【コラム・断】鎌田慧という「絶望」
秋葉原の殺傷事件を機に派遣労働者の待遇改善論が出ている。それ自体はいいのだが、論者、
論調がひどい。三日付朝日新聞でルポライターの鎌田慧(さとし)はお得意の「絶望」論を述べている。
鎌田は一九七二年トヨタ自動車で期間工となる。「製造ラインで部品を組み付けていく作業はきつく、
多くの同僚が途中で辞めていく」のを見た。その体験を『自動車絶望工場』にまとめた。「ところが、
日雇い派遣で働くいまの若い人たちが私の本を読むと、好待遇と感じるのだという」。あの絶望的
体験を羨むのだから「戦後、労働者がこれほど絶望的な気持ちを抱いた時代は初めてだろう」。
現代が戦後最も絶望的な時代かどうかはともかく、期間工の鎌田がかなりの「好待遇」を受けたのは
『自動車絶望工場』を読めばわかる。鎌田の給料は半月で四万七千円(今の約二十万円)。健保、
失保など完備。本工、期間工まぜた現場の同僚たちは、麻雀、ボウリング、ダンス、スキー、ドライブ、
登山などの趣味を楽しんでいる。鎌田は、絶望の中で労働者たちはこんな刹那的な娯楽に
逃げていると言いたいらしいが、このどこが絶望工場か。当時でも現在でも同一条件で募集をしたら
世界中から百万人の応募者が殺到する。
『自動車絶望工場』を書店で目にした時、エンゲルスの『イギリスにおける労働者階級の状態』や
小林多喜二の『蟹工船』のような絶望状況が描かれているのかと思った。だが、一読唖然。こんな
論者が生息している日本の知的状況こそ絶望的だよ。(評論家 呉智英)
05:11更新
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