「奇跡の詩人」データ&意見の整理・収集スレッド

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以下は疑似科学批判の良書、「ハインズ博士 「超科学」をきる」(テレンス・ハイン
ズ著、井山弘幸訳、化学同人)の第15章「はびこるいかさま療法」でドーマン法に
言及した箇所を段落ごとに分け(@〜I)、抜粋しました。

ペンシルヴェニア州フィラデルフィアにある人間潜在能力開発研究所のグレン・ドー
マンとカール・デラカト(教育学博士)とロバート・ドーマン(医学博士)の三人は、
パターン化と呼ぶ治療法を開発した。この方法によれば、児童の脳障害の効果を克服、
あるいはもっと正確にいえば回避することができるという。彼らの考えでは人間の脳の
発達は連続した段階を順次経て成長することであり、できあがった大人の脳には各発達
段階に対応する領域があるという。彼らの見解に従えば、児童における脳の障害は一つ
の段階が「遮断」されていて、たとえその上の段階に障害がなくともその「遮断」が解
除されるか回避されない限り成長はあり得ないということになる。ここで問題のパター
ン化が導入される。この発想は極めて単純なものである。遮断領域を克服する、すなわ
ち遮断領域を迂回するには、まだ障害を受けていない次の段階がどんなものかを確認さ
せればよいという。つまり、次に進むべき段階に固有の行動様式を、何度も何度も毎月
毎週毎日と繰り返し子供に学習させるのだ。恐らく、この反復学習がハッキリとは分か
らないものの何らかの効果を及ぼし、「高次のレベル……の機能を阻害している障壁を乗
り越える」結果となるのであろう。このタイプの治療法の背後にある考え方を理解する
為に、一つ例を挙げることにしよう。ドーマンが記述している生後10ヶ月の乳児メア
リーの事例を考えてみよう。メアリーは「耳が聞こえないも同然」の状態にある。しか
しメアリーは普通の子供のように驚かすと反応して思いがけず大きな声をあげる。これ
は本当の聾でないことを示している。このようにメアリーは通常の驚愕反応を示してい
る。ドーマン−デラカト・システムによれば、驚愕反応は聴覚能力の第一段階にあたっ
ている。従って、メアリーには高次のレベルの神経組織に「遮断」が生じているのだか
ら、彼らは治療の一環として、何度も何度も繰り返しメアリーを驚かすことになる。と
りわけ「母親は毎朝起きてから30分間の間、音を出してメアリーを刺激した……すな
わち、メアリーの耳元で拍子木を叩いてびっくりさせる行為を延々と続けたのである。
毎回3秒間隔で10回、これを24日間続けたのであった」。
シーンの事例は、実際に行われたこのタイプの治療法の別の一面を教えてくれる。シ
ーンは6歳の男の子であり、「触知能力」の第三段階に支障を生じていた。ドーマン−デ
ラカルト・システムでは、これは子供が寒暖の区別をしにくくなっていることを意味す
る。シーンは触知能力の第二段階までは問題がなかった。こちらは熱と冷の知覚に関係
している。第三段階で「遮断」が起きているため、シーンは第四段階の活動ができない
でいるのだ。この次の段階は「平面に見える物体の立体性を触って知覚する」ことに関
わっている。では彼らはどのような治療を行ったのか?母親はシーンに触覚刺激を与え
たのである。シーンの両手を交互にぬるま湯と冷水の入ったタライに入れてやって、そ
の間母親は、こっちは暖かいわね、そっちは冷たいわね、と説明してやるのである。1
0回手を浸してから、今度は子供の手をよくもんでやり、気持ちいいでしょと母親は声
をかける。かくしてシーンは、毎回300回ずつ温水と冷水とに手を突っ込み、30回
のマッサージを受けたのだ。
 話だけ聞いていると、このような治療法は風変わりで効果がありそうに思えないこと
であろう。このような尋常ならざる回数の刺激が如何にして治療上の効果を持つのか、
そして彼らのいう「遮断」が如何にして除かれ回避されるのか、ドーマンは決してこの
問題に触れようとしない。そもそも、治療にあたった子供に脳障害があったことの証拠
らしきものは一切示されておらず、心理学上の問題である可能性も排除されていないの
だ。さらに彼らの治療のすべての計画の出発点となっている「ドーマン−デラカト発達
段階表」は、基本的な点で間違った脳組織の理解に基づいているのである。「発達段階表」
では、脳の発達がいくつかの異なる段階に振り分けられ、その段階を人間は順次連続的
に進んでいくことになっている。それぞれの発達段階は脳の特定の部位に結び付けられ
ている。第一段階は脊髄と骨髄であり、第二段階は脳橋と呼ばれる脊髄の上の部分、第
三段階は中脳となっている。そして第四から第七までが、順に「初期」、「早期」、「始源
期」、「洗練期」の大脳皮質に対応する。そのほかには「能力」の六つの領域もあり、視
覚、聴覚、触覚、操作、言語そして運動に関わりのある部位が決められている。これら
の能力のいずれかに特別な振る舞いが見られれば、その原因はその能力に対応する脳の
部位の発達状況に帰着されるのである。例えばメアリーの場合、驚愕反応は聴覚能力の
第一段階にあたっていて、それゆえ脊髄と骨髄によって制御されていることになる。
 実際の脳の発育過程や脳組織に関する知識にこの発達段階表を照らし合わせてみると、
基本的に多くの点で間違っており、その全貌を指摘し尽くすことが不可能に近いほどで
ある。紙面の都合上、間違いの中でも余りにひどくて話にならないようなものだけを紹
介しよう。まず第一に、脳や脊髄は、ドーマンが主張しているように脊髄から脳へと順
次発達していくようなことはない。脳−脊髄系は全て互いに独立して発達するからだ。
例えば、大脳皮質は脊髄がすっかり発育する以前に独自に成長していく。第二に、先に
紹介したようにドーマン達は皮質を四つの異なるタイプに分類しているが、脳の最も発
達した領域である皮質が、実際どのように区分されるかについては既に膨大な研究成果
があがっていて、彼らはこうした知識を全く無視している。皮質組織に関して100年
程前から知られていた知識と、彼らの区分の仕方とは真っ向から対立しているのだ。
シーンの事例は、ドーマンとデラカトの脳の考え方によく見られる誤りを我々に教え
てくれる。「平面に見える物体の立体性を触って知覚する」ことができるようシーンに教
えるためには、まずシーンに温水と冷水で練習させなければならなかった。ところが、
温度知覚に関わりの深い脳と脊髄の領域は触覚や感触に関わりを持つ領域とは解剖学的
にも機能的にも分離されている。物体の立体性を触って把握するのに必要なのは当然後
者のほうである。だから、温度感覚を媒介する脳の領域に生じた障害を繰り返し練習す
ることで排除できたとしても触覚を媒介する脳の部位には何の効果も及ぼさないのだ。
脳障害のある子供の治療法を開発するような人間は、当然、神経解剖学の基礎を勉強
しているはずだと誰もが考えるだろう。ところがドーマンとデラカトに限ってそれはあて
はまらない。例えば「輪郭知覚」は脳橋と呼ばれる脳の下部構造に機能が集中しているこ
とになっているが、実際は脳橋には視覚機能はない。輪郭知覚は、通常視覚皮質の機能と
して知られている。この事実はとくに新しく発見されたものではなく、少なくとも195
0年代後半には分かっていたことだ。また視覚能力の領野にある「形態内部の細部を把握
する能力」は中脳の機能だとされているが、そもそも中脳にはそうした視覚機能はなく、
細部を把握する働きはやはり視覚皮質に固有のものである。さらに中脳には「有意味な音
を聞き分ける能力」が宿っていることになっているが、実際には中脳は聴覚刺激に対して
何の役割も持たないのだ。これもまた大脳皮質の機能であり、聴覚皮質として知られてい
る。
ドーマンの言い分では、人間潜在能力開発研究所にはこれまで何百人もの人が子供を
連れて現れ、感覚刺激を反復する彼らの治療法が効果を発揮し、子供の状態が良くなった
ことを報告したらしい。このことはどう説明したらよいのか?第一に言っておかねばなら
ない点は、ドーマンが脳障害があると認めた子供達が本当に脳障害を起こしているとは、
ハッキリと言い切れないという点だ。一部の子供達は様々な情緒的、心理的そして行動上
の問題を抱えていた。こうした問題は自然と解消してしまう場合が多い。この問題の自然
消滅が、ちょうど両親がせっせと厳しい治療計画を遂行している最中に起きたとすれば、
子供の行動面での変化は当然その治療法の効果として評価される。例えその治療が子供の
変化と一切関係を持たなかったとしてもである。第二に、確かに脳のある領域の部位によ
っては発達が遅れている場合もある。しかし、遅い早いがあっても最終的には普通のレベ
ルに達するのだ。つまり、治療など施さなくとも、放って置けば普通のレベルにまで子供
は成長するのである。ここでもまた、両親が治療法を実行している最中にこうした遅れを
取り戻すような変化が現れれば、やはり治療計画の効力にその原因を求める傾向が強くな
るのである。
健康を売り物にする「いかさま療法」の特徴の一つは、この治療法はどんな病気でも
治します、という聞こえのよい口上である。このことを心に銘記しつつ、ドーマンの著書
のタイトルを読んでみよう。実に興味深い。『こんな子供をもったらどうしますか?―脳挫
傷の子供、脳障害を持つ子供、精神遅滞児、知能に欠陥のある子供、脳性麻痺の子供、け
いれん性麻痺の子供、無気力な子供、頑固な子供、てんかんの子供、自閉症の子供、アテ
トーゼの子供、過敏症の子供』。この本の末尾にあげられている「参考図書」のなかには、
アデル・デーヴィスが書いた栄養関係の本が2冊含まれており、そのうちの一冊が『健康
に子供を育てましょう』であることもまた興味深い。この本の中には少なくとも一人の子
供死に至らしめたアドバイスが書かれていたことは既に述べた通りである※。
※第14章「ダイエットと健康食品のワナ」P296〜P297。前掲書の指示に忠実
に従いビタミンAを大量に摂取させられた子供は発育障害を引き起こし、両親から腹痛
止めに塩化カリウムを与えられた生後4ヶ月の乳児が死亡。
実際のところ、脳障害の成人のリハビリテーションを行う正規の治療法でさえ、すなわち
言語療法とか理学療法などでさえ、せいぜい限られた効果しかない。成人の脳卒中患者に
対する正規の療法の効果について、リンドは「脳卒中患者に見られる機能回復は、主とし
て自然治癒によるものだ」とまとめている。それに脳卒中の後にリハビリテーションを受
けた患者のほうが受けなかった患者よりも回復が速いという研究成果には、重大な方法論
上の欠陥があることをドンボヴィー、サンドック及びバスフォードが指摘している。リハ
ビリテーション療法は療法士や患者から効果のあるものだと信じられている。しかし、そ
の効果の原因は、リハビリテーションが脳卒中の直後から最初の数ヶ月の間に行われる
場合が多いことにあるのだ。つまり、劇的な自然治癒が一番起こりやすい時期にリハビリ
テーションの期間が重なっているのである。そうした場合、回復の効果はリハビリテーシ
ョンによるもので決して自然治癒とはされない。このように、自然治癒にではなく何らか
の治療法に患者の回復の原因を求める傾向が、幼児期の脳障害の場合においては特に顕著
となる。しかし子供の脳は成人の脳と比べてはるかに回復しやすくできている。従って脳
障害が行動面の結果として現れる可能性も、子供でははるかに小さい。このよく知られた
現象によって、ドーマンを代表とするいかさま脳療法士達が声高に宣伝する「奇跡的な」
治癒が事実でないことを説明できるのである。