【第7回】義経 part75【夢の都】

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857日曜8時の名無しさん
鎌倉武士の戦法というのは、疾走する馬から矢を射掛けあうものだったらしい。

その場合、鎌倉武士は全身鎧兜に守られているので、
弓を射掛けようとするときにできる顔や鎧のわずかな隙間を射抜く技量が必要だったらしい。

当時の坂東や蝦夷は地味が乏しく、牧場が中心だったので、
そのような馬を自由に操る武士がたくさんいたらしい。

http://www.asahi-net.or.jp/~AB9T-YMH/monogatari_folder/nagoe_folder/nagoe-02.html
は、切通の置石について、これで防御になるのかを疑問がっているが、
切通しに置石があるのは鎌倉武士の馬を止めて戦闘不能状態に追い込むためらしい。
そのような状態では手綱を握らざるをえず、弓矢を操ることができないから。