【歴史苦手】既に義経についていけてない人を救うスレ
1 :
名無しさん@お腹いっぱい。:
2 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/10 13:35:27 ID:/LsNYcjS
2
第一回、清盛以外の平家方の武士の区別がつかんのですが。
重盛の他に誰がいた?
4 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/10 15:35:31 ID:pT/slKDp
ゲームみたいに人の上に名前と何軍かが出てくればわかりやすい
5 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/10 16:03:58 ID:gwQTkrrt
渡哲也が清盛。
松坂慶子が演じていたのは清盛の妻、時子。
勝村政信が演じていたのは清盛の長男 重盛。
ヒゲ生やしてたのは時忠。時子の弟。ちなみに時子と時忠は桓武平氏の直流。清盛は傍流。
尼さんの格好してたのは池禅尼。清盛の継母。実の母は鶴羽(ほんとは祇園女御)
鶴見しんごは宗盛。一の谷のときの平家の総大将。
馬で走ってた阿部寛は知盛。
細川茂樹は重衡。最後のシーンで竹とんぼを取ろうとして牛若が木から落ちそうになったときに助けた子。
清盛と囲碁やってのは盛国。清盛の家人。 その後ろにいたのは頼盛。池禅尼と忠盛の間に生まれた。いわば異母弟。
6 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/10 16:04:53 ID:gwQTkrrt
清盛と頼朝の対面シーンの並びは
清盛
重盛 時忠
頼盛 盛国
――――――――――
頼朝
全然わかんね。
家系図キボン。
あと藤原とか北条とか関係あるの?
8 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/10 16:44:11 ID:7lj7bl3H
キセル乗車の名人、サツマノカミは登場するのですか?
ごめん。オヒサルにあった>家系図。
清盛に対して頼朝を助けてやったほうがいいと言ってたのが重盛。
人望があって優秀な清盛の長男。
昨日はとりあえずこの人だけ覚えておけばよい。
11 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/10 16:54:07 ID:YOT7sGfH
>>5 竹とんぼのシーンで神木タンと出てきた子が、重衡なんだよね??
つまりこれが大人になるとタッキーと細川になる、と。
滝沢と細川って一回りくらい年違わないか?だからなんか違和感が…
12 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/10 17:27:41 ID:0KmT1E7C
確かに!と違って一緒に観てた嫁が訳わからんって連発してたなあ。
テロップわりと出てたけど今回は時宗並にしつこく登場人物の下に
テロップ入れてやらんと(特に平家側)嫁に説明するのに骨が折れるよ。
13 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/10 17:39:12 ID:AU/SJEl3
この時代って頼朝、義経、清盛、政子くらいしか名前覚えてないから
昨日も訳わからんかった。平家がぞろぞろ出て来る所とか。
とりあえず勝村重盛だけ覚えておきます。
14 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/10 17:44:35 ID:ebXaKU1u
平家側がわからんと面白くなくなるからな。
阿部寛の知盛も覚えた方がいいよ。
実質平家の総大将。
やっぱり分かんないんだけど、
北条って平家の親戚なの?
時宗の時
「平家と源氏から交互に支配者を産出してる。次は源氏の流れを汲む足利様で。」
みたいな台詞があったような記憶があるんだけど。
「平家にあらずんば人にあらず」という有名なセリフを言ったのは時忠。
(実際は創作らしい)
大橋吾郎がやってる。
「おしん」の圭役で有名
17 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/10 18:24:40 ID:zWmN0UJz
>>15 平家と平氏の違いを考えるとよろし。
平氏 源平藤橘の氏 桓武平氏
平家 清盛とその一族又は伊勢平氏
北条氏は別系統の平氏
あれだけナレーションが入って、こんなスレが立つのは甚だ疑問
脚本の力量がなってないってことでしょ
いちいちテロップ入れるしかないのか
19 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/10 19:20:08 ID:GNoNKIys
ガイド本読んで予備知識があるか日本史が
そこそこ頭に入ってないと難しいよ。
苗字がみんな「平」な場面もあるし。
苗字的見地で見ると、「平」幹二郎さんが平氏一門ではなく、後白河上皇なのも笑える(役柄としてはハマリ役だと思うが)
ただし、「たいら」ではなく「ひら」だが。
ところで、「平」淑恵(たいら・としえ)さんは、今回の大河ドラマには出ないんだっけ?
22 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/10 19:34:44 ID:T2mPZFG/
清盛の子ってみんな名前に「盛」が付いてるのに重衡だけなんで違うの?
23 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/10 19:35:01 ID:VvyImo/s
去年、西宮神社の福男レースで優勝した平くんも平家ですか?
>>15 そうですよ。
北条氏は平氏の傍流の流れですが。
とは言っても、平氏の出だから、謀略がらみで源氏将軍を3代で滅ぼしたわけではないけれど。
平家物語じゃなくて、宮尾が原作だっけ?
平家物語は好きだったけど、個人の名前までは
有名どころしか覚えてないよ。源氏方は好きだったから
なんとか名前が記憶にある。やっぱり写真つきの
ガイド本がほしいね。いっぱい売ってそうだから
買って来ようかな。
>>23 可能性はあるよ。
「平」のつく苗字を名乗って、蝶の家紋を持つ家系はその可能性が高い。
27 :
ずれてたらごめん:05/01/10 20:05:11 ID:KouDIgL1
桓武天皇ー葛原親王ーーー(略)┬時忠
│ ├時子(清盛室)
│ └滋子(後白河妃・高倉帝の母)
│
└高見王ー(略)┬清盛ーーーーー┬重盛ーー┬維盛
├ ├経盛ー敦盛 ├宗盛 └資盛ー(織田氏へ)
├ ├教盛ー教経 ├知盛
├ └頼盛 ├重衡
├ └徳子(安徳帝の母)
├
└ーー(北条氏へ)
28 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/10 20:08:36 ID:iw0r1v5E
>>27 その織田氏へ、北条氏へ、って捏造系図に準拠してるだけだから
やめたほうが。よけい誤解を招く。
>>27 織田氏は平氏の流れだって名乗ってるけど、諸説あるし。
菅原道真の末裔という説など。
30 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/10 20:28:24 ID:zWmN0UJz
(略)が許されるなら誰の子孫にでもなれる。
おおぉ、ありがとう。みなさん。
わけが分からんなりにだんだん面白くなてきたyp。
33 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/10 20:39:59 ID:eSOiIsyC
桓武天皇-(略)-俺
主上をシュジョウって言ってなかったですか?
あれをオカミって読んで欲しかった。
あと、六波羅に不法侵入した薄汚いばあさんウザい。
たっきー下手杉
もういいもういい、もうそんなに盛らなくていいよ。
味噌汁もうないんだろ。つまっちゃうからいいよ。
だからそんなに食えないって。
おい、もういいっていってんのに。食うからくれよ。ほら。
なんで盛るんだよ。盛らなくていいって。盛るなよ。
食えねえよ、盛り過ぎだって。盛るなって。よこせよほら。
おい、おい、なんでまだ盛るんだよ。すごいことなってるって。
何盛りだそれ。やめろって。食えるかって。
聞いてんのかよ盛るなって。なんで盛るの。やめろよ、やめろって。
誰が食うんだよその盛りを。もういいから。いいからさ。
おい、ほんとに食えないって。つーか聞いてんの。ねえ。
もうやめて、盛らないで。やめてって。盛らなくていいって。
やめろって。おいやめろよ。やめろ、盛るのやめろ。盛るな。盛るな。
おまえ何してんだよ。盛るとか盛らないとかの話じゃなくて何やってんだって。
おい、ほんとなにしてんだよ、盛り切れてないって。汚いって。
もうやめろよ。やめろよ。やーめーろーよ。
既に清盛しかワカンネ
>>34 >シュジョウ(シュシャウ)と読む説もあり。
>たっきー下手杉
こういう事はアンチスレに書けば?
37 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/10 20:52:19 ID:V75WMrZD
義経は本当は物凄くブ男です。兄によって殺されるという悲惨な
死を遂げたため美男子風に物語が書かれました。
>>36 そうする。
でも、やっぱりオカミって読んで欲しい…。
>>37 知ってるよ。
現存する肖像画で確認できる。
40 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/10 21:04:00 ID:ggXt+T9t
41 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/10 21:09:59 ID:ipxgBZmC
シュジョウでいいよ。「ミカド」とかっていわれたら激萎えだった。
42 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/10 21:11:55 ID:s1psF82c
ちなみに源家はげんけ、っと前大分前に舞台では言ってた。
げんけのおんぞうし、とかね。
>>26 平幹二郎はひらだから平家と関係ないでっすかね
>>43 そんなことはない。
例えば、平、平良、平野なども平家の末裔と考えられるよ。
>>46 能の「敦盛」を作ったのは平敦盛じゃないだろw
清盛の嫡男・重盛は「小松殿」「小松の内府」と呼ぶぞ。
ついでに、重盛の子・維盛(これもり)は「小松の三位の中将」、
重盛の子・資盛(すけもり)は「新三位(しんざんみ)の中将」だ。
49 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/10 22:35:03 ID:ggXt+T9t
>>480 >重盛は「小松殿」「小松の内府」と呼ぶぞ。
小松の大臣(おとど)とも呼ぶ。
葉っぱ隊の小松殿ではないぞ。
↑菜っ葉隊
52 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/10 22:48:08 ID:ggXt+T9t
池殿:平頼盛
佐殿:源頼朝
法住寺殿:後白河院
松殿:藤原基房
門脇殿:平教盛
六波羅殿:平清盛
二位殿:平時子
能登殿:平教経
八島の大臣:平宗盛
時宗のときは、鎌倉オタの自分でもなんとかついていけるほどの
すさまじい時時攻撃だった。
今度は盛盛攻撃。はっきりいって源平オタでもないかぎり
まず頭には入るまい。
義義と頼頼もはげしいが、数が少ないだけましか。
常盤の上のふたりの子供は、仏門に入ってどうなったの?
そのまま表舞台には登場せず?
>>55 あれ?
北条保子(北条政子の妹)と結婚したのは今若じゃなかった?
のちに謀反の疑いで殺されてしまう人。
頼朝の旗揚げのとき、二人ともかけつけるよ。
義経が一番遅く到着するんじゃないかな。
今若は北条政子の妹を嫁にとって、頼朝と二重に兄弟になり、
でも源平合戦には出ないんだよね。
なんで、義経を大将にして、兄の全成を戦にださなかったのか疑問。
還俗すりゃすむことなのに。全成の方が頭よさそうだし。
乙若は合戦であさり死ぬ。
今若は子役の時点ですでに頭良さそうだったね。
成長して再度登場するのかな。
59 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/10 23:13:05 ID:ggXt+T9t
八条女院もまだ誰がやるか決まってないね。
>>56 後に後醍醐天皇をたぶらかす阿野廉子はこの人の子孫かな?
全成の嫁=北条氏の娘
義経の嫁=河越氏の娘
という点でも、兄弟の格の違いが出てると思うんだけど
対頼朝との関係や生き方も、あの二人は対照的で、
母を同じくする兄弟、という点でみると面白い。
でも義経をヒーローにして描く作品だから、どの程度
今若を表現するのかはわかんないね。
本スレよりこっちの方が難しい気がしてきた・・・。
>>60 阿野廉子は藤原公季の子孫なので無関係です。
65 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/10 23:26:01 ID:wsYHNt48
松坂慶子が妻なのに常盤と子つくってたよね?
許される時代か?
67 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/10 23:29:05 ID:ggXt+T9t
69 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/11 00:11:20 ID:8dDVrzYD
ここは、北条が平家とか、平とつけば平家の子孫とか大嘘を教えられる
ひどいインターネットですね。
正直、
歴史ヲタなんて、何かにつけてたかがドラマに時代考証がどうのとか言い出したりして
うざいったりゃありゃしない
と思ってましたが、
ちょっぴりオマイらの事尊敬しだしました。
71 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/11 00:49:47 ID:kLFPxXeO
オタってのは説明するのが好きな人が多いから、
そのへん、じょうずに質問すれば利用価値はある
72 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/11 00:57:16 ID:LQVxxr7F
>>61 今若=全成ということを説明してやらないとわかんないんじゃない?
墨俣で早々に戦死する乙若=義圓と違って政子妹の婿になるという経緯から、
少しは登場するだろうね。
謀反の罪で殺されるのは義経死後だけど。
>>54 >盛盛攻撃
清盛(平家総帥)
頼盛(清盛の異母弟)
重盛(清盛の嫡男、父より先に病没)
宗盛(重盛の弟、重盛・清盛没後の平家総帥)
知盛(同上、対義経戦の実質的な司令官)
重衡(同上、奈良の大仏を焼いた)
維盛(重盛の息子)
教経(清盛の甥、平家一門きっての豪傑)
時忠(清盛の妻時子の弟)
とりあえず、平家の男はこのへんだけ覚えておけば、大まかなストーリーに
ついていけると思う。
教経だけキャストが決まっていないようだが、屋島や壇ノ浦では奮戦する
ことだし、強そうな役者を希望。
75 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/11 02:57:02 ID:mkxyB9jY
盛盛攻撃にワロタ
76 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/11 03:05:40 ID:GnZzNdqN
こんなの憶える気にもならんわ
ストーリー上で上手く見せてってもらわないと、最後まで見ても無理だな
78 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/11 03:16:27 ID:QfoHiWh5
名前の読み方にルビもいるなぁ。・゚・(ノД`)・゚
資盛
敦盛
敦盛って、誰がやるんだ?
出てこないか
80 :
新撰組局長新見錦:05/01/11 03:42:37 ID:Mv/uEKgJ
平家、名前がわけわかめ。
これなら新撰組のほうがまだ名前がわかる分ましだった。。。
81 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/11 03:50:45 ID:TKum6EIU
>>80 それはあなたが幕末オタだからだ
俺も去年は近藤と土方と沖田以外全く知らなかった。
回を追っていくごとにみんな知っていくわけで
82 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/11 03:57:43 ID:TKum6EIU
院政とかも理解してないときついだろうね
平安時代といっても藤原道長とかがいた摂関政治の時代とは全然違う
83 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/11 04:10:11 ID:Mv/uEKgJ
いきなり初回からナレーター入るってよほどつまらん大河なのか?
S54生まれで大河あんまり見た記憶ないけど、春日の局クラスのつまんなさなのか?
84 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/11 04:12:43 ID:TKum6EIU
85 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/11 04:36:36 ID:TKum6EIU
これから奥州平泉へ行って〜それから鎌倉に行って〜義仲が出てきて〜平家と合戦やって〜
京に戻って〜奥州平泉へ行って
を全部1年間でやらなきゃならないんだから最初はナレーター補足で駆け足でやらないと
全部詰め込むのは無理なのだろう
86 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/11 05:40:03 ID:U8UcEphC
この時代をして、「日本国の乱逆と言ふ事は起こりて、のち、武者の世になりにけるなり」と時代を書き綴った人がいた。
それまで武士は地下人(ちげびと)と卑しんで来たのに、都の貴族の派閥争い、
天皇の世継ぎ争いにまで、武士を使う様になっていた。
源平の武力を都に呼んで、武士に代理戦争をさせたと言って良い。
活躍した分、武士も出世するわな。
その結果、平家の朝廷支配、源氏の鎌倉幕府成立へと、どんどん武士の力が強くなって、
やがて朝廷や貴族を逆に圧迫する勢力となる。それが「武士の世となりぬ」という事。
そんな転換期なんだな、大河ドラマの時代背景は。
87 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/11 05:54:36 ID:J+OmwSpl
初回にたくさん人物を出しすぎたのがわかりにくくなった理由だな。
とりあえず一回目は重盛だけ覚えておけばいい。
オープニングに出てきたメンツはとりあえず忘れてもいいと思う。
これから義経とともに成長過程が描かれていくだろうから、見続けてるうちに自然に覚えると思う。
>>87 そうか?あれでもだいぶ登場人物絞ってあると思ったけど。
義経についていろんな有名な逸話がたくさんあるんですけど
どれが信憑性の高いもので、どのエピソードはフィクションなんですか?
一話のがけを降りて奇襲したのは本当?
義経は意味がわからない! BY香取近藤
91 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/11 14:31:12 ID:IWzWvK8j
あの旗に託したハゲを
結局義経はハゲ(ちょんまげ)にはならないわけだ。はっ!
92 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/11 14:47:32 ID:DcAdq+hq
松坂慶子が妻なのに常盤と子つくってたよね?
もれなんか童貞なのに・・・
93 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/11 15:13:42 ID:ti+ASjtI
>>92 心配するな、義経ももうしばらく銅低だよ。
みんな名前が似すぎ、原作者よく考えて名前つけろや!!
>>87-88 名前だけなら知ってるけど、いざ、ああもだーっと出てくると
「誰が誰? 分からん」になる人も多いかと。
役名/通名で呼ぶから余計分かりづらい。あれはテロップ必須だろう。
96 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/11 15:38:16 ID:2qdC/LwU
>>95 >役名/通名で呼ぶから余計分かりづらい。
昨日出てきたのは、小松殿と六波羅殿の2人くらいじゃないか?
頼朝も佐殿だった
源頼朝は兵衛佐(ひょうえのすけ)に任ぜられていたので佐殿(すけどの)と呼ぶぞ。
99 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/11 18:23:02 ID:2qdC/LwU
100 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/11 18:50:20 ID:GO52Ow9O
>>95 これまでの大河でも、わかりにくい場合は、役名プラス通名でテロップが出た
ことがあったね。覚えてる範囲では
「花の乱」の佐野史郎のテロップが「足利義視(今出川殿)」
「北条時宗」の宇梶剛士のテロップが「九条頼経(大殿)」
といった例があった。
>>92 お前も頑張って権力者になれ。
>>94 文句は平忠盛(たいらのただもり=平清盛の父親)に言ってくれ。
102 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/11 20:33:18 ID:1U5oNRSd
>>87の言葉にすがって重盛だけ覚えて2回目に
臨もうと思っているんだがOK?
103 :
揚巻 ◆38tZU5ePtQ :05/01/11 21:28:32 ID:m9eD9vzv
104 :
揚巻 ◆38tZU5ePtQ :05/01/11 21:29:43 ID:m9eD9vzv
今の皇族は仁仁攻撃でつね
105 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/11 21:31:43 ID:VLpLa1BQ
うんこ過ぎ。大河うんぬんじゃなくて、製作レベルの質が低すぎる。
こんなうんこ製作陣じゃどんな役者がでてきても駄目だな。
106 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/11 21:49:16 ID:wpmkDn88
良スレハケーン☆
107 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/11 21:52:27 ID:qMuKPRvx
別に全員覚えんでも
清盛を中心に一門がわんさかいて、栄華を誇っているということさえ理解できれば、それでよいのではありますまいか
109 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/11 22:00:00 ID:/FiPiD/L
この大河の影響で鞍馬寺に行く人もいるかもしれないが(春になったらね)、
動きやすい格好で行かないと、キツイです。はっきり言って山歩きそのものだから。
女性は特に、スカートや踵の高い履物は厳禁。
でも、鞍馬から登って貴船に降りて見る貴船川の景色の美しさは格別でつ。
>>102 「平重盛=小松殿」最低限これは覚えておけばいいんでないかな。
余裕があったら、「平頼盛=池殿」も覚えておいてホスイ。
110 :
揚巻 ◆38tZU5ePtQ :05/01/11 22:12:49 ID:m9eD9vzv
ただでさえ覚えられないのだから、
もし覚えようと思ったら、これをビデオに撮って何回も見れば、
覚えられない筈のを覚えられる罠
>>109 鞍馬は観光客狙いのチカンが出るって話だから、それも注意。
昔からの疑問。なぜ源氏・平家を「みなもとし」「たいらけ」ではなく、
音読みで「げんじ」「へいけ」と読むのか。
>>108 左様でござりますな。
あくまで今回は義経物語なのだから、
平家は清盛の人物像さえ押さえておけば付いていけるよ。
もっと細かい事が気になる奴は、チラシの裏にでもメモしながら見ればいい。
109でつ。もいっちょカキコ。
鞍馬、貴船もいいけど、大原もイイ!
寂光院の縁に座って庭を眺めて「大原御幸」なぞ思い出していたら、
ふと涙が流れ落ちそうになったことを思い出しまつ。
そんな寂光院も、今やないんだねぇ…。
115 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/11 22:25:57 ID:2qdC/LwU
>>112 源平合戦の当事者における平家は清盛の一門だけ。
源氏は頼朝の一門だけじゃなく、諸流の源家が決起したからじゃないか?
平清盛(平氏の総帥)/渡哲也
時子(清盛の妻)/松坂慶子
平重盛(清盛の嫡男)/勝村政信
経子(重盛の妻)/森口瑤子
平維盛(重盛の嫡男)/賀集利樹
平資盛(重盛の次男)/小泉孝太郎
平宗盛(清盛の三男)/鶴見辰吾
平清宗(宗盛の嫡男)/渡邊邦門
平知盛(清盛の四男)/阿部寛
明子(知盛の妻)/夏川結衣
平重衡(清盛の五男)/細川茂樹
輔子(重衡の妻)/戸田菜穂
平頼盛(清盛の弟)/三浦浩一
平時忠(時子の弟)/大橋吾郎
領子(時忠の妻)/かとうかずこ
池禅尼宗子/南風洋子
平知康/草刈正雄
平盛国/平野忠彦
朱雀の翁/梅津栄
烏丸/高橋耕次郎
五足/北村有起哉
お徳/白石加代子
真砂(時子の侍女)/辻葉子
手古奈(政子の侍女→時子の侍女)/上原美佐
↑平家一門スレからなんだけど、目がいてーだけだ。
演技が浮いてて、小泉孝太郎(資盛)だけは嫌でも覚えてしまいそうな悪寒
>>116 平知康/草刈正雄は、平と付いているが、
後白河院の側近で、清盛側ではないので注意。
119 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/11 22:53:46 ID:MCapsT97
六波羅殿・入道殿・入道相国・相国殿…平清盛(渡哲也)
院、法住寺殿…後白河法皇(平幹二朗)
小松殿・小松の大臣…平重盛(勝村政信)
八島の大臣…平宗盛(鶴見辰吾)
池殿…平頼盛(三浦浩一)
松殿…藤原基房(中丸新将)
木曾冠者…木曾義仲(小澤征悦)
牛若・遮那王・九郎判官殿…源義経(滝沢秀明)
主上…高倉天皇(馬場徹)、安徳天皇(市川男寅)
佐殿・鎌倉殿…源頼朝(中井貴一)
新宮十郎…源行家(大杉漣)
蒲冠者…源範頼(石原良純)
能登殿…平教経
門脇殿…平教盛
鼓判官…平知康(草刈正雄)
源三位殿・三位入道…源頼政(丹波哲郎)
二位殿・二位の尼…平時子(松坂慶子)
源頼家や実朝や公暁は出るのでしょうか?
でないと思われ
個人的な贅沢を言えば、一瞬でいいから悪源太義平を出して欲しかった
頼家・実朝の子役なら出るかもね。
123 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/12 00:08:35 ID:vOgyatDh
吉次の配役はだれ?
今若ってのりより?
125 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/12 00:19:48 ID:eW6ejZ+4
院政は一応、中学校の教科書には出てると思うんだけど。
小泉孝太郎はまだ芸能界にいたのかw
>>127 サンキュー
のりよりの他にもまだいたのか。
しかし、義朝さんもやるなぁ。
>>79 敦盛のエピソードは好きなので、ぜひ登場させてほしい。
あの頃の名門の大将って良血の種馬みたいな所もあるしね
131 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/12 00:54:15 ID:Clv65RcW
志田義広とか多田行綱などは登場しないのか?
【義朝の妻たち】
三浦義明の娘…義平の母
波多野遠義の娘…朝長の母
熱田大宮司・藤原季範女…頼朝、坊門姫(一条能保の正室)の母
池田宿の遊女…範頼の母
常盤御前…阿野全成(今若)、義円(乙若)、義経(牛若)の母
>>126 父親の失脚と同時に干される運命だからまあ大目に見ようや
>>132 義平って、悪源太だっけ?
のりよりの母ちゃん遊女か。よく認知してもらえたなあ。
義朝的には一応平安貴族の一員だから、全員妻というわけではないんだろうけども。
強いていえば寝殿に住んだ北の方は頼朝の母ちゃんだけだろう。
あんま関係ないけど、時子がごく親しい身内とはいえ
トコトコ居間に出てきて男性陣と直接口を利いたのは驚いた。
平安貴族でも北面出身は、あんなもんだったのか。
135 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/12 01:17:25 ID:Fi4s0KqP
>>132 熱田、池田、三浦・・
要は京と相模を往復する間、各地に女を作ってたってことやね。
136 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/12 09:26:39 ID:8rkVkzn5
漏れは忠告に従って渡と勝村しか目で追ってないわけでつが
これでも十分話についていけまつよね?
>>136 平家は渡と勝村でOK
悲劇がお好みなら重衡にそっと注目
源氏は頼朝
むかつきたいなら梶原景時に注目
朝廷は後白河
あとは雑魚です。(暴論)
>>115 せっかくだが、その説明、意味わからない。
115は早とちりして、
なぜ源家・平家でも源氏・平氏でもないのかという疑問と勘違いしたと思われる
>>138 >>112ではないので、この説明であっているかどうかわからないが、
一応説明してみる。
乱暴な事を言えば、集団の大きさの比較(氏>家)を表しているのではないかと。
源氏が頼朝の一家親戚は言うに及ばず遠い親戚までかき集めて戦ったのに対して、
平氏は清盛の一族だけで戦ったから、これがつまり「家」という小さい括りの集団だった。
清盛一族以外の平氏はあまり味方に加わらなかった(例えば上総広常とか)、
ということではないかな。
もう少し巧く説明してくれ次の人。
141 :
140:05/01/12 22:16:58 ID:h3huXR0d
勘違いカキコしてしまった。
>>139をみて気付いた。
スルーしてくれ。
142 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/12 23:35:42 ID:q5kdu6rX
源氏・平氏があくまで特別であり、且つ呼びやすいから、というのでダメ?
「あくげんたよしひら」とか「げんさんみよりまさ」とか通称もあるし。
ああいう呼称は当時のものなんだろうか。
それとも後世付けられた呼び名?
143 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/13 00:36:08 ID:ncghIYHA
源氏を「げんじ」と呼ぶのは「源氏物語・光源氏」の影響、と適当なことを言っておく。
中国に臣籍降下の前例がある。「魏書」源賀伝に由来があるというが詳しい人、Help
嵯峨源氏の呼び名が当時からあったのなら、最初から「げんじ」と読んでいたことになるのだが、よくわからん。
144 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/13 00:38:19 ID:FyFgrKBs
>>137 >悲劇がお好みなら重衡にそっと注目
そっと、にワラタ
偶に肩の力を抜きたければ、宗盛にそっと注目?駄目男路線が見れるとすれば
145 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/13 00:48:17 ID:+nYmhXlG
細川くんの奥さん役は相澤さんにしてほしかった
>>121 ナカーマ!!
悪源太VS重盛、見たかった…
「源氏」と「平家」の対比は鎌倉時代から見られたもの。少なくとも承久の乱前後
の述懐には出て来ますから、清盛一門を見た当時の実感では。
>>112 当時は漢語で言う方がオサレだったから。
菅原道真をさす「菅家」も「カンケ」と音読みにする。
人名の音読みも流行りましたね。藤原家隆の孫が生れた時、侍が「僭越ながら、
家隆という御名前がよろしいかと」と言い出したので、家族が笑って、「お前、
殿の実名を知らないのか」と訊いたところ、「かりゅう」ではありませんかと
答えたので爆笑がおきたという話が、『古今著聞集』にあります。
「ていか」は著名でしょう。安倍晴明は、「はれあきら」と読む方が珍しい。
鴨長明(ながあきら)、吉田兼好(かねよし)。
兼好の場合、俗名の「かねよし」を転用して法名の「けんこう」にしていますが、
俗人でなくなったのなら、吉田はつけなくてもよい。
そもそも、ト部氏が吉田を名乗る様になるのは後世の事ですが。
ミナモトノライコー
152 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/13 05:13:12 ID:Lib7N+WZ
平幹二朗さんの家紋って確か「揚羽蝶」でしたよね。
昔、本人がTVに出演中語ってました。
平家の家紋は揚羽蝶だったと記憶してますが、どうでしょう・・
153 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/13 07:19:37 ID:qA4n8nFu
家紋なんて、適当に選べるし、明治新姓ほど、
名字を勝手に選んだ後、それと同じ名家のある家紋にしている
>>152 正直、名字よりももっとあてにならないのが家紋。
154 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/13 07:39:23 ID:qA4n8nFu
それと平幹二郎さんは、「重盛の子孫」って言ってたけど、
実際には、重盛の子孫は全員「根絶やし」にされている。
藤原紀香みたいだな。
他の「義経」スレで見かけたのだけど、
最近の古文の授業では判官(はんがん)と読ませているの?
自分(3?歳、♀)のときは「ほうがん」と教わって、
「ほうがんびいき」と言うのだけど、
自分よりも年上の人も、年下の人も「はんがんびいき」と
言っている人がほとんどです。
中には「ほうがんびいき?何それ」という顔をする後輩もいます。
「はんがん」が多数派で、正式なのかな?
157 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/13 17:10:09 ID:E1jaBV1g
>>156 九郎判官義経(くろうほうがんよしつね)
仮名手本忠臣蔵の塩冶判官(えんやはんがん)
ほうがんびいきは義経、はんがんびいきは仮名
手本の浅野(塩冶)からきてると思う。
単に判官と言った場合、検非違使の大少尉を指しており、これは左右衛門尉
で兼任する決まりでした。
元々六位相当官であった為、五位になってからもこの職に留まるのは法律を
家職としていた中原・坂上の両氏に限られていましたが、義経は特例で五位
の判官=大夫判官に任ぜられています。
追討時には伊予守に任ぜられていたため、『吾妻鏡』では、豫州ないしは与州
と記されていますね。
読みは「はんがん」でも間違いではありませんが、「ほうがん」の方がいい。
159 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/13 18:41:03 ID:LnDsbPgu
>>155 実は、藤原という名字の人間はあの藤原氏の子孫でないことは確実。
NHKの番組誌「ステラ」では
判官=ほうがん
というようにふりがなされていますね。
この番組上でも滝沢は「くろうほうがんどの」と
呼ばれるのかな?
ちくしょう。
・・・
勉強になる。
ハルク判官
>>152-154 実際、「揚羽蝶」の家紋は平氏ゆかりのものだが、
後世になってから(特に江戸以降)、この蝶をあしらった家紋が「カワイイ!」と人気が出て、家系に関わらず「揚羽蝶」の家紋をつける人が続出したそうだw
したがって、家紋は当てにならない。
平幹二郎の家系は四国の出だそうだから、当てになるのは先祖の出身地ぐらいか。
でも、それにしたって「平家の落人伝説」は、西日本を中心に山ほどあるわけでw
>>162 判官投げちゃうぞ。
今の平とか藤原とかいうものは、「名字(苗字)」。つまりは家の名です。
源平藤橘といったものは「氏」。こちらは一族の名。
氏名(うじな)の方は明治に廃止されてしまい、以後両者が混同されています。
姓(せい)というのも、本来は氏名の方を指す言葉。
>160
「九郎」か「判官」でいいかと。『吾妻鏡』だと、一の谷の時点ではただの九郎(主)、
屋島の時点で廷尉(検非違使の唐名)、壇ノ浦の後に豫州と呼ばれています。
余談ながら、那須与一はどこにも出て来ません。
165 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/14 20:51:30 ID:Ad+jiULV
奥州藤原氏も、名字を藤原としているし、そこはかとない詐称の匂い。
166 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/14 21:43:34 ID:Kwv+sOBk
167 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/14 22:41:02 ID:EJ1WVGha
168 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/14 23:09:42 ID:naLuCUWf
>>159 職場に「房前(ふさまえ)さん」という人がいるが、もしや?
169 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/14 23:12:48 ID:NM6nETAr
秀郷−千晴−千清−正頼−頼遠−経清−清衡−基衡−秀衡−泰衡
この系図どおりかどーかは怪しいけど、藤原経清が摂関家の藤原氏
から一族の裔と認められていたのは確か。
時代はズレますが
藤原秀郷->俵藤太
平将門->相馬小次郎
の後者はなんなんですか?ニックネーム?
171 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/14 23:20:27 ID:EJ1WVGha
172 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/14 23:34:02 ID:AAf76Q0n
>>170 下野国田原の藤原氏だから俵(田原)藤太。
母が下総国相馬郡の人だから、そこで生まれ育ったことで相馬小次郎。
173 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/14 23:37:35 ID:zkc7p8Y/
>>167 秀郷系の藤原氏の嫡流は、当時、「小山」と名乗っているのに、
分家がまた藤原なんてありえない。
174 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/14 23:42:38 ID:EJ1WVGha
>>173 近衛を名乗っていても藤原は藤原じゃないか?
175 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/14 23:47:17 ID:zkc7p8Y/
>>174 藤原は氏で、近衛は名字。
記憶違いでなければ、奥州藤原氏は、名字を藤原と名乗ってるんじゃ
なかったけ?藤原氏はそういうことはしない。
176 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/14 23:52:22 ID:EJ1WVGha
>>175 姓が藤原だから藤原を名乗ってるんでしょ?
奥州の藤原で区別できるから。
藤原朝臣秀吉とか、源朝臣家康と同じでしょ?
178 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/14 23:54:27 ID:EJ1WVGha
>>175 ちなみに「苗字として藤原」を名乗ってるって記録なんてないでしょ?
179 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/14 23:57:20 ID:zkc7p8Y/
>176
それは公式文書ね。
奥州藤原氏って名字はあったの?
名字が別になければ姓=名字=藤原で、なんかオカシイと
思うわけ。詐称っぽい。
京都の藤原氏からの手紙になんて書いてあるかだよ。
その手紙がないこと自体おかしい。
一族なら、藤原なんて呼び方しない。
難しいな・・・
書店に行って高校の歴史教科書でも買ってくるか
藤原国衡->西木戸太郎
182 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/15 00:03:26 ID:EJ1WVGha
>>175 そもそも苗字なんて自分から名乗り始めるんじゃなくて、
領国や屋敷の所在地から他人が区別して言い始める。
奥州に藤原が1つしかないなら、他と区別する必要がないから、
奥州の藤原でいいんじゃないか?
近衛の藤原、九条の藤原、三条西の藤原、奥州の藤原。
183 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/15 00:04:02 ID:RNaGKT7P
秀郷自体が、「田原」という名字で呼ばれてるんだよね。
結局奥州藤原氏って、結局京都の藤原氏と一族ではない存在だったから
名字が別にないんじゃないの。
184 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/15 00:06:21 ID:RNaGKT7P
>>182 実際は奥州の藤原以外は、「○○の藤原」なんてめんどくさい
名前で呼ばれてない。それが規格外なんだよ。
藤原をなのってるからどーのこーの、ってのは別にないんじゃ。
奥州藤原以上に区別するほど分家してなければ、藤原のままかも。
小山だて結城だって、公式文書は全部藤原某で書くし。
都会ほど細かく名字がわかれていて、田舎ほどおおざっぱにしか
別れてない印象がある。田舎の奥州だと藤原姓が権威あるから
そのままにしてたりして。
以前、鎌倉幕府のご家人に平というのが何人もいたとき、
名字をなのるほどの土地なり何なりがなく、そのまま平でよんでいたのでは、とか
時代劇板でもあれこれ推測されていた。
186 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/15 00:13:37 ID:RNaGKT7P
>>185 >>田舎の奥州だと藤原姓が権威あるから
そうだからこそ、単に土着の土豪が権威づけのために「藤原」って
名乗り始めることはよくあったわけで。奥州藤原氏もそれじゃないの?
187 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/15 00:14:32 ID:RQcoL8Jn
>>184 でも、藤原北家とか、九条の北家とか、甲斐源氏とか、近江源氏とかって言うじゃん。
奥州藤原でもいいと思うが?
188 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/15 00:16:49 ID:RNaGKT7P
>>187 それはその地方の源氏の集合体を表してるだけで、奥州藤原みたいに
単独の一家を指してるわけじゃないし。
だけど、都の藤原氏が、奥州藤原が藤原をなのっているのは
けしからん、とか何とかいってる文書も見たことないが。
普通にみんなそうよんでいて気にしなかったんでは。
奥州に藤原氏がいないとしたら、それも不思議だよ。
源平もいなくて地元の土豪? まあ地元の人はそう思いたいかもしれないね。
190 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/15 00:21:50 ID:RQcoL8Jn
>>188 一人しかいないのにグループ名を名乗るミュージシャンだっているし。(これは冗談だが)
甲斐源氏=武田、近江源氏=佐々木だろ。
グループに名前をつけたんじゃなく、後から分家して集団になったんだろ?
佐々木氏だって六角、京極に分かれる前から近江源氏でしょ?
191 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/15 00:23:48 ID:RNaGKT7P
>>190 はじめは近江源氏とかよばれてなかったと思うよ。
集合体になったからいわれるようになっただけ。
>>189 それは京都出身の藤原とはまったく別物の藤原だからでしょ。
>奥州に藤原氏がいないとしたら、それも不思議だよ
当時東北が日本という意識は薄かったから、いなくても当たり前。
蝦夷といっしょ。そもそも藤原氏があんなに北に町を築こうと
したのが怪しい。
まぁ実際その場に居て見たこと無いからねぇ。
>>191 あんな北って・・・
資源や財がありゃあ、征服はいくらでもすると思うけど。
でも、自分たちは土地は支配するが、蝦夷とは違うぞ、という意味で
土着の土地を名字にしなかったことも想像できるしね。
基本的に、この時代は名字についての決まった規則はできてないから
そっから推測するのはそも無謀なんだよ。
194 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/15 00:30:30 ID:RNaGKT7P
そもそも平泉も全然たいしたことないし、あれで京に次ぐ繁栄とか
言ってるのもあれだね。
文句を言わなかったのは、別の藤原という意識があったからでは?
分家が京都の本家をさしおいて藤原と名乗ったら文句を言われる
だろうけど。
195 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/15 00:31:07 ID:RQcoL8Jn
>>191 でも武田以外の甲斐源氏なんかある?
それに源頼光以来、三位頼政、仲綱まで続くの摂津源氏なんかも
集団じゃなく一系でしょ?
196 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/15 00:33:05 ID:RQcoL8Jn
>>194 >そもそも平泉も全然たいしたことないし、あれで京に次ぐ繁栄とか
当時の平泉の全容も分からないし、当時の京の荒廃ぶりもわからないじゃないか。
197 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/15 00:34:21 ID:esUjAIas
南北町〜戦国江戸とかで奥州藤原氏の出を名乗ってるのって聞いた事ないんですけど
なんかいますか?
伊達は藤原だと聞いてますけど
198 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/15 00:35:34 ID:RNaGKT7P
全容がわからないなら、どうして、繁栄してたってわかる?
単に町おこししたいだけちゃうんかと。
マルコ・ポーロの「東方見聞録」で「黄金の国ジパング」にあるという
金で出来た建物というのが中尊寺の金色堂らしい、という話は聞いたことがある。
当時は金閣はなかったからね。
中世は十三湊という港町が東北地方と大陸の貿易で栄えていたそうだから、
何となく情報と物資の流れの推測はつく。
平 成天皇はでてきますか?
201 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/15 01:55:33 ID:esUjAIas
>>200 __ノ人_
/´ ノ人  ̄`ヽ,
/ 〃 _,ァ-ノ人ヘヽ
i /´ リ}
| 〉. -‐ '''ー {!
| | ‐ー くー |
ヤヽリ ´゚ ,r "_,,>、 ゚'}
ヽ_」 ト‐=‐ァ' !
ゝ i、 ` `二´' 丿
r|、` '' ー--‐f
_/ | \ /|\_
/ ̄/ | /`又´\| |  ̄\
皇太子殿下が常盤を見て何かを勃起立されたようです
202 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/15 02:06:58 ID:pVx0jjd5
既にこのスレについていけない人を救済するスレを立てるべきか否か・・
ここは日本史版じゃないんだがなあ。
奥州藤原氏については今から熱くならんと、あとに取っておけばよかろーものを
藤原朝臣竜也
>>203 それを言うなら近藤勇藤原昌宣・土方歳三藤原義豊・山南敬助藤原知信
スレ違いすまぬ。
あ、肝心の沖田が抜けてた。 沖田総司藤原房良
重ね重ねお邪魔しました。
ごめん、このスレにすらついていけなくなってきた。
さようなら。
自分も既にわけ分からん
>>202 オレが仕切る訳じゃないが、じゃあ奥州藤原氏の話題はもう少し先まで取っておこう。
あと、日本史板のような内容になる事を避けるため、見解の相違による議論みたいなのは、やめよう。
あくまで初心者が質問し、それに数人が答える、という形にしてはどうだろう。
仕切直しで、はい次の方質問どうぞ↓
>>165 奥州藤原氏の先祖は、『陸奥話記』に登場する散位藤原経清。
作中では、源頼義に「汝先祖相伝、為予家僕、而年来忽緒朝威、蔑如旧主、
大逆無道也」と責められていますが、『本朝続文粋』、『朝野群載』にも
登場する、実在の人物です。
「汝先祖相伝」と言われている事からして、また『尊卑分脈』に秀郷流藤原
氏とある事からして、関東・陸奥に下向して土着した可能性があります。
鎮守府将軍は、10世紀後半になると軍事貴族(=武士)化した秀郷流藤原
氏や平氏・源氏が務める様になっており、刀伊の入寇時の記録によれば、大
宰府にも多くの土着した藤原姓の者たちが存在していました。
秀郷自身も鎮守府将軍を務めていた可能性があり、その子孫が東国にいたと
ころで、疑うほどの事はありません。
『玉葉』では、記主の内大臣九条兼実が、鎮守府将軍に「東夷」が任命され
た事を歎いていましたが、「東夷」とは陸奥に住む人間が出自に関らず自称
していた言葉でもあり、兼実自身一年の半分は愚痴を言って過ごしていた様
な人でしたから、否定材料にはならないでしょう。
なお陸奥の繁栄についてですが、砂金・馬以外にも財源がありました。
鷹狩り用の鷹・矢に使える大鷲の羽・海豹や海驢の毛皮です。
後の三者はオホーツク海沿岸でしか獲れず、アイヌとの交易によって入手さ
れていた様ですが、これらは京でも珍重されていたもので、平泉に栄華をも
たらすには十分です。
ああ、申し訳ない。>208の方
とりあえずドラマにはもう義経のお兄さんは出ないんですか?
>>211 今若乙若のことね。
歴史上は再登場するけど、このドラマではわざわざ成長した二人を
出す意義も予算もないから忘れちゃっていいよ。
213 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/15 15:00:42 ID:n6x0uaXd
こんなに訳がわからないのは何故だorz
『新選組!』の時は余裕だったのに・・・
歴史はそれなりに勉強してきたんだけどなぁ・・・
早くも戦意喪失
214 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/15 15:02:34 ID:gu2VPxM9
>>213 それは、あなたが幕末→明治は得意だけど、平安→鎌倉あたりが苦手だということです。
新選組の一話も、冒頭から登場人物多すぎて訳わからんって感想が多かった気が
216 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/15 15:19:12 ID:n6x0uaXd
>>214 確かに鎌倉(戦国時代全般)は苦手・・・それにしてもここまで着いていけないとは正直ショック
>>215 そうだったの?自分は名前が似てなかったから平気だった
217 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/15 15:23:41 ID:gu2VPxM9
>>216 >鎌倉(戦国時代全般)
↑
この時点でww
まあ、ガンバレ。
六波羅のシーンで、テロップ欲しかった。
それだけでもだいぶわかりやすくなったんじゃないかと思う。
>>216 おれは縄文(南北朝時代全般)が苦手だ。気にすんな。
220 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/15 17:00:53 ID:SF02UYrL
教えてください、日本史の神々よ。
自分は高校1年で日本史も嫌いじゃない方です。
この辺りの資料をちゃんと読みたいのですが、何を読めばいいですか?
『義経記』とか『源平盛衰記(はフィクションでしたっけ?)』とかは、おすすめですか?
ほかにも、何かあったら教えてくれませんか。春休みの楽しみに読みたいのです。
お願いします。
確かに名前似てるかどうかは大きい。
自分も高校では、日本史のテスト平均で80点以上取ってたのに平家方は区別つかず。
まあこんなもんだから覚えてなくても無理はない。
しかし2chの大河板でこのレベルだと、一般人は心配だな・・・。
中学生用の平家物語でも読んどけば
ある程度ついていけるんじゃない。
>>220 >『義経記』とか『源平盛衰記(はフィクションでしたっけ?)』
どちらも事実をもとにした「物語」ですよ。『義経記』の方が創作性が高い。
風俗描写というか、戦闘の描写は比較的当時のものに近いですが。>軍記物
『吾妻鏡』・『百錬抄』・『愚管抄』・『六代勝事記』・『梁塵秘抄口伝集』巻十。
『愚管抄』以下は当時を生きた人間の記録ですし、日記なら『玉葉』や
『明月記』があります。しかし、一般の方にはつまらないと思いますよ。
虚実入り混じりつつ、『平家物語』でいいでしょう。延慶本が古いですが、
これも手に入ったものから読んでみるがいい。
(長門本・延慶本・四部合戦状本・百二十句本など同じ『平家物語』でも、
いくつも種類があり、注釈者の冒頭の解説で何本かは分かります。)
一応、『吾妻鏡』・『玉葉』・『明月記』は、書き下し文のものがありますね。
224 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/15 17:26:18 ID:0MyjiH0O
220ですけど、「平家物語」は角川文庫版でもう読んじゃったのです。
225 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/15 17:30:03 ID:0MyjiH0O
>>223 あ、詳しいご紹介ありがとうございます。
「軍記もの」とか、「日記」とか、そういうジャンル分けがよくわからなかったので、
すごく参考になりました。図書館にぜんぶあると思うんで、自分にしっくり来るのから
読んでみようと思います。ほんとにありがとうございました。
>>223 詳しすぎてどうかと思う。
もう少し一般向けはない?
>延慶本が古いですが、
>これも手に入ったものから読んでみるがいい。
>(長門本・延慶本・四部合戦状本・百二十句本など同じ『平家物語』でも、
なんのことだかサパーリなのは自分の頭が悪いせいなのか?
せめて出版元とか教えてもらえないと、
専門家以外はたどり着けないと思うが?
227 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/15 18:31:06 ID:BIf+E9vR
源平合戦の面白い小説教えてください。
平家主体でも源氏主体でもどっちでもいいです。
司馬の『義経』は?
でもこれは少し暗いかな。
>>226 同じ『平家物語』でも、成立時期の異なる「異本」があるのですよ。
その為、内容も少しづつ異なったものとなっています。その中でも一番古い
形式を残していると見られるのが、14世紀初めの延慶年間に書写されたも
のを、室町時代に更に書写したもので、これを延慶本と呼びます。
「延慶本」や「長門本」の名が表題になっている場合もありますが、ほとんどの
場合、ただの『平家物語』として売られていますね。
例えば小学館の日本古典文学全集の『平家物語』だと、「凡例」の箇所に、
「本書の底本には、東京大学国語研究室所蔵の『平家物語』(旧高野辰之氏所蔵。
通称、高野本、覚一別本)を用い・・・」
とあって、使われた『平家物語』が、比較的後の時代に成立した異本を
刊行したものだと分かる様になっています。
異本・諸本の成立順は、「解説」の部分に書いてあるもの。ご参照を。
当然の事ながら、『平治物語』や『保元物語』にも、変化が見られます。
例)『平治物語』の古態本では常盤と子供たちに宿を貸すのは一人暮らしの
老女だが、後の時代に成立した本では、まだ若い夫婦者になっている。
それで、同じ『平治物語』を読んでいても話の食い違う事がある訳です。
ぶっちゃけた話、「大筋は同じだが、『平家物語』は何種類もある」という事です。
そして、それらは由来・書写年代・形式によって○○本と呼ばれていると。
このスレのほうが難しくてついていけない・・・
232 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/15 20:49:00 ID:0MyjiH0O
ここはスレタイどおり「初級者むけ」に残しておいて、
もっと深く知りたい中級・上級者のための「ゼミナール編」みたいな新スレ立てます?
申し訳ない。ご質問にお答えしていたつもりであったのですが・・・。
234 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/15 21:13:13 ID:Fpt84hyx
山野さんって日本史板でよく見かける人でしたっけ?
大河ドラマスレ、質問スレ、平安貴族スレなどをたまに覗いております。
でしゃばりが過ぎた様で、申し訳御座いません。
中学校の歴史の授業に大学教授がやってきた状態になってますねw
最初は歴史オンチの為の大河義経ガイドって感じだったのにな
新撰組とどっちが面白い?
新撰組は全部みたけど義経一回目見逃した・・・orz
自分の目で確かめてくれ。
どっちもそれぞれ面白いよ
241 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/15 23:55:57 ID:PACn7ask
>山野野衾さん
いえいえ、自分はとても助かりましたし、ありがたかったです。
もしここが適当でないのであれば別スレ立てますので、いろいろ教えてください。
242 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/16 00:41:45 ID:c2bRxpRW
平家の名前の煩雑さについていけないと嘆く人が多いが、
ぶっちゃけ、名前なんか覚える必要ないと思う。
清盛
清盛の弟
清盛の長男、次男、三男、四男
清盛の義弟
とりあえず、こんな感じで見てればいいよ。
243 :
彩ヲタ ◆YCrdWk2Kgg :05/01/16 00:46:33 ID:xwbSb7mc
関係ないかもしれないが
今回はしづより
うつぼのほうが出番がおおいでつか?
245 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/16 01:44:48 ID:nIW+xNJQ
役者さんの顔込みでそのうち慣れると楽観しておくw
源氏側も主家のみならず佐藤兄弟とか片岡兄弟とか(今回出ないのか?)「え、どっちがどっちだっけ」ってのが多いけどね。
でもまあ、今まで歴史ドラマたくさん見てきていまさら源氏や平氏で混乱もないだろうと思っていたけど、
よく考えたら、関ヶ原を描くとして西軍がみんな石田姓で東軍がみんな徳川姓しかもみんな名に「家」が入ってたりしたらやだよな。
246 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/16 01:50:30 ID:I7jYZpUW
\ │ /
/ ̄\ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
─( ゚ ∀ ゚ )< さいたまさいたま!
\_/ \_________
/ │ \
∩ ∧ ∧ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\∩ ∧ ∧ \( ゚∀゚)< さいたまさいたまさいたま!
さいたま〜〜〜! >( ゚∀゚ )/ | / \__________
________/ | 〈 | |
/ /\_」 / /\」
 ̄ / /
247 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/16 03:01:55 ID:ElXeCmHN
うつぼってどういう人なの?全く知らない
248 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/16 03:23:31 ID:LbhXH4Tu
架空の人物でしょ?
梶原景時は、忠臣蔵のあの人みたいに悪役っぽく書かれてしまうのですかねえ?
>>247 上戸彩を出すために作り出された架空の人物。
>>249 当然。
義経を悲劇のヒーローとして良く見せるには、梶原景時を悪玉に書かないと成り立ちません。
都育ちでボンボンなところがある頼朝にとっては、側に必要な存在だったんだけど。
>>250 架空だけど上戸彩出すために作り出されたわけではない。
どうして牛若丸じゃなくて牛若なんですか?
ボクがよんだ本では、みんな牛若丸でした。
幼名「牛若」
愛称「牛若丸」
>>229 その説明では、まだちょっと難しすぎるかと思います。
それを語るには、日本の古典文学の成立法というか伝承法について
最初に説明しておくべきでしょうね。
以下、その説明。
江戸時代以前の日本では、印刷技術はほとんどありませんでした。
だから本を増刷するためには、一文字一文字手で書き写さなくてはなりませんでした。
そして昔は著作権なんてない時代でしたから、書き写す人がこうした方が
いいんじゃないかと思えば、原典を平気で加筆訂正したりしていました。
「ここではこういう表現にした方がいい」とか、
「この章とこの章は、順番を入れ替えた方がストーリーの流れがしっくりくる」とか。
というわけで乱暴にまとめると、書写した人間百人が百人とも自分勝手に書き写せば、
百通りの本が出来上がるわけです。
そんなそれぞれの「諸本」に、収蔵されていた場所や書写された時代、
書写した人物名などに基づいて、名前を付けて区別しているわけです。
『平家物語』での代表的な例を挙げれば、「百二十句本」と「覚一本(etc)」などの違いがあります。
『平家物語』は「覚一本」などでは、高校の古典の教科書によくのっている「大原御幸」が
ラストシーンですが、「百二十句本」では「大原御幸」はそれ以前の章段に埋もれています。
ラストシーンというのは言うまでもなく物語にとって非常に重要な部分ですから、
書写者の『平家物語』に対する捉え方の違いが垣間見えるわけですね。
初心者の方はまず、最も一般的な伝本である「覚一本」から入るのがいいと思います。
講談社学術文庫版のものは現代語訳もあり、比較的読みやすいです。
「百二十句本」は新潮社の新潮日本古典集成に入っています。
全訳はありませんが、難しい部分には注釈や訳が丁寧につけられているので
古文に慣れていない人でも比較的読みやすい。
平家物語諸本の中で最も古い時代に書かれたとされるのが「延慶本」。
大き目の図書館に行けばあると思いますが、ちと難しいです。
平家物語諸本については、
ttp://www.toride.com/~yuga/heike/heike.htmlが詳しいです。
『平家物語』以外の文献に触れたいのであれば、『愚管抄』『明月記』が
読みやすくていいでしょう。
『愚管抄は』天台座主(比叡山延暦寺の一番偉い人)慈円という僧が書いた歴史書。
『明月記』は『新古今和歌集』の編纂で有名な、藤原定家の日記です。
この二書を読めば、かつての支配者であった貴族や、僧が、源平の争乱を
どのように見ていたのかを知ることができます。
どっちも図書館に行けばあるはず。
『吾妻鏡』を読んでみるのもいいと思いますし、
『玉葉』(関白九条兼実の日記)も当時の資料としては一級品で、
当時の世相を捉えるためにはうってつけです。
ただし『吾妻鏡』はともかく、『玉葉』は文章が非常に読みにくく、かつ退屈です。
研究目的でなければ、とても読めたものじゃないです。
>>247 それは上戸がうつぼ顔だといわんとしているのかw
『玉葉』は当時の京(中央政府)の右往左往ぶりが見れて
まあまあ面白いと思う。
最初は「謀反の賊義朝の子」で通っていた頼朝と後に手を結ぶとは
当人(九条兼実)も思ってはいなかっただろう。
それと大河の原作である宮尾平家には血生臭い実話は殆ど無いから
その手に期待している人には申し訳ないね。
重盛が左大将、宗盛が右大将になったとき、
兄弟が左右の大将に並び立つなんて、未だ数例しかない。
ついこの前まで身分の低い奴等だった武士が、
そうなるなんて……平家の専横はここから始まった。
などと平家物語は書いているけど、
玉葉にもこの記事があって、当時の公卿達がいかに憤慨していたかがわかる。
>>258 あなた、日本史世界史板でよく見かけるね。
史学的視点からみて今回の義経はどう思う?
というか史学的云々はそれなりの板でやれと。
そう言えば、世界史板の雑談スレがちょうどそういう話だったな。
荒廃気味の日本史板より向いてるかも。
このドラマを楽しみたいのであろう?
なら
義経目線で村上本平家目線で宮尾本を読めばいい。
所詮史実も減ったクレもねえ。文献によって様々な800年前の世界。
昨日検索してて見つけた
「源義経 流浪の勇者」(文英堂 2004年9月刊)
源義経大辞典と言うブログで紹介されてたが、
長い間の義経研究者達の集大成みたいなものなんだろうか
そこ読んでて面白そうだったし、義経目線でみるならこれ良さそう
>>260 解釈以前の明らかな間違いもぞろぞろ出て来ますが、御質問が無い限り、わ
ざわざ申し上げる様な真似は致しませんよ。
>>246 さいたま〜県民よ、胸をはれ!
義経に付き従って闘った侍達は武蔵七党出身者多いぞ!
今更ですが
常盤が義朝の想い人って、正妻ではなかったってことですか?
あほみたいな質問ですんません。
「ろくはら」って何ですか?清盛のことなんだろうけどなぜろくはら?
269 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/16 21:10:27 ID:1jGflBS7
>>268 「ろくはら」を「せくはら」と読んでしまったのは内緒
六波羅は京都の地名だよ。鴨川のちょい東。
六波羅蜜寺のあったあたりを六波羅と呼ぶようになっただけ。
今では平家全盛時時のものは何も残されてない。
>>267 はい、正妻ではありません。
>>268 京都の地名。清盛の邸がありました。
当時の有力者は、住んでいる地名で呼ばれることも多かったのです。
>270さん、ありがとう
272 :
268:05/01/16 21:17:24 ID:Iyj4WVzA
>>272 小松殿(重盛)も同じだよ。
六波羅の中の小松ってとこに屋敷があった。
274 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/16 23:07:41 ID:WbqPrSVP
今回登場してる人物の中で
平頼綱、長崎円喜、長崎高資の祖先にあらるヒトいるのかな?
堅い歴史ものは苦手な女性にお薦め↓
永井路子著
「波のかたみ 清盛の妻」「平家物語の女性たち」ついでに「北条政子」
本スレの方で一条蛭子卿がスカトロとか書かれていたわけですが、
本当に一条卿がそーゆー趣味だったのか?
それとも蛭子氏がそーゆー趣味なので揶揄されたのか?
教えてエロイ人
>>274 怪しい系図でよければ平清盛・重盛が先祖ということになる。
>>276 前者。勿論一部の記述にあるだけで、「本当に」そうだったかは怪しい。
今後も一条卿は登場するけど、
このドラマでは一条卿のスカトロキャラは排除する方向らしい。
>>278 エロイ人さんくす
>スカトロキャラは排除する方向
でしょうね(笑
今日の話で、宗盛が陰陽師の安倍泰親の占いに頼ってるように描かれてたけど、
あれは壇の浦に向けての伏線なのかな。
壇の浦の合戦で、イルカの大群を見て平家滅亡を占ったのって泰親だったっけ?
鳥羽法皇の寵妃に化けた妖怪・金毛九尾の狐の正体を見破ったのもこの人だよね。
>>278 その長成スカ説ってどの文献に書いてありますか?
>>280 すごい詳しい!
俺もこのスレで何回か回答しているが、これほどの知識はないよ。
もはや、お前に教える事は何もない・・・
>>280 当然、伏線だと思う。
最後の一行は知らなかった。
>>280 >鳥羽法皇の寵妃に化けた妖怪・金毛九尾の狐の正体を見破ったのもこの人だよね。
室町時代に成立した伝説では、安倍泰成になっています。『平家物語』に登場する
神人泰親として、史実と辻褄を合わせたのが岡本綺堂。
海豚を占ったのは晴信。史実とすれば、延慶本通り晴基が正しい。
またこのスレについていけなくなりましたorz
288 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/17 00:54:47 ID:w3P7CLon
まあまあ。
安倍姓の陰陽師はみんな安倍晴明の子孫でした、
程度に覚えておけば問題ない。
なかでも泰親は天才と呼ばれてはいたらしいが。
このスレは歴史苦手な人間より得意な香具師のが多く出入りしているような希ガス
290 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/17 01:08:57 ID:piQb6NiG
占いに頼る息子を叱るシーンは細木数子へのあてつけと取れる。
292 :
594:05/01/17 01:25:37 ID:c+wbpDeP
293 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/17 01:37:02 ID:AJeMXM0e
六波羅って、当時の被差別部落の様な場所だったそうですが。
鴨川から清水寺にかけてが、都人の葬送の地だったとも。
本当ですか?
294 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/17 01:51:15 ID:9o31cdfh
なんで平安時代にBがおるねん。
295 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/17 01:55:09 ID:LHc8CoKY
>>293 清水寺はそうだと思う。かなり街から外れているしね。
いまでも清水寺に行くのはけっこうな坂道を上らなければいけない。
昔は庶民の遺体は街から離れた谷の奥とかに捨てていたらしい。
>>294 清水坂非人というのが平安時代末頃から活動していたことが知られている。
彼らは都のケガレをはらう存在であり、検非違使の配下として、警察・行刑業務のほか、
清掃(人間や動物の死体の片付けを含む)をおこなっていた。
お徳となんたらの翁がわかんない
298 :
594:05/01/17 02:17:11 ID:c+wbpDeP
制度としては江戸時代からだけど、実態としてはあったわけですね。
299 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/17 02:40:05 ID:8Bc00Pxu
つか、難民に本物の書物を勧める時点でオカシイ。
大河を見やすくするためなんだから小説でいいんだよ。
吉川栄治の新平家でも読めば十分。
俺が保障する。
300 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/17 03:24:37 ID:U3Hbhe8T
それこそNHKのガイドブックでいいのでは?
あれだけ出演者が多いと、役名と俳優の顔すら一致しないかもしれないし
>>293 六波羅自体、髑髏原から来たというのが、民俗学者の五来重説です。
豊国神社の裏手の山を鳥辺山、一角を阿弥陀ヶ峰といい、そのすそ野を鳥辺
野と呼んで、庶民が死体を筵の上に乗せ、食物を供えて葬送していました。
鳥辺野の位置は時代により異なり、この頃は今の今熊野辺りになります。
鴨川にも死体が遺棄されていた事は、史書や説話や『蜻蛉日記』にも出。
>>294 非人以外にも餌取(えとり。後のエタ)というのがおりまして、これは鷹の
餌をとる事に由来した名称だと言います。ざんばら髪で烏帽子を被ってい
ませんでしたが、明治以前に髪を結っておらず、南北朝時代以前に烏帽子
を被っていなかったのは、坊主などを除けば被差別民くらいですよ。
注:小鳥も使われたが、当時の鷹の餌は主に犬の肉。
>昔は庶民の遺体は街から離れた谷の奥とかに捨てていたらしい。
空き地があれば、近所だろうが大内裏跡だろうが遺棄されました。犬や鵄や
烏が子供の死体の一部を咥えて来て、穢が生じたという記録が多い。
武家も殺傷を扱う穢れ職能集団だったとも言える。
そういえば清盛が福原に強引に京を持っていったころは、
大地震やら飢饉やら色々とあったんだよなあ。
方丈記などの記述もあって、これらを史実とは認識していても、
義経などの人物英雄伝的な歴史に比べるとスルーしがちだな。。
自分も以前は関東と比べて関西は地震の心配が無いというような
とんでもない誤解をしていた。
みんな正しいけどわざと大変なこと教えてる気がする
玉葉なんてドラマの為に手を出してたら、放送終わってる・・。
多少の異論があっても、小説を薦めてあげればいいのに。
と、いうわけで特に女性にお勧めの入門小説。
「女人平家」吉屋信子 角川文庫
平家物語の「何となくクリスタル」版です。
あの悪戯書きの屏風って現存してるの?
申し訳ないが、
【歴史苦手】既に義経についていけてない人を救うスレについていけない人を救うスレ
を誰か立ててはくれまいか。
特に「歴史苦手」という部分を強調して欲しいのだが。
歴史得意な人というのは知らず知らずのうちに難しい言葉を使っていて
それに気付いていないみたいなので。悪気がない事はよくわかっているのですけど。
ある一部の人には本当に申し訳ないが、書かれている内容がわからない。
自分がこのスレに望んでいるのは、もっと身近な疑問に単純な言葉で答えてくれる事なのです。
というか「初心者」「入門」というのを入れた方が良いような。
「義経の時代背景入門スレ」とか。
苦手と言っても戦国〜幕末くらいは知ってる香具師も多そうだし。
301を初心者向けに翻訳してみた。この程度でどう?
>>293 >六波羅自体、髑髏原から来たというのが、民俗学者の五来重説です。
>豊国神社の裏手の山を鳥辺山、一角を阿弥陀ヶ峰といい、そのすそ野を鳥辺
>野と呼んで、庶民が死体を筵の上に乗せ、食物を供えて葬送していました。
>鳥辺野の位置は時代により異なり、この頃は今の今熊野辺りになります。
>鴨川にも死体が遺棄されていた事は、史書や説話や『蜻蛉日記』にも出。
六波羅は、髑髏原が転じたという説があります。
豊国神社の裏手の山裾を鳥辺野と呼び、民が死体を筵の上に乗せ、食物を
供えて葬送していました。
鳥辺野の位置は時代により異なり、この頃は今の今熊野辺りになります。
鴨川にも死体が遺棄されていたという話は、『蜻蛉日記』等にあります。
310 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/17 15:14:23 ID:sWgNQh/i
うーん、この時代がどのくらい苦手なのか、わからないからなあ。
本屋で、小学館だか学研だかの「まんが日本の歴史」で源平合戦の頃(平安末期〜鎌倉初期)を
立ち読みすれば、かなり良いとこまでいけると思う。
藤原道長の後の、白河天皇(上皇・法皇)の院政開始〜保元・平治の乱、あとは源平、鎌倉幕府開府
まで。僧兵の誕生なんかもきちんと書いてあるから、弁慶の立場なんかも理解しやすいのでは?
確か、巻末には資料も掲載されていたし、系図なんかもまんがの顔つきで書かれてたりするら、頭に
入りやすい。
それから、あなどれないのが子供向けの古典文学。平易な内容で王道を読める。この基本スタンスを
踏まえておくと、現代の少し新説をまじえたのや、ひねった内容の小説も味わい深い。
本当は義経記だけでいいはずなんだけど、今回の大河は平家にも重点が置かれてるからね。
弓張月
平家物語
義経記
曽我物語
この辺を押さえておけば万全じゃないでしょうか。
>>303 福原は今の神戸市の中心部ですよね?
その時の大地震は阪神大震災に匹敵するような規模のものだったのですか?
恥ずかしながら、古典文学とかには疎いもので・・・
>>311 その時代の地震の規模は知らないけど、過去の関西方面は、
石棺が裂けて2m以上ぶっとぶようなものだったり、
舞鶴の先から冠島の間にあったはずの半島が全部崩れて海中に没するくらいの
規模のものが何度かあったみたいですよ。
313 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/17 18:42:36 ID:bMqGGI6d
名前にふりがないれてほしい…
>>313 第2回までの登場人物で名前の読み方が難しいのは、
重衡(しげひら)清盛の息子の中で一番年下
領子(むねこ)時子の弟時忠の妻
五足(ごたり)今回、牛若を泥棒の一味と誤解して突き飛ばした若者
朱雀の翁(すざくのおきな)今のところ正体不明
能子(よしこ)清盛と常盤のあいだに生まれた赤ん坊、牛若の異父妹
こんなところかな。領子は、池禅尼の名前も宗子(むねこ)なので紛らわしい
が、池禅尼は今後出番が多いとも思えないので無問題。
今後の登場人物だと維盛(これもり=重盛の子)、資盛(すけもり=維盛の弟)、
以仁王(もちひとおう=後白河上皇の皇子)あたりは、テロップにふりがなが
あったほうが視聴者に親切かも。
五足ってこの後何する人?重要人物?
316 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/17 20:38:04 ID:nHkiwijn
関西の大地震といったら秀吉の晩年にもあったらしいよ
朝鮮出兵で加藤清正が謹慎していたけど秀吉を助けにいったってのを
ドラマか小説かで見た
すっごく申し訳ないんだけど、読むと混乱するから 山野野衾 さんはNGワードに登録しますた。
北条氏に仕えた平頼綱や対蒙古防衛戦に当たった対馬の平氏は
この平家の子孫?
能子が母親ではなく、平家に引き取られたのは何ででしょうか。
当時は通い婚だから、子供を母親が育てることも珍しくなかったと聞きましたが。
それに能子は母親の身分が低いので、徳子とかと違って平家にとって割とどうでもいい存在だったんじゃないかなあと思うのですが。
まとめると
長男・・・出来る。時子じゃない誰かの子。なぜか次男の方がえらい。
次男・・・へたれ。
三男・・・まぁまぁ。
四男・・・心が広い。
次男以下は時子の子
であってるの?
>321
次男→登場する事もなく既にあの世
以下
三男、四男、五男に修正せよ
>>321 長男(重盛)・・・地味ながら出来るヤツ
次男(基盛)・・・故人
三男(宗盛)・・・出来損ないのボンボン
四男(知盛)・・・普通
五男(重衡)・・・心が広い
宗盛と知盛の間に建礼門院徳子も入れてくれ。
1話でもチラッと出てきた安徳天皇を産んだ人。
325 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/17 22:41:33 ID:5GQSc4DP
平家は宗盛の代で滅亡し、
源氏は実朝の代で滅亡し、
奥州藤原氏は、泰衡の代で滅亡するわけだが、
傍流の北条氏は平家で、足利氏が源氏っていうのはほんとかな?
326 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/17 22:42:34 ID:5GQSc4DP
あと新田氏は、源氏だっけ?
>>325 何かと面倒だから「ホント」だと言っておく。
>>326 ええまあ。
一応、新田氏の祖は足利氏の祖と兄弟とされている。
329 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/17 23:06:28 ID:nHkiwijn
本当か嘘は別にして室町以降で平氏名乗ってるのって
宗、織田、種子島、長尾
他にいますか?
鎌倉初期には、北条やら三浦大庭梶原いっぱいいるのに全滅ですか?
千葉って平氏だったけ?
>>320 通い婚だろうと父親の血筋というのは後々までものを言うんですよ。
特に娘は政略に使うためどこの家も必要でした。
(常盤さんには家がないも同様と思って下さい)
「清盛の娘」というのは使い道がいっぱいあるし、
世間にそれが知れてる以上、野に放っておくのも平家としては都合が悪いのです。
清盛には常磐以外にも多数愛人がおり、彼女たちとの間に出来た娘も嫁ぐ前に一度は引き取り、しかるべく筋に縁づけています。
ところでこの時代、結婚形態は通い婚だけではありません。
特に平家は一応武士です。
武士が「館(たち)」の社会を形成し始めた頃です。
清盛は頭領として一族郎党を身の回りに集めています。
相手が貴族の娘なら別ですが、
時子以外の女性は妻ではなくて愛人扱いですので、気を付けて見てみて下さい。
千葉・上総・和田も平氏でしたね。戦国期の大名だと、相馬・芦名・岩城・仁科・
岩崎・木下(ねねの実家)・長尾・後北条・・・・。
改めて見渡してみると、秀郷流藤原氏が多い。自称秦・漢の帝の子孫も。
>>331 >自称秦・漢の帝の子孫も。
漫画家のつのだじろうとミュージシャンのつのだ★ひろ兄弟もそうだね。
あと、元ヤクルトの秦選手も。
え、つのだじろうとつのだ★ひろって兄弟なの?
>>333 はい。
つのだじろうが兄。
つのだ★ひろが弟。
そうだったんだ、知らなかった・・・
ありがとう。
336 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/18 01:37:51 ID:Xt60I2FJ
>>331 >千葉・上総・和田も平氏でしたね。戦国期の大名だと、相馬・芦名・岩城・仁科・
>岩崎・木下(ねねの実家)・長尾・後北条・・・・。
平家なら、なんで「平のなんとか」って、名乗らないのですか?
あと、大河ドラマ「北条時宗」にでてきた時宗の側近も「平のなんとか」って
名乗っていたなあ。名前は忘れた。
>>336 >平家なら、なんで「平のなんとか」って、名乗らないのですか?
主に壇ノ浦以降〜鎌倉時代の平家の残党狩り、落人狩りから逃れるために、あえて別の姓を名乗った。
もっとも
>>331の各氏の多くは、ハクをつけるために「俺の家は平家出自の家系だ!」と勝手に名乗った可能性が高いが。
>平のなんとか
平頼綱(たいらのよりつな)。
能子の運命を教えてください。
>>338 なんか・・知ってて聞いてるような気もするけど・・・
清盛の娘の一人(建礼門院の姉)の旦那の愛人になります。
徳川内大臣 源家康
羽柴太政大臣豊臣秀吉
源平藤橘+豊臣(5つしかない、これらは下に「ノ」を入れる)
豊臣秀吉は源家康といってるようなもので本当は羽柴秀吉
読みは「とよとみ の ひでよし」が正しい
北条(官位)平時宗
眠いので書くの面倒だから「源平藤橘」でgoogleってくれ
平家は清盛とその一族を指すもので
平氏は他も含めて全部の平系の人
同じようでちょっと違う
341 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/18 02:27:29 ID:Xt60I2FJ
>>337 >>340 どうもありがとうm(__)m
勉強になりました(敬意
>平頼綱(たいらのよりつな)。
そうそう思い出しました。
平頼綱ですね。北村一輝の怪演が光っていました。
ドラマでは人殺しの若者が取り立てられて「平家」の養子になるという
荒唐無稽な設定でしたが、それはともかく
北条の家臣の「平」は、ほんとうに本家本元の平家の
流れにある人なのか、ハクつけのために勝手に名乗っているのかのどちらかという
ことですね。
342 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/18 03:05:43 ID:0ZSlbIUb
>>249 「草燃える」の梶原景時は「鎌倉政権確立のためにあえて汚れ役を
買って出る忠臣」って感じだったんだがなあ(江原真二郎が好演)
逆に義経はスタンドプレーばっかり狙うアイタタなキャラってとこでw
「新選組!」の時の薩摩藩の描写と同じで主役の立場によって全然違うね
とりあえず河出文庫の新刊『義経の時代一〇〇人』がハンディな人物辞典として
役に立ちそう(\720)
お徳や朱雀の翁(烏丸・五足)がわかりません。
当方、鵯越スゲェな、とか那須与一スゲエな。というレベルなんですが、
お徳や朱雀の翁なんて聞いたこともございません。教えては頂けませんか?
>>336 「呼び名」というものを、以下の通りにあるものと憶えて下さい。一例です。
氏名(一族の名)=平
名字(家の名)=織田
通名(通称)=三郎
通名に代って呼ぶ官職名=右大臣
実名(正式な名)=信長
この内、大河ドラマで通常呼ばれている「実名(諱)」は、滅多に呼ばないも
ので、呼べば失礼にあたります。「信長様」なんて呼んで、後どうなっても
知りませんよ。
平などは、朝廷に関る文書で必要とされたもの。外交文書でも「源〜」です。
秀吉が改めて賜ったのは、名字(羽柴)ではなく、氏名(豊臣)の方。
羽柴はそのままでしたから、織田・徳川と並べるなら「羽柴秀吉」でいい。
>源平藤橘+豊臣(5つしかない、これらは下に「ノ」を入れる)
という説明がありますが、大江・菅原・清原・ト部・大中臣なども氏名。
これらも実名との間に「の」が入る、一族の名称です。
姓(せい。かばねと読むとまた別な意味に)と名字(近世に苗字)は別物。
このドラマの時代に入る頃になると、名字が使われる機会が増えます。
その為、人によって氏名で憶えられていたり、名字で憶えられていたりする
から、混乱が生じる訳で。その上、語感のせいで名字でも「の」を挟んでいる
事があるので、ますます分からなくなる。
345 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/18 08:58:22 ID:5VuMYeny
>>344 源氏であり足利一門でもあり、吉良を名乗っている場合の足利は姓なの名字なの?
平氏であり北条でもある赤橋とか金沢とかも。
>>344 信長に[姓]は無いの?教えてくだせー
説明の中に姓が出たのに、呼び名の中に無かったので気になった。
347 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/18 16:27:38 ID:HlpoiVdf
ついていけないので、美濃と尾張をください
>>347 ならぬ!ボッシュートじゃ。ひとしくん人形もあげない。
>>347 身の終わり?
長田親子かい?
なら板に釘打ちで張付けて、肉を少しずつ削いでいく刑だ。
>>345 名字です。姓は源氏のまま変わりません。
>>346 氏名が姓(せい)ですよ。姓(かばね)だと、また別な意味になりますが。
351 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/18 20:09:19 ID:DxT0wgzC
>>350 山野さん、平知盛って新平家とかで水戸黄門と同じく黄門って呼ばれていましたけど
これって唐律令の唐語「黄門」が中納言なので中納言の官位だった知盛や光国がそう呼ばれていたと記憶しているのですが
他にも内府とか金吾とかって大河とかで使われてましたけど
「中納言殿」と呼ばれるのと「黄門殿」と呼ばれるのとでは何か違いがあるのですか?格であるとか
中納言って常時何人かいたので単に分けるだけの意味だったんですかね?
他にも唐語の官位で呼ばれていた人いますか?
【歴史苦手】既に義経についていけてない人を救うスレ
>>351 頼朝の「武衛」が有名だね。
吾妻鏡はそれで一貫している
北条義時の「右京兆」とかも中国由来だっけ
清盛を指した「相国」も太政大臣の唐名ですよ。義経の廷尉といい、特に意味
はなさそうですが、「黄門」は宮門が黄色かった事による呼び名で、その内側
で政務を執ったので、厳密には黄門侍郎となります。
金吾は執金吾。左右の衛門督・佐などの総称です。
必要以上に専門的な話は、薀蓄スレ作って移住してもらうべきじゃない?
そろそろ腹が立ってきた。
んーでも「入道相国」くらいは覚えとくと良いよ
多分ドラマでも使うだろうし
このスレを見て、如何にこの板の住人が歴史に疎いか良くわかるw
ちっとも初心者に優しくないスレだな
むつかしい話を簡単にできるやつが一番偉いと思うのだが
「入道」は出家した人
「相国」は太政大臣
「入道相国」は出家した太政大臣=清盛という事ですね。
363 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/18 21:46:00 ID:BM+SPZ3/
>>362 なるほど。
では、タコ入道というのは、出家したタコのことを言うのか?
364 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/18 22:18:49 ID:5VuMYeny
>>350 源→足利→吉良
この場合の3つの名前はそれぞれどう呼ぶの・
姓は源、名字は吉良だろけど、足利がどう呼ぶの?
365 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/18 22:19:43 ID:Ie7Xb8D1
>>344 そうすると、平清盛の場合は、
氏名(一族の名)=平
名字(家の名)=?
通名(通称)=? (六波羅様)
通名に代って呼ぶ官職名=太政大臣(最高出世時)
実名(正式な名)=清盛
名字はなんですか?
>>363 そうそう。
出家した→仏門に入った→坊主
というわけで、「タコ坊主」と同意です。
368 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/18 22:27:54 ID:5VuMYeny
千利休(せんのりきゅう)の千は氏名ですか?
「の」が付くから。
混乱するから、義経と直接関係無い話も控えてくれ。
千利休とか吉良の名字とかは、スレ違いだろう。
>>365 血統はともかく、当時は
清盛の家が平氏の中心だったので
特に分けて名字をつける必要はなかったんでしょう。
強いて言えば「平家」が名字に相当するのかな。
頼朝のことを「源家の総領」と言うのも同じ。
要は、形式ではなくて必要。この時代はね。
次スレお願いします
【歴史苦手】既に山野野衾についていけてない人を救うスレ
>>371 というか、このスレは山野氏にでも明け渡して、
真に歴史苦手だけど義経解説してくれるスレ、
立てた方がいいと思う。
読んでるとイライラしてくる。
マジいい加減にして欲しい。
別に理解できなければスルーして、自分の理解できる所だけ読んだらいいのに
>>374 スレ立て乙。
でも、そのスレも知ったか君が占拠するんだろうね。
376 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/19 00:26:25 ID:gYy0naOQ
おめえら、実は荒らしだろ?
理解しようとする姿勢も、教えてもらおうとする態度もなってねーな
おまえらみたいな低脳には一生理解出来ないだろうな。
全く分からないなら、分からないなりにも自分で調べてから
ここで質問するような形にしろよ
全くの無知かつデカイ態度の奴には、教えたいという意欲が起こるはずがない
2ちゃんねるはインスタントな理解を求める人たちの場所だからね。
でも、やっぱりその時代の常識や雰囲気を理解するのには
ある程度の時間と労力が必要だし、質問された方はいい加減なことは言えないから自然と堅い説明になってしまう。
「わからない・わからない」と言われても、
「何がわかっていないか」もわからない人に
スレの応答だけで理解してもらうのは難しいよ。
このスレや義経スレで挙げられている小説を一つでいいから読んでみようよ。
そうすると山野さん他の言ってることが、面白く感じられてくるから不思議だよ。
山野の解説はいいんだが、余計な事まで書いているところが反感を買う理由ではないかな。
文章も長いし。
長文だとその時点で読む気なくすやつらが多いのも事実。
聞かれた事だけさっと答える。それで充分じゃない?こういうスレでは。
さらにそこから話を広げていく取り巻きも・・・
>>376 貴方も立派な嵐ですよ。
必要以上に専門用語を多用している知ったか君の典型的な意見だよ、それ。
相手が分かるように説明できないのは、自分も理解していない証拠だしね。
専門用語を丸暗記して、自分は理解できていると思い込んでいるだけ。
381 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/19 00:47:50 ID:gYy0naOQ
歴史に詳しい奴がいて成り立ってるスレで
>>378みたいなこと言ってる奴ってなんだよ?信じられん
自分にとって不必要な部分は脳内削除しながら読め。そのくらいは出来るだろう。
鋏とヲタは使いよう
なんで時子は常盤の妊娠に気づいたんですか?
伽羅のにおいって??あのシーンさっぱりでした。。
383 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/19 00:59:17 ID:gVsEOIGf
足利に赤橋に長崎は地名だな
その足利から派生した吉良、斯波、、畠山、細川、桃井、今川も地名
もともと藤原の三条、西園寺、鷹司も京都の中の地名
384 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/19 01:02:31 ID:gYy0naOQ
>>382 >>383 【前提】
伽羅は、とても貴重で高価な香木で
高貴な身分の人間でなければ手に入れることが出来なかった
→常盤からその香りがした
→清盛から貰った(または、ねだった)ものに違いない
→このことで、清盛とかなり親しい間柄であることが推測できる
常盤が気分悪そうにしていた
→その様子+伽羅に見る清盛との親しさ=もしや妊娠か!!!!???
385 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/19 01:02:58 ID:gYy0naOQ
>>378 まあ、仰る通りなのですが、より詳しい点まで知りたいという方も
いらっしゃるでしょうから・・・飛ばし読みなさって下さい。
>>382 >>384 ねだったというか・・・
当時の「薫き物」は衛生上の理由から、
かなりキツイ臭いだったらしいですから、いわゆる「移り香」なのかも知れませんね。
香合わせは貴族の嗜みのひとつで、自分用の香を調合してましたから、
妻なれば「清盛の香」を特定出来たのでしょう。
>>382 伽羅のにおいで妊娠に気付いたとかじゃなく、伽羅のにおいで怒ってる時に
常盤が悪阻らしい様子に気付いたんだと思う。
需要(教えてくん)に対して供給(教えたがりくん)が過剰なスレはここですか?
LIGHTWAVEとAFTER EFFECTSを最近勉強始めてるんだけど
CG板の質問スレに質問しても
「ぐぐれ、ママに相談しろ、他スレ池」
きちんとレスくれても自分が理解できずで、自分の未熟を嘆いてしまったり
でも専門板ってそんなもんでしょ
みんな恐れる恐れる質問して、レスくれたら土下座レスする
悪いのは未熟な自分であり
自分の環境にはプロいないし2CHにプロが常駐してくれるだけでも凄くありがたい
早くこういう人たちに追い付きたいと心から思ってる
自分が理解できないから切れるなんて考えられないだけどね
別にここは歴史専門家を目指す人が集まってるわけではないので、そうなってしまうのかもしれないけど
すいません、こんな事書くのが目的でなく山野氏に質問したかったので、上記は読みたくない人はスルーして下さい
>>344の
>という説明がありますが、大江・菅原・清原・ト部・大中臣なども氏名。
>これらも実名との間に「の」が入る、一族の名称です
これは前田や毛利なんかは
「前田大納言菅原利家」になるんですか?
豊臣秀吉の籐吉郎って名前は羽柴太政大臣豊臣秀吉の頃にはどうなってるんですか?
平安がずれた質問だけど気になってしかたないので
前回、清盛が常盤に贈り物してたけど
あれが香をたく香炉?みたいのだったような。
香炉のみを贈ったんじゃなくて中身(伽羅の香)も贈ったって考えていいのかな?
5年も前のことだけど。
>>390 そういう事をなぜ、大河ドラマ板で聞くの?
日本史板ってあるんでしょ?
>>1の
1人でも多くの人に大河を見てもらえるようなスレになることを望みます。
ってのを基本にしよ。ここは日本史板の義経スレじゃないですよ。
(●´ー`●) 清盛入道
氏名(一族の名)=平家
名字(家の名)=平氏
通名(通称)=? (六波羅様)
通名に代って呼ぶ官職名=太政大臣(最高出世時)
実名(正式な名)=清盛
394 :
名無しさん@お腹いっぱい。:05/01/19 22:27:44 ID:htS6fQSR
保守
395 :
日曜8時の名無しさん:05/01/19 22:46:46 ID:72tSIBvU
>>344 >源平藤橘+豊臣(5つしかない、これらは下に「ノ」を入れる)
という説明がありますが、大江・菅原・清原・ト部・大中臣なども氏名。
「在原」とかも氏ですよね。
396 :
日曜8時の名無しさん:05/01/19 22:59:43 ID:aN53uErP
大伴、紀なども。
397 :
日曜8時の名無しさん:05/01/20 00:06:41 ID:t8XUP2Vm
小野、安倍、大江、坂上、文屋、和気、吉備なども氏名だね。
398 :
日曜8時の名無しさん:05/01/20 00:15:16 ID:7QVuna5X
源平藤橘のあとは在伴紀清菅江安坂和丹とくるのだ。
399 :
日曜8時の名無しさん:05/01/20 09:54:27 ID:ZXpfIeul
秦、惟宗が出てないな。
何度も書き込まれているけど、既に義経についていけない人っていうか、
義経自体も無視だな、このスレ。日本史板に移動した方が良いのでは?
取り合えず、義経関連以外は控えて欲しい。
貴方たちの知識の素晴らしさは痛いほど理解できましたので、どうかよろしく。
まずは年表作りからいきますか。
1159年 平治の乱 平清盛が源義朝をぬっころす
1167年 平清盛が太政大臣になる
1185年 壇ノ浦で平氏滅亡
中学歴史の知識しかない俺はこれしか知らん
402 :
日曜8時の名無しさん:05/01/20 12:29:57 ID:zNXu8xKK
1156 久寿3年 保元元年 4月27日・年号を「保元」に改元
7月・鳥羽法皇没し、保元の乱がおこる
1158 保元3年 8月・後白河天皇が二条天皇に譲位し、院政を始める
1159 保元4年 平治元年 4月20日・年号を「平治」に改元
12月・平治の乱がおこる
1160 平治2年 永暦元年 1月4日・源義朝が尾張の内海で謀殺される
1月10日・年号を「永暦」に改元
2月・源頼朝が平氏に捕らえられる
3月・源頼朝が伊豆へ流される
8月・平清盛が初めて厳島神社に参拝
1162 応保2年 8月・平清盛が従二位を授けられる
1164 長寛2年 9月・平氏一門が平家納経を厳島神社に奉納する
1166 仁安元年 12月・源頼政が皇居殿上の間の参内を許される
1167 仁安2年 2月・平清盛、太政大臣に就任
403 :
日曜8時の名無しさん:05/01/20 12:30:31 ID:zNXu8xKK
1167 仁安2年 2月・平清盛、太政大臣に就任
1169 嘉応元年 3月・梁塵秘抄口伝集が成立する
1170 嘉応2年 7月・摂政と平家の牛車事件
1172 承安2年 2月・平徳子が高倉天皇の中宮となる
1174 承安4年 この年、源義経が京都の逃れて陸奥へ向かう
1176 安元2年 10月・河津祐通が工藤祐経の手によって射殺される
1177 治承元年 6月・鹿ケ谷の陰謀
1179 治承3年 7月・平重盛病没
11月・平清盛、後白河法皇を幽閉、院政を停止する
404 :
日曜8時の名無しさん:05/01/20 12:32:39 ID:zNXu8xKK
1180 治承4年 4月・以仁王、各地の源氏に平家追討の令旨を出す
5月・以仁王、源頼政の挙兵
6月・平家、福原遷都を強行(ただし、年内11月に京都に戻る)
8月・源頼朝の挙兵
9月・源(木曽)義仲の挙兵
10月・富士川の戦いで源氏が平氏を破る
11月・源頼朝が侍所を設置 初代別当は和田義盛
12月・平重衡が東大寺・興福寺衆徒を破る
1181 養和元年 閏2月・平清盛病没
1183 寿永2年 5月・砺波山倶利伽羅峠で源義仲が火牛の奇襲で平家を破る
7月・平氏が京都を捨て、代わって源義仲が京都に入る
10月・源頼朝が寿永宣旨を受け、東国支配権を獲得
405 :
日曜8時の名無しさん:05/01/20 12:34:53 ID:zNXu8xKK
1184 寿永3年 元暦元年 1月・宇治川・粟津の戦いで源義経・源範頼が義仲を討つ
2月・一の谷の戦い
10月・源頼朝が問注所・公文所を設置
1185 元暦2年 文治元年 2月・屋島の戦いで源義経が平氏を破る
3月・壇ノ浦の戦いで平氏滅亡
5月・源義経が鎌倉に戻るが許されず、腰越状を送る
8月14日・年号を「文治」に改元
10月17日・土佐坊昌俊らが源義経を襲うが失敗
10月18日・後白河法皇が源頼朝追討の院宣を下す
11月11日・源義経追討の院宣が下される
11月29日・守護・地頭が設置される
1187 文治3年 2月・源義経が藤原秀衡を頼って奥州に落ちのびる
この年、藤原秀衡病没
1189 文治5年 閏4月・衣川の戦いで藤原泰衡が源義経を討つ
9月・源頼朝が奥州を平定、奥州藤原氏は滅亡
細かすぎ
毎年、大河の話の流れについて行けなくて
「ねぇこれどういうこと?」などと言っては、
真剣に見てる人の邪魔ばかりしてきました。
今年はがんばるぞと、まず司馬氏の「義経」で予習しました(^_^)v
‥‥ですが今度は、どこまでが本当に伝わっていることで、どこからが司馬氏の創作なのかが分からなくなってしまい。。。
そこで質問なんですが、
義経に彼の正体を知らせに来る人物は、大河では「行家」になっていますが
司馬氏の本と、家にあった絵本では「義朝の郎党、鎌田次郎正清の子、正近」になっています。
全部創作なんでしょうか?
長文失礼しました。
408 :
日曜8時の名無しさん:05/01/20 14:32:19 ID:NQxX7k6e
わざわざ年表貼って調子こくなよ?カスが
みんなそれくらい知ってるんだよ
>>407 自分で家系図を調べた説もあります。
北崎拓の漫画「ますらお」では鎌田正清が天狗になって登場します。
つまりはよくわかってないのです。
年表作っている人がいるが、これって意外に意味ない。
歴史の年代ばかり教えるのは中学生まで。
なぜその出来事が起きたのか、それはこうこうこれこれの事情があったため、
という具合に関連づけて覚えないと覚えにくいしすぐ忘れる。
年代は二の次で結構。
>>390 姓と名字は併記しなくてもいいですから。姓が必要になるのは、主に朝廷と
の奉仕・恩恵の関係が絡んだ時です。
中世の姓の使用については、シリーズ家族史B『家の名・族の名・人の名』を、
字・仮名などと呼ばれた通称については、阿部武彦先生の『氏姓』を参考に。
>>407 『平治物語』下→「十一の年、家々の系図を覚えて、諸道の日記をなどを見るほどに・・・」
『義経記』一→十五歳の牛若に、鎌田次郎正清の子、正門坊が伝える。
『吾妻鏡』一・治承四年十月廿日条「至成人之時。頻催会稽之思。」とあるのみ。
よく分かりませんね。自然と漏れ聞えて来たのでしょうが。義父と陸奥守兼鎮守府将軍で
あった藤原基成(長成の甥で、秀衡の妻の父)が親類で、義父長成の協力があって落ち
延びたのだという説もあります。
この後義経は陸奥で女子(母は藤原泰衡の異母妹か)をもうけますが、彼女は生き延びて、
後に源有綱の妻となっています。義経と死んだ当時三歳の女児とは別人。
412 :
日曜8時の名無しさん:05/01/20 18:53:19 ID:smhV0k9L
>>407 何時の代でも世間はうわさ話が好きです。
うわさはいつか本人の耳に入るわけです。
問題は当事者でも真実を知っているとは
限らないことです。
当時は印刷の技術がないから記録も原本
以外は筆写です。そこに間違いや嘘が入り
こみます。あまり固く考えずに(でも裏を読ん
で)楽しみましょう。
ここで挫折したひとは
義経についていけない人を本当に救うスレ
に移動すべし。
>>413 このスレ始めから読んでパターンがわかってきた。
古文書の名前が挙がるとアレルギー反応起こす人が多そう。
あと、レスはなるべくまとめて7行位までにすると良いみたいね。
415 :
コピペ:05/01/20 19:43:03 ID:YYPA6Y+c
★★★★★★盛ばっかでわかりにくい清盛とその子供達まとめ★★★★★★
清盛(きよもり)「”団長”渡哲也」
親父。平家のトップ。大陸と交易するのが好きな経済通。
娘が天皇家が嫁いで、天皇の爺さんになりもっと偉くなる。
実は生まれは平家の中では地位は低い「成り上がり」だが、同時に天皇の落胤説もある。
名前の覚え方:リーダーは、「清」く正しくゴーマンな清盛さん。
時子(ときこ)「”日清ラーメン”松坂慶子」
母(正妻)。桓武平家の直系で、「成り上がりに嫁いだ名家のお嬢様」。
宗盛、知盛、重衡、徳子(天皇に嫁ぐ娘)が実子だが、それ以外の清盛の子の面倒をみる平家のゴットマザー。
天皇の祖母でもあり、壇ノ浦の平家滅亡まで一緒にいる。
重盛(しげもり)「”元気が出るTV”勝村政信」
長男。成績優秀で清盛の後継者といわれたが、清盛より先に病気で死ぬから残念!
息子は維盛(これもり)資盛(すけもり)とか多数。優等生の長男と見てればよし。
名前の覚え方:長男は、責任「重」いね重盛さん。
基盛(もともり)
次男。重盛の母も一緒の弟。だけど二話の時点で病没で、でません。行盛って息子がいるけど出ません。たぶん。
宗盛(むねもり)「”金八中学生結婚”鶴見辰吾」
三男。二話で屏風に石を投げてた子供。次男>長男>親父と亡くなって、最後に平家のトップになるけど、結局滅ぼすから残念!
平家を滅ぼすだめなリーダーという感じでよし。
名前の覚え方:三男でも、「宗」家になって胸をいためる宗盛さん。
知盛(とももり)「”トリック上田”阿部寛」
四男。二話で相撲とってた子供。勇猛で有名で、壇ノ浦で体勢が決まると自ら海に身を投げちゃうから残念!
平家で一番強い人という感じでよい。
名前の覚え方:「知」性より、力が強い友がいいね知盛さん。
重衡(しげひら)「”仮面ライダー響鬼”細川茂樹」
五男。二話で竹とんぼとろうとした義経を助けた子供。反平氏の拠点だった東大寺を焼く。結構源氏に勝つ。一の谷で捕虜になり、処刑。
ちなみに甥で重盛の息子の維盛(これもり)も仮面ライダー。大河ドラマ「義経」では義経と心を通わすらしい。意外と重要人物みたい。
名前を覚え方:茂樹がやるから「しげひら」・・苦しい。
だいたい上の清盛四人の息子だけ顔と名前がわかれば初心者でも「義経」での平家の動きがわかると思いますがどうでしょう。
その他できれば知っておいたほうがいい清盛の子供。
徳子(とくこ)「中越典子」:清盛と時子の次女。天皇に嫁いで子供生む。
能子(よりこ)「”元モー娘。”後藤真希」:清盛の娘で、義経の妹。
知度(とももり)清盛の七男。木曾義仲に倶利伽羅峠で敗れて戦死。名前が知盛と同じなので注意。
清房(きよふさ)清盛の八男。一の谷で生田の森を警護もするも突破され最後は突撃して戦死する
>>414 本当に救うスレから
>>415を貼ってきた。
このレベルで語ってあげればいいんじゃないの?
無理に争う必要もない。
役者情報とか歴史苦手な人にはわかりやすいし。
漢字が読めないとか、基本的な部分で挫折する人が多い。
ただ、知盛は「第二回の牛和と重衡が相撲を取ってるを見てた人」が正しい。
藤原基成と藤原長成ってそんなに近い親戚なんだ。
もしかしたら義経の奥州行きに長成も少なからずかかわっていたかもね。
興味深いな〜。
見てたのは宗盛で知盛は行司やっていたじゃな〜いの?
失礼、長成の外祖父が権中納言藤原長忠で、母方の従兄弟の忠隆の息子
が基成です。勿論ご存知でしょうが、基成の弟が平治の乱で死んだ信頼で、
義経とはある意味同じ側に立っており、その点からも受け入れるべき義理が
あった様です。
>>418 ああ、観てた人だと宗盛と勘違いしてしまうね。
相撲の行事=見てた人いう表現にしてしまいました。ごめん。
一条大蔵卿って歌舞伎だと作り阿呆で
実は源氏方だけど、実際はどういう人ですか?
422 :
407:05/01/20 21:49:56 ID:jpKHYHp0
答えてくださったみなさんありがとうございます。
いろんな説と可能性があるということですね。
勉強になります。
>>415 GJ!
今回のドラマ的には、あとは重盛欄に書いてある
維盛(これもり)「”JAアドバイザー”賀集利樹」
資盛(すけもり)「”総理ジュニア”小泉孝太郎」
の解説があればほぼカンペキ。
>>415 知度(とももり)なのか?
とものりだと思ってた
忠度がただのりだから、知度もとものりでいいと思う。
>>415 知度(とものり)が正しいね。
すでに出てるが、知盛(とももり)の第二回の登場シーンの表現もおかしいし。
でも、わかりやすいので、勝手にいじっていいもんかね。
>>415をテンプレに、間違いに気づいたらその都度訂正、でどう?
自分はどこが間違いでなにが正解かわからないorzので、
>>415の間違いに気づいたひと、
訂正おながいします。
★★★★★★盛ばっかでわかりにくい清盛とその子供達まとめ★★★★★★ Ver1,2
清盛(きよもり)「”団長”渡哲也」
親父。平家のトップ。大陸と交易するのが好きな経済通。
娘が天皇家が嫁いで、天皇の爺さんになりもっと偉くなる。
実は生まれは平家の中では地位は低い「成り上がり」だが、同時に天皇の落胤説もある。
名前の覚え方:リーダーは、「清」く正しくゴーマンな清盛さん。
時子(ときこ)「”日清ラーメン”松坂慶子」
母(正妻)。桓武平家の直系で、「成り上がりに嫁いだ名家のお嬢様」。
宗盛、知盛、重衡、徳子(天皇に嫁ぐ娘)が実子だが、それ以外の清盛の子の面倒をみる平家のゴットマザー。
天皇の祖母でもあり、壇ノ浦の平家滅亡まで一緒にいる。
重盛(しげもり)「”元気が出るTV”勝村政信」
長男。成績優秀で清盛の後継者といわれたが、清盛より先に病気で死ぬから残念!
息子は維盛(これもり)資盛(すけもり)とか多数。優等生の長男と見てればよし。
名前の覚え方:長男は、責任「重」いね重盛さん。
基盛(もともり)
次男。重盛の母も一緒の弟。だけど二話の時点で病没で、でません。行盛って息子がいるけど出ません。たぶん。
宗盛(むねもり)「”金八中学生結婚”鶴見辰吾」
三男。二話で屏風に石を投げてた子供。次男>長男>親父と亡くなって、最後に平家のトップになるけど、結局滅ぼすから残念!
平家を滅ぼすだめなリーダーという感じでよし。
名前の覚え方:三男でも、「宗」家になって胸をいためる宗盛さん。
知盛(とももり)「”トリック上田”阿部寛」
四男。二話で義経と国衡(くにひら)の相撲の行司みたいなことしてた子供。
勇猛で強いので有名で、壇ノ浦で体勢が決まると自ら海に身を投げちゃうから残念!
平家で一番人気。歌舞伎なら「船弁慶」の主人公。
名前の覚え方:「知」性より、力が強い友がいいね知盛さん。
重衡(しげひら)「”仮面ライダー響鬼”細川茂樹」
五男。二話で竹とんぼとろうとした義経を助けた子供。反平氏の拠点だった東大寺を焼く。結構源氏に勝つ。一の谷で捕虜になり、処刑。
ちなみに甥で重盛の息子の維盛(これもり)も仮面ライダー。大河ドラマ「義経」では義経と心を通わすらしい。意外と重要人物みたい。
名前を覚え方:茂樹がやるから「しげひら」・・苦しい。
だいたい上の清盛四人の息子だけ顔と名前がわかれば初心者でも「義経」での平家の動きがわかると思いますがどうでしょう。
★その他できれば知っておいたほうがいい清盛の子供★
徳子(とくこ)「中越典子」:清盛と時子の次女。天皇に嫁いで子供生む。
能子(よりこ)「”元モー娘。”後藤真希」:清盛の娘で、義経の妹。
知度(とももり)清盛の七男。木曾義仲に倶利伽羅峠で敗れて戦死。名前が知盛(とももり)と似てるので注意。
清房(きよふさ)清盛の八男。一の谷で生田の森を警護もするも突破され最後は突撃して戦死する
★★★★★★盛ばっかでわかりにくい清盛とその子供達まとめ★★★★★★ Ver1.3
清盛(きよもり)「”団長”渡哲也」
親父。平家のトップ。大陸と交易するのが好きな経済通。
娘が天皇家が嫁いで、天皇の爺さんになりもっと偉くなる。
実は生まれは平家の中では地位は低い「成り上がり」だが、同時に天皇の落胤説もある。
名前の覚え方:リーダーは、「清」く正しくゴーマンな清盛さん。
時子(ときこ)「”日清ラーメン”松坂慶子」
母(正妻)。桓武平家の直系で、「成り上がりに嫁いだ名家のお嬢様」。
宗盛、知盛、重衡、徳子(天皇に嫁ぐ娘)が実子だが、それ以外の清盛の子の面倒をみる平家のゴットマザー。
天皇の祖母でもあり、壇ノ浦の平家滅亡まで一緒にいる。
重盛(しげもり)「”元気が出るTV”勝村政信」
長男。成績優秀で清盛の後継者といわれたが、清盛より先に病気で死ぬから残念!
息子は維盛(これもり)資盛(すけもり)とか多数。優等生の長男と見てればよし。
名前の覚え方:長男は、責任「重」いね重盛さん。
基盛(もともり)
次男。重盛の母も一緒の弟。だけど二話の時点で病没で、でません。行盛って息子がいるけど出ません。たぶん。
宗盛(むねもり)「”金八中学生結婚”鶴見辰吾」
三男。二話で屏風に石を投げてた子供。次男>長男>親父と亡くなって、最後に平家のトップになるけど、結局滅ぼすから残念!
平家を滅ぼすだめなリーダーという感じでよし。
名前の覚え方:三男でも、「宗」家になって胸をいためる宗盛さん。
知盛(とももり)「”トリック上田”阿部寛」
四男。二話で義経と重衡(しげひら)の相撲の行司みたいなことしてた子供。
勇猛で強いので有名で、壇ノ浦で体勢が決まると自ら海に身を投げちゃうから残念!
平家で一番人気。歌舞伎なら「船弁慶」の主人公。
名前の覚え方:「知」性より、力が強い友がいいね知盛さん。
重衡(しげひら)「”仮面ライダー響鬼”細川茂樹」
五男。二話で竹とんぼとろうとした義経を助けた子供で、義経と相撲をとってた。義経と同じ年頃。
反平氏の拠点だった東大寺を焼く。結構源氏に勝つ。一の谷で捕虜になり、処刑。
ちなみに甥で重盛の息子の維盛(これもり)も仮面ライダー。大河ドラマ「義経」では義経と心を通わすらしい。意外と重要人物みたい。
名前を覚え方:茂樹がやるから「しげひら」・・苦しい。
だいたい上の清盛四人の息子だけ顔と名前がわかれば初心者でも「義経」での平家の動きがわかると思いますがどうでしょう。
★その他できれば知っておいたほうがいい清盛の子供★
徳子(とくこ)「中越典子」:清盛と時子の次女。天皇に嫁いで子供生む。
能子(よりこ)「”元モー娘。”後藤真希」:清盛の娘で、義経の妹。
知度(とももり)清盛の七男。木曾義仲に倶利伽羅峠で敗れて戦死。名前が知盛(とももり)と似てるので注意。
清房(きよふさ)清盛の八男。一の谷で生田の森を警護もするも突破され最後は突撃して戦死する
知盛(とももり)「”トリック上田”阿部寛」
四男。二話で義経と重衡(しげひら)の相撲の行司みたいなことしてた子供。
勇猛で強いので有名で、壇ノ浦で体勢が決まると自ら海に身を投げちゃうから残念!
なぜベストを尽くさないのか! ?
平家で一番人気。歌舞伎なら「船弁慶」の主人公。
名前の覚え方:「知」性より、力が強い友がいいね知盛さん。
は駄目?
平資盛 乗り合い事件:
現在にたとえると……小泉孝太郎が車を運転していて、対向車と譲り合って
すれ違わなきゃいけないほどの狭い道で、自分が止まらされたことに怒り、
「俺の親父は総理大臣なんだぞ!偉いんだぞ!」と逆切れしたあげく、
親父に働きかけて対向車と運転手をボコった事件。
マジレスすると、重盛以下小松一門は、別にわかんなくてもいいだろ。
平家スキーなら知っていた方がいいが、義経スキーには別に必要ない連中だと
思われ。平家の方々程度の認識でいい。
時子と宗盛と知盛と教経と建礼門院だけ知ってればよい。
でも大河ドラマ「義経」楽しむ上ではね...
>>430>>432は大まかにわかりやすくてイイ。
たとえであってこんなんじゃないことくらいわかるし
実際のシーン見たくなった
「最低限この事件だけ押さえていれば大丈夫」リストを作ってみた
1159 平治の乱
1167 清盛太政大臣に就任
1177 鹿ヶ谷の陰謀→清盛、後白河を幽閉
1180 頼政と以仁王の挙兵&敗死→頼朝&義仲挙兵(石橋山&富士川の戦い)
1181 清盛死す
1183 倶利伽羅峠の戦い→平氏都落ち
1184 一ノ谷の合戦(=義経本格的デビュー)
1185 屋島の戦い&壇ノ浦の戦い→後白河、義経に頼朝追討を命令
→これ以後義経の没落
1189 衣川の戦い→義経死す
鹿ケ谷の陰謀って俊寛が島に流された事件か
>>437 正解。
鹿ヶ谷の陰謀仲間と後白河は「ウホッ」な関係だったらしい。
あと清盛と後白河の板挟みになって重盛が悩むのもこの時だったと思う。
★★★★★★盛ばっかでわかりにくい清盛とその子供達まとめ★★★★★★ Ver1.4
清盛(きよもり)「”団長”渡哲也」
親父。平家のトップ。大陸と交易するのが好きな経済通。
娘が天皇家が嫁いで、天皇の爺さんになりもっと偉くなる。
実は生まれは平家の中では地位は低い「成り上がり」だが、同時に天皇の落胤説もある。
名前の覚え方:リーダーは、「清」く正しくゴーマンな清盛さん。
時子(ときこ)「”日清ラーメン”松坂慶子」
母(正妻)。桓武平家の直系で、「成り上がりに嫁いだ名家のお嬢様」。
宗盛、知盛、重衡、徳子(天皇に嫁ぐ娘)が実子だが、それ以外の清盛の子の面倒をみる平家のゴットマザー。
天皇の祖母でもあり、壇ノ浦の平家滅亡まで一緒にいる。
重盛(しげもり)「”元気が出るTV”勝村政信」
長男。成績優秀で清盛の後継者といわれたが、清盛より先に病気で死ぬから残念!
息子は維盛(これもり)資盛(すけもり)とか多数。優等生の長男と見てればよし。
名前の覚え方:長男は、責任「重」いね重盛さん。
基盛(もともり)
次男。重盛の母も一緒の弟。だけど二話の時点で病没で、でません。行盛って息子がいるけど出ません。たぶん。
宗盛(むねもり)「”金八中学生結婚”鶴見辰吾」
三男。二話で屏風に石を投げてた子供。次男>長男>親父と亡くなって、最後に平家のトップになるけど、結局滅ぼすから残念!
平家を滅ぼすだめなリーダーという感じでよし。
名前の覚え方:三男でも、「宗」家になって胸をいためる宗盛さん。
知盛(とももり)「”トリック上田”阿部寛」
四男。二話で義経と重衡(しげひら)の相撲の行司みたいなことしてた子供。
勇猛で強いので有名で、壇ノ浦で体勢が決まると自ら海に身を投げちゃうから残念!
何故ベストを尽くさないのか!?
平家で一番人気。歌舞伎なら「船弁慶」の主人公。
名前の覚え方:「知」性より、力が強い友がいいね知盛さん。
重衡(しげひら)「”仮面ライダー響鬼”細川茂樹」
五男。二話で竹とんぼとろうとした義経を助けた子供で、義経と相撲をとってた。義経と同じ年頃。
反平氏の拠点だった東大寺を焼く。結構源氏に勝つ。一の谷で捕虜になり、処刑。
ちなみに甥で重盛の息子の維盛(これもり)も仮面ライダー。大河ドラマ「義経」では義経と心を通わすらしい。意外と重要人物みたい。
名前を覚え方:茂樹がやるから「しげひら」・・苦しい。
だいたい上の清盛四人の息子だけ顔と名前がわかれば初心者でも「義経」での平家の動きがわかると思いますがどうでしょう。
★その他できれば知っておいたほうがいい清盛の子供★
徳子(とくこ)「中越典子」:清盛と時子の次女。「建礼門院徳子」とも。高倉天皇に嫁いで言仁(ときひと)皇子=安徳天皇を生む。
能子(よりこ)「”元モー娘。”後藤真希」:清盛の娘で、義経の妹。
知度(とものり)清盛の七男。木曾義仲に倶利伽羅峠で敗れて戦死。名前が知盛(とももり)と似てるので注意。
清房(きよふさ)清盛の八男。一の谷で生田の森を警護もするも突破され最後は突撃して戦死する
>>436 年表はありがたいんだけど、
初心者は「平治の乱」とか名前そのものがわからんのよー。
1184 一ノ谷の合戦(=義経本格的デビュー)
こんな感じの解説がホスィ
1156年に起きた「保元の乱」の図式
勝ち 負け
後白河天皇 VS 崇徳上皇(後白河天皇の兄)
藤原忠通 VS 藤原忠実(忠通の父)、頼長(忠通の弟)
平清盛 VS 忠正(清盛の叔父)
源義朝 VS 為義(義朝の父)、為朝(義朝の弟)
院政とは院庁において皇位を退いた上皇や法皇が政治を行うことで
摂関政治による藤原氏の力から遠ざかることができる一方で天皇と院とに
軋轢を生み、争いの火種になりました。
鳥羽法皇の崩御の時に後白河天皇派は崇徳上皇の御所を襲撃しました。
このドラマの主人公、源義経のお父さん、源義朝は平清盛と共に戦いましたが、
平清盛と違いご褒美があまり貰えませんでした。ので、源義朝は頭に来ました。
平氏と源氏が対立するようになりました。
1159年に起きた「平治の乱」の図式
勝ち 負け
藤原信西 VS 藤原信頼(院の政治家同士の争い)
平家 VS 源氏
源頼政 源義朝(暗殺)、義平(義朝の長男、死刑)、朝長(義朝の次男、戦死)
頼朝(義朝の三男、伊豆へ流刑)、義経(出家の為に鞍馬寺へ)
平清盛と源義朝の勢力争いに院の政治家らの争いが絡み戦乱になりました。
源頼政は源氏ですが平家に寝返りました。この戦いで平家が勝利しました。
そして大河ドラマ「義経」に続きます。
保元の乱、平治の乱を経て、後白河と平家が力を持ち
その両派の対立が鹿ケ谷で、平家がより力を持つ事になったって感じ?
1171年
高倉天皇は平清盛の娘、徳子をお嫁さんに貰いました。高倉天皇11歳、徳子15歳。
その頃左大将が欠員となりました。藤原成親(なりちか)はそのポストを狙いましたが
宮廷の人事は平家が掌握していたため左大将には右大将の平重盛が昇格、
右大将には弟の平宗盛が選出されました。夢破れた成親は平家打倒の陰謀を企てます。
>>421 たいした身分の人ではないので、没年すら文治元年以前としか言えないのですが。
牛若の奥州行きが彼の意図したところであり、継子の出世による自家の繁栄を想
定していたとすれば、たいしたものです。
彼の実子で義経の同母弟の能成は義経に終始協力的でしたが、義経が義父から冷
遇されていたとすれば、好感を抱く事も無かったと思われます。
とはいえ、これらも推測であり、具体的かつ確実な人物像は闇の彼方です。
なお、常盤は文治二年に捕縛されて義経の行き先について尋問を受けていますが、
その後どうなったかは分かりません。
>>444 分かり易く順序だてて申し上げますと。一口に院政と言いますが、この時代
以降もしばしば天皇による親政は行われており、退位された方が政治を御覧
になられるというある意味「変態的」な構造には、批判する貴族も少なからず
存在していました。
中でも天皇と一体になって政を運営して来たという自負のあった摂関家の反
発は激しく、「おりゐの帝の門に立つやうはある」という言葉も飛び出してい
ます。
こうした中、院は自らの権力確立のため、近臣を各地の国司や朝廷の重要な
役職につけ、また本家(荘園の元締め)として、爪牙となりうる武士を荘園の
領家・預所(中間搾取の行える管理人とお考え下さい)に任命し、保護しつつ
勢力を拡大して行きます。
しかし、平家一門が多くの国司を輩出し、領家・預所を独占する様になると、
それまでその地位にあった院近臣は経済的な危機に立たされる事となり、院
自身にとっても歓迎出来ない自体となりました。
その結果、院が手足となりうる近臣たちと鹿ケ谷で謀議をめぐらせる結果と
なった様です。もっとも結果的には集まっていた面々をまとめて失った訳で、
実は悪口を言うだけの親睦会を口実に浄海(出家後の清盛)が一網打尽にした
のだという説もあるのですが。
上の投稿、誰か翻訳してくだされ。
ええと・・・これでも配慮したつもりであったのですが。申し訳ない。
なおひっかかっていそうなものをいくつか。
・国司
→受領とも。守・介・掾・目(さかん)の四等官で構成された地方官。
大岡越前守・吉良上野介というのも、これに由来する。上野・上総は親王が
支配する国であったので、実質的に介が最高官となり、守とも呼ばれた。
・院
→退位された上皇・法皇の事。三人もいると本院・中院・新院と呼び分けた。
・「おりゐの帝の門に車立つる様やはある」が正解
→歴史物語『今鏡』に出て来る、藤原師通の台詞。摂関家の総帥として、院と
なってからも貴族たちに主導権をとるべきでないと述べた言葉。
ごめん、わかんない。
人にちゃんと伝えたいと思うなら、自己満足でなく、
すっきりわかりやすく書こうとすることも大事かと。
まず改行を直す。一度書いたものは2回以上読み返して推敲。
まあ知識がある人が必ず教え上手とは限らないからね。
やって下さいって言う方に無理がある。
理解出来るところだけ読んで、あとはスルーでも仕方ないでしょう。
別に授業を受けている訳じゃないんだから、そう深刻にならず。
知識がある人が教え上手とは限らないのはわかるけど
なら、出てこなきゃいいのにw
コテハンでこんだけ書き込んでるんだから
わかりやすく書くことに対して
もう少し真摯になってくれてもいいかと思ってさ。
内容を理解するしない以前に、読みにくいんだわ。
>>443 ちょっと見かけたところだけにレス。
平治の乱は最初、清盛の留守を狙って信頼が信西にケンカをふっかけているよね。
で、その時に一応、信頼、義朝は勝利している。信西はその時殺されたから、勝ちとは云えないのでは。
その後、清盛が京へ戻ってきたときに、頼政が清盛の味方に付いたため、
信頼と義朝一門がすべて敗れ去る事になる。
455 :
日曜8時の名無しさん:05/01/22 21:03:13 ID:Iae0kyoP
447-448の翻訳に挑戦
院政の院とは社長職を退いた名誉会長みたいなもの。
これがお飾りであれば問題ないのだが、全然権力を手放そうとしない。しかも創業者の直系で、いつも偉そうにしている。
会長には取り巻き(中級貴族)も多い。強い方につけば美味しい役職が貰えるからだ。
社長と一緒になって会社経営をしてきたと自負する専務・部長(摂関家)らには面白くない形態、それが院政。
それでも前社長(院)と若い現社長(天皇)との間が良好なら問題ないのだが、不自然な形なので、すぐに対立へと向かう。今だって総理大臣より前の総理のほうが力が強かったら、おかしいだろう。
戦うといっても部長や専務が直接、弓矢で戦うわけにはいかない。戦いのプロである武士に頼るしかない。
そこで互いに広域暴力団<平家・源氏>を味方につける。平家も源氏も一枚岩ではないので、互いに分かれて戦うことになる。
結果、現社長後白河に味方した平清盛・源義朝が勝った。これが「保元の乱」。
(つづく)
難しい事を難しく伝える事は誰でも出来る。
簡単な事を難しく伝える事は知識があれば誰でも出来る。
しかし、難しい事を分かり易く伝えるのは誰でも出来る事ではない。
山野野衾 ◆a/lHDs2vKA さん、難しい事を分かり易く伝えるのは難しいよね。
457 :
日曜8時の名無しさん:05/01/22 21:07:12 ID:Iae0kyoP
社長は会長(後白河院)になり、新しい社長(二条天皇)が誕生。
新しく台頭してきた取り巻き(藤原信頼)が前からいた取り巻きのリーダー格(藤原信西)を潰そうと権力闘争をしかける。
今度は暴力団の勝利者同士(平清盛、源義朝)が戦う。これが「平治の乱」。戦を始めた取り巻きのリーダー格は両者とも死亡。
で、本当なら後白河会長が最後の勝利者となるはずだったのが、この暴力団のボス(平清盛)がただ者ではなかったので、いつの間にか会社を乗っ取られてしまうんだねw
暴力団に会社の利益(土地や子会社の社長職とか)をみんな食われていってしまう。社員にとっては我慢出来るものではない。会長の取り巻きたちは暴力団の追い出しを画策する。これが鹿ヶ谷の陰謀。でもバレて失敗。暴力団の力は一層強まったかに見えた。
会長は、今度は負けた方の暴力団の二代目(各地の源氏)をけしかけて、乗っ取り暴力団(平家)を追い出そうとする。これが源平の争乱へとつながっていくわけだ。
専門用語とかは知ってもしょーがないと思う。
ドラマ仕立てだと、そんな感じでしょうか(w)。
細かい点を気にしていてもきりがありませんので・・・。
GJ!と申し上げて、敬意を示しておきます。
>>455,457
解りやすいです。ありがとう!
で、ドラマの現時点は
>>457の4行目あたり、ってことでいいのかな?
あと、やっぱり平安人の価値観でも常磐御前のような身の振り方はマイナスイメージだったのかな?
徳子様の言い分は単に嫉妬によるものなの?
>>459 なんだかんだ言っても、根にあるのは嫉妬でしょうね。
「正妻が愛人に抱く嫉妬」+「京で一番といわれる常盤の美貌に対する嫉妬」のコラボレーション。
山野野衾 ◆a/lHDs2vKAさん、日本史板に帰った方がいいですよ。
この板の人間じゃついていけないし
>459
都一番の美女だという「設定」を考えても、時子が常盤程度の女に嫉妬する方
がみっともない筈ですが・・・仰る通りでしょう。事実感情は動いた筈。
>常磐御前のような身の振り方はマイナスイメージ
これは無いと思いますよ。そもそも貞操を云々する程の身分でもない。
>461
まあ、おいおい。
誰がどこに書き込もうと本人の自由じゃないの。
>>464 実際そうなんだけどね、場をわきまえる事も必要なのではないか、と。
お節介なんだけど。
いや、私もお節介な訳で・・・。よかれと思ってしてはいたのですが。
>>465 そうだね。
おいおいと言わず、直ぐにでも。
日本史板にカエレとまでは言わないけどとりあえずROM専になってよ。
初心者は書き込むまで半年待て、って言うけど
コテハンこそスレの空気をよんでから書き込んでほしい。
よかれと思うなら、もうひとつスレが立ってしまった意味をよーく考えてください。
469 :
459:05/01/22 23:14:38 ID:lv3C3yZ3
お答えありがとうございます。
あと、ナチュラルに時子様を徳子様と書き込んでしまったのをスルーしてくれてありがとう。
何か山野氏を追い出そうと必死だね
あまりにも親切を無にする発言多すぎ
とりあえず別スレができたのなら
当面そっちでやればいいんじゃないの?
うん
「歴史が苦手」な人のためのスレだよ。ここ。
スレタイにそぐわない内容だから叩かれてるんだよ。
そっちでやればいいとか470の決めることじゃない。
今の山野氏のレスを親切っていうなら
『【歴史得意】更に義経を知りたい人の為のスレ』
でも作って、そっちがでてくのが筋。
本当だよ。山野さんはここでは
わかりやすく語る能力もないくせにしゃしゃり出てきて、
単なる迷惑なんだよね。うざいだけだっての気づいてないでしょ。
>>457レベルくらいのわかりやすい書き込みが出来ないなら、
もう二度とこのスレ来ないでくれ。お願いだからさ。
>472
同意!
たとえ親切心からでも
本当に歴史苦手な人間には本当につらいんですよ。
このスレにもついていけないと思ってしまうんですよ。
>455-457が改行はうまくないのに(失礼)わかりやすいのは
ドラマ仕立てだからじゃなくて
専門用語を敢えて避けつつ要点を説明してくれているからでしょう。
>>474 確かに専門用語を素人に使うのは親切な説明とは云えない。
なにかに置き換えて説明するなどの工夫が必要。
本人がこの程度で専門用語か?と思う程度でも、素人には難解なんだ。
「ビギナーズ・クラシックス 平家物語」角川文庫
ttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4043574045 今現在の言葉に直してあるし
「太政大臣(総理大臣)」「式部卿(文部・総務長官)」「刑部卿(司法長官)」とか
「讃岐守(香川県知事)」「上総介(千葉県副知事)」とか「受領(地方長官)」とか
今の言葉で説明してある。「木曾の最期」とか「敦盛最期」とか声に出して読みたい所は
ちゃんと原文で書いてある。
巻末には合戦の名前とその場所、誰と誰が戦ったか、誰が勝ったか。
地図、年表、源氏、平氏の家系図が載ってる。
この本良いよ。オススメ。とりあえず立ち読みだけでも。
>>1です。しゃしゃりでてきてすいません。1回だけ言わせてください。
私は小中学校で習った程度の歴史の知識の人でも
(下手するとそれも忘れかけてるくらいの人でも可)
義経を楽しめるといいなぁ、と思って立てました。
今年は、初めて大河を見る滝沢君ファンの若い方や
新選組の流れで見る方も多そうですし、
そういう人たちも1年間楽しく見れたらいいんじゃないかと思いまして。
かくゆう私も中学程度の知識しかなく1話は大混乱したわけですがw
>>1に
>知らない人を小バカにするスレではなく、
>1人でも多くの人に大河を見てもらえるようなスレになることを望みます。
と書いたのは、今更恥ずかしくて誰にも聞けないよ〜ということでも
じゃんじゃん聞いてもらって義経を楽しめたら、と思ったからです。
1人でも多くの人が大河を見て楽しめるようにスレが活性化すると嬉しいです。
ウザくてスイマセンでした。
歴史が苦手って言ってもピンからキリまであるけど
このスレで言う所の歴史苦手は「もののふ」って何ですか級?
こっちはこっちで面白いんだけどな。
理解出来るレスだけ読めばいいような気が。
苦手具合なんて、人それぞれなんだしさ。
どこがついてけないかわからんからじゃないかw
歴史ドラマでは常識的なことしか出てきてないのにさ>義経
ああそうか。
では、基本的に、蘊蓄は質問に答える形限定ということにすればいいのでは?
質問する人も、自分はなにがわからないかを出来るだけ具体的に書く。
回答者はレスの難易度を質問者の要望に出来るだけ合わせ、
質問者が聞きたいこと以上のことを書きたくなったら内容に見合ったスレに移動。
だったら、そこそこ日本史知ってて、史料の話や学説が聞きたい人と、
単に人名や人間関係がわからない人が共存出来るんでは?
歴史苦手っつったって、小学校で苦手になった人もいれば
小中と得意で、高校になってから苦手になった人もいるわけで。
その質問者の知りたいことに答える、ってのだけ守れば揉めない気がする。
山野某の薀蓄がわかりにくいこともあるが、それに対して「じゃあこれは?」とか突っ込んで
話が拡散しているのが悪循環を呼んでいるな。
たとえば、こういう質問で拡散していくのがよろしくないかと。
>本当か嘘は別にして室町以降で平氏名乗ってるのって
>宗、織田、種子島、長尾
>他にいますか?
>鎌倉初期には、北条やら三浦大庭梶原いっぱいいるのに全滅ですか?
>千葉って平氏だったけ?
空気嫁ない某コテと、そのトリマキを叩くスレになってない?
言っちゃなんだけど荒しをスルーできない香具師も荒しって漢字。。。
そのコテは、このスレが廃墟になるまで居続けると思うから新スレに移動しちゃえよ
余所者に明け渡すのが不満なのは分かるけど、言って分かるコテなら
とっくに撤退しているよ。相手するだけ時間の無駄だと思われ
山野がうざいと思ってる人自分だけじゃなかのか
コテハンやめればいいのに
こっちで適当に相手してやら無いと、新スレに来ちゃうじゃん。
いくらなんでもここまで言われてもうこないでしょう。
それほどまでに空気が読めない奴だとは思えない。
よな?
ここはスレ主の方の御意見も反映して、撤収させて頂きます。
何か分からない事がおありでしたら、日本史板の質問スレまでどうぞ。
相当するとはいっても、やはり現代とは社会の構造が異なる以上、総理や社
長といった説明では理解しがたい点もあるでしょうから・・・。
何時でもお答え致します。
新スレが出来てるし、このスレも半分しか使ってないし
新スレは初級コース、このスレは中級コースで使えばいいのでは。
>>山野
やっとわかったか。遅せえんだよ。
最後にお前に言っといてやる。
これに懲りてもう二度とこっちには来んなよ。教えたがり厨さんよ。
自分の意見をありがたがって周りが拝聴しているとでも思ったか?
それがお前の駄目なところって思い知れよ。いい勉強になっただろ?
なんだ、私怨ちゃんだったのか
住み分け賛成。
>>477の趣旨には賛同するが、それは初級コース「本当に救うスレ」で。
>>478や
>>480の気持ちはわからんでもないが、それを敢えて書き込むのはこちらの中級コースで。
「常識」は一瞬思ってしまっても言わないように自分は気をつけている。
なんだか山野さん気の毒
一応、中高と日本史やってればわかる内容なのに
ここの人たち、子供向けの解説が欲しいのかしら?
自分でちっとも理解しようとしない、
自分のレベルを上げようとしないで
ただ「わからないわからない」
噛んで含めるように言って貰えないと相手をけなす。
わがままなガキのスレになりましたね。
こうまでしないと駄目なら、そもそも歴史物は向いてない人たち
だと思いますよ。
>>493 あなたも山野さんと同じ勘違いをしているね。
歴史物は向いていない人たちとかいうより、まずここは大河板だという事。
つまり日本史板と勘違いして書いているから過去レスのような悲劇が起きる。
大河を見る人、イコール歴史に詳しい、歴史好きというわけではないのですよ。
>>494 で、大河ドラマは子供を対象にしてるとは思えませんが?
一応の教養のある学生−大人向けでしょう。
勘違いはあなたの方でしょう。
>>493 あのー、「わかりやすい解説」と「子供向けの解説」って違うんですけど。
>>496 でも、このスレでは子供向けの解説をわかりやすいと評価してますよw
小学生が多いんでしょうか?
山野さんの解説も大人にはわかりやすいですよ。
まぁ、それは仮にもの凄く不勉強な人たちだったと仮定しても、
何かを理解するためには
教えてくれる相手を自分のレベルに引きずり下ろすのではなく、
自分のレベルを上げる努力が必要だと思いますよ。
>>497 同じ高校の同じ学年の同じ授業でも先生によって「わかりやすい授業」と「わかりにくい授業」ってあるよね?
同じ大学の同じ学年の同じ科目の講義でも教授によって「わかりやすい講義」と「わかりにくい講義」ってあるよね?
まあ、あなたがこの意味が理解できなければ、もうあなたには何も言いません。
当人が、もうこのスレには書かないと宣言しているのに、何時まで続けるつもりなんですか。>おまえら
なんやかんやで500レス近いし、
ここは本来のスレの定義で進めることにして
新スレは本来重複スレなわけで、パート2とかにして
使うわけにいかないかな?住人ダブってるでしょ?
中高生レベルスレとしての機能を持ってもいいけど
それじゃスレタイと意味合いが違っちゃうとおもー。
>>498 それは基礎が理解できていれば難しい説明も理解できるが
基礎がなければ噛み砕いて説明してくれないとわからない
その差では?
理解できる生徒は難しい説明でも理解できるが
基礎がない生徒はわからない、それだけ
山野氏のスレが解からないなら、とりあえぜスルーすればいいことで。
おまいら、【歴史苦手】な人用のスレだぞ。
パンダと熊の違いを質問して系統樹とか学名から説明されたらどう思うよ。
504 :
日曜8時の名無しさん:05/01/23 22:29:03 ID:QHX55nxr
>>501 それ間違ってる。
基礎が理解できていないから、きちんと説明できないのであって、
基礎からきちんと理解できている人のわかりやすい説明には誰も文句を言っていない。
私は某掲示板では、サイエンス系のスレばかり立てているので、そこでは理系の人間だと思われているのだが、
職場の子とかの、初心者の素朴な疑問に答えられなかったり、基本的な用語を一面的な理解しかしていなかったので、
巧く説明できないという経験を何度もしている。
一方、文学や歴史の説明では、話していても、その種のストレスを感じたことはない。
スレの流れも読まずに余所の板からやってきて、いきなり高い所から見下ろすような書き方をする厨に、
真面目に答えるのも馬鹿馬鹿しいが、社長だの暴力団だのの比喩は気に入らないと言っている香具師が、
約一名いてても、懇切丁寧に説明してくれている人に文句を言っている奴はいない。
問題なのは、質問への答え手が、頑なに自らのスタンスを変えないということだろ。
>>505 言いたいのは生徒側のほうの見方なんだが・・・
>>505 もう手打ちにしろやおまいら。
端で見てても見苦しくてかなわん。
山野氏はもう来ないと宣言して去っていったのだから、
とりあえずその手の論議は終わりにして本来のスレ趣旨に戻そうぜ。
ほんとう…黙って今まで見て来たけど、なんか「山野さんを叩くスレ」みたくなってますよ。
どうも、歴史板での私怨で煽っていた人もいたみたいだし、それに乗せられるのもどうかと…。
こんな流れになると、歴史に詳しい人も、自分の解説も解りにくくて叩かれるかも、と怖くなって
書き込みしてくれなくなっちゃうかもよ。
こっちに書くのが適当な質問かと思いますが
新宮十郎が広げてた系図って歴史年表の付録にあるような系図と同じですが
あんな系図は平安時代の終わりに存在していたのでしょうか?
それと義盛の「母親欄」に記入がないのにワロタ
>>508 だからどうした?山野は叩かれるだけのことをした。当然だ。
スレタイよく読めよ馬鹿。ここは「歴史苦手」な人のためのスレだろ。
わかりやすく語ることも出来ず、上から目線で空気読まずに
押し付けがましく薀蓄垂れ流されるってのは、明らかにスレの趣旨と反するだろう?違うか?
>>510 もう終わりにしておけ、そこまで言えば気が済んだろ
山野が食い散らかした後のテーブルに座らせて、残飯を食えと命令したり、
山野シンパが散々荒した後、俺達の尻拭いをしろと、汚い尻を突き出しているスレはここですか?
はいはい、分かりましたから、自分の板にお帰りください。
つか二度と来るな!!
>>509 あれは話をわかりやすくする小道具かと。芝居だから。
登場したときにはワロタが。
来週の冒頭で再登場させ細かく説明してくれるとお年寄りにはわかりやすいかもね。
>509
確かにあの系図は笑った。
「牛若」って、どんだけ最近書いた系図だよ!w
質問なんですが、常盤は一条の屋敷に迎えられてるけど、
どんな待遇なんでしょうか。
元雑仕女だけど正妻のような扱い?
>>515 元・雑仕女には違いないが、京で一番美しいと言われた女性。
しかも、その美しさのために、元・源義朝の愛人(子供3人)&元・平清盛の愛人(子供1人)というとんでもない肩書きを持ってしまった女性でもある。
正妻であると同時にVIP待遇でしょうね。
気分は平安調プリティウーマン。(リチャード・ギアさんごめんなさいw)
そして一条様との間にも二人の子供をもうけるわけか。
蛭子さんといずみタン・・・
蛭子さんといずみタン・・・
くらまの坊さんはどっちかというと源氏の見方?
清盛はそれを見抜けなかったの?
今回のドラマでは吉次さんが寺に寄進してくれていたので
その友達の新宮十郎の言うがままにしていたのでは?
一条エビスの屋敷は京のどのあたりにあった(ことになってる)の?
鞍馬って現在の市街地からしてもかなり離れたところにあるので
(平安時代の市街地の北限は確か一条通か今出川あたり?)
子供の足で行って来るのって大変そうだが
>>520 自分で「一条」って書いてあるじゃねえか…。
>>520 一条長成様の屋敷は一条だろw
で、一条のどのあたりかだが、御所の近くと考えた方がいいだろうね。
御所の北寄りかな?
>521-523 ありがと
「一条」に住んでるから「一条」なのか…orz
京都人なのに思いも及ばなかった(´・ω・`)
何にしてもかなり鞍馬から離れてるけどまあ演出ってことで
>>524 京都人だったら(以下省略)
小一時間(以下省略)
京から鞍馬まで3里っていってなかった?
超危険分子を隣町に住まわせたような感じ?
しかも平家側からは目の届きにくい。
六波羅様も歳くったな。
京都市街から真北約10kmのところに鞍馬寺とその門前町があるけど、
直線距離じゃなかったかな?
大人の足でも往復六時間ぐらいはかかると思う。
学生の頃、京から鞍馬を経て丹波に至る鞍馬街道沿いを肝試しと称して
連れていかれたことがあるけど、マジ怖い。
月が出ていても木の繁ったところで車からおりると足元すら見えない。
ある程度街道が整備された現代でも、夜中に一人で歩く気は絶対に無いね。
漏れを臆病だと思う勇者は夏に御試しあれw
>>503 このスレで癇癪おこしてるやつらは、その質問に
パンダも熊も哺乳類です、っていっても
哺乳類なんてしらねーよ自己マンで専門用語使うなっ、て切れそうだけどな。
院や国司も理解出来ない、理解する気なしで、今後どうやって義経見続けんだよw
まあいいんじゃねーの?
実際子供の頃に政治的な背景を全く知らずに草燃える見て楽しめたし。
それでも、木曽義仲がなんで駄目かとか義経が追討される理由とか
あと比企一族が滅亡した理由とか、見ててなんとなくわかったけどな。
獅子の時代や山河燃ゆは、そのへんサッパリだったが、
人間のドラマとして見ていて面白かったからいい。
皆が苦労して作り上げようとしているものを、
たった一人が一瞬で潰せるものなのです。
私たちは、そういう時代に生きているのです。
なんか誤解されそうなので補足↑は某コテじゃなくて
ちょい上の香具師のことだからね。
>>528 それ、いい線引きの指標ですね。
このスレを「院・国司」を一応知ってるけど、
守護とか知行主とか似ててよくわかんないレベル以上
あっちのスレを「院とか国司とか専門用語(に思える)使わないでよ」
レベルに分けたらどうでしょう?
>>532みたいなことを思ったんですが、
向こうでは、今、玉葉の話をしてる・・・・・なんか逆だ・・・orz
あっちの初級スレが中級スレ化してるぞ
535 :
日曜8時の名無しさん:05/01/26 09:20:17 ID:JIFe7YEu
あなたになにがわかるというのだー!
age
一話で頼朝が清盛に渡した「髭切りの太刀」は本物だったんですか?
本物を渡さず、これで「相違ない」と言えば済むし…
清盛は嘘を嘘と見抜ける人物だったのでしょう。
だから本物。
539 :
537:05/01/28 18:22:38 ID:dWp4yAvp
すると、三話の時点では平家にあるんですね。<太刀
この先、平家が都落ちする時、また源氏の手に戻って来るんでしょうか?
>>539 ドラマストーリーの5話のあらすじでその「髭切りの太刀」は偽物でだったとあるよ。
まぁ本物の髭切りの太刀がどこにあるかまでは読み込んでないけど…。
太刀は、ドラマストーリーに出てるんですね。ガイドとか買ってないもんで、すいませんでした。
本物の太刀はどうなっていくのかとか、楽しみながら義経見ていきたいです。
age
こっちのスレでいいかな?
昨日の回で遮那王が読んでた漢文の兵法書(?)は何?
まあ多分『孫子』なんだろうけど
>>543 ウチの旦那が「六韜」だろうって言ってて、調べたらそうだった・・・。
旦那恐るべし。
太公望さんの著書だから孫子よりずぅぅぅぅぅぅううっと古いね。
545 :
日曜8時の名無しさん:05/01/31 06:48:18 ID:atZJyCZE
「髭切りの太刀」は、現在、京都の北野天満宮にある。
由来は、もともとこの源氏の宝刀は、嫡流の源頼光の家に伝わり、頼光四天王筆頭の渡辺綱が、
この刀で北野天満宮近くで盗賊と戦ったことにあるらしい。
源氏の嫡流に伝わる刀が、なぜ、源氏庶流の源頼信の子孫の義朝から頼朝に伝わったのか?
むしろ、源氏嫡流の源頼政に伝わっているはずなのに。
>>545 義朝かその祖先が自分たちの家系が源氏の嫡流であることを内外に示すために、ありとあらゆる手を使って、手に入れたのだろう。
今回のドラマでは、それが義朝の子孫サイドにとって、重要なアイテムになってるわけで。
どんな手をつかったんだろう?
金ごときで手離すとは思えないし。
>>544 六韜って、竜の巻,虎の巻,犬の巻とか計6巻あって
義経は虎を残して焼いたって本当かな?
だから、「虎の巻」って名前が一人歩きしたとかどうとか。違います?^^;
548 :
日曜8時の名無しさん:05/01/31 12:27:52 ID:eqQZX9SX
>>544 確かに書物の中に太公望の文字は見えた。
鬼一法眼さんから兵法書を盗み出したって伝説もある。
頼朝も持っていて、どっちでどっちなのか忘れたけど、
確か、頼朝=三略(張良黄石)、九郎=六韜(太公望)
で、三略は政治戦略もあるけど、六韜は戦術書だったから、
九郎は負けたと...
太公望・著って体裁をとってますが、六韜の成立は孫子よりずいぶん後らしいです
源氏物語を読むと、
あの時代の女性は御簾の中ばかりにいて
「人前に姿をさらさない」ってイメージがあるけど、
実際どんなもんだったんでしょう??
あー、気になる。
>>551 実際って、、高貴な女性はそんなもんだったんでしょうけど、
平安はもう終わる時代ですから・・・・
武家の女性などはなかなかアクティブになってますよ
政子さんの出演をお楽しみに〜
>>544 陸稲(変換めんどくさいので)ですか。サンクス
最初に「武王問」なんて書いてあったから(それだけ読めた)
孫子に「武王」なんて登場したっけ?と思ったけど
「周の武王」(=太公望の主君)なんだね。
>>538 来週、偽物だったことに気づいてマジギレする清盛の巻なわけですが
>>551 時代が100年以上違うからなw
猫が簾を外すようなシーンは無いだろうなぁ
>>553 「六韜」って一発変換できるような...
すみません、「六韜」って、どう読むんですか..orz
>>547 >>549 面白い話をありがとう。
りくとう、だと思います。
>>553とは別人だけど、私のパソも一発変換してくれなかった。
六韜(りくとう)
>>555 ヲメ 漏れの辞書では「りくとう」で一発変換できない(´・ω・`)
武経七書・・・中国の七つの有名な兵書です。
孫子 孫武の有名な兵書です。
呉子 呉起の兵書です。
司馬法 司馬穰苴の兵書です。
李衛公問対 唐の太宗皇帝と名将李靖との対話集です。
尉繚子 秦の尉繚子の兵書とされています。
三略 太公望の兵書で、張良に受け継がれました。
六韜 太公望の兵書です。 → コレ!
tp://www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/3816/7syo.htm
↑「三略」は太公望じゃなくて黄石公の兵書ですね。訂正
562 :
556:05/02/02 10:07:10 ID:CfdjHXf1
六韜(りくとう)って読むのか..みなさんありがd!
確か、六韜の一つに「虎の巻」がある。
一般に言う「虎の巻」はこれが起源だったと思う。
それと前の方で音読み訓読みの話があったけど、当時は公式は漢文なので、
どういう「音」で読んでいたかは正確には分からない。「かな」が普及した時代から逆に類推しているのでは?
中国語には音だけを表す言葉がないからね(多分)。
>>516 都一番の美貌云々は、後世の創作。どう考えてもその他大勢の一人。
>>537 そもそも渡していない。
>>552 「二品招家人等於簾下。以秋田城介景盛。示含曰。皆一心而可奉。是最後詞也。」
確かに時代は違うものの、武家の女性も色々。
>>564 あーた、そりゃ、御台様になって、朝廷から位もらって、
大姫入内させようなんて「貴族ぶったこと」考えちゃってからの話でしょうが
文献は読めても、意味するところがわかってないんだね?
色々、とは言ったものの、否定はしていない。
二位にもなれば、男だって
普段の生活とちがう公式の場では御簾のむこうに座って、
そう簡単に人前には姿をみせないのが当時のスタイル。
だから
>>565のいうことも正しいし、
>>566のいう「女性といってもいろいろいました」ってのも正確でしょうな。
ただし、当時の日本では、頼朝の家はもちろん、北条政子もひい爺さんまで
さかのぼれば中の下くらいの立派な貴族。(まぁ時政の代では下の中くらいだが)
その辺の百姓が貴族のまねしてるわけではなかとです。
ドラマだとずいぶん先の話になるから恐縮なんだが
義経と梶原が言い争う「逆櫓」は実際にある操船法なのかが気になってしょうがない
船の構造上無理があると思うんだが、その辺詳しい人教えてくれ
569 :
日曜8時の名無しさん:05/02/03 22:42:08 ID:PeQtfh/R
この程度の歴史についていけない人って小学生?
まぁまぁ
>>569 スレタイもう一度見て、二度とこなくていいよw
>>571 同感だな。
本スレがあるのになんでわざわざ、
【歴史苦手】既に義経についていけてない人を救うスレ
に来て『この程度の歴史についていけない人って小学生? 』、
なんてレスつけるとはね。
573 :
日曜8時の名無しさん:05/02/05 15:51:03 ID:dPTTAN0M
>563
確か、六韜の一つに「虎の巻」がある。
一般に言う「虎の巻」はこれが起源だったと思う。
遮那王が読んでるのは、原文のままではなくて
自分でまとめて読んでるのでしょうか。
虎韜からでも、絶道第39
太公曰く「凡そ師を師いるの法は、先に先ず遠候を発し、
敵を去ること二百里にして、審らかに敵人の在る所を知るべし。」
必出 第34
「勇闘すれば即ち生き、勇ならざれば即ち死せん」
など、少しづつ、 あちこち張り合わせてあるような・・
武王が太公に「こんなときどうすればいい?」
と聞いて、太公が「こうすればいいんだよ」
と答えて、武王が「よいかんがえだ!」
という語り口になっています。
孫子の兵法のように、概念的なものより、数字も多くて、
当時の実戦法のようですね。
574 :
age:05/02/05 16:45:49 ID:dPTTAN0M
でも本当に文王と武王と太公望の問答を
記録したものではなく、後世の偽書らしい。
しかし、偽とはいえ、法家の教科書として
武経七書中に選定され、
藤原の鎌足も六韜を暗記するほどに愛読して
大化の改新を成し遂げたのだそうです。
そもそも諸子百家ってその手の偽書(後世の仮託)が多いしな
576 :
age:05/02/06 03:02:56 ID:OsrV2XGB
ちなみに遮那王がよんでいる画面に出ていたのは
左のページが竜韜の 軍勢第26
武王、太公に問いて曰く「攻伐の道は奈何」と。
太公曰く「・・・善く敵に勝つものは形なきに勝つ・・
のところでした。
でも右ページは25じゃないみたい。
白河上皇が自分の愛人(待賢門院)を養女にして孕ませたあげく
孫の鳥羽天皇に押しつけたのが保元の乱の遠因って事でOK?
>>577 まーそんな感じだったと思う。
当たり障りなく語ってたけど。
>>577 まーそんな感じだけど、
孕ませたから払い下げたんじゃなくて、
待賢門院が入内してからも、宿下がりの時に後白河と会っていて、
それから崇徳院が生まれたみたいね。
だから余計鳥羽天皇の恨みは深かったみたい
待賢門院璋子さんって人は、なかなか隅に置けない女性で、
後白河院の手許に居るころから、他の恋人もいたみたいだし・・・
>579
は後白河を白河と変換して読みましょう
後白河とも出来てたとしたら凄い女だw
いや、、いいわけだけどさ、、
今日のドラマの後白河って、芸術家気質って感じより
白河法皇を彷彿とさせる骨っぽさがあってさ・・・・orz
584 :
日曜8時の名無しさん:05/02/06 23:54:05 ID:U5wW9Ia/
>>583 たしかに、今様(平安時代の歌謡曲・ポップスね)にくるって、
院でコンサートやったり、自分も歌ってのどから血出したりして、
当時の公家や皇族から「こいつ、ダメだわ、やっぱ」
ってあきれられる様子は微塵もないな。
>584
今様との関わりは政治的なものだと研究されてる。
ダメだと言ってるヤシがダメなわけで。
そこは信長と同じ。
調べてみたら、髭切・膝丸の2本がセットになっていて、為義が後三年の役での
加勢の礼として熊野別当に膝丸の太刀を与えて、その膝丸の太刀を源義経が
まだ牛若だった頃に熊野別当から受け継いだと書いてあったんだけど、五条大橋
でさしていた刀はその膝丸の太刀だったのかな?
に答えられる人、誰かいますか。少なくとも膝丸の太刀を渡すシーンはなかったように思う。
>>586 質問が難しすぎ。
日本史版にいったほうがいいよ。
せめて本スレで。
ご先祖自慢の入ったやたら煩雑なバージョンはともかく、
中高で学ぶ庶民向けな平家物語って一話完結の説話集みたいなものだし、
歴史なんて知らなくたって普通に読める筈だ。
それをわざわざ知識と解釈が必要な歴史ドラマに作り変えるのってどーよ。
いいじゃねえかよ、誰が誰の子で何してどうなったかなんて、どうでもさ。
これから戦に赴くって時に自慢の琵琶の事を心配してる奴、
俺の歌を勅撰歌集に載せてくれと選者に頼み込みに行く奴、
戦場で暢気に笛を吹いてる奴、家族を慕って脱走する奴、
男を慕って身投げする奴、最大の武勲を挙げたのに実の兄に疎まれて殺されちまう奴、
そういう奴らの生き様にうるうるするだけじゃいかんのか?
全く余計な歴史の知識や解釈ばかり強要する製作サイドは
単純明快なオリジナル平家に軍靴の音でも聴きとってらっしゃるんだろうかとつい変に勘ぐってしまうぜ。
そうかい
>>588 少なくとも今のところ歴史ドラマには見えないな。
太刀の一件を始め、主人公の女関係も虚構ばかりだし。
視聴者も色々、知ってても知らなくても楽しめればいいんでないの?
ただ、なまじ知ってるとあちこちカンに障るが。
「明子」を「あきらけいこ」と読ませるのはいくら何でも強引ではないでしょうか?
出演者も何となく言いにくそうですw
アキ子さんだと思ってたよ。ハァッ。
藤原良房(臣下で最初に摂政になった人)の娘が
「明子(あきらけいこ)」なんだよね。
だからどうしてもそっちを思い出しちゃう。
594 :
日曜8時の名無しさん:05/02/10 21:57:42 ID:U8ugnAPl
関係ないかもだけど
俳優の六平(むさか)直政は
平家の落人の子孫らしいよ
>>591 「あきらか」の形容詞形が「あきらけし」で、「子」という名詞にくっつくと、
「あきらけき・こ」となり、さらに語末の「き」がイ音便変化して、
「あきらけい・こ」となる(らすぃ)。
>>593 骨まで美しかったという伝説の美人だよね。
5話見てて、「同じ読みなんだ〜」と思った。
>>596 知盛の妻は宮尾先生のお気に入りだから
名前もその辺りから採ったのかも
本名残ってないのかね<知盛の奥さん
平安女性の本名は、よっぽど有名人でもない限り公表されないから、
名前がどの文献に残ってなくても不思議ではないが。
皇子の乳母として出仕してたなら、なんちゃらの局とかは記録にあるはずだが。
5話の五条大橋が終わった後で、平家の女性が揃って何を相談してたの?
あと「れいぜいのつぼね」って誰よ?
>>599 清盛の娘を後宮にどうやって送り込むかの作戦会議。
第四話で清盛は自分の娘の徳子を天皇のお嫁さんにしようと思っていました。
それで娘の事なら同じ女性である奥さんの時子に「なんとかしろ」と言いました。
時子さん、良いアイデアが無いかと女性達を集めます。
経子さん:「普通は摂関家からでないとお嫁には行けませんよ。」
明子さん:「いや、待賢門院璋子さまの例がありますよ。」
待賢門院は摂関家の出身ではないが、白河上皇が気に入り、
自分の養女にした後、息子の鳥羽天皇の嫁にした。
輔子さん:「つまり、徳子さまを法皇さまの養女に?」
時子さんの妹の建春門院滋子さんに後白河法皇に話をつけてもらおうとしましたが
建春門院にはなかなか会えなません。だから時子のもう一人の妹で建春門院の
侍女である冷泉局(れいぜいのつぼね)さんから建春門院に話をしてもらう事にしました。
待賢門院の出自に問題はないんじゃねーの?
>>602 基本的に入内する資格があるのは「摂関・大臣の娘」。
待賢門院の父公実は、摂関の座を望めるほど
勢威があったとはいえ、本人は権大納言どまり。
祖父までは中納言どまりの家だったからねぇ。
まぁ、執筆された時代が100年ほど遡るが、
光源氏の母桐壺の更衣も「大納言の娘」ということで、
身分違い、と侮られたわけで。
>>603 確かに短命の人が続いて官位は低いが、祖父の祖父ぐらいまでは大臣出してるし、
なにより公実の姉妹も、その父親の姉妹も女御なんだけどな。
北家名門とはいえ父親の官位に不足があり、女御になれないのならわかるが、
別に一族から女御や皇太后を輩出してるわけだし、
女御にする目的で養女に出したわけじゃないんだよね確か。
摂関家でない貴族平氏の時子の実家からは女御も出てるし、
源氏物語の頃のルールが変わってきてると考えていいかも。
源氏物語の場合は、桐壺の実家も名門で母親も皇族の流れを汲むと
匂わされてるが、父大納言が早世したため更衣での出仕となったんだよね。
これとほぼ同じ状況だったのが空蝉で、どうやらこのときのルールでは
どんなに名門でも父もしくは祖父が大臣でなければ女御として入内出来なかった。
清盛が太政大臣なんだから、この辺はクリアできてるはずなんだが。
揉めるなら、武家平氏を大臣にする次点で揉めるべき。
>>604 公実の叔母、茂子のことをいうならば、
彼女がむしろ、道長の息子の一人の養女として
東宮時代の後三条に嫁いだという点を指摘しておかないと
片手おちでしょう。
むしろこのスレ的に指摘しておくべきことは、
血筋や家格云々という話ではなく、
「当時の天皇の後宮にどの家の誰が入るかは、
院の専権事項だった」という点でしょうな。
院さえ了解すれば、多少家柄が下でもオッケー。
逆に、後白河にもっとも愛されていた建春門院ですら
徳子入内を口入するときに、死ぬほど緊張する必要があったわけで。
今でいったら北の将軍さまの軍隊の統帥事項に、横から口を
出すようなもんだからね。
606 :
日曜8時の名無しさん:05/02/12 21:27:55 ID:2Y0tDOo3
質問
この時代、出家したら・・・とか言うくだりがあるけど、清盛は
出家しても権力あるし、乙若兄さんも出家した後々戦をするし、
出家ってどんな意味があるの? 官位につけないだけ?
教えてエロイ人
清盛は死にそうになったから
仏に縋(すが)ったんでないの?
重病になると出家するよね。
出家しないと極楽に行けないとか、
まあそれっぽい信仰があったりする。
610 :
607:05/02/13 08:00:02 ID:uyxwgl9Y
>>608,609
だとすると義経は極楽浄土に行きたくないから出家せずに奥州に
いったってこと????????
信仰の問題じゃないと思うが。
「平家物語」で清盛の奥さんが清盛に地獄からのお迎えが来る
夢を見るんだけど八幡太郎義家にも似たような話が伝えられてる。
当時としては武士は殺生を生業とした穢れ職能を専門化した職能集団だったわけだから
セミリタイヤして出家てのはあるんでないの?
那須与一は神経痛になって温泉巡りして出家したんだっけかな。
まぁ年取ってみないとわかんないことがあるんだよ。きっと。
紗那王若いからね。乙と今の兄ちゃんは自ら出家したわけではないし。
重病になってから出家するパターンとは別に、
幼い頃から出家させるというのは要するに世の中の表舞台(特に政治の世界)には
立たせません、という意思表示なわけだよね。
でも還俗という手もあるからあまり意味をなさないような気もする。
ただ云える事は、一度幼い頃に出家したあと還俗して武士になった場合、
あまり武勇に秀でている事が少ないような。
どうしても武術より仏法修行の方が多くなるから、
その点だけ、将来反抗しうる力をそぎ落とす効果はあるかも。
そうそう、子供を出家させるのは恭順の証。
刃向かいませんよ〜だから殺さないで〜という。
なので、牛若が出家するしないを自分の意志で決めてるのに驚いた。
選択の余地ないだろ。出家or死なんだから。
今回初登場の北条一家で覚えとけばいいのは時政(楢林センセ)&政子程度でいいの?
比企尼と佐殿はどんな関係?
引っ越しのサカイは誰の役だったの?
>>614 政子と時政のほかに、嫡男の宗時にクレジットがでてたから、
政子の兄弟に宗時っつー北条の嫡男がいるってこと、
今日は出てこなかったけど、その下に義時っつのがいるくらいを
おぼえておけばいいと思う。
比企尼は頼朝の乳母。だんなの身分は低いから、
どんな地位だったかは微妙だけど、
本来は京都で活躍できるだけの血筋にあったのが、
わざわざ、ダンナの領地にひっこんで、頼朝のお世話をしてくれてる人。
ま、他にも山内経俊の母とか、近所に頼朝の乳母の一族はいましたけど。
サカイは堀ってよばれてたところをみると、伊豆の豪族、堀親家かな。
後に頼朝の側近(つーか政子の側近?)
・山木兼隆襲撃で頼朝を警護してたのが、助っ人に出たり、
・オセロ白の家を壊しにいったり
・義仲の子、義高を殺したり、
といった活躍をします。
>>615 ありがとうございます
頼朝の愛人の家壊したり人質の子供殺したりっていう
トホホな活躍っぷりがいかにも徳井優の役柄っていうかw
「平家にあらずんば人にあらず」ってどうゆう意味ですか?
平家一門でなければ人ではないという意味です。
劉邦の「劉氏にあらずんば人にあらず」がオリジナル。
>>617 でもそれを言ったのは、「平家」本流の人じゃなくて、
一応平氏だけど、清盛の嫁さんの弟だからねー。
それも、左遷されたことある人だし。
嫁さんの実家の方が本流に近いんじゃなかったっけ?
>>619 あれは「人」じゃなくて「王」じゃなかったっけ
うる覚えだけど
>>621 平氏ではなくて平家の本流・・・ね
せっかく「」でくくったのに・・・。
わかりにくいんだけど、
妻の時子も弟の時忠も「平家」の高棟流は桓武平家直径で京都に残り「公家」として生きた平家。ゆえに、京都の公家の事情に詳しい。
摂関家対策とか太政大臣になれたのはこの「高棟流」の平家の力が大きいといわれる。
だから、「平時忠」は平家の裏番町といっていいほど権力者ではあった。(ドラマじゃ地味だが)
公家対策ではトップといっていい人。
だから、「平家であらずんば人にあらず」みたいな傲慢いったといわれる。
ただ、
>>619の元ネタがあるように後日の創作ともいわれてる。
清盛は「伊勢平家」といわれる成り上がりの一門。
平時忠が「平家(平氏)であらずんば人にあらず」
>>620 はずれにいる人の方がそういうことは言いそうだね。
東大出ても仕事のできない人が
東大出にあらずんば人にあらず
とか。
平家物語にあるのは、「人にあらず」じゃなくて「人非人たるべし」でしょう。
人がましいことにはなれない=殿上人として大したことはできねーよ、ぐらいの意味かと思うんだが。
628 :
日曜8時の名無しさん:05/02/17 07:20:12 ID:BsGtyQnX
>>617 平家じゃないひとはへいきじゃない という意味。
629 :
土方:05/02/17 20:34:51 ID:iNA0DIQm
630 :
日曜8時の名無しさん:05/02/19 00:52:07 ID:hX+TTpba
正式には「此の一門にあらざらむ人は皆人非人なるべし」だったかな。
でも平時忠って別に平家の窓際族ってわけではないだろ。それどころか清盛に次ぐナンバーツーじゃねーの。
時忠のように検非違使別当を三度も命じられている者はほとんどいない。これは多分、平家政権下の京都では時忠が警察権を完全に牛耳ってたことの表れじゃないかな。
藤原忠親の山槐記にも時忠が盗賊12人の手首を切り落とさせた、お前やりすぎみたいな記述があるしな。相当、強引なことをしてもOKな存在だったものと思われ。
でなきゃ「平関白」なんてあだ名はつかないだろ。清盛が死んだ後は時忠が実質的な平家軍最高指導者だったとする説もあるくらいだし。
まあ確かに二度流罪になってはいるけど、敵に回したのが二条天皇と比叡山だしな。相手悪すぎ。
>盗賊12人の手首を切り落とさせた、お前やりすぎ
「やりすぎ」ワラタw
流罪になったってのは、逆に権謀術数好きで色々画策するタイプだったから、とも考えられる。
(今度の大河ではそういう人物には描かれてないみたいだけどね)
しくじったこともあるけど、成功すれば平家の勢力を拡大できただろうし、
清盛にとってはその方面のいい片腕だったんじゃないかな。
「平関白」ってのはスゴイ渾名だよね。
「平関白」ってどう読むの?
ひらかんぱく
たいらかんぱく
へいかんぱく
いちはちじゅうかんぱく
「かんぱく」がすべて音読みだから、
「へいかんぱく」が一番自然かな?
ちなみに時代は少しさかのぼるし、藤原氏の人だが、
「夜の関白」なんてよばれたひともいたりする。
夜の関白…(;´д`)ハァハァ
平大納言が「へいだいなごん」だから、「へいかんぱく」以外考えてなかったけど・・・。
間違ってたら大恥だな orz
関白にも階級があるのかと思った。
課長クラス関白、部長クラス関白、社長クラス関白、etc...
一番の下っ端が「平関白」。
age
638 :
日曜8時の名無しさん:05/02/22 00:08:42 ID:mW3iYruY
>>615 オセロの家を壊したのは牧の方の兄だよ
比企尼の夫の官職は掃部允
639 :
日曜8時の名無しさん:05/02/22 00:11:59 ID:vUovUL4u
うつぼって架空の人物なの?
うん。
うつぼんって知ってる?
643 :
日曜8時の名無しさん:05/02/22 00:51:33 ID:1EPK3kR7
>>638 中井頼朝の横にいた安達のおっちゃんが
「草燃える」で金八がやった役と同じですか?
で、「北条時宗」で柳葉がやった安達泰盛の先祖と
644 :
日曜8時の名無しさん:05/02/22 00:52:25 ID:LAUTuzeJ
大河ドラマに 安田美沙子 を 出さんかい!!!
>>643 正解
つまり
武田鉄矢─火野正平─小野武彦─柳葉敏郎
‖
岡まゆみ
ですね
646 :
日曜8時の名無しさん:05/02/22 02:54:34 ID:mW3iYruY
関係ないけど、乾先生ってさりげに大河に出てるね
「花神」の時は沖田総司だったしw
648 :
日曜8時の名無しさん:05/02/23 00:32:08 ID:JV2TFypS
>>646 金八と乾先生は俳優的には仲良さそうだね
確か金八が自身の脚本で坂本龍馬やったときも共演してたような・・・
乾センセは大河の常連
最近はお公家さん役が多いような希ガス
650 :
日曜8時の名無しさん:05/02/24 13:24:05 ID:JGwjak7f
>>615 亀の前の家を壊したのは牧宗親といって牧の方の一族で時政の郎党。
ちなみにこの事件の後日談。
宗親は頼朝の八つ当たりで髻を切られて鎌倉から追放。
今度は時政がキレて伊豆に一時引っ込んでしまう。
結局義時が奔走して和解したそうな。
651 :
日曜8時の名無しさん:05/02/24 14:44:35 ID:Cp46AdLF
>>650 たかが三角関係のもつれでこの騒ぎ。
頼朝夫婦といい時政といい、冷徹な策謀家タイプというイメージがあったけど、
結構おとなげないというか、どんどんイメージが壊れてく……。
実家の強い正妻が、後見のない夫の愛人に嫌がらせをする。
うわなり打ちっつのは、平安時代では良くある話だったようだが、
平安時代の夫はお貴族なので、特にそれに対抗できなかったんだろうなあ。
正妻の実家と業務提携していて逆らえないというのもあったんだろうが。
家まで破壊したっつのは板東武者ならではなのかもね。
そして頼朝が報復したというのも、武家ならではなのかも。
安達さんが静の子どもを由比ガ浜に埋めたんですか?
654 :
日曜8時の名無しさん:05/02/24 22:18:37 ID:VHl0lAD6
平家一門が、庶民に対してとくべつ悪政をしたということはあるんでしょうか?
「驕る平家」とは、つまるところ藤原摂関家の視点で、
「番犬上がりの成り上がり者どもめ。遷都まで企みおって忌々しい」
ということで、庶民から見れば摂関家も平家も似たもの同士だったのではないんでしょうか?
656 :
日曜8時の名無しさん:05/02/25 00:48:41 ID:7SsPFgB6
>>652 トリビア見たんだろう・・・
うわなり打ちは、大河では「花の乱」でちゃんと描かれている
トリビアで取り上げるの今更という感じが・・・
>>655 とりあえず、福原遷都を「悪」として見た人々はいると思う。
遷都したことによって京が荒れ果てたと悲しむ公家の話があったり。
>>656 どっちかというと古典文学。それが商売なので。
まあ、小説とかはフィクションだけどね。
トリビアは時間的に見られない。ビデオ壊れてるし。
花の乱だと室町時代だから、平安時代のとは、事情は異なるのではないだろうか。
>>655 世の中が乱れだし、土地や財産を守るため農民は武装しました。武士の始まりです。
武士は地方に下ってきた皇族や貴族と主従関係を結んで武士団を作りました。
平家は武家でありながら貴族にならった政治を行いました。
武士は平家の政治に期待しましたが、平家は貴族のようになっていったため、ガッカリしました。
>>655 まあ「庶民」というレベルじゃ平家は悪政ということはなかったと思うぞ。
平家のおかげで数十年安定した時代になったわけだし。
当時暴れていた僧兵に対しての治安能力も高かった。
(弁慶が追放されるきっかけになった寺同士の抗争を止めたり、清盛が神罰なにするものと僧兵に矢をはなったり))
福原遷都は富士川の合戦等で負けて逃げた後の結果なわけで。
木曾義仲が入京したときみたいに略奪を働いて、「平家のほうがよかった」というくらいだし。
公家や武士レベルで、がっかりや悪政という考え方はあるかもしれんが。
地方の庶民としては
>>659だけど
中央の庶民としては貴族が居たから成り立ってた仕事もあるわけで
平成の大合併で町役場の前で食堂を経営していた人達が
町役場の閉鎖で食堂を畳んだりしているので
福原遷都にも似たようなことがあったんじゃないかと思う。
そもそもこの源平合戦というものは、別に平家の悪政を正すわけで始まったわけじゃない。
この当時日本は京を首都とした中央集権国家であり、地方に「国司」が任命されてその土地の行政権(つまり支配)ができた。
でも、この当時武士が地方を自ら開墾して新たな領地を作り武力も蓄えてきた。
そーすると、中央の公家の奴らにペコペコすんのはウザイと思い始めるわけであり特に東国はその傾向が強かった。
そこに、おなじ地方開発して武家の平家は力をもったら、今度は平家が中央に進出(公家化)してしまった。
だから、「おいおい、同じ武家で地方の土地を切り開いた奴らが今度は公家きどりかよ」って反発する。
端的にいえば
中央集権派VS地方分権派が争ったわけで、源平はその神輿にすぎない形ができてくる。
だから、こそ源氏がわずか三代で血筋が絶えても、北条など「地方分権派」は問題ないわけである。
朝廷から「守護と地頭」を任命権をもらい、その土地の武士に「本領安堵」という地方自治権を与えればよかった。
「本領安堵」してもらった地方の武士は、そのかわり「いざ鎌倉」で戦うときは結束をして戦う約束になる。
幕府はその、「地方自治体の合議の場」としてあればよかった。
ちなみに、「国司」から変わってこの武士の地方自治権となった「守護と地頭」。
初代執権・北条時政(小林稔二)が後白河法皇に「奥州に逃げた義経探索のため」認めさせた役職。
この時点で、「源氏がいようといまいと東国武士にはどうでもよくなった」瞬間であり、
「守護と地頭の名目ために義経が殺される理由」になっていく。
ネンジ…そんなやり手には見えなかった。
北条氏は相当切れ者ってイメージがあるんだが、
今のままだとバカ父ちゃんだな
草燃えるのときも、時政はあんまりおりこうさんなイメージはなかったな
北条時政は、いままで散々影で源平を陰で操った後白河法皇に政治的勝利した切れ者なんだけどね。
いっちゃえば、この源平合戦の真の勝利者なわけで。
まあ、最後には政子に失脚させられるから政子が一番という話もあるが。
667 :
日曜8時の名無しさん:05/02/27 19:52:52 ID:Hr0qDe8r
ディープなお話の途中すみません。歴史苦手な者です。今日の放送をBS hiで見たのですが、
平家一族がイパーイ登場して誰が誰やらわかりませんでした。どこか今回の登場人物入りで
わかりやすく解説したサイトとかありませんか?
669 :
日曜8時の名無しさん:05/02/27 21:06:04 ID:KR/AALwk
>地方に「国司」が任命されてその土地の行政権(つまり支配)ができた。
>中央集権派VS地方分権派が争ったわけで、源平はその神輿にすぎない
>朝廷から「守護と地頭」を任命権をもらい、「本領安堵」という地方自治権
>「国司」から変わってこの武士の地方自治権となった「守護と地頭」
大うそ
大膳大夫信成って誰?毎回出てきてるけど
>>622 「うる覚え」ではなく「うろ覚え」な。
まあ2ch語としてわざと使ってるなら別だが。
奥六郡=陸奥国=現在の青森・岩手・宮城・福島四県
>>673 奧六郡≒陸奥国というところではないかと。
実際の六郡は調べてみればすぐでるからわかるけど、せいぜい岩手県の一部程度。
でも個々を掌握すると言う事は陸奥国の中枢を握った事と同じだから、
実質陸奥国全体を支配するのと同じ、という感じじゃないかな。
×個々
○ここ
微妙に意味が違ってしまうな。
遮那王が鞍馬寺で読んでた『六韜』の現代語訳が中公文庫から出ていますね
微妙に便乗企画?
677 :
667:05/02/28 23:26:57 ID:G2WCrajW
>>672 >>439 ありがとう。マジで助かりました。正確に言うと歴史は好きなのですが
人の顔と名前を覚えるのが苦手です。仮面ライダーと言えば、
草燃えるの藤岡弘の初回と殺されるシーンがとても印象的でした。
>>677 藤岡弘、って「草燃える」の三浦義村役ですよね?
確か最後まで殺されてないように思うのですが…
679 :
667:05/03/01 01:39:49 ID:NxsLCgYK
>>678 ありゃりゃ、また得意の記憶違いか。仮面ライダーと
別の人を混同していてみたいですw
ウルトラマンタロウ(篠田三郎・実朝役)と間違えたとか?
藤岡弘、が大河で殺されたシーンとして有名なのは「勝海舟」の龍馬役ですね
迫真の演技をリアルタイムで見てましたがトラウマになります(´・ω・`)
682 :
日曜8時の名無しさん:05/03/01 15:59:08 ID:WQoMfKgf
それか中山仁(北条宗時)と勘違いしたかだな
死に様は痛々しかった
藤岡弘(三浦義村)は裏切って裏切って裏切って
最後まで生き延びる
684 :
667:05/03/01 22:21:16 ID:NxsLCgYK
>>682 (・∀・)ソレダ!
政子の兄が殺されたシーン、すごく生々しかったのを覚えてます。
少年少女向けテレビドラマ出演俳優ということで混同してたようです。
それにしても、人の顔と名前を覚えるのが苦手なせいで、リアルの
人生ではずいぶんと損をしていますw
「草萌える」の宗時が頃されるシーンはっきり覚えてない…orz
確か滝田の伊東祐之に殺されるんだよね?
最後の台詞が「祐之!おまえ祐之だな」(?)みたいだったのは
何となくおぼろげに覚えてるんだけど…
最後の台詞は、滝田に馬乗りになられて観念し、
「殺せ!さあ殺せ!」とかだった気がする
その後滝田に「ああ殺してやる」とか言われて
太刀を首筋に突き立てられて血飛沫.......合掌
補足すると、苦戦の中伊東の囲みをかいくぐって救援を呼びに
行こうとするも、伊東の軍勢に包囲される
奮戦するも手傷を負いピンチ、そこで滝田登場
「俺がけりをつける、お前達は手を出すな」とかなんとか言って
タイマン勝負
押されながらも一瞬の隙をついて滝田の顔面に刀傷を負わせる
血を見て逆上した滝田の力ずくの攻撃にとうとう馬乗りに組み敷
かれ、↑の「殺せ!さあ殺せ!」の台詞
だったはず.....
なんか、文字で見ただけで興奮するよね。
頼朝といつも一緒にいる
安達盛長って人は重要人物ですか?
>>689 まあ、この源平合戦ではずっと頼朝につかえてる程度の人。
しかしこの後、安達家は鎌倉幕府の有力御家人として勢力を持ち続ける。
八代執権北条時宗のころの安達泰盛のころ勢力が最大になり、得宗家被官筆頭までになる。
だが、この後1285年に霜月騒動がおきて、平頼綱に滅ぼされる。
>>689 安達盛長というとどうしても武田鉄矢を思いだしてしまう…
武田鉄矢──火野正平──小野武彦──柳葉敏郎
‖
岡まゆみ
昔の源平大河で「炎立つ」の渡辺謙が処刑されるシーンが良かったって聞くけど
今回の大河ではそんなシーンないの?
>>692 ある事件がきっかけで、たぶんこの先数年ぐらい
ああいうシーンは無いと思う。
杉谷善住坊の最期も同様ですな
あの刑罰自体は存在したのにな
え?去年の年末には壬生義士伝放送で堂々とやっていたけど。
NHKだから無いよ。
去年の近藤勇首切りシーンも省略されたっけ。
>>691 少し補足してみました。
←草燃える(北条政子主人公) 北条時宗→
武田鉄矢(安達盛長)──火野正平(安達景盛)──小野武彦(安達義景)──柳葉敏郎(安達泰盛)
699 :
日曜8時の名無しさん:05/03/04 01:35:30 ID:vnhXud6h
あげとく
今更だけど
頼朝は何で「スケ殿」って呼ばれてんの?
>>700 伊豆に流される前は右兵衛佐(うひょうえのすけ・右兵衛府という役所のNo.2
ちなみに左兵衛府もあります)という役職に就いていたので、そこから
佐殿(すけどの)と呼ばれている。
すけべ殿
昔は本名ではめった呼ばなくて通称が基本だから、
あえて、佐殿とか六波羅様とか使うと通の振りができる。
>>698 安達家は「盛」が通字なのかな?
とすると、平家から賜ったものなのかな?
当時は名前に使う漢字のバリエーションが少なかったのでは?
平家ではほとんどの人間が「○盛」って名前なのに
重衡だけ仲間はずれみたいでかわいそう
707 :
日曜8時の名無しさん:05/03/06 05:50:48 ID:hzN+xfvZ
age
708 :
日曜8時の名無しさん:05/03/06 10:24:54 ID:lMR7LLV9
日本軍による「従軍慰安婦」はいなかった
ウソ:慰安婦制度は犯罪である。
真実:当時は公娼制度があり、法律で認められた管理売春が存在した。貧困が即人
身売買に直結する不幸の時代であって、犯罪ではない。
ウソ:慰安婦は軍により強制連行された。
真実:「強制連行の証拠」として新聞等でも紹介された文書自体、誘拐まがいの
「募集」を行う業者(多くは半島出身)に軍が警告を発し、指導するとい
う、全く反対の性格のものだった。また、唯一の「加害証言」である吉田証
言も、今日では虚偽であったことが判明している。当時は、貧しさ故に苦海
に身を落とす娘が珍しくなかった。元慰安婦の「証言」以外に、「強制連
行」を示す証拠は何もない。にも関わらず、河野官房長官(当時)は、その
事なかれ主義により、「官憲による強制連行」を認めてしまった。
ウソ:慰安所は軍が直営していた。
真実:業者が経営し、軍が監督指導していた。
ウソ:軍は慰安婦を連れ歩いた(従軍させた)。
真実:慰安所は後方の兵站に置かれていた。師団が移動すれば兵站も移動するか
ら、当然慰安所も移動する。つまり、軍とともに移動したのだと強弁できな
いことはないが、戦場を連れ歩いたかのようなイメージは誤り。また、「従
軍慰安婦」という呼称は当時存在せず、そう呼ぶこと自体歴史の偽造だ。
ウソ:慰安婦は虐待酷使された。
真実:大部隊の通過で賑わう揚子慰安所では、検診の結果、オーバーワークと判断
された慰安婦に、軍医が3日間の休業を命じた。すると慰安婦達は、この書
き入れ時に3日も遊ばせるつもりかと、軍医に抗議した。
>>708 >>439の下のほうにもあるが重衡だけ「盛」がもらえなかったというより
五男以下には「盛」の名前はもらえてない。
四人も「盛」を与えたから跡継ぎはとりあえずオッケーと思ったんでしょ。
後は「○○さまから1字をもらって」とかおべっかつかい用に使われたとか。
711 :
日曜8時の名無しさん:05/03/07 22:19:43 ID:52OPF0wh
とお。
712 :
日曜8時の名無しさん:05/03/08 00:45:15 ID:LxYE/5wv
>>691 でも武田鉄矢というと大河的には楠木正成なんだが
これを聞いてはいけない気もするのでダメならスルーしてください
何で頼朝は最後、義経を追い詰めるんですか?
>>713 一番の理由は後白河法皇から頼朝征伐の勅命をもらって挙兵しようとして失敗したから。
その前から仲が悪いのは
頼朝:東国武士のような合議制でまとめる独自の武家政権を目指し身内でも家来とする。
義経:平氏に代わって源氏がその位置につけると思っていて氏一門が強くなると思った。
もっと簡単にいうと
頼朝:東国武士的考え
義経:京的、平氏的考え
と育った環境が違いすぎたわけで。
後、
>>662でも出てるが義経追討のため守護と地頭の役職を正式に朝廷に認めさせた手前追い詰めないといけなかった。
こっから個人的な考えだが、
頼朝は義経を殺す気はなかったんじゃないか?
守護と地頭の名目上むしろ「生きていて生殺しのほうが都合がいい」ように思えてしょうがない。
ただ、守護と地頭が義経追討のために認められた役職だから藤原家には強く義経引渡しを求めた。
そしたら、藤原氏は引き渡すどころか、義経を殺してしまった。
だから頼朝や東国武士は怒って平泉を滅ぼしたように思える。
>>713 東国武士団による独立政権を作るという頼朝の戦略と義経は合わなかった。
1.壇ノ浦で三種の神器を平家から奪還するという任務に失敗した。
→義経は平家を滅ぼしたので戦術的大勝利だと思っていたが、
頼朝には三種の神器を質に後白河と取引する戦略があった。
2.後白河から勝手に官位をもらった。
→独立政権の重要な権利である人事権を確立するという頼朝の狙いを裏切った(形となった)。
3.軍事的脅威
→義経があまりにも天才的な軍事戦術家で、かつ政治的無知だったので、
後々の脅威と感じた。
以上、受け売り
ま、頼朝が義経を殺させなかったとしても、後々北条家に殺されていただろうけどね。
717 :
日曜8時の名無しさん:05/03/08 12:01:06 ID:5EEUflQc
頼朝自身も後に北条家に政権乗っ取られるしな〜
718 :
日曜8時の名無しさん:05/03/08 19:24:34 ID:idf8r8Pj
>>716 北条家っつーか、東国武士団全部といったほうが。
二代将軍源頼家は、独裁的に振舞って土地の裁判を勝手にやったら東国武士団が将軍の家に殴りこんだわけで。
まあ、そのあと出家させて、結局最後に暗殺したのは北条家なんだが。
武士団にとって、源氏(や平家)ってのは自分達の武家の代表に過ぎないので嫌なら追い出す空気があった。
平家も独裁的だったからやっつけただけ「平家が源氏の敵」ってのは義経くらいしか思ってなかったろ。
720 :
日曜8時の名無しさん:05/03/08 19:48:29 ID:hXqzoGEf
義経主人公だと「東国武士の願望」とかどーでもイイ物語のほうが
作りやすそうだな。
>>712 安達盛長が大河初出演じゃなかったっけ?
漏れは事情あって「太平記」見れなかったので金八=盛長の印象が強いな
>>719 "東国武士団全部"って指摘する割には、頼家は北条家に殺されたって自分で書いてる。
それなら、北条家が殺すって表現で良いんじゃないですか?w
723 :
日曜8時の名無しさん:05/03/10 00:21:10 ID:8062+vQA
>>721 それは残念だなあ
金八は盛長、秀吉、正成とやったが
泥臭さとバンカラな割りにシャープなとこは楠木正成がピッタリだった
>>722 そんな単純じゃない。
北条がのっとったと表現するのは、北条を買いかぶりすぎ。
あの時代の彼らがやった改革は、誰か一人でできるもんじゃないよ。
頼朝一人でもないし、東国武士団と頼朝がやったのであって
源氏がやったのでもない。
経済の仕組みを変えるような出来事だった。
家単位でのっとったとかのっとられたとかいう小さい見方してると
もったいないと思うけどな。
725 :
日曜8時の名無しさん:05/03/10 09:53:32 ID:rdYbEbBh
>>724 同意。
北条単独で政権運営していたわけではない。
鎌倉中期までは、有力御家人の合議制だったというのが
最近の専門家の見方。
>>724-725 言っていることは なるほど って思えますけど、論点ずれてません?
義経が生き残ってたら誰が殺した?って話で、合議制とか経済の仕組みって…。
>>726 ごめんごめん。そうでした。
つまり、義経があのとき殺されず
いずれなんらかの形で排斥されるということなら
それをするのは、周り全体とか、時流でじゃないかなって
ことでご理解下さい。
頼朝がいなくても平家はいずれは滅んだともいえるな。
義経が今被ってる烏帽子から頼朝みたいな烏帽子になるのはいつ頃?
>>728 そりゃそう。
歴史ってそういうもんじゃないかね。
731 :
日曜8時の名無しさん:05/03/11 03:00:28 ID:YQas+6Ru
間違ってたらごめんなさいだけれど、大河の配役見ても、平教経役が書かれてなかった気がするんだけど、一体誰なんだろう??
まさか、出ないって事はないよね?(^o^;
>>731 徳重がくるという噂もある。
まだ決まってない模様。
733 :
日曜8時の名無しさん:05/03/11 03:19:37 ID:YQas+6Ru
そうですか!
732さんありがとうございます。
一ノ谷〜壇ノ浦まで、義経を苦戦させた、平氏の猛武将なので、強そうな人が演じてほしいですね!
本スレでちょっと話題になってたんで、こっちで質問したいのですが、
義経の時代について、参考となる史科・物語って
「吾妻鏡」「平家物語」「義経記」以外に何がありますっけ?
源平盛衰記
736 :
日曜8時の名無しさん:05/03/11 13:19:40 ID:+VbW3LAw
>>734 「玉葉」(九条兼実の日記)
「愚管抄」(天台座主・慈円の日記)
737 :
713:05/03/11 13:28:05 ID:Ufg5r1WW
皆さん有難うございます。
頼朝が義経を殺す気が無かったと思えば義経は死ぬ必要は無かったって事ですかね?
三種の神器が絡んでいるとは思ってませんでした。
高校のときにちゃんと授業聞いておけばよかったw
>>735-736 情報ありです。さっそく調べてみます。
>>737 高校の授業では無理かと…。
そういえば、最近の教育だと「鎌倉幕府の成立」って何年なんでしょうね。
最近は、年代不特定って説が有力だと何かの本で読み、去年ある中学の教科書を見てみると
確かに、1192年とはっきり書いていなかったのですが…。
>>737 >頼朝が義経を殺す気が無かったと思えば義経は死ぬ必要は無かったって事ですかね?
うーん、歴史のIFなんで微妙なんですが、個人的にはNOだと思います。
頼朝の考えは「鎌倉武士団の総意」なわけで、頼朝がやらなくても北条氏を初めとした鎌倉武士団の誰かが義経を倒したと思います。
すでに出てますが、その後の頼朝の息子の二代将軍「頼家」が鎌倉武士団に追い出された事実、
また三代実朝が朝廷に近づきすぎたために暗殺された事実をみれば
義経が勝手に官位をもらったりするような態度は武士独自政権を狙う鎌倉武士団にとって
それが源氏であっても容赦なく排除すると思います。
それに、頼朝は酷い扱いはしたものの、それは個人的な恨みとかではなく、武士政権のための行動であり、
最初に牙を向いてしまったのは義経のほうであり、最後に手をかけたのも藤原氏であり頼朝じゃありません。
殺す気がなくても、武士政権設立のための行動の果てに止められなかった死ともいえるわけで。
結局、義経の不幸のは「時代の変革に気付かなかった天才武将」という悲劇なわけで。
740 :
日曜8時の名無しさん:05/03/11 19:30:50 ID:JnvoQa/M
>>738 最近の社会科って歴史における三種の神器の重要性とかちゃんと教えてないよね。
古典の授業で平家物語の解説を聞いて初めて理解する高校生が多そう。
(「重衝の身柄と三種の神器を交換しないか?」ってところとかの解説で)
つーか範頼でさえ理由にならない様な理由で頃してる頼朝が、平氏をあっさり破っ
た義経を生かしておくとは思えんな。
>>741 前提が「頼朝が義経を殺す気がないとしたら」という話だからね。
頼朝が殺す気なくても、鎌倉武士団殺すから結果は一緒だろってことでは?
>>738 手元の本によると、
a) 1183 朝廷から東国支配を承認される
b) 1184 幕府の政治機構の原型が整う
c) 1185 守護・地頭の任免権をゲット
d) 1190 右近衛大将となる
e) 1192 征夷大将軍となる
f) 1221 承久の乱で全国支配確立
ってことで、いろいろあるらしい。
以仁王に応じた源氏の中で、
自分の立つ位置の危うさを正確に認識していたのが
頼朝ってことだったんではないかな。
その上で、利用されるだけでなく利用する気概を見せたのが。
>>739 よくわかりやすい解説ありがとう御座います。
お牧の方の陰謀なんかで暗殺されそうですね?