【社会】 「戦争になると国民を使い捨て」「残留兵は逃亡兵扱いで恩給なし」 中国残留の元日本兵、戦後の戦死事実を語る
952 :
名無しさん@13周年:2013/11/11(月) 10:21:05.52 ID:ic8Z/jP/0
ナチスの手口に学んで戦争が出来る国に!
↓
ハイル自民党!ハイル!あべぴょん←【今ここ】
↓
惨敗
↓
は?お前らなんて知らねーよ
文句あんなら最初から賛成すんなや自己責任だろ(笑)
953 :
名無しさん@13周年:2013/11/11(月) 10:24:29.68 ID:Zw3LJbyCi
コミンテルンが操ったのは朝日新聞と日本だけではない。
第二次世界大戦前、モンロー主義で国外問題不干渉で反戦だったアメリカの国内世論を南京大虐殺で反日に誘導し参戦に誘導したのはコミンテルンと中国共産党。
アメリカ国内で、反日運動を行ったのはコミンテルンの活動家で南京大虐殺について描いた「アジアの戦争」の著者エドガー・スノーらだった。
これが、南京大虐殺の最初の記述だとされている。
また、同様にジャーナリストとして日本批判記事をアメリカの新聞に送っていたスメドレーはゾルゲ諜報団のメンバー。赤狩りで国外脱出後、急死。
さらに「大虐殺」の証拠の一つとされた『ラーベ日記』筆者、ジョン・ラーベは、ゾルゲの活動を上海で支援していた赤軍諜報部員の友人だった。
当時、アメリカにはコミンテルンのスパイがたくさんいた。ルーズベルトの側近にもいた。ハルノートをドラフトしたハリー・ホワイトは、原案にあった日本が手をひく対象を「満州を除く中国」から「中国」に変えて日本を戦争に追い込んだ。
結局、アメリカは戦後、共産主義への防波堤だった日本を壊したことが失敗だったことを悟る。
アメリカ国内外で赤狩りがはじまり、ハリー・ホワイトは自殺。
なんと言っても「日本の敵」の真打は、ハーバード・ノーマンだ。
カナダ外交官で、戦前から終戦後にかけて「知日派学者」として名を馳せたノーマンは、マルクス主義者であり、コミンテルン工作員であった。
彼はケンブリッジ大学留学時にイギリス共産党に入党し、インド独立運動に関わった。
ちなみにゾルゲや朝日の尾崎秀美の一味のアグネス・スメドレーもベルリンでインド独立運動に携わり、その後上海に入っている。
ノーマンは、昭和12年に支那事変が始まると、スメドレーの親友で戦後「女性開放」運動に影響を与えたアメリカ共産党員の石垣綾子やキョ朝鼎、
また都留らとともに、アメリカ国内で反日、反戦活動を繰り広げた。
日本に石油を売ってはならない、中国を侵略している日本を孤立させていこう、と呼びかける反日集会を二ユーヨーク・ボストン・フィラデルフィアなど東部の主要都市で開催し、
昭和14年のアメリカによる日米通商航海条約破棄を大きく後押ししたのだ。
>>920 だから、武装放棄・全員除隊で上司もクビになってんだから命令権限が無いのw
命令した、命令していないの水掛け論
明確な証拠がなければ何もなかったと判断するしかないだろ
956 :
名無しさん@13周年:2013/11/11(月) 10:30:17.23 ID:ic8Z/jP/0
日本の水俣病やブラック企業や小泉改革の手口を見れば分かるが
日本はかなりの外道国家
従軍慰安婦問題が嘘と言い切れないのは明らか
957 :
名無しさん@13周年:2013/11/11(月) 10:30:45.86 ID:FbCJD1uL0
>>953 コミンテルンなんて言ってるから
ダメダメなんだよ。
コミンテルンは共産主義、青年〜から生まれた組織だろ。
そして共産はユダ金がものすごいサポートしてユダヤインテリに作らせた
自分らの理想とするワンワールドテーゼ実現の道具だ。
世界共産主義=ワンワールドだろ。
つまり、全ての敵はユダヤだ。
958 :
名無しさん@13周年:2013/11/11(月) 10:31:15.81 ID:k4JseOWM0
> 終戦後も約4年にわたり中国での戦闘を強いられた
人民兵なら仕方ないだろ
959 :
名無しさん@13周年:2013/11/11(月) 10:33:04.98 ID:FbCJD1uL0
>>957 > 世界共産主義=ワンワールド
は
世界共産主義=ワンワールド=グローバリズム
に訂正
960 :
名無しさん@13周年:2013/11/11(月) 10:34:25.20 ID:C0UygzAo0
日本軍が国民を使い捨てにしていたことは誰でも知ってる
961 :
名無しさん@13周年:2013/11/11(月) 10:37:59.64 ID:Zw3LJbyCi
日本降伏後の1945年9月、東京に赴いてノーマンはいち早く、マルクス主義憲法学者の鈴木安蔵と接触し、
「憲法研究会」と称する左翼グループを作らせ、GHQ草案に近似した憲法草案を公表させる工作に従事したのであった(原秀成「日本国憲法制定の系譜・V」2006年)。
この意味で「日本国憲法」は、単に占領軍将校が、一週間で作った「GHQ憲法」というだけでなく、もっとディープな「影の工作」をそもそもの基礎として生まれたという点で、
「ノーマン憲法」さらには、「コミンテルン憲法」という方が、より本質に近い呼び名であると思われる。
ノーマンはまた、戦犯指定を差配し、近衛文麿を戦犯指名するようGHQを動かした影の工作者でもあった。
近衛は昭和20年10月にマッカーサーから新憲法起草を指示されており、戦犯指名はされないはずであった。ところが12月に突如「戦犯」として逮捕命令が出され、出頭期日の12月16日に自殺することになる。
そして、朝日新聞は何の処分もなかった。それはコミンテルンの仲間だったからだ。
ノーマンはその後、第二次世界大戦後の冷戦下のアメリカで起きた赤狩り旋風の中で共産主義者の疑いをかけられ、
アメリカの圧力を受けたカナダ政府による審問を数回に渡って受ける。
そのようなアメリカからの圧力から逃れさせるべく、1953年には駐ニュージーランド高等弁務官に任命され、その後1956年には駐エジプト大使兼レバノン公使に栄転する。
しかし、都留重人を取り調べたFBI調査官によるアメリカ上院における証言によって「共産主義者」との疑いを再度かけられ、1957年4月4日に赴任先のカイロで飛び降り自殺を遂げた。
日本とアメリカは、第二次世界大戦にコミンテルンの誘導で突入した。双方とも得る物は無かった。
草の根のアメリカ保守は孤立主義なのだ。アメリカには資源も土地もあるのだから。
第二次世界大戦の勝者は、東ヨーロッパを手に入れたソ連と中国大陸を手に入れた中国共産党だったのだ。
962 :
名無しさん@13周年:2013/11/11(月) 10:38:09.40 ID:C0UygzAo0
東南アジアでもこんなのわんさかだからな
食料も現地調達だったし、使い捨ての駒だった
今でも福島人も見捨ててモルモットにしてるし
963 :
名無しさん@13周年:2013/11/11(月) 10:40:03.46 ID:ic8Z/jP/0
国民切り捨て
↓
いや、上官が悪いだけで国家は悪くない
↓
軍の指令書見つかる
↓
ぐ、軍が悪いだけで、
こ、国家は悪くないから(震え声)
>>48 辻とか、言う参謀、散々、己の稚拙な作戦で多くの将兵を死なせ、現場指揮官に
責任を被せ、自決させ、自分は終戦までのうのうと生き延び、あろうことか、
自民党から参議院に当選している。本当に糞野郎だ。
こんな厚顔無恥な卑怯者を崇めている保守層とは一体なんなのだ。
こんな奴を崇めているネトウヨとはなんなのか。
小一時間問い詰めてみたいわw
965 :
名無しさん@13周年:2013/11/11(月) 10:42:12.95 ID:5bhxQhTOI
終戦後の軍命はGHQが絡んでるんだろう
>>963 軍の最後の命令書は武装放棄と全員除隊だぞ?
卒業して10年経っても先輩ズラする奴の言う事を聞くのか?
>>954 一部部隊には召集解除が伝えられていなかった可能性が高い。
国民党側が日本軍の残留を希望し復員の妨害を画策したため、一部部隊
が鉄道管理部隊の名目で現地残留、その兵士には召集解除が伝えられな
かった。
ただその後帰国のチャンスは何回かあったはずなので一概に強制とも論
じられないんだけども。
968 :
名無しさん@13周年:2013/11/11(月) 10:46:30.66 ID:ic8Z/jP/0
団塊Jr .使い捨てと言えば小泉改革
この人達も純粋な気持ちで国防の為に命を捧げる覚悟で参加したのだろう
正直、こんな国民を騙し討ちするのが政治なのだよとドヤ顔される謂れはない
こんな外道国家に払う忠誠心などあり得ない
>>967 >46年2月上官に呼ばれた際のやりとりを述懐。「帰国の話で呼ばれたと思った
そりゃコイツが下っ端2等兵なら敗戦も知らなかった!って可能性があるかもしれんが
大尉で将校としてってのがポイントだろw
むしろ、コイツが部下から訴えられるのを避ける為に、俺も知らなかった!って言ってるだけなんじゃないか?
兵士と違って将校は軍事裁判に掛けられ易いだろ?
970 :
名無しさん@13周年:2013/11/11(月) 10:50:00.11 ID:Zw3LJbyCi
瀬島龍三など大本営の参謀はコミンテルンと連携し敗戦革命のために間違った戦争指導していた可能性すらある。
大本営には正しい戦果の報告が上がっていたが瀬島が握り潰していた。そして、楽観的作戦で敗北を重ねた。
この辺りは堀栄三大本営参謀の回想録 『大本営参謀の情報戦記』 に詳しい。
また、瀬島は敗戦直前に満州に軍使として渡り、ソ連と交渉。帰還できたがあえてせず、シベリアで赤化した日本のトップとなるべく訓練を受けたとされる。
また、シベリア抑留も日本の関東軍参謀がソ連軍と交渉し、賠償のかわりに日本兵を労働力として提供するという密約を交わしていたという説もある。
しかし、実際は賠償の代わりで無く、思想訓練して革命軍として使うつもりだったろう。
実際、抑留者は日本帰国時は「天皇島に上陸し、革命軍として戦う」とインターナショナルを歌いながら上陸した。
戦後、瀬島は伊藤忠でトップになったが、東芝のココム違反事件で、ソ連に工作機械を輸出する指示を出したのは瀬島とされている。
日本にとって第二次世界大戦はコミンテルンによって仕組まれ敗戦したのだ。
971 :
名無しさん@13周年:2013/11/11(月) 10:51:33.99 ID:50B7t4BNO
>>1 正確には使い捨てにされた人もいる、だ。
戦争に負けたんだからそんな境遇の奴も出るわな。
こういうのは 中帰連 でぐぐれば全てが見えてくる。
973 :
名無しさん@13周年:2013/11/11(月) 10:54:42.21 ID:RupHy9TF0
お国のために働いてくださった兵隊さんに対して「志願したから自己責任」とか言うネトウヨってやっぱトンスルなのか?
特攻隊のみなさんに対して「志願したから自己責任」と言うことと変わりないことを言っている訳だからな。
974 :
名無しさん@13周年:2013/11/11(月) 10:59:10.94 ID:EmGuzCpeP
975 :
名無しさん@13周年:2013/11/11(月) 11:00:47.80 ID:xEjUyxK9O
>>973 最近、ネトウヨになりすましたトンスルが増えてるよ。
>>929 1兵士の気持ちすら無視するのがあんたの愛国か
笑わせるな
>>973 ネトウヨにまともな考えを求めてはいけないよw
戦争になったら一番先に逃げ出すのは彼らだからねw
カウラ収容所という映画(石田純一の無名時代の映画)
見たら、よくわかる。
勇ましいこと言ってる奴が、いざとなったら一番情けないw
で、勇ましいこと言ってたやつ、実は実戦経験ゼロ。
戦わずに、あっさりと捕虜になったw
捕虜になってから勇ましいことを言い出して、皆を煽動して
暴動を起こす。
しかし、いざ、蜂起となった時、影に隠れて歌うたってやがんのw
最後まで、蜂起に反対していた石田が、いざとなった時には先頭に立った。
また、石田は、ニューギニア戦で白兵戦を演じ、死にかけていた所を捕虜になった。
この映画は、ネトウヨの正体を知るのにはいい参考になる。
>>976 除隊後に、各国の独立戦争に身を投じた兵士たちと同じ扱いだろ?
まして、コイツは兵士ではなく将校として、兵を率いる立場だったんだから
戦犯裁判を避ける為に、部下を利用した方だろw
対場考えろよなw
979 :
名無しさん@13周年:2013/11/11(月) 11:08:46.68 ID:Zw3LJbyCi
今回の中国共産党の日米離間策も、基本第二次世界大戦の時と同じだ。
キリスト教の信者が嫌がるような日本の非道を米国で非難しそれに日本で対抗する偽装右翼で反撃させる。
それを紙面で煽り拡大させ日米関係を悪化させる。
橋下の慰安婦問題をアメリカの報道官に聞いた例などその好例だ。
中国共産党-朝日新聞-近衛文麿-エドガースノー-南京大虐殺
中国共産党-朝日新聞-橋下・小泉親子-マイクホンダ-慰安婦問題
日本は同じ罠に二度嵌ってはいけない。
日本は、遠交近攻(えんこうきんこう)で「遠きと交わり近きを攻める」で行くべき。
「隣国を援助する国は滅びる。 」 --- マキャべリ ---
米英と親しくし、アジアでは東南アジアと親しくしすべき。
日本が成功した明治時代は日英同盟だったことを忘れてはならない。脱亜入欧まで言う必要はない。「脱特亜」なだけだ。
終戦前後の混乱は全て国の責任なんだよ。組織として崩壊していた日本軍兵士の行動は国が責任持って償うべき。
生き残るために部隊を離れた兵士も同じだ。
981 :
名無しさん@13周年:2013/11/11(月) 11:12:58.99 ID:Zw3LJbyCi
>>977 映画と現実の区別無く、映画で学習しているんだな。頭大丈夫か?日本人じゃないだろ?
>>978 混乱期、そして学徒動員で召集された兵隊なのに兵を率いたとか笑わせるなよ
国賊はお前みたいな奴だ
恥を知れ
>>977 さすがドラマを見て、大昔からカセットコンロがあったと思う民族は違うなw
ドラマ・映画と現実の区別がついてないなら病院に行った方が良いぞw
先天性朝鮮人は直らないけどw
だから現地で教練とか続けてた残留兵の大半は
アメリカの日本占領が終ると日本に帰国、大量復員したじゃん
恩給の再支給が決まったんで
ひとりしか残ってないのか。
命令しといてとぼけてる元上官を○○してもいいよ。
コミンテルンが操ったのは朝日新聞と日本だけではない。
第二次世界大戦前、モンロー主義で国外問題不干渉で反戦だったアメリカの国内世論を南京大虐殺で反日に誘導し参戦に誘導したのはコミンテルンと中国共産党。
アメリカ国内で、反日運動を行ったのはコミンテルンの活動家で南京大虐殺について描いた「アジアの戦争」の著者エドガー・スノーらだった。
これが、南京大虐殺の最初の記述だとされている。
また、同様にジャーナリストとして日本批判記事をアメリカの新聞に送っていたスメドレーはゾルゲ諜報団のメンバー。赤狩りで国外脱出後、急死。
さらに「大虐殺」の証拠の一つとされた『ラーベ日記』筆者、ジョン・ラーベは、ゾルゲの活動を上海で支援していた赤軍諜報部員の友人だった。
当時、アメリカにはコミンテルンのスパイがたくさんいた。ルーズベルトの側近にもいた。ハルノートをドラフトしたハリー・ホワイトは、原案にあった日本が手をひく対象を「満州を除く中国」から「中国」に変えて日本を戦争に追い込んだ。
結局、アメリカは戦後、共産主義への防波堤だった日本を壊したことが失敗だったことを悟る。
アメリカ国内外で赤狩りがはじまり、ハリー・ホワイトは自殺。
なんと言っても「日本の敵」の真打は、ハーバード・ノーマンだ。
カナダ外交官で、戦前から終戦後にかけて「知日派学者」として名を馳せたノーマンは、マルクス主義者であり、コミンテルン工作員であった。
彼はケンブリッジ大学留学時にイギリス共産党に入党し、インド独立運動に関わった。
ちなみにゾルゲや朝日の尾崎秀美の一味のアグネス・スメドレーもベルリンでインド独立運動に携わり、その後上海に入っている。
ノーマンは、昭和12年に支那事変が始まると、スメドレーの親友で戦後「女性開放」運動に影響を与えたアメリカ共産党員の石垣綾子やキョ朝鼎、
また都留らとともに、アメリカ国内で反日、反戦活動を繰り広げた。
日本に石油を売ってはならない、中国を侵略している日本を孤立させていこう、と呼びかける反日集会を二ユーヨーク・ボストン・フィラデルフィアなど東部の主要都市で開催し、
昭和14年のアメリカによる日米通商航海条約破棄を大きく後押ししたのだ。
>>982 こいつ、他で自分で中隊長って言ってるから階級は大尉だけど?
>>1でもおまえは一番若い将校だから残れと言われた
ってちゃんと書いてあるじゃんw
二等兵や一等兵という下っ端じゃなく、数百人を率いる大尉様なのw
日本降伏後の1945年9月、東京に赴いてノーマンはいち早く、マルクス主義憲法学者の鈴木安蔵と接触し、
「憲法研究会」と称する左翼グループを作らせ、GHQ草案に近似した憲法草案を公表させる工作に従事したのであった(原秀成「日本国憲法制定の系譜・V」2006年)。
この意味で「日本国憲法」は、単に占領軍将校が、一週間で作った「GHQ憲法」というだけでなく、もっとディープな「影の工作」をそもそもの基礎として生まれたという点で、
「ノーマン憲法」さらには、「コミンテルン憲法」という方が、より本質に近い呼び名であると思われる。
ノーマンはまた、戦犯指定を差配し、近衛文麿を戦犯指名するようGHQを動かした影の工作者でもあった。
近衛は昭和20年10月にマッカーサーから新憲法起草を指示されており、戦犯指名はされないはずであった。ところが12月に突如「戦犯」として逮捕命令が出され、出頭期日の12月16日に自殺することになる。
そして、朝日新聞は何の処分もなかった。それはコミンテルンの仲間だったからだ。
ノーマンはその後、第二次世界大戦後の冷戦下のアメリカで起きた赤狩り旋風の中で共産主義者の疑いをかけられ、
アメリカの圧力を受けたカナダ政府による審問を数回に渡って受ける。
そのようなアメリカからの圧力から逃れさせるべく、1953年には駐ニュージーランド高等弁務官に任命され、その後1956年には駐エジプト大使兼レバノン公使に栄転する。
しかし、都留重人を取り調べたFBI調査官によるアメリカ上院における証言によって「共産主義者」との疑いを再度かけられ、1957年4月4日に赴任先のカイロで飛び降り自殺を遂げた。
日本とアメリカは、第二次世界大戦にコミンテルンの誘導で突入した。双方とも得る物は無かった。
草の根のアメリカ保守は孤立主義なのだ。アメリカには資源も土地もあるのだから。
第二次世界大戦の勝者は、東ヨーロッパを手に入れたソ連と中国大陸を手に入れた中国共産党だったのだ。
989 :
名無しさん@13周年:2013/11/11(月) 11:22:03.67 ID:r5z8hzly0
>>987 >二等兵や一等兵という下っ端じゃなく、数百人を率いる大尉様なのw
一番若い将校と一番若い兵隊の違いすら理解してないのか
お前は日本人なのか?
二・二六事件の下士官・兵隊は「上官の命に従って適法な出動と誤認」という事で無罪
(もっとも、参加者のその後はかなり悲惨なものだが)
残留兵も上官の命令に従った…だけかもしれないが、それが適法かどうかは怪しい
既に大陸命第1382号、1385号、1388号が昭和20年8月22日までに通達されて、下士官・兵隊も知る処だから
決定的なのは国民党軍と組した事で、皇軍から完全に指揮離脱している点
終戦後では術がないものの、本来なら全員が軍法会議の対象者。逃亡兵扱とか恩給がないとか仕方ない
こんな事言ってるから
アカ野郎って呼ばれるんだよ
993 :
名無しさん@13周年:2013/11/11(月) 11:25:09.27 ID:h4Y5Qo3pO
他国の軍付で戦ってたなら逃亡兵じゃん
994 :
名無しさん@13周年:2013/11/11(月) 11:25:16.58 ID:EmGuzCpeP
>>990 その若い将校が兵に死ねと命令できるんだな
995 :
名無しさん@13周年:2013/11/11(月) 11:27:41.16 ID:Zw3LJbyCi
人民解放軍に入った奴もいた。人民解放軍の空軍は日本軍が作った。
新中国の空軍は、日本の友人たちの支援のもとで誕生した。「帝国軍人」だった日本人たちは、
中国共産党が初の航空学校を創設するのに協力し、初代のパイロットを育成した。
王海上将も日本人の教官から教えを受けた戦闘の英雄である。
王海さんは1946年6月、東北民主連軍航空学校に入学した。入学してまもなく、
主任教官の名は林保毅であると聞いたが、この林教官がかつて日本の「帝国軍人」であったことは知らなかった。
林教官は本名を林弥一郎といい、もとは関東軍第2航空部隊第4練成飛行隊の隊長であった。
日本の敗戦後、彼の部隊は東北民主連軍に包囲され、武器を引渡して投降した。
その後、部隊に所属していた軍人たちは農家に分宿し、厚遇を受けた。
http://www.peoplechina.com.cn/maindoc/html/200603/zhuanwen64.htm
996 :
名無しさん@13周年:2013/11/11(月) 11:28:05.99 ID:gW91sNzX0
神奈川新聞だし
八路軍参加が強制だったらどうするのかね
想像力のかけらもなさそうだな
>>990 大尉は命令下す側だろw
二等兵から大尉までの差が理解出来て無いなw
選択肢が充分にあったという保証もなく、現場はグチャグチャという状況に置かれたのは間違いなく国の責任。
1000 :
名無しさん@13周年:2013/11/11(月) 11:31:47.68 ID:EmGuzCpeP
>>997 きちんと読めよ・・・共産軍(八路軍)と戦争
1001 :
1001:
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