【国際】 「竹島はどこの領土か言ってみろ〜」 バット持った集団が”日本人狩り”…韓国、急激に治安崩壊へ…大統領暗殺の危機も★6

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1☆ば ぐ 太☆ Mkつーφ ★
・韓国が治安崩壊に近づいている。経済危機から失業者やホームレスが急増し、治安が急激に悪化。一部の若者は
 武器を持って「日本人狩り」まで始めているうえ、詐欺をしてでも国外脱出を図る人々も続出している。最大野党の
 報道官は、朴槿恵大統領の暗殺危機まで示唆した。ジャーナリストの加賀孝英氏が、隣国の悲惨な
 現状に迫った。 

 韓国経済は今、瀕死の状態だ。株価急落、失業率の急増、輸出頼みの経済破綻、観光客の急減、そして中小
 金融機関の相次ぐ倒産…。朴大統領は有効な手立てが打てず「国内の不満がいつ爆発するか」ビクビクしながら
 青瓦台(大統領府)にいる、といっていい。

 その韓国で今、日本人が戦慄すべき目に遭っている。
 以下、私(加賀)が、韓国在住の複数の日本人から得た最新情報だ。じっくりとお読みいただきたい。

 「今年2月に朴政権が誕生して以来、景気が一気に悪化した。釜山などの地方都市にホームレスがあふれ、治安が
 みるみる悪くなっている」
 「3、4人の『日本人狩り』の若者たちが、バットなどを手にして街を徘徊(はいかい)している。見つかれば『竹島はどこの
 領土だ?』『慰安婦をどう思うんだ』と必ず絡んでくる。怖くて街を歩けない」
 「レストランでも、日本人だと分かると店の態度が急に変わる。あげくに客の韓国人が議論を吹っかけてきて罵倒する。
 とても暮らせない。日本人の韓国脱出が始まっている」
 まさに治安崩壊だ。さらに許せない蛮行が大学などの教育現場で起こっている。

 「悲惨なのは留学生だ。日本人とみると、韓国人教授が歴史問題で質問してくる。韓国の意に沿わない答えを
 言おうものなら、それが正しくても絶対に単位をくれない。屈服しなければ切り捨てられる」
 「ある大学院生は教授と歴史問題で議論になった際、教授の態度が急変、『お前はスパイだ。当局に告発するぞ』と
 本気で脅かされ、一目散に日本に逃げ帰った。韓国に学問の自由などない。異常だ」(>>2-10につづく)
 http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20130717/frn1307170728000-n1.htm

※前:http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1374068532/
2☆ば ぐ 太☆ Mkつーφ ★:2013/07/18(木) 01:00:47.95 ID:???0
(>>1のつづき)
 そしてあろうことか、韓国人自身までが国外脱出を始めている。旧知の韓国人ジャーナリストがこう明かす。
 「今、300万円ぐらいを抱えて、フィリピンなどに脱出する韓国人が急増している。韓国では生活できない。希望が
 ないからだ。カネは金融機関から借りまくって、自己破産を偽装して用意したものだ。明らかに詐欺だ」
 「香港上海銀行が今月5日、韓国人への個人融資業務の中止、韓国にある全支店の閉鎖を発表した。踏み倒される
 からだ。それに朴大統領が一役買っている。朴大統領は国民の歓心を買うために徳政令を出している。それが見事に
 悪用されている」

 実は、こうした治安崩壊を背景に「朴大統領の暗殺」が懸念されはじめている。
 今月11日、韓国の最大野党、民主党の洪翼杓(ホン・イクピョ)院内報道官が突然、朴大統領を次のように罵倒した。
 「朴大統領の父親は、韓国を裏切って日本と手を結んだ『鬼胎(=生まれてきてはいけない人間)』の朴正煕元大統領だ。
 鬼胎の子孫が大統領の座についている」

 日本と手を結んだとは、1965年に佐藤栄作政権と朴正煕政権が調印した日韓基本条約を指す。
 洪報道官はこう続けた。
 「朴大統領を支えているのは南在俊国家情報院長(元KCIA長官)だ。今では、どちらが大統領か
 分からない。その南国家情報院長は第2の金載圭になる」

 外事警察幹部がこういう。
 「金載圭は元KCIA部長で、79年に朴正煕大統領を暗殺した犯人だ。要は『朴槿恵大統領の暗殺事件はいつ起きても
 おかしくない』と言っている」
 「韓国の政府与党は『発言はデタラメだ』と批判した。しかし、各国情報部の反応は全く違う。なぜか。否定できないからだ。
 実は、水面下では何度も朴大統領暗殺情報が流れていた」
 「アジア版サッチャー」。強い女性大統領。それが朴大統領のイメージだ。だが、この韓国の悲惨なありさまはどうだ。
 政権基盤は激しく揺らいでいる。

 ■加賀孝英 ジャーナリスト。1957年生まれ。週刊文春、新潮社を経て独立。95年、第1回編集者が選ぶ雑誌
 ジャーナリズム大賞受賞。週刊誌、月刊誌を舞台に幅広く活躍。月刊「文藝春秋」で「尾崎豊の遺書・全文公開」を
 発表し、大きな話題となった。(以上、一部略)