天声人語
2012年2月16日(木)付
「私よりも私のことを知っている」と言えば、人と人の親密さの表現だった。
最近はどうも違う。ネットで書籍を買っていると、まさに自分好みの本を先方が薦めてくる。
購入歴が蓄積されるほど「おススメ」は琴線を心得てくる
▼便利でいて、ふと不安になる親密さだ。相手は私をかなり知っている。その気なら、
読書傾向から「思想調査」も可能だろう。本ばかりではない。ネットショップ、
電車のIC乗車券、クレジットカード、診察券、携帯――。日々のあらゆる行動が
電脳空間に記憶、蓄積されていく▼いまのところデータは散在している。
しかし誰かが何かの意図で寄せ集めれば、「私」はたちまち裸にされてしまう。
そんな電子網への危惧が募る時代に、政府の「共通番号制度法案」が閣議決定された
▼国民1人ずつに番号をつけて所得や年金、診療などの個人情報を管理する制度だが、
政府の調査ではまだ8割の人が内容を知らない。管理が監視にならないか?
悪用の恐れは? すでにご存じで利点は承知の人も、心掛かりは様々あろう
▼9年前には個人情報保護法ができた。人と人とのつながりを断ち切る方にアクセルが
踏まれ、人間砂漠の乾燥は進んだ。横の絆が細る中、与えた番号で国が個々と縦に
つながる図も、思えばいびつだ▼大がかりな仕組みの総番号制を、時の権力に好きに
使わせない歯止めも要る。番号という「絆」が、もとの意味の「動物をつなぐ綱」になっては
困る。周知と議論がもっと欲しい。
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