【国内】新聞は戦争の被害者なのか「戦争のたびに部数が伸びる」「毎日新聞後援、関東軍主催、満州事変」
1 :
◆tpCCidmJeSC0 @Whale Osugi ★@転載禁止:
http://www.nikkei.com/article/DGKDZO72101750R30C14A5TZ1000/ 2014/06/01 日本経済新聞朝刊13面 熱風の日本史(40)「新聞は思想戦兵器なり」(昭和)――経営優先、戦争熱煽る、美談で飾り、部数V字回復(終)
「新聞は、今までの新聞の態度に対して、国民にいささかも謝罪するところがない。詫(わ)びる一片の記事も揚げない。
手の裏を返すような記事を載せながら、態度は依然として訓戒的である。(略)敗戦について新聞は責任なしとしているのだろうか。度し難き厚顔無恥」
日本国民が太平洋戦争の敗北を知ってから4日目の1945(昭和20)年8月18日、作家の高見順は日記にこう記した。
新聞人が無責任で反省していなかったわけではない。元朝日新聞の主筆で、戦争末期の小磯国昭内閣で情報局総裁を務めた緒方竹虎は戦後、
「軍の方からいうと、新聞が一緒になって抵抗しないかということが、始終大きな脅威であった。従って各新聞社が本当に手を握ってやれば、
(戦争の防止は)出来たんじゃないかと、今から多少残念に思うし、責任を感ぜざるを得ない」(『五十人の新聞人』)と述べている。
これは現在でも語られる「スタンダード」な新聞の戦争責任論だ。新聞が連帯して軍に抵抗し、戦争に反対する勇気を持たなかったという懺悔だが、
「主犯は軍部、新聞は不承不承の従犯」という被害者意識もにじみ出ている。しかし、それだけではない「不都合な真実」がある。
◆ ◆ ◆
日本の国際連盟脱退(1933〈昭和8〉年)前に、日本の新聞で唯一脱退反対を唱えた時事新報記者の伊藤正徳は「新聞は戦争とともに発展する」
(『新聞五十年史』)と断言している。日露戦争(1904〈明治37〉〜05年)では大手新聞の部数は軒並み3倍に増えた。
「ジャーナリズムは日露戦争で、戦争が売り上げを伸ばすことを学んだ」(半藤一利・保阪正康『そして、メディアは日本を戦争に導いた』)、
「戦争のたびに新聞の部数が飛躍的に伸び、新聞社のビルが大きく高くなっていった」(岩川隆『ぼくが新聞を信用できないわけ』)
昭和初期、世界恐慌と緊縮財政の影響で新聞の部数は落ち込んでいた。31(昭和6)年9月18日に勃発した満州事変は、挽回の絶好のチャンスだった。
各新聞社は大量の記者を満州に派遣し、写真などを空輸するため飛行機を飛ばした。
大阪朝日は9月11日から翌32年1月10日まで131回の号外を出した。特派員の事変報告演説会は東日本で70回、聴衆は60万人。
各地で4002回もニュース映画が上映され、1000万人が見たという(前坂俊之『メディアコントロール』)。
紙面では「肉弾(爆弾)三勇士」のような美談が掲載され、国民を熱狂させた。各社は写真展などの展覧会や国民集会を主催し、戦争ムードを盛り上げた。
経済紙の中外商業新報(現在の日本経済新聞)も「満蒙時局大観」という12ページのグラビア紙面を作った。
とくに大阪毎日・東京日日(現在の毎日新聞)の戦争賛美は際立っており、「あくまで支那の非違を責め、支那の反省改悟(かいご)するまで、
その手をゆるめ」るなと社説(9月27日付)で軍を叱咤(しった)。「毎日新聞後援、関東軍主催、満州事変」といわれた。
32(昭和7)年12月19日の各紙には、満州国を不承認とした国際連盟の決定に異議を申し立てる全国新聞・通信132社の共同宣言が掲載された。
翌年の連盟脱退を促す結果になり、新聞は国家をミスリードし始めていた。事変報道で新聞は売り上げのV字回復を果たした。
そして6年後、再び「稼ぎ時」がやってくる。37(同12)年7月7日の盧溝橋事件から始まった日中戦争は、報道合戦をさらにエスカレートさせた。
◆ ◆ ◆
当時、ラジオが爆発的に普及し始めており、速報性で劣る新聞は焦っていた。
最新の写真電送機などを駆使し、戦場写真と郷土部隊の活躍を美談で粉飾した記事をより早く読者に届けることに腐心した。
兵士の安否を知りたい家族は新聞をむさぼり読んだ。速報重視は情報を吟味せず、既成事実を追認していくことになる。
事件発生当初の不拡大方針を撤回し、派兵を発表した7月11日の夜、近衛文麿首相は在京の新聞・通信社の幹部を官邸に呼び、挙国一致の協力を要請。
新聞側は快諾した。
>>2に続く
2 :
Whale Osugi ★@転載禁止:2014/06/01(日) 20:49:03.64 ID:???0
だが、政府はムチの音も響かせる。13日、内務省警保局は「時局ニ関スル記事取扱ニ関スル件」として、記事差し止め事項の通牒(つうちょう)を
突きつけた。「反戦・反軍的」「日本国民を好戦的・侵略主義的との疑念をもたせる」などの記事が禁じられた。
1931(昭和6)年の満州事変から45年の太平洋戦争終結までの長い戦時体制下、新聞は国民の敵愾(てきがい)心をあおり、戦争を「聖戦」
と美化し続けた。言論統制時代に「やむなく」という面もあったが、営利のため進んで戦争熱を演出していた事実がある。
弾圧を受けた被害者というよりも、「軍部とともに日本を亡国に導いた共犯」との厳しい批判もある。
言論規制の中心となった法律は出版法(1893年)と新聞紙法(1909年)だった。
新聞紙法には「安寧秩序紊乱(びんらん)」の取り締まり項目があった。社会の安定を乱す言論は禁止するということだが、具体的に何が問題かは
明記されておらず、無限に拡大解釈が可能だった。
戦前・戦中に言論を統制する法令は30近くあったが、そのなかでもあらゆる権限を政府・軍部に与えた「オールマイティー」の法律「国家総動員法」が
1938(昭和13)年4月1日に公布される。同法は41(同16)年3月、新聞を含むすべての事業の開始から解散までを政府が勅令で統制・命令できる
ように改定された。
これをもとに新聞事業令・出版事業令が公布され、メディアは言論だけではなく事業そのものの生殺与奪の権を政府に握られることになった。
軍部テロの五・一五事件(32年)、二・二六事件(36年)で一部の新聞が批判報道を行ったが、新聞界全体は沈黙した。
国家の言論統制が完成されつつあったためだが、新聞自身にも危機感が欠如していた。
-----------------------以下略---------------------------------------------------
戦争が起こってくれないと潰れるニダ
戦前はお前らマスコミが戦争を煽ってただろ。
6 :
名無しさん@0新周年@転載禁止:2014/06/01(日) 20:51:20.55 ID:N/Bmd1P50
朝日の旗が物語るのであった
7 :
名無しさん@0新周年@転載禁止:2014/06/01(日) 20:51:20.87 ID:I9+ZUM/Si
朝日と毎日は戦争を煽っていました。
間違いなくA級戦犯です。
↓主に朝日新聞です
太平洋戦争を煽ったのもマスコミだった
http://www.chitobe.com/bbs/bbs.php?i=200&c=400&m=150167 私がまだ共同通信の記者をやめる直前の『沈黙のファイル』の取材で、同僚と一緒に
太平洋戦争開戦前夜の参謀本部作戦課の内情を調べたことがある。作戦課は陸軍
大学校出身の超エリート参謀二十数人からなる陸軍の中枢機関で、国防方針に基づ
いて作戦計画を立案し、約四百万人の軍隊を意のままに動かした。
その作戦課の元参謀たちに
「 勝ち目がないと分かっていながら、なぜ対米戦争を始めたのか 」
と聞いて回ったら、ある元参謀がこう答えた。
「 あなた方は我々の戦争責任を言うけれど、新聞の責任はどうなんだ。
あのとき新聞の論調は我々が弱腰になることを許さなかった。
我々だって新聞にたたかれたくないから強気に出る。
すると新聞はさらに強気になって戦争を煽る。
その繰り返しで戦争に突き進んだんだ 」
この言葉は私にとってかなり衝撃的だった。というのも、私はそれまで新聞は軍部の
圧力に屈して戦争に協力させられたのだと思い込んでいたからだ。それが事実でな
かったとしたら、私たちが教えられた日本のジャーナリズム史は虚構だったということ
になる。
軍部も新聞に押されて引くに引けなくなったんだよな。言論統制なんて最後の最後だけ。基本新聞の方が戦争を煽ってた
マスコミって人の不幸が飯のタネじゃん
テレビや紙面では偉そうに正義ヅラして裏じゃ悲惨な事件を手ぐすね引いて
待ち構えてるだろ
11 :
名無しさん@0新周年@転載禁止:2014/06/01(日) 20:54:20.23 ID:5VFXKR4M0
朝日新聞
1日目:朝鮮人が井戸に毒をいれているらしい?
一般人「まじか。殺してでも止めよう」→グサ
2日目:事実でした。でもみな殺しました。
こんなことやる朝日をなぜ韓国人は擁護するんだろう?
日本のサヨクジャーナリズムは呪われている
日本のサヨクジャーナリズムは血塗られている
戦前軍国賛美、文革賛美、ポルポト賛美、北朝鮮は地上の楽園
チベット・ウイグル黙殺、中共賛美、中国の核はキレイな核
日本のサヨクジャーナリズムが賛美するところ、必ず多くの人々が市んでいる
反米アジア主義と、東アジア共同体
戦前から現在まで、日本のサヨクジャーナリズムは全く変わっていない
戦前 → 日本が主導の、反米アジア主義と、東アジア共同体
現在 → 中国が主導の、反米アジア主義と、東アジア共同体
戦前・戦中は、日本の軍国主義を煽り、多くの日本国民を市に追いやった
戦後は、GHQに脅されてコロッと転向、日本が悪かった!日本が悪かった!
GHQが引き上げたら、今度は共産主義を煽り、共産国家の大虐殺の片棒を担ぎ
共産主義がコケたら、歴史認識!歴史認識!日本が悪かった!日本が悪かった!
これが日本のサヨクジャーナリズムの歴史の全てである
日本のサヨクジャーナリズムが賛美するところ、必ず多くの人々が市んでいる
そして自らの責任回避のために、日本が悪かった!日本が悪かった!
これが日本のサヨクジャーナリズムの歴史の全てである
まさに狂っている、血塗られている、犠牲になった人々の呪いの叫びが聞こえる
朝日新聞、毎日新聞など読んで平和を語ってる奴は、無知か頭の病気かどちらかだろう
正しく歴史を勉強すれば、朝日新聞、毎日新聞を見たら軍靴の音が聞こえてくるはずである
13 :
名無しさん@0新周年@転載禁止:2014/06/01(日) 20:56:12.24 ID:bvlF2RE10
やっとこういう論調に出会った気がする。
14 :
名無しさん@0新周年@転載禁止:2014/06/01(日) 20:56:20.35 ID:hOksEScC0
朝日毎日「部数が伸び悩んでいる。そうだ、日本をおとしめて中国に攻めてもらおう!」
15 :
名無しさん@0新周年@転載禁止:2014/06/01(日) 20:56:40.41 ID:GFkst4K30
加害者です
むしろ煽ってたからな
勝てる戦争何故やらぬ
とか言ってたし
扇動者では
18 :
名無しさん@0新周年@転載禁止:2014/06/01(日) 20:58:35.03 ID:VPrFoH8i0
\\ 見っ直そう 見直そう♪ //
(⌒) .(⌒) (⌒) .(⌒) (⌒) .(⌒)
( ´・●・)つ ( ´・●・)つ ( ´・●・)つ
( 二つ ( 二つ ( 二つ
\./ /、 \./ /、 \./ /、
∪`J ∪`J ∪`J
我が家の新聞見直そう 嘘つき垢非を見直そう (サァ) 解約だ!解約だ!
\\ シャバダバダバダバダバダバー //
\\ シャバダバダバダバダバダバー // チョンコ!ピポパポ
(⌒) .(⌒) (⌒) .(⌒) (⌒) .(⌒)
( ´・д・.】) ( ´・д・.】) ( ´・∀・.】)<あ、もしもしゴミクズ垢卑を解約したいんですが
『朝日新聞の戦争責任』
・天声人語-神風賦。 「いやしくも日本人たる以上 、例外なく、
玉砕精神がその血管内に脈打っている事実がここに立証せられた」と
日本人が死を選ぶのが当然という主張をした。
・「欲しがりません勝つまでは」「撃ちてしやまむ」は戦時標語の代表で、
朝日新聞はこの標語の普及に当たり、紙面や催しを通じて大キャンペーンを実施し、
有楽町元日劇壁面には、左の兵士の写真を畳100枚分で展示した。
紙面では13回にわたり、撃ちてしやまむのタイトル付記事を掲載。
国民の戦意を掻き立てた。
・実際には完敗したミッドウェー戦を勝利したように解説。
戦果と味方の被害数字はデタラメ。
ttp://www.geocities.jp/tamacamat/sonota09.html
20 :
名無しさん@0新周年@転載禁止:2014/06/01(日) 20:59:11.05 ID:Pr26tImd0
北海道新聞って、北海道内にあったローカル新聞を無理やり統合して
作った新聞社なんだって。
21 :
名無しさん@0新周年@転載禁止:2014/06/01(日) 20:59:12.33 ID:n/c2vsUG0
変態新聞取ってる人って変な人が多いよね
戦争を熾してまで新聞売りたいほど売れなくなってきたのかね
朝日新聞が大日本帝国政府から弾圧を受けて戦争を煽ったどころか
軍と結託して煽ったことを朝日新聞自身が記事に書いているw
東京朝日新聞主催「盧溝橋事件一周年座談会」
http://www.geocities.jp/yu77799/rokoukyou/zadankai10.html これは最後のページですが、当時の支那駐屯軍の報道担当の将校の発言から、
支那駐屯軍の戦線拡大派(この座談会の出席者)と東京朝日新聞社が結託し、
政府、軍中央の不拡大路線をなんとか一撃必殺論に覆すため、
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
都 合 よ く 世 論 を 煽 動 し て 成 功 し た 、 ということが
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
あっさりと明らかにされています(赤字部分の発言内容など)。
しかも当時、 朝 日 は こ れ を 自 慢 し て 紙 面 に 載 せ て い ま す。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ちなみにあの牟田口廉也も出ています。
>政府、軍中央の不拡大路線を
>政府、軍中央の不拡大路線を
>政府、軍中央の不拡大路線を
当時の政府と、軍中央は不拡大路線だったのね
24 :
名無しさん@0新周年@転載禁止:2014/06/01(日) 21:01:47.74 ID:O4buoEfV0
新聞、雑誌の世論扇動
「米国ともし戦ったなら」等の記事で一般国民煽った。
そりゃ中に人がいるから思想も偏って当たり前
「うちは左です」「うちは右です」って言えばいいのに「我々は公正中立です」なんて言いながら偏ってるから問題なワケだし
26 :
名無しさん@13周年@転載禁止:2014/06/01(日) 21:04:37.51 ID:dcpVMYDH0
アカヒ新聞はチョンと同じ
自分の罪は一切認めず全て他人のせい
新聞記者は過去の自社の新聞を読んでいない!
読んでてたらとても言えないことを言ってるからなー、
28 :
名無しさん@0新周年@転載禁止:2014/06/01(日) 21:09:11.30 ID:QXhSXFgi0
被害者ではなく扇動者。
29 :
名無しさん@0新周年@転載禁止:2014/06/01(日) 21:10:58.56 ID:uw/cldc70
戦前の朝日新聞による国民洗脳をご覧ください
「ああこの日本帝国に生れ合はした幸運、朝鮮人も祖国日本のため米英撃滅に参加出来る喜びをお察し下さい、
今こそ靖国の英霊の仇を討って見せます、天皇陛下万歳、大日本帝国万歳」(昭和17年5月15日)
「この(米鬼の)野獣性こそ東亜の敵なのだ。
敢えてここに掲げる英霊の前にわれわれは襟を正して”米鬼撃滅”を誓おう」(昭和19年8月11日)
「もう米英に関する限りそれこそ徹底的に報復を加えねば止まぬぞ。
支那事変を速かに処理し、全力、全憎悪を米国に向けよ。
米兵に対しては、もはやなんら仮借する(許す)必要はない」(昭和19年8月13日)
「本土決戦必ず勝つ 敵近づけば思ふ壺 その機掴んでわが戦力爆発 特攻隊に学ぶ」
(敗戦3週間前 昭和20年7月25日)
「いかに敵が焦慮の新戦術を実施しようとも、一億の信念の凝り固まった火の玉を消すことはできない。
敵の謀略が激しければ激しいほど、その報復の大きいことを知るべきのみである」
(敗戦前日 昭和20年8月14日)
加害者だな
主犯だよ
今の日本では、まずあり得ないけど、万が一の事が起こった時に、真っ先に制限をかけられるのは、ネットな気がする。
33 :
名無しさん@0新周年@転載禁止:2014/06/01(日) 21:15:18.38 ID:erRrCf220
朝鮮人と同じで加害者だろ
かの有名な「百人切り」もヘンタイ新聞の捏造。氏名を出された本人は中国で無実を訴えて自害した
これでも"被害者面できる"っていうのがヘンタイたる所以だ
そして、今、軽減税率適用を狙ってマスゴミ揃って消費税増税賛成大合唱
36 :
名無しさん@0新周年@転載禁止:2014/06/01(日) 21:26:56.19 ID:bgx3rYip0
>>27 ある程度は知ってるよ
しかし新聞屋の中では
「あの時代は言論の自由が無かった、報道の自由も無かった」
「自分たちも言論弾圧を受けた被害者」
だったことになってるw
だから、戦前は民主主義や言論の自由がない暗黒の時代でなければならないのね
大正デモクラシーとかも完全無視
実際は、総理大臣で陸軍大臣だった東條英機を 「腰抜け」 とまで罵って戦争煽ってたわけだが
総理大臣で陸軍大臣を 「腰抜け」 と罵って戦争煽れるほどに、言論と報道に自由はあったわけだが
日本のマスゴミは戦争犯罪者の巣窟
オウムにも劣る狂信者の巣窟
満州や中国から撤兵出来なかった最大の理由は、「世論が許さない」だからな。
新聞だけじゃなく、国民みんなが戦争を望んでたんだよ。
反戦記事を書いたら、不買運動で新聞社が潰れかけたって話もある(この話、朝日新聞だっけ?)。
どうした日経
珍しくまともなこといってるような・・・・
主犯だろ
またマスゴミ新聞が
憲法改正を反対したり、公共事業を悪いものだとミスリードして
日本を戦争への道に導いているからなあ
戦争=反対しづらい理由で財政出動ができる
超デフレだったアメリカは日本との戦争で一気にデフレを解消
戦争という選択肢を取らせないために、
デフレ解消のために普通に公共事業などの財政出動をすればいいのだが
なぜか国の借金がとかいう、円建の日本国債に対して
意味不明な理由で反対しまくるマスゴミ
42 :
名無しさん@0新周年@転載禁止:2014/06/02(月) 00:16:28.53 ID:08q4AiQI0
∧_∧
( *・ー・)彡 クメール・ルージュはカンボジア共産党のことだよ♪
⊂ 産 つ それを率いるポル・ポトは150万人を虐殺したと言われている
人 Y 特に知識人階級は全滅して、その後の復興が妨げられたんだ
し (_)
│カンボジア解放勢力のプノンペン制圧は流血がほとんど
│見られなかった。アジア的やさしさにあふれている
│ (1975年4月19日朝日新聞夕刊)
└──v─────────────────
∧_∧
(-@∀@)
._φ 朝⊂)
/旦/三/ /|
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| .|
|共産革命命|/
43 :
名無しさん@0新周年@転載禁止:2014/06/02(月) 00:20:55.56 ID:08q4AiQI0
↓ 実際に毎日新聞が、海外へ発信した報道テロです。 検索 → 毎日新聞 WaiWai
__
イ´ `ヽ 「日本ではファーストフードで女子高生が性的狂乱状態」
/ /  ̄ ̄ ̄ \ 「日本の六本木のレストランで豚を獣姦し、その後食べた」
/_/ ∞ \_ 「日本の母親は息子成績を上げるため息子と性的関係をもつ」
[__________] 「日本では小学校に通うごく普通の少女たちが放課後、売春婦として働いている」・・・っと。
| 、" ゙)(__人__)" .)| ___________
\ 。` ⌒゚:j´ ,/ j゙~~| | | |
__/ \ |__| | | |
| | / , 毎日新聞 \n|| | | |
| | / / r. ( こ) | | |
| | | ⌒ ーnnn |\ (⊆ソ .|_|___________|
 ̄ \__、("二) ̄ ̄ ̄ ̄ ̄l二二l二二 _|_|__|_
. .カチカチ
44 :
名無しさん@0新周年@転載禁止:2014/06/02(月) 00:35:03.83 ID:9CZsV+Zf0
加害者の間違いだろ
長年特ア焚き付けてきたのも飯のタネだもんな
45 :
名無しさん@0新周年@転載禁止:2014/06/02(月) 00:39:03.59 ID:tVYoPELJ0
連盟脱退→「我が代表堂々退場!」
対米開戦→「頼りない米兵 五里の行軍も無理by御用学者」
新聞だけじゃないよ
開戦直前は、軍人が婦人雑誌の表紙を飾ったりして無茶苦茶だった
マスゴミは全力で戦争を煽ってた。
47 :
名無しさん@0新周年@転載禁止:2014/06/02(月) 00:55:16.74 ID:tWN9IaZt0
加害者だろ。ふざけんな!!
ネット時代になったことですし、戦争に期待しても
新聞の部数は伸びない予感ですねえ (^o^)ノ
朝日なんかスパイまでいたんだろ。
今も同じかw
50 :
名無しさん@0新周年@転載禁止:2014/06/02(月) 01:00:35.42 ID:omUGtWzh0
(熱風の日本史)経営優先、戦争熱煽る
第40回「新聞は思想戦兵器なり」(昭和) 美談で飾り、部数V字回復
2014/6/1付 日本経済新聞 朝刊
ttp://www.nikkei.com/article/DGKDZO72101750R30C14A5TZ1000/ 〈余聞〉ユダヤ陰謀論 さかんに
戦時中の新聞は神がかり的な精神論、必勝論を書き続けた。「個人も軍隊も精神的に負けた時に
のみ負けるのである」(1943年9月4日毎日社説)、…
(中略)
異様なのがユダヤとフリーメーソンの陰謀論がさかんに論じられていることだ。「英米とソ連)両者を
支配するものは、(略)ユダヤ民族なのである」(43年12月30日毎日新聞社説)、「(世界征服の野望を
抱く)ユダヤの陰謀こそは一億国民が瞬時にも忘れてはならぬ」(44年1月22日読売報知)
51 :
名無しさん@0新周年@転載禁止:2014/06/02(月) 01:04:44.36 ID:omUGtWzh0
>>50 訂正
「英米とソ連)両者を
↓
「(英米とソ連)両者を
えーと、1の内容読まずに一言。
被害者じゃないだろ?
新聞が煽るんだろ?しかも大げさに。
で、売れるんだろ?
どう考えても利益を享受する側だろ。
最近だと地震か
クソの役にも立ちやしねえ
>>50 「異様なのが」って、事実やん。
ルーズベルトはユダヤ人だし、
スターリンはグルジア人だとされてるがユダヤ人のはず。レーニンからしてそうなんだから。
そして原爆開発はアインシュタインから始まってオッペンハイマーまでユダヤ人だからな。
資源不足だった第二次世界大戦中期以後の日本で、新聞という資源の無駄にしかならないものが発行できていたのがすごい。
英国にバルフォア宣言でイスラエル建国させたのはロスチャイルドだし、
米国はロックフェラー財閥だからな
第二次大戦後はイスラエルめぐって中東戦争起きてるだろ
57 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/06/02(月) 09:23:08.84 ID:Yd6bC/Kg0
【my日本総会】田母神俊雄 前航空幕僚長講演
全国3万人の会員
10-09-26 18:30 配信
検閲・焚書について
「戦勝国が歴史を作り敗戦国はそれを強制される。
しかしどこかで書き換えなければいけない」
「戦後徹底的な検閲がおこなわれた。ラジオ・新聞テレビ。
検閲のガイドラインがあってアメリカの悪口や日本をほめたらダメ。
検閲後の情報しか与えられない。日本はダメだ。
アメリカが素晴らしいという情報だけが流される。
だから一般の日本国民に真実が伝わらない」
「朝日新聞が昭和20年9月18日16時から48時間発行停止になった。
これはアメリカの気に障ることを書いたから。
鳩山一郎代議士の『広島・長崎の原爆投下、東京大空襲は国際法違反』というコメントを
掲載したんです。この頃の朝日新聞はまともだったんですね」
しかし「これ以来、朝日新聞は反省し昭和20年9月20日を帰して、
すっかりいい新聞になって現在に至ることになった」
「焚書というのがありました。日本にとって都合のいいものはすべて。
7000種類以上の本が燃やされた」
http://www.yamatopress.com/c/2/4/3033/
58 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/06/02(月) 09:27:23.86 ID:iO/CE92v0
>>54 第二次世界大戦終了までスターリンは確かにそっちの仲間だった
被害妄想になってベリヤに殺された
ラヴレンチー・パーヴロヴィチ・ベリヤ
ソ連とアメリカはイギリス(支配層)の操り人形だった
59 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/06/02(月) 09:29:10.91 ID:vNrbhEDe0
戦争のたびに部数が伸びる ×
敵国同士を争わすためにCIAが購入してる ○
60 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/06/02(月) 09:31:32.97 ID:ZHgB4s0wO
東京新聞あたりを見てるとやってることは戦中と変わらない
61 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/06/02(月) 09:37:42.06 ID:U8ZPxPNi0
リメンバー 尾崎秀美
63 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/06/02(月) 09:53:09.20 ID:scN9Oddq0
昨今の9条改正に関する報道も同じだな
隣国からの侵略を防ぐべくしてとりかかっているのに
それをドンパチ始める口実にしようとしているのは新聞側だ
64 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/06/02(月) 09:56:50.91 ID:dveOia9G0
どう考えても戦犯はメディア
よーく考えると、戦争したい軍人ってのはいない
最初に死ぬのは誰か、自分だからだ
自分が死ぬのも、かわいがって育てた部下を失うのも、
そんなやつはいない。いるとしたら狂人だ
では権力者はどうか。現在の地位を脅かされかねない
実力者、政治家、そんなやつらも戦争したいわけがない
では国民が望んだのか?
国民は戦勝報道に酔いしれるが、国民皆兵の体制下、
戦争になればいいなんて思うやつは皆無、
そも平和を望まぬ奴は天皇陛下、国家への反逆だ
じゃあ一体誰が、ということになる
そりゃ国民を煽り、戦争をショービジネスとしかとらえられない
マスコミが一番の加担者となる
マスコミがいけいけなら国民もイケいけになり
政府も軍部もイケイケにならざる得ない
逆から考えれば、
メディアがいけいけ→国民がイケイケ→政府がイケイケ→軍部がイケイケ→天皇が渋々了承
この過程での押さえ込みがだんだんと聞かなくなっていくのである
65 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/06/02(月) 10:00:19.10 ID:dveOia9G0
>>55 半分の大きさで中身も薄いタブロイド版だしな
そも毎日発行ではなくなった
とりあえず情報媒体は必要だし
66 :
(^。^)実は工作員@転載は禁止:2014/06/02(月) 10:04:18.27 ID:IdeVDsPwO
67 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/06/02(月) 10:04:18.65 ID:dveOia9G0
>>37 うむ、新聞がほんとに統制されたのは昭和18年の中野剛正の東条批判あたりからだな
所信表明演説を論評したのが東条の気に触ったらしい
しかも負けはじめで軍があせり始めた頃だった
68 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/06/02(月) 10:05:58.28 ID:dveOia9G0
だいたい報道機関じゃなく、言論機関になってるのがおかしい
新聞社としては常に他国と軽い紛争状態であることが好ましかったんだろう。新聞が売れるもんね。
現在のマスゴミの姿を見れば容易に想像できるわ。パチンコ、カルト宗教など日本屈指の汚い金を平気で貰って批判もしない。金のためならモラルなんて関係ない、昔も今もゲス野郎。
そのくせ自分たちは聖人君子かのような物言いをする。
国民に対する加害者。
日本の新聞の発行部数と価格は異常。
71 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/06/02(月) 10:34:08.38 ID:y4EeaWjC0
■「滋賀県の戦後史」・・・戦後1946年〜1949年、韓国から朝鮮人が滋賀県に3万人以上も侵略してきた
戦後1946年、1年間で滋賀県琵琶湖周辺に侵略した朝鮮人は3万人を越え、朝鮮人学校に22校も占拠された。
http://2ch-dc.mine.nu/v3/src/1342619029967.jpg <参考資料>
_ |ヽ
/ヽ/ |/ |
| ヽ
ヽ ヽ-ヘ
| 琵琶湖 /
┌− /
/ ノ
/ ∴ /
丿 / ̄
|_ / ̄
/ _/ヘ/
| |
京都府 大津市 / > 大津市 「朝鮮部落解放」同和が支配する在日の町
◎ ←6km→● / /
\ |
∨
1946年の1年間に、大量の朝鮮人侵略者が流れ込んだ京都から大津市まで6Km
戦後1946年〜、韓国から武装した「朝鮮進駐軍」と供に京都に大量に侵略した韓国朝鮮
密入国者は、滋賀県にも3万人以上が大量に侵略してきた。野原だった琵琶湖周辺に侵
略者が住み付き、広範囲にわたり侵略者の朝鮮人集落「部落」が出来た。
終戦後、1946年の1年間で滋賀は朝鮮人侵略者が3万人、そして朝鮮人学校として22校
を提供させられた。侵略者の朝鮮人は親も子供も日本語が話せないまま部落を作り定着。
その後は部落差別だ・同和・人権だと権利を主張し、現在では県政、市政、国政まで支配
している。
>>66 近衛を叩いてるのは官僚(軍人)の罪を軽減したい連中
73 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/06/02(月) 10:58:20.24 ID:7Wy7VYyS0
なーんだ
新聞の部数が減って困るってんなら戦争起こせばいいんだって?
「また」戦争煽ればどう?朝日とかさあ
部数増えるよ
74 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/06/02(月) 11:20:20.38 ID:C20RHw3+0
75 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/06/02(月) 11:24:22.44 ID:QMIKVC6p0
その新聞に戦争を煽るように支持したのは財閥でした。
軍人に戦争するように誘導したのも財閥、これマメな。
満蒙が生命線(藁) 満蒙に利権を持っていた財界がやった世論誘導
76 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/06/02(月) 11:26:02.40 ID:8Zc2Npka0
なかなか対米戦に踏み切らない東條を腰抜けと非難したりもしましたね
>>72 実際軽減されて然るべき
軍部全体としては日華事変拡大こそ渋々の従犯だわ
78 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/06/02(月) 11:50:43.81 ID:LDwctwyc0
【マスコミに煽られて仕方なく戦争した】
なら政府や軍部は最低。
マスコミも「勇ましい記事は売れる」な批判点はあるが、権力者では無い。
・満州後も中国介入工作を計る。
・「対英米戦を辞せず」の南下方針。
・ハルノートの前から「交渉不調なら対米戦決定」の方針。
はマスコミではなく軍部や政府の判断。
79 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/06/02(月) 11:56:12.42 ID:LDwctwyc0
自虐史観の反動か、当時の軍部をやたら擁護・美化の輩も多い。
彼らの得意技は責任転嫁。
権力者じゃ無いマスコミを元凶と言ってみたり。
あと○○の陰謀論も目立つ。
>>54-56とか「世界がユダヤを操ったせい」みたいに言ってるが、
反ユダヤのスターリンをユダヤ人とかデタラメ。
原爆開発にユダヤ人関与とか、イスラエルが現地紛争の種とか、
世界を操ってる根拠になってない。
80 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/06/02(月) 11:59:13.12 ID:sFSuHjTl0
部数増やす為に戦争させたいって話か
本当、クズだな
81 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/06/02(月) 12:00:20.36 ID:LDwctwyc0
>>77 >軍部全体としては日華事変拡大こそ渋々の従犯
拡大派も普通にいただろ。
A級戦犯とか、極東裁判を肯定する訳では無いが、
武藤章は盧溝橋を「面白い事が起きた」と歓迎。
東条英機は参謀長の立場なのに自ら兵団を指揮し、北部で勢力拡大行動。
何のことはない
新聞も軍需産業なんだな
言論統制で仕方なかった?
ペンは剣より強いんじゃなかったのか?
反戦書いたら潰される?
なら書かなきゃいい
書かなきゃ報道の火が途絶えると言って、だからと言って粉飾記事で国民を騙していい事にはならない
新聞社も戦犯同様戦争犯罪を裁かれる必要があった
言論統制を言い訳にして、書かないという選択肢より粉飾記事で国民を騙す選択をしたんだから
新聞は最後まで戦争に荷担しながら逃げ切った卑怯者
>>78 日比谷焼き討ちの再来よりはマシって判断もあったんだろう。
これを煽ったのも、後のアカヒな。
84 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/06/02(月) 13:48:42.71 ID:PE5Af8030
日本の聖戦を擁護した朝日、毎日を何故お前たちは攻めるの?
お前達は日本の戦争が間違ってたとでも言うの?
欲しがりません勝つまでは
農政に国力注入して国民の腹を満足させてもそもそも市場規模の最低限〜maxの差は小さい。
少々が飢える世でも金を出せば俺ら少数が密かに贅沢な食事をやるくらいは出来る。
それより軍需に注入してもらえばより自分らの懐は遥かに潤う。
他にも財閥のために満蒙は日本の生命線などと煽っていたな。
満州に加えてシナの鉄道市場独占経営でも狙ってたんだろう。
大方財閥から金で買収でもされてたんだろマスコミも軍部も。
戦闘機やら軍艦やら納入するのも財閥よ。
買収したつもりが軍のバカが想定を遥かに上回るレベルまでカルト化して手がつけられなくなった。
国民は国民で弱腰と罵倒したり勇敢名将と褒めたりで軍人も名士になりたいし良く見られたいから迎合。
煽り煽られの狂ったスパイラルで外からの力でどうにもならないところに追い詰められるまで自浄することはなかった。
今、支那の軍政の反日宣伝拡声器に徹しているのは
ハナから、そういうことやな
今は情報統制が無い限りは、ネットが伸びても新聞は伸びない。
統制したら中国みたいに孤立して先進国から落ちてくけどね。
とりあえず戦争に備えて伸びるのは軍需産業と軍事技術だけでいいから。
スパイ防止法を制定して機密を守れる前提でだが。
新聞記者から大量に検挙されそうだw
報道の自由はネットに有るなら別にいいけどね。
まあ今は戦争反対を詐欺で叫ぶだけで部数が減ってくがな。
中国による侵略に無防備でやらせようと煽ってる工作員だ。
戦争への現実的な備えはネットで議論されれば、影響力も市場価値も伸びるだろう。
戦前から戦後の軍国から売国煽り程度では、今のネット民は釣られないだろ。
89 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/06/02(月) 16:29:45.67 ID:4GJDXiDN0
>>84 >日本の聖戦を擁護した朝日、毎日を何故お前たちは攻めるの?
面倒でもここのレス全部嫁
>お前達は日本の戦争が間違ってたとでも言うの?
俺の思う“日本の戦争の間違い”――真珠湾奇襲,特攻
90 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/06/02(月) 16:31:15.19 ID:2Y2cCs9/0
扇動屋なんだから儲かるだろ
>>1 どうしたんだ日経、と一瞬思ったが、戦時中の話だけじゃねぇか
戦後の売国奴連中の書いた記事を叩けない所は、やはり日経クオリティか
戦争を煽った新聞社:半藤一利「昭和史」から
http://japanese.hix05.com/History/showa/showa020.papers.html 昭和初期の新聞社が軍部と結託して戦争を煽ったことについては、
先稿「熱狂はこうして作られた:メディアの戦争責任」の中でも触れたところだ。
その中で、最も戦争礼賛に熱心だったのは東京日日新聞(今の毎日新聞)で、
朝日新聞などは批判的なところもあったと書いたが、それは事実ではなかったようだ。
半藤一利さんの「昭和史」を読むと、大新聞は一貫して戦争を煽り立てていたということになる。
新聞が戦争報道に熱心だったのは、戦争の記事が良く売れるからだ。
戦争のことを書き、勝った勝ったと叫びたてればたてる程新聞は良く売れるのだ。
だから新聞各社は、軍部と結託して戦争熱を煽り、読者の熱狂を新聞の売り上げに
結びつけようとした。軍部もそれをよく理解していて、戦争遂行に最大限新聞を利用した。
そして、メディアは日本を戦争に導いた [単行本]
半藤 一利 (著), 保阪 正康 (著)
出版社: 東洋経済新報社 (2013/10/11)
http://www.amazon.co.jp/dp/4492061916 内容(「BOOK」データベースより)
軍部の圧力に屈したのではなく、部数拡大のため自ら戦争を煽った新聞。ひとりよがりな正義にとりつかれ、
なだれをうって破局へ突き進んだ国民…。昭和の大転換期の真相を明らかにし、時代状況が驚くほど似てきた
“現在”に警鐘を鳴らす。
日本の戦争責任を追及する「朝日新聞」の戦争責任
──まず自分のアタマの上のハエをどうにかしろ
http://www.geocities.jp/pekin_chan/page034.html 戦後の朝日新聞の歴史は、偽善と自己弁護の歴史だったといっていい。「屠り去れこの米
鬼」「朝鮮、徴兵制に感激の波高し」「洋々たり我が資源作戦」と、戦争をひたすら礼賛し、国
民を逃げ場のない洗脳状態に放り込む先頭に立ったのが、朝日である。が、同紙は戦後、日
本の戦争責任を中国・韓国の意に沿って追及する側に見事に転じる。では、自らの戦争責任
について、朝日はどう総括したのか。
凄まじい戦争礼賛記事
朝日新聞が軍部礼賛の記事を掲載し始めるのは、満州事変以後のことである。
「満州事変以前の日本というのは、ちょうど現在の日本のような長期的不況に陥っていました」
と、前出の稲垣氏がいう。
「当時は、日本人全体に軍部に対する反感があり、軍人が軍服のまま電車に乗るとうしろ指をさされるような雰囲気
がありました。しかし、満州事変勃発以後、国民感情は転換する。満州国建国によって国内の閉塞感が一気に突き破
られる感じを受けたからなんですが、朝日はそれでもなかなか軍部を持ち上げるような記事は書かなかった。しかし、
そうした朝日の報道に九州の在郷軍人会が不買運動を始め、ライバルだった毎日新聞が、朝日は売国的だ、という内
容のビラを撒くようになる。そこで朝日は役員会を開き、方針転換をはかるのです。朝日は以降、堰を切ったように戦
争を肯定し、推進する論陣を張るようになりました。」
その変わり身の早さは、戦後遺憾なく発揮されるが、とにかく実際に当時の新聞を見てみるとそれは凄まじいの一語に尽きる。
いまだ戦争責任を取らず
その徹底した紙面は見事というほかないが、朝日と覇を争って軍国報道に血道を上げた毎日新聞が、終戦直後に
社長以下、有力幹部が責任をとって続々辞任したのに比べ、朝日は、社主の村山派と反村山派の権力抗争が
繰り広げられ、実に3カ月を経た11月に両派が退陣するまで、すべてが曖昧にされるのである。
稲垣氏(前出)がいう。
「前述したように、その末に出された『国民と共に立たん』という宣言さえ、軍部に責任を転嫁したものに過ぎません
でした。そればかりか朝日は戦後今度はGHQに擦り寄り、持ち上げ記事を掲載するようになり、事前に是非読んで
くれと、GHQに掲載前に記事を持っていくことまでしていたことが、米の公文書に記されています。要するに朝日は、
戦時中は軍部に擦り寄り、戦後はGHQ、そしてやがては中国やソ連という共産勢力に擦り寄って、時代時代に
現われる強い相手を礼賛する報道を続けるのです。変わり身の早さと、強い者にはとことん擦り寄るその姿勢は
戦前から一切変わっていませんね」
廬溝橋・謀略の銃弾
ttp://www63.tok2.com/home2/ahonokouji/sub1-44-2.html ゾルゲ事件
ttp://www63.tok2.com/home2/ahonokouji/sub1-44-3.html (a)ゾルゲとの出会い
尾崎秀實は朝日新聞社の特派員として上海に駐在中に多くの左翼人士と交わり、マルクス主義の信奉者になった。
尾崎はアメリカ人左翼ジャーナリスト、アグネス・スメドレーを通じて、ゾルゲと知り合った。
(c)尾崎らによる国家中枢世論の誘導
1937年(昭和12年)の4月ごろから尾崎は「昭和研究会」に入り、「支那問題研究部会」の中心メンバーとして活躍
していた。この「昭和研究会」は軍部とも密接な関係を持って、近衛新体制生みの親となり、大政翼賛会創設を
推進して、一国一党の軍部官僚独裁体制をつくり上げた中心機関である。
昭和13年4月、尾崎は朝日新聞社を退社、近衛内閣の嘱託となる。首相官邸の地階の一室にデスクを構え、
秘書官室や書記官室に自由に出入りできるようになった。
尾崎は、中国に親日政権を作り、それをくさびとして、あくまで日本と蒋介石を戦わせようとしたのである。
中国共産党は蒋介石を抱き込み、尾崎グループは親日政権を作らせて、日本と国民党政権をあくまで戦わせ、
共倒れにさせて、日中両国で共産革命を実現しようという計画であった。
(d)尾崎らによる日中和平妨害工作
尾崎は国内世論を誘導するだけでなく、和平の動きそのものも妨害した。
国民党副総裁であった汪兆銘は、蒋介石にコミンテルンの謀略に乗った抗日戦争を止めさせるよう願っていた。
尾崎らは、その汪兆銘を担ぎ出して親日政権を作らせ、それを以て日本と国民政府の戦いを続けさせようという
たくみな謀略をしくんだのである。
陰謀の海・真珠湾
ttp://www63.tok2.com/home2/ahonokouji/sub1-44-5.html
鈴木商店の真実
http://sansyabontai.blog.so-net.ne.jp/2012-08-17 この本の骨子というか城山三郎の本旨は「鈴木商店焼き討ちの原因は
三井財閥と結託した朝日新聞の煽動」というところにあり。
一介の個人商店の大成功が許せなかった三井財閥と朝日の利害が一致して
「鈴木商店(だけ)が米価を吊り上げている」というありもしない風評をしつこく流した
朝日新聞が結果的に民衆を煽動したのだと。
ここからが本筋と外れる重要部分だが、
焼き討ち後、米騒動のこれ以上のヒートアップを恐れた時の政府が新聞社に対して
「米騒動報道禁止令」を発令。
焼き討ち後も徹底して民衆の味方を演じた朝日が反抗し、これを糾弾する姿勢を示したところ、
その記事が「不敬罪」に当たるとして(困ったときは天皇を担ぎ出す絶対権力)政府、右翼から猛反撃をくらい
「発禁」を迫られる朝日新聞。
と。それまで民衆運動を支持してきた朝日は姿勢を一転して紙面に「これからは国のために尽くす」
意味の反省文とも取れる「宣言書」を発表。
この日は「日本に新聞がなくなった」「言論機関としての新聞が終焉した」日なのだと、城山は暗示する。
鼠―鈴木商店焼打ち事件 (文春文庫 し 2-1)
http://remix.idea-pocket.biz/em-line/gaicyukujo/index7.html 大阪朝日新聞が「米騒動は鈴木商店が原因」という全くでたらめな捏造を繰り返し、それに煽られた群衆によって
鈴木商店が焼き討ちされるという、全く不条理極まる事件を中心に、鈴木商店のダイナミックな活躍が活写される
面白い小説。
この作品からは、ポルポト、金日成、毛沢東、スターリンなどの虐殺専制政権や残忍極まるテロリストの実像を
一切伝えることなく、捏造によって理想化し、その結果もたらされる酸鼻を極めた大虐殺を楽しむ朝日新聞の体質
がこの頃から全く変わっていないことも判る。
2007年の朝日の紙面刷新初日の社説で、鈴木商店の大番頭だった金子直吉の発言の背景を捏造したことを
当時批判しましたが、城山三郎が「鼠」で明らかにしたとおり、鈴木商店焼き討ち事件は当時の大阪朝日新聞
による捏造キャンペーンに踊らされた暴徒によるものであり、その時のスローガンだった「コメの買占め」は
事実無根であり、大阪朝日が執拗に決め付けて報道してきただけの話でした。
その捏造、煽動の「犯人」である朝日が89年の時を経て、金子直吉が焼き討ち事件の非を詫びた、
という捏造を社説でやってのけたのにはどこまで腐りきっているのか、と憤りすら感じたのですが
(金子直吉は確かに「詫びた」が、それは昭和金融恐慌の引き金を引いた鈴木商店の破綻についてであり、
大阪朝日の捏造、煽動の被害者である焼き討ち事件について詫びてはいません)、
http://navy.ap.teacup.com/straphanger/2240.html 朝日新聞の本質(3)朝日の歴史
http://jm660.blog.eonet.jp/default/2011/12/3-9683.html ■ここで朝日新聞の流れを見ていく。
村山龍平と上野理一が大阪朝日新聞の創業の始。
・明治維新の後、新聞社が多数設立された。 小新聞の朝日。その設立秘話。
「政府は明治15年に三井銀行に1万円を交付して 朝日新聞の株式を所有させ、
銭両替渡世小野十作の名義とした」
−−−<私の追記>−−−
三井は明治維新で積極的に政府へ資金支援をし、 見返りに三池炭鉱を格安で払い下げて貰い、
アヘン戦争以降に麻薬が大流行していた中国に対し、 イラン経由で入手し販売していた(政府の口利きで)。
−−−−−−−−−−−−
・明治16年5月4日 上野理一が 三井銀行の西村虎四郎に送った書状
「社長村山が結んだ密約の事も 最初よりその事を捕翼するところもあり、
今その書および事実の大要をかんがえると、 わが社の新聞に記載するところ、
勤王すなわち官権主義を固執すると言えども、 表面的には政党に関せず、中立を仮粧(けそう)して、
間接にわが党論を主張、或いはこれを弁護し、 かたわら反対論者或いは
民権家の暴説を駁撃する等、これなり」
・政府は、大新聞の御用新聞派が潰れていくのが困った。
大新聞の「政府を非難」側は言論統制でつぶせた。 御用新聞は、ハッキリ言ってつまらなく人気薄。
・で、政府は新たに三井経由で朝日に資金提供し、 「隠れ御用新聞」に仕立て上げた。
加えて夏目漱石を送り込む等してインテリ新聞への転換も図った。
このインテリ路線が良かった。朝日は順調に部数を伸ばす。
・その後、明治27年に政府補助金が打ち切られる。
しかし、先の秘密協定がある限り、朝日は御用新聞。 だって、散々「表向き」は政府を非難していたが、
「実は御用新聞でした」と政府にリークされるとお仕舞い。
・そうです。最初の段階から裏のある新聞社だった。
−−−−−−−−−−−−−−−
■その後の朝日の活躍例を示す。
(1)大正7年の鈴木商店焼き討ち扇動
・鈴木商店(後の日商岩井)は、 第一次世界大戦で三井三菱に並ぶ大手商社になった。
・そして後の米騒動で、 「鈴木商店が買い占めて米価が吊り上がっている」 と事実無根の報道を流す。
結果、鈴木商店や焼き討ちに遭う。 後に判ったことだが、 実際には買い占めたり、隠し持ったりもしていなかった。
・実際には前年までは、米価下落で米を買って、 それを海外輸出していた。お陰で米価下落が止まった。 鈴木商店のお陰。
・また、この米騒動の年は、朝鮮で米が比較的余っていたので 輸入し朝鮮の米価下落に一役買っていたのが実状。
・この焼き討ちで喜んだのはライバルの三井だった。 このお陰で、鈴木商店は倒産に至る。
(2)明治38年の「国民新聞」焼き討ち
・日露戦争後、国力限界の日本は、 早期にポーツマス講和条約を締結し、
国力回復をと唱える国民新聞に対して、 再戦の覚悟で講和に反対して、
ロシアから良い条件を引き出せ! と徹底的に煽る。 結果、国民新聞は焼き討ち(5000人!)
※ちなみに国民新聞は徳富蘇峰が始祖で、 後の東京新聞(中日新聞ファミリ)。
(3)大正12年 関東大震災での朝鮮人暴動デマ
=============================
●「目Kと工廠の火藥爆發/震源地は太平洋にも:【甲府特電】
▼朝鮮人の暴徒が起つて横濱、~奈川を經て
八王子に向つて盛んに火を放ちつつあるのを見た
▼「不逞鮮人の一派は随所に蜂起せんとするの模様あり」
=============================
・これは全くの誤報です。
後々わかるのだが、 実際に、朝鮮人の暴徒が 横浜や八王子に放火したという事実など無い。
・しかし、ばらまかれた号外が、自警団のパニックを煽り、
「朝鮮人が暴動を起こす前に、対処しよう!」と。 集団パニックの状態だ。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
ちなみにこの号外の発信者は、
誰あろう、
「東京朝日」と「大阪朝日」だった。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
100 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/06/03(火) 00:39:42.58 ID:iDablEi60
小説家 高千穂遥のHP
http://www.takachiho-haruka.com/ 2005/01/19の日記より
まだ大学生だったから、30年以上前のことである。わたしは当時、朝日新聞の読者であった。
ある日の朝刊に、わたしが親しくしていただいていた某漫画家のコメントが掲載されていた。その内容を読み、わたしは驚愕した。
とてもじゃないが、その漫画家が言うような言葉ではなかったからである。
わたしはアパートをでて、その漫画家のもとに向かった。
漫画家の仕事場に着くと、かれは硬い表情で、わたしを迎えてくれた。新聞のコメントについて尋ねたところ、
「でたらめだよ。あの記事は」と即座に言い、「朝日の記者が電話をかけてきて、
『これこれに関して、あなたは古臭い因習だと思ってますよね』と訊いてきたので、『そんなことはない。ぼくは、それはいいことで、美談だと思っている』とはっきり答えた。
なのに、新聞には正反対のことが書かれている。これはひどい。だから、さっきマネージャーに抗議をしてもらった」と、つづけた。
「それで、どうなったんです?」とわたしは問うた。
「記者はコメントをねじ曲げたことを認めたよ」と漫画家は答えた。
「じゃあ、訂正が載るんですか?」
「それが、だめなんだ」漫画家は言った。「記者が言いきったよ。『誤りは認めるが、朝日は訂正を載せません』と」
「そんな馬鹿な!」とわたしは叫んだ。だが、それは事実だった。朝日は訂正を載せなかった。
わたしが朝日新聞の購読をやめたのは、その日のことである。
102 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/06/03(火) 01:38:12.99 ID:dhuW+ojWO
[大日本帝国海軍の不幸]
第一次大戦以後、ろくな海軍力も持たなかったソ連、中国、独、伊、仏相手では
戦ってもポイントが稼げなかったので
強大な海軍力を持つ英、米を敵として
大日本帝国海軍としては先輩の『胸を借りる』積もりだったのでしょう。
しかし、英米の両者が結束したら日独伊がまともにぶつかっても勝てる見込みは薄く
事実二年先行していた欧州大戦では独海軍は多少なりとも健闘したものの
伊海軍はからきし駄目で、ソマリア、リビア、ギリシャで負け続けました。
残念ながら、日本海軍もミッドウェー海戦までは余裕がありすぎて
まともに戦っている感じがせず、 ミッドウェーに向かう連合艦隊などは
乗組員に海上勤務手当を出すための一大観艦式のような陣形でありました。
(・o・)米英を敵にしたのは日本海軍の奢りもあるよね
戦後のマスゴミはユダヤの犬だから陰謀論ということにしときたいんだな。
アメリカによって焚書されたものの中にユダヤ関連に触れたものもあったろうに。
104 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/06/03(火) 10:33:15.51 ID:sm7s6QKm0
>>98 その結果台湾銀行がやばくなり益々キナくさくなってくわけね
とりあえずバカ日と侮日はととっと潰れろ
政府に情報統制を要請したのが同盟通信(共同通信・時事通信)の社長
情報統制・検閲の元締めである情報局総裁は朝日新聞副社長が歴任
107 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/06/03(火) 22:46:47.41 ID:QoQBpQYD0
敗戦国のマスゴミで責任逃れたのは日本だけ
それでも心あるほんの一部のジャーナリストは責任を感じ、マスゴミを去った
残ったのは責任逃れしか考えない、ろくでなしのゴミばかり
そのゴミばかりとなったマスゴミが、責任逃れしか考えない情報操作をやってきた
そのゴミばかりとなったマスゴミが、北朝鮮を賛美し、中国を賛美し、韓流を煽り、反米を煽り
そのゴミばかりとなったマスゴミが、ジャーナリズムを語り、平和を語っている
こんなゴミどもが語るジャーナリズム、平和などいかがわしいとしか言いようがない
ジャーナリズム、平和に泥を塗りたくってる、まさにマスゴミだよなあ
>>107 敗戦後ずっと米の意思が働いてるのよこの国のマスゴミ
今もね
>>34 自害はしてないだろ。処刑された。
しかし、100人切り報道こそが毎日朝日新聞の本質を表しているな
110 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/06/04(水) 19:28:58.54 ID:5O47eSTM0
朝日新聞批判かな?
111 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/06/04(水) 23:10:41.16 ID:U7f1Itq40
■■■ 朝日新聞編集局も 2chネラー ■■■
朝日新聞編集局員が2chで荒らし 差別表現投稿で「厳正処分」
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0904/01/news020.html 朝日新聞社編集局の社員が社内のPCから「2ちゃんねる」に不適切な内容の書き込みをしていたとして、
同社はこの社員を厳正に処分すると発表した。 2009年04月01日 00時56分
同社によると、この社員は編集局の校閲センター員(49)。
2月〜3月にかけ、朝日新聞社内のIPアドレスから、
部落差別や精神疾患への差別を助長する内容の書き込みを2chに複数回にわたって投稿していた。
無意味な文字列の連続投稿もあったため、2chの運営サイドは「荒らし行為」として、
朝日新聞社のIPからの投稿を規制していた。
3月30日夜、朝日新聞社に外部から指摘があったため調べたところ、社員が投稿していたことが判明した。
社員は「他の投稿者と応酬するうちにエスカレートしてしまった。悪いことをしました。釈明の余地はありません」
と話しているという。
同社広報部は「弊社社員が2ちゃんねるの掲示板にきわめて不適切な書き込みをし、
多くの皆さまに不快な思いをさせ、ご迷惑をおかけしたことをおわびします。
事実関係をさらに確認した上で、厳正な処分をいたします」とコメントしている。
--- 朝日新聞編集局の 2ch 書き込み ---
「失語症躁鬱ニート部落民はとっとと首つって氏ねよ。持ち家もない貧民のくせに。」
112 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:2014/06/04(水) 23:17:12.96 ID:etKyIQC80
>>1 やっと、マスゴミも罪を告白したか、と思ったら日経かよw
つーかさ、アカヒとかの戦前からのマスゴミ連中は、戦前は二大政党制時代に野党と組んで、与党を落とすために、軍部をヨイショして人気取りして、戦争に向かって日本をミスリードした反省ってしたっけ?
日本敗戦の一級戦犯の癖に、戦後はGHQのポチと化して、反日報道を行ったことを反省したっけ?
GHQが去った後、戦前・戦中やGHQ占領下での、マスゴミのミスや罪を告白する機会が生まれたのに、告白したっけ?
マジで、反省もせずに、日本に不幸を撒き散らすマスゴミの社員は死ねよ。
今も戦争煽ってるだろう?
中韓視点で
弱者の味方「朝日新聞」販売所のベトナム人に過酷な現場
◆ ジャーナリスト・出井康博/朝日新聞、朝日奨学会東京事務所
週刊新潮(2014/06/12), 頁:48
当時の朝日新聞が開戦開戦と国民を煽りまくったのは有名。
日本の新聞が戦争の被害者?ご冗談を。
日本の新聞が戦争を引き起こしてきたんだよ。
116 :
名無しさん@0新周年@転載は禁止:
ぼくが新聞を信用できないわけ 岩川隆 潮出版 冒頭の「ぼ」赤字
1989年 雑誌 「潮」 連載されたもの
東京都湯沢町 新潟日報報道部 潮出版 ほめ殺しかもしれませんが凄いね。
岩川さんはあの梶山季之の弟子だ。週刊誌のライターの先入観を持っていたが、資料を調べてまとめるのが上手だ。
事実を書きすぎると、流通しないの典型ですね。
月刊「潮」編集部が二十五年前(昭和四十六年十月号)におこなっている「特別企画・戦争中の新聞は何を書いたか=執筆者
100人の記録と告白」などはいまとなっては貴重な資料である。(中略)戦後のマスコミに残る唯一の証言集であり、
p78 岩川
興味のあるかたは、ぜひ