日経新聞系列の医家向けサイト「Med Wave」に、「奇跡の詩人」疑惑
についての問題提起が現われました。 これまでこの問題に関心を
向け、公然と批判や疑問を提起してきた医者は、たらこさんなど
ごく少数でしたが、こうして「医療専門総合サイト」が“事件”として
問題提起したことで、医者の世界でも認識がひろまり、公然たる
批判を述べる人々がでてくるでしょう。
(こうして身障者や障害児を喰いものにした詐欺同然の商売が
批判されていく動きは大歓迎です。 ただし、詐欺同然のドーマン法
やFCに“救い”を求めようとする家族の心をどう受け止めるかが、
医師たちにも突きつけられていると思います。)
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【以下は「Med Wave」に載った記事の転載です。】
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【 MedWave Open Mail No.139 /2002/07/12 】
|________ 医療専門総合情報サイト MedWaveが発信するメールです。
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http://medwave.nikkeibp.co.jp/ ====================================
◆7.10 NHKスペシャル「奇跡の詩人」の疑惑(医師も戸惑う健康情報)
http://medwave2.nikkeibp.co.jp/wcs/med/leaf?CID=onair/medwave/tpic/195474 コラム「医師も戸惑う健康情報」が最新情報を発信しました。今回は、4月28日に
放映されたNHKスペシャル「奇跡の詩人」に焦点を当てています。著者は、番組を見
終わったとき、「なんとなく違和感が残った」そうです。番組に登場するのは11歳の
脳障害の男の子。彼は、身体障害とともに知能を回復させるため、ドーマン法という
特殊なリハビリに取り組みました。その結果、知能の回復はめざましく、特別な方法
を使って自己表現し、すでに数冊の本を出版するまでに・・・。ところが、NHKに批
判が相次いだように、著者も「本当にこれらが彼の発した言葉であれば奇跡といえる
かもしれない。しかし、本当に彼の言葉なのか、実は何の確証もない」と指摘してい
ます。
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「Med Wave」サイト: 医師も戸惑う健康情報
http://medwave2.nikkeibp.co.jp/wcs/leaf?CID=onair/medwave/colm04/195176 コラム
医師も戸惑う健康情報 / 小内 亨(おない内科クリニック副院長)
◆奇跡の詩人疑惑 (2002.7.10)
4月28日に放映されたNHKスペシャル「奇跡の詩人」を見終わったとき、
なんとなく違和感が残った。ただし、その時隣で見ていた妻に私の心情を
そのまま話すことをためらった。もし、私と違って、この番組を見て彼女が
感動していたらどうしよう。後日これは杞憂であったことが判明した。
やはり妻もこの番組の内容はおかしいと思っていたのだった。
この番組に登場するのは11歳の脳障害の男の子である。彼は、身体
障害とともに知能を回復させるため、ドーマン法という特殊なリハビリを
行っている。
身体機能の回復はほとんどなさそうだが、知能の回復はめざましく、
今までに2千冊の本を読んだという。四肢はほとんど思うように動か
ないため、Facilitated Communicaion (FC)という方法を使って自己
表現している。すでに数冊の本も出版しており、彼の書いた詩や文章は
人々に感動を与えている。本当にこれらが彼の発した言葉であれば
奇跡といえるかもしれない。しかし、本当に彼の言葉なのか、実は何の
確証もない。
【つづく】
【つづき】
その後NHKに寄せられた投書も、半数が感動したというものであったが、
半数はその内容に不信感を抱いたものであった(1)。この番組の問題は
早くからインターネット上でも議論になっていたようだ。そして、あのオウム
真理教の追求で有名となった弁護士、滝本太郎氏もホームページ上で
この番組の問題を指摘した。その内容は最近本にまとめられた(2)。
男の子のつかっているコミュニケーション法、FCとは、患者が文字盤や
コンピューターのキーボードを利用してメッセージを伝えることを介助者が
身体的介助を用いて助ける方法である(2)。そのテレビ番組では、介助役
の母親が左手で彼の手をしっかり持ち、彼女の右手に持っている文字盤
を指ささせている。そして、指された文字を母親が読み上げるのだが、この
一連の動作が恐ろしく早い。何しろ、1秒間に3文字を読み上げるという
のだ。よく見ると、母親は手に持つ文字盤も彼の指に合わせて細かく動か
している。彼は時々あらぬ方向を見ていたりする。パソコンのキーボードを
打つときにブラインドタッチという方法(キーボードを見ないで打つ方法)が
あるが、キーボードがいっしょに動いては正確にキーは打てないはずだ。
この様子を観察すると、語られる言葉が男の子のものではなくて、介助
する母親の言葉ではないかという疑惑がわく。
このFC法やドーマン法と呼ばれるリハビリ法は以前より米国などでは
問題となっているらしく、米国の小児科学会などは科学的根拠がないと
両者に対する批判声明を出している(3,4)。効果が実証されていないにも
かかわらず、高額な費用をとることなど、がんやアトピー性皮膚炎を対象
とした怪しい民間療法を連想させる。
問題はそれにとどまらない。NHKスペシャルというブランドが民間療法に
お墨付けを与えたことになっているからだ。「奇跡」を連発する宣伝本なら、
皆眉唾付けて読むであろうが、NHKが「奇跡」といえば、そのまま受け取る
人も多かろう。障害児を持つ親たちにとっては迷惑な話だ。あの番組を見て
感動した人たちは、なぜそのリハビリをしないのかと障害児の親を責める
かもしれない。あるいは、子供に「奇跡」を起こす機会を逸してしまった自分
を責める障害児の親もいるかもしれない。滝本氏の本にはその他数々の
問題点が挙げられている(2)。
現代は、「癒し系」などという言葉が流行るとおり、多くの人が心地よい
感動を求めている。恐らくこの番組も「奇跡」を見せることで視聴者に感動
を与えようとしたに違いない。しかし、本来「奇跡」というには「奇跡」たる
根拠が必要である。この番組の製作者は話題性に目を奪われ、冷静な
検証作業を怠ってしまったのだろうか。NHKは弁明の中で専門家の意見
も聞いたと主張している(5,6)。しかし、問題は専門家に聞いたかどうかに
あるのではない。テレビという強力な影響力を持つメディアで何をどのよう
に伝えるべきか、製作者が批判的に考えていたかどうか(critical thinking)
が問われているのである。
■参考文献■
1) 朝日新聞2002年5月10日「障害児の番組でNHKに賛否」
2) 滝本太郎、石井健一郎編著、「異議あり『奇跡の詩人』」、同時代社、2002年
3) American Academyof Pediatricsのドーマン法(パターニング)に対する批判声明
http://www.aap.org/policy/re9919.html 4) American Academyof PediatricsnのFC法に対する批判声明
http://www.aap.org/policy/re9752.html 5) 朝日新聞2002年5月13日「NHK、番組内釈明」
6) 4月28日放送「奇跡の詩人」について
http://www.nhk.or.jp/special/schedule/top2-0205xx.html ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■