自己紹介的な話はこのくらいで、本題の災害報道の話
テレビってどういうイメージか(会場数名に問いかけ)
311の地震発生時のNHKの放送を会場に流す
NHKではアナウンサーが震災報道について手記を書いた。今回は佐藤龍文アナ、伊藤健三アナ、横尾泰輔アナの手記を紹介
佐藤アナは、津波のことを伝えられなかったことを後悔してた。
緊急地震速報のマニュアルには、津波のことは伝えないことになってたから伝えないのは
当然だったが、その後東北地方のほとんどが停電になったことを考えると、短い時間でも伝えておくべきだったと。
伊藤アナは、深夜にやっていた訓練のおかげで自分を見失わずに放送できたと回顧
横尾アナは、2万人を超える犠牲者を出したのは自分の報道も一因だったのではないかとかなり落ち込んでた。
15:15頃に、釜石に津波が襲来した映像と、東北三県の津波の予想高さが引き上げられたことと、余震という3つの要素が
同時に飛び込んできて正確な情報が伝えられなかった。
また前任の仙台局で地形や地震などの予備知識を学んでいたがそれが先入観となってしまって想定以上の
災害に対応出来なかったと
そして武田アナが初めて放送に入った15:55ころからのNHKの仙台名取川河口の映像を会場で放映
武田アナ自身もこの映像はトラウマになっていてきちんと見ていない。
出てくる映像を伝えるのが精一杯だった。
震災後、500名いるNHKアナウンサーの約半分が集まって会議がもたれた
(その時の模様の写真として、登坂アナや仙台局の金子アナを紹介。登坂アナに関しては
「ネットでは麿と呼ばれてるらしいですが」と紹介)
被災地の局からはAKの報道姿勢を怒られたりもした。
また、群馬大学の片田教授からも、アドバイスがあった。
茨城県大洗町の防災無線では震災当時、「避難してください」ではなく「避難せよ」と町長が
消防長に指示して、結果的に犠牲者がでなかった。
あとで住民に聞くと防災無線をきいて「ただことではない」と感じた
これらのアドバイスを参考に、まだ正式に決まってはいないが、NHKでも「〜すること」
「逃げてください」というようにマニュアルを改定することを考えている。
現在緊急警報放送に対応したテレビは日立のwoooだけで対応機種はあまりない
採用機種が増えるよう働きかけをしている
視聴者にも、テレビがライフラインという意識を共有していってもらいたい
本編は以上