【社会】「障がい者」表記、呼ばれる側の立場から

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1 ◆SCHearTCPU @胸のときめき▲φ ★
「障害者」という表記を「障がい者」などに改める動きが広がっている。「害」には
否定的な意味、印象が強いといわれるためで、国の論議も始まった。呼ばれる側の
立場から考えたい。

「障がい」表記の基になっているのは、戦前に使われていた「障碍(がい)」。
「害」が「損なう」「災い」の意味なのに対し、「碍」は「妨げる」の意で、否定的な
意味合いが比較的弱いとされることから言い換えに使う人もいる。自治体などでは「障がい」を
使うところが増えている。
(中略)
ただ、変更については、障害者の意見もさまざま。「『害』をなくしても、障害者への
偏見が変わるとは思えない」と消極的な人もいる。その思いも考えたい。精神分裂病を
統合失調症、痴呆(ちほう)症を認知症と表記を変えたのは言葉の正確さだけでなく、
呼ばれる側の痛みの反映でもあった。
鳩山首相は一月の施政方針演説で、障害者を「努力を必要とする人」という意味の英語
「チャレンジド」と呼んだ。首相なりの発議だったのだろう。
「推進会議」は、障害そのものの定義の見直しをすることにもなっている。国際的な
障害の定義では、障害者の社会参加を阻む社会の側の対応が重視されるようになった。
問われているのは社会でもある。会議の委員二十四人のうち十四人が障害者やその家族だ。
当事者ならではの議論を通じ、新しい社会・社会参加像を見いだし、新しい表記も
見つけてほしい。

*+*+ 中日新聞 2010/03/22[09:32:44] +*+*
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2010032202000053.html