【滋賀】邪馬台国近江説 

このエントリーをはてなブックマークに追加
711名無しさん@十周年
大和朝廷の祖先神は天照大神だから
太陽信仰とつながってるかどうかは重要な問題だと思うが
712名無しさん@十周年:2010/03/09(火) 11:17:28 ID:0tfmfrw10
>>711
違うよ。
天武天皇が天照大御神を祀ったときから、太陽神信仰が始まった。

それまで、天照大御神は伊勢の地方神にすぎない。
713名無しさん@十周年:2010/03/09(火) 12:26:51 ID:p/cGhpU10
太陽神信仰は宗教以前、古代からのアニミズムが元だからなぁ
714名無しさん@十周年:2010/03/09(火) 12:39:18 ID:d+Pz9k4N0
伊勢の太陽神信仰があったから天武天皇が天照大御神を祀った
715名無しさん@十周年:2010/03/09(火) 13:00:44 ID:/ShKC0L/0
伊勢神宮が太陽信仰で、そのご神体が八咫鏡
そして古墳時代に大量の銅鏡が出土していることから
太陽信仰自体は天武天皇以前から一般的であったと見るべきではないかと思う
716名無しさん@十周年:2010/03/09(火) 14:01:29 ID:Baubpn4u0
>>715
伊勢神宮が皇祖神の地位まで高まったのは、記紀で色々と言われているけど
実のところ、天武天皇の時代からだと言われている。
壬申の乱で天武側に付いた事から、朝廷は、伊勢神宮を最高の祭神の地位を与えたのだろうと考えられている

太陽神の信仰自体は、例えば物部氏の祖神とされるニギハヤヒノ命など
天武天皇以前からあったのだが、それはあくまでローカル信仰であり、数多の神神の一つとして存在しただけであり
神道の中心にまで位置付けられていたわけではない