させ、城を落とし、城兵を皆殺しにする。犠
牲も多く、人倫に反しておるように見えるが、鉄砲の威力を頼みとする根来・
雑賀衆は、動揺し、戦意を失う、かえって以後の戦いがすらすら進むというも
のじゃ。徳川が質子を出したからというて、臣従したわけではない、徳川に見
せつけるためにも、短期で制圧せねばならぬのじゃ。
「それにしても長宗我部は、かわいそうじゃ。勝ち目はあるまい」「は、本能
寺で命拾いしたという点では、われらと同じ境遇。それがしも、同情しており
ます。長宗我部は、四国を安堵してくれれば、犬馬の労も厭わない、と必死で
秀吉公に頼んでおるようでございます」「やっと四国の統一を果たしたばかり
なのに、突然土佐以外は召し上げると言われたら、戦わざるをえまい。四国統
一の戦いで、多くの家臣が亡くなっておろう。戦わねば、家中のものも納得す
まい。しかし、最新装備の大軍を相手に、勝てぬ戦をせねばならぬとはのう」
秀吉公は、毛利を対長宗我部戦に動員することで、完全に配下に組み込みたい
のじゃ。秀吉公は、長宗我部に戦意も戦力もなく、外交でかたをつけることが
できることも、わかっているが、毛利を別動隊として使うことで、完全に掌握
したいのじゃ。九州でも、関東でも、四国と同じことが起こるのかな。主従、
心の中で、長宗我部を応援する。
175 :
日曜8時の名無しさん:2009/09/13(日) 23:37:19 ID:JxIUP1Pq
第二十五話「上洛」(11)
「ううん、産まれる」大変じゃ、安産のこと、何か中国の古典に書いてなかっ
たかな。「ご家老様、別室でお待ちください」「おお、そうじゃ、みな、頼む
ぞ」ちょっと、おおげさな兼続。一日千秋の思いで待つ。「産まれました。姫
でございます」おお、姫か。「それで、お船殿の様子は、どうじゃ」「お疲れ
のようですが、命に別状はございませぬ」「しかし、産後の肥立ちが悪いとか、
いうことがある、充分に養生するように、伝えよ」女の子か、直江の家は、ま
た養子をとらねばならぬのか。ちょっと、気の早い兼続。
そこに書状が届く。一通は石田からで、四国攻略の進捗状況を知らせている。
本隊の秀長軍は阿波、宇喜多は讃岐、小早川など毛利一門が伊予に上陸、破竹
の勢いで、四国を制圧中とのこと。もう、一通は真田からで、ついに徳川と戦
端を開く形勢になったので、後詰を頼みたいとのこと。ふむ、これはお館様に
相談せねばならぬ。「おお、姫が生まれたそうじゃのう。わしは、さっそく、
職人どもに命じて、玩具を作らせておる。楽しみにしておれ」景勝も、気が早
い。まだ、生まれたばかりですよ。「ところで真田から、後詰の要請が来てお
ります。北条からの催促に、徳川も重い腰をあげたようで、真田へ沼田を北条
に引き渡すよう使者が来ておるようでございます」「秀吉に対抗するため、徳
川も、北条との盟約が、いっそう大事になったのじゃろう」「真田は、沼田を
渡す気がありませぬから、戦になるのは、火を見るより明らかでございます。
ただ、秀吉公のお考えを測る必要があるかと思われます」「ふむ、というと」
「秀吉公が、徳川を臣従させようとしておる時に、われらが真田の後詰をして
戦をすることは、秀吉公の御心にそうことなのかどうか、確かめる必要があり
ます」「うむ、そうじゃな。任せる」さっきまでの上機嫌は、どこへやら、つ
まらなそうに景勝が答える。お館様は、秀吉公の顔色をうかがいながら、まつ
りごとを進めることがいやなのじゃな。昔は、謙信公の時代は、よかった。独
立独歩の大名じゃったから、なんでも好きにできた。今はそうではない。新発
田攻めさえ、自分の自由にはできぬ。さっそく、石田に問い合わせる。石田の
返事が、おりかえし届く。そこには、真田を助けてやってくれという、秀吉の
言葉が書かれていた。徳川を臣従させるために、真田を救援するということか。
石田の手紙には、ついに秀吉公が関白になること、四国攻めが終われば、佐々
攻めに、秀吉公が親征する予定ということも書かれていた。いろいろ、忙しく
なるのう。真田を、助けることになるのか。北条・徳川と戦うのじゃから、真
田も大変じゃが、真田を見殺しにすれば、われらも鼎の軽重を問われることに
なる。あやつのことじゃから、綿密な作戦を建てておるのじゃろう。直接、会
って聞いてみよう。さっそく、真田に会見を設定するよう使者をたてることに
する。
>主従、心の中で、長宗我部を応援する。
なんつうーか、こういう所が人間臭くて好きです。
ここの登場人物はNHKでやってる直江兼続っぽい人のドラマと全然かぶらないな。
それどころか兼続は全然妻夫木っぽくないよな。
配役はどうなってるんだろうか。
>>178 自分はドラマのキャストのイメージで読んでるよ。
結構ハマってると思うんだけど。
ドラマに登場してない人は、なんとなく脳内補完w
180 :
日曜8時の名無しさん:2009/09/14(月) 23:13:05 ID:f/RSA8t7
第二十五話「上洛」(12)
真田より使者が来る。早いのう。「わが主人真田昌幸、証人として次子幸村を
伴い、春日山に伺候する所存、お許しがあれば、明日にでもまいります」善は
急げじゃ、真田、早く来い。
翌々日、真田昌幸、幸村を伴い、春日山に到着。さっそく、景勝に目通りを許
される。相手をするのは、もちろん兼続。「そなたのことじゃ、徳川を迎え撃
つ準備はできておろうが、こたびの戦いは難しいものになるぞ。秀吉公は、徳
川を臣従させるおつもりじゃ。徳川を滅ぼす気はない。そなたが徳川と戦って
おる最中に、突然和睦が成立することも、あり得る。二階に上がって、梯子を
外されるような目に会うかも知れぬぞ。それでも、やる気か」兼続、真田をま
っすぐ見て言う。「われらは、すでに何度も北条を撃退しておりまする。徳川
を撃退することも、それほど難しきこととは思うておりませぬ。ただ、長期戦
になったときに、直江殿が御心配されたような事態が起こりえることを勘案し
て、後詰のお願いに参上した次第でございます」はは、真田は、われらを後詰
にすることで、秀吉公に、突然徳川と和睦するようなことをしないように、し
てもらいたいのじゃな。それがしと石田の関係を知っておるのじゃろうか。真
田の諜報機関のことじゃ、それくらい、とっくに調べ上げて来ておるか。はじ
めて景勝が口を開く。「窮鳥懐にいらば、猟師もこれを殺さず、という。真田
の願いを聞かねば、われらは徳川を恐れて後詰せなんだと、世の嘲りを受けよ
う。謙信公は、助けを求める信濃・関東のもののために、武田・北条と戦い続
けられた。後を継いだわしが、真田を助けることができねば、謙信公以来の上
杉の弓矢に傷がつく。上杉は真田の後詰をする」真田昌幸、緊張していたのか
蒼白い顔がみるみる紅くなり、ほっとした様子。よかったな、真田。お館様は、
日々謙信公に近づくことを目標としておられる。「細かいことは、兼続と詰め
よ」「お館様のお言葉通り、われらは真田を助ける。しかし、実は近々秀吉公
が越中の佐々を征討するために親征してくることとなっておる。その時は、わ
れらも呼応して越中に進攻する手筈となっておる。われらの軍勢が、手薄とな
ったときに徳川が攻撃を開始するやもしれぬ。それでも、かまわぬか。救援が
間に合わぬことがあるかもしれぬぞ」にっこり笑う真田。「直江殿は、しばら
く会わぬ間に、軍略が進みましたな。それがしの軍師に貰い受けたいくらいじ
ゃ。戦のことは、この真田昌幸にお任せあれ。わしは、政戦両略の天才じゃ」
あれ、こいつ、何か調子が出てきたな。「ここに控えしは、わしの次男、真田
幸村でござる。上杉の家臣の端にでもお加え下さり、お使い下され」真田には
あまり似ておらぬのう、母親似かな。「来るべき戦いは、真田家の存亡のかか
った戦じゃ。そなたも、父上を助けられよ。」ちょっと、感激したような真田。
目を丸くして兼続を見る。
>>179 >>87で背が高いのを気にする妻夫木兼続って想像できなかったんだけど、
「真田幸村」が出てくるのはやっぱり天地人だからなのかな。
182 :
日曜8時の名無しさん:2009/09/17(木) 23:52:10 ID:uV8kQY3H
第二十五話「上洛」(13)
「実は、上田城がまだ完成しておりませぬ。城の縄張りをやりなおしたので」
「戦う相手が、変わったからじゃろう。北向きから南向きに変えねばならぬの
じゃろう」兼続が、突っ込む。真田、苦笑い。「いろいろ、話したきことが、
ございますし、奥方様にも目通りしたいところでございますが、今日のところ
は、これで失礼いたします」兼続、真田父子を玄関まで送る。「そういえば、
家康は、春先より、背中に腫物ができて苦しんでおるようじゃ」「ふむ、それ
は足利尊氏公が亡くなった癰というものか」「なんでも知っておるのう。残念
じゃが、家康はしぶといようじゃ。快方に向かっておると報告が来ておる。し
かし、徳川の動きが止まったようにみえるのは、この病のせいのようじゃ」真
田の諜報は、天下一品じゃな。「直江殿、すべてそなたにお任せする。長い付
き合いじゃが、今日ほど、三日あわざれば刮目して見よという、言葉を思うた
ことはない。」にっこり笑う真田。その手には乗らんぞ真田。褒め殺しか。
戻ってきた兼続に、景勝が言う。「大言壮語しておったが、大丈夫か。上田城
も出来ておらぬし、徳川ばかりか、北条も攻めてくるのじゃろう」「もともと、
北条の依頼から始まった事案でございますから、北条も必ず大軍をもって、同
時攻撃することになりましょう」「ますます、心配じゃ」「上田城築城には、
海津城の須田殿などに、合力するよう命じましょう。しかし、あの男は信玄公
の薫陶を受けた者、まず任せて大丈夫かと思われます。ただ、真田にも申しま
したが、秀吉公の真意は、徳川を臣従させるところにありますから、状況次第
では、真田の行動が、和睦の障害に変わるかもしれませぬ。とはいえ、真田に
ほどほどに戦うような余裕はありませぬから、政略的・戦略的なことは、われ
らが注意してやらねばなりますまい」「そうじゃな、秀吉の都合によって、今
日は是認されていたことが、明日は非難されることがあり得る。長宗我部もそ
うじゃろ」「はい、もともと、長宗我部の阿波攻撃は、信長の是認慫慂してお
ったもの。信長としては、三好の力を削ぐために、長宗我部に三好の本国を攻
撃させたかったのでございます」「それがじゃ、三好の力が落ちると、今度は
三好を先鋒に攻撃しようとしたのじゃろう。遠交近攻は、戦国の習いとはいえ、
あまりにもあざとすぎるわ。長宗我部はついに降伏したようじゃな」「はい、
残念ながら、石田殿より詳細な報告が届いております。土佐一国安堵というこ
とになるようでございます」「長宗我部は、土佐の小さな豪族から、粒粒辛苦
の末、ついに四国を統一したのに、ひと月もたたぬ間に、土佐一国以外を没収
するといわれ、攻撃され、降伏する羽目になった。さぞかし口惜しいことじゃ
ろうのう。なにより、四国統一の戦いで戦死した家臣どもに、顔向けできまい」
お館様は、長宗我部に深く同情されておられるが、切り取り放題の戦国の世が、
まさに終わらんとすることに対する哀惜の念があるのじゃろうな。「長宗我部
には地の利がなかったのかな。それとも天の時か」景勝、よほど残念なようだ。
「謙信公の御遺産を受け継いだわしには、想像もできぬ苦労があったじゃろう
のう。」「ところで、石田殿の報告によれば、秀吉公は藤原の猶子になり、関
白に任官したそうでございます」「藤原秀吉、関白。世も末じゃ。なんでも、
ありか」「四国が片付いたので、引き続き越中への親征に移るとのことです。
われらも準備せねばなりますまい」「秀吉に会うた際には、真田のこと、きち
んと話をつけねばならぬのう」「真田を見殺しにするようなことになれば、上
杉の面目が立ちませぬ」「そうじゃ、そのとおりじゃ」
183 :
日曜8時の名無しさん:2009/09/18(金) 23:42:04 ID:XHJfi++t
第二十五話「上洛」(14)
春日山城下に、八千の軍勢が集結する。「佐々は、秀吉に降伏する使者を出し
ておるのじゃろう」「秀吉公は、はねつけたようでございます」「前田やわれ
らを動かしたいだけなのじゃろうか」「先鋒は、織田信雄と聞いております」
「どう考えても戦にはならんじゃろう。佐々は信雄に弓引けまい」「われらや
徳川・北条などに対する威迫かと、思われます」「やれやれ、猿芝居に付き合
わされる上に、脅しつけられるとは、何の因果じゃろう。しかし、行かずばな
るまい。それと真田救援のための準備も出来ておるか」「速やかに移動できる
ように、糧秣などを集積しております」「うむ」
越中に入った上杉軍、しかし、案の定、十万と号する雲霞のごとき大軍に包囲
された佐々は、信雄の使者の降伏勧告を受諾。頭をまるめて、秀吉に謝罪。秀
吉、佐々に越中・新川郡の領有を許す。「ばかばかしい。越中の他の郡は、す
べて前田のものになったのじゃろう。無駄骨じゃった。そして越中を失った」
謙信公のお父上為景様のときから、越中と関係深かったのに、すべて失ったわ
けじゃ。われらにとって、越後国内の揚北より越中の方が、自領という意識が
あるから、お館様が、ちょっと気落ちするのも無理ない。そこに石田より使者、
関白殿下が、景勝公にお会いしたいとのこと。
「おお、兼続久しいのう。元気じゃったか。こたびは、上杉殿にも骨折り頂き
まことに大儀じゃった」「関白殿下」なんか、芝居じみておるが「こたびは、
わざわざ玉体をお運びいただき、まことに恐悦至極、言葉もありませぬ」「な
んのなんの、上杉はわれらにとって無二の家じゃ。いろいろ、相談したいこと
もあるのじゃ」越中との国境に近い、落水城で、景勝・兼続は、秀吉・三成と
会見している。秀吉公は、いつもと同じく饒舌じゃが、景勝公の人物を測って
おるのじゃろう。ごまかしが効く相手でもなし、ありのままの景勝公を、理解
していただくしかない。ありのままの景勝は、兼続以外のものとは、ほとんど
しゃべらない。自然、会話は秀吉と兼続の間で交わされることになる。「佐々
をこたびもお許しになられたのですか」「そうじゃ、そなたたちにも迷惑をか
けたが、堪えてやってくれ。あの男は、わしを嫌っておるが、戦闘指揮官とし
ては、なかなかの力量がある。わしは、それが惜しい。それに、天下統一のた
め、わしは降るものを許す方針じゃ」「徳川もお許しになる方針と伺っており
ますが、どのようなお考えなのでしょうか」秀吉公の考えは、読めておるが、
お館様にも、秀吉公の考えを知ってもらわねばならぬ。本人に言ってもらうの
が、てっとり早いわ。「三河守殿は、律儀なお方じゃ。桶狭間の後、総見院様
と結んだ盟約を二十年間守られた。一度も裏切らずにじゃ。こたびの信雄様へ
の合力も、この盟約の延長線上のことじゃ。反復常無き戦国の世にあって、こ
れは誰もできることではない。その間、三方が原の戦いで、総見院様に対する
忠誠の証を立てられておる」うむむ、どういう意味じゃろ「総見院様は、徳川
に対し、信玄公の大軍に対して邀撃の必要なし、浜松城に籠城せよと、命じら
れておったのではありませぬか。出撃は、家康の」いや調子をあわせる必要が
ある「家康公の独断と聞いておりましたが」「無理もないが、そなたは総見院
様のことが分かっておらぬ。もし、徳川殿が命令通り、浜松城に籠城し、戦局
に何ら寄与することなく、武田の大軍が尾張に進攻するようなことがあったら、
総見院様は、必ず徳川殿を成敗しておったじゃろう。もっとも、総見院様も武
田に滅ぼされておったかも知れぬが」うむむ、興が乗ったか秀吉は、話を続け
る「考えても見よ、信玄公の軍勢は二万七千、徳川殿は八千と織田の援軍が三
千、野戦して勝ち目はあるまい。兵の数だけではない、信玄公は、あの大軍を
手足のように進退させる陣法を完成しておった。後で、援軍に出ておった佐久
間様のお話を聞く機会があったが、佐久間様は、森閑とした軍勢が、みるみる
陣形を変えて、迫ってくるのを目の当たりにして、体がぶるぶる震えるほど、
恐ろしかったと言うておった。徳川殿は、勝ち目のない戦と分かっておっても
信玄公に挑んだ。承知のとおり、惨敗じゃったから褒賞するわけにもいかんか
ったろうが、総見院様は徳川殿の行動を高く評価しておった。律儀者じゃと」
ふむふむ、兼続ばかりか、景勝・三成も話に引き込まれている。
184 :
日曜8時の名無しさん:2009/09/21(月) 23:24:16 ID:dkOGD6rh
第二十五話「上洛」(15)
「関白殿下、そのお話おかしくはありませぬか。総見院様は、浜松城に籠城せ
よと、命令されていたのでしょう。軍勢を温存し、籠城してこそ、初めて武田
を牽制することができるのではありませぬか。それなのに、総見院様は、出陣
して惨敗した徳川殿を、高く評価していたとは、納得いたしかねますなあ」石
田が反論する。相変わらずの主従じゃ。お館様も、石田の物言いに驚いている
のではないかと、ちらとみるが、景勝は置物のように表情を変えない。「佐吉、
そなたには総見院様の側近は務まらんぞ。そなたは、この関白の側近として、
人に命令する立場となっておる。しかし、命令を受けるものどもの心の中を忖
度せねばならぬ。わかるか。もっと、人の心を読む力をつけねばならぬぞ」に
こにこしながら、秀吉が話を続ける。秀吉公はあらゆる機会をとらえて石田を
育てようとしておられる。それだけ期待しておるのじゃろう。
「総見院様の物言いには、常に裏がある。姉川のとき、遠征してきた徳川殿に、
後陣に控えておれといわれたが、本心は、先手になってもらいたいというもの
じゃった。徳川殿は、総見院様のお心のうちを忖度され先陣を志願し、朝倉を
打ち破られた。三方が原の時も同じじゃ。出陣は無謀じゃから、表だって命令
は下せぬが、本心では、徳川殿に何とかしてほしい、と総見院様は思っておら
れたのじゃ」「そうじゃろうか」石田が食い下がる。「その時の総見院様の立
場になって考えて見よ。姉川に敗れたとはいえ、浅井・朝倉は健在で、織田の
主力は、北近江に釘付けじゃ。さらに、秋山信友の別動隊によって、東美濃・
岩村城が落とされた。秋山は、岐阜を窺う態勢じゃったから、総見院様は岐阜
城を動けぬ。そのうえ、将軍様も三好・松永としめしあわせて、総見院様討伐
の軍を挙げる準備をしておった。本願寺も武田と密かにつながっておったし、
まさに絶対絶命じゃ」秀吉、話を続ける。「一方、徳川殿は、遠江の要の城、
二俣城を落とされておった。誰が見ても、武田の次の攻撃目標は浜松城じゃ。
浜松城籠城は自然の流れじゃ。現に、佐久間さまなど、織田の援将は籠城を主
張されておった。にもかかわらず、徳川殿は出陣された。そして命を取られか
ねぬ程の惨敗を喫した。」「そのどこを評価されたのじゃろう」さらに石田。
「その心根じゃ。もし信玄公が病死されておらなんだら、武田軍は尾張に進攻
し、岐阜城も包囲されておったじゃろう。さすれば、織田天下政権は瓦解して
おった。みな、そう見ておった。ゆえに、目はしの利く松永なども将軍様に同
心したのじゃ。にもかからわず、徳川殿は、出陣し、何とかしようと万が一の
僥倖にかけられたのじゃ。男の値打ちは、絶体絶命のときの行動にある。結果
は、残念なものじゃったが、結果だけを見ていてはならぬ。総見院様は、ご自
分の心の中を忖度され、あえて出陣された徳川殿の心根を高く評価されておっ
た。律儀者じゃ。信用できる男じゃと」「そうじゃろうか」さらに石田。「そ
なたもしつこいのう。籠城を主張された佐久間さまは、後に織田家を勘当され
た。直接の原因は、石山本願寺を接収するとき、手違いで燃やしてしまったこ
とじゃが、総見院様が書かれた十九条の折檻状のなかには、三方が原で戦わず
兵を温存して逃走したこともはいっておる。総見院様は、わが身を護ることに
汲々として最善を尽くさなかったとみておったのじゃ」ふむむ、信長は、何で
もよく覚えていて、何十年もたって、それを持ち出して、重臣を粛清したと聞
いておったが、そんなことがあったのか。「徳川殿がなぜ出陣したと思う。若
気の至りじゃったとか、座しておれば遠江の地侍が武田に一気に雪崩を打つか
らなどと、いわれておるが、徳川殿の心底には、桶狭間で今川を打ち破り、わ
が身を人質から解放してくれた総見院様に対する感謝があったのじゃ。恩を与
えれば、それを忘れず必ずそれに報いようとする、徳川殿は、そういう男じゃ。
ゆえに、わしも、徳川殿を、わが幕下に迎え、政権の柱石として遇したいと思
うておる」徳川家康、立派な男じゃな。しかし、どうやって迎えるのじゃろ。
185 :
日曜8時の名無しさん:2009/09/23(水) 23:48:52 ID:DBui06Sc
第二十五話「上洛」(16)
「ちょっと、しゃべりすぎて喉が渇いた。野立じゃが、茶でも飲まぬか、上杉
殿。佐吉は、兼続にいろいろ教えてもらえ。兼続は、そなたと同い年じゃが、
苦難を乗り越えて上杉家をここまで保ってきた男じゃ。上杉殿、参ろう」
秀吉公は、お館様と二人きりで話をされたいのじゃな。ちょっと、心配じゃが、
それもよかろう。秀吉公は、用意周到なお方、うまくやってくれるじゃろう。
「石田殿、あいかわらずじゃな。興味深く聞かせていただいた」「そなたは、
どう思う。関白殿下は、一身にして家を起こされたお方、ゆえに譜代の家臣が
おらぬ。面を冒して諫言する老臣がおらぬのじゃ。ゆえに、側近であるそれが
しには、諫言する義務があるのじゃ」あれ、諫言しておったのか。「関白殿下
は、地下の出身、それで関白になられたのじゃから、天地開闢以来の英雄じゃ
が、発想が庶民じゃ。徳川は、小なりはいえ領主の子じゃ。生まれながらに家
を背負っておるものが、感謝などそんな温いことで、必敗の戦いに出陣など、
するものか。関白殿下は人たらしじゃ、などと言われて本人もそうであると自
任しておるが、人がよいところがある。もちろん、総見院様じこみの酷薄な駆
け引きもできるがのう。関白殿下は、総見院様が徳川を同盟者として遇されて
おったから、自分もそうせねばならぬと思いこんでおるだけじゃ。関白殿下は、
ここまで総見院様の遺業の後を辿ってきたが、四国を制し、関白になって、も
はや総見院様を手本とすることができなくなり、自分を見失っておられる」言
ってることの意味がわからん。なにか、秀吉公は、とてつもないことを考えて
おり、石田は、それに反対しておるのじゃろうか。
信長も秀吉も家康も、大物から小物まで
ここではみんなが魅力的だよなあ
三成の立場がいいな
必死に理想の「譜代の臣」たらんとしても、経験不足で空回り
秀吉だけはそれを愛いと思ってくれるが、
同僚からは単なる小賢しさとしか理解されない・・
ここに家康がどうからんでくるか、楽しみにしてます
読む気がしない。眠くなる。
189 :
日曜8時の名無しさん:2009/09/24(木) 12:14:56 ID:fMjgLHSc
ただの戦国ヲタの脳内妄想でしょ
スレタイ読めよ
191 :
日曜8時の名無しさん:2009/09/25(金) 23:36:46 ID:At+msXA2
第二十五話「上洛」(17)
石田は、かなり不満が溜まっている様子。「百万歩譲って、徳川が信義にあつ
い、りっぱな男じゃとしても、天下人から和睦を申し出る必要はない。まつろ
わぬならば、討ち果たせば済むことじゃ。関白殿下は、間違っておる」「徳川
は、北条とも固い盟約を結んでおる。関白殿下は長期戦を嫌っておられるのじ
ゃろう」「北条も討てばよい、上杉を先鋒にして」おいおい。「関白殿下は、
あっと驚くような和睦を考えており、そなたはそれに反対しておるのじゃろう」
「わしだけではない、秀長様も蜂須賀殿もみな反対じゃ。しかし、これ以上は
話せぬ」話せぬことを、いいかけるな。後が気になるではないか。「ところで
そなた、お子が生まれたそうじゃの。重畳じゃ。」「かたじけない」「実は、
関白殿下が総見院様から頂いた養子の秀勝さまが、死の床についておる。どう
も、関白殿下の政権は一代で終わりそうじゃ」「お子がおらぬといっても、こ
れから産まれるかも知れぬぞ」「いや、関白殿下には子種がない」石田、そん
なこと、それがしに言ってよいのか。最高機密ではないのか。「ならば、養子
を取ればよい」どうも、話が陰々滅滅の方向に流れておる。「ところで、関白
殿下は、わがお館様に、何を話されておるのじゃろう」「上洛してもらいたい
と頼んでおるのじゃ。そなたも、早く上洛せよ。大坂城も、そろそろ完成じゃ。
三国無双の巨城じゃ、見物にこい。それに、わしの国づくりも見てもらいたい。
関白殿下は、大坂の城下に巨大な物産市場を造り、日本全国の物産を集めるつ
もりじゃ、米の余った国は、ここで売ることができるし、飢饉の国は、ここで
米を買うことができる。それに全国的な検地や刀狩りも考えておる。それに、
いやいや、これも話せぬ」石田は、本当に面白いのう。正直者じゃ。いくつも
秘密があるようじゃ。おいおい、時期を見て、教えてくれるみたいじゃ。「わ
れらの軍勢は、これから信濃海津城に出陣して、真田の後詰をする予定になっ
ておるが、関白殿下の御心のうちはどうなのじゃろう」「徹底的に、打ちのめ
せ。わしが許す」石田、そなたが許しても始まらんぞ。「ただ、あくまで局地
戦に留めておいてもらいたい。景勝公とそなたは出陣せぬ方がよろしかろう。
われらも、真田やそなたを助ける工作をしておる。あっと驚く手じゃ」こんど
は、石田、不気味に笑う。「なにやら、秘密が多いようじゃ。楽しみにするか」
石田は、ちょっと正直すぎる、駆け引きするのが面倒なのじゃろう。しかし、
日本の国を根本から変革するような大きな構想を持っておるようじゃ。乱世を
終息させ、天下万民に安穏な暮しを約束するのは、この男かも知れぬ。やはり、
越後一国を保つことに汲々としておる、それがしとは、視野の広さが違う。心
の中で感心していると、秀吉と景勝が戻ってくる。「兼続、そなた上洛しても
らうことになったぞ」秀吉が言う。お館様も、秀吉公に説き伏せられたようじ
ゃ。「天下万民のため、上杉殿に、ひと肌脱いでいただくことになった。あり
がたいことじゃ」秀吉公は、お館様に何を話されたのじゃろう。
192 :
日曜8時の名無しさん:2009/09/26(土) 23:11:10 ID:Red9n5WF
<反省会>
「筆者は、まことに底抜け脱線野郎じゃのう。話を前に進めていくことができ
ぬ。今回も上洛そのものにまで届かず、上洛の言葉が出てきたところでお茶を
濁したようじゃ」「オギャー、オギャー」「よちよち、まことにそうでござい
ますね。いつも、タイトルを安易につけるから、本人が苦しむのじゃ。次回、
上洛するなら、吉川三国志のまねといいはることもできるが、三話先の話じゃ」
(吉川三国志では、赤壁の戦は、赤壁の巻ではなく次の望蜀の巻で、描かれて
います)「オギャー、オギャー」「よちよち、おねむなんでちゅか。なんと、
このお話、いつになったら終わるのでしょうか」「わらわは、お江殿との勝負
になると思う」「お江殿!考えなおしてくださったのですね。やはり、池波正
太郎先生のように、女忍を出して話をすすめるという案に賛成して下さるので
すね」「オギャー、オギャー」「おしめが濡れておるのではないか。おしめを
替えてやるのじゃ。そのお江殿ではない。再来年の大河ドラマの主役のお江殿
じゃ。」「ああ、遥くららではなく、岩下志麻の方ですね。後の世にわれら上
杉家を助けて下さる保科様の御母上を虐めるお江殿ですか、勝負するのはやぶ
さかではありませぬが、いささか唐突ですね。秀忠公の奥方様と、なんの勝負
ですか」「愚か者、早さの勝負じゃ」「え!」「底抜け脱線野郎は、最近ひと
月一話のペースじゃ。わらわの計算では、最終回まで、たどりつくのは再来年
じゃ」「まことに、あっぱれな覚悟でございますな。まだ、影も形もない再来
年の大河ドラマと、早さを競うとは。まことに、あっぱれなご覚悟!筆者を、
閻魔大王のところに送りつけたい気持です」「オギャー、オギャー」「やはり、
おしめでした」「あまり、おまつを泣かせるでない。それに、話がくどいのう」
「筆者は、修士論文に、日付が違うだけで、同じ内容の資料を五つ並べて書い
て、口述のとき、試験官の先生から、かんべんしてと言われたほどの男でござ
います。同じことを、あきずに何度でも書くことができる、これもまた一種の
才能でございましょうか」「読んでくださる方々のことを考えねばならぬ」「
やはり、銀英伝のように百話体制に移行するべきかと」「そういえば、われら
の子作り、カイザーとヒルデガルド・マリーンドルフのようですな。ただ一夜
のことであるという意味で」「百話体制に移行するべきかもしれぬが、ここで
も脱線しておるぞ」「おおそうじゃ、忘れないうちに書いておこう。本庄は、
因幡守ではなく、越前守でした。新発田が因幡守じゃ」「密謀をパクっておる
のが、ありありとわかるのう」「筆者は、後で書き直す時に、パクリ元がわか
るように書いておるとほざいておりまする」「あっぱれなやつじゃ、わらわも
閻魔大王のところに送りつけたくなってきたぞ」
「しかし、秀吉公にとって唐入りは何であったのでございましょうか。唐入り
を急いだために、徳川と急いで和睦する必要があったという、説明はつくので
すが、唐入りそのものの動機がつかめませぬ。やはり誇大妄想なのじゃろうか
総需要抑制政策みたいな見解もあるようでございますが」「島津奔るじゃろ、
改めて、ひとつひとつのことを調べながら、進むしか道はあるまい」
本当に、読んで下さるみなさまには、感謝の言葉もありませぬ。筆者も、がん
ばろうとしておりますが、いかんせん、知らないことだらけで、調べながら書
いておる状態で、しかし、どんな形でも、最後までやる気でございます。これ
からもよろしくお願いいたします。上田攻め、伊達政宗登場、上洛とお話は続
きます。まこと、前途遼遠です。
職人様お疲れ様です!!
ここを覗くのを日々の楽しみにしているので、
完結まで書き続けてくれるなんてすごく嬉しいです。
無理はなさらずに頑張ってください。
大河は基本50話だから今は半分くらいか?と思ってたら
まさかの100話体制ですか!
乙です!
ドラマは終わりが近いけど、ここがまだまだ続くのはうれしいです。
頑張ってください!
196 :
日曜8時の名無しさん:2009/09/27(日) 22:38:58 ID:w0RkzI/P
第二十六話「上田合戦」(1)
春日山城に戻った景勝と兼続。軍を解かず、そのまま海津城に転進させる手筈。
「細作からの報告によれば、徳川は駿府に軍勢を集結中とのことです」「意外
に遅かったのう」「おそらく、北条との協同作戦のためでございましょう。北
条は、いつでも腹が立つほど出陣がおそうございます」「そうじゃな」「で、
どうなる」「上野・沼田城には、北条氏邦・氏房の率いる一万余、上田城には、
大久保忠世、鳥居元忠、平岩親吉らの率いる同じく一万余が攻めてくると思わ
れます」「家康自身は出てこないのじゃな」「局地戦にしたいというのは、徳
川も同じ考えのようでございます」「真田を侮っておるのじゃろう」「とはい
え、派遣されてくる大久保などは、家康の信任の厚いものばかり、選りすぐり
の精鋭と思われます」「心配になってきたな」「それがしもひそかに海津城ま
で進出、様子を見たいと思うております」「うむ、隠密にな」
六千余の軍勢を率いて海津城まで、進出すると、そこには真田昌幸が待ってい
た。「こたびは、ご足労をおかけする。かたじけない」「そなたにとって、名
をあげる大事な機会じゃ。われらが前面に出ては、そなたの計画が齟齬をきた
すじゃろう。思う存分戦われよ。われらは、そなたの指示に従う」「何もかも
お見通しじゃな。直江殿は、人の心を見通す鏡を持っておるようじゃ。」真田
おまえは最近褒め殺し専門じゃな。「まずは、海津城で様子を見ていていただ
きたい。援軍が必要になれば、早馬でお願いいたす」御手並み拝見じゃ。
天正十三年閏八月、徳川勢上田に着陣、戦闘が始まった。真田は、完成途上の
上田城に、徳川勢をおびき寄せ殲滅、さらに追撃、真田からの自慢交じりの報
告を読む兼続「ふむふむ、相手を挑発しておびき寄せ、一気に殲滅、さらに追
撃。敵の退路に当たる道の川をせき止めておき、敵が敗走してきた頃を見計ら
って、せきを切る。本当に、いやな奴じゃな」感心する兼続。沼田城でも、北
条を撃退した報告が届く。「また、徳川は井伊・大須賀などの援軍を準備中」
われらも出るか。真田と連絡を取り合い、上杉軍も上田城に入る。これで、そ
うそう徳川も手を出せまい。このまま粘るのじゃ。海津城で兵站の采配をする。
197 :
日曜8時の名無しさん:2009/09/28(月) 23:00:59 ID:O6WauRN/
第二十六話「上田合戦」(2)
海津城に真田昌幸が、幸村を伴ってやってくる。「こたびの助力、感謝の言葉
もありませぬ。証人として、次子幸村を連れてまいった」「まだ、戦は続いて
おるじゃろう。そなた、留守にして大丈夫か」「上杉の軍勢が、城に入って下
さったので、徳川も手をこまねいて、いろいろいやがらせをするしか、他に手
がないようじゃ」「それにしても、見事じゃったのう。そなたは、まこと信玄
公の軍略を受け継ぐものじゃな」「それは、褒めすぎじゃ。わしの得意なのは
小部隊戦闘じゃ」「徳川の先鋒の鼻先に、そなた自身が出撃して挑発したそう
じゃな。最初から、考えておったのか」「故に善く敵を動かす者、でござる」
「孫子か。兵勢篇じゃな」「さすがですな。今回の勝利の前提は、敵を二の丸
まで、おびきよせるところにござった。ゆえに、最初は、上杉の援軍を断り、
侮らせ、次にわしが軽兵を率い、敵を嘲弄し、冷静さを失わせたのでござる。
そういう工夫がないと、相手は歴戦の粒ぞろいの武将じゃ、そうそう注文に乗
ってくれませぬ」なるほど、真田に大軍を指揮させてやりたいのう。「これか
ら、粘りあいになるが、大丈夫か。そなた、食糧など困っておらぬか。北条は
かなりしつこく攻撃しておるようではないか」「北条は、北条でござる。いつ
もの如く、烏合の衆じゃ。」本庄もそうじゃが真田も、北条を軽く見ておるな。
これは、世代的なものじゃろうか。兼続の思考がそれていると、突然真田、真
顔になり、「ところで、敵中に派遣しておるわが手のものが、不可思議な噂を
聞き込んでまいりました。徳川の重臣石川数正が、秀吉公に内通しておるとい
うのじゃ」ははあ、石田もいろいろやっておるようじゃ「なんでも、長久手の
戦いで、池田などが、三河・岡崎城に進攻しようとしたのは、石川が内応を約
しておったからじゃというのじゃ。そなた、この話どう考える」急に、ぞんざ
いな口調になる真田。決定的じゃ「これは、関白殿下の調略の一環じゃ。側近
の石田殿は、われらも助力するというておられた。おおかた、これのことじゃ
ろう」「そんなことできるのかのう。わしは、あまりに荒唐無稽な話じゃと思
うて、隠された意図があるのかと思うておった」「いや、石川を調略するとい
う方針はあるようじゃ。秀吉公から、直接聞いておるよ」「なんと、石川とい
えば上杉でいえば、そなたのようなものじゃろ。そなたも調略されておるのか」
されまくっておるぞ。「秀吉公は、会うたものすべてを虜にする魅力をもつお
方じゃ。それに、側近の石田殿も、天下第一のキレ者じゃ。期待しないで、待
っておれ」「なんだか、いやじゃな。一年に何度も主家を変えたわしがいうの
も、あれじゃが、石川殿は、徳川を裏切ってほしくないなあ」本当に、お前が
言うなじゃ「裏切る気がなくても、真偽とりまぜた噂をまきちらされ、裏切ら
ざるを得ない状況に追い込まれていくのじゃ。そんなこと、そなた百も承知じ
ゃろう。諜報戦の恐ろしさは、そこじゃ」「石川殿がのう」「まだ裏切ると決
まったわけではないぞ」「しかし長久手戦の内応など、よくできた話じゃ。誰
でも、おかしいと思うておった池田などの行動の説明がつく。秀吉公は、おそ
ろしいの」あるいは、石川を内応させる話を作るために、池田などを死地に投
じたのじゃろうか、兼続の心の中にも、もくもくと暗雲が垂れこめる。
198 :
日曜8時の名無しさん:2009/09/29(火) 23:14:47 ID:NetYF/sC
第二十六話「上田合戦」(3)
「ご家老様、本庄殿が帰国を願い出ております」ふむ、出陣して三か月になる
し、兵どもも郷里を想うておることじゃろう。徳川も小諸城まで撤退しておる
し、上田城への援護は信濃衆のみでも充分じゃ。「許す、他の者どもも逐次帰
国せしめよ」そういえば、おまつは元気かな。それがしも、春日山に帰りたい
なあ。そこに本庄が、血相を変えて乱入。「ご家老、一大事じゃ」「何があっ
たのじゃ」「詳細は不明じゃが、伊達輝宗が討たれたようじゃ」「なんと、何
があったのじゃ」「わしも、詳しいことはわからぬ。早馬の一報を受けただけ
じゃ。しかし、これで奥羽の勢力図は塗りかえられまする。急ぎ戻って、情報
を収集し、事態の推移に備えたいのじゃ」「よし、そういえば、伊達政宗が一
度会いたいと文をくれたことがあったのう。わしが米沢に出向いてもよい。段
取りをつけてくれぬか」「伊達家中も上へ下への大騒ぎじゃから、すぐにとい
うわけにもまいらぬかもしれぬが、努力いたしまする」「頼むぞ」「合点」
これは好機かもしれぬ。伊達政宗は、新発田の後ろだてになっておる蘆名を攻
めておる。協同作戦の余地がある。それがし自身が出向かねばならぬな。
「それがしも春日山に帰還する。後は、須田殿にお任せする。本庄、待て」本
庄と一緒に春日山に戻る。「真田の息子は、二人ともなかなかできるようじゃ。
作戦指揮にも優れており、勇気もなかなかあるようじゃ。上杉家中のものも感
心しておりました」「そうか、そういえば真田幸村、海津城に残しておるが、
春日山に来てもらった方がよいのう」「そうじゃ、ご家老もきっと気に入ると
思いまする。それに比べ、わしの息子どもは、不甲斐ないものばかりじゃ」「
そなたほどの勇将にすぐなれるものか。そなたの心配は、分かっておる。顕長
殿のことじゃろ。時節を待つのじゃ。決して悪いようにはせぬよ」「こたびの
出陣、ご家老のそのお言葉で報われたような気がいたしまする。ところで、最
上攻めのご相談も、致しとうござる」「うむ、それがしが、米沢に行くことが
決まったら、その折に詳しく相談いたそう。そなたも計画を練っておれ」庄内
平野を、むざむざ最上に渡すわけにはいかぬわ。しかし、本庄は切り取り放題
の戦国の世に生きておるつもりなのかな。奥羽自体がそうなのじゃろうか。世
の中は、動いておるのに。それにしても越後は広い、広すぎる。先を急ぐ、本
庄勢を見送りながら、いろいろ考える兼続。
199 :
日曜8時の名無しさん:2009/10/01(木) 22:43:50 ID:7ZEIs6Lq
第二十六話「上田合戦」(4)
春日山に戻り、さっそく景勝に会う。「御苦労じゃった」「は、おっつけ真田
より詳細な報告が届くと思いますが、真田の討ちとりし徳川勢は千三百余、や
はり真田は、信玄公の軍略を受け継いだものでございました。」「そなたの指
示に基づいて、坂戸城のものどもにも沼田城の後詰の用意をさせておったが、
この分では、必要ないようじゃ」「しかし、今度ばかりは北条もしつこい様で
ございます。いま、しばらくは注意が必要かと思われます」「真田は、北条と
の戦闘状態が続いているので、徳川に対してもやりすぎることがあるやも知れ
ぬのう。関白殿下の御心にそわぬ行動をするやもしれぬ」「おっしゃるとおり
でございます。われらが配慮してやるべきでございましょう」さすが、お館様
よく見ておられる。「ところで、伊達輝宗が討たれた由、急遽本庄に帰国させ
情報を収集させておりますが、いずれ弔問の使節を出すことになりましょう。
その際は、それがし自ら米沢に赴き、伊達の考えを探りたいと思うております」
「うむ、われらにとっては、好機やもしれぬな。まかせる。しかし、大雪で難
儀する季節に行くことになるやも知れぬのう」「雪がつもれば、他にすること
もありませぬ。われらは、関東・奥羽の諸大名の取り次ぎを、関白殿下に内々
に認められております。伊達との交渉がうまくいけば、われらの声望も高まり
再び関東管領と認められる日が来るやも知れませぬ」「うむ、関東管領は、謙
信公が一番大切に考えておられたお役目じゃった。そなたは、わしより考えが
深いようじゃ。これからも、そなたにすべて任せる。」
ええー、兼続わざわざ政宗に会いにいっちゃうの。
兼続は政宗の後ろ姿しか見たことなかったんじゃないの・・・
というのは冗談(笑)だけど。
なんかドラマの影響かデシャブな感じ・・・
常に兼続目線で話進めようとすると大変だなw
でも政宗どんな奴かすごい楽しみだ。がんばってください。
そういやまだ愛の兜の描写は出てきていない・・・?
202 :
日曜8時の名無しさん:2009/10/02(金) 23:42:16 ID:kz/sAMDM
第二十六話「上田合戦」(5)
「さる十一月十三日、石川伯耆守数正、一族郎党を連れて岡崎城を出奔した模
様」細作の報告が来る。やはり、そうか。「徳川の領内の様子は、どうなって
おる」「翌十四日、酒井忠次をはじめ、徳川の諸将が続々と、岡崎城に入城。
家康も、十六日に岡崎城に入ったとのことです」無理もないが相当、慌ててお
るようじゃ。「なお、石川は岡崎城に差し出されていた信濃・松本城城主小笠
原貞慶の嫡子も連れ去ったとのことであります」小笠原は、徳川の先鋒として
われらの陣営に攻めかかっておったもの、こやつも関白殿下に寝返ることにな
るのかのう。石田は、石川とかなり綿密な打ち合わせをしておったようじゃ。
まあ、これで信濃の形勢は、われらが圧倒的に有利になる。「小諸城の様子は
どうじゃ」「大久保忠世にも帰還命令が出ておるようで、城内の徳川勢も撤退
の準備をしております」これでは、真田を攻めるどころではないな。見事じゃ、
石田。本当にやりおった、しかしこの後味の悪さはなんじゃろう。われらにと
っては、重畳至極なことなのに。お館様に、聞いていただこう。
「ふむ、石川は譜代の重臣。確か、家康が駿府で人質のとき、近侍として仕え
ておったもの。何年前になるかのう」「ざっと、三十五年前のことでございま
す」「石川は、人質として、辛く悲しい日々を耐えてきた家康の一番近くにお
って、励まし支えあってきたものじゃ。おそらく、二人にしかわからぬ、強い
絆で結ばれておったのじゃろう。その主従が、最後には、このような形で、引
き裂かれるとは。そなたが、後味悪いと思うのも無理ないぞ。わしも同感じゃ」
「石川は、清洲同盟を結んだ立役者。それに、家康が信長についたので、今川
氏真に殺されそうになった人質の信康を、単身乗り込んで取り戻してきた程、
外交に長けた男のようでございます。こたびも、関白殿下との外交を担当して
おったようじゃが、それが命取りになったようでございますな」「徳川の家臣
団から見れば、勝ち戦なのに、なぜ降伏せねばならぬのかと、石川の外交に対
する風当たりが強かったのじゃろう。それで、孤立していったのか。あわれじ
ゃ」「外交を担当する者は、家中の世論と逆のことを主張しなければならぬ時
がありまする。本人が、最善の策と思うて主張したことが、家中の反発を買い、
居場所をなくすことがあるのでしょうな」「うむ、そうじゃ、石川は、家康を
見限ったわけではないじゃろう。家康も、憎んでおったわけではあるまい。さ
まざまな原因が絡まって、二人は引き裂かれたのじゃ」「この分では、上条様
の出奔も近いかもしれませぬな」「うむ、関白殿下の調略は、ものすごい力が
あることが今回証明されたわけじゃ。覚悟と準備が必要なようじゃ」謙信公は、
こういうことがお嫌いじゃった、生きておられるときは、なぜもっと調略しな
いのかと、もどかしく感じたこともあったが、今となれば、そのお気持ちが分
かるような気がする、今回の調略、後味の悪さも格別じゃ。そこまで、せねば
ならぬのかのう。以心伝心の主従、心の中で同じことを考える。
203 :
日曜8時の名無しさん:2009/10/04(日) 23:38:31 ID:Prm+LtCq
<反省会>
「あれ、この間反省会しませんでしたか?妙に速くないですか」「このペース
でいくのじゃ」「しかし、それがしまたお使いですか、そうですか」「仙台侯
は、そなたと縁あるお方、今あっておいたほうが先々の布石となるのじゃ。そ
なたの後世に伝わる数少ないエピソードのなかで、小判の話と、後ろしか見た
ことないぞと二つも仙台侯がらみじゃ。大体、伊達と上杉の関係が悪くなるの
は、会津国替え以降のことじゃ。仙台侯は、関白殿下に取り上げられた、旧領
を取り戻すために執念を燃やされておられた。若い故、仕方ないことじゃ。そ
れ以前は、それほど悪くないというのが、筆者の考えじゃ。伝わるエピも、も
っとユーモアのあるものじゃったのではないかと考えておる。」「しかし、あ
まり登場人物は増やしたくありませぬなあ」「うむ、人物のかきわけができぬ
からのう。津本先生のように方言をうまく使うべきかもしれぬ」「それでは、
仙台侯は、なんとかぶーとかいうのですか」「うむ、筆者はスウィング・ガー
ルズにひどく感銘を受けておるので、語尾にぶーをつけてみようかと、考えて
おる」「危険じゃ」「まあ、考えておるだけじゃが、大体どこでつけてよいか
わからぬのでな」「筆者は、本当に細かいことで悩む男でございますなあ」「
神は細部に宿るとほざいておるが、どうも細部の意味が違う気がする」「最近
しきりに本を買っておるようで、吉川弘文館に注文をしているのを、わが手の
ものが、探知しております」「筆者は、大人じゃから、暇はないけど金はある。
金に糸目はつけぬとほざいておるようじゃ。」「あまり、ペダンチックな内容
になるのも、どうかと思うがのう」
主役二人の愚痴は、延々と続き、ここには書ききれませぬ。
うーん……
私も下手なりに同人をやってるので、これだけのモノを描くのは大変だとよく判ります
お金も時間も相当かかっていることでしょう
無理なさらず気長に頑張ってください!
205 :
日曜8時の名無しさん:2009/10/05(月) 23:32:58 ID:AgDrv7oH
第二十七話「伊達政宗」(1)
「徳川は、駿府に諸将を集め、家中全体の意志統一をはかったようじゃな」「
はい、北条からの使節も会議に参加させたと聞いております」「徹底抗戦する
方針が決定されたようじゃな。どうも石川数正の調略は、逆効果のように見え
るが」「押したり引いたり、緩急をつけて奔命せしめ、最後に従わせるつもり
でございましょう」「うむ、しかしより一層臣従させるのが難しくなった気が
するが」天正十三年師走の春日山、家老部屋で、兼続とお船が、議論している。
「真田は、どうじゃ」「武田竜宝様の遺児をどこからか探し出してきて擁立し、
甲斐まで進軍するというております」「木曽も関白殿下の陣営に寝返ったよう
じゃし、小笠原貞慶も寝返ったし、真田が調子に乗るのも分かるが、関白殿下
には徳川を滅ぼす気がないのじゃから、手綱をしめねばならぬのう」「それが
しも注意が必要じゃと思うております」真田には、武田旧臣を糾合して、武田
家を再考する夢でも持っておるのかな。あいつは、食えぬ男じゃが、憎めない
ところがある、心の中に理想があるからじゃろうか。考えているとお船が話題
を変える。「真田の息子が、春日山に来たようじゃな」「今日、到着したよう
です。それがしも会うのが楽しみでござる」「若いといえば、そなたが弔問す
る伊達の当主も、若いようじゃのう」「永禄十年生まれじゃから、ちょうど真
田の息子、幸村と同い年の十九歳です。なんでも、信長を尊敬し、信長のよう
に天下を獲るというておるそうで、なかなか、覇気のある若者のようでござい
ますな。しかし、信長を尊敬する者が出てくるとは、世の中変わりましたのう」
「うむ、在世中は、恐ろしいだけの男じゃったがのう。しかし、伊達の当主が
信長を尊敬しておるのは、別の意味があるやもしれぬ。伊達の当主は、母上に
うとまれておるようじゃ、弟を擁立しようとする派閥が伊達の家中にあり、そ
の中心に、母上・義姫がおる。もちろんこれは最上の調略の一環じゃが。信
長も同じことがあったろう。信長も、土田御前にうとまれ、弟信行に肩入れさ
れたことが」「言われてみれば、そうじゃ。しかし、お船殿、よく調べておら
れまするなあ」「情報は、どんなに多くても足りないということはない。信玄
公も、信長の考えを測ろうとして、信長の好んでおった踊りを自ら踊ったと聞
いておる。同じように、舞うてみることで、考えを知ろうとしたそうじゃ。信
玄公のようなお方でも、そこまでされておるのじゃ。われらも、あらゆる手を
使って、相手のことを知らねばならぬ」ふむふむ、その通りじゃ。「そうじゃ、
真田幸村を、米沢に連れて行ったらどうじゃ」「エ!人質でございまするよ」
「現下の情勢で、真田がわれらを裏切ることはあるまい。それに、その幸村と
いう若者の心中を知ることもできる。伊達の当主の心を測る参考にすることも
できる、一石二鳥の名案じゃ、どうじゃ」「うむむ」本庄もほめておったし、
なかなか見どころのある若者のようじゃ。確かに名案かも。「御館さまにお願
いして見ましょう」お船殿との話は、有益なことが多い、それがしには過ぎた
女房様じゃ。心の中で感心する兼続。「ちと、肩が凝っておる。揉んでおくれ」
心を読んだかのような要求に唯々諾々と従う、兼続。
206 :
日曜8時の名無しさん:2009/10/06(火) 23:16:23 ID:3goKFhz3
第二十七話「伊達政宗」(2)
「そなた、船は初めてか。心配せずとも良い。結構頑丈にできておる。かなり
揺れてもちょっとやそっとでは沈没することはないぞ」「気持ちが悪くなって
まいりました」「これは北国船といって、日本海を南北に行きかい、交易する
船じゃ。船員も熟練したものばかりじゃ。ちょっと、季節が悪いので難渋して
おるようじゃが」「小田原におるとき、海を見たことがござったが、これほど
揺れるとは思いもよりませなんだ」日本海を北上する兼続一行。お館さまのお
許しが出たので真田幸村も兼続の従者として参加している。「しかし上杉家は
交易によって栄えておるのですね。それがしのような山猿には想像もつかぬこ
とでありました」「おお、そういえば、そなたの父上に初めてお目にかかった
とき、確か長篠敗戦の直後で、敗残兵を率いて郷里に帰られる途中じゃったが
謙信公の義は、豊かな国に住む者のおごりじゃといわれた。貧しい甲斐を豊か
にしようとしておる信玄公には、義などゆうておる余裕はなかったと言われた
ことがある。はるか昔の話じゃ」「ご家老さまは、わが父をどのように思われ
ますか」「というと」何をいわせたいのじゃ?「わが父は、ご家老さまのこと
を、わしを知るこの世にただ一人のお人じゃというております」真田、褒め殺
しも、お家芸に加えたのか「そなたの父上は、ひいき目なしに名将じゃ。寡兵
を以って大軍を破る術を心得ておる。しかも危なげなくじゃ。こたびの上田合
戦まことに見事じゃった。そればかりではない、調略も見事じゃ。われらも、
煮え湯を飲まされたことがある。いまとなっては、昔のことじゃが。しかし、
何故か処世は下手じゃのう。なぜ、徳川に臣従せぬのじゃろう。徳川は、武田
の旧臣を盛んに召抱えておる、特に石川が出奔してから、武田の軍制をそのま
ま、取り入れておると聞く。信玄公にわが目とまで言われたお父上なら、徳川
に仕えれば、重く用いられるじゃろうに。やはり、信玄公の幕僚であった誇り
が邪魔をしておるのじゃろうか」「わが父には、不思議なところがございます。
やることなすこと、そこらへんの野盗野伏のごとき、あざとさじゃが、損得勘
定ができぬようでございまする」「それは、真田の心の中に理想というか、夢
があるからじゃろう。そういえば、武田崩れの直前、天下に名を挙げたいとい
うておられたことがある。気楽な三男坊であった頃が、なつかしいと。そなた
は、たらいまわしの人質じゃから、気楽な次男坊というわけでもないが、お家
のことは、ご嫡子信之殿に任せて、天下に名を挙げることを考えてみれば、ど
うじゃ。さすれば、お父上のことが、もっとよくわかるであろう」「それがし
に、そのような機会が巡ってくるじゃろうか」「来るかもしれぬぞ。関白殿下
の天下統一は着々と進んでおるが、関白殿下にはお子はない。将来、ひと波乱
ふた波乱あること、間違いなしじゃ」「ご家老さまは、不思議なお方でござい
ますね。世の中の動きが、よく見えておるようじゃ。やはり欲がないからでご
ざるか」うむむ、それがしに欲がない。そんなことはないぞ。「それがしにも
夢がある。平和な時代に、国づくりをすることじゃ。そして、学校を作ること
じゃ。さまざまな書物を読みたいとも思うておる」「やはり、変わっておられ
まするな」そうかな「長い乱世も、収束の時期を迎えたようじゃ。この時代に
生まれあわせたわれらは、力をあわせて、泰平の世の中を作らねばならぬ。そ
なたも、さまざまな人物におうて研鑽せよ。まずは、伊達政宗じゃ。そなたと
同い年と聞く。そなたの意見を頼りにしておる。感じたこと、気づいたこと、
なんでも言うてくれ。」そろそろ、村上に着くな。新潟津が使えればよいのじ
ゃが。本庄が、首を長くして待っておるじゃろう。
207 :
日曜8時の名無しさん:2009/10/07(水) 02:15:38 ID:zqrssj+x
208 :
日曜8時の名無しさん:2009/10/07(水) 22:47:55 ID:uDQ5iXrA
第二十七話「伊達政宗」(3)
「残念なお知らせじゃが、伊達の当主は米沢城に戻っておらん。いまだ戦をし
ておる」「なんと、陸奥国では、真冬でも戦ができるのか。われらは、そなた
の城に入ったところで、雪が落ちてきて、ここの真田殿が生き埋めになりかけ
たのに。雪が、あまり降らぬのかな」「おお、どこかでお見かけしたお顔と思
うたら、真田の息子殿ではないか、そなたは兄君か弟君か」「弟の幸村でござ
いまする」「そなたの爺さまの幸隆殿には、わしは本当にひどい目にあわされ
た。なにしろ、越後に攻め込むと約定しておったのに」「本庄、その話は長く
なるのか」「おお、この話はいずれ酒でも飲みながら、ゆっくり致すことにし
て、まずは伊達のことじゃ」「幸村殿には、それがしの従者として、着いてき
てもらい、いろいろ役に立ってもらうつもりじゃ。幸村殿に、予備知識はない。
わかるように、お話くだされ」「おお、それはおもしろいお考えじゃ。ざらっ
と、お話するがわからぬことがあれば、遠慮なく、質問してくだされ」「はい」
「伊達の当主、政宗殿は、お父上輝宗殿の初七日がすむと同時に一万三千を率
いて出陣されておる。輝宗殿は、温厚なよいお方じゃったのに、あのような非
業の死を遂げるとは、わしも謙信公に降伏するとき、輝宗殿に仲介してもらっ
たことがある。わしにとって恩人じゃった」「輝宗殿は、どのような最期じゃ
ったのじゃ。それがしも詳しいことは知らぬが」兼続が聞く。「なんでも降参
して、とりなしを頼んできた二本松城主畠山義継に拉致されていく途中、それ
に気づいた伊達家臣に畠山もろとも殺害されたとのことじゃ。迂闊といえば迂
闊な話じゃが、自分の家臣に討たれるとはのう」われらにとっては、新発田の
後援をする敵じゃった男じゃが、無念な最期じゃのう。「弔い合戦に出陣した
政宗殿は、二本松城を囲んだが、そこに佐竹の援軍三万が攻めかかってきた。
戦は、伊達の大敗じゃったようじゃが、佐竹が急に撤退したので、助かったよ
うじゃ。政宗殿は、そのまま小浜城に入って越冬しておる」「うむ、それでは
われらは小浜城に行かねばならぬのう。で、その城はどこじゃ」われらも、佐
々みたいになってきたぞ、大丈夫かな、ちょっと心配になってきた兼続。
幸村船酔いしたり生き埋めになったり大変だなww
210 :
日曜8時の名無しさん:2009/10/08(木) 23:09:29 ID:c+yTRNu2
第二十七話「伊達政宗」(4)
「小浜城は、大内定綱のもとの居城。二本松城を、阿武隈川をはさんで対岸に
ある城でござる。伊達は、二本松城を包囲したまま越冬し、春になれば総攻撃
という段取りのようじゃ」「で、小浜城にどうやって行くのですか」幸村が、
心配そうに聞く。おお、幸村殿さっそく役に立ったのう。それがしも同感じゃ。
「うん、阿賀川を遡り、猪苗代湖を渡り、阿武隈川の支流に出ればよい。ほと
んど船で行けまする。そうじゃ、わしも暇じゃから、ご案内つかまつろう。話
たいことが山ほどあるし」本庄、そなた話し相手がおらぬのか。
厳冬の季節とはいえ、それほど急ぐ旅ではなく、天候を慎重に見極めながら、
一行は進む。「それにしても、最上は悪辣な男でござる。あやつの策略で、大
宝寺義氏殿が家臣に殺されてしまい、庄内は最上に取られそうな形勢になって
おりまする。わしは、次男を大宝寺義興殿の養子に送り込み、徹底的に援護す
るつもりじゃ」「しかし、新発田が片付かないと、大兵を送り込むことはでき
ぬぞ。それにじゃ、関白殿下のご意向を確かめねばならぬ。そなた、知ってお
るか。われらは新発田攻めさえ、関白殿下の許可がなければできないような状
況なのじゃ」「泣けてきますな。謙信公が生きておられたら、何と言われたで
あろうか」「謙信公が生きておられれば、そもそも最上ごときが、われらに敵
対するようなことはあるまい」「それもそうじゃ」「来年は、われらは上洛す
ることとなっておる。その際、石田などに工作して、最上攻撃の許可を頂くつ
もりじゃ。時間はかかるかもしれぬが、かならず頂く。その時には、そなたに
働いてもらわねばならぬ。今のうちに、調略したり、地図を作ったり、準備を
しておいてほしいのじゃ。伊達との関係もつないでおかねばなるまいよ」「伊
達の先代の奥方は、最上の妹でござるよ。伊達の家中はどうなっておるのじゃ
ろう」「どうも、先代の奥方を中心とする派閥が政宗殿の弟を擁立しようと画
策しておるようじゃ」「最上の差し金じゃな」「最上義光という男、なかなか
調略に長けておるようじゃ。どのような男なのか」「本当に悪辣な奴じゃ。い
やな奴じゃ。」宇喜多直家のような奴じゃろうか「しかし、公平に言えば、な
かなか治政に優れておるようじゃ。わしは嫌いじゃが。それに、人を惹きこむ
魅力と、敵であったものを臣下とする度量もあるようじゃ。わしは、認めんが」
ろくな戦もせずに出羽国を短期間に制した秘密は、そういうことか。なかなか
の男のようじゃ。本庄も一目置くほどの。「そなた、勝てるか」真顔で、兼続
が聞く。すると、本庄はにっこり笑って、胸を叩く。
211 :
日曜8時の名無しさん:2009/10/09(金) 01:27:39 ID:PedtM/1L
>>270 一日中こんな事ばかり考えていて虚しくないですか?
仕事しろw
212 :
日曜8時の名無しさん:2009/10/09(金) 01:30:04 ID:PedtM/1L
>>210 一日中こんな事ばかり考えていて虚しくないの?
仕事しろよw
最上義光はあくどいが結構好き
石川数正とかマニアックな武将の名前なんかも
ちらほら出てきてツボつかれまくりだw
214 :
日曜8時の名無しさん:2009/10/09(金) 21:14:01 ID:tnkxpW4p
第二十七話「伊達政宗」(5)
やっと一行は阿武隈川にたどり着く。なぜか、兼続は岩魚釣りに夢中になって
いる。ふむふむ、あたりが来ても焦ってはならぬのじゃな。それを見て、幸村
が、本庄に質問する。「敵中のただなかにあって、ご家老さまは、よく落ち着
いておられますなあ。なぜじゃろう」「そうじゃな、あのお方には、そういう
ところがある。川中島で北条の大軍を前にしても、わしの話に夢中になってお
られた。勇気があるのか、抜けているのか、わしにもわからぬが。しかし、そ
れだけではないぞ。われら一行のまわりには、おびただしい数の細作がばらま
かれておる。索敵のためじゃ。のんびりしておるようで、うつべき手は必ず打
っておる。ゆえに、お館さまは、ご家老を万事隙なき男と信頼されておるのじ
ゃ」「なんと、気がつきませなんだ」「そなたのお父上もそうじゃが、できる
男は、危険を冒しておるように見えて、危険を冒さないものじゃ。そなたも、
見習うべきじゃな。まあ、ご家老に身辺警護がついておるのは、ご家老の奥方
が、ご家老の浮気を監視するためという説もあるがのう。世にもまれな仲睦ま
じい夫婦なので、わしは信じておらぬ」本庄が、誤解を幸村に吹き込んでいる
そばで、兼続、岩魚を釣る。お船殿にお土産に持って帰ったら、喜ぶかな。
215 :
日曜8時の名無しさん:2009/10/11(日) 23:18:54 ID:vaRSYBi+
第二十七話「伊達政宗」(6)
のんびり船旅を続けた一行、小浜城にたどり着く。「やれやれ、来年になるか
と思うたぞ」本庄がつぶやく。「伊達の首脳陣は、殉死したものや、この前の
人取り橋の戦いで戦死したものが多いので、顔ぶれが一新しておると思われる。
どんな考えを持っておるのか、知らねばならぬ。みな気をひきしめて探っても
らいたい、頼むぞ」兼続、一行に指示する。幸村の顔を見つけてにっこりする。
「これは、これは、かたじけない。痛み入りまする」伊達の警備兵も、感激し
たのか、すらすらと城内に招きいれられる。「それがしは、片倉小十郎でござ
る。お館さまは、二本松城の偵察に行っておられる。湯漬けでも、食して体を
温めて、しばらくお待ちくだされ」これが、伊達政宗の腹心片倉小十郎か、ま
だ三十にならないくらいじゃな。落ち着いた男じゃ。「輝宗公は、なぜ亡くな
られたのか。言える範囲で構わぬから、教えてくだされ。わしが、武田に騙さ
れて謀反を起こし、謙信公に包囲され絶体絶命になったとき、降伏の仲介をし
てくださったのが、輝宗公じゃ。わしにとって、輝宗公は命の恩人じゃ。」
本庄は、外交もうまいのう。「厳冬にもかかわらず、弔問のために、来て下さ
れた上杉のみなさまにお隠しすることは、何もございませぬ。すべて、包み隠
さずお話いたしましょう」片倉は、かなりの自由裁量を認められておるのか。
「輝宗公は、温厚で人柄のよいお方じゃったから、みなから慕われておられま
した。二本松城主畠山義継は、それにつけこんだのでござる」小十郎、怒りを
抑えきれない表情で語り始める。「お館さまに降伏し、所領の大部分を召し上
げられることになった畠山は、隠居されておった輝宗公にとりなしを頼んだの
じゃが、それが聞きいられないと、逆心を起こし、輝宗公を拉致し、阿武隈川
を渡り、二本松城に連行しようとしたのでございます」「なぜ、拉致されたの
じゃ」「輝宗公が城門まで、見送りに出られたところ、突然畠山がうずくまり
輝宗公が手をお貸しになられたところ、その手を逆手にとり、刃を首に突き付
けて連行したのでございます。一瞬のことであり、誰も、止めることができま
せなんだ」小十郎、無念そうな顔をする。「急を聞いたお館さまも、駆け付け
たのでございますが、誰も手出しすることができませぬ。なにしろ、刃を首に
突き付けておるのじゃから。そして、とうとう阿武隈川の岸まで来てしもうた」
一同が情景を思い浮かべて、息をのんでいるところに、政宗が戻ってくる。「
お館さまが戻られました」一同、政宗に向き直り、挨拶をする。「こたびの輝
宗公の横死、上杉家中、みな驚き悲しんでおります。ゆえに、お館さまは、そ
れがしを弔問の使節として派遣されたのでございまする。こたびの不幸、心か
ら、お悔やみ申し上げまする」と兼続。政宗、憔悴しきった顔で、うなずく。
体のあちこちに打ち身でもあるのか、大儀そうに体を動かす。不審そうな兼続
たちに気づいたのか、言う。「人取り橋の戦いのとき、矢が一矢、銃弾が五発
鎧にあたった。けがはせなんだが、体のあちこちが痛いのじゃ。それに、よく
寝ておらぬ。わしが父上を殺したのじゃ。わしが命令して父上を殺させた。」
政宗の眼が赤くなり、顔がゆがむ。「お館さま、あの場合、ああするしか方法
がありませなんだ。ご自分を、これ以上責めてはなりませぬ。お身体を壊すよ
うなことがあれば、輝宗様のお心にそむくことになりまする。輝宗様が、おっ
しゃられたのじゃ。撃てと」小十郎が、優しく言う。「いや、ほかの方法があ
ったかもしれぬ。畠山も、父上を殺す気はなかったかもしれぬ。交渉次第では、
身柄を取り返すことができたかもしれぬ。わしは、そうするべきじゃった。川
を渡らせてはならぬ、とそれしか思うておらなんだ。今、思えば、打つ手はほ
かにもあった。それなのに、わしは、父上に対して発砲を命じたのじゃ」「畠
山勢に対して発砲したのでございます」「いや、発砲すれば、父上が殺される
ことはわかっておった。わしは、その瞬間、計算したのじゃ。父上の身柄を取
り戻す交渉になれば、これまで経略してきた仙道のほとんどの領地を返還せね
ばならぬ。さすれば、伊達の武名は地に落ち、家中のものも、わしに従わなく
なる。ただでさえ、わしの家督相続には反対する者が多かったのに、これでは
収拾がつかなくなる。そう思ったわしは、わしに円満に家督を継がせるため、
まだ四十二歳の働き盛りにもかかわらず隠居までしてくださった父上を殺した
のじゃ」頭の働きの鋭いお方じゃ、そのため自分を責める矛先もするどい。つ
らい話じゃ。
216 :
日曜8時の名無しさん:2009/10/12(月) 22:53:44 ID:AYIu7uEC
第二十七話「伊達政宗」(7)
「わしは天下をとる。天下をとらねば、泉下の父上にあわせる顔がない」政宗
静かに言う。伊達は昔から京とのつながりを重視してきた家じゃ、現に関白殿
下に使者を送っておるのじゃから、天下の情勢もわかりそうなものなのに。兼
続らが怪訝な顔をしたことに気づいた政宗、ちょっと笑う。「はは、わしは、
悲しみのあまり、頭がおかしくなったのではないぞ。関白殿下の天下統一事業
が着々と進んでおることは承知しておる。しかし、関白の兵が、奥羽に来る前
に、北条と組んで、芦名・佐竹を滅ぼし、奥羽を平定しておれば、天下を争覇
する戦いができるのではないか。わしは、そう考えておるが、どうじゃ」うむ、
確かに、そうかもしれぬが、時間があるかのう。「現に、関白は、徳川を臣従
させることに手間取っておるではないか、九州の島津もなかなかの勢いじゃと
聞いておる。数年の時間があるのではないか」「しかし、徳川が臣従するのは
時間の問題です。徳川が関白殿下に質子をおくり、停戦が実現した後、戦争で
もない臣従でもないという奇妙な状態が続いておりますが、郷土防衛に駆り出
されておる、徳川領内の農村の疲弊は、限界を超えております。そろそろ一揆
が起こるのではないかと、われらは見ております。」話の筋を、本筋に戻さね
ばならぬ。「われらは、関白殿下より、関東・奥羽の取り次ぎを命じられたも
のでございます。そして、謙信公の時代より、北条と幾度も戦い、佐竹とは特
に親しいものでございます。」「そんなことは、わしもわかっておる。百も承
知でいうておるのじゃ」急に早口になった政宗、兼続に視線をぴったり合わせ
て、尋ねる。「関白とは、どのようなお方なのじゃ。天下をとるにふさわしい
お方なのか。そなたは、何度も会うておるのじゃろう」調べはついておるのか。
「関白殿下は、下賤の身から成りあがられたお方なれど、その度量の大きさは
まさに広大無辺、天下をとるに相応しいお方かと思いまする」「度量が大きい
とは、具体的に話してくれ」「今年の夏、関白殿下は、越中を攻め、佐々を降
伏させました。佐々は、名家出身で総見院様の旗本であった男、草履取りだっ
た関白殿下を、ことごとく苛めたそうでございます。そして、賎ヶ岳、今回と
二回も敵対した佐々を、関白殿下はお許しになられました。つねづね、敵を味
方にすると、おっしやっておられます」「ううむ」政宗が黙考する。「われら
が、大内定綱を許すようなことじゃろうか」片倉小十郎がつぶやく。「大内と
は」本庄が尋ねる。本庄は、何もかも承知しておるくせに、とぼけて聞くとこ
ろが上手いのう。「大内定綱こそ、今回の戦の発端を作った男でござる。この
城のもとの城主じゃ。もともと、田村の被官じゃったが、芦名についたり、わ
れらについたり、忙しい男じゃった。ところが、この男、お館さまが家督を継
いだ際、米沢に伺候し、臣従する、米沢に居住するというておったのに、いつ
のまにか、小浜に帰り、何度使者を送っても、米沢に出てこぬ。それどころか、
瓜の蔓には瓜がなり、瓢箪の蔓には瓢箪がなる、伊達の弓矢が大したものでは
ないことは知っておる、即刻攻めかかってきたらよかろう、とまで悪口雑言を
吐く始末じゃ。思うに、お館さまを若年と侮り、伊達の家中もまとまってない
と判断し、われらを挑発する役を買って出たのじゃ。大内単独で、こんな大そ
れたことができるはずがない。おおよそ芦名の意向が働いておることは、最初
からわかっておった」どうも、芦名と伊達の関係が、理解しかねる。芦名の先
代の奥方は、輝宗公の娘ではないか。伊達と芦名は、協同して新発田の救援を
しておったのではないか、ここらのこと、はっきりさせねばならぬ。
長い文章読む気しねぇ
218 :
日曜8時の名無しさん:2009/10/13(火) 08:37:57 ID:kjVhIy6a
菊姫による、お松へのレズレッスン
「震えてるのネ…カワイイわぁ…何も怖くなくてよ…」
219 :
日曜8時の名無しさん:2009/10/13(火) 23:27:10 ID:Pe0i77Vz
第二十七話「伊達政宗」(8)
「芦名の家中は、どのようなことになっておるのじゃろうか」本庄、話の核心
が、よくわかっておるな。「芦名の家中は、ともかく統制がとれておりませぬ。
なにしろ、先代は二階堂からの養子じゃったし今は乳呑児の亀王丸さまが当主
でござる。これでは、家臣の気持ちも離れよう」「輝宗公が、亀王丸さまの後
見をされておったのじゃろう。伊達ひいきの家臣もおるのではないじゃろうか」
本庄、さらに聞く。「そのようなものがおれば、人取り橋の戦いで、われらが、
あそこまで負けることはありませなんだ」小十郎が自嘲気味に答える。しばら
く、考え込んでいた政宗が口を開く。「上杉のものは、奥羽の情勢がつかめて
おらぬようじゃ。奥羽は、古き家が多い。そして、政略結婚も多い。ゆえに、
みな親戚じゃ。それゆえ、なにもかも温いのじゃ。戦をしても、相手を滅ぼす
ことはせず、ほどほどのところで収める。すぐに、他の親戚が、仲裁にはいる
からのう。その繰り返しじゃ。しかし、こんな状態では、奥羽は、いつまでた
っても、上方の風下に立たねばならぬことになる。考えてみよ、関白の天下平
定の軍が攻め込んできたら、各個撃破されるだけじゃ。わしは、一日も早く奥
羽に新しい秩序を作り出さねばならぬと思うておる。そのため、わしが最初に
やったのが、小手森城の撫で切りじゃ。小手森城内、女子供も容赦なく、犬畜
生に至るまで、命あるものすべてを殺した。八百人とも、千人ともいわれてお
るが、正確な数はわからぬ。わしにも、慈悲の心はあるつもりじゃが、信念に
基づいてやった虐殺じゃ。みな驚き恐怖しておる。はっきり言って、近隣の大
名は、みなわしの敵になった。芦名も佐竹も、われらの親戚じゃが、すべて敵
になった。人取り橋の戦いで、佐竹の軍勢が三万に膨れ上がったのは、そのた
めじゃ」なんと、怒りにまかせて虐殺したのではないのか、計算づくか。
真田・幸村と伊達・政宗、どうして差がついたのか…慢心、環境の違い
(´・ω・`)
221 :
日曜8時の名無しさん:2009/10/15(木) 23:32:36 ID:Guk3VbfQ
第二十七話「伊達政宗」(9)
小手森城の虐殺は、政宗公の戦が、これまでの奥羽の戦ぶりとは違うことを、
示すために行ったというのか。関白殿下の軍勢が奥羽に攻め込む前に、奥羽
を平定するために。しかし、その結果、みな敵に回ったのではないか。政宗
公のお考えと、事態は逆の方向にむかっているのではないか。輝宗公が、築
き上げた、伊達を盟主とする南奥羽の同盟は崩壊したではないか。これでは、
奥羽平定どころではないのではないか。兼続、心の中で考える。
「人取り橋の戦いは、どのような戦況だったのでございまするか」本庄が尋ね
る。「敵は、佐竹の軍勢が一万、芦名が一万、岩城・畠山などが一万、合計三
万じゃ。われらは、各地の城に兵をいれたので、わし直率の本陣勢が四千、伊
達成実の別働隊が一千、合計五千じゃ。しかし、わしは、勝てる自信があった。
相手は烏合の衆、兵力の多寡は関係ないと。大体、連合軍というものは、わが
身の無事を考えて、戦わぬものがでてくるものじゃ。足並みも乱れてくるはず
じゃと」ふむ、謙信公の如き戦術眼を持っておるのじゃろうか。「ところがじ
ゃ、いざ、戦が始まると、いきなり佐竹勢が攻め込んできた。噂には聞いてお
ったが、佐竹の鉄砲隊は、すごかった。周りを固めておる、わしにさえ、弾が
五発あたるくらいの弾幕じゃ。わしが軍配を預けておった鬼庭左月が討ち死に
し、佐竹勢は、わが本陣に突入してきた。わしも、槍を持って戦う乱戦となっ
た。左右から、敵の別働隊も迫ってくる。成実の別働隊が、奮戦してくれたの
で、わしは、やっと岩角城に入ることができた。しかし、味方は傷つき、敵は
勢いに乗っておる。絶対絶命じゃ、と思うた。ところがじゃ、翌朝になると、
敵は、姿を消しておった。まさしく、天佑神助じゃ。」
何か、おかしい。政宗公は、本当のことを真実らしく言うておられるが、何か
隠しておるようじゃ。不思議なお方じゃ。自分を小さくみせようとしておるの
じゃろうか。なにやら、得体のしれないところがある。それとも、自信がある
のじゃろうか。
222 :
日曜8時の名無しさん:2009/10/16(金) 23:31:40 ID:ZV2CvVOX
第二十七話「伊達政宗」(10)
「みなさま、お疲れでございましょう。部屋を整えましたので、お休みくださ
い。明日は、芦名・最上についてお話いたしましょう」小十郎が、案内する。
部屋に案内された上杉家一行、盗聴されていないか確かめた後、さっそく打ち
合わせの会議。「どうも、政宗公というお方がわからぬ。お話される理想は高
いが、打たれる策は、裏目裏目となっておるようじゃ」「眼高手低ということ
かな。まだ、お若いから仕方ないのでは」兼続と本庄が話していると、幸村が
口をはさむ。「政宗公は、伊達家全体を死地に投じられたのではありますまい
か。これを亡地に投じて然る後に存し、これを死地に陥れて然る後に生く。で
は、ありませぬか」また孫子か。さすが風林火山の旗が立っておった武田家出
身だけあって真田親子は、兵法に詳しいのう。「死地には吾れ将にこれを示す
に活きざるを以てせんとす。故に兵の情は、囲まるれば則ち禦ぎ、已むを得ざ
れば則ち闘い、過ぐれば則ち従う、か」兼続が、続ける。「伊達家中の統制を
強化するために、絶体絶命の状況に伊達家を投じたというのか」「はい、それ
がしが、本日見聞したところによれば、奥羽の諸大名の家中は、統制がとれて
ないようでございます。このなかに、小なりとも統制のとれた一家が生まれれ
ば、奥羽平定も夢ではありますまい。政宗公は、輝宗公が一代をかけて、作ら
れた同盟を打ち壊し、その上に新しきものを打ちたてようとされておるのでは
ありますまいか。政宗公のやり方は、遠回りのようで案外、本質をついておる
のかもしれませぬ」ほほー、なるほど、それゆえ、これほどの逆境のなかにあ
っても落ち着いておるのか。幸村殿を連れてきて、よかった。
独眼竜政宗のBGMが脳内再生されて来たw
いいですねえ。
上杉メインでしてほしかった…イケ面で視聴率上げる作戦も何回も通じるかな?戦シーンはほぼ皆無
迫力に欠けた
このスレの様な脚本だったなら、役者さんたちも演じ甲斐があっただろうに
227 :
日曜8時の名無しさん:2009/10/19(月) 23:47:56 ID:/dyUNtfG
第二十七話「伊達政宗」(11)
翌日、伊達政宗・片倉小十郎とまた会談する。「伊達のまわりは、敵だらけじ
ゃ。芦名、相馬、大崎、最上とすべて敵じゃ。しかし、佐竹は北条に備えねば
ならぬし、芦名は家中が乱れておる。わしが、心配するのは伯父上のことじゃ」
最上義光か、本庄を連れてきた甲斐があった。「最上の伯父は、謀略で最上を
ここまで大きくされたお方じゃ。世間の評判は、そなたらも存じておろうが、
ものすごく悪い。しかし、伯父上は不思議な男で、伯父上に会うたものはみな
伯父上に心服する。敵であった者の家臣も内通する。人を信用させる何かがあ
るのじゃ。それに寛大な男じゃ。敵であったものでも惜しみなく大封を与える。
わが母も、伯父上の妹であるせいか、何事も伯父上に相談せよと、信頼しきっ
ておる。どうも、わが弟竺丸を擁立する工作もしておるようじゃ。」政宗公は、
何もかもあらいざらい話すつもりなのじゃろうか。「わしは、いずれ最上殿を
討つつもりでございます」本庄も、つられて存念を明かす。兼続、少し心の中
で苦笑する。政宗も、笑うが何も言わない。
「ところで、ご承知のことと思われまするが、われらは新発田の反乱に手を焼
いております。新発田の反乱が、これほど長引いておるのは、芦名の助力があ
るためでござる。ゆえに、芦名に関しては、伊達さまと上杉の利害は一致して
おりまする」「最上に関しては、本庄殿と利害が一致しておるようじゃな」「
われらは、関白殿下に東国の取り次ぎも任されておりますゆえ、伊達さまのた
めに役に立つこともあろうかと思われます」すると、小十郎が口を出す。「し
かし、芦名が滅んだあとは、上杉さまと戦うことになるやもしれませぬなあ」
「小十郎、当たり前のことを言うでない。味方などというものは、敵の仮の姿
にすぎぬ。いずれ、毘沙門天の旗と戦場でまみえる日もあろう。楽しみじゃ」
政宗公と話しておると、切り取り放題の戦国時代に生きておる気がするな。
228 :
日曜8時の名無しさん:2009/10/20(火) 22:26:33 ID:S6F4aCYU
<反省会>
「連れてきました」「ふむ、これが独眼竜政宗公か。思ったより小さいのう。
寝ておるのか」「はい、寝ておる間に拉致してまいりました」「エイ!エイ!」
「仮にも国主でございますよ。足蹴にするとは、ご無体な」「かまわぬ。憎た
らしい顔をしておる」いじめっこの顔になっていますよ。「ううむ、なんだぶ
ー。もう朝なのかぶー」「そなた、思ったより小さいのう」「なんじゃ、ここ
はどこじゃぶー。おお、そなたは直江山城。わしをどうするつもりじゃぶー」
「ここは、反省会の会場でござる。そなたの考えを知りたくて拉致して参った
のじゃ」「こちらの美女はどなたじゃぶー」「わらわは、直江山城の軍師、直
江景船じゃ。そなた、よく見ると、かわいい顔をしておるのう。いくつじゃ」
「十九歳じゃぶー。これでも伊達家十七代当主じゃぶー」「小さいのう。もの
の本によると、十五のとき、身材長大、ほとんど成人の如しといわれておった
と書いてあるが、そなたの身長は160センチないな」「なぜ、それがわかる
のじゃぶー」「大河の独眼竜政宗を見たからじゃ。そなたの遺骨を調査したら
160センチ弱じゃったと、いうておられたぞ」「お船殿、身長のことは、ど
うでもよいではありませぬか。政宗公の身長が大きくても小さくても、目が三
つあっても、それがしはどうでもかまいませぬ」「それでは、手塚先生の漫画
になるぞ」「とにかく、せっかく来ていただいたのですから、」「好きできた
のではないぞぶー」「そうじゃな、そなた本当に天下を取る気があったのか。
そなたひとり、戦国生き残りの武将として、家光公などより大切にされたから
調子こいておっただけではないのか。もっとも、わらわのほうが長生きしてお
るが」「失礼なこというなぶー」「いや、そなたには天下をねらう器量などな
い」いじめっこの顔になってますよ。「わしは天下を狙っていたのじゃぶー」
「では、なぜ、関ヶ原のとき、上杉・佐竹と組んで、関東平野に押し出し、家
康と決戦しなかったのじゃ。そなたの生涯で天下取りの最大のチャンスではな
かったか」「家康公に騙されたのじゃぶー」「秀吉公に、何回も騙されておる
のに、百万石のお墨付きを信じておったのか。甘い男じゃ」「わしは家康公が
亡くなるまで待つつもりじゃったのじゃぶー。さすれば、忠輝公を擁して、天
下取りの戦をするつもりじゃったが、世の中が泰平になったので、やる気がう
せたのじゃぶー」「うそじゃ。そなたは、家康公が怖いのじゃ。だから、騙さ
れたふりをしていただけじゃ。やはり、わが良人、兼続殿のほうが、勇気があ
る。男としてりっぱじゃな」「なんじゃ、直江の奥方かぶー。わしの側室にし
てやってもよいと思ったのにぶー」
「ところで、わしも抗議したことがあるのじゃぶー。司馬遼太郎先生の関ヶ原
のなかで、小判のエピが紹介されておるが、わしは奥州の老雄伊達政宗と書か
れておる。わしは、関ヶ原のとき、まだ三十三歳じゃ。老雄はひどくないか。
直江山城より七歳年下なのにぶー」「司馬先生には、馬上少年過ぐという佳品
を書いていただいておるではないか。それがしも、色白で小柄で眉の清げな美
童のおもかげをのこしていた、と書かれておる。司馬先生は、ばんばん新しい
テーマに挑戦するお方で、あまり書き直したりするお方ではないのじゃ。編集
者の方が、そう書いておられる。こまかいことは気にするな」「そうじゃ、ほ
んに細かい男じゃ」「夫婦でいじめるとは、卑怯じゃぶー。小十郎助けに来て
くれぶー」
「ネタに詰まった時は、新しいキャラを出すなんて、高橋留美子先生のまねじ
ゃな。しかし、米沢弁?これで大丈夫か。それに仙台侯のファンの方々に怒ら
れるのではないか」「ぶーとかいうのですか、反省会で使えるか試してみまし
た。真央ちゃんに例えれば、エキシビジョンで試しみたというところでござい
ます」「真央ちゃんも大丈夫かのう。心配じゃ。」「それがしも同感でござる」
「そういえば、筆者、たくさん本を買い込んだようじゃが」「日本の戦史シリ
ーズの関係する時代を全部読んだそうでございます。やはり学者先生は、根拠
のないことを書かないので、あまり面白くなかった、ようでございます」「し
かし、研究動向くらい知らないと、困るからのう。それにしても、耳から入っ
て、口から出る学問じゃ」「基本的にはったり野郎ですから。さっき見たこと
を、専門家のように言い張るのは得意でございまするよ」
筆者、伊達政宗をどう扱ってよいのか、思案にくれております。なにか、つか
めてないようです。
ぶーwww
反省会、いつもの夫婦漫才も面白いけど
たまにはゲスト拉致ってくるのも面白い
小さい小さい連呼されて政宗涙目ww
兼続が高すぎるんだろう
それにしても今回の反省会のせいで本編の政宗の威厳がw
231 :
日曜8時の名無しさん:2009/10/22(木) 23:03:13 ID:jQ/D6isF
第二十八話「前田利家」(1)
「それがしと同い年なのに、政宗公は伊達家の当主として、内外の敵と戦って
おられます。背負ったものの重さに、おしつぶされないために闘っておられま
す。それに比べて自分は、自分の未熟さを痛感した旅でございました」「人に
は、それぞれ生まれ持った星がある。そなたにはそなたの星がある。焦らず、
ご自分の道を進まれればよい。そなたには、お父上というよいお手本もある」
天正十四年正月、春日山への帰途を急ぐ一行。幸村と兼続が会話している。
政宗公とのつなぎもつけたし、まずますの旅じゃった。それに、幸村殿のこと
を知ったことも収穫じゃった。この男、若いが、なかなか考えが深いようじゃ。
帰ったら早速お館さまの近習に推挙しよう。お館さまも、きっと気に入る。
春日山に戻った兼続、さっそく景勝に報告する。「ふむふむ、政宗公は、心根
のつかめぬところもあるが、芦名に関しては、協力の余地があるとの感触じゃ
ったということか、それでよい。あまり伊達に深入りすれば、佐竹との関係も
おかしくなるし、関白殿下の疑念をよぶことになる。ところで、そなたの訪問
は、公になることはないのじゃな」「はい、伊達のほうも、秘密にしておきた
いようでございます。最上のこともありますし」「よしよし、そなたに行って
もらってよかった。ところで、関白殿下の徳川懐柔策が明らかになったぞ。な
んと関白殿下は、ご自分の妹を徳川の嫁に差し出すそうじゃ」なんと「関白殿
下には、妙齢の妹さまがおられたのですか」「いや、四十を超えておるとのこ
とじゃ」「その妹さまは、結婚されておらなかったのですか。それとも、旦那
さまが亡くなったのじゃろうか」「いや、生きておる。しかも、仲睦まじい夫
婦ということじゃ」「その夫婦を別れさせて、家康に差し出すということです
か」なんとまあ、そこまでするか。あまりのことに驚く、兼続。石田が、言っ
ていたのは、このことか。
232 :
日曜8時の名無しさん:2009/10/25(日) 22:31:29 ID:iR/Pknaq
第二十八話「前田利家」(2)
「実は、落水で関白殿下と二人きりになったとき、それとなく聞かされておっ
た。天下を静謐にし、万民に安寧をもたらすことができるならば、なんでもす
る覚悟じゃ、場合によっては、妹を離縁させて家康に差し出す覚悟じゃと。し
かし、二人だけの秘密にしておいてくれと言われたので、そなたにも言うこと
ができなんだ」きまり悪そうに打ち明ける景勝。なんと、お館さまは律義者じ
ゃ、関白殿下は、それがしに伝わることは計算済みで打ち明けたのだと思うが、
ちょっと苦笑する兼続。そういえば、お館さまは、落水会見から、関白殿下と
呼ばれるようになっておられる。お心に変化があったのじゃな。
景勝の前を下がって、お船に会い、さっそく話す。「納得できますか。」「ふ
む、例えれば、わらわがそなたと別れて、新発田のところに嫁に行くというよ
うなことかのう」少し考えるお船、「しかし、政略結婚とは押し並べてそうい
うものじゃ。考えてみよ、わらわも信綱殿が不慮の死を遂げられて、すぐに、
そなたを婿に取らねばならなんだ。わらわは、家老の娘に生まれ、幼き頃より
よき思いをしてきた。ゆえに、自分の意に沿わぬことでも、受け入れねばなら
ぬと思い定めてきた。それが、武家の娘というものじゃ」なんと、意に沿わぬ
婿取り、話が危ない方向に向かいそうになったので、慌てる兼続、「おお、そ
ういえば、お土産がござる」「おお、これは岩魚ではないか。好物じゃ」ほっ
とする兼続「しかし、関白殿下の妹さまは、武家の出ではない。故に、大変つ
らい思いをしておられるのではないじゃろうか」そうじゃな、関白殿下のご家
族は、地下の出身、われらと違って素直なお方じゃろう。権謀術数のなかに放
り込まれて、さぞ難儀しておるじゃろう。「それにしても、家康は受けるかな。
今川の人質の頃、関口の姫を押し付けられて、その権高さに大変苦労され、夫
婦仲も悪く、それが結局信康事件に行きついたと聞いておるが」お船殿は、徳
川のことをよく調べておるようじゃが「これは人質のようなものじゃから、く
れるといえば、断る理由はありますまい」兼続、冷たく計算して言う。お船、
兼続のほうを向いて、「そなたは、ほんに最近腹黒くなっておるようじゃ。謙
信公の薫陶を受けた身であることを忘るるでないぞ」と説教を始める。
「そういえば、石田様より手紙が届いておるぞ。一応、先に読んでおいたが、
徳川より先に上洛せよということじゃ。」「しかし、徳川は臣従するそぶりも
みせてないではないですか」「分かっているくせに聞くな。いつもの手じゃ。
徳川をだしにして、われらに上洛を急がせる。そして、それを徳川に見せつけ
て、焦らせるのじゃろう」石田のというより関白殿下のいつものやり口じゃ。
どちらでもよいぞ、といいながら、相手を追い込んでいく遣り口じゃ。すこし
恐ろしいな。さっそく、景勝と打ち合わせをする。「人数はどのくらいにする」
「謙信公が二度目にご上洛された時は五千の兵を率いて行かれました。新発田、
徳川のおさえ、向こうの受け入れ体制を勘案せねばなりませぬが、できるだけ
多くの兵を率いて、上方のものどもに上杉の武威を見せつけねばなりますまい」
「まったく、その通りじゃ。誰を連れていくかを含めて、そなたに一任する」
「京都駐在の外交方も選任せねばなりますまい。心利いたものを選ばねばなり
ますまい」「千坂がよくないか」「千坂景親殿でござるか。千坂殿は謙信公以
来の重臣、人柄も練れておりますし、よきお考えかと思われます。ひとつだけ、
気になるのは、上条様のことでございます」「なにやら、不穏な動きでもある
のか」「石田の引きぬき工作が進行中でございます」まったく、石田の奴。好
意でやっておるつもりじゃから、まことに始末におえぬ。どうも、関白殿下も
そうじゃが、うちうちまで口出ししてくるつもりのようじゃ。一挙手一投足ま
で、いちいち伺いを立てねばならぬのかのう。いやな世の中になりそうじゃ。
「昨年、織田信雄さまが大坂を訪問され、その後、上洛されておる。先例とし
て、参考になるのではないか。さっそく、京のものに報告をおくらせよう」お
お、お船殿はよく頭がまわる。「お願いいたします」それにしても、織田信雄
様というお方、佐々攻めの先鋒をさせられたり、上洛・臣従の先蹤にさせられ
たり、思いっきり利用されてるが、心に屈託はないのじゃろうか。
233 :
日曜8時の名無しさん:2009/10/26(月) 23:09:17 ID:rrX82zoi
第二十八話「前田利家」(3)
「上条政繁さま、逐電された模様」朝早く、まだ寝ていた兼続に、細作の報告
がはいる。やはり、出奔したか。細作を張り付けておいて正解じゃた。「行方
を追っておるのか」「は」「傷つけたり、妨害してはならんぞ。かりにも、お
館さまの義理の兄上様じゃ。行き先を突き止めればそれでよい」関白殿下の調
略は天下一品じゃ。石田も、よう働いておる。どうせ、上条さまも上手いこと
言われて、その気になったのじゃろうが、あわれじゃ。「お館さまにも、お知
らせせよ。後で、それがしも参るとお伝えせよ」
珍しく、横で寝ていたお船を起こし、手短に説明する。「いずれ、出奔される
とは思うておりましたが、なぜ、この機会なのでしょう。しかし、二階にあが
って、梯子をはずされることも知らずに、あわれですな」と兼続が言うと、お
船「そなた、最近腹黒くなっておるが、自分のこととなると、よく話が見えて
おらぬようじゃ。これは、関白殿下のいつもの手じゃ」いつもの手、どちらで
も、よいぞという話なのか。「おそらく、上条さまは、関白殿下のところに行
って、そなたを君側の奸であると、あることないこと讒言するであろうよ。さ
すれば、上洛したおり、そなたに詰め腹でも切らせて、上条さまは、大威張り
で帰参する、そういう段取りじゃろ。あるいは、お館さまを隠居させ、上条さ
まが、証人に出しておるお子を次期当主にし、上条さまが後見するという話に
なっておるやもしれぬ」「しかし、これは石田の調略でございますよ。石田は、
それがしと上条さまの関係の悪いことは承知している。それがしが、やりやす
いように、上条様を調略してやると、以前いうておりました」「まだ、いつも
の手ということが分かっておらぬのか。そなたが上洛して、関白殿下の意に沿
わぬ者であると、見切られたら、上条さまの讒言が、真実に変わるということ
じゃ。わかったか」おお、やっと分かった。「つまり、関白殿下は、それがし
の執政体制でも、上条様が後見する体制でも、どちらでもよいぞ。という、こ
とですか」「そうじゃ、佐々とわれら、新発田とわれら、徳川とわれら、いつ
でも、どちらでもよい、そなたらの気持ち次第じゃ、というのが、関白殿下の
手じゃ。関白殿下は、なかなか恐ろしい男じゃ。上条さまが、うまいこと吹き
込まれて騙されて、出奔したのは、間違いないが、完全に騙されたことになる
か、どうかは、これからのそなたの行動次第じゃ。ことによったら、本当に詰
め腹を切る羽目になるやもしれぬぞ。家政不行き届きとか、なんとか理由をつ
けられて」おお、なんという悪辣さ。石田に感謝しておる場合ではないぞ。「
それがしは、内心石田に感謝しておりました」「そなたは、阿呆じゃ。もっと、
裏を読まなければならぬぞ。関白殿下や石田殿は、緻密な計算をして、物事を
進めておる。これと、対等に渡り合うことができなければ、上杉の安泰も、そ
なたの命もないぞ。本当に、わかっておるのか。こたびの上洛は、物見遊山で
はない。われらにとって、川中島以上の難しき戦いじゃ。どうも、心配じゃ」
朝一番に、大説教をくらう兼続。
なぜ連続でageますか
235 :
日曜8時の名無しさん:2009/10/27(火) 22:18:56 ID:g/n8luAT
第二十八話「前田利家」(4)
「深読みでしょうか」兼続、景勝にお船の見方を話す。「いや、そうとも言え
ぬぞ。姉上は残られたようじゃが、上条は、領地も家臣も捨てて、出奔したの
じゃから、よほどの成算があると思い込んでおるようじゃ。石田あたりに、相
当うまいこと言われておるに相違ない。そなたに詰め腹を切らせ、わしも隠居
に追い込むぐらいのことを、言うておるやもしれぬのう」なんと、切腹の練習
も必要かな。「しかし、心配いたすな。あくまで万が一の場合じゃ。わしは、
関白殿下の天下統一に、誠心誠意協力する決心をしたからこそ、上洛を決意し
たのじゃ。関白殿下の意に沿わぬことなど、する気はない。関白殿下も、天下
統一を急いでおられるこの時期に、わざわざ波乱を起こすようなことはされま
い。こたびの上条の出奔は、あくまで万が一の場合に備えての布石と見るべき
じゃろう。それと、われらに対する牽制じゃな。われらは、知らぬ振りをして
予定通り上洛すればよいのじゃ。」お館さまは、冷静じゃな。「それにしても
お船は、そなたのことを、本当に愛しておるのじゃな。ほんに、得難い女性じ
ゃ」いや、お館さま、それは少し違うと思います。兼続、心の中でつぶやく。
上洛の準備を急がねばならぬ。石田と打ち合わせをせねばならぬのう。
しばらくして石田より、また使者が来る。関白殿下のお妹さまの徳川への輿入
れが、四月に決まったとのこと。徳川との和平交渉も急に進展しておるようじ
ゃ。ふむふむ、われらを受け入れるため、前田利家殿が帰国された由、石田も
越中まで迎えにくる心づもりありとのこと。ふむふむ、向こうも、こたびのわ
れらの上洛を、重視しておるようじゃ。しかし、油断も隙もない、戦仕立てで
準備せねばなるまい。上洛の軍勢の編成、残しておく者の選別、事務作業に忙
殺される兼続、そこに、菊姫さまのお使いが来る。なんじゃ、急ぎ、御前にま
かり出ると、「お子のことは、心配に及ばぬ。わらわが責任を持って、お守り
をいたす」なんと、なんの話じゃろう、さっぱり、わからぬが。お船に尋ねよ
うと、お船の部屋に行くと、鎧かぶとを出して、侍女に拭かせている。「なん
ですか」「おお、わらわも、上洛のお供をすることになったぞ。直江景船じゃ」
「お松のことは」「わらわも、後ろ髪ひかれる思いじゃが、奥方様に面倒を見
ていただくようにお願いした」聞いたことないぞ、臣下の子を、主君が面倒み
るなんて、あべこべじゃ。「お館さまに、直江を助けてやれ。と、言われたの
じゃ。それに」お船の目がキラリと光り、「そなたには、前科がある。そなた
を、ひとり京にやることは、かつおぶしだらけの倉庫に、猫を入れるようなも
のじゃ」なんと、なんと、「お船殿、こたびの上洛は、以前いわれたように、
難しき戦でござる。それがしに浮気をする暇も余裕もござらぬ」ちょっと、立
腹した口調で言う。「冗談じゃ。しかし、上条様のお子が、人質の意味をなさ
なくなったので、奥方様が証人として上洛せねばならなくなったのは、火を見
るより明らかじゃ。わらわは、その下準備のためにも行くのじゃ」どうだ、文
句あるかと、勝ち誇らんばかりのお船。一度でよいから、お船殿を言い負かし
てみたいと思う兼続。
236 :
日曜8時の名無しさん:2009/10/28(水) 23:26:21 ID:ycOdziNu
第二十八話「前田利家」(5)
天正十四年五月、上杉勢四千は春日山を出立、越中に入ると、そこには、石田
が待っていた。「こたびの上洛、関白殿下もことのほかお喜びで、それがしに
お迎えにあがるように、お指図がありました。沿道の大名たちにも、心をこめ
て、接待せよとのご命令がでております」ふん、しらじらしい。しかし、調略
も接待も、一切手抜きはないということか。石田が続ける。「前田さまは、わ
ざわざ帰国され、接待の準備をされておるとのこと。くれぐれも、よしなにと
の伝言をたのまれておりまする」「なにもかも、行きとどいたご配慮、痛み入
りまする」上条さまは、能登におるようじゃが、聞くのも面倒じゃ。石田が白
状するまで、こちらから聞かないようにしよう。「ところで、関白殿下のご様
子は、いかがじゃ」景勝が聞く。「薩摩の島津が勢いを増し、九州全体を席巻
する形勢となっております。豊後の大友宗麟が、大坂まで救援要請に来られた
ので、そのお相手をされておりました。すでに、黒田さまなどを先行させ、毛
利や四国勢を派遣する準備をしておるのじゃが、徳川との和平交渉が、進捗し
ないので、関白殿下はじれております。それゆえ、この時期に上杉様が上洛し
てくださることは、徳川に対する、何事にも代えがたい示威行為となりますの
で、関白殿下をはじめ、われら一同、こたびの上杉様の上洛、心から感謝して
おる次第であります」石田は、こういう挨拶、ほんとうに上手いのう。「とこ
ろで、前田さまとは、どのようなお方であられるのか」兼続が聞く。「前田さ
まは、関白殿下にとって古き朋輩であり、無二の友といっても過言ではないお
方でございます。もとは、尾張荒子のご領主の次男に生まれ、総見院様の馬廻
りとして、勇名を馳せたお方です。槍を持たせれば天下無双で、名のある武将
の首をいくつも取り、総見院様に大変愛されたお方であります」ふむむ、柴田
の与力として、われらと闘っておったことが、遠い昔のように思えるのう。お
館さまも、興味をもたれたようじゃ。
237 :
日曜8時の名無しさん:2009/10/31(土) 21:55:03 ID:AySAkLZI
第二十八話「前田利家」(6)
「前田さまの武勇伝、ご存知ならば教えてくだされ」上杉勢が、行軍を中断し
休息している間、兼続、景勝の意を体し三成に聞いてみる。ちらっと見ると、
お館さまも身を乗り出している。お館さまは、真の武人たらんとしておられる
ので、興味津々なのじゃろう。
「それがしも若年故、詳しいことは存ぜぬが、桶狭間合戦・美濃攻めなどで、
敵の名のある武将の首をいくつも取っておられる。首取り足立とか。ものすご
い大男の豪傑だったらしい。もっとも、前田さまも六尺を超す大男じゃが。し
かし、なんといっても有名なのは、石山合戦緒戦の活躍じゃろう。永禄十三年、
総見院様が、三好討伐のため、石山本願寺近くまで、陣を進めたところ、本願
寺から一揆勢が繰り出して、戦う態勢をとったそうじゃ。しかし、相手は百姓、
女子供も混ざっておる、なにほどかあらんと、織田勢が、先を争って、攻めか
かったところ、実はそれは偽態で、雑賀鉄砲隊三千が、火線を敷いて待ち構え
ておったのじゃ。雑賀鉄砲隊は、当時日本最強の鉄砲隊じゃ、正確無比な射撃
で、織田の名のある武士がばたばた倒された。総見院様も、鉄砲隊を繰り出し
て反撃しようとするが、相手の方が一枚上で、鉄砲隊指揮官だった佐々も負傷
して後送される始末じゃ。織田の陣が乱れたところを見計らって、数万の一揆
勢が突撃してきた。絶対絶命じゃ、総見院様も、やむなく撤退を命じたのじゃ
が、それさえままならぬ形勢じゃ、雑賀鉄砲隊の弾幕に、騎乗の武士が被弾し
て、ばたばた戦死するものじゃから、指揮するものがおらん、指揮系統もめち
ゃくちゃじゃ。全軍壊滅の危機となった。そのときじゃ、前田さまが、わずか
な手兵を率いて、数万の一揆勢に突っ込んだのは。まさに万夫不当の勇士とい
うべき活躍じゃ。長柄の槍を振り回して、一揆勢の突撃を食い止めたのじゃ。
たったひとりで。それに勇気づけられた他のものも反撃に転じ、織田軍は壊滅
の危機から救われ、無事退却することができた。総見院様も、又左の槍は、日
本一じゃと御褒めになったと聞き及んでおる。」なんと、さすがは信長に愛さ
れた男だけのことはあるな。「総見院様は、万事厳しきお方じゃ。へつらうだ
けでは、信頼を得ることはできぬ。引いてはならぬときは、どんなに恐ろしく
ても、引いてはならぬのじゃ。前田さまは、本当の武人じゃ。ゆえに、織田家
中でも、みなに好かれておった。今でもそうじゃ」石田、兼続の心の中を読ん
だように話す。景勝の顔を見ると、感動しているようだ。よかった、前田さま
は、越中・能登・加賀の太守、隣同士仲好くしていただかねばならぬ。お館さ
まが、前田さまに好印象を持たれたことは収穫じゃ。
上杉勢が、金沢に近づくと、前田の家中のものが、出迎えに来た。それを見た
石田が突然「それがし、能登に用事があるので、少しの間失礼する。すぐに、
合流する。景勝公にお伝えくだされ」と言う。上条さまに会うつもりじゃな。
いったい何を考えておるのやら。われらが、上条さまが能登にいることを、つ
かんでおることは、知っておるはずなのに。どうも、石田の心が読めぬ。そう
じゃ、お船殿に聞いてみよう。お船は「直江景船じゃ」というて、強引に与板
衆の指揮官になっておるが、わがまま言って皆を困らせておるのではないかの
う。与板のものどもは、お船殿に甘いからのう。急に心配になった兼続、使い
番を呼ぶ「直江景船殿を本陣にお呼びせよ」「え、どなたですか」うむむ「与
板の陣に行けば分かる」「そんなお方は知らぬが」本当にかんべんしてほしい。
冷や汗が出る兼続。お船がやってくる。「何事じゃ。思ったより鎧というもの
は重いのう。それに馬に乗っておるだけで退屈じゃ。鉄砲が撃ちたい」金沢城
目前の、この場所で鉄砲を撃つと戦になりますよ。「では、与板衆の指揮は、
高梨に代わらせ、お船殿はそれがしの副官として、本陣に詰めて下され」「お
船ではない、直江景船じゃ」それ、妙に気に入っておりますな。はいはい「景
船殿、お頼み申す」「わらわは、そなたの軍師じゃから、それでもよいぞ」こ
れ以上、勝手なことされてはたまらぬ。そばにおいて監視せねば。
238 :
日曜8時の名無しさん:2009/11/01(日) 23:08:21 ID:8I4nf/pZ
第二十八話「前田利家」(7)
「ところで、石田のやつ、能登に行くと別行動をとりました。上条様を受け入
れるためじゃと思いますが、石田の本心は那辺にあると、おもわれますか」「
本心というても、流動的なものじゃろう。われらの行動次第で、変わるもので
はないか。あまり、気にするでない。お館さまは、誠心誠意、関白殿下に協力
するお気持ちになったから上洛を決意されたのじゃろう。そなたも、この間、
そういっておったのではないか」そうじゃ、切腹せねばならぬ、とか脅かされ
て神経過敏になっておるのじゃろうか。まだまだ修行が足りぬな。ひそかに、
自分のことを恥じる兼続。「ところで、前田様の奥方様は、金沢におられるの
じゃろうか。ご挨拶したいものじゃ」ほほう「内助の功というやつですね」「
内助の功は、家の中でやるものではないか。世間に知られず、夫を陰で支える
ことじゃろう。そなた、使い方間違っておるぞ」上げ足を取られて、やり込め
られる兼続。「もし、奥方様がおられるのならば、ご挨拶できるように、お館
さまにお願いいたそう」確かに、おまつ様と親しくさせていただくのは、悪く
ない考えじゃな。しかし、大丈夫かな。
金沢城に着く。前田利家が直々に出迎えに出てくれていた。「これはこれは、
わざわざのお出迎え痛み入りまする」にこにこ笑う、前田利家、城の中にいざ
なう。すでに酒宴の準備ができていた。
「上杉殿には、佐々討伐のとき、本当に世話になったのう。それに、われらが
越中の過半を頂いたので、ただ働きさせたようで申しわけなく思っておる。わ
れらは、隣同士じゃ。これからも、仲好くやっていきましょうぞ」なんか、武
骨な偏屈爺さんを想像しておったが、いやに愛想のよいお方じゃな。ちょっと
びっくりしたぞ。
239 :
日曜8時の名無しさん:2009/11/03(火) 22:33:17 ID:m8N0GjLc
第二十八話「前田利家」(8)
酒宴も時が過ぎ、座が乱れてくる。利家が、内輪の話をしたいと、景勝と兼続
を茶室にいざなう。「茶室といえば、おもしろい話がある。去年の暮、毛利一
門の小早川隆景殿と吉川元長殿が、関白殿下にお礼するため、大坂にこられた
ことがあった。小早川殿は、四国征討で大功を挙げたので、関白殿下から伊予
一国を与えられた、そのお礼のためじゃ」利家が主人役となり、二人の茶を振
る舞う。「茶というものが、上方の社交の中心となっておる。そなたたちも、
慣れねばならぬぞ」茶を飲む主従を見ながら、話の続きを思い出した利家「関
白殿下は、たいそうお喜びになって、二人を歓待し、面白い茶室を見せてやる
と、案内しようとしたところ、二人の顔色が変わった、どうも様子が変なので
聞いてみると、二人は仕物にかけられると思い込んでおったようじゃ。後で関
白殿下が大笑いして、わしに話して下された。毛利は、西国の要、四国征討で
も働いてもろうたし、九州征討でも働いてもらわねばならぬのに、なんで仕物
にかけるはずがあろう。小早川ほどの男でも、疑心暗鬼になることがあるのじ
ゃなと」兼続、まるで自分のことをいわれたような話に、ちょっと驚く。「し
かし、わしは、その話を聞いて、心の底からは、笑えなかった。わしも同じよ
うな経験がある。賤ヶ岳のあと、わしは許され、本領を安堵されたばかりか、
加賀の二郡も頂いた。そのお礼のため、大坂に出向くとき、わしは恐ろしかっ
た。神社に無事を願う願文を出したほどじゃ」大笑いする利家、追従笑いがひ
きつる景勝と兼続。「前田さまは、関白殿下の古き朋輩。そして賤ヶ岳の戦い
における関白殿下勝利の立役者ではありませぬか。なぜ恐怖を感じたのですか。
総見院様が、晩年、北陸の土豪を安土に呼び出して、仕物にかけまくっておら
れたのを見ておったせいですか」兼続が聞く。前田様は、親切なお方じゃな。
われらに、何かを教えてくだされようとしておる。「ううむ、総見院様の粛清
は手当たり次第じゃったからのう。しかし、わしがなぜ恐怖を感じたか、一番
の原因は、わしが変わってしまったからじゃ」どういう話じゃろ。「関白殿下
は慈悲の心を持ったお方じゃ。ある意味、総見院様より、大きな度量をもって
おられる。めったやたらに、人を殺すお方ではない。それに、わしは、昔から、
関白殿下とは親しくさせていただいておる。清州でも安土でも、隣近所じゃっ
たからのう。わしの四女の豪は、関白殿下の養女になっておるほどじゃ。関白
殿下と北政所さまには、お子がなかなかできないので、ぜひ下されと何度も頼
むものじゃから、しぶしぶ承知した。あの夫婦は、おまつの出産に立ち会って、
生まれた直後に拉致していったわ。そして実の子以上に可愛がって下さってお
る」これほどの深いつながりのある前田様が、なぜ恐怖を感じたのじゃろう。
前田様が、変わったとは、どういうことなのじゃろう。おお、お船殿のこと、
頼んでみよう。「いずれ、われらも人質を上方に送らねばならぬと、考えてお
ります。その準備のため、こたびの上洛には、それがしの妻が同行しており、
おまつ様にご挨拶したいと申しております。お許しいただけますでしょうか」
「おお、それは良い考えじゃ。女同士の話もあろう。さっそく、おまつに申し
つけよう」すらすらいくな。景勝の顔を見ると、大きくうなづいている。
240 :
日曜8時の名無しさん:2009/11/04(水) 22:44:18 ID:1lPP4ZkU
第二十八話「前田利家」(9)
「数万の一揆勢にひとりで立ち向かっていくほどの勇気のある前田様が、なぜ
恐怖を感じるようになったのですか」珍しく、景勝が尋ねる。「おお、その話
の途中じゃったのう。わしは、変わってしもうたのじゃ。わしは、若い頃は、
本当に手のつけられない暴れ者で、自分でいうのもなんじゃが、命知らずじゃ
った。上様の目の前で上様の寵愛する、なんとかという坊主を斬り殺したこと
もある」なんと、よく命がありましたな。「わしが大切にしておった笄が盗ま
れた。上様のおそばに仕える、なんとかという坊主の仕業じゃ。わしが上様に
訴えたら、上様は笄も出てきたことじゃし、わしが注意しておくので、こたび
は堪忍せよと言われた。それで仕方なく堪忍してやったのじゃが、その坊主、
ことあるごとにわしを嘲弄する。上様の寵愛をかさにきて、わしが手出しでき
ぬと、わしを甘く見たのじゃ。とうとう、がまんできなくなったわしは、こと
もあろうに、上様の目の前で、その坊主を斬り殺した。」少し間を置き、茶を
すする利家。「又左、そこに待っておれ、成敗してつかわす、信長様は、叫び
ながら、刀を抜き、わしに迫ってきた。目の前で殺された信長様は、自分への
面当てと思われ、激怒されたのじゃな。わしは、覚悟を決めて、念仏を唱えて
おった。そこに柴田様と森様、ほれ、長久手で戦死した森長可の親父様じゃが、
いあわせなかったら、わしは十中十、手討ちにされておったな。又左、待って
おれ、と叫ぶ信長様を、後ろから羽交い絞めにする柴田様、前に立ちふさがり、
信長様を止める森様、前田、逃げよ逃げよと、お二人が叫んでおった。」「そ
れで」また、景勝が話す。「それからが大変じゃった。命ばかりは御助けを、
と、みなが頼んでくれたおかげで、勘当されただけですんだのじゃが、信長様
は、なかなか許して下されなかった。本当に、困ったぞ、わしは、手柄を立て
れば、帰参がかなうと、簡単に思っておった。それで、許されてもないのに、
桶狭間の戦いに参陣し、兜首をみっつ獲った。しかし、許してもらえなんだ」
なんと、大根でも引いてくくるような口ぶりじゃが、まこと万夫不当、抜群の
勇士じゃな。「美濃攻めで、首取り足立という豪傑の首を獲って、やっと帰参
が許された。長かったぞ、丸二年じゃ。わしは、勘当される前は、上様の使い
番赤母衣衆筆頭じゃったし、みなからも重んぜられておった。ところが、勘当
されると世間は冷たい、信長様を憚ってか誰も相手にしてくれぬ。牢人のわし
に、親切にしてくれて、なにかと力になってくださったのは、柴田様や森様だ
けじゃた。お二人とも、わしの命の恩人じゃな」その恩人である柴田を、結果
的に裏切ったことを、どう考えておるのじゃろう。「しかし今から、思えば、
勘当されて牢人した二年間は、わしにとって有益なものじゃったな。わしは、
尾張の土豪の四男坊」石田、次男ではないじゃないか。「信長様の覚えもめで
たく、肩で風を切って歩いておった。あのまま、順調に出世しておったら、信
長様の寵愛と武勲をかさに威張り散らし、下々の苦労の分からぬ、鼻もちなら
ぬ男になっておったかもしれぬ。まだ、お小人頭ぐらいじゃった関白殿下と、
親しくなることもなかったであろう」どうして恐怖を感じるようになったのか、
片鱗もわからぬが、前田様の話は、おもしろいのう。
241 :
日曜8時の名無しさん:2009/11/07(土) 22:27:19 ID:WjTMUlIG
第二十八話「前田利家」(10)
「若き日の関白殿下は、どのようなお方じゃったのですか」景勝が聞く。「前
田様が、関白殿下に初めて逢った時のことを覚えておられますか」兼続が、話
しやすいように展開する。「それがじゃ、よく覚えておらんのじゃ。いつの間
にか、上様の轡をとっておった。いつも愛想がよく、ひょうきんで、気持ちの
良い男なので、われら馬廻り衆は、長く勤めれればよいがのうと心配しておっ
た。というのも、そなたたちも聞いておろうが、総見院様は万事厳しいお方じ
ゃが、特に、解怠を嫌う。気まぐれに、馬を出せと言われて、準備ができてい
ないと、激怒される。そればかりか、手討ちにされることさえ、ある。じゃか
ら、無事勤め上げることができるじゃろうか、と心配したのじゃ」利家、にっ
こり笑う。「しかし、関白殿下の精勤ぶりは、われらの想像以上じゃった。ど
んな場面でも、必ず万全の準備をしておられた。本当に、誠心誠意、総見院様
に、お仕えされておった。それゆえ、総見院様の信頼を得て、一歩ずつ出世し
ていかれたのじゃ」ふーん、「それに関白殿下には、われらにはまねのできな
い能力があった。関白殿下は、そなたらも見て知っておろうが、非力なお方じ
ゃ。おそらく兜首など、ひとつも獲ったことはないじゃろう。しかし、人使い
が上手いのじゃ。清州城の塀の繕い、墨俣一夜城、そなたらも聞いておろう。
いずれも関白殿下の出世の糸口となった有名な話じゃ。清州城の塀の繕いは、
十日かかる予定を三日で仕上げられた、墨俣一夜城は、その名の通り、一夜で
城を築いたものじゃ。なぜ、関白殿下は、他人にできないことができたのか。
それは、人使いが上手いからじゃ。では、なぜ人使いが上手いのか。わかるか」
利家が、二人に尋ねる。「関白殿下は、若き頃より、気前がよく、度量が大き
いお方じゃったと聞いております」兼続が答える。「若き頃より気前がよかっ
たのは、わしも存じておるが、人に呉れてやる物を何も持ってないときから、
人使いは上手かった。なぜか、わかるか。それは、関白殿下は、どんな下賤な
もののことも理解しようとされたからじゃ。足軽・雑兵などは、明日もしれぬ
境遇じゃ、関白殿下は、ご自分が苦労に苦労を重ねられてきたからじゃろうが、
それらの者どもの悩み、苦しみを、わがことのように考え、少しでも、それら
のものどもの身が立つように工夫されておった。物を呉れてやるだけではない、
身の上話を聞いたり、悩みの相談に乗ってやっておった。根が優しく、親切な
のじゃ。それに、もし配下のものがしくじっても決して怒ったりされなんだ。
怒らないということは、責任転嫁せぬということじゃ。それゆえ、関白殿下の
配下になったものは、このお方のために一生懸命尽くそうとがんばるのじゃ。
士は己を知る者のために死す、というが、それは士だけのことではない。下賤
なものも同じじゃ。関白殿下の出世譚は、当意即妙の機略にあるというふうに
世間では言われておる。たしかに、関白殿下の才知は、まばゆいが、それだけ
ではないのじゃ。それに、常に冷静じゃ。わしは、関白殿下が、怒りに我を忘
れた場面など、見たことがない。まあ、芝居気があるお方じゃから、怒ったふ
りは、よくされたがのう。優しく、親切で、頭脳明晰で、冷静なお方なのじゃ。
それゆえ、総見院様が何度も招誘しようとしたが、決して靡かなかった蜂須賀
の一党も関白殿下のためには、命がけで墨俣築城に協力した。竹中半兵衛殿も
そうじゃ、総見院様にはお仕えできぬが、関白殿下ならお仕えするといわれ、
亡くなるまで、関白殿下の覇業を助けられた。要するに、関白殿下は、生まれ
は賤しくても、万人の上に立つ器量を持った大きな男なのじゃ」ここで、利家、
溜息をつく。「ところが、わしには、最初、それがわかっておらなんだ。佐々
に至っては、いまだにわかっておらぬようじゃ」主従、時のたつのを忘れる。
242 :
日曜8時の名無しさん:2009/11/08(日) 23:40:58 ID:m+BcvRBF
我々読者も脱線し過ぎに時のたつのを忘れる。
個人的にはこの位詳しく書いてくれた方が面白いし有り難い
いずれ伏線になるのかもしれんし
244 :
日曜8時の名無しさん:2009/11/10(火) 18:11:08 ID:fj6G4X5j
245 :
日曜8時の名無しさん:2009/11/10(火) 22:14:25 ID:PXtyeAGP
第二十八話「前田利家」(11)
「人間というものは、落ち目にならなければ、わからぬことがあるのじゃなあ。
わしにとって、桶狭間以降の牢人生活は本当につらいものじゃった。武勲をあ
げれば、すぐに帰参がかなうと思い込んでおったからのう。ところが、総見院
様は許して下されなかった。勘当の身じゃからということで、首実験に出るこ
とさえ、許されなかったのじゃ。わしは、絶望した。兜首みっつ獲っても許さ
れないならば、一生許されないのではないかと、不安になった。今思えば、笑
い話じゃがのう。捨て鉢な気持ちになり、生活も荒れた。そんな時、おまつが、
仲良くさせていただいておった北政所さまから、美濃攻めのことを聞いてきた。
関白殿下が、前田に教えてやれと、北政所さまに言うて下さっておったのじゃ、
美濃攻めの時期は、軍機じゃ、それが漏れたとなると、関白殿下もただでは済
まないのに、わしのくじけそうな心中を推し測って、危険を承知で、教えて下
さったのじゃ。関白殿下は、優しい男じゃが、その優しい心遣いを、形にする
勇気のあるお方なのじゃ。佐々は、阿諛追従で出世しておるだけの奴と、関白
殿下を、ひどく嫌っておったが、わしは、それだけのお方ではないことに、初
めて、気がついたのじゃ。明日をも知れぬ牢人のわしに便宜をはかって、何に
なろう。関白殿下は、身分は低いが、友になってもらいたい男、値打ちのある
男じゃということに気づいた。それから、わしと関白殿下は友達じゃ」本当に
心温まる、よいお話じゃな。関白殿下は、本当に大きな男じゃ。立派じゃ。し
かし、前田さまは、これほど古い付き合いで、友でもあるのに、関白殿下に、
なぜ恐怖を感じるのじゃろう。不思議じゃ。
ばたん、突然、茶室のくぐり戸が、大きな音を立てて開く。ななんと、仕物か。
緊張する兼続、そして一同。「おお、叔父貴殿、ここにおられたのですか。上
杉さまも、ここにおられたのでございますか。残念じゃ、わしの座興を見てほ
しかったのう」べらべら喋りながら、子猿を連れ、珍妙な格好をした大男が入
ってくる。あまりの不作法に呆然とする三人。よく見ると、大男の首には紐が
巻かれ、その紐を羽織を着せた子猿に持たせている、そして大男は、達筆で、
日本無双の槍と書いた旗指物を背負っている。なんと、この大男は、前田さま
になっておるつもりか、さすれば子猿は、関白殿下か。これは、やりすぎでは
ないか。関白殿下に操られておる前田さまを風刺しているのか。叔父貴殿とい
うて入ってきたが、前田さまの一族なのじゃろうか。兼続、めまぐるしく考え
る。そして、利家を伺う。利家の顔は、蒼白になったかと思うと、みるみる赤
くなり、こめかみには青筋が何本も浮き出ている、激怒する寸前じゃ。どうし
たらいいのじゃ、何か言わねば、兼続が、考えていると、景勝が大笑いする。
「ははは、これは愉快。前田さまのご家来には、本当に面白いお人がおられる
のう。よく慣れた子猿じゃのう」利家の怒りを知らぬふりで、調子に乗った大
男、「ここまで、てなづけるのは苦労でございましたぞ。なにしろ、猿を回す
のではなく、猿に回されるのじゃから」とほざく。しかし、笑い声に怯えたの
か、狭い茶室を嫌ったのか、子猿、狂ったように茶室中を駆け回り、ついに障
子を破って、逃走する。「これはしたり、猿関白殿、待って下され」大男も、
子猿を追いかけ、出てゆく。
打って変わって沈んだ様子の利家、「大変、ご無礼いたした。あれは、わしの
兄の後妻の連れ子で、いまは兄の養子となっておる前田慶次郎というものでご
ざる。腕も立ち、学もある、なかなか見どころのある男じゃが、どうにもこう
にも、わしの手には負えぬ、めちゃくちゃな男じゃ」なんと、しかし座興とい
うても、あれでは命がいくつあっても足りぬじゃろう、なんで、あんなことす
るのじゃろう。
246 :
日曜8時の名無しさん:2009/11/12(木) 23:38:55 ID:8eY2Ko/b
第二十八話「前田利家」(12)
「わしは、あの男に大きな借りがある。あの男は、実は滝川儀太夫の息子じゃ。
滝川儀太夫をご存じか」「おお、賤ヶ岳の戦いの前哨戦となった伊勢の戦いで、
武名をあげたお方でございますな」すかさず、兼続が答える。刀の収集と同じ
くらい武勇伝の好きな景勝も、身を乗り出す。「われら柴田軍が南下する前に
滝川一益をつぶそうとして、伊勢に進攻した関白殿下の軍勢は七万余、この大
軍の前に、国府城・亀山城などが、次々と落城したが、ひとり儀太夫だけが峯
城を堅守した。業を煮やした関白殿下は、坑道戦で城を落そうとしたが、儀太
夫は、これを逆手にとって、火薬と草を混ぜて、坑道に投げ込み、坑道に突入
してきた部隊を窒息させたそうじゃ。最終的には、一益の開城勧告に従って、
降伏したが、関白殿下は、儀太夫のあまりに見事な戦ぶりに、五万石で、配下
に迎えようとおっしゃった。関白殿下は、できる奴は敵味方に関係なく、取り
立てようとされるお方じゃ。しかし、儀太夫は、伯父を裏切れませぬというて、
一益のもとに戻った。戦ぶりだけではなく、進退も見事な男じゃ。もう、一服
せぬか」利家、自分の気持ちを落ちつけようとしているのか、お茶をたてる。
「話は古くなるが、どんな事情か知らぬが、この儀太夫の妻女が、わしの兄・
利久の後妻に入り、あの男を兄の養子にし、家督を相続させることになった。
わしも、まったく異存はなかったのじゃが、総見院様から横やりが入った。
家督はお前が継げと、きついお達しじゃ。仕方なく、わしが家督を相続するこ
とになった。立場のなくなった兄の面倒は、わしが見るつもりじゃった。とこ
ろが、あの男は、養子になった以上、父に孝養を尽くすのは、子としての務め
でございますと、わしに言い、それから十年以上の長き間、兄の面倒を見てく
れていたのじゃ。本当に助かった。兄は、温和な男じゃが、誇りの高い男じゃ、
あのまま荒子に置いておけば、憤死したかもしれぬ。あの男は、実父である儀
太夫の縁を頼り、一益の軍に属しておった。しかし、本能寺で総見院様が亡く
なり、一益も北条に裏切られ、関東を失い、伊勢・長島に命からがら逃げてき
た。あの男は、所領の激減した滝川のことを慮って、能登の国主となっておっ
た、わしに頭を下げて、わしの配下になったのじゃ。どうじゃ、なかなか、実
父儀太夫と同じくらい、進退の見事な男じゃろう」ううむ、なかなかの男のよ
うじゃが、どうしてあんなに変になったのじゃろう。「わしは、あの男が、こ
れまで兄にしてくれた孝養に報いるため、あの男を取り立てようと考えておっ
た。しかし、わしが柴田様を裏切ったので、あの男は、あんなおかしな手のつ
けられない男になったのじゃ。あの男は、あの猿に回される芸を関白殿下に、
お見せするのじゃと、一生懸命、猿を仕込んでおるようじゃ。」利家、溜息を
つく。
247 :
日曜8時の名無しさん:2009/11/13(金) 23:39:53 ID:bv9Jgqkx
第二十八話「前田利家」(13)
「あんな芸、もし関白殿下がご覧になったら、その時、前田家は滅亡じゃ」利
家がつぶやく。そして、また深い溜息。「しかし、あの男のやるせない気持ち
も分からんでもないのじゃ。あの男が、わしの兄などを連れて能登に来たのは、
ちょうど清州会議の直後じゃった。関東を失って逃げ帰った、滝川は、宿老の
地位から滑り落ち、領地も伊勢・長島だけになった。それゆえ、あやつは、滝
川に負担をかけまいと、わしのところにきたのじゃ。しかし、あの当時、いず
れ関白殿下と柴田さまの戦いが始まるのは、誰の目にも明らかじゃった。もし、
戦いが始まれば、われら柴田軍は、南下し、伊勢の滝川・美濃の信孝さまと、
連携する計画もできておった。あやつは、柴田軍と滝川との連絡役として、能
登に来たつもりじゃったのじゃろう。滝川は、正直一途な柴田さまと違って、
駆け引きにもたけておったから、あやつに言い含めておったのかもしれぬ。と
ころがじゃ、このわしが柴田さまを裏切ったのじゃから、話にならんわな。あ
いつは、何もいわなかった。わしは、あやつに五千石を与えて、わしの兄・安
勝の娘を嫁あわせることにしたが、そのことにも何も言わなかった。しかし、
あの奇行が始まったのじゃ」おお、何やら屈折しておるようじゃ。「わしは、
変わってしまった。総見院様のおそばにおる時は、天下布武の理想を実現する
ために、戦い続けることしか、考えておらなかった。しかし、越前が平定され
柴田さまに与えられ、わしも佐々などとともに、与力としてつけられることに
なった。十万石の三分の一じゃが、わしにも自分の領地ができた。そして、北
陸の平定が進み、能登がわしの領地になった。すると、わしの気持ちが、変わ
ってきたのじゃ。せっかく、得た領地を、守りたい、息子に譲りたいと、思う
ようになってきたのじゃ。戦を厭い、平穏を望む気持ちが、むくむくと湧き起
こってきた。これは、わしだけではない。総見院様の天下平定が進むにつれ、
領地の増えた織田家中全体の風潮じゃった。もちろん、慧眼なる総見院様が見
逃すはずもなく、理由にもならないような理由で突然、佐久間さま・林さまが
追放された。われらのゆるんだ気持ちに活を入れるため、いわば、一罰百戒じ
ゃな。もっとも、人間は道具ではないので、総見院様の思い通りになるはずも
なく、これは明智の謀反の一因ともなった。明智は、果てしなき戦いの先が見
えないことに、疲れきっており、嫌気がさしておったのじゃと思う。わしも、
そうじゃったから。われらは、門徒衆の掃討を命じられておったから、無辜の
民草を、千人万人と虐殺した。無抵抗な弱き女子供も虐殺した。地獄じゃった。
賤ヶ岳の戦いのとき、付近の山に布陣しているわしの陣に関白殿下の密使が来
た。内応の依頼じゃ。以前のわしなら、にべもなく断り、密使を斬り殺したで
あろう。しかし、わしは、考えた。もし、この戦いで柴田さまが勝ったとして
も、残念ながら柴田さまに天下を治める器量はない。わしにとっては、よいお
人じゃったが、人を容れる器量がないのじゃ。信孝さまなど論外じゃ。さすれ
ば、総見院様が平定した地域も、四分五裂し、また戦乱の世が始まると、思う
た。そして、また地獄のような果てしのない戦をせねばならぬのか、と思うた
ら、裏切る決心がついた。わしは、佐久間盛政が、鬼神も泣かしむるような敢
闘をして、やっと虎口を脱した時を見計らって、撤退を命令した。あのまま、
推移すれば、佐久間も柴田さまの本陣に合流できたかもしれぬ、さすれば、戦
は、どう転ぶか、わからなくなる。柴田さまを勝たせてはならぬと、撤退命令
を出した。その時の本陣に詰めておったあやつの顔、蒼白で静かな顔じゃった。
しかし、眼はわしを刺すように鋭かった、今でも鮮明に覚えておる」
248 :
日曜8時の名無しさん:2009/11/15(日) 23:10:21 ID:7WWqOfhX
第二十八話「前田利家」(14)
「われらの軍が撤退を開始すると、金森・不破なども、撤退を始めた。われら
は、佐久間の先鋒の後ろに控えて、周囲の関白殿下の部隊を牽制する役目じゃ
ったから、佐久間から見れば後ろが、柴田様から見れば前が、崩れたように見
える。一昼夜にわたって戦い続けておった佐久間隊も、それを見て、ついに精
根尽きはてたか、総崩れとなった。ようやく味方の援護を得られる地点までき
て、助かったと思ったら、援護するはずの友軍が撤退し、その友軍が牽制して
いた敵の大軍が、攻めかかってきたのじゃから、さすがの佐久間も処置なしじ
ゃ。柴田さまの本陣からも、逃亡するものが続出した。そして、関白殿下の大
軍による追撃戦が始まった。柴田様の北陸軍が編成されてから十年近く、苦楽
をともにしてきた、戦友がみな死んだ。すべて、わしのせいじゃ。わしが、保
身を考えたからじゃ。わが軍は、無傷で府中に戻った。そして、関白殿下の軍
を迎える準備をした。すると、そこに十騎たらずの供を連れた柴田様が、飯を
食わせてくれと、あがりこんできた。」なんと、柴田は、前田様を面罵したの
じゃろうか。「柴田様は、わしの裏切りについては、何も言わなかった。わし
は、ここで関白殿下、この時はまだ関白ではないな、羽柴殿の軍を防ぎますの
で、北庄城で再挙を、というた。柴田様は、笑って何も答えなかった。ああ、
柴田様は、羽柴殿と和睦したいのじゃろうか、その仲介をわしにせよと考えて
おるのかな、と思うた。保身のみを考える臆病者の考えそうなことじゃが、現
に滝川も許されておることじゃし、仲が悪いと言っても、古き戦友同士じゃ、
助けたり助けられたり、してきた仲じゃ。それに北庄城には、お市の方様もお
られる。関白殿下も、柴田様の降伏を認めて、高野山に登らせることで、この
戦を収めてくださるのではないかと思うたのじゃ。わしは、柴田様に、思い切
って尋ねた」前田様は、ほんに正直なお人じゃのう「羽柴との和睦、わしが仲
介しましょうか、と。すると、柴田様は、またにっこり笑った。長い付き合い
じゃが、初めて見た、ほんに良い笑顔じゃった。そして、又左、わしはあまり
にも人を殺しすぎた、わしが生きながらえては、わしが殺した者ども、わしの
ために死んでくれた者どもに、申し訳が立たぬ。そなたは、羽柴と入魂じゃ、
これからは、羽柴を頼めというて下された。柴田様は、わしの心の中を知って
おったのじゃ」なんか、長年苦しめられ続けた敵将じゃったが、よい男じゃっ
たのじゃなあ。
249 :
日曜8時の名無しさん:2009/11/16(月) 23:12:14 ID:H/zKoVIe
第二十八話「前田利家」(15)
「翌日、関白殿下が大軍をひきつれて進軍してきた。わしは、柴田様の助命の
余地はないかと、尋ねた。関白殿下は、そなたが先鋒となれ、というて下され
た。わしは、一縷の望みをもって、北庄城に向かったが、結果は、そなたらも
承知しておる通りじゃ。柴田様は、お市の方様などを、ご自分で手にかけた後、
腹を十文字に切りはらわたを引きずり出して、ごろうじろと叫んで火の中に消
えた。後々の語り草となるご立派な最期じゃった。関白殿下は、柴田様の決心
を、初めからわかっておったのじゃが、わしの気持ちを忖度されて、わしに先
鋒を命じて、顛末を見せて、わしを納得させようとしたのじゃ。関白殿下のや
ることなすこと、寸分の無駄がない。そして関白殿下は、柴田軍のほかのもの
は許した。佐々もわしも許された。わしは思うた、関白殿下は、天下を平定さ
れるじゃろう。さすれば、古き頃より関白殿下の友であったわしも、安泰じゃ。
すると、わしは、怖くなってきたのじゃ。わしは、自分の領地を守り、せっか
く得た富貴の暮らしを守り、息子に継がせたいと、思うておった。そして、そ
れが現実のものとなった、すると何から何まで怖くなった。関白殿下の鼻息を
伺う、へつらいものになってしもうたのじゃ。本領安堵と加増の御礼のために
大坂にでむくことになったが、その間生きた心地がせなんだ。関白殿下に、三
女摩阿を側室にしていただいて、ほっとしたくらいじゃ。世間から見れば、関
白殿下の、わしに対するご厚情は、ゆるぎないものじゃ。わしは、羽柴筑前の
名前さえ頂いておる、四女の豪は、関白殿下にわが子同様に可愛がっていただ
いておる。それでも、こわいのじゃ。」戦乱の時代が終わり、平和への胎動が
はじまったのじゃな。みな、長い戦乱に飽いておる、そして安穏な暮らしを望
んでおる、それは前田様だけではなく、われらも同じじゃ。「城攻めでも、強
攻されれば、覚悟ができまするが、降伏勧告をされると、気持ちが迷いますな、
それと同じことじゃろうか」景勝が言う。利家、笑って「わしは、そなたらの
上洛のはなむけに、参考になる話をするつもりじゃったが、恥ずかしい話にな
ってしもうたのう」「いや、前田様のお心づかい、まごころ、われらの心に染
みました。今後とも、われらをよろしくお引き回しくださるようお願いいたし
まする」景勝、兼続、お辞儀をする。すると、「猿関白殿、待たれよ」と、叫
び声、「なんじゃ、まだ捕まえておらぬのか」利家、深いため息。「あの男の
格好、実はあれは、わしの若いころを、そっくり真似たものじゃ。柴田様が滅
びた後、今度は、関白殿下と、信雄さまと徳川の戦いが始まると、滝川一益は、
関白殿下に許されて、伊勢の戦線に投入された、しかし、敵中に孤立して、徳
川に降伏する羽目になった、今は、越前に蟄居しておる。滝川も、晩節を汚し
たのう。このことも、あの男をさらに屈折させたようじゃ。滝川に長いこと、
仕えており、そのことがあの男の誇りじゃったからのう。わしの若いころの様
子を、みなに聞きまわり、そっくりまねするようになったのじゃ。あの男は、
なんでも根をつめる男じゃ、槍さばきだけではなく、伊勢物語とか和歌とか、
わしはとんと暗いので、よくわからぬが、よく学んでおるようじゃ。」なんと、
変わっておるのう。「兼続と気が合いそうじゃな」景勝が言う。「兼続も、書
物に埋もれておるような男でございます」「そうか、直江殿、そなた、あの男
の話し相手になってくれぬか。お頼み申す。あの男は、若き頃のわしのまねを
することで、臆病者になったわしを批判・非難しておるのじゃ。わしは、その
ことが、よくわかる。しかし、あの男は、ふざけておるようで、よく世の中を
見ておる。そして、世に在り方に、不満を持っておる。潔く、男らしく生きた
いと思うておるのじゃ、わしも昔はそうじゃったから。」利家が、悲しそうな
顔をする。「浮世を生きていくことは、ままならぬことが多いのう」
250 :
日曜8時の名無しさん:2009/11/17(火) 22:17:36 ID:CH4G+bov
<反省会>
「さて」兼続、本編の利家のまねか、深いため息。「われらは、本当に上洛で
きるのでございましょうか」「なんじゃ、予定はどうなっておる」「今後、わ
れらは、敦賀で大谷吉継殿、佐和山城で堀秀政殿に会う予定となっております。
なんか、信玄公の西上作戦みたいになってきたぞ。われらは、いつになったら
上洛できるのじゃろう。今年中にたどりつけるのじゃろうか」「そうか」「あ
れ、お船殿、反応が薄いと思うたら、何を見ておるのですか」「利家とまつの
大河じゃ。その前に、わらわの出番じゃろ。次回はおまつさまと対決せねばな
らぬ。敵を知り、己を知るものじゃ」「なんと、京に着くのは、来年じゃな」
「何を、わけのわからぬことをいうておる。今は天正十四年五月じゃ。おまつ
さまというお方は、現実的な考えのお人のようじゃなあ。ところで、前田慶次
郎、ついに出ましたな。」「無理無理の設定ですな。しかし、前田様より年上
の甥なのに傾き者というのは不自然じゃろ、ということで、ひねくりまわして
ああなりました。筆者は、不勉強な男じゃから、花の慶次を実は見たことない
のでござる」「本当に大丈夫じゃろうか。とても心配じゃ」
「また来たぶー。歴史探偵伊達政宗参上じゃぶー」「なんと、この忙しいのに、
第一そなた出番なかったじゃろ」「ふん、仕返しに来たのじゃぶー。小十郎も
連れてきたぞぶー」「なんじゃ」「直江山城、そなた、米沢に移された回で、
上杉に財はないとかいうておったのう。それは嘘じゃぶー」「なんと、何を根
拠に」「藤沢先生の漆の実る国を読んだからじゃぶー。そなたたちは御囲金と
かいうて十数万両の軍用金をため込んでおったそうじゃのう。家臣どもには、
金が無い無いいうておったが、良心がとがめないのかぶー」「武士のたしなみ
じゃ。それに軍用金に手をつけるものが、どこの世界におるのじゃ」「ふん、
それはよい。その金の出所が問題じゃぶー」「それは、謙信公以来と、藤沢先
生も書いておろうが」「それも嘘じゃぶー。謙信公の御金は、そなたたちが御
館の乱のとき、武田などに撒いて無くなっておるはずじゃぶー。直江山城、そ
なた佐渡金山の代官をしておったのうぶー」「ドキ」「山城、白状せよ。金山
の上がりをくすねたのじゃろうぶー。大久保長安のようにぶー」「ドキドキっ
ていうはずないじゃろ。そのとおりじゃ。粉を浴びずに餅がつけるか」なぜか、
朝鮮のことわざを言う兼続。「おお、開き直ったかぶー」「そんなことより、
仙台侯。そなた、晩年はめちゃくちゃじゃのう。お前は酒乱か。旗本の頭を叩
いて、叩き返されておるそうじゃな。」「なぜ、それを知っておるのじゃぶー」
「細川忠興殿の手紙に書いてあるぞ」大河をチェックしていたお船も参戦する。
「わらわも江戸におったが、仙台侯のその噂は聞いておるぞ。かりにも大名が、
旗本に殴られるなぞ、とんだ恥さらしじゃ」「なんか、旗色悪くなってきたぶ
ー。そんなことより、お船とやら、わしの側室にならぬかぶー」「そなたには、
愛姫さまという美しい奥方がおられるではないか」「女はこわいぶー。嫁に来
た時は、後藤久美子じゃったのに、いつのまにか桜田淳子になっていたぶー。
びっくりしたぶー」「桜田淳子は、山口百恵と、人気を二分したほどの大スタ
ーじゃ。そなたの嫁にはもったいないお人じゃ」「ゴクミのままで、よかった
ぶー」「まだ子供じゃったから無理じゃ。太平記のゴクミはよかったのう」
いったい、伊達政宗、何しにきたのでしょうか。これほど、上洛に手間取るお
話が、かつてあったでしょうか。別に戦闘しているわけでもないのに、筆者は
これでも必死で先に進めようと思っておるのですが、手がついていきません。
いつもおつかれさまです。楽しく読ませていただいております。
大したことじゃありませんが、正宗の語尾について情報を。
おそらく米沢あたりの方言を参照されてると思いますが、
あれは「ぶー」ではなく「ずー」です。
正確に言うと、「ず」と「ざ」の中間ぐらいの発音です。
また、いつも「ずー」とのばすわけでなく、「〜ず。」と短く止めることも結構あります。
使用方法ですが、語尾につくおまけの部分(〜だ「よ」とか、〜だ「な」など)に使われる感じです。
(もちろん例外あり)
>>250で言うと、「(の)じゃ」や「ぞ」の部分に「ずー」が入ると思います。(短いバージョンも可)
252 :
日曜8時の名無しさん:2009/11/18(水) 23:23:19 ID:IAJaujmw
第二十九話「おまつ」(1)
一方、別室に控えていたお船のところに、侍女がやってきて、おまつのところ
に案内する。ふむふむ、兼続殿も仕事をしておるようじゃ。金沢城の奥へ案内
される間に、おまつに関する情報のおさらいをする。「ええと、天文十六年の
生まれというから、三十九歳くらいじゃな」実は、お船、算術は苦手である。
奥に通される。「上杉景勝が家臣直江山城の室、お船でございます。よろしく
お頼もうします」「おお、遠路はるばる御苦労さま。上杉さまのご家中に、直
江殿といわれる切れ者がおられることは、以前より知っておったが、奥方も、
なかなかの豪傑じゃな。その格好よく似合う」お船は、鎧こそ脱いでいるが、
男装のままである。「わらわも、幼き頃より弓や乗馬が好きじゃった。男に生
まれて、思うように生きてみたいと思うておった。そなたは、どうじゃ」
「同じでございまする」「女子はつまらぬ。どんなに知恵を巡らせ、亭主殿を
助けても、すべて亭主の功となる。内助の功といえば、それまでじゃが、女子
は甘く見られておる。つまらんのう」なんか、気が合いそうじゃ。「おまつさ
まは、北政所さまとも親しい間柄、関白殿下からも一目おかれておる女性と聞
いておりまする。ご謙遜が過ぎるのではござりませぬか。」「しかし、わが亭
主殿は、わらわの言うことを聞かぬ。佐々殿に攻められたときもそうじゃ。佐
々殿が、数多の勇士を召抱えておるのに、わが亭主殿は銭勘定のほうが大事で、
わらわが、われらも負けずに勇士を召抱えましょうぞ、というても、なんのか
んのと言うことをきかなんだ。とうとう、兵の少なさを侮られ、末森を攻めら
れる始末じゃ。わらわは、あんまり腹が立ったので、出陣する亭主殿の目の前
に、金袋を突き出し、これに戦うてもらえと言うてやったわ」なんと、まあ、
おまつさまは、わらわ以上の豪傑じゃ。「こたびの佐々殿との戦い、上杉の皆
様にご苦労をおかけしたが、もとは、わが亭主殿の吝嗇が原因じゃ。亭主殿が、
わらわの進言を聞き入れておれば、侮られることもなく、攻められることもな
かった。亭主殿は、目先の銭を惜しんだため、莫大な軍費を費やし、往生して
おるわ。はっきりいうが、わが亭主殿は、一騎駆けの勇士ではあるが、大軍を
臨機応変に運用するような才はない。昔は総見院様、今は関白殿下の御威光、
あっての男じゃ。」なかなか手厳しく、冷静なお方じゃ。しかし、わらわに前
田様の悪口を言ってどうするつもりなのじゃろう。
慶次の設定オリジナルなのか、すげえ
お船とおまつ怖すぎww
254 :
日曜8時の名無しさん:2009/11/20(金) 22:48:22 ID:7D6R7iAa
第二十九話「おまつ」(2)
「ウキキ」突然、部屋に子猿が入ってくる。なぜか、羽織を着せられており、
よく見ると、頭に冠を被せられている。子猿は、部屋中を走り回った後、なぜ
か、お船の膝の上にすわった。流石のお船も、ちょっと驚く。しかし、おまつ
は、全く動ぜず「そのまま、そのまま」とお船に言った後、侍女に「慶次郎殿
を呼んでまいれ」と命じた。慶次郎殿、誰じゃろう。お船が考えていると、
「こんなおかしな猿、慶次郎殿に関係していないはずがない」と、おまつが、
つぶやく。
「叔母上、何の御用でございますか。おお、猿関白殿、こんなところにおられ
たのですか。よかった、探しましたぞ。失礼いたしまする」と、子猿を確保し
ようとする。「その前に、お礼とご挨拶をなされよ。こちらのお方は、直江山
城殿の奥方じゃ」「おお、直江山城、そういえば先ほどお目にかかった、あの
美丈夫でござるかな」どこで、会ったのじゃろう。「それがしは、前田慶次郎
と申す、前田家中一の馬鹿者でござる。お見知りおきを」なんと、格好も行動
も口上も変じゃ。「どうして、私の膝の上に乗ったのでございましょう」お船
が尋ねる。わらわの色香に迷ったのかな、などと考えていると、慶次郎、鼻を
くんくん匂いを嗅ぎ、「わかった、それがしの日頃焚きしめておる香と、お船
殿がお使いの香の配合が、偶然似ておるようでございまする。猿関白殿は、あ
なたを、それがしと見間違えたようでございまする」なんと変な癖に、香など
焚きしめておるのか、風流なところもあるのじゃな。「慶次郎殿、その猿の芸、
上杉の皆様にお見せいたしたのか」おまつが尋ねる、「はい、しかし殿と上杉
様は、茶室で、密談をされておりましたので、お見せすることができませなん
だ。故に、茶室まで猿関白殿と、赴きましたところ、猿関白殿が逃亡、今の今
まで、探しまわっておった次第でござる。」なんと、兼続殿も度肝を抜かれた
であろう。それにしても、猿関白殿とは、笑えぬ芸じゃな。誰も、止めないの
じゃろうか、お船が考えていると、慶次郎、おまつに向かって「それにしても、
叔母上は、幾つになってもお美しい。」とお追従を言う。おまつ、すこしも動
ぜず「孫もできた婆に何を言う」と切り返す。すると、慶次郎の態度が急変す
る。ちょっと、ふざけた様子が消え、顔は真顔になり、眼には真剣な色が。
「おお、幸さま、無事出産されましたか」「一昨日のことじゃ。男の子じゃ」
「それは、本当にようござりました。これで、尾張前田家の復興も夢でなくな
りましたな。お喜びを申し上げます。それがしは、これで失礼いたしまする」
急変したままの丁寧な態度で、慶次郎が下がる。なんと、不思議な男じゃ。狐
につままれたような心境になるお船。馬鹿者かと思うたが、丁寧な態度もとれ
る。おまつが、笑いながら解説する「あの男は、前田慶次郎と申すもの。わが
亭主殿の兄上様の養子でございまする。あの男の変な格好、振る舞いには、さ
ぞ驚かれたでありましょう」「それにも驚きましたが、態度が急に変わったこ
とに、一番驚きました」「そうじゃったか。一昨日、わが長女幸に子供ができ
たことを聞いた慶次郎殿の態度が変わったのには、深い事情がありまする。慶
次郎殿は、もとは滝川の一族の生まれであり、望まれて、わが亭主の兄上様の
養子になったのじゃが、事情があって滝川一益様に長い間仕えておった。あの
男が前田家に仕官したのは、ほんの三年前のことじゃ。滝川様が、関東を失っ
て、伊勢に撤退した後じゃ。滝川様は、賎ヶ岳の戦いのとき、関白殿下と戦い、
敗れ降伏したが、小牧・長久手の戦いのときには、関白殿下に許され、伊勢に
出陣し、徳川や信雄さまと戦われた。しかし、尾張・蟹江城を略取したまでは、
よかったが、徳川に包囲され、関白殿下の援軍が間に合わず、降伏することに
なった。降伏するときに、調略した信雄方の武将の首を差し出すことを条件に
されたので、その武将、今の今まで共に籠城して戦っておった武将を討ち、首
を差し出し、命を助けられた。滝川様に討たれた武将は、前田種利と申す。わ
が前田家の本家筋の当主で、お幸の父に当たるお方じゃ。あの男は、自分が滝
川の出身じゃから、一益様の裏切りを苦にしておるのじゃ。ああ見えて、結構
繊細な男なのじゃ」利家が、ぼかして景勝・兼続に話した内容を、おまつ、詳
細に、お船に話す。なんと、確かに繊細なところもあるな。この話、後で兼続
殿と、校合せねばならぬな、お船、すばやく考える。
255 :
日曜8時の名無しさん:2009/11/22(日) 00:17:40 ID:8IKSiHXh
第二十九話「おまつ」(3)
お菓子とお茶が出てくる。「これは、こんへとるとか申す南蛮から来たお菓子
じゃ。食してみよ」お船、こわごわ食べる。おいしい!「これは堺で売ってお
るのですか」「気に入ったか。これは北政所さまから頂いたものじゃ。そなた
も北政所さまにお目にかかった時に、ねだればよい。あの御夫婦は、ひどく気
前がよい。」「関白殿下と北政所さまは、どのようなお方でござりまするか」
「わらわと北政所さまは、古い間柄じゃ。北政所さまの方が、五歳ほど年長な
ので姉様のようなお方じゃ。わらわは、前田の養女、北政所さまは、浅野の養
女、似た境遇じゃった故、気があった。わらわはいずれ利家殿の妻になるとい
う含みの養女じゃったがな。しかし、北政所さまが、当時はねねさまじゃが、
関白殿下のところへ嫁に行くと打ち明けられた時は、驚いたぞ。なにしろ、総
見院様お気に入りとはいえ、身分が違いすぎる、ねねさまはれっきとした武家
の娘、それなのに関白殿下、当時は藤吉郎殿じゃが、藤吉郎殿は、上様の轡取
り程度の小者じゃ。わらわは、まだ子供じゃったが故、藤吉郎殿の偉さが分か
らなかったのじゃな。」そんな古き頃より、お知り合いなのか。「関白殿下の
偉さとは、どのようなところにあるのでございましょう」お船が聞く。「ひと
言でいえば、構想力じゃな。ねねさまが結婚して、三年ほどして、わらわも利
家殿と結婚した。利家殿は、総見院様の馬廻りとして、順調に出世した。怒り
に任せて、総見院様のお気に入りの坊主を斬って、勘当されたのは余分じゃっ
たが、二年ぐらいして許された、そのことを勘案しても、まあまあ、順調な出
世といえよう。しかし、藤吉郎殿の出世は、眼もくらむような速さじゃった。
利家殿が帰参を許された頃には、一手の大将になっておったし、上洛の頃には、
重臣になっておった。わが夫婦は、関白殿下御夫婦に、いろいろ助けていただ
いておったが、実は、わが亭主殿もわらわも、嫉妬し羨望した。わが亭主殿は、
戦場で兜首を挙げることしか考えておらぬ男で、どうして藤吉郎は、戦功もな
いのに出世するのじゃろう不思議じゃと、不平をもらしておったが、わらわは、
藤吉郎殿のことを、だんだん恐ろしいお人と思うようになった」なんと、怖い
人なのか。「考えてもみよ、人には、その人にあった分というものがある。身
分が低き時は、光輝いたお方も、その功績を認められ、上の役職に引き上げら
れると、案外使えぬということが多いものじゃ。その役に相応しい器量がない
せいじゃ。関白殿下は、上様の小者から、最終的には数カ国の軍勢を率いる大
将にまで、総見院様に、とりたてられた。これほど、短い間に、これほど、出
世したお方は、開闢以来、前代未聞じゃろう。しかし、関白殿下は、どんな大
きなお役目を申しつけられても、どれだけ地位が上がっても、余裕でこなして
いった。関白殿下のことを嫌っておった佐々殿などは、成り上がりの追従者が、
いずれ馬脚をあらわし、大きなしくじりをするであろうと言うておられたが、
そんなことはなかった。なぜじゃろう、とわらわは考えた。関白殿下にあって
われらに無いものは、何じゃろうと考えた。」なに?「それは、物事を成し遂
げていく力じゃ。あのお方は、いつも一所懸命で、優しく下々のものに慕われ
た。そのことも、出世の大きな力になったが、一番の長所は、企画力というか、
構想力じゃな。ほれ、関白殿下が、武将として名声を確立した、中国の城攻め
も、渇泣かし、水攻めなど、誰も思いつきそうで思いつかないことじゃ。万一、
思いついても、実行することは凡人にはできぬ。わが亭主殿などは、逆立ちし
ても、発想さえ浮かばぬであろう。商人を派遣して、城の米を売らせておいて
水も漏らさぬような、大包囲陣を築く。あるいは、水攻めで、城を水没させる。
こんなこと、着想から実行まで、天才のみが、なせる業じゃ。そなた、なぜ、
四国の長曾我部が、あれほど短期間に降伏したか、知っておるか。長曾我部は、
間の悪殿下の攻撃を、総見院様の四国攻めと同じものと考え、阿波に全軍を集
中させておったが、関白殿下は、その裏をかいて、宇喜多・毛利を動員して、
讃岐・伊予を攻めさせた。わらわが言う構想力とは、こういうことじゃ。誰で
も出来そうで、実はできないことじゃ」ふむ、おまつさまは、軍事にも詳しい
ようじゃ。
256 :
日曜8時の名無しさん:2009/11/22(日) 23:07:29 ID:8IKSiHXh
第二十九話「おまつ」(4)
「北政所さまは、どのようなお方でござりまするか」この機会に、聞けるだけ
のことを聞いておこう。沈着冷静なおまつさま、急にせきこんだように、早口
になる。「北政所さまも、関白殿下と同じく、わらわなど、及びもつかぬお方
じゃ。なんというか、覚悟の座ったお方じゃ。人間は立身すると、どうしても
守りに入るものじゃ。わが亭主殿など、いまや完全に守りの人じゃ。ところが
関白殿下は、小成に甘んずるお方ではなかった。そして、その関白殿下を支え
励まし協力してこられたのが、北政所さまじゃ。男に羽をつけ、天かける龍に
するおなごがおるのじゃ、世の中には。若年のころの関白殿下は、調略・諜報
が得手でござったから、金がいくらあっても足りぬ、いつも家計は火の車じゃ。
しかし、北政所さまは、みずから金策に走り回って、協力されておった。わら
わのところにも、何度もお金を借りに来たから、よく知っておる。そして、関
白殿下を、いつも励ましておられた。そなたは、もっと大きな仕事をされるお
方じゃ、もっとできる、きっとできる、と。あるいは関白殿下は、北政所さま
の励ましを道しるべに、がんばってこられたのかもしれぬ。わらわは、親しく
させていただいておったから、すべて見てきた」ここで、おまつが苦笑いする。
「わらわも、少し反省して、亭主殿を励ましてやったことがある。ちょうど、
長篠の戦いに出陣する時じゃった。最強武田軍との決戦じゃたから、亭主殿も、
いつになく緊張されておった。そなたなら、きっとできる、と北政所さまのま
ねをしてみた。すると、わが亭主殿、鉄砲隊の指揮官であったにも、かかわら
ず、敗走する武田軍を深追いして、足を斬られ、命を取られかねぬ深手を負う
始末じゃ。村井に助けてもらうて、命からがら、戻ってきた。張り切りすぎじ
ゃ」やっぱり、冷静じゃ、おまつさまは。「わが亭主殿は、若き頃は、常に敵
の豪傑と格闘するようなお人じゃったから、いつ命を取られるか、気が気では
なかった。冷静を装っていたが、心中は、いつも不安じゃった。亭主殿が死ん
だら、子供が何人もいるのに、どうすればよいのか、心配しておった。じゃか
ら、亭主殿には、気をつけよとか、あまり張り切るなと、よく言うた。北政所
さまとは、逆じゃ。わらわは、男の羽をむしるおなごじゃったかもしれぬのう」
わらわも兼続殿を励ましてやらねばならぬのかのう、いつになく反省するお船。
257 :
日曜8時の名無しさん:2009/11/24(火) 23:26:24 ID:66igFmQg
第二十九話「おまつ」(5)
「石田殿をどう思われますか」わらわも少し仕事をしよう。「石田治部少輔の
ことか。なにか、腹の立つことでもあったか」おまつさまは、なんでもお見通
しなのじゃろうか。「いいえ、とんでもございませぬ。石田殿には、上杉の取
り次ぎをしていただいており、直江も懇意にさせていただいております。」「
石田のことは、北政所さまより聞かされておる。北政所さまは、石田治部は、
目から鼻に抜ける才子じゃが、ものごとをまじめに考えすぎるところがある。
関白殿下の取り次ぎ役として、情に流されてはならぬと思い定めておるようじ
ゃ。ゆえに、人の気持ちを忖度しないように見えることがある。損な性分じゃ
と、いうておられた。そなたたちも、腹の立つことをされたのか」一門のもの
を調略されたとも言えぬのう。「こうも言うておられた。関白殿下の機嫌に関
係なく、諫言できるのは、石田だけじゃとも。石田に勇気があるということじ
ゃが、関白殿下も、それだけ石田のことを買っておるということじゃろう。石
田には経綸の才があるようじゃ。懇意にしておるならば、そのきずなを強める
ことが上杉のためじゃと思うが。あの男は、誤解を受けやすいが、これから、
関白殿下の政権の中枢を担う一人であることに間違いない」ここで、おまつさ
ま、少し、不気味な笑い「しかし、石田のような関白殿下の子飼いと、われら
外様のものの利害は、根本的には対立することが多い。いずれ、そなたらも、
わかるであろう。上杉の家を守っていくためには、距離の取り方が大事じゃな」
なんと、この氷のような冷静さが家を守っていく秘訣なのじゃろうか。世の中
には、計り知れないようなお方がおる。前田の家は利家様の武勇だけで持って
いるのではないな。わらわも、冷静に物事をみていかねばならぬのう、お船、
道中の疲れがどっと出たような気持ちになる。
258 :
日曜8時の名無しさん:2009/11/25(水) 22:36:41 ID:mPQAbeSR
<反省会>
「え、もうすんじゃったの」「はい、終わりました」「あれれ、最初の構想で
は、石田の調略のことを、おまつさまに訴えるはずじゃったのに」「ああ、本
編のことでございますか。筆者、おまつさまの性格をつかめず、わけがわから
なくなったようです。そんなことより、大河ドラマ、終わってしまいました」
「そうらしいのう。再放送も坂の上の雲の番宣になっているようじゃ。そなた
が、茶碗を持ったまま、こときれていたので、わらわは、茶碗を確保し、代り
に、紅葉を載せてやったぞ。もっとも、そなたが死んだのは旧暦で十二月、現
在の一月じゃから、どう考えても紅葉はないがな。」「うむむ、最後の最後ま
で」「言いたいことは、山ほどあるが、言わないのが、上杉の家風じゃ」
「幼齢より公に近侍すれば、なおもって愁嘆あげて計るべからず」(「上杉家
年譜」)「そなたの死を知った景勝公は、大変嘆き悲しんだようじゃな。幼き
頃より死ぬまで約五十五年間お仕えして、最後の最後まで、信頼され続けた、
そなたの人生は、幸福なものじゃったな」「そうです。もし景勝公が、先に亡
くなっておったら、石田になっておりましたな」「そうじゃ、二代藩主様の信
任のあつい、わらわの独裁体制のもとで、逼塞を余儀なくされたであろう」「
エ、それでは、今とあまり変わらないのでは」「しかし、これほど信頼され続
けた家臣がおるじゃろうか。諸葛武侯なみじゃ。いや、武侯以上じゃな。」「
それがしに武侯ほどの力量があったとは思えませぬが、恩遇は、確かに武侯以
上ですな」「奇跡のように素晴らしい主従関係じゃ。実は、筆者は、ここが一
番好きなところらしいぞ」「ブッキーもよく頑張っておりましたな。筆者は、
カバチタレ・ランチの女王・どろろくらいしか知らぬのじゃが」「どうも、原
作・脚本・演出で、混乱があるようじゃ。後、初音殿は、初芽殿になってしま
ったのう」「筆者、遅まきながら花の慶次のいくさ人読本というのを、見たの
じゃが、原作者のインタビューが載っておって、二冊で出された原作を、三冊
に書き足すと書いてあった。その三冊バージョンは、出版されておるのじゃろ
うか。」「最後、連載の関係か、ものすごい駆け足で終わっておりますから、
書き足されたかもしれませぬ」「筆者は、今の今まで知らなかったぞ」「最後
は、幻視体験みたいな終わり方じゃったから、読後感は、××じゃった」「し
かし、この大河が入り口となって、歴史に興味を持つ人もおられるかもしれぬ。
もって、瞑すべしじゃ」「風林火山の謙信公がよかったから、期待しすぎたな」
「われらは、まだ天正十四年五月、上洛の途上じゃ。日露戦争がはじまっても、
龍馬が活躍しても、関係ない。わらわの独裁体制が完成するまで、先は長いぞ」
「大谷殿は、この時点では、敦賀の代官ではないようです。ゆえに、次回は、
堀秀政殿に会います」「いちいち、会わねば、ならぬのか」「名人久太郎です
から」「意味がわからぬが、なにやら気が遠くなりそうじゃ」「筆者に言わせ
れば、油小路の戦いの、藤堂平助のようなもので、書けば書くほど、死地に赴
くようなものじゃ、そうです」「うむむ、生意気な。藤堂は北辰一刀流免許皆
伝じゃろう。筆者は、ど素人のくせに、自分を何さまじゃと思うておるのじゃ
ろう」「新撰組といえば、筆者、週刊文春を定期購読して、浅田先生の連載を
かきついて読んでおるようでございます」「そうじゃろ、本編を読んでいると、
斎藤一の語り口にとてもよく似ておるところがある」「筆者、文藝春秋の、三
国志も読んでおりますが、昨今の歴史小説の資料主義というか、なんというか
大変苦労された漢文書き下しみたいなものを小説といえるのじゃろうか、と不
遜な感想を持ったようでございます」「うむ、池波先生のように、豪快に、歴
史辞典を引用することが許される時代ではないことは、承知しておるがのう」
ストップ。これ以上は。
テレビの天地人は終わったが、こっちは100話目指して頑張れ
この板があったから直江嫌いにならずに済んだし、興味も持てたよ
敵側も悪人にせずフォローしてて凄いと思うわ…たまにクドいけどw
これからも楽しみにしてます
ここの兼続の景勝への忠誠っぷりはいいもんなぁ。
きっと主従の描写にはこだわって書かれてるんでしょうね。
これからも楽しみにしてますよー。
262 :
日曜8時の名無しさん:2009/11/26(木) 23:29:59 ID:hAxG4w3h
第三十話「堀秀政」(1)
上杉軍四千、北国街道沿いの各地の大名の歓待を受けながら、近江に入る。兼
続、景勝に話しかける。「食糧・馬糧も、各宿場に充分集積されております。
まことに至れり尽くせりでございますな。関白殿下の威令も、すみずみまでい
き届いておるようでございます」「謙信公の上洛も、こんなようなものであっ
たのかのう」おお、お館さま、謙信公のことをお考えとは、本庄も連れてくれ
ばよかったかな。「永禄二年の謙信公の上洛の際も、朝倉・浅井・六角などの
大名が、歓待したようでございまする。将軍様のお召しじゃったから」それに
謙信公は、筋目を重んじるお方じゃから、他人の領土に対する野心など毛頭な
いから、朝倉なども安心して歓待したじゃろう。そこが、信玄公との違いじゃ。
しかし、何から何まで違うお二人じゃな。兼続、ひとり考えていると、そこに
お船がやってくる。「石田殿は、どうなったのじゃ」おお、そういえば、あい
つは、同道するとかいうておったのに、まだ合流しておらぬ。何をたくらんで
おるのじゃろう。上条を先に京に連れて行って、われらを陥れるつもりなのじ
ゃろうか。天気はよく、琵琶湖の景色に歓声をあげる家中のものども、ひとり
うかない兼続。
263 :
日曜8時の名無しさん:2009/11/27(金) 23:20:53 ID:6BAABAUa
第三十話「堀秀政」(2)
「それがしは、堀秀政が家臣、堀直政でござる。主人がみなさまをお待ちして
おります。ぜひぜひ、お立ち寄りくださいませ」「丁寧なご挨拶、痛み入りま
す。せっかくのおさそい、喜んでお受けいたしまする」兼続が、答える。佐和
山城に、景勝をはじめ兼続など、上杉の重臣たちが招かれる。そこに、石田も
合流する。「遅くなりました。ご無礼いたしました」堀秀政、石田と景勝・兼
続を茶室にいざなう。「狭いのが難でござるが、打ち明け話には、もってこい
の場所でござる」前田様も、いうておったが、茶湯がはやっておるのじゃな。
「こたびの上杉様の上洛、天下静謐のための大きな礎となることでございまし
ょう。われらも大変うれしく思っております」堀秀政、温和な風情で、話す。
「ところで堀殿は、こたびの関白殿下のなさりよう、いかがお考えか」突如、
石田が問う。「上杉様の前で、話すことではないじゃろう」「かわまぬ。上杉
様は、関白殿下に東国の取り次ぎを任されるほど信頼されておる。われらの内
情も知ってもらわねばならぬ」緊張する兼続、相槌をうつだけで命取りになる
かも知れぬ。言質をとられてはならぬ。「徳川は、朝日姫さまが、御輿入れし
たにもかかわらず、上洛を承諾せぬようじゃ。思うた通り、徳川をつけあがら
せるだけじゃったわ。関白殿下は、なにゆえここまで、徳川に気を使われるの
じゃろう」「徳川の兵は強い、北条との同盟もある。長期戦になれば、何がお
こるかわからぬではないか。」やんわりと秀政が返す。「天下人が、地方の大
名に、膝を屈する。関白殿下は、ご自分の度量の大きさを示したつもりじゃろ
うが、相手はそうはとっておらぬ。逆に増長しておるわ。ここにおられる、上
杉さまにも協力していただいて、徳川・北条を攻撃する態勢を整えるべきでは
ないか。そなたからも、関白殿下に、諫言して下されぬか」「やるかやらぬか
は別にして、関白殿下は、それくらいのことをお考えじゃと思う。それに、戦
は、しなくてすむのならば、しないにこしたことはない」なんと、千軍万馬の
勇将じゃと思うておったのに。「わしは、総見院様に小姓の時からお仕えし、
大名にまで取り立てていただいたものじゃ。総見院様の武略をもって、天下平
定がならず、中途に挫折されたのは、なぜじゃと思う」ふむふむ、信長公の寵
臣と秀吉公の寵臣の対決じゃ。見ものじゃ。なるべく、余計なことは言わない
ようにしよう。しかし、こんなとき、無口なお館さまは安心できるな。
264 :
日曜8時の名無しさん:2009/11/29(日) 16:25:32 ID:9hhXlXZh
第三十話「堀秀政」(3)
「それは、この城の前の持ち主が謀反を起こしたからじゃろう。そういえば、
堀殿は、こんど北庄城に移封されることになったのではないか」「そうじゃ、
戦の後始末をさせられてばかりじゃ」「佐和山城も北庄城も攻め込まれ、落城
した。領民どもの難儀も計り知れぬ。その後始末は、堀殿にしかできぬと、関
白殿に見込まれておるのじゃろう」「わしは関白殿下に、買いかぶられておる」
「なんの、そなたは、総見院様から馬廻り衆の総指揮を任されたほどのお方。
関白殿下も、わが片腕と頼みに思われておるほどのお方じゃ。なにとぞ、諫言
してくだされ」「そなた、総見院様の武略をもってしても、天下平定がならず、
中途に挫折したのは、なぜじゃと思う」「じゃから、明智が謀反を起こしたか
らじゃ。もう答えた」石田が苛立つ。「総見院様は、謀反に苦しめられた。そ
の始まりは、浅井長政の謀反じゃ」浅井の敵対を謀反というてよいのじゃろう
か。「総見院様が、浅井に諮らず朝倉を独断で攻めたことが、浅井の謀反を引
き起こした。その後、将軍様の画策もあって、武田を中心とする包囲網が形成
された。各地で一揆も蜂起し、鎮圧に奔走せしめられた。武田信玄が病没せね
ば、天下はどうなっておったか、分からぬような有り様になった。総見院様も
人間不信になり、ついには明智の謀反を招来することになった。」「何が言い
たいのじゃ」石田、さらに苛立つ。堀秀政、石田の不満に素知らぬ顔で、にっ
こり笑って話を続ける。「一見盤石なように見えても、天下政権というものは
精巧な積み木細工のようなものじゃ。関白殿下の政権も同じじゃ。関白殿下の
器量によって、覆い隠されておるがのう。考えてもみよ、関白殿下の臣下は、
福島など尾張衆、そなたなど近江衆、宇喜多など中国衆と、われら総見院様の
旧臣の連合じゃ。もとの身分も、中間まがいのものから、国主までさまざまじ
ゃ。さまざまな不平不満も、渦巻いておるじゃろう。敵につけいられる隙もな
いではない。小さな波紋が、大きな波乱をよばぬとも限らぬ。関白殿下は、そ
のことを深くお考えになって、徳川との融和政策をとられておるのじゃ。わし
も、関白殿下のお考えは、正しいと思う。」堀秀政殿は、ひやりとするような
ことを言われるお方じゃな。「その程度のことは、わしも分かっておる。しか
し、膝を屈したままで、徳川を政権に迎えることが、後々の禍根になるのでは
ないかと考えておるのじゃ」「流石じゃな、石田殿は考えが深い。石田殿が、
関白殿下のおそばにおられる限り、関白殿下の政権も安泰じゃ」堀秀政、あっ
さり、かわす。ここまで、静かに聞いていた景勝、津々たる興味をもって、堀
秀政に尋ねる。「長久手の戦は、どのようなものだったのでございますか」
「それがしは敗軍の将でござる」景勝と堀秀政の話が始まった。石田が、兼続
に目配せをする。二人だけの話があるようじゃな。
265 :
日曜8時の名無しさん:2009/11/29(日) 21:21:49 ID:9hhXlXZh
第三十話「堀秀政」(4)
これ以上狭い部屋といえば、雪隠じゃろうか。ちょっと、おかしなことを考え
る兼続を、天守閣にいざなう石田。「そなたは、堀殿をどう思う」「一言で言
えば、明哲なお方じゃな」「明哲なあまり明哲保身の術を心得たお方じゃ。」
「それは、いいすぎじゃろう」「考えてみよ、長久手の戦いでも、秀次さまの
軍勢を蹴散らして、追撃してきた徳川軍を迎撃して、打ち破ったのはよいが、
そのまま撤退しておる。このため、池田・森勢は、敵中に孤立して全滅じゃ」
「秀次さまは、別働隊の大将、お守りするために撤退する判断は間違いではな
いと思うが。それに、戦場では真偽とりまぜた、さまざまな情報が入ってくる。
正しい判断をすることは難しいものじゃ。それを後で批評しても始まらぬぞ」
ちょっと、横柄な口をきく兼続。上条のことが、ひっかかっている。「堀秀政
殿は、関白殿下の天下取りの立役者じゃ。本能寺の時は、総見院様直率の増援
部隊の先ぶれとして、われらの陣に上使として参っておったから、難を逃れた。
われらが、中国大返しと称する強行軍で、とってかえし、明智を打ち破れたの
も、堀殿が増援部隊のために集積しておった馬糧・食糧などを、融通して下さ
ったからじゃ。清州会議でも、関白殿下の後押しをして下さった、関白殿下も
わが片腕と頼みに思い、羽柴の名を与え同名に編成し、この枢要の地を与えら
れた。この景色を見よ」なるほど、北国街道と中仙道がまじわる、まことに天
下枢要の地じゃ。それにしても景色のよいところじゃな。「しかし、堀殿の関
白殿下に対する忠義は、わしには物足りぬものがある」ちょっと、可笑しくな
る兼続。「それは無理な話じゃ。堀殿は総見院様の小姓じゃったお方じゃ。総
見院様に対する忠義と、関白殿下に対する忠義を、同列には論ずることはでき
まい」石田、苦い顔をする。「しかし、関白殿下の器量は広大無辺、天下を治
めるに何の不足があろう。徳川も、近いうちに上洛するであろう。あまり、気
をもむと、はげるぞ」ちょっと、冗談をいう兼続。「わしも、いずれ徳川が臣
従することはわかっておる。しかし譲歩しすぎじゃと言うておるのじゃ。それ
で、ものは相談じゃが、真田を動かしてもらいたい」なんと、「というても、
われらも上洛しておるし、大戦になれば、対応できぬが」「なれば勿怪の幸い、
すべての軍勢を動員して、今度こそ、攻めつぶすことができる」「真田は、放
っておいても、ちびちび領地をかすめ取っておる。佐久郡に手を伸ばしかけて
おる。おう!そうじゃ」閃いた兼続、「真田の次子の幸村というもの、こたび
お館さまの近習として、上洛軍に同行しておる。後で、そなたに紹介する。連
絡役とすればよい」「流石、直江。準備万端怠りなしじゃな」徳川を攻めつぶ
すことに、全く異論はないが、関白殿下の和平工作が着々と進行しておる段階
で、真田を動かせば、真田は、関白殿下からも身捨てられる可能性もある。石
田は、何とも思わぬじゃろうが、剣呑じゃな。
こんな天地人が見たかった
・兼続が主家の為にあえて汚れ仕事を行う天地人
・でも私服は肥やさない綺麗な黒幕な兼続が主役の天地人
・兼続が同僚には嫌われ戦は下手でも、内政面・文化面で比類の無い功績を挙げる天地人
・兼続が五大老五奉行制度とか秀忠指南とかどうでもいいところにはでしゃばらない天地人
・御館の乱がきっちり描かれてる天地人
・慶長出羽合戦がきっちり描かれている天地人
・初音が出ない天地人
・やわい役者に合わせて鎧を軽くするのではなく、鎧を着用できるように役者が体を作る天地人
・遠山がちゃんと死ぬ天地人
・家康がラスボスにふさわしい威厳のある天地人
愛とか義とか言ってても良いとは思うんだ。戦はいけないっと言っててても良いとは思うんだ。
あの時代、生き抜くためには、付く相手を変えたり日和見するのは不道徳ではなく常識だ。
いやでも戦いに巻き込まれ、勝ったり負けたり、周囲の者も亡くなったりする。
そんな理想と現実の狭間で、あえぎ苦しみ、何とかしようとする苦悩が描けていれば…。
268 :
日曜8時の名無しさん:2009/12/02(水) 22:34:33 ID:ihCaruWK
第三十話「堀秀政」(5)
琵琶湖から吹く風が、心地よい。「おお、ここにおられたのですか。探しまし
たぞ。石田さま、大谷さまが到着されました。お会いしたいと申されておりま
する」堀の家臣が、石田を呼びに来た。「そうか、直江、そなたにも会わせた
い。ついて参れ」歩きながら、石田が話す。「大谷は、わしの小姓時代からの
古き朋輩じゃ。なかなか使える男じゃ。賤ヶ岳の戦いのときも長浜城を調略し
無血開城させるという大功をたてておる。関白殿下の信頼も厚く、いずれ敦賀
の代官になるはずじゃ」敦賀の代官、つまりは日本海の交易を差配するお役目
につかれるお方か。ぜひとも、お会いせねばなるまい。昵懇に願いたいお方じ
ゃ。「わしは、堺の奉行になる予定じゃ」聞いてないのに。流石、関白殿下の
腹心。やはり仲良くしてもらわねばならぬ、お方じゃ。先ほどの、ちょっと横
柄な受け答えを反省する兼続。しかし、石田が堺の奉行になるということは、
九州征討の準備のためじゃろうか、いろいろ探らねばならぬのう。「大谷、久
しぶりじゃ。こちらは、直江山城、用意周到な男じゃ。そなたに会わせたくて
連れてまいった」「大谷刑部でござる。御噂は、石田より聞いております。以
後、昵懇にお願いいたします」こちらこそ、と兼続が言おうとすると、石田、
「ところで首尾は如何」石田、お前は、ほんに性急な男じゃのう。大谷、慣れ
ているのか、余計なことを言わず、本題に入る。「さる五月十四日、朝日姫様、
徳川殿とつつがなく結納の儀を執り行われた」「大谷は、朝日姫様に随行して、
いま戻ってきたところじゃ」石田が教えてくれる。「それで徳川家中の様子は
どうじゃ」「われらに対しては、いたって鄭重な対応じゃった。しかし、家康
殿の上洛については、家臣の大半のものが反対しておるようじゃ。」「やはり
そうか。徳川は、長久手の勝利を、われらに高く売りつけようと、売り時を測
っておるのじゃろう」「いや、どうも、仕物にかけられることを心配しておる
ようじゃが」「いや、徳川は、長久手の勝利で膨らんだ自分の虚像を、関白殿
下と世間に強く印象付けようと画策しておるのじゃ。食えぬ男じゃ」「深読み
しすぎではないか」「わしは、徳川に勝たせたまま、こちらが譲歩して臣従さ
せるのは、先々大きな禍根になると思う。ゆえに、直江に真田を動かすように
頼んだ。直江は、真田の次子を連れてきておるそうじゃ。連絡役になってもら
おうと思っておる。そなたも、いろいろ忙しいじゃろうが、この件、そなたが
担当してくれぬか」「承知した。で、真田殿の息子殿は、どこにおられるのじ
ゃ」おお、話がてきぱき進むので、ぼうっとなってしもうた。「ここに呼んで
まいりましょうか」兼続が聞く。「お願いいたす」兼続、堀の家臣に呼んでく
るよう頼む。「そういえば、上条殿には往生したぞ。」おお、石田、白状する
気になったか。「どうも、そなたに仕物にかけられることを恐れておるようじ
ゃ。直江は、幼き者も殺す冷酷な男じゃと言うておったぞ」なんと、道満丸様
を、それがしが殺したことになっておるのか。まあ、別にかまわんが。「上条
さまは、謙信公のご養子、お館さまの姉様の婿でございます。われらが、手を
だすことは、ござらぬ」探索のためにつけた細作を刺客と思うたかもしれぬ。
上条さまも、謙信公に従い戦い続けた百戦錬磨のお方じゃったが、すべてを捨
てたためか、気が弱くなっておるのじゃろうか。「それを聞いて、安心した。
上条殿のことは、心配いらぬ。そなたのやりやすいようになったじゃろう」恩
を着せるのか、石田。わしは、そなたのことを全部信用しておるわけではない
ぞ。表情・態度と、心の中が違う兼続、ちょっと疲れる。
269 :
日曜8時の名無しさん:2009/12/03(木) 08:02:33 ID:hC779MjE
この作品、なんかの賞がとれるんじゃね?
2009年 日本ラズベリー賞 ドラマ部門
最低作品賞 天地人 (2009年 NHK大河ドラマ)
最低男優賞
最低女優賞
最低助演男優賞
最低助演女優賞
最低監督賞
最低脚本賞 小松江里子 (2009年 NHK大河ドラマ)
最低リメイク及び続編賞
最低功績賞
271 :
日曜8時の名無しさん:2009/12/04(金) 23:37:53 ID:/MVaNRyK
第三十話「堀秀政」(6)
その夜の上杉軍陣所、景勝と直江夫婦が密談をしている。「なんと、大谷殿は
幸村をもらいうけたいというておるのか」「はい、連絡役として貰いたいとの
おおせでございました」「しかし、連絡役というても、われらの助力なしに幸
村ひとりで大丈夫か」お船が口をはさむ「幸村殿には、武田の諸国御使番衆の
頭目じゃった者が同行しております。全く心配ないものと思われまする」お館
さまは、幸村殿のことを気に入っておるから手放したくないのじゃろうが、こ
こは、大谷殿の申し出に乗るべきじゃな。「真田が南進し、徳川と再戦するこ
とになれば、北条・徳川の連合軍と、やりあうことになります。真田も、相当
な覚悟が必要かと思われまする。やはり、関白殿下に人質を出しておる方が、
真田も決心しやすいのではありますまいか」「それに」お船が、また口をはさ
む。「武田の再興を志しておる真田殿が、いつまでも上杉の下風におるとも思
えませぬ」武田の再興、あの男が、それほど純情とも思えぬが、お船殿は、何
かつかんでおるのじゃろうか。「幸村は、大谷殿が面倒をみることになるのじ
ゃろうか」「最終的には、関白殿下の膝下で、さまざまなことを学ぶことにな
るかと思われます」「うむむ、そうか、それならば仕方ないな。残念じゃが、
幸村の将来を考えれば、天下人のそばで、見聞を広めた方がよいじゃろう。」
お館さまは、本当に幸村殿のことを気に入っておられたのじゃな、そこまで、
お考えとは。「ところで、堀秀政殿とのお話は、どのようなものでございまし
たか」「堀殿に、謙信公が亡くなった時、どんなお気持じゃったか、聞かれた。
まさか、信じられぬという心持じゃったと答えたら、それがしも同様でござる
と言われた。本能寺で、信長公とその馬廻り衆が、亡くなったことが、いまだ
に信じられぬと言われた。信長公の理想を受け継ぐものとして、関白殿下に従
っておるが、自分は、いつまでも総見院様の家臣でござるともいわれた。どう
も織田家に対して、特別な気持ちがあるようじゃ。それゆえ、信雄様と和睦が
なったこと内心ほっとしておると言われておった。」「やはり、小牧・長久手
の戦いは、堀殿にとって葛藤のあるものじゃったようでございますね」「うむ、
それに徳川殿に対しても、好意的じゃった。徳川殿は、総見院様に対する忠義
の延長線上で信雄様に助力されたのじゃから、その進退一点の曇りもないと言
われた。徳川殿は、織田家の家臣に高く評価されておるようじゃ。関白殿下が
お妹様を差し出してまで、和睦せんとしておるのは、織田家の家臣が堀殿のよ
うな心境であることを見抜いておるからじゃろう」「さすれば、再戦しようと
工作する石田の策謀は無理筋なのじゃろうか」またお船が口を出す。「いや、
そうともばかり言えますまい。九州征討が日程に登っておる現在、再戦工作は
徳川を牽制する策略として必要なのかもしれませぬ」まったく、どこまでも、
腹の底が見えぬ、何も考えずに、従っておったら、将棋の駒のように使われる
だけじゃ。本当に、恐ろしいのう。「われらは、どうするべきじゃと思う」景
勝が尋ねる。「堺・尼崎や、西国に細作を派遣して、九州征討の準備がどれほ
ど進んでおるか、調査する必要がありまする。自分で、調べ、自分で、考えね
ば、相手は天下を動かす切れ者、とても対抗することはできませぬ」なにやら、
上洛、気が重くなってきたな、三人とも心の中で同じことを考える。
272 :
日曜8時の名無しさん:2009/12/08(火) 23:51:15 ID:tIp5/Jqd
<反省会>
「ついにやらかしましたな」「調子に乗って、小説家の先生方を批判しておっ
た罰じゃな」「なぜ、このような間違いをするのでしょう」「うむ、今回ばか
りは、見過ごすわけにはいかんのう。」「筆者、佐和山城を明智の居城と勘違
いしました。正しくは、坂本城でございます。佐和山城は丹羽長秀殿の居城で
ござった」「他にもあるじゃろう。長久手の戦いで北政所さまのお父上が戦死
したと間違っておる。本の題名も間違っておる、戦争の日本史じゃ。筆者は、
生まれつき粗忽な男じゃから、これからもたくさん間違うじゃろう。われらの
責任重大じゃ。最後の砦じゃからのう。」「最後の砦も間違って、収拾がつか
なくなっておるケースもありまするな」「うむ、基本的なことを間違えると、
信用がなくなる。気をつけねばならぬ」「どうせ、明智のことを、山のように
書く気満々じゃったのじゃろう」「いずれ、どこかに書くつもりなのでしょう」
「昔、筆者が、院生だったころ、田中正俊先生というものすごく偉い先生の講
義を受けたことがあるのじゃが、この先生の授業は、全然先に進まなかったの
じゃ。最初に、四、五枚のプリントを配って、一年間ほとんど、これを読んで
おられた。きっと、論文の推敲をされておったのじゃろうが、最初にもどるこ
となど朝飯前じゃ、何回も同じ話をされた。ものすごく大事な話じゃったろう
が、筆者にとっては、馬の耳に念仏で、おぼえているのは連関という言葉と、
その説明にシュリーフェンプランを使われたことくらいじゃ」「流石筆者。あ
っぱれでございますね。刀はどこにやったかな。ところで、話の趣旨が、読め
ませぬが」「うむ、筆者は、田中先生のまねをしておるのかな、とふと思った
のじゃが、いくらなんでも、これは月とスッポンじゃな」「月とミジンコでご
ざる。田中先生の論文は、研究入門にお手本として載るくらい論理を詰め切っ
たもの。日本語表現の到達点を示すものじゃ、それに対して筆者は、一行にひ
とつくらい間違える男じゃ、比較になりますまい。」「ふと、思っただけじゃ。
他意はない。しかし田中先生は、なぜ筆者の大学に来てくれたのじゃろう」「
おそらく、文庫へ行く途中にあったからではありませぬか。お昼ごはんを食べ
る暇もない様子じゃったが」「うむ、しかし、筆者は遠い昔話をして、ごまか
しきったつもりなのかな」ばれたか。
佐和山城のくだりは、何のこっちゃ、長浜城かな、と思って読んでいたけど、
誰の居城と勘違いしたかは言わなきゃばれなかったのに。
http://www.news.janjan.jp/world/0801/0801148899/1.php 「日本の大学だって、海外ならば非認定校だ。
ディプロマミルと同列視されるのは、とても不愉快だ」(弘前学院大学・八巻正治教授)の開き直りを初め、
25人の教授らは一様に「(ニセ学位とは)知らなかった」と抗弁をしているが、これは後述のごとくありえない。
ニューポート大学大学院卒の八巻正治先生、必至だな(藁
ニューポート大学大学院卒の八巻正治先生、必至だな(藁
ニューポート大学大学院卒の八巻正治先生、必至だな(藁
ニューポート大学大学院卒の八巻正治先生、必至だな(藁
ニューポート大学大学院卒の八巻正治先生、必至だな(藁
ニューポート大学大学院卒の八巻正治先生、必至だな(藁
276 :
日曜8時の名無しさん:2009/12/11(金) 23:35:12 ID:ZYP8E8ao
第三十一話「大坂城」(1)
大津に到着した上杉軍。明日の上洛を控えて、景勝と直江夫婦が、最終打ち合
わせをしている。「われらの宿舎は、本国寺と決まりました。これらから案内
役は、木村清久殿が務められるようでございます。木曽義昌様も、わざわざ上
洛され、われらを待って下さっておるとのことでございます。関白殿下よりは、
滞在中の食糧を頂戴いたしました。なお、朝廷での叙任の根回しも済んでおる
とのことです」万事隙なき男、直江兼続、流れるように説明する。「上洛は、
上杉の武威を天下に示すまたとない好機じゃ。そなたのことじゃから、ぬかり
は無いと思うが」景勝は、上洛する上杉軍の陣容が気になっているようだ。
「その点につきましては、兵卒のはしはしまで、徹底させるように、みなに申
し渡しております」「うむ」満足げにうなづく景勝。「謙信公の上洛より、二
十七年ぶりの上洛じゃ。天子さまにも拝謁できる。謙信公が、何をお感じにな
ったか、何をお考えになっておったか、少しでも知ることができればよいが」
おお、お館さまは謙信公のことをお考えなのじゃな。われらは謙信の家のもの
じゃ。相手が天子様でも、関白殿下でも、怯むことはない。兼続も気合が入る。
景勝の前を下がり、夫婦で打ち合わせをする。「木曽さまの上洛は、関白殿下
の好意じゃろうが、お館さまは、どのようにお考えなのじゃろう」「木曽さま
は、信玄公の婿、お館さまの義理の兄様に当たられまする」「しかし、武田崩
れのきっかけを作られたお方じゃ」「木曽さまも、名家を守るための苦渋の選
択をされたのでございましょう。お館さまも、そのことはお分かりかと」「そ
うか。ところで、そなた、こたびの上洛の目的を、どう考えておる」「ひとこ
とで言えば、上杉の臣従を、どれだけ高く関白殿下に買っていただくか、とい
うことじゃと思います。われらは、全国の大名に先駆けて、上洛したのじゃか
ら、そのことを評価していただかなくてはなりませぬ。もちろん、関白殿下は
われらの考えを百も承知。ここは、相手の台本通り演じるべきかと。」「そな
たのことじゃから抜かりはないと思うが、新発田のこと、庄内のことなど、詰
めておかねばなるまい」「もちろん、ぬかりはございませぬ。石田などにも、
内々に話をしております」「それとじゃ、わらわに、二組ばかり細作を使わせ
てもらいたい。紀伊や近江では、刀狩りや検地というものが、行われておるよ
うじゃ。その詳細を調べさせてみたい。関白殿下や石田殿から、いずれ天下の
仕置きについて、お話があるじゃろうが、その実態を調べてみたいのじゃ」ふ
むふむ、自分で調べて、考える。大事なことじゃ。「それがしも興味がござい
ます。お願いいたす」なぜか、ぴったり意見のあう夫婦、似たもの同士なのか。
277 :
日曜8時の名無しさん:2009/12/13(日) 01:15:12 ID:VAU0abHV
第三十一話「大坂城」(2)
天正十四年六月、上杉軍上洛。誰も口をきかない、まっすぐ前だけ見た、静か
な軍勢が京の町なかを行進する。ちょっと鉄砲の数が少ないかな、そうじゃ石
田に鉄砲調達の便宜を図ってもらえるように頼んでみよう。馬上の兼続、めま
ぐるしく考えをめぐらす。本国寺に到着すると、木村清久が待っていた。「暑
かったでござろう。それがしの屋敷へどうぞ、お風呂の用意ができております
る」なんか、至れり尽くせりじゃな。この木村殿というお方は、若いが気がき
くお方のようじゃ。それに、それがしに話したいことがあるようじゃ。兼続、
木村の屋敷に行き、風呂を馳走になる。「総見院様の軍勢さえ、打ち破った上
杉さまが、こたび上洛してくださったこと、関白殿下はたいそうお喜びでござ
います。ところで、それがし、新発田重家のところに和睦の使者として赴くこ
とが内定しております。」度肝をぬかれる兼続、まったく関白殿下の配下は、
油断も隙もないのう。「では、関白殿下は、東国への進攻を決定されたのでご
ざいましょうか」兼続、すばやく態勢をたてなおし、さりげなく聞く。「はい、
関白殿下は年初から、富士山を見たいと申されております」あっさり言われ、
さらに驚く兼続。富士山、富士山は、相模からも駿河からも見えるが、相手は
北条なのか、徳川なのか、それとも、ただの牽制なのか、九州進攻の準備も進
んでおるようじゃし、なにが目的か。「九州進攻作戦の先陣として派遣される、
四国勢の戦闘序列が発表されましたが、やはり主力は毛利になるのではありま
すまいか。それを東国にあてはめれば、毛利に該当するのは、上杉様でござい
ましょう。しかし、上杉様は、国内に新発田の反乱をかかえたままで、このま
までは大兵力の動員は不可能でございます。ゆえに関白殿下は、それがしに和
睦の使者として赴くことを、お命じになったのでございます」木村殿は、よく
気がきくお方のようじゃが、あなたがいったくらいで新発田が、あっさり降伏
してくれるくらいならば、それがしもお館さまも苦労せぬわ。心の中で、毒づ
く兼続。しかし態度にはみせない。それにしても、われらは将棋の駒じゃな。
これが、臣従するということなのか。新発田を許さねばならぬということなの
か、しかし、いかに関白殿下であろうとも、そうそう思い通りにはなるまい。
早く戻って、お船に言いつけようと考える兼続。しかし、何から何まで、無意
味なことはしないな。心を落ち着けて、対応せねばならぬ。
文章が読みにく過ぎる
ちゃんと改行しろ
慣れるとこの方が好きだ
なんか独特の味がある
だから気にしないでいいよ
280 :
日曜8時の名無しさん:2009/12/15(火) 23:10:44 ID:9P4upxL7
第三十一話「大坂城」(3)
本国寺に戻った兼続、お船に相談する。「そなたは、疲れておるのか。お館さ
まを戴いての初めての上洛じゃから、気が張っておるのは、わかるが、ちょっ
と、おかしいぞ」「わたくしの話、聞いておられましたか。新発田と同陣して
北条・徳川と戦うことができましょうか。というか、そもそも新発田を許して
家中の統制がとれましょうか。そんなこと、絶対できませぬ」「じゃから、絶
対ない話じゃ。落ち着かれよ」「関白殿下の御意向じゃと、木村殿は申してお
りましたが」「ええい、黙ってわらわの話を聞きなされ。関白殿下が、富士山
を見たいなどと言って、東国進攻をほのめかすのは、なんとしても徳川を臣従
させたいからじゃ。お妹様を嫁入りさせ、和睦の道筋を立てる一方で、強硬策
も準備させていることを示して、徳川を動かそうとしておるのじゃ。そのこと
は、そなたもわかっておるじゃろう」「しかし、関白殿下は、何を焦っておる
のでしょうか」「うむ、堺に駐在させておる細作より報告があった。島津は、
鹿児島に大軍を集結中とのことじゃ。すぐにも、北上を開始する心づもりのよ
うじゃ。もはや九州で、島津の相手になるものはおらん、竜造寺は戦死してお
るし、大友は関白殿下に大阪まで泣きつきにきておるような有り様じゃからな。
関白殿下は、一日も早く親征して島津を討伐したいのじゃが、徳川のことが気
になって動けないのじゃ。じゃから、硬軟取り混ぜた術策で、徳川を臣従させ
ようとしておるのじゃ。真田を動かすのも、新発田と和睦せんとするのも、す
べて、その術策の一環じゃ」ちょっと落ち着いた兼続、お船の差し出した水を
飲む。「関白殿下は、ご自分が中心で世の中が回っておると思われておるよう
なところがある。成功の連続で、ついに天上の高みまで登られたお方じゃから
無理もないが、新発田が、和睦の使者を受け入れるような性格の男か、われら
が一番分かっておる。絶対に、和睦はない。それに、和睦がなったら、それは
それで、悪い話ではない。新発田を難攻不落の新発田城から引き離して仕物に
かけることもできよう。」ちょっと、腹黒いことを言い出した、お船、やはり、
似たもの夫婦なのか。
281 :
日曜8時の名無しさん:2009/12/17(木) 22:53:20 ID:rwnduDOZ
第三十一話「大坂城」(4)
六角堂での猿楽鑑賞など、秀吉政権の上杉一行に対する歓待が続く。そして、
ついに大坂城での秀吉との謁見の日程が決まった。本国寺、上杉家本陣で、直
江夫婦が景勝の出座を待っていた。「わらわはそなたの軍師。当然、わらわも
ついて行くぞ」なんと、関白殿下は、ことのほか女子に手が早いお方じゃ。心
配じゃ。どうして、そんなに心配するのか、兼続。本人も、自分の心がわから
ない。「お船殿が、大坂城に同行すれば、関白殿下に、上杉が証人を連れてき
たと、勘違いされて、そのまま留め置かれる危険性もあります。おまつも待っ
ておることでしょう。こたびは、京で待っていてくだされ」「直江景船で行く
から大丈夫じゃ」「関白殿下の諜報機関は、直江景船が、お船殿であることは
とうにつかんでおるはず。男装しても、見破られておりまする」なんとしても、
行かせたくない兼続、ついに色仕掛けの泣き落しに出る。お船の手をとり、「
そなたは、わが掌中の珠、離れ離れになるのは、つろうござる。こたびは、聞
き分けておくれ」兼続、必死である。「ごほん」知らぬ間に、景勝が、近習を
連れて入ってきていた。「邪魔じゃったか」景勝も、まわりのものも含み笑い。
また誤解された。どうして、こうなるのじゃ。「そなたたちも、夫婦になった
ら、直江を見習え、日本一の愛妻家じゃ」兼続の心に無常観が湧く。誰にも、
理解されない。お館さまでさえ、分かって下さらない。「いや、なんでも、ご
ざいませぬ。しばし、失礼いたしまする」兼続、お船を連れて、外に逃げる。
「ふん、そなたがそこまでいうならば、京で待っていてやろう。ほんに、そな
たは、わらわがいないと、何も出来ぬ男じゃからのう。」なんと、だんだん、
そうなのか、それがしはお船殿を愛しておるのか、自分のことがわからない兼
続。「実は、わらわも奥方様から、いいつかった御用があるのじゃ。そなた、
妙心寺の南下玄興和尚を知っておるか」「もちろん、天下第一の学識のあるお
方じゃと聞き及んでおりますが」「南下玄興さまは、快川紹喜さまの、お弟子
にあたられる」「ほうほう、火もまた涼し、の快川和尚様でござりますか」「
そうじゃ、恵林寺で、総見院さまに焼き殺された快川和尚じゃ、その関係のた
めか、南下和尚は、勝頼公の首が京に送られ、六条に晒された際、総見院様に
掛け合って、勝頼公の首をもらいうけ、ねんごろに弔ってくださったそうじゃ」
学問があるばかりか、勇気もあるお方のようじゃ。よく、信長が許したものじ
ゃ。信長、いや総見院様も一目置くお方なのじゃろうか。「実は、奥方様より、
南下玄興さまに謝意を伝えるように申しつかっておるのじゃ。そういえば、南
下和尚は、めづらしい唐の書物をたくさん持っておるそうじゃ」ほうほう、そ
れがしも会ってみたい。ぜひ、書物も見せてもらいたい、いや、写させてもら
いたいな。「それがしも、日を改めて、お会いしたいと、お伝えくだされ」お
船、やはり夫婦だからか、兼続の壺をつかんだようである。
282 :
日曜8時の名無しさん:2009/12/18(金) 22:36:15 ID:n4MItENT
第三十一話「大坂城」(5)
景勝一行、京より大坂に向かう。すると、大きな山のような城が見えてきた。
「大坂城でござる」同行の案内役・木村清久が得意げに言う。それにしても、
でかい、でかすぎる、小田原城より大きいのではないか。謙信公の小田原攻め
に従軍した老兵が話している。実は小田原城を見たことがない兼続、話題に入
れない。しかし大きさはともかく、豪華絢爛なこと、天下無双じゃ。関白殿下
の気宇の壮大なこと、この城によく表れている。本当に計り知れないお方じゃ。
「よう、来てくれた。ご苦労じゃった。どうじゃ、大坂城は、上杉殿に見せた
かった。さあさあ、案内するぞ。考えてみれば、総見院様が安土城をお築きに
なられたのは、謙信公の上洛に備えたものじゃった。しかし、わしの大坂城に
は、わざわざ上杉殿が来て下さった。本当にありがたい、天下統一への大きな
助けじゃ。上杉の軍勢の軍律の正しきこと、京の者どもの噂になっておると、
聞いておるぞ、さすが、謙信公の遺訓を守る軍勢じゃと。」さすが、秀吉、景
勝の喜ぶことを知っている。それにしても、久しぶりに会った秀吉公は、また
一段と大きなお方になったようじゃ。関白殿下は、どのような国づくりを目指
しておるのじゃろう。じっくり、聞いてみたいな。
京都の噂がカネツグの愛の兜じゃなくて良かったw
284 :
日曜8時の名無しさん:2009/12/20(日) 23:20:50 ID:VpDRpU0Q
第三十一話「大坂城」(6)
「上杉弾正少弼景勝でございまする。」「上洛、大儀じゃ」正式の謁見が行わ
れた。兼続も陪席している。「上杉殿、こちらへ、」秀吉は、自分の左の席に
座らせる。「おお、紹介しよう。こちらにおるのは、榊原康政殿じゃ。徳川殿
の家臣のなかでも随一の勇将であると同時に、なかなかの文章家じゃ」「関白
殿下、お戯れを。お許しくださいませ」「許せ?わしは許しておるぞ。上杉殿、
この榊原は、姉川の戦いのとき、朝倉を側面から突き、総見院様に勝利をもた
らした男じゃ。あの時は、われらは浅井に押しまくられ、敗色濃厚じゃった。
わしも、先手の大将のひとりじゃったが、すぐに突破され、浅井勢は総見院様
の本陣に迫っておった。浅井も存亡をかけた一戦じゃったから、兵ひとりひと
りに、覚悟させておった。あれを死兵というのじゃろうな。負けたかな、と思
うておったら、突然朝倉勢が崩れた。徳川殿が、朝倉勢を打ち破ってくださっ
たのじゃ。そのきっかけは、この男の側面攻撃じゃ。長久手の戦いで、池田や
森を討ったのも、この男の指揮した軍勢じゃ。徳川殿が大敗北された三方ヶ原
の戦いでも、この男だけは、負けなかったと聞いておる。いわば、不敗の名将
といってもよい。個人的な武勇でいえば、本多平八郎のほうが、優れておるか
も知れぬが、部隊指揮官では、この男が徳川家中第一、いや日本一じゃな」関
白殿下は、石川の次に、榊原を調略するつもりなのだろうか、兼続、少し笑う。
それをめざとく見つけた秀吉「おお、直江、そなた、こたびの骨折り大儀じゃ
ったな。この榊原殿は、そなたと同じく、文武両道の男じゃ」「関白殿下、も
うお許しくださいませ。わしは、一介の武人にすぎませぬ」「何を言う、そな
たの檄文、よく書けておったぞ。小牧の戦いのとき、徳川殿よりわしを弾劾す
る檄文が発せられたのじゃが、それを書いたのが、この男、榊原康政殿じゃ。
どんな檄文じゃったか、石田、覚えておるか」「は」石田三成、すらすらと檄
文をそらんじる。「そもそも、羽柴秀吉なる者は野人の子。草莱より出できて、
信長公の馬前の兵卒となった。その後、信長公の寵遇をうけ、挙げられて将帥
を拝し、大国を領する身になった。その恩は天よりも高く、海よりも深い。そ
のことは、世を挙げて知るところである。しかるに信長公死に給ふや、秀吉に
わかに主恩を忘れ、非企を謀て、その亡主の子孫を滅ぼし、その国家を奪おう
としている。向に信孝公を殺し、いままた信雄公と兵を結ぶ。その大逆無道な
ること、言うに絶えざるものがある」石田は、おそるべき記憶力の持ち主じゃ、
兼続が感心していると、「関白殿下、伏してお願い申し上げます。もう、お許
しくださいませ。」榊原の泣きが入る。「ははは」秀吉につられて、みなが笑
う。「わしは、怒った。この男の首に十万石の懸賞をつけると全軍に布告した
ほどじゃ。しかし、一夜、酒を飲ませて仲直りした。なあ、康政」そこに、石
川数正が入ってくる。「恐れ入りまする」すると、榊原の態度が一変する。笑
顔が消え、仮面をかぶったような無表情になる。やはり、この場に石川殿を、
よぶのは無理なのではないかな、関白殿下は、どんな魂胆なのじゃろう。
285 :
日曜8時の名無しさん:2009/12/23(水) 22:52:23 ID:zkhFNmLR
第三十一話「大坂城」(7)
「関白殿下、自ら案内して下さるとは、恐縮いたしておりまする」「はは、わ
しは、これが一番楽しい。ここで、飯でも食おう」大坂城天主閣の最上階に案
内された景勝と兼続、秀吉と石田と四人で、御飯を食べることになった。「見
晴らしがよいじゃろう」ほんに、二の丸建設に従事する者どもが、働いておる
のもよく見える。遠くの山々もはっきり見える。「おお、やっときた。さあ、
さあ」しかし、六階まで上がってくる間に見せつけられた贅を尽くした部屋や、
そのなかにぎっしり詰め込まれた宝物に圧倒された上杉主従、お腹いっぱい、
なかなか食が進まない。「うん、どうしたのじゃ。やはり上方の味付けはあわ
ぬのか。石田、そなた明智と同じ間違いをしたようじゃ」「いえいえ、大変お
いしく頂いております」関白殿下の経済力は、想像を絶するものがある。われ
らは井蛙じゃ。辺土の一大名にすぎぬ、やはり百聞は一見に如かずじゃ。いい
しれぬ敗北感に打ちひしがれる主従。これが秀吉の手じゃと知りながら、それ
でも、秀吉の権力の巨大さに圧倒されている。その心中を知ってか知らずが、
秀吉、屈託なく話す。「昨日は悪かったのう。榊原が石川に挨拶せぬどころか
目も合わせぬとは、わしも思いもよらぬことじゃった。そなたらも、さぞ気ま
ずい思いをしたであろう」「やはり、榊原は調略されることを恐れたのであり
ましょう。榊原も、信雄様の三家老が、われらの調略によって上意討ちされた
ことを知っておる故、そのことを警戒したのでしょう」石田が口をはさむ。「
そうかのう」そうではない。関白殿下は、古今無双の英雄、石田も天下第一の
切れ者じゃが、どうも譜代の家臣というものが分かっておらぬようじゃ。主家
に、代々仕えておる譜代の家臣にとって、主家を離れることは、ありえないこ
とじゃ。榊原にとって、石川は、見るもおぞましい裏切りものじゃ。石川を許
すことは、自分の存在理由を否定するようなものじゃ、しかし、こんなこと、
この二人に言っても分かるまい。
「関白殿下は、天下の仕置きをどのようにお考えでしょうか」古今未曾有の権
力を握った関白殿下は、どんな国づくりを考えておるのじゃろう。「わしは、
そなたにも話したように、尾張の名もなき百姓のせがれじゃ、それが、総見院
様に取り立てていただき、天運にも恵まれ、ついには関白にまで成り上がった。
人臣としては、最高の地位じゃ。なぜ、わしが、この高みまで、登ることがで
きたのか、わしは天命じゃと思うておる。わしには、使命がある、それは天下
を静謐にし、万民に安寧の暮らしをもたらすことじゃ」おお、他の人間が言え
ば、白昼夢のような寝言でも、この場で、関白殿下から聞けば、真実のように
聞こえる。「直江、民にとって一番いやなことは何じゃ」「それは、戦であり
ましょう」「その通りじゃ、この世の中で、戦ほど、民を苦しめるものはない、
戦になれば、身内の者が徴兵される。そして戦死したり、障害者になる。また、
軍勢が進攻してきたら、略奪されたり、強姦されたり、奴隷にされて売り飛ば
されたり、酷いめにあわされる」ひといきつく秀吉、兼続、ちらと景勝を見る。
真剣な顔で聞いている。謙信の後継者が臣従するに相応しいお方なのか、納得
したのじゃろう。「わしは、父親を戦で亡くし、少年時代は放浪を余儀なくさ
れた。そして、いたるところで地獄を見た。戦は、武士だけがやっておるわけ
ではない。小さな村々も、武装し、堀をめぐらせ、互いに疑心暗鬼で、攻めた
り攻められたりしておる。なにしろ、応仁の乱以来、百年以上戦乱が続いてお
る。このため、地下の者の気風も殺伐としたものになっておる。そして、多く
のものが死に、傷ついている。わしは、この世から、すべての戦をなくしたい。
国同士の大きな戦だけではないぞ、村同士の小さな戦もじゃ」どうやって、な
くすのじゃろう。想像もつかぬが、しかし、日本国中から、すべての戦をなく
すとは、まことに正しき目標じゃ。上杉が臣従し協力するに相応しき夢じゃ。
286 :
日曜8時の名無しさん:2009/12/25(金) 09:52:26 ID:PkawdpAl
年内に上洛できて何より
287 :
日曜8時の名無しさん:2009/12/26(土) 21:56:18 ID:0CSfVjpX
第三十一話「大坂城」(8)
「この世から、すべての戦をなくすとは、まことに正しき目標かと思います。
実現するために、どんな方策をお考えなのでしょうか」秀吉、にっこり笑う。
「うむ、とりあえずは、今行われておる戦をすべてやめさせることじゃ。わし
は、すでに九州に惣無事令を出しておる。停戦命令じゃ。戦の原因が領土争い
ならば、われらが出向いて調査し公平に裁いてやる。ともかく戦をやめさせる
ことじゃ」ふむふむ「直江、なぜ大名は戦をするのじゃ」なんか、関白殿下に
試されているようじゃ。「戦の原因は千差万別、一言で言うのは難しゅうござ
いまするが、一般的に言って、外的要因としては隣接する他国の脅威、内的要
因としては家臣の統制でございましょう」すこし言葉足らずかと兼続、さらに
続ける。「隣接する他国が強大になれば、脅威となりまする。併呑される可能
性も生まれます。他国が強大にならないうちに叩かなければなりませぬ。また
家臣というても信頼のおけるものばかりではありませぬ、なかには、あわよく
ば取って代わろうと不逞の野心を持った者もおりまする。これらのものの、い
わば内乱を冀う心を転嫁するために行われる外征というものもありましょう」
石田が笑いながら、口をはさむ。「生涯、義戦を続けてこられた謙信公の側近
にしては、透徹した戦争観じゃのう。大義名分をとりのぞけば、戦の原因は、
直江のいう通りじゃろうな。根本にあるのは、疑心暗鬼というか、いつ滅ぼさ
れるか、いつ背かれるかという恐怖心じゃ。大名というても、その足元は不安
定なものじゃ。それをごまかすために、恩賞をぶらさげて戦を続けるのじゃ」
石田、謙信公を愚弄する気か、黙れ、心の中で念力を送る兼続。秀吉が引き取
る「無理もないぞ。戦乱が百年以上も続いておる。しかるに帝も将軍様も、あ
まりにも無力じゃった。将軍様など、ご自分が戦の原因になっておった始末じ
ゃ。誰も頼ることができない、誰も信用できない、自分で自分の身を守るしか
ないような時代が続いてきたのじゃ。しかし、これからは違う。天命を受けた
わしが天下に立ったのじゃ。わしは、東国・奥羽にも惣無事令を出すつもりじ
ゃ。力づくでも、戦をやめさせる」兼続、ちらっと伊達政宗の顔を思いだす。
「しかし、九州制覇を目前にした島津が従いましょうや。実際、島津は大軍を
北上させ九州制覇を完成させんとしておりまする。惣無事令は、現状を固定せ
んとするもの、大友など滅亡寸前のものは従いましょうが、島津にとっては、
寝言のようなものではありませぬか」「島津は、わしの本気を軽く見ておるの
じゃ。今に目にものをみせつけてやる。準備は着々進行中じゃ。」「こたびの
九州征討には、さらに大きな目的が隠されておる。そのための準備も兼ねてお
る、ゆえに念入りに準備をしておるのじゃ」石田の発言を、秀吉が目配せして
やめさせる。どうも、さらに大きな目的があるようじゃな。なんじゃろう。
288 :
日曜8時の名無しさん:2009/12/27(日) 00:10:21 ID:agx81fkn
第三十一話「大坂城」(9)
「戦が無くなるということは、直江が言うた通り、現状を固定することになる。
大名も他国から侵略される脅威から解放され、枕を高くして眠ることができる
ようになる」石田、自然に話をそらす。「そして、内的要因についても、われ
らは考えておる。近江などで試験的に検地を行っておる。自己申告ではなく、
われらがみずから要員を出して調べる厳密なものじゃ。最終的には、日本国中
われらの定めた尺度で測量するつもりじゃ。これは、単に米の獲れ高を調べる
だけが目的ではない、その水田の耕作者を固定していく、農民は田んぼを耕し
ておればよいのじゃ」うむむ、よくわからぬが「つまりは、一揆や農兵のよう
なものを否定するのですか」「そうじゃ、そなたらも一揆には苦しめられたじ
ゃろう。武士と農民を、はっきり分けていくことも検地の大きな目的じゃ。」
「しかし、従いましょうや」兼続の疑問に石田が答える「試験的に紀伊で刀狩
りを行っておる。農民どもの武器をすべて没収した。これも日本全国に広める
つもりじゃ。そして没収した武器を鋳つぶして、国家鎮護の仏像を造るつもり
じゃ」お船殿が細作を使いたいと言っておったのは、この調査のためじゃな。
しかし、先の先まで、よく考えておる。さらに先がありそうじゃ。「つまりは、
戦の原因は大名の地位の不安定さにある。惣無事令という私戦停止命令を出す
ことで、現状を固定し、大名の地位の保全のための安全保障とする。そして、
検地を行い、兵農を分離する。不満を持つ、農民が一揆を起こせないようにす
るため、刀狩りを行い武器を没収する、ということですか」兼続、かなり強引
に話をまとめる。秀吉、にっこり笑って「おお、忘れておった。わしは、農民
どもに喧嘩停止命を出すつもりじゃ。水利や境目の争いで、武器を使用するこ
とは許さぬ。一村皆殺しにするとな」おお、どこまでも、考え込まれておる。
あまりのことに、少しおかしくなる兼続。「武士は武士、農民は農民、職人は
職人、商人は商人、おのおの自らの生業に励めばよいのじゃ。自分の法という
ものを超えてはならぬ。天下が乱れる基じゃ」ほほう、関白殿下は、水も漏ら
さぬ大土木工事を得手とされておるが、完璧な身分制度を構築し、安定した社
会を作ろうとしておるのじゃな。下剋上の申し子というべき関白殿下が、下剋
上を完全に否定せんとしてしている。平和のためというておるが、ご自分の権
力体制を永遠のものにするためではないか。しかし、お子がおられぬのに。
「さすれば、関白殿下のようなお方はもう二度と現れることはないということ
ですか」兼続が尋ねる。秀吉と石田、顔を見合わせ、しばらくして大笑いする。
「そうじゃ、そういうことじゃ。直江は、やはり惜しい男じゃ。わしの家臣に
貰いうけたいのう。上杉殿、呉れぬか」ここまで無言の景勝「それがしにとっ
て、無二の者。その儀はなにとぞ、ご容赦くだされ。ところで、戦のない世に
なれば、武士はどうなるのですか」景勝らしい質問をする。すると秀吉、にっ
こり笑い「内乱を冀う心を外征に転嫁する」と兼続の言葉を引用し、「そのこ
とも、わしはちゃんと考えておる。しかし、それは先の話じゃ。将来の楽しみ
にとっておけ」外国にまで攻め込むつもりなのじゃろうか。しかし、関白殿下
と石田は、先の先までよく考えておるなあ。これが天下人と、その側近という
ものじゃろうか。
289 :
日曜8時の名無しさん:2009/12/27(日) 04:55:17 ID:X8s/P/TP
とりあえずあれ以外が書いた脚本だったらなんでも
290 :
日曜8時の名無しさん:2009/12/27(日) 23:09:38 ID:agx81fkn
第三十一話「大坂城」(10)
「ところで、上杉殿そなたには、従四位下少将になってもらうことになってお
る。これで、そなたも従一位関白のわしと同じ朝臣じゃ」ほう、任官すること
が、関白殿下に自動的に臣従することになっておるのか。本当に、巧妙に考え
られておる。地下の出身の関白殿下に直接臣従するより抵抗が少ない方式じゃ。
兼続が感心していると、秀吉が突然訊いてくる。「徳川にも、朝廷官位は効く
じゃろうか、そなたはどう思う。朝日の結納御礼の使者として、榊原が来たの
で、てっきり家康殿の上洛確約を持ってきたのかとおもったのじゃが、そうで
はないようじゃ。どうすれば、家康殿が上洛してくれるのか、困っておるのじ
ゃ」真田を動かしたり、富士山を見たいと東国出陣をほのめかしたり、焦って
おられるようじゃ。兼続、白湯を飲んで喉を湿らせ、やおら答える。「徳川殿
のご性格は、重厚そのもの、長久手の戦いの俊敏な機動戦には驚かされました
が、処世は、万人が納得する大道をゆったり進んでおられます。他人から見て、
非の打ちどころのないその生涯で、不思議なことといえば、松平から徳川へ改
姓したことでありましょう」「おお、そういえばそうじゃ」秀吉がつぶやく。
「名を変えることは、さほど珍しきことではございませぬが、姓を変えるのは、
謙信公のように養子になるような場合を除いて、非常に珍しいと言わざるをえ
ませぬ」「なぜじゃろう」「家康殿が、朝廷に奏請して松平から徳川に改姓し
たのは永禄九年、今川から自立した家康殿が三河国をようやく平定した年です。
そもそも三河国は、鎌倉の昔より、足利の領国であった国。吉良や今川など、
足利一門の発祥の地でもあります。その三河国を平定した家康殿が改姓して、
新たに名乗ったのが徳川、新田の支流と称しております。」「ふむ、長い間足
利の分国であり、直近まで今川に支配されていた三河を統治する権威として、
清和源氏の足利ではなく新田を持ちだしてきたわけか」石田が感心する。「三
河衆が精強であることは天下に鳴り響いておりまするが、その統治のためには、
古き権威が役に立つと、家康殿はお考えなのではないでしょうか。さらに言え
ば、家康殿自体、名門とか血筋とか、そういう権威を重んぜられるお方なので
は、ありますまいか」「ほうほう、さすれば家康殿に朝廷官位は効くというこ
とじゃな。兼続、やはりそなたは惜しい男じゃ。わしとともに天下の仕置きを
せぬか」いつものように、秀吉が兼続を口説いていると、小姓が秀吉を呼びに
来る。「島津軍、北九州に侵入とのことであります」「援軍の手配をせねばな
らぬの。毛利や四国勢を先発させねばならぬ。軍議じゃ」秀吉、景勝・兼続に
向き直り「おお、そなたらともっとゆっくり話をしたかったのじゃが、聞いて
の通りじゃ。すまぬのう。おお、そういえば、直江から、うちうちに話があっ
た佐渡と庄内のこと、そなたらの手がら次第じゃ。領有を認めよう。しかし、
越中と上野は、あきらめてくれ。」最後の最後に、引導をわたされたのう。ま
あ、仕方あるまい。「すまぬのう。利休に申しつけておくから、茶でも飲んで
行け」言い残した秀吉、風のように立ち去る。
<反省会と新年のご挨拶>
「あれれ、利休様のところに行ってお茶を飲むはずだったのではありませぬか」
「それがじゃ、規制されてなかなか話が進まなかったのじゃ」「あれれ、まだ
規制されているのでは?」「筆者はついに●を購入したのじゃ。やはり、我慢
の限界じゃ」「まあ、まあ」「じゃまするぜよ」なんと、反省会場に土佐弁の
男が乱入。「おまんが、直江兼続さんか。わしは土佐の坂本竜馬。今年の大河
の主役じゃきに、挨拶にきたがぜよ」「なんと、福山のところにブッキーが差
し入れ持って挨拶に行ったのをテレビで見たような気がするが、そのようなこ
とかのう。そなたは山内家のご家中か。」「そうじゃ。というても、脱藩する
がのう」「脱藩、なんじゃそれ」「難しいのう。なにしろ、江戸時代のはじめ
と終わりやき、いちいち説明せんといかんみたいやねえ」「というか、いやに
達者な土佐弁ですなあ」「広末と島崎和歌子なみじゃろう。実は筆者は、岩崎
弥太郎出身地の地元民ながやき。井ノ口村と高知の城下は十里ばあ、離れちゅ
うき、あんなにさいさい弥太郎と龍馬が会うとは思えんけんど、おもしろかっ
たのう。一回目」「なんと、筆者は、龍馬伝の方に乗り換えるつもちながやろ
か」なぜか、兼続も土佐弁になる。「それはないきに、幕末は難しいぞね。特
に、あしは難しいぞね。第一、最後の最後まで、なんちゃあせんきに。司馬遼
太郎先生も、困って、筆者いわくを連発して、国民作家に窯変されたがやき」
「西原理恵子先生も言っておられたが、司馬遼太郎先生あっての龍馬さんじゃ
ねえ」「そのとおりぜよ。大体、世間のあしに対する共通認識は、すべて龍馬
が行くながやき」「実は、筆者は地元で開催された司馬遼太郎先生の講演会に
いったことがあるのじゃ。例によって、お話の内容は、ほとんど覚えておらぬ
が。はっきりいって、司馬先生は、ご機嫌が悪いようじゃった。講演自体が大
嫌いということを後で知ったが。しかし、生身の司馬遼太郎先生を見たことが
あるのは、筆者のひそかな自慢じゃ。空港で、宮尾登美子先生をお見かけした
こともあるぞ。大きな声で挨拶されたので、わかったのじゃが」「篤姫さまの
原作者じゃな。しかし、、筆者はどこまで自慢するつもりなのじゃろう。それ
に、調子に乗って土佐弁を使っておると、読者のみなさまが困るぞ。」つい、
調子にのってしまいました。龍馬さんにも、たまにでてもらうつもりながやき、
今年もよろしくお願いいたします。
292 :
日曜8時の名無しさん:2010/01/09(土) 22:00:52 ID:qSPtrwGq
第三十二話「利休」(1)
大坂城天主閣に残された景勝と兼続。「利休様のお点前でお茶が頂けるならば、
千坂も呼んでやりましょう」「そうじゃな」千坂景親には京都留守居役を任せ
ることになっておる。利休様と昵懇になっておれば、千坂も仕事がしやすいじ
ゃろう。いつもながら千分の隙もない男じゃなあ。心の中で感心する景勝。
「三国無双の城でございますなあ。木村様に案内していただいておったのじゃ
が、豪壮にして華麗、感心するのに疲れました」千坂が来た。木村清久どのも
千坂が京都留守居役に就く予定であることを知っておるようじゃ。少しでも親
しくなろうと案内役をしてくれておるのじゃろう。抜け目のない男じゃ。千坂
が余計なことを言ってなければよいが。兼続の心配は尽きない。
「利休様とは、どのようなお方なのですか」兼続、木村に訊く。充分に調べあ
げておるつもりじゃが、抜かりがあってはいかん。それに千坂にも聞かせたい。
「関白殿下の政権の最重要人物は、どなたかお分かりですか。それは関白殿下
の弟君・秀長公でござる。先の四国攻めでは総大将として武勲を立てられまし
た。そればかりではございませぬ。寺社勢力の強い大和、平定したばかりの紀
伊など難治の国を任せられて、うまく治められておられます。政戦ともに手堅
く、もちろん関白殿下の信頼も厚い、威望天下を圧するお方でございます」そ
ういえば、秀長さまにもお目にかかりたかったな。お忙しいのじゃろうか。
「残念なことに、秀長公は少し体調を崩され、今有馬の湯で静養されておりま
する。いずれ、みなさまもお会いする機会があると思います。話がそれました
が、大友宗麟が先月大坂城に参ったとき、この秀長公が、内々の儀は宗易、つ
まり利休様、公儀のことは宰相、つまり参議であるご自分・秀長公が存じ候、
といわれたそうです。つまり、利休さまは、秀長公と並ぶほど関白殿下の側近
中の側近というわけです」なんと、天下第一の茶頭として、関白殿下の寵愛を
受けておるとは知っておったが、ここまでとは。やはり訊いてみるものじゃ。
「なぜ、利休さまは、関白殿下にそこまで信任されておられるのですか」千坂
が訊く。すると、木村笑って、「それは利休様ご本人に聞いてくだされ。それ
がしのような軽輩には、雲上のことは分かり申さぬ。実は、それがしの父は、
元は明智の家臣でござる。その前は荒木の家臣じゃった。山崎の合戦の直後、
丹波亀山城を開城した際のわが父吉清の仕事ぶりが認められて、許されてお仕
えするようになったのでござる。みなさまの宿舎を提供されておられる増田様
も、元は丹羽様の家臣でござるよ。」なんと、まあ、関白殿下の家臣団は、多
士済済といえば聞こえが良いが、層が薄いようじゃ。手当たりしだい、他家の
ものを口説いておるのも、そのせいかもしれぬ。そこに小姓が、準備が整いま
したと、迎えに来た。
第三十二話「利休」(2)
天主閣の広間まで下りてくると、そこにちんまりと黄金の茶室が鎮座していた。
おお、これが前田様のお話に出ていた茶室か。小早川殿が仕物にかけられると
誤解したとかいう。黄金の茶室など、下品でけばけばしいものかと想像してい
たが、百聞は一見に如かずじゃ。荘厳なたたずまいじゃ。しかし、このような
ものを作らんとする着想、現実に作り上げる実行力、関白殿下の力を象徴する
ものじゃ。利休がにじり戸の前で待っていた。「せまいところじゃが、さあさ
あ、入られよ」景勝、兼続と千坂が中に入る。目がつぶれそうじゃ。南無阿弥
陀仏、南無阿弥陀仏、なぜか、心の中で念仏を唱える兼続。緊張する三人に対
し、利休「お楽に、お楽に。茶の湯というても、ただ茶を沸かして飲むだけの
ことでござる」緊張するなと言われても、それは無理でござるよ、利休様。「
なぜ、茶室をこのように狭く作るのですか」兼続、緊張をほぐすために、尋ね
る。「すべての虚飾を排した空間を作りたいのでござるよ。茶室に一歩入れば、
身分も地位も関係ありませぬ。あるのは主人と客という関係のみでござる。茶
の湯は、もともと町人から生まれた文化でござる。それほど、難しいものでは
ございませぬ。ただ、主人は精一杯おもてなしをし、客は、それを楽しむだけ
でござるよ。それを一期一会と申しまする」利休さまは、もっと怖いようなお
方かと思うておったが、そうではないようじゃ。利休が、流れるような所作で
お茶を点てる。「さあ、どうぞ」三人、お茶を頂く。「本来ならば、関白殿下
が主人を勤める予定じゃったが、軍議のため、この利休が主人を勤めまする。
なんなりとお申し付けくだされ」すると千坂が訊く。「利休さまは、関白殿下
の側近中の側近と伺っておりまするが、関白殿下とは、どのようなお方でござ
いまするか」千坂、まっすぐに聞く。どうじゃろ、まあ、この正直なところが
千坂の特質じゃ。実は、兼続が、千坂を京都留守居役に起用したのは、上杉の
外交を駆け引きなしに、やるべきだと考えたからである。権謀術数に優れ、め
はしの効いたものは他にもおるが、半端な対応をすれば、大火傷をするかもし
れぬ。田舎者らしく、愚直を装うべきじゃ、難しきご時世じゃからな。
利休、笑って「関白殿下は、大きなお方でござる。それがし如きが、軽々に申
すことはできませぬ」かわされた。今度は兼続が訊く。「関白殿下は、長久手
の戦以来、お考えを変えたように石田さまなどから伺いました。どのように、
変わったのでしょうか」石田の名が出ると、すこし表情が変わったような、目
が険しくなったような気がしたが、「大坂では、どこにお泊りか」「増田さま
のお屋敷でございまする」「それでは、中之島に広大な空き地があるのに気づ
いておられるでしょう」そういえば、あったのう。「実は、あの空き地には、
内裏を作る計画じゃった。大坂に都を移すつもりじゃったのじゃ」なんと、「
京の町なかにも大きな空き地があったのに気づかれましたか」「そういえば、
はい」「大阪に遷都する計画は放棄され、代りに京に新たに政庁が建設される
ことになりました。名を聚楽第と申しまする。さらに、方広寺では、大仏の建
設が始まりました」おおお、大坂城ができたばかりじゃというのに、次から次
へと、なんか計り知れない権力と財力じゃな。
今年も頑張ってください!
第三十二話「利休」(3)
「関白殿下は、本当にはかりしれない不思議なお方でござる。それがしが、関
白殿下に、初めてお目にかかったのは、ええと、確か総見院様が上洛され、堺
に二万貫の矢銭を課し、それを関白殿下が取り立てに来たときじゃった。確か、
永禄十二年じゃったから、今から十五年くらい前のことじゃ。その後、それが
しの本業は堺の納屋衆じゃから、関白殿下の兵站を請け負うことが、多々あっ
た。関白殿下は、なぜかいつも金欠でのう、出世払いじゃというて、いろいろ
無理な注文を頼まれた。秀長公との付き合いは、そのころからのものじゃ。そ
してその頃、それがしは、総見院様の茶頭に抜擢された」ほうほう、利休さま
は、天下人を権威づけるようなお方なのじゃな。茶の湯の大成者を側近に侍ら
すことは、天下人の条件なのか、いうならば、利休さまも、信長から関白殿下
が受け継いだ遺産の一部なのか。兼続、心の中で、考える。「総見院様とは、
どのようなお方だったのですか」千坂、懲りずにまた尋ねる。「総見院様は、
水も滴る美男子で、何をお召しになってもよく似合った。南蛮の衣服なども、
好まれた。ご自分も新しい意匠を考えられた、それがしもよく相談されたこと
がある。しかし、心の中の分からぬお方であった。茶の湯についていえば、よ
く名物を集められておったが、本当に楽しまれておったのか、どうか、よく分
からぬ。いつも、醒めておるのじゃ。茶の湯を、ご自分の政治に利用されるこ
とは、よく考えられておったが、本当にお好きじゃったのかは、よく分からぬ。
関白殿下は、違う。あのお方は、心底茶の湯を楽しまれておる。総見院様に、
茶事を許されたのが、よほどうれしかったのか。その後は、よく茶会を開かれ
た」ほうほう、利休殿は、信長、秀吉公の茶頭を勤められておるのか、不思議
なお方とは、どういう意味なのじゃろうか。「関白殿下は、どのように不思議
なのでございましょうや」兼続が尋ねる。
「関白殿下は、総見院様の馬の轡をとる者からとりたてられたお方でござる。
それゆえ、お二人の仲には、他人の伺い知れぬようなところがあった。関白殿
下ほど、総見院様に怒られ続けたお方は、他にはおらぬ。それがしの見ておる
前で、足蹴にされたこともあった。すでに重臣にとりたてられておったのにも
かかわらずじゃ。実は、関白殿下ほど、総見院様の命令に従わぬお人はおらぬ」
なんと、どういう意味じゃろう。「手取り川の戦いの直前に戦場を離脱して、
無断で撤退してきた話は有名じゃから、ご存じじゃろう。しかし、それだけで
はないのじゃ。元亀二年の叡山焼き討ちの際、総見院様は皆殺しをお命じにな
られた。明智などは、思いとどまるように諫言したが、受け入れられなかった。
関白殿下は、何もいわずに、従う振りをして、実際には、部下に虐殺を許さな
かった。総見院様の耳に入れば、ただではすまぬ話じゃ。それなのに、関白殿
下は、総見院様の命令に従わなかったのじゃ。不思議なお人じゃろう」ううん、
なぜじゃろう。
第三十二話「利休」(4)
「強烈な反対意見を具申してこられたこともある。尼子の残党が上月城で、毛
利の大軍に包囲された時じゃ。同じころ、別所が謀反を起こしておったので、
総見院様は、上月城救援を断念するよう命令された。これに対して、関白殿下
は、尼子の残党を見殺しにすれば、天下に信を失いまする、なにとぞ御再考を
と、意見具申してきた。そればかりではない、関白殿下みずから、安土まで単
身帰還して意見具申された。そして総見院様の親征を要請した。あの総見院様
に対してじゃ。それがしなど、手討ちにされるのではないかと、はらはらした
ものじゃ」「総見院様は、激怒されなかったのですか」兼続が訊く。「烈火の
ごとく怒られた。宿敵尼子討伐のために動員された毛利の軍勢は十万、上月城
を包囲しておる毛利軍だけでも六万を超しておった。それに対して総見院様も
各地の戦線から軍勢をかき集めて信忠さまを総大将に増援部隊を派したが、関
白殿下の軍と合わせても、三万にすぎぬものじゃった。総見院様の救援断念は、
理にかなった判断じゃ。それに、関白殿下が、最前線の自分の部隊を放置して
安土まで直訴に来るとは僭越の極みと激怒された。」ふむ、ふむ、「総見院様
は、関白殿下を足蹴にして、お前はわしの指図に従っておればよいのじゃ。い
ちいち、差し出がましいことをぬかすなと追い返された」ほうほう、「いま思
えば、関白殿下は、もし自分が総見院様であったならば、どうすればよいのか、
といつも考えておられたのじゃな。怖い言い方になるかも知れぬが、関白殿下
は、総見院様の限界さえ見極められておったのかもしれぬ。総見院様の判断は
常に冷徹な計算に基づいておった。世間の評判など、まったく考慮されておら
なかった。しかし、関白殿下は、それでは、天下の信を得なければ、天下を平
定することはできぬとお考えになっておったのじゃ。」なんと、なんと、度肝
を抜かれる三人。呆然とする。「そんなお人は、総見院様の数多い家臣のなか
でも、関白殿下ただおひとりしかおらぬ。明智殿は、総見院様に対し、いろい
ろ諫言しておったように世間では言われておるが、有職故実など、とるに足り
ないような瑣末なことじゃた。それがしは、総見院様の側近に侍っておったの
で、よく知っておる。柴田殿も、勇将じゃったが、箸の上げ下ろしまで、総見
院様の言いなりのお人じゃったし、丹羽殿や滝川殿も同様じゃ。それがしは、
いずれ秀吉公は、信長公と天下を争うお考えがあったかもしれぬとさえ、思っ
たことがある」なんと、なんと、恐ろしげなことを言われるお方じゃ。あまり
の発言に、固まる三人。初夏だというのに、冷え冷えとした空気が黄金の茶室
に流れる。「総見院様は、恐ろしいお方じゃ。人を人と思われぬ。疑われば終
わりじゃ。しかし、関白殿下は、ちゃんと手を打っておられた。総見院様の四
男秀勝様を養子に貰いうけられた。子供がおらぬので、御子を頂けませぬかと
お願いされたのじゃ。総見院様は、笑ってお許しになられた。どんなに関白殿
下の領地が増えようとも、最後には総見院様のものになるという寸法じゃ。そ
ればかりではない、関白殿下は、九州を平定したら、一年治めさせていただい
て、軍勢を整えて、唐・朝鮮に討ちいると言われたそうじゃ。総見院様も、大
気者じゃなと大笑いされた笑い話になっておるが、古来より九州は強兵の産す
る地じゃ。天下を争うに相応しい軍勢を整えることができよう」三人、腰が抜
けたような気がする。利休様の一言一言、爆弾のようなものじゃ。「おわかり
か、関白殿下が唐に討ちいると、言われた真意が。関白殿下は、一生戦い続け
ますると総見院様に誓われたのじゃ。謀反を起こす気も余力も、自分にはあり
ませぬと、総見院様に察知されるような笑い話にしたのじゃ。」「関白殿下ほ
ど、総見院様に忠義を尽くされたお方はおらぬのではありますまいか。わしは、
不明じゃから、関白殿下の忠義のこころしか読み取れぬのですが」千坂が、訊
く。「あまりにも、私心がなさすぎると思われませぬか。いずれ、総見院様と
天下を争う力を養うための関白殿下の時間稼ぎとは見えませぬか。それに、」
利休が少し冷たく笑う。「総見院様の御子に対する処遇を見れば、関白殿下の
忠義というものも、あやしくないですか」もう、いやじゃ、こわい、利休様は
怖い。総見院様・関白殿下の側近として、枢機に参画し、相談相手になってお
ったと聞くが、恐ろしいことをいわれるお人じゃ。
第三十二話「利休」(5)
遠くの方から秀吉の声が聞こえる。小姓と笑いながら近づいているのが、音で
わかる。秀吉がにじり戸から、顔をにょきっと出した「軍議を始めたのじゃが、
やはり大和大納言がおらねば、話にならぬ。急きょ、有馬の湯に使いを出して、
呼ぶことにした。軍議は明日に繰り延べじゃ。わしも茶を飲むぞ。」入ろうと
して、「無理かのう」と、つぶやき思案顔。「そうしよう。すまぬが、わしと
上杉殿、二人きりにしてはくれぬか。直江などは、すまぬが席をはずしてくれ。
そうじゃ、利休、直江は、田舎人なれど、漢詩もよくする風流な男じゃ、そな
たの山里の廓の茶室を見せてやれ」「こちらに控えるは千坂景親でございます。
以後、お見知りおきを。上杉の留守居役を任せるつもりでございまする」にっ
こり、うなづく秀吉。
山里の廓に案内される。なんと、豪華絢爛・豪壮無比の大坂城の中に、このよ
うな場所があるとはのう。後ろについてくる千坂も目を丸くしている。小さな
小屋の前で利休が振り返る。「先ほどの茶室とは、かなり違いまするが、また
別の趣がございまする。さあ、さあ、どうぞ」おお、なんと対照的な茶室じゃ
な。兼続と千坂、一切の装飾を排した簡素な茶室に入る。兼続、さっそく、利
休に質問する。「先ほどのお話は、よくわからぬ点がございました。おたずね
してよろしゅうございまするか」利休さまは、名前と違い鋭いお人じゃ。また
とない機会、聞けるだけのことを訊いておこう。「利休さまは、なぜ関白殿下
が総見院様と、いずれ天下を争うお考えがあったと思われたのですか」「最初
に不思議に思ったのは、さっきも話したように元亀二年の叡山焼き討ちの時で
ござる。ちょうどその時、それがしは堺から軍事物資を総見院様の陣に輸送し
てきたところじゃった。普段は、下人にまかせるのじゃが、その時は大量の焔
硝の注文がありそれがし自らが宰領して運んできたところ、総見院様から傍に
おり茶を点てよと命ぜられた。ゆえに、叡山焼き討ちの一部始終を見聞するこ
とができたのじゃ。ちょうど、軍議の始まる前じゃった。総見院様は普段でも
恐ろしげなお方じゃったが、その時の、ご様子は、目は血走り、顔面は蒼白じ
ゃった。殺気の塊といったご様子じゃ。前年、南下してきた浅井・朝倉勢をひ
きいれた比叡山に対する総見院様の御怒りはすさまじく、山王二十一社、根本
中堂はもとより、全山一木一草残らず焼き払え、老若男女の区別なく生けるも
のはすべて殲滅せよ、というものでござった。佐久間殿が反対された。叡山は
国家鎮護の社にして、高僧名僧数多おり、古より伝えられた宝物も数多くあり
まする、なにとぞ、御再考を、と。総見院様に諫言するお人は佐久間殿と決ま
っておったのでな。」「その時の関白殿下のご様子はどのようなものでござい
ましたか」津々たる興味で、兼続が訊く。「総見院様は、ものすごい勢いで、
佐久間殿を叱られた。前年の戦いで、弟君信治さま、森殿、坂井殿を喪い、直
前の長島攻めでも、氏家殿などを戦死させておった総見院様は、怒髪天を衝く
ご様子で、命令遵守を厳命された。その時、叡山の後背の湖まで船を出して封
鎖する完璧な包囲陣を敷くことを献策されたのが、関白殿下じゃ」なんと、や
る気満々のようじゃな「それを聞いた諸将は、みな厭な顔をした。われらは、
仏罰を恐れて、なんとか翻意していただけないかと苦心しておるのに、猿めは、
かような時もゴマをするのかとな。そして、虐殺が開始された。僧侶僧兵ばか
りではなく、女子供に至るまで、みな殺された。ところがじゃ、完璧な包囲陣
を敷くように献策された関白殿下の部隊の警戒線だけ甘く、ここから多数のも
のが脱出するに成功したのじゃ。不可思議な話じゃろう。」確かに、そうじゃ。
第三十二話「利休」(6)
「関白殿下は、叡山焼き討ちに内心反対じゃったから、最初から助けるつもり
で、包囲陣を献策したのじゃろうか」兼続がつぶやく。「しかし、総見院様に
気づかれれば、ただではすまぬ仕儀にあいなるのではありますまいか」千坂が
尋ねる。「総見院様は大変な剣幕じゃったからのう。逆らえば、即刻手討ちに
されかねないご様子じゃった。明智殿も、何度も反対されておったようじゃが、
この日は観念して、捕捉したものは、童にいたるまで首をはねたようじゃ。他
の諸将も同様じゃ。それなのに、関白殿下は、助けられたのじゃ。不可思議じ
ゃろう」利休が応える。「関白殿下は、総見院様によく怒られておったと聞い
ておりまするが、怒られても大したことがないと思われたのじゃろうか。ある
いは、とがめられても、部下の不始末とかなんとかいって、ごまかしきれると
思うたのじゃろうか」千坂が、推理をする。「いや、総見院様は、ごまかしき
れるような甘きお方ではないし、関白殿下は、不遜なお気持でお仕えされてお
ったのではないと思うが」兼続が反論する。「関白殿下がお優しいお方である
ことは間違いない。子供の頃より、言うに言えぬ苦労をされてこられたのじゃ
ろうが、それゆえ、人の悲しみ苦しみに敏感なお方じゃ。無辜の民草が殺され
るのを座視できなかったのでござろう。しかし、関白殿下は、単純な仁者では
ない。鳥取の渇泣かしなど、平然と計算ずくで餓死させる面ももっておられる。
それがしは、関白殿下には、総見院様とは違う天下平定の構想、政治の原則の
ようなものがあったのではないかと思うておる」ふむふむ、「総見院様の足り
ない部分を補うお考えもあったと思うております」ふむ、しかし「しかし、そ
のことと、関白殿下に、いずれ天下を争うお考えがあったというのは、飛躍が
あるのではございませぬか」ふふ、利休が笑う。「本能寺以降の関白殿下のご
活躍をご覧あれ、散歩するつもりで富士山に登るお人はおられませぬ」なんか
頭の後ろが痛くなってきた。利休さまは、恐ろしきお人じゃ。
「利休様は関白殿下のご信頼厚い側近中の側近。それがしは、これから上杉家
の留守居役として関白殿下とお会いする機会もあるやもしれませぬ。関白殿下
のご器量が広大無辺であることは、重々承知しておりまするが、一番注意する
べきことは何でございましょうや」千坂は、ほんに駆け引きのない男じゃのう。
兼続も少し感心する。この調子で行く方が無難じゃろう。「関白殿下が、地下
の出身であることは、世に隠れもない事実であり、地下から粒々辛苦の末、関
白にまで成り上がった点こそ、関白殿下の偉大なところと、それがしなど思う
のじゃが、実は関白殿下は、自分が地下の出身であることを、あてこすられる
ことを嫌っておられる。そのことは、注意するべきじゃろうて」関白殿下に、
そのような面があるのじゃろうか。本当じゃろうか。
保守
第三十二話「利休」(7)
「秀吉公は関白殿下になられて変わられた。ご存じか。秀吉公が実は自分は天
子様の落しだねと言われておることを」落しだねとは御落胤のことでござるか、
それは、ちょっとというか、かなり無理があるのではないかのう。何か深いお
考えがあってのことじゃろうか。「関白職は代々五摂家が独占してきたもの。
素性の知れぬ秀吉公が関白職に就くことには抵抗も大きい。それゆえ、このよ
うな作り話をされたのではござりませぬか」兼続、気をまわして尋ねる。「そ
なたの御見立て通りじゃろうが、荒唐無稽の話でござる。大政所さまが、朝廷
にお仕えして、天子様の御子を身ごもった、などという話に騙されるもには、
どこにもおらぬじゃろう。公家どもの抵抗を和らげる屁のつっぱりにもなるま
い。むしろ嘲笑しておるじゃろう」しかし公家など官位が高いだけで無力なも
のじゃ。勝手に笑わせておけばよいのではないか。「それがしは、この大坂に
新しい城を築く計画を相談されたとき、総見院様の安土をしのぐ、新しい都を
作るつもりじゃった。開闢以来初めて現れた英雄に相応しい、どこにもない新
しい都を作るつもりじゃった。しかし、関白殿下は、変わられた。朝廷の権威
で、ご自分の綺羅を飾らんとしておる。そんなことをせずとも、充分偉大であ
るにもかかわらずじゃ。総見院様など、右大臣に任官したもののすぐにやめて
おられる。源頼朝公もそうじゃ。それがしは、あまりおもしろくないのじゃ」
第三十二話「利休」(8)
「そんなことを話されたのか、利休さまは。びっくりしたじゃろう。なにしろ、
利休さまは、もとは総見院様の茶頭をされておったお人じゃ。そして、総見院
様から、蘭奢待を頂くほど大事にされておったお人じゃ。そなたは、蘭奢待を
知っておるか」堺の町なかを歩きながら、会話する三成と兼続。堺奉行に着任
したばかりの石田が、兼続を堺に招待してくれたのだ。「正倉院の宝物じゃろ
う」「なんでも、よく知っておるのう。利休さまは、関白殿下にとっては、お
茶のお師匠様であるばかりでなく、総見院様と同じく見上げる存在であったお
人じゃ。頭が上がらぬのじゃ」「それにしても、利休さまは、頭の鋭いお方じ
ゃのう。ただの茶人・商人ではないようじゃ」「そうじゃのう。茶の湯自体、
書や骨董などすべてを含んだ総合芸術とでもいうべきものじゃから、ものごと
をまとめていく力がある。企画力があるのじゃ。それに茶の湯を通じた影響力
も馬鹿にはできぬぞ。細川殿や高山右近殿などは、利休さまの高弟じゃし、地
方の大名の中には、天下第一の茶人として賛仰しておるものも多い。それゆえ、
関白殿下は利休さまを外交に使われたりもしておるのじゃ。」なるほどな。茶
の湯というもの自体が大きな影響力があるのじゃな。「それにしても、直江は
茶の湯に興味がないようじゃな」図星じゃが、なぜそれがわかる。「茶の湯を
志す者ならば、利休さまにお点前のことなど質問攻めにするじゃろう。政治向
きの話を聞いたのは、そなたぐらいじゃ」石田が笑う。「もっとも、利休さま
が重用されるのは、他にも理由がある。関白殿下の家臣には、政治向きで使え
る者が少ないのじゃ。本能寺の変で村井さまなど総見院様の政治を取り仕切っ
ておったお人が戦死しておるし、明智軍に配属しておった室町幕府の用人じゃ
った方々も、山崎で戦死しておる。槍働きに優れた勇士はたくさんおるがのう。
国を治める経綸を備えたものが、おらぬのじゃ。どうじゃ、そなたも関白殿下
の直臣にならぬか。それがしと一緒に天下の仕置きをせぬか」そうくるか、石
田は関白殿下と同じく口が上手いな。話をそらさねば。「堺の町の繁栄は、聞
きしに勝るものじゃのう。それにみな裕福で自由に満ちた別天地じゃ。みるも
のすべてが珍しく、美しいのう」「堺の繁栄は何によるものか、わかっておる
のか」「それは、南蛮との貿易ではないのか」「貿易の利益も莫大なものじゃ
が、堺は貿易港であると同時に工業都市でもある、日本一の鉄砲生産地じゃ。
堺は、各地の大名に鉄砲を高値で売りつけておる。鉄砲はいまや決戦兵器じゃ
から、誰もかれも喉から手が出るほどほしい、その足元をみて、高値で売り付
けておるのじゃ。作れば来るだけ売れる。ぼろい商売じゃ。」石田が少し間を
置く。「いわば堺の繁栄は、諸国の戦乱の上に築かれたものじゃ。堺の人々の
富貴は、諸国の戦乱で苦しむ無辜の民草の血と涙で作られたものじゃ。何が自
由じゃ、ちゃんちゃらおかしい」石田、そなたは堺の奉行になったのじゃろう。
そんな調子で、うまく治めることができるのか。それにしても、石田は正義漢
じゃのう。発想がこわい。「そなたは堺の奉行になったのじゃろう。どうやっ
て治めていくのじゃ」石田がにやりと笑う。「堺ばかりにうまい汁はすわさぬ、
博多を使う」おお、石田の考えそうなことじゃ。「さすれば堺もわが手にはい
ってくるじゃろう」なんと、天下第一の切れ者というのは本当じゃ。
第三十二話「利休」(9)
「博多を使うとは、具体的にはどうするつもりなのじゃ」「島井宗室や神屋宗
湛という商人を知っておるか」「知らぬぞ」「本能寺の変に居合わせた博多の
豪商じゃ。本能寺では、数多の総見院様秘蔵の名物が戦火で喪われたのじゃが、
なんでも、鳥井は床の間に飾られていた掛け軸を懐にいれて脱出したとかいう
豪のものじゃ。ただの商人ではない」「よく脱出することができたものじゃの
う。手ぶらで逃げぬところも只者ではないのう。」「石見銀山を開いたり、南
海や朝鮮・唐とまで交易をされておるお人たちじゃ。日本国にとどまらぬ大き
な視野をもっておる」もしや、関白殿下は、これらのものに焚きつけられて唐
入りを考えるようになったのじゃろうか。「それがしは、九州征討の兵站は、
鳥井・神屋など博多のものに任せるつもりじゃ。」「堺は使わないのか」堺奉
行のお役目はどうなるのじゃ。「堺も使うが、小西を引き立てるつもりじゃ」
小西、確か紀州征討の時の水軍司令官ではないかのう。「小西は、なかなかに
勇敢な男じゃ。紀州太田城攻めで功績があり、小豆島に領地を貰っておる。瀬
戸内海東部の海の支配を任されておるのじゃ。キリシタンでもある。ええと、
この辺じゃが」珍しく石田が狼狽しておる。道に迷ったのじゃろうか。すると
向こうに大きな朝鮮人参の薬の看板のある店が見えた。「おお、なんじゃ、間
違うておらなんだ。実は、それがしは、方向音痴じゃ。よく、道を間違える。
思いこみが激しいのかもしれぬ。」石田、それは武将としては致命的な欠点か
も知れぬぞ。直しておけよ。それにしても、石田は、自分の党派を作らんとし
ておるのじゃろうか。どうも、それがしも、そのなかに組み込まれておるのじ
ゃろうか。それは、ちと困る。石田と昵懇になるのは、あくまで上杉家の安泰
のためじゃ。関白殿下の政権内部の権力闘争に、われらが巻き込まれるわけに
は参らぬ。かといって、無理に石田と阻隔を作ることもないがのう。石田との
付き合い方が、一番難しいことかもしれぬ。兼続、いろいろ考える。「あの店
が小西の父親の店じゃ。ちょっと、寄るぞ」ははあ、引き合わせくれるのじゃ
ろうか。
相変わらず面白いです
<反省会>
「筆者が宇宙戦艦ヤマトの艦長ならば、コスモクリーナーは間に合わず、人類
は滅亡しておるのう」「まことに、まことに。しかし、筆者はあいかわらず落
ち着き払っているようでございまする」「修論落して一年留年した男じゃから
のう。しかし、ナメクジ以下のスピードになっておるぞ。どうも、瑣事に拘泥
しておるように思えるのじゃが」「というか、わけがわからないまま、やって
おるからでございましょう。何が大事か、わけがわからないようでございます
る」「まことに前途は遼遠じゃ。のだめちゃんに負けるやもしれぬ」
「ところで、もてない男の大河ドラマに関する本、ちらちらと読みましたぞ。
なんですかな、あの挿絵のようなもの、ちょっとびっくりしましたぞ」「わら
わも、びっくりしたぞ。頭はよいお人のようじゃが、絵心はないようじゃ」
「いきなり脱線したが、筆者はどのような心づもりなのじゃ」「筆者は、ない
知恵を振り絞っていろいろ考えたようでございまするよ」
慶長五年(1600年)
四月十四日(付)直江状、家康の上洛命令を拒否
六月六日・家康、会津出陣を命令。十八日・家康、伏見を出陣
七月二日・家康、江戸城に到着。十七日(付)三奉行、家康弾劾の書状を発す。
七月二五日・小山会議。七月二六日・福島など、西進開始。
八月一日・西軍、伏見城を攻略。八月二三日・東軍、岐阜城を攻略。
九月一日・家康、江戸より出陣。九月十五日・関ヶ原の戦い。
九月二一日・三成。伊吹山中で捕えられる。二七日・家康、大坂城に入る。
十月一日・三成、斬首。
「なんですか」「簡単に時系列を整理した。やはり、関ヶ原がクライマックス
じゃからのう。関ヶ原で負けた時点でも、石田などは、やる気満々じゃったの
ではないか。秀頼様を擁する輝元殿が大坂城におられるし、立花など大津城を
攻撃していた精鋭も健在じゃ。これらを糾合して、さらに一戦と考えておった
のじゃと思う。宇喜多殿も島津殿も同じ考えで、大坂城を目指しておったのじ
ゃと思う。石田殿の最期の柿のエピも、その構想への未練と考えるべきじゃっ
たと思うぞ」「ふむ、関ヶ原一日で天下の形勢が決まるとは、それがしも思う
ておりませんでした。ゆえに、長谷堂で、第二報をまっておったのじゃが、あ
んなことになるとは」「秀頼様を擁しておる以上、天下を握っておったのは、
輝元殿なのに。あの弱腰、関ヶ原第一の戦犯は、小早川ではない。輝元殿じゃ」
「やはり天下を競望せずという家訓のせいじゃろうか」「それもあるじゃろう
が、毛利は朝鮮に実力以上の大軍を派遣しておるゆえ、厭戦気分があったのか
もしれぬのう。やはり、朝鮮出兵が関ヶ原の鍵じゃ。民心も豊臣から離れてお
ったようじゃし。筆者は、看羊録などを見ておるところじゃ。後、遠藤周作先
生も見ておる。びっくりするほど、飛ばしておるのう。小西が、太閤殿下を暗
殺するなんて、すごすぎるのう。ちょっとだけ、びっくりしたぞ」「大河にし
たらおもしろいかもしれませぬなあ。」「そうじゃ、高山右近を主役にして、
キリシタン大名たちを描くのじゃ。また、脱線したが、小山会議の後、南進追
撃というのも、時系列を見る限りないな。家康公は一カ月以上江戸に留まって
おる。これ以上、そなたたちに求めるのは酷というものじゃ」「百年の知己を
得たような気がいたしまする」
筆者、利休と秀吉とか、さまざまな本を読んで、圧倒されながら、気を取り直
して、ナメクジの這うようなスピードで進んでおりまする。なにとぞ、長い目
でお身守りくださいませ。越後に帰れば、話は動いて参りまする。ご寛恕願わ
しく、早々。「手紙かよ」
>>304 大河板銀座Now更新
>「ところで、もてない男の大河ドラマに関する本、ちらちらと読みましたぞ。
>なんですかな、あの挿絵のようなもの、ちょっとびっくりしましたぞ」「わら
>わも、びっくりしたぞ。頭はよいお人のようじゃが、絵心はないようじゃ」
こんやさんの奥さんが描いた挿絵はなかなかよかった。
緒形拳の秀吉とか。
第三十三話「羽柴秀長」(1)
次の日、秀長より使いが来る。「中将様より、能をご覧にいれたいとのお誘い
がございまする」なんと、秀長様は有馬からお帰りになったばかりなのに、わ
れらを歓待して下さるのか。ぜひにも、お目にかからねばならない。なにはと
もあれ、景勝と兼続、さっそく大坂城下で最も大きい秀長の屋敷に参上する。
「突然のお誘いにかかわらず、早速来ていただいて、感謝いたしまする」おお、
関白殿下の異父弟ときくが、秀麗な顔立ちじゃ。関白殿下の一族は、地下のも
のとかいうが、あるいは高貴な人々の末裔じゃったかも知れぬ。関白殿下が、
天子様のお胤というのも本当かもしれぬなあ、兼続があらぬことを連想してお
ると、能が始まった。明智討伐を題材にしたものらしい。本能寺の変の報を聞
いて号泣する秀吉役の演技に引き込まれる。ふむふむ、関白殿下の公式見解を
もとにして作られたのじゃな。ちょっと、おもしろいなあ。
能が終わって、お茶を頂くことになった。景勝と兼続が部屋に案内されると、
秀長の傍らには、えらく大きな男が座っていた。「藤堂高虎でございまする」
おお、秀長さまの片腕ともいうべきお人じゃ。秀長が、柔らかい声で話す。
「先ほどの能は、天子さまにもご覧いただく手はずになっておるのじゃが、わ
しの出番がないのじゃ。まあ、さしたる活躍もしておらぬから仕方ないがのう。
わしは、尾張中村の百姓じゃったものが、関白殿下の弟というだけで、ここま
で引き上げられたものじゃ。不才不徳の者じゃが、今後昵懇にお願いいたしま
する」恐縮する景勝と兼続、威望天下を圧するお人というのは、真じゃ。「と
ことで、上杉殿は、信玄公の婿であると聞いておるが、信玄公の弟君、信繁様
のことを何か訊いておられぬか」唐突に、何のお話じゃろう。「最近、わしは
武田と縁ある高僧より、武田典廐信繁殿の家訓を頂きました。天下人の弟とい
うものは難しき立場じゃ。功もないのに重職に挙げられ、人もほめそやす、知
らず知らず増長することもあるやもしれぬ、とその高僧に相談したら、信繁殿
の家訓を下さったのじゃ。たしか、川中島で戦死されたお人と聞いておるが」
「はい、謙信公が、信玄公の作戦の裏をかいて、信玄公の本陣を突こうとした
とき、その前に立ちふさがって最後の一兵になるまで戦い、戦死されたお方で
ございます。あの冷静な信玄公も、その亡骸を抱いて号泣されたと聞き及んで
おりまする。われらにとっては大敵でござりましたが、謙信公をはじめ、みな
その死を惜しんだと聞いておりまする」兼続が応える。「わしも、関白殿下の
弟として、兄に尽くして忠義を全うした信繁殿を見習いたいと思うておる。天
下人の弟というものは難しいものじゃ。古くは、源義経の例もある。もっとも、
わしは、義経公と違って軍略の才はないがのう」「ご謙遜が過ぎましょう。四
国攻めの総大将として、大功をあげられたと聞き及んでおりまする」「はは、
われらの戦は、先ず勝ちて而る後に戦いを求め、でござる。ゆえに、われらに
は、智名もなく、勇功もなし、でござるよ」孫子か、信繁様の家訓は、古典を
縦横に引用しておる難解なものじゃが、秀長様もよくお調べになっておるよう
じゃ。「それゆえ、われらは負けることはない。調略などで内応者を作り、兵
要地誌を作り、兵站を整え、圧倒的な大軍を動員する、必勝の態勢を整えて、
初めて戦を開始するからのう」ちょっと、脅かされておるような気がしてきた。
そういえば、兼続、思い当たることがあり尋ねる「その武田と縁のある高僧と
は、南化玄興和尚のことではござりませぬか」「よくお分かりじゃのう。その
通りじゃ」やはり、それがしも南化和尚に逢うてみたいのう。兼続、ちらとお
船のことを思い出す。
307 :
日曜8時の名無しさん:2010/02/17(水) 21:33:07 ID:eW5kbhC5
せっかく投稿して頂いて悪いんだけど
ちゃんと改行校訂してくれないと読む気起きないんだが
それと一応、ドラマの元ネタという設定なのに
戦国うんちく語りみたいになってるのはいただけないな
天地人みたいに内容スカスカなのは当然悪いが
ここまでテンポ悪いのもどうかと思う
また変なのが湧いてるけど、この文体とか雰囲気とか俺は好きです>作者氏
気になさらず頑張ってくださいませ
昨年の大河ドラマダメージが癒されます。
作者様、御自分のペースで続投願います。
第三十三話「羽柴秀長」(2)
酒肴が運ばれ、酒宴となる。「先ほど、われらの戦いには、智名もなく勇功も
なしというたが、実は四国攻めで、わしは大変困った状況に追い込まれ焦って、
あやうく藤堂を死なせるような失敗をしてしまったのじゃ」秀長が、うちとけ
た様子で、景勝と兼続に話す。そして傍らに藤堂を呼び寄せる。「この藤堂は
みての通りの大男じゃが、中味もぎっちり詰まった男じゃ。何をやらせても、
間違いのない男じゃ。わしは、関白殿下に何一つ到底及ばぬ男じゃが、唯一勝
っておるのは、藤堂を家臣にしておることじゃ。関白殿下の家臣には石田のよ
うな切れ者や、七本槍のような勇士が数多おるが、藤堂の方が優れておると、
わしは思っておる」「中将様、過分の御褒め恐縮いたしまする」藤堂が赤面す
る。これ以上ない褒め言葉じゃ。よほど、藤堂の力量をかっておるのじゃな。
「わしは関白殿下の弟というだけで、土民から目もくらむような高みに引き上
げていただいたものじゃが、反面、弟ということで、いろいろ我慢することも
あった。わしは山崎合戦では天王山の守備、賎ヶ岳の戦いでも木ノ本の守備を
するだけじゃった。四国攻めは、わしにとって生涯初めてのひのき舞台じゃっ
た。わしは、張り切った。というても、長曾我部は、和睦したがっておったし、
毛利・宇喜多も動員した圧倒的な大軍で攻め込むのじゃから、何の心配もない。
そして、実際作戦は日程通りすらすらと進んでおった。ところがじゃ、関白殿
下が、突然何を思われたか、御みずから親征すると言いだされた。言い出され
たばかりか、堺まででばってきて、まだかまだかの矢の催促じゃ。」ちょうど、
越中の佐々征討の前じゃ。何か、われらの知らない情報が入ったのかもしれぬ
なあ。「関白殿下がもし増援部隊を率いてこられたら、わしは面目丸つぶれじ
ゃ。秀長が攻めあぐんだため、関白殿下みずから出陣されたということに、世
間ではなるじゃろう。わしは焦った。その時、われらは、阿波一宮城を攻撃し
ておった。険岨な山城じゃ。普段ならば、包囲して兵糧攻めにするか、調略す
るか、時間をかけるところじゃが、焦っておるわしは、強攻を命じた。長宗我
部は、雑賀とつながりがある。熟練した鉄砲隊に狙撃され、攻撃は頓挫した。
その夜じゃ、この藤堂が、単身、いや従者を連れて、堀の深さを測りにいって
くれたのは。そして、狙撃された。さいわいなことに、弾は鎧を貫通したが、
直垂でとまっておった。しかし、藤堂は、人事不省になって、高熱を出した。
わしは、うんうん唸っておる、藤堂の顔を見ながら、わしの功名心が、藤堂を
殺すのかと、心の底から後悔した。わしの功名など藤堂の命には代えられぬも
のじゃと思うた」藤堂は、何度も主家を変えた計算高い男じゃと思うておった
が、忠義者じゃのう。いや、秀長さまの信頼が、藤堂を忠義者にしたのじゃろ
う。やはり、関白殿下の弟君、万人の上にたつ器量のあるお方じゃ。
「藤堂は、城を作るのも得意じゃ。上杉殿も城を作る時は、藤堂に相談すれば
よい。重宝な男じゃ。しかし、藤堂はやれぬぞ」ちょっと、冗談ぽくいう秀長。
「それがしも、浅井・阿閉・磯野・津田と何度も主家を変えてまいりましたが、
秀長様に終生お仕えする所存でございまする」ちょっと、感動する景勝と兼続。
よき主君とよき家臣じゃ。
「そういえば」藤堂高虎が秀長に話す。「関白殿下から、佐々殿が九州征討作
戦への従軍を願い出ておるが、中将はどう思うかとのお尋ねがございました」
「佐々殿も、闘志がよみがえったようじゃのう。このまま朽ち果てさせるには
惜しいお人じゃ。わしも賛成じゃと伝えてくれ」「関白殿下は、何事も中将様
にご相談されまする」藤堂が少し自慢げに言う。
「徳川に対する融和策をどのようにお考えでございますか」兼続が尋ねる。石
田の話では、秀長様は、朝日姫様の輿入れに反対されておったと聞くが。
「関白殿下のご命令で、わが妹は離縁して、徳川殿に嫁いだ。わしは、仲睦ま
じい夫婦を引き裂いてまで、天下平定の礎にせんとした関白殿下の苦衷、その
苦衷を察してうけてくれた朝日の志を無にするようなことはできぬ。いまは、
一日も早く、徳川殿が上洛されることを願うのみじゃ」なんと、肉親の情とし
ては当然じゃが、石田の話とは大分違うではないか。大丈夫かな。少し、真田
ことが心配になったぞ。悪い予感のする兼続。
<反省会>
「タイトルを考えたぞ。『お船と兼吉の米沢三十万石物語』じゃ。どうじゃ」
ええと、突っ込みどころ満載じゃが。何から、言えばよいのやら。「藤子先生
の漫画を参考にしたのじゃ。やはり主人公の名前を出した方がよいぞ。ロケッ
ト君みたいに」ええと、これだけにしよう。「その題名ですと、お館さまと菊
姫さまを、蔑にすることになるのではありますまいか。われら夫婦はあくまで
家老夫婦でございまする。それがしの名前も違うようですし、それに、いかに
も、前田夫婦をパクったように、思われるのではありますまいか」「うむ、偶
然の一致じゃが、そういわれてみればそんな気もせんでもないのう。別のタイ
トルを考えよう。そなたも、考えておけよ。」
「ところで、ようやく上洛編も、あと一話で終わりじゃが、大河での、そなた
の、幸村、また逢おう、というシーンは、なかなか良かったのう。ゴッドファ
ザーパートUの、ビト・コルレオーネを含むイタリア移民が、自由の女神を見
るシーンのようであった」「いくらなんでも、それは言い過ぎでございましょ
う。それにしても、それがしの愛の前立てに、原作者の先生は思い入れがある
ようでございますなあ」「筆者は、愛の前立ての話は苦手じゃ。子供店長も苦
手じゃが。意味がよくわからぬ。第一、そなたは、それほど甘き男ではあるま
い。米沢三十万石に減封された後、本多正信に対する工作をする一方、ひそか
に鉄砲職人を呼び寄せ軍備を充実させるなど、二枚腰・三枚腰の男じゃ」「海
音寺先生にも、御褒めにあずかっております」「海音寺先生は、そなたのこと
を高く評価しておるのう。特に、関ヶ原以後の二十年を。」「はい、反面、石
田と真田のことは、ぼろくそでございますね。人徳の差というものでしょうか」
「海音寺先生は、史実に詳しきお人、参考にせねばならぬが、しかし、石田に
は厳しいのう。」「ところで、真田と石田は、相婿の義兄弟なのじゃが、筆者
は、いつ本編に書くつもりなのでしょう。」「忘れておるかもしれぬ。筆者は、
後で気づいて、間違えたと思っておることは、山ほどあるぞ。おお、そうじゃ、
忘れないように、メモっておこう。家康公が東鏡を愛読したのは、武家関白を
打倒し、東国に幕府を開かんとしたのではないか」「なにやら、ペダンチック
になっておるのう。」「廷尉なんとか、という大正時代の訳を読んでおります
る」「前回、突然義経が出てきたわけがわかったぞ。しかし、吾妻鏡を家康公
も読んでいたかと思うと、不思議な気がするのう。」「なにやら、筆者、徳川
の勉強をしておるようじゃが、まさか」「そのまさかじゃ、そなたには、近い
うちに、徳川にお使いに行ってもらうことになっておる」「それがしは、上杉
家の執政なのじゃが、おつかいばかりで、いつ政務をとるのじゃろう。あまり
にも、軽々しいのではないかのう。」「九州に行かされないだけ、ましと思わ
ねばならぬ。筆者は、そなたを動かして話を進めることしか、能がないのじゃ。
何事も、がまんじゃ。その前に、上洛編の掉尾を飾る『京都の夜』じゃ。」
「なんか、修学旅行みたいなタイトルですね」「本編の主人公、お船さまが、
大活躍する回じゃ。やはり、主役が登場しないと、面白くないじゃろう。そう
じゃろう」
筆者、関ヶ原挙兵の石田の動機を考えております。石田には、自分にしか天下
の仕置きはできぬという自負があったのではないかと。そして、そのためには、
豊臣政権の政策を検討する必要があると、考えておりまする。
読みづらい><
第三十四話「京都の夜」(1)
景勝の参内のため、京都に戻る一行、秀吉も上洛してきた。「いよいよ、こた
びの上洛の総仕上げでございますな」「うむ。謙信公も、二度上洛されたおり、
後奈良天皇・正親町天皇に拝謁されておる」お館さまは、喜こんでいるようだ。
関白殿下の推挽で任官することは、自動的に関白殿下の臣下になることじゃが、
本当によく考えられておる。天子様に拝謁できる感激で、何もかも忘れてしま
いそうじゃ。兼続、お船を探すが、「奥方様は近江に調査に行かれておられま
する」と言われる。何をしらべておるのじゃろう。検地かな?
天正十四年六月二四日、上杉景勝は、秀吉に先導され参内、従四位下左近衛権
少将に叙せられた。最初から分かっていたことだが、秀吉の対応の変化に驚く。
「上杉少将、自今わが節度に従え」大音声で決めつけられる。お客さま扱いは
終わりで、これからは純然たる臣下ということじゃな。景勝の後ろに控える兼
続、少し面白くない。
はずむ足取りで本国寺に戻る景勝。「わしは、和仁親王様より天杯を賜ったぞ。
景勝一代の冥加じゃ。感激じゃ。関白殿下に感謝の言葉もない。そなたの御蔭
じゃ。上洛してきて本当によかった」お館さまにしては珍しく舞い上がってお
るようじゃ。無理もないが、それがしも感激で胸が詰まる思いじゃ。
関白殿下の使者として真田幸村が来る。なんと、「それがしは、関白殿下の近
習として、さまざまなことを学ばさせていただいておりまする。関白殿下から
の御言葉をお預かりしてまいりました。上杉少将、こたびの上洛真に大儀。な
お、位官については、さらに上らせることを考えておる。さらに佐渡・庄内へ
の関与を承認するとのことでございまする」なんといたれりつくせりじゃな。
決めるところは決めて、その後の懐柔も抜かりなしか。佐渡・庄内は手柄次第
ということか。しかし、新発田の件はどうなるのじゃろう。
「ところで、少し気になることがあるのじゃが、そなた、どうも徳川への攻勢
というのは、石田・大谷などの一存で容認されておるようで、関白殿下の政権
全体の意志ではないようじゃ。もしや、真田だけの責任にされる可能性もある
やもしれぬ。留意せよ。もし、困ったことになれば、遠慮なく相談してもらい
たい。われらにとって、真田は南の藩屏、それに、われらは謙信の家じゃ。何
があっても見捨てることはない」「ありがたきお言葉、何かありましたら、ご
相談いたしまする」「われらの連絡網をお使いなされ」少し気になっておった
から、よい機会じゃった。幸村を使わしたのは石田の考えじゃろうか。
そこに、お船が戻ってきた。
第三十四話「京都の夜」(2)
さっそく、景勝と直江夫婦の打ち合わせ会議が始まった。まず、兼続が要領よ
く大阪での出来事を報告する。「ふむ、利休さまは関白殿下が変わったと言わ
れたのか」すこし考える風情のお船、おもむろに口を開く。「考えてみれば、
関白殿下のまことの姿を誰も知らぬのかもしれぬ」うん、どういう意味?「関
白殿下は、幼き頃、家を出され各地を放浪し、ありとあらゆる苦労をされた。
乞食や盗賊まで、やりきったという話じゃ。それゆえ、関白殿下は、人の心が
読める。人の悲しみ、苦しみを自分のことのように感じる感受性を身につけら
れてた。そしてそれを武器に、天下を取られた。」「世の中の裏の裏まで知り
つくされたお方が、天下に立ったわけでございまするね」兼続が、相の手を入
れる。「そうじゃ、しかし、誰も関白殿下の本当の姿を知らないのではないか
のう」「どういう意味ですか。それがしは関白殿下は聡明で心優しく、度量の
大きなお方と思うておりまするが」「それはその通りじゃが、それは、関白殿
下が苦労した少年時代、総見院様にお仕えしておった時に、みずから作り上げ
たものではないか。いまや、関白殿下は、天下平定目前じゃ。誰に憚ることな
き立場になられた。利休さまは、関白殿下は変わられたと言われたそうじゃが、
本当の姿をお見せになりつつあるのやも知れぬ」言われてみればそうじゃ、今
や、天下は関白殿下の思うままじゃ。関白殿下が何をお考えなのか、どんなお
方なのか、再検討する必要があるようじゃ。
「ところで、お船殿の収穫はいかがなものですかな」「わらわも、収穫大じゃ。
何から話そうかな」少し考えるお船。「まず、細作からの報告を話すとしよう
か。尼崎などには、大量の食糧・軍需品が集積されておるようじゃ。毛利の領
内には、道路・港湾の整備を念入りにするようにとの関白殿下の命令が出され
ておる。赤間が関には、関白殿下の直轄領が設定され、大きな蔵が建設されて
おるそうじゃ」「九州征討の準備も着々と進んでおりまするな」「そればかり
ではないようじゃ。唐入りも視野に入れて、念入りに作れとの命令が出ておる
ようじゃ」「うすうす、唐入りがあるやのようなことは、関白殿下や石田など
から、ほのめかされておりまするが、本当でございましょうや。」「どうも、
唐入りの計画は本当のようじゃ」「しかし、何故でございましょう。天下が平
定されれば、内政に力を注ぐのが筋ではないじゃろうか。無益な戦をするべき
ではないのではないじゃろうか」兼続、誰もが思う当然の疑問を口に出す。
「その内政に、唐入りは関係があるのじゃ。ううん、どう話せばよいのじゃろ
う。ざらざらと話すから、疑問に思うところは、質問せよ」前置きして、お船
話し始める。情報、盛りだくさんのようじゃな。
「わらわは、お館さまなどが大坂に発たれた後、妙心寺に赴き、南化玄興和尚
にお目にかかったのじゃ。勝頼公の首を鄭重に供養してくださったことについ
て奥方様よりお礼されるようにもうしつかっておったのでな。南化和尚のとこ
ろにいったら、先客がおった。わらわと年格好が同じくらいの女性じゃ。南化
和尚が、所用で席を外されて、なかなか帰ってこないので、わらわはその女性
と世間話をしておった。」誰じゃろう。「昨年暮れの畿内の大地震は大変な被
害を出したようじゃ。その女性も城が倒壊して、一人娘を亡くされたそうじゃ」
「城もち大名の奥方様なのですか」「そうじゃ、山内一豊殿の奥方じゃ。知っ
ておるか」「いや、存じませぬ」「長浜城の城主じゃ」長浜城、そういえば、
上洛の途中、崩れた天主閣を解体しておったが。しかし、長浜は、関白殿下の
旧領、そこをまかされるとは、関白殿下の信頼の厚いお人のようじゃ。
「なんでも、関白殿下の家臣のなかでは最古参のお人らしい。奥方様も、千代
様といわれるのじゃが、なかなか世間に名が通ったお方じゃ。覚えておらぬか。
総見院様の御馬揃えの時、誰も手が出ぬ高値の名馬を、ご自分のへそくりを出
して亭主殿に買わせた奥方の話を」「おお、そういえば、美談として、そんな
話がありましたなあ」「その本人じゃ。千代様は」「おお、それは奇縁でござ
いまするな。才気煥発の才女なのじゃろうか」「いや、娘を亡くされて半年じ
ゃから、元気はなかった。子に先立たれた親は一生立ち直れまい」不意に、お
松の顔が浮かぶ。はやく、逢いたいのう。もう、大きくなったかな。
第三十四話「京都の夜」(3)
「千代様は、その亡くなったお嬢様の供養のことで、南化和尚を尋ねてこられ
ておったのじゃ。」ふむ、南化和尚と、とても親しいお方のようじゃなあ。
「南化和尚は、千代様の前に小さな男の子を連れてきて、面倒を見てもらえま
せぬかと頼まれておった。女の子ではなく男の子とは、南化和尚は、なかなか
深い考えのあるお人のようじゃ」逢ってみたいのう。
「ところで、わらわは千代様に、ちらと検地のことを聞いたのじゃ、検地とい
うのは、具体的にどのようにするのですかと、すると、千代様は、少し考えて
おられたが、今日は新しい息子を授かった日じゃから、仏への功徳として、教
えてあげましょうと、極秘情報を教えてくれた」なんじゃろう、景勝までも、
身を乗り出す。「検地が試験的に行われているのは、近江・山城じゃ。どちら
も、きわめて生産性が高い国であり、百姓どもも豊かなものが多い。しかし、
検地に対しては、猛烈な反対が起きておるようじゃ。」はて、聞いたことない
が。「近江は、関白殿下の政権の要の国じゃから、表立っての一揆は、即座に
鎮圧されるじゃろうから、耕作を放棄することで、抵抗しておるとのことじゃ」
ふむ、「検地というのは、土地の面積を測り、年貢を決定するだけでなく、そ
の田畑の耕作者を決めていき、領主と自作農を直接結びつけることを目的とす
るものじゃ。いわゆる土豪のごとき中間的存在は、すべて排除される。この排
除された者どもが中心になって、猛烈に反対しておるのじゃ。実は、わらわは
千代様に聞いた、逃散した村を見に行ってきたのじゃ。」「どうでしたか」
「千代様の話は、本当じゃった。無人の村が幾つもあったわ。検地というのは、
口で言うほど、簡単ではないようじゃ」おお「千代様の話によれば、総見院様
が大和で検地をおこなったときは、一万の軍勢を派遣し、五十以上の城を割っ
て、そのうえで検地をしたそうじゃ。検地というのは、軍勢の威圧のもとでな
いと難しいものらしい」「それで検地しても逃散されては、本も子もないでは
ないですか」「その逃げて行った百姓どもは、どうしておるのじゃ」突然、景
勝が珍しく質問する。「どうも、京や大坂に流入しておるようでございまする。
関白殿下は、大坂城・聚楽第・方広寺大仏殿と、矢継ぎ早に、大工事をはじめ
ておられますが、これらの流民を吸収するためかもしれませぬ」なるほど、関
白殿下は流石じゃ。そこまで考えておるのか。「つまり、お船殿は、平和的な
方法では、検地の遂行は難しいので、唐入りをするという戦時体制を構築し、
そのなかで検地など国内改革を進めるのではないかと見ておられるのですか。
しかし、それはおかしいのでは。唐入りのための軍勢を整えるため、軍役を課
す根拠となる検地をするのではないですか」兼続、またもっともな質問をする。
「唐入りは、関白殿下にとって、内政改革の目的であると同時に内政改革の手
段でもあるのじゃ。検地というものは、ここ百年以上の日本の体制を根本から
変革する改革じゃ。生半可なことでは成就できない大改革じゃ。ゆえに、唐入
りは目的でもあると同時に手段でもあるのじゃ。小牧の戦いを見てみよ、敵は
徳川じゃが、関白殿下は戦うこと以上に、自分の陣営を固めることに留意され
ていたではないか。それと同じことじゃ。関白殿下が、はかりしれない大きな
お方であることは、われらもわかっておるつもりじゃったが、想像を絶する大
きさなのかもしれぬぞ」おお、なるほど、そうかも知れぬ。
第三十四話「京都の夜」(4)
「関白殿下の精鋭は、専業の武士ばかりじゃから、上方は兵農分離が進んでお
ると思うておったが、そうではないのじゃろうか。検地ももっと簡単なものの
ように思うておったが」景勝、やはり関心があるのは軍事面である。「実は、
わしは武士と農民の区別がよくわからないのじゃ」景勝、率直な疑問を口にす
る。おお、しかしお館さまの疑問ももっともじゃ。そもそも、年貢を出せば農
民じゃし、軍役に服せば武士になるじゃろう。区別ができるのじゃろうか。
お船が応える。「関白殿下は、先年の紀伊攻めで、刀狩りというものをされて
おりまする。根来寺を焼き払った関白殿下の軍勢は、最後の拠点太田城を包囲
し、水攻めにされました。水が城内まで流れ込んできたため、籠城衆は、降伏
を申し出ました。すると、関白殿下は、主だったもの五十人ばかりを処刑し、
残余の者は助命し、そればかりか彼らが城内に持ち込んでいた、農機具・食糧
なども返してやり、村に返したそうでございます。そして、農業に専念せよと
布告したとのことでございまする」「やはり、関白殿下は、地下の出身ゆえ、
百姓どもにまで憐みをかけておられるのじゃな。これが総見院様ならば、間違
いなく皆殺しにされておったじゃろう。やはり、関白殿下は、お優しいお方じ
ゃ。天下を治める器量のあるお方じゃ。」どうも、景勝、上洛してからすっか
り秀吉に心服したのか、見方が相当甘くなったようである。
お船、少しも動ぜず話を続ける。「その後、この地域全体の百姓の武器を取り
上げたかのような噂もありまする。以上は、京で仕入れた情報で、紀伊の現地
に派遣しておる細作が戻れば、さらに詳細な分析ができるかと思われまする」
ふむ、つまり一揆の武装解除に留まらぬ、百姓全体の武装解除か、しかし、そ
んなことができるのじゃろうか。これも、軍勢の威圧のもとに、占領地だから
できたことなのじゃろうか。関白殿下は、日本国中で検地と刀狩りをやるのじ
ゃろうか。われらもせねばならぬのじゃろうか。検地をやりきれば、上杉家は
お館さまのもと、一糸乱れぬ家中となるじゃろうが、一歩間違えると、大反乱
が起きるやもしれぬのう。それにしても、関白殿下は、天下統一の戦のさなか
にもかかわらず、泰平の世を招来する方策もちゃんと考えておられる。それが、
唐入りと関連しておることは、気になるがのう。
兼続の心を読んだか「検地・刀狩りが進行すれば、意にそまず武士の身分を失
ったものの不満は高まりましょう。それらのものの不満をそらすためにも、唐
入りが設定されておるのやも知れませぬ」お船殿は、やはり鋭いのう。
第三十四話「京都の夜」(5)
お館さまの前を下がった後も夫婦の会話は続く。兼続、いつものように、洗い
ざらい報告させられる。「そなた、堺で小西殿に逢った後、和泉屋とかいう鉄
砲商人にあって鉄砲を注文したのではないか、身辺警護のものより報告が上が
っておるぞ、その話がぬけておるようじゃが」やっぱり、それがしは四六時中
監視されておる。よかった、誤解を招くような行動をしなくて、また兼吉にさ
れるのはたまらん。しかし、自由がないというのは苦しいものじゃ。世の中の
婿養子は、みなそれがしのように苦労しておるのじゃろうか。
「そなた、ほかに隠しておることはないのか」さらに追い打ち、清廉潔白なの
に、痛くもない腹を探られるかわいそうな兼続。たまらず、話題を変える。
「しかし、関白殿下は、本当に唐入りなど、考えておられるのでしょうか。そ
れがしには、雲をつかむような現実離れしたことのように思えます」「実はわ
らわも、どこまで本気なのか、測りかねておる。しかし、毛利の領内に、唐入
りも視野に入れて、念入りに道路・港湾の整備をせよという命令が出ておるの
は事実じゃ。それに、関白殿下は、天下静謐のため、士農工商の身分のはっき
り分かれた国を作ろうとしておる。これは、なかなか大変なことじゃ。さまざ
まな矛盾や軋轢も生まれるじゃろう。それを、そらすために設定したものでは
ないじゃろうか。そなたもいうておったではないか。内乱を冀う心を外征に転
化すると、関白殿下が言われたと。外征とは、つまり唐入りのことではないの
か。」ふむむ、「しかし、厳然と士農工商の身分が別れた社会というものは、
どのようなものなのでございましょう。中国の史書でも調べないといけませぬ
なあ」そこで、閃く兼続。「そういえば、南化和尚に」「ちゃんと、わたりを
つけておいてやったぞ。昨今、そこまで好学の士は奇特でござるな、とおおせ
で、いつでも、お尋ねくださいとのことじゃ」おお、南化和尚には聞きたいこ
とが山ほどある。次の上洛のときには、時間を作って、いろいろ教えてもらわ
ねばならぬ。そうじゃ、能筆のものを選抜して、書き写し隊をつくっておこう。
色々な書物を集めて、学校を作るのじゃ。足利学校みたいな学校じゃ。それが
しは、武ではなく文で国を治めるのじゃ。兼続の夢は膨らむ。
「関白殿下は、大きな器量で天下を平定しようとしておるが、意外と誰も信用
していないのかもしれぬなあ。やはり、本能寺の明智の謀反は、われらが想像
する以上に心の傷になっておるやもしれぬ」うん、兼続、妄想に水を差される。
「前田殿など、戦を厭い安穏を求める諸将は、関白殿下を天下を平定し、平和
をもたらし、民に安穏を恵むお人じゃと信じ、関白殿下に従い、盛りたてよう
としておるのじゃが、関白殿下は、戦争に動員していないと安心できぬのかも
知れぬ。ご自分がそうだったからなのかな」「どういう意味で」「関白殿下は
総見院様に忠誠を尽くされたお人じゃと世間では思われておるが、ご自分のな
かでは、いつの日か、総見院様と天下を争う不逞の考えがあったのやも知れぬ
ということじゃ」うん、「ちょっと、意味がわかりませぬが」「わらわも、う
まく言えぬが、どれほど忠義づらしておっても、その心底は分からぬというこ
とじゃ。ご自分がそうだったから、他人もきっと不逞の野心を持っておるので
はと、疑っておるのではないかということじゃ」なるほど、利休さまの話と初
めて平仄があった。そういう意味か。「つまり、関白殿下は、どれほど忠誠を
尽くす臣下でも、その心底はわからぬと疑ってられるということでございます
か。ゆえに、唐入りという途方もない軍事作戦を計画して、みなを動員し、謀
反する暇をあたえぬつもりじゃと」「そうじゃ、関白殿下は、総見院様に唐に
攻め込むといわれた笑い話があるようじゃが、ご自分の謀反の考えを隠す意図
があったのではないか。関白殿下は、ご自分が総見院様の立場となったいま、
誰も信じておられぬのではないか」史上最強の権力者の心のなかが、猜疑心で
いっぱいというわけか。「動かしておらぬと安心できぬのではないじゃろうか」
「ちょっと、考えすぎのような気がいたしまする。関白殿下にお目にかかれば、
そのお優しいお人柄にふれれば、お船殿の疑念も春の雪にように消えるのでは」
「そなたは甘い。お館さまも相当、関白殿下に幻惑されておるご様子じゃが、
そなたまで、そのように甘きことをいうておると、お家の大事となるぞ。しっか
りせよ」お船の説教が始まったようである。京都の夜は更けていく。
第三十四話「京都の夜」(6)
「藤田信吉隊、動き出しました」京を出立する朝、本国寺にしつらえられた本
陣に、行軍序列に従って、各部隊が動き出した報告がはいってくる。越後に帰
ったら、まっさきに新発田を攻めつぶしてやる、兼続が景勝と、よもやま話を
していると、そこに石田が見送りに来た。最後の最後まで、鄭重な扱いじゃの
う。兼続が、応対する。
「早速じゃが、確認しておくぞ。佐渡・庄内への進攻作戦は許可する。その代
り、越中・上野はあきらめてもらう」いつものように余計なことは言わない。
「関白殿下の惣無事令、いずれ東国にも出るのではないか。大丈夫じゃろうか」
「大丈夫じゃ。もともと、佐渡・庄内は、謙信公以来上杉の領地のようなもの
じゃ。それに、上杉は、関白殿下にとって無二の家じゃ。それがしなど、北条
を滅ぼした後、関東を上杉に任せたいと思うておる。もとは関東管領のお家じ
ゃし、徳川を東から牽制してもらいたいとも思うておる」石田、われらが喜ぶ
つぼを知っておるようじゃ。「新発田攻めについては、われらの指示に従って
もらいたい。北条攻めが早まるかも知れぬ。その場合、新発田の戦力も必要と
なる。」ほんとうに、手前がってなことをぬかす奴じゃ。ちょっと、籠絡され
かけたけど、新発田を許すことなどできるはずもないわ。黙って、聞き流す兼
続。「こたびの上杉殿の上洛は、関白殿下も高く評価されておる。そなたの功
績も大きいものじゃ。天下静謐のため、これからも、いろいろ協力してもらう。
何か、困ったことがあれば、それがしに相談するように。できるかぎり援助す
るつもりじゃ」石田は、石田なりに精一杯好意を示しておるのじゃな。「そな
たらも忙しいじゃろうから、これで失礼する。」風のように去る石田。と、思
ったら、戻ってきて、「そういえば、上条殿には、飢え死にせぬ程度の食禄を
与えることになった。五百石くらいじゃ。上杉に配慮した上での関白殿下の決
定じゃ。一応、伝えておく」上条殿も、関白殿下に利用されて、捨てられたか。
ちょっと、かわいそうなことになったが、家中の統制からいえば、満足できる
結果じゃな。兼続、早速景勝に報告する。黙って聞く景勝。「帰れば、すぐに
新発田攻めじゃ。忙しくなる。頼むぞ」
<反省会>
「いきなり脱線じゃがバンクーバー、納得いきませぬね」
「全く同感じゃ。筆者は狂信的なマオイストというだけで、フィギュアのこと
何にも分かっておらぬのじゃが、同じシーズンであんなに点数があがるものな
のじゃろうか。史上最高点とかいうておるが、何がすごいのか、さっぱりわか
らぬ。まったく不可解じゃ。さらに不思議なのは、メディアの論調じゃ。すご
いすごいというておるが、何がすごいのか。全くわからぬぞ」
「02ワールドカップの時と同じでございまするね。キモ。審判を買収して、
ポルトガル・イタリア・スペインから勝利を盗んだ韓国を褒めておった時と」
「キムコなど、韓国を見習えとかぬかしておったぞ。一遍で嫌いになった。
今回は、2002年以上に嫌いになったものが多い。もう二度と韓国には行か
ないし、キムチも食べないし、テレビも見ないわ」
「ていうか、筆者、今年になってテレビは、龍馬伝と不毛地帯しか見ておらぬ
し、キムチはもともと嫌いじゃし、冬ソナもチャングムも金某の動画も一回も
みておらぬじゃろ。筆者のボイコット、あんまり大勢に影響ないぞ」
「金某は昔から子供らしくないので、苦手だったのでござる。表現力とか、顔
芸とかなんですかな、気持ち悪いだけでござる」
「われらは上杉じゃから、あまり品のないことを、これ以上いうのは憚られる。
が、真央殿は、立派でござったのう」
「まことに、源氏物語とか、そういうレベルでの日本の宝ものでございますな。
同じ時代に生まれあわせ、拝見できることができる僥倖に感謝せねばなりませ
ぬ。なにもかも美しいお方じゃ。」
「わらわにそっくりじゃな。」
「エ、どちらかというとミキティの方が似ておるのでは」
「それは常盤さんのことじゃろう。わらわは、真央殿に似ておる。そう決めた」
決めたとか言われても。
「韓国は触るもの、すべてう○こにしてしまうのう。」
「世間というか外聞を気にしないみたいですな」
「関白殿下も、かかわったために、法則が発動したのやもしれぬなあ」
「ワールドも気になりますが、先を急がねばなりませぬ」
「宝○の合格発表も気になるのう。がんばれ、怜ちゃん」
「なんじゃろう、脱線のしすぎじゃ。次回のタイトルは三方ヶ原、ついに、そ
れがしは、徳川家康公にあいにいきまする」
>>319 こんな反省会は読みとうなかった…
気持ちはお察ししますが、ちと板違いかと。
普段の作者さんらしからぬおっしゃりよう、
もしや偽者かと思いましたぞ。
第三十五話「三方ヶ原」(1)
濃い緑が燃える春日山が見えてきた。無事帰りついた、ほっとする兼続。「近
いうちに新発田攻めに出陣せねばなるまい」かたわらの景勝が、つぶやく。
今、われらに潮が満ちておる。この潮にうまく乗って、一気に越後平定を成し
遂げたいものじゃ。ぼやぼやしておると、関白殿下の邪魔が入るやもしれぬ。
敵も味方もおかまいなしに、自分の軍勢と計算しかねぬからのう。一度、兵を
郷里に帰して、再招集するとして何日必要じゃろうか。今日は七月六日じゃか
ら、ううん、やはり、新発田攻めは来月になるかのう「新発田は、この情勢の
変化をどのように思っておるじゃろうか。天正十年、本能寺の直前は、われら
が孤立無援じゃった。いまや、形勢逆転じゃ」景勝がさらに重ねる。新発田は
われらがいちばん困難なときに謀反した。ゆえに、許せぬ。しかし、お館さま
は、お許しになることも考えておられるのじゃろうか。兼続、景勝の心の中を
忖度しようと、じっと景勝の顔を見つめるが、何も読み取れない。
春日山には、本庄が待っていた。「こたびの上洛、ご苦労さまでございまする」
「天子様にも拝謁されたそうでございまするな。おめでとうございまする」
「うむ、これは関白殿下より、拝領した陣羽織じゃ。どうじゃ」景勝も、うれ
しそうに見せる。揚北の諸将も、祝賀の使者を春日山に送ってきた。応接に暇
がない兼続。やはり、関白殿下が、われらの後ろ盾になったことで、みなの見
る目が変わってきたようじゃ。これらのものにも動員をかければ、新発田討伐
の軍勢は万を超えるじゃろう。軍勢が膨らむのは、かまわぬが、兵站が問題と
なるのう。どれほどの食糧が必要となるのじゃろう。ざっと、計算しておかね
ばなるまい。食糧不足で撤退するようなことになれば、それがしの面目がたた
ぬ。何もかも細かい兼続、苦労が絶えない。高梨に計算してもらおう。
そこに、使い番が来る。「お館さまが、火急のお呼びでございまする」なんじ
ゃろう。景勝の前に出ると、そこに真田幸村がいた。どうしたのじゃろう。あ
る程度、自由がきくというても、人質は人質じゃろう。越後まで、来るとは。
自由すぎる。もしや、逃げてきたのじゃろうか。説教して追い返さねばならぬ。
ぐるぐる頭で考えながら、幸村の前に座る。なんと、幸村の顔は、蒼白で、ぶ
るぶると小刻みに震えている。何があったのじゃろう。
>>319 たしかに不可解でしたね。「五輪さえ勝てればいい」とでも思ってるのか、彼の国は……
まあそれは兎も角、いよいよ上田合戦ですか。楽しみです
第三十五話「三方ヶ原」(2)
「徳川家康、真田討伐のために甲府に進出したという情報が入っておりまする」
おお、なんと、石田の思惑通り、真田の攻勢が功を奏し、徳川との戦いが、
再開されることになったのじゃろうか。われらも、信濃に出陣せねばならなく
なったのかな、そのため、幸村殿が派遣されてきたのじゃろうか。
「石田殿の思い通りになったというわけでござるか。それで、われらに真田の
後詰をせよということでござるか」兼続が幸村に訊く。
「いいえ、関白殿下は、真田の佐久郡進攻を烈火のごとくお怒りで、こたびの
後詰は無用と上杉に申しつけよ、との仰せじゃということでございまする」
なんと、驚く景勝、あまり驚かない兼続。やはりな。
「近いうちに石田殿より詳細な書状が届くかと思われます」
幸村、つとめて冷静に話そうと努力しているようだ。
「おかしな話じゃな」納得いかない景勝。「真田の攻勢は、石田殿も容認とい
うかむしろ使簇しておったものじゃろう。それを今になって、真田の後詰をす
するなとは、上方の人間は、恥がないのじゃろうか」
「おそらく、こたびの家康の真田討伐は、上洛遅延の口実でございましょう。
関白殿下も、それは充分おわかりじゃが、九州の情勢が悪化しており、いても
たってもおられないほど焦っておるのでございましょう。島津の九州制覇は、
目前との報告もあがっております。このまま、時間がたてば、九州征討の足が
かりを失いかねないのに、徳川の上洛がないので九州に親征することができぬ
ため、関白殿下は、上洛遅延の名目となっておる真田に八つ当たりをしておる
のでございましょう」兼続、冷静に分析する。
「しかし、後詰無用といわれても、確か、佐久郡は、われらが真田に安堵した
所領じゃ。ここで、上杉が真田を見殺しにすれば、われらは鼎の軽重を問われ
ることになろう」景勝、武門の意地が立たなくことになるのではと心配する。
「それで、幸村殿は、どうされるおつもりじゃ」兼続が問う。
「このまま、上田にもどり、徳川との戦いに備えるつもりでございまする」
「われらも、新発田攻めを中止し、川中島に進出、真田の後詰をする」景勝、
熱くなっている。お館さまは、幸村殿を気に入っておられるからなあ。
「お館さまは、予定通り新発田攻めに出陣してくださいませ。揚北の者どもも、
自発的に新発田の出城を攻撃しておりまする。この機を逃してはなりませぬ」
「木村殿が、新発田への降伏勧告の使者として、近いうちにこられるようなこ
とを聞きました」幸村、必死で景勝に加勢する。
「関白殿下に臣従して最初の命令が、真田を見殺しにし、新発田を許すと言う
のであれば、わしは出家するぞ」景勝、さらに熱くなっている。
「木村殿が来ることも、聞いておりまする。それゆえで、ございまする。この
まま、出陣して、われらに許す気がないことを、関白殿下に分かってもらわね
ばなりませぬ」「では、真田はそのまま見殺しにするのか。謙信公に顔向けで
きぬことになるぞ」さらにさらに熱くなる景勝。
「それがしにお任せ下さいませ」にっこり笑う兼続。大丈夫か安請け合いして。
第三十五話「三方ヶ原」(3)
「しかし、わしが新発田攻めに出陣すれば、真田の後詰はできぬぞ。それに、
木村清久殿が、新発田への降伏勧告の使者として派遣されるのじゃろう。折角
出陣しても、新発田を攻めつぶすことができぬのであれば、せめて春日山で様
子をみておるべきではないじゃろうか」景勝は、まだ納得していないようだ。
「真田の後詰など必要ございませぬ。要するに、徳川殿の真田攻撃を翻意させ
ればよろしいのでございまする。さすれば、新発田への降伏勧告もなくなりま
する」「それができぬから、関白殿下は新発田を許して、われらとともに北条
攻めの先鋒としたいのじゃろう。北条を先に攻めつぶして、徳川を孤立させた
いのじゃろう。そのための木村殿の派遣ではないのか」「その通りでございま
する。家康殿に真田攻撃を翻意させ、上洛を決断させれば済む話でございます
る。」「それが、できるのか」「それがしが、徳川殿に会ってまいりまする」
「危険すぎるのではないか」「大丈夫です。徳川殿が、上洛をしぶっておるの
は、上洛すれば仕物にかけられるのではと心配しておるからでございましょう。
つい、先ごろ上洛を果たして無事帰国したわれらの話は、聞きたいのでは、な
いでしょうか」「ふむ、しかし、どのような手順でやるのじゃ」「榊原康政殿
に面識がございまする。榊原殿は、家康殿の信頼の厚いお方、うまく取り計ら
ってくださるでしょう」「そなたを遠くへはやりたくないのじゃが、また、行
ってもらわねばならぬなあ」
「われらのために、ご家老さまは、そこまでお考えくださるとは、まことにあ
りがたく、このご恩は終生忘れませぬ」幸村も、ほっとした様子。「幸村殿、
お礼の言葉はまだ早い。そなたにも、やってもらいたいことがある。すぐさま、
上田に赴き、お父上に軽挙はくれぐれも慎むように言うて下され。そして、す
ぐに帰ってきてもらいたい。お館さまのお名前で、関白殿下に書状を書く。そ
なたの話では、石田が関白殿下の意を体した書状を送ってくるそうじゃが、そ
れがつき次第、わがお館さまの書状を持参して上方に戻ってもらわねばならぬ。
真田の存亡がかかった工作じゃ。」ここで兼続、にっこり笑う。「そなたをよ
こしたのは、大方、石田の差し金じゃろう。石田の奴、自分では関白殿下に翻
意してもらえぬので、お館さまを使って翻意させようとしておるのじゃ。お館
さまの書状を持っていけば、後は石田がうまくやってくれるじゃろう。」
幸村、来たときとは打って変わって生色を取り戻した顔で上田に急ぐ。兼続も、
榊原に手紙を書く。徳川の臨戦態勢も二年以上じゃ。そろそろ、領内が持つま
い。絶対、食いついてくるはずじゃ。自信満々の兼続、しかし、どうやって家
康を説得するつもりなのか。
おっと、第一次上田合戦は既に終わっていましたね。失礼しました
第三十五話「三方ヶ原」(4)
「大丈夫か、本当に家康殿を説得できるのか。徳川が人質を出して和睦がなっ
てから半年以上たつが、上洛する気配はないぞ。小牧で共に戦った信雄殿の家
老の瀧川なんとかというものが説得の使者として派遣されたが、家康殿にけん
もほろろの扱いで、追い返されたと聞いておるぞ。それに、徳川にとって真田
は、上田合戦で苦杯をなめさせられた憎き相手じゃ、関白殿下の後詰禁止命令
を知れば、嵩にかかって真田をつぶしにくるのではないか。やはり、お館さま
のおっしゃる通り、せめて春日山で待機するべきではないか。主力が新発田攻
めに出陣すれば、上田城が攻められても、どうすることもできぬぞ」
お船も心配する。
「大丈夫でございまする。徳川はいずれ上洛する心づもりでございまする。そ
れがしには、それがわかっておりまする。勿論、それがしが行き説得すれば、
すぐに上洛を決心すると楽観しておるわけではありませぬが」
「下手すれば、真田は滅ぼされ、われらは新発田と同陣で北条攻めの先鋒にさ
せられるやもしれぬぞ。」
「徳川を放置して、北条攻めなど不可能でございまする。これは、関白殿下の
徳川に対する駆け引きでございまする。あるいは、佐竹・宇都宮など北関東の
領主に対する攻勢をかけている北条を牽制する意図も含まれておるのやも知れ
ませぬな。ともかく、徳川は最後の条件闘争をしておるだけで、真田に対して
攻勢をかける気など毛頭ありませぬ。それがしにはわかっておりまする」
「甘粕殿・山吉殿ら、新潟城・沼垂城を攻略いたしました。」家老部屋で議論
している夫婦に吉報が届く。「早速お館さまに報告せねば」兼続が部屋を出る。
「そなたの、蒔いた種が芽を出してきたようじゃな」
「いいや、こたびの勝利は、藤田信吉殿の調略によるもの。さすがは千軍万馬
の武将、なかなか使えますな。」
「わしの目は節穴ではないぞ。そなたが、いろいろと手を打っておることは、
とうの昔に知っておる。ところで、そなたを信じて、予定通り出陣することに
するぞ。」お館さまは、いつもそれがしの意見に合わせてくれる。ありがたい。
そこに上田城から幸村が帰ってくる。
「お父上の様子はどうじゃ。軽挙妄動はつつしむように言うてくれたか」
兼続が尋ねる。
「余人ならともかく、直江殿のお言葉であれば、服する以外の道はない。お指
図をお待ちします、と伝えてくれとのことでした」
「お館さま、榊原殿よりの使者が参りました。榊原殿自身が、小諸まで迎えに
くるとのことです。それがしも、出立いたしまする。それと、幸村殿、石田殿
より、書状が参った。そなたの言うた通りのことが書いてあった。真田は、表
裏比興の者じゃから、こたびの後詰無用とな。さっそく、この書状を持って、
上方に戻りなされ。お館さまのお名前で、関白殿下におとりなしを願う内容じ
ゃ。なあに、心配無用じゃ。石田の奴、自分自身が関白殿下を説得できぬもの
じゃから、お館さまのお名前を借りようとしたのじゃ。これを持っていけば、
後は、石田が関白殿下を説得するじゃろうて。」
「先年の上田合戦に続き、こたびも大変なご恩を受けました。それがしは、生
涯忘れませぬ」
「前に、お館さまが真田を助けると言うておる。われらは、上杉じゃ。謙信の
家じゃ。一度、口に出したことを、たがえたりはせぬ」
景勝も、めづらしくにっこり笑ってうなづく。
第三十五話「三方ヶ原」(5)
従者を連れて、馬に乗った兼続がぶつぶつ呟きながら信濃路を南下する。それ
がしも、諸葛孔明に似てきたかもしれぬ。なぜか、ひとりで悦にいっている兼
続。従者、いつものことと気にも留めない。上田城が、見えてきた。「真田に
釘をさしておこうかな。必要ないと思うけど」上田城をちら見する兼続、城に
翩翻と翻る旗を見て驚き、落馬しそうになる。なんじゃ、あれは。
「真田、あの旗はなんじゃ」真田に会って、開口一番尋ねる。「ええ」ちょっ
と馬鹿にした口調の真田昌幸、「直江殿、あの旗を知らぬのか。それは、ちょ
っと困りましたな。あれこそ、孫子四如の旗じゃ。われら、武田武士が、仰ぎ
見た風林火山の旗じゃ」「そんなことは、わかっておる。何故、ここに翻って
おるのか、たずねておる」「それがしは、武田の旧臣、別に不思議ではござる
まい」「そなたの魂胆を尋ねておるのじゃ」「それがし、あの旗とともに甲斐
に攻め込み、武田を再興する所存でございまする」「そういえば、そなた、龍
芳様の遺児を探し出して、かしづいておるそうじゃのう」「わしは、信玄公の
幕僚じゃった男じゃ、その男が次郎様の御子に仕えるのは不思議ではあるまい。
さらに言えば、次郎様は、海野をお継ぎ遊ばされたが、海野は真田の本家筋じ
ゃ。二重三重にお仕えする道理があるというものじゃろう」そういえば、お船
殿が、真田には武田再興の夢があるゆえ、いつまでも上杉の下風にはおるまい
というておったが、このことじゃったのじゃろうか。「武田の再興、というて
おるが、穴山殿のお子が武田を継いでおるのではござらぬか」「穴山殿は、親
類筆頭であるが、龍芳さまは正室三条様のお子、どちらが嫡流か、三歳の童子
でもわかるじゃろう」「それで、そなたは、孫子の旗と次郎様のお子をおした
てて、甲斐に進攻するつもりじゃったのか」「その通りでござる。われらは武
田再興の義軍でござる。いったん、われらが甲斐に入れば、武田の旧臣は、わ
が軍に合流し、たちどころに甲斐を平定し、武田再興はなるじゃろう」なんと、
おもしろい男じゃ。本気なのかな。しかし、徳川の嫌がることをよく知ってお
る。徳川家康、武田の旧臣の心を獲るために、勝頼公の墓所を作ったり、恵林
寺を再興したり、横死した穴山の子に武田の名跡を継がせたり、手を尽くして
おる。それだけ、武田旧臣に配慮しておるということじゃが、ううん、そうか、
「案外、徳川は、そなたの魂胆を知って、再攻撃を決心したのやもしれぬなあ」
「やりすぎましたかな」「いいや、それがしは、よい話を聞いたと思っておる。
徳川にあった時、それがしの武器となる話じゃ」「こたびも、直江殿に助けて
頂くことになりましたな。おお、そうじゃ、ここに控えるは、わが長子信之で
ございまする。なにとぞ、家来の端にお加えくださり、お供させて下さいませ」
真田は、話がよく読めておるようじゃ、それがしに対して、人質を出し、軽挙
はせぬというておるのじゃな。「承知した。話し相手がほしかったところじゃ。
信之殿、いっしょに徳川家康を見に行きましょう」「お供いたしまする」
第三十五話「三方ヶ原」(6)
「そなたの父上はおもしろいのう。孫子の旗を見たときは、驚いたぞ」
「どこまで本気なのか、わが父ながら、不可思議な時がございまする」
「孫子の旗で、武田家再興とは、思いもつかぬ計略じゃ」
「わが父には、どこかふわふわしたところがございます。これでお家が保てる
のか、心配になることがありまする」
「いや、筋は悪くない。成算のある計画じゃ。じゃが、武田崩れ以降というか、
長篠以降、甲信の民草は、重税や戦乱で疲弊しておる。民の暮らしにも思いを
致さねばなるまい。いま、ようやく天下は関白殿下の手で平定されようとして
おる。百年以上続いた戦乱が終わろうとしておる。そのことを考えると、どん
なに成算があっても、平地に乱をおこすようなことはするべきではないと、そ
れがしは思う」
「それがしには、思いもつかぬ考えです。胸をつかれました。父にも聞かせと
うございまする」
「信之殿、そなたのお父上は、信玄公に、わが目であると言われたほどのお方
じゃ。武田家が健在ならば、重臣として、天下を狙うことができたやもしれぬ。
自分の舞台の小ささにいらだっておられるのやも知れぬなあ」
二人が、真田昌幸論を戦わせていると、小諸城が見えてきた。
「お待ち申しておりました」
城外で、にこにこ笑って榊原康政が待ちかねておった風情。
「こたびは、榊原殿に骨折りいただきありがとうございまする。して、家康公
は、どこにおられるのじゃろうか。甲府かな。」
第三十五話「三方ヶ原」(7)
「真田討伐の先鋒部隊は、すでに甲府に到着しておるが、主力はまだ駿府で集
結中じゃ。なにしろ二万ちかい軍勢じゃからのう。わが殿も旗本とともに駿府
におられる」二万とは、いきなり、はったりをかます榊原。
「われらも春日山に軍勢を集結中じゃ。もちろん、新発田討伐のためじゃが」
いつでも、真田に後詰を出す態勢ができておることをにおわせながら、兼続も、
やんわり押し返す。そして信之が、はったりに動揺してないか、ちら見する。
その視線の先にに気づいた榊原に、紹介する。
「こちらは、真田殿の長子信之殿でござる。こたび、同行していただいておる」
榊原、表面上はすこしも動ぜず、少し態度を和らげて
「おお、上田合戦での戦ぶりは家中でも評判じゃ。敵ながらあっぱれと、みな
褒めておった。それにしても、そなたは背が高いのう。直江殿も長身じゃが、
さらに大きいのう。本多平八など、そなたと手合わせしたいというておったが、
これほど大きいとは。平八でも危ないかもしれぬのう」
榊原は、戦巧者じゃが、なかなか口も上手い、外交も得意のようじゃ。
「本多忠勝殿は、関白殿下に東国一の勇士と褒めそやされたお方。それがしな
ど、戦場でまみえれば、あっという間に首を取られることとなりましょう。で
きれば、戦いたくありませぬ」
信之殿は、なかなか、利口な若者のようじゃ。真田の息子は、はずれなしじゃ。
真田が躊躇なく同行させたわけがわかった。
「実は、わしも戦いたくないのじゃ。先だっての上洛で、天下の大勢が決しつ
つあることが、しみじみわかった。わしは、殿が一日も早く上洛するべきじゃ
と思うておる。真田討伐などしておる場合ではない。もし、われらが、上田ま
で攻め込めば、当然上杉殿は、援護に出るじゃろうし、関白殿下の援軍も来る
じゃろう。また、小牧のような持久戦になるのは必定じゃ。もし、その間に、
九州が平定されれば、関白殿下は、全軍を挙げて、再度攻めよせてくるじゃろ
う。さすれば、勝ち目はない」
あっさり、本心を白状する榊原。やはり、信之殿に同行していただいたことが
効いておる。真田に戦意がない証として受け取られておるようじゃ。
「それがしは、家康公に真田との和睦を勧めに参った。われらにも戦意はない。
春日山に集結中のわが軍勢は新発田討伐のためじゃ。近いうちに下越に出陣す
ることとなろう。来る途中、真田にも軽挙は慎めと言うて参った。真田は、そ
の返事として、信之殿をそれがしに同行させたのじゃ」
「直江殿は、関白殿下のお気に入りの切れ者とは聞いておったが、噂にたがわ
ず、やることなすこと、無駄も隙もないのう。願ってもない話じゃ。実は、わ
しも、真田との和睦と、上洛を進言しておるのじゃが、石川のことが、あるゆ
え、あまり強く言えぬ。榊原も調略されたといわれるのでな。わしも、逐電せ
ねばならぬ羽目になりかねぬ。上洛から帰国したばかりの、上杉の重臣の言う
ことならば、わが殿の決心も定まるやもしれぬ。それがしが案内いたしまする」
先を急ぐので一行、小諸城は素通りする。
第三十五話「三方ヶ原」(8)
「そういえば小諸城の城代じゃった依田信蕃殿は討ち死にされたそうじゃのう」
馬を代える宿場で、突然兼続が思い出す。
「そうじゃ。大分前のことじゃが、まことに惜しいお人を失くしてしもうた」
榊原、これ以上ないという残念な顔をする。
「気が逸っておったのじゃろうか。岩尾城という小城を攻撃中に、狙撃されて
それが元で亡くなったのじゃ。皮肉じゃのう。あれだけの守備の達人が」
確かに、長篠敗戦直後は二俣城を半年堅守し、武田崩れの時は、田中城を堅守
して、天下にその志操の堅固なることをみせたお人じゃったが、守るは得手で
も攻めるは苦手じゃったのかな。
「岩尾城は信玄公おん自ら縄張りされた城でございます。仕掛けがあったのや
もしれませぬ」信之が口をはさむ。信玄公は、何でもできるお方じゃなあ。
「城攻めというのは、どんな小城でも難しいものじゃ。それゆえ、総見院様も、
関白殿下も、手当たりしだい城割をさせておるのじゃ」榊原、話を続ける。
「一番、残念がっておるのは、わが殿じゃ。わが殿は、武田崩れの後の残党狩
りの時、総見院様の意向に逆らって、匿うほど、依田殿のことを高く買ってお
ったからのう。わが殿は、めったに感情を露わにするお方ではないが、依田殿
の討ち死については、大層お嘆きになり、いまでも惜しい惜しいというておら
れる。そして、依田殿の息子を大名に取り立てて、松平の名字と康の一字を与
えられ、松平康国と名乗らせておる。」
これ以上ない待遇じゃのう。
「家康公とは、どのようなお人なのじゃろう。誰に訊いても、評判のよいお方
じゃが」さりげなく、徳川家康のことを聞き始める兼続。
331 :
1:2010/04/18(日) 15:05:22 ID:P13UPFl9
第三十五話「三方ヶ原」(9)
甲府を過ぎた一行、富士川を舟で下ることになった。
流れが速く、川面を吹きわたる風が、頬に心地よい。
「千里の江陵、一日にして還る」思わず李白を口にする兼続。
「わが殿は、非常に用心深く、慎重なお方じゃ。」
榊原が、家康のことを話し始める。榊原は、兼続の家康との会見がうまくいく
ように、家康のことをいろいろ教えてくれるつもりのようだ。
思った通り人の好いお人のようじゃが、家康公になんとかして上洛の決心をし
てもらいたいが、決め手がなく、わらにもすがりたい心境のようでもある。
「すでに御承知じゃと思うが、わが殿、家康公は、二歳の時にお母上様と生き
別れとなり、六歳の時に人質に出され、八歳の時にお父上様を亡くされた。そ
して十九歳まで、初めの二年は織田、残りは今川の人質・家臣じゃったお方で
ござる。幼き頃より、辛酸を舐めてきたせいか、非常に用心深い性格じゃ。わ
が殿が、今川の人質・家臣の境遇から解放されたのは、桶狭間の戦いの時じゃ
ったが、その時もまわりの家臣どもが、やきもきするほど慎重な進退じゃった」
桶狭間の戦い、ええと、それがしが生まれた年じゃから二十四年前の話じゃな。
「総見院様が、桶狭間で今川義元様を討ちとったのは、永禄三年五月十九日の
ことじゃ。その時、家康公は大高城におられた。上洛をめざす今川軍二万五千
の先鋒として、丸根砦を攻略したのじゃが、織田軍の抵抗も熾烈で、かなりの
損害が出たため、休養と部隊の再編のため、大高城で待機していたのじゃ。そ
こに、本陣が奇襲され、義元様をはじめ一門譜代のお歴々の武将が討ち死にし
たとの連絡が入った。そして全軍の撤退が始まった。戦闘部隊のほとんどは健
在じゃったが、なにしろ総司令部が全滅したのじゃから、どうにもこうにもな
らぬ。ところがじゃ、わが殿家康公は、動こうとせぬ。家臣どもも、撤退を進
言するのじゃが、頑として聞き入れないのじゃ」
ふむ、ふむ。
「そうしていると水野信元様から、桶狭間の戦いの詳細と撤退を勧める使者が
来た。水野様は、わが殿のお母上様の兄にあたるお方じゃ。伯父として、心配
して使者を立ててくださったのじゃが、わが殿はそれでも動かなかったのじゃ。
水野様は伯父上じゃが、織田の部将じゃ、謀略じゃというてな。他の部隊は、
続々撤退しておる。撤退といえば聞こえは良いが、算を乱しての敗走じゃ。誰
も信じることができぬような敗北じゃからのう。二万五千の大軍が、三千もか
きあつめることのできぬ総見院様の奇襲に敗れたのじゃから。信長は鬼神じゃ
というて、恐慌状態になっておった。織田軍に追撃されても、反撃することも
できず、全軍が壊滅しておったじゃろうのう」
ふむ。
「しかし、このままでは、敵中に孤立して全滅する。家臣どもが必死になって
説得するが、わが殿は、それでも撤退を承諾せぬのじゃ」
勇気があるのか、状況判断が悪いのか、若気のいたりなのか。
「水野様が、親切に岡崎の留守家老に早馬を出してくださり、その家老・酒井
正親の今川軍総崩れの詳細を認めた書状を貰ってきて来て下さった。これで、
ようやく撤退を決心してくださったのじゃ」
ふむ、しかし、これは用心深いというだけのことではないのう。
第三十五話「三方ヶ原」(10)
「この話には続きがある。わが殿が率いる二千五百余の部隊が、岡崎城下に到
着したのは翌々日の五月二一日の午後のことじゃったが、わが殿は、岡崎城に
は入らず、城下の大樹寺で休息すると言いだしたのじゃ。今川殿のお許しがな
ければ、城には入れぬと言うてな。十年以上今川に占拠されていた城が、今ま
さに、自分のものになるというのにじゃ。われらも驚いたが、さらに困ったの
は、岡崎城を守っておった今川勢じゃ。われらに城を明け渡して、一刻も早く
本国に帰る心積もりじゃったのに、わが殿が、ぐずぐす言うて、城に入ろうと
せぬ。とうとう、われらに断りもせず、城を捨てて逃げて行った。わが軍勢が
岡崎城に入ったのは、空城となった五月二三日のことじゃ。わが殿は、どんな
時も、用心深く、そして律義なお方なのじゃ」
「なぜ、二六年前のことを榊原様は、そこまで克明に覚えておるのですか」
信之が質問する。
「永禄三年五月二一日は、わが殿にとって、今川から自立する記念となった日
でござるが、わしが殿に、小姓としてお仕えすることになったのも、この日な
のじゃ。殿は十九歳、わしは十三歳じゃった。」
ほうほう、じゃから、よく覚えておるのか。
「この話には、さらに続きがある。岡崎城に入った殿が最初に言われたことは、
義元様の弔い合戦の準備をせよということじゃった。言うばかりではないぞ。
三河国内の織田方の砦を片っぱしから攻略する一方、駿府に使者を出して、出
陣を意見具申された。自分が先鋒を勤めさせていただきまするというてな」
ほうほう律義というても筋金入りじゃ。ここまで律義なお人がおるじゃろうか。
「実は、わしは、心配した。あまり織田を刺激せぬほうがよいのではないかと。
総見院様は、桶狭間の勝利の後、ひと月もたたないうちに、美濃攻略に出陣さ
れておったが、いつものように敗れておった。美濃に攻め込んで失敗し続けて
おる総見院様が、義元様を失って動揺しておる三河・遠江・駿河に食指を伸ば
すことを考えるやもしれぬと。平八も、平八とわしは同い年じゃから親しかっ
たのじゃが、同じ心配をしており、二人で、殿に意見具申をした。あまり、織
田を刺激せぬほうがよいのではないかと。織田との和睦を考えるべきじゃと。
今川の後詰が期待できぬ以上、下手すれば、織田の大軍をわれら一手で防ぐこ
とになりかねませぬぞと」
ふむふむ。
「すると、殿はいわれた。信長公は、人の心の美醜にことのほかうるさく、独
特の美意識がある。わしが、織田と戦うのは、織田と和睦するためじゃと」
なにやら、深い話じゃ。考えてみれば、今と同じような状況じゃな。
「そろそろ、お昼に致しませぬか」
榊原の家来が、弁当を持ってきた。
「家康公に、初めて目通りした時のことを覚えておられまするか」
信之がさらに質問する。第一印象はどのようなお人なのじゃろう。
「大高城から、徹夜で行軍してきた後じゃったから、疲れておられたようじゃ
が、静かに座っておられた。大体、殿は、大人しいお人じゃ。しかし、勇気が
ないというわけではないぞ。後で、本多平八に聞いたが、大高城からの撤退は、
いつ織田軍に追撃されるのか、気が気ではなかったそうじゃが、殿は、落ち着
き払っておったそうじゃ。これは、なかなか十九歳の若者にできることではな
いぞ」
確かに、そのとおりじゃ。何か、秘めておられるお人じゃ。
「わが殿の、もうひとつの特徴は、家臣をとても大切にされることじゃ。とい
うか、わが家中の君臣関係は特殊じゃ。なにしろ、十数年、人質であった殿の
境遇を慮り、今川に年貢を横領されても、黙って先手を勤め、毎年毎年、夥し
い戦死者を出し続けた忠義一筋の家来衆じゃ。わが殿には、家臣に対して、頭
があがらぬところがあるのじゃ。先年、わが殿は背中に腫れものができ、死ん
だとかいう噂もでるほどじゃったが、その時も老臣どもが、よってたかって薬
を塗りたくり、それがまた沁みて痛く、さずがの殿も少し怒っておったが、が
まんされておった。家来というより、口うるさい親戚の伯父さんみたいなもの
じゃのう。」
家康公は、よい家臣をたくさんお持ちのようじゃ。知れば知るほど、大きなお
人のようじゃ。